2005年05月27日

余計なお世話かもしれませんが

「家族会・救う会の座り込みも辞さず」の報を受けて、気がかりに思うことがあります。
今回、救う会はどこまできちんとした戦略を持って事に当たっているのだろうか?と言う点です。
戦略も無いまま、場当たり的にその場の勢いだけで突っ走るような座り込みであれば、かえって失う物の方が多過ぎる結果となりはしないだろうか?
それらの事を今とても心配しています。
正直申せば、私はこの座り込み案を積極的に賛同する気持ちにはどうしてもなれません。
座り込みの効果、プラス・マイナスを考えた場合、どうしてもマイナス面の方が多いような気がしますのでね。
以下、私なりの考えを少しまとめてみたいと思います。

例え家族が座り込みという実力行使をしても、多分小泉さんは動かないだろうと個人的には感じています。
座り込みを受けて今更小泉が動くくらいならば、とっくの昔に制裁発動してるでしょうから。
もちろんそれ位の事は、ここで私が改めて言わずとも、拉致問題を支援する皆さんにはすでに周知のお話でしょうけれどね。

それだけに、支援する側のフラストレーションもたまりにたまっているのが今の現状です。
そのイライラが高じる余り、支援者の側が熱くなりすぎて、疲労困憊しきっているご家族に更なるプレッシャーをかけている側面は無いのか?と言う素朴な疑問を感じております。
言うまでも無く一番ストレスをためているのはご家族です。
彼らの疲労は限界値のそれをとっくに越しているのですから、支援者の側が怪気炎を上げすぎて、家族に更なる追い打ちをかけるような事態だけは慎みたいものだと思う。

それと一番危惧することは、座り込みをして本当に一般世論の賛同を得られるのかどうか?と言う点です。
小泉支持率の高さという側面をまずは考えねばならぬでしょう。
下手をすれば「座り込み=小泉への反逆」と取られかねない危険性もあると思います。
その場合、最悪昨年の5.22家族会バッシングの再来という事態になりはしないだろうか?
私の中では一年前の家族会バッシングの悪夢はまだ消えてはいない。

家族の苦しみを今の日本国内で知らない人はいないでしょう。
それでも支援・支持の輪が思うように広がらないのはなぜなのか?
忘れっぽい日本人の気質、一向に動かぬ政府に対する諦めの気持ち・・・等々。
支援の輪が広がらない理由は色々あるでしょう。
しかし世間の無関心・無理解だけが支持が広がらない理由と言えるのでしょうか?
良かれと思っての私たち支援者側の行為が、知らず知らずのうちに端からは慢心や傲慢と取られて、世の反発を受けている側面は無いのでしょうか?
私たちの今までの支援策に手抜かりや手落ちは無かったのでしょうか?
追い詰められたこんな時だからこそ、自分たちの今までの支援のあり方を謙虚に振り返る瞬間があっても良いと思う。

このまま無為に時をやり過ごせば、拉致問題が本当に風化しかねない危惧は、私も強く感じています。
でも・・・今、座り込みをすることが果たしてどれほどの効果があるのでしょうか?
座り込みはある意味最終手段です。
両刃の剣の一面があります。
これが失敗すれば、後の策がありません。
事態が仮に悪い方に転んだ場合、今度は本当に拉致問題に対しての世間の関心は坂道を転げるように薄れてしまうのではあるまいか?
あるいは熱心な支援者が意欲を失い、支援することに疲れて、次々と支援活動から離れて行きはしないのだろうか?

万が一そういった最悪の事態を招いてしまった場合の、フォローの方法は準備してあるのでしょうか?
対策はあらゆる場面を想定し、十分すぎるほど策を練った上での座り込み実行であって欲しい。
何の策も無く行き当たりばったりの座り込みなら、失う物が多すぎるようにも思います。
その場合は勇気を持って中止する決断も必要なのではないか?と思うのですが。
私の考えは甘いでしょうか?

最後に。
何よりも気がかりなのは、ご家族の健康問題です。
梅雨時の座り込みとなれば、高齢のご家族に大変な体力的な負担を迫ることになりましょう。
ネット上では座り込みへの気勢を上げる声がかまびすしい。
その気持ちはとても良く分かります。
私だって、小泉ののらりくらりには、本当にイライラさせられる。
しかしご家族も生身の人間なのだということを、支援者たる私たちはちょっと忘れてはいないでしょうか?
むろん、拉致問題の悲劇を世に訴えるには当事者の家族が先頭に立つ方が、戦略として断然インパクトがあるのは当然の事。
ですが、座り込みへの意気込みばかりが先行し、ご家族の健康に配慮する意見があまり見受けられないことを少し悲しく感じています。

これらもろもろの懸念や心配は私の単なる思い過ごしなのかもしれません。
しかし、今のご家族に冷静に戦略を練る精神的・体力的な余裕は、無い。
だからこそ、支援者は冷静すぎるほど冷静に、冷徹なほどの洞察力をもって事に当たるべきではないのか?と。
家族と一緒に熱くなりすぎて、周りの状況が見えなくなっては何のための支援者なのか?とも思うので。

皆様はいかがお考えになりますでしょうか?


posted by ぴろん at 14:33| Comment(18) | TrackBack(5) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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