2005年04月28日

第7回国民大集会(13)05.4.24 日比谷公会堂にて

『蓮池薫さん・祐木子さんからのメッセージ紹介 (代読 蓮池透さん)』

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蓮池薫と祐木子の兄の蓮池透でございます。
本日はせっかくのお休みの中、こんなにたくさんの方が足を運んで下さり本当にありがとうございます。(拍手)
同じ時間同じ場所でこれだけ多くの皆さんと強い気持ちを共有できると言うことは、きっと我々の熱い思いが政府・小泉総理に届くものと確信しております。(拍手)
弟夫婦からメッセージを預かっておりますので、代読させていただきます。
ちょっと時間が押してるようなので急ぎます。(笑い声)

「今から1年前の5月22日子供たちが帰国をし、私たち家族は再びひとつになることが出来ました。
そして現在色々困難はありますが、子供たちを含め一歩一歩自立に向けて進んでいます。
これはひとえに国民の皆様のご支援の賜物と心から感謝しております。
本当にありがとうございます。

私たちはこのように家族が揃って前進できるようになりました。
しかし一方で他の拉致被害者の皆さんは、まだ帰国出来ないばかりか北朝鮮の不誠実な対応で一向に解決の道すら見えてまいりません。
被害者のご家族が高齢になられる中、拉致被害者の皆さんの早期帰国実現のため、私たちは今の自分たちに出来る限りのことは全てやってまいりましたし、これからもやっていくつもりです。

何よりも私たちは拉致被害者のご家族の皆様と、政府の関係機関に私たちが持っている情報を提供いたしましたし、これからも要請に応じて積極的に提供することでその情報に基づいてご家族や政府はこの運動を盛り上げて、北朝鮮に対する強い外交を繰り広げていただきたいと切に望んでおります。

拉致問題を解決し、被害者の皆さんの一日も早い帰国を実現するためには、これからも国民の皆様のご支援とご協力が何より必要と考えています。
何卒これからも拉致問題が風化することなどないよう、よろしくお願いいたします。

平成17年4月24日
蓮池薫・祐木子」

どうもありがとうございました。(拍手)

※司会 櫻井よしこ氏
蓮池さんありがとうございました。
さてここで内閣官房長官の細田さんからメッセージをいただいております。
今日のこの集会は「小泉総理に決断を求める国民大集会」でございます。
決断を求められている内閣の官房長官がメッセージをくださいました。(笑い声)
私が代読をさせていただきます。


第7回国民大集会(12)05.4.24 日比谷公会堂にて

『地村保志さん・富貴恵さんからのメッセージ紹介 (代読 地村保さん)』

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皆さん、こんにちは。(拍手)
私、福井から参りました地村でございます。(拍手)
皆さんのおかげで、また皆さんの世論で政府が動き拉致された5人が、また家族が帰国できましたことはひとえに皆様のご協力と世論のおかげと思っております。
本当にありがとうございました。(拍手)

帰りました息子たち、また孫も大変現在では日本に馴染みまして、進学も出来また就職も出来まして本当に私としてはホッとしているような次第でございますが。
まだまだ10人の不明確の人、特定失踪者の人、大勢おります。
私の県でも私以外にも特定失踪者の人が3人もおります。
その特定失踪者の解明のため、また10人の不明確の人も、北朝鮮の全面解決まで。
私どものは家へ帰りましたけれども、拉致問題の全面解決に、私はこれは宿命やと思って皆さんと頑張るつもりでございます。(拍手)
おかげで帰りました息子たちのメッセージを預かってきましたので、代読させていただきます。
国民大集会へのメッセージとして、代弁します。

「本日、小泉総理の決断を求める国民大集会の開催にあたり、ここにお集まりの皆さんをはじめ多くの国民の皆様のご支援により、私たち家族が帰国できましたこと、改めて感謝いたします。
思い起こしますと、昭和53年7月、私たち夫婦は北朝鮮に拉致されて以来、紆余曲折の人生を強いられてきましたが、世論の後押しとして日本政府のご協力により、平成14年10月24年ぶりに夢にも見た祖国へ帰国を果たすことがでいました。
また離れ離れになっていた子供たちも昨年の5月無事再会でき、日本で共に暮らせるようになりました。
これもひとえに皆様のご支援のおかげと心から感謝しております。

帰国後私たち夫婦は多くの国民、地元の皆様のご支援ご協力の下、国の政策に支えられ、いち早く社会復帰が出来、子供たちも日本に順調に慣れ、この4月から就職・進学が決まったことにより将来の生活に道筋が見えてまいりましたので、本年の3月、国に対して永住帰国の意思の決定を伝えた所でございます。(拍手)
今日まで私たち家族にも寄せられた公私に関わる数々のご支援、心温まる激励の品々、署名のご協力に改めて感謝申し上げます。

幸い私たち家族は帰国することが出来、心の安堵を取り戻すことは出来ましたが、反面日朝交渉に進展が見られず、拉致被害者の帰国を待ちわびる10人の不明者や特定失踪者の家族の気持ちを察すると、心が痛みます。
日本政府におかれましては、最善の努力を払われ、交渉に臨んでいただきたいと存じますが、拉致問題の早期解決に向け国民世論が更に盛り上がるように全国の国民に改めてご支援ご協力をお願い申し上げます。

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第7回国民大集会(11)05.4.24 日比谷公会堂にて

『スザンヌ・ショルティー
  米国「北朝鮮自由連合」副委員長のメッセージ(代読 島田洋一氏)』


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スザンヌ・ショルティーさんはこの2月の東京の国際集会にも来日してくださいまして、今櫻井さんの方から話がありましたように、昨年アメリカで成立した北朝鮮人権法の民間側の立役者であります。
それではこの大会に寄せたショルティーさんのメッセージ、翻訳したものを読み上げます。

「ワシントンより東京の集会に寄せて

私は北朝鮮に直ちに経済制裁を発動するよう求める皆様の呼びかけに支持を表明します。(拍手)
金正日を相手に拉致問題を解決するに当たり、日本の皆様は忍耐強すぎたのではないか?とさえ私は思っています。(拍手)
愛する我が子やきょうだいが今どのような状態にあるかを知ることも出来ず、苦痛にさいなまれているご家族の心情を平気で逆撫でするような北朝鮮の行為は言語道断であり、世界中の良識ある人々に対する挑戦でもあります。(拍手 「その通り!」の声)

金正日は人の命も尊厳も顧みず、ただ私腹を肥やし贅沢な生活を続けることのみに汲々としている男です。(拍手 「その通り!」の声)
このような男に制裁をかけることは余りに当然のことではないでしょうか?(拍手 「そうだ!」の声)
今週私たちはワシントンにおいて北朝鮮自由化週間と銘打って活動を繰り広げる予定です。
金正日が自国民のみならず、日本人や韓国人に対して行った恐るべき残虐行為の数々を明るみに出し、北朝鮮に住む人々の自由と人権の獲得に向け行動いたします。

例えば火曜日26日は日本人拉致問題の展示を含む北朝鮮ジェノサイド展・大虐殺展の開催式を繰り広げます。
増元照明さん・島田洋一さんがワシントンを訪れ、数々のイベントに参加してくださることを大変光栄に思っています。
拉致被害者救出の為に日々休むことなく活動している皆さんに心から敬意を表し、北朝鮮に住む人の人権・自由の為に皆様と隊列を組んで戦えることを大変光栄に思っている旨、ここに述べさせてください。
全ての人が故郷に戻れる日まで共に戦いましょう。

北朝鮮自由連合 North Korea Freedom Traditional(ノース コリア フリーダム トラディショナル)代表

スザンヌ・ショルティー」
(拍手)

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第7回国民大集会(10)05.4.24 日比谷公会堂にて

『竹下玉路さん(古川了子さんの姉)の訴え』

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みなさまこんにちは。
今ひとつ訂正させて頂きます。
私は11才年上の姉です。

(櫻井さん 「ごめんなさい」)

若く見て頂きありがとうございます。(会場笑い)
竹下玉路でございます。
私の妹、古川了子はみなさん方の一番左のはしの写真の、あれが古川了子の18歳の時の写真です。(壇上のパネルをさして)失踪する3ヶ月ほど前、高校を卒業したての時に仲良しの友達と遊びに行った時の写真です。
一番自然な写真だと思い、一番妹を感じる写真です。

私の妹、古川了子は、昭和48年7月7日土曜日でした。
その前日に初めてのボーナスを頂きまして、そのボーナスを手に、母と約束をしていた。
「私のお金で浴衣を買いたいから母さん一緒に見てね」と約束をしていた。
それから美容院に前の晩に予約をしていた。
その二つの楽しみな予定を電話で急にキャンセルして「今どこにいるの」という美容師さんの問いかけに「千葉駅にいる」という声を最後に連絡が全く取れなくなってしまいました。
持って出たと思われるものは、ハンカチと小さな財布しか入らないような程度の、ちいさな、ちいさなバックと、それだけでした。
そして、その後本人の銀行口座から一切お金を引き出された様子はありません。

母は、そして私達家族は、あらゆる、自分たちにできる、可能な限りの探し方をしました。
母は占いにも頼りにし、テレビにも出して頂き、新聞や、同級生の方々に手紙で消息を尋ねるお願いをしましたが、一切消息は掴めず。
20数年たった時に、元工作員の安明進さんが、あるマスメディアの方に母がお願いしていた写真を見て「この女性は見たことがある。915病院で自分が会って話をした、その女性に大変よく似ている。」という証言を頂きました。
それが1997年の事でした。

そして、私はその話を伺いまして、すぐ最寄りの警察に行きましたけれど、その当時はまだ「イヤ太平洋岸ではないですよ」
それから、「今拉致の被害者と言う方々が出ているのは昭和52年、53年からですから、48年はちょっと早すぎますね。」というお話しで。
私自身も、母も「そんなものなかなぁ?」「違うのかしら?」と思いながら、ずっと「もしかしたら、いなくなった当時から、本人が何かいけなかったのかもしれない、家族がいけなかったのかもしれない」と言う思いで、なかなかお話しができなかったそのこと(=古川了子さんの拉致の疑い)を、また97年に封印するような形になりました。

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第7回国民大集会(9)05.4.24 日比谷公会堂にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の報告』

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ご紹介頂きました、荒木でございます。
本日はこんなにたくさんの皆様、お集まり頂きましてありがとうございます。
のちほど櫻井さんからご紹介があるかと思いますが、この前の列の方には特定失踪者のご家族の方々、多数お見えになっております。

先ほど櫻井さんのほうから、ヤジについての注意がございました。
おそらくヤジの一つぐらい飛ばしたいと思って来ておられる方たもたくさんおられるかと思うので、そういう方は私が話している間にヤジをすまして頂いて、後の方の時はおとなしく聞いて声援して頂きたい。(笑い・拍手)

(櫻井さんから)
いえ、ちょっと一言、元気づけるヤジは大いに飛ばしましょう。(拍手)

最近(「荒木さん頑張れ!」の声)ありがとうございます。
最近あちこちで、いろいろ嫌われておりますので、この際嫌われついでに申していきたいと思いますが、この中にも恐らく警察関係の方がたくさん来ておられるだろうと思います。
我々、2年間調査会の活動をやって参りまして、正直申しまして上げて、この国の国家権力というのが如何にいいかげんなものであるかということを。(拍手)

このまま我々もですね、頭に来てやっておりますと、そのうち治安維持法違反で捕まるんではないかと思っております。
現場の方々は本当に血の滲むような思いで一生懸命にやっているんです。
しかし法制度が整わない。
それ以上にトップの意思が定まらない。
現場でこれは拉致ではないかというふうに思って上にあげても上で潰されてしまう。
何十年間もの間このことが続いて参りました。
こんな事はもちろん、絶対に許されるべきではありません。
しかし、それが何十年間も続いてしまったことによって、おそらく、今、誰も恐くて蓋が開けられないんだろうというふうに思います。
蓋を開けてしまえば、「一体今までどうしてきたんだ?」と、当然そう言うことになります。

私どもも関係官庁の幹部から、我々が今、1000番台リストと言って、拉致の可能性が高いと言っている方々と警察が持っている拉致の可能性が高いと言うリストの、かなりの部分が一致している。
そして、もちろん我々が持っていないところでも拉致の可能性高いと認識している数が相当あると言うことは聞いております。
国会の答弁でも、政府はそう言う答弁をしております。
しかし、それでは「15人以上にならないのか」というふうに聞くと「今分かっているのは15人」としか答えてこないのでございます。

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第7回国民大集会(8)05.4.24 日比谷公会堂にて

『李星矣 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会会長の挨拶 (通訳 西岡力氏)』

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みなさんお会いできて嬉しいです。(拍手)
そしてお招き頂きましてありがとうございます。
(日本語でも:ありがとうございました。)

招待を受けてこの席に立つまでいろんなことを考えました。
まず、日本の多くの方々が人権が重要な価値であると言うことを、この事実を知ってらっしゃると言うことを私は学ぶことができました。
人権とは時々只叫ぶというそのような主題ではなく、日常生活の中で実行しなくてはならない価値であるということを解っていらっしゃるのが、正に、ここにいらっしゃる皆さんだと思います。(拍手)
みなさん方の力が集められて、拉致された人たちが救い出すことができた、そのような力がわいてきたと言うことをみて大きな成果が上がったことに、限りない感謝と尊敬を感ずるものであります。(拍手)

韓国では、1950年の戦争の時に、拉致された民間人が10万人あまりおります。
これは北朝鮮の金日成の「南朝鮮のインテリを連れてこい」と言う指令による計画的犯罪であります。
この間55年の間、韓国戦争拉致被害者に対する真実の究明はもちろん、その方達の生死確認さえもできない、このような状況でございます。
その方達の年齢からみて一日でも早く何としてでも生死の確認だけでもしてもらいたいと思っています。

私達家族会では、この間1952年の当時大韓民国政府がつくった拉致被害者の名簿を発見致しまして、月刊朝鮮社といっしょになってここに持ってきました「6.25拉致被害者82959人」という本を出しました。(拍手)
戦争の時に拉致されたことを立証するために関連する政府の文章などを発掘、整理し、そして証言を記録する、そのような作業もしております。
また国会に韓国戦争拉致者の名誉回復及び、支援に関する法律案を上程して頂いております。

今大韓民国政府は南北間の和解交流拡大を急いでおります。
歴史の不幸を繰り返さないため、そしてこの間のお互いの恨みを解消するために当然の努力だと考えます。
しかし南北の和解と交流・協力のためには必ずしなければならないことがあります。
北朝鮮によってなされた人権被害、民間人拉致問題それをまず一番最初に解決しなければならないということです。(拍手)

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