2005年05月09日

有本恵子さんを救うぞ!東京集会(6)05.2.10 友愛会館にて

『もう一度、有本明弘さんのお話』

私はこの運動長年してきて、結局アメリカと北朝鮮とものすごい緊張感が高まる。
出来るだけ早い時期がええと、そういうような観点でおりましたので、いよいよそういう(時期に)近づいてきたなと思っております。
私の見方は、アメリカの大統領としたら、朝鮮戦争が終わって50年になるんですね?
今度戦わずして韓国がツルル〜〜〜っと北朝鮮に取り込まれてしまった。
これアメリカとしたらどういうふうな気持ちか?
「許さん! 」と、これしかないでしょ?
あれだけの軍事大国が戦わずしてツルル〜〜〜っと飲み込まれよった。
日本の状況もアメリカ皆知っとるよ?
ツルツルツルっと日本もやられてしまうとこまで、アメリカ見とんのよ、これ。

そういうなかで今国民は経済制裁賛成と、ここまで日本の国は変わってきた。
だからアメリカはあの国を、とにかく北朝鮮の金正日を許さんと。
僕はそういうような観点でずっと運動をやってきたから、いよいよ最終的な面に近づいてきたなと。
最終的な面に近づいてきた時点では、向こうは必ず日本の国に脅しをかけてくると。
そういう見方もしとった。
だから脅しをかけて来たら、向こう寄りの人がいっぺんおるの、目に見えきれんけれどね。
これらの人がまた、そういう軟弱な言い方をすると。
それをささんためにも、未来の人がしっかりしてくれたら。
日本の国が一体となって北朝鮮に厳しく迫れる。
そのためにはトップが動いて、今も言ったようにアメリカの核とミサイル、これに拉致もセットして共同で向こうに厳しく迫っていく。
こういう体制を出来るだけ早い時期に構築しておかなければならない。

そうすることはどうすることか?
やはり小泉さんに退いてもらって、テレビタックルでやっておったでしょ?
次の総理大臣は誰か?
安倍さんが圧倒的に多かったのよ。(拍手)
西村眞悟は、「平沼さんや」と。
これしかないんです。(拍手)
これがなぜか?分かりますか?

安倍さんはこのおかしな自民党、これを説得する側に立たなければならない。
そして朝鮮半島が傾いた時点でその公式によって、(総理に)なる。(くすくす笑い)
だから今は平沼さんをやったら、これ野党挙党体制が出来るのよ?(くすくす笑い)
これしかないんですよ?
日本の国、政治家ひとつになる。
もう国民はひとつになってるのやからね。
やれと。
こういう体制を早急に構築せねばならない。

だから、小泉さん辞めてもらうしかないのよ。(拍手 「その通り!」の声)
小泉さんが任期までおって国民の大半がね、自民党をぶっ壊す言うた人に物凄い声援を送ってるのよ。
国民はみなそんな考えをもっとるのよ。
自民党も、と言うことは支持ないのよ。
だから国民の信頼を得る、こういう人というのは、やはりこの「制裁せい」と言う人の期待に応える。
こういう体制を自民党が作らねばならない。
これしかないのよ自民党は。
政権の座に着こうと思えば。
だからそれだったら小泉さん、任期までやらさしたらいかんのよ。(拍手)
すぐに辞めてもらう。
その平沼さん、挙党体制を作って、朝鮮半島が片付くまではこれでいくんだと。
これみんな国民賛成してくれるよ?(拍手)
それしかないのよ。

わしら自民党一本でおる。
え〜〜と、中二階いうとったけどな。
4階5階の連中、これみんな朝鮮総連にやられてもうとる。
だからこの状況が生まれて来とる。
なぜか?
朝鮮総連を、一言で「困ってるんやから助けたる」と、1兆何千億もの税金を注ぎ込んでしもた。
それと朝鮮総連を手入れする。
これ情報が漏れてもうて、行ったらダンボールに2〜3杯にしか資料がなかった。
これで終わってるのよ?
そんなおかしいことないですよ?

朝鮮総連のトップ引っ張ってきて、「どこに隠したんや?」と、泥を吐かせる。
これしかないのよ?
何もやってないのよ?
やろうとしたのか、やらされなかったか。
とにかく我々の眼から見たら、とんでもない話でぶん殴ってやりたい。
そういう思いでわしらは朝鮮総連の問題に関しては見とる。
そういうような・・・
(「はい、ありがとうございました」の司会者の声。西岡氏時計を指して「時間です」の合図)
(会場内、拍手と笑い)

8時55分に集会終了


有本恵子さんを救うぞ!東京集会(5)05.2.10 友愛会館にて

『増元照明事務局次長のお話』

こんばんは。
家族会の増元です。
さっき電話があったのは日経の新聞社が
「なぜ今この時期に北朝鮮がこの時期、『6者協議に出ない・核を保有している』というふうに言ったと思いますか?」って言われまして。
やはりよく考えると日本国内で経済制裁に関する要求が高まってきてると。
実際今年になって万景まだ入ってきてませんから。
これは改正油濁損賠法というのがありまして、これを1月から施行しているのが新潟なんですけど。
今、中国の保険会社の方に要請しているらしくて、4月の10日くらいには入ってくるんではないか?と先ほど言われておりました。

でも実際万景がここまで入ってきてない。
2月の16日は金正日の誕生日なんですが、それにメロン持って行ってない(笑い声)
やっぱり直接金正日が「なぜなんだ?」ということを気付いた。
で、「脅せばどうにかなるんではないか?」とまだ瀬戸際外交やってるではないか?と思いますけど。
6者協議に出ない理由として、「日本がこういう敵視政権やってるから出ないんだ」と、中国とアメリカに言うとする。
中国とアメリカはじゃあ、「日本はもうちょっと拉致問題出すなよ」と言う可能性が出てくる。
そのとき日本はじゃあどうするのか?

それを考えていかなければならないと思うし。
先ほど西岡さんがおっしゃったように、日本の立場を明確にこの時期にやっておかなければならない。
拉致問題の6者協議で拉致問題出しますよ?当然。
この拉致問題が解決しなければ経済制裁はありますよ?と。
ということを明確にアメリカにも、中国にも、言っていかなければならない。
中国が、本気で「あっ日本も本気なんだ」と初めてそう思ったら中国は北朝鮮に圧力をかけざるを得ない。
中国は今宗主国でもありますし、議長国ですから。
6者協議でまとめたいというふうに思ってる。

アメリカも一応あんまり北朝鮮に興味ないとしてるんですが、ただ核を持たせるのだけは駄目だと思ってるわけですから。
金正日政権の案件を 6者協議に出して一応まとめる姿勢だけは見せなきゃいけない。
これが崩れたら安保理だと考えているはずですから。
だからどっちにしても出させなければならない。
でも日本が毅然としてやってたら両方の大国が北朝鮮に対して動かざるを得ないということになってる。

ここで日本政府がどうするんだ?と。
「6者協議に出ない・核を持ってる」
この報を受けて日本政府がどういう対応をするか?
私は多分小泉さんがまた弱気になるんだと思いますが。(笑い)
国民の皆さんがどうするか?ということです。
こんなことを言って、じゃあ拉致問題を棚上げするようなそういう機運があるとすると、私たちはやっぱり声を上げていって頂くしかない。
国民がこの国の政策を変えていかなければならない。
小泉さんの弱気を変えていかなければならない。
小泉さんが日本を売ったとすると、辞めてもらうしかない(拍手)

日本の中の経済制裁の機運、さほど変わってないから向こうも困ってるんです。
それがああいう無謀な瀬戸際政策の発言になってるんではないか?と言う私の感想です。
そこではわれわれは絶対に屈してはいけないし。
あんなのに屈したらどこまで付け込まれるか分かりませんからね。
ここは日本として毅然としてやっていただきたいと思っています。
よろしく願いします。(拍手)

有本恵子さんを救うぞ!東京集会(4)05.2.10 友愛会館にて

『飯塚繁雄副代表のお話』

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皆さん遅くまで大変ご苦労様です。
いろいろ動きが激しくなってくる中で、我々いろいろ考えが及ばないところもあるんですけども。
いろいろ解説を聞きまして、北が6カ国の協議に出ないと。
これは日本のせいだと、いう雰囲気が私には感じられます。
と言う事は逆に拉致の問題ってのはものすごく向こうは注目って言うか、注視している。
そういう表れではないかな?と
という事は逆に西岡さんが言ったように、今が北にハッキリした態度を示すいいチャンスではないか?と。
いう風に考えます。

我々は口を軽くして、経済制裁・経済制裁って言ってますけども、これは本当に家族の人たちからすればいろんなリスクを当然考えるわけですね?
もしかしたら解決の糸口が切れてしまうんじゃないか?
さらに言えば殺されてしまうんではないか?とか。
そういった思いを込めながら、しかしこれをやらなければいつまで経っても解決しないと。
いう固い決意でですね、北に対する強い態度をぜひ、ということで、一昨日も官邸の方に500万の署名を持って行きながらお願いしてきました。
まぁ、官房長官しか会えなかったんですけど。
「皆さんの気持ちを汲んで頑張ります」とは言ってくれましたけどね。

私も昨日曽我ひとみさんのお父さんの告別式に行って参りました。
寒い雪のある葬儀場だったんですけども。
一貫してひとみさんはまっすぐ顔を上げられなく、目を真っ赤にしてですね。
こんな事件がなければもちろんこんなお葬式もなかったろうと、いうような気持ちで。
お母さんに、ぜひお父さんを会わせてあげたかったという思いがまだまだ強く残っていると。
悲しみの中にいると、いう感じでした。
幸いにももちろんひとみさん本人、それから子供たちも帰ってきて、一時会って生活が出来ましたけども。

やっぱりそういうことを考えますとですね、待ってる家族。
もちろん向こうに連れて行かれた被害者が一番大変ですけども、それを救出する、あるいは救出活動する待ってる家族の方がですね。
そしてどんどん年をとって行きます。
我々もそうなんですけど、やはり帰ってきた後の被害者のケアをしなくちゃいけないんですね?
精神的なもの、あるいは経済的なものを含めて、きちっとフォローしてあげなければいけないという責任まで我々は考えております。
従ってその余力を取っておかなければいけないと、言うこともありますので。
一刻も早くこの問題を解決していただきたい、という一心で、信念でおります。
早紀江さんも全身痛くて、今日も明日もお昨日も一昨日も、という感じで全国を回ってます。
有本さんのご夫妻も一番高齢ですけども、(明弘氏の声・・・ただし言葉は聞き取れず 会場笑い声)奥様も足を引きずってですね、皆さんに訴え続けています。

私たち専門家じゃないですから、あんまり難しいことは言えませんが。
ただ言えるのは、ハッキリと向こうが認めた拉致。
被害者を帰して欲しいと。
それだけなんですね。
それを皆さんに、大きな力を頂くためにいろいろ訴えております。
その効果もあってやっとここまで来ましたけども、これからがいわゆる正念場かと思いますが。
いろいろ聞きまして難しい問題が山積している中でいろいろ悩むんですけども。
国民の皆様の声が一番強いということを信念に置きまして、私たちこれからもまた頑張っていきます。
よろしくお願いします。(拍手)

有本恵子さんを救うぞ!東京集会(3)05.2.10 友愛会館にて

『西岡力副会長のお話』

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ちょっと風邪をひいてますのでお聞き苦しいところがありますがご了承ください。
今のお話を聞きながらいろいろ思い出していたんですけど。
実は私はいろいろな所で書いたりしゃべったりしてまして。
97年の3月の家族会結成までは、日本は国家として、そしてマスコミも国民も拉致被害者北に囚われてきた人とその家族を見捨てて来たと思うんですけども。
97年の3月に至るまでの過程で、大きく2段階があったんだなと、今も思い出しながら頭を整理してたんですけど。

77年から78年に拉致が多発する訳ですね。
めぐみさんの事件は77年で、78年には蓮池さんたちや曽我さんがやられていく訳ですけども。
それ以前にどれくらいのものがあったのかということが、まだ分からないので私の分析は今かなり明らかになってる物だけの分析なんです。
これはまたその枠組みが大きく変わるかも知れないんですけど、その前提でお聞きいただきたいんですけども。

77、78年くらいに多発して発生したわけです。
日本政府が認定しているものもそこが多いわけです。
10年間は何もしなかったわけです。
日本政府は今認定できてる77年78年の拉致については、事件直後から拉致であることを知っていたんです。
だから認定できてるんです。
後になってから証拠が出て来たんじゃなくて、当初から拉致であることについて分かっていたから、認定できてるんです。
分かってなかった拉致もあるんです。
それはもっともっと時間が経てば証拠が出てこないですから、認定は難しいですね。

具体的にいうと電波です。
工作船が来てるとき電波を出してるわけです。
暗号がかかってるんですけども、この電波帯を日本は掴んでいたわけです。
電波が日本海を飛び交えば北朝鮮から船が来てる。
何ヶ所かで傍受しますと、場所が分かるわけです。
来てるというと、警戒をするわけです。
警備警報と言いまして、警察がコリアンボート警報というのをかけるわけです。
1978年の8月には何回もコリアンボート警報というのがかかっていたんです。

警察庁の中でその電波を傍受していた実務責任者の幹部が、2002年の年末にある大手の新聞のインタビューに答えて、「当時私は徹夜で家に帰らなくて泊り込みで仕事をしていた」と。
そして福井沖に来てると。
工作船が来てると言って警戒していると、福井県警からおかしなアベック失踪事件が起きたという報告が上がったと。
その後新潟沖に来てると。
分かって警戒していたらば、またおかしなアベック失踪事件が起きたと報告が上がってると。
そしてその次に鹿児島から来たと。
北朝鮮による拉致だと報告書を書いたと。
その時点ですね。
と言うことをある大手の新聞にしゃべっているんです。
もう辞めてらっしゃる方ですけども。

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