2005年11月05日

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(11)05.10.20 日本青年館にて

『本間勝さんのお話(田口八重子さん兄)』

明日朝鮮総連の方に陳情に行かれるということですよね。
在日の朝鮮政府と言うのは我々とすれば核と言うのは非常に金正日に直接つながっている、危険な人物だと。
国会議員という人たちが6人も核として在籍しているわけですよ。
その辺を認識して交渉していただいて、頂ければなぁという、まぁ忠告ではないですけれど、ご存知だと思いますけれどもそのような事もあるんだと。

在日の組織の中には韓国の居留民団と言うのもありますよね。
だから朝鮮総連ばかり、その朝鮮総連は金正日と直接つながっているから、まぁ直接的には良いのかも知れませんけども、朝鮮人とすれば日本にいる民団系の人も力になってくれると思うんですよ。
それで民団の方にも力を頼むと、ハッキリ言えば・・・(聞き取れず)当然だと思うんですけどね、朝鮮の仲間とすればね。
そういった事をやっていただければ少しでも展開が開けていけるのではと。
気をつけてよろしくお願いします。


韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(10)05.10.20 日本青年館にて

『増元照明 家族会事務局長のお話』

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ご苦労様です。
先ほど崔成龍さんの話を聞いていて、北朝鮮が崔成龍さんを襲って自分が殺される事でこの拉致問題が大きく進展するのなら殺されても良いと仰っていましたが、私も実は9.17以前それと同じ事を思っていました。
私の自宅の鍵が盗まれまして誰に盗まれたのか分からない状況がありました。
でも工作員が来て私を傷つけるなら、それで拉致問題が大きくなるんだったら、本当にそちらの方でも構わないと思ってました。
それほど私たちは追い詰められていました。
同じやはり気持ちでいらっしゃるのかなぁと思いました。

私たちはどうせどんなに・・・ても工作員でも構いませんから、やられるものならそれでも・・・(一部聞き取れず)
それだけ日本の反応が冷たかったというのもあったんです。
今現在このように皆さんが拉致問題関心を持っていただいて、我々を励ましていただいて本当にありがたいと思っています。
政府があのように冷たい態度を取っておられるので非常に嘆かわしい。
今御三人が日本が拉致問題積極的で羨ましいと仰っていますが、日本にいる我々はそんな事ひとつも思っておりません。
もっとやれ!というそういう気持ちでおりますし。

今日も昼間古川了子さんの裁判に行って来ました。
この中にも傍聴された方が何人かいらっしゃいますけど、とにかく古川了子さんの拉致認定に対して政府は全くやる気が無いと言うその姿勢ですね。
法的利益が全く無いので裁判自体を、裁判をしないでくれと言う訴えです。
しかし認定されている人も認定されていない人も、私たちは一生懸命やってると言ってるんですから、だから古川了子さんの事は私たちは認識している、一生懸命やって頂けると言うことですよね。
でも認定はしないと言うことらしいです。
それを今どうにかしないといけないと思っていますが。
それが出来るのは官邸だけしかないと私たちは感じていますし。

今靖国の問題でテレビが色々中国や韓国の反応を言ってますが、それよりも昨日の党首討論の中で拉致問題がほとんど喋られていないと言う事。
(民主党党首の)前原さんが、もっとあの、国家安全保障の専門家だったら、拉致問題でなんで突っ込まないんだ?と私は思っています。(拍手)
国会議員が、拉致問題がこの国家にとってどんなに大きな問題か、国家安全保障についてもどれだけ大きな問題か認識が足りない。
私はそのように感じています。
靖国で韓国の人たちの反応を放送するのではなくて、先ほど崔さんが仰ったように今清津に二十数人の韓国人拉致被害者がいると言うこの事実を、もっと大きく報道するべきはマスコミではないですか?
私はそう思っておりますので、日本のマスコミもその点に関しては強くやっていただきたいと思います。

それから一つだけ訂正させていただきますが、ハイドさんにお会いして私は北朝鮮の人権、拉致問題に関して議会決議をしてくれとは全く一言も言っておりません。
私たちの状況を申し上げたら、ハイドさん自身が「じゃあこの拉致問題、拉致被害者救出の為に国会で議決をしよう」とあの方が先に言ったんです。
そして一ヶ月で草案を作り二ヶ月で議決、全会一致で上げたんです。
しかし日本はいまだに北朝鮮人権法でさえ上程される状況にはなっていません。
拉致被害者救出の為に経済制裁発動の動議もまだ国会でなされようとしていません。
非常に情けない、憤りを感じていますが。

私たちがやっていく事によって全ての拉致被害者が救出につながると信じていますので。
韓国でも声を上げていかなければならないし、私たちも声を上げて韓国政府を余り頼りにしないで日本独自で単独経済制裁の発動、これを目指していきたいと思っています。
以上です。(拍手)

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(9)05.10.20 日本青年館にて

『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

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皆様こんばんは。
私は先ほどから記者会見の時からご一緒して色々お話をお聞きしたんですが、やはりあの皆さん仰るには、日本の拉致問題に関する活動の実態。
これを見て非常に羨ましいと、言うコメントもありましたけども。
もちろんこれは解決しなきゃ良いも悪いもないんですけれども、ぜひ韓国においても日本の皆さんのように国民が盛り上がってぜひこの問題解決していきたいというすごい強い願望があります。

その他にですね。
いわゆる家族会を取り巻くいろんなNGOの方が、もうちょっとご支持とか。
それから国会議員のいわゆる超党派でこの問題を考える、具体的に行動する。
こういう連盟が無い。
そういうことがありまして、今日は議員の先生方も議連の役員の方も来まして、今度そういうことでは韓国と議連という立場で付き合うことを形として作っていくと。
言うふうに言っておりましたし、とりあえず当然ながら韓国もいわゆる超党派でこれを作ると。
野党のハンナラ党と言うのはこの拉致問題真剣に考えて特別委員会も作ってあるんですけれど、肝心の与党がこれに乗ってこないと言う、局面もありますけども。
要するにこの問題を真剣に考える議員の先生方を集めて、日本とも交流していきたいという話をしておりましたし。

我々この拉致問題の一番今足らない所と言うのは、いわゆる北の情報ですから。
そういう意味では韓国の人たちが物凄く北に拉致されていると。
それから帰国者、我々の5人の帰国者の話からしても、被害者として韓国人がたくさんいましたという話もありますし。
そういった面では韓国ルートの拉致に関する情報と言うのはかなりあると思います。
そういった形が出来れば我々日本人の情報も含めてどんどん入るんではないかと。
言う事ではこれからも一緒に活動していきたいと思います。
ありがとうございます。(拍手)

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(8)05.10.20 日本青年館にて

『横田早紀江さんのお話』

皆様こんばんは。
今日は韓国から本当に大変な中で活動している皆さんご苦労様です。
本当にありがとうございます

今日は話を色々お聞きして、日本と全く全然違った面での中々思うように行かない政府の大きな壁の中で闘っていらっしゃると言う事、本当に・・・思います。
私たちはたくさんの方に助けていただいても、支援者の方とか国民のこうした多くの方が、いつも全国のたくさんの方が本当に一生懸命になって励ましてくださって、その中にあってもね。
本当に悲しくて、時間も長いし、体力的にもやっぱり疲れてきますし、向こうにいる子供たちの姿も何にも分からない。
いつまで経っても見えてこないという中で、本当に苦しい拷問を受けていますのに、本当に韓国のね。
状況をお聞きして、それどころでない方が今ここにいらっしゃるんだなぁと思うと、どうしたらいいんだろうと。
一人の人間としてね。
韓国の政府も日本の政府も本当に大事な命をどうしたら自由にしていただけるんだろうと、考えていただけるようになるには、どうしたらいいんだろうと悩むばかりですけれども。

難しい問題だけにひとつひとつの事をしっかり一生懸命やっていく事。
私たちも初めは、9年前は、何にも皆さんに関心を持っていただけない時期がありました。
署名活動をしても誰も通り過ぎるだけでほとんど立ち止まってくれませんでした。
毎年毎年こうして皆様に訴え続けている中で、本当にたくさんの方が、本当に自分の子供だったらどんなに大変な事かわからないと涙を流して励ましてくださるようになりました。
本当に大変な9年間ですけども、やっぱり一生懸命に心を込めて頑張って前進していく時に、必ず開けて来るんだなぁと言う事を今実感してますので、絶対に希望を失わないで、私たちも一緒に頑張りますので・・・頑張っていただきたいと思います。

本当に今日はご苦労様でした。(拍手)

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※お断り
早紀江さんのお話は会場のマイクの調子が悪く、録音の音声がハッキリ聞き取れない状態でした。
できるだけ音声を拾いましたが、テキスト中聞き取れないところはやむなく飛ばして空白にしてあります。
また、一部聞き間違っている部分もあるかと思います。
発言の趣旨は概ね間違ってはいないと思いますが、オリジナルの発言とは多少言葉尻が違う部分があるかもしれない事を予めご了承の程お願い申し上げます。

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(7)05.10.20 日本青年館にて

『西岡力 救う会副会長のお話 その2』

そしてあと3人の人を助ける事について、協力したのがそこにいらっしゃる都希侖さんです。
都希侖さんは脱北者を助ける活動をたくさんしており、そういう中で情報をたくさん集めて、2000年に拉致されたキム・ドンシク牧師の問題でも、どこにいらっしゃるかどうなっているかという情報を集めてアピールしたりとか。
積極的な活動をしているわけです。

そして崔祐英さんの方は韓国政府を相手に国家賠償の裁判を起したんです。
しかしそれも敗訴してしまった。
負けてしまって、それでつまりその判決がすごい判決だったんですが、

「小さなことに関ずらって、大きな事を失う過ちを韓国政府は犯さなかったから良かった。」

と判決文に書いてあるんです。
つまり拉致被害者救出と言うことは小さなことで、南北首脳会談は大きな事だと。
と言う判決文が出たんです。
これは2004年の9月に一審判決が出たんです。
しかしこんなような酷い判決が出てるのに、この判決が酷いと言う事が韓国国内でほとんど報道もされていないと、言う状況であります。
つまり韓国人拉致の問題は実は韓国政府が金正日を刺激してはならないと、北朝鮮側に付いて来ていると言う問題抜きに考えられないんです。
2000年からはそうなったわけです。

金大中大統領は実は拉致問題を解決するというふうに言ったわけですね。
これは9月3日ですね、テレビで。
2000年の9月2日に先ほど言った非転向長期囚・辛光洙が(北朝鮮に)帰った後、9月3日テレビでですね。
拉致問題について、(西岡氏手元の資料を読み上げる)

「北朝鮮の立場からは拉致は無い、そのような事は無いと言うのです。
しかし私たちが実際色々な情報と全ての物を通じて判断し把握した所では、韓国人捕虜が300名〜400名いるとされていて、また拉致被害者のその程度の数、全部会わせて700〜800名ほどが把握されています。
大部分はあちらで結婚をし家族を成して暮らしています。
私たちは必ずこの問題を必ず解決しなければならない。
とにかくどのような形態でもお互い南側にいる家族に生死の消息を伝え面会もして、そして必要な人は再結合もし、このようなやり方で問題を推進していくのですが、水面下での接触をもっと進展させなければならない。
そのように考えています。
この前も拉致被害者家族がホテルの前で慟哭するのを見て、胸が張り裂ける思いでした。
今回私たちは非転向長期囚を送り返しましたが、韓国人捕虜や拉致被害者についての問題を解決するのに助けになるはずです。
その問題について言いたいのは、韓国は人権国家ですからこれが出来るんです。
全世界が韓国の人権国家としての面目を、今日確認するようになるんだろうとそう考えています。」

言うふうに、まぁ言ったわけですね。
非転向長期囚を送る事、あるいは辛光洙を送る事が韓国人拉致にも助けになるはずだと言ったんですが、助けにはなってないわけです。
つまり実はですね。
韓国政府の政策を見ますとですね。
99年の3月には金大中大統領が、非転向長期囚と韓国人拉致被害者について交換しなければならないということを言ってるんですね。
99年には。
これが青瓦台のHPに出ているんです。

ところがそれを裏切って一方的にスパイだけを送ったと。
しかしそのスパイの中に日本人拉致の犯人が入っていたと。
だから韓国の崔成龍さんたちは韓国から板門店に向うバスの前に座り込んで、1時間くらいですね。
北にバスが行くのを妨害したんですよね?
実は辛光洙が2000年に(北朝鮮に)帰ってしまわなくて日本に来ていれば、2000年の時点で横田めぐみさんと曽我ひとみさんと言う名前を我々知る事が出来たかも知れない。
増元るみ子さんや石岡さんや有本さんについての話も・・・まぁ、それはそうじゃないか?
辛光洙で把握できたのは、原(敕晁)さんと曾我さんと横田さんとですね。
(勉強を)教えたりしてるんですから。
金正日が拉致を認める2年前にめぐみさん拉致の証拠を我々は握る事が出来たかも知れない。
金大中大統領は二重の意味で裏切ったと。

そして今、28人の今度は一応転向した長期囚なんですね。
転向したことになってる長期囚の人たちが、「俺たちの転向は拷問による物で本当の転向じゃなかった」と言い始めて、その人たちを返せと北が言ってて、韓国の中の左翼も早く送るべきだと言ってて、韓国政府も返すと言ってる。
韓国人拉致被害者がひとりも帰ってきていないのに、そうなっている。
今韓国政府の拉致に対する政策は離散家族の枠の中で扱うと。
離散家族の再会をやってるんですが、その中に(拉致被害者を)二人とか三人入れて韓国人の家族会の人間が行って一回だけ会うことが出来ると。
そこで幸せに暮らしているとか言われて、その後手紙(のやり取り)とかも出来ない。
言う状況になって、何人かの人たち、先ほど行った韓国機のハイジャックされたスチュワーデスの人たちなどは親と面会する事は出来ているんですが、帰ってくることは出来ていないと。
帰ってくることが出来たのは崔成龍さんが連れてきた4人だけ、と言うことであります。

ただ国際社会は韓国人拉致について、関心を高めています。
我々も集会のたびに取り上げて来ていますが、アメリカで関心が高まっていまして、2004年に成立しました北朝鮮人法ですね。
これはアメリカの上下院全会一致で成立した北朝鮮人権法の中には、日本人拉致問題が書き込まれている事はご承知の通りですが、実は韓国人拉致問題も書いてあるんです。
日本人と韓国人拉致問題が解決しない限り、アメリカ政府は人道支援を除く北朝鮮に対する経済支援をしてはならないと。

それからもう一つ、今年の下院は5月でしたっけ?
今年の6月にですね、アメリカの下院の本会議。
北朝鮮人権問題の本会議決議と言うのが圧倒的多数で通りまして、その文章を読みますとですね。
横田めぐみさんとか増元るみ子さんとか具体的な名前が書いてあるんですが。
その中に韓国人拉致被害者についても具体的に書いてありまして、アメリカ政府は北朝鮮と核問題で当然交渉しなければならないけれども、核問題で交渉する時に拉致問題を含む人権問題について絶対に取り上げなければならない。
言う事を決議に書いてあるわけです。

実はこれは増元さんが4月に島田副会長と訪米した時に、下院の外交委員長のハイドさんの事務所に行って何が出来るかと。
本会議決議が出来ませんかと言って、アメリカもどこの国の外交官っていうのはそういうことを嫌うみたいなんで、アメリカの国務省に秘密にしておいてくれといって、国務省には秘密で島田さんと後韓国のNGOが色々やって決議の案を作って、そしたらば圧倒的多数で通った。
つまり国務省としては核問題の交渉で手足を縛られたくないんですね。
しかし議会が核問題をやる時に、韓国人拉致問題と日本人拉致問題も取り上げなければならないという決議を通した。
言う状況なわけです。(筆者注:この項に関するお話は後ほど増元氏より訂正があります)

そこで我々日本にとっての韓国人拉致問題を考える時、我々が考えなくちゃならないのは、我々家族会そして救う会・拉致議員連盟は韓国人拉致問題を取り上げているんですが、日本政府は全く取り上げていない。
あるいは日本の国会の決議の中でも韓国人拉致を取り上げた事はない。
アメリカは先ほども言ったように日本人も韓国人も自国民ではないわけです。
自国民ではない被害者について法律に書き込んで、そして国会決議にも書き込んでるわけです。
拉致はテロでテロと一緒に戦うということから、世界のテロと戦うということをしっかりしているんです。
あるいは人権と言うのは国境がないと。
人権が侵された人は皆助けなくちゃいけないという姿勢があるわけです。
日本政府にそれはあるだろうか?と。

実は2003年に国民大集会をしましたときに、その時は韓国からたくさんの家族の方に来ていただいたんですが、安倍晋三さんが(官房)副長官だったんです。
日本政府を代表して韓国の家族に会って欲しいとお願いしたら安倍さんは会ってくれたんですが、しかし政府の部屋では会えない。
と言って代議士・安倍晋三として国会の会議室で会うといって国会で会ってくれたんですね。
なぜならば多分政府の官房副長官の上の方にいる人、何人かしかいませんけども、(小さな笑い声)との関係があったと直接ではないけれど、私は聞いています。
日本政府は韓国政府が取り上げない問題は取り上げないんです。

しかし我々は日本人拉致について、もちろん日本の主権侵害ですから我々が解決するんですけれども、国際社会に訴えているわけです。
アメリカに行ったりジュネーブに行ったりして普遍的な人権侵害だと訴えてるんですね。
日本政府はそれを支持している。
拉致が普遍的な人権侵害だったらば、国籍を超えて韓国人拉致についても日本政府は発言をしなければ、自国民だけ助かれば良いというふうに思われても仕方が無い。
日本は普遍的な人権侵害なんか考えていないと、いうふうに思われてしまうわけです。

実際ですね。
安明進さんは言ってますよね?
実は工作員学校の先輩が何人かいるんだと。
その人たちが口を開けばもっと情報が出てくると思うと。
韓国に脱北者がたくさんいるわけなんですけども、そういう人たちに対して韓国政府は、安明進は日本に利用されているだけだと。
日本の運動は日本人を取り戻すだけの運動だと。
北朝鮮の苦しんでいる人民の事など何も考えていないんだと。
だから日本に利用されるだけで終わってしまう、安明進は親日派になっただけなんだと。
言って脱北者の人たちに日本に協力するなと言って説得してるんです。

安さんはしかし自分は日本人を助ける為には闘うけれど、自分の同胞である北の人民も助けたいと。
金正日と言う一緒の敵がいるんだから一緒に闘うんだと、命をかけて証言してくれているわけですけれども、私たちは普遍的な人権の立場に立つのかどうかと。
我が国政府が触れていない人権の立場に立ってるんだろうかと。
言う事を厳しく見ていかなければならないと。
アメリカに行って日本人を助けてくださいと言うときに、アメリカは普遍的な人権の立場に立っているのに、日本は日本人だけを助けてもらえば良いと言う立場に立っていたらば、アメリカ人から軽蔑されると思います。

実は私たちは来週ですね。
月曜日から土曜日まで増元事務局長と横田拓也家族会事務局次長と救う会の島田副会長が訪米します。
先ほどお話しました北朝鮮人権法で、任命される北朝鮮人権特使と面会をする約束が取れています。
その時にぜひ、今日増元さんここにいて、我々は韓国人拉致問題も一緒に解決しようと思ってるんだと。
北朝鮮人権法に日本人と韓国人拉致両方を書いてくれた事に感謝すると。
韓国人拉致被害者の人たちと先週会ったけれども、韓国人拉致についてもぜひ一緒に努力して欲しいと言ってくださると思いますが。
まず日本の政府にそして日本の国会に普遍的な人権の問題、あるいはテロとの戦いと言うことで、韓国人拉致被害者をどう取り上げさせるか?という課題を私たちは持ってるんじゃないかと。
それをすることによって逆に先ほどから言ってますけども情報をもっともっと取れるかもしれない。
一緒に協力して戦えるかもしれないという局面も広がるんじゃないかと思っています。

以上で私の話を終わります。(拍手)

2005年11月04日

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(6)05.10.20 日本青年館にて

『西岡力 救う会副会長のお話 その1』

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韓国人の拉致の状況について、実は私扶桑社と言うところから、最近「韓国分裂」と言う本を出したんですが。
この中で1章ですね。
「第4章 見捨てられてきた韓国人拉致」という章を設けておりまして、そこで内容を書いてありますのでぜひ参考にしていただければと思います。

実は韓国人拉致について私たちが取り上げるのは今日だけではなくて、11月23日にもう一度またやろうと思っています。
韓国人拉致は先ほど平田事務局長が司会の中で話されたんですが、二つの側面、あるいは二つの部分に分かれておりまして、
一つは朝鮮戦争中に起きた民間人の拉致の問題があります。
韓国政府が戦争中に作った名簿によると82.959人の民間人が拉致されて、未だにその大部分が生死確認も出来ないままであります。
その朝鮮戦争中の拉致についてはやはり別の家族会がありまして。
朝鮮戦争中の拉致の家族会には11月の23日に来ていただいて、そこでお話を聞くことになっておりますので、ぜひご関心を持ってお集まりをいただく事をお願いしたいと思います。

そして実はもう一つ問題がありまして、先ほど崔成龍代表のお話の中で捕虜の問題が出たんですが
民間人の拉致とは別に韓国軍の軍人が捕虜になって、そしてそのまま抑留されているという人たちがいます。
何人かの人たちは自力で脱出して韓国に帰ってきているんですが、その人たちも自由に帰りたいのに帰れないと言う点では同じ性格があるんですが。
つまり朝鮮戦争中に北朝鮮は民間人を、軍人ではなくて民間人を自分達の必要に応じて拉致したと。
そして韓国人の捕虜を戦争が休戦になっているにも拘らず開放しないで、捕虜はいないと嘘をついている。
いう戦争犯罪をしてきたわけですが、その後、休戦後に韓国人拉致が続いたわけです。

主として漁業操業中に拿捕されてそして北朝鮮に連れて行かれて、大部分の船員は戻ってくる事が出来るんですが、何人かの人たちは彼らの必要に応じてスパイとして使おうとか。
あるいは情報を得るとか。
そのような為に残される。
拿捕と言うのは分かりますから、何人かの人は帰ってくるわけですから。
で、返さない人をどういう理由をつけて返さないか?と言うと、例えば崔祐英さんのお父さんは韓国のテレビに出て「私は韓国政府のスパイでした」と。
そういうような話をさせられてそして「今、自分の意思で北朝鮮に残ります」と。
と言うようなことを言わされてそのまま残されるんです。
寺越さんのタイプに似ている拉致で、(北朝鮮に)いる事は分かっていると言うタイプのものが多いです。

しかし、それ以外にですね。
日本人拉致と同じようなケースで、まず70年代の後半に、5人の高校生が海岸でキャンプをしていて、いなくなったと言う事件がありまして。
3ヶ所で別々にしていたんですが、全く消息が分からなかったんです。
これは横田めぐみさんたちと同じ、あるいは増元るみ子さんたちと同じケースなんですが。
海岸に侵入した工作員によって暴力的に拉致されて北朝鮮に連れて行かれて、めぐみさんたちが目撃されている所と同じ金正日政治軍事大学でスパイが韓国人に化ける、韓国人化教育の教師をさせられている。

この5人については実は安明進さんが証言をしていまして。
安明進さんは韓国に潜入するスパイだったんですね。
で、韓国に入るためには韓国人に化ける訓練を受けなくちゃいけない。
その時の先生だったんです。
安さん以外の何人かの先輩たちの証言もあって、その5人が拉致されていると言う事が分かったんですが。

それ以外に日本の有本さんのケースのように留学中に拉致をされる。
あるいは旅行中に拉致をされる、と言うケースがあり。
それから日本ではちょっと無いんですが、国内線の飛行機がハイジャックされて北朝鮮に連れて行かれて、そしてそのままスチュワーデスなどが帰って来れないで、というそういう拉致もあります。
そのスチュワーデスの人たちは、実は韓国に向けて送られて来ている謀略ラジオ放送のアナウンサーとして仕事をしている。
言う事が分かってきたりしています。

しかし韓国人拉致について先ほど言いましたように、大多数の漁船の拉致のケースの場合、スパイとして使うと言う目的が一つありまして、実際に北朝鮮でスパイとしての訓練を受けて韓国に戻ってきたケースも全くゼロではないんです。
それで韓国政府は拉致被害者家族を、つまり先ほど崔祐英さんが言ったように、監視の対象にしているわけです。
スパイとなって戻ってきたら、まず家族の元に現れて協力を求めるだろう。
家族に匿ってもらうだろう。
だから家族がどこに住んでいるのか?どんな仕事をしているのか?全部チェックをする。
あるいは家族が軍の高官になったりとか、政府の高官になったりとかを連座制で防ぐ。
就職差別もあったということですね。

あるいは戻ってきた人たち、拿捕されて使えないという人たちが戻ってきたりしますよね?
その人たちに対して、本当はスパイとして戻ってきたんだろうと疑いをかけて、拷問をするとか。
そういう事も報告をされています。
それは実際に韓国と言う国に北朝鮮がたくさんのスパイを入れて、テロを行ってたんです。
大統領夫人が実際北朝鮮のテロで殺されましたし、それ以外にもたくさんの政治工作が行われていて、韓国の中では実は冷戦時代も戦争が戦われていたと。
そういう厳しい状況の中で拉致があり拉致被害者の家族が監視を受けたりしていたと、いう状況があったわけです。
韓国の先ほど話がありましたように拉致被害者の人たちは、拉致をされて苦しみを受ける事と、もう一つは拉致をされた後拉致被害者の家族となった事で、苦しみを受けると言う二重の苦しみを受けてきたわけです。

しかしそういう中でですね。
1994年にアムネスティーインターナショナルと言う組織が、北朝鮮にいる政治犯のリストを発表したんですが、その中に11人が韓国出身者です。
もちろんその中には自分で出北朝鮮に渡ったと言う人もいるんですが、確実に拉致被害者だと思われる人が一人含まれているんです。
1978年にノルウェーでいなくなった高校の先生。
コウさんと言う人ですが、ここで韓国のマスコミは国際機関が報道したもんですから、大きく拉致問題を94年の7月に報道したんです。
金泳三大統領も政府が総力を上げてコウさんを始めとする拉致被害者を救出しなければならないと、言う姿勢を見せたんです。
そしたらば北朝鮮はそのコウさんを北朝鮮のテレビに出して「私は拉致されたんじゃなくて自分で北朝鮮に、来たんだ」と。
「収容所なんかには入ってなくて、結婚して幸せに暮らしている」と、言わせたんですね。

実はそのコウさんには奥さんがいて子供もいたんですが、その奥さんがそのテレビを見て自分は捨てられたと思って自殺してしまうと言う悲劇も起きたんです。
これが94年ですけども、95年に韓国政府は北朝鮮に対してコメ支援を実施する。
日本が実施した時に韓国もやるんですが、その時韓国政府は日本と同じように一方的にコメ支援をして、拉致解決を条件にしなかった。
金泳三大統領も拉致を解決せよと命令はしたんですけども、コメ支援をしたときにその事を北朝鮮に要求しなかった。
その次に97年に韓国で、先ほど言った5人のスパイ教官をさせられている拉致被害者がいる。
海岸から拉致された高校生だと言う記事が出るわけです。

これは休戦ラインを超えて亡命したアン某氏によるとと書かれているんですが、安明進さんのことなんですね。
97年の12月の朝鮮日報にその記事が出るんですが。
つまりめぐみさんが拉致された77年にふたり、78年に3人の高校生が拉致されていると言う事が分かるわけです。
しかし安さんによると実は、拉致されて韓国人化教育の教官をやっている韓国人被害者は60人から80人に上ると。
あとつまり70人とかの人は誰が拉致されているか?分かってないわけですよ。
韓国の中でも特定失踪者問題調査会のような活動が必要なわけです。

その後ですね。
97年つまり朝鮮日報の記事は12月に出るんですけども、97年と言うのは日本で家族会が出来た年です。
その年の3月に出来たわけですけども。
そして韓国政府はその後表立って動きを見せるのは、99年ですね。
99年の1月に韓国政府は北朝鮮の政治犯収容所に拉致された韓国人、あるいは自分で北朝鮮に入った韓国人が22人収監されていると言う発表をするんです。
その中に崔さんのお父さんの名前が入っていて、崔さんは新聞で見て驚いたと。
そしてその年99年の3月に韓国政府は、北朝鮮に拉致されてそのまま帰って来れない韓国人のリスト、454人を公開したんです。

その時、朝鮮戦争休戦後ですね。
拉致された全体は3756人でそのうち3302人が帰ってきたと。
大多数の抑留の漁船がありますから帰ってきたけれど、454人が抑留されているということですが。
その後色々な調査や先ほどの崔成龍さんの話があり、韓国政府は今486人と言ってるんですが。
86人のうち二人が帰って来てるんですね。
4人帰国させたんですけれども、その4人のうち二人は韓国政府のリストに無い人だった。
だから今助けを求めている人は484人だという事になるわけです。

99年に私たちは第一回の国民大集会を企画したんですね、日比谷公会堂で。
そしたらば私たちの事務所に韓国から国際電話がかかってきたんです。
韓国にも拉致被害者の家族がいると。
参加したいけれどどうか?と、言う事だったんですね。
それでぜひ来てくださいと言う事で、そこで初めて崔祐英さんと我々が出会う事が出来たんです。
そして崔祐英さんと崔祐英さんのお母さんと、それから留学中に拉致されたイ・ジェファンさんと言う方のお父さんが3人、第一回の国民大集会から来てくれたんです。

でその後も私たちはずっと、拉致問題は日本人が帰ってくれば良いという問題では無いと。
韓国人被害者も一緒に救おうと言う事で、今まで今年の4月にやりました国民大集会まで必ず韓国人拉致被害者の方たちにも来ていただいて、一緒に訴える活動をして来ております。
そして次の年2000年に韓国で家族会が出来たわけです。
その年が実は韓国の南北首脳会談の年だったわけです。

そして南北首脳会談が行われるのが6月ですが、その4月に、実は先ほど崔成龍代表がおっしゃったように自力でイ・ジェングンさんという拉致された方が逃げてきていて、韓国政府が助けようとしていないと言う情報が入るわけです。
丁度私ソウルにいたんですけれども、その電話がかかって来たのを目撃してたんですが。
そして私も話を聞いたんですが崔成龍さんと月刊朝鮮ですね。
月刊朝鮮の記者と、SBSの放送記者と一緒に行ってその場所まで行ったと。
そしたらば自力でもう脱出していて何回も領事館に行ったんだけど、少しお金だけ貰って、これで自分で帰れと。

韓国にいる家族にも連絡はついてたんだけども、偽の旅券を作ったりして帰ってくるにはかなりのお金が必要だったんですね、中国の中で。
そのお金を韓国の家族は出せないと。
それで間に入った人がいて、韓国で家族会が出来たということで家族会に連絡が来たと。
先ほど説明があったように崔さんが行ってその人イ・ジェングンさんに会って、そしてテープレコーダーを回しながら領事館に電話をして、そしたら「おまえ税金を払っているのか?」と言う話をしたので、政府に録ったって。
記者が一緒に行きましたから今度は北京の大使館に行きまして、これを公開するぞと。
それで最初の被害者を救出したのがここにいる崔成龍さんだったのです。

しかし韓国政府はその事実を6月の南北首脳会談までは公表するなと。
北朝鮮を刺激するといって圧力をかけたんですね。
そして韓国に戻すと言いながら北京の大使館でイさんの身柄を確保して、6月の南北首脳会談が終わるまでソウルに送らなかったんです。
しかし朝鮮日報は南北首脳会談の直前に自力で出てきた被害者がいると記事に書いたんですが。
そのあと崔成龍さんはあと3人の被害者を救出する。
そのような活動をされてきたわけなのです。
崔さんがこの書いたものを読みましたけども、実はもっと助けられる人がいると。
お金と時間があれば連絡が付く拉致被害者はいると。
しかし韓国政府が協力的じゃないと出来ないんだと、言う事を記者会見で話されたり書いているので読んでいます。

そのような活動をしたら実は崔成龍さんに対して、去年北朝鮮の労働新聞が名指しで悪い奴だと。
労働新聞が名前を出すと言う事は相当の事なんですが。
その記事が出て中国に行くのは気をつけろと。
中国に行けば暗殺されると言う状況だったんですが、今年の9月になって韓国の当局から韓国国内でも危ないぞと。
脱北者から得た情報によると韓国国内でも暗殺計画があるようだと話が伝わったわけです。
その事を伝えた朝鮮日報の記事によると本当に脱北者から来たのか?
韓国政府と北朝鮮政府の非公式の接触の中で、崔成龍の活動が邪魔だから脅せと言われたんじゃないか?と言う推測さえ出ていると。
これは朝鮮日報の記事に書いてあった事です。
今その記事を書いた記者が同行取材でソウルから来ています。

・・・続く・・・

2005年11月03日

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(5)05.10.20 日本青年館にて

『都希侖(ド・ヒンユン) 拉・脱北人権連帯事務局長のお話(通訳・西岡力氏)

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皆さん、こんばんは。
私は、私たちを招待してくださいました救う会のような、韓国で家族を助ける支援活動をしております団体の事務総長をしています、都希侖です。
平日の夜と言うお忙しい時間の中にも関らずたくさんの人が集まってくださり、韓国人拉致を訴える機会を作ってくださった事に、本当に身の置き所の無いくらい感謝しており、私どもも日本人拉致問題についてもっと積極的に取り組もうという覚悟を新しくしております。

今日の公式の日程が終わった後、私どもは明日、午前11時に朝鮮総連本部を訪問する計画を持っております。
その朝鮮総連を訪問する理由は、他でもなくここにいらっしゃっている崔成龍、崔祐英さんたちの家族、韓国人拉致被害者の名簿を持って、朝鮮総連の関係者に会って朝鮮総連が韓国人拉致被害者の救出の為に立ち上がって欲しいという話をしに行こうと思っています。

朝鮮総連の人たちは大変恵まれている人たちだと私たちは思っています。
北朝鮮で飢えと寒さに苦しんでいる人民に比べて、このような日本と言う世界で2番目の経済大国、アメリカの次の税経済大国で豊かな生活をすることが出来る。
そういう中で人権について正しい理解を持つ事が出来る状況であると思っておりますので、拉致問題について協力をして下さるという期待を持って行きたいと思っています。
私たちが望む成果が上がるように、ここにいる皆様がまたマスコミの関係者が、韓国人拉致についても関心を持っていただければありがたい事だと思っております。

今中国でもう一つの悲劇が起きております。
というのは、脱北して韓国へ来て、韓国で定着をして生活をし始めた脱北者のかなり多くの人たちが、実は中国に入り色々な活動をしているのですが、その人たちが北朝鮮に襲われて拉致されている。
脱北者は中国で合法的な身分を持っていないので、大変苦しい隠れた生活をしているんですが。
その人たちが大韓民国へ来て自由な大韓民国の国民になって、堂々たる身分を持って中国へ入って自由な活動をしたいと。
そういう希望を持って中国へ行くわけです。
なぜこのような話をするかと言いますと、拉致と言うのは日本人拉致が盛んに行われた70年代後半、韓国では漁船の拿捕拉致が行われた60年代70年代80年代だけではなくて、今もこの現在も現在進行形で行われている。
中国やその他の地域で行われていると言う事を申し上げたいからです。

私たちが入手した情報によりますと、清津にあります咸鏡南道(ハムギョンナムド)の道保衛部、韓国人を含む数十人の脱北者あるいは韓国人を拉致して収容していると言う情報をつかんでいます。
これについては韓国だけでなく日本も国際社会も、もっと関心を持つべきではないかと思います。
つまりその清津の道保衛部にいるのは、一度脱北して韓国のパスポートを持って中国へ行って拉致された人と、それから元々の脱北した人じゃなく韓国人も含まれている、拉致されている。
中国で活動している人が収容されている。
それが数十人いると言う情報ですが、その人たちを助ける為にもっと関心を持たなければいけない。
この問題について私たちは今崔成龍代表とも協力しながら、より確実な情報を集めている最中であります。
確実な情報を確保した段階で、日本をはじめとする国際社会にも強く訴えていきたいと思っています。

支援団体から見ての拉致問題、韓国と日本では明らかな違いがあると思います。
韓国は拉致問題の解決において、初めのボタンを掛け間違えたということです。
それに比べて日本の指導部は初めのボタンを正しく掛けたと思います。
北朝鮮が色々な困難があるにも拘らず、日本人拉致を認めた理由はなんでしょうか?
彼らが日本との国交を回復する事によって経済的な利益を得ようとしたことについては、ここに居る皆が知っている事実だと思います。

ところが我が国・韓国政府は2000年の6月の南北首脳会談、その後の多大な北朝鮮に対する経済支援をしてくる中で、ただの一度もこの経済支援を拉致被害者救出と交換するという、その条件として用いた事がなかったということです。
今後いろんな議論・論議があるかと思いますが、支援団体の立場で見るならば、拉致被害者救出のためには北朝鮮に対する経済制裁が最も効果的な手段であると考えています。
支援団体の立場としてはもちろんいろんな論議があるかもしれませんが、私たちは経済制裁を日本の家族会・救う会が強く求めていく事を支援したいと思いますし、私たちも韓国で経済制裁を日本が発動するように求め、また実現するように求めていきたいと思います。

最後に我が東北アジアの安定と平和は、日本人拉致被害者が全員家族の元に帰って来、また韓国人拉致被害者が家族の元に皆自由に帰ってくる事ができて、初めて実現するんだろうと信じております。
拉致の責任者である金正日政権がその再発防止をきちんと約束し、そしてテロをやめる。
そのようなことになるように、日韓の連帯をより強めていく事、それをこの場を借りて約束したいと思います。
とにかく帰国したら、日本人拉致問題の情報収集にも全力を尽くしたいと思っております。
韓国人も拉致されておりますが、我が同じ同胞である北朝鮮によって、皆さん方の同胞・日本人が拉致されている事について、我々としても早く解決できるように情報収集を強めたいと思います。

ありがとうございました。

2005年11月01日

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(4)05.10.20 日本青年館にて

『崔祐英(チェ・ウヨン) 拉北者協議会会長のお話(通訳・西岡力氏)』

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(日本語で)みなさま、はじめまして。

(以下西岡氏による通訳)皆さんこんにちは。
私は、1987年1月15日韓国の西の海(=黄海の事)のペニョン(白○、○=令+羽)島と言う島の近くで、漁業操業中に拉致されましたトンジン号(東進号=正確には、「東進27号」)と言う漁船の漁労長・崔宗錫(チェ・ジョンソク)の娘、崔祐英です。
お忙しい中、日本人の拉致問題ではなく韓国人の拉致問題の為に、このようにお集まりいただいた皆さんに心からの感謝を捧げたいと思います。
また私どもを招待してくれた家族会の横田滋代表、救う会の佐藤勝巳会長に心からの感謝を捧げたいと思います。

私の父は87年の1月に拉致された時、北朝鮮はその年の2月に返すと通報してきました。
私たち家族は父が帰ってくる日を指折り数えて待っていたのですが、突然韓国政府から南北間の間に問題が起きて、あなたたちのお父さんは帰ってくることが出来なくなったという通報を受けたのです。
その時私は高校一年生、私の弟は小学校五年生でした。
愛するお父さんを一番必要としていたそのような歳に、私たち姉弟は金正日によって愛する父を奪われたのです。
父が拉致された後、精神的なそして物質的な大黒柱であった父がいなくなったために、私たち家族は経済的にまた精神的に大変な苦痛を受けざるを得ませんでした。
私たち姉弟はまだ小さかったので、母が食堂の仕事をすることになりました。

日本とは違い韓国では、拉致被害者家族と言う単語を使うことさえ憚られるような状況が一時期あったのです。
拉致被害者の家族は共産主義者・アカの家族だと思われるために、私の一番親しい親友にも自分の父の事を真実を話すことができないままでした。
そこで友達同士で自分の父親の話が出たときは、私は自分の父が拉致される前に自分にしてくれたことを思い出しながら、想像の世界で自分の父はこんな事をしてくれてるのよと言って過ごしました。

そうして過ごしていた時、偶然1998年新聞を通じてうちの父が、北朝鮮の政治犯収容所に入れられているという衝撃的な事実を知ったのです。
信じる事ができませんでした。
信じられませんでした。
探しに探した、会いたくてたまらないうちの父が、ナチスドイツのアウシュビッツ収容所よりももっと酷いと言われている北朝鮮の政治犯収容所に入れられているなんて事実を、信じる事はできなかったのです。

北朝鮮の状況をその後色々知るようになって、実は父が私たちを愛しているならなんで北から逃げて会いに来てくれなかったのか?と恨んでいたんですが、そんなことが出来るような状況ではなかったんだと言う事が分かって、こちらの方が父を探す努力をしなかったことについて申し訳ないと思うようになりました。
その中で偶然日本人の大学教授に会ったのです。
その大学教授は私たちの苦しい状況を知って、南に来ている脱北者を私たちに一人ずつ会わせてくれました。
そしてそうする中で実は日本にも私たちと同じような苦しみの中にいる被害者家族がいるという事実を知り、そして日本まで来て集会で訴えるという事をするようになったのです。

韓国の中で私たちと同じような状況で苦しんでいる。
家族に会うことが出来ない状況の中で、遠くて近い国といわれていた日本に私たちと同じように拉致で苦しんでいる横田めぐみさんのお父さんお母さん。
そして増元るみ子さんのご家族、それ以外の家族会の方と会うことが出来たのです。
韓国で拉致被害者家族会を作った時の状況、ただお父さんを助けたいと思っていることを訴えるには韓国の状況は容易ではありませんでした。
その時、日本の救う会の皆さん方が一年に一回、日本の国民大集会に私を必ず呼んでくださって、韓国人拉致救出を訴える場所を提供してくださり、また日本の国民の皆さんも多くの励ましを私に下さいました。

99年から2005年、今年まで6年が経ちました。
私はこの間、日本の国民の皆さんから多くの愛を受けました。
日本の学生が千羽鶴を折って私に贈って来てくれたり、頑張れというメッセージが来たり、あるいは日本国民で拉致問題に関心のある方が、なんで韓国人拉致問題はこんなに進展しないのか?と一緒に悩んでくださったりしました。
ここにいらっしゃる日本の家族会の皆さんと、6年間多くの思い出があります。
最近の思い出は横田滋さん、実は私のお父さんの代わりのお父さんなんです。
私はお父さんが拉致されたので、横田滋さんをお父さんと呼んでいるんです。
横田滋さんは私のことを娘と呼んでくださっています。

ちょっと前に日本に来た時にですね。
私が韓国に帰る前、空港まで滋さんが送って来て下さって、一緒にショッピングをしました。
私の滋お父さんが可愛い洋服を選んでくれました。
18年ぶりに私はお父さんから贈り物を貰いました。
私は遠慮を何回もしたんですが、しかしお父さんはめぐみさんが帰ってくるまでは、私はあなたのお父さんであるからといって、可愛い洋服を選んでくれました。

10月5日、めぐみさんの41回目の誕生日でした。
その時実は私たちは韓国政府の統一部の建物の前で、非転向長期囚を北朝鮮に送るなと言うデモをやっていました。
日本のNHKではめぐみさんの誕生日をニュースにして流し救出を訴えているのを見ましたが、その同じ日に韓国政府は拉致被害者が帰って来ていないのに、再び北朝鮮の工作員を一方的に北朝鮮に送り返そうとしている。
それに対する抗議のデモ行進を私たちはしていたのです。

しかし私はこの無能な政府の為に私の父を奪われましたが、しかし私は我が国を愛しています。
ですから私はいつか必ず韓国政府と韓国国民の力で拉致被害者が帰国でき、また生死確認が出来る事を信じて祈っております。
その時まで国籍は違いますけれども、日本人拉致被害者救出と共に韓国人拉致被害者の救出もぜひ一緒に取り組んでいただきたいと思っております。
希望を捨てないで最後まで頑張りたいと思っています。

ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・
1月2日PM:4:55 テキスト本文を一部修正済み

情けない国民に成り下がらぬ為に

昨日内閣改造人事が発表されました。
小泉人事に関して色々な意見が出ているようですが、拉致問題を支援する当Blogとしましても思うところをちょっと書いてみたいと思います。

まずは今回の人事、安倍さんの去就がどうなるか注目していたのですが、官房長官に起用との事。
この人事、私は歓迎したいと思います。
小泉になびいた安倍は、拉致問題解決の敵であるかの如く思う人もいらっしゃる様ですが、私はその考えをとりません。
以下、私なりの思うところを書き綴ります。

政治家と言うのは国会の中で指導力を発揮して何ぼの世界です。
その意味ではですね。
例えば拉致問題的に考えた時、いくら一本筋を通したとはいえ平沼氏の行動を私は過大に評価は出来ないのです。
むろん筋を通した平沼氏の選択を100%否定する物ではないし、氏の選択も見るべきところがあるのは承知の上であえて苦言を呈すればですね。
無所属議員の立場で出来る事には所詮限界があるし、同志を募ってミニ政党を立ち上げたとしてもそれでも出来ることには限界がありすぎる。
平沼氏が政界で発揮できる影響力は、今回官房長官に就任した安倍氏とは比べ物にならないのは、改めて説明の必要の無いくらい明らかなのは自明のことなのです。

ホント政治の世界って、食わせ物の世界ですよね。
単純一直線人間では本当に務まらない。
時には毒を飲み、煮え湯を飲み、強かに立ち回る面の皮の厚さも、政治家として立つためには必要条件なんだな、とつくづく思いますゎ・・・
その意味で安倍さんは強かだった、平沼さんは清廉潔白だった・・・という事になるのでしょうか。
ただしこの両名の選択を、どちらが筋が通っていたかと言う筋論だけ見ていたのでは、政治の世界で結果は取れないようにも思います。
果たして今後の政局で平沼氏は拉致問題解決のため力量を発揮できるのか?
結果を取ると言う事を考えた場合、平沼氏と安倍氏のどちらに期待を寄せるかといえば、自ずと答えは決まる物だと思うのですが。

元を正せばですね。
そもそもこういう悩ましい状況を作り出したのは、小泉さんの郵政にかける異常なまでの?執念だと思っております。
郵政一本で国会を引っかき回した小泉流を、私は今でも良しとは思わない。
郵政選挙の影で自民党から追いやられた政治家の中には、私が期待を寄せる有望な議員が何人もいました。
私は今でも何で郵政如きで解散総選挙に及ばねばならなかったのか?と言う疑問を持っているし、改革を止めるなと叫んだ小泉劇場の罠にあっさりハマって踊りを踊った一部の有権者に対し、少しばかりの不満も持っています。
しかしですね。
小泉憎しの思いが募る余り、小泉さんになびく者は皆敵であるかのように思い込むのはいかがな物か?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・これぞまさしく視野狭窄の真骨頂である、と思うのだけれども。

政治家とはそもそも公僕なのであり、日本国の主権者は私たち国民なのです。
国会議員に良い働きをしてもらおうと思ったら、まずは国民の側の意識も高めねばならない。
拉致問題で目に見える仕事をしてもらおうと思えば、世論を高めて政治家の尻をたたいてハッパをかけるくらいにならねば、どうにもならないと思うのですけれどね。
そうでなくても長年の平和ボケ・総連の策略などにより、政治の世界はかなり骨抜きにされているのだから。
政治の有り様を私たち国民の側に取り戻そうと思ったら、国民の意識を高めるより他無かろうと思うのだが。

その意味で、私は拉致問題解決のためには地道な様でも一人でも多くの支援者を増やし、理解を深める運動は重要ではないかと思うのです。
いざと言う時・・・まず考えられる一番のいざは、被害者を置き去りにして国交正常化へ舵を切ろうとした時ですが。
万が一政府が怪しい行為に及ぼうとしたその時に、私たち国民が毅然としてNOの声を上げられるのかどうか?
そこが日本国民の民度が試される場面であろうと思います。
被害者を見捨てて、かりそめの平和を貪るような情けない国民に成り下がらぬ為にも、強固な国民世論が形成できるように、足固めをするのは何より大事だと思っております。

小泉さんを必死にバッシングしてもですね。
拉致問題的に考えて、そこで何がしかの結果が取れなきゃ、それも単なる自己満足に過ぎぬと思う。
いくらトップの首が変わっても、それを支える世論の意識の方が変わらなくては、結局裏工作の勢いに負けてしまい結局何の成果も得られないという事になりはしないか?と。
腐りきった政治の世界を洗濯しようと思ったら、トップにはそれ相当の指導力が必要であり、国民の側にもトップを支える為の相当に高い意識が求められると思っておりますので。

それと小泉さんは後1年でお辞めになる方。
ポスト小泉に期待を寄せる者としては、次の人にこそ全力で拉致問題に取り組んで欲しいと願いますので、そのためにも今から揺るぎの無い強固な世論を形成するべく、支援を訴えるのは大事だと思っております。
小泉バッシングに入れ込む余力があるのなら、私は支援の輪を広げる方に力を注ぐ。
それだけのことです。
支援者の中には、なにやら小泉叩きをしないものは支援者にあらずと思い込んでいるお方もいるようですが。
そういう狭い考え方はいかがな物でしょうかね?
まぁ、小泉叩きに忙しい人たちに支援者として認めてもらうために、私は活動をしているわけでは無いので、どんなに変人扱いされようが痛くもかゆくもありませぬが。

誤解の無いように言っておきますが、私も本音は小泉退陣ですから。(笑)
けれど、一方で小泉さんを引き摺り下ろせば事足りるほど、拉致問題はやわじゃないとも思っています。
それに小泉バッシングをしようがしまいが、現政権の座にあるのは小泉さん。
指導力を発揮できるポジションにいるのは小泉さんなのです。
被害者救出に一歩でも近づこう思ったら、総理である小泉さんの尻をたたいて、少しでも問題解決のために働いてもらうようハッパもかけなきゃ仕方が無いとも思うのですけどね。
小泉さんが辞めるまで、拉致問題の山は1センチたりとも動かなくても良い、という物でもないわけですし。

その意味でも今回の人事で、安倍さんが入閣したのは大きな意義があると私は思っております。
小泉になびく安倍は敵だ!と悲観して立ち止まるのか?
それとも安倍さんの尻をたたいて、何がしかの結果を取ろうと思うのか?
どちらが拉致問題解決のための積極的行動なのか?考えたら良いと思う。
とにかく結果を取る・・・総理の座が誰であれ、被害者救出の為に汗をかいてもらう。
政治家の尻をたたくのは私たち国民の仕事です。
ともかくも嘆いているばかりでは何も動かないし変わらないのだから、しっかりと政治の世界に睨みを利かせるのがまずは大事かと思っております。

横田夫妻はこの人事を評価し期待もしておられます。
ご夫妻がどういう思いで安倍氏の官房長官就任を見つめているのか?
その事も支援者たるもの、冷静に考えたい物だと思いますが。
物事に100%の完璧はありえない。
ですから現状の中で最大限の効果の望める次善の策を選び取るのも、賢い選択・強かな選択であると私は思っております。
結果を取る為には支援者の側も時に毒を飲む覚悟が要るのだと思います。
きれい事ばかり・正論ばかり言い募り、100%の信頼か?100%の不信か?といった清廉潔白な筋論ばかりにこだわっていても物事は動かないし、結果も取れないとも思う。

私は安倍さんの官房長官就任を支持します。
同時に小泉内閣の中で安倍さんが腰砕けにならぬよう、睨みを利かせるのは国民のお仕事だとも思っています。
そのためにも世論の喚起、拉致問題の周知を求める運動は大事だと思うので、これからも自分に出来る精一杯の活動をするつもりです。
例えごまめの歯軋りでも被害者救出に少しでも近づくならば、立ち止まるよりも行動あるのみ、ではないでしょうか。
被害者を救えない情けない国民に成り下がらぬ為にも、それぞれがそれぞれに出来る事を行動に起すべきではないでしょうか。
posted by ぴろん at 12:06| Comment(0) | TrackBack(3) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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