2005年05月18日

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(11)05.5.12 豊島公会堂にて

『横田拓也事務局次長のお話』

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皆様こんばんは。
めぐみの弟の拓也と申します。
本日、曾我さん本当に、お話し頂きましてありがとうございました。
被害者本人でありながら、辛いお気持ちであったと思います。
そして家族に対して、国民の皆様にこうして、公の場でお話しになるのは本当に辛いことだと思いますけれども、逆にそれは私達にとってほんとに大きな武器になりますし、感謝の気持ちを改めてお伝えできればというふうに思います。(拍手)

今曾我さんの方からのお話があった〜当時拉致されたときのお話しですけれど〜袋に入れられてから小さい船に移って、しばらくして大きな船に乗って、その中の小さな部屋で初めて袋からでだというお話しでありました。

スパイ工作というのは、おそらく、するまでも周到に計画されて、した後も周到に証拠を湮滅しながら引き上げていくと言うことが、やり口、これ常套手段だと思います。
こうして何もわからないまま、拉致をされて、わからない時間だけが過ぎていくということは、このやり方というのを私達は、もう一度深く認識、理解して行く必要が今後はあると思います。

先程来お話の中にもありましたし、これまでも私達の活動の中でもご紹介している点でもありますけども、相手というのは、幸せな、明るい家族から引き離す相手であり、そして、美しい日本から、一方的に、強制的に、暴力的に拉致してしまうテロ国家であると、こういう事を、やはり、私達、相手がどんな相手なのかと言う事を改めて強く認識していく必要があるんだと思います。

そして、北朝鮮というのは、この拉致問題においてもそうですけれど、最近になっては特に必要以上に核の脅威を煽って地域の不安定化を煽っている相手であります。

これはもう、拉致の対応に不誠実であると共に、こういった核の問題を武器にしてる相手というのは、明らかに日朝平壌宣言に違反しているという事は誰の目から見ても明らかな事実でありますから、(拍手)やはりここは日本政府、特に国家の責任者である小泉総理がですね、国の意志を持って『あなた達はもう違反をしているのだから、私達日本は経済制裁を発動するんだ』と言うことを言って頂ければという風に思います。
(拍手)

私達の気持ちはひとみさんと一緒であります。
そしてミヨシさんを救い出す気持ちには変わりはありません。
みんなが一人残らず、政府の認定している方、していない方も含めて全員が帰ってくる事が出来るまで、私達も叫び続けますし、皆様方も変わらぬご指導、ご支援をお願いできればと思います。
(拍手)

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このエントリーのテキスト化は金木犀様の手によるものです。


曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(10)05.5.12 豊島公会堂にて

『有本嘉代子さんのお話』

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こんばんは。
有本惠子の母でございます。
本当に先ほどからの曾我さんのお話しを聞いておりまして、本当に月や星を見てそう思ったって仰っていましたけど、私も、日本の国から空を見て、本当にそう思ったことがあります。
『惠子は今頃どないしてるんだろうな〜』と思って、やはり空を見て星を見て月を見て『帰りたいな〜』と思っているんじゃないかなと、そう言う気持ちはずっとしていました。

だから、何とかして私達の元気な間に、救い出してやりたいという気持ちでいっぱいです。(拍手)
それはみなさんのお力によって、きっと良い結果が出ると思いますので、ど〜か、これからもみなさまご支援くださいますようによろしくお願い致します。(拍手)

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このエントリーのテキスト化は金木犀様の手によるものです。

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(9)05.5.12 豊島公会堂にて

『有本明弘さんのお話』

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みなさん、こんばんは。(拍手)
曾我さんのお母さんの救出のためにたくさんお集まり頂きましてありがとうございます。

問題は、みなさんごよく存じのように、あの国は、どんな証拠を突きつけても馬耳東風で受け流してしまう、それに対して我が国は何も出来ない、こういうような状況が家族会を結成してからもう8年もなりますが、ずっと続いているのであります。

そう言うことに関して、第一回小泉さんが訪朝して以降、話し合いだけでは向こうに通じないというので、制裁をしなければならないということで自民党の先生方、野党の先生方、安倍晋三さんを頭にして、制裁法案を加工(可決の言い間違い?)してくださいました。

そうした中で、いざ制裁をかけるというような局面になってきて、小泉さんの行動がちょっとおかしくなって、もうあの国に制裁をかけられないような状況が、今現在作り出されております。

それに対して我々は『制裁を施行せよ』と、小泉さんに迫っているわけですが、これが果たしてどういうような結果になるのか。
私達はこの主張を曲げずに、皆様の協力を得て、力強く小泉総理に『制裁をせよ!さもなくば引退して貰いたい』と、そういう気概を持って、政府に迫っていきたいと思いますので、今後ともいろいろ私達のために協力をお願いして、挨拶と代えます。
ありがとうございます。(拍手)

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このエントリーのテキスト化は金木犀様の手によるものです。

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(8)05.5.12 豊島公会堂にて

『横田早紀江さんのお話』

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今日は本当に曾我さんありがとうございました。
いろいろと本当にどんなに怖い想いと、考えられないような苦しい想いをなさってきたんだな、そして、お母様がまだ見つからないと言うことが、どんなに心に残って毎日過ごしていらっしゃるんだろうと思います。

めぐみと、−ほんとに不思議なことなんですけれど−そのような中でめぐみと巡り会ってくださって、そして、もっとちょっとめぐみが幼かったら、どんなにか気が狂うような毎日だったと思いますけど、ひとみさんに出会ったことで、『あー、良かった』という想いがしたんだと思いますし。

そしてその中でお話しくださったように、私達がいろいろテレビでみているような、飢えている人達の姿とか見ていると、『どんな生活しているんだろう』と言う想いをしていたことが、少しは、まぁいろんなものを頂き、いろんなお話しをしあいながら暮らしていたんだなということで、ほんとにひととき、ほっといたしました。

ほんとにお世話になったこと、有り難く思っています。
一日も早く、めぐみちゃんも、そして他の皆さまも、曾我さんのお母さんも、必ず、日本が、国が挙げて、本当に本気で探し出して連れ戻さなければと思っています。

よろしくお願いします。(拍手)

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このエントリーのテキスト化は金木犀様の手によるものです。

曽我ミヨシさんを救うぞ!東京集会(7)05.5.12 豊島公会堂にて

『横田滋家族会代表のお話』

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(拍手)
私は曽我さんが日本に帰国される2ヶ月か3ヶ月くらい前だと思いますが、救う会新潟が佐渡で集会を開いた時に参加しました。
そして佐渡を案内してくれた時に、真野のところで「ここで県立病院の若い看護婦さんがいなくなったんだ」と言うことを聞きました。
その時お母さんの話は聞かなかったような気がするんですけど。
そして外から入った場合、湾が入り組んでいてちょっと入ればすぐ隠れることが出来るし。
陸の方から見てもちょっと中に入れば非常に分かり難い所って言うので、隠れるには都合の良いところというふうに言ってました。

曽我さんとめぐみは一緒に暮らしたことがあったわけなんですが、やはりめぐみにしても誰も日本人がいないところで初めて自分よりちょっと年上の、比較的歳は近いんですけど、ちょっと年上の人が現れたと言うことは非常に心強く思ったと思います。
そして曽我さんからはこれまで何回かお手紙頂きまして、めぐみの誕生日、と言うことは曾我さんが行かれてちょっと後ですかね。
めぐみは10月ですから。
その時も誕生日の様子なんかも教えていただいたんですが。

その時は近くの所にドライブをして、それから家に帰ってきて、魚や肉や野菜無い物はないって言うほどのご馳走を作ってくれて食べたということ。
そしておばさんがケーキを焼いてくれたんですけど、それでも「お母さんだったら、もっと美味しい物を作ってくれたのにね」、と言ったということを聞いて。
招待所のおばさんと言う人は親切な人だったと思いますし、一時かも知れませんけど幸せな時代があったのかな?と感じましたし。
それは曽我さんに心から御礼申し上げます。
逆に曽我さんの方からもめぐみを世話することによって、ある程度気がまぎれたんじゃないかと思いますし。
二人が暮らしてたと言うことは本当に良かったと思っています。
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