2005年04月03日

横田めぐみさんを救うぞ!東京集会(6) 04.10.14(木)友愛会館にて

『引き続き、西岡力氏のお話』

最後に最近の拉致問題の動きをお話ししていきたいんですけども、中山参与が辞任されて、日本の政府はいったいどういう気持ちなのか?と言うような話がマスコミにたくさん出ていますね。
斎木審議官もアメリカの大使館に転任すると言う話も出ていましたが、我々としては拉致問題を棚上げされるんじゃないかとかなり危機感を持っていたんですけども。

しかし、斎木さんについては昨日町村外務大臣がはっきりおっしゃってましたけど、この段階で斎木君を動かすことは有り得ないと。(拍手)
実務者協議は局長レベルになりますけれども、斎木さんも一緒に行って追求してくださると言う事は、ハッキリしていますし。
何よりもですね、強い手応えが国の内外から出ていまして、もちろん完全に安心する事は出来ないんですけども、追い込まれているばかりではないと。
逆に私たちは追い込みつつあると、いう風に思っています。

去年に7月に新しい大きな運動方針を出したんですね。
「拉致はテロだ、いまこそ経済制裁を!」
経済制裁を!という事を訴える事を運動を第一ターゲットにしようと。
それまでは「拉致問題をきちんと解決してください」という事を訴えたんですね。
でもその事はもう金正日が拉致を認めて、マスコミがどんどん報道して、拉致問題は取り組まなくてはならないと言う事は、皆言うようになった。
共産党も社民党も含めて皆言うようになった。

で、その方法として当時は二つあった訳です。
ひとつは北朝鮮を刺激してはならない、話し合いで解決しかないんだ、というのと。
そうじゃなくて圧力をかける必要があるんだ、日本が持ってる強い圧力のカードは経済制裁なんだと。
経済制裁をかけて北朝鮮を追い込んで、そして被害者を取り戻す必要があるんだと。
そちらの方を世論に対して主張することを、去年の7月から始めたんです。

去年の7月から実は署名用紙を変えたんです。
変えた時にはですね、署名してくれる人が少し減ったんです。
経済制裁まではちょっと行き過ぎじゃないかと。
北朝鮮の人たちにも、もしかしたら苦しみを与えることになるんじゃないかと。
在日朝鮮人の万景峰号に乗ってる子供たちの人権はどうなるんだとか。
あるいは北朝鮮を刺激したらミサイルが飛んでくるかもしれないとか・・・言うことを言われました。

外務省の今でもいらっしゃる田中(均)審議官は、去年朝日新聞で田原総一郎さんとの対談の中でですね、「外交と言うのは共通利益を設定して、お互いにプラスになるようなことを作って進めていくんだ」と。
「北朝鮮外交もそれでやる」と。
「制裁は効果が無い」と。
で、私たちはそんな事は無いと。
北朝鮮を動かすのは制裁しか無いと、主張したんです。
一年以上経って、家族は帰ってきましたけれども、北朝鮮は全くそれ以外の事は認めないんです。

そしてアメリカにも制裁という事を訴えて来たんですけども、1年経ちましてですね、内外で経済制裁が必要だと言う条件が整ってきたんです。
今はここで経済制裁という言葉を言っても、あんまり珍しくなくなってますね?
テレビでも経済制裁という言葉が出るんです。
前は我々だけしか言ってなかったんです。続きを読む


横田めぐみさんを救うぞ!東京集会(5) 04.10.14(木)友愛会館にて

『西岡力副会長のお話と、安明進氏の証言』

Img_7011.jpg

西岡でございます。
北朝鮮は2年前にめぐみさんは93年の3月に自殺した、と聞いております。
そのことを証明する資料として証拠として、北朝鮮側が出してきたものが、実はこのチラシの下に写真をつけてあるんですが、めぐみさんが入院していたとされる、ピョンヤン市の45号院という病院の死亡台帳というものなんですね。

これは2年前の調査団が行った時に、この死亡台帳の現物を調査団は見せられているんですね。
しかし、その現物自体は持って帰ってきてなくて、そこで撮った写真が横田家に提供されて、それをお借りしましてここに載せているわけです。
ですから、日本政府も持っている写真なんです。
この死亡台帳に横田さんの名前、朝鮮でつけられた名前ですけども、入ってるんだから死んだんですよ、と言うのがひとつの説明だったわけです。

そしてもうひとつですね、死亡確認書というものが当時提供されたわけです。(めぐみさんの死亡確認書のコピーを掲げる)
死亡確認書と朝鮮語で書いてありますけど、こちらに日本語訳がつけておきましたけども。
日付が93年3月13日と書いてあるんですね。
3月13日に作られた書類だということですね。
ということになっていて、死亡年月日も3月13日と書いてあるんですけども、下に書いてあるこれは、その書類が作られた日付、なはずですよね?

めぐみさんについては一方的に死亡したと言ってるわけですけども、遺骨は最初は病院の庭に埋めたけれども、その年のお盆にご主人であるキムチョルジュ氏が持って行ってしまって、今どこにあるかわからない、という説明で示されていないわけです。
ですから死亡を証明するものはこの死亡確認書と、死亡台帳しかないわけですね。

しかし、これが本当に滅茶苦茶な物でして、見ていただくと分かるんですけども、この赤い写真をぜひ見ていただきたいんですけども。
これ、朝鮮語で7文字、字があるんですね。
3文字目、4文字目、5文字目のところに青い線で消してありますよね?
ハッキリ見えますでしょう?
そしてその上に何か2文字書いてありますよね?
消してあるところに何が書いてあるかと言うと「患者入退院台帳」と書いてあるんです。
入退院を消して死亡という風にしてあるわけなんです。

さっき横田さんたちと話をしたんですけども、偽造するんだったらこれ剥がして書き直すくらいの手間は作ってもいいじゃないかと。(笑い声)
それが死亡台帳だというわけなんです。
そしてこのページの中にめぐみさんの名前が出てたと、言う事なんですけども、4番目の欄ですね。
1月29日と書いてある2番目のところに、リュウミンスクと書いてあるんですけども。
キムチョルュジュが夫であるとか書いてありまして、1月29日そして93年3月13日となってるんですね。
ですから13日に死んだという意味なんだろうと思うんですが。続きを読む

横田めぐみさんを救うぞ!東京集会(4) 04.10.14(木)友愛会館にて

『馬場新潟救う会・会長による、めぐみさんへの手紙の朗読』

Img_7009.jpg

新潟から参りました、馬場と申します。
めぐみちゃんは40歳になりました。
13歳のときに姿が見えなくなって、今年で40歳です。

私はこの運動が始まりましてから、いつも10月5日、誕生日の日に横田さんの所へ花束をお届けしたり、自分で行きまして、めぐみさんの写真の前でめぐみさんに誕生日のお祝い、と言うと変なんですけども、言葉を伝えて参りました。
今年、めぐみさんのところにあげた手紙を読ませていただきとうございます。
お聞きいただきとうございます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
めぐみさん。

今年もあなたの姿を見ることの出来ない、わびしい誕生日を迎えました。
40歳、とても私にとっては信じられない貴重な長い人生を、彼の国に過ごしてしまったのですね。
どのようにして今日の誕生の日を迎えておられるのですか?
どこであろうが、誰とでも、あなたにとっても、ご両親から人間として貴重な生を得た日であります。

お誕生日おめでとうございます。
心から慶賀を申しのべたいと思っております。

めぐみさん。

さる3学期になった初日に、私はひとりあなたが姿を消したあの新潟の海岸に立ちました。
この海と空の続いているあの北の国で、いったいどんな生を送っているのだろうか?という思いを胸にしまいました。
40年の人生の半分以上を、なぜあの異常な国で過ごさねばならぬのか?
悲哀・落胆が、悲憤と激怒に変わっていきました。
一国の首相が2度までも訪ねながら、何故?

私は帰宅してある書を読んでいる中で、次のような一節に出会いました。
ある精神医の調査によれば、ナチスドイツの強制収容所で最後まで頑張る事が出来たのは、体力のある人間ではなく、家族や恋人や友人や智慧などが、何か自分の愛する物を持っていた人間だそうである。
その場合の智慧とは、自分とは何か?
何故自分はこのような不条理に耐えければならないのか?などと考える精神のことである・・・云々と。

めぐみさん。

あなたにとって13年と言う本当に短い日本での人生でありましたが、ご両親と弟さん達から大きな温かい愛を一身に受け、愛を応えてきたあなた。
そして、人一倍賢明で智慧のある少女でした。
そのめぐみさんが拉致と言う不条理極まりない行為であり、現在もその環境の中で人生を送っているのですが、前述した医者の言う通りで、あなたは絶対に無様な死に方や生き方をしている訳がないものと信じています。

めぐみさん。

毎年あなたの誕生日にささやかでありますが、花束を持って祝賀の意を表して参りました。
今年は考えを変えて、あなたの写真のそばでいつもあなたを見守って、一刻も早く帰国する事を願って、小さな時計を持って参りました。
この時計の針は一年半から二年くらい、絶えることなく時を刻んでくれます。
この時計の針が止まるまでの間に、必ずこのご両親のおられる部屋へ帰って来てくださいよ。
待っております。
ご両親と弟さんはもちろんの事、私を始め全国の人たちが一刻も早くと、必死になってめぐみさんの帰国を待ち焦がれておりますから。

めぐみさんは生きている。
きっと帰ってくる。
この時計の針が止まる日までに。
信じています。
祈っています。

平成16年10月5日 馬場吉衛

40歳を迎えた横田めぐみ様

・・・続く・・・
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