2005年04月18日

寺越家を救うぞ!東京集会(5)05.4.14 友愛会館にて

『増元照明事務局次長のお話』

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皆さんご存知の通り、寺越さんの事件は我々も家族会結成して2年目くらいで友枝さんが確か来られて。
一緒に来られてやろうという話になってたんですが、母親として非常に心が揺れていたみたいで。
果たして拉致という被害者家族会に入られてそれが武志さんに何か被害が及ぶのではないか?と。
おそらく先ほど言ったように朝鮮総連とかいろんな代議士から色々な圧力がかかって心変わりをして、その後ほとんどお会いしておりません。

でも確か民放でしたけども、その中で武志さんが拉致かどうか聞いたら、涙ながらに「口が裂けても言えないし墓まで持って行く」と仰ってた。
これが拉致であることを物語ってるわけですけども。
そこまで苦しめている北朝鮮と言う、それに対して非常に私たちは怒りを持っておりますし。

現在拉致被害者は特定失踪者を含めて100人以上いるというふうに考えられております。
国民の皆さんに10件15人ではないということ。
100人以上下手をすればもっと、更に大勢の方が北朝鮮に連れて行かれていると言う事をもう一度認識していただいて。
北朝鮮の脅しには屈していただきたくない。
北朝鮮へ制裁を課せば宣戦布告とみなすと言ってますが、国家主権を侵して日本人を連れて行った時点で北朝鮮は日本に宣戦布告しているわけですから。
そんなことに怯えていてはこれから先また同じことをやられてしまうと。
本当に自覚していっていただきたいと私は思っています。

いま日本政府がやることは速やかに被害者を取り戻すことである。
それが当たり前のことだと私は思いますし。
寺越さんたちはお父さんの遺骨を返せと。
被害者家族として返せと、当たり前のことを言ってるんですけども、日本の政府も強く言ってませんし、そして赤十字もなかなかそれに対して動こうとしない。
北朝鮮は家族が反対するから返せない。
昭二さんの息子さんである昭男さんたちが返せと言ってるのに、それに対してそういう言い訳をしている。
非道な国に対して、政権に対して、私たちはここで怒りをぶつけるべきではないでしょうか?
冷静に怒りをぶつけてそれが拉致問題の解決につながるし。

先ほど副代表が仰ってましたように4月24日ぜひ溢れるように。
おそらく日比谷公会堂2000人くらいしか入れないので、外であふれる人の方がもしかして多いかもしれません。
そういう状況になっていただきたい。
中で2000人、外で5000人くらい。(笑い声)
それくらいの状況になるように私は望んでおりますので、ぜひ皆さん、お近くの人を誘い合わせて。
4月24日、日比谷公会堂、14時からやっておりますのでよろしくお願いします。(拍手)


寺越家を救うぞ!東京集会(4)05.4.14 友愛会館にて

『飯塚繁雄副代表のお話』

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皆さんこんばんは。(拍手)
この集会も数を重ねるごとに、それぞれの家族の方のいろいろな今までの経過、あるいは状況。
そういうものがここに非常に良く分かってきて。
実を言うと私も寺越さん事件のことは良く分からなかったんですけども、今日色々聞いてなるほどと、そう思いました。

家族会としても3月の10日ですね。
支援室を通じて内閣総理大臣に、寺越事件を含めた特定失踪者の方の認定を求める申入書出しました。
小熊室長が継いだわけですけども、お話によれば「一生懸命やってると、捜査をしてますと、警察にもよく言ってある」と言う話でしたけども。
その結果はですね、各特定失踪者の方にお話をしてありますよという返事だったんですけども。
中々実態はそうもいってないようで。
一生懸命やるやると言いながら、中々結果が出ていない。
というじれったさがあります。

こういうものも含めて北朝鮮が今まで拉致してきた証拠その他報告に対して、日本政府は「誠意ある対応をしない限り厳しい対応をとる」とハッキリ申しましたが。
そう言っていながら3ヶ月以上3・5ヵ月ほど経ってますね。
一体どうなってるんだ?ということもあるんですが。
というような場面を見ますとこう着状態になってますが。
我々4月の24日国民大集会をやる前に全国で々浦々こういった集会を精力的に開いております。
参加者も以前よりも相当増えておりますし、力強いものを感じています。
そういった国民の力をですね、ぜひ24日に終結して強い態度で政府にも訴えかける。
ということにしたいと思いますので皆様のご協力を更にお願いします。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

寺越家を救うぞ!東京集会(3)05.1.14 友愛会館にて

『大口英夫 救う会石川事務局長のお話』

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皆様こんばんは。(「こんばんは」の声)
救う会石川の事務局長の大口と申します。
お時間もありますので、簡単に少しお話をさせていただきたいと思います。
救う会石川は2年前に設立しました。
ただ、私の方は今から8年前ですね。
救う会石川の設立の6年前から、実は寺越友枝さんと一緒にこの問題取り組んでまいりました。

寺越事件を語るときは大変ややこしいんです。
寺越さんと言う人、何人も出て来てて。(笑い声)
しかも寺越昭二さんの息子さん、長男・寺越昭男さん、御次男・北野政男さん、養子に行かれて。
三男さんの内田美津夫さんも養子に行かれてお名前が違うと。
拉致被害者の方も3人いらっしゃって、しかもお子さんとか、寺越友枝さんもいると大変ややこしいお話になるんですけども。

ただ事件としたらこんなに簡単でおかしな事件は無いんです。
それで2年前救う会石川が出来ました。
救う会石川が寺越さんたちとやってきた事、ひとつは石川県警に告訴をいたしました。
告訴・告発。
これは北朝鮮から亡命された安明進さんの証言を基にしまして作成しました。

まずひとつは寺越昭二さん。
これは「1968年3月30日北朝鮮で死亡」と言ってるのは、これは社会党の当時の代議士の島崎譲さんと言う人がごまかす為に作ったわけです。
安さんのお話によれば、昭和38年5月12日に事故に遭った時。
この時に寺越昭二さんは、寺越武志さんをかばって撃たれて海に捨てられた、という証言があります。
私たちこれを信じております。

そしてその撃った張本人の者の名前もオ・グホといいますが。
安さんの証言によってオ・グホという名前も分かっております。
この人を告訴いたしました。
合わせて外雄さんと武志さん、拉致と言うことで告発もいたしております。
これが私たちが救う会石川が出来てからやったことのひとつ。

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