2005年12月09日

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(7)05.12.6 東京弁護士会館にて

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事のお話』

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調査会の杉野でございます。
今日皆さん、本当にありがとうございました。
先程二瓶先生の方から「禅問答のようだ」という話しがありまして、まさにその通りだなと思ったんですけど、まあ時間もかかりますし、こちらの言ったことにまともに答えないと、そういう政府の態度でありました。

それを見ていて私思ったんですけど、まるで北朝鮮と対話してる(失笑)みたいだな、とそんな気がしてなりませんでした。
今北朝鮮の戦略といいますか、言えるのは、とにかく時間を何とか稼ぎたい。
まともに話しはしたくない、という感じだと思います。
日本政府もおそらく同じようなことだと思います。
だとすると日本政府は、まったくこの問題について、拉致問題について解決をしようと、拉致被害者を救おうという気がないと言われても、これはもういいんだというふうに思います。

先程、二瓶先生からもご提案ございましたように、これはもう、だとすると日本政府に対しても我々は、誠実な対応を取っていただけるように、やはり何らかの運動をしていかなければなりませんし、またこの裁判のことを、メディアの方などを通じる、あるいは国民の方々に直接訴えるという形で、もっともっと、先程生島馨子さんおっしゃられたように、知っていただくことが必要であろうと思います。
まあこうやって、ゆっくり、ゆっくり進んでいく間も、拉致被害者の方、今日は日本も寒いですけど、おそらく北朝鮮も寒いでしょう。

今日は伺うところによると特定失踪者佐々木悦子さんのお誕生日でございます。
そうやって皆さん歳を重ねていかれる。
日本国内のご家族の方も、歳を重ねておられる。
もっともっと、解決に向けてスピードアップをしていかなければいけません。
なおかつ犠牲が少ないように、できれば犠牲がゼロになるように、我々はまず救出ということを前提にして考えていかなければいけない。
と思いますので、皆様の方にも引き続きご協力をお願いしたいと思います。(まばらな拍手)

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。


古川了子さん第4回行政訴訟報告会(6)05.12.6 東京弁護士会館にて

『二瓶和敏弁護士のお話、もう一度原田弁護士のお話他』

★二瓶和敏弁護士(原告弁護団のお一人)

代理人の二瓶です。
今日はですね、裁判所のやりとり見てまして、非常にやっぱり不誠実極まりないという感じが物凄くしてるわけなんですけども。
まあ一応裁判官はですね、ある程度国の代理人に対してですね、私から見れば、いろいろ問題はあるんですけども、かなり突っ込んだ形で認否について、どうするんだということを求めてたということがありましたんで、私は、根が優しいもんですから(笑、「良く言いますよ」など異議も(^^))。

とにかくねえ、国はけしからんと思いますね。
所謂「生の事実」って言ってましたよね。
それが訴訟要件にかからないから、認否する必要はないんだと。
あるいは、法律的な認知にならないんだと。

しかしこれはですね、法律家の考え方から言いますとね、「生の事実」についてどうであるかということから、訴訟要件があるかないか、あるいは法的認知にそれが評価されるかどうかということですから、評価の問題とは、事実が前提なんですね。その前提を逃げちゃってるんだ、あいつらね。
だから非常にけしからん話しで、だから裁判官が「法律家ならお判りでしょ」って、確かに答えないってことで、民事訴訟が進むってことはありうるわけですよ。
で、一般的に言えば、それは不利益に取り扱うというのが、裁判の一般原則なんですね。

しかし、そういうテクニック的な問題じゃなくて、事実について認否するというのが、国の最低の責任だと私は思うんですよね。
それをまったく避けて、逃げ回っているというのが、一貫していて、「逃げてるんじゃないか」と言ったら裁判官はまたですね、「その言葉は…」と言って(苦笑)、あの裁判官は、決して公正中立とはいえない。
やはり、国側にかなり軸足があるんじゃないか? ということは、皆さん見ておく必要がある、と。

そうしますとですね、裁判官を批判してもしょうがないですけど、わたくしは、国が一番けしからんと思いまして、この訴訟について、国がどういう態度を取ってるかということについてね、マスコミに報道してもらうとかですね、あるいはそれができないのであれば、次回は証人決定ということですから、当然それに向けてですね、国がどういう態度をしてるか? ということを、ビラ配りするとかですね、そういうのもやっぱ、行動として考えた方がいいんじゃないか、と。
それは裁判所の前でね当日撒いてもいいですし、その前に撒くとかいろいろありますけども、そういうこともちょっとね、原告弁護団、あるいは特定失踪者問題調査会、また皆さん含めてですね、行動提起を考えてみたいというようなことで、今日、裁判を、同じことを禅問答みたいなことを言ってて、本当にイライラするというのは、皆さんの気持ちだと思うんですね。それをやはり何らかの形で行動に移すということが、非常に重要じゃないか、ということを強く感じました。


★原田弁護士 

私は、裁判官はけしからんという立場です(笑)。
例えば、新聞に出ているようなことを、普通の民事裁判で、被告が否定した場合ですね、露骨に裁判官は「あんた何を言ってるんですか? 新聞に報道されてることでしょう」と「それも認めないんですか?」と露骨に責めたてるんですよね。
ところがね、あの裁判官、一生懸命顔を立ててるんだか、鼻息を伺ってんだか、全然通常の、ごく常識的な普通の裁判官のやるべき訴訟指揮もしていません。
それから例えば外交官交渉でね、田中実さんの交渉で、やったかどうかについては、相手が認めるか、認めないか自由でしょう、と。

じゃあ理論的に外交官交渉したことについて、担当されたのは、アジア局長なんですかね、斎木審議官なんですかね、では斎木審議官をあの裁判所に呼んで調べる腹があるかというと、そりゃないんですよ。あくまで逃げるという姿勢のためにね、ああいうことを言っている。
しかも外交秘密もあるでしょうと、これも証拠に基づかない意見ですね。
今までの答弁書に何も書いてないんです。
外交上の配慮があるんでね、答えられないなんて一言も言ってない。
勝手に裁判官がですね、証拠に基づかない予断と偏見でやるっていうのはですね、この裁判官が言ってる裁判の手続きは、こうやって厳格にやらなきゃいかんということと、全然別の次元の、実は予断と偏見を持ってやっているという意味で、私は、引き続きあの裁判官の訴訟指揮については、目を光らせていきたいと、以上です。

★二瓶弁護士

まああそこは、行政訴訟を専門にやってる部なんですよね。
だからどちらかというと、国の行為について、訴えられたことについての適法性について判断してるってとこですから、これは東京地裁ですとか、大阪ですかね、名古屋それ以外は、そういう専門部はないんですけど、まあどちらかっていうと国寄りに考えてるということは、我々の常識というか、そういうことですから、きちっと監視の目は、厳格にやってかなくちゃいけない。
さっきから微妙な操作はあるということでございますので、まあ一つよろしくお願いいたします。

★司会(川人氏)

まあ行政部というのは、昔はね、国が負けることは殆どなかったのですが、この間はですね、この何年かを見ると時々国が負けるんですよ。
ですので我々としては、この間もですね、難民の問題とか、アフガンや、イラクの関係の難民の問題とか、そういう関係含めて時々、この東京地裁でもいい判決が出る、という傾向、昔は殆どありませんでしたけど、最近はそういう傾向があります。

従いまして、非常に壁は厚いし、裁判官の姿勢もそう簡単ではないんですけども、何とか裁判をきちっと進めて、拉致被害者の救出のためのいい判決を取るように全力を尽くしたい、とそのように考えております。
それで次回が証人決定になると思います。
もし、次回証人決定しないというか、すべて証人を却下するっていうことになったら、これはちょっと黙っておれないですね。
その場合は、いろいろな対抗処置があると思いますけど…。
まさかとは思います。
しかしまあ、そういう可能性もゼロではないんです。
ゼロではないです。
国側の主張をすべて認めたら、もう証人調べは一切しないということも、論理的にはゼロではない。
我々としては、その点は警戒しながら、何としても証人決定を次回に得て、遅くとも3月には証人調べを行うと、いうふうにしたいと思います。

時間もなくなってきたのですが、安明進さんに直接伺いたいことありましたら、通訳の方もいらっしゃいますので、ありましたらどうぞ何かお聞きください。よろしいでしょうか? 
(質問が出ないので)そうしましたら、竹下さんの方からごあいさつ、あと調査会も、先に調査会の方から・・・

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(5)05.12.6 東京弁護士会館にて

『一般傍聴者(川人弁護士の教え子)の感想』

★司会(川人氏)
どうもありがとうございました。
他にご質問か、なにか意見は? 何か、ご質問、ご意見等ありましたら、木内君、学生を代表して感想は? 急に感想っていうのも何だけど。

★木内達也氏(漢字は推定、川人氏の教え子)

川人先生のゼミで、先生にお世話になっております、東京大学文科二類の木内達也と申します。
普段大学で勉強してても、実際に裁判とかは見に行ったことはなかったので、国が冷たいっていう話しも、いろんな所で聞くことはあるんですけど、実際の裁判で目の当たりにしてみると、あんなに同じことを繰り返して突っぱねることもやるんだな、というのがわかったので、非常に勉強になりました。

★司会(川人氏)
まあいいよ。じゃあ、伊藤君、

★伊藤氏(漢字は推定、川人氏の教え子)

同じゼミに属している、東京大学文科一類の伊藤といいます。
僕も初めて、裁判を目の前で見たんですけど、思ったよりも、もっとかっちりしたイメージかと思ったら、すごく裁判官の方とお話しされてて、ちょっとイメージ違ったなあというのと、それから僕も、全然1年生なもので、まだ不勉強なもので知識がないんですが、素直に見ていてやはり国の態度が、不誠実だと感じました。
僕も将来は、政治方面に興味を持っているので、その時にあんな不誠実な態度というか、はっきり言えない立場はわかるんですけど、やっぱりちゃんと誠実に答えることが大切だなと思いました。

それから、僕は、ゼミの中で「マスメディア・パート」というのに属しているんですけど、ですから今のお話しで、たぶん世間の人は、テレビとかそういうものに映っているものだけを真実として無意識に受け取っちゃうと思うんですけど、一般の人々に知られていないこととか、どうやったら世の中の多くの人々に、本当に伝えたいことを知ってもらえるかっていうのは、メディアの責任というのは考えさせられました。
今日は勉強になりました。ありがとうございます。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(4)05.12.6 東京弁護士会館にて

『生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)のお話』



★司会(川人博氏)
何か、ご質問。ご意見あれば(Q:感想言わさせてよろしいでしょうか?)、どうぞ・・・。

★生島馨子氏(特定失踪者・生島孝子さんの姉)

古川さんや調査会の方にご迷惑かからないように、初めにお断りしておきますが、裁判を傍聴した私個人の感想を、少し言わせていただきます。
毎回傍聴していて、非常に厚い壁に弁護団の方たちが、立ち向かってくださる、とてもありがたく思ってるんですけど・・・。
日本政府がこれ程までに冷たいということを、マスコミは報道してくれないわけですよね。
裁判の途中経過なんてのは、普通の裁判であまり報道されないのが普通でしょうけれど、結果じゃなくて途中経過は。

それにしてもこの問題は、日本の国民が、すごく関心を持ってて、それなりの理解の仕方をしてると思うんですよ。
私に言わせると、国民は誤解をしているくらいじゃないか思うくらいなんですよね。
それは、日本政府は、こういう地道に行政訴訟まで起こしてるのに、あんなに木で鼻をくくったような対応を、三回も、四回もしているということを、国民の人は知らないと思うんですね。
一方で、前回の裁判の後で、ジェンキンスさんのご本の中から、タイだのシンガポールだのに拉致された方がいるということで、あちらのタイ政府なんてのは、即対応して北朝鮮に(抗議を)やってくれましたよね。それを思うと日本の政府というのは、凄く差があるなと思うんですね。

それから少し古い話しになりますが、安明進さんが、国会で参考人として選挙の直前でしたが、陳述してくださいましたよね。
その時に、横田めぐみさんだの、市川修一さんなんかと同列に並べて、古川了子さんを病院で見ました、と。
それから藤田進さんもタバコをもらいました、と言ってくださったわけですよね。
それに対して、何の反応もないんですよね、日本政府は。
国会という場で、正式に言ったわけですよね、まあ、立法府と行政府の違いはあるかもしれないけど。
相変わらず無視していると。

それから、ここのところは、聞き流してほしいんですが、救う会なんかも、それに対して何の反応も示さない。
それで、一般の人は、国会でああいうふうに証言をされたから、一緒に運動されてる、救出運動が、一緒になされていると思っていると思うんですよ。
そこら辺の所が、正確に伝わっていかないというのが、非常に今まで不満に思ってたんですよね。
これは、裁判のことはあまり宣伝はできないから、難しいとは思いますけれど、非常にどこに怒りをぶつけたらいいかわからないような、同じ家族としてはやるせない思いですね。

ちょっと話しは飛びますが、ここ最近、偽装マンション問題で、電波ジャックされたみたいに朝から晩までやってますよ、どこの局も。
ホントにひどい、あんなふうに…。
でも私たち特定失踪者、特にウチなんかもう34年です。
拉致された本人は34年、生命の危険を感じながら生きてるかもしれない。
家族は、人生をみんなダメにしてしまったんですよ。
それなのにね、この日本政府の冷たさね、マンション問題で人の命が大切です、大切ですって、マスコミで叫んでますよね、放送でやってますよね。
だけどこちらもね、34年生命を脅かされた人が何人もいる。
百人いるのか、400人いるのかわからないけれど、例えば、数の問題じゃなくって、一人の命って、国に守られて然るべきだと思うんだけど、そこら辺が何か、非常に世の中にもっと知ってもらいたいという焦りがあります。

そして、安倍さんが官房長官になった時のコメントの中に、「特定失踪者も含めて、生きていると思われる人が全員帰ってくるまでは、日朝国交正常化というのはありえない」とおっしゃったんですね。
それ聞くとね、あ、安倍さんて頼りになるなと思うかもしれないけど、私にしてみれば、逆なんですね。
特定失踪者っていう氏名の人はいないんですよ。
だから例えばね、古川了子さんだ、藤田進さんだ、加瀬テル子さんだ、佐々木悦子さんですか。
そういうふうにね、人の名前が一人でも出てくるんならいいけれど、特定失踪者なんていうふうに一括りにされてね、そいでね、皆さん運動してくださる、支援してくださる人たちは、「安倍さんが言ってくれたから、安倍さんが頼りになるんだ」って言うけれど、私個人としては、あまり信用できません。

話しが飛びましたけど、皆さん、どうしたら世の中に知ってもらえるか、本当に支援する方にそれを問いたいと思います。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(3)05.12.6 東京弁護士会館にて

『原田敬三弁護士(原告弁護団のお一人、最年長?)のお話』

介入という言葉が、裁判で出ましたので補足しますと、被告国側は、一切言わないというのを通していたわけですね。
裁判所の発言は、多少違いはあるけれども、例えば交通費の支給とか細かいことをあるんですけど、それは法的利益ではないんだ、と。
実はこういう構成の仕方もあるんだよと、それで事実の違いを認めて、でもそれは、多少の技術上の違いであって、法的な利益のレベルに達していないんだ、という対応をしてみたらどうですか、ということを、実はあの言葉の中で、被告国側にアドバイスしていたわけです。

それで私は、介入していると(苦笑しながら)言うと、裁判長は俄然、色めきたちましたけど。
基本的には、裁判所の誘導に、被告の指定代理人訟務検事は気がつかないままで、そういうことも、場合によっては後ほど検討すると、言わないまま、裁判所とのやりとりで終わってしまった。
まあ逆に、裁判所とのやり取りに終わらせてしまって、被告がそういうことも考えるということを言わせなかったのも、結果としてよかったのではないかということです。
そしてもう一つ、やはり裁判所が、かなり被告寄りだということを、傍聴された方にわかってもらいたいということで、敢えて裁判所に憎まれ口を利く、と。
まあ私の方が、あの裁判官よりだいぶ年上ですし、別に裁判官に睨まれてもいいということで(笑)、何よりも、複数弁護団の有利な点で、一人や二人でやっても、なかなかあれだけの憎まれ口を利くことは難しいんで、弁護団というのは、どこかでそういう役目を持っているというか、以上です。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(2)05.12.6 東京弁護士会館にて

『安明進氏のあいさつ(宋允復氏の通訳を再構成)』

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(写真:右が安明進氏、左は通訳の宋允復氏)

皆さんとお会いできて嬉しいです。
安明進と申します。
韓国、北朝鮮、日本と裁判の傍聴は始めての経験でございます。
大変厳かな感じで、当初の想像とは異なるものでした。
言葉も必ずしも全部聞き取れていない(裁判の傍聴では、荒木氏の通訳を受けていたが、場所がら大きな声では話せなかったので)ので、最初は上手く進行しているのかなと思ったんですけど、聞いてみますと、日本国側が、裁判そのものをまともに受け止めていないことについて、大変残念に思っております。

96年半ばに、私が日本人拉致被害者について証言しました。
当時は日本政府もそうですし、日本国民の多くも、まともに信じてもらえず、嘘ではないか、デタラメな話しではないかという扱いだったのですが、今回、裁判での国側の対応を見ますと、またその段階から始めなければならないのかなという失望感に陥っております。
96年当時は、日本国民全体を説得しなければならない大変困難な労力を要する闘いになるなと思ったのですが、今現在は日本国民の多くは、私の話しをきちんと受けて止めていただいている状況で、逆に最も容易と考えていた日本政府が、一番難しい相手として立ちはだかっているので、非常に困惑しております。

古川了子さん、北朝鮮にいる時は、名前を存ぜず顔だけを知っていて、今隣にいらっしゃっる方がお姉さん(竹下珠路さん)と存じますが、お顔を拝見すると、本当に当時の古川さんの面影が甦ってまいります(竹下さん目礼)。
私自身、古川了子さんに関しては、自信を持って本にも書きましたし、証言もしてまいりましたが、こうして日本政府が拉致認定しないのを見ますと、そもそも自国民を拉致されるがままにしていた日本国政府の責任というものに向き合おうとしない、また向き合うことを厭う体質が現れているのかなあ、という感じが致します。

古川了子さんが、仮に3年後4年後、あるいは5年後に北朝鮮政府が、拉致を認めて日本に戻ってくる段になったとして、私自身は話すべきことは全部話しました、と言う事で、顔向けはできると思いますけれども、その時に日本政府は、今回の裁判の対応を通じて取っている対応を、何と申し開きをするんだろうか、古川さんに会わせる顔があるのだろうか?
そして古川さんのために闘っている皆様も、古川さんを取り戻せた時に、どのような報告ができるかということを、心に留めていただきたいと思います。

私は、先輩の工作員たちが犯した悪事を大変申し訳ないという気持ちから、また金正日と闘うという思いから、こうして証言を続けております。わたくしなりに申し上げるべきことは、申し上げておりますし、今後も闘い続けていきますが、日本政府、そして皆様も金正日の悪と闘い続けるということ、そして自国民を守れず、拉致されてしまった日本の国のあり方とも闘うという思いから、最後まで退くことなく闘い続けていただきたい。
私自身が、この間証言し続けてきたことも、次々と事実であったことが明らかになっておりますし、金正日の悪行を暴くことにもなっております。最後まで信じて皆様も退くことなく闘い続けてください。(拍手)

司会(川人弁護士)
 
それでは、裁判の進行についてのご質問でも結構ですし、安明進さんに対するご質問でも結構ですし、あるいは調査会も杉野さん(杉野正治、特定失踪者問題調査会常務理事)に伺ってお答えいただきますので、ご質問あれば、あと若干の時間がございますのでお願いします。
 
宋允復氏より安明進氏の発言の補足

安明進さんのことで、言い残していたことがありまして、北朝鮮は、拉致した人間を殺すことができないと思う、と。今も生きていると、信念をもってやっていただきたい、と、必ず帰ってくると。
その方々が、生還した暁には、これだけのことを何とかやりましたよ、と言えるように、私もやりますし、皆様もお願いします、とのことです。

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このエントリーのテキストは原良一氏の手によるものです。

古川了子さん第4回行政訴訟報告会(1)05.12.6 東京弁護士会館にて

『川人博弁護士による裁判報告』

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(写真:右から二人目が川人弁護士)

では始めさせていただきます。
ちょっと関係者、荒木さん初めどうしても重要な用事(救う会の幹事会他)があって参加できないということがいらっしゃっるんですが、私の方で、司会を兼ねて報告をさせていただきます。
で、今日の法廷で、裁判官がかなり長い時間喋っていました。
ポイントについて改めてご説明申し上げます。

被告国側は、「本件は裁判になじまない。早々に裁判を打ち切って、訴えを却下してくれ」ということを、これまで一貫して言ってきたわけですが、はっきりと裁判を打ち切ってくれと、国が一週間ほど前の書面で出してきました。
何も喋らないで、答えないで、裁判終わらせてくれってね(苦笑)、こんなひどい話はないんですけども。
まあとにかく裁判は訴えを却下、認めないということで終了してもらいたい、とこういうことを言ってきた。
裁判所(正確には裁判長、以下同じ)は、今日だいぶ国側の代理人(訟務検事)とやりとりしてましたけど、こういうことなんですね。

国側は、事実関係についても、イエスともノーともはっきり言わないで、とにかくこの裁判については「法的利益がない」という言葉を使っていますが、裁判になじまないということで、訴えを認めないで欲しいとこういうことを言っているわけです。
例えばですね、こういうことなんですね。
田中実さんですね、神戸の田中実さんについて、今年4月の末に政府が拉致認定をしたわけです。
16人目の拉致被害者認定をして、そしてその後すぐに、北京ルートで彼を引き渡すようにと要求した。
これはもう、外務省あるいは政府関係者が認めていることで、新聞報道もされてるわけです。
にも関わらず、拉致認定しても、しなくても差別はしていないというわけですよね。
じゃあ同じように、古川了子さんについては、北京ルートで引き渡すよう言ったのかと、言っていないわけですから・・・。

要は、政府が認定してもしなくても、何ら差別はしていないと。
こういうことを一貫して言っているわけですけども、これは田中実さんを新たに認定して、すぐに北京の北朝鮮大使館にその名前を通告して、帰国させるようにということを交渉したという一事をもっても、明らかに差はあるわけです。拉致認定することの意味は明確なわけです。
ところがですね、この裁判では、北京ルートで田中実さんの引渡しを要求したか、否かについても、この裁判所の書面では答えないんですよ、答えない。
それについて繰り返しこちらが主張しても、国側は、イエスともノーとも言わない、そういうことがあったか、なかったかも言わないんですね。

ということで、裁判所が繰り返し「それについては認めるのですか? 認めないのですか? ということも含め聞いていました。
こちらも言いましたけども、そういうことです。
結局その事実を認めると、否認定者に対しては、差別的な扱いをしていることが明らかになるから困る。
かといって認めないわけにはいかない。
実際やってしまったことですからね。
ですので、皆さんが聞いていましても、おそらくおかしなこと言ってんなとお考えになったと思いますが、それが国側の態度でございました。これが今日の訴訟の前半戦ですね。

後半もですね、もうこちらとしては、国の方は、これ以上やっても何もはっきりしたことは言わないんですから、証人調べに入っていただきたい、とこういうわけです。
裁判というのは、前半にお互いに書類を出して言い分を言う、と。
後半に証人の調べをするというのが、だいたいの手続きなんですね。
それで我々としては、訴訟が始まって半年以上経っているわけですから、証人の調べに入っていただきたいということで、予め、安明進さん、荒木さん、増元さん、そして竹下さんの証人のお名前を出して、裁判所に証人の決定をするよう求めました。

今日安明進さんに今日傍聴していただきまして、私どもとしては、今日安さんのいらっしゃる時に次回の日にちも決めたいと。
それが最も安さんの日程もいろいろありますし、それがはっきり決めやすいと思いまして、そういうことで要求したわけですが、裁判所としては、今日そこまで決断できなかったのでしょう。
それで陳述書といいまして、だいたい裁判でどういう話しをするつもりなのかについて、予め裁判所に出すというのが、最近の裁判所では、慣例化されてきているんですね。
そんなもんで、こちらが申請している4人について、およそこういう趣旨の話しをしますということを予め書いて、それを裁判所に出して欲しい、と。
これを陳述書というのですけれども、これを裁判所が求めてきたのですね。

で、これ以上やっても今日は無理だろうと判断しましたので、次回来年1月26日(木)に期日が入ります。
それまでに4人の陳述書を出しまして、26日には必ず証人決定をしたい、というふうに思います。
まさか陳述書を出させた上で、誰も証人を聞かないということは、そんなことはしないと思うんですけれども、油断したら、何が起こるかわかりませんので、次回は、いよいよ証人決定の日だということで、是非皆さんのご注目をいただき、支援をいただきたい、と思っているわけでございます。
従いまして、順調にいきますと、証人尋問は来年3月ということになります。
ちょっと2月は厳しい。
3月中の火曜日か木曜日、入る曜日としては、そういうことになろうかと思います。
これが、だいたいの法廷の説明でございます。
時間の関係もあると思いますので、安明進さんからごあいさつをいただきたいと思いますが、通訳を宋允復(守る会:北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会事務局次長)さんにお願いしております。それではよろしくお願いします。

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このエントリーのテキストは、原良一氏の手によるものです。

2005年12月08日

三多摩市民集会(3)05.11.21 立川アイムにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表のお話 その2』

この問題についてはそういうような事をですね。
やはりいろんな日本の中でも情報機関と言うのが警察の公安とかだけではなくて、自衛隊にもそれから海上保安庁にも公安調査庁にも内閣調査室にも色々あるわけですけども、そういう中で少しづつは分かっていたんですが、それをですね。
明らかにして来なかったと言うのがやはり現実ではございます。
そしてそれだけではなくて、この国の中で拉致について、やはり隠蔽しようとして来た。
いう事をですね。
日本の政府がやっていたんではないか?と思わざるを得ません。

その一つが後で双子の妹さん、森本美砂さんがお話をされますけれども昭和59年の6月4日に、山梨県甲府市のご自宅を出て失踪した山本美保さんでございます。
この山本美保さんの事件は59年の6月4日にですね。
図書館に行ってくると言ってご自宅をバイクで出られました。
二日後に甲府の駅前でバイクが見つかる。
そしてその二日後に新潟県の柏崎の海岸で、山本美保さんのセカンドバッグが見つかります。
その後全く消息が無いという事件でございまして、我々としてはこの事件は色々な状況・他の事件との関連を考えまして拉致の可能性が極めて高い、言う風にして発表をしておりまして。

そしたら去年の3月になりまして山梨県警が発表してですね。
この山本美保さんの事件、失踪して15日後にですね。
山形県の遊佐町の海岸に漂着した遺体が、骨髄のDNAの鑑定によって山本美保さんであることが分かった、言う事を発表を致しました。
それによって大変我々もショックを受けたわけでございます。
ご無事でお会いできると思っていた山本美保さんが亡くなっていたのか?と、言うような思いもしていたんですが、その後ですね。
調べて参りましたらばどうも様子がおかしい。

これも今日も中心になって活動をして下さっております山本美保さんの同級生の会の方々が、一生懸命に色々調べて下さってですね。
いろんなことを総合して来ると、まず体型が全く違うと。
非常にその遺体の方はやせた体型であって、ぽっちゃり型の山本美保さんとは全く違う。
そして着ている物も、全く見た事が無い物であると。

で、そもそも柏崎の海岸にですね。
バッグを置いて自分で入水自殺をしたとしてですね。
そこから13日でですね。
失踪して17日ですから、柏崎から13日で遊佐の海岸に届くとは考えられない。
様々なことを考えていくとまずですね、これは有り得ない事であるとしか思い様が無い。
しかし警察は今でもこの山本美保さんの事件はDNAが一致したと言うただ一言だけで、もうこれで終結したかであるかのような事を言ってるわけでございます。

更にそれより前にはあの9・17の北朝鮮が拉致を認めた時に、日本政府はですね。
被害者家族の皆さん、今日お見えの増元さんなんかもそうですけれども、これに対しまして何とかして、要は拉致問題を終わらせようと言う思いでですね。
本当に亡くなったと言う事の確認もしないで「亡くなりました」と「間違いありません」と言うことを伝えております。
その時北朝鮮側からはいつ死亡したかと言うことの一覧表も出てるんですが、逆にご家族が「じゃあいつ亡くなったんですか?」と聞いても「分かりません」と答えると。
あの分かってるんです。
分かってたのに、「分かりません」と答えてる。
後で国会の質問の中でその事を問いただされて、外務省は「翻訳に時間がかかった」と言う事を言っております。

A4の紙、わずか3枚です。
私が翻訳したって5分で済みます。
それを6時間もの間少なくとも家族に伝えなかった。
後で新聞がリークをして明らかになったと言う事件でございまして、こういうこと全てがですね。
やはり拉致問題を終わらせようというような動きの中で起きているのではないか?というふうに残念ながら考えざるを得ません。
そのような懸念は今も常にございます。

我々自身もそういう意味で言うと単に国をですね、「頑張ってくれ」と言うだけでは済まない。
やはり間違っている事については厳しくですね。
正して行かなければいけない。
と言う緊張関係が絶対に必要であるというふうに思っている次第でございます。

今日本政府がやっている拉致の解決の仕方と言いますのは、どういうことをやってるかと言いますと、警察が捜査をしてそして証拠が集まったという者に関しては内閣へ渡してですね。
内閣が認定をする。
そして認定をした者を今度は外務省が北朝鮮に交渉をすると、そういうやり方でやっているわけでございます。
しかしこのやり方でやってますと、拉致被害者の方はほとんど皆北朝鮮で死んで行かなければなりません。
生きて帰ってくる人はおそらくほとんどいないだろう、言うふうに思います。

警察の捜査と言うのはもちろんそうして貰わなきゃいけないんですけども、法と証拠に基づいて。
証拠もないのに捕まえられたらですね。
これはたまらない訳で、当然証拠がなければいけない。
しかしそれは逆に言えばどういうことかと言うと、昔の事件なんか分からないと言う事です。
山本美保さんが失踪した昭和59年の6月4日、皆さんこの中でですね。
まだお生まれになってない方もおられるかもしれませんが、生まれておられた方でも昭和59年の6月4日に何をしてましたか?言うふうに言われてですね。
私は朝に何を食べて、昼はここに行って、夜はここで一杯やったと。
そんな事が説明できる人がいたらですね。
それだけで十分に飯が食えるわけでございまして、そんな事できるはずが無い。

ところがそれが分からないと中々ですね、警察としては認定をするところまで持っていけない。
そしてつまり全体の中でごく一部の人だけが認定をされるという事になり、その認定をされた者をですね。
今度は持っていって、内閣で「じゃあこの人は間違いありません」と警察が言ったとしても、今度は政府が「いや、しかし日朝国交正常化をやりたい」「それのハードルを上げたくない」
あるいは人数が増えるとですね。
「北朝鮮が硬化する」とか何とか言って、中々ですね。
これを拉致の認定をしようとしません。

田中実さんを認定したのは今年の4月ですけども、田中実さんについては警察は去年の段階から内閣の方に出しておりまして、これはもう一人別の小住(健蔵)さんと言う人と一緒にですね。
拉致認定するべきだと言ってたんですが、政府が認定したのは今年の4月なんです。
田中実さんの認定の前には9・17の後で、曽我ひとみさん・ミヨシさんとか、石岡さん、松木さんなんかを認定した時からですから、2年半経ってやっと一人です。
このやり方でやってますと、ともかく100人で200年くらいかかっちゃいますね。
とても間に合わない。

そして今外務省が話し合いをすると言ったって、ただ話し合いをするだけです。
経済制裁も何もしていません。
経済制裁はどういうふうにやるかと言うと北朝鮮側にその意思を代えさせるという事にあるわけでありまして、話し合いで「分かりました、返します」と言うふうに言う人であればですね。
相手であれば、そもそも拉致なんかするわけが無い。

そしてこの問題はですね。
もし北朝鮮の中のテログループとかゲリラとか、そういう者が拉致をしたんであれば北朝鮮の政府と関係を良くして、そして北朝鮮の政府に取り返してもらうと言うことも出来ますが、話してる相手が犯人なんですから。
それにですね、どうかゆっくりお話をして「返して下さい」なんて事を言ったって、返してくれるはずがありません。

今年の6月に参議院の内閣委員会の質問の中にですね。
これに細田官房長官が答えて「どうやって取り返すんですか?」と聞かれてですね。
「それは相手方の国の政府で、そこにいる訳だから相手側とゆっくり話をしてですね、そして分かりましたと、おりましたと、返しますと言うまで粘り強く話し合いを続けます」
と言うのが官房長官の答弁でございまして、これはつまりどういうことかと言いますと、逆に言えば「我々は絶対に拉致被害者を取り返さないぞ」と言う決意を、国民に向けて示しているのとほとんど同じ事、でございます。
ですからその対象と言うのは今拉致されている人だけではございません。
もし皆さんのご家族が拉致をされたとしても、その拉致された人をこの国の政府は助けないと言う事でございます。
ですからこの状況を変えていかなければならないという事なんですね。

時間がありませんので、後いったいどうすれば良いのか?と言うことだけお話して終わりたいと思います。
今警察がやって内閣が認定してと言うこのやり方だけではどっちにしても間に合わないわけでございまして、情報をとにかく収集していかなければならない。
本当はCIAのような情報機関があってどんどんやっていかなければならないし、我々もそれを各党に要請したりしておりますけれども、まぁ待ってるわけにも行かない。
取りあえずは我々特定失踪者問題調査会で出来ることは限られておりますが、その真似事をやりながらですね。
方向性をそっちに持っていこうと考えております。

今の日本だって、各情報機関の情報が一緒まとめられれば、かなりの事が分かります。
そういうことをやりながら、どこにいったい誰がいるのか?と言うことを特定していって、そしてその上で北朝鮮の体制の崩壊へ誘導していく。
それは日本の力で、経済制裁を始めとするいろんな物を使えばですね。
別に戦争をしなくたって十分に成し遂げる事ができる。
向こうの体制が崩壊すれば北朝鮮の2000万の国民も、それから最近話題になっておりますタイ人の被害者とか、そういう方も皆助ける事ができますので、そこへ何とか持っていくというふうにしたい。

その後これを助けに行かなければいけない訳でございます。
それももう準備をしておかなければいけません。
助けに行くのは誰がいくか?と言えばそれは当然自衛隊が行くべき事でありまして、それ以外場合によっては危険になるかもしれない所に行かせられる者というのは有り得ない訳でございます。
そのために我々は年間数兆円の税金を払って自衛隊を維持をしている訳でございますから、そういうときには当然使うべきであろうと。
私自身も予備自衛官ですから、その時はぜひ一番最初に連れて行ってもらおうというふうに思っている次第でございます。

で、ともかく今ですね。
北朝鮮の体制の中は相当緩みが出ております。
いつ何が起きるか分かりません。
で、ぼ〜っと待ってて事態が来てから準備しようなんてことはとても間に合うはずが無い。
今からでも出来ることは全てやっておかなければいけないというふうに思っております。

この会場でも流していただきました短波放送をこの10月の30日から始めました。
先ほど増元さんに聞いた話ではマスコミの方からですね。
平壌でも聴こえたと、言う話だそうでございまして、ともかくラジオで何とか聴いててくれれば向こうの被害者の方には通じるかなと言うふうに思っておりますし、直接ご本人が聴けなくても誰かが聞いたものが風の噂でも伝わってくれればと思っております。
この放送を12月中に時間を延長いたします。
より聴ける機会をとにかく増やしていきたい、と言うふうに思っておりまして、とにかく我々の手で出来ることはすべてやりたい。
私自身は来年の末までに全ての拉致被害者を救出すると言うことを公約を致しておりますので、そのために全力を尽くして参りたいというふうに思っております。

こういう物をやりながらも、とにかくこの国自体がですね。
世界中から見れば拉致の事に関して非常に積極的になっていると見えているのは事実です。
我々中にいるものは非常にまだるっこしいですけども、世界中から見れば非常に前に進んでいると見えております。
この国の力からいえば、拉致問題なんか解決できないはずはございません。
北朝鮮は日本と比べればはるかに小さい、そして国際的な信用も無い国でございまして、この世界第2位の経済大国である日本が北朝鮮にですね。
拉致をされたまま、いつまで経っても何も出来ないなんてことは絶対に無いんです。
この国民にはその力がございます。
そしてその国の力を動かすのはここにお集まりいただいた皆さんでございます。

皆さんの声がこれまで政府を動かしてまいりまして、ともかくは5人とその家族を取り返すことが出来ました。
もう少しやっていけば私は全ての人を取り返せると思います。
3年前の10月15日に羽田空港のタラップの下で降りてくるあの5人を見まして、私が一番最初に感じた事は「何だ、やれば出来るじゃないか」と言う事でございました。
やれば出来ると確信して、それまで運動をやってきた私でさえ本人たちを見てですね。
やれば出来るんだということを実感した。
我々にはその力がございます。
その力を我々で、本当に現実の物としてそして全ての方を無事取り返す。
言う所まで行こうではございませんか!

今後ともご協力をお願いしまして私の話を終わります。
ありがとうございました。(拍手)

2005年12月07日

三多摩市民集会(2)05.11.21 立川アイムにて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表のお話 その1』

Img_1120.jpg

ご紹介いただきました荒木でございます。
本日はお忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。

これからまず私がお話をいたしますのは、この拉致問題の全体というのをどう捉えるべきか?と言う事でございます。
先ほど各議員から大変熱心なお訴えがございましたけれども、この問題というのはやはり単にですね。
拉致被害者の方々、あるいはご家族が可哀想だからやるんだと、言うことではないと言う事でございます。
北朝鮮の拉致と言うのは昭和20年代からおそらく始まり、つい最近まで続いている事でございます。
おそらくは今北朝鮮が拉致をやめたという証拠も無いわけでございまして、これから先もやられる可能性はある。
そしてその対象となるのは、まぁ何の北朝鮮に関係の無いごく普通の市民であるわけでございます。
今日お話を後でされます増元照明さんのお姉さん、増元るみ子さんももちろん北朝鮮には何の関係も無い方だったわけですが、そういう方が犠牲になる。
と言う事でございまして、この問題は根本的には我々の安全をどう守るか?という事になるわけでございます。

昭和43年に富山県の入善町と言うところで失踪した女性で屋木しのぶさんと言う方がおられますが、その屋木しのぶさんも入善の実家に帰る前にこの立川の高松町の、この辺り完全に風景が変わってしまったので、元がどうだったのか分かりませんけれど高松町にあった美容院に勤めていました。
半年くらい勤めて、それから富山に帰って突然の失踪をすると。
我々はこの方については拉致の可能性が高いだろうと思っているわけですが。
あるいは立川の中で目を付けられていたと言うことがあったかも知れません。


・・・調査会HPより資料を引用・・・
http://chosa-kai.jp/index.html

氏名 屋木 しのぶ
失踪年月日 昭和43(1968)年1月中旬
生年月日 昭和23(1948)年1月27日
当時年齢 19
当時身分 美容師。インターンとして入善町の美容院に勤務
特徴
中肉だが骨太でがっしりした感じにもみえる。目がくっきりした二重でかわいい顔立ち。編み物、裁縫をするなど手先が器用。本を読むのが好き。
失踪現場 富山県下新川郡入善町の母の実家を出てから
失踪状況
失踪当日、働いていた美容院から休みをもらい、母の実家である入善町新屋の叔母の家に行き、双子の赤ちゃんの帽子と靴下を編んでいた。それができ上がって夕方6時半頃、新屋のバス停に向かった。大雪で叔母が家からバス停へ向かう姿を見送ったのが最後。その後一切連絡なし。お金や荷物は持たず、運転免許証も置いたまま。昭和40年ごろ、いとこの嫁に編み物を習っていた若い女の子がトラックに引き上げられそうになったことがあった。平成16年9月30日、富山県警に告発状提出。
・・・引用終了・・・

拉致される対象が例えば私みたいにですね。
年がら年中北朝鮮の悪口を言って歩いているような人間であれば、それはあいつはそう言う奴だからやられるんだろうというふうに思われるわけなんですけども。
残念ながらそういう人間はあまりやられる対象には入って参りません。
ですから私は人に言う時はですね、出来るだけ北朝鮮の悪口を言ってた方が安全になりますよと、(笑い声)言うふうに申してるんですけども。
本当にこの近くで特定失踪者としていなくなっている方、そして拉致被害者。
三鷹の市役所のガードマンであった方久米裕さんですとかございますけども、こういう方が基本的には関係があろうと。

政府認定の被害者でお一人だけ、この久米裕さんと言う方は昭和52年の9月に拉致をされておりまして、政府認定の拉致被害者の中では一番最初の被害者でございます。
で、この方は勤めていたのは三鷹市役所、まぁガードマンとして働いておられたので市役所の職員ではないんですが、お金を借りていたサラ金業者と言うのが現在の西東京市の業者でございまして、この人が在日朝鮮人で。
この人の所に北朝鮮から指示があって40代〜50代の身寄りの無い男を捜して来いと、言うふうに言われた。
サラ金業者ですからお客のデータは持っているわけでございます。
そのサラ金業者、リ・シュウイチ(李修一)と言いますが自分のお客であった久米さんをですね。
誘い出して、そして騙して能登半島まで連れて行きまして、そこから工作員に引き渡すということをやりました。

実はこの事件は久米さんを工作員に引き渡して拉致をした後で、その連れて行ったリ・シュウイチと言う業者はですね。
警察に捕まりました。
これは泊まった旅館の女将がですね。
非常にどうもおかしいと、言う事で警察に通報いたしましてその事が元になって分かったんですが、結局この事件について警察は起訴をすることが出来なかったと。
で、リ・シュウイチという人物は今日本名で、今でも西東京市でごく普通の市民として暮らしております。
それ以降後何の罪も受けた事がございません。
拉致をした実行犯にも拘らず、何の罪も受けずに今でもごく普通に暮らしているわけでございます。

今日本政府が認定をした拉致の被害者と言うのは全部で16人、久米さんを入れて16人になります。
16人の方々が一体どうやって拉致というふうになったのか?と申しますと、大部分の方がマスコミが報道して、それによって明らかになったケースでございます。
久米さんの場合だけはちょっと特別なんですが、横田めぐみさんの事件は現代コリアに朝日放送の石高健次さんと言うプロデューサーが書いた物が発端になって分かりました。
アベック拉致の3件6人、今帰っていない増元るみ子さん・市川修一さんを含めて、後帰国しています地村さんご夫妻・蓮池さんご夫妻。
この方々についてはですね。
産経新聞の昭和55年1月7日のスクープで、明らかになりました。

それから原敕晁さんと言う大阪のコックさん。
中華料理屋に勤めていたかたですが、この方は拉致をされて、中華料理屋の店主が在日朝鮮人で、この人の所に北朝鮮から指示が来まして、やはり一人男を連れて来い。
言われて、自分の所に勤めていた原さんを連れ出して、そして宮崎から拉致をしたと。
この原さんに成り代わりまして辛光洙と言う北朝鮮の工作員が、原敕晁の名前のパスポートですとか運転免許証を持って行動しておりました。
この事件は辛光洙が韓国に入ったときに通報によって捕まりまして、明らかになったと。

それから埼玉県の川口出身の田口八重子さんですが。
この方の場合は大韓航空機爆破事件で金賢姫が捕まりまして、そしてその金賢姫が自白をしたと。
リ・ウネという名で呼ばれていた日本人の女性から、日本語とか日本の風習とかを教わりましたと。
それによって事態が明らかになりました。
もし金賢姫が自殺をしていたら、あるいは全く見つからずに逃げていれば、田口八重子さんが拉致だったと言う事は誰にも分からなかったわけでございます。

あるいはヨーロッパで拉致されました有本恵子さん、それから石岡享さん、松木薫さん。
この3人につきましては、石岡享さんが札幌のご実家に出した手紙で分かりました。
出した手紙と言ってももちろん平壌で手紙を投函してですね。
届くわけはない。
極秘にヨーロッパの人に頼んで、出国してから手紙を出してもらって、分かったと。

曽我さんなんかに至ってはですね。
誘拐犯である北朝鮮の方が、日本が何も言わないのに拉致だというふうに言ってしまうと、いうケースでございまして。
こう考えてまいりますと、今政府が認定している11件16人のうちですね。
日本政府の方が先に誰も知らない時に、これは拉致なんだ・北朝鮮がこういうことをやっているんだと発表したケースは実はただの一件も無かったという事になるわけでございます。
政府が発表したのが一件も無いのはどういうことかと言うと、今発表している16件以外にはるかにたくさんの人がやられていると言う、紛れもない証拠でございます。

我々色々全国あちこち回りまして、警察の関係の方とかあるいは警察のOBの方とかいろんな方からもお話を聞きますが、やはりですね。
各地に行きまして、「いや、実はあの失踪者の事件は拉致だと言うふうに思っていたんだけど、上に上げたら潰されてしまった」と、言うような話をですね。
あちこちで聞かされます。
それも国全体の構造の問題なんですが、この拉致問題について間違いなく日本政府は、はるか昔からこの事件のことを分かっていた、と言う風に思わざるを得ないです。
そしてそれにも関らず、国民に対して警鐘を鳴らす事もしなかったし、それに対する十分な対応もして来なかった。
それによって次から次へと拉致の被害者がまた出て行ったと、言う事であろうと言うふうに思います。

この問題と言うのは、ですから単にその時その時にたまたま起きた事件ではない。
北朝鮮のその工作機関の人間が、今度は特別拉致をやるかと言うふうに思ったわけではなくて、拉致をやるということ事態が北朝鮮にとって当たり前の事で、その当たり前の事のためにですね。
莫大なシステムを北朝鮮はこの日本の中を含めて構築したという事でございます。
皆さんは拉致と言いますと大抵はですね。
日本海側で、袋か何かを持ってですね。
待ち伏せをしていて来た人を捕まえて連れて行くというイメージが多いと思うんですが、そういうケースは実際はごくわずかしかございません。

これはどういうことかと言いますと、拉致の対象者と言うのはですね。
ほとんどのケースがず〜っとですね。
その人に狙いをつけて、何ヶ月もの間ですね。
その人の行動パターンとか家族構成とか特技だとかそういうものを調べておいて、そして何らかの形で騙して連れて行く。
言うパターンがおそらく一番多いからでございます。

北朝鮮と言う国は自分で物を作る事をしません。
他人から皆貰ってきて物を作ると言う国なんですね。
前、新宿のですね。
焼肉店に行った時に、北朝鮮製のぶどう酒が置いてあったのを見たことがあります。
飲んだんですけども味も酷い味ですが、味よりびっくりしたのはこうやって皆さん見てですね。
ビンと言うのは左右対称である。(壇上に置かれたミネラルウォーターのペットボトルを手にとってかざす)
当たり前の事でございますけども、そのビンと言うのは左右が対象になっていない。
曲がっているんです。
今時ですね、輸出用ですから。
輸出用のぶどう酒のビンがひん曲がっている国なんて、世界中でいくつ探してもそんなに滅多に見つからないだろうと思います。
これはいうまでもなくそれくらいの基礎的な技術力しかないという証拠ですね。

それくらいの技術力しかない国が何で核兵器を作れるのか?
何で物凄く精巧な偽札が作れるのか?と言う事でございます。
北朝鮮製の偽札と言うのは、今はスーパーK だとかスーパーXだとか色々ございますけども、非常に精巧に出来ておりましてアメリカの本物のドル札よりも良く出来てるんだそうです。
本物のドル札と言うのはアメリカ人いい加減ですから(印刷が)適当にずれていると。
北朝鮮製のドル札はずれが無いんだそうでありまして、そんな精密な技術と言うのは中々普通の国は持っていない。
どうしてそういうのは持っているんだ?
元々彼らが持っていた技術の中では絶対にありえないんです。
それは何処からか技術を持ってくるか、場合によったらば人を連れてきて作らせると言う事しか有り得ないわけでございます。

でそういうふうにする事を考えるとですね。
昭和40年前後に東京の東の方から千葉にかけて、印刷関係の方でいなくなっている方が何人もおられます。
もしこの方々が拉致であれば、おそらく間違いなく偽札を作る為に技術者が必要だったと、言う事なんではないだろうか?と言うふうに思っておりまして。
そういうふうにして連れて行かれた方というのはやはり少なくないだろうと、言うふうに考えております。
こういうふうにして連れて行かれた方々の数が一体どれ位になるかと言うと、おそらくどんなに少なくても100人以上で、おそらくはそれよりはるかに多い数。

一番最初はまずですね、この日本の中、おそらく立川にもいるんだろうと思いますけども、この地域は昔米軍の立川基地がありましたし、それから今でも横田の米軍基地があります。
そういう米軍の基地は拠点になってますから、この近くに必ず工作員の組織があることは間違いがありません。
そういう所にですね。
何人も拠点になる人間がいまして、で自分の知り合いの中で例えば日本人で北朝鮮に関心を持っている・北朝鮮が好きだという人で適当な人間がいた場合には、その人に話をして「どうだ北朝鮮に行ってみないか?」と言うふうに言う訳ですね。
で「分かった」と、「じゃあ行こう」と言えばこれが一番簡単です。
一番手間がかからない。
 
で、そういう人があまりいなかった場合には、北朝鮮に関心を持っているような人。
例えば北朝鮮の映画を観に来ただとか、なんかそういう集会に来ただとかですね。
そういう人を狙いをつけておいて、色々普通の話をしておいてどういう人かと言うのを確認したうえで、その人を例えばですね。
「ちょっと一月か二月の間北朝鮮に勉強に行って見ないか?」「ただで行かしてあげる」「ただし日本から北朝鮮に普通で入れないんでちょっと特別な手を使うから、任してくれ」と言うふうに言ってですね。
そして、行ってみたら帰れなくなったというケース。

これはあの1970年にありました、よど号事件のハイジャッカーのかみさん達ですね。
いわゆるよど号の妻たち、これがこのケースに当たります。
彼女たちも最初に行く時はですね。
北朝鮮にずっと住むなんて事は全く考えてないです。
ほとんどの人は行って暫くしたら戻るつもりでいたと。
そうしたら戻れなくなったどころか、よど号グループと無理やり結婚させられてしまったと。
ただ、彼女たちの場合はそれでもですね。
元々北朝鮮にシンパシーを持ってた人たちですから、じゃあそのままその気になってしまうと。
その気になってしまったので、問題が大きくなってませんけども、あれだって本人たちが「そんなはずじゃなかった、私帰る」と言い始めていればですね。
騒ぎになっていればあれは拉致と言う事は間違いは無いです。

で、そうやってある程度シンパシーも持っている人間もいなかった場合はどうするか?と言うと、騙して連れて行く。
この立川の街中だって簡単に拉致なんかできます。
人間関係、物凄く遠い人間関係、会ったことも無いような人であれば当然警戒をする。
それから物凄い近い関係であれば、周りの人にもこういう人知ってる?と言うことを言う。
出入りの業者くらいの人間関係、人であればですね。
会えば挨拶をして話をするし、また逆にですね。
例えば家族だとか近い人にこんな人がいるんだと言うことは余り言わない。

そういう人と、例えばこの立川でですね。
高島屋の前かなんかでバッタリ会う。
「丁度よかった」と「ちょっと仕事の話があるんですけど20分だけ時間を貸してくれませんか?」「すぐそこに事務所ありますから」と言って連れて来られて、例えばこの部屋でもそうですが、一端中へ入ってしまえば全くの密室です。
入った途端に当身を食らわされて気絶して、そして段ボール箱か何かの袋に入れられて台車に乗せられてですね。
で、運ばれる。
荷物として偽装してですね、運ばれてしまったら誰にも分かりません。
でワゴン車に詰め込まれてそして車で走ればですね。
日本海岸であろうが太平洋岸であろうが何処にもすぐに行く事ができると。
そうやって連れて行かれるという事でございます。

・・・続く・・

被害者家族の声に耳を傾けてください

第4回古川了子さん行政訴訟報告会でのご家族の声を一足先にアップします。
不誠実な国の対応を受けて、ご家族がどれほど心を痛めているか?
焦りを募らせているか?
どうかお聞き届け頂きたいと思います。

いつも言う事ですが、国の有り様はそのままそれを支える国民の有り様につながるのです。
国がのらりくらりということは、国民の拉致に寄せる思いもいまだのらりくらりだという事。

多くの国民にとっては拉致問題は9.17以降のわずか3年ほどでしかありません。
しかし当事者家族にとっての拉致問題は20年30年40年の長きに亘っているのです。
愛する家族を失ったと言う苦しみだけでも大変な苦痛であるのに、更に世間の無理解や不誠実な国の対応という、傷口に塩を塗り込むような激しい苦痛に、彼らは耐えて今に至っているのだと言う事を、もう一度私たちは考える必要があると思います。

人の命の重さを私たち国民は、本当に理解して受けとめているのでしょうか?
拉致によって私たちは人生を狂わされているのだ、と言う家族の声に私たちは何処まで真剣に耳を傾けているのでしょうか?
今回の報告会でのご家族の声を受けて、私はそんな事を思わされずにはいられませんでした。
家族の声はいつでも悲痛。
それはそのまま、いまだ被害者を救えず、いたずらに時間だけをやり過ごしている無力な私たち支援者の心に、深く深く突き刺さります。

それぞれがそれぞれに出来る何かを、今こそ行動に移さねばならない時だとも思います。
まずは特定失踪者と一くくりに語られてしまう実に多くの被害者ひとりひとりに、それぞれの人生があり家族がある事を、そして彼らは今も激しい苦痛の渦中にいることを、私たちは再認識するべきではないでしょうか?

拉致被害者救出運動は命を救う運動。
この原点を決して外してはならぬと思う。
拉致問題を他の何かの目的達成の為の手段にすることは許されない行為だと改めて思う。
自戒を込めて・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第4回古川了子さん行政訴訟報告会より

★生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)


★竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考リンク 
★電脳補完録
「古川了子さん訴訟の日、佐々木悦子さん北で誕生日」
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4586
posted by ぴろん at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月06日

国も世論もまだまだ生ぬるい・・・古川了子さん第4回行政訴訟を傍聴して

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(※写真は左から通訳の宋允復さん、安明進さん、川人弁護士、竹下珠路さん)

古川了子さん第4回行政訴訟の傍聴の為、東京地方裁判所まで出向いてきました。
傍聴席には調査会の荒木氏、安明進氏、特定失踪者生島孝子さんのお姉さま、佐々木悦子さんのお母様の姿もありました。
私は今回初めて傍聴させていただいたのですが、実際に裁判の場に身を置いてみると、国側ののらりくらりはやはり目に余る物があると感じます。
今回の裁判。
国側はハッキリと、本件訴訟の棄却を求めてきました。

原告側は、原告で了子さんのお姉さまでもある竹下珠路さん、調査会の荒木さん、安明進さん、増元照明さんの4人の証人申請を要求、即刻この場で採用する事を求めました。
むろん、被告側はこの証人申請を即刻拒否。
裁判官協議の上、裁判所は今回の公判での証人申請を認めず、まず陳述書の提出をするよう原告側に求めました。
次回公判前に陳述書の提出をし、その書面を見たうえで原告側の証人申請を認めるか否かの判断をするとの事。
その後、次回公判の日時を取り決めておよそ30分の裁判は終了しました。

次回公判は1月26日11:30より東京地裁で開かれます。
弁護士の先生方のお話では、次回の裁判はこの4人の証人申請が認められるか否かで、今度の行政訴訟の行方が決まると言っても過言ではない重要な裁判になるとの事。
ぜひ一人でも多くの方が傍聴に駆けつけて頂きたいですし、この裁判に向けて世論の盛り上がりをお願いしたいとのことです。
私たち草の根の支援者としても、何とかしてこの訴訟の関心度を盛り上げる為の策を考えなければと思います。

裁判後は弁護士会館での報告会に参加しました。
一言で言って国の対応は拉致問題に対して冷たい、と言わざるを得ない・・・というのが報告会での総論です。
会の模様はテキストで後ほどご紹介しますが、特に印象に残った安明進氏の言葉を一部ご紹介いたします。

・・・・・(テキスト開始)・・・・・

★安明進氏のお話(通訳:宋允復さん 「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」)

古川了子さんが仮に3年後4年後あるいは5年後に、北朝鮮政府が拉致を認めて日本に戻ってくる段になったとして、私は話すべきことは全部話しました。
と言う事で、顔向けは出来ると思いますけども、その時に日本国政府は、今回の裁判の対応を通じて取っている対応ですね?
何と申し開きをするんだろうか?
古川さんに会わせる顔があるんだろうか?無いんだろうか?
・・・・・・・・・・
ところが明らかにこういう人がいるという証言がある人まで政府が認定に手間取るといいますか、躊躇すると言う状況であっては、その人たちが戻ってきた時に一体どういう対応をするつもりなのだろう?

・・・・・(テキスト終了)・・・・・

拉致問題の山が中々動かないのは、日本の抱える構造の問題があるのだろうと思います。
構造の問題などと言うと難しくなりますが、要はこの日本国内に拉致問題を解決してもらっては困る存在が、まだ確かに存在していると言う事。
そこを打破しなければ、この問題、解決に向けて国を動かすのは至難の業であるようにも思う。

拉致問題は日本国・国家主権の侵害問題。
この問題は当事者である被害者家族だけの問題でも支援者だけの問題でもありません。
日本国主権者である、日本国民全てが考えねばならぬ問題。
日本人が責任を持って被害者を救い出さねばならぬ問題であると思う。

しかし、拉致問題は国家の問題であるのと同時に、人間愛の問題であると思うのです。
親が子を思う気持ちは誰でも理解できる普遍の感情のはず。
もしも被害者が自分の家族だったら?
自分の友人だったら?
被害者とその家族の痛みを他人事に出来るでしょうか?

国の対応が生ぬるいのは、それを支える国民の世論がまだまだ生ぬるいから・・・と、私は常々思っています。
日本の抱える構造問題を吹き飛ばせるのは、最終的には世論の力しかないと思います。
被害者を一人残らず救い出したい。
その気持ちをどれだけの人がどれほど強く共有できるか?が問われているのだとも思います。
政府を動かし被害者救出に近づくために、私たちに出来る事は何なのか?
一人でも仲間を増やし、世論の力を強化するにはどうすれば良いのか?
真剣に考えねばならないと感じております。
posted by ぴろん at 16:04| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月05日

三多摩市民集会(1)05.11.21 立川アイムにて

『出席議員の紹介と挨拶』

tachikawa.jpg

※三多摩市民集会実行委員長天目石要一郎・武蔵村山議員による出席議員の紹介と議員の挨拶

★天目石要一郎氏(武蔵村山市議会議員)

皆様こんばんは。
今ご紹介を頂きました地方議員の会の天目石(あまめいし)と言います。
今回の会を開催知るに当たりまして、まずこの会がどういう経緯で開催される事になったかをちょっとお話させていただきますと、丁度この会場の後ろの方でタスキと言いうかしていらっしゃいます入倉さんご夫妻がいらっしゃいます。
この入倉さんご夫妻が皆さんおそらくご存知だと思うんですが、かれこれ丁度一年半ほど毎週土曜日に丁度立川駅の北口で、どうにかして山本美保さんを救出するんだと、横田めぐみさんを救出するんだと、ポツポツと署名(活動)をされていました。
そこで私が友人からこういう方がいらっしゃるよと言う事で聞いていて、僕も何か手伝えませんでしょうか?と言う事で入倉さんにお願いして一緒に細々とですけども、一緒に署名をさせていただいていました。

そしてこの地域でどうも何人もの方が北朝鮮に拉致されているんではないか?と言う可能性が高い方が何人もいるにも拘らず、この地域でほとんど話題になっていない。
そして皆さん余り知られていないと言う事で、どうにか改善をというか、地域の皆さんに関心を持っていただきたいと思って、今回の会を開催いたしました。
本当にご来場いただきましてありがとうございました。
そして今日、多くのこの多摩地域の地方議員・国会議員の方が駆けつけて下さいまして、この地域から拉致問題と言うことを真剣に取り組んでいこうと言う事でこれだけの方が集まってくれました。
お一人お一人に、一言自己紹介とメッセージをいただこうと思います。
是非そうしましたら、まず長島さんからお願いします。

★長島昭久氏(民主党 衆議院議員)

皆さんこんばんは。
この地域から選出いただいております、衆議院議員の長島昭久です。
ただ今、民主党の拉致問題対策本部の副本部長を務めさせて頂いています。
総選挙までは衆議院の拉致問題対策特別委員会の理事もさせていただいてます。
この問題に関らせて頂いて長いわけですけども、まだまだ出口の見えない、今も尚北朝鮮の圧制の中で苦しんでおられる人が、たくさんおられる。
私たちも、今安倍官房長官に代わりましたので少しは進展が見られるかなと言う思いも持っておりますけれども、今お話のありました山本さんを始め特定失踪者の方々も含めて、全ての方が生還されるまで全力で皆様と一緒に頑張っていきたいとこのことをお約束申し上げまして一言とさせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)

★酒井大史氏(さかいだいし 東京都議会議員 自民党)

皆さんこんばんは。
ご当地立川市選出の東京都議会議員、坂井大史と申します。
私は都議会議員としてのライフワークとして、犯罪被害者の方の支援活動を行っております。
この拉致問題も北朝鮮と言う国家によるテロの被害に遭ったその被害者であると思います。
この方々の救出に向けて、そしてこの日本でもう一度生活を立て直していただく為に、微力ではありますけども全力をもって皆さんと一緒に活動をしていきたいと思っております。
皆さん一緒に頑張りましょう。
ありがとうございました。(拍手)

★守重夏樹氏(立川市議会議員)

皆さんこんばんは。
地元立川市議会の森重と申します。
長島さんの国会、坂井さんの都議会、そして私たち市議会と、立川の中では一本大きなパイプを通して市民の皆様方の声をそれぞれの国政・都政・市政へと全力で活動しております。
今日の拉致問題集会、一石を投じないと波が立ちません。
この波は本当に緩やかであるな、と思っておりますが確実に広がっている事は確かです。
どうかこれからも皆様方と一緒に頑張っていきたいと思いますので、皆様方も一生懸命頑張って行こうではありませんか。
宜しくお願いします。(拍手)

★梅田春生氏(立川市議会議員)

こんばんは。
私も立川の市議会議員で梅田春生と申します。
本日特定失踪者(問題調査会)の荒木和博先輩と真鍋さんが立川に来ると言う事で、私の民社党青年部時代の先輩でございます。
私もまだこの問題が、かなり皆さんにメジャーになってくる前に一緒に真鍋さんと荒木さんと共に、渋谷の駅前等などでプラカードを持って活動をして始めの頃はよくまいりました。
最近は少し大人しくなっているかなぁと思っております。
これからも長くなるとは思いますが微力ですが頑張っていきたいと思います。
宜しくお願いします。(拍手)

★太田光久氏(立川市議会議員)

どうも皆さんこんばんは。
地元の立川の市会議員の太田と申します。
先日は立川の駅頭で署名を致しました。
そしたら今日の集会のハガキを頂きまして、駆けつけた所でありますけれども。
立川では救援活動が大変遅れているという事で、お手伝いできる事があったらお手伝いしたいと思っています。
どうぞ宜しくお願いしたします。(拍手)

★木野常男氏(昭島市議会議員)

どうも皆さんこんばんは。
私は隣の昭島市の市議会議員の木野常男と申します。
パフォーマンスの外交ではなく、経済制裁を含めた何かをやって行かなければならないのかなぁと思っております。
早く拉致された皆さんが元気で日本に帰れるよう、皆さんと共に頑張っていきたいと思います。
本日は参加をいただきましてありがとうございました。(拍手)

★渡辺眞氏(わたなべただし 日野市議会議員)

日野市議会議員の渡辺眞と申します。
日野市では古賀(俊昭)都議会議員を先頭に、私そして梅田市議会議員がこの一年半ほど日野の各駅、日野駅・豊田駅、そして高幡不動の駅で順繰りにもう30回近く活動を続けてまいりました。
私たちも北朝鮮に対する経済制裁をと言う事で市民の方々に訴えてまいりました。
日野市は今特定失踪者が、3人居る事になっております。
このまま小泉さんが大勝した勢いで日朝国交正常化などという事になってもらっては、被害者数百人が全然帰って来ないでそのままになってしまうと言うことを大変恐れています。
何とか拉致問題の全面的解決と言う事は、全員が帰ってくる事だと言う事を皆様方に訴えていきたいと思っていますし、小泉さんの暴走を何とか止めたいと思っています。
よろしくお願いします。(拍手)

★井上健氏(国立市議会議員)

国立の市議会議員の井上健です。
最初私の胸にこのバッジじゃなくて、ブルーのリボンですね。
それが私も付けはじめたのは平成15年からつけまして。
それ以来一時も離した事はありません。
どんな場所にでも必ず付けて行きます。
いつまでこれを付けて行かなきゃいけないのか?
何回こういう集会をやらないと北朝鮮から帰ってこないのか?
もう3年目になりますか。

日比谷公会堂でやったり、全国、あとは外務省に抗議に行ったり色々やりました。
小泉さんは対話と圧力、対話と圧力と言いながら対話も通じない圧力もしない。
いつまでかかるか分からない。
もし自分の子供だったら毎日眠る事が出来ないんじゃないかと思います。
そういう拉致された家族の皆さんの気持ちになって真剣に活動していかなければならないと思います。
対話と言いますけども元々犯罪国家で、産業と言えば、麻薬と拉致と偽札くらいしか産業が無いわけです。
そういう国とまともに対話しようと言うことが、最初から間違っているんじゃないかと思います。(拍手)
そういう面からも色々に真剣にこれからも取り組んでいきたいと思います。
よろしくお願いします。(拍手)

★田中清勝氏(立川市議会議員)

立川の市議会議員の田中清勝と申します。
先ほど来お話がありましたように、私たちも市議会議員が今日4名来ております。
これ市民フォーラムと言う会派を組んでございまして、そしていて民主党の、私自身も民主党の党員なんですけども、長島さんが国会、坂井大史さんが都議会、そして4人の会派のメンバーが今日参加する。
これどういうことかと言いますと、やはり国の問題だけでは解決できないだろうと。
それと同時に都議会、更にはこの地元の市議会も一緒になって応援しなければ、今回の拉致問題は国の問題だけで解決できるレベルじゃなくて、我々の地方の方の皆さん地域の皆さんの一人一人皆さんの意思を国へまたは相手の国へ伝えなければいけないんじゃないかと。
そういった意味では一緒になって国とそして地方が一緒になって、この拉致問題解決しようと意気込みで今日は参加させていただきました。
どうぞそういった意味で皆さんと一緒に歩ませていただきますのでよろしくお願いいたします。(拍手)

★波多野正敏氏(武蔵村山市議会議員)

皆さんこんばんは。
私、武蔵村山市議会の波多野正敏と申します。
同様の議員でございますが同じ市議会の天目石、今回の実行委員長といいますか同僚でございます。
拉致問題でございますが、まず拉致の問題の解決なくしては、どなたかも仰いましたが国交正常化は有ってはならない事でございます。
それが第一の前提にならなければ小泉政権が、私も自民党員でございますが、これはおかしい事だと普段から思っております。
なんやかんや、先ほども言いましたけどもパフォーマンスだけで対話と圧力と言うけれど、一つもやってないのが現実でございます。
2度小泉総理は行きました。
それなりに成果はあったと思います。
ただ、その先を国交正常化一本に絞ろうとしているように感じます。
拉致被害者の救出が無ければ国交正常化はならない、というと言う事を私はお誓いを申し上げて挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

★関野杜成氏(せきのたかなり 東大和市議会議員)

どうもはじめまして。
私は隣町の東大和市議会議員の関野杜成と申します。
今回この拉致問題に参加させていただいたのは、隣町で一緒にやらせて頂いております天目石議員からの紹介でやって参りました。
私は詳しいことはまだ分かりません。
ただ、正直メディアで見ている内容とこういった勉強会で聞く内容と全く違うかなと、言う所は本当に思っております。
メディアで本当に、今日参加している皆さんが思っておられるか?
実際にやってきた方々の意見を聞いてどのように思うか?
その思った気持ちで国民・市民がもっと大きな声で、この三多摩地域で大きな声を上げる事が本当に必要だと私は思っております。
微力ではありますし、私も32歳という若さです。
これからドンドンと力強く行動で移さなければいけないと思っております。
簡単ではございますけども、ご挨拶とさせていただきます。(拍手)

★興津秀憲氏(国分寺市議会議員)

皆さん、こんばんは。
国分寺からやって参りました、興津秀憲と申します。
私はもっとシンプルに考えていまして、もし自分の子供が拉致をされたら、そう思ったらですね。
こういう活動をせざるを得ない。
つくづくと感じます。
心底思っています。
そしてこのことは国家的な犯罪であると言う事を、強い憤りを持って感じております。
皆様と共にですね。
微力ですけども、少しながら一歩でも前進して行きたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

★清水仁氏(甲府市議会議員)

山梨県甲府市の市議会議員をしております、清水仁と申します
今後ともよろしくお願いします。(拍手)

★再び天目石要一郎氏

皆様本当にありがとうございました。
あと実は会場であと何名かいらしていますので、お名前だけでも紹介させていただきます。
私と同じ武蔵村山の議員さんで須藤(博)議員、ちょっとご起立をお願いしたい。(立ち上がって会釈、会場より拍手)
府中の杉村(康之)議員、一生懸命今回の集会の準備で動いてくれています。(立ち上がって会釈、会場より拍手)
こういう多くの方たちの力で今回、こういう会を開催する事ができました。
少しでも皆さん、拉致問題に関して何かしら関心を持ってですね。
一日も早く、今度(集会を)開く時は「お帰りなさい山本美保さん」と言う事で会が開けるようにと、思っております。
是非お力添えをお願いいたします。(拍手)

2005年12月04日

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(15)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『古藤勝次 救う会埼玉副代表 閉会の挨拶』

本日はお忙しい所ご参加いただき誠にありがとうございます。
先日、タイのアノーチェさんの件が発覚いたしました。
国連総会の第三委員会で北朝鮮の拉致・人権問題で批判決議が採択されました。
12月には本会議・総会で採択されるそういう見通しがあります。
北朝鮮は国際的に今追い詰められております。
私たちはこの機に乗じて徹底的にこの拉致問題の運動を推進し、早期の解決を図るよう努力したいと思います。
ただ皆さんご承知の通り、北朝鮮はああいう国です。
全ての罪状を白状し改心できるかどうか?はなはだ心もとない所があります。
私たちは拉致被害者の最後の一人を取り戻すまで徹底的に北朝鮮を追い詰めます。
皆様のご協力・参加を是非お願いします。(拍手)
どうか皆さん、私たちと一緒に闘ってください。(拍手)

後ですね。
明後日11月21日、立川で集会があります。
「全ての拉致被害者を救うぞ!三多摩市民集会」です。
これは特定失踪者(問題調査会)の荒木さん、真鍋さん、増元さんの講演です。
場所は立川アイルです。
立川へ行けば誰でも分かるそうです。
11月21日月曜日18:30〜20:30まで。

次にですね。
12月22日木曜日。
全国集会の決起集会があります。
これは是非成功させなければいけない集会です。
入り口の所にこのチラシがたくさんあります。
是非皆さん、5枚でも10枚でも持っていって頂いてですね。
帰りにアパートのあるいは帰りの郵便ポストに入れるようにしてですね。
ぜひあの、よろしくお願いします。

また来年の1月には南越谷で私たち集会を計画しています。
是非これもよろしくお願いします。
本日はどうもご参加を頂きありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・

この後参加者全員による「故郷」合唱

Img_1102.jpg

・・・集会終了・・・

・・・・・・・・・・・
すみません、埼玉集会2本テキストが残っておりました。
慌ててアップいたしております。(^^ゞ
そそっかしくて申し訳ないです。<(_ _)>

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(14)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『決意文朗読』

※杉戸町在住、三角裕明(ミスミヒロアキ)さんによる決意文の朗読

・・・・・・・・・・

決議文

私たちは、拉致被害者家族が、長い間切実に求めている北朝鮮への早期経済制裁への発動に賛同し、ここに日本政府に対し、一日も早いその実現を強く要望する。

平成17年11月19日 「拉致問題を考える埼玉県民の集い」参加者一同
(拍手)

・・・・・・・・・・・

※司会
改めましてこの決議文に賛同される方の拍手を求めたいと思います。
よろしくお願いいたします。
(大きな拍手)
ありがとうございました。
大きな拍手を頂きまして、この決議文が採択されたとそう感じております。
この決議文、どのようなルートになるか分かりませんけども、小泉首相に届けたいと思います。
それから本日ご挨拶いただいた上田知事は定例記者会見と言うのが毎月行われているんですけども、その中で是非早期経済制裁の実現を訴えていただきたい。
また埼玉県の県議会の議連では、是非早期経済制裁の発動を求める議案を県議会で上げていただきたいと。
そういう思いでからこの決議文を届けて行きたいと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)

テキストアップのお知らせ

テキスト準備中になっておりました、「第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(6)」
「真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事」のお話を先ほどアップいたしました。
埼玉県における特定失踪者問題についての貴重なお話です。
是非お読みいただきたいと思います。

こちらからどうぞ↓
http://piron326.seesaa.net/article/10062258.html

埼玉集会のテキストはこれで全文終了です。
引き続き「三多摩市民集会(立川集会)」のテキストをご紹介したいと思います。
第一稿のアップまで暫くお時間を頂きますが、お付き合いの程よろしくお願い申し上げます。

それと、本日よりBlogのテンプレートを変更いたしました。
以前の桜模様は個人的にとても気に入っていたのですが、どうも画面の文字が読みにくい。
最近自分でもこの文字の読み難さが少し辛くなってきた所でしたので、思い切ってテンプレ変更することに致しました。
どうでしょうか?
少しは文字色も読みやすいとは思うのですが。
何かお気づきの点ございましたら、ご意見下さいますようお願いいたします。
posted by ぴろん at 11:07| Comment(1) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(13)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『佐々木正和さんの弟さんのお話』

Img_1095.jpg



★佐々木正和さん
失踪年月日 昭和62(1987)年11月末
生年月日 昭和25(1950)年8月15日
失踪時年齢 37歳
当時身分 家庭教師、塾講師をしていた。(正確には不明)
失踪現場 埼玉県大宮市?
失踪状況
昭和62年11月末日、アパートの大家と話をした後、不明。1人暮らしのためはっきりした日時がわからない。大家から12月に連絡があった。部屋の中は荒らされていない。現金10万円が部屋にあり、預金もそのまま。免許証もおいたまま。家族とは数ヶ月に一度顔を見る程度だった。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

皆様こんばんは。
1987年の10月に旧大宮市内から失踪しました佐々木正和の弟でございます。
今後とも皆様のご協力よろしくお願いします。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(12)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『高野美幸さん(高野清文さん妹)のお話』

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★高野清文さん
失踪年月日 昭和51(1976)年7月30日
生年月日 昭和31(1956)年10月31日
当時年齢 19
当時身分 電気通信大学2年生
失踪現場 東京都神津島村の民宿から
失踪状況
大学寮の仲間と神津島へ行き行方不明に。前日に山へ行くと言っていたため、神津島村の天上山を捜索するが発見できず。同月12日に隣の新島でも若い女性が行方不明になっている。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

特定失踪者・高野清文の妹の高野美幸でございます。
藤田進さんと年齢が一緒で同じ年に失踪していると関係で、弟の隆司さんと一緒に調査の方を真鍋さんの下でしてまいりました。
私これから申し上げたいのは、皆様これから「故郷」の歌をお歌いになるかと思います。
私苗字が高野で長野県出身、兄も同じでございますが、同じく高野辰之と言う方が作詞をしているというふうに伺っております。
兄と共に見てきた景色、まさにその景色がこの歌に詠まれているのですが、大町ルートを使って藤田進さんが拉致をされていった年ならば、この私の生まれ育った長野県の景色を見て、涙の目に向こうに焼き付けながら拉致されていった事と思います。
多くの拉致被害者の方たち、こういった景色を見ながら向こうに連れて行かれていると思います。
その拉致被害者の気持ちを歌っていると思って歌っていただければ、またこの歌、感慨があるかと思います。
そのような思いを寄せていただければと思います。
よろしくお願いします。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(11)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『佐々木アイ子さん(佐々木悦子さんの母)のお話』

Img_1088.jpg



★佐々木悦子さん
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
当時年齢 27
当時身分 埼玉銀行パート
失踪現場 埼玉県浦和市
失踪状況
「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

皆さんこんばんは。
私、特定失踪者問題調査会の方でお世話になっております、佐々木悦子の母で佐々木アイ子と申します。
よろしくお願いします。
娘が帰ってくるまで、絶対に取り戻すまで、この目で娘を見るまでは頑張り続けたいと思います。
皆様どうか力を貸して下さい。
よろしくお願いします。

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(10)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『飯塚栄子さん(田口八重子さん義姉)のお話』

はじめましてこんばんは。
お疲れの所ありがとうございます。
飯塚の家内です。
耕一郎君の母です。
いつも助けて頂きまして本当にありがとうございます。
今力を絞って、毎日疲れながらも頑張ってやってますので、ぜひ皆さんのお力を頂きまして、力添えをしていただけますようお願いいたします。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(9)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『鈴木賢さん お兄様のお話』

Img_1082.jpg



★鈴木賢さん
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
当時年齢 23
当時身分 会社員
失踪現場 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況
会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

※失踪者の情報は特定失踪者問題調査会のHPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html

こんばんは、はじめまして。(「こんばんは」の声)
私、特定失踪者・鈴木賢の兄でございます。
弟は1972年、大学を卒業と同時に東京・蒲田にある会社に入社し、5月の会社のレクリェーションと言う事でもって、ハイキングスタイルでもって、当時の自宅、これは三芳町の藤久保なんですけども。
ここを早朝6時に家を出てます。
今年で33年になります。
この間、家族・同僚・友人含めまして、誰一人として、弟の顔を見た・声を聞いた言う事は一切ございません。
風の噂ひとつもありません。

私どもももちろん考えられる出来得る全ての、捜索なり探すなりもしましたけれども、結局生死の判断も出来ないまま。
2002年ですね、拉致問題が大きくクローズアップされた時期。
まぁ今までやることは一通りやって来たと。
もしや、拉致と言う事も考えられるのかな?と、言うような思いからですね。
2003年に先ほどからお話のありました、特定失踪者問題調査会の方に届け出しをしまして捜索を依頼しました。
もちろん、特定失踪者という事になりますと、何が特定なのか?あるいは失踪者と言うのはどういう事か?と言うことが、絶えず私の心の中にも戸惑いとしてあります。
あるいは一抹の不安もあります。
一般的に言いますと失踪者と言うのは犯罪とか事故の関連、あるいは自分の意思での失踪と言うことが考えられます。

現在はですね、「拉致問題を考える川口の会」の一員として、田口八重子さんのご家族とそれから「田口八重子さんを救う会」の皆さんと一緒に署名活動、それからビラ・チラシの配布、あるいは抗議集会の出席、あるいは陳情とアピール活動を行っております。
その中でですね。
私の今の心境としましては、やはり今のこういう状況の中で一個人と言うことよりも、国あるいは国民の一人としてこの拉致問題を考えた時にですね。
やはり何としても今の状況の中では、ま〜ぁ今までおそらく何回となく期待もし、失望もし、現在に至ってるわけなんですけども。
やはりこの問題についてはですね、今や一個人の問題ではなくて、色々考えますと自分の心境としましてはですね。
今はもう、今までの空しさとかあるいは切なさとかいうよりも、怒りの声に向いて来てます。

先ほど飯塚さんの方からもお話がございましたけども、昨年の12月8日の横田めぐみさんの遺骨の問題ですね。
鑑定結果が、偽だと言う明確な事実に対して、小泉さんはどう言ったか?
「良く精査して、対話と圧力」
この言葉ですよね。
私はこの言葉というのは、これは一生おそらくですね。
拉致事件が解決してもこの言葉は耳から消える事はないと思います。
やはり、なぜあの時に「いい加減にしろ」と、「日本国民を馬鹿にするのも程々にしろ」と、「交渉の余地はない」と、「即刻拉致した日本人を全員帰国せよ」「返せ」と、言うのが私は当たり前の発言だったというふうに思っています。

それとこの3日にも日朝会議がございまして、まぁ今まで1年近く向こうの言い分としては日本の捏造と言い続けて来たわけですけども、それについて「鑑定結果を詳細に説明した」という報道がございましたね?
これについてもやはりトップは「良く吟味して調査して」、て言うようなことでしたね?
やはりこの辺の事につきますと、何と言ってもこれは説明じゃなくて、あくまでも抗議だと思うんですよね?
抗議、あるいは謝罪を求めるのが筋じゃないかというふうに思います。
まぁ色々ございますけども、私が今考えますと、今こそやはり国のトップに北朝鮮の理不尽な言動についてはですね。
声を大にして、強行に抗議を発信してもらいたいと思います。(拍手、「そうだ!その通り!」の声)
この抗議を発信し続けることによって、北の出方も変わって来ると確信しています。
それがですね。
やはりあの、拉致被害者救出の道筋につながって行くんじゃないかというように思っています。

それとご支援してくださっている皆様はじめ、国民の総理に対する信頼と言うのは、そこでひとつ確立されるんじゃないかと思います。
この拉致事件の拉致問題の究明につきましてはあるいは解決につきましては、国のトップから世論・国民も心を一つにして何としてでもですね。
この問題をこれから皆さんのご支援を頂きながら、解決に向けて立ち向かっていけると思いますので、今後もご支援の程一つよろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)
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