2005年11月01日

韓国人拉致被害者も救うぞ!東京集会(4)05.10.20 日本青年館にて

『崔祐英(チェ・ウヨン) 拉北者協議会会長のお話(通訳・西岡力氏)』

Img_0847.jpg

(日本語で)みなさま、はじめまして。

(以下西岡氏による通訳)皆さんこんにちは。
私は、1987年1月15日韓国の西の海(=黄海の事)のペニョン(白○、○=令+羽)島と言う島の近くで、漁業操業中に拉致されましたトンジン号(東進号=正確には、「東進27号」)と言う漁船の漁労長・崔宗錫(チェ・ジョンソク)の娘、崔祐英です。
お忙しい中、日本人の拉致問題ではなく韓国人の拉致問題の為に、このようにお集まりいただいた皆さんに心からの感謝を捧げたいと思います。
また私どもを招待してくれた家族会の横田滋代表、救う会の佐藤勝巳会長に心からの感謝を捧げたいと思います。

私の父は87年の1月に拉致された時、北朝鮮はその年の2月に返すと通報してきました。
私たち家族は父が帰ってくる日を指折り数えて待っていたのですが、突然韓国政府から南北間の間に問題が起きて、あなたたちのお父さんは帰ってくることが出来なくなったという通報を受けたのです。
その時私は高校一年生、私の弟は小学校五年生でした。
愛するお父さんを一番必要としていたそのような歳に、私たち姉弟は金正日によって愛する父を奪われたのです。
父が拉致された後、精神的なそして物質的な大黒柱であった父がいなくなったために、私たち家族は経済的にまた精神的に大変な苦痛を受けざるを得ませんでした。
私たち姉弟はまだ小さかったので、母が食堂の仕事をすることになりました。

日本とは違い韓国では、拉致被害者家族と言う単語を使うことさえ憚られるような状況が一時期あったのです。
拉致被害者の家族は共産主義者・アカの家族だと思われるために、私の一番親しい親友にも自分の父の事を真実を話すことができないままでした。
そこで友達同士で自分の父親の話が出たときは、私は自分の父が拉致される前に自分にしてくれたことを思い出しながら、想像の世界で自分の父はこんな事をしてくれてるのよと言って過ごしました。

そうして過ごしていた時、偶然1998年新聞を通じてうちの父が、北朝鮮の政治犯収容所に入れられているという衝撃的な事実を知ったのです。
信じる事ができませんでした。
信じられませんでした。
探しに探した、会いたくてたまらないうちの父が、ナチスドイツのアウシュビッツ収容所よりももっと酷いと言われている北朝鮮の政治犯収容所に入れられているなんて事実を、信じる事はできなかったのです。

北朝鮮の状況をその後色々知るようになって、実は父が私たちを愛しているならなんで北から逃げて会いに来てくれなかったのか?と恨んでいたんですが、そんなことが出来るような状況ではなかったんだと言う事が分かって、こちらの方が父を探す努力をしなかったことについて申し訳ないと思うようになりました。
その中で偶然日本人の大学教授に会ったのです。
その大学教授は私たちの苦しい状況を知って、南に来ている脱北者を私たちに一人ずつ会わせてくれました。
そしてそうする中で実は日本にも私たちと同じような苦しみの中にいる被害者家族がいるという事実を知り、そして日本まで来て集会で訴えるという事をするようになったのです。

韓国の中で私たちと同じような状況で苦しんでいる。
家族に会うことが出来ない状況の中で、遠くて近い国といわれていた日本に私たちと同じように拉致で苦しんでいる横田めぐみさんのお父さんお母さん。
そして増元るみ子さんのご家族、それ以外の家族会の方と会うことが出来たのです。
韓国で拉致被害者家族会を作った時の状況、ただお父さんを助けたいと思っていることを訴えるには韓国の状況は容易ではありませんでした。
その時、日本の救う会の皆さん方が一年に一回、日本の国民大集会に私を必ず呼んでくださって、韓国人拉致救出を訴える場所を提供してくださり、また日本の国民の皆さんも多くの励ましを私に下さいました。

99年から2005年、今年まで6年が経ちました。
私はこの間、日本の国民の皆さんから多くの愛を受けました。
日本の学生が千羽鶴を折って私に贈って来てくれたり、頑張れというメッセージが来たり、あるいは日本国民で拉致問題に関心のある方が、なんで韓国人拉致問題はこんなに進展しないのか?と一緒に悩んでくださったりしました。
ここにいらっしゃる日本の家族会の皆さんと、6年間多くの思い出があります。
最近の思い出は横田滋さん、実は私のお父さんの代わりのお父さんなんです。
私はお父さんが拉致されたので、横田滋さんをお父さんと呼んでいるんです。
横田滋さんは私のことを娘と呼んでくださっています。

ちょっと前に日本に来た時にですね。
私が韓国に帰る前、空港まで滋さんが送って来て下さって、一緒にショッピングをしました。
私の滋お父さんが可愛い洋服を選んでくれました。
18年ぶりに私はお父さんから贈り物を貰いました。
私は遠慮を何回もしたんですが、しかしお父さんはめぐみさんが帰ってくるまでは、私はあなたのお父さんであるからといって、可愛い洋服を選んでくれました。

10月5日、めぐみさんの41回目の誕生日でした。
その時実は私たちは韓国政府の統一部の建物の前で、非転向長期囚を北朝鮮に送るなと言うデモをやっていました。
日本のNHKではめぐみさんの誕生日をニュースにして流し救出を訴えているのを見ましたが、その同じ日に韓国政府は拉致被害者が帰って来ていないのに、再び北朝鮮の工作員を一方的に北朝鮮に送り返そうとしている。
それに対する抗議のデモ行進を私たちはしていたのです。

しかし私はこの無能な政府の為に私の父を奪われましたが、しかし私は我が国を愛しています。
ですから私はいつか必ず韓国政府と韓国国民の力で拉致被害者が帰国でき、また生死確認が出来る事を信じて祈っております。
その時まで国籍は違いますけれども、日本人拉致被害者救出と共に韓国人拉致被害者の救出もぜひ一緒に取り組んでいただきたいと思っております。
希望を捨てないで最後まで頑張りたいと思っています。

ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・
1月2日PM:4:55 テキスト本文を一部修正済み


情けない国民に成り下がらぬ為に

昨日内閣改造人事が発表されました。
小泉人事に関して色々な意見が出ているようですが、拉致問題を支援する当Blogとしましても思うところをちょっと書いてみたいと思います。

まずは今回の人事、安倍さんの去就がどうなるか注目していたのですが、官房長官に起用との事。
この人事、私は歓迎したいと思います。
小泉になびいた安倍は、拉致問題解決の敵であるかの如く思う人もいらっしゃる様ですが、私はその考えをとりません。
以下、私なりの思うところを書き綴ります。

政治家と言うのは国会の中で指導力を発揮して何ぼの世界です。
その意味ではですね。
例えば拉致問題的に考えた時、いくら一本筋を通したとはいえ平沼氏の行動を私は過大に評価は出来ないのです。
むろん筋を通した平沼氏の選択を100%否定する物ではないし、氏の選択も見るべきところがあるのは承知の上であえて苦言を呈すればですね。
無所属議員の立場で出来る事には所詮限界があるし、同志を募ってミニ政党を立ち上げたとしてもそれでも出来ることには限界がありすぎる。
平沼氏が政界で発揮できる影響力は、今回官房長官に就任した安倍氏とは比べ物にならないのは、改めて説明の必要の無いくらい明らかなのは自明のことなのです。

ホント政治の世界って、食わせ物の世界ですよね。
単純一直線人間では本当に務まらない。
時には毒を飲み、煮え湯を飲み、強かに立ち回る面の皮の厚さも、政治家として立つためには必要条件なんだな、とつくづく思いますゎ・・・
その意味で安倍さんは強かだった、平沼さんは清廉潔白だった・・・という事になるのでしょうか。
ただしこの両名の選択を、どちらが筋が通っていたかと言う筋論だけ見ていたのでは、政治の世界で結果は取れないようにも思います。
果たして今後の政局で平沼氏は拉致問題解決のため力量を発揮できるのか?
結果を取ると言う事を考えた場合、平沼氏と安倍氏のどちらに期待を寄せるかといえば、自ずと答えは決まる物だと思うのですが。

元を正せばですね。
そもそもこういう悩ましい状況を作り出したのは、小泉さんの郵政にかける異常なまでの?執念だと思っております。
郵政一本で国会を引っかき回した小泉流を、私は今でも良しとは思わない。
郵政選挙の影で自民党から追いやられた政治家の中には、私が期待を寄せる有望な議員が何人もいました。
私は今でも何で郵政如きで解散総選挙に及ばねばならなかったのか?と言う疑問を持っているし、改革を止めるなと叫んだ小泉劇場の罠にあっさりハマって踊りを踊った一部の有権者に対し、少しばかりの不満も持っています。
しかしですね。
小泉憎しの思いが募る余り、小泉さんになびく者は皆敵であるかのように思い込むのはいかがな物か?
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い・・・これぞまさしく視野狭窄の真骨頂である、と思うのだけれども。

政治家とはそもそも公僕なのであり、日本国の主権者は私たち国民なのです。
国会議員に良い働きをしてもらおうと思ったら、まずは国民の側の意識も高めねばならない。
拉致問題で目に見える仕事をしてもらおうと思えば、世論を高めて政治家の尻をたたいてハッパをかけるくらいにならねば、どうにもならないと思うのですけれどね。
そうでなくても長年の平和ボケ・総連の策略などにより、政治の世界はかなり骨抜きにされているのだから。
政治の有り様を私たち国民の側に取り戻そうと思ったら、国民の意識を高めるより他無かろうと思うのだが。

その意味で、私は拉致問題解決のためには地道な様でも一人でも多くの支援者を増やし、理解を深める運動は重要ではないかと思うのです。
いざと言う時・・・まず考えられる一番のいざは、被害者を置き去りにして国交正常化へ舵を切ろうとした時ですが。
万が一政府が怪しい行為に及ぼうとしたその時に、私たち国民が毅然としてNOの声を上げられるのかどうか?
そこが日本国民の民度が試される場面であろうと思います。
被害者を見捨てて、かりそめの平和を貪るような情けない国民に成り下がらぬ為にも、強固な国民世論が形成できるように、足固めをするのは何より大事だと思っております。

小泉さんを必死にバッシングしてもですね。
拉致問題的に考えて、そこで何がしかの結果が取れなきゃ、それも単なる自己満足に過ぎぬと思う。
いくらトップの首が変わっても、それを支える世論の意識の方が変わらなくては、結局裏工作の勢いに負けてしまい結局何の成果も得られないという事になりはしないか?と。
腐りきった政治の世界を洗濯しようと思ったら、トップにはそれ相当の指導力が必要であり、国民の側にもトップを支える為の相当に高い意識が求められると思っておりますので。

それと小泉さんは後1年でお辞めになる方。
ポスト小泉に期待を寄せる者としては、次の人にこそ全力で拉致問題に取り組んで欲しいと願いますので、そのためにも今から揺るぎの無い強固な世論を形成するべく、支援を訴えるのは大事だと思っております。
小泉バッシングに入れ込む余力があるのなら、私は支援の輪を広げる方に力を注ぐ。
それだけのことです。
支援者の中には、なにやら小泉叩きをしないものは支援者にあらずと思い込んでいるお方もいるようですが。
そういう狭い考え方はいかがな物でしょうかね?
まぁ、小泉叩きに忙しい人たちに支援者として認めてもらうために、私は活動をしているわけでは無いので、どんなに変人扱いされようが痛くもかゆくもありませぬが。

誤解の無いように言っておきますが、私も本音は小泉退陣ですから。(笑)
けれど、一方で小泉さんを引き摺り下ろせば事足りるほど、拉致問題はやわじゃないとも思っています。
それに小泉バッシングをしようがしまいが、現政権の座にあるのは小泉さん。
指導力を発揮できるポジションにいるのは小泉さんなのです。
被害者救出に一歩でも近づこう思ったら、総理である小泉さんの尻をたたいて、少しでも問題解決のために働いてもらうようハッパもかけなきゃ仕方が無いとも思うのですけどね。
小泉さんが辞めるまで、拉致問題の山は1センチたりとも動かなくても良い、という物でもないわけですし。

その意味でも今回の人事で、安倍さんが入閣したのは大きな意義があると私は思っております。
小泉になびく安倍は敵だ!と悲観して立ち止まるのか?
それとも安倍さんの尻をたたいて、何がしかの結果を取ろうと思うのか?
どちらが拉致問題解決のための積極的行動なのか?考えたら良いと思う。
とにかく結果を取る・・・総理の座が誰であれ、被害者救出の為に汗をかいてもらう。
政治家の尻をたたくのは私たち国民の仕事です。
ともかくも嘆いているばかりでは何も動かないし変わらないのだから、しっかりと政治の世界に睨みを利かせるのがまずは大事かと思っております。

横田夫妻はこの人事を評価し期待もしておられます。
ご夫妻がどういう思いで安倍氏の官房長官就任を見つめているのか?
その事も支援者たるもの、冷静に考えたい物だと思いますが。
物事に100%の完璧はありえない。
ですから現状の中で最大限の効果の望める次善の策を選び取るのも、賢い選択・強かな選択であると私は思っております。
結果を取る為には支援者の側も時に毒を飲む覚悟が要るのだと思います。
きれい事ばかり・正論ばかり言い募り、100%の信頼か?100%の不信か?といった清廉潔白な筋論ばかりにこだわっていても物事は動かないし、結果も取れないとも思う。

私は安倍さんの官房長官就任を支持します。
同時に小泉内閣の中で安倍さんが腰砕けにならぬよう、睨みを利かせるのは国民のお仕事だとも思っています。
そのためにも世論の喚起、拉致問題の周知を求める運動は大事だと思うので、これからも自分に出来る精一杯の活動をするつもりです。
例えごまめの歯軋りでも被害者救出に少しでも近づくならば、立ち止まるよりも行動あるのみ、ではないでしょうか。
被害者を救えない情けない国民に成り下がらぬ為にも、それぞれがそれぞれに出来る事を行動に起すべきではないでしょうか。
posted by ぴろん at 12:06| Comment(0) | TrackBack(3) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。