2006年01月20日

強硬派vs穏健派論争・・・「正義の使者」のつもりが「正義の死者」になっていませんか?

ここ数日ネットを賑わす強硬派vs穏健派の論議について。
一昨日のエントリーと一部重なり合う所もありますが、私なりに思うこの論議についてちょっと書いてみたいと思います。

いわゆる“強硬派”の人たちの主張を読んで私が感じるのは、どうも先鋭化と言う言葉の解釈を間違えてませんか?と言う点なのです。
私は打倒小泉を主張する事が即そのまま先鋭化なのではないと思っています。
私の思う先鋭化とは、自分の論にばかり拘って異論に耳を貸せなくなったり、是々非々の討論が出来なくなってしまう事、ではないのかな?と。

この救出運動の目的は、全ての拉致被害者を救う事、です。
その思いさえあれば、拉致問題に関する基本的知識や運動に関る時間の多少、関心度の濃淡、イデオロギーの左右さえ私は必要ないと思っています。
「全ての被害者を救い出す!」「全員奪還!」「拉致問題棚上げで中途半端な幕引きは許さない!」・・・などなど。
どのような理解・解釈であれ、この運動の根源である“被害者全員救出”と言う目的をしっかり見極められている人はみな支援者である、と私は思う。

何事も、策を講じる場合は最悪の場合に備えるのが肝心であろうと思います。
この救出運動で一番恐れる事は、政府が拉致問題を棚上げしたまま国交正常化に走る事。
それは強硬派であれ穏健派であれ、支援者を自認する者ならば誰でも懸念する共通の思いなのではありませんか?
そのために私がいま思う第一の事は、今一人でも多くの人に拉致問題に強い関心を持っていただき、いざと言う時に「拉致問題棚上げの国交正常化はNO!」を言えるしっかりとした世論を形成する事なのです。
それが今、私が何よりも優先して取り組みたい支援活動の方向性なのですね。

現実問題として、小泉内閣が万が一にも暴走をした場合、それを食い止められるのは国民の意思しかないと私は思っています。
そのためにも私は心ある国民の意思をひとつにまとめ上げ、拉致問題に寄せる国民の意識を高めたいのです。
最悪の事態に備えるため、世論と言う名のセーフティーネットを作り上げたいのです。
それは当のご家族も「私たちが頼れるのは国民の世論だけ」と集会などのたびに強くお訴えになる、切実な願いのはずですから。

集会のテキスト化という具体的行動をとる事により、救出運動の輪の片隅に参加させていただいておよそ1年半。
リアルの場での支援活動に関わりを持って感じた事は、つくづく自分はいわゆる運動家・活動家の器ではない、と言うことです。
所詮は庶民感覚でしか物を言えない私に出来る事は、何か?
座り込みから総選挙へと激動する時間の中で私はそれをずっと考えてきました。

拉致問題に対しての世論の関心は決して薄れてはいないと思います。
しかしその思いを運動の主体を担う支援者の側が上手く掬い取れていないのではないか?と最近つとに感じるのです。
正論と言う名の理屈を高尚に述べるのも結構な事なのですが、それだけでは一般大衆は付いて来ない。
その危機感を一番身近に感じているのは、リアルの場で汗をかき、日々地道に活動している庶民感覚溢れる草の根の支援者たちではないかと私は思う。
彼らはこちら支援者の側と一般大衆の間にある、拉致問題への関心の温度差に危機感を持ち、現実に即した訴え方をそれぞれ工夫し始めています。

生身の世論を相手に汗をかいて一人でも多くの賛同者を募る事も大事な支援なのです。
正論を高尚に述べている一部の突出した支援者だけが、この運動を支えているのではありません。
それなのに正論論者の中には、なぜか現場で汗を流して頑張っている人たちの力を削ぐような、高飛車な物言いをする人もいます。
現実の世論に訴える為にあの手この手の工夫を凝らして、家族の声を届けようとしている人たちの事を「変節した」などと揶揄する向きがいる。
それこそが視野狭窄であり、思考停止であり、強硬派と呼ばれる人たちの問題点ではないか?と思うのですが。
苛立ちの余り高飛車な物言いをしたり、打てど響かぬ国民を愚民呼ばわりしても始まらないのだ、と言う事を何度説明すればご理解をいただけるのでしょう?

それともうひとつ。
被害者を救うためにどんな手段をどんなタイミングで打ち出すのがベストなのか?
常に最良の選択を志向する事が、この運動に関る者に求められる最低限の資質ではないかと思っています。
何よりこの運動には人の命が懸かっているのですから、救出策は常に戦略的に効果的に打って出るべきです。
私はこの拉致問題を解決に結びつける為に制裁の発動は必要だと思っていますが、かといって制裁だけでこの問題カタがつくとはとても思えない。
制裁をより効果的に被害者救出と言う結果に結ぶ付ける為には、制裁発動だけを言い募るのでは方手落ちだと私は思うのです。
具体的にはスパイ防止法や諜報機関の設置といった国内体制の強化も同時に図らねば、制裁の効果をより高める事は出来ないと思う。

それと制裁発動の機運の影で隠れがちですが、この拉致問題で一番深刻な事は「被害者の全員救出」とは誰と誰と誰を救い出せば全員救出になるのか、誰も判断が出来ないと言う事です。
本来国が担うべき特定失踪者の調査も一民間組織に任せっぱなし。
未認定被害者の認定作業にも、政府は及び腰です。
こんな状況でいくら全員救出を叫んだところで、一体誰が何を根拠に全員救出完了の判断を下すと言うのだろう?

それよりも最近私が気がかりなのは、この問題のシンボル的存在「横田めぐみ」さんの帰国が無事に果たされた時、世論の拉致問題に寄せる関心が急速に衰える可能性もある、と言うことだと思う。
世間一般この国民に、認定被害者の名前を全員上げなさい、と問うて満点を取れる人はそうはいないと思う。
まして特定失踪者のお名前を5人以上上げなさい、と問うて回答出来る人などいるのか?
それが世論の拉致問題に対する認識のレベルだと思います。
それを踏まえたうえで、ではどうやってこの問題に寄せる関心を深めてもらうか?
今のうちからそういう現実にも対処できるよう手を打っておかねば、全員救出など絵に描いた餅ではないでしょうか?

制裁云々、小泉退陣云々の議論も大事。
でも、それよりも、今から対処の方法を考えねばならない深刻な問題は山積みだと思うのですが。
それらもろもろの諸問題について思いが至らず、ただただ制裁を発動することや小泉を退陣させることにしか目が届かないのも一種の視野狭窄・思考停止とは言えまいか?

それにしても小泉さんはなぜ?拉致問題に積極的ではないのでしょうかねぇ?
単純に小泉さん個人のやる気の無さ加減が問題なら、トップの首を挿げ替えれば問題は即刻解決です。
しかしそうではなくて、官邸に何がしかの圧力がかかっていて身動きが取れない現実があるのだとしたら、総理の首ひとつ変えたくらいでは、この問題動きようがない。
そうでなくても北朝鮮に魂を抜かれた売国国会議員はまだまだ現役で政界を闊歩しているのです。
悪の根源・総連もまだまだ健在なれば、今も政界に対してどのような裏工作をしているのか分からない。
その場合、小泉退陣だけではこの問題解決は出来ない事も、思案の内に入れねばならないと思うんですが。

いずれにせよ内輪でつまらぬ揉め事を繰り返しても、何の得にもならないと思います。
常に最良の選択をするためには、異論であっても拒絶する事無く論を交えて、常に是々非々の判断をする姿勢は支援者たる者、最低限守るべきマナーではないでしょうか?
この運動に関るならば、常に謙虚さを忘れない姿勢は大事かと思います。
奢りは支援の輪を乱す元。
「正義の使者」を気取ったつもりが気が付いたら「正義の死者」になっていた、何て事のありませぬように・・・


posted by ぴろん at 11:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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