2005年05月15日

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(4)05.5.12 豊島公会堂にて

『曽我ひとみさんのお話(4)』

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※西岡氏
めぐみさんのことで覚えていることを佐渡でもお話いただきましたけど、覚えてることをここでもう一度ご紹介していただけませんか?

☆曽我ひとみさん
すごく絵が上手で、一緒になって一ヶ月くらいした頃だと思うんですけど。
紙に鉛筆で写生って言うんですかね?
手の形を描いてくれて。

※西岡氏
曽我さんの手を描いてくれたんですね?

☆曽我ひとみさん
そうそう。
ですごく上手で、私が日本に来るまでずっと大切に持ってました。

※西岡氏
日本には持って帰ってこなかったんですか?

☆曽我ひとみさん
持って帰って来なかったです。

※西岡氏
残念ですね。

☆曽我ひとみさん
本当に今思うとすごく残念なことがあります。
で、いろんな博物館を見て回って観たんですけど。
めぐみさんはやっぱり美術が好きだったみたいで、歴史博物館とか革命博物館とか、いろんな博物館を一緒に観て回ったんですけど。
その中で美術博物館はもう一回行ってみたいなぁと、めぐみさんはそう言ってました。
私はあまりちょっと美術に興味も無かったんで、私は「どっちでも良いよ」って感じで。

招待所の中ですから、中々自由に外に出ていろんな所を見るっていうことができなくて。
だから一度外に出て、そういうところを観る時は面白くても面白くなくても、なんか、開放感って言うんですかね。
そういうのがあったりして。
そういう時は本当に店に行く時とか、ごく少ないんですけど、そういう時間が二人とも大好きでした。

※西岡氏
普通は招待所で家庭教師みたいな人が来て二人で勉強するんですか?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
朝何時くらいからどのくらい勉強するんですか?

☆曽我ひとみさん
朝、そんなに早くは無いんですけど、まぁ起きて食事をして、それから9時くらいから勉強を始めて。
チュチェとか思想、そういう勉強。
それから日本との戦争がありましたけど、その時の英雄たちの活躍ですか?
そういうのを紹介したような本。
だからそういう本を沢山読んで、あなたたちもこういうふうにしなくちゃいけないんだよ。
こういう生活しなくちゃいけないんだよと、教えられたと言うか。

※西岡氏
本って日本語の本ですか?

☆曽我ひとみさん
いえ違います。
朝鮮語です。

※西岡氏
朝鮮語で勉強させられたんですね?

☆曽我ひとみさん
そうです。
そういう勉強とか、基本的にはそういう勉強でしたけど。
でまぁ午後からは庭しか散歩する所が無かったですけど、庭で散歩したり。
ちょっと広い招待所なんかでは運動とか縄跳びとか、まぁ出来たんですけど、狭い所だと外に出てもほとんど庭が無いと言う、そういうところもあったりして。

※西岡氏
つまり転々と移ったということですか?

☆曽我ひとみさん
そうです。

※西岡氏
ひとつの所にどれくらいの長さいるんですか?

☆曽我ひとみさん
う〜ん、必ずしも決まっては無いです。
まぁ一ヶ月とか三ヶ月とかそんな感じです。

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