2005年09月25日

拉致被害者は生きている!東京集会(12)05.9.18 友愛会館にて

『斉藤文代さんのお話(松木薫さんの姉)』



こんばんは、松木薫の姉です。
安さんのお話を聞いていまして、私は今ただひたすら、皆が北の国で元気でいて欲しいと願って聞いておりました。
後は日本政府が一生懸命やるかやらないか?
後、国交正常化をすると私の弟達は帰ってこられないんじゃないか?と言う不安を私は持っております。
やはり今、国民の皆さんにこうして私たちは助けていただいています。
本当に心が休まるのは皆さんの集まった時の顔を見た時にホッと致します。
何時もいつも家の中にいて、考えてはいけないことを考えます。
でも本当に政府に、もう早く取り戻してくださいと、願うだけです。
よろしくお願いいたします。(拍手)


拉致被害者は生きている!東京集会(11)05.9.18 友愛会館にて

『有本明弘さんのお話(有本恵子さんの父)』

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今、安さんがお話になられた事は、安さんが向こうで体験された事を率直にお話されたわけで、私たちは安さん以外の他の情報で知っている事といえば、八尾(恵)さんが証言したように日本の人間を拉致してきて。
それをつがいにして(「つがい」という言葉を強調気味に語る)、拉致したら使いやすいと。
そういう発言をしているこの人間が言っておるんでありまして。
金日成がそういうふうな教示をしたんです、これ。
金日成、その親が。
だからそれをずっと追討して現在までも来ていると思うんです。
ですから男が半分、女が半分、大体その割で向こうは拉致しているとそういう認識で私は思うんです。

拉致した中にはもう年齢がいって向こうの言葉を覚えるだけでも何年もかかって、はっきりよう覚えられない。
そういう人も拉致されておるんです。
それはなぜかと言うと、日本の国の住んでいる戸籍を取る為に人間を拉致している。
それもかなりあるんです。
私が聞いた一人は、3階建てと聞いたんですけど、その中に沢山の日本人を収容しておる所があると、いうような事を聞きました。
それは何かと言いますと、もう向こうに連れて行っても使いもんにならない人間、それを一ヶ所に集めて管理しているんだと、そういうふうな認識で話を聞きました。
だからかなりの大勢の人がようけ連れて行かれているのは確かだと思います。
以上です。(拍手)

拉致被害者は生きている!東京集会(10)05.9.18 友愛会館にて

『有本嘉代子さんのお話(有本恵子さんの母)』



皆さんこんばんは。
ご苦労様です。
今寺越さん仰いましたけど、国交正常化したら寺越さんの事件だけじゃないんです。
全部が駄目になるんですから。
これ絶対に私もう、今度小泉さん圧倒的に勝たれましたので、その時点で思いましたけども。
国交正常化へ走るような事があれば私たち家族は、今度こそ座り込みどころではない、首相官邸へ行って本当命懸けで戦わないかんと思っていますので。(大きな拍手)
その時は皆さん、お力を貸してください。(大きな拍手)
本当に皆さん、よろしくお願いします。(大きな拍手)
安さん、ありがとうございました。(大きな拍手)

拉致被害者は生きている!東京集会(9)05.9.18 友愛会館にて

『寺越昭男さんのお話(寺越昭二さんの長男)』

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こんばんは。
どうもお疲れ様です。
安明進さん、本当に今日はありがとうございました。
私も声を上げて、今年で丸3年になります。
こうやって安明進さん、救う会の皆さん方のおかげで大分話は進んで来たかなぁと。
しかし、私らが政府に対してお願いした事って言うのが今現在何一つ解決していないと。
本当に政府は寺越事件をどういうふうに見ているんかなぁと。
本当に解決する気があるんかなぁ?
まぁ、そういう不信感が最近はものすごく募って来て。

今の選挙でも山崎拓さんが、小泉さんの任期の間に国交正常化をしたいというような事も言ってましたけど、本当に私には信じられない発言だなぁと。
もし、国交正常化したら寺越事件はどうなるんやろう?
あの、闇から闇へ本当に葬り去られてしまうんでないかなぁという気がしています。
もう一点総理は、寺越事件は、
「武志君は立派になった」と。
「北朝鮮で本当に立派になったから。そしてお母さんは北朝鮮に行ける。行きたい時に行ける。だからこれで良いんじゃないか」
と、そういうふうな発言をしてましたけども、とんでもない事です。(拍手)

私たちにとってもそうですけども、まだ私の叔父さんの家族が、北朝鮮にいるんですね。
外雄さんの奥さんとそして二人の子供が、私にとって見ればいとこなんですけども、まぁ彼らの事も私は本当に幸せになっていただきたいと思うし。
そうするためにはどうすれば良いかと言うことを考えた時に、やっぱり武志の事も含めて一日も早く日本政府に拉致認定をして(もらって)、日本の政府として北朝鮮に対して、彼らの生活の安寧と生活、自由を保証をやっぱりさせるべきだと思いますね。
そういう意味からも、これはもう国交正常化をしない前にしていただきたいと思っていますので、皆さんのご協力をお願いします。(大きな拍手)
どうも、安さんありがとうございました。(大きな拍手)

拉致被害者は生きている!東京集会(8)05.9.18 友愛会館にて

『平野フミ子さんのお話(増元るみ子さんの姉)』

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こんばんは。
今日はありがとうございます。
私にマイクを持たせたらですね、今何言うか分からない。(会場より小さな笑い声)
主人からですね、「あんた馬鹿正直に何でも言うな」って言われてますけども、本当にこの安明進さんのお話を聞いてまたあの日を思い出すんですね。
2002年9月17日。

あの時タラップを降りてきた薫さんを見て安さんがですね。
「あっ、あの人が返ってきたら市川さんも帰って来る」って言われたんです。
妹は市川君と夫婦になっていますので、私の妹を助け出すためには市川君を助け出さないと、と言う思いが絶対にあるんですね。
安明進さんの今までの、安明進さんの証言からこの運動が盛り上がって、私たち何をして良いか分からないという所にあって、家族会も出来、そして5人が帰ってきて、5人が皆帰ってきたときに何も仰らない。
その当日しか仰らなかった。
今のことは言えないんだなぁ、子供さん帰ってくるまで何も言えないんだなぁと言う思いでいました。

私たちも言いたいことが本当に一杯ありますけども、私も本当に田舎者で人を信用する事しか知りません。
でも本当に今、何を信用して良いか分からない。
政府も信用できないし、ここにいらっしゃる皆様方だけが信用できる。
本当にいろんな講演に行って私たちの話を聞いていただきます。
拙い話、聞いていただきます。
そういう人たちしか信用できないんです、今。
この拉致問題が、この新政府でどういうようになっていくのか?っていう、すごい不安があるんです。

横田早紀江さんが仰ってました。
もしもめぐみちゃんが帰って来たら、めぐみちゃんを他の日本人を救う為に活動させますって、そういう事を仰っていました。
私ももちろんるみ子が帰ってきたら、他の日本人を救う為に、「るみ子、あんた他の日本人の多くの支援の人たちのおかげで帰ってこられたんだから、あんた今から帰ってこられない人のために頑張らんといかんよ」って私は言います。
それがせめてもの皆さんへに対する恩返しだと思っています。
ですからまだ一杯言いたいことがありますけど、また大変な事になってはいけませんのでここで控えさせていただきますけども、本当に私たちは安明進さんには感謝しています。
本当にありがとうございます。(大きな拍手)

拉致被害者は生きている!東京集会(7)05.9.18 友愛会館にて

『家族による質疑応答(本間勝氏)』

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★Q 本間勝さん(田口八重子さん兄)

蓮池(薫)さんからの話でね。
八重子が敵工地、先ほど西岡先生から書いていただいた敵工地の組織に入れられていると。
八重子は金賢姫の事件の後に、要するに日本人を教官に使わなくなったと。
なぜなら金賢姫みたいな工作員がいて日本人が教官にいたことがばれると。
要するに亡命してくると日本人はいたんだよと、ばれてくるから、それで金賢姫の大韓航空機爆破事件以降は、蓮池さんも工作員教育から外されて、その翻訳業務に回されたと。
そういうような話をされたんですね。
今現在はそういう工作員教育には日本人を携わってないんじゃないかと思われます。
それとなんで八重子は敵工地と言う、労働党の組織じゃなくて軍の組織に回されたと思いますか?
それをちょっと教えてもらいたいです。

★A 安明進さん(通訳・西岡氏)

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(安氏、証言の途中で敵工地の略図を後ろのホワイトボードに書き記す。かなり長い証言になる)
えと、通訳をします。
まず最初の日本人教官を金賢姫事件のあと辞めさせられたという話ですが、そういうことは無いと思います。
なぜなら先ほど言ったハム教官が八重子さんは招待所は代わったけれど教育を続けていたと。
確認したと私たちに言ってるわけです。
ですから辞めていないと思います。
ただ、そこはちょっと私はちょっと記憶がはっきりしないんですが、確か学内で聞いたような気がするんですが、事件の後ですね。
分校で1対1の教育を長い時間していると、金賢姫が田口さんの事を沢山聞いて(韓国当局に)話してしまったような事が起きるから、同居教育はやめて本部に日本人教官の事務所を作って小型バスが出てたんですね。
分校の方に。
彼らはそれに乗って必要な時に分校へ行って教育をしていた。
そういうシステムに変えたんではないかというふうに思っています。

それからもうひとつ敵工地の問題ですが、敵工地と言う言葉は聞いた事はありませんが、敵工局(てきこうきょく)という部署は人民軍にあります。
これは心理戦を担当している部署で、そしてそれは政治軍事大学の近くに敵工局の地域がありました。
それが今ここで書いたのが、(ホワイトボードの略図を指し示しながら、以下同様に)ここが本校です。
そして分校です。
そして東北里、ここですね。
そして彼らが住んでいたという太陽里、この辺ですけれど、こちらまで太陽里が続いているわけです。
そしてここに敵工局地域がある。
その横に国家保衛部地域がある。 
ただし私の考えでは、党の工作期間にいた人間を軍に行かせるということは、もちろん私が全部のことを知っているわけではありません。
しかし組織上、大変ありえないことではないか?と、いうふうに思います。

拉致被害者は生きている!東京集会(6)05.9.18 友愛会館にて


『家族による質疑応答(増元照明氏)』

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★Q 増元照明さん(増元るみ子さん弟)

今、安さんはあまり管理をするところは多くない。
100人くらいの拉致被害者、韓国は400人以上、480何人の拉致被害者。
それだけの被害者を管理する招待所はあるのかどうか?
それと北朝鮮は密告社会ですよね?お互いに。
拉致被害者の中にも密告制度はあったと思いますか?

★A 安明進さん(通訳・西岡氏)

招待所はそれほど多くないんですが、多分多くの拉致被害者は分散管理されていると思います。
拉致された事によって教官をさせられている人たち、教官をさせてなくて翻訳をさせている人たち。
分散管理をされているんじゃないかと思います。
それから密告制度ですが、それは当然あるはずです。
北朝鮮社会は当然そういう社会で、例えば私も密告制度があった。
4人で韓国に侵入してきたわけです。
私が一人侵入作戦の前に呼ばれてですね。
「お前の事を信用している」
組長と言うのがいるんですね。
組長がリーダーで3人退院がいるんですが、組長の様子がおかしかったら撃ち殺せと上官が言うんですね。
多分他の隊員たち組長も同じように「お前だけを信じている」と言われ、作戦に投入されているはずです。
そういう社会ですから相互密告制があるのは間違いない。
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