2005年12月31日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(4)05.12.22 日比谷公会堂にて

『中川昭一 農林水産大臣の挨拶』

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皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)
今櫻井よしこさんからご紹介いただきました、中川昭一でございます。
年の瀬も押し詰まりまして、また大変寒い中をこうやって気持ちを一にする皆さんにお集まりいただいて、私も議連のメンバーの一人としまして、心から皆様方にありがとうございます。
そしてまた、本日を契機に目的達成の為に一緒に頑張りましょうと、こういう事を申し上げたいと思います。

先日横田めぐみさんの写真展、この中にも大勢の方が行かれておられると思いますけれども、写真一枚一枚が、あるいはいろんな物一つ一つが、さっき平沼会長が良識であると言いましたけれども、先輩には失礼ですけど常識以前で、当たり前の普通の人であればあの写真展に行ってですね。
考えずに会場を出ることは私は出来ないだろうというふうに思いました。(拍手)

中でもめぐみさんが拉致される直前にお父さんお母さん、拓也さん哲也さんに送ったハガキ、「もうすぐ帰るからね」
あのハガキは私は本当にその場で涙が出てまいりました。
あれからもう30年近くであります。
普通の人間であれば自分の子供があるいはきょうだいが、ある日突然いなくなれば多分気が狂ったように探すんですね。

私にも親がおりますし、子供もおります。
しかもそれがですね、事故でもなくそして事件であると。
しかもその事件が国家による犯罪であると、言うことが明らかになった訳でありますから、これは国家対国家としての犯罪の糾明・解決。
そしてもちろん被害者の全員の救済と相手国に対する責任の全うに到達するまで、この運動は進めていかなければならないと思います。

そういう中で私は平沼経済産業大臣の後を受けて経済産業大臣になりまして、今お話のありました飯塚さんや平沼会長からもお話がありましたが、貿易の責任担当大臣でございました。
対話と圧力と言う政府の決定事項でありますから、貿易担当大臣として何とかそのバランスを取る。
つまり対話だけではなくて圧力を強めていかなければならないと努力をいたしましたが、誠に残念ながら力不足でございました。

その後、今度は農林水産大臣を現在やっております。
食料担当でございます。
私は北朝鮮の国民の多くの皆さんは、この東京よりもはるかに寒くて、そして満足な食料も無い。
大勢の気の毒な皆さん方には、100歩譲って食料を援助しても良いと実は思っているんです。
一般の人たちには食べ物が無いんですから。

しかし今年、あるNGO団体が日本の食料を送ったら、その後ビデオを見ますと平壌の自由市場で日の丸付いたまま、その米が高く売られているという映像を見た瞬間に、私は先ほど100歩譲ってと申し上げましたけど、改めてこの拉致の問題が解決しなければ、そして圧力として効果があるんであれば、私は自分の責任において、つまり職を堵してひと粒たりとも向こうに食料は送らない。(大きな拍手)
改めて決心をしたわけでございます。
決してこれが問題解決に直接つながるかどうか分かりませんけれども、前進になるであろう事を私は信じておりますし、ご家族の皆さんの切なる希望である事を我々はしっかり受けとめていかなければ行けないと思っております。

今日ここに来る前にご家族の方から頂いたトータル100通を超える手紙やハガキを、改めてサァーっと今読み返してこの会場に参りました。
ある方のおハガキの中には「人の世の侘しさを感じます」という一言に、私は一瞬目が留まってしまいました。
人の世の侘しさを感じながら30年近く過ごして来られた。
失礼ですけれども、私よりもずっと年配の方々が大勢いらっしゃいます。

横田滋さんは緊張の糸がちょっと切れて体調を崩された。
しかし奥様からのおハガキでは順調に快復しておりますけれども、私も横田会長を良く存じ上げていますので、じっとしていられない方ですから、この際少しじっくり体調快復して、そして元気でめぐみさんに会って貰わなければ困るわけですから。(拍手)
ゆっくり休んで頂きたい。
そして改めてここぞと言う時にまた、今まで以上に元気になってリーダシップを発揮して頂きたいと思います。

先ほどからの飯塚副会長や平沼会長のお話を聞いていると、本当に私自身の責任の重さと言う物を、またご期待に応えられないという申し訳なさを痛感している所であります。
私は今日は農林水産大臣としてあるいは国会議員として、というだけではなくて一人の普通の人間としてこの問題を解決せずにはおれない、許しては置けないと言う気持ちで来ましたので。
これは皆さん気持ちは同じだと思いますので、平沼会長の下、家族会また支援団体の皆様方と私の出来る範囲の事を、全力を挙げてやる事をお誓いを申し上げましてご挨拶とさせていただきます。(大きな拍手)

★櫻井よしこさん

ありがとうございました。
ご自分の責任において、ひと粒の米もあの金正日政権には渡さないと言うお言葉、本当に心強く仰っていただきました。(拍手)
日本政府はようやく拉致問題解決に取り組もうとしているのか。
その兆しが人権担当の政務官の任命でございます。
山中あき子(火へんに華)さんに今日はお出で頂いております。
どうぞよろしくお願いいたします。(拍手)


制裁発動で被害者救出を!国民大集会(3)05.12.22 日比谷公会堂にて

『平沼赳夫 拉致議連会長の挨拶』

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★櫻井よしこさん

では次に、拉致議連会長として目覚しい活躍をしてくださり、私たちを強力にサポートし続けてくださっている平沼赳夫衆議院議員にご挨拶をお願いします。(拍手)

★平沼赳夫衆議院議員

皆様方こんばんは。(「こんばんは」「頼みますよ」の声、拍手)
師走の寒い中、拉致問題に大変関心をお持ち頂き、また憤りをお持ちいただいている皆様方が、こうしてお集まりを頂きました事に主催者の一人として本当に心から御礼を申し上げたいと思います。
本当に皆様方ありがとうございました。(拍手)

拉致問題に関して我々国会議員も議連として経済制裁をするための法律を2本、ご承知のように作らせて頂きました。
しかし残念な事でありますけれども、閣議で決定するという条件が付いておりまして、総理大臣にやる気が無いんです。
けしからん事だと私は思っています。(拍手)
色々な理由付けがあります。
経済制裁をすると北朝鮮からテポドン・ノドンが飛んでくる。(薄笑いの声)
こんな事を言っている人もあります。

しかし考えてみてください。
経済制裁法案を作ると日本が言った時に、テポドン・ノドンが飛んでくる。
こう言った国が北朝鮮じゃないですか?
法律が出来てもそんな事態は起こらなかった。
そんな心配する必要ありません。(「そうだ」の声、小さく拍手)
やはり法律が出来てるんですから毅然とやるべきことが今一番大切な事だと思います。(拍手)

客観的な事を色々考えて見ますと、小泉総理は国交正常化に重きを置いているとしか考えようがありません。(「そうだ」の声)
しかし国交正常化をする前に断じてやっておかなければならない事は、10名の行方不明者、そして400名を越える特定失踪者、この問題の全面解決を無しに国交正常化をすべきではありません。(拍手)

我々は家族会の皆様方や救う会の皆様方や特定失踪者のご家族の皆様方のご要望に、力を合わせてお応えさせて頂きました。
ひとつは衆議院・参議院に特別委員会を作る事。
その特別委員会で経済制裁の決議をする事。
そして今申し上げたように法律を作る事。
これはクリアをして参りました。

しかし今申し上げたように、ヘッドがやる気が無いんです。
従って立法府の国会でもう一つやらなければならないと私は思っています。
それは閣議の決定、それを待っていたら埒が開きませんから。
要は新しい法律をもう一つ作って、そしてテロ行為ですとかあるいは不誠実な対応があったときには、閣議の決定より優先をする法律を作る事なんです。
こうこうこういう事があって不誠実な対応であったら、閣議で決定をする以前に優先的に閣議はその行動をするという法律を作る。
この準備を私どもはしようと思っています。(拍手)

その法律の中には具体的に、こうこうこういう場合には閣議の決定に拘らず経済制裁を発動する。
こういう法案をみんなの力を合わせて努力をして作っていく。
そういうことをしない限りですね。
本当の解決は私は図れない。
そのように思っているわけでありまして、我々として全力を挙げてこの問題に取り組んで行きたい。
このように思っています。(拍手)

今日は皆様方はもうご承知だと思いますけども、この運動も非常に国際的になって参りました。
お隣の韓国から被害者の代表の方も来られておりますし、またタイ国にも同じような拉致被害があったと。
アノチャさんと言う女性が北朝鮮に拉致されている。
そしてご兄妹のパンジョイさんもここに来られております。
レバノンでも同様の問題がありまして、その被害者のお母様であるハイダールさんもここに来られています。
国際的な連携の中で力強くこの問題を展開していく事も、大きな私はポイントだと思っております。(拍手)
そういう意味でこの国民大集会に、韓国、タイ、更にはレバノンからご参加を頂いたという事は非常に大きな意味があると思っておりまして、(拍手)我々議連と致しましても国際的な連携の下でこの問題解決の為に汗をかかせて頂きたい。
このように思っている次第であります。(拍手)

今日お集まりの本当にこの問題を心配してくだすっている良識ある日本国民の皆様方が、更なる危機感を持って我々の運動に連帯をして頂くことが家族の皆様方にとり、救う会の皆様方にとり、また400名を超える本当に毎日を不安とそして悲しみで暮らされている特定失踪者の皆様方。
その方々に本当に大きな力になるわけでございまして、我々も全力で頑張って参りますので、どうか今日お集まりの皆様方の更なるお力を衷心からお願いを申し上げまして、私の挨拶に代えさせていただきます。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ

平沼さんありがとうございました。
では次に拉致議連前会長で現職の大臣であります、中川昭一さんにお願いしたいと思います。
よろしくお願いいたします。(拍手)

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(2)05.12.22 日比谷公会堂にて

『飯塚繁雄 家族会副代表 開会の辞』

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皆様、年末のお忙しい時に、このようにたくさん大勢の方がお集まりいただきまして本当にありがとうございます。
また日頃からこの拉致問題に深いご理解を頂き、かなりな色々な面でご支援を頂きまして本当にありがとうございます。
感謝いたします。(拍手)
本来ならば、ただ今司会の方からお話しがあったように、代表である横田代表がご挨拶すべき所でございますけども、すでにご承知の通り過酷な日程、この活動の日程によりまして体調を崩し、検査入院と言う事で入院して今静養中でございまして。
奥様から聞きますと、元に戻ったからしばらく様子を見ようと言う事でございますので、皆さんにもぜひよろしくと言う事でお伝えを致します。

更に我々の家族もですね。
そのように毎年毎年歳をとって行きます。
長い間、まだかまだかと言うような念願の気持ちを持ちながら、いつの間にか1年経ち2年経ち3年経ち、もう家族会が結成されてから8年も経つこの時期に、まだまだ問題の解決の糸口が見えない、言う事でございます。
更には北朝鮮に実際に連れて行かれている被害者の皆様、すでに数十年目のこの厳寒の季節を迎えます。
毎年毎年寒さを堪えながら、「いつ日本に帰れるか?」というふうに今この日、この時間もじっと我慢して待っていると、言う状態を私たち思い浮かべるに辺り、本当に我々はいても立ってもたまらない。
そういう気持ちでございます。

我慢と言うのは何年のことなんでしょう?
もう我慢の限界はとっくに過ぎています。
そういう中で我々あるいは被害者の方々、大勢の方々がこの我慢を強いられているわけですけども、我々生身の人間でございます。
やはりその環境、あるいは年齢、あるいは病気になるかもしれません。
それを思いながら解決を望んで活動をしておりますけれども、なかなかそれが実際には良い結果が出て来ないと、言うのが現状でございます。

私たち長い間この日本人拉致被害者を奪還しようと言う事で活動してまいりましたけれども、全国の救う会の方々、あるいはそれに伴う支援団体の皆様、そして中央・地方の議員の先生方、更には皆様の絶大なるご支援によりまして、ようやくここまでこの問題を解決しようと言う気運が盛り上がって参りました。
我々はこの盛り上がりを全ての解決に向けて今後も持続させたい気持ちではございますけども、今まで活動を続けながら2002年の9月の17日に日朝の首脳会談が行われ、北が拉致を認め、更には5人の被害者が帰って来、更にはそのご家族も帰ってきましたけど、これは言ってみれば皆様の大きな声がそうさせたと。
その実績が皆様のおかげで得られたことになるかと考えています。
しかしながらこの拉致の問題の本質である、まだまだ我々の家族を含めた大勢の方々が北朝鮮に囚われの身になっている。
この問題を解決しなければいけないということは、もうすでに世論もそう思っております。
私たち当然ですけどもそれが中々なされない。

この北朝鮮の対応につきましては全てウソの報告が来ております。
横田めぐみさんの骨と言われる物から始まり、我々家族、その他の人に対する報告書も全くの捏造であります。
そういう事を考えますと私たちは、これは絶対被害者は皆生きているというふうな確信を持っております。
そういうつもりでこの運動も・・・(聞き取れず)のある者を絶対に返してもらう、奪還する、助け出す。
そういう強い気持ちで今後も闘って参りたいと思います。
一刻を争う問題であります。
しかも国の重要課題でもあります。
何をさておいてもこの問題を解決しない限りは他の問題は解決できないというふうにも考えております。

去年の12月24日、政府は北朝鮮の対応が不誠実だと言う事で、日本はそれに対する厳しい対応を取らざるを得ないという事を言及しておりましたがすでに1年になろうとしています。
その間、何もやってはいなかったと私たちは感じます。
確かに日朝協議その他、今継続中でございますけども、日朝協議にしましてもいわゆる北と日本の懸案事項という形でその中の一部として拉致問題と言う形になっておりますけども、もちろん日本国としてはこの拉致問題を第一、最優先と言う形で交渉していただき、更には生きてる日本人を全部返しなさいと。
言うふうに大きな圧力を持って要求していくと言う事が大事だろうと言うふうに考えています。(拍手)

やわな交渉では全くこの問題はただ長引くだけで、(拍手)北朝鮮の思う壺です。(「そうだ」の声)
そのうちある所で幕引きと言う形で変な日朝正常化が行われる。
この事を我々一番心配しております。
ですから今この細い糸がつながれていますけれども、この糸を手繰ってこの日本人拉致問題あるいは韓国、更には世界各国の皆様の被害者を取り戻すと言う所に是非つなげて行って頂きたいと、言うふうに考えます。
従いまして今回この経済制裁をせよと言う我々の強い声、皆さんの声、これをきちっと受けとめていただいて北朝鮮に対する日本人の怒りだというメッセージを強く与えていって頂きたいというふうに、交渉団の人にもお願いしたいと思います。

今この問題も国際化され、国連の人権委員会でも総会でも北朝鮮の非難決議は多数の賛成によって可決され、世界の国からも北朝鮮はけしからんという圧力が加わったわけでございます。
そういうことも含めて内外から圧力を加えて、北朝鮮が「ごめんなさい、返します」と言うふうな声を出すまで私たちは強い態度で闘っていきたいと思います。(拍手)
引き続き皆様の絶大なるご支援を頂き、我々も頑張ってまいりますので、よろしくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(1)05.12.22 日比谷公会堂にて

『櫻井よしこさん 開会の言葉』

皆様こんばんは。(「こんばんは」の声、拍手)
寒い中をこの会場に、ウィークディの中を、師走の大変お忙しい中をお出でいただきましてありがとうございました。

めぐみさんたちの拉致が分かってこの運動が始まってから早くも足掛け9年になります。
来年3月には10年目に入ります。
そして二日後の24日には迅速で誠実な対応が無ければ日本政府としては厳しい対応を取ると、前官房長官が仰ってからこの24日で丁度一年になります。

北朝鮮は今24日から25日にかけて、北京で日朝交渉を行おうと向こうから話し掛けて参りました。
けれども交渉に応じると言う事は、何の進展も意味するものではありません。(「そうだ」の声、拍手)
私たちはあの金正日体制の北朝鮮が拉致問題を解決する気持ちもなく、単に時間を稼ぐのであればこれは絶対に許してはならないと思います。(拍手)
拉致の被害者の皆さん方が、寒い時も暑い時も絶望に陥りがちな状況の中で希望を失わずに一生懸命に、日本全国のみならず国連にもアメリカにもジュネーブにも、いろんな国に出かけていって訴えかけてきました。
そして今私たちは拉致問題が日本の直面する問題にとどまらず、世界各国の直面する問題である事を明らかにして参りました。

そして今北朝鮮がこれ以上の時間稼ぎをしないためにも、させないためにも、北朝鮮に強い態度で臨む事が最も重要であるかと思います。(拍手)
これほど物事がハッキリして来た今、拉致の被害者全員を日本人だけではなく、韓国の人もマレーシアの人もタイの人も、全ての国の拉致被害者を取り戻す為の最後のチャンスだと言うふうに私たちは受けとめて、小泉政権に厳しい経済制裁を取るように求めて行こうではありませんか。(拍手)

ただ今から「制裁発動せよ」「拉致被害者全員を救い出すための経済制裁発動をせよ」
この趣旨で国民大集会を開催いたします。
司会は櫻井よしこです。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

家族会の会長の横田滋さんは、体調を少しばかり崩しておられまして、元気なんですけども大事を取って今日はお休みをさせていただきました。
そこで家族会を代表いたしまして、副代表の飯塚繁雄さんにご挨拶を頂きたいと思います。
田口八重子さんのお兄様でいらっしゃいます。
よろしくお願いします。(拍手)

救出の為に日米韓連帯を!東京集会(14)05.11.23 友愛会館にて

『横田滋 家族会代表の挨拶』

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今の増元さんや西岡さんの話にありましたように、各国で新しい拉致が続々と見つかっています。
先日の産経新聞では11カ国の人が拉致されていると出ていましたんですが、それぞれの国が連携して拉致家族も連携して国際的な包囲網を敷くことによって、是非一日も早く解決して欲しいと思っています。

それからまぁ個人的なことですが、18日から今日まで有楽町のマリオンでめぐみの写真展をやっておりまして、昨日で5日間で1万6千人、今日は祭日ですからおそらく4千人を越えて2万人くらいの方がいらっしゃったと思います。
大勢の方がこの作品を見て拉致問題について改めて考えるきっかけになったと、出口のところで皆さん仰ってくださいました。
ですからこれも何らかの形でプラスになって欲しいと願っておりますし、ご参加された方々にはここで改めて御礼申し上げます。(拍手)

・・・集会終了・・・

救出の為に日米韓連帯を!東京集会(13)05.11.23 友愛会館にて

『西岡力 副会長のお話』 

最後に、あと10分くらいしかないのでまとめの話をさせていただきたいのですけども。
つまり拉致問題が国際化してきた、言う事ですね。
今タイの問題が出てきましたけど、実は今度は増元さんマカオの話をされたんですが、これは78年の7月2日にアノチャさんが拉致されてるんですね。

でジェンキンスさんの本によると、アノチャさんは、同じ船に二人のアジア人女性が乗っていたのを見たと言っていたと書いています。
そのアジア人女性が誰なのかがわかったんです。
当時のマカオでは、おかしな行方不明事件、人身売買事件じゃないかとして報道もされていたし、捜査もされていたんですね。
宝石点の店員の孔さん(ホンさん、前述)という方と、ホテルのナイトクラブで働いていた蘇妙珍(ソウ・ミウザン)さんという女性二人が、同じ日にいなくなってる。

日本人を名乗る人間が、フクダと名乗る人間が現れて、案内してくれとか言って連れ出した後いなくなった、いうことなんです。そうしましたら、実は韓国から拉致されて自力で脱出した韓国の映画俳優と映画監督がいる。
1978年に拉致されて、86年にオーストリアに逃げた崔銀姫(チェ・ウニ)さんと申相玉(シン・サンオク)さんが本を書いている。

「闇からの谺」(上下巻、文春文庫)という本ですが、その中で崔銀姫さんという映画俳優が、隣にマカオ人が住んでいたと書いていた。
そのマカオ人と親しく話していたと、行ったり来たりしていたと。
名前はホンさんと言う。
宝石店に勤めていたという。
ピッタリ一致した。

そのことが話題になる中、今度は香港の「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」が、13日に記事を書いてるんですね。
マカオでも拉致があったと。
そして、その孔さんの弟さんが出てきた、という記事ですね。
ここにアノチャさんの写真まで出てて。
香港の新聞なんですけども。
同じ日に3人、タイ人一人とマカオ人二人を拉致していたのはほぼ間違いが無い。

そしてこれは少し面白くてですね。
今マカオは中国に返還されているんです。
マカオ人と言うのは中国国民なんです。
中国政府は今、北朝鮮の国連総会の人権決議に反対したんです。
自国民が拉致されているのに反対していいんですか?と。
マカオの人たち、あるいは香港の新聞がこれからどんどん書くでしょう。

つまり、北朝鮮は友好国からも拉致するんですよ。
タイでの拉致は、タイは国交正常化30周年って言いましたよね?
75年に国交正常化して、78年に拉致したんです。
国交(正常化)したあと拉致したんです。
そしてその後食糧支援を要請して米を貰ったりしてるんです。

今テレビなどでですね。
国交正常化した後拉致被害者を探せば良いじゃないかと言ってる人がいますけども、国交正常化したら拉致が起きたんです。
絶対に許さないと言う姿勢でこの問題解決しなけれが駄目なんですよ。
実例が示している。

そして崔銀姫さんの本をもう一度点検して見ますと、ヨルダン人の女性と会ったと言っている。
それからフランス人の女性が拉致されていると聞いたと言ってるんです。
レバノンの新聞、1979年の11月9日の新聞によりますと、レバノン人が拉致されて4人の女性が取り戻されてひとり(北へ)帰りましたよね?
その話は前にここで取り上げた事がありますけども、その帰った人たちが拉致被害者を見ているとレバノンの新聞が書いてるんですね。
それによると、28人。
3人のフランスの女性、2人のドイツの女性、3人のイタリア人の女性が含まれていて、一緒に訓練を受けたと。
というふうに証言しているとレバノンの新聞が書いている。

もう一回言いますとフランス人が3人、ドイツ人が、みんな女性ですね。
女性が一緒に女性同士訓練を受けた可能性があるんですけども、フランス人女性が3人、ドイツ人の女性が2人、3人のイタリア人の女性を含む28人。
で、イタリア人と言うのは、イタリアから拉致された(ルーマニア人の)ドナさんがイタリア人と思われていたかもしれませんね。
ルーマニア人ですけどもイタリアから拉致された。
病気で亡くなってしまった、と曽我さんが言っていますけども。

ドイツ人に関しては、アノチャさんが89年に、アノチャさんの夫は早く病死してしまうんですね。
一人も子供がいないんですけども、89年にドイツ人と再婚すると言って曽我さんたちのアパートからいなくなるんです。
誰と?
ドイツ人の拉致被害者がいた可能性が出てきます。
このレバノン人達の証言、イタリア、ドイツと言うのは他の情報もあるわけですね。
もちろん女性と男性と言う違いはありますけども、ですからもっと詳しく聞かなければならない。

いうことで、北朝鮮は日本に対してですね。
あるいは韓国に対して、韓国は同族じゃないかと韓国は拉致に対して言うわけですね。
同じ民族だと。
北朝鮮の方が暮らしが良いんだから拉致された方が幸せだったんだと、そういう事を言うわけです。
韓国の政府も国民も同族じゃないかという認識はあるわけです。
日本については、日本は戦前もっと酷い事をしたじゃないかと。
800万人強制連行して20万人性奴隷にしたと、言ってるんですよね?

そういう事を言って、国連の人権決議に反対したわけですけども、中国人も拉致しています。
タイ人も拉致しています。
ル−マニア人もフランス人ドイツ人イタリア人も拉致しています。
レバノン人も拉致しています。
この事実をどんどん確定して国際社会に訴えていけば、拉致問題は日本対北朝鮮、北朝鮮対韓国だけの問題ではないと。
国際社会対北朝鮮の問題だと。
国際社会をまたに駆けて凄まじい人権侵害を北朝鮮は70年代の後半に集中的に行ったんだと。
言う事が今明らかになりつつある、言う事なんですね。

アメリカは北朝鮮の人権問題を北朝鮮に強く今言い始めている。
人権特使を作ったんです。
国連も人権報告官を作ってるわけなんです。
日本政府も早く拉致問題を含む人権特使を作って欲しい。
参与をやっていた人で女性で、大変適当な人がいるじゃないですか?(小さな笑い声)
そういう人も居るわけですからぜひして欲しいんですが。
そういう中で国際的なネットワークの中で、だんだん悪事がばれてきた、いうことなんです。

じゃあそれを、実はマカオに出稼ぎに行っていたタイの農村の女性がいなくなる、なんてのは良くあることだと。
北朝鮮は思ってたわけです。
良くある事で絶対にばれないと、ばれなかったんです。
韓国で83000人を拉致して名簿まで作ったけれども、そして国際社会に訴えて国連にも訴えたけども、国際社会は制裁も何もしなくて誰も帰ってこなかったと。
大丈夫だったと。
拉致をした方が得だったと。
で次に漁民も拉致したわけです。
500人くらい拉致したんです。
でも大丈夫だった。
問題にならなかった。

そしてそういう状況の中で76年に金正日が後継者になって工作機関に入って拉致命令を出すんです。
工作員の現地人化をするために、現地人の教師を連れて来いと。
そしたらば77年78年は全世界的に集中的に拉致が起きたと。
日本でも日本政府の認定の16人の内、12人が77年78年なんですね。
アノチャさんも78年なんです。
マカオ人の二人も78年ですよね。
さっき言った崔銀姫さんも78年です。
レバノン人も78年です。
フランス人やドイツ人も一緒に訓練受けてたって言うんですから、78年の頃でしょう。

そして作られた、現地人化された工作員ってのに金賢姫がいるんですね。
金賢姫は80年に当時外国語大学の日本語学科の学生だったのが、召喚されて当時工作員になるわけです。
同期生が8人いたんです。
拉致された日本人が8人、1対1で教育が出来るように準備が整った後、学生を募集するんですよ。
金正日の命令で教員を拉致して、それに朝鮮語を教えさせて教師が確保されたから、80年に学生を募集が始まった。
曽我さんはその中で教師じゃなくて奥さんになったわけですね。
そうだとすればタイ人化の過程もあったんじゃないか?

実際韓国でですね。
マレーシア人に偽装した工作員と、フィリピン人に偽装した工作員が捕まったり殺されたりしてるんですね。
韓国当局によって。
まず80年代にフィリピンのパスポートを持って韓国に入って、「私はアラブ系フィリピン人だ」と言ってですね。
「アラビアの専門家だ」といって韓国の大学の助教授をやっていた。
ムハマド・カンスさんと。
ひげを生やしてテレビにも良く出ていた。
アラビア問題専門家で、その人が実はアラビア人ではなくて北朝鮮人だった。
じゃあ、彼はアラビア語を誰から習ったのか?

そしてもう一人、今度は99年に日本にも工作船が入ってきて、日本の海上自衛隊が沈没(正確には、撃沈したのは01年の不審船で、99年は追跡のみ)させましたけど、韓国の海軍も見つけて沈没させたんです。
引き上げてみたらば死体が入っていた。
その人がマレーシア人として韓国に外国人登録をしている人だった。
マレーシア料理店をやっていた。
北朝鮮のスパイだった。
じゃあマレーシア人化教育もあったんじゃないか?

安明進さんなどは、中国系の人も見たし、アラブ系の人も見たし、ヨーロッパ人も見たと言ってるわけですね。
今レバノン人とこの人の話をも合うわけです。
工作員学校の教師としてこれだけの人間が連れてこられたと。
完全犯罪に近かったわけです。
分からなかった。
だからどんどんどんどん拉致して、工作員を日本人化してそして大韓機爆破事件まで出来たわけですね。
115人を日本のせいにして殺す事も出来たんです。
そこまでは彼らの思う壺ですね。
拉致をして工作員教育をして現地人化してテロまで出来たんですね。

しかし金賢姫は生き残ったんです。
あの時金賢姫は毒薬を持たされていたわけです。
で、家族が北朝鮮にいるわけですね。
捕まったら毒薬を飲めと言われて、彼女は毒薬を飲んだんです。
青酸カリを飲んだわけですけども、3日間昏睡状態だったけども生き返ったんです。
そして韓国へ来て、韓国人を殺す目的は韓国は北朝鮮より貧しいから、韓国で革命を起さなくちゃいけないと思って115人殺したんだけど、韓国の方が豊かだった。
それを見て金賢姫は大変動揺する。
人間の心の中にある良心があってですね。
それが自分は罪の無い人を殺してしまった、と思うようになるわけです。
だけど北朝鮮はもう一つ安全装置を付けてる訳です。
それは家族が北朝鮮にいると、裏切ったらば家族が政治犯主要所に送られると、いう事なんですね。

金賢姫はあのまま行ったら辛光洙になれたんです。
自分で脱北したんじゃないんですから。
捕まって刑務所に入っていたらば2000年に(北朝鮮に)帰れたわけです。
英雄になって、家族も英雄だったんです。
しかし家族の事を思うと喋ったら危ないと思う。
しかし自分が115人殺したのは罪だと思う。
大変悩むわけですよね。

そこで私が前、徳間(書店)から出した「拉致の真実」と言う本にもその事を引用しましたが、その金賢姫の本にも書いてあるんですが。
金賢姫は自分のお母さんの事を思い出して、私のお母さんは砂漠でコップ一杯の水があったらば私に譲ってくれる人だ、と。
それくらい私を愛してくれたと。
そのお母さんが、今自分が罪の無い115人を北朝鮮の命令を受けたからとしても殺してしまったと。
謝りたいと。
しかし謝ったらお母さんたちは収容所に入れられてしまうと。
お母さんが、眠れなくて自分の中で自問自答して、うちのお母さんだったら、私たちがどうなってもあなたが正しいと思う道を行きなさいと言ってくれるお母さんだと。
いうふうに彼女は結論づけてその後自白を始めるわけですね。
つまり共産主義の社会の中でも母親が一生懸命愛情をかけて自分の娘を育てたと。
その愛情が完全犯罪を打ち破ったんです。

アノチャさんもそうなんですね。
お父さんが忘れてなかった。
28年間、アノチャ、アノチャと言い続けたお父さんがいるから、近所の人がテレビで放映されたので「お前の家かもしれない」と教えてくれたんですよ。
そうじゃなければ一回放映されて終わりですよね?

家族会の今までの歩みもそうなんですね。
忘れてなかった。
20年経って、もう忘れてなくて、それどころか悲しくてたまらなくて、何が出来るか?とずっと思っていたから家族会に集まって訴えをはじめたわけです。
彼らの緻密に計算された完全犯罪を打ち破ったのは家族の愛なんです。

朝鮮戦争の李美一さんのお母さんは、実は1950年代最初に家族会を作ったんですよね。
髪の毛をずっと伸ばしていてですね。
夫が帰ってきたら髪の毛を見せて、この長さなんだと。
あまりにも長くなって、今でも待ってるんです。
つまり北朝鮮とすれば戦争中のこと、50年前のことだから忘れてるだろうと思ったのに、未だに覚えていて今年の6月に北朝鮮の、あ、8月ですね。
北朝鮮の代表団が来た時にデモをしたんですよね。
北から見れば50年前の何の事だ?と。
でも家族は家族を覚えていて探していると。
そしたら少しずつ、つまり名簿が出てくるんですね。

家族への愛情が事実を明らかにしてここまで来たと。
完全犯罪を打ち破りつつあると。
世界中を対象にして拉致をしてテロをやって、そして北朝鮮の人民を苦しめている金正日政権は今追い詰められつつあると。
言う事を報告できるんじゃないかと思います。
以上です。(拍手)

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このエントリーのテキスト化には一部原良一氏のご助力を頂きました。

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05.1.2 本文の一部を訂正しました。
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