2005年06月10日

田中実さんを救うぞ!東京集会(1)05.6.9 友愛会館にて

集会会場で配られた田中実さんに関する資料を初めにご紹介します。
少し長いですが、田中さん拉致を理解する上で貴重な資料ですので、ぜひ目を通してください。

・・・以下資料を全文転載・・・

「田中実さんについて」      救う会・兵庫 長瀬猛

1.田中実さんに関する基礎資料
・田中実さんのプロフィール
昭和24年(1949)7月28日生まれ、本籍神戸市東灘区。
幼いときに両親が離婚、神戸市内の養護施設で育つ。神戸市立高羽小学校、鷹匠中学校、神戸工業高校を卒業の後、市内のパン製造会社に就職するが退職、失踪直前は阪神「青木」駅近くの中華料理店「来大」の店員だった。
・拉致の暴露 張龍雲氏の告白
平成8年(1996)12月発刊、平成9年1月号の「文藝春秋」に、神戸在住の在日、張龍雲(チャン・ヨンウン)氏が、自らが北朝鮮工作機関「洛東江」のメンバーであったことを告白して、同組織の韓竜大(ハン・ヨンデ)と曹廷楽(チョ・ジョンガリ)が共謀の上、昭和56年(1981)年6月6日、田中さんをウィーンに連れ出し、モスクワを経由して平壌へ拉致した事実を暴露した。韓は彼が勤めていた「来大」の経営者だった。
平成11年(1999)には、「洛東江」の謀略を詳述した張氏の著書「朝鮮総連工作員(黒い蛇の遺言状)」が小学館文庫より出版された。張氏は平成13年(2001)持病の悪化意により他界された。
・行政の認識
平成8年(1996)12月12日、兵庫県議会警察常任委員会にて大前繁雄県議(現衆議)が、同月発刊の文藝春秋を取り上げ、「警察は何か情報を得ておられるのか、得ておられるならお示し頂きたい」と糾した。
大橋警備部長(当時)は、「調査の結果、神戸市内に居住していた同姓同名の人物が、昭和53年に成田から出国した後、現在まで所在不明となっている事が判明している。この人物が記事に言う当該田中実氏と同一であるという可能性は否定できないと考えている。県警としては、当該人物の行方については、拉致された可能性も含めて慎重に調査しているところである。」と答えた。

2.救出活動の経緯
・張龍雲氏との出会い
平成12年(2000)年秋、神戸市内において、ある団体の設立記念式典が開催され、記念講演の講師として張龍雲氏が登壇された。私たちにも理解を示してくれていたこの主催団体は、同年3月に家族会と救う会が実施した「50万トン米支援反対抗議行動」所謂「座り込み」に関する報告の場を提供してくれた。
張氏とはこの催しの楽屋で初対面の挨拶を交わした。すでに持病の糖尿病がかなり進行していると語り、もっと早く皆さんに会っておけば良かったといって手を握って頂いた。車椅子から降りる時も奥様の介添えを必要とする程、その病状は相当なものだった。いつでも分からないことがあれば尋ねなさいと言って指し出された名刺を受け取ったが、この半年後、張氏は帰らぬ人となった。
この日の講演内容は、前年出版の「朝鮮総連工作員」に関する内容であり、特に田中実さんのくだりについて詳しく言及されていた。
これ以降、県下で実施する街頭署名活動においては、有本恵子さんと一緒に田中実さんの名も連呼するように努めた。しかし、田中実さんに関する世論の関心は極めて低く、また張氏の告白を補完するような新たな証言や証拠も得られずに、時の経過を許す日々がつづいた。
・田中実さんの写真公開
平成14年(2002)は、3月には八尾めぐみ氏が有本さん拉致を証言、9月には小泉首相が電撃訪朝、何ともドラスティックに変動した感があるが、その影で田中実さんに関して重大な事実が発見された。
田中さんと同い年の岡田和典氏が同じ学区(中学校)だったことが判明、彼は中学校から私学に進学したが、多くの同窓生は田中さんと同じ鷹匠中学校へ入学しており、ここで田中さんと同窓になったのである。「灯台下暗し」とはまさにこの事である。
岡田氏が早速同窓生に呼びかけたところ、あどけなさの残る中学時代の田中さんの写真がもたらされた。これが声明と共に公開された1号写真だった。
9月16日の「総理訪朝緊急国民大集会」開催直前、日比谷公会堂の楽屋で開催された幹事会は、異様なまでの緊張感につつまれていた。訪朝直前に家族との面会を拒む小泉総理に語気を荒げる人々も少なくなかった。その最中1号写真の掲載されたチラシは披露された。
しかし、事態はこれで終わらなかった。小泉総理が機上の人となり、私たちも帰路に着いた同日、また新たな証拠がもたらされたのである。
何と高校時代の卒業アルバムがもたらされたのである。そこには1号写真からは窺い知ることのできない、生き生きとした男子としての田中さんが収められており、その豊かな表情は私たちの認識を一変させた。「田中さんは生きている!」
帰国した小泉首相が「5人生存10名死亡」と家族に告げたその夜、私たちは憤りに打ち震えながらも「このままでは田中さんは見捨てられる」と異口同音に思った。
9月22日、緊急報告会として有本さんにご登壇いただいた後、この2号写真(数種類)をマスコミに公開した。この2号写真は衝撃をもって受け入れられたらしく、各紙に田中さんが大きく取り上げられた。さらに情報は寄せられ続けたのである。
・恩師渡辺友夫先生
田中さんが在学していた頃の神戸工業高校の技術課程は、1年から卒業までの3年間クラス替えが無かったそうである。それ故に彼のことを覚えている人々も多い。ただ卒業から40年近く経って、夫々の人生を歩んでいる同窓生たちが名乗り出るのは、やはり困難な事であり、私たちもそれは覚悟していた。しかし、そんな事はものともせずに立ち上がった人がいる。3年間担任教師であった渡辺友夫先生である。
学校OBに知己のある知人を介して、「親代わりに」という申し出を受け、さっそくお宅へ赴いた。
ご高齢には違いないが、かくしゃくとされた方である。挨拶もそこそこに田中さんの思い出を語られた。「彼は施設から通っていたので、常に気にかけていました。当時の同級生には同じ境遇の者は居なかったので、心配したのですが、屈託の無い笑顔をする奴でした。しかし弁当が(施設で提供される)小さくて粗末だったので、職員室に呼んでおかずを分けてやったりしました・・・」ひとしきり語り終えた先生の目には、涙で一杯だった。
以後先生には、あらゆる場所へお運び頂き、田中さん救出を訴えていただいた。そしてついには、青森県八戸市で隠遁生活を送る韓竜大を訪れて、彼に直接会った。
同行した雑誌記者によればへらへらとはぐらかす韓に対し、掴みかからんばかりの勢いであったそうである。
・韓竜大告発へ
小泉首相の訪朝後の11月、日朝国交正常化実務者会議が開かれ、日本側が複数の拉致被害者を照会した。何かの集会に参加していた平沢勝栄衆議に会った折、田中さんはどうなったのですか?と尋ねたところ、そのリストの最前列で照会してあるそうである。しかし、拉致認定される様子は全く感じられなかった。
この期に及んで今だ消極的な国に対し、もっと強力に訴えるものは無いか、策を巡らして辿り着いたのが「告発」だった。
「相手を訴える法律知識(自由国民社)」を参考にして書面を整えるという、まことに稚拙な物ではあったが、可能な限りの証拠集めの奔走した。
田中さんが育った施設関係者の証言、張龍雲氏が「拉致工作」を告白した横田夫妻へ宛てた手紙、そして渡辺先生の証言。しかし事件性を窺わせるものがなく、途方に暮れたが、同郷の岡田氏が執拗な調査を続けて、ついに決定的な証言を得た。それは、田中実さんと同じ施設で育った後輩の、金田龍光さんを一時期雇っていた雇用主の関係者によるものである。証言者と金田さん及び周辺関係者は、田中さんの働いていた中華料理店「来大」へ頻繁に出入りしており、金田さんは金ちゃんと呼ばれ親しまれていた。田中さんが姿を消してから後、オーストリアからの国際郵便が金田さんへ届けられた。差出人は田中さん。内容は「オーストリアは良いところだから、君もこっちへ来ないか」という誘いだった。金田さんは筆跡に疑いをもち、この証言者に打ち明けていた。しかし、この誘いを受け入れてしまった金田さんは、渡欧準備のために上京することになり、何とこの「来大」で送別会が開かれたそうである。
上京した金田さんは音信不通となり、約半年後に証言者の近親者が「来大」の韓を詰問したが、韓は「しらない、分からない」という要領を得ぬ返事に終始した。
以上の内容を、国外移送目的略取等(刑法226条)を罪名及び罰則とする、告発状に添付して、平成14年(2002)10月4日、兵庫県警に提出した。受理はくしくも10月15日、拉致被害者5名の帰国の日だった。
・張龍雲氏の置きみやげ
田中さんに関る原点は、それは言うまでも無く張龍雲氏の告白であり、その著書「朝鮮総連工作員」である。しかし刊行物に著されたものに、犯罪を立証するだけの証拠価値があるのか否か、その疑念は当初から私たちの心を煩わした。
張氏の死去から2年近くたっていたが、そういえば「わからないこともあれば、いつでも尋ねなさい」といわれて受け取った名刺があったことを思いだし、思い切って訪ねてみることにした。
以下は情報提供にあたり秘匿を約束したため、実名は差し控えるが、その関係者は私の申し入れを快く承諾くださり、張氏が遺した膨大な量の日記を貸して頂いた。
中には大乗寺事件や十文字山事件といった、関西在日社会でおきた経済事件(詐欺)に関する記述も多いが、中でも特筆すべき資料を発見することが出来た。
それは平成9年1月に山形県下で起こった、張氏と曹の民事紛争に関る告訴状である。内容は「洛東江」という組織名を挙げて、曹が非合法組織に幹部であり、その活動の一貫として資金を集めているというものである。
ということは、曹は平成8年から9年にかけて、月刊誌・単行本による表現と、利害の対立する法廷における一方的な表現により、著しく名誉を傷つけられている訳で、当然の事ながら対抗処置としての、誣告罪や名誉毀損による告訴を行うべきところを何もやっていないのである。
しかも当確民事紛争は結果的には曹に軍配が上がっているにも関わらずである。
張の日記は、私たちが曹を告発するために大いなる置きみやげとなった。私たちは準備に着手した。
・曹廷楽告発へ
曹は事件を手動したと考えられるだけに、何としてもそれを裏付ける新たな証拠を入手しなければならない。しかしもはやそれは、民間人の領域を踏み越えており非可能に思えた。
「何故反論しないのか?」本人に訊くのが一番ではあるが、山形県から一件の家を探し当てるのは容易ではない。ここでも調子の日記が活躍して、まず曹が経営する遊技場の所在地が判明し、各地の関係者にもご協力頂き、ついに曹の自宅を突き止めたのである。
平成15年6月、ある雑誌社から直撃取材同行のオファーを受けた。「この機会を逃してなるものか」私と岡田氏の2名は躊躇なくこれを承諾し山形へ飛んだ。
張り込み3日目、奇跡的に温泉へ出かける曹をキャッチして、直撃取材が成功した。
当初激しく抵抗したが、すぐに落ち着きを取り戻し着席して私たちの質問に答え始めたやりとりは1時間以上に及び、概ね以下のような理由から、私たちは告訴へ踏み切る決意をした。
 1).田中さんが拉致されていること自体は否定しない。
 2).曹は平成14年に韓国へ渡り、当局へ身の上を告白した。韓竜大は2年前にそれを終えている。
 3).名誉を守るべき手立てを講じない理由はなかった。
 4).肝心な部分は、否認するのではなく、韓竜大に訊けとはぐらかす。
 5).文章による回答を求めた質問状にまともに答えようとしない。
罪名罰条は前回同様に、平成15年7月22日に提出した。受理は約10日後だった。

3.問題点
・田中さんの出国に関する疑問
韓竜大の告発については、警察は「出獄記録ならびにパスポート申請記録を探しているが、当時はすべて紙媒体であり、保管されていない可能性が高い」として、物証が無いと言わんばかりであるが、それならば平成8年12月の兵庫県議会警察常任委員会における警備部長答弁では何故「昭和53年6月6日」出国と認めたのか?
・韓国の司法当局への告発について
韓竜大・曹廷楽の両名に共通する供述の中に、「韓国に行って当局に洗いざらい話した」というくだりが存在する。更に、曹の話によれば韓国での供述に基づき、日本の警察も聴取にやって来て、それに応じたとある。
これが真実ならば、日韓の超法規的捜査協力が存在することが疑われる。
また日本の警察にも・・・・という事になれば、一種の司法取引が超法規的に為されたということにならないか?
・告発の取り扱いについて
韓の告発から2年5ヶ月、曹の告発から1年7ヶ月が経過しているが、もし、事実誤認があって犯罪が成立していないのならば、一刻も早くそれを表明して両名の名誉が不用に毀損され続けている状態を、終わらせなければならない。
あるいは、犯罪の事実はあるが起訴が難しい場合、これは捜査を怠る(たな晒しにする)理由にならず、捜査はしなくてはならない。
道義的責任があっても、法律が無いが故に犯罪が成立しないのであれば、国家治安の根幹に関わる重大事であるから、捜査はしなくてはならない。
時効が成立するか否かが判断し難いならば、内閣法制局に見解を出させる必要がある。
これらの何れの結果も出さず、事実上のたな晒しを続けている現状は許されない。

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この資料のテキスト化は一部金木犀様のご協力をいただきました。
尚、資料の中で明らかな誤字脱字と思われるところは、こちらの判断で訂正してありますのでご了承ください。


2005年06月09日

国家主権を忘れた国、日本

「田中実さんを救うぞ!東京集会」から帰宅しました。
今回の集会で一番強く感じたことは、タイトルにも上げたとおり、一体全体日本という国はどこまで国家としての自覚を失っているんだろうか?と言うことでした。

安明進さんの証言によれば、日本国内に潜伏している工作員の数は300人はいるのだそうです。
金正日の指令さえあれば、敵はいつでもどこかの施設を爆破したり日本人の拉致をしたりと、ありとあらゆるテロ工作が出来ると言うこと。
しかし肝心要の日本人にそういう危機感は・・・全くありませんね。

拉致は現在進行形。
国交正常化をしようとどうしようと、この構造が変わらぬ限り、将来の被害も未然に防ぐことは不可能。
当たり前のことですが、日本の北朝鮮に対する基本的な認識・危機感の欠如を突きつけられる思いがする集会でした・・・

金正日が拉致を認め、被害者5人とその家族が帰国し、一部とはいえ拉致の実行犯も確定しているのに、何も出来ない国・日本。
事は北朝鮮と言う国家によるテロ攻撃なのに、旅券法違反だの不法入国だのといった小手先の刑法で個人の罪をチマチマと叩くしかない。
そんな対処療法で、諸悪の根源が叩けるはずもないのに、ね。
でもそれが日本の悲しい現実。
日本人はいつの間に国家主権を忘れてきたのだ???
というか、そもそも日本人の精神の中に国家主権なんて観念はあったのか???

しかし多くの国民はその危うい現実にまだまだ気付いていない。
ご家族は肉親を奪われている分、日本の抱えるこの底なし沼の闇の怖さを十二分に気付いてる。
この落差の激しさが、日本の平和ボケの実態なのだよね。
肝心要の悪の根源を叩く法的な術が無い。
無いなら作ればいいのに、それもしない。
こんなに性質の悪いブラックジョークが、果たして他にあるんだろうか?

日本と北朝鮮は本来戦争状態なのだ。
それなのに、万景峰号は相変わらず大きな顔をして入港してくる。
北朝鮮からの芸術団が、日本の自治体の後援を受けて友好と称して各地で公演活動をする。
日朝中韓4カ国でスポーツ交流をする。
あげく日本の総理大臣が、悪の権化の総元締めの総連宛にお祝いのメッセージを送る。

これが戦争状態にある国と国の付き合い方なのか?
これが性質の悪いジョークでなくて何なのか?
これらの風景は普通の友好が成り立つ間柄のお付き合いの仕方でしょう?
関係者の訴えは、集会参加者の心の奥に深く深く響いていく。
本当に日本という国は、どこまで寝ぼけているのだろう・・・?

事は人の命がかかった一大事。
9.17から数えてももうすぐ丸3年。
いったい日本政府はいつまで不作為の居眠り状態を続けるのだろう?
こんな体たらくでは、拉致被害者の奪還などはるかに及ばない。
ご家族が焦りの色を濃くするのは当然の話である。

スパイ防止法、北朝鮮人権法の一刻も早い成立を望みたい。
拉致議連の先生方、あなた方はいつまで手をこまねいているのか?
さっさとやる事やってください。
それと国民の側も、いつまでも太平楽のままでいることは許されないと思いますよ?
この非常時に、いつまでも平和ボケの海におぼれていることは、ある意味犯罪的であるとも思えてなりません。

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「田中実さんを救うぞ!東京集会」のテキスト化の予定について。

この集会をよりよく理解するためには、田中実さんについての基礎知識が必要だと思います。
ですので、テキストを起こす前に集会で頂いた資料(B5版5枚分)を初めにアップします。
その後

救う会兵庫の長瀬猛氏のお話
救う会副会長の西岡力氏のお話
増元照明事務局長のお話
飯塚繁雄副代表のお話

の順でテキストを起こします。
今回の集会は少し難しい部分もありますが、拉致の本質を知る上ではとても貴重なお話であったと思います。
どうぞお付き合いの程よろしくお願いいたします。

尚、昨日のエントリーでご紹介した田中実さんの恩師、渡辺友夫氏は体調不良のため急遽集会を欠席することとなりました。
こちらも予めご承知おきの程、よろしくお願いします。
posted by ぴろん at 23:49| Comment(5) | TrackBack(7) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月08日

愛は盲目

事前に告知しましたとおり、私は明日友愛会館で開催予定の「田中実さんを救うぞ!東京集会」へ参加してきます。
いつものように集会の模様をテープに録ってテキスト化し、当Blogで順次公開の予定です。
田中実さんは他の拉致被害者と違って、これといった身寄りがない天蓋孤独の身の上です。
そのためこのたびの集会では、直接彼の人となりを語ってくれるご家族がありません。
また知名度と言う点でもめぐみさんほどのネームバリューは無く、集会もいったいどれだけの人数が集まるのか大変危惧されています。

明日は田中さんの恩師が駆けつけて高校時代の思い出などを語ってくださるほか、救う会兵庫からも田中さんの拉致の実情について詳しいお話があると聞いております。
こんなときだからこそ一人でも多くの方に集まっていただき、拉致問題に関心を持つ人はまだまだこんなにたくさんいるんだぞ!というアピールにつなげたいと思うのです。
会場近くにお勤めの方、仕事のお時間の都合のつく方、ぜひ万障繰り上げてのご参加を検討いただきたいと思います。
集会の予定をもう一度掲載しておきます。

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■田中 実さんを救うぞ! 東京集会9

日時  6月9日(木) 18時半〜20時半
場所 友愛会館 9階
〒105-0011東京都港区芝公園2-20 TEL 03-3453-5381
三田会館隣
最寄り駅 都営地下鉄三田線 芝公園 A1出口1分 JR山手線田町徒歩10分
登壇者 救う会兵庫 西岡 力
参加方法 当日直接会場にお越し下さい
参加費 1000円
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この田中さんを救うぞ集会のテキスト化作業は、およそ一週間ほどを予定しております。
その間、私の素人のたわ言をエントリーに上げる時間的ゆとりは無くなると思います。
ですので、その前にもう一言だけ言っておきたいことがあるのですが、よろしいですか?

今回の座り込みの一件に関して、様々なご意見を拝聴いたしました。
そこで感じた第一の事は、どなた様も拉致問題解決に寄せる思いは真剣である、という点です。
拉致問題の解決に寄せる気持ちに上下の区別は無い。
そのことはとても強く実感いたしました。

しかしその反面、少し心配に思う側面があることにも気が付きました。
それはご家族に対する思い入れが強すぎる余り、ご家族の境遇に共感しすぎてしまう余りですね。
一種の「愛は盲目」状態に陥っている人が案外少なくないのではないか?と言う点です。

家族の気持ちや境遇に共感すること事態は悪いことではありません。
しかし、その思い入れが強すぎる余り、家族の意向に逆らう者は支援者を名乗る資格がない、といわんばかりの一部の風潮には少し疑問を感じます。
ご家族の意向を尊重することこそが支援者の務めとばかりに、奪還運動への疑問や批判・異論の類を一切許さぬという一部の風潮は、やはり首を傾げざるを得ないのですね。

支援者を自認するならば、どんなに家族に思い入れようとも、まずは心のどこかに常に冷静さを残しておかねばならないと思う。
もちろん何か事を起こすに当たっては、一堂一致団結して行動した方が良いに決まっています。
しかし初めに団結ありきで、団結のためには異論・反論を排除してやまないという思考回路は、やはり本末転倒でしょう。
家族の境遇に思い入れしすぎる余り、周りが見えなくなり異論・反論に耳を貸すゆとりを失い、時には当のご家族よりも熱くなって先走る人は、今回の一件でも少なからずお見かけしましたが。
家族への思い入れが強すぎる余り、建設的な議論まで排除しては何のための支援者なのか?と思う。

ひたすら家族の意向を奉ることを良しとするのでは、ここで何度も言うようにそれも一種の視野狭窄です。
愛は盲目。
近寄りすぎたがために、大事なものが見えなくなる事もあるのです。
時には支援者たる者、一歩下がって冷静に事の次第を見つめる視点を失いたくは無いものだと思う。
思い込みの強さゆえに広い視野を失い、支援活動が本末転倒になっては意味が無い。
特にこの奪還運動には人の命がかかっているのだから、支援者を自認する人なら尚のこと、どんな時でも務めて冷静さを保つ努力をするべきではないか?と。

私は今回の座り込みの一件以上に、厳しい状況判断を迫られる局面がそう遠くない時期にやってくると思っています。
その時に今回のような不毛な議論を繰り返したくは無いものだと思う。
家族への思い込みの強さが、いざという局面で仇になりはしないか?
そのような危惧をする人間がいることも、どうか心の隅に留め置いていただきたいのです。
posted by ぴろん at 17:00| Comment(0) | TrackBack(4) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月07日

戦って救い出すのか?尻込みして見殺しにするのか?

まずは本日のエントリーをお読みいただく前にこちらのサイトを御覧ください。

お気に召すまま様(6.6)「座り込みに関する個人的意見」

私が拙い文章力で1週間もかけてうだうだと書き綴った今回の座り込みに関しての疑問点を、スッキリクッキリ簡潔にまとめていらっしゃいます。
お気に召す様のこのご意見に私も全面的に賛同します。

それにしても・・・あぁ、つくづく自分の文章力の無さ加減を思い知らされる(^^ゞ
もう少し論理的思考力を磨かねば・・・と深〜く反省している、私。
それにしても・・・
訪問者の皆様は、よくこの数日間、飽きもせずに私の駄文にお付き合いいただいたものだと思いましたね。
皆様のその忍耐力にもこの際、深〜く深〜く感謝申し上げます。<(_ _)>

尚、ネット上の一部には当Blogの一連のエントリーに関して、どうも激しい勘違い?をしている向きがいらっしゃると思われるので、もう一度説明いたします。
私は座り込み賛成派の全てを非難するつもりはさらさら無い。
ただし座り込みに関して「やってみなければ分からない」式の、一部の“行き当たりばったりイケイケ論者”をお諌めしているだけのこと。
拉致問題の支援のためというお気持ちがどれほど尊い物であっても、方法を間違えればそれは支援の足を引っ張るだけであり、ご家族のためにも被害者のためにもなりません。
こういう一大事だからこそ、リスクや得られる効果の程についての深い思慮があってから、打つべき策を選ぶべきなのです。
当Blogの一連のエントリーは全てその発想の下に書き起こした物。
それ以上でもそれ以下でもない。

それともうひとつ。
今回の座り込みへの賛否の議論に関して、あえて批判を覚悟で言わせて貰えば、ですね。
座り込みのリスクや疑問・懸念などの考慮も何も一切無く、ただご家族が決めたのなら賛成しようと言う安易な発想で賛成の意思表示をしたのであれば、そういう思考の順序も少し危険に過ぎはしないか?と感じています。
過去のエントリーでも申し上げましたが、慎重派・反対派の言う懸念やリスクを分かった上での賛成論であれば、こちらとしても少しは安堵して事の次第を見ていられるのですね。
けれどリスク考慮も何も無く、ただ家族の意思だから良いじゃないかと安易に賛成したのでは、それもある意味一種の思考停止ではないかと思うのです。
何か策を講じるとき、リスクや効果の程をよくよく考えた上で賛否の判断を下す訓練を、もう少し日本人は積んだ方が良いのではないか?
私は日本人の人の良い所・優しい所は誇るべき美徳だと思っています。
がしかし、いざ非常時という際に、日本人の優しさが判断の甘さにつながることを懸念する。
変人?と思われたついでに、老婆心から一言ご意見申し上げます。


前置きが長くなりました。
聞くところによれば、家族会はただ自分の感情のままに座り込みを言ったのではなく、反対論・慎重論があることも十分検討の上、苦渋の決断をしたのだと言う。
つまりご家族の皆様は、当Blogがこれまで取り上げ続けてきたリスクの数々を、全て承知の上で覚悟の上で座り込みをするというのです。
そうであるならば支援者たる者、ご家族を孤立させるような事態にならぬよう、最大の支援をしないわけにはいきますまい。

そこで冒頭のタイトルとなるわけですが。
少々過激に過ぎるかな?とも思いましたがね。
平和ボケ日本人の寝ぼけ眼を覚まさせるにはこれくらいインパクトのあるタイトルでないと、お話にならないのではないか?と思いましたので、思い切ってみました。

言うまでも無く、この瞬間もめぐみさんやるみ子さんは日本から救いが来る日を、今か今かと息を潜めて待っています。
彼らの救出が遅れれば遅れるほど、被害者の命もひとつまたひとつと失われていく。
拉致問題に無関心になると言うことは、イコール被害者の命を見殺しにすること。
見殺しにするとはつまり北の地に囚われの被害者を

“私たちの手で自ら殺すに等しい行為”

ではないか?と思うのです。
そういう危機感を、果たして今の平和ボケ日本人はどこまで深刻に受け止めているのだろうか?

本来ならば、ご家族がこの期に及んでまで奪還運動の旗頭に立たせていること事態、非常に恥ずかしく情けないことなのです。
拉致問題は単なる誘拐事件ではない。
国家主権侵害問題なのです。
同胞を理不尽に奪われたことに対して、日本人はもっと!もっと!もっと!もっと!声を大にして怒らなければならない。

この問題は家族会の人たちだけの個人的な問題などではないのです。
日本人が全うな愛国心を持ち、国家の一大事に関してもっと強い危機感を持ったなら、高齢のご家族が疲れを押してまで座り込みさせるなど、恥の極みと思うはず。
そこの所、我ら日本人は己の国家意識の欠如具合を深く深く自覚せねばならない。

救う会と言う組織に対して一種怪訝の視線で見る人がいることは承知しております。
この救出運動はあくまでも被害者とその家族のためにするのであって、救う会の面子や組織維持のためにするものでは決して無い。
ただいま現在、救出活動の中心を担っているのは救う会であるのだから、奢ることなく謙虚に真剣に、そして効果的な救出運動を展開することを望みたいのですね。
自分たちの狭い思考にのみ囚われるのではなく、広く世間一般から知恵を結集する懐の深さがあっても良いと思う。
それが家族のためであり、被害者の奪還にもつながる事だと思いますので。
これはあくまでも一刻も早い被害者奪還を願うゆえの苦言提言であり、決して救う会を罵倒することが当Blogの本意ではないことを改めて記しておきたいと思います。

そして今だ支援の輪の外にいる人、外に出てしまった人々に申し上げたい。
拉致問題に目を背けて手をこまねいていることは、無意識のうちに同胞の殺人という罪を犯しているに等しいのだと言うことを、どうか自分の心に寄せて考えていただきたいのです。
救う会の活動に賛同できないのなら、独自の活動でも良い。
それぞれが考えるアプローチの仕方で、被害者奪還のため、自分に出来る何かをして欲しい。
署名活動でも良し、集会に参加してみるも良し。
仲間内で拉致についての話題を取り上げたり、官邸や外務省にメールを送ったり。
ご家族の手記などを読んで基本的な知識を深めるのも、立派な支援活動の一環だと思います。

ともかく一人でも多くの国民が、ご家族の置かれている立場を正しく理解出来るように願っております。
そして同時に日本が置かれている現状を正しく理解して、国家主権とは何か?について真剣に考えて欲しい。
被害者の奪還のためには北朝鮮と戦わねばなりません。
話し合いなどと言う穏便な方法で救出が出来ないことは分かりきっているのだから、もういい加減日本人は腹をくくって戦う覚悟をするべきではないでしょうか?

しかし日本人は長く平和ボケのぬるま湯に浸かり過ぎてきました。
そもそも戦う覚悟とはどういうものなのか?
そこの所の自覚が足りず、どうも思考が迷走している人も少なくない。
今だ他人事のようにしか拉致問題を捉えていない人もいる。
今は非常時なのですから、それぞれがこの拉致問題を通して、国家のあり方・国民のあり方を含め、事の次第をもっともっと真剣に考えて欲しい。

日本という国が、同胞の命を見捨てるようなそんな情けない国であって欲しくはない。
日本国民が安易に同胞の命を見殺しにするような、そんな薄情な国民に成り下がったとしたら?
いくら経済大国だ何だと威張ってみても、そんな哀れな国に、明るい未来はあるとは思えない。
私たちの子孫に誇れる国・日本を作り上げるためにも、私たちは今歯を食いしばってでも踏んばらねばならないのです。
posted by ぴろん at 20:26| Comment(5) | TrackBack(3) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月06日

胸が痛む

「座り込みは望むところではないが、このまま何もしなければ、うやむやになって終わってしまう」
(横田滋さん)

「政府の心を動かすためにやらねければならない。こんなにいつまでも時間がかかる、本当に悲しい日本だなと思う」
(横田早紀江さん)

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報道などでご承知の通り、家族会は24〜26日まで官邸前で座り込みを決行する旨、昨日発表がありました。
懸命なご家族の方々であれば、座り込みに伴うリスクも何もかも承知の上での決断でしょう。
ご家族のこの苦渋の決断を責める資格は誰にも、無い。

一体全体家族をここまで追い詰めた張本人は、誰と誰と誰なのか?
もちろん一番悪いのはのらりくらりの国であるが、国だけが悪いといえるのか?
平和ボケのぬるま湯にどっぷり首まで使った私たち国民の側に、危機感の欠如は無かったのか?
今更言っても詮無いことではあるが、一同打ちそろって激しく猛省をするべきである。
ご家族を二度とこのような痛ましい事態に追い込まぬためにも。

予想されていたこととはいえ改めて決定の報を聞くと、今はただただ胸が痛んでならない。
ご家族の座り込む姿を見るのは、やはり辛い。
posted by ぴろん at 08:37| Comment(11) | TrackBack(8) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月05日

綸言汗の如し

皆様は「綸言汗の如し(りんげんあせのごとし)」と言う諺を知っていますか?
一度口に出した君主の言葉は、汗が再び体の中に戻らないように取り消すことが出来ないのだから、発言にはくれぐれも注意しろ、という意味であります。
救う会の戦略を見ていると、つくづくこの諺の重みを感じざるを得ない。

第7回国民大集会を開催するに当たって、主催者は座り込みを辞さずの言葉を口にしました。
しかし、そもそも救う会がこの言葉を初めに口に出した時、彼らは最悪座り込みに追い込まれる事態を本当に覚悟してたのかどうか?がどうも怪しいのです。
座り込みも辞さずと言葉で取りあえず気勢をあげておけば、官邸側からそれなりに何がしかの譲歩が引き出せるのでは?と安易に考えていた節は無かったのだろうか?
私が見る所、どうも後者のような安易な気持ちでこの言葉を口にした可能性は大である、と思えてならないのだが?

座り込みは安易な上に無謀な策である。
その理由は散々書き綴った過去のエントリーをお読みいただきたい。
座り込みも辞さずと言葉の脅しをかければ、官邸も何か動くだろうという甘い期待が救う会の一連の戦略には織り込まれていたように思う。
ところが予想に反して小泉はのらりくらりと動かない。
そのうち官邸も動くだろう、いつか動くだろうと言う甘い見込みの中で、ただ漫然と時をやり過ごし時間だけが無為に過ぎてしまった。
いずれ官邸は動くだろうと言う甘い見込みゆえに、自ら行動を起こし世論の喚起を図ることもしなかった。
結局の所、官邸側に追い詰められた救う会は、自分が振り上げたこぶしの納めどころを失ったのである。

振り上げた以上、今度はそのこぶしの収めどころを考えなくてはならない。
選択肢は二つに一つ。
振り上げた勢いに任せて官邸に座り込みをかけるか?
それとも拳を収めて、次善の策を行使するか?

あれだけ啖呵切って勢い込んだだけに、今更振り上げたこぶしをすごすごと下ろすのはどうも決まりが悪い。
そんなことをすれば救う会の看板に傷がつき、世論の信頼を失わないか?
今更引っ込みはつかないのだから、このまま突撃するべし!
一部の座り込み賛成派の議論の裏にはそんな思惑も見え隠れする。

この座り込み策には費用対効果の議論も、リスク対策も講じられた形跡がどうも見えない。
それもそのはずである。
元々口先だけの思いつきで、それほど深く覚悟をして戦略を練った上で「座り込みも辞さず」の言葉を言ってるわけではないのだから。
つくづく愚かな思考の連鎖であると思う。

今更言っても仕方が無いことだけど、なんで救う会は自分で自分の首を絞めるようなことを言ったんでしょうね?
座り込みも辞さずの言葉を口にしたのなら、その時から最悪の事態に備えて準備万端整え、一番効果的でリスクの少ない実行案を具体的に講じておくのが物事の順序である。
しかし救う会にそこまでの準備をしたうえで、座り込みを口にした形跡は、無い。
官邸動かずの形勢を受けて、今頃になって慌てふためいて、準備におろおろしているのである。
それはそうでしょう、この発言自体が最初から行き当たりばったりなのだから。

綸言汗の如し。
リーダーたる者、出来もしないことを安易に口走ってもらっては困るのです。
救う会が自分で掘った落とし穴に、小泉を落とさずに救う会自らがはまってどうするのか?
今日はもう6月の5日。
座り込み予定日とされる24日まで時間はたったの半月ちょっとである。
これだけの一大事をこんな短い時間で、いったいどうやって準備をしリスク対策をするというのか?
マスコミ対策は?
万が一の救急体制は?
おそらく救う会にはそれらの準備はほとんど出来てはいないでしょう。
それでも座り込みに打って出るというなら、それを無謀と言わずしてなんと言うのか?

ともかく家族は今必死なのだ。
それなのに肝心の救う会の、この危機感の無さ具合は何なのか?
救う会の看板を守るために、誰が見ても無茶な策を救出運動と銘打って行使するようでは本末転倒である。
私たちの運動には人の命がかかっているのです。
救う会は自分の面子などにこだわっている場合ではない。
こだわるべきでもない。

救う会はもっと真剣にもっと危機感を持って、救出運動の戦略を立てるべきである。

※5日AM8.25に本文の一部を修正しました
posted by ぴろん at 01:03| Comment(4) | TrackBack(2) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月04日

馬鹿にも三十八通り

本日2本目。
座り込み慎重論に対するご批判の声を聞き、暢気に休んでいる場合ではないと参上いたしました。
よろしければお付き合いくださいませ<(_ _)>


俗に馬鹿にも三十八通りの馬鹿があるとか申します。
私が思う一番の馬鹿は、

“自分が馬鹿なことに気付いていない馬鹿”

ではないか?と思うのですね。
自分が馬鹿だと気付いている馬鹿はそれほど世に及ぼす害は、無い。
己の足らざる所を補うために、謙虚に人の話を聞く姿勢を失わないからです。

しかし自分が馬鹿だと気付かぬ馬鹿はそうはいかない。
自分にはあふれる知識や見識や知性があり、それゆえ自分のやることに間違いは無いと思い込み、その思い込みゆえに、周囲の者を見下して憚らない。
その傲慢さを周囲の者は、影でせせら笑い、あるいはあきれ果てているのに、当の本人は全くそのことに気付かない。
哀れでございます。

こういう手合いはあなたの周りにも一人二人、いませんか?
しかし実生活での私は、よほどのことが無い限りこの手合いを相手にすることはいたしません。
それほど私も暇ではないし、下手に首を突っ込んで火傷をするような愚かな真似はしたくない。

けれど事の次第に人の命がかかってくるとなれば、話は別でございます。
言うまでも無く拉致被害者奪還運動は人の命を救う、救出運動です。
人命がかかったこの局面で、奪還運動の足を引っ張る愚か者を看過するわけにはいきません。
この手合いを相手にして、大火傷を被るのは誰しも嫌でございます。
でも救出の遅れを見てみぬ振りして、被害者を見殺しにすることは出来ません。
私はどうしても『人殺しになる勇気』は持てないのでございますね。

くどいようですが、今この局面での座り込みを煽る輩は、救い様の無い大馬鹿者だと思います。
いいですか?
言うまでも無く、被害者奪還のためにはどうしても金正日を打倒しなければなりません。
そのためにはのらりくらりの官邸サイドを本気にさせねばなりません。

昔の戦に例えて言えば、本丸の大将が金正日なら、官邸の小泉はその前に立ちはだかる出城の武将といった所でしょうか?
我らが真に戦わねばならぬ相手は本丸の金正日なのですね。
しかし今この局面で出城の小泉を打倒するために座り込みなどして玉砕したら、後の策はどうするのか?
一体誰が?どんな策を持ってして、本丸を落とすと言うのか?

これくらいのこと、素人の私でも分かることなのに、知性あふれる大馬鹿者にこの理屈はどうも通じない。
打倒小泉にばかり目が行って、本丸の奥で金正日がせせら笑っていることに気が付かない。
これほどの視野狭窄も無かろうと思うのだが。
いくらこちらが言葉を尽くして説明申し上げても、どうも理解の範疇に入っていかぬらしい。
それどころか、こちらの懸念を悪し様に罵倒するのみである。
実に嘆かわしいことである。

何でもかんでも勢いに任せて突撃すれば良いと言う物でもあるまいに。
リスクが大きいと判断したら、引くのも勇気です。
山登りだってそうでしょう?
無理をして山頂を目指すより、涙を呑んで下山の決心をすることのほうが勇気がいると。
今この時点で無駄な犠牲を出さないことが、何より大事だと言うこちらの懸念が、何ゆえあちら様には通じないのだろうか?

今この局面で何をしようと小泉からは何の言質も取れないことは、事前にすでにわかっているという。
世論の喚起の為に座り込みをするというならば、他に負担が少なくて世論の反発も少ない策はいくらでもある。
『座り込み反対=何もするな』と言っているわけでもないのに、一部のイケイケ論者は一体何を勘違いしているのだろう?
あの人たちはどうしても『人殺し』になりたいのだろうか?

明日5日は救う会の幹事会が開かれる日だと聞き及んでおります。
どうか家族会・救う会とも、懸命なご判断を下されますよう、心より祈っております。
posted by ぴろん at 16:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

暫時休息中・・・

どうも、しばし休息中のぴろんです。(笑)
休息中にも大勢のご訪問を頂き、ありがとうございます。
あちこちのサイト様で、当Blogの「座り込み懸念キャンペーン?」について取り上げてくださっておりますこと、ありがたく思っております。
賛否それぞれ、議論を重ねることこそが何よりも肝要。
それこそが私の望みでした。
議論を重ねる中でこの問題への危機感を更に深く共有し、より良い支援策を探ることが本望ですので、関心を持ってくださった全ての方に感謝申し上げます。

私は一介の小市民です。
専門知識もありませんし、学歴もありません。
学校の勉強はどちらかと言えば苦手な方でしたし、(ただし国語と社会と家庭科を除く♪)外交だの政治だのと言った難しい話は正直言って今もよく分かりません。

しかし、人の心を思う気持ち・・・拉致被害者ご家族の抱える痛みや苦しみは、人並みに理解できる器量を備えていると自負しております。
というか、私の強みはその一点でしかありませんので(笑)
私の書く文章など、正直申し上げて素人のたわ言・小学生レベルの雑文です。
それでも多くの方に関心を持ってお読みいただき、光栄の至りと思っております。

休息中にリンクの追加をしたいと思います。
お勧めリンクに以下のサイト様をご紹介させていただきます。
当Blogのぼんやりした論陣よりも、いずれも切れ味鋭い力作ぞろいかと存じます。
どうぞ皆様、ご訪問になって差し上げてくださいませ。

tarochan.net様
お気に召すまま様
著::善ポコのタコ部屋様
プロテクトX−傍観者たち-様
fuumblog様
溶解する日本-ウェブリブログ様
Adazakura's Weblog様
なめ猫♪様
posted by ぴろん at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月03日

ちょっと休ませて(^^ゞ

思った以上に消耗しました。
精神的・体力的に少々ヨレヨレ状態です。
2〜3日の間、エントリーを休ませてくださいね。
頂いたコメントにレスをつけるくらいの余力ならありそうなんですけど、本編を上げるほどの気力がどうも湧きませんので・・・すみません<(_ _)>

今月は9日に予定されている「田中実さんを救うぞ!東京集会(於 友愛会館)」と、25日に市原市市民会館で開催予定の「拉致はテロだ!古川了子さんを救う千葉集会」の参加を予定しています。
もちろん両集会ともテキスト化の予定ですので、そこに備えて少し英気を養いたいし。
当Blogは集会テキストを掲載するのが本分ですし、そこに支障があってはお話になりませんので。
それに仕事もしないと食い扶持が稼げなくなり、拉致問題の支援どころではなくなる!という悲しい現実もありますし(笑)

この両集会と来月開催予定の「原敕晁さんを救うぞ!集会」の予定をついでに掲示しておきます。
家族の手記やHPで知識を増やすのも良いですが、集会でご家族や関係者の生の声を聞くことは何よりの勉強になります。
お近くの方は、アフター5や週末のレジャーの予定を一回蹴飛ばしてでも、駆けつけて頂きたいです。
ぜひご検討の程を。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■田中 実さんを救うぞ! 東京集会9

日時  6月9日(木) 18時半〜20時半
場所 友愛会館 9階
〒105-0011東京都港区芝公園2-20 TEL 03-3453-5381
三田会館隣
最寄り駅 都営地下鉄三田線 芝公園 A1出口1分 JR山手線田町徒歩10分
登壇者 救う会兵庫 西岡 力
参加方法 当日直接会場にお越し下さい
参加費 1000円

■原 敕晃さんを救うぞ!(予定) 東京集会10

日時 7月14日(木)18時半〜20時半
参加方法 当日直接会場にお越し下さい
参加費 1000円

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
■第二回「拉致はテロだ!古川了子さんを救う千葉集会」in市原

日時:6月25日(土) 午後1時30分開場 午後2時開会(〜4時30分迄)
場所:市原市市民会館小ホール(千葉県市原市惣社1-1-1)
交通:バス=JR内房線五井駅より、国分寺台行きもしくは山倉こどもの国行きに乗車、市原市役所前下車(所要時間15分)
  :車=館山自動車道市原I.C,勝浦・大多喜方面出口を下りて10分(市原市役所前)*駐車場 普通車241台 大型車5台
講師:真鍋貞樹氏(特定失踪者問題調査会専務理事)
   増元照明氏(特定失踪者問題調査会常務理事)
費用:入場無料
posted by ぴろん at 00:49| Comment(0) | TrackBack(2) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月02日

疲れた・・・

正直言って疲れました。
これならテキスト化作業の方がはるかに楽ですね。
脳みそを一挙にフル回転して無い知恵を絞るだけ絞った感じ・・・とでも言えば良いかな?
毎度毎度切れ味鋭い時事Blogを運営している人はすごいですよね。
改めて感心しています。

覚悟の上で清水の舞台から飛び降りたつもりですが。
思った以上に凝り固まったお人の頭をほぐすのは簡単ではありませんね。
2〜3回エントリーを上げて、こちらの思うところを述べれば、それなりに理解は得られると思ってたんですが。
私が思う以上に、日本人の平和ボケの根は深いようですね。
あ、悪気があって言ってるんじゃないですよ?
総じて日本人は優しい。

でも優しいのと、甘いのは違うんですよ。
今回そのことを嫌というほど思い知らされました。
私の論陣を読んで、家族の気持ちにケチつけるだけの薄情な人だと思っている方。
ハッキリ言ってあなたは甘いです。
こんなこと言いたくは無いですけど、言っておかねば巡り巡って奪還運動の本質を損ねかねない危惧があるとさえ、私は感じていますので。
失礼を承知で言わせていただきます。
浪花節的思考回路では、被害者の奪還など遠く及ばない。
その事を、どうぞ心の隅にでも留めて置いてください。
今は分からなくても、いずれ私の発言の真意が理解される日が来ることを信じたい・・・

でも私の懸念に理解を示してしてくれるご意見も頂戴しました。
分かってくれる人もいると言うことが救いでした。
孤軍奮闘する中で、変人扱いされる中で、それらの意見がどれほどありがたかったか。
心に沁みたか。
言葉で言い表せないほど感謝しております。
本当にありがとう。

私の懸念を理解した上での賛成論なら良いのです。
それであれば、リスク対策も思案のうちに入ることでしょうからね。
でも懸念するのは私の真意が分からぬまま、いたずらに罵倒することにのみ血道を上げている人たちです。
そういう方々が一体どれほど真剣に、座り込みのリスクと効果を計りにかけたというのか?
どれほど深い思慮の下に賛成を口にしているのか?
はなはだ疑問でございます。

余計なお世話かもしれませんが、その手の方はご自分が思うほど、事の次第が見えてはいないと存じます。
そのことを一番強く懸念いたします。
私のエントリーを読んで、少しでも気付いていただきたかったのですが、無駄骨だったようですね。
「人間、天狗になったらおしまいだ」と子供の頃から親に言われて育ちました。
ですが、天狗の鼻は中々に手ごわい物です。
さすがの私もキーを打つ手が震えましたから。

彼らの思い込みの強さが仇となることのありませんよう。
支援の足手まといにならぬことを祈るばかりです。
賛成・反対、色々あるのは健全なことであり、その意見を交換することでより良い策を、と願ったのですが。
一部の賛成論者は、懸念の声を上げることすらままならぬ、と言う。
家族の意思に逆らってはならぬ、と言う。
そうですよ、最終的にはご家族の意思です。
どんなに大きなリスクがあろうとも、承知の上でご家族がやるというなら、それを支援するのが支援者の務めです。
それくらいのこと、百も承知しております。

座り込みは両刃の剣です。
賛成論者が何をどういおうと両刃の剣です。
仮に世論の喚起に成功したとして、次の一手はどうするのか?
喚起した世論の維持はどうするのか?
どうかご家族の為にそれぞれが真剣に考えて差し上げて欲しい。
私にはどうしてもそれらの策が思いつかないので、ご懸念を申し上げたのですが。
懸命な支援者の皆様であれば、きっと良い知恵をお持ちなのでしょう。
どうかご家族にアドバイスして差し上げて欲しい。

それとこれだけはお願いしたい。
自分のうっぷん晴らしに座り込みを利用しないで欲しい。
私たちに残された時間は本当に少ないのだということを、もう一度かみ締めて真剣に事に当たって欲しい。
どうか、善意の独裁者にならないでください。
それはこの運動にとって、害になることはあっても利にはなりません。
私が捨て身で一石投じたことが、どうか無駄になりませぬよう。
ご家族が倒れることの無いよう、それだけを念じます。
そしてやるからには少しでも多くの成果を勝ち取って欲しい。
流す涙も無いほどに、切なく、悲しく、やり切れぬ思いに駆られておりますことを、どうかご理解ください。

あ、そうそう、もうひとつ言っておかなきゃならないことが・・・
座り込みに際してご家族への配慮があるのは当然です。
高齢のご家族であれば、マメに休憩を取って差し上げることは何より肝要。
でも拉致問題に関心の薄い、支援の輪の外にいる人はそれを何と見ますかね?
そんなにしょちゅう休んでいては、「遊びで座り込みやってるんじゃないの?」と冷ややかに見る人は必ずいる。
世間の目とはそういうものです。

コメント欄に「ぴろんさんは座り込みをハンストと勘違いしてるんじゃないの?」と言うご意見を頂戴いたしましたが。
私はやるならハンストレベルくらいの意気込みでやらねば、結果は取れないと思っています。
でも今回の座り込みにそこまで意気込みはないでしょう?
最初っから考えてることが甘すぎて、お話にならないと思っているのですが・・・今更言っても愚問ですね。
ともかくも、それらもろもろのことをお含み頂いて、どうぞ座り込みをご支援して差し上げてください。

今はただ、神にすがる思いで座り込みの成功を祈るばかりです。
posted by ぴろん at 00:24| Comment(30) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月01日

視野を狭めてはいけない

なんだか当Blogは、「座り込み懸念キャンペーン」の根城となってしまったかのような感じがしないでもないですが。(笑)
でもこの一件に関して、私は山ほど言いたいことがあるので、遠慮なしに言わせて貰います。
私がこのような弱小Blogで一人吠えたところで、座り込み実施の意向が変わるとは思いません。
変えられるとも思っていません。

しかしこの戦略には過ちがあると感じています。
その理由について、詳細はこれまでのエントリーをお読みいただきたい。
ともかく今は座り込みをするタイミングではない。
どうしてもというなら、拉致問題の山が動く局面で打って出るべきです。
座り込みで全ての問題が片付くわけでもないのですから。
今我ら支援者が何よりするべきは世論の喚起でしょう。
そのための方策として一番有効でご家族に負担の少ない策は何か?と考えるのが思考の順序と言う物です。
初めに座り込みありきと思い込むのは、選択肢を狭める分だけ思考の順序が愚かです。

今取り行われようとしている座り込みは止められないが、この先同じような無策を繰り返して欲しくはないのです。
言うまでも無く、私たちに残された時間は少ない。
被害者奪還と言う大望を果たすためには、この先このような無策を何度も何度も繰り返すわけには行かぬでしょうが?
過ちを繰り返すたび、被害者奪還は遠のくのです。
そのことを支援者たる者、深く心に刻まなくて何とするのか?

そのためにも今度の座り込み策の是非も含めて、これまでの私たちの支援活動は正しかったのか?
手抜かりや見落としは無かったのか?を論じることには大きな意義があると思う。
それが私の真意なのに、「ご家族の意思である座り込みを阻止するとは、支援者の風上にも置けぬ!」とばかりに脊髄反射するお人が少なくないのです。
悲しいですね。
どんなことがあっても家族会の意向に全面的に賛同することこそが、支援者の務めだとでも思っているのか?

座り込みによって小泉から何がしかの結果は取れない。
それは賛成・反対共に意見が一致してるのです。
あとは世論の喚起でしょう?
その世論もどの程度喚起されるのか?
仮に座り込みがうまくいって世論の喚起が成功したとしましょう。
問題はその後です。
座り込みという最大・最終の手段を使ってしまった以上、次はいったいどのような手段を使って小泉に決断を迫ると言うのか?
ここの所、座り込みの後にも策はあると言った方、私に答えを教えてくださいよ。

いくら今回の座り込みで世論の喚起に成功したとして、小泉から何がしかの結果を取れなければ、やがて世論はずるずると尻すぼみになるんですよ。
喚起した世論を持続させる策は考えてあるのか?
私が見た所、その策を述べてる人は一人もいませんがね?
どうして偽遺骨騒動の教訓から誰も何も学ぼうとしないのか?
座り込みは世論の喚起に使うのではなく、小泉から結果を取るための方策として使うべきなんです。
そうじゃないと後の策が無いじゃありませんか?
どうしてそんな簡単なことが分からないのか、理解に苦しみますよ。

何度花火を打ち上げても結果が取れなくては、意味が無いことがどうして分かってもらえないのでしょう?
こういうのは気休めに過ぎないと、どうして考えないのでしょう?
いいですよ、どうしても花火が打ち上げたければ何度でもおやりになれば良い。
私は一切止めはしませんから。

そうして何度も何度もエネルギーの必要な花火を打ち上げ続けるうちに、奪還運動そのものが消耗するとは思わないんでしょうか?
それをリスクと捉える感性は無いんでしょうか?
世論がしぼむたびに何度も何度も座り込みをかけるんですか?
一見名案のようですが、世論の慣れと言う物を考えないといけませんね。
いくらこちらが悲壮な決意で座り込んでも、世間の人は「あれ?家族会はまた何かやってるね?」位の印象しか持たないんですよ。
だから、座り込みはここ一番の最終策として使うべきで、安直に使ったら駄目なんですって。

こんな調子では何年やっても被害者奪還は覚束ないのでは?と思ってしまう。
座り込みイケイケ論者は一体全体、小泉から結果を取りたいのか?花火の打ち上げその物を楽しみたいのか?
私にはどうしても理解が出来ませんよ、ホントに。
それにしてもどうして日本人はこうも平和ボケしてしまったんでしょう?
まぁ単にボケてるだけの人はそれほど害は無いから良いんですがね。

問題だと思うのは一部のイケイケ論者です。
そういう人は、どれだけ自分が視野狭窄に陥っているのか全く自覚を持っていない。
それゆえ我こそ正論であるとの思い込みが強く、それが高じる余り異論・反論を排除し、心ある支援者を感情的に罵倒してやまないと言う傲慢さがあります。
私のような図太い人間ならいざ知らず、気の弱い人ならびびって尻り込みしますよ。
そういう不遜な態度が、せっかくの支援者を支援の輪の外に追い出していると言う現実に、なぜ気付かぬのか?
自分の思い込みの激しさが、めぐり巡って結局はご家族の足を引っ張っていると言う現実に、なぜ気が付かぬのか?

自分の思い込みにとらわれる余り、視野を狭くしてはいけない。
私たちは独裁者・金正日とは違うのです。
視野の狭さが運動の拡大を阻み、それゆえに支援の輪が広がらなければ、結局困るのはご家族なんです。
今も北の地で救いを待つ被害者なんです。
どうか冷静に異論・反論にも耳を傾け、相手の真意を汲み取る努力をしていただきたい。
分からないことがあれば、率直に疑問をぶつければよい。
それが民主主義のよい所ではありませんか?

ご家族を思う気持ちや被害者奪還を思う気持ちは、どの支援者も同じでしょう。
拉致問題解決を願う思いに偽りの気持ちなど、どなたの心にもありはしないでしょう。
でも家族を思う気持ちがあるゆえに、自分のしていることに過ちは無いと思い込むのは傲慢なのです。
謙虚に自分を見つめ、本当に有効な支援とは何か?
何をして差し上げることがご家族のためになり、また被害者奪還につながるのか?
真剣に考えなくてならぬと存じます。

増元氏のHPによれば、座り込みは6月の24日〜26日を予定しているとの事。
座り込みに打って出ても得られる成果が少ないことくらい、ご家族はとっくに承知のことでしょう。
それでも打って出ると言う。
それはそれはさぞかし悲痛な決意での座り込みでしょう。
支援者たる者、これを見て見ぬ振りをする訳にはいきますまい。
このようなに状況に家族を追いこんでしまった己の無能を恥じながら、私も支援に参ります。

初めに座り込みありきと思い込む余り、ご家族の悲壮な決意に「待ってました!」とばかりに拍手喝采した人達には、おそらく私の気持ちなど理解の範疇外なのでしょう。
posted by ぴろん at 00:30| Comment(5) | TrackBack(3) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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