2006年04月23日

06.4.12 金聖民 自由北朝鮮放送代表 東京連続集会17(7)友愛会館にて

『金聖民 自由北朝鮮放送代表のお話 その2 通訳:西岡力氏』



★西岡力氏

今せっかく来ていらっしゃいますから、脱北者同士会の会長でもありますので。
脱北者の人たちが来ると会うわけですね。
最新の北朝鮮の内部情報をたくさん持ってらっしゃるので、北朝鮮が今どういう状況にあるのか?
特に北の住民の人たちが今どんな事を考えているのか?
あるいは金正日政権の状況はどうなのか?と言う事をちょっとお聞きしたいと思います。

★金聖民氏

脱北者の中でも私どもの団体は、最近の北朝鮮の情報を多分一番良く知っている団体のひとつではないかと思います。
私たちは実は一週間に一回、北朝鮮の内部に電話をしています。
そして、「今ラジオが聴こえるか?」とか「最近起こったことは何か?」と言う事を聞いています。

それはどうして可能なのか?と言いますとですね。
北朝鮮の国境地域は中国の携帯電話が使えるわけです。
ですから時間の約束をして、こちらからかけるわけには行きませんけども、向こうからかけて来るんです。

最近国境警備隊が国境警備している姿を隠しカメラで撮った映像、あるいは脱北してきた人たちを取り調べて殴っているような映像を入手して我々のHPで公開した事があります。

昨年まではですね。
北朝鮮の幹部たちに対する教育資料として、講演記録と言うのがあるんですね。
それが文章で対外秘で幹部たちが読んでいる。
その本がそのまま外に出て来ていて、それをソウルで入手したり日本で入手したりしていたんですが、今年になってからはですね。
その物じゃなくてそれをデジタルカメラで写してチップで持ち出されて、どんどん内部の情報が外に出ている。

今日は日本のテレビ局もたくさん来ていらっしゃるようですが、最近の状況はですね。
ただ北の状況を写して来いと言うのではなくて、こういう場面をこういう目的でこういうのを撮って来てくれと注文が出来るような状況になっている。(笑い声)

なぜこの話をするのか?と言いますとですね。
北朝鮮の民心が大きく変わったと言うんです。
お金さえ出せばなんでもするようになった。
お金さえ貰えばどんな事でもすると言うふうに北朝鮮は変わってきたと言う事です。
今、例えば北の内部で売春が行われていて、その売春の場面まで直接外に出てきている。

しかし、皆さん方に理解して頂きたい事はですね。
お金さえ払えば何でもやる。
注文してくださいと言う北朝鮮の人たちに、政治的に「お前たちは統一の為に何か組織を作っちゃえ」「活動してみないか?」と言うと、やらない。

北朝鮮の住民はですね。
人間が二つに分かれている。
こちら側の頭ではですね。
金正日が配給をくれないんだから、生き残らなくちゃならないんだから金になることはなんでもやる。
考えているんだけど、こちら側では「お前、統一の為に何かしないか?政治的な事を何かしないか?」と言うとですね。
向こうは「スパイをやれと言う事か?」という事になるんですね。
それは絶対にしない。

今混乱期だと言えると思いますけど、北朝鮮の住民一人一人がですね。
南と直接連携が出来るパイプを持つ事が出来るようになるならば大変な事が起きるから、今それが無いからこのままでいると。

北朝鮮の例えば軍の将軍たちの中で、金正日が政治を失敗していると。
このまま行ったら長くは持たないと言う事を分かっている人は大変多いと。

そしてその様な人たちはですね。
南の情報も皆入手して見ているので、南の政権が先行きの無い北の政権を今支えていると言う事まで知っていると。

その様な人たちからすると韓国はもう絶望的だと。
アメリカに期待をかけているんだけど、それにつながるラインを探せないんだと。
日本はどうか?と言うとラインが無いと。
彼らの中で実は外につながりたいと思っている人が必ずいると私は信じている。

その様な人たちに対してですね。
私たちの脱北者の放送や、あるいはアメリカがやっている「ボイス・オブ・アメリカ放送」や「自由アジア放送」は、その様な人たちに窓口の役割を果たす事が出来るんじゃないか?と私は思っています。

実はですね。
ここでは拉致問題に皆さん関心がありますから拉致問題についてお話を申し上げるんですが、先ほど記者会見でも申し上げたんですが聞いてらっしゃらない方もいるので繰り返しになりますが、1994年ごろですね。
中朝国境地域、とくにフェリョン(会寧)辺りでですね、ある口コミの噂が広まったんですね。
日本人はねずみの尻尾が好きだと、高く買うと、ねずみの尻尾は精力剤だと。
高く売れると言う噂が広まってですね、国境地域にねずみがいなくなってしまった。
皆がねずみ捕りに走った。

そして今ラジオ放送を通じて、西岡先生がソウルに来て北朝鮮に対して拉致被害者の情報を出してくれれば報償すると、お金を払うと言っている。
そういう噂がパッと広がるとですね。
私は多分物凄い数のいろんな情報が出てくると思います。
多分偽物もたくさんあるでしょうけども口コミでそれが広がると、情報が出てくるんじゃないかと思います。

先ほど申し上げたんですが中国の中で捕まって刑務所に入っている脱北者が、中国の刑務所ってラジオ聴けるんですね。
やる事ないですからラジオばっかり聴いている。
それで直接国際電話で金さんの所へ電話がかかってきて、日本人の拉致被害者の写真と日記を持っていると言って。
それで私(=西岡)の電話を教えて私が電話を取ったんですが、どう判断して良いのかが分からなくて、日本にも領事館はあるからといって領事館の電話番号は教えてそことやってくれと言ったんですけども、もちろん確認しなきゃいけないので本当かどうか分かりませんけども、しかしもうすでにそういう反応が出てきている。



心理戦であると思うんですけどね、こういう事は。
北朝鮮の人たちは拉致の話を聞けばですね。
罪のない日本人が拉致されているという話を聞けば、それは自分がやった事ではないにしても、申しわけないと言う気持ちは北朝鮮の人間にも出てくる。
特に血縁関係の、家族が家族を探していると言う、日本の家族の直接の訴えを朝鮮の人たちが聴くことが出来ればですね。
絶対に感じる物があるはずだと。
それを普遍的な人権とか人間の良心とか言いますけども、そういう事に訴える訴えを継続してやっていけばですね。
少なくとも日本人に危害を加えようとしないで守ろうと言う心を持つんじゃないかと。
北朝鮮の人たちも人間です。
酷い状況におかれていますし、ひどい事もしているわけですけども、しかし心が通じる人間だと訴えたいと思います。

北朝鮮ではですね。
昔は北朝鮮の人間は純真だと言ってたんですけども、それは無くなりました。
お金のためなら何でもやると言う風に変わってしまいました。
最近も電話で内部から聞いたんですが、国境警備隊で長い事勤めていて金を大変集めた兵士が軍の保衛隊ですから憲兵隊ですね。
憲兵隊の部長の家を買ったんです。
兵士が憲兵隊長の家に住んでるんです。
お金で買える。
それが発覚して処罰されたんです。
お金があれば憲兵隊長も家を売っちゃうんです。

北朝鮮はそれくらい混乱しているんですけども、しかしまた金正日は譲歩しようとは思ってなくて、自分の後継者を息子にしようとしている。
鉄のような統治を続けようとしているんです。
代を世襲で。
そういう非正常な北朝鮮に対してその政権を倒すという事が北朝鮮の人民を助ける事になり、拉致問題解決の究極の目標ではないかと思っているんですが、そのために出来る限りの事を皆がそれぞれやるべきだ。
ラジオ放送であればラジオ放送であると。
拉致被害者救出運動は救出運動、それぞれがそれぞれに出来る限りの事をやって北朝鮮に働きかけて、政権を倒す事を目指すべきだと思っています。

ですから私は金正日政権と北朝鮮の人たちは分けて考えなくちゃいけない。
そして金正日政権を倒すためにはどんな手段方法を使っても良いと思います。
それは私たち脱北者皆の考えです。
ですからラジオを今一応やってますし、またある脱北者の団体は北朝鮮にビラを気球で落とすという事をやっています。
またある団体はですね。
日本で本の出た「金正日の料理人」と言う本の写真だけをですね。
出版社と新しく契約して、あの写真を見れば金正日と言うのはこういう男だったのかと、すぐに分かるわけです。
それを濡れても大丈夫なようにコーティングして北に送ると、言う作業をしている。
それで、昔はビラをやったりそういうことは韓国政府がやっていたんです。
しかし韓国政府がやらなくなったから、脱北者がやってるんです。

ですから自分がやろうと思った事は最後まで粘り強くやって行かなくちゃいけないと思っています。
さきほど私は大変だと自分が殺されるとちょっと弱音も吐きましたけども、しかし決意を固めて仕事をしていけば実は韓国社会の中にも同志は多いと。
多くの方が支援をしてくれていると、友達もたくさん出来たと。
同志が増えていると言う事を報告したいと思います。

私は普通の脱北者です。
北にいたら黄長ヨプ先生に会うことが出来なかったような立場です。
しかし脱北者として来て、黄先生にマイクを突きつけて録音お願いしますと言えると。
あるいは今私たちの放送に出てくれている康仁徳・統一部前長官とか、李東○(複の扁を香に)前国会議員とか趙甲済・月刊朝鮮の前編集長とかそういう人たちが大変有名な人たちばかり。
しかしそういう人たちが私たちを助けてくれるのは、この放送に意味がある。
そして私たちは最後までやろうという決意を意気に感じて助けてくれているのだと思う。

また私は脱北者ですけどもこちらに出てきて、日本は私たち北に住んでいた人よりも北の内部の事をいろいろ知っているんだそうです。
・・・に会ってみて、あるいはジャーナリストに会ってみてそんな事も感じています。
そういう人たちがラジオに出て下さって北朝鮮にアピールする事もまた意味があるんじゃないかと

実はあそこにいる二人の女性、(控え席にいる女性二人、立ち上がって会釈)韓国人なんですけども、韓国で自由北韓放送をボランティアとして手伝っていて、二人とも梨花女子の大学院の北韓学科(?)マスターコースを終えた方であちらの方は日本人と結婚して今日本に住んでいらっしゃって、こちらの方は一ヶ月前に慶応大学に留学に来たんです。
こういう人たちとも私は運動する事によって知り合いが出来て、日本でも私たちを助けてくれています。
そして最後に申し上げますけども、私たちはこの問題を解決するには金正日政権を倒すしかないと思っています。
2400万の北朝鮮の住民を助ける道、そして皆さん方が本当に心から望んでいる拉致被害者を全員取り戻すためにも金正日政権を倒すしかない。
それが究極の目標だと思っておりまして、そのためには私どもは出来る限りの努力を今後もしていくことをお誓いして、そしてそのことの中で、小さいけれども確実な何かの成果を上げたいと思っています。
成果を上げた時は是非拍手を送ってくださるかと思います。
ありがとうございました。(拍手)


06.4.12 海老原智治さん 東京連続集会17(6)友愛会館にて

『海老原智治 救う会タイ連絡員の報告』

★西岡力氏

先ほど紹介しましたけどタイから海老原さんが来てくださっていますので、一言ご挨拶を。

★海老原智治氏

Img_2569.jpg

タイの海老原です。(拍手)
タイの方では12月の国民大集会以降、その時の訪日の様子がかなり大きくタイで報道されて、テレビではここでの集会それから日比谷での集会も含めまして連日報道されておりまして。

私、社会認識と言う事で言いますと、その様な報道が出るときはパッと意識が行くんですけども、中々それが持続しない。
且つそれが国民的な支援運動につながるというのにまだまだ至っていないという厳しい状況にあります。
その様な状況から、私のような在住の日本人が、まず当初の支援運動のきっかけ作りとして果たすべき役割、これ非常に大きいと考えております。
その様な視点からですね、活動を行っております。

その前にタイ政府および社会の認識をもう少し申し上げますとタイ外務省・・・(聞き取れず)っておりますが、タイ外務省の言葉としては

「我々は北朝鮮を非難するその様なつもりは無い。北朝鮮とタイの関係は良好な物と認識している。そのためタイ政府は北朝鮮政府と協力の下にこのタイ人拉致問題という物を解決していきたい」

だからこれまでも公式にはタイ政府は「拉致」と言う言葉は使わずに「タイ人行方不明者」と言う認定をしている。
そういう状況であります。
ただし私どもに伝えている・・・(聞き取れず)状況は行方不明と言うことではなくて、強制的に拉致されたのであると言うことは政府も分かっているが言う状況ではない。
まぁそのような事であると。

社会状況としては認識はこのような事でありますが、その様な中で私どもの方はですね。
様々な拉致問題の個別の問題の調査、事実がどうであるのか?
それを集めてタイ政府に出していく。
タイ政府の判断材料とするために出していくのと同時に、そういった事の社会発信、これを重要な物であると認識しております。

それに関しましてタイ人拉致問題、今現在確実に明らかになっているのはアノーチャ・パンジョイさん一名ですけど、これの資料と言いますか精細な証言はジェンキンスさんが書きました「告白」
あれに詳細な事実があるという事で、今のところこれがタイ人拉致の根本文献、根本資料だというふうに考えています。

最近2月にこのタイ語での版権を取得しまして、現在早ければ年内にタイ語訳をタイで出版する準備を進めております。
しかし、自費出版に成らざるを得ないという事がありまして、資金的に寄付に依存するしかない。
そこでちょっと根本的なものがあるんですが、スムーズに行けば年内に出版出来る予定です。

その様な事を含めまして、拉致問題と言う事が個別の行方不明事件なんていうことではなくて、北朝鮮政府の国家による犯罪行為である。
そのような犯罪行為にタイ国民が晒された、このような問題行動、これをきちんと発表して社会認識をするというのが、私どもの役割かと考えております。
特に拉致問題に関しましては、世界でもっとも詳細な情報が集まっているのはこの日本です。
それを体系的にタイに導入しましてタイ語で発信していく。
この部分が大きな役割と考えております。(拍手)

★西岡力氏

ありがとうございます。
去年の11月でしたっけ?
11月にチェンマイに行ったんですよ、私と増元さんとで。
チェンマイ空港でですね。
アノーチャさんの家族と会えてチェンマイ空港で帰るときにですね。
知らない日本人が空港にいるんです。
それで、増元さんにサインでも求めているのかな?と思って。(笑い声)
増元さん有名になったのかな?と。(笑い声)

ずっと空港で待っていてくれたんです。
チェンマイの大学の先生なんです、海老原さん。
日本語を教えてらっしゃってタイ語の研究家でいらっしゃるんですが、タイ人の奥さんを持ってらっしゃってチェンマイで教えてるんですが。

放送か何かで増元さんがチェンマイに来ているという事だけ分かったと。
何時の飛行機に乗るか分からないけれど、空港にいれば会えるだろうとずっと待っていてくださって、飛行機の時間までちょっとしかなかったのでちょっとだけ話をして名刺交換をして、「何か出来る事があったらやります」と言ってくださって、タイでも衛星放送を見て拉致被害者の家族の訴えをずっと聞いていたと。
「何か出来ることがあればやりたい」と申し出てくださって、それで12月にアノーチャさんの家族を呼んだときも一緒にタイから来てくださって。

我々タイ語の通訳をどうしようか?と思ってたんですが、言語学者ですから。
自分から来てくれたんで、尚且つあそこは方言があるんですよね?
だからなかなか普通のタイ語の通訳では大変だったと思うんですが、方言の研究をしている方が自分で来て下さったので助けて頂いて。
今度は日本語の資料をタイ語に翻訳すると言う作業をして、タイで活動をしてくださっているという事で。
こういう人がどんどん出てきて世界の拉致が今広がってきていている状況であります。

後30分くらいありますけど、金聖民さん折角来てくれましたから、・・・・(聞き取れず)の話を。

2006年04月22日

必聴! 荒木和博氏 戦略情報研究所講演会より

昨日の戦略情報研究所講演会における荒木和博氏の音声ファイルとスライド写真を急遽アップいたします。
3本のファイルを聴きますと1時間の長丁場になりますがよろしくお願いいたします。

拉致被害者を取り戻す為に、私たちがしなくてはならない決断と行動は何か?
またそれらの理解を得るためにはどのように世論に働きかけて行けばいいのか?
荒木氏も講演の中で仰っていますが、私たちが今被害者救出のために考えねば成らない事は本当に山積なのです。
それらの諸問題を考える為の縁として、今回の荒木氏のお話は大変貴重なものだと思います。
お時間のある方はぜひお聞き届けくださいませ。<(_ _)>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
荒木和博氏 戦略情報研究所講演会より 06.4.21
(音声ノーカット)

Img_2724.jpg



Img_2727.jpg

Img_2729.jpg

Img_2731.jpg

Img_2732.jpg



Img_2736.jpg

Img_2738.jpg

Img_2740.jpg

Img_2741.jpg



Img_2743.jpg

Img_2745.jpg

Img_2746.jpg

Img_2749.jpg

Img_2750.jpg

Img_2751.jpg

Img_2753.jpg

Img_2754.jpg

Img_2755.jpg

Img_2757.jpg
posted by ぴろん at 13:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦略情報研究所・荒木和博氏の講演より 「私達が覚悟しておくべきこと」

日付変わって昨日21日、戦略情報研究所主催の講演会に参加をしてきました。
その中で講師の荒木和博氏が、「公の場でこういう話は初めてします」と断った上で語った救出運動におけるマイナス要因についての解説部分です。
会場で披露されたスライドの文章をここで紹介いたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Img_2741.jpg

私達が覚悟しておくべきこと

◎寺越昭二さんのように拉致途中で殺害された人、あるいは北朝鮮で亡くなった被害者が一定数存在することは確実である。私たちは今想像もしていないような厳しい現実に直面せざるを得ない。
◎拉致被害者救出に自衛隊を使った場合、戦後初めての「戦死者」が出る可能性も少なくない。
◎北朝鮮が報復として特殊部隊によるテロを行ったり、ミサイルを撃つ可能性もないとは言えない。そのときは一定の民間人の被害も覚悟せざるを得ない。
◎生存している拉致被害者の全員帰還が実現しても、被害者の状況は千差万別であり、対応にはかなりの人的物的資源の投入が必要。ハッピーエンドでは終わらない。

その覚悟の上で、今私たちは決断と行動をしなければならない

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

支援活動に関る者で尚且つ真剣に被害者の救出を願うのであればあるほど、誰でも上記に指摘した不確定要素、あるいはマイナス要因について考えないわけにはいきません。
ここで荒木氏の指摘する覚悟と言う物を考えた時、その余りにも重い現実に思わず打ちのめされそうにもなりますし、この意識を広く国民の皆様と共有する事が、果たして今の世論で可能なのだろうか?と言った不安な気持ちも正直抱かざるを得ない・・・と言うのが私の偽らざる感想です。

以前より、私は拉致被害者救出運動に関して、イデオロギー云々の話をするのは飽き飽きしていると書いてきました。
それはここに紹介した荒木氏の指摘を待つまでもなく、この問題の解決を真剣に考えれば考えるほど、目の前に横たわる現実の重さは、ちょっとやそっとの覚悟でどうにかなる物ではない、という歴然とした事実を突きつけられる思いがするからです。

そうであればあるほど、やれ反小泉だ親小泉だとか、あるいは制裁発動に賛成か反対かといった瑣末なレベルでの支援者同士のいがみ合いや罵倒合戦などに、付き合う気力も関心も全く持てない自分がいるわけです。
むろん小泉云々や制裁発動云々の話が全く不要不急の物だなどと強弁するつもりはありませんけど、そのレベル程度の話で、何かあるたび身内同士がいがみ合ったり石を投げあったりして、いちいち揉めている場合か?と言うのが率直な所。

世論調査をすれば、制裁発動に賛成70〜80%という数字が発表されます。
でも、その70〜80%の人たちの全てが上記にご紹介した荒木氏の指摘を十分に理解して制裁発動に賛意を表しているのか?と言えば、それはとてつもなく心細い・・・と言うのが世論の現状ではないのか?と思えてならないのです。

私がこういう支援活動のお手伝いをしているという話をある知人にしたとき、その人からひとつの忠告を頂きました。
それは「くれぐれも身の安全に気をつけてね」と言うものでした。
それを聞いたとき、私は少なからずショックでしたよ。
支援の輪に加わるようになってから、あるいは自分でBlogを運営するようになってから、私は身の危険を感じるような目に遭ったことは一度もない。

でも、戦う相手があの北朝鮮であり金正日であるとなれば、漠然と「怖い」と言う感情を抱くのが世論の普通の感覚なのかもしれません。
そのレベルの人たちがまだまだ多数を占める日本の世論。
その人たちが被害者救出のために「リスクを取る覚悟」が果たして出来るようになるのかどうか?

拉致問題について、被害者救出のリスクについて、世論の認知度はまだまだ物足りないのが日本の世論の現実ではないんでしょうか?
そこを見越して当然北朝鮮は様々な揺さぶりをかけてくるでしょう。
それに対抗し、何があっても毅然とした態度を貫き通せるのか否か?
拉致問題の解決は、様々な人がいろいろな意見を繰り出しておりますけれど、結局の所は『最後の一人を救い出すまで日本の世論は頑張り通せるのか?』というその一点にかかっていると言っても過言ではないと感じています。

世論への周知徹底、拉致問題の本当の理解と覚悟を求める為には、情報の発信はまだまだ足りません。
この問題に強くて深い関心を持つ人を一人でも多く確保しなければ、どうにもならないと思います。
それなのに、つまらない事でいがみ合ったり罵倒しあったりして溜飲を下げている人の神経が、私には全く理解できません。
しかし一方では、そういうレベルの人でも、そもそも拉致問題に対して全く無知・無関心な人よりははるかにマシだとも思うのです。
それが支援の輪の隅っこで、日々ごまめの歯軋りをしている私の率直な思いでもあります。

拉致被害者救出に一歩でも近付く道を、一人でも多くの国民が模索する事。
それが揺るぎの無い世論を作る為の初めの一歩なのだろうな、とも思うこの頃でもあります。
posted by ぴろん at 02:50| Comment(1) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月20日

06.4.12 佐藤勝巳救う会会長 東京連続集会17(5)友愛会館にて

『佐藤勝巳 救う会会長のお話』

Img_2565.jpg



北で今言われていることは、朝鮮戦争以来の最大の危機を迎えているという話が広く広がっているようです。
それがどういうことか?と言うと、一番主要な原因は拉致問題を巡って国際的な取り組みが広がっているという事でありまして、先ほどから指摘されております様に韓国の今の政府と言うのは、自国民が拉致されてもそれを救出するという意思は余り無いようです。

しかし今回DNA鑑定でハッキリした訳ですから、5月の地方選挙を今目の前にしていますから、あの問題についてしかも自国民が拉致されているという、しかも500人近い人を放置しておく事がかなり難しい状況にはなって来ている。
しかし、一生懸命やるか?といったらそんな事全然無いと思います。
一生懸命やって北を刺激するとそれは上手く行かない。
盧武鉉政権が取っている宥和政策が上手く行かない、と言うような事でその包囲網の中で一番のアキレス腱は韓国なんですね。
中国はもちろん、中国も日本のような厳しい態度はもちろん取っておりませんけども、しかし韓国に比べればそれ程甘い態度は取っていない、言う事です。

しかしそう言いましてもですね。
2年後に北京がオリンピックを控えておりますから、そのオリンピック前に一番陸続きの朝鮮半島の北の方で混乱が起きては困るという、そういう状況に立ち至っています。
ですから中国側とすれば会うたびに援助を要求される、金を貸せ、いろいろな事を言われて、そうですね。
トウ(登におおざとつくり)小平政権が出来たのが1983年ですから、83年以来中国は「北朝鮮が生き延びるには改革開放以外に無いんだ」と言い続けてきても、ご案内のように改革開放の方向には政策を執っておりません。

従ってアメリカのマネーロンダリング、は広く言われているからご案内だと思うんですが、あれは偽ドルを承知でもって洗浄したのに協力したバンコ・デルタ・アジアと言う銀行に対して、アメリカ国内法、愛国法311条か何かを適用して来たんですね。
ちょっとこの数字の数は自信がありませんけど、これはどういうことか?と言うと、ああいう事に加担した銀行に対してはアメリカの銀行は取引をしないと言うことなんです。
それを適用したんです。

適用したアメリカの方も実は驚いているんですけど、世界中の銀行が北朝鮮の団体とか個人に下手に口座を設けるのを、北朝鮮と言うのは何をやるか分からん。
変な事をやったらとアメリカの銀行と全部取引駄目だぞと、停止だぞと、言う事がわかってから北朝鮮がですね。
口座を設けようとしても世界中の銀行が相手にしないと言う問題が発生して来たんです。
銀行が相手にしないと言うことは、取引の決済・貿易の決済が出来ないと言う事です。

そこで北は困りましてね。
現金で取って欲しいと言ったら、これ偽ドルを作ってる所ですから、現金なんか貰ったらそこに偽ドルが入っていたらどうにもならんから、(笑い声)それは困りますと言って誰も相手にしない。
後残された道はどういうことか?と言うと物々交換しかないんです。
と言うような状況に今立ち至っています。
日本の方もご案内のように去年の内閣改造以来、かつて無く現行法を使って今締め上げをやっているわけですね
というアメリカと日本の締め付けについて、我々の想像をはるかに越える大きなダメージを与えている。

先ほど私、もはやいつ崩壊してもおかしくないんだと言う趣旨の話をしましたが、私は次のように考えております。
今のまま、今の現状のままで北朝鮮の内部矛盾が起きてテロだとかクーデターが発生するとは考えておりません。
現状のままだったらそういう内部矛盾は起きないと思っております。
もう少し軍事的圧力、これは情けない話なんですけども、結局アメリカの力を借りなければならないんですが、軍事的圧力が強まった時に北朝鮮内部でどういう問題が起きるか?と言うと、北朝鮮の軍の中で「アメリカと闘うべきか、外交で解決すべきか」という問題が起きてくるんです。
必ず二つに意見が分かれる。
そのときに初めて内部矛盾が起きてくる。
従って軍事的圧力と言うのは必要不可欠な要因なんですね。

それはどういうことかと言うと今アメリカのイージス艦が、その時によってどうも違うようなんですけども、だいたい5隻前後朝鮮半島周辺に配備されております。
イージス艦と言うというと昔の軍隊で言えば巡洋艦ですから、これイージス艦一隻に約200発の巡航ミサイルが搭載されているんです。
5隻ってことは1000発です。
巡航ミサイルの射程距離は1300キロですから、東京湾から発射しても北朝鮮全域に届きます。
ご案内のようにあのミサイルは高度50メートルで飛ぶんですから、レーダーなんかには全くかからない。
殆ど100発100中ですね。
1000発の巡航ミサイルで北朝鮮の軍事施設は包囲されています。

しかしそれだけではなくてやっぱり目に見えて、第7艦隊の空母が入ってくる。
と言うような状況が作り出されたときに、金正日政権、北朝鮮内部における軍の矛盾が起きてくる。
どちらか二つに割れたときにどっちかの派が金正日を担ぐわけです。
担ぎそこなった反対派の方は全部粛清されますから、粛清されるんならばと言う事で初めて矛盾が起きてくる。

今の北朝鮮の状態でですね。
チャウシェスクが倒れた時のような、チャウシェスク自身が主催の集会を開いて、その集会の片隅から「馬鹿野郎!退陣しろ!」と言う声、そういう状況には全くありません。
そういう状況を作り出すためには、外からの情報がどんどんどんどんやっぱり入っていかないと、駄目なんですね。
仮に外から入って行ったにしても、一般の大衆が立ち上がって集会をやるとかデモをやるとか、そんな状況にはなってないんですね。

何でなってないか?と言うと、頭の中おかしいとかそういう事じゃなくて、お腹が空いておってはそりゃ人間自分の命を支える事を最優先しますから、物理的に難しいんです。
結局軍なんです、問題は。
そういうような状況に我々がどんどん追い詰めていく。
今その過程にある、と言うことです。

本当にアメリカが軍事的圧力をかけるのかどうか?と言うのは、そこは私自身は不透明で良く分からない。
しかしながら今のマネーロンダリングの締め上げ方を見ておりますと、それだけで留まってしまうと金正日は延命をしてしまう。
問題は抑止力の行使を使うかどうか?と言うところ。
今自身もアメリカがそこのところを本当にブッシュ政権はどう考えているのか?と言う事をよく聞いてないし、分かりません。
だけど流れは間違いなくその方向に行っていると言うことは間違いのない事で、外部からの情報の流入、これは東欧諸国・旧ソ連、これは全部外部からの情報によって動揺を来たして崩壊して行った。
言うことはこれは間違いの無い事です。

ですからこれから考えている、さっきここで結成された外からの情報を仕掛けた、脱北者が自らの体験を元にして、どのような情報を送り込む事がもっとも有効か?と言う意味では、この自由北朝鮮放送は非常に力を持つであろう。
言うふうに思っております。
ですからいつ倒れるんだ?と言う質問を良くされるんですけども、それは私に言わせると全然話が違うんだと。
いつ倒れるか?ではなくて、いつ倒すのか?という、こちら側のですね。
決意と言うか運動と言うか具体的な行動が伴わないと、やはり駄目なんですね。
放っておいて自然にあんな、言って見れば超独裁政権、超秘密警察が力を持っているところで、放っておいて自然に崩壊するなんてことはまず考えられない。

だから結局拉致(被害者)を奪還する、あるいは東アジアの平和と安定を考える。
あるいは核を持っている、ミサイルを持っている。
そういう政権をですね。
東アジアから無くして行かないと、我々の日本の安全などと言う物は全然守れないわけですから。
拉致の奪還と合わせてですね。
今あの政権をどのように私たちは対峙して、自国の我々の生活や平和を守っていくのか?
焦眉の課題になって来ていると私は思います。
そういう観点から言うと、安倍さん一生懸命やっているけれどちょっとまだぬるいよという感じは致しますよね。

しかしこういう問題は人質は向こうにいるんです。
金正日が握っているわけです。
それを握られておってこちら側が生きたまま奪還する戦いと言うのは非常に難しいんです。
言うほど簡単にですね。
ああやればいい、こうやればいいと言う様な事ではいかん訳で、最後の土壇場に行って全部自動小銃で撃たれたら元も子もないわけですから、そこを外交を含めて諜報を含めてお金を使ってどうするか?と言う事をですね。
本当に真剣に今考えていかなければいかん所だろうと、考えています。
ちょっと押しました、ごめんなさい。(拍手) 

2006年04月19日

06.4.12 金聖民自由北朝鮮放送代表 東京連続集会17(4)友愛会館にて

『金聖民(キム・ソンミン) 自由北朝鮮放送代表のお話 その1 通訳:西岡力氏』

Img_2559.jpg

 

もう一度ご挨拶を申し上げます。
私は脱北者であります金聖民と申します。(拍手)

実は私は北朝鮮で16年間将校として軍に勤務しておりました。
そして脱北してきたんですがそのあと西岡先生に会ったり、あるいは脱北者を助けていらっしゃる加藤博(北朝鮮難民基金・事務局長)さんのような方にお会いして、自分が北朝鮮で軍隊にいたと言うことは悪い事をして来たんだなと。
自分のやってきたことは悪い事だったんだなと。
そしてまた、こんなにたくさんの被害者が拉致されて来たと言う事を知りまして、金正日と言う人間は本当に酷い事をたくさんやっているんだなぁと言う事を、改めて感じました。

それが私の率直な告白でありますけれども、それにも拘らず皆さん方は金正日を降伏させた人たちだと言うことです。

実は金正日が皆様方の力でですね。
拉致を認めたわけです。
その時私はまずこう感じたんです。
あいつは悪い奴だなぁと、ずるい奴だなと、酷い奴だなと。
と言うのは拉致を認めたときすぐに感じたのは、朝鮮総連の人たちが酷い目に遭うんじゃないか?
自分達が利用してきた朝鮮総連の人たちが酷い目に遭うにも拘らず、そんな事お構いなしで自分の都合ででっち上げたと言っていた物を認めてしまう。
そういうふうにまず感じたわけです。

その背景はお金が欲しかったとか、圧力があったとかいろんな話がありますけれども、とにかく金正日を皆さんは降伏させたのです。
そのことは多くの人たちに希望を与えたと思います。

また今回のですね。
横田めぐみさんと金英男さんが夫婦であったと言う事実が明らかになった。
具体的なことは私は聞いておりませんけども、皆さん方の粘り強い運動のひとつの成果だと思います。

これはですね。
人間の良心を大切にする日本人・韓国人ばかりでない世界中の人たちに貴重なメッセージを発したと思います。

金正日が拉致をしているということは皆知っているんです。
世の中の人は皆知っている。
しかしその金正日をどうやったら屈服させる事が出来るのか?降伏させる事が出来るのか?と言うことは分からなかったんです。

私は北朝鮮で生活してきましたから動物的な感覚で分かるんですが、今回も金正日は絶対に最後までしらばっくれると思います。

ですから同じ事で思い出すのはですね。
日本人の拉致被害者は皆死んで墓に埋められたけど墓は流れて無くなったと、しらばっくれた事があった事を思い出します。

私は良く覚えていないんですが、確か94年95年に黄海北道の麟山(リンサン)と言うところの墓が洪水で流れたと発表したと思うんですが、実は私は当時すぐその横で部隊で勤務していたんです。
そして洪水の被害があったのは当時は黄海北道ではなくて平安南道だったんです。

私は皆様方にご忠告申し上げたいんでありますが、北朝鮮は国家レベルで綿密に嘘をついてくる。
国家全体が動員されて嘘をついてくる。
それに対して民間のNGOの力で対抗するのは非常に難しいんです。

ところがその様な北朝鮮に対して皆さん方は勝ったんです。

金正日政権の事を不良政権だと言うふうな呼び方もされるわけですけども、核問題・麻薬そして偽札、もうできる限りの悪事をずっとやっているような政権を屈服させて、拉致被害者を取り戻して北朝鮮の住民を助ける為には何らかの突破口がなければならない。

今回のめぐみさんと金英男さんに関する報道に接して私はこんな事を考えました。
拉致問題は人権問題である。
この拉致問題と言う人権問題が金正日政権を屈服させるのに突破口になるのではないか?
その様に思ったわけです。

例えばですね。
北朝鮮の人権問題にこれっくらい知らん振りをしていた韓国政権が、今半分くらいはこの問題に関与し始めました。

4月22日から28日、ワシントンで行われる北朝鮮人権週間の行事の日程を見たところ、横田早紀江さんがワシントンに行かれてあちらの下院の公聴会で証言をされると言うふうに出ておりました。

そして我々脱北者の代表がアメリカ議会の上院の公聴会で証言をする事になっております。
そのことを契機としてアメリカの世論に人権と言う、人類の普遍的な価値観から北朝鮮問題を訴えれば、アメリカも大々的にこの問題に関与してくるんじゃないか?と。
その様な契機になるんじゃないかと思います。

金正日の事を悪だと呼んでおりますけども、悪の金正日から降伏を引き出す一番良い手段は人権問題だと、いうふうに元労働党の黄長ヨプ(火へんに華)先生は、前から提議していました。

その人権問題の核心には実は拉致問題がある。
日本人拉致問題・韓国人拉致問題があると私は思っています。

それで放送の話を申し上げたいんですが、この様にですね。
皆さんと心を合わせて北朝鮮と闘うために放送を始めて、皆さんがこの放送のための支援委員会を作ってくださった。
このような席に私を呼んで頂く事は大変嬉しい、反面ですね。
実はこのような支援委員会が韓国でソウルで出来ていれば、私はわざわざ東京まで来る事は無かったんじゃないかと若干複雑な思いもするわけです。

私達がこのような対北放送を始めようとした大きな理由は、実は韓国のテレビや新聞を通じて、政府が今までやっていた北朝鮮に対する放送を中止すると言う報道を見てですね。
それならば我々の力でもやらなければならないと、そういう意見が集まって始めたのです。

実はですね。
理解できないような北朝鮮の体制が維持されている最も重要な秘密は、実は情報統制です。

もしも私が脱北していなくてまだ北朝鮮にいて北朝鮮の軍の大尉だったとします。
そして我々の偉大なる指導者の金正日同志が、日本から13歳の子供を工作に使うために本当に拉致していたということを聞いたら、本当なのか?と。
本当なら酷いじゃないか?と、体制に対する反感までは行かないまでも疑いを持つようになると思います。


 
ところがその様な外部の情報を北朝鮮は100%、外からの情報を、テレビやラジオを通じて入ってくる電波の情報を遮断しているから、だから体制が維持出来ている。

ところが北朝鮮の内部に対して外部の情報提供をしていた韓国政府が、ある日突然それをやめると宣言したんです。

そこで私たち脱北者が知恵を集めてお金を集めて、2004年に最初のインターネット放送を始めたわけなんです。

今はですね。
随分私たちの放送も知られるようになり、また西岡先生も来て出演してくださったりしているんですが、しかし始めたころはどうして良いか分からなかった。

2004年に最初のインターネットを通じた実験放送を、2004年の2月16日金正日の誕生日に合わせて実験放送をしました。
そしたらそれが朝鮮日報と言う韓国の新聞を通じて報道されました。

そうしましたらですね。
その年の4月3日にあった南北会談で北朝鮮の代表が、まだ実験放送しかやっていない段階なのに「脱北者たちの放送を中断しろ」と言ってきた。

またですね。
その年の3月に金正日が指示文を出したんです。
後でその内容を日本のマスコミを通じて私たちは入手したんですが、それによると「祖国を裏切った黄長ヨプ脱北者たちがラジオ放送をやっている」と。
「それは人民の名前で許す事はできない」と。
「しかし我々が直接出て行くといろいろ問題があるので第三者を使って粉砕せよ」と、金正日の指示が2004年の3月に出たということを後で知りました。

5月18日にですね。
私たちはスタジオ全部設備を入れて準備をして本格的な放送を始めようとしていた段階で、家主が突然「出て行ってくれ」と言って来て、私たちは追い出されてしまった。
平壌でなくソウルで、北朝鮮(向け)の放送をしようと思ったら、2月に始めて5月には追い出されて行くところがなくなってしまう。
白昼ソウルで茫然自失して仲間たちと涙を流した事を覚えています。

皆さん方はご承知かもしれませんが、実は韓国には金正日の指示に従って動く団体が大変多いんです。

その代表的な団体の事務局長は、実はスパイ罪で捕まって実刑を受けて刑務所に入って出てきた前科を持っている人ですが、統一連帯と言う組織があるんです。
統一連帯と言う組織は、韓国の中の親北運動・反米運動に殆ど参加して指揮をしているような団体ですが、その統一連帯の人間が5月に30人、私たちの事務所の前に来て「ラジオ放送を中断せよ」という路上記者会見。

その時警察が間に入って止めたわけですけども、もしも間に警察が入らなければですね。
南の中で一番親北で一番極左のグループと、金正日を一番憎んでいる脱北者の我々一番右のグループが対峙していたわけですが、警察がもしも取り締まりをしなければ朝鮮戦争以上の乱闘劇になったんじゃないかと思われます。
そしてその中で実は私は救急車に乗せられて病院に運ばれました。

私たち脱北者は絶対に譲れない一線と言うのがあるわけです。
肉を食べないでお粥をすすってでも絶対にそれはやらなくちゃいけない。
それは北朝鮮にいる私たちの同胞に、今食べ物を与えるよりもまず自由を、民主主義の風を、情報を送りたい。
そのことについて私たちは何があっても絶対に譲ることは出来ないと思っております。

その後には韓総連と言う日本で言えば全学連みたいな学生運動の全国組織が200人、統一先鋒隊という過激な団体が奇襲デモで放送局を襲ってきたわけですが、その時我々の側は3人しかいなかった。

その時機動隊がバス2台動員されたんですが、それが無ければ私はここにはいられなかったでしょう。

しかし私はこのように生きております。
そして自由北朝鮮放送も今でも健在です。
私たちは誰がどのような事をして来ようと正しいと信じる道を歩んでいきたいと思っております。

私たちの放送局にかかってくる脅迫電話、これまでに数千件の脅迫電話がかかってきて、また脅迫メールは数える事が出来ないくらいたくさん来ております。
また、祖国統一戦線の北朝鮮のいろいろな組織の代理人談話とか、あるいは論評とかそういう物で我々を批判して、許す事は出来ないと、爆発するとか粉砕するとかそういう事をどんどん談話で出しております。

私たちは誇りと決意を持ってこの仕事をしているので、私が倒れても別の脱北者が出てきてこの旗を上げ続けるだろうと信じております。
そしてまた今日この様に同じ志を持つ家族会・救う会の皆さんに呼んでいただいて、このような集会で話す事が出来てより一層この戦いをやめるわけにはいかないと、堅い決意を固めた物であります。

私達が短波放送で引き続き電波を送り始めたときに、北朝鮮は大変強い妨害電波を出して来ております。
また私たちのインターネットサイトに対しては北朝鮮が中国政府に依頼したんでしょう。
中国政府は接触を遮断しています。

それに対して私は実は大きな表彰だと思っています。

また報告を差し上げてはいるんですが、4月20日からはですね。
北朝鮮が妨害電波を出していない新しい周波数で、かつ1時間に延長して放送します。
6月20日からはそれに加えて中波放送を始めて3つ(電波を)維持します。
北朝鮮がまた妨害電波を出してくればもっとやります。
最後まで戦い続ける覚悟ですし、また皆さん方が絶対に解決しなくてはいけないと思っている拉致問題についてもこの放送を通じて、小さなしかし確実な貢献をしたいし出来ると信じております。(拍手)

速報 横田滋さん、森本美沙さん、増元照明さんの声 神奈川県民集会より

引き続き神奈川県民集会より、ご家族の声をお届けします。
ただ今本業多忙のため、テキスト化作業をする時間の確保が出来ない状況です。
集会の模様を文字でご紹介するにはいま少しお時間を頂きたいので、それまでは音声で一足先に家族の訴えをお聴きになってください。
そして被害者救出のために出来ることは何か?をそれぞれに考えていただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★横田滋 家族会代表の声




★森本美沙さん(特定失踪者・山本美保さんの妹)の声




★増元照明 家族会事務局長の声

posted by ぴろん at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月18日

飯塚耕一郎さんから金賢姫に宛てた手紙

金賢姫様へ

前略
  突然の手紙をお許しください。私は田ロ八重子の長男の耕一郎と申します。
  私の母であると言われている李恩恵について、お話を聞かせていただきたくペンを取りました。
 金さんにとっては、もう思い出したくない話かもしれません。
  しかし、私には母親の思い出がまったくないのです。
  母が北朝鮮に拉致されたのは、私がまだ1年半のときでした。
  母親の兄である飯塚繁雄に引き取られて二十五年、母のことは写真と養父から聞く思い出以外には何も知らずに生きてきました。
  それまで、記憶にない母に対する感情は正直言って曖昧なものでしかありませんでした。抱いてもらった思い出も、叱られた思い出も何もないので、当然なのかもしれません。
  2002年9月に、母の死亡という報道を海外出張先で知りました。そのとき心が張り裂けそうな衝撃に駆られました。どうしょうもない虚無感に駆られ、涙を流しました。
  そのときの気持ちはいまだに自分の中で整理できていないのですが、きっと自分の中に、二十五年ものあいだ触れることができなかった母親に対する感情がない、と知ったからだと思います。私には、実母の写真を見ても、どのような声で、どのような笑顔をしていたのかまったくわからないのです。

  そんな母に対してどんな感情を持てばいいのかわからないのです。ですから、金さんから母のことを聞いて、一片でも母の面影を自分の心の中にじかに焼き付けたい。私はまず、このことから始めたいのです。

  これから私が見るべき明日に向けて、そして未来の家族のためにも、空白になっている母の面影を少しでもつなぎ合わせていきたいのです。
  お忙しい中、このような手紙をご覧いただき、ありがとうございました。
  どうかご自愛ください。また、乱文失礼いたしました。      敬具
飯塚耕一郎

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ご記憶でしょうか?
耕一郎さんが実母・田口八重子さんの一片の記憶を求めるために金賢姫元死刑囚に宛てて手紙を書いたこと。
それが彼が田口八重子さんの息子、という曖昧な存在ではなく、飯塚耕一郎という一人の人格を持った存在として表に出るきっかけとなったことを。
名前と顔を世間に晒すというのは、生活のあらゆる面で様々な束縛やプレッシャーを感じることを覚悟せねば出来ません。
そこまでの決意をするにはご本人もご家族も、おそらく余人には知れない様々な葛藤を経た事だろうと推察いたします。
実の母・八重子さんをいまだ母とは呼べずにいるという耕一郎さん。
彼は今年2月17日の誕生日で29歳になりました。
一歳のときに母と引き離されて、早28年の年月が過ぎたのです。
一刻も早い母子の再開のために、あなたのお力を貸していただけませんでしょうか?

この手紙は、群馬県前橋市で行われる集会『あなたも拉致の現実を知ってください 』のチラシに掲載されているそうです。
耕一郎さんも登壇予定のこの集会は来月20日、開催されます。
お近くの方はぜひ参加して、耕一郎さんの訴えに耳を傾けて差し上げてください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★「あなたも拉致の現実を知ってください」(群馬・前橋)

日時:2006年5月20日(土) 午後1時30分より
場所:前橋市総合福祉会館
講師:平田隆太郎さん(救う会全国協議会・事務局長)
    飯塚繁雄さん(家族会副代表)
    飯塚耕一郎さん(田口八重子さんの長男)

参照:救う会群馬ホームページ

※詳しい集会案内はこちら
posted by ぴろん at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

速報 崔祐英さん、横田早紀江さんの声 神奈川県民集会より

昨日16日、神奈川県横浜市の横浜開港記念会館にて、神奈川県民集会が開催されました。
こちらの集会の音声を支援者のお仲間の原良一氏より提供して頂きましたので、その中から一部音声ファイルで集会の模様をご紹介いたします。

ご紹介しますのは、韓国からのお客様、崔祐英拉致被害者家族協議会会長と横田早紀江さんの声です。
肉親との再会をただひたすら願う家族の声を是非お聞き届けいただきたく思います。
またご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、横田めぐみさんのお話をテーマにした芝居「この手に・・・」が、来月3〜7日劇団てんびん座によって上演されます。
集会の最後の方で、劇団てんびん座代表がこの芝居にかける意義と、拉致問題に寄せる思いをとても熱心にお話になっていらっしゃいます。
拉致問題に関してとても分かりやすく説得力のあるお話でしたので、特別にこの代表の挨拶も音声でご紹介しますので、是非お聴きになってください。

尚、この集会も順次テキストにして紹介する予定ですので、お付き合いの程よろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★崔祐英 拉致被害者家族協議会会長の声





★横田早紀江さんの声



★劇団てんびん座代表の声



※劇団てんびん座 「この手に・・・」上演スケジュール

会場 横浜相鉄本多劇場 

・5月3日 18時半
・5月4日 13時半、18時半
・5月5日 13時半、18時半
・5月6日 13時半、18時半
・5月7日 15時

劇団てんびん座HP
http://www1.kamakuranet.ne.jp/tembinza/
posted by ぴろん at 16:46| Comment(1) | TrackBack(2) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

速報 野口孝行氏(北朝鮮難民基金)の声 日本再生フォーラムより

昨日開催の日本再生フォーラムより、登壇者の野口孝行氏の声を速報でご紹介します。
野口氏はすでにご承知のように過日北朝鮮より名指しで指名手配を受けたNGO関係者のお一人です。
脱北者問題を通して北朝鮮に向かい合っている野口氏のお話は大変貴重で、拉致問題を考える上でも大いに参考になるものと思います。
音声を一足先にお届けしますので、是非お聴きになってください

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★野口孝行氏(北朝鮮難民基金)

Img_2672.jpg

posted by ぴろん at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

速報 飯塚耕一郎さんの声・特定失踪者家族の声 日本再生フォーラムより

4月16日、埼玉県大宮市のJACK大宮にて日本再生フォーラム第17回講演会が開催されました。
その講演会の中でのご家族の声を速報でご紹介します。

また特定失踪者家族の方々4名が肉親の救出を訴えてお話になる場面もありました。
その家族の声を速報として取り急ぎ音声ファイルでご紹介します。
特定失踪者については調査会HPより失踪者の情報も合わせてご紹介しますので、この機会に特定失踪者についての認識を深め家族の必死の声に耳を傾けて差し上げて頂きたいと思います。

この講演会の模様は追ってテキストにしてご紹介しますのでしばらくお待ちくださいませ。

※調査会HPはこちら→ http://chosa-kai.jp/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★飯塚耕一郎さん(田口八重子さんの長男)の声

Img_2643.jpg



★特定失踪者・鈴木賢さんの兄、鈴木智さんの声



氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時身分 会社員
特徴 中肉。
失踪現場 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。


★特定失踪者・佐々木悦子さんの母、佐々木アイ子さんの声



氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪現場 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。


★特定失踪者・江原信明さんの姉、大越宏子さんの声



氏名 江原 信明
失踪年月日 昭和63(1988)年5月9日
ふりがな えばら のぶあき
生年月日 昭和34(1959)年9月12日
性別 男 当時年齢 28
身長 177センチ 体重 63キロ
公開 第4次公開
当時身分 農業
特徴 髪は多めでややくせがある。白髪が多かったので黒く染めていた。前歯は銀色のものをかぶせていた。タバコ、酒はほとんどやらない。電気工事士、アマチュア無線、普通自動車の免許あり、趣味は釣り 失踪現場 埼玉県南埼玉郡白岡町の自宅
失踪状況 「たまには大宮にでも行って映画を観てくる」と白岡町の実家を出たまま失踪。


★特定失踪者・生島孝子さんの姉、生島馨子さんの声



氏名 生島 孝子
失踪年月日 昭和47(1972)年11月1日
ふりがな いくしま たかこ
生年月日 昭和16(1941)年6月14日
性別 女 当時年齢 31
身長 体重
公開 第1次公開
当時身分 港区役所麻布支所交換手
特徴
失踪現場 東京都渋谷区
失踪状況 当日、一日の年休届けを出し勤め先を休む。朝、同居していた妹に「夕方に電話があったら出かける」と言っていた。衣類の入れ替えをし、夕方クリーニング店に衣類を出している。孝子さんは翌日出勤時に着る服を揃えておいて出かけていた。その夜何の連絡もなく帰宅せず。翌2日夜、自宅に電話があり、しばらく無言の後、「今更仕方ないだろ」と男性の声とともに切れた。平成16年9月29日、警視庁に告発状提出。
posted by ぴろん at 03:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

06.4.12 西岡力救う会副会長 東京連続集会17(3)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長のお話』

Img_2550.jpg

今日の本来のテーマの、自由北朝鮮放送支援を通じてどのような形で拉致問題解決につなげていくかと言う事を話たいと思います。
先ほど記者会見のときに申し上げましたが、6時半からいらっしゃった方もいるので繰り返しになる方もいますがご説明させて頂きます。

この冊子を見ていただけますでしょうか?
(資料の内容はこちらを参照)
「ラジオ放送で北朝鮮幹部・住民に働きかけ」、「救う会に自由北朝鮮放送支援日本委員会を設立」と書いています。
下の黄色い所を見て頂きますと、自由北朝鮮放送と言うのは脱北者の方たち、ここにいらっしゃる金聖民代表が中心になって黄長ヨプ(火へんに華)さんと言う、北朝鮮の元書記の方が委員長でやってらっしゃる放送ですが、その放送が昨年の11月からいよいよ短波を始めました。
そしてこの4月には短波を二つにふやして6月には中波も、そして今30分なのを1時間にしようと言う事を、私たち分かりまして、それを支援する日本委員会を作ろうと決めました。
そして今日を持ってこの支援日本委員会を設立させて頂きます。

その目的はそこに書いてありますが、自由北朝鮮放送を通じて北朝鮮政権幹部に拉致被害者救出に対する日本人の不退転の決意を、被害者の救出情報の提供・保護に協力すれば褒賞を与える事を伝える。
ご承知の通り荒木代表がやってらっしゃる特定失踪者問題調査会の「しおかぜ」を言う放送を日本で独自にやっていらっしゃいます。
ですがこの自由北朝鮮放送は脱北者の方たちが北朝鮮内部に向けて外部の情報を入れて、北朝鮮の自由化を目指す放送です。
その中の一部の番組で拉致問題を取り上げていただく。

北朝鮮の人たち自身は拉致問題にはそれほど関心はないんですね。
拉致をしているということ自体も知らないと思います。
しかし、外部の情報を欲しい人たちはたくさんいるんです。
外部の情報を欲しい北朝鮮の幹部の人たちに、その外部の情報の番組の中で拉致問題が少しだけ取り上げられる。
夜中に隠れて聴く訳です。
聴いていることが分かると取調べを受けたり処罰をされると言う危険を冒してでも、夜中に聴くわけです。
今は深夜の12時から12時半までこのラジオをやってますけども、その番組の中で実は私が韓国に一月に一回行って、4回分録音しまして10分×4本を録音して、今は30分の中の一週間に一回10分、日本人拉致問題の時間を作って頂いてます。

今後はもうちょっと増やして頂く計画が金聖民代表から話が出る中で、そういうことを通じて拉致被害者本人に日本語で訴える被害者への情報と言うことではなくて、北朝鮮の住民や幹部の人たちが欲しい聴いている情報の中に、拉致問題の時間を入れてそしてここに書いてある、絶対に日本は被害者の救出を諦めない。
被害者救出がされない限り、日本から経済協力は行かない。
そういうことの学習力が強まる。
日本国民は諦めない、関心は低くなっていない、そして何よりも今いる被害者に危害を加えたら絶対に許さない。
こういう事が後で判明したらば最後まで追いかけて責任を追及する。
しかし今いる人たちを守ってくれれば後でそのことが分かった時には、日本としてそれなりの報償をすると。
そしてまた確実な情報を提供してくれれば報償をしたいと、いう事を幹部の人たちで金正日政権に疑問を持っていて夜遅く危険を冒して聴いている人たちに伝える。
いう事が第一の目的です。
 
第二の目的は自由北朝鮮放送そのものを支援する。
北朝鮮の中で独裁政権の下で人権が侵害されている人に正しい外部の情報を伝えて、来るべき北朝鮮の自由化の到来に備える。
北朝鮮の人たちも被害者であって、その人たちを助けるために脱北者の人たちは、実はあとで話がありますが金正日政権はこの放送局を4回爆破すると脅迫しているんです。
金代表には今警察の警護がついています。
テロに遭う危険が実際あると言われています。
そして韓国の中の左翼に金正日が命令をして放送を潰せと言ったので、左翼のデモ隊が来たり殴りかかられたり、実際そういうことを経験していても先に自由世界に出て来た者として、北朝鮮に残っている人たちにも自由化へ向けて戦いたいと言って、放送局を続けていらっしゃるわけです。

韓国政府の今の状況はそういう脱北者の人たちを支援するような雰囲気では率直な所無い訳です。
そういう中でソウルでこういう事をするというのは大変困難があるんですけども、でもやっている。
そして脱北者ですから北朝鮮の人たちが欲しい情報が分かるわけです。
どういう事が聴きたいのか?それを伝えると。
北朝鮮の人たちが今一番必要な情報をラジオを通じて、命懸けで伝えようとしている自由北朝鮮放送そのものを私たちも支えようじゃないかと。
日本人だけが帰ってくれば良いとは私たちはいつも言っていなかった。
全ての外国の、今日は実はタイでタイの被害者の救出運動をやっている海老原さんが、救う会のタイ連絡員をされているわけですが、来て下さっています。
後でちょっとご報告をしていただきますが、タイの被害者も助けなくちゃいけない。

そして実はテロをする政権と言うのは国内で人権弾圧をする政権なんです。
自国民の人権を考えない政権が外国に対してもテロをするんです。
そういう点では北朝鮮の住民の人たちと我々は同じ立場なんです。
金正日独裁政権の被害を受けている。
その人たちにも何とか自由の風を送りたいと言うふうに思って、我々は国民大集会でも「世界が力を合わせて救おう、拉致被害者をそして北朝鮮の住民を」というテーマを過去に掲げた事もありますけど、それを具体的に助ける事が出来るのが命懸けで韓国でやっているこの放送局を支える事だと。
そしてその放送局の中では実は拉致問題も取り上げて、拉致問題解決にも取り組んでくださっているわけですから、余計その放送局自体を我々がただ拉致問題解決に利用するのではなくて、この放送局自体も支えて一緒に金正日独裁政権と戦っていきたいという事で支援委員会を作りました。

実はアメリカでも同じような組織が出来ておりまして、アメリカでかなりのカンパが集まって短波放送が一つだったのが二つになる。
中波放送が出来るようになったのはアメリカのカンパのおかげが随分あるわけです。
アメリカは拉致被害者はいないんです。
でも教会などを中心に人権問題と言う事で金さんが何回もアメリカに行って被害について証言しているんですが、アメリカの中にも支援の声が出て来ている。
日本でも是非この放送を支える。
人権を大切にすると言う自由民主主義の立場に立った日本人の声を上げていきたいと思っております。

そしてまさに今北朝鮮情勢は風雲急を告げておりまして、アメリカの制裁や今回の非公式の6者協議のようなものなど、いろんな動きが出ておりますけども、金正日政権が追い詰められていることは間違いがありません。
そのことについては私がインタビューに答えた物をまとめた、「金正日を追い詰める時が来た」と書いた資料も配ってありますし時間があれば後で佐藤会長にもお話をしていただこうと思っておりますが。
そういう中で北朝鮮に・・・(聞き取れず)と言うことは大変意義に適っている事ではないかと思います。
今日はわざわざ自由北朝鮮放送の代表で、そしてもう一つ脱北者同志会と言う、今韓国に8000人くらい脱北者が来ているんですが、その中にいろいろ脱北者の団体がありまして一番大きな団体、脱北者同士会の会長をしています。
脱北者のいろいろな面倒を見ていますので、その立場から放送局のあり方・・・(聞き取れず)。

この放送局の名誉委員長は金泳三前大統領で、委員に康仁徳前統一部長官、李東○(複のへんを香に)全国会議員、趙甲済月刊朝鮮編集委員。
あるいは姜哲煥さん(「平壌の水槽」著者)、この間ブッシュ大統領と握手をした脱北者の方。
それから安明進さん、なんか皆加わっているんです委員に。
で、私は委員になっている。
その金聖民さん、わざわざこのために東京に来てくださいました。
そして明日は大阪に行って同じような集会をいたしますけども、金聖民さんから自由北朝鮮放送についての内容と、それから自由北朝鮮放送で何をしようとしているのか?
そしてもうひとつ脱北者の立場から拉致問題解決のために私たちは何をすれば良いのか?と言うようなことについてお話をしていただければと思います。

金聖民さんです。
拍手でお願いします。(拍手)

2006年04月14日

06.4.12 横田早紀江さん 東京連続集会17(2)友愛会館にて

『横田早紀江さんのお話』

Img_2542.jpg



皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)

昨日ようやく金英男さんと言う方のDNAとヘギョンちゃんの、金英男さんのお母さんの血液とか粘膜とかからの、キム・ヘギョンさんとの血縁関係があるという事で、この人のお父さんはこの方だとハッキリと分かりました。

私たちはめぐみは13歳で拉致をされたと言う事事態が、他の方は成人でいらしたので、何で若い中学の一年生と言う子供を拉致するのかな?と、どういうことなんだろう?と本当に不思議に思っていたんですけども。
昨日の段階でやはり韓国の高校生の少年たちが、16歳くらいの若い歳で5人も拉致をされていたと言う事がハッキリと分かりまして。
その中のひとりがめぐみと結婚させられて、どんなためにそうしているのか分かりませんけど、北朝鮮は本当にいろんな事を暴力を持って拉致を繰り返しているのかな?と。
どういうふうにしてこういうふうにしてといろんな事を考えて、計画的にやっていたんだなぁという事を改めて思わされております。

本当にこの拉致問題と言うものがこんなにも難しく恐ろしいものだと言う事を、また改めて思わされております。
もう事実が行われてしまった、過去形になってしまった事をいくら悔いて悲しんでいても、元に戻るわけには行きませんけども。
こんなに悪い事が皆様方のご支援のお陰で、たくさんの方々と一緒に戦っていったお陰で、あちらの凄い悪い事を暴き出して来ているんだと言う事を、ハッキリと現れてきていますので、やはり一生懸命に救出のためにやってきた事が本当に良かったなと今思っております。
何とかして一日も早く、皆さんが元気な間に子どもたちを取り戻す事ができるように、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございます。(拍手)

06.4.12 横田滋さん 東京連続集会17(1)友愛会館にて

〜〜自由北韓放送の現状と日本委員会設立について 東京連続集会17より〜〜

『横田滋さんのお話』

Img_2537.jpg



昨日の午後、外務省の梅田参事官から連絡がありまして。
韓国の5人の方のDNA鑑定をするために、拉致された高校生の、全員がお母さんがいるわけではありませんので、ほとんどの方はお母さん、一人の方はお父さん、それからきょうだいの方から血液とか口の中の粘膜などの提供を受けてDNA鑑定をやっていたわけです。
これは韓国の家族会の方の崔(成龍)さんと言う方が、北朝鮮側からの情報と言う事で、5人の拉致された高校生のうちの誰かひとりがめぐみの夫である、キム・チョルジュンさん同一ではないか?と言う事が言われたわけです。
それで我々も政府に対してその方のDNA鑑定が出来ないだろうか?と言うことをお話したら、考えておきましょうと言うことは仰っていました。

そしてテレビでDNA鑑定は、韓国の方の日本大使館の方と被害者(の家族)と一緒に行って採血している場面は見たわけですが、しかし日本政府からはその時DNA鑑定をやっているとか日本から係官が行ってるかどうか?とかについては、全然話はありませんでした。
ですから公式にはそんな事をやっているという話は全く聞いておりませんが、その時の情報では2月の中旬くらいにそういった資料の提供を受けたってことはテレビ等で報道されました。

それでキム・ヘギョンさんがめぐみの子供であると言うことを証明する為に、早紀江の血液とか姉弟である拓也・哲也の血液を採ってその結果が出るのは、母親だけ女の人だけに伝わってくるミトコンドリア法と言うのでは約2週間で、それ以外の鑑定方法3種類くらい、合計で言えば4つくらいの鑑定をしますけど。
その結果、ミトコンドリア法では2週間、それ以外の物をやるには3週間くらい時間がかかると説明がありました。
ですから仮に11日に採取したとしても2月中に(鑑定結果が)出るとは考えていませんでしたけど、3月に入りましたら当然(結果が)出てるんじゃないかと思いましたけども、政府はやってる事自体は必要ありませんでしたし。
かなり遅くなってから例えば記者会見で官房長官に対する質問があったり、我々も政府は・・・・(聞き取れず)の鑑定をしていた時に山中政務次官のところでお話を伺った時にも、早く公表すると仰ってましたけど、いつごろと言う話は全くありませんでした。

そして今月に入って韓国の中央日報ですか。
そこがいきなりその5人の中の金英男さんと言う人のお母さんのDANが、キム・ヘギョンとの共通点が多いと言うことが言われていましたので、そういった事が結果が出るだろうと想定はしておりました。

政府の方は官房長官の談話で11日以降に発表という事が出ておりましたし、安倍官房長官も同じ事で11日頃に発表すると仰ってましたし、マスコミの方はもっと前倒しに発表されるんじゃないか?と随分照会がありましたが、実際に出ましたのは昨日のお昼頃に一つだけ出たと言う事でもう一つの大阪医科大学の結果が出たら説明すると言う事で、3時半頃に2度目の電話を頂きまして、それで大阪の方も結果が出たという事で、5時からどこかで説明をすると。
調整室と場所を調整すると言う事で、後で調整室から5時に内閣府の方で説明すると言う事で連絡を頂きました。

今回はミトコンドリア法と言うのは使えませんので、核DNA法というのを使ったようです。
それは常染色体と性染色体の両方からやったと言う事で、そして同一人であると言う数字を出して、それを掛け合わせて%で表した物が50%であればどちらとも言えないと言うことでありますし。
それよりも大きければ、共通性が強いと言う結果になる、それが少なければ関係が無いと言う事でなるんだそうですが。
今回の神奈川歯科大学のケースでは99.5%、それから大阪医科大学の方では97.5%、極めて高い数字が出ましたんで、それは親子関係があるということは濃厚であると、実際は断定しても良いと思いますけども、こういった事が伝達されまして。
それ以外の方(の数字)は小さいということがありまして、片一方が99.いくつで、片一方は0.いくつと言う事で確率ですから、他の4人の方はその可能性が無くて、金英男さんであると言うことは99.5%、100%と同じくらい親子関係があることは間違いが無いと発表されました。
そのときは審議官は大まかな説明で、そのほかに課長補佐の方が実際大学に行って説明を受けた方がいて、その方から詳細な説明がありました。

そして鑑定書というのがありましたけど未定稿でありまして、完全に出来た物が後2〜3日かかるのでその段階で我々に鑑定書を頂いて、それから韓国政府にもそれを渡すと言う事です。
韓国政府はこれまでも噂はありましたけど、DNA鑑定をしていないと言う事で、韓国で鑑定をしてもキム・ヘギョンさんの資料がなければ照合が出来ないわけですから。
キム・ヘギョンさんの資料は小泉さんが最初に訪朝されました平成14年の9月に、日本の調査団が行った時に貰った資料がありますから、それを韓国政府に渡すと。

それからその鑑定結果については昨日外務省が韓国側にいる家族に連絡したわけなんですが、その前に韓国政府に対しては佐々江アジア太平洋局長から来日中のチョン・ヨンウ朝鮮半島平和交渉本部長に対して伝達しました。
これは時間は5時過ぎだと言う事です。
そして改めて韓国側の協力を要請して、そしてこれより前に北朝鮮側に佐々江局長から来日中の金桂寛外務次官ですか。
この方に対して今回の鑑定結果を踏まえて、拉致問題の解決について北朝鮮側が誠意ある対応をするべきだと改めて強調したそうです。
北朝鮮側にはキム・ヘギョンさんのDNAを提供すると言う事はしないで、事実関係を知らせると言う事だそうです。

これまで韓国政府は余り自国民の拉致被害者の救出と言う事を熱心でなかったと言われております。
これは韓国のケースですと、日本人の拉致と同じケースもありますけど、自由意思で行った方もかなりたくさんいて、その区別が付け難いということも言われていましたけど。
やはり北朝鮮側を刺激すると言うことは避けると言うのが主な部分だと思います。
しかし今回の場合は、日本の拉致と同じように高校生ですからもちろん自由意志で行ったわけではなくて、強制的に連れて行かれたわけです。
そしてめぐみと金英男さんがおそらく強制的に結婚させられたと思いますし、引き続き北朝鮮で拘束されているわけですから、人権も侵されておりますし。
ですから韓国の国内でもおそらく今回は今までのような冷たい世論と言うことではなくて、必ず自国民を救出しなければと言う世論が盛りあがるんじゃないか?と言うことは我々は大いに期待をしております。

それから今日の昼に金英男さんのお母さん、78歳の方がテレビに出ておられましたが、ヘギョンさんから見れば伯母さん、英男さんから見ればお姉さんに当たる人も出ておりましたんですが、お母さんも自分が生きている間に是非息子に会いたいと言っていましたし、お姉さんも日本の我々と手を携えて解決のために力を尽くしたいと仰っていました。
やはりこういった拉致された家族と言うことでの気持ちは誰も同じですし、その家族の方も同じ思いをしていると思いますので、今の韓国側の対応と言うのはどうなってるのか分かりませんので、もう少しはっきりしたら政府関係者とか救う会関係者と相談の上で韓国の方とお目にかかって、高齢のお母さんですから慰めてあげたいと思いますし。
それから我々が行って何かする事によって韓国の世論の盛り上げになるんであれば、韓国の救う会の方と家族会の方そういった人と連絡を取りながら、韓国政府に対しても訴えを起して、一日も早く親子の再会が実現するようにこれからも手を取り合ってやっていきたいと思います。

速報 金聖民自由北朝鮮放送代表と佐藤勝巳救う会会長の声 東京連続集会17より

少々多忙の為、テキスト化作業の取り掛かりが遅れております。
金聖民氏による「自由北朝鮮放送」に関するお話と、脱北者として語る北朝鮮情報についてのお話は少しでも早くお届けしたい内容なので、先に音声ファイルでご紹介をさせて頂きます。

それと救う会会長の佐藤勝巳氏より、この放送の必要性および拉致被害者救出策の現状についてのお話もありましたので、そのファイルも合わせて先にご紹介を致します。

テキストは出来上がり次第アップしますので、まずは音声ファイルで集会の内容をお聴きになってください。
よろしくお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★金聖民 自由北朝鮮放送代表

Img_2559.jpg

 ◆自由北朝鮮放送に関するお話はこちらから↓





 ◆脱北者として北朝鮮の実情に関するお話はこちらから↓






★佐藤勝巳 救う会会長

Img_2565.jpg

posted by ぴろん at 03:09| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

速報 横田滋・早紀江夫妻の声 東京連続集会17より

本日の集会は韓国より、自由北朝鮮放送代表の金聖民氏を招いての、「自由北朝鮮放送」支援日本委員会立上げの報告会でした。
それに先立ち、横田夫妻より昨日のDNA鑑定の結果を受けての心境などをお話しになる時間がありましたので、その音声を一足先にお届けします。
この集会の模様はいつものようにテキストにしてお届けしますので、どうぞお付き合いくださいませ。

★横田滋さん

Img_2537.jpg



★横田早紀江さん

Img_2542.jpg

posted by ぴろん at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月12日

戦略情報研での恵谷損の講演&NHK「ドキュメント北朝鮮」の感想を

講演会とTV番組、この二つを通しての私の率直な感想は、一言で言って、北朝鮮と言う国は不気味で異様な救いがたい国であり、拉致の事がなければお近づきにはなりたくないなぁ、と言うのが正直な所です。
しかしまぁ、そうは言ってもこの国と対峙して何とか被害者を取り戻さねばならないわけで、困った困ったと頭を抱えているばかりではどうしようもない。
とにかく、敵を知り己を知る。
北朝鮮の実情を知り、日本の実情を知り、被害者救出のために足らざる所は緊急に補う必要がある事を再認識しております。

自衛隊による救出作戦は、正直言ってなかなかその実現性と言うのは難しい物があります。
ただ、万が一に備えて自衛隊と言う組織その物が使える状況を担保する事は必要ですし、その準備は今からでも出来ることの一つです。
前々から主張しているように、まずは早急に法的整備を整える事。
それといざ自衛隊を使うとなった場合の、国民合意を取り付けることも必要ですよね。
非武装中立だの憲法9条死守だのと寝言を言っている人達の理解を求めるのは実際問題中々困難ではありましょうが、法的整備を整える過程で多くの心ある国民にその理解を求めることは可能なのではないでしょうか?
拉致問題と言うリアルな問題が目の前に横たわり、これを解決するには何が必要か?と言う視点で物を考えた時、理想論だの机上の空論だのをこねくり回していただけではどうにもならない事を、多くの国民が理解しつつあると私は感じています。
誠意を持って丁寧な説明の過程を踏めば、国民的合意を図ることは私はそれほど難しい話ではないと思うのですが。

それと自衛隊問題に限らず、いざ緊急事態と言うときに我が国の総理が毅然として政治的決断が出来るかどうか?と言う点が重要ですよね。
そしてその決断を国民が支持できるかどうか?と言う点も。
拉致問題が長年放置されてきた背景には、痛みを伴う決断を避けて問題解決を先送りにしてきたという政治的事実が歴然としてあります。
ここに勇気を持ってメスを入れて、政界や財界あるいはマスコミなどに食い込む総連の闇を一掃しなければ、拉致問題の解決など遠く及ばないのでは?と思えてなりません。
この問題が明らかになって、総連に対する日本人の意識も高まり厳しい視線を送り始めた事で、総連の側も追い詰められてはいる、と思います。
でも、まだまだ一発逆転を狙って、虎視眈々とあらゆる場面で工作活動はおそらく続行中でありましょう。
それに対抗できるだけの強い意思や関心を世論が持ち続けられるかどうか?

おかしい事にはおかしいと言う。
そういう姿勢を持ち続ける事も大事ではないでしょうか?
課税問題ひとつとっても、なぜ総連ばかりが優遇されるのだ?という国民の全うな素朴な疑問の声があればこそ、全うな判決も出るし全うな政治判断も出来るのだと思う。
福岡高裁での判決を受けて、安倍官房長官は適正な課税をするようにとお達しをして、それが今各地での総連施設への課税を見直す動きへとつながり、その動きが総連に対する圧力となり、強いては北朝鮮への圧力ともなり得ているのです。
初めに全うな国民世論があればこそ、政治も全うな力を発揮出来る。
総連施設への課税問題はその事実を端的に表していると言えるのではないでしょうか?

今月末には早紀江さんら家族が訪米し、公聴会で証言するなどして拉致問題への理解と関心を求める活動をするそうです。
それはそれでとても重要な事ですが、この日本人拉致問題を解決する一番の鍵は『当事者は私たちの国、日本である』という意識を持つ事ではないでしょうか?
公聴会で訴える事で、アメリカからの関心や協力は得られるかもしれない。
昨日のDNA鑑定の結果により、今後は韓国との協力関係もあるいは強化されるかもしれない。
でも、めぐみさんをはじめとする、日本人拉致被害者を救い出すべき当事者は、私たち日本国民なのです。
日本人の私たちが、心を一つにして『被害者を全員返せ!』という強い意思を持たねば、この問題、到底解決の仕様がないのです。

と言っても戦う相手は北朝鮮のあの強固なまでの独裁国家です。
そこから被害者を救い出すためには本当にどうしたらいいのか?

まずは北朝鮮の実情を知る事。
今回のNHKの「ドキュメント北朝鮮」はその手がかりとしてとても優れた番組であったと思います。
過去、私たちは余りにも北朝鮮と言う国を知らなさ過ぎました。
けれども、拉致問題をきっかけにして私たち日本人は北朝鮮の実情をはっきりと認識しつつあります。
これは大きな力です。
北朝鮮のまやかしに騙されない世論は、敵と戦う力になるはずです。
事実、北は日本の世論の動向を非常に気にかけている、との事。
それは裏返せば、いつまでも揺らがない日本の世論を北朝鮮はとても恐れていると言う事の何よりの証しと言えるのではないでしょうか?

最後の一人を救い出すまで、日本の世論は決して諦めない。
そして折々に『返せ!』の意思表示をする事。
政府へハガキやメールを送ったり、身近な所で拉致を話題にしたり、出来ることはたくさんあると思います。
TVなどで拉致に関する報道があれば必ず視聴する、と言うのも力になると思います。
高い視聴率を確保する事も拉致問題に対する高い関心度の証明になる。
マスコミ関係の中にも当然北の息のかかった協力者は紛れているはずですから、その数字は総連を通じて北に報告されるはずでしょう。
関心を持って拉致関連の番組を見て視聴率を上げる事も、問題解決の援護射撃になり得ると、私は思います。

庶民に出来ることは限られているけれど、庶民の底力が問題解決へと導く一番の力となるのです。
政府だけが頑張っても外務省だけが頑張っても、家族と関係者だけが頑張っても、被害者は帰って来ません。
拉致問題を解決できるかどうかは、日本人の底力の如何にかかっていると言っても良いのかも知れません。
どうか一人でも多くの方が強い関心を持って、どうすれば被害者を取り戻す事が出来るのか?自分の持つ知識と情報を総動員して、それぞれが考えてみる事。
そういう姿勢を持ち続ける事が何よりも大事なのではないか?と私は考えています。

自分一人が声を上げても何の力にもならないと諦めて、とりあえず自分の身の上に火の粉は降りかからないからいいじゃないかと、長年放置してきたツケを私たちは今払わねばならないのです。
20年30年の長きに亘って被害者を過酷な状況に追いやったまま、かりそめの平和を貪って安穏と暮らしてきたのが、私たち全ての日本人です。
自分の身さえ安泰ならば、被害者の苦しみにはこれからもこのまま目をつぶり続けても良いというのでしょうか?
拉致問題の存在に気がついた今、これからも被害者の痛みを放置したままで、それで私たちは人間として全うに立っていることは出来るのでしょうか?
拉致問題解決のため、勇気を持って立ち向かえるかどうかは、私たち日本人が『人間としての良心』を試されているとも言えるかと思います。
自分の中にある人としての良心が、何をなすべきと訴えているか?
それぞれがそれぞれに自分の心の声を聴く事も大事な過程ではないかと、改めて思います。
posted by ぴろん at 13:13| Comment(0) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHK「ドキュメント北朝鮮 第三集」〜核開発を巡る戦慄〜(4) 06.4.4放送

<ナレーション>
北朝鮮は、核の闇市場に手をのばしていました。

 ◆映像:アブドゥル・カティール・カーン博士

パキスタンのアブドゥル・カーン博士から新たな核開発の技術を手に入れたと見られています。

  ◆映像:遠心分離器(資料写真)

遠心分離器による高濃縮ウランの製造。
大きな設備を必用とせず、地下での開発が可能なため、偵察衛星では捕らえられないと考えられています。
米朝合意から4年たった98年、アメリカが約束した軽水炉の建設や、関係正常化の協議が滞る中、北朝鮮は、ふたたび危機をあおります。
弾道ミサイルテポドンの突然の発射です。

  ◆映像:弾道ミサイルテポドンの発射実権 (1998年8月)

アメリカは北朝鮮の挑発に乗らず、対話に動き出します。
アメリカは北朝鮮に対して食料援助を行いました。
朝鮮半島では韓国の宥和政策のよって、南北の和解ムードが広がりました。

  ◆映像:ウルブライトが、北朝鮮の子供と一緒に踊る様子

そうした中、国務長官ウルブライトがピョンヤンを訪問。
金正日総書記は朝鮮戦争以来、敵対してきた関係の正常化を求めました。

―――ウルブライトとの会談での金正日総書記の発言―――――――――
3時間の話し合いだけでは、50年間の問題は解決できないでしょう。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
アメリカの急速な歩み寄りで、関係改善は進むと北朝鮮は考えていました。
しかし、アメリカの政権交代が、北朝鮮との関係を大きく変えていくことになります。

――ジョージ・ブッシュの演説――――――――――――――――――
北朝鮮は飢える国民に目もくれず、大量破壊兵器で武装し続けている。
彼らとテロリストたちは悪の枢軸だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
新たに発足したブッシュ政権は、クリントン時代の政策を否定。
強硬姿勢を打ち出しました。
対北朝鮮戦略を練ったのは、去年まで国務副長官を務めた、リチャード・アーミテージです。

――リチャード・アーミテージ――――――――――――――――――――――――
クリントン政権の時に北朝鮮は信用できない事がわかりました。
彼らが善意ある行動を取らなければ安全は保障しないと警告する必用があったのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アーミテージが作成した報告書です。

 ◆映像:報告書『北朝鮮に対する包括的アプローチ』

――アーミテージの報告書――――――――――――――――――――――――
クリントン政権は北朝鮮に瀬戸際外交がうまくいくことを教えてしまった。
核兵器開発は終わっていない。抑止と封じ込めで、圧力をかけるべきだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
NHK「ドキュメント北朝鮮 第三集」〜核開発を巡る戦慄〜(4) 06.4.4放送

<ナレーション>
アーミテージの下、北朝鮮との交渉に望んだのが、国務次官補のジム・ケリーでした。
2002年、高濃縮ウラン開発の確証を掴んだとして、平壌に飛びます。
交渉相手は、カン・ソクジュ第一外務次官でした。
ケリーの追求に疑惑を認めたとされています。
問題を解決するため、首脳会談と、関係正常化を迫りました。


――ジム・ケリー国務次官補――――――――――――――――――――――――――――――
北朝鮮は94年の米朝合意を恋しがっているだけでした。
しかも、より大きな見返りを狙っていました。
しかし、そのような取引は、北朝鮮が核兵器開発を完全に放棄しない限り絶対にありえません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
北朝鮮の要求をはねつけたアメリカ。
一方で北朝鮮と同時に悪の枢軸と名指ししたイラクへの攻撃準備を進めていました。
北朝鮮は再び、核のカードを切り始めます。
8年間凍結していたニョンビョンの核施設の稼働を再開すると発表。
その後、NPTを脱退しました。

そして去年2月、

 ◆映像:朝鮮中央テレビ(去年2月)
  ――――――――――――――――――――――――――
   我々は自衛のため 核兵器をつくった
   自由と民主主義を守るため、核兵器庫を増やしていく
  ――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:六課屋協議の模様 (去年11月)

<ナレーション>
今アメリカは中国や日本などと共に、対話によって北朝鮮に核の放棄を迫っています。
同時に金融制裁で圧力をかけ、追い詰めようとしています。

北朝鮮は、核兵器保有国となった以上、一歩的な放棄を迫られるのは不当だと主張。
新たな軽水炉の提供を求めています。

――アーミテージ前国務副長官―――――――――――――――――――――
私たちは、これまで北朝鮮徒向き合うたび、譲歩せざるを得ませんでした。
貧弱なカードをとても、巧みに使いこなします。
しかし、私たちは以前ほど、北朝鮮の瀬戸際外交を恐れてはいません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

―――ジム・ケリー前国務次官補―――――――――――――――――――――――――
北朝鮮が核兵器を放棄しなければ、将来多くの国々と幅広い関係を結ぶこと不可能です。
そのことを、彼らにはっきりとわからせなくてはいけません。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
ニョンビョン核研究センター
今も、北朝鮮の核兵器開発は続いていると見られています。

  ◆映像:ニョンビョンの最新の衛星画像(3月13日撮影)

最新の衛星画像、これまでの10倍の規模を持つ原子炉の開発が進められているとアメリカはみています。更に高濃縮ウランの開発が地下の奥深くでおこなわれている進められて言われています。
アメリカは北朝鮮の核関連物質や技術が拡散する事を恐れています。

  ◆映像:軍隊のパレードの様子

圧力をかけても、対話を求めても、北朝鮮は核開発を止めようとしていません。

―――ロバート・ガルーチ ――――――――――――――――――――――――――
同じ事が繰り返されているような気がします。
北朝鮮はかつてと同じ交渉を求め、同じ見返りを迫っています。
彼らのひつこい取引は我々にとって不愉快ですが、つきあい続けるしかありません。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:北朝鮮の子供達が軍服を着て、
      キム・イルソンを称える歌を歌いながら行進しているところ

軍が全てに優先する得意な軍事国家、北朝鮮。
核がもたらす危機をいかに回避するか?、
世界はその答えを未だに見いだしきれずにいます。

〜〜終了〜〜

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。

NHK「ドキュメント北朝鮮 第三集」〜核開発を巡る戦慄〜(3) 06.4.4放送

<ナレーション>
瀬戸際までNPT脱退をちらつかせ、アメリカから譲歩を引き出した北朝鮮。
その裏で、核兵器開発を更に進めていきました。

北朝鮮の瀬戸際外交は続きました。
アメリカが経済制裁をほのめかすと、再び危機をあおります。

 ◆映像:韓国KBS 1994年3月

核問題を話し合う南北協議でのことでした。

 ◆映像:朝鮮中央放送ニュース画像〜南北会談の模様〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
北:我々は戦争の準備ができている
  あなたたちはよく考えるべきだ
  ソウルは軍事境界線から遠くない
  戦争になれば、火の海になる

南:ちょっと待て

北:貴方も生き残れない

南:なんてことを言うんだ

北:とにかくよく考えるべきだ

南:宣戦布告をするのか?

北:そちらが言い出したのだ
  寝ぼけているのか

南:戦争で応じるというのか?

北:当然だ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
当時のアメリカ国防長官ウィリアム・ペリー。
アメリカは北朝鮮に軍事的圧力をかけ牽制します。

――ウィリアム・ペリー(アメリカ国防長官)―――――――――――――
私たちが軍を増強すれば、北朝鮮が対抗して攻撃してくる危険もありました。
しかし、こちらが真剣なことを示した方がむしろ彼らに行動を思いとどまらせ、
軍事衝突の危険が減るだろうと考えたのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:在韓米軍増強の模様(1994年 4月)

北朝鮮は対決姿勢をあらわにしてきます。
キム・イルソン(金日成)はNHKの取材に応じ、強制査察には断固応じないと主張しました。

 ◆映像:NHKの取材に答えるキム・イルソン(金日成)

キム・イルソンの声
━━━━━━━━━━━━━━━
我々は何も隠していない。
強制査察には断固応じない
もちろん軍事機密はある。
軍事機密を公開する国などない。
━━━━━━━━━━━━━━━

北朝鮮は韓国との軍事境界線の近くに軍を終結させました。
朝鮮人民軍の大尉だったキム・ソンミン、長距離砲の部隊を率いていました。

  ◆映像:軍事境界線付近の地図をみて説明するキム・ソンミン

軍事境界線からソウルまでの距離はわずか40キロ。
韓国お火の海に帰ることはできたと言います。

――キム・ソンミンの証言――――――――――――――――――――――
あのころ、すべての兵士は、
長距離砲を発射するためのロープを一時も離したことはありませんでした。
攻撃命令がでれば、すぐに韓国に砲弾を撃ち込むことができました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
北朝鮮は更に、危機のレベルをあげていきます。
黒煙路から燃料棒を引き抜き、プルトニウムを抽出する準備を始めたのです。

 ◆映像:ワシントン、ホワイトハウス

ホワイトハウスにペリーと軍の幹部が集まりました。
ペリーは核兵器開発を止めるため、韓国に駐留するアメリカ軍の更なる増強を提案。
急激な増強は戦争を招く危険がありました。

―――トニー・レイク 当時米大統領補佐官――――――――――――――
あの時軍の軍の増強を提案していなかったら、その方が無責任だったでしょう。
戦争よりも危険な状況になるのを防ぐためには、
逆に、戦争の選択肢も無視することはできませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

国防総省は、ニョンビョン核研究センターをピンポイントで先制攻撃する計画も検討していました。

―――ウィリアム・ペリー ―――――――――――――――――――――
ニョンビョンを爆撃すれば、核兵器に必用なプルトニウムが抽出できなくなります。
核兵器開発を阻止するためにも、施設を確実に破壊する計画を、私たちは立てていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

〜ソウル〜
戦争を何とか回避しようと考えた人がいます。
韓国駐在のアメリカ大使、ジェームス・レイニーです。

――ジェームス・レイニ 当時 駐韓米国大使―――――――――――――
アメリカは苛立って北朝鮮に脅しをかけているだけでした。
しかし彼らの敵対心をあおるだけだと私は考えました。
北朝鮮はプライドをかけて、国を守るために必ず戦いに出てくるだろうと思っていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

レイニーは、アメリカが戦争を望んでいないことをキム・イルソンに直接伝えようと考えます。
特使として、元大統領のカーターに訪朝を促しました。

  ◆映像:カーターもと米大統領 訪朝(1994年 6月15日)

カーターは民間人の立場でピョンヤンに向かいました。
一方アメリカ政府はいっそう北朝鮮に圧力をかけるため、経済制裁の決議案を国連安保理に提出しました。
北朝鮮は激しく反発します。

   ピョンヤン放送
   ――――――――――――
   朝鮮半島の情勢はついに
   最悪の局面を迎えた
   制裁はすなわち戦争だ
   戦争になれば容赦しない
   ――――――――――――

緊張はピークに達しました。
韓国では全国一斉に防空訓練を実施。
戦争になれば100万人の犠牲者が出ると見られていました。

キムヨンサム 当時韓国大統領―――――――――――――――――――
アメリカ二隻の空母と33隻の軍艦を展開し、
いつでも北朝鮮を攻撃できる態勢を取っていました。
韓国は大混乱に陥り、人々は食料の買いだめに走りました。
逃げる場所は何処にもありませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
経済制裁の決議案を安保理に提出した翌日。
ペリーは大統領のクリントンに、軍の増強に関する詳細な計画を示します。
その規模は、最大で5万人にのぼりました。

――ダニエル・ポネマン 当時 大統領補佐官――――――――――――
戦争か平和か、正に瀬戸際に立たされている、私はそう強く感じました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

――ウィリアム・ペリー ―――――――――――――――――――――
もし何もしなければ、北朝鮮に見くびられる可能性がありました。
だから行動に出た方が良いと思ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
クリントンが軍の増強に決定を下そうとしたその時、電話が入りました。
ピョンヤンのカーターからでした。
『キム・イルソン(金日成)が核開発を凍結しても良いと言っている。』
そう伝えて電話を切りました。
ホワイトハウスは、ピョンヤンからのCNNの生中継に釘付けになりました。

―― ジミーカーター元大統領 ―――
キム主席は、米朝協議が再開されれば、
核問題は解決されると言っています。
北朝鮮の提案を受け入れることを
アメリカ政府に期待します。
――――――――――――――――――
<ナレーション>
クリントンは提案を受け入れました。
危機は回避されました。

  ◆映像:キム・イルソン(金日成)死去の報に嘆く市民 (1994年 7月)

翌月、キム・イルソン(金日成)が死去します。
このとき北朝鮮がすでに核兵器を完成させていたことを、ファンジャンヨブは明らかにしました。

――ファン・ジョンヨブ―――――――――――――――――――
93年か、とにかくキム・イルソン(金日成)が無くなる前でした。
核兵器がいくつあるのか知りません。
尋ねたこともありません。
ただ、金正日から直接、聞きました。
『核兵器開発は終えた。その責任者を表彰する。』
――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:米朝枠組み合意 調印 (1994年 10月)

<ナレーション>
核兵器の完成をかくしたまま、北朝鮮はアメリカとの合意を結びました。
核開発を凍結し、いずれ施設を解体することと引き替えに、いくつもの見返りを手にします。

プルトニウムを抽出しにくい軽水炉の提供と重油の供給、アメリカが北朝鮮を核攻撃をしない保障、関係正常化に向けた協議の継続。
北朝鮮の要求が受け入れられました。


  ■軽水炉の提供
  ■重油の供給
  ■北朝鮮を核攻撃しない保障
  ■関係正常化にむけた協議の継続


――ファン・ジョンヨブの証言――――――――――――――――――――
金正日は大喜びでした。何もしなくても軽水炉が手にはいるのですから。
電力不足に悩んでいた我々にとっては本当に、大きな成果でした。
アメリカが戦争を仕掛けてくるなんて北朝鮮の幹部は誰一人考えていません。
金正日はアメリカの驚異を口実に、核兵器開発を正当化しているだけです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
戦争の危機をかいま見た、アメリカ。

――ウィリアム・ペリーの証言――――――――――――――――――――
私たちは北朝鮮に繰り返し核兵器開発の放棄を迫りました。
しかし、どんなに圧力をかけても、核兵器を持ちたいという彼らの強い意志を
打ち砕くことはできないとわかりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

ニョンビョンでの開発を凍結した北朝鮮。
しかし、核兵器の開発を止めたわけではありませんでした。

―――ファン・ジョンヨブの証言―――――――――――――――――――
このころから、核の問題については金正日とカン・ソクジュ、二人だけで対応する事になりました。
私は、関わらなくなったのです。
ただ、北朝鮮とアメリカの合意のあと、軍事工業担当の書記がたびたび来ました。
『核兵器がまだ足りないので、あといくつかつくりたい。』
『プルトニウムを買いたいのだか、ロシアに知り合いはいないか?』
と聞かれました。
96年の夏か秋に、彼が再びやってきて、『問題は全て解決した』と言うのです。
『どうしたのか』と聞いたところ、
『核兵器に必用なウランを共同開発する協定をパキスタンと結んだ』
『もうプルトニウムは必要なくなった』と言うことでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーはblue-jewelさんの手によるものです。

NHK「ドキュメント北朝鮮 第三集」〜核開発を巡る戦慄〜(2) 06.4.4放送

◆映像:衛星写真(提供アメリカ地質調査所)

アメリカは60年代からニョンビョン核研究センターを監視してきました。
このころ、偵察衛星がとらえた画像です。
65年の画像には、コトロフ達が建設していた原子炉がとらえられています。
年を追うごとに、新しい施設が、次々に増えていきます。
しかし、アメリカは原子力発電所を建設しているだけだと考えました。

  ◆映像:ドナルド・グレッグ

CIAや政権の中枢で40年にわたって北朝鮮を監視していたドナルド・グレッグ(元CIA−中央情報局−アジア担当)です。

――ドナルド・グレッグの証言―――――――――――――
北朝鮮に関する諜報活動は、うまくいっていませんでした。
北朝鮮が何を考えどんな能力を持っているのか、
私たちは危険なまでに無知でした。
―――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:CIAの報告書

<ナレーション>
CIAが作成した北朝鮮の核開発に関する350ページの秘密文書です。
はじめてアメリカが懸念を抱いたのは、84年でした。
核兵器の製造に必用なプルトニウムを抽出できる黒煙炉型の原子炉を建設していることに気づいたのです。
一方で更に高度な技術開発が必用だと記しています。
北朝鮮には核兵器開発を進めるだけの能力は、まだ無いと見ていました。
アメリカはソビエトを動かし、北朝鮮を国際機関の監視下におこうとします。

――ドナルド・グレックの証言―――――――――――――――――
私たちはソビエトが原子炉の建設に必用なノウハウを
北朝鮮に教えたことを知っていました。
そこで、NPTに加盟させるよう、ソビエトをけしかけたのです。
アメリカが北朝鮮と直接話し合うほどの問題ではありませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
当時、核兵器開発の指揮はキム・イルソンから長男ジョンイルに移りつつあったと見られています。
このときすでにソビエトから警告を受けていました。

――ファンジャンヨブの証言―――――――――――――――――――――
84年に私が国際担当書記になったとき、ソビエトの大使がたびたびやってきて、
『核兵器を大量つくろうとしているようだが、止めた方が良い』と忠告されました。
しかし、金正日にそのことを伝えると、『そんなの無視しなさい』と言われました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
北朝鮮は85年にNPT(核拡散防止条約)に加盟しますが、義務である核査察は受けようとしませんでした。

  ◆映像:世界青年学生祭典(スポーツ大会)の入場行進

ソウルオリンピックの翌年、北朝鮮は世界170国から選手を招き、スポーツ大会を開きました。
この直後冷戦が終結。北朝鮮を支えてきたソビエトは韓国との国交樹立に動きます。

  ◆映像:盧泰愚、ゴルバチョフの握手

その、国交樹立を伝えるためにソビエトのシュワルナゼがピョンヤンを訪れたときのことです。
北朝鮮の外相から衝撃的発言があびせられました。

  ◆映像:ソビエト外相(シュワアルナゼ)訪朝(1990年 9月)

――セルゲイ・タラセンコ ソビエト外相補佐官――――――――――――
我々は核兵器開発を急ピッチで進めている。
何が何でも核兵器を完成させてみせる。
ソビエトが韓国と国交樹立するならば、我々もしかるべき行動を取ると彼らは言いました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
しかしソビエトは動かず、アメリカにも伝えませんでした。

――ミハイル・ゴルバチョフの証言――――――――――――
北朝鮮の発言を真剣には受け止めませんでした。
なぜなら、あれは我々が外交姿勢を変え始めたことに対する、
単なる感情的な反発だと思ったからです。
それ以外の何物でもありませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――

―ワシム・トカチェンコ ソビエト共産党中央委員会 ―――――――――
私たちは、北朝鮮の脅しを無視しました。
彼らは我々を攻撃するために核兵器を製造しているわけではなかったからです
――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:ソビエト連邦 崩壊(1991年 12月)

翌1991年12月、ソビエト連邦の崩壊で核の傘を失った北朝鮮。
自らの核兵器開発を急ぎました。

――ファン・ジャンヨブの証言 ―――――――――――――――――――
小国がどうしたら独立を守り、生きながらえていけるか、真剣に考えていました。
社会主義国が改革開放に向かう中で、金正日は体制を維持するために、
どうしても核兵器が必用だったのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
核査察を受けようとしない北朝鮮に対し、アメリカは次第に懸念を深め始めます。
89年、CIAの資料には、北朝鮮が核開発を急速に拡大させていると記されています。

  ◆映像:91年当時のニョンビョン衛星画像 軽水炉、再処理施設

同じ年ニョンビョンをとらえた衛星画像です。
かつてソビエトから技術提供された<軽水炉>の南に北朝鮮が独自に建設した<黒煙炉>が写っています。
川を隔てた南側には、新たな施設の建設が更に進んでいました。
最も大きな建物は、再処理施設。
黒煙炉で燃やした燃料棒からプルトニウムを抽出するための施設と見られていました。

  ◆映像:ジェームス・ベーカー

当時のブッシュ政権で国務長官を務めたジェームス・ベーカー。
北朝鮮に核査察を受けさせるため、ベーカーとブッシュは思い切った手を打ちます。


――ブッシュ大統領の演説 ――――――――――――――――
アメリカは世界に配備した、全ての戦術核兵器を撤去します。
―――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
アメリカは韓国に配備した核兵器も撤去することにしました。

――ジェームス・ベーカーの証言 ――――――――――――――――――
私たちが韓国から核兵器を撤去すれば、
北朝鮮はNPTに違反して核査察を受ける義務を放棄していると訴えやすくなります。
更に、北朝鮮に核兵器開発を進める口実を与えない狙いもありました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:朝鮮中央テレビ
  タイトル画像〜我が国に創設された“自立的な原子力工業基地”〜

  ――核研究者の説明――――――――
  我が国の原子力工業は平和目的です
  人民経済の発展に利用されています
  ―――――――――――――――――
<ナレーション>
翌年、核査察の受け入れに合意した北朝鮮。
ニョンビョンの核センターの映像をはじめて公開しました。

IAEA(国際原子力機関)査察 1992年 5月

  ◆映像:ニョンビョン核開発センター

<ナレーション>
92年5月IAEA(国際原子力機関)による査察が始まりました。
黒煙炉ではプルトニウムを抽出できる燃料棒が、すでに取り出されていたことが確認されました。
疑惑の焦点は再処理施設と見られる建物に移りました。

  ◆映像:IAEA報告書

北朝鮮は過去に一度だけ燃料棒から微量のプルトニウムを試験的に抽出したと説明。
しかし、IAEAは北朝鮮の説明が査察の結果と大きく矛盾すると報告します。
プルトニウムをたびたび抽出していた疑いが強まりました。

――◆ジェームス・ベーカーの証言――――――――――――――
北朝鮮がプルトニウムを抽出していることは明らかでした。
彼らが核兵器を開発しようとしていることを確信しました。
――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
アメリカは直ちに核廃棄物貯蔵所の査察することをIAEAに要求めます。
ここを調べれば、過去に何回プルトニウムを抽出したかを確認することができるからです。

当時ファン・ジャンヨブは核兵器開発を担当する軍需工業担当の書記があわてる様子を見ていました。

―ファン・ジョンヨブの証言―――――――――――――――――――――
強制査察を受けなくてはならなくなりそうだと、心配していました。
プルトニウムを抽出した痕跡を何とか消そうと核開発廃棄物貯蔵所に土を盛って、植物を植えた
のですが、全て枯れてしまったのです。
更に人工衛星に写らないように、運動場ぐらいの大きな倉庫を建てて隠しました。
そして『ここは軍事施設だから核査察の対象にはならない』と言い張ったのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

〜ワシントン〜

北朝鮮を追いつめたかに見えたアメリカ。
しかしこの後、北朝鮮が仕掛ける駆け引きに翻弄されます。
93年1月、核疑惑が深まる中、クリントン政権が対応を引き継ぎました。
北朝鮮との交渉に直接当たった、国務次官補(当時)ロバート・ガルーチ。
そして国務省朝鮮担当部長(当時)チャック・カートマン。

  ◆映像:チームスピリット(1993年 3月)の模様

アメリカは韓国との合同軍事演習=チームスピリットで圧力をかけ、強制査察を受け入れさせようと考えました。
ところが北朝鮮は査察を義務づけたNPT=核拡散防止条約からの脱退を、突然宣言します。

  ◆映像:チャック・カートマン 米国務省 朝鮮担当部長
      ロバート・ガルーチ  米国務省 朝鮮担当部長

――ピョンヤン放送―――――――――――――――
我が国の最高利益を守るために、
やむをえず、NPTから脱会することを宣言する。
――――――――――――――――――――――――

――チャック・カートマン ―――――――――――――――――――――
チームスピリットは北朝鮮を狙った核攻撃の演習だと彼らは以前から主張していました。
私たちは、NPT脱退を正当化する口実を彼らに与えてしまったのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――


―――ロバート・ガルーチ――――――――――――――――――――――
北朝鮮は、脱会の際は3ヶ月前に告知するというNPTの規定を利用し時計をセットしたのです。
残り3ヶ月、私たちは脱退を取り下げさせるため、関与せざるを得なくなりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:米朝高官協議(1993年 6月)

<ナレーション>
アメリカと北朝鮮、初めての二国間の高官協議が始まりました。
ガルーチの交渉相手はカン・ソクジュ第一外務次官。
現在も北朝鮮外交のキーパーソンです。
ガルーチはNPT脱会宣言の取り下げと、強制査察の受け入れを求めました。
しかし強い反発を受けます。

 ◆映像:交渉時の写真

――ロバート・ガルーチ―――――――――――――――――――――――
彼は言いました。あなた達はIAEAを背後から操っている。
我々を絞め殺そうとしている。
そして、逆に補償を要求してきました。
『アメリカがまず我々に対して安全を保障し、攻撃を計画しないと約束しろ』と。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
協議は暗礁に乗り上げます。

NPT脱退の日が目前に迫る中、カンソクジュ外務次官が動いてきました。

――ガルーチの証言―――――――――――――――――――――――――
私はこういわれました。過去を棚上げにすれば、未来については協力しても良い。
あなた達にとって、過去と未来とどちらが大切か?
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
過去のプルトニウム抽出の疑惑に目をつぶればNPT脱退は取りやめる。
北朝鮮の仕掛けた駆け引きでした。



――ロバート・ガルーチ―――――――――――――――――――――――
過去も大切ですが、差し迫った危険はなかったので、こだわり続けるのは止めました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――


――チャック・カートマン米 国務省 朝鮮担当部長――――――――――
私たちはすでに北朝鮮の核兵器開発を確信していました。
もし彼らが、NPTから脱会すれば開発を推し進めるに違いないと思いました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
NPT脱会は避けられましたが、強制査察は先送りとなりました。

――チャック・カートマン米 国務省 朝鮮担当部長――――――――――

彼らは賢く計算高く、利害関係をはっきり理解していました。
北朝鮮は危機のはしごを相手に登らせることができれば
自分たちが強い姿勢に出られることを知っていました。
危機のはしごを降りるタイミングは、常に自分たちが握っていると考えていたのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーはblue-jewelさんの手によるものです。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。