2005年09月17日

9・17に寄せる思い

今年も9.17がやって参りました。
この一年目ぼしい進展もなく、被害者救出に一歩も近づけていない不明を恥じています。
北の地で救いを待つ被害者と、肉親の帰りを待ちわびて全国を駆け巡るご家族に対し、ただただ申し訳ない気持ちで一杯です。

3年前の今日、小泉総理第一回訪朝の日。
「5人生存・8人死亡・2人未入国」の報を受け体が震えて何も手につかなかった一日。
テレビの向こうで悲しみに暮れ、怒りに震えるご家族に対し、今まで拉致問題に無関心だった自分を恥じた日。
せめてこれからは拉致問題が解決するまで決して関心を失わないと心に決めた日・・・

私なぞに出来る事には限りがあります。
ぼちぼちと集会のテキストを起こすくらいしか出来ない自分が時にもどかしく思うこともある。
やりきれない思いに囚われる瞬間もありますが、しかし途中で投げ出すわけにも行きますまい。
被害者は今も助けを待っている。
家族も歯を食いしばり支援を求めて東奔西走している。
知らぬ振りはできない。
他人事には出来ない。
彼ら当事者は、所詮は他人の私などよりもっともっと苦しいのだから。

初心を忘れぬ為に、私が最近心のよりどころにしている言葉を一つご紹介いたします。
パンドラの箱から全ての悪が飛び出した後、たったひとつ「希望」が残っているのだと言う。
今ここで諦めれば自ら「希望」を捨てるに等しい。
ならば諦めるわけにはいくまい。
最後の一人を救い出すまでは。

Where there is a will,there is a way.(意志あるところに道はある)


posted by ぴろん at 11:07| Comment(2) | TrackBack(5) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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