2006年01月08日

荒木和博 調査会代表の講演 音声ファイルでノーカットアップ必聴!(第13回藤沢集会より)

日付が変わりましたので昨日のことになりますが、今年一本目の集会参加、第13回藤沢集会へ行ってまいりました。
本日の集会はよど号拉致に焦点を絞り、有本夫妻と斉藤文代さんの他RENK東京の高英起氏、調査会の荒木氏による大変充実した盛りだくさんの集会でありました。

中でも調査会の荒木氏のお話は、今何かとニュースを賑わしている辛光洙工作員に関するタイムリーな講演でした。
集会の模様は追っていつものように全文テキストにしてご紹介する予定ですが、荒木氏のお話は一刻も早くご訪問の皆様にお届けしたい内容ですので、取り急ぎ音声ファイルを作りアップを致します。

ファイル容量が重いため2分割にしましたが、途中一切カットは入れていません。
全部聞くとおよそ32分の長丁場となりますが、拉致問題の現状を正しく認識する為にも是非お聞き届けいただきたく思います。
どうぞ宜しくお願い致します。


★荒木和博 特定失踪者問題調査会代表のお話( 第13回藤沢集会より 06.1.7)

ファイル1


ファイル2


★関連リンク
Blue jewel 「よど号拉致事件を考える市民集会 藤沢速報」
http://blog.goo.ne.jp/blue-jewel-7/e/108715cee784a8551eb13b9d440df9b7

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★06.1.9 AM0:30追加

支援者のお仲間である金木犀様と原良一氏の手により荒木氏の講演のテキスト化がなされました。
荒木氏の講演は今回の藤沢集会の中でも特に重要な講演でしたので、出来た所からテキストを一足先に追加アップいたします。

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特定失踪者調査会 代表荒木和博氏の講演

Img_1579.jpg

ご紹介いただきました、荒木でございます。
今日は、正月から、たくさんの方、おいでいただきまして本当にありがとうございます。
限られた時間でございますので、できるだけ簡潔にお話をしたいと思いますが。

おそらくここにおいでのみなさん多くの方が非常に関心を持っていらっしゃるのがこの年末年始に流れました、あの横田めぐみさんや地村さんの事件の実行犯の問題ではなかろうかと思います。

結論から申します。
あのニュースはすべてウソです。

(会場から『え?』)

あの横田めぐみさんや、地村さんをやったのは辛光洙ではありません。違います。

辛光洙はあの事件の頃は、北朝鮮に戻っております。それは彼を捕まえた後の韓国の1985年11月にですね−−
2月に捕まえまして、11月にソウルの地裁で、判決が出ておりまして、その判決文の中に、彼が生まれてからどういう風に行動していったかと、工作員になってから、どういうふうに、どっから日本に上陸して、そしてまた北に戻って、また来て、どういうふうに誰と接触して行動していったかということが、書いてございます。その中には1977年1978年のあの時期は北朝鮮に戻って、教育を受けている時期でございまして、日本にはおりません。抜け出して拉致をしたと言うことはあり得ないわけでございまして、あの報道自体が、(もともとそれを確認する前からおかしいと思ったんですが)やはり明らかに、意図的なウソであろうと、言う風に思います。

韓国政府の関係者の知り合いにも聞いてみましたけれども、まぁその彼も『自分の名誉にかけてそんな地裁の判決が、そんなところで大嘘をつくことはあり得ない』と、言うふうに言っておりました。

で、そうするといったい何でこんな事が出てくるんだと言うことに当然なるわけですね。

あの年末の話は、辛光洙(シン・ガンス)と朴(パク)といわれる西新井事件というですね、いろんな日本人に成り代わって工作活動をやったとされる、工作員の二人が主役として出てきたわけでありまして『それくらいしか、北朝の工作員はいないのか』と、当然あの時ですね、不思議に思うわけですね。

拉致は、相当の数、今、日本政府が言っているだけで16人ですから、実際、まぁ遙かに多い数の拉致が行われているわけでありまして、それをですね、一人や二人でやるなんて事はあり得ない。
あの調子ででてればですね、そこのポスターにある450人全部辛光洙がやったという話になってもおかしくないわけでございます。

何でこんな事になるのかと。
あのニュースがでたのは、だいたい『7時のNHKのニュース』です。

今日もちょっと有本さんのお父さん、NHKの批判をされましたが、いつもは、有本さんのお父さん、NHKの批判をすると、私の方はですね『そんなきついこと言わないで、穏便にしましょうよ』となだめるんですが、やはりあそこから話がどうも始まっているのではないかと思われます。

あのニュースを受けて、各社が動き始めると。で、そして翌日には、各社一面トップとか大々的に乗っかるわけでございます。で、しかし、実際には、しゃべったと言われる人たちはですね、直接の取材を受けない訳なんですよ。
これは9.17のあと、10月15日に帰ってきてから、ずーと同じ状態なんですが、あの時は異常に特殊な状況であったと。最初帰ってきたときは、なんとか彼らを北に戻さないようにしなければいけない。そしてその後は、家族がまだ残っているから、と言うことがあってですね、我々、あの当時、私は救う会の事務局長でしたが、報道規制をしていただかなければいけなかった。で、しかしもう家族が帰ってきたわけですが、その報道規制の状態、未だに続いています。

もし、あの時(年末年始の報道の時)NHKが放送したと。それで、当然各社の拉致の担当記者さんは、本当であれば、普通であれば、蓮池さんに電話をかけて、あるいは柏崎や、小浜にすっ飛んでいって、『これいったいどういう事なんですか』と言う風に聞くわけですね。それに対して、『いや、これは事実関係はこうなんだ』というふうに答えるはずなんですが、ところがそれが全くできない。

そうすると、あと聞けるのは、それを聞いたはずである家族会の方々とか、そういうことになってくる。しかし、それもですね、家族会の方からすれば、そういうことを言われたという事実はたとえ有ったとしても、それが事実であるかの、もちろん確認はできない。 確認はできないけれど、一社が抜かれてしまったら、他の社もですね、そういうふうに動かざるを得ない。そういう状態だと、もしたとえば他にリークが行われれば、それにのもうすぐに飛びつくという状態が、作られてしまっています。

この状態はですね、考えてみると去年の7月ぐらいですか、あの蓮池さんが、太陽里(ちゅんちょんり)、住んでいたところの地図かなんかとかが出てきて、ここでこうしてとか言う、話が出ました。で、あのニュースの時も私非常に不思議に思ったんですが、あの時のNHKの報道はですね、『こうであることがわかった』という報道になっています。わかったはずがないです。裏がとれるはずがない。絶対に。

そういうことを、言っているという報道であればいいんですが、『わかった』と言うことになっている。
あの時は確かその後ですね、クローズアップ現代でも、この問題だけをやっていて、そこでもですね『こういう事がわかりました、という報道になっています。これはもう絶対におかしいです。

それを誰も確認ができない。たとえば安明進が、『ここはこうで、ここはこうで確かにそのとおりだ』 と言う話でもしたのであれば、しまいには別な、脱北者ですとかなんか、他の人でもいいですが、そういう事がでてくれば、確かにそういう可能性があると言うことになるかもしれませんが、そういうものは一切ない。ただ5人が証言をしたと。
それもその本人たちが証言したのではなくて、ただ伝聞で出てきたと言うことだけの話でございまして、これで事態が動くとしたら非常に怖いことでございます。

なんでこういう事が起きているかと。
可能性として一つあるのはですね、日本と北朝鮮の間で(ま、今有本さんがいろんな取引やなんかの話をされましたが)もうすでにある程度のですね、落としどころが決まっている可能性がある。

それはどこかと言うと、この事件をやったのはみんな辛光洙と朴なんだと言う話にしてしてしまおうとしてるのではないかと。

横田めぐみさんも、誰々さんも・・そのうちですね、下手すると、よど号グループのことも隠したいと思ったらですね、『有本恵子さんも辛光洙がやりました』という話が出てきてしまうかもしれません。もう、そういうようなことをして、ともかく『あれ(辛光洙と朴)だけがやったんだ』ということで他のものを全部押さえてしまうと。

そこで、北朝鮮側とすれば、調べてみましょうかとたとえば、日本側に回答して、『朴というのは確かにいたけれども、もうとっくに死んでしまった』といってですね、『もう記録も残っていない。』
それから『辛光洙は確かにいるけれども、もう高齢だから、北朝鮮から出すことはできない、もし日本から来たらば、ちょっとぐらい会わせてあげてもいい。』まぁ30分ぐらいおざなりに会わせて、あとはちょっと体調が悪いからと言って隠してしまう。もう何もしゃべらないと言うことは十分に考えられますね。
へたしたら、北朝鮮のことですから、『いや、これは辛光洙と朴の骨ですよ』と出してきても、これもおかしくないわけでございます。(会場笑い)

そういうような事に日本側でも、そこで話を一段落させて、そこで次ぎに進もうと。つまり、今、日朝交渉の中で、平行して、拉致の問題と、国交正常化の問題を別々にやっていくという話になっていますから、そういう中で『いた、拉致の問題は北朝鮮側、譲歩してきた』と。だから日朝(国交正常化)交渉の方も、進める必要があると。こっちを、進めないと拉致の方も進まなくなると。そういう風な形にしていこうというのがですね、おそらくだいたいの可能性ではないだろうかなと。

ま、もう一つ考えられるのは、警察がそういうような動きに対してブレーキをかける為に出してリークしたという、そういう可能性もあるんですけれど、しかし、それにしては、この事実関係がですね、辛光洙がやったとか言う話というのは、あまりにも変な話でありまして、ちょっと警察がリークするとは思いにくい。

と言うことになれば、もっとその更に上の方で、ものは進んでいるのではないだろうかと言う感じがいたします。

そしてもう一つ言えば、拉致議連の幹事長である西村慎悟さんが逮捕されたのが11月の終わりで、そしてこのニュースが出始めたのは、西村さんが釈放された直後からと言うこともございます。

あの事件について、ま、いろんなことを、もちろん感じられている方、有ると思うんですが。あの政治家の弁護士で、非弁活動で捕まえようと思えば何人だって捕まえられるわけですね。あの西村さんが逮捕された直後になんかの番組で、福島瑞穂がでていて、このことが話題になった話があるそうですけれども。あの福島瑞穂さんって人なんかは当然西村慎悟みたいな一番嫌いなはずなんですが、青な顔して一言も言わなかったいうことでございまして、そういう風に思って、びくびくしている人はたくさんいると思います。その気になればいくらでも捕まえられると思うのですが、一切そんな動きはない。

おそらく、あの逮捕の目的というのは、西村慎悟からバッチをはずさせたいと。バッチをはずせば穏便に済ましてやると言うようなことではなかったかと。ま、本人とそこまで話したわけではないのですが、私の推測にすぎませんが、どうもそういう感じがします。

そういうものすべてが、今何か動いているというふうに考えた方がいいのではないだろうかと思います。これは、何もこれに始まったことではありません。

9.17の時はですね、9,17で北朝鮮が拉致を認めると。『拉致を認めたら、国交正常化交渉を動かす』と、おそらく日本側は言っていたわけです。で、認めたと。認めたら、逆に日本の世論が激昂してしまったと。そしてその次ぎにいったのが、『じゃぁ、生きてると言った5人を返してくれ、ともかく。ちょっと返してくれたら二週間ぐらいで戻す』と。
『そうしたら国交正常化を進める』と日本側言ったんですね。
でまぁ、北朝鮮側は『よし、わかった。こんどはほんとだな』と言って返したのが戻ってこないと。

ある意味でいうとですね、日本の外交の方がうまいのかもしれません。(会場軽い笑い)
北朝鮮をだまくらかしているといえないこともない。

この次ぎやったのはですね、『じゃぁ子供たちは残っているんだから、子供たちを返したら、そうしたら進めてやる 』と言う話になったけれども、子供たちとジェンキンスさんなんかは帰ってきたと。しかしやっぱり進まない。

あの、5.22の時に家族会バッシングということがありました。さきほど有本さんからお話がありましたけれど、あの時にですね、確か共同通信の世論調査だったと思いますが、小泉首相の訪朝を評価する声というのが確か68%ぐらいあったんですね。しかし第一次訪朝の時が86%ぐらいだったと思うので、それよりは低いんですが、まぁそれでも7割ぐらいの人が評価していた。しかしその一方で『これで拉致問題が終わったか』という質問に対してですね、確か8割以上の人が『終わっていない』と言う風に答えている。日本の世論はそう甘いものではないわけでございまして。

で、結局、子供たちが帰ってきても話は前に進まなかったと。

で、その次、その次というのは一昨年の11月になりますが、あの時私が思ったのは、北朝鮮がやる方法はおそらくもう一つしか残っていないだろうと。それはですね、死んだと言っていない人たち、つまり政府が認定していない人の誰かを出してきて、そしてですね、『自分の意志で行きました。今、日本に帰ることは、都合でできません』と。『ただし、自分としては両親に会いたい』と。『だから、お父さん、お母さんもし平壌に来てくれれば会います。早く国交正常化が実現して自由に行き来できるようになればいいと思います』ということを言わせようとしていたのではないかと言う感じがしています。

ところがあの時は、それができなかった。この間帰ってきた北川和美っていう変な女(嗤笑)おりましたが、あの彼女が、どうも目的としては、その要員として使おうとして連れてきたという話しでございます。つまり「自分の意思で行った」と。「私自分の意思で行きました」。鴨緑江で飛び込んだという話も多分ウソじゃないかと言われるのですが。自分で行った、あれもう既に荷物先に送ってあるわけですから(ウス笑)。

 そういうふうに出てきて、「私自分で行きました」と言えば、ちょっとこっち(日本)にいる北朝鮮シンパの方、国交「正常化」を進めようとしている人間が、「ほら見ろ、北朝鮮は折れてきてるじゃないか。あれ(北川某)はたまたま自分の意思で行った人だけども、こういうことはちゃんと信頼関係を作れば、そうしたら次に今度は死んだと言ってる人のことまで進んでいくかもしれない」という世論が作れる。

 それからもう一つは「いや北朝鮮に行った人も、やっぱり自分の意思で行った人もあるんじゃないか?」あるいは向こうでいい暮らしをして、帰りたくないと思ってるんじゃないか? ということを流していくと。それによってこちら側の行動にブレーキをかける。あるいは経済制裁とかですね、そういうのにブレーキをかける、としたのではないだろうかと思います。

 私は、あの時はもうあれしかないと思ってました。しかしそれに対して北朝鮮側がやってきたのは、何やったかというと、あの「遺骨」でございます。それ(荒木氏の予想した策略)ができなかった最大の理由はおそらく、金正日に9.17の時ほどの力がもう残っていないということなんだろうと思います。工作機関の中に手を突っ込んで、拉致した人間を引っ張り出してくるとか、あるいはそれ以外でも工作機関が関与した拉致被害者をですね、たとえ日本政府が認めていなくても出していくというのは、相当なリスクを伴うわけで、実際曽我さんの件ではですね、やったらば逆効果になっちゃったわけですね。

 そうすると、出してくるのはかなりの力を使わなきゃいけない。それが金正日にはおそらくできなかった、ということであろうと思います。

 そしてその「遺骨」、この時はおそらくちゃんとした合意ではなかったのでしょうけど、日本の中の誰かが、「どうせ鑑定なんかできないから、出してこい」と言ったのかもしれません。そうしたらば(遺骨はめぐみさんではないという)鑑定ができてしまった。で、話しが違うということに向こう(北朝鮮)としてはなって相当頭にきた、ということであろう。

 そうすると、その後やってきていること、今やってることもおそらく、そういう意味での落とし所を作りたいということに、それも北朝鮮側だけでなく、日本側だけでなく両方が既にある程度の合意が行われていると、思った方がいいのではないかと思います。

 ですから、今の流れているニュースをそのまま真に受けていますと、その方向へみんなどうしても流れていきます。非常に危険なことですので、ともかくここにおられる皆さんが、おかしいということは、しっかり思っていただきたいと。

 元々北朝鮮とは、ウソをつくことなんてのは、悪いとも何とも思っておりません。

「嘘つきは北朝鮮の始まり」

でありまして(爆笑)、
北朝鮮の「労働新聞」なんて、正しいのは日付くらいでありまして(笑)、
まあ今日のこの集会のテーマから言いますと、まあ

「嘘つきはよど号の始まり」

ということも言えるわけでございます。

 よど号グループも、後ほど有本さんのお母さんが、よど号の一人(赤木史郎)と話しをしたことを言われるかもしれませんが、まったく有本恵子さんの拉致を知らないと、言ってるわけですね。知らないはずがないということは、もう誰もわかっているわけでありまして、それを敢えて知らないと言うことは、彼らの言ってることもすべてはウソだ、ということの証拠でございます。

 ところが、日本人というのはマジメですから、もっともらしい顔をしてウソを吐かれると、ひょっとしたら本当のことが入ってるんじゃないかなと、思ってしまうわけなんですね。これが間違いで、そういう人でない場合には、そういう対応をせざるを得ないのではないだろうかと思います。

 そういう場合は、どういうふうにすればいいか? この会場で前にも言ったかもしれませんが、北朝鮮のやり方のウソの吐きかたというのは、わたくしは「試験問題戦術」という言い方をしますが、ともかくいい加減は試験問題を出して、ぶつけてくる。で、こちら(日本)側で交渉に当たる人というのは、だいたい非常に頭のいい学校の成績が良くて、東大をトップで卒業したような人たちが当たるわけですね。

 そうするとですね、試験問題というと無条件に解くものだというふうに頭にあるわけです。すると出てきた試験問題に、マス目に空白が空いていると、空いたままにしておくと、とても指が震えて禁断症状を起こしてしまう(ウス笑い)。そうすると、ともかく解答を書き込んじゃう。書き込んでいる間に相手は逃げていくわけです。

 しかしともかくマス目が空いていることは許せないということで、一生懸命マス目を埋めて、それから走っていって「ここは、こうおかしいじゃないか」と言って出す。そうするとまた向こうは、またいい加減な問題を作って渡してくる。こんな問題解いても仕方ないと思いながら、でも目の前にマス目があると埋めたくなってしまう。

 こういう交渉にあんまり頭のいい人使う必要はないですね。もうちょっと度胸があってですね、多少頭が悪い。試験問題を元々解けなかった人間を使ったほうが(ウス笑い)、はるかに上手く行くわけでございます。

 北朝鮮という「国」相手に、まともな話し合いで信頼関係を作ろうなんてこと自体が、そもそも間違いなわけでございまして、金正日が代わってまともな政権ができりゃあ、その時はもちろんちゃんと話しをすればいんですけど、今のあの体制でまともに話し合いをしたって通じるわけがない。

 フツーのアメリカ人相手に、スワヒリ語(ケニヤやタンザニアなど東アフリカ地域で多用される言語)で話したって通じないわけですね。それと同じことです。北朝鮮相手に、普通の言葉で話しをしたって、朝鮮語で話そうが、何で話そうが通じない。「馬の耳に念仏」という言葉がありますけど、馬に言うことを聞かせるには、鞭でひっぱたくか、ニンジンをやるかどっちかぐらいしかない。

 そうすると北朝鮮に言うこと聞かせるには、経済制裁を初めとして圧力をかけることしか方法はない。実際に一昨年の前半、ですから3年前の(03年)12月の末ですか、平沢さんが中国(大連)へ行って、北朝鮮の日朝国交担当大使と会う。そしてその後4月に、山崎拓さんと平沢さんがまた行くと。あの時は、その後5.22の小泉第二次訪朝があるわけですけど、あの時一体北朝鮮はどうしていたかと。

 あの平沢‐山崎ルート以外にですね、あのレインボーブリッジ(小坂浩彰代表)という怪しげなNGOを使ったりとか、それから今の総理のですね、あの〜(名前が思い出せない様子)腹の周りが120センチあるという秘書官(ハントウ君こと飯島勲首相卑書官)を使って、飯島秘書官と朝鮮総聯の大物の間とか、いろんなルートを使ってます。

 私、ちょっと見てて、何でそんなにあせるんだろうということを非常に思ってみていたんです。そこでわかったのが、結局あの時、経済制裁が怖くてしかたがなかったということです。あの前の年の暮れくらいから、経済制裁法案が具体化して決まっていく。次は発動だという話しになる。北朝鮮としては、何がなんでもそれを止めざるを得ないという状況に置かれていたわけでございます。

 そしてそういう状況の中で、なりふりかまわず日朝のルートを使っていった、というのが、1年半前の状況だったのではないか? その結果、小泉さんの第二次訪朝になった。そこに向かって、(帰国済みの拉致被害者)5人の家族の帰国最優先ということで行っていたので、そこでだいたい落としどころになっていったのだと思います。

 実際に5.22の小泉第二次訪朝で、北朝鮮は経済制裁は発動しないとか、あるいは在日朝鮮人に差別をしないとか、これは「差別をしない」というのは、つまり在日朝鮮人の個人、個人なんかどうでもいいんですね。北朝鮮からすれば、ただ収奪の対象でしかない。問題は、総聯に圧力をかけるのを止めたい、ということだけで、そのほとんどの目的をとりあえずは達成をしたということであります。

・・・続く・・・

★06.1.9 AM11:30追加

これ裏を返せば、いかに北朝鮮がそういう制裁が怖がっているかと言うことでございまして、ならば、こちら側からは、それ(経済制裁)をやるしか方法はないであろうと言う風に思っています。

本当にひどい状況の国ではあります、そういう意味で言うと。
ただし、これはですね、さっき言ってきたように、9.17の時には、あくまで結果的ですよ、あくまで結果的ですけれども、あの田中均さんをはじめとする、福田康夫官房長官かわかりませんが、ともかく北朝鮮側にですね、『拉致を認めろ』と『拉致を認めたら、日朝交渉進めてやる』と言う風に言って、だまくらかして拉致を認めさせたと。
北朝鮮は、朝鮮戦争も自分からやったと言っていない。あれ、南から攻めたと言っています。
大韓航空機の爆破事件も、ラングーンのテロもみんな我々知らないと言っている。
その北朝鮮が拉致だけは認めたのです。

いかに意味があったかと言うことであります。

そのあとは『5人だけ、ともかく生きてるんだからともかく返してこい』と、『そうしたら戻してやるから』と言って戻さなかったと。
そして次には家族だけ帰してきたら、後は(国交正常化を)進めてやるといって進めなかったと。
と言うことでございまして、今回も、うまくいけば、辛光洙から、なんか取って、ものは進めないということも、まぁ、うまくいけばできるかもしれません。乗せられてはいけませんが。

と言うことで考えると、日本という国は、もどかしいんです。もどかしいし、かなり個別の工作事件のことでは、やられっぱなしではあるんですが、全体としては間違いなく、北朝鮮を押しています。間違いなく。これはですね、ご家族の皆さんにとっては、もちろん自分の家族を取られているですから、一分一秒でも(早く)という事がありますが、私にとっても、そうしなければいけないという思いはあるんですが、少なくとも全体から見れば、こちらが押しているのは間違いないのです。

アメリカはクリントンの政権の時は、逆行しようとしていたと。そのときに、結果的にですけれどブレーキをかけたのは日本であったと。日本だけが、ある意味で言うと、だんだん、だんだんに強行になって、そしてしかもその方針をかえていないということでございます。

ですから、このことが続いていけば、私はですね、どっかで大きな転換を持ってくることができるであろうと、確信をしております。

アメリカの私の友人に前に言われたんですけれど『とにかく日本はすごい』と。これはですね『5人取り返してきた』と。『北朝鮮に拉致を認めさせて』『アメリカでは考えられない』 と言っておりました。ちょっとまぁ意外な話ですね。我々ちょっといろんなところでお話ししますと、アメリカだったら、軍艦を送っても取り返してくるだろうという言い方するんですが、、まぁ、その友人、共和党系の人なんですが、『いや、アメリカ、そんなことしないよ』と言っておりました。『日本ができたのがすごい』と言うことでございまして、これはですね、もちろん社交辞令もあるでしょうが、やはり、我々自信を持っていいんじゃないかと思います。

なんか戦前はですね(具体的にいつどこというのは知らないんですが)ソ連に漁船が拿捕されたときに、ウラジオストックかどこかに、連合艦隊の船が戦艦か何かが行ってですね、港に向けて砲身をそちらに向けたらですね、返してきたと言う話があるそうで、もちろん日本でもそういうことがあったわけであって、今でも、こういう風に取り返してきたということを考えるだけでも、やっぱりそれ(奪還)はできるのであろうと言う風に思っております。

問題は、我々がこれができるんだというふうに確信できるか、それともできないかという問題です。
お恥ずかしい話で有りますが私自身もですね、あの羽田空港を(3年前の10月15日にですね)あの5人がタラップの上から降りてくる時に下で待っていたうちの一人ですが、あのタラップを降りてきた5人を見てですね、一番最初に思ったことは、『なんだやりゃぁ、できるじゃないか』ということでございました。

自分自身、もちろんそれはできると思ってやってるんですよ。運動盛り上げて、そして政府を動かせばですね取り返せると確信をもってやっていた、私自身が、目の前に生身の階段を降りてくる5人を見たときに、最初に感じたのは『なんだ、やりゃぁ、できるじゃないか』ということでございます。実感というのは、こんなに大きなものなんだなぁと感じました。

やられてる、やられてるとばっかり、思っちゃうとですね、なかなか、イメージとして湧いてきませんが、『絶対できる』と確信を持てば、それはおそらくすごい力になると思います。

北朝鮮と日本と比べてですね、これはもう、人口で六分の一、面積は三分の一、そして、国力、経済力は、そういうものは全く話にならない。国際的信用から何からですね、日本と北朝鮮と比べる方が、無理があるわけでございます。


まぁ確かに向こうは軍人が100万人以上いると。人口の20人に一人が軍人という国ですが、そのおかげで、飯食えないで、軍隊の中でも、なんか豚小屋つくったりとかですね、鶏小屋作ったりして、何とか飯くっているという状態のところなんですから、どこから言ったって日本が、そこにですね、負けるわけがないわけでありまして。

我々の力で、絶対できるんだと、このアジアの中でですね、そういうことのできる国は、我が国しかないんだと。そういうことを考えることによって、事態は間違いなく前に進むと思います。

こないだ、12月22日の東京の集会にはですね、レバノンの拉致被害者のお母さん(ハイダールさん)、それからタイの拉致被害者のアノーチャさんのお兄さん、そして韓国の拉致被害者の家族会のみなさんが見えられました。

あれはどういう事を意味しているかと言いますと、別にそういう風に決めてるのではありませんが、日本の力でああいう人たちをみんな、取り戻してあげると言うことです。

我々、外国人だから、それは外国がやってくれということは、これは言えないわけでございまして、この地域にあって、最大の影響力持っている我が国がそれをやらなければ、タイが助けるなんて事は、まずできません。
レバノンだって、あの時の4人取り返したのだって、非常に特殊な条件の中の話であって、本当の意味で、(自国=レバノンの)力で取り戻したわけではない。それができるのは我々しかありません。

それをやる使命も我々には持たされているということであろうというふうに思います。

私ども特定失踪者調査会では、去年の10月の末から『しおかぜ』と言う名前で短波のラジオ放送を始めました。
まちがいなく北朝鮮の中に伝わっているということは間違いございませんので、これから先、今年はですね、この『しおかぜ』のプロジェクトを、単に短波放送発信するだけではなくて、むこうから消息を実際取ってくるという作業をですね、やると言うことにいたしております。これを聞いた人がですね、なんだかの形で、たとえば手紙とか、そういうものを送ってくれるとか、何処かに向けて、なんかしらの、シグナルを送ってくれるとか、それを受け取ることができるようにしておこうと、これからやっていくつもりでございまして、とりあえず東京中央郵便局に私書箱をおきました。

調査会のあります文京区後楽・・・と言いましてもわかりやしませんけれども、東京中央郵便局の私書箱何号といえば、これはもう覚えられやすいと言うことで。
放送も韓国語・英語できれば中国語も含めて、少しでも多くの人が聞いてもらえるように、していこうと言う風に考えています。
ともかくやれる手はみんなやる。

我々のやっていることに対して、『これは本当は政府のやることなのに』と言ってくださる方も、たくさんございます。これもありがたいのですが、私は、少なくとも政府だけがやることではないと思います。やはり日本国民全部の責任としてですね、ここで今平和なところで暮らしている人間の責任として、それはやらなければならない。だから私は今その役割にいるんだからやるべき事、それをやるということでございます。

今、この問題を通して、我々やらなければいけない、考えておかなければならない事は、(この国は)今ここに集まっている皆さんをはじめとして、今この国の中に住んでいる人たちだけのものではないと言うことでございます。

この国が今ここにあるためにはですね、もう何千年も日本という国の名前もなかった頃から。我々の先輩たちが営々としてこの国を築いてくれた訳でございまして、そしてこれから先、このくににですね、次の生命がどんどん生まれて、我々の後を継いでいくわけであります。

我々がやるべきことはその中継ぎです。
全体の、そういうみんな含めた日本国民という意味では、我々の数、1億二千万というのはほんの僅かにすぎません。我々がやるべき事というのは、これまで先人が作って来てくれたことを汚さないこと。そしてこの次の世代にですね、あの頃の世代がいい加減だったから、こんなふうになってしまったということを絶対に言わせないように、次の世代にちゃんとした国を引き継いでいくことであろうと。

そのためには、やっぱりそれ相応のですね、我々自身が犠牲を払う必要があるのではないだろうかということでございます。
我々にはそれだけのことをする力がございます。

今、最初に言いましたようないろんな動きの中で動いておりますけれど、しかしこの国の今の状況をみますと、本当に確信を持ってですね、何が何でも(国交正常化を)やってやろうというところまでの確信では、私はないと思っています。いろんな思惑がごちゃごちゃ集まってるうちにこういう風になっているんだと思いますが、そうであれば、こういう状況の時に打開するのは、最終的着地点はどういうふうにするのかと。何を最後やらなければならないのかというような事でございまして。それをしっかりと見据えてやっていけばそんな大きな間違いはないであろうと思います。

拉致問題に関する限り、最終的な到達点というのは、『すべての拉致被害者を救出する』というこれ以外の何物でもないということでございまして。これはもう当然、そこから派生してですね、北朝鮮に住んでいる2000万の人たち、すべてが平和に暮らせるようになっていくということに間違いなく繋がることでございますので、そこに向かっていくと言うことであろうと思います。

本当に、この正月ですね、お休みの時、おいでいただいた皆様に感謝いたしますと共に、後もう少しで私は、それが実現すると思いますので、ご協力をお願いいたしまして私の話を終わらせていただきます。

ありがとうございました。(拍手)


posted by ぴろん at 01:23| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月06日

テキストアップのお知らせ

長らく準備中となっていた三多摩市民集会での真鍋貞樹氏の講演テキストがようやく完成しました。

以下のURLからどうぞご一読下さいますよう、お願い致します。


三多摩市民集会(4)05.11.21 立川アイムにて
『真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事のお話』

http://piron326.seesaa.net/article/10515281.html
posted by ぴろん at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月05日

「やまあらし-Protect an Serve-」をご紹介します

当Blogではすでにリンクを貼りましたし、あちらこちらのサイトで早速取り上げられていますので、もうご存知の方も多いかと思いますが、この度民間の手による自衛隊広報サイトが立ち上がったそうですのでご紹介を致します。

  ★自衛隊広報サイト
  「やまあらし-Protect an Serve-」 http://www.yamaarashi.tv/

マスコミの自衛隊に対する扱いは不当に貶められている、あるいは不当に無視されていると常々感じております。
その意味でも、こうして自衛隊の実態に迫る直接の情報発信は、非常に意味のあることではないでしょうか?
まだスタートしたばかりでコンテンツは少ないそうですが、幕僚広報室全面協力の下、ビデオの配信やポッドキャストを行ない、また今後は直接取材も含め自衛隊関連のニュースなどを紹介していく予定だそうです。
興味を持たれた方、是非一度訪ねてみてください。

私たち多くの日本人が長閑に平和にお正月気分に浸っている今この時も、日本国を代表してイラク・サマワで、ゴラン高原で危険を伴う任務についておられる自衛隊員がいらっしゃいます。
家族と離れ、遠い異国で働く彼らに敬意を表す意味でも、彼らの率直な声や姿に触れる事は大事ではないかと思います。

ただ今、やまあらし様では、イラク・サマワとゴラン高原に駐留中の現地自衛隊からの新年のメッセージが紹介されています。
これはこちらのサイトでしか見る事の出来ない貴重な映像だそうです。
ぜひこの機会に彼らの生の声に触れてくださいますよう、お願い申し上げます。
posted by ぴろん at 00:16| Comment(2) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月04日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(22)05.12.22 日比谷公会堂にて

『櫻井よしこさん 閉会の言葉』

佐藤会長が先ほど申しましたように、今年のこの国民大集会は非常に大きな国際的は広がりを見せた点で極めて特徴のある会となりました。
それはジェンキンスさん曽我さんたちが情報を提供しそして本を書かれた。
その中で多くの私たちの知らない事実を明らかにしてくださったからです。
12カ国の人が被害に遭っている事が分かりました。
もはや拉致は日本だけの闘い、韓国だけの闘いだけではありません。
日韓両国に加えて、その他少なくとも10カ国の人々が同じ問題に直面しています。

国連でも初めて北朝鮮を名指しして人権に関しての非難の決議が行われました
今は国際的な対北朝鮮包囲網は狭まっています。
この包囲網を更に縮める為に、日本に戻ってきた蓮池さんや地村さんたちには、情報提供と言う意味で心からお願いしたいと私は思っています。(拍手)

そうする事が拉致の被害者を助けるのみならず、日本国が自由と民主主義、人道に基づいてこのアジアを舞台により良い政治の突破口を開き、自分の国の人間が拉致されていてもほとんど構わない。
脱北者を送り返してしまうような人道にもとる中国のような国に負けないよりよい社会を作る力となっていくだろうと私はおもいます。(拍手)

日本の被害者、タイの被害者、レバノン、ルーマニア・中国。
そして韓国、フランス、イタリア、オランダ、ヨルダン、マレーシア、シンガポール。
この人たちだけではありません。
アジアそして世界の為に、私たちは愛と友情と希望と人道主義と民主主義をもって闘おうではありませんか。(拍手)
皆さん本当にありがとうございました。(拍手)
拉致問題解決の為に最後までご家族の皆さんと一緒に闘うことを、議員の皆さん方と一緒に国民が心を合わせて闘う事を決意しようではありませんか。(拍手)

本当にありがとうございました。(拍手)
寒いのでどうぞ気をつけてお帰りください。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

本当にありがとうございました。(拍手)
どうぞ皆さん、お帰りは気をつけてください。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(21)05.12.22 日比谷公会堂にて

『事務連絡 (西岡力常任副会長)』

この集会には大変な資金がかかっておりまして(笑い声)、外国のお客様をたくさん呼びました。
そしてこれからも外国と連帯する為には、増元さんにまた1月アメリカに行って貰う計画もあります。
マカオにも被害者がいると言う事で是非尋ねたいと思っております。
そのためにも旅費等経費が必要でございます。
是非、出口の所にカンパ箱が置いてありますので、今年1年、というより来年一年ですね。
勝負だと思っております。
軍資金を是非カンパしていただけますように、お願い致します。(拍手)

またこのパンフレットを作りました。
私たちの言いたいことはここに書いてあります。
予備がありますので必要な方は是非持って行って下さい。
また足りなければ事務局に言っていただければ送ります。
是非お願い致します。

そして決議案の裏にですね。
1月19日によど号の犯人の黒田が帰って来そうだという情報がありますので、よど号事件のよど号犯と拉致問題という連続東京集会を1月19日に、東京の友愛会館で午後6時半から開きたいと思っています。
是非皆さん覚えて、有本さん達や斉藤(文代)さんにも来て頂きますのでご参加くださいますようにお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ

どうもありがとうございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・以下、関連情報のご案内・・・・・

★東京連続集会14のご案内

とき:平成18年1月19日(木)
ところ:友愛会館9階大会議室
登壇者:有本明弘・嘉代子(有本恵子さん父母)
     斉藤文代(松木薫さん姉)
     恵谷治(ジャーナリスト)
     川添友幸(救う会神奈川代表)
     西岡力(救う会常任副会長)
参加費:1000円
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★カンパ振込先

※救う会全国協議会 http://www.sukuukai.jp/

郵便振替口座00100-4-14701 「救う会」
みずほ銀行池袋支店(普)5620780 救う会事務局長平田隆太郎

※特定失踪者問題調査会 http://chosa-kai.jp/index.html

郵便振替口座 00160-9-583587 特定失踪者問題調査会

 1.調査会の活動に対するカンパ
 特定失踪者問題調査会の活動に使わせていただきます〉
  ●直接のカンパ【(調査会への)カンパ】
  ●調査会が販売する物品の購入
   ・ポスター【ポスター第○版○枚(希望)】
   ・ネックストラップ【ネックストラップ○本(希望)】
   ・「しおかぜ」カンパつきハンドストラップ
       【カンパつきハンドストラップ○本(希望)】
  ●「しおかぜ」受信報告書によるカンパ
   ・ 郵便振替用紙を使ったカンパ(¥1000以上)で、通信欄に受信データ
    (日時、周波数、受信状態など)の記載されたものに限ってお礼の文書
    (ベリカード)を送付する。【受信報告書】

 2.家族支援基金へのカンパ
   〈特定失踪者のご家族の活動に限定して使わせていただきます〉
  ●【「家族支援基金」へのカンパ】

  お願い
   上記のカンパ・代金支払いについては、全て下記郵便振替口座で 
   受け付けています。
   通信欄に上記【 】内のように明記していただくようお願いします。
   何も書かれていない場合、調査会の一般のカンパとさせて
   いただきますのでご了承下さい。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(20)05.12.22 日比谷公会堂にて

『佐藤勝巳 救う会会長 閉会の辞』

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★櫻井よしこさん

ではここで救う会会長の佐藤勝巳よりご挨拶申し上げます。

★佐藤勝巳会長

全国協議会の会長の佐藤でございます。
私たちは運動を始めて間もなく10年になるわけですが、10年と言う歳月は今家族の皆さんが色々話をされましたように、大変重い10年であったと思っております。
10年の中で変化はなかったのか?と申しますと、日本は、いや日本の国民は大きくこの拉致問題を契機にして変わったと言うのが私の実感です。(拍手)

残念ながら北朝鮮が死亡したという人たち、あるいはその他の多くの拉致をされたと推定をされる人たちを、いまだ奪還を出来ないでおりますが。
しかし先ほど横田早紀江さんが述べましたように、運動を始めた時と言うのは誰も振り返って頂けなかったんです。

しかし今、議連の平沼会長から話がありましたように、国民の皆様のお力で制裁法案を二つ国会で成立をさせました。
しかし小泉総理の反対でこの制裁を発動出来ないでおります。
出来なければ出来るような法律をそれでは作ろうではないか?と言う動きが、議連の皆さんの中にも生まれて来ております。
決して壁にぶつかったからこの運動をやめると言う事にはなっておりません。

家族の皆さんが困難の中で10年近く頑張って来れた事は、今日ここにお集まりの皆さんを始めとし、その後ろ側にたくさんの日本の国民が「お前立ち頑張れよ」という声があるから頑張ってくる事が出来たし。
これから新しい展望が開ける事が出来ると確信を致しております。

今回のこの集会は今までの集会と違って大変な特徴を持っていることは、もうご参加の皆さんにはご承知の通りです。
それは拉致は日本人だけではなくて多くの国々、今12、13ということになっておりますが多分これからもっともっと多くの国々が金正日政権に拉致をされていると言う事が明らかになっていくと思います。

で、私たちはこれから国内においてはこの右の手で、制裁を発動しろと言う運動を引き続き行っていきます。
左の手では拉致をされた世界の国々とあるいは国民と連帯をして金正日政権を包囲していくという決意を表明して閉会の挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ

ありがとうございました。
ではここで西岡より事務連絡がございます。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(19)05.12.22 日比谷公会堂にて

『決議文朗読 (松原仁 拉致議連事務局長代理)』

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★櫻井よしこ

ではここで拉致議連事務局長代理の松原仁さんに大会声明を朗読していただきたいと思います。
よろしくお願いします。

★松原仁氏

国民大集会 決議案

今この瞬間も多くの拉致被害者たちが北朝鮮で「いつ帰れるだろうか」と指折り数えて待っている。

本大会には韓国、タイ、レバノンの被害者家族が参加された。
北朝鮮は朝鮮戦争中に8万2959人、戦後に486人の韓国人を拉致し消息すら知らせずにいるし、曽我ひとみさんたちの証言により拉致事実が確定したタイ人のアノチャ・パンジャイさん、レバノン人のシハーム・シュライテフさんをはじめ、マカオ系中国人、ルーマニア人、フランス人など多くの国からも拉致をしていたことが明らかになりつつある。
私たちはすべての拉致被害者を取り戻すため国際連帯を強めていくことを誓う。

さらに日本人拉致被害者が金正日が認めた13人以外にも、はるかに多くいることは間違いない。
本日も特定失踪者のご家族からの訴えがあったが、政府は日本人拉致の全貌を明らかにするため一層の努力をし、追加認定を続けて欲しい。

政府は昨年12月24日、「迅速かつ誠意ある対応がなければ、厳しい対応をとる」と制裁を予告したが、それから約1年経ついまも北朝鮮は「拉致問題は解決済み、めぐみさんの遺骨鑑定は日本のでっち上げ」と開き直りつづけている。
これはどう考えても「誠意ある対応」とはいえない。
しかし、小泉首相は未だに制裁発動を決断しない。

制裁発動は、拉致被害者全員を取り戻すという国家意思を示すことである。
それを躊躇していると、拉致問題を重視していないという大変危険なメッセージが発せられる。
国家意思を示すこと抜きに、被害者を救出できるのか。

日本政府に強く求める。
制裁法による送金・貿易停止、船舶入港禁止を行っていただきたい。
北朝鮮最高人民会議(国会)代議員を勤める総連幹部6人への再入国許可を取り消し、北朝鮮・総連への不公正な優遇措置の適正化を行っていただきたい。(拍手)
拉致被害者追加認定を継続して実行して欲しい。

金正日に要求する。
いますぐ、日本人拉致被害者を全員返せ。
韓国人拉致被害者、その他の外国人拉致被害者もすべて返せ。
核武装と戦争準備を止めて、北朝鮮民衆の生活向上に力を尽くせ。

平成17年12月22日
国民大集会 参加者一同

以上であります。(拍手)

★櫻井よしこさん

この盛大な拍手を持ちまして、国民大集会の決議案を了承していただいたとさせて頂きます。
ありがとうございました。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(18)05.12.22 日比谷公会堂にて

『出席議員紹介 古屋圭司拉致議連事務局長』

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★櫻井よしこさん

ではここで拉致議連の事務局長を務めていただいております、先ほどの選挙で無所属になりましたが我らが希望の星です。
古屋圭司さんお願いします。

★古屋圭司 拉致議連事務局長(無所属 岐阜5区 )

拉致議連事務局長の古屋圭司でございます。
拉致議連の正式名称は「北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出する為に行動する議員連盟」であります。
すなわち拉致被害者の立場に立って行動する議員連盟。
時には政府の行動が生ぬるければ厳しく追求する、迫る。
これが我々の責務であります。(「そうだ」の声、拍手)

先ほど会長の方からもお話がありましたように、私どもは一定の条件の下で経済制裁を強制的に発動する法案、これをですね。
各党にも拉致された人に対する対策本部がありますからこことも連携して、何が何でもこの法案を出したい。
こう思って、金正日に対して国家に対しての明確な意志を示す。
これが大切だと思います。(拍手)
そして何が何でも小泉総理にしっかり決断を促して行きたいと思っております。

私ども同志議員が今回の選挙で新人が33名入会をしていただきまして、現在は拉致議連の数は207名になりました。
ありがとうございます。(拍手)
それではここで今日、明日が休日ですので皆政治家は休日年末になりますと忘年会回りで大変なんですけども、それをあえてこちらにとどまっていただいた方が30名おりますので、是非皆さん覚えてください。
よろしくお願いします。
それでは紹介します。

まず挨拶頂きました平沼(赳夫)会長(無所属 岡山3区)、よろしくお願いします。
先ほども挨拶を頂きました顧問の中川(昭一)大臣(自民党 北海道11区)。
それと議連会長代行、中井洽(ひろし)先生(衆議院議員 民主党 比例東海)お帰りになられました。
議連副会長 漆原良夫衆議院議員(公明党 比例北陸信越)。
議連副会長・参議院議員 山谷えり子先生(自民党 比例)帰りましたね。
議連事務局長代理・衆議院議員 松原仁先生(民主党 比例東京(東京3区))。
議連副幹事長・衆議院議員 近藤基彦先生(自民党 新潟2区)、先ほどお帰りになられました。

衆議院議員 江藤拓先生(無所属 宮崎2区)。
衆議院議員 長島忠美(ただよし)先生(自民党 比例北陸信越)。
衆議院議員 赤池誠章(まさあき)先生(自民党 山梨1区)。
衆議院議員 高鳥修一先生(自民党 新潟6区)。
衆議院議員 馬渡龍治 (まわたりたつはる)先生(自民党 比例東海)お帰りになられました。

衆議院議員 松本和巳先生(自民党 千葉7区)。
衆議院議員 木原稔先生(自民党 熊本1区)。
衆議院議員 鈴木馨祐(けいすけ)先生(自民党 比例南関東)。
衆議院議員 若宮健嗣先生(自民党 比例東京)。
衆議院議員 松本洋平先生(自民党 東京19区)。

衆議院議員 清水清一朗先生(自民党 比例東京)。
衆議院議員 石原宏高先生(自民党 東京3区)。
参議院議員 岸信夫先生(自民党 山口)
衆議院議員 渡辺周先生(民主党 静岡6区)。
衆議院議員 鷲尾英一郎先生(民主党 比例北信越(新潟2区))。

衆院議委員 後藤斎(ひとし)先生(比例南関東(山梨県3区))。
参議院議員 森裕子(ゆうこ)先生(民主党 新潟)、議連の副幹事長です。
参議院議員 柳澤光美(みつよし)先生(民主党 比例)。
参議院議員 津田弥太郎先生(民主党 比例)。
最後にですね、前拉致議連事務局長、前衆議院議員 江藤晟一(せいいち)先生。
捲土重来を目指して頑張っております。
よろしくお願いします。

紹介漏れございませんね?大丈夫ですね?
以上で頑張っております。
ありがとうございました。(拍手)

2006年01月03日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(17)05.12.22 日比谷公会堂にて

『被害者家族からの訴え・・・短波放送「しおかぜ」に乗せる家族のメッセージ朗読』

★家族の紹介をする増元さん

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みなさん、こんばんは。
拉致被害者、増元るみ子の弟の照明です。

この会場にお集りのみなさんは、師走の忙しい中にお集りいただいていますし、寒い中お集まりいただいてますので、今、わが国が何をすべきかは既にもうご存知だと思います。
ここで昨日、私たち家族が「しおかぜ」にふきこんだ北朝鮮にいる私たちの家族への思いをみなさまに聞いていただき、そして、北朝鮮に届けたいという私たちの気持ちを聞いていただき、心を一つにし、これからの救出運動に邁進したいと思います。
さきほど早紀江さんがおっしゃったように、向こうにいる被害者が私達の声を聞いて生きる希望を持ってほしいから、この声を吹き込んでおります。
あいうえお順にはじめます。

★有本恵子さんの母、嘉代子さん

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こんばんは、有本恵子の母でございます。
昨日、「しおかぜ」に乗せていただいて北朝鮮に送っていただく予定で私が読みあげましたものを、ここで読みあげさせていただきます。

・・・・・・・・・・
恵子、元気ですか。
恵子が北朝鮮に連れて行かれてから、毎日、毎朝、神様にお祈りしております。
北朝鮮に連れて行かれて22年あまり、そして恵子が北朝鮮にいることがわかってから17年あまりになります。
いまだに助けることができなくてごめんね。
お父さんは恵子を助け出すために、夜も眠れないほど一生懸命どうすればいいかと考え、行動を起こしてきましたが残念ながら長い間かかってしまいました。

でも現在では大勢の国民の方々が私たち拉致された家族に支援してくださり、一生懸命協力してくださるので心強く思っております。
必ず助け出します。
こどももいると聞いております。
こどもの成長を見守りながらくれぐれも体に気をつけて、気持ちをしっかり持って悲しいと思わず前向きに暮らしてください。

恵子が悲しむと私も悲しいです。
お母さんも悲しいです。
おばちゃんをはじめ、家族全員、無事に暮らしております。
姪や孫も9人になりました。
きっと会える日がきます。
きっと助け出します。
私達も頑張ります。
恵子も頑張って、気をつけて、本当にくれぐれも気をつけて暮らしてください。
・・・・・・・・・・

本当にみなさんありがとうございました。(拍手)
最後まで、全員が帰るまで頑張りますので、どうかよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。(拍手)

★増元照明さん

拉致被害者・田口八重子さんの息子さん、飯塚耕一郎さんが田口さんに呼びかけます。

★田口八重子さんの長男 飯塚耕一郎さん

すみません、おやじの方から八重子さんに送ったメッセージを読ませていただきます。
長文ですので、抜粋して一部だけこちらの方から読ましていただきます。

・・・・・・・・・・
北朝鮮に、まだまだ多くの日本人が北に連れて行かれているのが実態です。
多分、八重子も他の日本人を見かけたことがあるかと思います。
北朝鮮はそれらの人たちはみな亡くなったと言っていますが、その報告は全てうそであり、私達はみな生存しているとかたくなに信じています。

もう少しです。
頑張ってください。
きっと日本に帰って来れるよう、日本の多くの国民もあらゆる手段をもって、活動しています。
そして、八重子とおまえの愛する二人のこどもが日本で抱き合う姿を早く見たい。
私たち兄弟もみなそれが思い待ち焦がれています。
・・・・・・・・・・

以上です。
すみません。(拍手)

★増元照明さん

今日は鹿児島が雪で来られなかったんですが、市川修一さんのお兄さんの健一さんが読み上げるべき物を奥様の市川龍子さんに読み上げて頂きます。

★市川修一さんの義姉 市川龍子さん

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こんばんは。(拍手)
頑張って頑張って歯を食いしばって生きてきた母、12月20日で89歳の誕生日を迎えました。
店から、母の歩数では20歩ぐらいのところに段差がありまして、その段差でこけまして、左の膝がものすごくふくれあがって、一番で病院に行きましたら80cc以上の内出血でやっと少し血を抜いて楽になったと言ったので、私だけ先に来ましたが、鹿児島は88年ぶりの大雪で信じられないですが猛吹雪だということで主人達の車は一歩も前に進まない、おまけに飛行機も飛ばないということで、大任を私がおおせつかりました。
それで、「しおかぜ」に対しての短波放送は主人の言葉です。
代わりに読ませていただきます。

・・・・・・・・・・・
修一、元気でいるかい、兄ちゃんだよ。
27年も会っていないんだよね。
増元るみ子さんと二人で出かけたままだよね。
兄ちゃんはそのときの23歳の修一の顔しか頭にうかんでこないよ。
お父さんお母さんも姉ちゃんも修一の帰りを首を長くして待っているんだよ。
元気な体で修一を迎えてやりたいんだ。
必ず通じるんだと確信して、その一念で毎朝毎晩家族全員で祈っているよ。

北朝鮮は寒い寒いところだと聞いている。
サマーセーター一枚の格好で行方不明になり、拉致されたね。
毛糸のセーターを一枚でも送ってやりたい気持ちでいっぱいです。
修一、お父さんお母さんに、修一のこども、孫の顔みせてやれよ。
きっと喜ぶぞ。

日本では、日本人全員が、無事に帰国できるようにと全国民が力を貸してくれています。
また国際でも各国が協力の声をあげています。
兄ちゃんも頑張っているからね。
帰ってきたら酒をのもうな。
待ってるぞ、頑張れよ、負けるなよ、生き抜けよ。
・・・・・・・・・・

こういう主人の、・・・(拍手で聞き取れず)
私も・・・(聞き取れず)「寒くはないかい、元気でいるかい、必ず帰って来てよ、待っているよ」と呼びかけます。
以上です。(拍手)
ありがとうございました。

★増元照明さん

拉致被害者の松木薫さんのお姉さん、斉藤文代さんが呼びかけます。

★松木薫さんの姉、斉藤文代さん

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一生懸命読ませていただきます。

・・・・・・・・・・
薫、元気ですか。
文姉ちゃんですよ。
薫がいなくなって家族は一日も薫を忘れることがありませんよ。
26歳で薫がいなくなって、6月の13日で26年、もう52歳になったかと思うと涙が出ます。
いろいろ苦労したんでしょうね。
薫は日本政府認定者の一人ですよ。
薫は拉致被害者なんですよ。
文姉ちゃんは薫を、北朝鮮で絶対元気で日本に帰るまで頑張る人間だと信じております。

日本の拉致された家族を救うための「家族会」「救う会」が結成されています。
文姉ちゃんは、みなさまといっしょに救出運動に参加させていただき、ねえちゃんも頑張っています。
薫に会いたいのです。
母、スナヨも毎日会いたい、会いたいといっています。

薫が好きなところてん、たくさん食べましょうね。
熊本の九州学院の先生、生徒さん、また母のふるさとのながしま、親戚みんな帰りを待っています。
富士山でバイトをしている頑張って一緒にいた方々も、帰りを待っています。
日本の国民のみなさま方も薫の帰りを待っていますよ。
くれぐれも薫が一日でも早く帰って来れるように、早く会いたいです。
文姉ちゃんも薫に会えるまで頑張ります。
・・・・・・・・・・・・
みなさんありがとうございました。

★増元照明さん

ありがとうございました。
次、拉致被害者増元るみ子の姉、平野フミ子が呼びかけます。

★増元るみ子さんの姉 平野フミ子さん

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みなさんこんばんは。
今日はありがとうございます。
泣かないで読みたいと思います。

・・・・・・・・・
るみ子、元気ですか!私の声わかる?姉ちゃんだよ。
るみ子が突然いなくなってすでに27年たってしまいましたね。
るみ子が北朝鮮にいることがわかって救出のための運動をしていますが、まだあなたを助けることができません。
ごめんね。
でも、きっと、必ず日本に帰れるから、希望を持って、頑張れ!気張れ!

父ちゃんもるみ子の帰りを待っていたけど、待てなかったみたい。
きっと天国であなたを見守ってくれていると思います。
安心してね。
母ちゃんも膝の具合がわるいけど、るみ子の帰りを首を長くして待っているからね。

私には娘が一人います。
若いころのるみ子に似ていますよ。
会える日を楽しみにしてね。
照明はあなたたちのことを救出するために、日本国中、そして国際世論に訴えています。
もうすぐだからね。
日本国のみんなが応援してくれています。

そちらは寒いでしょう。
体を大事に、そして、帰れるその日を待っててね。
じゃあね。
・・・・・・・・・・・

ありがとうございます。(拍手)

★増元照明さん

拉致被害者・横田めぐみさんの弟の哲也君が呼びかけます。(拍手)

★横田めぐみさんの弟 横田哲也さん

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・・・・・・・・・・
おねえちゃん、いや、めぐみちゃん、元気にしていますか。
私達家族は一日たりとも忘れたことはないということをまず伝えておきたいと思います。
そんな中でまだ救出にはいたらず、力不足で本当に申し訳ない。
私達は絶対に帰って来るまで手をゆるめないし、引き下がることは無いし、叫び続けていくから、もう少しだけ待っていてほしい。

広島で過ごした一家団欒というあの楽しい時間を一日も早く実現したいと思っています。
自由のない、辛く厳しい日々だと思いますが、絶対にあきらめないでほしい。
僕たちも全力を尽くすから。

だれよりもめぐみちゃんを思う、弟の哲也より。
・・・・・・・・・・・

このメッセージが届くことを心から祈っています。

★増元照明さん

家族会のそのほかのメンバー紹介いたします。
寺越昭次さんの長男と三男の寺越昭男さん、内田美津夫さん(拍手)
田口八重子さんのお兄さんの本間勝さん(拍手)
横田めぐみさんの弟、事務局次長、横田拓也くん(拍手)
あと、有本恵子さんのお父さん有本明弘さん(拍手)
最後に、地村保志さんのお父さん地村保さんでした。(拍手)
(それぞれその場で立ち上がって会釈)

したり顔で北朝鮮問題を言う人がいますけれども、私たち家族の切なる声を直接聞いていただきたいですし、この場にいる国会議員の先生方にも、切なる私たちの気持ちを知っていただけたと思います。
是非これからも拉致被害者を救出するために全力を傾けていだだきたいと思っております。
今日は本当にありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこさん 

しおかぜにのって、ご家族の皆さん方のメッセージ必ず届くと思います。

・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストはつちのこ様・金木犀様の手による物を元に、管理人ぴろんが再構成しました。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(16)05.12.22 日比谷公会堂にて

『特定失踪者家族の紹介と竹下珠路さんの訴え(特定失踪者・古川了子さんの姉)』

★櫻井よしこさん

この会場には特定失踪者の被害者のご家族の方々がいらしています。
どうぞそこでお立ちになって頂きたいと思います。(拍手)
(会場一階席前列で特定失踪者ご家族の方々が立ち上がり、後ろを振り向いてそれぞれ会釈)
どうぞ皆さん、この方々のご家族全員を救い出すために(拍手)最後まで最後まで一生懸命力を尽くして行こうではありませんか。(拍手)
私たちは最後まで一緒に闘います。
ありがとうございました。(拍手)

さて古川了子さんもその特定失踪者のお一人でございます。
竹下珠路さん、ご家族を代表してこの特定失踪者の事についての思いを語っていただきたいと思います。
よろしくお願いします。(拍手)

★竹下珠路さん

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皆様こんばんは。(「こんばんは」の声)
お寒い中ありがとうございます。
私は昭和48年7月7日七夕の日に、「今千葉駅にいる」という電話を最後に消息を絶った古川了子の姉、竹下珠路でございます。

今年の4月から、4月13日に日本国を相手に行政訴訟と言うのを起しました。
特定失踪者問題調査会、そして法律家の会の皆さんのご支援で、特定失踪者と言う問題が政府の中で少しも先方との北朝鮮との交渉テーブルに乗らない名前が乗らないという焦りの中から、何とか前進して欲しいという思いで行政訴訟を起こしました。

先だって12月の第4回の公判が行われましたが、日本国側の回答は一貫して、
「日本国は一生懸命やっている。拉致を認定しようがしまいが何も特段のメリットはない。同じなんだからこの裁判を棄却されたし」
という言葉に終始しております。
従って木で鼻を括ったような回答、暖簾に腕押ししているような本当に何とも良い様のない言葉がずっと続いております。
裁判と言うものは一人古川了子の裁判と言うのではなく、今皆様にご紹介していただいた特定失踪者の家族の皆の思いを私は背負っていると思います。(拍手)

特定失踪者失踪者と言う名前で拉致被害者とまだ言われない人たち。
しかし5年前は、今の拉致被害者の方々も同じだったと思います。
そして拉致被害者でない為に拉致被害者と言われないために、交渉テーブルに名前の乗らないその他の多くの人たちと一括りで言われてしまう、この切なさ辛さは壇上の皆さん。
そして他国からも家族からも拉致されたご家族の皆さん。
同じだと思います。

つい1日2日前の北朝鮮側の発表の中で、拉致問題は解決済みと言う言葉がまた流されておりました。
目前に控えた北京での交渉を前にしての話です。
今日本政府が多くのこの拉致被害者たち、その全員の帰還を願わずに強い姿勢を取らないで、誰が解決出来るのでしょうか?(拍手)
日本政府にしか出来ない事だと思うのです。

今、拉致の疑いが大変濃厚な特定失踪者は、昭和30年代40年代に多く発生しております。
これは金日成時代からの問題であろうと判断しております。
どうぞみなさん、この長い被害者。
そしてもう一刻の猶予もない被害者とその家族の、一日でも早く面会出来ますように、これからもどうぞどうぞ力強いご支援をお願いいたします。(拍手)

★櫻井よしこさん

竹下さんありがとうございました。

良く日本はアジアで孤立しているとか言われます。
中国からも韓国からも嫌われていると言われます。
私は決してそうは思いませんけれども、日本国がアジアのリーダーに真になろうとするならば、まさに自由と人権を重んじると言う旗印を掲げて、真っ先に北朝鮮のこの金正日政権に向けて立ち向かっていく事が大切であろうかと思います。(拍手)

どうしても小泉政権には、あれだけの国民の支持を受けた小泉政権には私たちの思いを反映して貰って、どんな事があっても24日、きちんとした回答が出てこなければ経済制裁を課して欲しいと思います。(拍手)
さて、ここで拉致被害者の皆さん方、お一人お一人からお声を聞きたいと思います。
増元照明さん、よろしくお願いたします。

2006年01月02日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(15)05.12.22 日比谷公会堂にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の報告』

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★司会:櫻井よしこさん

さてここで特定失踪者問題調査会代表の荒木和博さんに特定失踪者の問題についての報告をお話し頂きたいと思います。

★荒木和博さん

ご紹介頂きました荒木でございます。
時間が有りませんので、できるだけ簡単に申し上げます。
私は前回のこの日比谷の集会で『来年の末までに問題を全て解決する』というふうに申し上げました。
もう残り一年しかございません。
ともかくできることを全てやっておかなければいけないということで、10月30日から<しおかぜ>−−さきほど横田早紀江さんの方でお話を頂きましたけれども−−短波放送を開始致しました。(会場より「いつから?」の声)
後ほどまた、ポスターを見て頂ければ書いてございますが。
そして最初30分間の放送でございましたが、12月8日から1時間30分にのばしまして(会場から拍手)現在はお名前の読み上げ=家族会の方々を含め276人のお名前の読み上げと家族の方々から書いて頂いたメッセージを私が代読をいたしております。
来年年が明けましたら家族会の皆様、特定失踪者のご家族の中で吹き込みをして頂いた方の、直接の声のメッセージを北朝鮮に流して参ります。

なおかつ今はそのメッセージの中で北朝鮮で聞いている方に是非とも−−勿論身辺の安全の問題もありますが−−その安全の問題がクリアされるのであれば何とかして日本に情報をだしてもらいたいと繰り返し繰り返して申し上げておりまして、その情報をキャッチするということについて、今回のしおかぜの短波放送と言うだけでなくて、情報のこんどは受信の方もですね、いろんな手を使いまして、新年から始めていこうと思っております。
明日、調査会理事会がございますので、そこで正式に決定して実現をしていくつもりでございます。

いずれにしても時間がございません。
『対話と圧力』と申しますけども、『対話と圧力』というのは北朝鮮が横田めぐみさんの偽遺骨を出してきたら、こちらからは『そんなとを言っていたら金正日を本当の遺骨にしてやる』という、これが本当の『対話と圧力』でございます。(拍手)

おそらくこの拉致問題が明らかになっていったらば、我々が今想像もしていないようなことが次から次にと出てくると思います。
それに我々自身が耐えていけるかどうかという事もございますが、こういうときには、順序を追って、話をしているようなのんびりしたことは必要はございません。
必要なのは戦うことだけであります。(拍手)

幸いにしてご挨拶頂きました、平沼議連会長も先の選挙の時に先頭きって戦われました。(拍手)
とにかくのんびり話し合いをしているよりは、戦うという姿勢を、是非とも持っていかなくてはならないと思っています。
その意味で、今必要なのは国会議員の先生方もゆっくりお話しすると言うことではなく、相手をどうやって叩きつぶしていくかということでございましてその意味でも、残念ながら今ここにはおりませんけれど西村眞悟議員にも是非はやいところ戦列に復帰して頂きたい。(長い拍手)

この中には警察の方もおられると思いますけども、そこのところ是非よろしくお願いします。(会場笑いと拍手)
なおかつ、もしそれが出来ないのであれば、北朝鮮から金をもらった国会議員を全部根こそぎですね・・・してもらいたい。(「そうだ!」の声、拍手・笑い)

ともかく、来年の末までに、全ての拉致被害者救出するために、全力をあげて戦います。
どうかよろしくお願い致します。
ありがとうございました。


★司会:櫻井よしこさん

小泉さんは郵政民営化のためには殺されても良いと仰いました。(笑い声)
そんなことで殺されるよりは拉致問題のために殺された方がいいのでは・・・・(会場、拍手)

・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(14)05.12.22 日比谷公会堂にて

『横田早紀江さんの訴え』

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★櫻井よしこさん
 
世界12カ国、少なくともこれだけの国々から被害者が出ています。
こうした事が今明るみに出る事が出来ましたのも、実は日本から始まった地道な運動あってこその事でございます。
家族の皆さん方、救う会の皆さんがたが本当に一生懸命にこれまで活動してきました。
その思いを込めてめぐみさんのお母さんの早紀江さんにお願いしたいと思います。(拍手)

★横田早紀江さん

皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)
今日は本当にお寒い中、こんなにたくさんの方がお集まりくださり本当にありがとうございます。
(会場より「お父さん大丈夫かぁ?」の声)はい、すみません。
本当にご心配をおかけいたしておりますが、私たち本当に不器用な夫婦なもので、一生懸命になったあまりちょっと過労気味だったんですけども、やはりちょっと無理があったのか体調を崩しまして、静かに静養をしましてしばらく健康回復に努めたいと思います。
非常に順調に快復しておりますので、どうぞご心配なく、ありがとうございました。(拍手)

たくさんの国から多くの被害者の方々が、一緒に集うことが出来ました。
本当に9年前の活動の事をいつもお話させて頂きますけども、銀座とか有楽町でいくらチラシを配っても、たくさんの人が通られる日本の町の中でも、誰一人取って頂けないような時期、本当に寒い中で皆様と一緒に頑張っていましたけど。
こんな事をしていてもどうなるんだろう?と思っていました。

あの頃から比べますと、今本当に北朝鮮の金正日の悪い思いが、こんなにたくさんの国々の人たち。
日本だけでなく、たくさんの十何カ国の国からもたくさんの拉致被害者が出ている。
その事がこんなに明るみに出てきて、そして国民の皆様の心の中にも本当にこんなに恐ろしい事が現実にあったんだという事がはっきりと刻み付けられたって言う。
このような大きなことになったという事を、本当にありがたい事だと思っています。(拍手)

中々信じられないような事でありました為に、私たちも非常に躓きながらやって参りましたけれども、本当に救う会の皆様方、そして国会議員の先生方、皆さん方の本当に温かいご支援の中でいろんな知恵を働かせてくださって。
今回またしおかぜと言う家族の者たちの声を、北朝鮮の閉鎖された中で、中々向こうから情報が出てこない、こちらからも届けられないという事で、短波放送を通じて家族の声を届けるという事まで考えてくださって。

まぁどこでそれが通じるか分かりませんが、私も昨日めぐみに呼びかけました。
「横田めぐみちゃん!」とはっきりと言いました。
「お母さんですよ、頑張ってますか?」
「必ず助けてあげるから、必ず帰って来れるから、元気でいなさい」
と一生懸命に叫びましたけど。

ちらっとどこかで、一言だけでもその声が聞こえたときにどんなに力づけられるだろうと、他の方たちの声も皆そうだと思いますから。
その声を頼りにでも元気でいて欲しいと思っていますし。(拍手)
必ず皆が本当に元気で帰ってくるように。
日本の暖かい皆様がどんなに大きな喜びで、大きな声で喜んでくださるかと。
その事を待ち望んでこれからも頑張って参りますので、どうか世界平和のためですこれは、日本の国のことだけではありません。
本当に世界の平和の危機が存在している事が世界の恐怖でありますから、世界が平和になるために皆さんと一緒に頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。(拍手)

★櫻井よしこさん

13歳だっためぐみちゃんはすでに41歳になっているはずです。
本当に長い時間が過ぎてしまいました。
もう一回心引き締めて私達頑張りましょう。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(13)05.12.22 日比谷公会堂にて

『西岡力 救う会常任副会長による総括』

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★櫻井よしこさん

ではここで、救う会常任副会長で東京基督教大学の教授である西岡力さんに総括をしていただきたいと思います。
よろしくお願いします。(拍手)

★西岡力氏

二つの事を申し上げたいと思います。
今ここに、タイからレバノンから韓国から被害者の家族が来てくださいましたが、もっともっと世界中から拉致が行われているという事です。
私たちの今現在分かっている所で、12カ国から拉致が行われています。
韓国・日本・レバノン・タイ、それ以外にルーマニア・マカオ系の中国人・マレーシア人・シンガポール人・フランス人・イタリア人・オランダ人・ヨルダン人が拉致されているという報告は間違い無いと言う、証言証拠が出てきています。
特に帰ってきた被害者の方たちが、韓国の崔銀姫さんと言う映画俳優だったり、レバノンのシハームさんたちと一緒に帰ってきた人たちだったり、ジェンキンスさんや曽我さんたちだったりが見た事を直接証言してくださっています。
それが一つ目です。

そして二つ目はこのことは何を意味するか?
金正日が悪事が暴露されてきたという事です。(拍手)
拉致は金正日が命令したんです。
彼は完全犯罪だと思っていたでしょう。
しかし、少しずつ少しずつ家族を愛する人たちの願いと勇気ある亡命者、あるいは帰って来た人たちの証言によって悪事が暴かれつつあるという事です。

悪を前にして私たちは何をするべきか?
制裁をするべきだと思います。(拍手)
悪に怒る事を忘れた国は滅びます。
日本国は今こそ金正日の悪に対して、世界中で行っている拉致犯罪に対して、先頭に立って金正日に制裁を試みるべきだと、私は思っております。(拍手)
以上が私の総括です。
ありがとうございました。

★櫻井よしこさん
 
世界12カ国、少なくともこれだけの国々から被害者が出ています。
こうした事が今明るみに出る事が出来ましたのも、実は日本から始まった地道な運動あってこその事でございます。
家族の皆さん方、救う会の皆さんがたが本当に一生懸命にこれまで活動してきました。
その思いを込めてめぐみさんのお母さんの早紀江さんにお願いしたいと思います。(拍手)

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(12)05.12.22 日比谷公会堂にて

『安明進さんの訴え(元北朝鮮工作員)』

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★司会:櫻井よし子さん
日本人、レバノン人、タイの人、韓国の人、これほど多くの悲しみと苦しみを与えている憎むべき北朝鮮の金正日政権について非常によく知っている元工作員の安明進さんにお話を伺いたいと思います。

★安明進さん(日本語で、一生懸命お話になりました)

みなさまこんばんは。
今日は本当に大勢の方々が非常に貴重な話をしますから、私に与えられた時間を少しでも節約するために日本語で話します。
まだまだ不十分な日本語ですが、(拍手)まだほんとに不十分な日本語ですが、殺人マンでbadである金正日の巣窟から拉致された日本人と皆様の兄弟を救出し、かわいそう(な)私の2000万同胞たちを救いたいと(いう)私の気持ちは皆さまがよくご存じだと思います。(拍手)

私は1987年3月から、1993年5月まで北朝鮮のスパイ養成機関である『金正日政治軍事大学』でスパイ教育を受けながら、拉致された日本人だけではなく、いろんな外国から拉致された外国人を目撃しました。
私は彼たちが、自分の意志で北朝鮮という暗黒の世界に、自分の意志で入ってきたとは絶対思わないです。(拍手)

彼らみんなが世界いろいろな国から、北朝鮮のスパイたちに拉致されたと、私は確信して、1997年からあの事実を、本を通じて、マスコミを通じて言ってきました。
もちろん1997年当時は、私のこのような話をほとんどの日本の方々が信じなかったんですが、時間が(たって)金正日も認めたし、私はなく他の人たちによっても、世界いろいろな国から拉致された被害者と、金正日のほんとに多い拉致犯罪がどんどん、どんどん、明らかになりました。

みなさま、金正日は日本人(だけ)ではなく世界いろいろな国から大勢の外国人を拉致しました。
実は、今北朝鮮にいる2300万の北朝鮮人民も、金正日に拉致されたと私は思います。(拍手)

このような歴史の・・・政権が今、世界最高の先進国であると自負する日本の一番近い距離にあるという事実だけでも、日本の国家とみなさまに本当に恥ずかしい事だと、私は思います。
金正日政権の残酷性と危険性に絶対に顔を背けてはならないのです。

これはみなさまの安全と幸福を実現するためにです。
一日も早く、金正日政権を壊させることだけが、拉致された日本の被害者といろんな世界の被害者たちを救出する道だと私は確信します。(拍手)

みなさま、北朝鮮に対する、経済制裁はかわいそう、本当にかわいそう(な)私の2300万北朝鮮人民にかけられる経済制裁ではなく、彼たちを、飢え死にさせる、なぶり殺し、凍え殺し、銃殺している金正日政権に対する経済制裁です。(拍手)
本当によろしくお願いします。(拍手)
ありがとうございました。

★司会:櫻井よし子さん

安明進さん本当にありがとうございました。

・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(11)05.12.22 日比谷公会堂にて

『崔祐英 韓国・拉致被害者家族協議会会長の訴え』

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★櫻井よしこさん

韓国には朝鮮戦争のときに拉致された人に加えて、その後拉致された多くの人たちがいます。
その休戦後拉致された人々、その被害者の家族会を代表して崔祐英さんにお願いします。
崔さんは今韓国で黄色いハンカチ運動を広げています。
崔さん、お願いします。(拍手)

★崔祐英さん(※ご自身による日本語での訴え)

皆様こんばんは。(「こんばんは」の声)
今回の国民大集会に私を招待していただいた横田滋代表、平沼会長、佐藤会長にご感謝いたします。(拍手)
拉致された私のお父さん、それから日本の拉致された方、またタイ・レバノンの方々が寒い冬を北朝鮮にいる事を考えると胸が痛いです。

今年10月26日にはお父さんの60回目のお誕生日で、イムジン河と言うところの松の木にイエローハンカチをかけました。
それがマスコミに放送されて韓国のあちこちでイエローリボンの運動が始まりました。(拍手)
イエローハンカチの意味は「あなたを忘れないでいつまでも待っている」と言う意味です。
韓国の教会や市内、それからアパートにイエローリボンの運動をして、ハンナラ党の朴槿恵(パク・クンヘ)代表も参加しました。

11月8日から10日までソウルの北朝鮮の人権国際大会でも、イエローリボンの運動をしました。
北朝鮮はこのイエローリボン運動に対して脱北者はいないと、イエローリボン運動を非難しました。
12月に南北首脳会談が開いて、我が国が脱北者に対して言及してたんですけど、北朝鮮はそれを無視してしまいました。
私は我が政府が北朝鮮より力が弱い、力が無いと落胆して、国民として悲しいし寂しかったんです。

このような状況の中で日本の被害者家族会の代表として増元事務局長がアメリカに行って、韓国の拉致問題に対しても北朝鮮の人権大使に言及していただいてご感謝いたします。(拍手)
また国民大集会にいらっしゃった皆さんにもご感謝いたします。(拍手)
この会場の応援の力を受けて韓国の状況が難しくても、私たちは金正日政権の中で拉致された家族を取り戻す為に頑張ります。
どうもありがとうございました。(拍手)

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(10)05.12.22 日比谷公会堂にて

『金聖浩 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会前理事長の訴え』

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★司会櫻井よし子さん
次に韓国からのゲストをご紹介します。朝鮮戦争の時に拉致された人々、朝鮮戦争拉致被害者家族協議会を代表いたしまして前理事長の、金聖浩(キムソルホ)さんにお願いします。

★金聖浩(キムソルホ)さん(※金さんご自身の日本語による訴え)

自由と平和を愛している、そして拉致被害者を救うために集まった日本の皆さんこんばんは。(拍手)

北朝鮮による拉致テロは朝鮮戦争から始まりました。
当時金日成は韓国を共産統一する目的で戦争を起こしました。
そして占領した韓国のあらゆるところで8万2959名の人たちを拉致しました。
これは金日成の秘密命令によって行った拉致犯罪でした。
拉致された韓国の人たちは、戦争遂行の目的で拉致されたんです。
だけど北朝鮮は今(ま)でも拉致を認めていません。
韓国の政府もほとんど同じ立場にたっています。
本当に恥ずかしくて心を痛く思います。(拍手)

金日成に続いて、金正日も韓国を共産統一するための方策を進めて、日本を始め、タイ、レバノンなどの世界の多くの国の人たちを拉致しました。
金日成・金正日は自分の独裁王国を強化するために自由と平和と人権の絶対的な価値を破壊しました。(拍手)
このような犯罪は絶対に許すことができません。(拍手)

拉致問題の解決というのは、アジアの全ての国の自由と平和、正義と人権を守ることだと思います。(拍手)
このようなことは経済制裁をしながらも、解決しなければならない緊急な問題です。(拍手)
悪魔的なテロ集団に対して経済支援をすると言うことは、ガンのような悪い細胞に栄養を与える結果と同じ事だと思います。(拍手)
いち早く拉致被害者を救うことと、北朝鮮住民を救うことは、経済制裁とともに、国連の安保理までも持ち込んでゆくばかりだと思います。(拍手)

自由と言うことは何もしないでただで守ることはできません。(拍手)

freedom is not free(フリーダム・イズ・ノット・フリー)

自由を愛する日本を始め拉致被害を受けた全ての国と連携して戦いましょう。(拍手)

拉致被害者が故郷に帰るその日まで、アジアの自由と人権、平和がもたらされるその日まで、<撃ちてし止まぬ>の心構えでがんばりましょう。(拍手)
どうもありがとうございました。(拍手)

★司会櫻井よし子さん

金さんありがとうございました。

・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(9)05.12.22 日比谷公会堂にて

『ハイダールさんの訴え(レバノン人拉致被害者・シハームさんの母)』

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(写真は左より ハイダールさん、通訳のマレック・ゲダムさん 島田洋一副会長)



★島田洋一 救う会副会長

救う会の島田です。
簡単にご紹介しますけれども、娘さんのシハームさんが北朝鮮に拉致されている被害者であります。
それからもうお一方、レバノンのフリーのジャーナリスト・マレック・ゲダムさん。
お母さんを助けて拉致問題の取材等もしておられます。

実はお母さん、こうして日本のテレビなんかに映されて、それを北の連中がモニターしてですね。 
レバノンに帰ってから狙われるんじゃないか?というのを大変恐怖感を感じておられるんですが。
我々日本の家族会・救う会もそうですが、我々は大勢人数がおりますけども、レバノンでたった一人で北朝鮮拉致に対して闘っておられると言う状況ですので。
もし日本の集会に出てテレビに出て、お母さんが襲われる事があれば、我々日本人が許さないと・・・(大きな拍手が沸き起こり、後は聞き取れず)

時間の関係もありますので、ごく簡単に娘さんが連れ去られた経緯を一言二言言いますと、日本の有本恵子さんの場合と大変良く似ています。
北朝鮮の工作員がですね。
日本の日立で良い仕事があるんだと騙して、レバノン人の若い女性4人を1978年に連れ出したと。
日本に行くはずが北朝鮮に連れて行かれてしまったと、こういう状況であります。

お母さんアラビア語で喋られますけれども、マレックさんがそれを私に英語で通訳して、私が(日本語で)。(笑い声)
伝達するのに齟齬があるものですから、一応原稿で進めたいと思います。

★ハイダールさん
(通訳:アラビア語→英語 マレック・ゲダム氏 :英語→日本語 島田洋一氏)

日本から電話が来るはずがいくら待っててもかかって来ないので、だんだん不安が募ってまいりました。
お母さん、当時イタリアで働いておられたんですが、イタリア警察に相談に行った所、まぁ「警察がじゃあ捜しましょう」
その数ヵ月後、何と娘は日本ではなく北朝鮮にいるというニュースがやって来ました。
私はパニックに陥って訳が分からなかったんですけども、北朝鮮なんて国が果たして存在するのか?
地図の上でどこにあるのかさえ分からない。
全くどうやって連絡を取って良いのか分からない。
そういう状況でもう一度警察に訪れて助けを求める。
それしか私には出来ませんでした。

それから更に数ヶ月が経って、レバノンから知らせがあったんですが、娘のシハームがレバノンに帰って来たという事でありました。
私は早速会いました。
娘の顔が見られて幸せだったんですけれども、非常に精神的に参っている様子で健康状態も悪いと。
心配になって一体何があったんだ?と言う事を聞いたところ、娘が泣きながら、実はあるアメリカ人男性の子供を身ごもっているのであると、そのように告白されました。
私は衝撃を受けてパニックに陥ったわけですけども、しかしここは自分を納得させなければならないと努力し、いわゆる夫とそして赤ん坊が北朝鮮に出来たと。
家族が出来てアメリカ人の夫も良くしてくれるようだから、ある人との子供が出来たらその人と一生共に暮らすのが娘の考え方だと私は分かっています。
だから北朝鮮に戻るという事を私は許しました。

娘を再び北朝鮮に帰らせたというのは、大変な恐るべき私の誤りでした。
北朝鮮がどういう国か知っていたら、決して行かせなかった筈であります。
娘は27年間も(北朝鮮に)いますけど、その間数度しか会っていない。
一度北朝鮮に私行った事あります。
更に不幸な様子で、彼女の家がどこなのか?お母さんは知らされない。
娘の家を訪れる事も許されなかった。
常に北朝鮮の男、人間が4人付いていて私たちの行動を監視していた。
最後に空港に見送りに来た娘さんは大変激しく泣いたと、いう事であります。
年に一度くらいお母さんの誕生日に電話が来るそうですけど、ただお母さん大丈夫か?と聞いて、自分達は大丈夫だと言うだけであって。
彼女が話せない状況だというのは私分かってますから、質問をこちらからしようとはしません。
しかし健康状態が悪化しているという事を、色々な所から聞いていて大変心配です。
このままだと私が傍に居れないまま娘が死んでしまうのではないか?
あるいは私が死ぬときに娘が傍に居れないのではないか?
そういうような事を考えてしまう。

北朝鮮は私の娘の人生を破壊しました。
海外で働いてお母さんを楽にさせたいという娘の夢に付け込んで彼女の人生を壊したのです。
同時に私の人生をも北朝鮮は壊しました。
仕事から引退した後は娘と暮らしたいと言うのが私の夢でしたけれども、今私はレバノンにたった一人でいます。
娘も夫に先立たれて、遠く離れたところで子供3人と暮らしています。
娘シハームは私にとってたった一人の子供です。
私の願いは娘とそして孫と一緒に過ごしたい。
それだけであります。
レバノンには私を支えてくれる人がいない状況ですので、娘を取り戻すという望みはほとんど捨てかけていました。
しかし、今回こうして日本の皆様と知り合う事が出来、再び私は自分の娘をいつかは取り返せるという希望を持つ事ができました。
皆さんと共に北朝鮮によって引き離された全ての家族が共に暮らせるようになるよう、私も頑張ります。
どうもありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこさん

ハイダールさん、ありがとうございました。
次に韓国からのゲストをご紹介します。
朝鮮戦争のときに拉致された人々、朝鮮戦争拉致被害者家族協議会を代表しまして、前理事長の金聖浩さんにお願いします。(拍手)

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(8)05.12.22 日比谷公会堂にて

『スカム・パンジョイさんの訴え(タイ人拉致被害者・アノチャさんの兄)』

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(写真左より スカムさんの息子さん、通訳の海老原さん、スカムさん、スカムさんの住む土地の郡長さん)




★櫻井よしこさん

では次にタイから拉致されましたアノチャさんのお兄さん、スカム・パンジョイさんにお願いします。
アノチャさんは1978年に拉致されまして、曽我さんと一緒に暮らしておりました。
パンジョイさんの通訳を務めてくださるのは海老原智治さんでタイのアヤプ大学の講師を務めておられます。
ではどうぞよろしくお願いをします。(拍手)

★スカム・パンジョイさん(通訳:海老原智治氏)

日本の支援団体の皆様、今回私を招聘いただきまして、また私の妹の救出の為にご支援頂きまして大変ありがとうございます。(拍手)
私の妹であるアノチャ・パンジョイは非常に性格の良い子でありまして、家族を非常に愛して、きょうだいを非常に愛する者、人間でありました。
それから例えば、出稼ぎに行った先から帰って来る時には家族にたくさんのお土産を持ってきまして、家族に配るという事をしていました。
その度に持ってきた服ですとか食べ物、それを帰ってくる度に私たちは受け取った物でした。

妹であるアノチャは非常に積極的な性格で人を恐れない、物怖じしない性格でありました。
また美しく着飾る事を好む、そのような女性でありました。
また旅行、それから遠くに出かけること、そのような物を非常に好む性格でありました。

妹のアノチャが失踪したという事を知ったとき、突然失踪しまして、しかし私はそれをどこに伝える事も出来ませんでした。
と言いますのは一つの理由はその当時のタイでは、連絡と言うものが非常に不便な時代でして、どこに伝える事も出来ず、また当局に訴え出ると言う事も致しませんでした。
そのために探すと言う事も私には出来ませんでした。
ただただ、いつ帰ってくるのかと、そう思いながら待つばかりでした。

私が妹が失踪したと言うのを知ったのは次のような経緯によります。
1978年の11月に、妹と親しくしているタイ人の友人から突然手紙が参りました。
その手紙には、
「お兄さん、バンコクのアノチャさんが尊敬して敬っている人のお宅まで会いに来てください。お話したい事があります。」
そのようなことがありまして、私はその妹が親しくしていた尊敬していた方の家まで会いに行きました。

そのときバンコクまで私は会いに行きまして、妹の友人であった方に話を伺いました。
そこで伝えられました事は、妹が1978年の5月21日にマカオで失踪したと言う事でした。
で、その時には、マカオ人の女性二人とほぼ近い時間にいなくなったという事が伝えられました。
私はそれを聞いたところでもうどうする事も出来ませんでした。
ただそれを聞いて驚いて、ただそのまま家に帰ることしか出来ませんでした。

私は妹がそういう境遇に陥ってしまった事を知って非常に悲しい思いをしました。
妹は連れ去られて一体何をさせられているのか?全く分かりません。
妹の学歴は小学校の4年生卒でしかありませんでした。
そのような者を連れて行ってどうしたのか?
全く私には分かりませんでした。
で、妹が健在である事をジェンキンスさんの手記で今年知るまで、そういう思いをずっと抱えて参りました。

この件につきましては日本政府の方々、日本の支援者の方々、それからタイ政府の方々が私および私の妹を助け出すためにご努力いただいております。
これは何よりも代えられない私の幸せであります。
このご支援を頂いている支援者の皆様と言うのは、非常に心の温かい方々ばかりであると私はそう信じております。(拍手)

私は今日、このようなお土産を日本の支援団体の皆様に持参して参りました。
これは私の出身地であり妹の出身地でもあるチェンマイから持参したものです。
ここには中央に女性のレリーフがあり、左右に手が掲げられております。
この中央の女性は妹を象徴しており、二つの手は妹を救うと言う気持ちを表しております。
左にありますこの手は日本の皆様方、こちらにありますもう一本の手はタイの支援者の国民の方々。
この二つのご支援によって妹が早く帰ってくることを願ってこのような物を持って参りました。(拍手)

★櫻井よしこさん

どうもありがとうございます。
右手に立って写真を掲げていらっしゃった方は息子さんでございます。
向って左に立っておられた方は、日本で言えば町長さんと言うんでしょうか郡長さんでいらっしゃいまして、同行してくださいました。
本当にありがとうございました。(拍手)
次にレバノンから拉致されましたシハームさんのお母さんのハイダールさんにお願いをいたします。(拍手)

2006年01月01日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(7)05.12.22 日比谷公会堂にて

『曽我ひとみさんの訴え』

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★櫻井よし子さん

私たちはこの拉致問題に取り組みはじめて、多くの心ない意見を聞いて参りました。
『拉致の証拠はどこにあるのか』、いろんな方から言われました。しかし、拉致被害者の方が姿を現したとき全員がわかったのでございます。拉致被害は本物であった。
今日は曾我ひとみさんにおいでいただいております。(拍手)
曾我さんはタイやレバノンの拉致被害者と何年間も暮らしました。
お母さんのミヨシさんも未だに消息がわかりません。
曽我さんどうぞ、その思いを伝えていただきたいと思います。

★曾我ひとみさん

みなさんこんばんは。(拍手)
今日はお忙しい中、本当に天気も悪くて寒いのに、こんなにたくさんの人たちがこの集会に集まってくれて、本当に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。(拍手)

今年の2月に私の父は、−−長い間ずっとずっと母の帰りを待ち続けていました−−しかし最後に一目会うこともなくこの世を去ってしまいました。
(北朝鮮は許せん!そうだ!と会場から声)

今まで長い間父と一緒に暮らすことができず、帰ってきて、ほんのつかの間でしたけれど、その父から、一つだけ本当に、大きな事を学びました。それは、私が弱音を吐いて、『もう母には会えないだろう』と言っていました。しかし父は『どんなことがあってもあきらめてはいけない』、そして『最後まで希望を持ち続ければ、絶対に母は帰ってくる』と最後の最後まで私に言い聞かせてくれました。

私がこうして、日本に帰ってきて、もう3年になります。このことは家族会の皆様方はじめ国民の皆様方の本当に暖かいお気持ちの現れだと、毎日毎日思っております。

今の私は、日本にいるご家族の気持ちも本当によくわかります。母のことを考えると・・、最近ではテレビで<お母さん>とか、<母>と言う言葉を耳にするだけで、本当に切なさがこみ上げてきます。そして私は拉致被害者でもあります。だから、拉致被害者のことも本当によくわかります。
朝、昼、晩、いつになったら、またふるさとに帰ってみんなと一緒に楽しく暮らせるのだろう?無惨にも失ってしまった、青春をきっと取り戻したいと、私はいつも思っていました。(「金正日に保障させろ」の声)

まだまだこの問題は、長い道のりが必要かもしれませんが、私たち家族にも被害者にももう時間がありません。
この一時間、一分が、本当にみんなにとって大切な時間です。(「その通り」の声)
今までも、皆様方に本当に応援していただいていますけれど、これからは、これまで以上に、もっともっと手を大きく広げて、みんなが一つになって、また昔の、楽しい生活にかえって、たくさんの人たちの笑顔がみたいと思います。

そのためには、皆様方の力が本当に必要です。どうかこれからも、よろしくお願いします。(長い拍手)

★櫻井よし子さん

曽我さんありがとうございました。

・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(6)05.12.22 日比谷公会堂にて

『来賓紹介とスザンヌ・ショルティーさんからのメッセージ紹介 (櫻井よしこさん)』

さてここで、かつてアメリカで講師を勤められてきた梅原克彦さん。
現在仙台市長でいらっしゃいますけれども、ご紹介をしたいと思います。
日本から拉致被害者の家族の皆さん方がアメリカを訪れましたときにですね。
ずい分といろんな形で手伝いをしてくださったり助けてくださったりしました。
今日は来賓としていらしております。
梅原さんどうぞ。

★梅原克彦氏、壇上で会釈

もう一方とっても重要な方をご紹介したいと思います。
この人無しには本当に拉致被害者はどう言うふうにしていったら良いか、分からなかった時がたくさんございます。
中山恭子さんです。(とても大きな拍手)
元内閣官房参事の・・・(聞き取れず、とても大きな拍手)
中山さん、本当にありがとうございます。(とても大きな拍手)
今日は壇上に上がっていただきたかったんですけど、どうしてもこの下で良いと言う事で、中山さんらしいお人柄です。(とても大きな拍手)
どうもありがとうございます。(とても大きな拍手)

★中山恭子氏、会場前列の座席より立ち上がり後ろを振り向いて会釈

さて私の手元にですね。
アメリカの人権団体であります、「北朝鮮自由連合」の代表のスザンヌ・ショルティーさんからのメッセージが届いております。
英語で来ておりますけれども、日本語でここでご紹介をさせていただきます。

・・・ここよりメッセージ朗読・・・

東京のこの国際会議にご出席の皆様方。
私のメッセージを送らせて頂くその機会を与えてくださいまして本当にありがとうございます。
私たちはアメリカにおいて、あの北朝鮮の強権レジームに対してあの人権を踏みにじる金正日政権に対して自由を推薦している運動をしている者であります。

私たちは島田先生や増元さんなど、度々アメリカを訪れてくださった家族会の皆様方、救う会の皆様方と共に一生懸命に北朝鮮におけるこの人権問題の改善の為に取り組んで参りました。
私たちの願いはこの努力を通じて、拉致被害者の方々を家族と共に一緒にしていくこと。
そして邪悪な北朝鮮の金正日政権の悪事を暴き続けていく事。
北朝鮮の国民の人権を守り、そして拉致された全ての人たちをあの邪悪な政権から取り戻す事。

また脱北者を冷酷非情にも北朝鮮に追い戻す、あの中国政府の悪事をも暴き続ける事であります。(大きな拍手)
大国(?ハッキリ聞き取れず)中国であるにも拘らず、国際条約に違反するような行動は断じて許されないのであります。(「そうだ」の声、拍手)
私たちは今日この会場にお集まりの日本の皆様、韓国の拉致被害者の皆様方、タイの方々、レバノンの方々、そして世界の方々と連携をして参ります。
私たちの心は常に皆様方と一緒にあります。
共に希望を失わず拉致被害者全員を取り戻すために頑張ろうではありませんか。

スザンヌ・ショルティーさん(拍手)

・・・朗読終了・・・
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