2005年10月18日

テキストアップのお知らせ

テキスト準備中になっておりました「第12回藤沢集会・横田哲也さんのお話」を先ほどアップしましたのでこちらからお読みください。
http://piron326.seesaa.net/article/8225286.html

静かな語り口の中にも言い様の無い怒り、焦り、悲しみ、不安などがない交ぜになったお話です。
家族の苦悩を少しでも感じていただけたらと思います。
ご一読をお願いいたします。<(_ _)>


posted by ぴろん at 13:26| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月17日

大きすぎる愛

秋の例大祭に合わせて小泉首相が本日靖国神社に参拝いたしました。
この件に関してはネット上でもたくさんのBlogが取り上げていますので、あえてうちでは取り扱いません。(笑)
その代わり、身内に特攻隊員の英霊を持つ者として、靖国に寄せる思いなどをつらつら書いてみようかと思っております。

靖国神社へ参る時、私はどうも冷静でいられなくなるのは、過去のエントリーでも何度かご紹介してきたとおりです。
拝殿前で静かに頭を垂れ祈りを捧げていると、とめどなく涙があふれて来ます。
体中を包むなんともいえない空気。
あそこへ行くと私は確かに何かを感じるのです。
少々こっぱずかしい言い方ですが、亡くなった叔父の大きすぎる愛を感じるのです。

映画にドラマ・小説と、世の中には愛を語った作品はいくらでもあります。
「命をかけても君を護る!」なんて普段の生活では決して口にはしないだろうというような、クサイ台詞が飛び出すのも恋愛物のドラマや小説の真骨頂。
しかし現実の暮らしの中で、本当に命懸けで身を護られた経験を持つ人はそうはいないでしょう。
でも世の中には本当に命をかけて愛する家族を護った人、護られた人がいるのです。
それが特攻隊員とその遺族であると、まずはそのようにご理解を頂ければよろしいかと思います。

特攻の話は物心付くか付かないかの子供の頃から祖父に聞かされて育ちました。
敵艦を撃沈する為に生きてる人間が爆弾と一緒に突っ込むんだよ、と聞かされても余りにも話が実生活とは離れすぎていて、子供心に実感が湧かないのです。
爆弾で体が吹き飛んだらさぞかし痛いだろうな、と思うことはそれくらい。
それで精一杯だったのが、私の子供時代です。

大きくなって私にもそれなりの人生経験が出来て、特攻の叔父についてあれこれ調べてみると、それ以降から思うことには、やはりそれなりの切実感と言うかリアリティが持てるようになります。
爆弾と共に敵艦に突っ込んでいくなど、どう考えても正気の沙汰ではありません。
どんな悲壮な決意をすれば、命を捨てて特攻などできるのか?
特攻に至る叔父の気持ちは、いくら考えてもあの当時の世情だけではどうにも理解が及ばないのです。

戦争中は厳しい情報統制があり、欺瞞だらけの大本営発表があり、多くの国民は戦争の正しい情勢を知らなかったと言います。
でもカンの良い人ならば、日本の情勢がかなり厳しい事くらいは薄々気が付いていたのではないでしょうか?
ましてや叔父は軍人として戦争の最前線にいた人です。
いくら下っ端の一兵卒とは言え、戦況が日本にとって優勢か否かくらいは見当がついていたはず。

ましてや特攻作戦です。
命をかけてまで敵艦に突っ込むなどと言う、およそ非常識な作戦を実行せざるを得ない状況に追い込まれたとなれば、それはそのまま日本の勝利が危うい状況と言うこと。
どれだけ日本が追い詰められていたか、叔父がまったく気が付かなかったとは思えないのです。
アメリカと日本の兵力の差を埋め、少しでも日本の戦況を有利にする為ならば、命をかけて特攻するより他に無い。
そういう覚悟で特攻へ志願をしたのだとすれば、叔父の決意の大きさ重さを、改めて思わずにはいられなくなります。

けれどいくら覚悟の上で志願したとは言えいくら戦争中とは言え、叔父はギリギリまで生身の人間だったはず。
最後の最後までどこかに生への執着はあったはずだろうと思います。
その最後の執着を振り切るものは何なのか?
天皇陛下への忠誠?日本国への愛国心?
それもいくらかはあったろうと思います。
でも最終的に叔父が生への未練を断ち切って、海の藻屑と消える覚悟を決めさせたのは家族への愛以外に他ならぬと思うのです。

親を兄弟を、妻を子供を、俺たちが命をかけて護ってやる。
その思いがなくて、どうして彼らは敵艦へ突撃していけたというのでしょうか?
叔父の場合を考えれば、うちは千葉の出身ですから。
もしも戦争が長引いて、本土決戦・首都東京が攻撃されるとなれば、敵アメリカの上陸地点の一つは間違いなく千葉県房総半島です。
沖縄の地上戦が故郷千葉でも繰り広げられてしまう・・・

それは叔父の決意を一層固め、背中を押す原動力になったことでしょう。
俺の故郷を、血の海にしてたまるもんか。
俺が命をかけて敵艦を一隻撃沈すれば、その分故郷の家族の身が護られる。
そう思えばこそ、叔父は全てを振り切って決死の覚悟で敵艦へ突っ込んでいけたのだろうと思うのです。

先日靖国に参った時、少し悲しい出来事がありました。
私の叔父は海軍の神雷部隊の一員です。
彼らは出撃に当たって、靖国神社神門を入った右側2番目の桜の木の下で会おうと約束をして旅立っていきました。
その意を汲んで生き残った部隊の戦友たちの手により、靖国には本当に神門右2本目に桜の木が植えてあるのです。
けれども先日靖国に参った時は、その桜の木に無粋にも一枚の立て看板が結び付けてあったのですね。
それは、許可なく取材してはならないとかビラをまいてはいけないとかいった類の、靖国神社からの注意書きの看板だったのですが・・・

それを見て私の心は波立ちました。
事情を知らない人にとってはたかが1本の桜の木、何の変哲もない桜の木です。
けれど神雷部隊にゆかりのある者の目から見れば、あの桜は単なる桜の木ではないのです。
枝一本葉一枚にも叔父の魂が宿る場所。
叔父の気配を感じる場所、叔父との縁を確かめる場所なのです。
この木のどこかに叔父の魂がいて、今も戦友たちと静かに語り合っている。
それなのにどうしてこんな無粋な事をするのか?
自分の家に他人が土足で踏み込んで来たような気分の悪さ、不快感を私は否めませんでした。

今は亡き御霊との対話を求めて靖国を訪ねる遺族にとっては、立て看板一枚にも心は波立つのです。
靖国はそういう場所なのです。
靖国に寄せる思いに色々あるのは承知してはおりますが。
どうか死者の御霊を安らかに眠らせて欲しい。
騒ぎだてるのはやめて欲しい。
今日一日の喧騒を、叔父の御霊はどう思って見ていたのか?
母も私もたまらない気持ちでニュースを見ておりましたが。

本殿前で拝殿前で、叔父の御霊に頭を垂れる時、私はいつも温かく大きく重過ぎるほどの叔父からの愛を感じます。
命懸けで家族を故郷を護ろうとした叔父の愛。
時に余りにも大きすぎるその愛に潰されそうになりながらも、私は叔父の心に恥じる事無く、ひとりの日本人として、己の生を全うしたいと改めて心に思うのです。
posted by ぴろん at 17:35| Comment(0) | TrackBack(6) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月16日

第12回藤沢集会(10)05.10.8 藤沢産業センターにて

『川添友幸 神奈川救う会会長 閉会の挨拶』

次回の案内と言うか予定なんですが、今日資料の中に入ってるんですが。
第13回と言うことで、来年の1月7日なんですが講演を予定しております。
講師が有本さんのご両親、それから7月に来ていただきました斉藤文代さん。
更に荒木和博先生、特定失踪者問題調査会の代表ですね。
高英起(コ・ヨンギ)さん、この方RENK東京の方で、北朝鮮からのすごい映像を持って来る在日の方で。
会の名前はそのままなんですが、よど号事件拉致事件を考える市民集会と言うことで。
来年辺りからどうもよど号の帰国が始るような動きが出て来ていまして。
3家族、石岡さんが参加されない状況なんですが・・・・(一部聞き取れず)一応有本さん・斉藤さんをお呼びして、パネルディスカッションみたいなことを私たちやりたいなと私たち企画しておりますんでですね。
ぜひ1月の7日、来年の話ですがちょっと先の話なんですみませんが、ぜひお集まり頂きたいと思います。

それとこの後、準備が整い次第、映画の「ソウル・トレイン」を上映会を始めたいと思います。
一応ここのスクリーンを中心にやろうと思ってますので、もしお時間があれば時間的には1時間ほどですので、御覧になっていただきたいと思います。
私もこの間国際会議でちょっと拝見したんですが、アメリカの下院議長さんが来られまして、映像の中であのような独裁者は倒されるべきだと演説されるシーンがありまして。
なぜ日本ではいえないのかなぁ?と。
ここが非常に印象に残ったシーンなんで、ぜひお時間のある方は御覧になっていただきたいと思います。
こういう会を私たち続けていくしかないと思っていますので、よろしくご協力の方、お願いします。
後いつも本当に情けないお願いなんですが、私たち一応手弁当でやっておりまして、ご協力いただける方がいるようでしたら後ろにカンパ箱もありますんでご協力お願いいたします。
準備が整い次第、上映会を始めたいと思いますので、よろしくお願いします。(拍手)
posted by ぴろん at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第12回藤沢集会(9)05.10.8 藤沢産業センターにて

『高野美幸さんのお話(特定失踪者・高野清文さんの妹)』

Img_0801.jpg

皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
いつもお邪魔させていただいてまして、いつも皆様ご足労頂いてありがとうございます。
今日初めていらっしゃった方には、特定失踪者・高野清文、伊豆七島の神津島から昭和51年の7月30日に失踪いたしました者の妹に当たります。
美幸と申します。
よろしくお願いいたします。

まず今日はですね、私の外に特定失踪者のご家族の方が、寺島さんですね。
鎌倉の花火大会を見に行ってお嬢様が行方不明になられました。
ご両親の方がいらっしゃるかと思いますけど、その場でちょっとお立ち頂ければと思うんですが?
お帰りになられた?あ、いらっしゃいますね。(会場席より寺島夫妻が立ち上がり周囲へ会釈をする。拍手)
集会が始る前からこの会場に足を運んでいただいて、皆さんがこのようにご協力してくださっている姿を御覧になっていらっしゃいますので、これからもご声援をしていただきたくよろしくお願いいたします。

今日は強力なメンバーのお話がたくさんございましたが、今日は私がいつも話をさせていただいておりますので、8月31日の日にですね。
スーパーJ チャンネルと言うニュース、テレビ朝日のニュース情報系の番組で、私の兄がいなくなった神津島についてですね。
調べていただいた映像ですね。
私自身も丁度2年前に上津島の方に伺いまして、調べてきた内容を改めてテレビの映像で放送していただいた経緯がございました。
インターネットではダウンロードして見る事が出来るHPもございますので、ご興味のある方はそちらから御覧いただければと思います。
内容としましては、御覧になれない方もいらっしゃると思いますが、後ろでボランティアをされている方が文字起しというか字で起していただいて。
内容をまたそれをもインターネットが出来れば見ることも出来ますので。

大体概略を申しますと、東京でいなくなった人の事例と言うことで。
なぜいなくなったのかと言う形で上津島の方には取材陣が行きまして、この島が拉致する場所にあるかどうかを調べた時に、千両池と言うこれは池と言う名前が付いていますが、これは昔の火口が地盤沈下をして海の入り江になったと言う所で、外海と全く違って何の波一つ立たない静かな入り江です。
こちらの方、入り江の入り口の丁度反対側のほうに灯台が立っていまして、沖には恩馳瀬(おんばせ)という磯の小島がありまして。
夜でも灯台を目指せばまっすぐ入り江に入ってしまうというと言う様な配置がありまして、そこが非常に特定失踪者の調査会の方でも他に拉致現場でいろいろな場所があるけれど、ここは非常に向いていて、ここほど条件が揃った所は無いと言う話を伺っています。

あと上津島の方では「おたあジュリア」という家康とか秀吉の時代にですね。
朝鮮出兵のときにつれて来られた貴族の娘ですね。
その方がクリスチャンだったが為に上津島までへ島流しにあったと。
その事は実は島の方は忘れていらっしゃったんですね。
うちの兄がいなくなる数年くらい前にヨーロッパの方で、「おたあジュリア」と言う殉教した人がいらっしゃるというデータが出てきて島の方もそれを知るようになってきたと。
それから日本にいる方とか朝鮮民族の方とかが、神津島の方に訪れてお祭りをするようになったと、いうような朝鮮とのつながりがあります。

戦前に日本にいらっしゃった在日の方があの辺でテングサですね。
今寒天ブームで、女性の方は良くご存知だと思いますが。
テングサを採取する作業を行っていたので、そういう方々が帰っていれば海岸とか、あの辺の海の海岸線の地理に詳しいのではないかというお話も出てきています。
そういったことの内容が放送されました。
あと新島の方でも女性が近隣でいなくなっていますので、そちらの方テレビではちょっと名前とか公開されなかったんですけども、マツシタエリコさんと言う方、私の方でこちらの情報も求めておりますが。
そういった放送の内容がございまして、端からかなり神津島って恐ろしい所だったんだねと言うお話を頂いて関心を持っていただいております。

そういった家族の報道があった中なんですが、私いつも母の思いを胸にと思ってこういうところへ来ているんですが。
いつも母の編み物なんかも後ろで販売させていただいていまして、紹介させていただいていますけども。
おととしですね。
丁度子宮がんの手述をしたと言う話をしたことがあると思うんですが、また今年もちょっと検査に引っかかりまして、背骨に二つ黒い影があるとか言う話になりまして。
細胞を取ってみて、悪性ならばガンならば、放射線治療しかないねと言うようなことを今言われている状態です。
特定失踪者、拉致被害者家族の方々、倒れてなくなっていく方がたくさんいらっしゃいます。
私も正直言って、うちの母、時間いつまであるんだろうと。
母に兄を会わせてあげることが出来るんだろうかと、思いながら過ごしております。

そんな中ちょっと実家に帰りましたら、昔から私のうちの家に貼ってあるカレンダーなんです。
100年分あるカレンダーなんです。(大きな茶色のポスター状のカレンダーを広げる)
一番最初で特定失踪者で名前公開されている方、1955年なんで、この辺ですね。
この年に行方不明になっていらっしゃいます。
今が2005年、50年経ってしまいました。
これだけの年数、いなくなられた方、どんな気持ちで過ごされているのでしょうか?

うちの兄、いなくなったのは1976年7月30日、ここら辺ですね。
今が2005年、この辺だと思います。
この期間、兄が拉致だったとすれば、どんな思いで過ごしてきたか。
そしてこの期間、うちの両親、及びそしてここにいらっしゃる寺島さんのお母さんもそうです。
お父さんもそうです。
どんな気持ちで過ごされていたか、カレンダーをちょっと思い出して取りに帰ったんですけども、見た瞬間ますます腹立たしさがますます増したと言うか、悲しさが増したと言うか。
これだけのちっちゃな日々、皆さんどうお過ごしになっていたでしょうか?
私15年くらい日記つけてるんですけども、日記に及ばない日々の思いががあったかと思うと悔しいです。

一刻も早くこの問題解決して欲しいと思っております。
皆様のご協力をよろしくお願いします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
関連リンク

★Ω♪♪♪♪♪  KONAboration-SSQ  ♪♪♪♪♪Ω
9月5日付け サスペンス劇場
http://konaboration-ssq.seesaa.net/article/6579666.html

★aoi blog
9月5日付 8/31 テレビ朝日「スーパーJチャンネル」 拉致疑惑(1)
http://aoinomama13.seesaa.net/article/6599997.html
posted by ぴろん at 22:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第12回藤沢集会(8)05.10.8 藤沢産業センターにて

『横田哲也さんのお話(横田めぐみさんの弟)』

Img_0793.jpg

皆様こんにちは。
横田めぐみの弟のひとりで横田哲也と言います。
我が家の話でお時間をいただきますけどよろしくお願いします。

まずお話に入らせて頂く前にこういう講演会ですとかで思うことなんですけども、私たちは拉致被害者で関係者・当事者で当然運動に携わるんですけども、今日こちらにいらっしゃる救う会の方ですとか、ボランティアの方ですとかが我が事と捕らえて実際に思うだけでなく行動に移してくださる。
その勇気と言うものは、私非常に感謝したいと思いますし、ほんとに頭が下がる思いでいます。
実際私がこの拉致問題に関係なくって、そういう運動や集会があったら皆様方のように参加しただろうか?強い関心を持っただろうか?と感じる時に自信のない面もあるんですね、正直。
そういうときに今日お越しいただいた皆様に本当に感謝したいと思います。
ここまでこられまお越しになっている皆さんの力であり、国民の大きな声があったからこそだと思いますので、引き続きましてのご支援をよろしくお願いしたいと思います。

今日の10月8日の公演の依頼を会長の川添さんから頂いたのが確か2〜3月前のことだったと思います。
その時点でお話しを頂いたときに、10月8日の時点でどういうお話しが出来るだろうか、もしかすると、明るい話も出来てるんじゃないかというふうなことも思っていました。
と申しますのも、2〜3ヶ月前に(公演の依頼を)受けた時点で、一二ヶ月後には、六カ国協議あるからと言うことがあったわけですけれども。
結果的に蓋を開けてみれご存じの通り、何の解決も進展もなかったということで、北朝鮮を除く5カ国は空虚に時間を費やし、振り回され続けたということで、改めて圧力をかけなければ進展しないのだと分かったと思います。

最近のニュースでは、来週中にも日朝協議が行われるのではというふうに言ってましたけれど、今日家をでる前にインターネットを見てきたんですが(ご覧になった方もいると思うんですけれど)今月中の日朝協議の開催は困難だという外務省幹部のコメントがあったということで、結局そうなると、何時話し合いであり、進展がみられるかと、全く見えない状況、つまり、前から全く何も変わっていないというのが現状であります。

先般行われた選挙においても郵政一色で、拉致の問題など全くなかったわけですけれど、近日中にこの郵政法案は可決するんじゃないかと思いますが、その可決後には、速やかに且つ第一優先に、拉致問題に国会議員の先生方は取り組んでほしいと思います。

ちょっと見ながらお話しさせて頂きますが(メモを見ながら)この6日、衆議院拉致問題特別委員会において、町村外務大臣が『首相訪朝も排除しない』ということをコメントされましたけれど。
先ほど市川さんもお話しされていましたけれど、あの北朝鮮という国は、金正日じゃなければ話が進まない、解決しない国であります。
トップ同志の話し合いがなければ解決しないのであれば、小泉さん、相互主義という原則を破ってでも3度でも4度でも行って解決に走って貰いたいという風に思います。

まぁ本当は、小泉さんが、どれだけ本気で解決しようと思って一回目、二回目訪朝されたかわかりませんけど、国交正常化を成立させるよりも、この拉致問題を解決した方が、よっぽど小泉さんも歴史に名を残せるのではないかと思うんですけれども。(会場拍手)なかなかそれが分かっていないんですね。

郵政解散で小泉首相は「国民の総意を聞いてみたかった」と言って解散しました。
一方でこの拉致問題を打開する為に「経済制裁を発動すべきだ」と我々は言っているわけですけれども、いろんなメデイアの調査によりますと、約六割から七割の人たちが「経済制裁すべきだ」と言ってるわけですね。
何故国民の総意を実行しないのかというふうに思いますけれども。
非常に、小泉さん、自己矛盾をあの日と自身が生じさせているのではないかと思います。

国民の動きを機敏に感じ取る方なのであれば、正にこの問題に最優先に取り組めば、あの人の人気であり、自民党の人気も株も上がるんではないかと思うんですが、それに手をつけないのは、やはりなにかこの問題の解決すると困ることがあるんじゃないかというふうに勘ぐってしまうわけなんです。
裏が取れているわけじゃないので、何もこれ以上言えないんですけれども。

よく特定失踪者問題調査会の代表の荒木先生も仰っていますけれど、「この問題が解決したら歴史が変わるんじゃないか」とも仰っていますけれど。
もしかすると、日本政府、日本国というのは暗い闇の部分を抱えているのではないかとも思います。

本題の方にはいりまして、姉のことに関してはいろんなニュースとか書籍とかでみなさまもう十分ご存知かと思いますけれど、私の姉は4つ上でありまして、つい3日前に41才の誕生日を迎えました。
しかしながら41歳と言いましても全くイメージがわかなくてですね、中学の時の小さなといいますか、当時にすれば大きな姉だったのですが、幼少の頃の映像しか頭に浮かばないんですね。

その後、姉の写真なんか出てきた訳ですけれど、やはり現実感どうしてもわかないですね。
当時中学の時の写真しか、イメージしかわかないんですね。
早く本当の姉に会いたいと思っている次第であります。

1977年の11月15日に北朝鮮の拉致工作員によって拉致されたわけですけれど、その当時、<拉致>という言葉すらなかった、たぶん、なかったんだと思います。
<誘拐>とか<人攫い>、<神隠し>、その辺の言葉だったんだと思いますけれど。

ほんとに何処に頼っていいのかわからない、何処に怒りをぶつけていいのかわからないという日々でございました。
で当時母なんかに連れられて(当時、私小学校3〜4年だったと思うのですが)家のそばに護国神社があったんですけれども、新潟の冬、そして夜は真っ暗なんですね、神社なんか電灯が少ないんで、真っ暗な中を、懐中電灯を照らしながら、手を握られながら、「お姉ちゃん」「めぐみちゃ〜〜ん」と探すわけですけれども、やはり子どもながら怖かったという思い出と、その瞬間であり、家に帰ったときの、父であり母の顔をみると、悲壮感であり、鬼のような形相というのを子どもながら見ていたような気がします。

まぁ、ずっとそう言う日々を過ごして行く中で、当時小学校低学年で、子供の頃というのはみんな正直であり、残酷で、子供同士なんか言い合ったり、けんかしたりすると周りの友達から「あれ横田んちの姉貴いなくなるんだよ」と言うんですね。
まぁ、罪があってそういうことを発言しているわけではないと思うんですけれど、やはりそういう言葉を聞くときに、こどもながら「なんでそういう事を、言われなきゃといわれなきゃいけないんだろう」と思って非常に歯がゆい思いをしました。

そういう状況は、今回帰国された5人の方々のお子様も、(日本に今永住されているわけですけれど)、けっして僕たちみたいな、二の舞を踏まないように、日本国民は、暖かくお子様たちを見守っていかなきゃならないんではないかと思ってますので。
やはり一人一人がそういう悪い発言をしていないかとかみていくが責任じゃないかと思っています。

そういう長い日々が続いていくわけですけれど、非常に父や母なんかは不安のピークにず〜と達していたと思いますが、そんな中でも、私たち兄弟(兄の拓也というのがおりますけれど)を、兄であり私を、できは悪いけれど、一応の社会人まで育ててくれたと言うことに関しては、非常に両親には感謝したいと思います。
まぁこういう事件があって、両親との連絡も密にとっていますし、みなさまとそんなに変わりないと思いますが、ちょっとだけ、親に対する気持というんでしょうか、強いのかなと、勝手なうぬぼれではありますけれど、おもっております。

我々兄弟は姉を救いたい、肉親でであるから何とかしなければという気持ちは強いんですけれど、両親の娘に対する気持ちと言うのは、私が子どもをもうけるにいたって、なおさら実感として湧くようになりました。
子どもって、皆さんもそうだと思いますけれど、なにより代え難い存在であって、自分の命に変えてでも何とか救いたいそん存在じゃないかと思うんですけれど、自分が子どもができたときに、「さぞ、両親は辛いんだな」と、「早く楽をさせたい」と思っております。

姉の情報が具体的形で現れてきましたのが、平成9年、まぁ8年前の話でありますけれど。
それからず〜と暗中模索の状態でしたけれど8年目に我々は家族会を作りました。
発足した年というのは、姉が拉致されてから20年と言う年ですけれど、何故こんなに長時間時間を要したのかと、それは、日本政府の怠慢以外の何者でもないというふうに思っております。
怠慢を通り越して怒りすら覚えることが、多々あったわけでありますけれど。

この拉致問題に関わって一番何が悔しかったかというと、どいいう発言が一番惨めだったかと言いますと(文字を間違いたくないので見ながら言いますけれど)平成11年の自民党の外交部会で当時の外務省のアジア大洋州局長で槙田邦彦という人がいたんですね。
その人が外交部会で『たった10人のことで日朝国交正常化交渉が止まってもいいのか?
 拉致にこだわり国交正常化が上手くいかなければ国益に反する』というふうに言ってるんですね。
何処の国の人間かと私は思います。「国益ってなんなんですか」と。
ほんとに許しがたい発言に、今でもこの発言は、許すことができないです。

この槙田邦彦というのは、シンガポール大使を経まして、現在エジプトの大使を多分歴任中だと思うんですけれど、決して、槙田という人間は、エジプトで、我々旅行に行って何かあっても、助けてくれない人間でありますので、エジプト旅行を計画されている方は、(笑い)やめた方がいいと思います。(拍手)

こういう発言からもわかるように、拉致された人命や人権よりも、日長交渉を推し進めて、自分の手柄にしたいんだと言うのが見え見えの歴史がず〜と日本国政府、外務省に続いているわけですね。
非常に不信感が我々家族会にはあるんです。いろいろ今現在は日本政府は北朝鮮に対して、話を投げかけてくれてるとか、もちろんそういうことには否定はしませんが、解決しようと思って動いているのか、うやむやに時間を浪費して、解決と言うか、終結させようとしているのか、ほんとに猜疑心でいっぱいなんですね。

そう言う意味で我々国民は、一事象、一事象に、注目、傾注して、「おかしいことはおかしいよ」と言っていかなければならないと思います。
その手段として、首相官邸にメールであり手紙と言うのがありますけれど、とにかく我々の声を政府、中枢にあげていくことが大事なんだと思います。

ま、そういう、本当に、解決しようと思っているのかどうかわかりませんが、小泉首相が、2度も訪朝したわけでありますけれど、「何をしに行ったか」ということですね。
解決しに行ったのか、終結しに行ったのか、我々にはわからないですね、我々のスタンスでは。

実際9月17日に我々は肉親の死刑宣告を受けたわけですけれど、何の裏もとっていないままで、「あなたのお子様は死んでいます」と。
「なんか情報があったんですか」と聞いても、「何も確認していません」と。
そんな話ないですよね、ほんと。
その辺が外務省、政府と言うのは、今なお(一部不明)

同じような話題で、家の姉とされる遺骨が出てきたわけですが、結果的に捏造だったとわかったわけですが、ほんとに甚だしく姉の人権を冒涜するものであり、日本政府を侮辱した、日本国を侮辱した、つまり、みなさまを侮辱したと言うことです、北朝鮮は。
本当にこれは、日本国民は許せないですよ、ほんとに。
こういうことに政府はもっと怒って北朝鮮に対して発するべきなんですけれど、あまり言わないですね。

去年の12月末に細田官房長官が「誠実な対応をしなければ厳しい判断をとらざるを得ない」と言ってるわけですね。
それから、もう10ヶ月立とうとしていると。
そこからみても、ほんとに解決する気があるのかと、我々はあるわけです。

でも、本当は「経済制裁しろ」と、我々は日本政府に希望しているわけですが、本当にここでほんとうにそういう行動に移さないと、諸外国から北朝鮮以上に、日本国政府が不思議な国、奇異な国と見られるんじゃないかと思っておりますので、主権国家であることを確認する意味でも、やることはやる、国家が講義をするということを早急に取ってもらいたいと思います。

そういう中で、この拉致問題は、相変わらずこう着状態で進展がないわけですけれど、ま、政府が第一義的に動くのはもちろんでありますけれど、もちろんそれだけが手段ではないと思います。
その中の手段としまして、やはり帰ってこられた5人の方々が、もっと北朝鮮であったこと、見たことを、我々家族のものだけじゃなく、日本国民に対してもっと公開して、PRして欲しいと思います。

全てを言うことが、もしかしたら彼ら5人が危険に晒されるのかもしれませんが、その一方で、元北朝鮮工作員・安明仁さんなんかは、北に自分の家族がいながら、危険を省みず、そういうみた事、やってきたことを発言しているわけですね。
ほんと、これ立派なことで、なかなかできないことだと思いますけれど、そこまで、同じような危険を冒してまで「発言してください」とはなかなか、帰ってきた5人の方々に言うのは酷なのかもしれませんが、やはりお子様も帰ってこられたことですし、言うことが責任の一つなんではないかという気もしますので。
もうちょっと落ち着かれてというか、帰国してだいぶ経過してるんですけれど、やはり言うべきときに言わないと、変な方向で、日本国民の目が帰って来た5人に「何やってんだ」というふうに目が行かないように、やはり「おっしゃっていただければな」と思っております。

日本政府であり、六者協議もそうですし、今回国連の方もいろいろ動きがあるようで、対北朝鮮人権決議案というのが国連総会に付託される見込みというのをこれも今朝インターネットで見たきたんですけれど。
諸外国が動いていながら、日本国が動いていなかったら、ほんとに話にならない恥ずかしい行為でありますので。

国がやって、周りが動くと言うのが普通の流れですよね。
特に毅然とした主権国家としての動きをとってもらいたいと思います。

今日も先ほどジャーナリストの西村さんから、専門書のご紹介がありましたけれど、我々成人はああいう専門書を読んでもわかるわけですけれど、(会場笑い)もっと若い方々、皆さん若いんですけれど、基本的に若い、実年齢で中学生、高校生の方々が読んでもわかりやすい本を。決して双葉社の回し者ではないんですけれど。(笑い)
こういう「めぐみ」というドキュメンタリーコミックが出ているんですね。
やはり次世代を担う若い方々が、この拉致事件の真相というところを知っていただくことが、日本国を支えていく原動力になりますので、是非お子様や、学校のお友達に薦めていただきたいよいうふうに思います。

上巻、下巻がありまして、下巻の最後の〆に両親、父母が、姉が帰ってきたらこういうことをしてあげたいと言うことが書いてあるんですけれども、父は何でも新しも好きで、昔から、「六本木ヒルやディズニーランドとか連れてって、進んだ日本を見せてあげたいね」と書いてありまして、一方母は「北海道のような大草原に寝そべって『自由だー!』と言うようなことを一緒に言いたいね」と書いてあります。
ほんとに早くそう言う日が、来ることを祈ってやまないですけれども。
問題の主体である日本政府が非常に消極的なので、非常に怒りを覚えるんですけれども。
早く、そういう日が一日でも早く来ることを祈っています。

つい先日これ、拉致問題とは外れるんですけれど、水曜日だったと思いますけれど、巨人の最終戦があったんですね。そこに後藤選手という選手がいまして、引退試合だったんですね。
終わったあとに、確かアウトだったと思いますけど、お嬢さまがやってきて、後藤選手とわーっと泣き崩れて、お嬢様と抱擁するシーンがあって。(哲也さんの目に涙が)
そのニュース映像ををみて、私も目が潤んでしまったんですけれど。
そういう、めぐみと両親が抱き合える日が早く来ないかなと願っています。

今日は直接的には姉の問題を話させていただきましたけれども、となりにいらっしゃいます市川さんしかり、特定失踪者の方々、何百人いらっしゃるかわかりませんけれども。
そういう方々を救わなければなりませんし。
フォラツエンさん、西村さんがおっしゃっていましたけれど、もう、人間とは思えないような扱いを受けている北朝鮮人民。
ピョンヤンにいる高所得者、党の幹部は例外なのかもしれませんけれど。
虐待をされ、強制収容所に送られて殺されている人間が、ほんとにすぐ隣の国に、そこにいる現実を、私たち、見過ごして良いわけないと思うんですね。
近代社会に、ほんとにあり得ない、こんな国なんですよ。

ほんとに北朝鮮政府、私は、政権交代=レジュームチェンジすべきだと思うんですけれど。
経済制裁発動であり、私たち国民レベルでできることは何かと考えるときに、北朝鮮産のものを口にしないとか、北朝鮮が絡んでいる遊戯なんかに参加しないとか、いろいろあると思うんですけれど。
一個一個から崩していくのがやはり近道になるんだと思いますので、手に取り、口にするときに考えながら進んでいかなければならないと思っています。

いろいろ話したいこともあるんですけれど、時間も限られていますし、また家族会家族会の面々、両親はじめかなり高齢化がすすでおりまして、私たちみたいなちょっと若い世代が担っていかなくてはならないですし、また我々ひとりひとりの力は非常に限られていますけれど、全体で影響すれば、拉致問題が何もなかった所から、ここまでこれたと言う現実もありますから、やはり手を取り合って進んでいくことが、日本国民の証明であると思います。
拉致被害者が日本国に帰ってきたときに、「あなた方は何も運動に関与していないではないか」と、我々兄弟がもし運動に参加していなかったときに「おまえなんか兄弟家族じゃないよ」と絶対に言われたくありませんので。

何らかの形でこの運動に関与して、日本人であることを噛みしめて、帰ってきたときに「ほんとうによかった、よかった」と同胞を迎える体制がなければ、やはり日本人でないと私は思いますので、ま、いつ帰ってくるかわからない問題ではありますけれども、みなさまのこれからのご協力ご支援をよろしくお願い致します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ブルーリボン放送に、このテキストの音声が一部アップされています。
あわせてお聴き頂き、集会の模様を少しでも感じていただけましたら幸いです。

このエントリーのテキストは、金木犀様の手による物です。
ご協力感謝申し上げます。
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2005年10月15日

古川了子さん第3回行政訴訟&報告会のお知らせ

[調査会NEWS 290](17.10.14) より

☆古川了子さん拉致認定訴訟第3回口頭弁論

10月20日(木)午後1時30分〜
東京地裁606号法廷にて
〒100-8920 東京都千代田区霞が関1-1-4
Tel:03-3581-5411 Fax: 03-3581-1583
地下鉄丸の内線霞ヶ関駅A1出口を出てすぐ

《皆様へのお願い》
傍聴席が28席しかなく抽選が予想されますので、遅くとも午後1時までにはお越しください。
定員の2倍以上の希望者が来ないと、裁判官や被告政府側への圧力になりません。
閉廷後には報告会で詳しい報告が予定されているので、
ハズレに臆せずご参加ください。
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第12回藤沢集会(7)05.10.8 藤沢産業センターにて

『西村幸祐氏(ジャーナリスト)のお話』

Img_0774.jpg

どうもこんにちは、西村幸祐です。
今ホラツェンさんが韓国の状況を色々お話されましたので、ちょっとそれを補足するようなお話が出来れば良いかなと思っています。
あの時間もあんまりありませんので。

それと最後の方で時間が無くなって言えなくなると困りますので、最初にちょっとご報告と言うかご紹介したい本があります。
まだ出たばっかりなんですが、自由国民社からですね。
出ました「金正日に正しいメッセージを」と言うタイトルの、何か叢書(そうしょ=シリーズ物の意)になっているんですが1000円以下の本なんですね。
今年の春に東京財団と言うところでやりました、その北朝鮮のシンポジウムと言うのが行われまして、それを本にした物です。

救う会の方々が執筆されていて、平田(隆太郎)さん、西岡(力)さん、それとあと救う会以外のRENKの李英和さん、それと軍事ジャーナリストの恵谷(治)さん、それと安明進さんも加わっております。
それでなぜ経済制裁が必要かと言うことと、経済制裁をやる意味、その方法論、それから軍事的な問題。
あとは国際的な安全保障の枠組みの中での拉致問題の位置付け。
そういったものが全てがわりと分かりやすく網羅されている本ですので、ぜひ読んでいただければと思います。

昨日ですね。
実は重大な発表がふたつありまして。
ひとつは皆さんご存知のように曽我ひとみさんが実は平壌で住んでいた時に、横に住んでいた家にルーマニア人とレバノン人とタイ人の拉致被害者がそれぞれ結婚させられた家庭を持って一緒に住んでいたという事を、曽我さんが実は5月の内に家族会の方に言っていたわけです。
それが公になったのが昨日なんですけども、レバノン人の拉致被害者と言うのは今までかなり知られていたんですが、初めてルーマニア人とタイ人と言う、日本と韓国そしてレバノン以外の拉致被害者の存在が明らかになったと、言う事は大きいと思います。
そういう国際ネットワークが北朝鮮の工作活動に有ったという証明になるわけです。

もう一つ重大な事と言うのはですね。
これは特定失踪者問題調査会の荒木さんがリリースしたんですが。
今月の月末の10月30日から短波放送でもってですね。
北朝鮮に向けてラジオ放送を開始します。
要するに北朝鮮にいる囚われている人を含めてですね。
普通の国民、反体制的の国民は結構ラジオを聴いているんですね。

これは実は姜哲煥(カン・チョルファン)という今朝鮮日報の記者をやってるんですが、今年ブッシュ大統領に招かれてホワイトハウスに入って、彼の書いた「平壌の水槽」と言う本をブッシュにプレゼントして。
というかブッシュが先に読んでいて感動して、姜哲煥さんを呼んだと言うそういう経緯があったんですが。
姜哲煥さんと2年前に話したときにですね。
彼も言っていたのは、結構ラジオでもって北朝鮮に情報が入っていると、言う事実があるわけです。

そういった可能性にかけて日本からですね。
日本からと言うか発信場所は秘密なんですが、北朝鮮全域で聴けるようなラジオの短波放送が今月末からも始ります。
最初は日本語でやるそうです。
要するに何百人いるか分からない拉致被害者の中の誰かが聞いてくれること、あるいは日本人妻として渡っていて帰れない方。
そういう方も含めてですね。
とにかく放送を聴いてくれていて救出しようと言う意思を日本人は持っているということを伝えると、いうことでそのプロジェクトを進めるようになったようです。

それは非常に大きな事だと思いますので、今までの今日のお話でですね。
市川さんのお話もそうです。
それから岡田さんのお話もそうでした。
それとホラツェンさんのお話もそうなんですが、非常に大きな力・見えない力によって拉致問題の解決が妨害されているというのは3年前に金正日が拉致を認めたにも拘らずですね。
日本政府が拉致問題の解決を全く努力していないという事からも分かるように、非常に大きな障害があるわけで。
それに対して私たちはどうやって立ち向かっていくのかと言うことを、もう一度ここから考えなければいけないと思います。

それで先ほどのホラツェンさんの話を補足したいんですが、ホラツェンさんが言っていたのはですね。
国連人権委員会での北朝鮮に対する非難決議を韓国はずっと棄権していると。
ここ数年そういうことをずっとしているわけなんですが、それが非常に皮肉な出来事なんですね。
というのはですね。
なぜかといいますと国連の人権委員会に実は今から12年前の1993年に韓国のあるNGOがですね。
そこに参加しまして。
それで韓国の人権問題をちゃんとする為に国家人権委員会を作ってくれと、申し入れをしているんですね。

それで国連の人権委員会が韓国政府に対して人権委員会を作れという勧告を行ってですね。
97年に金大中が大統領選挙に立候補する時に、国家人権委員会と言うものを作るというのを公約にして当選したんですね。
それが他人事ではないんですね。
というのはですね。
その国家人権委員会と言うのが韓国で何をやったかと言うと、先ほどホラツェンさんの話にも会ったように全く北朝鮮の人権問題、あるいは韓国の拉致被害者の人権問題を無視してですね。
北朝鮮を非難する決議案を棄権するような国になってしまったんですよ?韓国は。
その国家人権委員会があることによって、そういうような国になってしまったんです。

それでその国家人権委員会が行った事と言うのは、2002年の4月から稼動し始めたわけですが。
まず政府に対して国家保安法の廃止を言ってるわけです。
国家保安法と言うのは、もちろん80年代光州事件に代表されるような韓国の民主化闘争の中ですね。
軍事政権を維持する機能として装置として、民主化運動を弾圧した部分ていうのは、それは確かに否めないと思います。

ところがですね。
それとはまったく別の、と言うか本来の機能と言うのはスパイ防止法なわけであって、北朝鮮の韓国に対する工作活動を取り締まる法律が国家保安法であるわけです。
その国家保安法を廃止しろと言う勧告を出したのが、韓国の国家人権委員会と言うところで。
それで大統領に対して、あるいは国会に対してそういう勧告を行っているわけですね。

実はそれと同じようなシステムの物が作られようとしている現実が、今しっかりと注意していただきたいと思います。
日本で成立が予定されていると言われております人権擁護法案というのは、日本に人権擁護委員会と言う物を置いて、それで2万人の人権擁護委員がですね。
日本中の人権侵害の実情をチェックしながら人権委員会に報告して、それで人権委員会が三権分立と言うところからは別の勧告を行ったりあるいは捜査を行ったりするような機能も持つわけです。

ですから今年その法案がですね。
その法案が3月から7月にかけての反対運動によって結局自民党は法案を国会に提出するのを諦めましたが、その時に救う会がその法案に反対した事を忘れてはいけないと思います。
それと当然拉致議連も反対したわけです。
なぜかと言うと、北朝鮮に対してあるいは今日のお話の中で岡田さんが仰っていたような、実際の拉致の実行犯であるちょっと名前は忘れましたけども、その山形と青森ですか。
に住んでいる拉致の実行犯に対してどう報道をしようか、あるいは捜査をしようかと言うときにですね。
そういった人権擁護法によって、それが人権を侵害するという事でそういった報道がされなくなってしまうという可能性が十分考えられるわけですね。

ですからそういったことも含めてですね。
韓国で今ホラツェンさんが仰ったのは、ホラツェンさんが本当に韓国で何年もやってきた痛みの結果、ソウルは平壌に乗っ取られたと。
テイクオーバーと、静かに乗っ取られたと、その様に言ってましたが。
まさに韓国で起きている事はですね、他人事ではなくて。
実は日本がそうなっていくんだ、そういう可能性があるということを十分私たちは考えないといけないと思います。

その証拠にこの3年間で拉致問題は何一つ進展していないじゃないですか。
いったい、先ほど岡田さんが仰ったように政府認定の拉致被害者が何人増えたんですか?
田中実さんがやっと増えただけじゃないですか。
特定失踪者に関しては全く何の進展も無いわけで、これは一体何を意味しているかと言うことをですね。
考えてみるべきだと思いますね。

この前の選挙の結果にしたってそうなんです。
あれが果たして良い方向に向いているのか。
少なくとも拉致問題の解決にとって良い方向に向いたのかどうかと言うことをですね。
十分考えてみて、それで今後の拉致救出運動に皆さんに・・・(聞き取れず)かけたいと思います。

それであんまり時間も無いんですが、韓国の状況についてもう一度ちょっと補足致します。
先ほど韓国の国家人権委員会と言うものが果たした役割と言うものを申し上げました。
最近実際どうなっているかと言うことなんで、ホラツェンさんが本当にここはまるで平壌ではないか?と言って。
KBSをまるで金正日放送だと。
冗談で言ったような錯覚を、そんな事を感じてしまうほどの今状況になっている。

やはりそれは金大中、それから盧武鉉と続いたこの政権がですね。
限りなく反日でありそして反米であると、いう事に原因を求めざるを得ないわけです。
特に金大中が行っていた政権はですね。
もっと輪をかけて先鋭化させているのが現在の盧武鉉政権なわけです。
盧武鉉と言う人は実は絶体絶命と言う状況になっているわけなんですね。
盧武鉉政権自体が。
支持率も低下してですね。
与党のウリ党の支持率も非常に低下して、そういう状況であって、自分は辞めたいとかそういうことを平気で言っていて韓国メディアから叩かれているわけなんですが。

そういう状況になっているんですけれども、だからといって韓国が良い方向に向っているわけではなくて。
ウリ党だけでなくてハンナラ党にしても基本的に反日である事には基本的にはあまり変わりは無くて、ハンナラ党は親米的であるということはありますけれども、この金大中時代から続いている色々な事。
先ほどもちょっとありましたけれども、国家人権法の事もそうですけれども、マスメディアのプロパガンダ。

韓国で自虐史観と言う言葉があるのをご存知ですか?
韓国が日本の教科書を攻撃していることは皆さんご存知だと思いますが、作る会をですね。
右翼教科書だとか歪曲教科書だとか、全く根拠が無いスローガンで攻撃しているんですが。
韓国の中でも実は自虐史観という言葉があって、韓国と言うアイディンティティー、韓国と言う国は曲がりなりにも西側諸国の一員として発展してきて、一時軍事独裁と言う長い時代があったかもしれませんが。
世界でも11位のGNPを誇る国になったのは、自由主義陣営の国として発展してきたから韓国と言う国があった訳なんですが。

そういった韓国のアイディンティティーそのものを否定するような歴史教育、北朝鮮系と言うんでしょうか。
日本で言えば日教組ですね。
そういう左翼の教員たちによって韓国の自虐が行われている。
それに対して韓国の新しい保守派が立ち上がったりしているわけなんですが、そういったことも含めてですね。
先ほどホラツェンさんが言っていた韓国のテイクオーバー現象、北朝鮮に乗っ取られている状況と言うのは良く分かっていただけると思います。

それともうひとつですね。
盧武鉉大統領は人権派弁護士だったということですね。
これも非常に象徴的だと思います。
先ほどの国家人権委員会の事もそうだし、結局その人権と言う言葉がですね。
本当の人権に全く寄与していない。
今の北朝鮮に対する韓国の行動の仕方、接し方。
韓国の拉致問題での取り組み方。
全てが人権を無視した、対象的な北朝鮮の李朝共産的なそういったイメージなり方向に行ってると思います。

先ほどホラツェンさん仰ってましたけど、今年の春頃に北朝鮮で行われた公開処刑の映像が放送されましたね。
ニュースで御覧になった方も多いと思うんですが、あの映像は一切放送禁止ですからね。
韓国では。
全く放送されないんですよ?
ですからこのまま北朝鮮の韓国への工作が入り込んでいくと、北主導による統一に向う事は間違い無くてですね。
それは言葉を変えれば、その方法論は色々あって。
すぐ統一するんではなくて、例えば国家連合のような形を取るとかですね。
その時に北が主流になっていくと。
そういった最悪の事態も日本人は考えなければいけないわけです。

その一つとして、今年になって盛んに盧武鉉政権がやっている、過去史清算と言う言葉がありましてね。
反日糾弾法と言う法律とも関係があるわけです。
当初は去年はですね。
反日糾弾法と言う名前だったんですが、余りにも露骨なんで反民族糾弾法という法律の名前が変わってですね。
日本の統治時代に日帝、日本帝国主義ですね。
日帝に協力した朝鮮人を裁こうという、そういう法律で事後法と言う概念なわけですね。
すでに60年以上の前の出来事を現在の法律で裁こうという、近代国家にはあるまじき法律を成立させてしまって、これ冗談じゃなく成立したんですね。

それで8月の終わりにですね、親日派名簿と言うのが発表されてですね。
今編纂委員会と言うのがあって、過去の朝鮮の歴史の中で韓国のを含めてですけども、親日派の人をですね。
リストを作ってるんです。
その今年の公開分3000人分のリストが8月の末に公開されたわけなんです。
これはあれですよ。
文化大革命の頃の中華人民共和国に匹敵するような野蛮な行為ですよ。
先ほどホラツェンさんは今の韓国の事を実は結構キツイ言葉で言ってたんですね。
通訳の野口さんが上品な方なんで、余りキツイ部分は訳さなかったんですが、愚かとかキチガイ染みたとかですね。
そういう言葉もホラツェンさん使っていたんですが、本当にそういう事をやってるわけですね。

親日派名簿の中に、実は朴正熙大統領ですとか、あるいは朝鮮戦争の韓国救国の英雄と言われているパク将軍ですとかそういう人の名前も全部入っているんですね。
その親日名簿に。
パク将軍といったら、ちょっと歴史に詳しい方だったらご存知のように、韓国軍がプサンまで負い詰められて北朝鮮軍に。
韓国が滅亡寸前の時にプサンから盛り返した、韓国軍のリーダーだったんです。
そのときにマッカーサーがインチョンに上陸したわけですけども。

そういった韓国の建国に非常に貢献した将軍たち、朴正熙ももちろん大統領として偉大な大統領だったんですけども。
彼らが日帝の士官学校、まぁ二人とも満州の士官学校を出ているわけなんですが。
日帝の士官学校を出たから、あるいは旧日本軍の将校だったからという、そういう理由で全部親日派という事にしちゃってるわけですね。
その名簿の中には韓国の今の国歌を作った作曲者ですとか、あるいは韓国の国旗ありますよね。
あの国旗をデザインした人間、あれも全部入ってるんですね。

そう考えるとその反民族糾弾法と言うのは、実は韓国の歴史そのものを全部否定しているという事に皆さんお気づきになるんじゃないですか?
つまり北朝鮮の正当性を訴えている事に他ならないんです。
非常にこれ分かりやすいじゃないですか。
この名簿を作った連中が実はアジア、東アジア連帯、教科書連帯とかっていうメンバーとつながってまして、それが作る会の教科書の攻撃に加わっているわけです。
そういった背景も考えてこれからの拉致問題の解決に当たって頂けたらと思います。

ホラツェンさん仰ったように非常に勇気付けられる提言もされました。
そういうことも考えて、色々な意思の中に拉致問題埋没しているといわれていますが、決してそうはさせないという気持ちを今日ここにお集まりの方は思っていらっしゃると思いますので、今後とも一緒に考えていきたいと思います。
大変短くなりましたが、この辺で今日は失礼します。(拍手)
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第12回藤沢集会(6)05.10.8 藤沢産業センター

『ノルベルト・ホラツェン氏のお話2 通訳:野口孝行氏(北朝鮮難民基金)』 

韓国にはKBSという国営放送があるんです。
コリアン・ブロード・キャスティングシステムと私は呼んでいましたが。
私は金正日・ブロード・キャスティングシステムとだという他無いと思います。

最終的に私はソウルでも殴られるという事があって、最終的には韓国も追い出されることになってしまいました。
その後、韓国から追い出されて私は今、日本に来ている。
そしてここから何かやりたいと思って今東京に来ているわけです。
具体的に言いますと、もっとこの問題に関してですね。
人々の関心を集め、そして世界中の政治家の人とか、そういう人たちの注目をもっと集めて情報のキャンペーンを行いたいと思っています。

それですね、今もっとこういった活動を続けなきゃいけないと思います。
例えばヨーロッパ、ベルギーもちろんスイス、ドイツですね。
そういった所でテレビをつけると必ずこういったところに飾られているような写真がテレビの画面に出てきて。
東京でこういうことがあった、東京からのニュースだということで世界中でですね。
ニュースが流れるようにはなっています。
皆さんがこういったサポート、そしてこういった思いがですね。
どんどん毎日のように勢いを増してこれからも世界中にどんどん情報が発信されて、現在そういう状況になってきています。

今週国連のジュネーブではですね。
北朝鮮の人権に関して話し合うという場がありました。
今月の18日にドイツのフランクフルトで国際ブックフェアと言うのが行われます。
そこで主賓格の国と言うのが韓国・コリアになってまして、そこで朝鮮半島に関る本が国際ブックフェアにくさん掲げられて、人権の問題もあれば拉致の問題の本、様々な本が国際ブックフェアに出品するという事になっています。

12月にはですね。
今度はソウルでアメリカのフリーダム・ハウスと言うのがあるんですが、ここが世界中の国際的な団体を集めてソウルで北朝鮮の人権に関して話し合うことになっています。
そこでまた北朝鮮のですね。
収容所の問題を暴露と言うか見せるホロコースト・ミュージアムが開かれて、拉致の問題ですとかですね。
自分達の国の命を蹂躙していく北朝鮮の状況を、そういったミュージアム形式で見せていくという動きもあります。

ワシントンでですね。
私はマイケル・ホロウィッツ氏、上院議員のブラウンバック氏、今回の6カ国協議のアメリカの代表でしたクリストファー・ヒルさんたちに会いました。
そして彼らが言っていたのは、6カ国協議の最後の方には必ず人権、拉致の問題を含めた人権の問題を必ず議題に乗せて。
東西冷戦のときに、ヘルシンキ条約と言うのがありましてそこから状況が少し変わっていったというのがあるんですが、そういった物も考えつつ状況を打開していこうという事を彼らは言っていました。

また同時に、たくさんのジャーナリストの人たちが北朝鮮に関して色々な物を書いていますが、同時にですね。
ある劇作家がですね。
北朝鮮に関る問題を取り上げて劇の原作を書いています。
これはフランスのパリで上演される事になっていますし、またこれを扱ったアメリカ映画、ハリウッド映画もこれから作られていくという動きもあります。

このようにですね色々注目は集まっているんですが、結局政治家は自分達から何かやろうと言うんじゃなく、必ず皆さんのアクションと言うか行動、気持ちとかその後に続いて行くということがあります。
ですから必ず向こうが先と言うことがありません。
もっとやはり我々が行動して、韓国、また日本、アメリカというですね。
政府に圧力をかけて頑張っていかなきゃならないと思います。

メディアの関心を集めるためには時には急激なというか、激しい動きと言うかそういう事もやらなくては。
驚きを伴うようなちょっと激しい動きをしなければならないときもあります。
実際にですね、行動を起こす時はタイミングと言うのがとても重要です。
タイミングを失って、洪水だとか事故だとかが重なってしまうと、せっかくやった行動もそちらの方に流れて行ってしまうということもあります。

ただ、それに関して言うと、とても良いタイミングに来ています。
それは11月の15日からプサンで行われるAPECの会議です。
これには小泉首相はもちろんの事、ブッシュ大統領、それにプーチン大統領ですね。
胡錦濤、中国の国家主席ももちろんプサンに皆集まります。

韓国だけでなく北朝鮮にも国際的な注目の集まるイベントがあります。
それは10月の15日なんですが。
それはアリランフェスティバルと言う北朝鮮のプロパガンダを広める為のお祭りが企画されていて、ここには間違いなく多くの西側のジャーナリストが集まって、偉大なる指導者・金正日を称える為にですね。
集まる、そういった体裁を持って集まる事になると思います。

(ホラツェン氏、北朝鮮の旗を広げて立ち上がりながら話す)
そのときにですね。
皆さんもそのフェスティバルに行こうとする事は出来ます。
その時に行動を起こす為にはですね。
スタジアムなんかに仮に行ってですね。
こういった北朝鮮の旗を翻して応援する振りをしてですね。
同時にこういった写真なんかも持っていけたなら、CNNのカメラとかそこで放映している目の前で仮にこういう写真を前に出せばそれは十分なアピールになるし。
そのCNNのカメラの前で、まさに逮捕されるという(くすくす笑い)そういった行動も必要ではないかとそういうふうに思います。(拍手)
60カ国会談のこういった行き詰った状況をですね。
打破するにはですね、はやりこのような激しい動きが必要だと、やはり私は思います。
打開する為にあえて外交的な問題を作り出して、事態の打開を図るという事も必要だと思います。

金正日はですね。
最後通牒を受ける必要があります。
それはもういい加減にしろ、十分である。
そういう最後通牒を突きつけられる必要があると思います。
金正日は犯罪者です。
人殺しであり誘拐者でもあります。
そこで間違いなく国際社会は彼に最後通牒を叩きつけ、もうあなたは終わりだと。
もう降参しなさいと。
そうしないとこれから私たちは何かをしなければならないと。
そういった最後通牒を私たちは突きつけなければなりません。

金正日は良く理解していると思いますが、ルーマニアのチャウシェスク、またユーゴスラビアのミロシェビッチ。
ミロシェビッチは最後通牒を聞かなかった為に、爆撃を受けて今捕まって国際司法裁判にかけられています。
同じ事が金正日にもですね。
こちらの言う事を聞かなかったら同じ事が待っているのではないでしょうか。
皆さん日本人が出来る事は、もちろん日本の拉致被害者を助ける事もできます。
しかし同時に北朝鮮で飢餓に悩んで苦しんでいる人たち、あのような人たちも同時に助ける事ができます。

(日本語で)ありがとうございます。
(英語で)Thank you so much.(拍手)

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ブルーリボン放送に、このテキストの音声が一部アップされています。
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posted by ぴろん at 08:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月14日

第12回藤沢集会(5)05.10.8 藤沢産業センターにて

『ノルベルト・ホラツェン医師のお話1 通訳:野口孝行氏(北朝鮮難民基金)』 

Img_0767.jpg

(日本語で)こんにちは。(拍手)

(以下、野口氏による通訳)
皆さんこんにちは。
私が日本語が喋れなくて直接会話が出来なくてすみません。
私はですね、丁度韓国から帰ってきたばかりです。
韓国と言うのは一般的に今、アンチアメリカでどちらかというと金正日の体制を褒め称えて、大学の教授たちは金日成・金正日の体制、あの人たちを褒めているような状況です。

今ですね、韓国では北朝鮮のプロパガンダだと言いますか、どちらかと言うと北朝鮮を擁護するような論調が、テレビやラジオ・新聞などにすごく蔓延しています。
間違わないで欲しいのはですね。
朝鮮半島といっても私は平壌にいたわけでなく、ソウルの話をしている訳です。

今ですね、韓国はこれまで以上に北朝鮮的な考えが充満していて、本当に北朝鮮のような状況になっています。
韓国と言うのは私にとって余り居心地の良い所ではないと。
住んでいるのもちょっと居心地が悪いと言う、感じるようになっています。

ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、私は北朝鮮に住んでいまして、そこでフレンドシップメダルと言うメダルを貰いました。(メダルの入った箱を開けて会場に披露する)
そしてまたそこで一般の民衆がとても親切で、そういった悪魔的な考えを持つような悪意のある人たちでなくですね。
とても良い人達、そういう人たちと接触したいと思って暮らしていました。

このようなですね、一般の北朝鮮の人たちはですね。
やはり金正日の体制の中でとても悩んで苦しんでいます。
そういうような状況はもちろん知っていましたから、私はですね。
上の人間でなく、ちゃんとお医者さんとして一般の人たち。
一般に北朝鮮が宣伝しているような西側の帝国主義者とかですね。
そういった立場ではなく、お医者さんとして一般の人と接してみて、その結果フレンドシップメダルと言う物を一応貰ったわけです。

そういうわけで友達として友人としてそういったメダルを貰ったわけですから、友達だったらその国の悪口と言うか批判めいた事もですね。
する事も当然だと言うふうに思って、そのメダルを貰った結果そういうふうに意識を持つようになりました。
その結果ですね。
私はVIPのビザも貰い、また北朝鮮で運転免許証も貰いました。

で、これを使ってですね。
私は言論の自由と言うか、言いたいことも言う為に利用して、また自分なりに表現しようとして、これらの特権というか、頂いた運転免許証などを使いましていろんな所に移動していたわけですが。
これは本当に間違いだったと。
結果的に私は処罰されるという事になってしまいました。
結局ですね、こう言ったメダルはですね。
本当のフレンドシップではなくてプロパガンダ、最終的には私は本当のフレンドシップではなかったので、北朝鮮から追い出されることになってしまいました。

その後、追い出された後、私は韓国の方に向いました。
それはどうしてかと言うと韓国では言論の自由もあるし、そういう所で私が撮って来たビデオとか写真とかですね。
日記だとかそういう物を公表できる物だと思って、そこで北朝鮮による人権侵害について発表したい物だと思って韓国へ行きました。
そうやって韓国に行ったわけですが、これで私は大間違いだったと言うことがすぐ分かりました。
私自身ちょっとナイーブだったなと思っています。
結局ですね、韓国の政治家、またメディアにしても政府に対しても本当にガッカリする事になりました。

北朝鮮ではですね、結局色々な監視下と言うか抑制下に置かれていたわけで、自分の車も破壊され軟禁状態みたいな感じになったわけですが。
一度も暴力的なことを受けた事はありませんでした。
しかし私は韓国では3回も殴られるという、そういう事に陥りました。

私は韓国で色々なデモンストレーションをしました。
その中には北朝鮮から逃げてきた脱北者の人たちとも一緒にデモンストレーションをやったんですが、結局政府がいつも行う事は機動隊を呼んでですね。
私たちのデモンストレーションを妨害する事しかなく、政府からは一切のサポートも得られないし、助けも得られない。
本当に希望が無いような状況でした。

皆さんもご存知の通り、前の大統領は金大中です。
今は韓国の大統領は盧武鉉ですね。
この二人は以前韓国の中の軍国的主義的な政権、独裁主義的な政権に立ち向かって闘っていた民主主義に対する同志だったんですが、この人たちが北朝鮮の人権侵害の問題に関しては全く言及することがありません。

国連のですね。
ジュネーブではですね。
韓国というのは、人権に関する投票が合った場合はいつも棄権して一切投票なんかはしません。
6カ国協議で韓国政府は人権の問題が交渉のテーブルに来る事を極力避けるように動いていますし、また自国の拉致被害者の問題を持ち出すことを一切しません。

ほとんどですね。
毎日のように韓国では、秘密資金が韓国から北朝鮮に行っていると言うようなニュースが流れています。
例えばですね。
金剛山の観光の問題で、何かお金が行ったんじゃないか?とかですね。
ケソンの工業地帯の開発に関して、そういった裏のお金が動いたんじゃないか?とかいうようなニュースが毎日のように流れています。

これはですね、言ってみれば、Silent(サイレント ・・・聞き取れず)って言うんですか。
言葉、静かな北による南の占領だというように言って良いんだと思います。
南の方はSunshine policy(サンシャイン ポリシィ)という、太陽政策と言ってそういった政策を掲げていますが、実は北から見ればこれはただの友好の政策であって、陰謀なんかが渦巻きながら北はもう南を占領してしまったじゃないかと言うような感じです。
私はですね。
北による、北での洗脳とか工作活動を批判しますが、また同時に韓国でのそういった洗脳的な動き・工作をやっていくと言うような動きに対しても強く批判します。

メディアにはですね、ある種の偏見みたいな偏った報道がありまして、また左翼系のメディアなんかも一切北朝鮮に関する人権侵害の問題を扱う事もありません。
テレビのニュースなんかでも、日本の拉致被害者に関するニュースなんてのももちろん一切流れませんし、北での強制収容所の問題、またガス室での処刑、また公開処刑のニュースなんかも一切報道される事はありません。
その代わり北朝鮮で行われるアリランフェスティバルですとかね、そういったピョンヤンなんかで行われるどちらかと言うとポジティブなイメージがあるお祭りとかですね、そういうのはとても好意的に報道されるような状況です。

・・・続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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2005年10月13日

第12回藤沢集会(4)05.10.8 藤沢産業センターにて

『岡田和典 特定失踪者問題調査会理事のお話2』

Img_0760.jpg

その後、全国各地でですね。
取り沙汰されている拉致被害者以外に、ひょっとすれば私の子供も拉致されたのではないか?
私のきょうだいも拉致されたのではないか?と、言うような声が全国から沸き上がりました。
そして全国各地の警察にですね、再捜査の依頼等がございました。

この折にですね。
田中実さんについては、こんなものは拉致は間違いないわけですから。
同じような手法じゃどうも気に入らんと。
代表の長瀬とですね。
まぁちょっと変わった二人でもございますからね。
何か有効な手立ては無いものか?ということで、それであればいっそのこと、実行犯と目される者が分かってるのだから、この人間を特定してですね。
刑事告発をしてみようでないか?と、いうようなことで、私と長瀬の二人で告発人といたしましてですね。
刑事告発に及んだわけです。

そのあと、まぁそれは正直ですね。
これほどマスコミにとればですね。
面白いといっては語弊がありますが、良い材料がきっと無かったんだと思います。
何かと申しますと、他の拉致被害者、これをちょっと考えていただければ良いと思うんですが、もちろん北朝鮮の金正日、とんでもない男ですよ?
とんでもない国家です。
でもそれと同時に、この田中実さんに付きましてはですね。
日本での間違いの無い、実名の挙がった特定した実行犯・協力者がいるわけです。

一人は誰か?
先ほど申し上げました、このラーメン店の店主です。
韓竜大と申します。
この韓竜大、このラーメン店は神戸の青木駅ですね。
ここで営業しておりましたが、そのうち嫁はん子供と喧嘩になりまして、子供4人まで作っておきながら離婚をいたしまして、きょうだいが住んでいる青森県は八戸の方に参りました。
八戸でも同じようにラーメン店を経営いたしまして、まぁデタラメなラーメン店やったみたいですね。
すぐにまた倒産をいたしました。

この八戸の韓竜大はどういうわけか愛人を作ってですね。
朝から晩まで、我々が告発した折ですね。
パチンコ三昧の毎日を送っていたわけなんです。
これはマスコミにとって面白いわけですな。
追い掛け回すわけですね、この韓竜大を。

今一人は曹廷楽と言う男でして、これは現在も山形市、ここでパチンコ店を経営しております。
のうのうと経営しております。
これも追い掛け回すわけです。
後で色々と話を聞きましたけども、田中実さんの拉致のテレビ番組。
情報番組、ワイドショーを流しますとですね。
数字が二つか三つ上がるそうですね。
ワイドショーの中にはですね、過去の視聴率の最高記録だという報告もいくつか受けました。

やはり国民にとったらですね、日本の中でのうのうと拉致の協力、あるいは実行した人がですね。
今も変わらずのうのうと、しかも不思議な事に八戸であれ山形であれですね。
この二人ものの見事に同じくらいの年代の、若いとは言い切れませんけどもね。
愛人を携えて毎日うろうろしているわけですなぁ。
許せないわけですね。
こういう人間がのうのうと今この国で暮らしていると言う事。

そしてまた不思議なことにですね。
当時は拉致認定も何もされて無いんですよ?まだ田中実さん。
にも拘らずですね。
この山形(八戸の言い間違いか?)の韓竜大はですね。
田中実さんは北朝鮮におるということを認めるわけです。
そしてですね。
じゃあ誰がやったんか?と言えばこのパチンコ屋のおっさんの曹廷楽がやったと言う事を一生懸命言う訳です。

山形のパチンコ屋のおっちゃんのところに行きますとね、曹廷楽のところに。
今度はですね。
北朝鮮におるところは認めるんですけども、あれをやったのはラーメン屋の親父である韓竜大とですね。
この暴露本を書いた張龍雲だという事を一生懸命言うわけですね。
お互いに北朝鮮に拉致された、北朝鮮にいることは二人とも認めるわけです。
にも拘らずですね、自分は関与していない。
同じ洛東江と言うグループのもう一人の方がやってるんだと。
まぁこういう話に終始するわけですね。

このような中でですね。
時間が経緯いたしまして、正直ですね。
我々10月4日ですから、告発したんが。
丁度3年前になるわけですね。
2年半、私ども警察の方に聞きに行きましてもですね。
一生懸命やってる。
ただ、証拠が無いよと。
立件出来ないと。
だから拉致認定できないよと。
こういう返事ばかりなわけなんですね。

にも拘らず、いきなりですね。
この4月のわざわざ事故のあった日に、2年半放っとらかしてですね。
この日にわざわざ、拉致認定と言うことで同じ兵庫県の事件の日の発表ということになったわけなんですね。
どっかおかしいんじゃないんですかね?
本当にこの拉致問題、この国は、真剣に、毅然と、解決しようと言う気持ちが本当にあるんでしょうか?
2年半放っとらかしにしとった物、1週間遅らして発表して何か問題ありますか?
一月遅らして発表して何か問題があるんでしょうか?

いま一つ。
3年前の小泉首相最初の訪朝のあと、クアラルンプールで日朝交渉と言うのが行われております。
ここで金正日が認めた拉致被害者以外に日本政府は3人について、安否確認を求めております。
一人は田中実さん。
そして今一人は小住健蔵さん。
そして特定失踪者問題調査会で1000台番リスト、拉致の可能性が非常に高いと我々が見とります、松本京子さん。
この3人の安否情報を実は求めているんです。

小住健蔵さんご存知でしょうか?
原敕晁さんの事はご存知ですね?
パスポート・免許証を辛光洙に使われた、いわゆるこういうのを背乗りと言うそうですけども。
成り代わり。
北朝鮮のスパイは日本人に成り代わって、その目的の為に拉致をした、と。
こういうケースですね。

実は小住健蔵さん、同じ事が起こってるんです。
パスポートが使われてるんです、小住健蔵さんも。
同じケースなんですよ。
私たちは一生懸命、同じ神戸におりましたんでね。
やはり地元の方、田中実さんの問題と言うことが一番だと、言う事で一生懸命活動いたしました。
何としてでも田中実さんの事を国民の皆さんに知っていただこう。
そういう事で活動を続けてまいりました。

告発する10月には10月1日からその年の3ヶ月。
年末の一杯までほぼ90日ございますが、そのうちの75日ぐらい、まぁ雨の日と特別な用事のあるときですね。
東京に来るとか。
これ以外はず〜〜っと75日間、わずか4名5名の人数ですが、毎日2時間街頭に立ちました。
署名活動しました。
神戸には冬の名物があります。
ルミナリエというのをご存知ですか?
あの綺麗やつですわ。
あの間中ず〜〜と大丸の駅前2週間、毎日街頭署名に立ちました。

知事のご挨拶にも行きました。
神戸市長はたまたまこの田中実さんと同じ小学校、中学校の出身だったんです。
12月に入りますと、兵庫県庁の中にはブルーリボンと署名板とそしてカンパ箱すら置いてもらいました。
神戸市役所の中には同じくブルーリボン、署名簿、そしてカンパ箱ありました。
出来ることは何でもやったつもりです。
でもあくまでもこの暴露した告発者であったりですね。
あるいはその名指しされた人間の伝聞情報、状況証拠に過ぎないわけですね。
私ども知ってる知ってると申しましてもですね、裏一つあるわけじゃないんです。

小住健蔵さん。
パスポートが偽造されとるんです。
おかしいじゃないですか?
順番が逆じゃないですか?
私どもはそのように考えてますよ?
小住健蔵さんがなぜ拉致認定されずに、先に田中実さんが拉致認定されるのか?

田中実さんが拉致認定されたあと、私どもに様々な話が入ってきております。
小住健蔵さんの拉致認定は近いと言う話がありました。
もうひとり、松本京子さんもこの秋には拉致認定されるだろうと言う情報も入ってきました。
まぁこんだけ暑いんですから、秋も来るんが遅れとるんでしょう。
何時までもそのような話は無い。
じゃあ、これは一体なんなんだ?と言う話なんです。

現在16人の拉致被害者が認定されております。
私ども拉致の可能性が排除できないと言う事で、全国からすでに450人にも及ぶ方、特定失踪者として発表しています。
このうちの34人については極めて拉致の可能性が高いと言う事で、そのような発表もしております。
またこれとは別に、先ほど申し上げました小住健蔵さん。
またよど号の犯人である、岡本武の妻として北朝鮮に拉致された福留貴美子さん。
間違いないです。
寺越さんどうなっとるんでしょうかね?これ。
まだ拉致認定されてないんですよ?
寺越さん所の3名、拉致認定されてないのですよ?

じゃあなぜ?田中実さんが先に来るのか?
一つ思い当たりましたよ。
何か?
実は特定失踪者問題調査会、ここでの古川了子さんが現在拉致認定訴訟をしているんです。
拉致認定なんてのは私ども、極めて恣意的なものだと思っております。
一体何の根拠があって今までから現在、現在に通じるまで、何の根拠があって拉致認定したと言うのがあるんでしょうか?
何一つ無い。

法廷でいよいよ古川了子さんの事、政府にこの国に国家に、拉致認定の基準は一体どうなっとるんですか?と。
なぜ誰それが拉致認定で、古川さんは違うんですか?
こういう問いかけを私ども始めたんです。
こんなもん、答えようが無いですよ?
いい加減な事ずっとやって来たんだから。

となると、あの特定失踪者に、先ほども兵庫県警で煙たがられていると言われましたけど、あのうるさい岡田が田中実でもやっとった。
さぁ今度は古川了子さんでまたやりよると。
こら先やっとかないかんかと違うか?と。
こういうふうに私たちが勘ぐってもおかしくないような、順番が逆の拉致認定だったんです。

本当の意味でこの日本と言う国がなんとしてでも拉致問題を完全解決するんだと、強い意思を示すんであればですね。
明らかになっている。
少々フライングがあっても良いじゃないですか?
100人であれ200人であれ良いじゃないですか?
拉致の可能性があるものがあれば、堂々と政府は拉致認定をして、北朝鮮に突きつめる必要性があるんではないんですか?(拍手)
今が正念場です。
どうか皆さん、一緒に闘って参りましょう。
どうもありがとうございました。(拍手)

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あわせてお聴き頂き、集会の模様を少しでも感じていただけましたら幸いです。
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2005年10月12日

第12回藤沢集会(3)05.10.8 藤沢産業センターにて

『岡田和典 特定失踪者問題調査会理事のお話1』

皆さん、こんにちは。(会場より「こんにちは」の声)
ご紹介いただきました、神戸から参りました特定失踪者問題調査会の理事をいたしております、岡田でございます。
よろしくお願いいたします。(拍手)
去年は東京の方もでおかしいんじゃないんですか?とお世話になった者でございます。
まぁちょっと分からないようでございますが。
実はですね、今日はこの4月にですね。
拉致認定されました田中実さんについて、少しばかりお時間頂戴しましてお話させていただきたいと思います。

皆さん、今年の4月25日、兵庫県内ではふたつの大きな事が起こったんです。
覚えておられますでしょうか?
まずひとつ、例のJRの西日本の尼崎の事故なんですね。
朝の9時18分だったと思います。
おそらくこの横浜、神奈川でも同じ事だと思うんですけれどもですね。
私の家から申しますとですね。
それこそ私もJRの近くに住んでおりますので、快速電車でしたら15分くらいの場所なんですね。
そこで100人を超える人たちがお亡くなりになられたと。
こういう事故があったんですね。
これが朝の9時18分ですわ。

それでですね。
2時くらいになってですね。
私の携帯が鳴りっ放しになるんですね。
もうひとつ大変な事が兵庫県警を中心にして起こってる訳です。
何かと申しますと、共同通信社がですね。
どうやら田中実さん、今日中にもですね。
政府が拉致認定の方向で発表するらしいと。
こういうことなんですね。
同じ兵庫県内の、何でわざわざこんな日にと、言うような時にですね。
びっくりするような情報が私の元に入ってきたんです。

当然の事、兵庫県内のマスコミ各社の皆さん。
一人として新聞社、各それぞれの会社に一人として残っておられません。
全部出てます。
いません。
拉致担当のそれぞれ各社の皆さんも神戸にはいらっしゃるんですよ?各社とも。
皆、尼崎に事故の応援に出払ってます。
誰一人出てません。
私の携帯に入ってまいりますのは、事故現場から
「いやこういう情報が東京から出ている。ついてはどういう事なんだ?」と。
言うような話なんですね。
まずこれは私は不思議で仕方が無い、と。

私ども、救う会神戸の代表をしております長瀬と私と二人でですね。
田中実さん、拉致の実行犯と言うのを刑事告発いたしました。
2年半前でございます。
2002年の10月4日なんです。
無しのつぶてなんです。
わざわざこの日にですね、拉致認定をなぜするのか?と。
その辺の話も含めてですね、これから少しばかりさせて頂きたいと思います。

田中実さん、小さい時にご両親が離婚されました。
昭和24年生まれです。
実を申しますと奇しくも私と同じ年なんです。
現在56歳になられます。
灘区内の神戸市ですね。
灘区内の児童養護施設に預けられました。

これがまたですね。
私と実は中学校が同じ校区なんです。
私も現在ですね、灘区に生まれ、ここに生活をしております。
中学校同じ校区なんです。
私はどういうわけかですね、中学校から私立の学校に参りまして、この中学校には行っておりません。
ただ、小学校の同級生がですね。
この田中実さんと同じ学校で席を並べて一緒に中学校時代を送ったんです。
そういう経緯もございました。

昭和24年に生まれ高羽小学校、鷹匠中学を卒業しました。
当時の養護施設と申しますのは、だいたいは中学校を終えるとそのまま社会に出て行くんです。
高校までは滅多な事では行かしてくれません。
ところがこの田中実さん、非常に出来が良かった。
成績が良かった。
この同じ施設の同じ学年の者が8名おりました。
そのうちの3名だけが高校に、ここの施設の理事長のご配慮によってですね。
高校に進んでおります。
神戸市立の工業高校というところに行きました。

中々大変ですよ。
親御さんがいられない。
施設育ち。
今でもまだまだこのようなハンデを背負った方は世の中で、頑張っても頑張っても中々報われないのが現状ではないでしょうか?
これ30年以上前のことなんですね。
当時のことを考えて頂きますとすぐに分かると思います。
中々厳しい社会生活のスタートだったんではないだろうか?と考えます。

卒業後、事務機器のメーカーに行き、すぐに職を転点とされます。
そして洋菓子店だとか喫茶店等でお仕事をされた後、阪神青木駅、阪神電車のそれこそ神戸市内に入ってすぐくらいのところですね。
東灘区と言う所です。
ここの駅から歩いて5分くらいの場所です。
来大(らいだい)と言う中華料理店に勤めることになります。
これが田中実さんの運命のいたずらのスタートです。

1997年の1月号ですから96年の12月ですね。
ここに発売された文芸春秋に、洛東江という神戸にある北朝鮮の非公然組織。
いわゆるスパイ組織。
ここのメンバーの一員である、張龍雲氏と言う人がですね。
「私たちが所属していた洛東江で田中実さんを拉致したんだ」と、このような暴露手記を掲載する事になりました。
横田めぐみさんの拉致と言う事が騒がれましたのが、1998年の2月3日です。
と言うことは、その1年少し前に田中実さんの拉致報道、拉致が雑誌に掲載されたわけです。
残念な事に何一つ世間の関心を呼ぶ事は無かったもんだと思っております。
申し訳ないけど、私も何一つ知りませんでした。

田中実さんの拉致の経緯についてはそこに張龍雲氏が書いてありますので、ちょっとその一部、私実は7月号の正論のここで田中実さんの事を書かせていただいたんですけれども、そこで引用文がございますのでちょっとここで読んでみたいと思います。
ここで出てきます、韓竜大と言うのがその中華料理店のラーメン店の店主です。
曹廷楽と言いますのがですね。
その洛東江と言うグループの親分です。
ちょっと読んでみます。

Img_0762.jpg

曹廷楽は韓を70年代半ばに非合法で北朝鮮に帰国させた事があった。
平壌で開催された、ある国際的な大会に参加させる為である。
出発は山口県長門市。
深夜0時、曹廷楽が長門市の海岸で小石を2〜3度投げて合図を送ると、潜伏していた工作員がそれに反応して姿を見せた。
準備されたゴムボートで沖合いまで行き、待機していた潜水艦で元山へ向かった。
韓は平壌では非公開の招待所で暮らし、この時、韓に日本人を拉致してくれるよう指令が届いた。
日本に帰った後彼は自分の経営するラーメン店Rの従業員田中実を海外旅行に連れて行ってやると、言葉巧みに誘い出しオーストリアのウイーンに向かった。
田中はここで消息を絶ったが、ウイーンでゴールデンスタンバンクという北朝鮮の情報収集組織にバトンタッチされ、モスクワ、そして平壌に向ったものと思われる。
ゴールデンスタンバンクは表向きは普通の信用金庫であるが、オーナーが朝鮮人で極秘に情報収集する組織である。
ソン・イルホンは私に、田中は現在、同じく日本から拉致されてきた女性と結婚し、翻訳関係の仕事についている。
元気でいるので心配しないでくれ、と韓に伝えて欲しいと話した。

このように書かれているのです。
神戸におりますと、私自身も救う会兵庫と言う組織の中で活動を続けてきました。
もうご存知のように有本恵子さん。
ご両親と共に活動を続けていた者の一人でございます。
2002年3年前の小泉首相訪朝半年前、3月に、有本恵子さんがやっとのことで拉致認定されたんです。
11人目の拉致認定ですね。

私ども、ずっとですね。
各新聞者、マスコミの皆さんにですね。
有本さんの事と同時にですね。
ぜひとも田中実さんの事を書いてくれと、繰り返しお願いしてまいりました。
しかし誰一人、どこのマスコミとてですね。
裏の無いそのような話は一切書けないと。
まぁこのような対応に終始したわけであります。

そういう中でですね。
8月の終わりになって、小泉首相がいきなり訪朝すると言う話が出てきたわけです。
そうこうしておる時にですね。
当時は極めて我々に友好的な、今はちょっと違いますけどね。
平沢勝栄先生。(笑い声)
こういう方であるとかですね、様々な方が9月17日の訪朝の時にですね。
この日本ですでに拉致認定されている11人、これ以外にもたくさんの拉致被害者がいるんだと。
小泉首相の訪朝でこの拉致認定された人間、被害者だけで済ませちゃいけないんだと。
何か手はないか?と。

当時、全国協議会、救う会のですね。
事務局長をしていた荒木先生からですね。
私どもの方に相談がありました。
待ってましたなんですね。
この時に、確かこれは9月の5日です。
東京の方でですね。
田中実さんの写真をですね。
全国協議会で初めて流したんです。

どんな時の写真かと言いますと実は、私の小学校の同級生。
何にも田中実さんの物がありませんので、中学校の許可を頂きましてですね。
中学校の卒業写真、卒業アルバム。
ここから田中実さんの写真を、学校の了承を得ましてですね。
そしてお借りしてですね。
それを実は全国協議会の記者会見の場で発表したわけです。

神戸の地元の新聞社が神戸新聞社。
朝一番で電話かけましてですね。
今まで田中実さんといえば何一つ報道しなかって、無理だと。
こういうような新聞社だったわけですが、担当の記者呼び出しましてですね。
今日、東京で田中実さんやるで、と。
その日の夕刊の社会面のトップで一面大きいに扱いましたわ。
この記事。

そんなことでですね、実を申しますと、この小泉首相の訪朝の折と言うのはですね。
全マスコミ上げて拉致報道に終始しましてですね。
非常に湧くが上がったんですね。
イケイケドンドンですわ。
少々いい加減な記事でも正直載りました。
なんでも拉致関係であれば書こうと、言うような時でもあったわけです。
ここでとりあえず田中実さんと言うのがですね。
初めて、まぁ大手のマスコミも含めてですね、表に出る結果となったわけです。
そしてですね、9月17日、あの衝撃の金正日の謝罪を認めるあの訪朝がありました。

・・・続く・・・

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2005年10月11日

第12回藤沢集会(2)05.10.8 藤沢産業センターにて

『市川健一さんのお話(市川修一さんの兄)』

Img_0737.jpg

藤沢の皆さん、こんにちは。(会場より「こんにちは」の声)
鹿児島から来ました市川修一の兄です。
いつも変わらぬ支援を頂き本当にありがとうございます。
心から御礼申し上げます。
あの〜、私は標準語は話せないんですよ。
鹿児島弁的標準語になっちゃいますので、本当聞き取り難いと思いますけども、勘弁してください。

修一が北朝鮮に拉致されて27年になります。
本当に家族においては辛く苦しい歳月で、現在もその苦しみは続いております。
金正日の指令によって残虐非道な拉致を行われ、政治的・思想的に何のかかわりも無い、無辜の人たちが日本人が次々と拉致されていきました。
20代30代の被害者においては大きな夢を持って、青春を謳歌していたと思います。
ところが突然拉致されて青春までズタズタにされてしまいました。
また家族においては塗炭の苦しみ。
我が子・が兄弟を引き裂かれて塗炭の苦しみを負って20年30年と苦しんでおります。

日本の政府は国民の生命・財産を守る義務があります。
ところが8年前まで、政府は何もして来なかったんです。
北朝鮮が拉致をしていると言う事を知っていながら、本当に何もしてこなかった。
拉致被害者が見捨てられていたんです。
その後私たち家族会・救う会、全国で集会を行い、この拉致問題を訴えてきました。
世論の力によって政府もやっと重い腰を上げたと思います。
ところが皆様もご承知のように、政府は拉致被害者を全員取り戻そうと言う強い意志は全く感じられません。
本当に腹立たしい、憤りを感じます。

失踪当時どの家族も大捜索を行ってきましたが、何も分からず進展せず、時間だけが空しく過ぎ去っていきました。
北朝鮮による拉致と言うことは、私たちは拉致を行っていると言う事は以前から分かっておりましたが、本当にその、弟たち全員が生きているのか?死んでいるのか?
生死の分からない、これほど辛い物はありませんでした。
私の母は修一の事を話すと涙ぐみ、本当に悲しい顔をするもんですから、私たちは修一のことは全然話すことが出来ませんでした。
8月12日の失踪日が来ても10月20日の誕生日が来ても、修一の事は一切話をすることが出来ませんでした。
本当に私たち家族の間では、修一の事は長い間タブーになっていたんです。

事件から20年後、北朝鮮の元工作員・安明進さん(の証言で)金正日政治軍事大学で弟を何回も目撃し、タバコも貰った、会話も交わした。
その証言から少しづつ母親も明るさを取り戻して来たわけなんです。
修一が帰ってきたら困るだろうと言って、二十歳の頃のスーツを取り出し虫干しする姿を見るにつけ、本当に痛々しい。
なんと言って良いのか分かりませんけども、本当にね、辛い思いでした。
と同時に金正日に対しては心から憎しみを抱くようになりました。

3年前、金正日は拉致を認め謝罪したものの、「8人死亡・2人未入国」の発表をしましたけども、北朝鮮から提供された情報あるいは調査書など全てが不自然で捏造された物で、とても信憑性のある物ではありませんでした。
5人の被害者を帰国させ、そしてその他の被害者を死亡としてこの拉致問題を幕引きしようとしていたのです。
そして日本と国交正常化をし、日本から経済協力を(得ようと)企てていたのです。

金正日は極悪の独裁者です。
日本政府が誠意を持って対応しても、彼には通じません。
自国民に対しても食料を配給せず、350万人もの国民を餓死させ続けているんです。
今でも食料が不足で脱北し続けております。
また金正日は十数か所の招待所をすなわち別荘を持ち、その別荘を転点と移動しております。
日々贅沢三昧の生活をしているのです。

小泉総理は対話と圧力を持って拉致を解決していくと、繰り返し盛んに言われております。
会話してもおざなりと言うしかない、北朝鮮の態度です。
情報も物的証拠も全てが捏造された物しか提供しません。
近々、日朝政府間の話し合いが交渉が行われます。
行われる(と言う)ニュースが最近流れています。

対話だけでは絶対にこの拉致問題は解決するはずがありません。
この交渉に出てくる北朝鮮の責任者、その責任者には権限が無いんです。
決定権があるのは金正日だけなのです。
権限の無い者と交渉しても、本当に進みません。
堂々巡りするだけなんです。
圧力を持っての対話しか解決の道はないと思います。
まだ総理は一回も圧力をかけておりません。
経済制裁の発動は拉致被害者を全員取り戻そうと言う意思を強く示すと同時に、金正日に対しても大きな圧力になるのは間違いないと思います。

北朝鮮の万景峰号は新潟港に入ってきます。
この万景峰号を止めるしかないんです。
金正日に直接渡る金・物をセーブすることが出来るんです。
総理が経済制裁を発動せざるを得ない所まで持っていくには、どうしても皆様方の力が必要なんです。
あの5人の被害者が帰国出来たのも、世論の力があったればこそ帰国出来たんだと思います。

私の両親は90歳です。
高齢の身なんです。
本当に朝、私早く起きるもんですから、「両親が今日も元気で起きてきてくれるかなぁ?」と、まず最近はそれを心配しております。
本当に二人の食事が早いもんですから、二人の会話を聞いていると、「お父さん、修一が帰ってくるまで元気でいようね」と、「本当に長生きするのよ」と、聞くたんびに金正日が憎くなります。(健一さん少し涙ぐむ)
一刻も早く両親に会わせてやりたい。
胸に抱かせてやりたい。
この一念で私たち闘っております。

鹿児島でも署名活動したり集会を行ったりしますけど、皆様方が「体に気をつけて頑張ってよ」と。
この言葉が本当に、私は悲しい中でもこの言葉ですごく元気になって、「修一待っていろよ」と。
「必ず助けるからね。それまで元気してくれないといけないよ」と心に呟いております。
去年から、親父は店に出て手伝ってくれたんですけど、ほとんど一年間店に出て来られない状態なんです。
私の家と店とは本当にわずかしか離れていないんですけど、私なんかが歩けば何歩で店に行く所を20分も30分もかけてレジに来るわけなんです。
それを見てやはりもう、「お父さん、もう店に出てこなくても良いよ」と、僕らがするから。
親父が60歳の頃弟が拉致されてもう今は90代になりましたけども、本当にね。
親父・お袋の心を思うと・・・(言葉を詰まらせる)もう、本当になんとも言いようが無いです。

皆さんのお力を借りて、どうしてもこの拉致被害者全員を祖国の土を踏ませてやりたいわけなんです。
そのためにも私たち家族に力を貸して下さい。
一緒に闘ってください。
よろしくお願いいたします。(拍手)

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第12回藤沢集会(1)05.10.8 藤沢産業センターにて

『川添友幸 神奈川救う会会長 開会の挨拶』

今日はお忙しい中ありがとうございます。
前回会長代行としてご挨拶いたしましたが、今度正式に会長になりましてこれから私が挨拶という事になりました。
拉致の情勢なんですが、6カ国協議がまとまって日朝協議が再開という形にはなったんですが、非常に今難しい状況に来ているのではないか?と。
小泉総理がどうも日朝国交正常化に今非常に興味を示して、2月にも何か動きがあるんではないかと言う噂が飛び交っています。

しかしですね。
絶対に拉致問題の解決が無くして国交正常化をするようなことだけは、我々止めないといけません。
それを止められるのは我々国民の力ではないかと、僕は思っております。
今日は過去うちの救う会でお呼びした事の無かった市川さん、それから横田さん、ホラツェンさん。
それから特定失踪者問題調査会の方から今日は岡田さんにも来ていただきました。
前回もご紹介したんですが、田中実さんの政府認定を勝ち取ったと言う事でですね。
兵庫県警も恐れる男だと言う事で、ぜひその辺の話も聞ければと思っております。

その後、いつもは講演が終わると終わりなんですが、脱北者のドキュメンタリー映画で「ソウル・トレイン」の上映会を講演会の終了後行おうと思っております。
講演終了後、お時間の無い方はもちろん帰られても構いませんが、ぜひ、中々素晴らしいドキュメンタリーの映画ですので一緒に観て頂ければと思います。
ちょっと時間が長いかもしれませんが、よろしくお願いします。(拍手)
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2005年10月10日

ちょっとだけ気分爽快?

ここひと月ほど、本当に憂鬱だったのです。
拉致問題はにっちもさっちも行かないし、何をどう主張する事が拉致問題の解決につながるのか。
自問自答、悶々とする日々が続きました。
どうにもこうにも煮詰まってしまって、書くべき言葉が全く浮かんでこないと言う状態。
そうこうしている内に、logさんの所は休止になってしまうしねぇ・・・(^_^;)
彼の書くエントリーからはいつも新鮮な刺激を貰ってもいたし、自分の考えに迷いが出たときは彼のエントリーを読むことで、己の立ち位置を再確認していた所もあったのです。
その拠り所が無くなると言うのは、気分としては大海原にポツンと取り残された小船のようなものでして。
あちゃ〜、私はこれからどうすれば良いのでしょ?と軽〜〜いショックを受けてもおりました・・・(苦笑)

悩みの種、迷いの種は様々ありました。
相変わらず広がらない支援の輪。
深まらない理解の度合い。
何かといえばすぐに内ゲバを仕掛ける困ったお方の存在。
イデオロギーの呪縛に絡め取られたまま、相も変わらず立ち止まってる人たち。
苛立ちを募らせる家族に、熱くなる一方の一部の支援者。
動かない政府、マスコミ・・・

何を言えば彼らの心に届くのか?
どんな言葉を尽くせば、支援の輪が広がり国民運動へと成り得るのか?
被害者の命の重さを、どうすれば実感してもらえるのか?
寝言に毛の生えた程度のエントリーしか書けない私に出来ることは何なのだろう?と。

ともかくも、まずは自分の立ち位置を確認せねばと、あれやこれやと格闘いたしました。
それがここひと月ほどの私の有り様でございます。
溺れる子供」「イデオロギーの呪縛」と2本のエントリーを書くことで、自分の原点を改めて振り返ろうとも思いました。
その過程でついでに自分の過去エントリーも読み返してみました。
で、ついつい笑っちゃったんですね。
だってねぇ、言ってる事言いたい事が今のそれとほとんど同じなんですもん。
これって、ブレない自分を褒めるべきか、それとも相変わらず同じ主張を繰り返さなければならない現状を憂うべきなのか。
散々悩んでいたのに、ぐるっと一周回ってみたら結局元の同じラインに立ってました・・・なんて。
でもおかげで少し心のモヤモヤは晴れたのかな?
気分も新たに、これからも素人のぼやきを綴れそうな気はしています。
自分の過去エントリーに救われたなんて、あんまり洒落にもなりませんが。(笑)

すみませんね。
さっさと集会テキストに取り組んで公開せねば、心待ちにしている人がたくさんいるというのに。
でも今日一日だけは私のぼやきに付き合ってください。
ちょっとだけ気分復活したのをどうしても書き残しておきたかったので。
明日以降ちゃきちゃきとテキストをアップする予定です。
毎度お馴染みの地味な集会テキスト掲載Blogですが、拉致問題の世論喚起のために、ホンの少しでも助力になればとの思いを新たにしております。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
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2005年10月09日

イデオロギーの呪縛

私はどちらかと言えば保守系、右派の人間だと思っております。
拉致問題によって気付かされたこの国の有り様に、危機感・問題意識を持つ者として私にもそれなりの自負はあるつもりです。
けれど拉致問題を支援する草の根の一人として、己の立ち位置はどうあるべきか?と考えた時、やはり救出運動と天下国家を本末転倒に考えるべきではない、との結論にはきっちりとたどり着くわけですね。

ともかくも、私は何としても被害者を救い出したいのです。
被害者を救う為に有益な方法なら、何でも実行して欲しいしそれを全力で応援したいと思う。
しかし、イデオロギーだの歴史問題がどうだの、そんなことは二の次だと思いつつですね。
拉致問題が国家主権侵害問題である以上、日本国のあり方は本来どうあるべきか?という、戦後60年日本が先送りにしてきたツケを、どうしても考えざるを得ない場面に直面する現実は確かにあるのです。
気が付くと嫌でもイデオロギーの呪縛に絡め取られていく自分がいるのを意識せざるを得ない事がある。

その流れの中で、私自身が拉致問題の根本をどこかで見失ってはいないのか?
視野狭窄に陥る事を良しとしないと思いつつ、どこかで自分の視野を無意識の内に狭めてはいないのか?
そういう根本的な疑問にもぶち当たり、この所なんともいえない不快感・苛立ちや焦りを感じ、悩みや迷いに囚われ閉塞感に陥ってもいるんです・・・恥ずかしながら。
ですので、この所自分のBlogにどんなエントリーを載せれば良いのか、何を書けば良いのか(集会テキストは除く)正直分からなくなっているというのも、偽りの無い気持ちなのです。

煮詰まった時はともかくも原点回帰。
そこでふと思い出したのが、当Blogの過去エントリー「news_from_Japan閉鎖に思うこと」
ここで書いた自分の意見と寄せられたコメントを読み返し、改めて目を開かされる自分がおりました。(笑)
このエントリーで私はもっともらしいことを言ってはおりますが、問題の根本をどこまで理解していたのか?
その度合いは今にして思えば限りなく浅かったかなぁ、と自戒しております。(冷汗&脂汗・・・)
もし宜しければこのエントリーをもう一度お読みください。
特にコメント欄は必読、お勧めします。
私のぼんやりした論陣はともかく、寄せられたコメントにはハッとさせられる物がある。
改めて優れたコメントをお寄せいただいた訪問者の方々に感謝申し上げます。

保守の目から見た場合、左翼の欺瞞は分かりやすいんです。
例えば社民・共産の頓珍漢振りをみればそれは一目瞭然。
でも保守から保守の欺瞞を見抜くのは、案外難しい。
身びいきが入る分だけ、どうしても身内に甘くなりがちです。
それに真の保守と欺瞞の保守は、似て非なるもの。
視野狭窄の罠に陥った保守は、自分の論陣が左翼の欺瞞のそれと同レベルに陥っている事におそらく気付いてはいない。
そこが問題なのだと思いますが。

いずれにしても右であれ左であれ、極端に振り切れた論と言うのはどうにも聞くに堪えません。
そういう論調に触れるたび、彼らは本当に被害者を救いたいと思っているのか?
それとも拉致問題にかこつけて、相手の揚げ足取りに終始し単に日ごろのうっぷん晴らしをしたいだけなのか?
そういう傾向に私は大いなる疑問を感じますし、同時に言い様の無い気分の悪さを感じてならないのです。
私は問いかけたいです。
日本は確かに言論の自由がある。
どんな論を主張するのも結構だとも思う。
しかし自分の論を押し通すがために、拉致を利用したり拉致を黙殺したりするのは卑怯ではないんですか?と。
拉致問題の向こう側には人の命がかかっている事を、どれだけ自覚されているのですか?と。

最近の私は己の視野を広げる為、ネット上でもリアルの世界でも、努めて自分とは違う立場・違う主義主張の人のご意見を聞くようにしております。
いわゆる左派・在日・北朝鮮の人権問題に取り組むNGOの方々のお話をなるべく耳にしたいと、あちらこちらと出没をしております。
それによってやはり目を開かされる事は、大いにある。
救う会の右傾化は以前より良く言われていることですが、救出運動のコアな輪から少し離れて俯瞰してみると、やはりその指摘はまさしくその通り、と思わざるを得ないかな?と。

反対意見、少数意見、異論・反論の類は自分の姿を映す鏡でもあると思う。
イデオロギーの呪縛に囚われて排除の論理に陥る事は愚かなことであり、もったいないことでもあると思う。
運動の先鋭化は争いと反発を生むだけで、何の利も得られない。
己の論に固執する余り、排除の論理に陥り世界を狭め、視野を狭めて肝心要の原点を見失ってはいけない。
拉致問題を解決したいと本気で望むならば、何よりも“被害者の声”を聞き逃してはいけないのではないか?と改めて思います。

それとネットと言うバーチャルな世界で、自己満足に陥る事の危険性も改めて感じております。
リアルの世界で生の声を聞く。
昨日の藤沢集会後の懇親会でも北朝鮮難民基金の野口氏を始め、様々な立場で活動している人の率直なご意見に触れ、その思いを一層強くいたしました。
生の声に触れることが、やはり自分の琴線に一番響くのです。
視野を広げてくれるのです。
独りよがりの罠から自分を救い出してくれるのです。
これからも時間の許す限り、多種多様な人のご意見を拝聴したいと思っています。
被害者救出に近づく為には、何より自分が視野狭窄に陥ってはいけない。
その事を心に深く留めて、一人の草の根の支援者としての立場を全うしていきたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
10月10日 PM15:55追加
↓宜しければこちらのエントリーもコメント欄と合わせてお読みください。

参考エントリー
★8月4日付家族会を煽っているのは誰ですか?
★8月4日付変人のたわ言を綴ってみる・・・本日は蓮池透氏の事
posted by ぴろん at 21:11| Comment(0) | TrackBack(2) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

溺れる子供

正直申しまして、最近ちょっと憂鬱気味です。
拉致問題が硬直してしまい、にっちもさっちもいかない現状への苛立ちとか焦りなんかが多分、原因にあるんだと思いますが。
どうすれば被害者を取り戻せるのか、私のようなボンクラ頭ではいくら考えても名案は浮かばない・・・
悲しいことに、拉致問題解決の為にこれといった特効薬はおそらく無い、というのが現実なんだと思う。
拉致問題の山は複雑怪奇、こんがらがって難攻不落なのです。
それがまた、気分を憂鬱にさせる理由の一つなのですが。
ともかくも、迷いが出たらば原点へ返れと申します。
で、そもそも拉致問題の原点とは何なのか?

横田早紀江さんは拉致被害者を溺れる子供に例えて、泳げる人はすぐにでも飛び込んで、抜き手を切って助けに行って欲しい、と仰ります。
それが家族の偽りの無い心情だと思います。
そして助けを待つ多くの被害者の本音であるとも思います。

拉致問題に無関心な人はいないと思う。
誰に聞いても一日も早く救出出来れば良いのに、と多くの国民が思っていると思う。
けれど振り返って現実を見れば、拉致問題に絡めて天下国家を語るのに忙しい人がいる。
イデオロギーの呪縛に囚われて立ち止まったままの人がいる。
お上意識が抜けないのか何なのか、政府にお任せしておけば何とかなると無邪気に信じている人もいる。
目の前で溺れている子供がいると言うのに、それってどこか暢気に過ぎないか?
どこか不遜に過ぎないか??

助けてくれるなら、家族は何にでもすがりたいのです。
右翼でも左翼でもノンポリでも、イデオロギーなんかどうでも良い。
アメリカのブッシュ大統領でも日本の小泉首相でも、救助者は誰でも良いんです。
助けてくれるなら救助者は誰でも良い。
救助方法も何でも良い。
しかし今の日本の世論をみていると、どうもその原点を忘れている人が少なくないように思うのですが、どうでしょう?

拉致問題は主権侵害問題です。
だからどうしても問題解決策を天下国家と絡めたくなる人がいるのは分かります。
その動きを嫌って救出運動の右傾化を毛嫌いする人がいるのも分かります。
しかし溺れる子供を前にして、それはあまりにも些細な内輪もめではないのでしょうか?
そんなつまらぬ事であれこれ足の引っ張りあいをするのは不毛だと思います。
被害者に対して不遜だとも思います。
なんとしても被害者を救い出さねばならない私たちに、内輪もめなどしている暇は無いはずです。

拉致問題に絡めて天下国家を語る右翼の方々。
救う会の右傾化を笑う一方で、己はイデオロギーの呪縛に囚われて立ち止まったままでいる左翼の方々。
そして己の主義主張・イデオロギーに固執する余り、己の論に同調しない人を排除して先鋭化の道をひた走る人々。
そのお姿は正直申し上げて見苦しいと思う。
あなた方はいったい人の命を何だとお思いなのでしょう?
人の命をダシにして内ゲバに及ぶのがそんなに楽しいですか?

しかし、私はこれらの人を排除しようとは思いません。
多少考え方が偏っていても、無関心よりははるかにマシ、マシ、マシ。
拉致被害者救出運動は、イデオロギーを超えて広く国民運動にしなければなりません。
支援者を選り好みしている暇など、私たちにはないはずです。
内輪もめをしている間に、被害者の命はどんどん失われてしまう。
再会の日を心待ちにしている家族の命が次々と天に召されてしまう。

拉致被害者救出運動にかこつけて、うっぷん晴らしをしたいのか?
それとも本当に被害者を救い出したいのか?
どうもその辺りの見境がつかなくなっているとしか思えないような人を時々お見かけします。
不用意な発言や行動が、被害者救出を遠ざける結果になってはいないか?
救出運動が単なる自己満足に陥ってはいないか?
もう一度謙虚に考えてみる必要はあると感じています。

私たちは真剣に“被害者の声”に耳を傾けるべきではないか。
彼・彼女たちが見上げる空の向こうには故郷日本がある。
気が狂うほどの苦しい環境の中で、どれほど故郷を家族を恋焦がれているか。

今、目の前で子供は溺れている。

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日付が変わってしまいましたので、昨日の話になりますが、藤沢集会へ参加してきました。
この集会の模様は、順次テキスト化してご紹介いたします。
お付き合いをよろしくお願いいたします。
posted by ぴろん at 02:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月06日

集会情報

救う会より国民大集会および東京連続集会の通知がありましたのでお知らせします。
10月20日開催分の東京連続集会12は10月の集会案内にも追加しておきますので、お時間の都合の付く方はぜひ参加をご検討くださいますようお願いいたします。
それから今月20日には東京地裁で古川了子さん行政訴訟の第3回口頭弁論が開かれます。
日時を載せておきますので、こちらも宜しければ参加のご検討をお願いいたします。

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■12月22日に国民大集会(東京)、大阪は12月16日に
 救う会・家族会は、12月22日(木)夜、東京・日比谷公会堂で国民大集会
を開催します。従来通り、拉致議連に共催を依頼します。また、大阪では、12
月16日(金)夜、大阪国際会議場(グランキューブ大阪)で、近畿圏救う会等
が協力し合い開催します。

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◆韓国人拉致被害者も救うぞ!東京連続集会12
10月20日(木)午後6時半〜贈時半 開場6時 
韓国家族会の崔佑英代表らを招き、韓国の拉致問題を語っていただき、西岡副会
長が解説。
日本青年館5階「501会議室」(03-3401-0101) 神宮球場隣新宿区霞ケ丘町
7-1 、地下鉄銀座線外苑前駅3番出口・大孫存線国立競技場A2出口より徒歩7
分、JR千駄ヶ谷・信濃町より徒歩10分、車で5分

◆救出のために日韓米連帯を!東京連続集会13
11月23日(水・祝)午後2時〜5時 開場1時半
贈月に活動を開始した米国のレフコウィッツ北朝鮮人権問題担当特使等米政府要
人に増元照明家族会事務局長、横田拓也同事務局次長、島田洋一救う会副会長が
訪米、面会し、報告。また、韓国の金聖浩・朝鮮戦争拉北人士家族協議会前理事
長、李美一・同理事長等が韓国の救出運動について報告。
友愛会館贈F:三田会館隣(03-3453-5381 港区芝公園2-20
都営地下鉄三田線芝公園A1出口1分JR田町徒歩10分

※主催 救う会東京・救う会全国協議会 参加費千円
参加方法 当日直接会場にお越し下さい。
お問い合わせ 救う会事務局 03-3946-5780 FAX03-3946-5784
〒112-0013東京都文京区音羽1-17-11-905
info@sukuukai.jp http://www.sukuukai.jp

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★古川政府認定訴訟第3回口頭弁論
10月20日(木)午後1時30分〜
東京地裁606号法廷にて

事前の抽選が予想されますが、詳しい時間などは追って当Blogでもお知らせいたします。
posted by ぴろん at 17:54| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ北朝鮮は倒れないのか?

「北朝鮮を見つめるまなざし」で講演された高英起氏のお話で印象に残ったもののひとつに、なぜ北朝鮮の体制は倒れないのか?と言うのがあります。
それに関する高氏のお話の中から、印象深い所を一部ご紹介いたします。

「冷静に見て金正日さんというのは特別な朝鮮人じゃないと思うんですよ。
やっぱり儒教精神が染み付いてますから、中々上の人に反発すると言う考えが生まれて来ない。
北朝鮮と言うのは特殊なんですけれど、特殊な反面、朝鮮民族の悪い所・ネガティブな所が集まっているからこそ倒れないんじゃないかと思います。
決してあの体制を我々民族の生んだ特殊な体制と思うんじゃ無くて、あれはある意味必然的に生まれた体制だと捉えないと。
あれは我々民族とは関係無い、と言う捉え方は違うと思います。」

「もしかしたら金正日さん自身も北朝鮮の体制に問題のあることは分かってると思う。
ところが金正日さん自身もどうしようもない、指導力を発揮できないんじゃないか?
しかし組織と言うのは、企業でも粉飾決算とか潰れる組織・問題のある組織は、皆後で知らなかった知らなかったというけれど、体外の人は皆知ってるでしょう?
知っててもどうしようもなかった、どうしようどうしようと思っているうちにバカンと爆発した。
おそらく今の北朝鮮のかなりの数の上の人も、問題性があるのは馬鹿じゃないから分かっていると思う。
軍部と党の対立とかでがんじがらめになっていて、ある意味北朝鮮の体制を突き崩さないとどうにもならない。」


率直に言って、在日の高氏の口から、ここまでの言葉が出るとは思いもよらず、軽い驚きを覚えました。
ちょっと前なら在日の方からこのような発言が出たら、在日社会から袋叩きどころでは済まないのではなかったかと。
もっとも今でもまだ高氏のように勇気ある発言をする人は少数派、彼も総連関係の人からは睨まれている存在ではあるのですが。
拉致問題の発覚は、平和ボケ日本人の目を覚ましただけでなく、在日の意識の変化と言う大きな影響をも及ぼしているのだな、ということを改めて実感しました。

でも・・・日本人は北朝鮮の体制を暢気に笑っている場合ではないですよね。
蓮池透さんが自著「奪還」の中で北朝鮮と日本の事を「無法国家と無能国家」と表現されましたけど、異常なのは何も北朝鮮だけでなく、日本も同じ・・・ではないでしょうかねぇ?

政界・財界・マスコミ・・・ありとあらゆる所に総連の工作の手は入っていると言います。
いや、入っているのが当然であると見るべきでしょう。
今でも日本国内には多数の工作員が潜伏していると言う。
土台人と呼ばれる協力者もたくさんいると言う。
そしてそれらの影のネットワークは今でも機能していると言うのだから、工作活動はありとあらゆる場面で現在進行中と見るのが自然でしょう。

拉致問題を解決するには毅然とした態度で北との交渉に臨むべし、そのためには「覚悟」が必要である、と大方の人がおそらく考えている事でしょう。
一般にその覚悟とは、例えば北から万が一ミサイルが飛んでくるかもしれない事に対する覚悟とか、あるいは日本国内で工作員がテロ行為に及ぶかもしれないなどといった、物理的・暴力的なものに対する覚悟のように思われていたかもしれません。

けれど事はそう単純な話ではなく、むしろ必要なのは今まで闇の奥にしまいこまれていた日本の暗部が暴き出される痛みに耐える覚悟、ではないでしょうか?
その苦痛に日本の国民は耐えられるかどうか?
拉致問題と言うパンドラの箱を開けたとき、そこからどんな暗闇が飛び出るのやら?
以前から漠然と感じてはいた事ですが、最近この手の言い知れぬ不安や気持ちの悪さをつくづく感じてならないのです。
拉致問題の真相が本当に明らかになると、下手をすると日本の体制そのものが引っくり返りかねない恐れもあるのではないか?
それゆえに取りあえずの安定を望もうとする保身の力学のような物が働いて、なかなか拉致問題の山が動かないのではあるまいか?
冒頭の高さんのお言葉の北朝鮮をそのまま日本に置き換えても同じことが言えるのではないでしょうか。
集会でお話を伺いながら、ふとそんな事を考えたりもしましたが。

長年の呪縛の中でにっちもさっちも行かなくなっているのは北朝鮮の体制だけではない。
日本の体制もご同様と違いますかね。
なぜ北朝鮮は倒れないのか?
もとい、なぜ日本はこうまでも動かないのか?動けないのか?
問題の根っこは案外同じと違う?というのが私の素朴な疑問であります。
posted by ぴろん at 17:27| Comment(11) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

logさんのBlogが休止になりました

正直、ドッキリしました。
でもそう思う一方で、なんとなくこの日が来るのを私は予感してもいたのですね。
ここ数ヶ月、Blogを運営するに当たって、logさん自身があれこれ様々な悩みを抱えているのではないかな?と言うことを何となく感じてはいたので、その意味ではついに来るべき時が来てしまったのかな?というのも偽りのない気持ちです。

もう半年くらい前になるでしょうか?
彼がBlogを続けるかどうかで迷いを見せた時、私は僭越と思いつつも、logさんの事を思いっきり叱り飛ばしたことがありましたっけね。(笑)
logさんがBlogで拉致問題を熱心に取り上げてくださる事が、どれだけ世論の喚起に役立っているか分からない。
自分に出来る範囲で良いから何とか続けて欲しい、と。
その時は一度は思い直して閉鎖の意向を撤回し、継続の決意をしてくれましたが。

思えばあの頃から今回の事は予想の範疇だったような気もします。
私のような弱小Blogと違って、訪問者の人数も多く各方面で影響力のあるBlogを運営すると言う事は、余人には計り知れないプレッシャーがあったかも知れません。
この程度の弱小Blogでさえ、一定の論陣を張り続けるには、精神的にタフでないとやっていけない側面はある。
それを思うと、良く今まで頑張ってくれたものだと感服する次第です。
彼の持つ広い知識・見識に触れる事は、私にとってもまたとない勉強の機会でもありました。
それを思うと休止の決定はとても残念なのですが、この決断に至るまで、おそらく様々な葛藤があったことと思います。
その意味で私は今度のlogさんの意思を尊重したいと思っています。
撤回を迫るつもりはありません。
今まで精力的にBlogの運営に当たり、拉致問題の世論喚起に努めたその功績に心からの敬意と感謝の意を表したいと思います。

私のBlogは御覧の通りで、logさんのような切れ味鋭い論陣は張れません。
素人の呟き・素人の疑問・素人の怒り・素人の悲しみといった類のエントリーしか書けない困ったBlogであります。(笑)
右だ左だといったイデオロギーの問題などハナから門外漢ですし、歴史問題とか政治とか外交とかの問題も、興味は持ってますけど相手を論破するほどの知識も技量も、ぜ〜んぜん無し!無し!無し!ですしね。
この程度の体たらくで、よくもBlogなんぞいっちょまえに運営している物だと時々自分で感心はしておりますが・・・(冷汗)

良い機会ですので、改めて拉致問題に取り組むに当たっての私の基本方針をここで表明しておこうと思います。
私が拉致問題に取り組む基本姿勢はですね。
一人の人間として一人の日本人として、囚われの同胞全員を救い出す事、にあるのです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
むろん私にも私なりの国家観とか歴史観とかはありますが、それらを拉致問題に絡めて本末転倒になるつもりは無い。
あくまでも被害者の救出が第一の目的であり、天下国家とは何ぞや?と言う命題はあくまで二の次、というスタンスは貫きたいと思います。
拉致被害者救出運動は、あくまでも人の命を救う運動だというその原点を忘れずに。
これからも自分に出来る精一杯の支援を行動を、自分に無理の無い範囲で続けていきたいと思います。

logさん、本当にお疲れ様でした。
気が向いたらたまには当Blogにも顔を出してくれると嬉しいですね。
今度は一人の訪問者として、逆に私を叱咤激励してくれることを心の底から望んでおります。<(_ _)>
posted by ぴろん at 23:47| Comment(7) | TrackBack(2) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

今日、めぐみさんの誕生日

横田夫妻にとっては、なんとも切ない日が今年もやってきてしまった。
横田めぐみさん、今日41歳の誕生日。

誕生日と言うのはいくつになっても特別なもの、特別な日です。
でも年を重ねるにつれて誕生日というものが自分だけの特別な物ではない事に気が付きます。
特にめぐみさんは横田夫妻にとって初めての子供。
めぐみさんの誕生日は、そのまま滋さん早紀江さんにとって、人生で初めて人の親になった記念日でもあるのです。

めぐみさん同様に、私も自分の両親にとって最初の子供です。
私はある年の誕生日から自分の両親に対して、

「人生で初めて人の親になった記念日おめでとう」

と言っております。
その時の両親の喜ぶ顔と言ったら、もう。
特に普段は無口な父親が一瞬パッと顔を輝かせて、嬉しそうに笑うその顔は心に強く残ります。

めぐみさんだって、両親に向かってきっと心からの感謝の気持ちを伝えたいに違いないと思う。
横田ご夫妻もめぐみさんから感謝の言葉を伝えられたらどんなにか嬉しい事か。
けれど横田家は今そういうささやかな家族の絆を確かめ合う事さえできない。

めぐみさんにとって、今日10月5日は人生の大事な記念日。
横田夫妻にとっても、今日10月5日は人生の大切な記念日。
家族にとって何よりも大切な記念日を心から祝う事ができなくなって28年。
拉致問題のもたらすとてつもなく大きな不幸を、私は心から憎む。
posted by ぴろん at 20:45| Comment(0) | TrackBack(2) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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