2005年09月04日

拉致被害者を忘れないで(5)

★斉藤文代さんのお話(松木薫さんの姉)

母は病院のほうに入院しておりますけども、やはり痴呆がかかっておりますから、私が病院に行ってもですね。
毎日時間がある限りはわたし行きますけども、私が娘ということがですね、今は分からないんです。

ですから私が「誰?」ってこういう風に(自分を)指差すと違う人の苗字を言うんですよ。
でもやはりね、私はそれでもいいと思ってます。
母は母なりにいろんな苦労をしてきていますから、だから私は精一杯出来ることをしてあげたいと。
毎日毎日本当にそう思って病院のほうに来ておりますけど。

(中略)

あの私のこと、名前すら分からないのに、母はいつも「薫、薫」という頭。
でまた、26歳の記憶で母は止まってるわけです。
私が病院から帰ろうとすれば「奥さん、奥さん」って私に言うから「なあに?」て言うと、「ご飯が炊いてありますので」と敬語を使うんですよね。

「ご飯が炊いてありますので、おかずを作って、薫と爺ちゃん食べさせてあげてくれませんか?」て言うから。
「ああいいですよ、作りますよ、じゃあ何がいいかね?」って私が言うと、
「薫はまだ若いからお肉がいいんじゃないですか?お肉料理をたくさん作ってあげてください」て言う。
「ああいいわよ、じゃあ爺ちゃんはどうしようか?」と言うと、
「爺ちゃんは年だから、簡単な軽いものでいいんじゃないですか?」って私に言うから、
「ああいわよ、じゃあたくさん作って食べさせるから」って言ったら、
「薫は若いからたくさん作ってあげてください」って言うんですよね。

だから本当にそれを聞くとですね。
つらくてつらくて、私は何とかして母に会わせてあげたい。
本当に何とかして会わせてあげたいと思うんですけど、私の力ではどうすることも出来ませんし。
かといって私たちが動かなければ、尚更薫は置いていかれるし。

だから私も何とかして頑張って、これから先も生きていかなければ、母に会わせてあげなければ、薫を、と思ってですね。
(病院に)行けば私がいつも「今日も元気で来て良かったね」って「私も元気だよ」って「だから一緒に頑張ろうね」って、いつも口癖になってるんです。
「頑張りますよ」って言うんですけど、やはり病気なんかして高熱を出したときなんか、「頑張ろうね」って私が言うと「もうそんなに頑張れませんよ」とかって言うんですよ。

そのときは本当につらくてですね。
なんでこんなに長いね、拉致の人生をね、過ごして来たんだろうかと。
この世に神も仏も無いのかなぁ、と思いつつですね。
でも、私がくじけたら、母に薫に会いたいと言う希望をかなえてあげなきゃいけない、という気持ちがあるもんですから。
「頑張るのよ」と。
「どんなことがあっても頑張るのよ」といつもいつも励ましております。

※「松木薫さんを救うぞ!東京集会(1)05.1.13 友愛会館にて」より一部抜粋

★松木信宏さんのお話(松木薫さんの弟)

うちの家ではポリシーがあってふたりとも。
松木薫のことについて、松木薫の名誉を傷つけられるような事については、どんなことをしてでも抗議するぞと。
うちの母親が泣くようなことをするやつは絶対に許さないぞ、というのが絶対条件であって。
だから、ほかのご家庭よりも過敏に反応する面はあるんですけど。

いや本当になんていいますか、私の兄は反論したくても反論できない環境にあるわけで。
かたや、いまよど号の妻たちが帰ってくるわけです。
いろいろ私が裁判とかへ行ってもいろいろ言ってるわけですよ。
そいつら自分たちの主張をね、いろいろ言ってるわけなんですよね。
それを聞きながら思うのは「いいよなぁ」と。
「おまえらいいよなぁ」と。

私の母の気持ちを代弁すると、自分が丹精こめて育てた息子を勝手になんの理由もなく連れ去ってて。
で、自分は向こうに居づらくなったから帰ってきて、そういう環境の中で、なに言ったって日本じゃ殺されるようなことは滅多に無いですしね。
仮に刑務所の中に入ったって、死ぬということはないですよね。

かたや自分が連れ去った人間は置いてけぼりで、いつ何があったっておかしくないようなところに置いてくる。
そんな理不尽なことあってもいいものかな?と思ってます。
それをずっと言ってたら、3月には石岡さんのまあ、ペアって言ったらおかしいですけども、拉致のときに石岡さんと接触してた若林佐喜子というのが帰ってきますし。
7月になったらいよいよ、兄のまあそういう相手だったといわれる森順子というのが帰ってきます。

帰ってきて・・・私の兄が帰ってきてからだったら、いつ帰ってきてもいいんですけども。
今のままで帰ってくるんだったら・・・まぁ、これは家族のエゴかもしれないんですけど、どうしても心の中に引っかかるものがあって。
少なくとも自分の兄たちが帰ってくるまでは、加害者が帰ってくるというのはどうかなぁ?と。
姉はどう思ってるか知りませんけど、私個人の気持ちとして日本の刑罰では軽いですから。
そのまま北朝鮮の刑法で罰してもらえたらな?と、そういうことすら考えています。

それに自分たちで好きで行ったんですから、そのまま向こうにいればいいんじゃないかな?と。
で、お子さんたちは罪がないと私も思うんですけど、でも毎月のように北朝鮮に行ってるらしいですから。
そんなに北朝鮮が好きだったら、もうまた北朝鮮に永住しちゃえばいいんじゃないかな?と。(拍手)
僕はそういう風に思ってます。

※「松木薫さんを救うぞ!東京集会(2)05.1.13 友愛会館にて」より一部抜粋


posted by ぴろん at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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