2005年10月17日

大きすぎる愛

秋の例大祭に合わせて小泉首相が本日靖国神社に参拝いたしました。
この件に関してはネット上でもたくさんのBlogが取り上げていますので、あえてうちでは取り扱いません。(笑)
その代わり、身内に特攻隊員の英霊を持つ者として、靖国に寄せる思いなどをつらつら書いてみようかと思っております。

靖国神社へ参る時、私はどうも冷静でいられなくなるのは、過去のエントリーでも何度かご紹介してきたとおりです。
拝殿前で静かに頭を垂れ祈りを捧げていると、とめどなく涙があふれて来ます。
体中を包むなんともいえない空気。
あそこへ行くと私は確かに何かを感じるのです。
少々こっぱずかしい言い方ですが、亡くなった叔父の大きすぎる愛を感じるのです。

映画にドラマ・小説と、世の中には愛を語った作品はいくらでもあります。
「命をかけても君を護る!」なんて普段の生活では決して口にはしないだろうというような、クサイ台詞が飛び出すのも恋愛物のドラマや小説の真骨頂。
しかし現実の暮らしの中で、本当に命懸けで身を護られた経験を持つ人はそうはいないでしょう。
でも世の中には本当に命をかけて愛する家族を護った人、護られた人がいるのです。
それが特攻隊員とその遺族であると、まずはそのようにご理解を頂ければよろしいかと思います。

特攻の話は物心付くか付かないかの子供の頃から祖父に聞かされて育ちました。
敵艦を撃沈する為に生きてる人間が爆弾と一緒に突っ込むんだよ、と聞かされても余りにも話が実生活とは離れすぎていて、子供心に実感が湧かないのです。
爆弾で体が吹き飛んだらさぞかし痛いだろうな、と思うことはそれくらい。
それで精一杯だったのが、私の子供時代です。

大きくなって私にもそれなりの人生経験が出来て、特攻の叔父についてあれこれ調べてみると、それ以降から思うことには、やはりそれなりの切実感と言うかリアリティが持てるようになります。
爆弾と共に敵艦に突っ込んでいくなど、どう考えても正気の沙汰ではありません。
どんな悲壮な決意をすれば、命を捨てて特攻などできるのか?
特攻に至る叔父の気持ちは、いくら考えてもあの当時の世情だけではどうにも理解が及ばないのです。

戦争中は厳しい情報統制があり、欺瞞だらけの大本営発表があり、多くの国民は戦争の正しい情勢を知らなかったと言います。
でもカンの良い人ならば、日本の情勢がかなり厳しい事くらいは薄々気が付いていたのではないでしょうか?
ましてや叔父は軍人として戦争の最前線にいた人です。
いくら下っ端の一兵卒とは言え、戦況が日本にとって優勢か否かくらいは見当がついていたはず。

ましてや特攻作戦です。
命をかけてまで敵艦に突っ込むなどと言う、およそ非常識な作戦を実行せざるを得ない状況に追い込まれたとなれば、それはそのまま日本の勝利が危うい状況と言うこと。
どれだけ日本が追い詰められていたか、叔父がまったく気が付かなかったとは思えないのです。
アメリカと日本の兵力の差を埋め、少しでも日本の戦況を有利にする為ならば、命をかけて特攻するより他に無い。
そういう覚悟で特攻へ志願をしたのだとすれば、叔父の決意の大きさ重さを、改めて思わずにはいられなくなります。

けれどいくら覚悟の上で志願したとは言えいくら戦争中とは言え、叔父はギリギリまで生身の人間だったはず。
最後の最後までどこかに生への執着はあったはずだろうと思います。
その最後の執着を振り切るものは何なのか?
天皇陛下への忠誠?日本国への愛国心?
それもいくらかはあったろうと思います。
でも最終的に叔父が生への未練を断ち切って、海の藻屑と消える覚悟を決めさせたのは家族への愛以外に他ならぬと思うのです。

親を兄弟を、妻を子供を、俺たちが命をかけて護ってやる。
その思いがなくて、どうして彼らは敵艦へ突撃していけたというのでしょうか?
叔父の場合を考えれば、うちは千葉の出身ですから。
もしも戦争が長引いて、本土決戦・首都東京が攻撃されるとなれば、敵アメリカの上陸地点の一つは間違いなく千葉県房総半島です。
沖縄の地上戦が故郷千葉でも繰り広げられてしまう・・・

それは叔父の決意を一層固め、背中を押す原動力になったことでしょう。
俺の故郷を、血の海にしてたまるもんか。
俺が命をかけて敵艦を一隻撃沈すれば、その分故郷の家族の身が護られる。
そう思えばこそ、叔父は全てを振り切って決死の覚悟で敵艦へ突っ込んでいけたのだろうと思うのです。

先日靖国に参った時、少し悲しい出来事がありました。
私の叔父は海軍の神雷部隊の一員です。
彼らは出撃に当たって、靖国神社神門を入った右側2番目の桜の木の下で会おうと約束をして旅立っていきました。
その意を汲んで生き残った部隊の戦友たちの手により、靖国には本当に神門右2本目に桜の木が植えてあるのです。
けれども先日靖国に参った時は、その桜の木に無粋にも一枚の立て看板が結び付けてあったのですね。
それは、許可なく取材してはならないとかビラをまいてはいけないとかいった類の、靖国神社からの注意書きの看板だったのですが・・・

それを見て私の心は波立ちました。
事情を知らない人にとってはたかが1本の桜の木、何の変哲もない桜の木です。
けれど神雷部隊にゆかりのある者の目から見れば、あの桜は単なる桜の木ではないのです。
枝一本葉一枚にも叔父の魂が宿る場所。
叔父の気配を感じる場所、叔父との縁を確かめる場所なのです。
この木のどこかに叔父の魂がいて、今も戦友たちと静かに語り合っている。
それなのにどうしてこんな無粋な事をするのか?
自分の家に他人が土足で踏み込んで来たような気分の悪さ、不快感を私は否めませんでした。

今は亡き御霊との対話を求めて靖国を訪ねる遺族にとっては、立て看板一枚にも心は波立つのです。
靖国はそういう場所なのです。
靖国に寄せる思いに色々あるのは承知してはおりますが。
どうか死者の御霊を安らかに眠らせて欲しい。
騒ぎだてるのはやめて欲しい。
今日一日の喧騒を、叔父の御霊はどう思って見ていたのか?
母も私もたまらない気持ちでニュースを見ておりましたが。

本殿前で拝殿前で、叔父の御霊に頭を垂れる時、私はいつも温かく大きく重過ぎるほどの叔父からの愛を感じます。
命懸けで家族を故郷を護ろうとした叔父の愛。
時に余りにも大きすぎるその愛に潰されそうになりながらも、私は叔父の心に恥じる事無く、ひとりの日本人として、己の生を全うしたいと改めて心に思うのです。


posted by ぴろん at 17:35| Comment(0) | TrackBack(6) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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