2005年12月01日

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(8)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『本間勝さん(田口八重子さん兄)のお話』

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私は田口八重子の3番目の兄であります本間勝と申します。
なぜ本間かというのは、母方の養子に行ったという事で姓が変わったというあれなんですけども。

八重子の問題はすでに皆様ご存知だと思いますけども、22歳でもって拉致をされ、昭和53年ですね。
6月29日ですか。
池袋から突然いなくなったと、いうことで、早すでに27年。
今49歳になる筈です。

その妹がですね。
今年蓮池薫さんの夫婦と我々歓談する機会があったんですけども、そういった中でですね。
八重子はどうしているんだろう?と。
今まで接点はどうだったんですか?と。
いうような話を伺う機会がありました。

で、八重子はですね。
その中では地村さん、蓮池さん夫婦共々一緒の住宅、収容所ですか。
に、居た事もあると。
それから八重子はなぜか腰痛がひどくて時々入院していたそうです。
そういった入院している時にも八重子と会ってると、いう事でした。

それで蓮池さんとか地村さんと言うのは、労働党の情報機関に所属していているんだそうです。
最近のね、1990年代になると、八重子の情報と言うのはここの所全然入って来てないですね。
それはなぜだろうか?と言う疑問が我々にはあるんですけども、蓮池さんの話ですと要は労働党の情報機関と、軍部ですね。
軍部のそういう情報機関とがあるそうなんですけども、八重子はなぜか、その軍の方の情報(機関)に連れて行かれたというか、組織に分けられたと。
それで蓮池さんなんかの目に触れることが無いような所に、今は隔離されているんじゃないか?と。
そういったために情報が途絶えたのか?と、いう事ですね。

それと今年の私たちの運動をやって来た中でですね、新潟港の西港に入港してくる万景峰号ですね。
万景峰号の運行と言うのは、ご存知の通り朝鮮総連が運行しているんですね。
朝鮮総連って言うのは、そういう北朝鮮の中枢部と密接につながっておるわけですね。
朝鮮総連の幹部、6人の中に北朝鮮の国会議員といわれる人が、なぜか日本で自由往来しているんですね。
5年間のビザがあるそうです。
その間は自由往来出来るそうです。
そういった人たちが日本に今でも工作活動をやっておったわけですね。

我々も先日斎木審議官からですね。
11月の日朝交渉の実務者協議の中で、斎木さんは一生懸命実務者同士の中で話を強烈に言ってくれていると。
で、その中で特定失踪者の問題も出しましたと。
北朝鮮は特定失踪者のことについて反論は無かったけれども、メインは否定だと。
そういった情報は当然北朝鮮も中枢部のほうに、耳に届くと思います。
斎木さんはですね。
一生懸命やってる中で、我々家族会の中でもですね。
もういい加減にしてくれと。
北朝鮮は拉致問題は解決済みだと、先日も言ってるわけですね。
こういう不誠実な態度を今でも取り続けているです。

そしたらその交渉の機会にね、そういった態度を示すんならば、もう机をぶん投げてでももう交渉はやらないぞと。
経済制裁だと、言う声を出してくれと、そこまで我々は声を出しています。
そうするとね、斎木さんの方は、私も私なりに頑張っているんだと。
机をぶん投げたら私の仕事が無くなっちゃうよと。
そうしますと色々な進展が途絶えるかもしれませんのでね、そこは今でもあえてそこまで強力な反対の意思は出せないんだと思いますけども。

経済制裁と言う手段があって、それが小泉さんが声を出さない為にその手段を講じないと。
去年の12月に横田めぐみさんの遺骨が偽の遺骨だと、なんらその正確な情報と言うものは一つもなかったと。
いう事があったときに、その時が最大のチャンスだったんですね、今から思えば。(「そうだ」の声)
そのときに経済制裁していれば、この核の問題とか、ミサイルの問題とかに引きずられないでね。
拉致の問題を強力に北朝鮮の金正日にアピール出来たはずなんです。
それをやらないから、何だかんだうやむやになって、核の問題・ミサイルの問題、そういった問題に引きずられながら、政争の具に一つ拉致問題がハマって、いまだにもう3年経ちましたけどもね。
解決できないのが原因じゃないかと思います。
拉致問題は単独でやるべきなんです。(拍手、「そうだ」の声)

早く八重子を日本に戻し、拉致被害者の家族の手元に皆が帰って来て平凡な暮らしが出来るように、早く皆さんの力でね。
もう、国民の力が一番なんです。
小泉さんは国民の代表であるはずなんですけども、なぜかそこはトーンダウンして声を出さないんですね。
本当に小泉さん、あと1年。
来年の9月にはもう退陣すると言われております。
それまでの麻生外務大臣、安倍官房長官と言う強力な布陣が出来ている、現体制が勝負じゃないかと思っています。(「よしその通り!」の声)
今後それが一段と解決に向うよう、これからもご支援の方よろしくお願いします。
長くなりました。(拍手)


第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(7)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『横田拓也さんのお話』

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みなさま、こんばんは。(会場から「こんばんは」)
只今ご紹介にあずかりました、横田めぐみの弟の横田拓也と申します。よろしくお願いいたします。
まず、はじめに冒頭、副代表の飯塚様から、ご挨拶申し上げましたが、日常よりこの北朝鮮による拉致問題について、深いご理解とご支援を賜りますことを、高い席からではございますが、お礼申しあげます。、ありがとうございます。(拍手)

横田めぐみの件につきましては、既に皆様方、深くご存知いただいているかと思いますが、家族からの話として一部ご紹介、もしくは日頃の活動についてお話申し上げたいと思います。

横田めぐみは1977年の11月にこの美しい日本、そして楽しい家族の元から引き離されて、拉致をされたわけでございます。
僅か13才、ほんとうに子どもです。学校のクラブのバトミントン部でしたけれども、友達と帰って、途中で別れてから−(家とその拉致現場がほんとに数百メートルの近い距離であったわけですが)そこで消息を失ったわけです。警察犬によって、(嗅覚が鋭いですから犬を何匹も使ってですね)調査をしたわけですが、全く手がかりなし、目撃状況なしということで、私たちとしてみれば、当時の言葉でいうと「神隠し」ということで、本当に生き地獄の毎日であったわけであります。

まぁ、めぐみは、今年の10月に41才の誕生日を迎えまして、今月の15日(11月)には拉致をされてから28年が経過したわけであります。

私も含めてなんですが、みなさま方に置かれましてもですね、ご自分の13才の頃、どんな年だったか、どんな苦労の記憶があるかということを思いだしていただきたいんです。

まぁ、中学一年生であります。本当に多感な頃で、夢が多くて、自己実現を叶えようと言う、ほんとに花盛り、楽しい時期であったと思います。これはもう、みんな一緒なんだと思います。
ほんとに友達がいて楽しくて、(先生の授業、楽しいかどうかはわかりませんけれども)普通の毎日が毎日が楽しい、日々もう明るい一日だったと思います。そしてクラブで勝って優勝したいという夢もあったでしょうし、高校に入って、こんな勉強したいとか、大学に入ってこういうふうな学部に入って勉強したいとか、こんな仕事がしてみたいとか、旦那さんと結婚して、お子さんを持ってとか、そんなことを本当に夢見ていたと思います。

これ、誰もが踏んできた、平等に与えられた権利、夢だったと思うんですが、はかなくも姉は、この夢をかなえることができず、北朝鮮の工作員によって、拉致をされたわけであります。
もう、人生の三分の二以上が、夢も、将来もないような、貧しい、精神的に貧しい、北朝鮮という地域ですね、(私たちは国交を持っていませんので、国家ではありませんけれども)ま、その地域においてですね、抑留されているわけであります。

私たちはこうして(お話を、今こちらから、お話をさせて頂いていますが)こんな冬でも、こうして温かい場所にいることができます。帰ってもおなかがすけば夕ご飯を、本当に普通に食べることができます。寝るときも暖かい布団に入って、安心して寝ることができる。明日も本当に普通の朝がやってくるし、普通のお友達とご飯を食べるかもしれないし、どこかにお出かけになるかもしれません。
将来に対してほとんどの不安がないのが日本の地の状況だと思います。

しかしめぐみを初めとする多くの被害者たちは今日食べることが保証されていないかもしれない。寝るところが屋外の寒いところかもしれない。それは私たちが、いろんな報道で子ども達が、本当に乞食と書いた言葉で(むこうで何とよんでいるかは、わかりませんが=コッチョビのこと)落ちているコーンの、とうもろこしのくずをですね、食べているそう言う状況であります。

みなさまのお手元に資料があるかどうかわかりませんが、脱北された女性とか男性の話によるとですね、<落ちているねずみの足を食べたのがこれまでのご馳走だった>というような状況もあるんです。

本当に何も保障されていないんです。楽しいときも怒りのときも感情を隣の人と、周りと共有することもできない。思想の弾圧があって、人権の弾圧が日々ある、本当に将来が保障されていない、悲しい毎日にいるわけです。それを、28年間、人によっては30年、40年、同じ状況にあるわけであります。

これはたまたま私が壇上に上がってお話をしていますが、日本人一人一人が、この状況に対して怒って、「北朝鮮を絶対許してならない」ということを、共同歩調で取り組んでいく必要があると思います。

本当にめぐみというのは、横田家の中では<笑顔のシンボル>、女の子でしたから、特にうちの姉はしゃべるのが好きで、明るい子でしたから、本当に、にぎやかな食卓だったわけです。
しかし、その拉致をされた当日、数日、一週間、一ヶ月、どこまで続くんだろうという重ーい雰囲気あって、いつの間にか姉の存在、姉のことばというのが語られなくなった。これは、いろんな家族会の被害者のご家族の話を聞いてみると、ほんとに一緒の経過をたどっています。口にしてはならない重〜い雰囲気いつも漂っていて、本当に生殺し、生き地獄という日々を送っていたわけであります。

そして、この問題はですね、いまこそ拉致<問題>といわれていますが、当時は拉致<疑惑>だったわけです。そして拉致疑惑の前までは何の状況もなかったわけですから、私を含めて、私の家族を含めて、皆様方も含めてこの「北朝鮮」とか「拉致」という言葉はまったく知られていなかったわけです。1977年の11月に拉致をされてから、約二十年間、私の家族においてでさえ、めぐみの情報、目撃証言、そして北朝鮮という言葉は一切周りにはありませんでした。

それは政府の怠慢なのか、ジャーナリズムの怠慢なのか、わかりませんが、どこかの一部ではこの状況は語られていたわけではありますけれども、世の中はそれについてこなかったのであります。
この時期に、もし、ジャーナリズムが正義感を働かし、動き、そして、もし日本政府が国民を守るという基本的な使命を果たしていれば、この問題の解決というのは、もう少し早く図られていたのではないかと思います。

そして1997年約20年後に家族会が設立され、私たちは(いまでこそ、このように大規模な形で、お話をする機械を頂戴しておりますが)当時は本当に街頭でタスキたすきをかけて皆様にお訴えしてもですね、(だーれも、この問題、知らないわけですから、当然のことだったのかもしれませんが)誰もが、耳を傾けてくださらなかったわけであります。

私たち被害者は、『どうして私たちのほんとの声を聞いてくださらないのですか』と申し上げます。そしてあるときには、マスコミは有名な有識者とされる、それもほとんど北朝鮮に利敵行為を働く方々がですね、これは拉致疑惑であると、誰も証拠がないということを声高に叫び、私たちの活動を妨害する方々も多くいたわけであります。

本当に、ほんとに苦しいほど、言葉にできないような情景が続いて2002年まで、私たちは生き地獄の中をさまよっていたわけでございます。

それがどうでしょうか? まぁ、小泉さんのお力もあるんですが、2002年にようやく平壌訪問、日朝首脳会談というのが図られたわけであります。そのときに初めて、ご承知のとおり、北朝鮮が拉致の問題を認めたわけであります。自分の国家が侵した罪であるということを、自らが認めた瞬間でありました。

その時の、日本中がひっくり返ったさまを皆さま方もご記憶にあるかと思います。
当日の夕刊、新聞、翌日の朝刊、これはもう、ほんとにひっくり返るというのはこういうことだと思いますが、私たちも含めて、もう頭の中が真っ白でしたし、もうほんとに日本中がパニックに陥ったわけであります。

今までそんなことはありえないと言っていた方々も、いつの間にか、テレビ画面や新聞のところからはいなくなってしまったわけです。自分たちが言ってきたあまりにもくだらないことが、もう瓦解してしまったわけであります。

そうして初めて、私たちが拉致問題があるということが世も中の皆様方によって認められ、政府に認められ、そして国際的にも一歩進んだ瞬間であったわけです。

しかし両手を持ってですね、私たちはそれを喜ぶわけにはいかなかったのです。ご承知のとおり、生存組と、死亡組という形で北朝鮮は欺瞞情報言い続けてきたわけであります。しかもそのときに死亡とされた情報というのは、あくまでも彼らが言ってきた事柄を、日本政府の外務省の方々が伝えただけであって、誰一人として、科学的にも、人対人で確認したわけでもありませんでした。私たちは外務省に翌日詰め寄りました。

「これではおかしいと、生きている人間が死んでいるという情報が、この状況、このボリュームで日本中に広がってしまうと、めぐみをはじめとする被害者たちが殺されてしまうではないかと。そういう報道操作はやめてほしいと。今すぐ大洋州アジア局長がテレビに出るなりされてですね、この問題を否定してほしい」

ということを訴えました。

しかし外務省は(今もあまりかわりませんが)全く冷たい姿勢で、私たちを相手にしませんでした。あたかも、さきほど飯塚副代表、眞鍋専務理事がおっしゃいましたように、日朝の国交正常化を図ろうという目的があったように思います。

それを持って私たちの拉致問題がすごく邪魔だったのかもしれません。

私たちに対しては、まったくの冷たい姿勢をとり続けていました。

しかし、皆様方の、関心と、お力添えによって、そして2002年9月17日の一週間前の、9.11においては、アメリカにおける同時テロが起きたわけであります。
北朝鮮としては、またアメリカが、テロ国家、人権蹂躙国家の北朝鮮=自国に対して、矛先が向いてくるのではないかということを心配して、そして日本からの経済援助、多額の経済協力をもらいたいというのが裏腹にあって、この拉致問題を認めたわけです。

そして皆様方の本当に強い意識、行動によって日本政府を動かしたわけであります。そして、おかげさまで、拉致をされた直接の被害者、5人の皆様方、蓮池ご夫妻、地村ご夫妻、そして、蘇我さんが帰ってきたわけであります。

今までの私たちの取り組みの中では、ここまで進むとは正直言って、思っていませんでした。しかし皆さん方の民主主義の下にある、この「常識を取り返すんだ」と、「日本人を取り戻すんだ」という強い意志が私たちの味方についてくれたわけです。
こうした、譲歩ではなく圧力こそがこの北朝鮮問題を解決する道筋であるということを証明した瞬間だったわけです。

今まで日本の北朝鮮に対するコメ支援というのは、先ほどどなたかがお話になりましたが、120万トン以上なわけであります。しかし実際にそこで支援されたお米、もしくは米に変わるものが、私たちがテレビで見るような貧しい子供たち、とうもろこしのくずをたべているような、本当にかわいそうな子供たちが口にできているのかというと、まったくそれは<うそ>なんですね。

もうあそこの国というのは完全にセパレートされていますから、もう一部の特権階級、軍事的な方とか、そして政府の高官(金正日はそのトップにあるわけですが)、そういった人間しか口にできないわけであります。

私たち家族会(私も今回一緒に行かせて貰いましたが)10月24日から29日に訪米をさせていただきました。そのときにある政府の高官が言っておりました。
『北朝鮮には経済なんかないんだ パレスエコノミーなんだよ』ということを彼らは言っておりました。つまり、私たちが北朝鮮に米を送って、それをやめてしまうとみんなが困るっていうことを、よく日本の有識者とされる<うそものたち>が言っておりますが、『そんなことはありえないんだ もともと(米が)行っている経済というのは、パレスエコノミーにしか恩恵を受けていないんだから、ここをとめても、決してかわいそうな人たちは本当はこまらないんですよ』と。

そこは私たちが言っている経済制裁、つまり彼らはもっとことばをうまく使ったほうがいいよと助言をしていただきましたけれど。<スマートサンクション><ターゲティックサンクション>、こういったことは、効果があるんだということを私たちに助言をしてくださいました。

つまり、私たちが安易なコメ支援、それに変わる経済支援をしてしまうと、さらに今までの、自分たちの懐に入れていた方々がもっと肥えてしまうわけですね。ほんとに困っている人たちを弾圧してしまって、もっとこの先将来食べられない状態になってしまうということ。これは脱北者の方たちも、ほんとに口をそろえて同じ事を言っています。

日本が安易に妥協してそして政治の思惑、からみで、コメ支援、経済協力をしてしまうと、『実は多くの人々を殺してしまうんですよ。』ということ多くの人が口をそろえておっしゃいます。

そうした日本の無策、顔のない外交を私たちは許してはならないというふうに思います。

一時、援助すると困った人が助かるんじゃないかということを考えてしまいがちです。私も、初期のころは、そういう風な考えもありました。しかし、それが相手がどこの国なんだ、誰がその国のトップなんだということを知ったときに、それは明らかに違いな選択肢であると、いうことを私たちは、再確認していく必要があると思います。

そして北朝鮮問題、私たちはたまたまこの拉致問題という形でお話をさせていただいております。しかし、ご承知のとおり、現在六者協議が開催されておりますが、核の問題ですとか、大量破壊兵器拡散の問題、偽札、麻薬、人身売買、いろんな問題があるわけです。およそ私たちの知る<悪>といわれるものが全て彼ら発ということなわけです。

そして核の問題、弾道ミサイルに核弾頭をつんで発射してしまえば、およそ約二十分弱でこの日本に着弾するわけであります。そういう意味においては、核ミサイルに関わらず、拉致問題も含めてこの問題というのは私たちここにいる壇上のものだけに課せられた使命ではなくて、皆様方お一人お一人においても、「等しく降りかかる危機なんである」と、いうことを認識していく必要があると思います。

彼らの悪事を、「絶対的に許さない」「懲らしめて許さないんだ」ということを誓えば日本は安全になるし、そして私たちの将来、子供たち、孫も明るい将来を保証されていくんだというふうに思います。
そして拉致の問題に関して申し上げれば、5人の方々とその家族はおかげさまで帰ってくることができましたけれど、私の姉をはじめとする、死亡組みとされる人々っそして先ほど真鍋さんからお話があった特定失踪者の方々、相談件数ベースですと460件という話が先ほどありました。そういった人たちがまだ帰ってきていない。未解決であるということは今日現在も拉致が行われている可能性があるということを、私たちは強く認識していいと思います。つまり現在進行形のテロだということです。

私の姉を含めて、おそらくそれは、一人の工作員が偶発的に「あ、あの人がいた」というかたちで拉致をしたわけではないと思います。これは確信を持っていえるわけであります。
あそこの国は完全な指揮系統の中で生活していますので、一人の人間がが自発的に何か好きなことをやれるような社会ではないわけであります。

北朝鮮においては、金正日の直接的指令・指示によって、何もかも動いてしまう。かれの承認なくして物事が判断・決断されない国家でありますから、今回の拉致事件も、すべてのところにおいて、北朝鮮が直接的に指示をしているわけであります。

そうした意味では、国家テロが20年も30年も40年も前からこの日本を侵し続けているんだということを私たちは理解していく必要があると思います。

不審船の問題もそうです。人権問題、人権蹂躙、領土、侵入、ありとあらゆることが私たちのこの日本において、過去から、今も、されているんだということうことを、この事実を理解した上で、そして相手がどんな相手なのかというのを理解した上で、彼らに対する選択肢が、どうあるべきかと。

そして、私たちがお訴えすることと、日本政府がいまだに躊躇しているこの実態と、どちらが正しいのかということをですね、私たちは、強く判断していく必要があると思います。

ちなみに、私、個人的に、めぐみ、ほかの拉致被害者の方々の誰か、もしくは多くの方々が新潟から行き来している万景峰号に乗せられて拉致をされた可能性もあると思っています。

これは、もうすぐいろんなことによって明らかにされるのかもしれませんが、少なくとも今、日本国民の皆様の意志によって国会を通過させた二法案は成立しまして、(経済制裁法案は、外為法と特定船舶入稿禁止法でございますが)せめて、不審船の母船ともいわれる万景峰号を止めてですね、私たちの国家の意思を示していく必要が、私は、あると思います。

そのために、日本政府に対して、「もっと、あなた方は北朝鮮に対して強い姿勢で、出るべきだ」ということを声にしていただけないかというふうに私は思います。

皆さまがたのお手元にも、今日、こうした「蒼いはがき」が入っていると思いますけれども。これは内閣官房気付で、小泉総理大臣に着く手紙になっていますが、皆さま方お一人お一人の声を、日本政府の顔のない外交に、怒っている意思を表明していただきたいわけであります。

私はこうして、いろんな集会とか講演会とか、街頭でお話させていただく機会がございますときにですね、皆様方のほうから「私たちに何ができますか」という温かい言葉を何度もいただきます。

私はいつも例えとして申し上げておりますけれども、この問題が当時<拉致疑惑>のときに、私はインターネットを使って、首相官邸に毎日に近い状態でメールを送っていました。抗議のメールです。「日本政府のあいまいな外交姿勢はやめてほしい」と、「改めてほしい」ということを何日も、何回も送りました。それは大蔵省、経済産業省、警察、あらゆるところに送りました。そして、誰もが「そんなことしても見てくれていないよ」というひともいました。

しかし、私が始めて首相官邸の中に入ってお邪魔したときに、当時安部官房副長官がわざわざ歩み寄ってくださって、「あなたが拓也さんですか。私はあなたの抗議のメールをいつもみていましたよ」ということをおっしゃってくださいました。見てくださる方は見ています。そして、それが安部副長官であれ、どなたであれ、そうした善意のある方は、どこの組織にもいるはずなんです。

そうした方々に共感を生むように、私たち国民の意思、民主主義の正義の意思をですね、伝えていくってことが、力になって、世論となって、民意となって、政府に対する圧力につながると思います。

さきほど、議員の方が、「皆様方が圧力団体になってほしい」ということばがありましたけれど、これはそういうことなんだと思います。
そのひとつの例がこの蒼いはがきであって、インターネットのWebで首相官邸のホームページを開けば、ご意見箱といったようなタグがありますから、そこに皆様方の、お声を一個一個積み上げていくことはできると思います。インターネット以外でもfaxでも、お電話でも、お手紙でも結構です。外務省にも送ってください。そうしたことが本当に広がりになっていきます。

そしてそれは政府に対する抗議だけではなくて、今日私たちがこうして、お話をさせていただいた、この機会のことをお帰りになりましたら、もしくは明日以降ですね、こんな話を聞いてきたんだということを、おひとりでも多くの方に、お声をかけていただくことが、この問題の関心をつなぎとめていくこと、日本政府の安易な妥協を許さないんだということにつながりるはずなんです。

私たちが、ほんとに被害者か加害者かといえば、これは間違いなく北朝鮮が認めたわけですから、明らかに被害者なんです。明らかに、彼らが加害者なんです。私たちが妥協することはない。私たちがうろたえていたら、私たちの直接の家族・兄弟が困るとともに、この日本のあいまいな外交姿勢そのものが、今の私たちの子供にも悪い教育に実際なってしまうと思います。

私たちが間違いだということは間違いなんだということを北朝鮮にぶつけて、誰が見ても、私たちは正しいことをしているんだということを訴え続けていく必要があるんだと、私は思います。

そして、日朝国交正常化の件で申し上げると、拉致問題の解決の前に、(まぁ、政府も外務大臣も、官房長官もおっしゃっておりますけれど)国民お一人お一人が認識しておかなくてはならないのは、国交正常化の前に、拉致問題が解決されなくてはならないんだということでございます。

先ほど真鍋専務理事からもございましたように、拉致問題を日朝国交正常化の後でいいと、仮に、してしまえば、日本政府は隠したがります。北朝鮮政府も隠したがります。拉致問題はなかったんだということで、20年前に戻ってしまうわけなんです。そうしたことを許さないためにも、日朝国交正常化は絶対に拉致問題の後でということを、日々の政治的、国際的動向を見守っていただきたいと思います。(会場からそうだ!の声)

また、さきほど特定失踪者問題の真鍋さんのほうから、これは敢えてお話しなかったんだと思いますが、こういった、皆様方に、お送りいただくはがきのほかにも、特定失踪者問題調査会の運動として《しおかぜ》という短波放送の活動をされています。これは、あそこの組織が主体となって、短波放送で、拉致被害者の方々、北朝鮮にとらわれている日本人のひとりひとり、お名前を呼んでいる活動を、今、しています。

つまりは、自分たちがもし北朝鮮にいて、誰も日本の人が知らないと思ったら絶望的だと思いますが、その日本人から、日本から、あなたが名前を呼ばれたときに、すごく心強くなるじゃないですか。

消して忘れていないんだということを私たちが声をだすということです。この活動を、地道に進めています。しかし、私が言うとちょっと欲深い話に聞こえてしまっては恐縮でございますが、この短波放送のお金、年間500万から300万かかるそうでございます。
これは私たち民間団体というか任意団体です。
普段の仕事を持っている方々ですから、別に経済的な負担を持ってるわけではないんです。
出来ましたら皆様方の温かいお力をですね、この組織の活動の為、ひいては私たちの家族の為にご助力をお願いできれば幸いでございます。

また、明日以降ですね。
この問題をご友人ですとか知人の方々にお話いただくときはですね、今有楽町のマリオンでうちの写真展をやっています。
これ、昨日のNHKでもうちの母が話しておりましたけれど、たまたま横田めぐみの写真展です。
しかしめぐみの写真展では無いと言うことを持って、ぜひ見ていただきたいんです。
これと同じ家族が4〜500人いるということを持ってですね、この問題の根深さ・広がりと言うものをですね。
ぜひ直接目で見ていただく機会がありましたら、お願いしたいと思います。

またお時間が超過しているみたいなので、最後に申し上げますけども、皆様方のお力でご帰国された5人の方がいらっしゃいます。
本当に一歩解決、前進だったと思います。
私はあえて彼らに申し上げたいのは、もっと彼らが拉致問題に、直接に結びつかないとしてもですね。
見聞きしてきた事、体験してきた事、生活してきた事をですね。
私たちが聞く前にですね。
彼らの口から自発的にですね。
私たち国民に対してお話していただけないか?と思っています。(会場内拍手)

これはなぜか?と言いますとですね。
拉致の問題は知らないのかもしれない。
もしかして知っていても怖くて言えないのかも知れない。
それは私はなんとも分かりませんけれども、どんな生活をしていたか?と言う事は私には全く関係のないことかもしれないけれども、ある北朝鮮専門家から見ればですね。
こういうものを食べていたという事はこういう生活待遇にあったんじゃないか?と推測出来るかもしれない。
こういう建物に住んでいたと言うことを話せば、私には分からなくてもある人が聞けば、こういう地域のこういう建物じゃないか?と、点と点がつながって線になる可能性が大きいと思います。
そういう意味では私はどんな事、関係のないこと、間接的なことでも結構ですから、直接国民の前に自発的にお話していただきたい。
そろそろもう帰国されて3年、ご家族ももう戻られているわけですから、私たちがお願いをする前にどうかお話しをしていただけないかな?と言うことと。

後もう一個は亡命元工作員の、横田めぐみの名前を初めて挙げてくださった安明進さんとですね。
彼ら5人が直接会って欲しいと思います。
安さんは北朝鮮の方ですから、国内の事は全て承知しているわけです。
一方彼らも23年間24年間北朝鮮国内に抑留されてきて(他の拉致被害者を)目撃されている可能性はあるわけです。
その人たちの情報を、それは合っているとか間違っているとかあるとは思うんです。
それを私たちは問いません。
この問題解決するためにですね。
お互いに会って、ここはそうだったこうだったということをつなぎ合せて欲しいんですね。
それを私たちはお願いしておりますけども、今の所まぁ悲しいかな実現出来ておりませんけども、そういった事も私はゆくゆく皆様方のお力を借りながら現実的な物にしていきたいというふうに思っております。

横田めぐみを始めとしてですね。
私はこういった集会でいつも申し上げるんですが、多くの被害者達のこれまでの28年間、30年間、40年間の失った時間と言うのは取り返せないんです。
取り返せないんですけども、これからの時間を取り戻してあげる事はできるんです。
それは、アメリカは助言や協力はしてくれる。
ヨーロッパや国連の人権委員会も手伝ってはくれるかもしれないけれども、当事者である我々が力を持って意思を持って態度を持って解決する事は出来ると思います。
他人がやってくれる事ではないんです。
私たちの国民が自分の事、我が事としてこの問題取り組んで向き合って、北朝鮮を絶対に許さないんだという意思として表す、と言う事が大事だと思います。(そうだ!の声、拍手)

この活動そのものが私たちの、ひいては自分の将来を明るい物にしていくと思います。
先ほど飯塚副代表がお話されたように、こうして皆様方にお訴えするしかないんです。
私たちは外交官でも政治家でもありません。
訴えさせていただく事しかできない。
皆様方にお一人でも多くの方に広めてくださいと言う事しかできないんです。
しかしこれは民主主義の国家ですから、これが一番強い圧力につながるはずなんです。
私たちはそれこそ母の言葉を借りれば、このままでは死に切れないわけです。
絶対に死んでもこの問題解決させなければならないと言う訳です。

私たちが今回訪米した時にも上院・下院・政府高官・国務省・国防総省のあらゆる方が私の事は知っております。
母や父の事も皆さん全員知っております。
彼らが基本的に日本の民間人に会うことはありません。
しかも日本の政治家であっても、基本的に向こうの議員が会うことはまず無いと言われております。
しかし私たちがお会いする方は全員が、ご本人が会ってくれたんです。
この方が皆この問題を注視して見守ってくれているし、何が出来るか?と言ってくださいます。
たいへんありがたい話ではあります。
しかし動かなくてはこの問題は、動けないわけであります。
小泉総理にいろんな手を使って動いてもらうよう、私たちが具体的な行動に出なければいけないと思います。

本当に私たち訴えるしかありません。
ぜひ、いろんな事件があってこの問題かすむことがございますけども、どうか変わりないご関心をお払いいただきまして、日本政府へ私たちの民意をつなぎとめていただけるようなお願いをさせていただければと思います。
どうぞよろしくお願いを申し上げます。
ありがとうございました。(拍手)

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(6)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話』

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皆さんこんばんは。(会場より「こんばんは」の声)
いつも皆さん方のご支援ご協力に心より御礼を申し上げさせていただきたいと思います。
だいぶ押し詰まっていますが私(持ち時間は)20分と聞いておりましたが、20分で宜しいでしょうか?
20分で特定失踪者問題の全てを語る事は出来ませんので、皆さんのお手元にですね。
「消えた川口の6人」と言う一枚のチラシがあろうかと思います。
そちらを中心にお話をさせていただきたいと思います。

最初に、今も県知事や金子善次郎議員のお話がありましたけれども、本当に今の政治状況はですね。
この拉致問題と言う物を簡単に解決するような状況では無いと言うことは皆さんお分かりだと思います。
それはひとえに政治と言うのは人がやる事ですから、やっぱり人が動かす物ですから。
この問題本気で解決しようと言う人が日本のトップでなければ、やはり解決しない事なんだろうと思っています。
その中でこの埼玉県というのは、県知事を初め、国会議員の皆さん、県議会議員の皆さん、市議会議員の皆さん、ほんとに一番熱心な県だと思っております。

せっかく褒めようと思ったら帰られちゃったんですけども(会場内小さな笑い声)やっぱり小泉純一郎さんではなくて、上田県知事を総理大臣にして(拍手)そうでしょ!それでちょっと問題ありましたけど、西村眞悟衆議院議員を官房長官にして(拍手、「その通り」の声も)そうでしょ!で、金子善次郎さん、この方は、我々にとって非常に貢献していただいた方です。金子善次郎さんを外務大臣にしてですね、(拍手)それで一気に解決をするということ考えなければ、この問題は解決できないと思っております。正に政治の問題だと思っております。これ話し始めるとこれだけで20分が終わってしまいますので、主に先ほど申し上げましたような川口の話を中心にさせて頂きたいと思います。

その前提にまず埼玉県全体の特定失踪者の方々の状況を申し上げます。
もう我々(特定失踪者問題調査会)ができて3年が経ちました。3年たったら、どんどん特定失踪者の方が増えまして、今460人の方から、私ども(に)届け出を頂いております。そのうち公開という形のかたが260人ですね。今日も壇上に上がっていらっしゃいますけれども、佐々木悦子さんのお母様をはじめとしてですね、それから、これは埼玉ではないですけれども、東京都の神津島で失踪した高野清文さんのご家族も会場のどこかにいらっしゃるはずでございます。その他多くの失踪者のご家族からご相談を頂いております。

埼玉ではさきほど県知事は17家族と言う数字を言われたかと思いますが、現在19家族いらっしゃいます。そのうち14家族の方から公開の申し出があります。そして失踪場所が埼玉というケースが11件
あるわけですね。たとえば新木章さんも、住まいは埼玉だったけれども、東京で失踪している方もいらっしゃいますので。

とにかく失踪場所が埼玉県という方が11人いらっしゃいます。それから北海道にお住まいだった方が、埼玉に住んでいて、埼玉で失踪したと言う方もあります。ですから、埼玉の問題というのは埼玉にご家族いらっしゃる問題だけではなく、埼玉を舞台にした失踪事件、そして拉致事件があることをまずご理解頂きたいと思います。

埼玉はですね、いわゆる1000番台リストと呼んでいますけれど、私ども特定失踪者問題調査会で拉致の可能性が高いと言われている方々の数が実は一番多い県でございます。

このチラシにありますようにですね、川口の6人のかたのうち、(田口八重子さんは、拉致被害者ですから)上の5人の方うち、真ん中にある藤田進さん、右隣の新木章さん、そして佐々木悦子さん、この3人の方々は我々調査会では拉致濃厚というふに、我々で判断している方でございます。

ここに入っていないんですけれども、実は、1973年に忽然と失踪した(失踪というかこれは事件なんですけれども)高兄弟という女の子と男の子の兄弟の失踪があります。これは正に事件でして、この二人のお父さんが北朝鮮の工作員だったわけです。奥さんは日本人です。この高兄弟のお父さんが北朝鮮籍で工作員だった。お母さんはそう言うことを知らないで結婚をして子どもができた、そのふたり(が失踪したと)と言う事件がございます。

このとき高さんが住んでいたのが埼玉県の上福岡市だったんですね。ご家族は現在北海道に住んでいらっしゃいますので、埼玉という形で出てきてませんし、また事件そのものも非常に複雑で、東京都下の目黒区あたりで事件が発生しているんです。それを詳しく言い始めますとこれも長くなりますから、はしょりますけれども。お父さんが北朝鮮の工作員あということがわかってですね、事件になったわけですけれども、お母さんは何も知らないから、お父さんの会社に訪ねていったんですね。『自分の夫が行方不明になっているけれども、どうなったんだ』ということで訪ねていったら、そこで犯人に拘束されて、お母さんがまず失踪したわけです。

この件は石高健二さんががよく調べていらっしゃるのでお読み頂きたいんですが。結論的にはお母さんは殺されてしまったと言うふうになっています。そして、残された2人のおこさんも忽然と消えたわけです。私たちとしても、これは事件で北朝鮮の工作員が絡んでいると言うことがありますから、私どもとしては、『拉致間違いない』と言う形で認定している方がいらっしゃるわけです。

(あと10分と時間を確認して)
あと10分しかないそうです。
とするとポイントを藤田進さんの事件に当てて、あと10分話したいと思います。

と申しますのは10月14日に大きなニュースになりましたけれど、西新井病院の関係施設を警視庁が捜索をしたというニュースがあったわけです。西新井病院の関係施設というのが、「金万有科学振興会」という団体が西新井病院の中にありまして、そこの「金万有科学振興会」の役員が薬事法違反で逮捕されたという事件です。それだけ考えれば、なんの事件か、なんで真鍋はそんなことをいうのかと言うことになりますが、この事件は藤田進さんと密接に絡んでいるということでございます。

というのは週間新潮や産経新聞であきらかになっているわけなんですけれども、私は<藤田進さんの拉致に関係したという人物>と面会をしているわけであります。

彼は私と何度も連絡を取りまして詳細に藤田進さんの拉致を手伝わされた状況を話しております。手伝わされたということなんですね。脅かされてやらされたと。藤田進さんは、千葉県にある西新井病院の施設に監禁されていた。監禁されていたところに自分は迎えに行った。その時に藤田進さんは泣いていた。その泣いていた藤田進さんを車に入れて、いわゆる大町ルートを使って、新潟県の糸魚川まで運んだ。そして糸魚川で別な人物に藤田進さんを渡したいうふうに証言しています。

実はこの証言が本当かどうかというのは、検証が不能だったわけです。この話は、警視庁が掴んでいたようでありまして、捜査上の問題があると言うことで、ある時より彼からの連絡は途絶えていたわけであります。そしてこの10月14日に正に彼が証言した施設・場所などにがさ入れがあったわけです。

表向き、警視庁は『これは藤田進さんとの関係はない』というふうに再三記者会見などでは言っておりますけれども。『単なる薬事法違反の捜査だ』と繰り返し言っておりますけれど。その薬事法違反というのは、ユンケルのような薬を、ガンに効く、エイズに効くというふうに、インターネット上で販売した言う事件だったんですね。結果は略式起訴ということで50万円で釈放されています。

こんな小さな事件、総数が300人 から400人の、<機動隊>を出してですよ、これは表には出ていませんが機動隊の後ろには、マシンガンを持った警察官も待機していたと言うぐらいです。それから捜索も、当初26カ所、関連施設を捜索する予定だったと言うことです。ところが、いろんなことで11カ所になったと言うことなんです。

要するに、いつもの警察のやり方ですが(別件逮捕というわけではないですが)、相当藤田進さんの拉致事件と関連をしながら、薬事法違反という形で捜査したことは間違いないと思われます。

そして、その結果出てきたものはまだ明らかになっていません。警察当局も何にも公表していないんですけれども、ポイントは『拉致であると共に、核開発のための技術と言ったものがこの科学振興会から北朝鮮に流されていた。』可能性が見えてきた、この辺がまだ明らかではないのですけれども。そう言った事件がありました。

しかもですね、藤田進さんにつきましては安明進ですね、−横田めぐみさんをみたという、目撃をした−安明進さんも藤田進さんが北朝鮮にいたと言うことを見たというのを、何度も証言しているのです。それは市川修一さんと一緒にいて、親切な若い男性がいて『たばこをくれた人物だ』と安明進は藤田進さんのことを言っているわけです。

と言うよう証言や、警察の捜査がある。

そして第三に(これが決め手なんですけれども)北朝鮮から藤田進さんの写真が出てきたわけです。出てきたわけですね。これは去年の8月です。大変ショッキングな写真だったわけですけれども。この写真が出てきた。安明進の目撃証言がある。こんど藤田進さんの拉致が関わった証言がある場所にがさ入れをした。これがあるにも関わらず、日本政府は藤田さんを、依然として、依然として、拉致被害者であると認定しようとしていません。

なぜなのか?これだけの明白なことがありながら、藤田進さんをはじめとしてですね、私たちが怪しいと、疑いがあると言っている方々、たとえば千葉県の加瀬テル子さんですね、同じように写真が出てきた方。島根県の松本京子さんと言ったような方々を依然として拉致被害者として認定してないというこの意味はとても重要です。日本政府が拉致問題に対してどれだけ真剣に取り組んでいるかということを知る上でとても重要です。

とりあえずは、日朝交渉の中で拉致被害者=政府認定の拉致被害者で手を打って、日朝国交正常化。残余の問題については、日朝国交正常化のあとに解決するという、公式なスタンスを変えていないというふうに思っています。その結果どうなるかはみなさん、だいたい想像がつくと思います。闇から闇にです。闇から闇になる可能性があるんです。それを絶対に許してはいけないのです。それを是非お訴えさせて頂きたいと思います。

(時間を気にしながら)
最後にですね、私が個人的にですが(そう)呼んでいるものがあります。『拉致のトライアングル』、といいます。それはですね、(お手元にかいてあるはすですが)川口と、それから北区と、それから足立区のトライアングルです。この二区(ふたく)においても多くの失踪事件があります。問題が、事件が起きています。そして足立区は西新井病院があるところです。

このトライアングルの中に、恐らくこの日本の北朝鮮による拉致事件の秘密が隠されているはずだと思っております。そこ解明はまだまだです。まだ入り口に立ったばっかりです。

拉致問題というのはですね、わかっている限りでもほんの一部にすぎないと思います。全容を解明したとすれば、もう、ほんの一部、ひっくり返るようなことが、明らかになるかもしれません。
その中の一つがこの埼玉県川口と、東京の北区、そして足立区の三角点を結ぶトライアングルにあるだろうと思っております。今日はお時間がないので、又時間がありましたら、その辺の背景内容をお知らせしたいと思いますが。

最後にですね、この折り鶴を送ってくださるご兄弟。私はこの場をお借りしてこの二人に感謝のことばを申し上げたいと思います。本当にこのお二人は熱心にこういう活動をして頂いています。ここに書いてあるんですけれども、『私たちふたりが出来ることは、この鶴を折ることです。』これも1万羽も折られたと書いてありますね。このお二人の高校生と中学生の方の、『自分たちの出来ることは何だろう』と自分たちで考えられてこうした活動を地道に続けられている、こういう人たちに私たちも支えられていますし、その思いを是非拉致問題の解決に結びつけていきたいと思っております。
従いまして皆様も是非更なるご支援とご協力のほど、心よりお願い申し上げまして私のご報告とさせて頂きます。

・・・・・・・・・・

このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(5)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『田島敏包(としかね) 埼玉県議会議員の挨拶』
(※北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を図る埼玉県議会議員連盟・幹事長)

ただ今紹介を頂きました北朝鮮による拉致問題の早期解決を図る埼玉県の議員連盟という、非常にお題目が長くて言い辛いですが。
我々は拉致議連と通称で埼玉県拉致議連と言う事で皆様方に訴えています。
ただ今紹介を頂きました、田島でございます。

私も拉致と言う言葉を知ったのは、平成3年県議会に当選いたしまして4〜5年経ってから、平成7〜8年の頃だと思います。
そのとき一番、日本の国は何をやっているのかな?と。
日本の民族が、日本の国権の中で守らなければならないのに、昨日まで居た人がいなくなった。
しかも北朝鮮で、働かされている。
そのような時に日本の国は何も言わないのか?吼えないのか?と。
そんな感じを受けました。

私自身、平成3年から議員になりまして今4期目でございますけども、日本民族と言う根幹は、政治をしながら絶対に持っていなければならない。
それを揺るがせてはいけないという気持ちで政治活動をやってまいりました。
たまたま先の参議院選挙の前にですか、補欠選挙がございました。
自民党の関口昌一先生が当選させていただきました。
その前、現在拉致議連の会長であります、深井会長の方から「田島何とか、拉致議連をつくろうよ」と。
「その方が良いぞ」と言う話になりました。
作らせて頂きました。
たまたま作り、何とか藤田進さんの弟さんを県議会の方で呼んで講演してもらったり、色々やってまいりました。

たまたま自民党で横田ご夫妻の講演をしていただき、また9月の5日には私の講演会の所、これは遠い児玉町なんですよ私、実は。
そこで会場一杯児玉の町の人に集まっていただいて、横田ご夫妻のお話を聞かせていただきました。
お父さんの方が語る、とつとつと語る、誠実に語る、その言葉の中に娘を思う気持ち。
またお母さんのあの新潟での事件、一言一言全てビデオテープで撮ってあるように、自分の産んだ子の生活。
何とか助けてあげたい。
その気持ちをひしひしと感じさせていただきました。

9月の20日、我々議連は47名おります。
その中で13名が新潟へ行きまして、新潟の拉致議連と協議及び、憎っくき万景峰号の入港阻止に向けて我々は埠頭まで行き「帰れ!北朝鮮へ帰れ!」大きく我々は船に向って叫んでまいりました。
同日に船は岸壁に着き、我々がいなくなった後、乗客が降りたそうですよ。
そんな話の中で、今から十数年前は新潟港の入国審査すら、北朝鮮が全てやってた。
それが現実だったと聞かされたとき、日本の国の港で、何で外国の北朝鮮が、そこまで日本の国はやらせていた。
そんな日本の国に対して私はやり切れない気持ちになりました。
悲しい気持ちになりました。

何が何でも、小さな地方自治体の議員です。
でも日本人である以上、日本人の心を持っている以上、早く拉致被害者を日本の国に返してやりたい。
そんな気持ちでおります。
しかも新潟へ行ったときに新潟県の県議会議長の方から、全国議長会で「拉致議連を作ってくれと言っても相手にされないんだよ」と、悲しい言葉がありました。
たまたま埼玉から行った13人の中に蓮見昭一現議長がおりました。
「じゃあ私も協力しましょう」
そういう話の中で、今全国を調べましたら47都道府県の中で11、拉致議連があるそうです。
無い所を何とか作ろうといって、今月末か来月半ば、一応幹事会を開きます。
全国47都道府県、拉致議連を作り、我々地方議員から国を動かすような運動を進めたいと思います。(拍手)

そのためには皆様方のご不断のご協力・ご支援をお願いしたいと思います。
我々も家族会と共に拉致被害者の家族と共に、一歩一歩解決のために前進して参ります。
本日は皆様にこれだけを確約して、私の挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(4)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『金子善次郎 衆議院議員(自民党)の挨拶』

皆様こんばんは。(「こんばんは」の声)
ただ今ご紹介を頂きました、衆議院議員の金子善次郎でございます。
今上田知事さんの方からもお話ありましたが、いや本当にですね。
この拉致問題でございますけども、どうしたら良いんだろうか?と言う気持ちでおそらくの皆様始め、我々もそんな気持ちで今いる次第でございます。
そういう中で先ほど飯塚さんの方からもお話ございました、経済制裁やるべきだと言うお話。
もうそろそろ、そういう時期なんじゃないかな?と言う気持ちもいたしております。

北朝鮮でございますが、最初にですね。
この拉致問題の重要性に私気が付きましたのは、早いものでございましてして、今この会場にですね。
私が最初に衆議院議員に当選した時の政策秘書である佐竹さんも、今東京から駆けつけておられるようでございますが。
当時ですね、当時ですよ。
この拉致問題に対しまして本当の意味で地道ながら取り組んでおられたのが、いわゆる民社協会。
昔の民社党でございますが、そこに人権会議と言ういう勉強会と申しますか、言うのがございまして。
そこでこの問題と言うものが取り上げられていたと。
私はそこで初めて勉強会に参加させていただいて、今息子さんがお出でになっておりますけども、横田めぐみさんのご両親が、涙ながらに、この何と申しますか、政治の場でもこの問題を取り上げてもらいたい。
言うような事を訴えられたわけであります。

その勉強会にたまたま私も参加させて頂いておりまして、そこには西村さんも、今も衆議院議員されておいででございます。
確かに国民も週刊誌など色んな事で多少の知識はあったと。
で、私は北朝鮮と日本のこれまでの関係を色々調べました。
これまでも人道支援と言う名目で北朝鮮には相当の米ですね、米。
これを援助して来ております。
ところがですね。
調べてみますと、直接与えたというのと、それからいわゆるお金の形で貸していると、言うものがあるわけですが。
それで農林省が食糧庁、今食糧庁ではございませんが、まぁ農林水産省でございますけども、そこが再三に渡りまして北朝鮮に請求書を出して来た。

ところがそれに対してですね。
何年もですよ?
何の返答も無い状態が実はその当時で、すでにハッキリしていた訳なんです。
拉致があって人道支援をして、それで当然向こうがお金を返さなければ、返せない状態であれば、大変申し訳ない。
今お金が無いんで、何とか日本政府としても我慢してくれとか、普通なら常識はそういう所にある。
ところが何の返答も無い。
それを逆に言えば、日本政府は放っておいたんです。
拉致の問題がありながらですよ?
今日本の政府、国民全体も拉致問題と言うものを意識され、いろんな意味で心を痛めている人が多いと思います。
しかしこの問題、北朝鮮の本質と言う物は全て今となっては皆さんがご承知の通りでありますが、この問題私はそろそろ行動を起こすべきかな?と。
言うふうにも考えている所でございます。

で、先般も色々お話を聞いておりますが、タイの女性の方も拉致されたと。
実はタイと言う国は日本以上に北朝鮮との貿易関係が多い所だそうでございます。
これからやはり、中国がああいう態度で、ロシアがああいう態度だと。
韓国がああいう態度だと、いうことであれば、先ほどもお話ございましたように、被害者を出してる国との連携と言うものをもう少し、もっともっと強めて国際的な動きって言うものをやるしか方法が無い。
言うふうにさえ、思う次第でございます。(拍手)

そういう意味で、だんだんだんだん、一番怖いのは運動のマンネリ化だと思います。
何としてでも皆様方が率先して圧力団体に是非なっていただいて、私も国会の場で主張を続けて参りますので、どうか今後も動きを絶対にマンネリ化する事無く、常に訴えていただければというふうにも思う次第でございます。
中々大変な問題で嫌になってしまうほどの問題でございますけども、一番心を痛めて、一番大変なのはご家族の方々でいらっしゃるのは言うまでもない事であります。
誰に頼るという時も、その時も横田ご夫妻はこう言われました。
「どこにお願いしたら良いのか?」
「国民を誰が守ってくれるのか?」
と言うことをご挨拶の中で言われたわけでございます。

私もその時は本当にショックを受けました。
自分の自分の家族が、やられた。
とてもとても我慢できるものではない。
言う事で私は立ち上がったつもりでございます。
あの当時は政界の中でもこの問題はある種のタブー視されていたんです。
朝鮮総連が恐ろしいとかいろんなことを言っておりました。
冗談ではありません、ここは日本の国であります。
そういうような事で拉致議連も活発化されてきたことは非常に良い事だと思いますが、何とか小泉政権の下におきまして、この経済制裁、何とかそろそろ具体的な。
今丁度6カ国協議の方も色々な難しい問題・状況がありますが、これが日本の拉致問題と核兵器の問題、これが上手く行かなければ経済制裁を必ずやると、いうような動きで進んでもらいたいと私は心から願ってる次第でございます。

そんな事で私も微力ではございますが一衆議院議員の立場におきまして出来る限りのことはやっていきたいとこのように思いますので、今後とも皆様方の仲間として一つよろしくお願い申し上げる次第でございます。
雑駁なご挨拶になって恐縮でございますが、そういう気持ちをお汲み取りいただきまして、金子善次郎も救う会埼玉の一メンバーとしてご認識いただければ誠にありがたい、このように願う次第でございます。
ありがとうございました。(拍手)

ダブルスタンダード

西村氏の話題はもう終わりにしようと思ってるんですが、どうにも気持ち悪い風潮が蔓延っているのが気になるのでもう一度だけエントリーを上げます。

西村氏が問われている嫌疑。
この嫌疑の対象者がもしも辻本清美だったら?鈴木宗男だったら?
それでもあなたは非弁活動なんて誰でもやってる事とか、これは謀略であるとか、金は政治資金に使ったんだから悪質ではないとか・・・そういった類のかばい立てをするんでしょうか?
多分しないですよね。
国会議員のくせに裏金を懐にドロンするなんて汚い奴だ、そんな奴が国会議員だなんて許せない、さっさと辞任しろ!
おそらくそういう論調で世論は一杯になっていることでしょう。

でもなぜか、今回の西村逮捕劇に関しては、妙にかばい立てして憚らない風潮が蔓延っております。
これは多分に西村氏が右派を代表する憂国の士であることに原因があるのだろうと思います。
確かに右派の立場から見れば、国会の場から西村氏を失う事は痛い。
何とか彼の存在を国会につなぎとめておきたい、あるいは彼の罪を不問にしたい・・・そういった身びいきが目を曇らせ、公平公正な判断を下す力を阻害している側面、無きにしも非ずだと思います。
しかし、西村氏は罪を犯したのです。
これは紛れも無い事実。
しかもご本人は自ら罪を認めていらっしゃる。
であるならば、まずは手始めに己の犯した罪の清算を済ませるのが、物の順序と言うものではないでしょうか?

ましてや彼は拉致議連の幹事長として、北朝鮮の悪事と対峙して来た人なのです。
北朝鮮による我が国の主権侵害・拉致被害者への人権侵害と言う悪事と真っ向から闘うべき人が、犯罪者だと言うのでは洒落にならない。
世論に対する説得力ゼロ、北朝鮮に対する説得力もゼロになってしまいます。
ここは拉致問題に関る者であるならばですね。
まずは断腸の思いで救出運動と西村氏の関係を切らねば、そもそもお話にならない。
それなのに、西村氏のこれまでの功績をまるで錦の御旗のようにして、かばい立てする人が後を絶たないのはどういうわけなのだろう?

民主党を除籍されても国会議員は続けて欲しいという声も耳にします。
私にはその感覚が分からない。
相手が憂国の士、西村氏ゆえに判断が甘くなるのは、それはハッキリ言ってダブルスタンダードじゃありませんか?
それに西村氏が本物の憂国の士であるならばですね。
中途半端に情けをかけられたら、かえって身の置き所が無くなるのではないかとも思う。
彼のことを本当に思うならば、罪は罪としてきちんと決着をつける事をまずは求めるべきでしょう。
身内なればこそ、物事には厳しくけじめを付けなければ。
そうでなければ、右派の憂国運動なるものも所詮は左巻きの売国行為と同類であり、彼らの思考停止や視野狭窄を笑えないではありませんか?

右派のひいき目が正しい物事の判断力を狂わせるのです。
まずは自分の立ち位置を右でも左でもない公正公平な所に置くべきでしょう。
そしてそこから冷静に今回の西村氏の行為を見つめて判断するべきです。
情に流されて、あるいは右派・保守派の身びいきで、西村氏に対する判断の基準を甘くしてはいけないと思う。

とは言え、私も西村氏の拉致問題に関するこれまでの功績について、不問にするつもりなど毛頭ありません。
氏にはこれからも拉致問題解決のため、ご助力・ご活躍いただきたいと思う。
しかし、その前に彼には己の罪を清算すると言う大仕事をこなさなければならないのです。
そのためにも、まずは西村氏ご本人が、救出運動から一端は身を引かなければ物事の筋が通らないと私は思う。
国会議員の職も潔く辞職するのがこれもまずは筋であると私は考えています。

むろん、マスコミによる度を越した西村バッシングは大いに批判するべきだし監視の目を強めるべきでしょう。
そういう意味でのかばい立てまでとやかく言うつもりはありません。
しかしそれはそれ、これはこれ。
まだ罪の清算もすまないうちから、やれ謀略だのたいした罪ではないだのという論陣はどう考えても身びいきに過ぎると私には思えます。
検察・警察は非弁活動の西村氏より、売国議員の方を何とかしろと言う意見もあります。
それは確かに道理だし私も売国議員は何とかして欲しいと思いますが、しかしこれもそれはそれ、これはこれ。
いくら売国議員に問題があるからといって、今回の西村氏の罪を不問にすることは出来ません。

西村人気の所以か、彼の逮捕後も西村氏を応援する声は後を絶ちません。
それはそれで結構な事。
しかし彼の今後を応援するにしても、まずは罪の清算を粛々と済ませるのが順序なのです。
身びいきが逆立ちして、物事の判断基準がダブルスタンダードになっていたのではお話にならない。
右派・保守派の人たちは、日ごろ左派のダブスタ振りを笑ったり、いわゆる小泉信者の妄信ぶりを笑ったりしますよね?
けれども立場を変えて見れば、今回の西村擁護の風潮は西村信者の妄信であると批判をされても文句は言えないのではありませんか?

いざ身内の西村氏の犯罪行為に直面したとき、身びいきゆえに目を曇らせてしまい、自分も同じ過ちを犯している事にはどうして気が付かないのだろうか?
西村氏の今後のためにも、拉致被害者の救出運動や、ひいては憂国運動を本気で守りたいと思うのならばですね。
この際、身びいきゆえのダブルスタンダードは潔くやめるべきだと私は思う。
posted by ぴろん at 04:05| Comment(5) | TrackBack(1) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(3)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『上田清司 埼玉県知事の挨拶』

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ご紹介いただきました埼玉県知事の上田清司でございます。
鈴木松蔵会長を始めとする拉致された被害者を救う埼玉の会の皆様方の、日ごろからのご尽力に心からの敬意を表したいと思います。
本日は家族会の飯塚さん、また象徴的な形で全国にいろんな形でアピールされている横田さんの弟さんの拓也さんも来ております。
そういう意味で埼玉がいろんな形で拉致された方々を救出したい。
この思いで何度も何度も思いを・・・あるいは勉強会をしたりしながらも、中々文字通り埒いかない。
こういう状況がある事も事実だというふうに思います。

まぁしかし、今度の小泉内閣も麻生太郎外務大臣、安倍官房長官、中川経済産業大臣が農林水産大臣に横滑りし、こうした問題に強い関心と意思を持っておられる方々が、逆に私は増えている。
こんなふうにも思いますし、小泉総理も何らかの形でこうした国民の声と言うものを反映するための努力をしなければならないと言うことはどこか心の奥にあるはずです。
また2度も訪朝して今日この埼玉でも田口八重子さん以下17名の方の特定失踪者が認定され、こういう状況の中で私はもっと何らかの形で経済制裁も含めたいろんな物が進めなければいけない。
この思いでございます。(拍手)

本日も我々にとっても頼もしい、金子善次郎先生が国会に復帰されました。
また埼玉では新潟に続いて県議会で拉致問題を考える議連が作ってあり、幹事長の田島県議もご参加されておられます。
多分に埼玉がそういった形で一番に熱心に取り組んでいるんではないか?こんな思いもありますが。
しかし本当に足の裏から、失礼しました。
靴の裏からかく様な足の裏をかくような思いをそれぞれ感じながらも、こうして熱心に、熱心に取り組む以外方法が無い!当面。
そういう・・・しかないと言うことを私たちは共に確認してこれからも一生懸命とにかくやろうと、そういうことでご理解を賜りたいなというふうに思います。

私も埼玉で行われる会議は少なくともこの周辺で行われるいろんな会合に、抜け出してでもここに来ると言う思いでありますことを申し上げまして、決意に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(2)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『飯塚繁雄 家族会副代表の挨拶』

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皆様こんばんは。(こんばんはの声)
いつもながら皆様に関しては拉致問題に深いご理解とご支援を頂いております。
そのおかげでこの問題も言ってみればようやくここまで来たと、言う感じもしますけども。
まだまだ、これからが大変だと、言うふうな感じも致します。

ただ今会長のご挨拶にあったように、我々北朝鮮に拉致された被害者、これにつきましてはすでにもう30年の方もいます。
28年、27年、まぁたまたまうちの妹は27年になりますけども、こうしている間にもいつ迎えに来てくれるかどうか?
毎日毎日、星を見て月を見て待ってると思います。
余りにも長い間、待ち続けていると、この姿を思い浮かべますと可哀想でならないと、いう気持ちでありますけども。
それよりもいつまでも元気でいて、きっと迎えに行くから、きっと奪還させるから、それまで待っててくれと。
言うような事を向こうの被害者の方々の耳に入れば良いなぁと、まぁいうふうに感じております。
中には諦めてしまっている人もいるかもしれませんが、いつか迎えに来てくれるという事が向こうの被害者たちに知れ、私たちも活動なり努力なりをしていくということが、実際につながれば良いなと思っています。

この間、我々家族会も結成してから6年になりますけども、当時は色々と難しい問題がありましたけども、地道な活動によって皆さんのご理解を得て、更には国会議員の先生方、あるいは県議会議員の先生方、あるいは地方自治体の方々のご協力を得ながら、ある意味では取り巻きから少しづつこの問題盛り上がってきております。
実際には例えば県議会の間でも政府に対する議決書を決議していただいたりですね。
更には署名活動、募金活動、その他たくさんのご支援を頂いております。
国会の方はですね、例の経済制裁法案、一つは外為法の改正の法案ですね。
更には、国会の中で決められた特別委員会と言う物もそれぞれの党にもできました。
それから参議院にも出来ました。
そういった中で国の体制として、北朝鮮に対する怒りの声が徐々にですけども高まっております。

更に申し上げますれば、世界のレベルでもアメリカはもちろん、人権法案をアメリカが可決しました。
これは北朝鮮の人権法案と言うことですけども、そして国連の人権委員会でも昨日、北朝鮮の人権に関る議決をしまして、キチッとした報告をせよと言うことで強い態度で出ていますけれども。
まぁ残念ながら国連の議決と言う物は相手に対して取り締まれると言うような、ではなく報告をせよと、という事にとどまっておりますけども。
これも更に国連の総会に議案が提出され可決されれば、これは相当な北朝鮮に対する圧力になるはずです。
そういうことも含めまして、取り巻きとしては相当な準備が出来てるはずなんですが、我々経済制裁をせよと言う声を長年お願いをしておりますが、中々それが実施されないのが非常に残念です。

あの北朝鮮は何か報告をせよといっても、全て捏造されたウソの報告しか出せません。
ハッキリしているのは日本人をキチッと返した時点、これが本当のことだと。
それ以前の話は全て今まで総括しますと、信用が出来ない内容ばかりですね。
そういった国を相手のどうやって我々の拉致された日本人を取り返すのかと、言う事をですね。
いろんな戦略・戦術を使って、どうしたら取り返せるかと、言う事をキチッと決めた上で対応していかなければ、あの国はまともな国じゃありませんので。
やはり向こうからごめんなさいと、返しますと、言わせるような状態に持っていかなければならないんじゃないかと。
それは我々が今唱えている北に対する経済制裁。
あるいは経済的ではなくてもいろんな締め付け、これが絶対に必要だという事で、更に感じております。

いままで北が報告した内容としましては、我々認定されている被害者、更に特定失踪者の方もたくさんおりますけども、その何一つとっても全て嘘だという事は、これは逆に生きていると、これが逆の意味で証拠になるんですよね。
生きている人の骨は出せないわけですから。
そういうことを思い、そのほか脱北者の方々、その他の情報を聞きますと、やはり我々の家族は必ず生きていると言うふうに更に信じております。

先日安倍官房長官も我々に会ってですね。
色々な話を聞きましたけども、やはり国としても日本人拉致被害者を必ず生きているんだから返せと、こういうような言い方をしております。
それから更に斎木審議官、先日の日朝協議の中で北の代表と話をしましたけども、やはり誠実な答えがなければ日本は強い対応をせざるを得ないという事をハッキリ申してきましたし。
もうボールは向こうに投げてあるんだと。
それを早く戻せと、投げ返せと。
そのボールが投げ返された時点では、相当な厳しい対応を取らざるを得ないと、言うふうな事を言っております。

それと交渉の中で核・ミサイルの問題、当然入ってきますけども、やはり日朝正常化と言うのは核・ミサイル・当然拉致問題これらを解決した暁に初めて導入される問題であって、これを別々に協議しますと拉致の問題は置き去りにされそうな感じがします。
これについても斎木審議官もハッキリと、日朝間の懸案事項である拉致問題と核・ミサイルの問題をキチッと片付けた後でないと日朝正常化交渉に入れませんとハッキリと言っております。

しかしながら北朝鮮は相変わらず拉致問題は解決済みと、言うふうな態度を保持しておりますし。
そういう態度でしたらこの懸案事項である拉致問題は進展しないはずなんですね。
そういう意味から言うと北が今まで言って来たことは、全て間違っていましたと。
いうふうに180度転回しない限り、この拉致問題の早期解決はありえないと、いうふうな事まで考えておりますが、
当然ながら国の立場としましては、大事な国民の命を守る。
あるいは国家犯罪があればそれに対応してキチッと取り返す。
そういった強い態度で発信していかないと北朝鮮はドンドン時間を延ばして、皆さんの世論も下げて、あるいは家族もくたびれて、いうようなことを待っていると言うふうにしか思えません。
それで何となくこの問題終わりだと、いう事につなげたく思っていると思います。

我々はそういうこともハッキリ分かってますので、ぜひ皆さんのお力も借りまして、強い態度で北に当たると。
もう途中の経過とか報告とかはもう良いと。
要するに生きてる日本人を全員返しなさいと。
いうふうな観点からこれから 交渉・要求を行かないといけないんではないかと、いうふうに考えます。(「そうだ」の声)
我々長い間こうやって皆さんにおすがりして活動してきましたけども、やはり年月はドンドン経ちます。
そういう意味では我々当然ですけども、向こうで待ってる被害者の方々もドンドン年をとって来てしまう。
このことを考えると、本当に一刻も早く、返して欲しいというのが我々の願いですけども。

これは直接は北朝鮮に当たるのは政府です。
総理大臣です。
総理大臣がこの制裁についての承諾、首を縦に振らない限り、この制裁は実行出来ないと。
言う我々のもどかしさが今感じられますけども、これにつきましては皆様の協力によりまして、署名活動あるいは官邸へのメール・電話、それからハガキ、そういった物もドンドン出していただいて、国民の皆さんの世論の圧力と、良い意味での圧力と言うことをもっともっと私たちもお願いしていきたいと、言うふうに考えています。

これからも全国であちこち集会がありますし、暮れには東京でまた大集会があります。
12月の16日は大阪で、国際会議場で大集会があります。
その間も各地でこういった集会をやっております。
私たちは皆さんに訴えるしかないんです。
そういう意味では今後も、もちろん私も老体になりましたけども、鞭を打って頑張っていきたいと思いますので今後のご支援よろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

第3回拉致問題を考える埼玉県民の集い(1)05.11.19 埼玉会館小ホールにて

『鈴木松蔵 救う会埼玉代表の挨拶』

皆さんこんばんは。(会場より「こんばんは」の声)
第3回の拉致問題を考える埼玉県民の集いを開催いたします。
皆様方、大勢お集まりいただきまして誠にありがとうございます。(拍手)
私はこの会を主催いたします、北朝鮮に拉致された日本人を救う埼玉の会代表を務めます、鈴木松蔵でございます。

今回の県民の集いに当たりまして埼玉県当局を始め、埼玉県教育委員会、さいたま市教育委員会、川口市、上尾市、久喜市、白岡町の後援をいただいております。
そして関係団体と致しまして、北朝鮮による日本人拉致問題の早期解決を図る埼玉県議会議員連盟の皆さん。
そして北朝鮮に拉致された日本人を救出する埼玉の県民有志の会の皆さん。
拉致問題を考える川口の会の皆さん。
田口八重子さんのご家族を支援する上尾市民の会の皆さん。
そして北朝鮮に拉致された日本人を救出する為の四市(朝霞・志木・和光・新座)協議会の皆さん。
皆さんのご協力により、このような会が開かれる事になりました。
誠にありがとうございます。
これからもよろしくお願いを致します。

そして来賓と致しまして、埼玉県知事であります上田清司知事をお招きしております。
少々遅れて参りますが、皆様によろしくと言うことで、まもなく参ります。
よろしくお願いを致します。
そして県議会の拉致議連の副代表であります、田島敏包(としかね)県議会議員の先生。
そして国会議員の金子善次郎先生(自民党)にもご出席を頂いております。
誠にありがとうございます。

私たちは平成12年4月から会を結成し、活動をはじめました。
私たちの目的は北朝鮮に拉致された日本人を救出する事であります。
私たちがこの会を結成したのは、前の年日比谷公会堂で全国集会の後、有志が集まり結成したものであります。
活動の主なものは、署名活動でございます。
当初拉致被害者の救出を求める署名でございます。
次は経済制裁を求めるに替わりました。
埼玉県知事・上田清司様、県議会拉致議連の皆様も一緒にこの署名活動に協力していただきました。
そのほか昨年県民の集い、会の総会、研修会を行い、広く県民の皆様に拉致問題を訴えてまいりました。

拉致問題が大きく取り上げられるようになったきっかけは1987年・昭和62年、大韓航空機爆破事件であります。
これは韓国の航空会社、大韓航空機が爆破され乗員乗客115名が死亡した事件であります。
この犯人は北朝鮮の工作員・金賢姫であります。
そしてこの金賢姫は蜂谷真由美、そしてもう一人蜂谷真一と名乗った偽の日本人のパスポートを持って工作を行ったわけでございます。
その翌年はソウルオリンピックの年であり、もしこれがそのまま爆破されそしてこの犯人が死亡した場合、日本と韓国の関係は厳しいものになった可能性があります。
まさに北朝鮮はテロ国家であります。
金賢姫が逮捕され、証言により日本人教育係りはリ・ウネこと、田口八重子さんである事が分かりました。
これが拉致問題として大きく注目されたきっかけでございます。

その後日朝正常化交渉が行われましたが、北朝鮮は拉致問題は知らぬ存ぜぬを繰り返すばかりでございました。
食料の援助も効果がなかったわけであります。
小泉首相が誕生し、日朝首脳会談が行われ、第一回目の会談で北朝鮮は拉致を認め謝罪しました。
5人生存8人死亡2人未入国ということであります。
5人の拉致被害者が10月15日帰国しました。
そのうち、曽我ひとみさんは政府認定外の被害者でした。
この事から拉致被害者は他にも大勢いるのではないかと思われます。
5人の生存者とその家族は何とか帰国し、永住する事になりました。

北朝鮮が拉致を認めてから今日に至るまで、過程は平坦ではありませんでした。
それは政治家も私たちも 拉致が主権の侵害であり、人権侵害である。
日本人一人一人が主権を守り侵害されぬようにすべきである。
このことをもっともっと認識しなければならない、と思います。
本日は拉致被害者の家族の方の訴え、特定失踪者問題調査会の真鍋専務理事のお話が中心になりますが、最後までよろしくお願いを致します。

北朝鮮が、5人と家族は帰りましたがこれで事件が解決したわけではありません。
8人死亡とされた証拠は何も有りません。
死亡診断書もめぐみさんの遺骨も、偽物でありました。
政府は昨年12月24日、誠意ある対応がない場合、厳しい対応をせざるを得ないとしています。
8人死亡2人未入国との説明を裏付ける物は皆無だった、全く受け入れられないとしています。
そう発表してから1年が経ちます。

何もしないでいたら、拉致問題はこのまま埋もれてしまいます。
拉致問題解決の為に、政府に特に総理大臣に経済制裁の発動を求めるものであります。
多くの県民の皆様、国民の皆様、更にご協力をお願いするものでございます。
被害者の家族は長い年月を経た現在、皆高齢です。
時間がないんです。
拉致被害者の家族の気持ちはいかばかりかと思います。

今年の夏、衆議院選挙が行われました。
私たちは全国協議会と連携し、候補者にアンケート調査を実施しました。
そして当選者の82%が経済制裁をすることに賛成を表明しております。
また残りの方についても経済制裁反対としている者はほんのわずかです。
粘り強く交渉するべきとか、相手の状況を見極めてとか、時機を見て、あるいは他国と協力してなどであって、本質的には経済制裁は止むを得ないとしているのが現状でございます。

この問題が解決されない場合、これからも日本人が拉致される可能性があります。
拉致は日本だけではなく韓国・レバノン、最近ではタイ人も拉致されようとしております。
世界中から拉致されております。
これを止めましょう。
どうぞ最後までよろしくお願いを致しまして。
それから私が目指している趣旨につきましては、外の受付の所で「金正日に正しいメッセージを」と言う本を販売しております。
お買い求めの上ぜひお読みいただきたいと思います。
それではどうぞよろしくお願いを致します。(拍手)
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