2006年05月25日

06.5.18 有本嘉代子さん 東京連続集会18(12)友愛会館にて

『有本嘉代子さん(有本恵子さんの母)の訴え』

Img_3075.jpg

皆さんこんばんは。(「こんばんは」の声)
本当に横田早紀江さんがアメリカに行って下さって、本当に5分間の間に、拉致の経緯から親としての気持ちをじっくり言って下さったときは、夫婦で見てもっていました。
だから本当にね。
あれを良かった良かったで済ませないで、今先生が仰ったように、あれを日本がきちっと利用せないかんです。
それで、日本も一緒にどうすれば良いか?と言う事をしっかり考えて頂きたいと思いますし、今先ほども島田先生が仰ってましたように、寺越さんのようになったら困ると言う事を、私が一番よう思いました。(拍手)
・・・・・・・・(拍手で聞き取れず)それだけはこちらからキッチリと見て、やはりあちらの方々が分からない点はこちらからアドバイスするのがいいんじゃないかと思います。(拍手)


06.5.18 有本明弘さん 東京連続集会18(11)友愛会館にて

『有本弘明さん(有本恵子さんの父)の訴え』

Img_3066.jpg

みなさん、こんばんは。(「こんばんは」の声)
今、私が一番危惧しておるのは韓国の家族と、横田さんとはこないに親戚同士になったと。
これを私一番危惧しとるんです。
横田さんの奥さんが図らずも仰ったように、あの家族を北朝鮮が利用したら、我々の運動が物凄く危険な状態になってしまう。
その事を家族が月末には来られますから、それは私たちは言葉ではあの家族とは話できないから、それは西岡さんの責任において(笑い声)それは家族に、いろいろこういう事があるよと言うことを、伝えて頂いて向こうから何か連絡のあった場合は、すぐにこちらの方に連絡してくれと。
そういうふうにいろいろな、作戦を練ってやってもらう。
これを見逃していろいろとやってしもうたら、偉い目に遭う可能性が十分にあると私は思うている。
そこだけはお願いします。(拍手)

06.5.18 西岡力副会長 東京連続集会18(10)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長 訪米報告』

Img_3058.jpg



ワシントンに行ってですね。
去年から言いますと、タイに行きましてですね。
チェンマイに行って、マカオに行って、ソウルに行って、ワシントンに行って、また韓国に行ってですね。
それからこの間、斉藤(文代)さんはノルウェーに行って。
そしてタイから来てもらって、レバノンから来てもらって、中国の被害者をソウルに連れて行って、韓国からたくさん来てもらい、今回もまた来てもらう事になっているという国際活動をしておりまして、かなりの成果を上げて来ているというふうに思っています。

一点だけ私がアメリカで重大だと思った点で、今拓也さんが若干触れましたけど島田さんが触れなかったので申し上げますと、我々がアメリカにずっと訴えてきた私たちの戦略の目標は、アメリカは核問題で北朝鮮を圧迫するだろう。
今圧迫しつつある。
しかしそれは2度目の事で、第一次核危機が93年94年のときに起きて、94年には戦争の直前まで行った。
核問題を理由として。
しかし最終的に妥協が成立したあと、拉致問題は一切取り上げられなくて、日本に10億ドルの請求書が来たと。
村山政権はそれを出すと約束して、約5億ドルは支出されてしまっていると、言うのが現状です。

93年94年と言うのは、実は1988年の梶山答弁の後なわけなんです。
拉致問題があるという事を政府が認めた後に行われた。
戦争直前までも来る、日本政府が全面的にアメリカ政府に協力した危機(回避)の結果、拉致問題は一切取り上げられなかった。
そして10億ドルと言うお金を払う事まで約束させられた。
言う事があったんです。
今の韓国よりももっと悪いんですよね。
拉致問題は無かったことにされてしまった。

という事に、第二次核危機の時はならせてはならない。
いう事を戦略目標に置いて、訪米活動をしてきたわけですけども。
ですからアメリカに助けてくれと言いに言っているつもりは全くなくてですね。
アメリカも同盟国として、核問題と拉致問題とを共に戦うべきだと。
我々も共に戦うと、いう事を言いに行っていたつもりで、その話は通じたと。
拉致と言うテロに対してアメリカも一緒に戦うべきだと。
拉致と言う日本に対する主権侵害に対して同盟国としてアメリカは戦うべきだと。
そして核もやめさせるべきだし、北の人権問題も解決させるべきだと。
そのためには金正日政権を圧迫する以外に無いと、言う事をアメリカは今考えていて、我々とほぼ同じ考えになっている。
動いていると。

テロ支援国リストから外されそうになったクリントンの政権末期からすると天と地の違いで、この現代コリアの6月号に書いた島田さんの報告によると、今年のアメリカのテロ支援国リストのレポートの中では北朝鮮をテロ支援国にしている理由の中で、日本人・韓国人拉致だけではなくて、他の外国人拉致についても確実な証拠がある?(隣の島田氏に確認を求める。島田氏「信頼出来る情報がある」と発言)
信頼出来る情報があるという事が、すでに国務省の公式の報告書に書き込まれるているわけです。
(島田氏「公聴会の翌日に出た」)公聴会の翌日ですか?
公聴会行き渡った?(島田氏「かも?」)

ということで、そしてクラウチ安全保障担当の首席補佐官がいろいろな話をして最後に「あなた方と約束をしたい」と、言って言った事は、「核問題は大切である」と「絶対に解決しなければならない」と「これは日米同盟にとって重要な問題だ」といった中で、「核問題が解決する中で様々な犯罪行為、偽札や拉致問題については忘れませんし、原則を守ります。その事をあなた方に約束します」
核問題は解決しなきゃならない。
しかし、その解決の仕方と言うのは12年前のジュネーブ合意のように、拉致問題を一切取り上げないで北朝鮮に大規模な援助を行う事はしない。
という事を、安全保障会議の担当者がわざわざ雑談の中で、冒頭の挨拶とか話の延長で我々が質問したときに言ったんじゃなくて、向こうからわざわざそういう話を切り出して言ったと。

だからブッシュ大統領が会ってくれたし、国防総省と言う安全保障の部署が我々を歓待してくれたわけです。
核問題と言うのは安全保障問題なんだと。
アメリカの兵士の安全保障にもかかわる問題だし、アメリカの国民の安全の問題を担当している部署がアメリカ人は被害に遭っていない。
現在の所、島田仮説だとあるかもしれませんが、問題についても忘れないと。
原則を守るといったわけですね。
これは一般的な人権問題よりもレベルが上がったと。

中国の、いや北朝鮮の人権問題についてアメリカは言っていますけど、それが核問題の解決するときに忘れなくて原則を守るかどうか分からない。
しかし、偽札問題はアメリカは絶対6者協議で核問題が進展するにも拘らず、偽札問題での制裁をやめないわけです。
それはアメリカの主権侵害だからです。
アメリカの主権侵害と日本人拉致問題が同じレベルに上がると、安全担当の補佐官が話があったと。
我々に対する若干のリップサービスもあるんでしょうけど、しかし約束すると言った言葉は大変重いと思いますし、準備されていた言葉だったと感じました。

そういう点では、つまり日本が最善の努力をすれば、国際社会は一緒に戦ってくれる環境は出来たと。
そして核問題でこれから国際社会が今年来年にかけて、今も去年の9月から強い圧力がかかり始めてますけども、その圧力が強まっていくだろうと。
それに対して盧武鉉政権がいろいろな圧力を弱めるような動きに出てきたと。
言う大きな状況の中で日本はどうするのか?と。

小泉政権は9月までで、その後誰が、こういう朝鮮半島と戦争直前まで来るような危機の中で、誰が担当して北朝鮮問題を解決するのか?
その解決の仕方によっては日米同盟に大きなヒビが入るかもしれない。
言う状況の中で、しかし絶対アメリカは拉致問題を忘れない。
原則を守ると言った、いう事であります。
これは2001年から我々が目標にして来てやってきた事で、そういった点では助けてくれと言ったつもりは一切無くて、変な言い方すれば、同盟国としてアメリカに一緒に戦って欲しい。
こちらが戦う事が前提です。

で、今度5月28日に国民大集会をやるわけですけども、この5月28日では余り国際的な事を強調するつもりは無いんです。
ですから今日、長く訪韓の報告もやったんですが、そうじゃなくてこの状況を受けて日本はどうするんだ?と。
いうことをみんなと一緒に考える集会にしたいと思います。
そこで政府からは、鈴木副長官と山中政務官と山谷政務官の3人に来て頂いて、鈴木副長官には安倍官房長官のメッセージを読んで頂くという事になっています。
そして各党の、自民党と民主党と公明党の拉致対策本部長にご出席とご発言をお願いしている所です。
また拉致議連の先生方にも是非なるべく時間を割いて、話をしていただこうと思うんです。
それぞれの政治家として。

もう家族が色々訴えるのはもう終わったと。
可哀想だというのは皆、分かっているわけです。
今頃になって、朝日新聞とかが一生懸命写真展やっていますけども、その中には経済制裁という言葉は一切入ってない写真展で、日本の中の世論が割れていることについてやらないから人が簡単に集まると思いますけども。
それは韓国の家族会の状況などについては必要だと思いますが、今、我々が必要なことは北朝鮮に対して日本がどうするのか?と言う事を考える。
めぐみさんを取り戻さなければならないということは、もう当たり前の前提で、そのためにどうするのか?と言う事を考える、ということだと思っておりまして、そのための集会にしたい。

政治家の人達にそれぞれの党の、あるいは政治家個人として、政府の立場を明らかにしてもらいたい。
それを聞いて私達は考えたい。
我々は経済制裁をして欲しいといっている。
圧力を強めるべきだと言っている。
それについて違う考えがあれば、言っていただきたい。
違う考えがないならば、何故やらないのか説明して欲しい。
言う事を目的にしようと思っています。

そして韓国からは今回の事もありましたのでたくさんお客さんが来ますけど、日韓の、特に韓国の状況は今流動的ですから、その事を考える為に前日27日に2時から4時まで日韓連帯の集会をしますが、そこでは韓国の家族にも話をしていただくが、そこでメインに考えているのは実は月刊朝鮮の趙甲済さんに来て頂きまして。
今韓国がどういう状況なのか?と。
韓国政府が拉致問題にどう取り組もうとしていて、韓国の野党や保守派がそれをどう批判しているのか?
韓国は今真っ二つに割れているわけですけども、盧武鉉一派がやろうとしていることと、自由民主主義を守ろうとする内戦状態の戦いの中で拉致問題はどうなっていくのか?ということを、韓国の人はその事分かりませんから。
自分の状況をアピールしてもらった後、40分くらい解説をしていただこうと思っています。

そういうことを踏まえたうえで金英男さんの家族や、いろいろな問題がこれから出てくると思いますので、韓国の全体状況を頭に入れた上で、家族会・救う会としても韓国から出てくるいろいろな提案があるかもしれないし、韓国の家族の方が、この集会参加そのものについても明日あたり、記者会見があると聞いてますけど。
そういういろんなことが出てくる大きな枠組みの背景に韓国の事がどうなっているのかと言うことを頭に入れておこうと。

しかしそれは今回の国民大集会のメインではなくて、国民大集会は日本がどうするか?
言う事でやりたいと思っています。
是非5月の28日に4時からですね。
これは茨城の会の集会が先に決まっていた物ですから、4時と言う時間になりまして。
横田さんたちにはちょっとご無理を頂く事になるんですが、大事な集会だと思いますので、いつも大事な事だと無理ばっかり言ってるんですけども、是非頑張って頂いて、会場を一杯に出来るように。
ちょっと4時と言う中途半端な時間ですけどお願いしたいと思いますし。

韓国の事も是非皆さんにも考えて頂きたい。
ただ家族同士が会えて良かったとか、韓国での報道が増えてよかったと言うことではなくて、予断を許さない。
言う事ですので、直接韓国の専門家の話を是非皆さんに聞いて頂きたいと思って、土日と連続でやりますけども、ご関心のある方は、是非。
少し専門的かもしれませんが継続的に拉致を考えるのに絶対必要ですし、今後動きが出てきますから。
土曜日にも参加して頂ければと思っております。
以上です。(拍手)

2006年05月24日

テキストアップのお知らせ

テキスト準備中になっておりました、東京連続集会18での横田早紀江さんの分を先ほどアップしました。
以下のURLからお読みください。

★06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(5)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪米報告』
http://piron326.seesaa.net/article/18211249.html
posted by ぴろん at 16:46| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.5.18 島田洋一副会長 東京連続集会18(9)友愛会館にて

『島田洋一 救う会副会長 訪米報告』

Img_3050.jpg



あの、手短にお話しますけど、ブッシュ大統領との面会は多分実現するだろうと思っていましたが、儀礼的な握手をして「頑張ってください」という表敬訪問的なものになるのかな?と思っていたら、本格的なものになるとは分からなかったんですが。
実際実現してみるとですね。
本当の本格的な形の物になりました。

一言で言えばですね。
日本との連携をどんどん深めて、中国共産党政権、それから盧武鉉政権への圧力を強めていく。
こういう格好で北朝鮮の人権問題を厳しく追及して行こうと。
そういう大統領の意思を内外に向けて示したと、そういう意味では大変戦略的な対談だと。
従って人選も大変戦略的に行われていまして、横田さん親子を招待したというのはもちろん日米の連携強化の象徴ですけども。

キム・ハンミちゃん一家。
これはご存知の通り瀋陽の日本領事館に駆け込もうとしたところ、中国の公安に引き摺り出されて危うく北朝鮮に送り返されるところだったわけですけども。
ハンミちゃん、非常に元気な姿を見せて私嬉しかったんですが、あれもし北に送り返されていたら餓死になった可能性強いですね。
あの元気な姿と、送り返されていたら今餓死していただろう。
それを重ね合わせて考えると、中国政府による難民狩り・強制送還がいかに非人道的な行為であるか、明らかになると思います。

それから金聖民さん。
これは脱北者で韓国から北朝鮮に向けて自由化のための放送をやってますけども、盧武鉉一派が何とか潰そうと嫌がらせをしているという話ですけども、この方を呼んだというのは盧武鉉一派に対してですね。
警告を発すると言う意味があったと思います。

ついでに幹部がたくさんが招集されて横田さんの後ろの所に、狭い部屋ですけども2列に椅子を並べて座っておられたと、と言う事ですけども。
簡単にどういう人が呼ばれたか?
名前を挙げるとですね。

ホワイトハウスのいわゆる官房長官的な役割を果たしている、ジョセ・ボルティンホワイトハウス首席補佐官。
スチーブン・ハドリー国家安全保障担当大統領補佐官。
ジャック・クラウチ、同じく首席補佐官。
レフコウィッツ北朝鮮人権問題特使。
クリストファー・ヒル国務次官補、6者協議担当ですね。
チェイニー副大統領のオフィスから、サナンズ・アーリッジというアジア問題担当の副大統領補佐官も来てたと。
ビクター・チャーNSC(国家安全保障会議)アジア担当部長。
それから報道官のスコット・マクレガン氏

そうそうたるメンバーを集めて、みんなそれぞれ予定が入っていたはずですけども、キャンセルして出ろと命令があったと。
それだけ幹部をキャンセルさせて集めておいてですね。
四方山話をしましたではすみませんから、ハッキリした北の人権問題について、この政権の重要テーマにしていくんだという方針を日本・中国・韓国・北朝鮮はもちろんに対してのみならず、対内的にもですね。
徹底させるという意味があったと思います。

問題になるのは今拓也さんも触れましたけど、日本はどうするのか?と。
これは横田さんが大統領に会ってですね。
アメリカが協力してくれそうだと、良かった良かったと言ってる場合じゃないんでね。
ブッシュ大統領のメッセージと言うのは日本に対してもですね。
中国や韓国に対してもっと強い態度で一緒に当たって行こうじゃないかと。

そういう趣旨ですから、従ってまず日本としては北朝鮮に対する圧力をですね。
一段と加速させないといけませんし、韓国政府に対しては単にあの対宥和政策を傍観するだけではなくて、失敗させるためにですね。
いろいろ戦略的に動いていかなければいけない。
北で共謀政策させるような物資は一切日本では許させないですね。
いろいろなやり方があると思いますけども、

で、中共政権、中国共産党政権に対してもですね。
やはり難民の強制送還をやめさせるために、アメリカと一緒になって国際関係の先頭に立つと、いうくらいの事を日本はやるべきだと思います。
あの機会の直後にブッシュ大統領はですね。
中国で人権活動をやっている、いわゆる地下教会に属するクリスチャンの人、中国政府が弾圧しようとしている中国人の3人をホワイトハウスに呼んだと。
早速中国への圧力強化と言う事で、次の手を打ってるわけですね。
日本は何をしているか?と言うと今までのところ何もしていない。

これはアメリカの北朝鮮人権法、一昨年10月に出来ましたけれども、中身を見ると半分くらいはですね。
難民を強制送還している中国政府に対する批判。
それをただぼやっと見ている国連難民高等弁務官に対する批判なんですね。
その点、日本で用意されている北朝鮮人権法案と言うのは、中国批判等書いて無いですから、まだまだブッシュ政権がどんどん先に行っているのと比べると大変ですね、弱い。
遅れていると言わざるを得ないと思います。

中国政府に関しては私、公聴会の証言能中で言ったんですが、中国は難民を捕まえて送り返すわけですけども、その送り返されている脱北者の中には日本人拉致被害者が含まれているかもしれない。
家族が含まれているかもしれない。
あるいは重要情報を持っている人が含まれているかもしれないわけで、そういう人たちを送り返している北京政権と言うのは明らかに拉致問題解決を妨害している存在なんです。
言う事を強く協調して参りました。

従って拉致問題解決のためには北朝鮮だけではなくて、中国に対しても圧力をかけなくてはいけない。
その点ではアメリカが昨年9月から実施している金融制裁と言うのはまさにですね。
マカオの銀行を始め、中国の銀行に制裁をかけていることですから、まさにですね。
正鵠を射た動きであると思います。
是非他国もですね。
アメリカに倣って同じようにやってもらいたいと、公聴会で言って来たんですけれども。

韓国政府については救い難い状況ですが、李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)統一相、(横田滋さんに)会わないと言ったらしいですけど、会わなくて精神衛生上良かったかもしれません。(笑い声)
むしろあれがですね。
にこやかに会いましょうなんて言って来たら、これは何か陰謀を考えているので(笑い声)、気をつけないといけない。
実際ですね。
「金英男さんに時々会わしてやるから運動なんかするな」とか、「拉致されたんじゃなくて溺れた所を救助されたと言え」とかね。
そういう日本で言えば寺越さんと同じようなケースのように持って行こうと言うような、策謀を絶対に考えて来ると思いますから、そこの所は大変こちらとしては韓国政府が言い寄って来た時にですね。
非常に警戒して当たらなければならないと、思います。

アメリカでですね。
強調した点の一つなんですけど、まず拉致と言うのは日本人が拉致されているからアメリカ助けてくださいという、そういう問題ではなくて、アメリカに対する現在進行形のテロの脅威でもあるんだと言う事をまず言いました。
具体的にはですね。
これはジェンキンス氏が本の中に書いている事ですけども、どうも北朝鮮は、脱走米兵の4人の人全員拉致された女性と結婚しているんですけども、曽我ひとみさん。
それからレバノンから拉致された女性。
タイのアノーチャさんですね。
ルーマニア人のドナさん。

ジェンキンス氏が言うには、西洋風の顔を持った子供を産ませてあるいは混血の子供を産ませて、それを特に在外米軍基地周辺で工作活動をする工作員に仕立て上げようと養成しようとしたんじゃないかと。
例えば在韓米軍基地の周辺とか良く混血の子供が多いらしいんですけども、そのジェンキンス氏自身もですね。
二人の娘が平壌外国語大学に入れと命令された時に、これは金賢姫が平壌外国語大学にいた時にですね。
ピックアップされて工作員にされたと言う経緯もありますから、ジェンキンス氏はやっぱりと言っていた。

というんで愕然としたと言うわけで、従ってペンタゴンでも言ったんですけども、だから拉致問題の解決と言うのは米軍基地の安全。
ひいてはアメリカの安全と言う面からもですね。
揺るがせに出来ない問題ですけども、これを言った所、フローレス副次官がですね。
首を振りながら、我々が出した世界の拉致被害者と言うリストを見てましたけども、その後すぐ側近を呼んでですね。
リストの中から、このイタリア人のケースについて彼らにちょっと詳しく聞いてくれ。
彼らと言うのは我々ですけども、イタリアは米軍基地があるわけですね。
で実は私(日本に)帰ってから、パソコンを開いてみると、フローレスさんからEメール来てましてね。

私の証言の書いたもの、書いた物は実際横田さんのお母さんからもそうですけども、実際公聴会で喋った物の何倍もあるわけですけども。
私の場合4倍か5倍ありますが、それが議会のサイトにそのまま載ってるんですね。
そのサイトに載った方の・・・・・・・・(聞き取れず)と言いますけど、書かれた証言を関係部局に全部回して置いたからと、いうがメールが来ていましたけど。
それで従ってこれでアメリカにとっても米軍にとっても異常な問題なんだと言う事がですね。
メッセージとして伝わっただろうと思いますし、それからですね。
金正日がまず76年くらいに外国人を本格的に工作員教育をさせると言うんで、77年78年にまず大々的に拉致が行われましたけど、その時分にアメリカ人が拉致されている可能性だって十分にあるという事を言ってきました。

これを言うとですね。
北もまさかアメリカにはよう手を出さんだろうと、という顔をする人もいるんですけども、77年から78年と言うと、ジミー・カーター政権の時ですよね。
カーターと言うのは先制降伏を信条としているのか?と言われる位ですね、弱い大統領。
カーターの時にもちろんご承知の通り、イランのアメリカ大使館が選挙されて大使館員が人質になった。
79年ですけども、その大使館と言うのは外国領土扱いですから、そこを占拠されて大使館員が人質になっても手をこまねいているような大統領ですから、これは北から見ればですね。
あんなアメリカ人拉致したって大丈夫と。
従ってアメリカの場合は79年80年当たりも結構危ないと思うんですけど、実際リュックサックひとつ担いで中東あたりで行方不明になったアメリカの若い人結構いますけども。

今まではですね。
中東のテロ勢力にやられたんだろうと、言うくらいに皆思っているわけですけども、そのうち何人かが北朝鮮に連れて行かれたと、言うような可能性だって十分あるわけですね。
だからとにかくまず、1977年78年に行方不明になった、特に20歳前後の人のケースについて北朝鮮との関りと言う観点からもう一辺徹底的に洗い直しましょうと言うことですね。
呼びかけました。
その議会のサイトは一応世界中からアクセスがあるということなので、アメリカのみならず各国で洗い直してもらえば、アメリカ議会とかですね。
アメリカのCIA、DIA、この辺りが本格的に調査すればですね。
その過程でまた新たに日本人拉致被害者に関する情報も出てくるかもしれませんし。

そして今日本政府としては拉致問題に関する国際世論を高めるというのを一つの外交方針にしていますけど。
そのために次の7月のサンクトペテルブルクサミットで取り上げるとか、あるいは英語のパンフレットをたくさん配るとか。
それも重要でしょうが、それよりも迂遠なようであっても調査をして77年に行方不明になったキャサリン何とかと言う女の子が実は北朝鮮に拉致されたんだと。
1件明らかになればアメリカの世論が沸騰するわけですから、従ってそういう戦略的にですね。
情報収集戦略と言うのを日本が各国に呼びかけてやるべきだと思います。
それが国際世論を盛り上げる機運ですね。
もっとも効果的なのではないか?と、そのあたりの事もアメリカで言ってきた所ですけども。

公聴会に関して最後に一言付け加えると、マスメディアの関心は全部お母さんに集まってましたから、私は全然緊張しなくて(笑い声)、いるのかいないのか分からないというそれ位のあれで。
お母さんの証言の方はまさに顔面にストレートパンチをかませたような、もの凄いインパクトがあったと思いますけど、私のはボディブローをかましてですね。
北朝鮮の専門家とかあるいはさっきも言ったペンタゴンの分析をやってる人間もかなり、私の書いた物を丹念に読んでくれているみたいなんでね。
ボディブローが効いてくれれば良いと思うんですが、最後に日本政府がですね。
この機会にどんどんアクションを起さなければいけない。
それは二つに絞られると思うんですけど、一つは経済制裁をどんどん強めていくと。
もう一つは戦略的にですね。
情報収集を各国に呼びかけていくと、これを是非やってもらいたいと思います。
以上です。(拍手)

2006年05月23日

06.5.18 横田拓也さん 東京連続集会(8)友愛会館にて

『横田拓也 家族会事務局次長 訪米報告』

Img_3039.jpg

Img_3041.jpg



みなさま、こんばんは。横田拓也でございます。一番近い日程で、訪韓で、哲也が行ったんで、私哲也じゃないかという話じゃないかという方がいるかもしれませんが、アメリカに行った方の人なんで、お間違えないようお願いします。(会場笑い)

さきほど、多くの方が話しているので、重複するところはカットしてお話ししたいと思います。

日本時間で、24日〜30日の行程で訪米団を組みましてアメリカに行って参りました。
家族会、救う会、議連の先生方、内閣府、外務省そして在米の日本大使館の方、本当に政府一丸、国一丸となって今回は、訪米をすることができて、その姿勢や意気込みが伝わる形で多くの方々とお会いすることができたということでございまして、私達が気持的にも、肉体的にも倒れることがなく訪米を終えることができたのは、皆様方の心からお支えがあってですね、無事に帰国をすることができて、それも訪韓に結びついたと私達は理解をしております。

母の方から、初日にステーブ・チャボット下院議員の方とお会いしまして、いつもどおり−−私達も何度もお会いしている方なんですが−−この拉致問題の深刻的状況、何も解決されていないんだというお話を申し上げて、その方は公聴会にも後日出られる方なんですが、事前にお話を申し上げたわけでございます。

報道でみなさんがご存じないこと等のほうが、みなさんが興味があると思うので、その点をお話ししようと思うんですが。
実はチャボット議員の部屋の中で、姉が、北朝鮮から提示された、哀しそうな顔をした、大きな写真と、私達が幼少の頃の−−父が写真を撮って、4人で手をつないで山口だと思うんですが、歩いている写真、ご記憶あると思うんですが、あの写真を私達が見せたときに、チャボット議員が『あなたはどっちの弟なんだ』と聞かれて、正直私わからなくて、『わかりません』という話を申し上げて、(会場笑い)母が『こちらが拓也です』と、助けの一言を入れてくれたおかげでですね、委員も『なるほど』ということで、なんなくその場は収まったと言うことでございます。

そのあとも、会見が終わった後、部屋の廊下でですね、本当に多くのカメラ・報道の方がいらしゃって、実にご関心が高いと言うことが彼らをもってわかりましたし、議員は、私達の心を、本当に全部受け止めてくださって、『拉致問題、絶対許さないんだ、アメリカとしても、これからも、追求していくんだ』と私達に声をかけてくださったことは、とても大きな成果だったというふうに思っています。

そして、翌日には、国防総省とか国家安全保障会議に行くわけですが、先ほど母が若干ちょっとニュアンスが違うようないい方をしていたんですが、始めからイングランド副長官がお迎えになると言うことではなくてですね、当初はローレンス国防副次官と、ヒル部長という方がですね、私達が事前に知らされていたお会いする予定の方だったわけなんです。そこで、国防総省のビル、正面玄関に行ったときに、すでに、国防副次官が、ご本人が直接私達をお迎えになってくださっている状況でありまして、国防総省、テロの後の時で、とてもセキュリティが厳しいわけなんですが、ノーパスノーチェク、で、私達が部屋の中に入ることができて、こう話しているときに、後からイングランド副長官が、私達の部屋には行ってくださって、先ほどの飯塚副代表がおっしゃっていたように、まぁ、ちょっとサプライズ的なお話をされて、とても、国防というとなかなか厳しい顔をされた方なのかなという感じがあるんですが、母によると『母の父に似ている』、何かそんな風な話もしていましたけれど(会場笑い)、そういうすごく身近なものを感じたと母は当日言っていましたが、とても優しい顔で、目が本当に柔和な方で、私は『この方が本当に副長官なのかな』とというくらいの優しい顔つきの方でありました。

そして最後には記念写真とか、先ほど公聴会にお届けくださった写真をですね、わざわざ私達に届けてくださって、おそらく公聴会前に、『がんばれよ』と、勇気を付けてくださったんだと思いまして、一言一言違うメッセージというものは何も声は聞こえないんですが、本当に私達の心に響く大きなメッセージであったというふうに思います。

国家安全保障会議に行ったときもですね、実は、去年の10月に、半年前に増元さんと私と島田副会長とですねアメリカに行く際にですね、当時の上級アジア部長、マイケル・グリーンさんにお会いしたわけなんですが、今その方、おやめになって、今後任でワイルダーさんという方が上級部長を務めていらっしゃいまして、その下にアジア部長のビクター・チャーさんという人がいらっしゃいます。

私達は、本来そのお二人に会うという予定で行ったわけなんですが、行ってみると、『レコビッツ人権特使もいますよ』ですとか、クラウチ国家完全保障会議の次席補佐官もお部屋に来てくださっていてですね、とても心強いというか、予定外で、しかも、それより上位、高位の方が、いつも私達のお会いする機会に同席してくださると言うことで、本当に今回の訪米というものは、私達のこの気持ち、ムーブメントみたいなものにですね、本当に同調・同感される形で、この問題、何とか解決しようじゃないかという気持ちが響いていたというような形です。

クラウチさんが私達に言って行ってくれた言葉の中で、後ほど、西岡先生とか島田先生のほうが、若干の捕捉をしてくださると思うのですが、アメリカというのは、ご存じの通り、核問題、安全保障の問題で北朝鮮と対峙して、そして六カ国協議でこの問題を真剣に討議するわけなんですが、その時に、『あれは六者協議は六者協議の問題なんだと、あともしくは犯罪行為・××兵器・・たとえば麻薬の問題とか、人身売買の問題とか、偽ドルの問題、こういったものは、・・・許せない問題であって、安全保障の問題、核の問題を叩くときに、私達の人権の問題、拉致の問題を譲らない、ここはは原則として譲らないと言うことを、あなた方に約束する』と、私達に<約束する>という言葉を使ってくださって、アメリカの真剣な強い気持ちというのがですね、私達にに伝わったとても良い機会、これはご本人個人の言葉ではなくて、おそらく大統領の言葉でもあったでしょうし、国の考え方だったと思うので、その時はまだ大統領と本当に会えるかどうかと言うのは定かではなかった時期だったのですが、とてもアメリカの意気込み、本気度合いというのが、私達に響いたわけでございます。

翌日は27日の公聴会、これが、事前に私達が公式的に伝えられていた一番のメインの行事であった訳なんですが、母と島田先生がお話しする機会と言うことで、個人的には母と今回、同じ部屋に一週間宿泊をしました。やはり父が今回体調が崩れることを懸念して、父は日本にいて哲也が体調のケアをして、私が一緒に行くことで一番近くにいて何とかが起こらないようにと言うことで、一緒の部屋で同行同席したわけなんですが、まぁ、その母がこうは見えても、なかなか緊張し〜でして『公聴会、明日本当のどうしよう』いうことで、もう本当に。うろうろはしていないんですが、たぶん気持ちはうろうろ、うろうろしていているような感じで緊張している訳なんですね。で、『どうしよう、とどうしよう』と言うんですが、一番この中でも本番には強いと言うことで(笑い)、皆様もご覧になったとおり、きっちり伝えることができて、(拍手)

委員長が二人いるんですが、スミス委員長が公聴会が終わった後にある記者のインタビューに答えたところによると、『二十数年間の議員生活の中で、一番感動した公聴会の証言だった。』ということもお話しされているとおり、とても日本国民のみなさんも報道を見てご覧になって感じていらっしゃるように、アメリカの方にも、多くの方がこの事実と人の大切なものを理解をすることができた良い機会であったし、それが世界に発信できたし、それが記録に残ったということは、おおきな意味があったわけです。

その時点ですでに、アメリカで私達に同行してくださった記者の方は、『もう大統領と会うんでしょう』と『裏とれてるんでしょう』と全員質問でくるんですけれども、私達はそうはいってもなかなかわからないですし、前日のイングランド副長官が、直接的言葉もなくはなかったような気もするんですが、『アメリカの最高の関心を持っていますよ』といういい方をなさっていたので、大統領はお忙しい立場の方なので、本当に会えないかもしれませんから、あまりぬか喜びしている立場でも私達はありませんし、そんな人間ではありませんから、会えないかもしれないという前提で、『そんなことは知りませんよ、聞いてません』ということで報道記者の方にはお伝えしていたんですが、ただまぁ、前日の27日夕方、5時50分ぐらいだったと思うんですが、日本大使館の方から、電話をホテルの部屋に頂きまして『決まりました』ということが正式に入って、そうすると、公聴会がやっと終わって肩の荷が下りた、力が抜けた母にですね、第二波の緊張の波がきまして、『どうしよう、どうしよう』ということで、公聴会前のうろうろぶりが更にはやくなってうろうろしているかたちでですね、緊張しまくっていたということが、当日の部屋の中の状況でした。

まぁ、母は先ほど言ったように本番に強いと言うこともあったんですが、私自身もたまたま、今回あの部屋に一緒にしてもらったのは、母と私と言うことだったんですが、緊張しなかった大きな理由というのは、それは、家族会で今回一緒に行った方々、今日お見えになった方もいますけれど、今回ご一緒できなかった有本さんとか、もしくはこれなかった家族会の方々、特定失踪者の方々、いろんな人々の全ての期待を背負っている、その自信と自負があるので、自分が完全に自分自身でない、超越しているような気分になってもう緊張しない(会社にいる方が緊張してるかもしれませんが、これは冗談ですけれども)それくらい普通の気持ちで会うことができたし、あとやっぱりみなさん方に支えられていて、きっとこれをテレビなり、あとでカメラなりでお知りになるだろうということが、本当に勇気を後ろから支えられて押されていると言う気持ちがあって、まぁ母はたぶん当日緊張しなかったと思うんですけれども、とてもフランクな気持ち、状態で、大統領にお会いすることができたと思っています。

当日は実は、私達の家族会と、ハンミちゃんたちと、さきほど西岡先生がお話しされてたキムソンミンさんが大統領執務室の中にご一緒させてもらったんですが、その私達が入る前にアゼルバイジャン大統領がいたわけです。私達が控え室で待っていると、あちらのアメリカのエネルギー庁長官がですね、いらっしゃったり、加藤良三大使が、『緊張しないで楽しむような気持ちでいなさい』とか言って私達にリラックスの言葉を投げかけてくださるような配慮をしてくださり、それでやっとスタッフの女性の方が『今日はビジーですが、順番ですからどうぞ』と言う形で通してくださって、そう言う状況から、母が冒頭、最初に『お忙しい中お時間を割いていただきありがとうございます。』というお礼のを申し上げたところですね、先ほど飯塚副代表がお話ししましたように、『人の尊厳とか、自由とか、そういうものを話せないほど、自分は忙しくないんだ』という言葉を言ってくださったときに、私はこの辛い活動の中で一番嬉しかったし、これほど人間的な瞬間はなかったと思います。

これは、ホワイトハウスのホームページで私達が会った時の写真が今でも掲載されていると思うんですが、会った瞬間の握手を母がしている写真ですけれども、あの時も、8年前、10年前、署名活動、ビラを配っているときに、これは誰が悪いと言うことより、事実として申し上げると、どなたもご関心がなかった、振り向いてくださらなかったあの頃と比較した時に、大統領執務室で私達が、握手ができているということの大きな違いの感動と、大統領とお会いしたときに、『そんな時間はないほど、自分は忙しくないんだ』ということを私達に配慮、もしかしたらあれは本当の気持ちだったと思うんですが、言葉として投げかけてくださったことはとても嬉しかったし、本当にこれは大きなメッセージになったし、北朝鮮が早く悔い改めてほしいなということを思いました。(拍手)

今回母と一緒に部屋にいた時にですね、確かに行く前から体調はすぐれていなくて、周りからも私達家族からも、『今回見送った方がいいんではないか』と言う声もあったんですが、シーファー大使の感触ですとか、今回の訪米が大きく前進できた成果というのは、実はみなさんご存じのように安倍官房長官の、本当に心強い、力強いお支えがあったためで、それが事前に私達も何となく聞こえていたので、それでまぁ母に無理を言って一緒に行った訳なんですね。

部屋にいるとですね、今回右肩が痛いということで、体中がこわばって、さきほど言ったように二回も緊張があったわけですが、本当に母は私達の前でも弱音を吐くことはないんですが、寝返りを打つときの、本人は寝ているんでしょうけれど、寝ながら『痛い痛い』と言いながら寝返りをうっていましたから、本当に家族会の立場では来てほしかったけれども、個人の家族、息子としては、『本当になんでこんなところに連れてきてしまったんだろうな』という辛い気持ちも重なりながら早く両親他、そしてここにいる家族、特定失踪者の家族も含めて、そして一番苦しんでいるのは被害者本人達が、みんなが、早く楽しく、楽になって、笑いあってみんなに報告できる機会が来ればいいなということを、横にベットにいる母を見ながら思ったと言うのが実際でございます。

今回の大統領にお会いすることができたというのは、本当に皆様方のお力添えの、継続的なお力添えの賜、結果だと思ってまして、これをもっと大きなムーブメントに変えていかなければいけないですし、・・・に結びつけて、本当に国際的な輪を主張していかなければ行けないと思っています。

アメリカの多くの方々が言っていたのは、『人権というものは、とても力強いものであり、普遍的なものである』というのはその通りでございまして、この点は韓国がですね、今・・なっているかというと、みなさんもご存じでしょうが、拉致されている被害者の規模から考えても、人間として何をしなければならないのかというのを自分たち一人一人が国境、国民、政治、イデオロギーを超えてですね、親から教えられたことを、自分たちが、何をしなければいけないのかということを彼らも考えて実行して行かなくていけないし、今回私達が大統領とお会いしたときに加藤良三大使が政府を代表する形で、私達をエスコートしてくださったわけですけれど、韓国側には大使も公使もだれもいなかったということは、何を意味しているのかということをですね、もう少し、日本国民の皆様方も、韓国国民の皆様方も、世界国民の世論の皆様方も、注視していく必要があるのではないかなと言う風に思います。

今のがだいたいの行程なんですが、その行程の中で26日だったと思うんですが、実は加藤良三大使の大使公邸で夕食会の機会がございまして、その夕食会の前にレセプションというのがあって、大使公邸に行く前に国家安全保障会議で、先ほどのワイルダー上級部長とかビクター・チャー部長とか、実はレセプションにいらっしゃったんですね。私達はそんな方がまさかいらっしゃるとは思わないので、『どうもどうもありがとうございます』なんて言っていたら、何処かで見たような方がいらっしゃったので日本人の方かな、どなたかなと思っていたら先ほどあった偉い人が歩るかれているんですね。

びっくりして『先ほどありがとうございました』なんて言っていましたら、もっと驚いたのは、後ろ姿でどっかでみたなと思っていたら、だれかなと思っていたら、六者協議のクリストファー・ヒルさんがいてですね、かなり背が高い方なんですが、その方がいて、『六者協議どうですか』など通訳を介して話していたんですが、その時にヒルさんがいうには、この前民間で六者協議みたいなものが日本で開催されて金桂寛と会わずに帰ってしまったということ、ニュースでご記憶新しいと思うんですけれども、あのこと聞いてみたんですね。まぁ、ヒルさんが言うには、『金桂寛は私と写真を撮ることには興味があったようではあるけれども、私はそう言うことはいやなんで帰りました』と言ってまして、完全に北朝鮮側の意向というか、だましの手口というのを見切っている、見透かしているというのが本人から聞いた非公式な場でのことばでして、これはアメリカの心強いものというのをいろんな行間行間で私達に教えてくださったものは大きかったなというふうに思っています。

たぶん、ここにも一部あるんですが、母とクリストファー・ヒルさんが写っている写真というのは、後ほど救う会のほうから、ホームページなり、皆様方に配信されるのかもしれませんが、とても大きな前進ではあったんですが、さきほど増元事務局長がおっしゃったとおり、大統領に会えたことは大きな成果ですが、短期的なことだと思うんです。やはり会えても一人として被害者は帰って来ていないと言う部分では北朝鮮側の不誠実な態度というのは、そのままであるし、全然前進していない。未解決であり、彼らの言うような解決済みと言うような次元では全くないということです。
ですから、大統領にお会いしたことがイベント的でよかったねと言うことで−−<浮かれている>と言葉は使ってはいけないかもしれませんが−−私達誤解してはいけないのは、浮かれている場合ではなくて、これをもっと違うムーブメントに変えて、北朝鮮に対してこの拉致問題を解決するための矢を向けていく必要があると私は思いまして、引き続き皆様のご支援をお願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

06.5.18 増元照明さん 東京連続集会(7)友愛会館にて

『増元照明 家族会事務局長 訪米報告』

Img_3033.jpg



私は22日から一応訪米しました。
それはなぜかと言うと、実は昨年の7月のフリーダムハウス主催の北朝鮮人権会議がワシントンで開かれて、そのときにお出でいただいた浅野さんと言う方が大沢昭一さんの孝司さんの従兄弟に当たる方ですが、ワシントン在住でもちろん前々から拉致問題には非常に関心があったし、今日の・・・・・・(聞き取れず)という思いがありましたけども。
とにかくワシントンの、拉致被害者家族がワシントンに来た時もサポートする組織を作りたいと、その思いで昨年の秋に作り上げたと報告していました。

昨年の秋にもホワイトハウスの前で集会はやったんですけども、まだ本当に小さい組織でこれから広げていかなければならない。
広げるまでには私は解決すると思っているんですが、でもそういった方たちがアメリカにいるというのは非常に心強いですし、その方たちが今回の朝鮮自由週間と言う、これはさっきご存知のスザンヌ・ショルティーさんと言う北朝鮮自由連合と言う組織の理事長ですが、この方たちの、ノースコリア・フリーダム・ウイークという、一環として最初の22日に日本人、それから韓国系アメリカ人、脱北者 そこで集会をすると言う事でしたので、行かして頂きました。

そこには大沢昭一さんと奥さんと、それから森本美沙さん。
これは山本美保さんの双子の妹さんですが、も、お出でになって訴えらておりました。
市川健一さんもそこにいて、健一さんには修一さんへの思いを読んで頂きましたが、何分にもホワイトハウス前の芝生でやっている小さな集会ですから、日本のメディアがだいぶ来ていただいてはいたんですが。
まだまだこれから大きな集会になるにはちょっと厳しいかなと言う思いもしておりました。
でもそういう集会から少しずつでも広がっていければ良いと思っております。

更に「アブダクション」という映画が22日、それから23日の昼にボストンで行われるという事を聞きまして、そこに私達も行った方が良いだろうということで22日の集会を終えたその足で、30年ぶりにボストンへ行って。
でも余り変わってなかった気がするんですけどね。
良い町です。
そこに行きまして、それで2回ありまして2回とも200人強ですか。
合計500人くらいの人たちが集まってくれました。
3割くらいは日本人、日系の人がいたんですが、アメリカの人たちも結構観てくれています。
あちこちのそういう映画祭で上映されていますので、延べ2000人以上は見てくれています。

更に29日にはカナダのトロントで850人くらい収容できる映画館でやったと言いましたので、そのときソールドアウトしていたと聞きましたので、カナダでもそういう一般の方たちへ拉致と言う訴えが広まって行けば、きっと大きな力になるとは思っておりますけども。
そういった事も含めて、感謝していきたいと思っておりますけども。
残念ながら、このアブダクションは今年中に日本で公開されると言う事は、ちょっと難しいのではないかと思っています。
今度来月なんですけど、限定で今度関係者を集めて上映会を開きたいと言う意向があるようですけども、一般公開するにはまだ多少乗り越えなければならない壁があるようです。

そして24日にワシントンに帰ってきて、長旅の皆さんと合流しました。
アメリカの飛行機と言うのはすぐ遅れる。
ユナイテッド、ボストン8時で9時45分につけば十分間に合うと思ったんですが、それが何か天候のせいなのか8時の奴がすでに3時間遅れていて、それじゃ間に合わないと思って。
朝早く起きたもんですから、飛込みで7時の奴だったら定時で飛ぶからと言って7時から一応乗ったんです。
どうにか間に合って乗ったんです。
でも飛行機の中で2時間くらい待たされまして、何故待たされるのか全然良く分からない。
天候のせいだと言うふうには言ってるんですけど、でもそういうのしょっちゅうですから、アメリカは。
1時間2時間遅れは当たり前ですので、もし時間通り行きたいのだったら列車をつかってください。
でもだいぶ時間がかかりますけども。

どうにか一緒の時間には着いて合流が出来ました。
日本から先ほど言ったように、あの時は政務官二人まだお出でになっていませんでしたけど、外務省それから調整室それから・・・と我々とそして合流させて頂きました。
今回日本大使館の皆さんも早紀江さんの体調を一番目においていましたので、私たち結構アメリカに行ったときはハードスケジュールだったんですけど、2003年は本当にハードスケジュールでした。
けれども私たち行く度に多少スケジュールを入れて頂いてこなしてはいたんですが、今回はもう体調がまず第一だと。
公聴会までとにかく体調を考えて緩やかなスケジュールにしようのがあって、だいぶ考えて頂きましたけど、それでも先ほど言った国防総省、今回は国務省には行きませんでしたね。
NSC(国家安全保障会議)そして公聴会、最後には大統領というメインイベントが、今までに無い重い、これがあったんですが。

それはそれで大統領に会えたのは最終目標と言うか、今回の最終目標は大統領に会うために早紀江さんに無理をして頂いたという事もありますので、それが実現出来て非常に良かったと思っています。
多分大統領にお会い出来ると言うのは先ほど副代表が仰ったようにシーファーさんが半分以上は確信していたんですが、実は昨年の11月に拓也君と私と島田先生がアメリカに行ったときに、当時のNSCの代表のマイケル・グリーンという上級部長に、もう辞められたようですが、その方にもそういう打診はしたんです。
是非大統領にお会い出来る機会は無いだろうか?と言う事は言っておりました。

そのときに大統領の訪日前で、もし日本に来られる時だったらという事だったんですが、結局実現しなかったですね。
でもおそらくシーファー大使が今年の3月、横田めぐみさんの拉致現場に行ったという事は、向こうのアメリカ政府、ブッシュの意向も多少あったのかな?と私は思っているんです。
で、シーファー大使と会って4月の公聴会が行われる時に会う段取りが出来たからと私は思っています。
確信して会えるだろうと思って確信して行ったんですが。
それでもいろいろな安倍さんやそれから平沼さんたちも外務省も、それから日本大使館も皆さんが一緒になってアメリカ政府に掛け合って最後の最後まで秘密にしながら実現できたというのが現実です。

で、公聴会です。
公聴会、これは27日、下院国際関係委員会アジア太平洋小委員会というのがあります。
これはジム・リーチと言うちょっと白髪の声の小さい方なんです。
写真が前もってたんですけど今はちょっと手持ちが無いんでこの委員会の委員長が
もうひとつ国際人権小委員会と言うのがありまして、これはスミスさんと言う委員長なんですが、格からするとジム・リーチさんの方が上なんですが、この二つの委員会、人権とそれからアジア太平洋の中の問題をやるというので、この二つの委員会が共催でやられたようです。
委員長が二人いらっしゃるんですね。

「北朝鮮:人権最新状況と国際拉致」公聴会と言う名前が付いていたようで、早紀江さんの最初の証言の原稿はこれだけの内容だったんです。(原稿の書かれた紙を掲げる)
これをちょっと読み合わせしたら5分では読み切れない。
とても5分では読みきれないということで、この早紀江さんの口調と言うのがあるじゃないですか?
ゆったりと相手に説得するような。
それを早口で言っても何にもならないので、縮めようと言う事でこの半分くらいの量になったんです。
それをまた、これが最終稿。(別の原稿が書かれた紙を掲げる)
これくらいにまとめて5分くらいでまとめてやったのが、寝ないでやった西岡さんとさっき言ったスザンヌさんと、当然拓也君も一緒にやるし、英語の事ですから当然島田先生も。
島田先生酒飲んでましたか?いましたか?(島田氏より「いませんでしたね」の声、会場内小さな笑い声)

島田先生、なにか公聴会前で緊張して自分の義務でということを私に仰っていましたが、私はそれを余り信じていないです。
島田先生酒飲んで・・・(聞き取れず)良いと思ってたんです。(笑い声)
で、本当に西岡さん、大変だったと思います。
いろいろな準備で、特に大統領の面会もそうですが、公聴会も訴えをどうしようかと非常に苦労されたと思います。
通訳のスザンナさんにもお願いしたり、それから山本君にもお願いしたりして、いろいろとその調整もやられたようですね。
皆さんもテレビで御覧になっているように、早紀江さんの口調と言うか訴えるように、私たちは後ろから見ていたんですが、正面を後で見るとやはり写真で見ていても、あれだけで訴える。
言葉が通じなくても訴えられました。

この小委員会に出てきた女性の名前を私ちょっと忘れましたけどその方も泣いておられました。
その女性の方が公聴会で一番最初に話をしたレフコウィッツに対して、「あなた今何をやっているのか?」って、凄い詰問口調なんですよ。
「今この拉致問題にしてどれ位動いている?実働どれくらいなの?一週間どれくらい動いているの?」
殆どたじたじでレフコウィッツが、そして「日本に言った事があるんですか?中国に行ったことがあるんですか?」とまで言って、結局日本にも中国にも来てないのでこいつは、答えられなかったと私は記憶しています。
それ程厳しく追及する女性議員が、早紀江さんの言葉に目頭を熱く涙をされるわけですよね。
それだけ凄い、私たち傍で聞いていてもやはり感動する場面でした。
まずこれがあってやはり世界に訴えられたのではないか?と思っています。

私は28日に帰って来たので、ブッシュ大統領との面会直前に私は・・・(聞き取れず)ものですから。
ただ朝方だいぶ緊張されていたようですが、拓也くんが話してくれると思います。
28日に私はそのまま帰って来ました。
帰って来る時かなぁ?帰って来る時、日本政府の安倍官房長官とそれから小泉総理の談話が載っておりましてね。

これを聞いて安倍長官は、こう仰ってるんですね。
「10年が経過したけれどもいまだに救出する事が出来ないということは、大変私にも重く響いたわけでありまして、我々もしっかりとこれを私たちの責任としてこの問題の解決をしていかないとならないと。
めぐみさんたちをしっかりと取り戻す為、最善の努力をしていきたいと改めて思いました」
っていうのが官房長官のお話です。
28日金曜日10時7分から25分の間。

そして18日午後6時29分から5分間、ぶら下がりインタビューで、
「これはブッシュ大統領が会ってくれれば、米国が拉致問題に重要な関心を寄せているという現れですからね。
世界的な関心ごとになりますね。
拉致と言うのは許す事の出来ない人権侵害であり、これは日本も米国と協力し、そして世界も関心を持って欲しいと。
今後北朝鮮に対して、やはり誠意ある対応を示さなければいかんなぁという、そういう圧力になってくると思いますね。
それを期待しています」
これが小泉さんの言葉です。

非常にガッカリしたというか他人事みたいで残念なんですが、早紀江さんに無理をしていただいてアメリカに行って頂くのも、日本政府にもっとしっかりやって頂かなければならない。
特に小泉さんブッシュに会えばいいはずなのに、そういう思いはあるんですが、もっと当事国の総理としてもっとコメントのしようがあるだろうと私は思うんですけど。
これが非常にガッカリしまして、ちょっと疲れがどっと出てしまいました。
これが私のアメリカの訪米報告です。(拍手)

2006年05月22日

06.5.18 飯塚繁雄さん 東京連続集会18(6)友愛会館にて

『飯塚繁雄 家族会副代表 訪米報告』

Img_3029.jpg



今の横田早紀江さんの方からおおよそ話がありましたけども、25日〜29日まで、家族会としては横田早紀江さん、私と増元事務局長それから横田拓也事務局次長、この5人で、もう一人市川(健一)さんですね。
この5人で、救う会の方は西岡先生と島田先生が同行して頂いた。
そのほかに政府から山谷(えり子)政務官とか山中(○子、○=火へんに華)政務官、外務省の関係で調整室の方が一緒に同行されて行きました。
それから議連の方でも古屋(圭司)事務局長ですね。
民主党の渡辺周参議員、この方がいろいろな集会あるいは会談に同行して頂きました。

細かく話すと長くなりますから感想ですけども、やはりアメリカへ行くと先ほど増元さんがホッとすると言いましたけど、本当に人権の話と言うのはどこでも受け入れられる。
まずその人権と言う事がきちっと守られなければ他の事は出来ないと。
この話も早紀江さんがブッシュ大統領と会った時の名言として「私はこの人間を尊重する、人権を守るという事を考える時間が無いほど忙しくない」と。
言うような名言をしていただいて、まずもってこの話と言うのは全てに通じると、全てに優先すると。
そういう意識が非常に一連の日程の中で感じられました。

もう一つ名言としてはですね。
これは新聞にも出てましたけどね。
「最近に無い心を動かされた感動の一日だった、会談だった」と。
この二つを私は非常に心に感じて、果たして我が国と比較してですね。
そういう事を思うわけですけども。
いずれにしてもそういう事では、私たち家族会は行く度にですね。
物凄い高官の人が出て来てくれると。
今回、最高の人が出て来てくれたんですけど、行く前にはもしかしたら会えるかも知れないと言う半信半疑で、もちろん期待を持って行ったんですけど。
各方面から、もちろん安倍官房長官含めて各方面からの願い・申請によってこれが実現されたと。

特に日本も駐日大使、あ、ごめんなさい、シーファー大使ですね。
この方がブッシュ大統領とだいぶ仲が良いらしくて、「おい、お前」と言う仲みたいなんですね。
新潟にも行ってくれましたし、その実態も確認して家族会が行ったら会ってくれという事になったようです。
この話も実はですね。
先ほどのペンタゴンに行った時のイングランド副長官が、私たちとの会談の時にもらしちゃったんですね、ちょっろとね。
私たちは悲鳴上げて喜んだわけですけども、「あ、ちょっとそれは待ってくれ」と。
「どう変わるか分からないから」と申しましたけど、全く自信のある言い方で話してましたけど。
そうしてこの最高のブッシュさんに会えたわけですけども。

これは、この事自体は物凄い世界的にインパクトを与えたんではないかと。
もちろん北朝鮮に対しては相当なインパクト、政治的なメッセージを与えたと思うんですけど。
これは世界で一番のトップの大統領と言う位置付けもありますから、当然世界的にもこの問題をきちっと取り上げていく機運と言いますかね。
これを得られたんではないかと、言うふうに感じます。

問題はですね。
これはニュースでぱ〜っと流れてさっと抜けたと言う感じもあるんですけど、先ほどの韓国の報告にあったようにこういった我々の活動、皆さんが今日来ていただいた我々の活動の成果といいますか、活動の過程の中の成果。
これをただ喜んでいるわけではありません。
当然ながらこれを上手く引き継いで、それぞれの政府がこの問題をどうやって解決していくんだと言う具体的な動きがなければ意味が無いんですから。
私たちはそれを相当期待しているわけです。
日本政府も韓国と協力してこの問題に対応していくんだという話もありますけども、中々具体的には話が出てこないのが非常に残念だし今の状況です。

我々としてはこういった物を少しでも国民、日本国、あるいは韓国、あるいは世界の人間にですね。
訴え続けて、この問題と言うのは世界的に広がっている。
こんな問題が今あってはならないという事を今後も訴えながら、少しずつでも解決の糸口が見つかるように頑張っていきたいと思います。

このほかにアメリカの活動の中で、例えばワシントンに在住する在米商工会と言うのがありまして、日本企業の社長さんがたが集まる組織があるんですけども、約100名くらい来て頂きまして、私たちの訴えを聞いて頂きまして、非常に感動したと。
で、我々もアメリカの中で何か役立つ事をやりたいとそういったお答えを頂きましたけど、非常に関心を持っております。
「日本ではどうなんですか?」と言う質問もありましたけど、もちろん今のこの世論の盛り上がりと言うのを説明をしていきました。

それとあと丁度、早紀江さんがブッシュ大統領に会っている時間帯に、国会議事堂の前で野外集会と言う事でスザンヌ・ショルティーさんが仕切っている団体、あるいはその活動、行事なんですけども。
私と島田先生と訴えて参りました。
これもですね、韓国系の人が多いんですけども、人権問題と言うのは最重要だと。
拉致とかそういう問題については非常に怒っていると、言うような雰囲気の大会なんですけども。

私も一言喋りましたけど、傍で通訳してくれる人がですね。
山本君って言うんですけども、私の事も知ってますし家族会の事も知ってますし、これまでの状況も知ってます。
そういう中で私の言葉を感情的にプラスアルファしてですね。
物凄い迫力で言ってくれるんですね。
私も傍で聞いていてビックリしましたんですけども、非常にそういう意味では日本から家族が来て、直にこういうところで日本語で訴えていると。
言う姿は皆さんの心に残ったかなと、言う思いです。

通訳の話でもう一つ、早紀江さんのですね。
公聴会で訴えたときにやはりその凄く綺麗な英語で、それから感情を凄く込めて、早紀江さんの気持ちを十分汲み取った通訳って言うんですかね。
私全部分かりませんけど、そういうふうな意気込みを感じてました。

一方韓国の方の証言、公聴会の参加者はですね。
時間も守らないでだらだらだらだらと言ってましてですね。
折角日本の人たちが頑張ってこういう場面を作ったのに、それに乗っかったと言う感じが私もしないでも無いんですけども、時間も守らずですね。
通訳もただ直訳するだけで、あんまり迫力がなかったと言う感じもいたしました。
ちょっとすみません、長くなっちゃって。
(西岡氏より「大丈夫です、訪米報告メインですから長くして頂いて」の声)

それから余談ですけど、斎木公使、全権公使ですね。
前、外務省におられた。
この人がワシントンに駐在していまして、自宅にですね。
結構大きな家なんですけども、そこへ私たちが朝ごはん、朝飯を招待されまして。
気を利かして納豆と卵と味噌汁と、こういう感じだったですけど非常に美味しかったです。
そういう気がします。

非常に広い家屋でですね。
周りが非常に緑が濃く、非常に空気も良く静かで、逆に斎木さん曰く「一人では怖い」と、言うふうな事を言ってましたけど。
「毎日納豆を食べながら仕事をしてますよ」と言う話もしましたけど。
またああいった拠り所があるとまた非常にいいなと言うふうに感じましたけども。
斎木さんもアメリカにいても、この問題は日本にいるときと同じように、あるいはそれ以上に気を使ってあらゆる面で対応していきたいと。
何か相談事があったら即相談してくれと。
いうような話もありましたので、私たちとしては心強く感じました。
また後、拓也さんの方からも補足があると思いますけども、私の感じは一応以上です。(拍手)

06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(5)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪米報告』

Img_3019.jpg



本当に皆様にご心配をおかけしていましたが、良いように、全てのことが順調に進みまして、思いがけない、ブッシュ大統領ともお会いすることができて、『長男拓也と二人で出てください』ということで、お会いすることができました。
始めの時に、もっと早い日にちに、増元さん達が先に出発していただいて、いろいろと行事に参加してくださいまして、私達は24日にでたんですが、25日にチャボットという下院議員の方に話をすることができました。それから26日、このときは、大使レセプションというので、ほんとうはラムズフェルドさんがいらしていただくはずのところが、、イラクの方にいらしたものですから、あの方とはお逢いできないと思っておりました。そうしたら、副長官のイングランドさんという方がですね、その場にきてくださいまして、ローレンス副次官とか ヒル北米アジア部長さん、(・・名前、ちょっと忘れちゃうんですけれど)沢山の方があってくださいまして私達の話を聴いてくださいました。

その時にイングランドさんという副長官が、私達家族と『写真を写しましょう』と言って、めぐみの、あの哀しい白いブラウス写真と、広島で、私達家族4人の歩いている写真との二枚を、かなり大きなパネルにして持って行っていたんです。それをお見せしましたら、『一緒に写しましょう』ということで、このようにして写していただきまして(その写真を掲げて)、翌日の公聴会の『証言の、その時までにすぐに、家族の人たちにこれを届けてあげなさい』 ということで、その日の朝早くに私達、行った家族に一人一人全部メッセージ違って、こういう風な紙にはいってですね、お届けくださいました。本当に迅速な行為というか、暖かさというものに家族はみな感激しました。本当にありがたいと思いました。
その時に写したものが、ここに何枚か、国防総省で写したものが何枚かありますので、又後から、見ていただけばいいと思います。

そして、27日の公聴会が非常に、初めてのそのような場所なので、心配だったんですけれど、西岡先生、島田先生、スーザンさんという女性の通訳の方とが、本当に細やかに、何度も何度も私の書いたものを、見てくださって、そして、本当に5,6分しか日本語で言えないんですね。通訳の方が5分ということで、だいたい10分ぐらいでピタッと終わらなければいけないと言うことで。ずいぶん長い文章を書いていたんですね。それを本当に何度も何度も先生方が、直してくださいまして、そして、スーザンさんや島田先生がそれを英語に訳してくださいまして、それを書いて書いて、前の晩は一生懸命遅くまで部屋で話を全体が10分以内で、両方がピタッと終わらなければならないと言うことで、
一生懸命、夜遅くまで、西岡先生の部屋で話をピタッと時間内にいけるかどうか、練習をいたしました。何度か読んで、スーザンさんが通訳なさって、すぐにぱっと次ぎにはいれる、スーザンさんが通訳なさって。なかなか重なったちゃったりして、早く言いすぎたりして、いろいろあったんですが、時間は本当に正確にきちっとした部分、大事なところだけを、先生方がきちっと書いていただいて、そして本当にその当日に、安心して眠ることができました。

スーザンさんは、通訳をなさいますので、私の隣に座ってくださるという話になっていたので、安心していたんですね。早く私が話しすぎないように、私が英語で話した後は、『ぱっと、机を叩いてあげるから』って言ってくださったので、『あ、それじゃぁ大丈夫だ』と思ったんですけれど、当日その席に行きますと、『横田早紀江さん、一番端っこです』って言われて、一番始めのところに行ったんですね。その次は、スーザンさんかと思ったら、韓国の方が座られて、島田先生、韓国の方、スーザンさんは一番端っこの方に座ったんですね。『わぁ、どうしよう』と思ったんですけど、まぁだいぶ練習していたので、一生懸命やればいいと思って、一生懸命、話をさせていただきました。
本当にちょうど良いように、一秒ほどおいて、もう大丈夫かと思って、次ぎを話すというように。『本当にちゃんと伝えられていましたよ』と後から言っていただいて、ホントにありがたいと思いました。

その時もですが、ブルーバッジを委員の先生方お二人に『付けてください』って、舞台に上がる前にお願いして『はい、付けます』っておっしゃって、それを付けて座ってくださいましたし、翌日のブッシュさんにお目にかかった時も、私がすぐに『バッジをお付けします』って持っていきましたら『これは自分で付けるのが一番うまくいくんですよ。でも、貴方に刺されると思って言ってるんではありませんよ。』と。(早紀江さんも会場も軽い笑い)すごい面白いことをおっしゃるんだなと思ったんですけれど、さっと、すぐに上手に付けてくださいまして、会談に赴いてくださいました。

加藤良三大使が、ホワイトハウスにわざわざホテルから連れて行ってくださる案内をしてくださいまして、二人を乗せて連れて行ってくださったのですけれど。『今までいろいろな会見が有りますけれども。ブッシュさんは、その人達とカメラで写される記念撮影はしたが記念撮影はなさいますけれど、絶対にメッセージ出す、話すと言うことは今までなかった事で、これは異例ですよ。』って言ってくださったんですね。それでびっくりしたんですけれど。でも、『はい』って言ってホントにどんな人かなと思っていたんですけれど、非情に明るい感じの人で、本当にテレビで見ていると同じ、何かすごく、どうらん化粧ををしているのかな?とおもうぐらいなんか、赤茶っぽい顔でいらしたから、『あ〜、こういう人は、こういうときもお化粧するのかな』とか、変なところまでみながら、・・・(笑い)

本当に『あんまり緊張しないでください』と言ってくださって、何度も。『緊張しないでください。みんなもっと笑ってください』おっしゃってくださって、こちらを安心させてくださって、お話をしてくださいました。

それで、ハンミちゃんという女の子も大きくなって、入ってくると、すぐにブッシュさんはハンミちゃんをすぐに抱き上げて『大きくなったね』と言って抱き上げて、
お話をしましたときも、私は、本当に、さっきも先生がおっしゃたように、国家犯罪としての悪を行っている。そのことが一番基にあって、こういう悲劇が日本だけでなく、韓国、いろんな、二重に家族が苦しんでいる人がいるんだ、って。一番悪の根源がはっきりとしていると言うことを、みーんなが知らなければならないということで、そう言うことでみんなが頑張ってきたんで、みなさんに伝えたくて参りましたけれど、ブッシュさんにも、そのことをすぐにお話ししました。

『本当にもう、悪というものと戦うというのは、もうほんとーに、大変な、考えられないほどの忍耐と辛い思いをしなければならない事ですが、私達全部の人たちを取り戻すために、一生懸命にみなさんに支えられて、今日まで頑張ってきました。』と言いましたら、『本当にその通りだ』ということで、北朝鮮に対してはっきりと、みなさんもお聞きになったと思いますけれど、『本当に世界に信頼される国になりたいんなら、お母さんは、何もいらないんだ。子供を抱きしめたいだけなんだ。だからこの親子を抱き合わせなさい』とはっきりといってくださいました。そして、『本当に国家が何も罪もない国家の意思で、他国の国民を誘拐して他国で暮らさせるなんて、本当にとんでもないことだ。』とはっきりとメッセージの中に入れてお話ししてくれたことが、ちょっとびっくりしたんですが。

本当にその通りで、いろんな問題が、今度のこと、今おっしゃったヨンナムさんとの会見の中でヘギョンちゃんという孫が、両方のにとって孫ということがあります。そのために、昨日お手紙を頂いたんですけども、金英男さんのお姉さんからも、長いお手紙を頂いたんですが、やっぱり、 『ヘギョンちゃんだけでも、私たち両家族だけで一緒に会えたら、どれだけいいのでしょう、それは可能でしょうね?』と、クウェスチョンマークで、書いていらっしゃいます。『誰もこれについて、話をしてくれていません。この願いだけは、叶えられる事を願います。』 これは肉親の情として当たり前で、私達は、ヘギョンちゃんが現れた時に、本当にすぐにでも飛んで行きたいとの思いを持って、葛藤の中で留められたのですが、やはり今その状態の中にいらっしゃるのだなあと思いますが。

本当にこのことが、<対面>ということになって、金英男さんという人がもし出てきたとしても、向こう(北朝鮮)の言葉で、向こう(北朝鮮)の指令の中で、『横田めぐみは本当に死んだんだと、言いなさい。夫である貴方が言いなさい。』そして『子供である貴方が言いなさい』と、ヘギョンちゃんと二人に厳しく言った場合、もうそれは、あそこの国にいる限り、守らなければならない。どんなに哀しくても、その通り平然と言わなければならないような国ですから、そのときには、そう言うことが起きたときに、私たちはそのときには、何も言いようが無く、本当に私達、行き詰ってしまってどうしようもない状態が起きてくる。それはうちの事だけでなく、全部の、ものすごい数の苦しんでいる人が、また、同じような中で行き詰まっていくという、ものすごく大変な問題にそう言うことがあった同じよう中で引き裂かれていく。つながっていく。ものすごい大変な問題がつながっていく。絶対にそんなことは出来ないのですが、今回、お会いしたことで肉親ということの中で、このようなことが北朝鮮からのいろんな指令の中で動いていった時、本当にどの様に対応していったらよいのかなと、本当に最初から心配していましたので、これからも皆さんに考えて頂いたり、救う会のご協力で考えなければならない事だとと思っています。

本当に、ブッシュさんにお会いして、やっぱりこんなような事をしている国があることが、拉致問題だけじゃなくて、麻薬とか、前から言われているようにお金の問題とか・・・とか偽ドルとか、様々なこと・・しまいに核まで今は。それが経済援助することによって、どんどん、どんどん、向こうは生き延びていくわけですから、そのことによって、また、もし核を今やっているとすれば、またそれをお金に使って、軍備というものを、いそしんでいくと言うことが明らかなのですから。それが長引けば長引くほど、どれだけ多くの人が苦しまなくてはならないか。世界的にいろんな不幸なことが、起きてくるんじゃないかと言うことは誰にも明らかなことですから、何とかここはみんなで踏ん張って、日本中で、アメリカ中で、韓国も連れになって、一緒になって、北朝鮮のトップの人に、こんなこと、大変なことをやっているんだと言うことがわかるように、いろいろな形でメッセージを送っていくしかないって、私は思っています。

今回は本当に素晴らしい経験をさせていただきました。
本当に、多くの素晴らしい方にお願いができたこと、そしてだんだん、これが、どうなるかわかりませんけれど、これからもみんなの本気の努力さえあれば、これが結束すれば必ず解決すると私は信じていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

2006年05月21日

支援活動に臨む自分のスタンスを再確認する

本日のエントリーは5月18日付「「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します」というエントリーのコメント欄に頂いた投稿に対する長いレスでございます。
ここだけをいきなり読んでもおそらく理解は出来ませんので、まずは当該エントリーに頂いたコメントをお読みいただき、それから本日のエントリーに目を通してくださるよう、お願い申し上げます。

★「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します
http://piron326.seesaa.net/article/17969059.html
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

★フィンランディアさんへ

ようこそいらっしゃいました。
そして心温まるコメントをありがとうございます。
これだけの思いを文章にまとめるには、相当のお時間を使われたはず。
投稿に至るまでには、あれこれと逡巡もあったはずだろうと推察いたします。
勇気あるご発言を頂きましたこと、心より感謝申し上げます。<(_ _)>

コメント欄を閉鎖したら?というのは、以前にも別のある人から同じアドバイスを頂いた事があります。
そもそもネット上での議論は日本人に向かない、結局バカウヨの温床になるだけだ、とね。
それはそうなのかもしれません。
重箱の隅を突くような、言葉の揚げ足取りをするようなレベルの低い論争には私もホトホト愛想がつきます。
でも、それでも例えばフィンランディアさんのように、こちらの主張の趣旨をきちんと読んで応援してくださる方もいる。

ネットでは匿名ゆえに、人間の心の内に潜む汚い部分がストッパーもなしにひょいと表に出やすいのだと思います。
現実社会でも論争はありますが、ネット上で散見するような激しい罵倒合戦にまで発展する事はごく稀です。
あそこまで敵意むき出しの罵倒をやれば、現実社会ならそのまま即絶交ものでしょう。
そこまでの覚悟をして相手を叩く勇気のある日本人って、果たしてどれ位いるんでしょうね?

私も数年前、長年の付き合いのあったある一人の友人に絶交宣言を突きつけた事があります。
彼女のやる事が、余りにも私を含めた周りの友人たちに対して思いやりが無く、自己中心的な態度が改まらない事にこちらの忍耐が限界値を越えてしまったのです。
そのときの私の気持ちがどんなふうだったか、想像出来ますか?
どんなに救いの無い嫌な相手だと思っても、それでも長年の付き合いのある友人です。
心のどこかには、それでもこの人の抱えている問題を何とかしてあげたいと言う捨てがたい情があるのですよ。
絶交宣言は、自分の中にあるその最後の思いを切り捨てる事。
その覚悟をするために、どれだけこちらが血の涙を流したか?
多分、私はその友人と一生顔を合わせることは無いでしょう。
でもあの時の痛みも、多分私の中でおそらく一生消える事は無い。

ネット上で安易に他人攻撃をする人たちに、そういう痛みの経験はおありなのでしょうか?
人の縁を切る事の痛みを知らないから、彼らは安易に人を攻撃するのだと私は思います。
そこまでの深い人間関係を、あるいは彼らは一度も築いた事が無いのかもしれませんね。
現実社会での人間関係の重みを本当に知っている人は、例えネット上でもあんなに安易に人を攻撃したりはしないものだと思います。
一部の常軌を逸したバカウヨと呼ばれる人たちは、いったい現実社会でどんな生き方をしているのだろう?と、怒りを通り越して哀れさえ感じる事があります。
時にその哀れみさえ感じないほど、彼らの有り様が薄っぺらく思えることもあります。

Blogを開設してから一年以上。
うちのような地味なBlogにもそれなりにイロイロありました。
お陰さまでだいぶ鍛えられましたし、様々な事を深く勉強もさせてもらっています。
ありがたいことです。

同時に公に向かって情報発信する事の重み、と言う物も改めてひしひしと感じています。
これまでに優良とされるサイト・Blogがあちこちで終了・閉鎖になるのを見ましたが、彼らがどうして力尽きてネットから撤退をしていくのか?
今の私なら、その理由も少しは分かるような気がします。

うちのBlogは「去る者は追わず、来る者は拒まず」が基本方針です。
議論に臨む為の基本的な礼儀を弁えている限りは反対論でも歓迎をする。
自分にそれを受け入れる余力があるうちはいま少し、その方針は貫きたいと思っています。


それと金木犀様のことに触れていらっしゃるので、いい機会ですので私も一言思う事を述べたいと思います。
今回の騒動の根本には彼女に対する遺恨のような物もあるようですので、そこについての私の見解も述べないことには、多分話も始まらないのでしょうから。
私の彼女に対する基本的なスタンスは以下の通り。

蒼板で、彼女に関連して過去に何やらトラブルがあったらしい、ということは私も承知しています。
でも、そのトラブルの内容がなんであったか、その時も今も、私は全く知らないし知りたいとも思っておりません。

私にとって大事な事は、拉致被害者を救うことなのです。
そのために手を組める相手であれば、志を同じくする仲間であれば、私は誰とでも手を取り合う。
それだけの事です。
彼女の過去に何があったかなんて、私には興味は無い。
少なくとも今現在、彼女が拉致問題に取り組む姿勢は、私以上に本物です。
その事実以外に、私は彼女に求める物は何一つ無い。

もちろん人によって、それぞれ心の内に思うことはあるでしょう。
人の好き嫌いなら私にもあるし、実際現実の支援の場でお会いするお仲間の中に、人としてどうしても尊敬できないと感じる人や個人的な友人関係であれば決してお近づきにはなりたく無い方、と言うのもごくわずかですがいる事はいるのです。
でも、私がこの活動に参加する第一の目的は被害者救出ですから。
お友達を作りたくて、仲良しごっこがしたくて支援に行くわけではありませんから、それはそれ、これはこれを分別をする。
それだけの事です。

金木犀さんに対して何やらいろいろと複雑な感情をお持ちの方がいるらしい、と言う事は承知しています。
そのことについても、私はとやかく言うつもりはありません。
人の好き嫌いをどうこう指図する事は出来ませんから。
でも、少なくとも、この支援活動に関るのであればですね。
まずは支援活動のミッションは何であったかを常に意識して欲しいものだと感じております。
ネット上で他人の事を言葉汚く侮辱するのは、端で見ていても気分の良いものではありません。
ご本人はおそらく「衷心からご忠告を申し上げているつもり」なのかもしれませんが、私にはどう見ても体の良いうっぷん晴らしにしか見えません。
悪口雑言の限りを尽くすその人自らが、自分の値打ちを自分でどぶに捨てているという事実に彼らは気がついていないのでしょうか?

どうしても悪口を言いたいのであれば人目のつかないところで、こそこそやるのが最低限の礼儀です。
言いたいことがあるのなら直接ご本人に言うのが大人の分別と言うものでしょう。
その最低限の分別もつかない人が、あれこれと他人に対してご高説を垂れる資格などあるのでしょうかね?
人を罵るその口で、まずは自分の愚かさ加減を叱り飛ばす方が先では無いのか?と、私は思うのですけれど。


前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、頂いたコメントの中から一部を引用して、少しだけ私の考えを書かせて頂こうと思います。

>一般の人は、大抵は自分の生活に精一杯ですから、なかなかぴろんさんのような活動は出来ないです。何か強い動機がなければ、拉致問題に関心があっても、集会に出向くところまではなかなか・・・それ、普通の感覚です。私は、集会には思い切って一度だけ行きましたが、ちょっと「引く」出来事があり、それ以降、足が遠くなっています。

そうでしょうね。
それが多くのサイレントマジョリティーと呼ばれる人たちの実情であろうと、私も思います。
だからこそ、私はそういう人たちに向けて、集会の内容を発信するのです。
家族の必死の訴えに直接耳を傾けてもらって、この問題への関心をなんとか繋ぎ止めたいのです。
具体的になにか目に見えるような大きな活動が出来ずとも、心の内に拉致問題への関心を秘めていてもらい、いざと言うとき「被害者全員救出」の声を上げてくれる人を、一人でも増やしたいのです。
それが「私たちと共に戦って欲しい」と望む家族の意向にも叶う事ですし、被害者救出に近づく道でもあると私は信じます。
そしてどんなにささやかな事でもいいから、家族の後押しをする活動に参加して欲しいと願うのです。
メールやハガキを書くことでも良いし、ブルーリボンを胸に付けることでも良い。
「私は拉致問題を決して忘れていませんよ」と言う意思表示が、どんなにささやかな形でもなされれば、それが世論を盛り上げ、尚且つ敵と戦う力になると私は思うのです。

>あまり余計な神経をお使いにならず、本当に支援へとつながることに時間をお使いになって欲しい。

ありがとうございます。
そのお言葉に救われるような思いがします。
最近では、書けば書くほど素人の寝言の域を出ない自分の文章が恥ずかしくて、いつも顔から火の出る思いをしております。
でも世の中を広く見渡せば、おそらく私レベルの知識・情報しか持たず、政治や外交などの難しい話はサッパリ分からない、という人が多数を占めているのではないでしょうかね?
私に理解できない事は、おそらく大衆にも理解できない。
理解されない事は世論になり得ないし、世論になり得なければそれは国を動かす力にもならない。
そう思えばこそ、物言わぬ大衆に向かって何とか心に響く訴えが出来ないものか?と悪戦苦闘をする余地もある。
それが、私がこうしてBlogで発信を続ける理由の一つなのです。
私の寝言がきっかけで、例え一人でも心を動かし拉致問題に深い関心を寄せてくれる人がいるのであればですね。
こうしてネット上で恥をかきつつ、駄文を綴る意味もあるのでは?と思っているのです。
posted by ぴろん at 11:39| Comment(12) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月20日

06.5.18 西岡力氏 東京連続集会18(4)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長 訪韓報告』

Img_3005.jpg

訪米の事がありますので少なめにしたいと思いますけども、韓国の今の拉致問題の状況は、丁度日本の河野外務大臣が60万トンのコメ支援をしたときと似ているなと思っています。
まず、最初は日本も韓国も同じですけど、拉致問題はあったわけです。
あったけれども無かった事にされていた。
家族が声を上げなかった時は、問題があったにも拘らずマスコミも政治も国民も取り上げずに、ただ本人と家族が自分達だけで苦しんでいたと、言う時期があるんですね。
韓国も去年くらいまではその時期だったんじゃないか?と。

家族が名乗り出て日本との連携の中で2000年から運動をしていましたけれども、今増元さんが言ったみたいに、家族会が主催で拉致集会と言うのを拉致だけで出来て無いんですね。
抗議行動はたくさんやってますけども、北朝鮮の代表が(韓国に)来た時に行って抗議行動をして機動隊に殴られたりとかですね。
韓国の警察は家族も殴りますから、そういう事はやってましたけども、その家族を支える国民が50人でも集まって集会をするとかそういう事は余り無い。
ほとんど無かったですね。
家族の人たちが人数が多いもんですから、家族たちが集まると言うのはありましたけども。

と言う状況が変り始めたのは去年の後半くらいで、北朝鮮の人権問題に関する韓国国内の特に一部の若者たちに関心が高まって、そしてそういう中で崔祐英さんが黄色いハンカチ運動と言うのを始めたんですね。
黄色いハンカチを木に結ぶと。
特に北朝鮮に見えるところの板門店の近くの木に結ぶんですね。
梯子をかけて木の上の方に結ぶわけです。
で、「うちのお父さんに見えるように」と言って結ぶんです。
それが父親を思う娘の心と言う事で、純粋さが国民(の心)を打ってですね。
黄色いハンカチ運動と言うのが去年の年末くらいから広がっていまして、去年の12月にフリーダムハウスと言う、アメリカのNGOが北朝鮮人権法によってアメリカの政府から得た支援を元にして、韓国のNGOと協力して開かれた国際会議でも黄色がシンボルカラーになったんです。

リボンだけでなく黄色のバッジとかも出て来てですね。
野党のハンナラ党も黄色いリボン運動に参加すると。
それからキリスト教の大きな教会が黄色いリボン運動に参加すると言うような事が起きて、少し盛り上がっていた所で今度は金英男さんがめぐみさんと一時期結婚していたことが分かったと。
その事があって、その後今度はブッシュ大統領が早紀江さんに会うと言う事が起きて、アメリカは拉致問題をこんなに重視しているんだと。
その人の親戚に当たる人が韓国の拉致被害者なんだと言う事で、余計今回大変な盛り上がりがあって、町の人の声を少し聞いてみたんですけども、拉致があるという事はかなりの人が分かる様になったと。
今まで拉致があると言う事も、韓国人が拉致されていると言う事も知らなかったと言う。

学生のボランティアの人にも会ったんですが、3〜4年前は韓国人が拉致されていると言う事を私たちも知りませんでしたと。
3〜4年前と言うのは、韓国の家族会は2000年に出来ているわけですから、2000年に出来た後3〜4年くらいは、北朝鮮の人権問題に関心を持つ学生たちも知らなかったと。
言う状況だったんですが、今回の一連の黄色いリボン運動から金英男さんの事、そしてアメリカのブッシュ大統領の事で、韓国の世論が拉致の事は知るようになったと。

知るようになったら今度はどうするか?と言うと、北朝鮮を刺激しない方向で解決しようとするんですね。
我々の経験からしてそういう事が起きたんですけども、今韓国政府はそういう事をやろうとしている。
拉致を無視は出来ない。
だから、取り上げると。
取り上げる方法は、北朝鮮が身柄を持っているんだから、北朝鮮を刺激しない方が良いと。
大規模に援助をして返して貰おうじゃないかと。
いう事を今の政府は言い始めているんです。
それを言っているのは李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)という統一の長官で、横田さんに会う必要は無いと言った訳ですね。

それは横田さんや我々は北朝鮮に圧力をかけるべきだと言ってるんですね。
ブッシュ大統領もそうなんですね。
李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)さんは圧力をかける事に反対なんですね。
圧力をかけないために何をするか?と言う事を常に考えている人で、だから多分会う必要はないという言葉が出て来たんだと思いますけども。

じゃあ韓国のメディアの取り上げ方はどうなのか?と言うと、13歳で攫われた女の子と16歳で攫われた子とが結婚していたと。
その親戚同士が会うんだという事ばかり繰り返して報道していまして、そこには可愛い女の子も生まれていると。
その女の子がお祖父さんお祖母さんに会いたいと言っていると。
いつ会いに行くんですか?と言う報道が主です。
量は多かったですけども、そういう報道です。

でも拉致問題を知らないという人たちが、拉致されていたんだと言う事は分かったと。
じゃあ、政府はどうするのか?という事になるわけですけども、政府は大規模な援助をして取り戻す。
拉致と言う言葉を使わないで行方不明者と言う言葉でやる。
今年の2月だったと記憶しているんですが、もしかしたら違って3月だったかもしれませんけども、金剛山で離散家族の再会があったんですけども、そこに韓国のメディアが行って、その中に一部拉致被害者が入っていて家族との再会だけさせられて帰って来たんですけども。
拉致と言う言葉を使って現場でテレビで中継したら、北朝鮮は電気をプツッと切っちゃって、「拉致と言う言葉を使うな」と。
それで記者団と喧嘩になったんですが、北朝鮮はそこは折れなかったんで、そして記者団は全体で引き上げると言う。
「行方不明と言え」と言う事がありました。

そして韓国政府は今行方不明と言う事で、北朝鮮に対して被害者を返してくれたらば大規模な援助をするという話を李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)さんが言ったわけですね。
で、盧武鉉と言う大統領がモンゴルに行って、被害者を返してくれると言う条件も落としちゃって、無条件で大規模な援助をすると言ったんです。
その延長線上で6月に金大中元大統領が列車で訪朝すると言う話が、政府が全面的に援助をして始まっていると。
そしてそこでは南北の2回目の首脳会談をいつやるのか?と言う事が話し合われて、国際社会が北朝鮮に対して圧力をかけるという時に、韓国の政権が北朝鮮に援助をするという動きをしようとしている。
そしてその援助をする口実に、拉致被害者を取り戻す為には援助が必要なんだと言う事を使おうとしている。
と言うのが全体の構図です。

しかし(横田)滋代表が仰ったように、何もしなければ何も出来ないので一歩前進したと。
韓国民の大部分が韓国人が拉致されているって言うことが分かったと。
野党も今回、我々立ち上がると言ったんですね。
それまでは野党も余りやらなかったんです。
脱北者と一緒に扱ってたんです。
脱北者問題の方が世界の関心があったので、そっちの方を優先していたんですね。
両方しなくちゃいけない事なんですけども、しかし我々韓国の野党の党首に会いましたけど、どうするかとは言わない。
真相究明するとか政府が立ち上がるべきだとかそのための法律を作るとは言いましたけど、経済制裁するべきだと言うことの議論は出てこない。
政府が今までやってこなかった事の無策がけしからんと言う。

ですからぜひ日本の拉致議連の先生方と交流してくださいとお願いしたんですけども、そこで議員同士議論をしていただいて、家族の話を聞くと言うんじゃなくて北朝鮮政策をどうするのか?と言う議論を政治家同志で是非して頂いて、日本は河野外務大臣の時の経験があり、そしてコメを出さなかったら5人が帰って来たと。
出した時は行方不明調査と言っても何も出て来なかったと、言う経験をしているわけですし。
議員同士で是非協力して頂きたいという話はして来たんですけど。

ですから一歩前進であるけれども、予断も許さないと。
そういう点では増元さんが緊張を覚えたというのは正しいと思いますけど、増元さん結構朝まで屋台なんか行ってたので(大きな笑い声)緊張していたというのも・・・(笑い声で聞き取れず)と思いますが。
と言う状況ですから、6月の金大中の訪朝で何人かの被害者が帰ってくるかもしれないけれど、噂が流れているのはそういう事で、帰って来たとすればですね。
それは多分5人が帰ってきたときみたいに一時帰国と言う事で帰ってくる可能性が高いと思います。
それで(北朝鮮に)戻ってしまう。
その見返りにかなり大規模な援助が行われて、国際社会が今経済制裁をしているのを無効にすると。
全体の人が帰って来れない状況になってしまうかも知れないと。

今回の朝鮮総連と民団の、私に言わせると野合ですけども、そういう韓国政府の北朝鮮を孤立化させない政策が東京でも行われている。
韓国政府の指導の元に民団は動いたわけですね。
そして金大中さんが行くということになっている。
それを日米が、そして韓国のこちらの人たちはどう止めるか?
と言う事で、実は韓国の保守派を代表する知識人の一人の趙甲済さんに、私一人朝食会の後に飛び出して会ったんですが趙さんも心配していまして、金大中大統領が何人かの被害者を連れて来て大規模な援助となるかもしれない。
その時にどう日本と韓国が連帯してそれがおかしいと言うのか?論理を開発しておこうと相談したんですが、そういう点でも朝鮮戦争で8万3千人の拉致があるんだと。
韓国政府が作った名簿があるんだと。
その事はまだ韓国に知られていないんです。

韓国で今回拉致があると知られることになったのは485人のこと。
野党の党首も485人がと言いました。
じゃあ私がわざわざ、なんで日本から来たのに韓国の党首にブリーフィングしなけれならないのか?分からないんですけど、図表を出して全世界にはこれだけの人数がいて韓国には8万3千人いてと、私が韓国のトップにブリーフィングしてあげたんですけども。
8万3千人もやられていて、そこで、韓国は努力をしたんですけど結局解決できなくて、解決できなかったから新しい拉致が起きたんですね。
拉致をしても制裁は加えられない。
だから次の拉致が起こるわけです。
そして韓国人が400人くらいやられて、70年代の後半に今度は世界中でやられたと。
言う事が起きて、今度は拉致被害者が利用されて大韓機爆破事件と言うテロが起きた。
どこかで止めないといけないわけです。

そこには世界全体として1950年の朝鮮戦争のときからの全体の拉致をどう解決するのか?と。
そのとき何人かの人が列車に乗って、ヘギョンさんなりが来てお母さんと会って帰ったっていうのは解決じゃないと。
その事は無条件でなされるべきだとはと思いますけども、その事と北朝鮮の拉致をした政権を支える事が条件になっていたならば、つまり拉致の解決は遠のくと。
人質犯が人質を持っているときに、一人だけ出してきてすぐ返すというのに、人質犯に新しい武器を与えるのか?と。
最低限それはサンドイッチと水くらいは与えてもいいですけれども、彼らが新しい犯行を出来る様な大規模な援助をするというのは全員の人質を解放してからであるべきである。
単純なことなんですが。
そういうことを韓国の世論に分かってもらうには、まだ程遠いと。

しかし拉致がある事も分かってもらえなかった家族会のスタートの時、銀座に立っても誰も振り向いてもらえなかった状況からは変わって来たと、言うふうに言えるのではないかと思います。
そういう中でそうするとやはり国際社会が韓国の盧武鉉政権をも含めて、今この拉致問題をどうして行くのか?と、いう事になって、訪米の意味が出て来るんでは無いかと思いまして、これから訪米報告に変えさせて頂きます。(拍手)

06.5.18 増元照明さん 東京連続集会18(3)友愛会館にて

『増元照明 家族会事務局長 訪韓報告』

Img_2997.jpg

今回は行く前に李鍾○(イ・ ジョンソク ○=「大」の左右に「百」)統一相があのような言葉を言ったので、ちょっと不穏な空気が有りそうかなと思って、ボディーガード兼カメラマンとして行って来ました。(会場内くすくす笑い)
報道が非常に過熱しておりまして、横田のお父さんは有名ですからみなカメラマンがよけて行けるんですけども、私は一般人と全く同じでカメラを構えていたもんですから、弾き飛ばされそうになりました。(笑い声)
向こうのカメラマンの場合は、ルールの無いところのカメラマンは大変でしたね。
汗を一杯かいて少し痩せて参りました。(笑い声)

今、代表からお話があったように、と思います。
私アメリカにも行きましたが訪韓も両方やりましたが、どちらかと言えばアメリカの方が非常に好意的であって、そしてアメリカにいる時の方が安心感があったと言うのが、私の感想です。
韓国と言う、取材陣の過熱報道もそうなんですが、何とこうなくちょっと不穏な、自分がそう考えているのかもしれませんけども、安心しきっていたと言う事は無かったです。
これは2泊3日でしたから良かったけど、これが一週間続いたら体が持たなかったなと思っています。

今回、日本の警察の方とそれから外務省も一緒に行って頂いたし、調整室も(行って)頂いて、非常に私たちにはサポートをして行ってくれておりました。
空港に着いて40人か50人くらいの警察の方が、私たちを守ってるのか整理をするためなのか分かりませんけど、そういう人たちが一杯いることにもビックリ致しました。
谷地さんがこの前来て以来だというふうに言っておりましたので、それほど向こうの報道にとっては大きな問題という意識はあったと思うんですね。

ただ、今回は本当に石を投じたと言う事だと思います。
それをどうやって広げるのかは韓国の国民の問題だと思っていますので、それを広げる為にはやはり、私たち家族が経験したことですが、家族会だけでは中々難しいのではないか?
やはり向こうに救う会のような支援する組織が必要なのではないか?と改めて感じております。

今崔祐英さんとか李美一さんとかそれから崔成龍も頑張ってやってはいるんですけども、集会一つやっぱり開く事が出来ないですし、その仕組みも出来る様な雰囲気でも無い。
ですから国民の皆様に直接訴える場所が結局メディアを通してですから、メディアを通すと少し、ちょっと曇りガラスの向こう側の出来事になってしまいます。
それが直接訴える場所を作って欲しい、そういう組織が出来て欲しいと言うのが感想ですね。

だいぶこうやって新聞は非常に大きく取り上げているところが多かったです。
ただテレビはどれ位やっているのか?私たちには見えませんでした。
ですから韓国の事情がありますからその辺はまだ難しいんでしょうが、テレビは報道をやったかどうか?西岡さんにちょっと聞かないとちょっと分からない。
以上です。(拍手)

06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(2)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪韓報告を受けての感想』

皆様、こんばんは。(「こんばんは」の声)
本当にお世話になっておりまして、ありがとうございます。
昨日はちょっと心配していたんですが、主人もみな無事で帰って来てくれまして、あちらでも家族会としてもいろいろな形で動いてくることが出来きて、本当にありがたいと思っています。

なかなか、韓国は本当に全然、今まで全く関心が無い。
今もそうですけども、それでもやはりこうやってあちら側も、たまたま金英男さんの事でこんな不思議な事があってその事が現実だと言うことを証明する為に、家族同士がお会いする事が出来て。
その事によって韓国の方も初めて本当に大変なことなんだと思った方もたくさんいると思いますので、少しずつ、本当に時間がかかりますけども、何もしなければ終わってしまうんですけども、こうやって一生懸命に現実的に前進しているとと言う事は思いますので良かったと思っています。

今は訪韓の事だけについてですけども、これからもよろしくお願いします。(拍手)

06.5.18 横田滋さん 東京連続集会18(1)友愛会館にて

『横田滋 家族会代表 訪韓報告』

Img_2982.jpg

皆さん、こんばんは。(「こんばんは」の声、拍手)
今回は家族会4名、救う会2名、その他内閣府・外務省・警察庁・神奈川県警とかで、15日から17日まで訪韓して来ました。
最初の日には、自由北韓放送と言うところの放送局へ行きまして、そこで一人が約2分ずつの原稿を持っていきましてそれを録音いたしました。
これは数日後に放送されますが、更に再放送も行なわれるという事になっております。
(西岡氏より「今日も」の声)
今日も放送されます。

そして当初は韓国にあります日本の大使館へ、最終日に表敬訪問をする予定だったんですが、金ソンジュというハンナラ党の議員、その後はハンナラ党の本部へ行って党主の朴槿恵さんという方にお会いするという事が決まりましたので急遽大使館訪問は取りやめ、大使館へは行く事が出来なくなりましたので、この日の夜に大島大使主催の歓迎の夕食会を開いてくださいました。
なかなか、山の・・・(聞き取れず)の所があって静かな綺麗な庭のところです。
そのとき大島大使が、数年前に家族会がジュネーブに行きました時のジュネーブの大使だったものですから、平野さんとは顔見知りで、それから哲也をみて「しばらくぶり」なんて言って、拓也と間違えて(笑い声)そんなこともありました。

初日はそれで終わりまして二日目には、少し順序が逆になりましたけど韓国の空港に着いて驚いたんですが、我々二階で飛行機から出てきましたら、そこには韓国のメディアだけ。
日本の人は一階の方にちょっと待ってくださいと言う事で、先に韓国の人と話をしましたが、2003年に行った時は特に韓国のメディアは少なかったんですが、今回はテレビで御覧になったと思いますが、凄い人数で。
(後ほど司会者の方からこのときに取材に集まったマスコミの人数は約300人と公表されました)
更に一階の方に降りていきましたら、崔祐英さんが花束を持って出迎えてくれて、その周りに警察官が何十人と壁を作って我々の通る道を確保してくれましたので、日本のマスコミもちょっとこれまでに無いような、アメリカの時よりも多かったような、私はアメリカは分かりませんが、両方行った方の話ですとアメリカ以上にマスコミの方が来て下さいました。

二日の日は韓国にあります家族会が3団体ありますが、韓国の拉致被害者協議会の事務所、それは崔祐英さんが代表をやっていますが、こちらの事務所に行きました。
それでそこの事務所は学生のボランティア、日本からも・・・(聞き取れず)学院大学からも東大なんかに留学している方もいましたのでかなりの人がいたんですが、今回は30人くらいのマスコミが来るというのを学生が誰も信用しなかったそうですけど。
実際は上回る人が駆けつけたものですから肝心のボランティアが入れないくらいの人で、そこで我々は韓国の家族会は従来から韓国の家族会と連携してやっていますので、「これからも引き続き協力しましょう」と言う話を致しました。

それから次に朝鮮戦争の時の被害者の家族会の事務所、李美一さんて言う、この前のワシントンで英語で証言なさった方ですけど、こちらの事務所に行きました。
そこに行きましてセロハンにマジックでお願い事を書いて、それに風船をつけて飛ばすような行事をしたり。
それからそこの屋上に朝鮮戦争の一部の写真を展示しておいてくれたので、それを見てから下の事務所に行きました。
これも韓国の政府では朝鮮戦争の時に連れて行かれた名簿なんか無いって言ってたんですが、家族会の人が、日本では国会図書館のような所だと思うんですが、そういう所で見つけてそれをコピーして製本した物がおいてありました。
このくらい(人差し指と親指を開いて本の厚さを示す)の分厚い物が5冊くらいあって。
それが第一巻は例えばソウル地区とか地域別に分けてありまして、そして第5巻と言うのは追加分ということで後から見つけて入れてありますけど。
8万数千人の人の名前、性別、住所それから職業、かなりの部分が空欄の部分もありますから全部が分からなかったかも知れないけど、それだけの物があるということが分かりまして、一部はハングルのままコピーしましたので後で家族会の事務所とか救う会の事務所に置いておいて何かの行事の時に提示をしたいと思います。

それから午後は、崔成龍さんと言う方が代表をしています拉北者家族会と言うところの集会に参加いたしました。
それでそこで金英男さんのご家族と我々の対面がありました。
ここにもマスコミが数え切れないくらい来ておりまして、普通の低い所では見えないから壇上に上がって対面をしました。
そして私どもとしましては、結婚した相手が加害者国の北朝鮮の人でなくて良かったと言う事と、また一日も早く金英男さんとお母さんが対面出来ることを祈っていますと言う話をして、日本から持って来ましたお土産を渡しました。
それと同時に今回早紀江は体調が悪くて来れなかったもんですから、手紙を差し上げました。

そうしましたら金英男さんの所も、同じような形で手紙を下さいまして、それからお土産として茶器のセットを下さいました。
そしてそれを渡して下さるときに、「これは普段に使ってください」
すると普段に使うとすぐにそこにあるわけですから「私たちの事を思い出してください」と言う事だったので、私どももその言葉を受けて、非常に高価な物だけどそれはそういった趣旨で頂いたのであれば、「これはいつも使って皆さんの事を思い出します」と言って受け取っておりまして。
それと同時に早紀江への手紙、これは非常に長い物だったんですけどそれを頂きました。
そして「これからも一緒に元気でやって行きましょう」と言う話をして、それからその後で集会みたいな形になりまして、いろんな人が少しずつ拉致に関する問題で話を致しました。
その日はそれで終わりました。

それから最後の日は金ソンジェさんというお名前が良く分からないんですけど、その方との朝食会がありまして。
南北の鉄道が途中で線路を外したのを直してつないで試運転をして、それから金大中さんがそれに乗って行って、噂によるとその中に拉致被害者数名を乗せて帰るとか言う噂もあるようですけど、そんな事があるんですけど。
その前にハンナラ党と言う野党の勉強会に私らの西岡さんを呼んで、そこで拉致問題の話とか、それからどうやってこのような大勢の方が支持して下さって強く動く事になったかという事についてまで聞きたいという事が、日程を調整して行くことになると思います。

それからその後ハンナラ党の、空港の近くなんですが事務所に行きまして朴槿恵さんという、その方にお会いしましたが、やはり拉致問題の非常に熱心な方で、韓国の議員はそれほどでも無いと言われておりましたけど、我々がお会いした皆さんは関心の高い方で、国家が国民の命を守るという事は当然大切な事だからそれを家族と被害者が一日も早く対面できるよう政府に伝えていきますと仰って。
それからまた国会議員の方が二人いましたが、三人ですか?
その方々が聴衆に向かって演説をしてくださいました。
それでそれが終わってから空港に行って、最後に韓国に来たんだから焼肉ぐらい食べとかないとと言う事で(笑い声)庭の綺麗な所、ホテルの経営しているところでして、そこに行きまして無事に終わったという事で喜び合って、そこで韓国料理を食べて終わりとなりました。

韓国の世論と言うのも以前はあまり拉致の問題なんか取り上げなかったらしいですけど、金英男さんが、めぐみの夫のチョルジュンさんが韓国から拉致された5人の高校生の内の一人であると言われて、それで結果が4月の11日に出たわけです。
そうしますと4月の12日には一面トップに各紙はそれを報道したりして、それ以降拉致の問題と言うのが新聞に出るようになり。
それからアメリカに行きまして27日の公聴会でも、日本側は大使館員それから日本政府の一行が非常に強くバックアップしてくれたわけですけども、韓国側はそんな事は全然なかった。
それに対して新聞が「日本はちゃんとやるのに、どうして韓国はアメリカにある大使館は何もしなかったんですか?」と新聞で批判をしたと言うことも聞きましたし。
今回行きました時も最初の日は、二日目の方に・・・(聞き取れず)の所で中ほど二面出ておりまして、2ヶ所載せているところもありまして全部の物が取り上げて下さいましたし、ちょっと過熱とも思えわれるような取材もありました。
ですからこれがこのまま一過性で終わったら何もならないので、ぜひこれからも連携を強めていきたいと思います。

今朝も崔祐英さんから電話がありまして、「お父さんが来たおかげで今日も外国のメディアの取材が一杯集まって忙しいんです」なんて言っていた。
そういった形で韓国でも日本だけでなくてメディアだけでなくて、他の国のメディアからも照会が来る様になったという事は喜ばしい事なので、ぜひこれからも続いてこれからもつないでいければと思います。
簡単ですが、以上です。(拍手)

2006年05月18日

「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します

去る5月14日、立川アイムにて開かれました「4.22 ワシントンDC集会帰国報告会」で配布された書類の中から、家族の訴えの声を紹介しているBlogがございます。
家族の悲痛な叫びを一人でも多くの方にご紹介したいと思い、Blog主様にテキストの転載許可をお願いした所、快くお許しを頂きましたので、早速当Blogでも掲載させて頂きます。
一刻も早い再会を願う家族の訴えの声に、どうぞ耳を傾けてくださいませ。<(_ _)>

尚、このワシントンDCらち連絡会のHPには、この集会の詳しいレポートも掲載されていますので、併せて御覧になっていただけたらと思います。

★ワシントンDCらち連絡会
http://www.asanocpa.com/rachi/index.html

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
★「蒼空」様 
4月16日付け 「4.22 ワシントンDC集会にて」より以下転載
http://ao-sora.cocolog-nifty.com/blog/

◆大澤昭一さんから弟の大沢孝司さんにあてた手紙 

孝司、元気かい?
今年の冬は寒かったでしょう。新潟も近年暖冬が多かった後だけに寒さが強く感じました。
雪の量も津南、入広瀬などは4mを超え、まさに豪雪、雪のニュースが毎日テレビを独占していました。
親父も96才高齢のため保温力がなくストーブを身体の前後に据えてまだ寒がっていましたが、4月に入って元気を取り戻して、食事時間に呼ぶとすぐきて、食べっぷりは非常に良いです。「孝司が帰るまで頑張る」といっています。
新穂の焼肉屋のおばさんも孝司と我々兄弟に「おいしい肉を食べさすかち、早く連れ戻せ」と、時々電話で催促してきます。
同級生の植松君や中学の仲間はたびたび集まっては救出運動を続けてくれています。4月は分水花見、次に白根の凧合戦と各地の署名運動で多数の人々の支援を受けています。
孝司が新穂転勤記念として寺澤家の庭に植えたイチョウの木は30 年の歳月で大きく成長し、毎年秋になると黄金色に輝き主人の帰りを待っています。
日本の国もこのごろようやく変わってきました。何も機能しなかった外交にこれでよいのかと国民も気づき、国家国益を考え始めました。警察庁も拉致専門部署を作ってくれました。
日本も変わってきます。日本の国だって強いんだぞ、日本の国だってやれるんだぞ。
孝司、もう少し我慢しておれ。必ず迎えに行くから。

2006 年4 月22 日 ホワイトハウス前にて
大澤昭一

◆市川健一さん挨拶文 
日本の鹿児島から着ました「拉致被害者市川修一の兄」市川健一です。
拉致問題は一国も早く解決しなければならない深刻な人権問題です。なかなか解決の風穴を切り開けず、家族は大変苦しんでおります。現在、日本の被害者家族は、拉致されている被害者に向けて「短波放送」を通じてメッセージを読み上げています。必ず、被害者の耳に届くと信じて、また、口コミの情報が広がることに期待し、放送を続けております。
私も弟、修一に呼びかけました。以下がそのメッセージです。
『修一元気ですか?兄ちゃんだよ!修一と28 年もあっていないんだよね。早く会いたいです。るみ子さんと一緒に出かけたまま、行方がわからなくなった二人を一生懸命探しました。また、大勢の方たちが捜索に協力してくれました。お父さん、お母さんも高齢の身になっていますが、元気でいます。「修一と再会するまでは、体を大事にして、元気な体で迎えてやるのだ」といって、毎朝・毎晩祈り続けています。北朝鮮の冬は厳しい寒さだと聞いています。夏の姿で出かけた二人に、暖かいセーターを送ってやりたい気持ちでいっぱいです。長いこと、救出することが出来ずに本当にごめんね!日本では、400人以上とも言われる「被害者全員の救出」に向けて世論が高まっています。国際社会にも協力をお願いしています。
修一!もう少しの辛抱です。必ず、救出するからね!修一が帰ってきた時は、一緒に酒、飲もうな!体を大事にしろよ!頑張れよ!負けるなよ!生き抜けよ!』
アメリカ国民の皆さん、拉致被害者全員が日本の、祖国の土を踏むまで、私たち家族と一緒に闘ってください!ご協力を切にお願いいたします。


◆森本美砂さんから姉、山本美保さんに宛てたメッセージ
 

美保ちゃん、元気ですか?
いえ、元気でがんばっていると信じています。
今、私はアメリカの首都ワシントン、ホワイトハウスの前にいます。
美保ちゃんの救出を訴えるために、この地にやってきました。
あなたが私たち家族の前から突然姿を消してしまってから22年になろうとしています。
自分の夢に向かってがんばっていた20 歳の頃の美保ちゃんの姿は、今でもその印象のまま私の脳裏に焼き付いています。
「図書館に行く」と言って出かけたあの日のあなたは、いつもの美保ちゃんでした。こんなにも長い間家に帰らない日の朝になるとは、夢にも思いませんでした。
あなたが家から姿を消してしまってからというもの、父さんも母さんも私も、東京の女子大の進学を反対したことをずっと悔やんできました。あの時、賛成して送り出していたらと。
でも、お兄ちゃんが亡くなって、美保ちゃん一人を東京に行かせたくなかった、家族がバラバラになるのが耐えられなかった、美保ちゃんにはいつもそばにいてほしかったのです。
たぶん、あなたもそんな私の気持を理解して家に残ってくれたんだと思います。進学した看護学校では、山登りに夢中でしたね。高校時代、一緒に入った山岳部で登った南アルプスの山々、鳳凰三山の美しさは今でも忘れません。美保ちゃんが、18、19歳と北アルプスの山々に挑戦していた頃の山の写真はアルバムに残っています。今日もあなたのポスターにして持ってきました。
その間、私は少し山から離れていましたが、今、また3 千メートルの山に挑戦しています。仙丈ヶ岳、甲斐駒ケ岳、北岳、山梨のアルプスの山脈を覚えていますか?一昨年、昨年と私はこの山頂に立つことができました。昨年は、息子と長年の夢だった甲斐駒ケ岳に登ることができました。亡くなったお兄ちゃんにどこか似ている息子です。
大好きだったお兄ちゃんが亡くなって、悲しみに暮れていたあの頃、家族みんなを支えながらも自分の目標を失わなかった美保ちゃん。父さんや母さんを一番心配していたあなたが、家族に黙っていなくなるはずがありません。気持の弱かった私をきょうだい一人にするわけがありません。この状態は、美保ちゃんの意思ではありません。そう信じています。
2002年、日本の小泉首相が訪朝したのを境に、美保ちゃんが拉致されたのではと、大きな報道になりました。図書館に出かけたはずのあなたのカバンが、新潟県の柏崎の荒浜海岸に落ちていたからです。同じ柏崎で蓮池さん夫妻が拉致されていました。蓮池さんご夫妻、地村さんご夫妻、曽我さんご夫妻は、無事日本に戻ることができました。国民全員で救出活動をしたからです。
今まで難しい問題にも直面しましたが、美保ちゃんは元気でいること、北朝鮮で助けを待っていることを信じています。
あなたに再会することは私の使命だと思っています。
あなたに会えるまで、私は声を出し続けます。美保ちゃんに会いたいという気持に、たくさんの方が力を貸してくれました。
私の大学の恩師の方が声を挙げ、その後、甲府東高校の同級生がすごい力を貸してくれたのです。なにがあってもひるまず、これまで支えてくれました。市川小学校の同級生も大きな力で動いてくれました。長松寺、池田地区の方々も美保ちゃんの帰りを待ってくれています。みなさんの力で集めた美保ちゃんを救出する署名活動は、20万人の署名を集めるまでになりました。署名を2度に分けて政府に提出しました。
人前で話すことなど苦手な私が、たくさんの人の前で美保ちゃんのことを話してきました。こんなことにも慣れてしまうほど、美保ちゃんの救出には長いこと時間がかかっています。
横田めぐみさんのことを知っていますか?同じ世代ですから、どこかで会ったことがあるかもしれません。佐々木悦子さんと一緒に部署にいるとの目撃情報もあります。秋田美輪さんも同じようなケースでいなくなっているのです。
日本では、400人を数える人が理由もなくいなくなっています。特定失踪者と呼ばれる人たちです。特定失踪者問題調査会の荒木先生が中心になって、みなさんの情報を集めて救出に乗り出してくれました。
短波放送「しおかぜ」を聴きましたか?荒木さんの声や家族の声が聴こえましたか?美保ちゃんをはじめみなさんに宛てたメッセージを流しています。
北朝鮮に囚われたみなさん全員を助け出すまで、私たちはあきらめることなく声を挙げ、救出活動を続けます。どうか会えるその時まで、希望を失わず、力強く生き続けてください。
もう少しで会えると信じています。
大好きな美保ちゃんに必ず会えると信じています。

2006年4月22日 あなたの妹 美砂

◆金英男さんの母上の手紙 
「いとしい我が息子へ」
別れてから28年後、私がお前の名前を呼ぶ時、私の心は溢れ出る。
まるで小説のようですがこれは本当のことで、私はどのようにして、この気持ちを表したら良いのかわかりません。
私は今、80歳代で、体調はだんだん悪くなってきています。歩くのさえままなりません。
しかしお前の二人の兄弟、義姉達、姉妹達が私の面倒を見てくれており、お前がまだ生きているという望みを私に与えてくれています。
先日、見知らぬ人達が村にやって来て、お前の生存の可能性を調査するために私を病院に連れて行った時、私はずっと泣いていました。
お前の姉(妹)は「お母さん、英南(男)は生きている。あの子は北朝鮮に住んでいて、日本の女性と結婚した。捜査して、あの子が生きていることを確認できたのよ。」と叫んだ。
その言葉は私を震えさせました。
私のいとしい息子、英南よ。私はお前がまだ生きていたなんて信じられません。私は神に感謝します。私はお前が海岸で溺れて死んでしまった、と思っていました。しかしお前は生きて、そして結婚さえしていたんですね。
英南、私はいつ、お前に会えるんですか? 死ぬ前にお前に会いたい。私の健康状態は悪化しています。でも、私はお前に会うために生きていたい。お前に会いたいという以外に何も言うことはありません。
死ぬ前に、息子に会えるように、どうか助けてください。
一度でも良いから、死ぬ前に息子の顔を見させてください。
親愛なるブッシュ大統領、韓国系アメリカ人の皆様、どうか、どうか私が死ぬ前に息子に会えるように助けてください。
どうかこの年老いた母親の希望をかなえてください。
私のいとしい息子、英南よ、お前は自分を大事にしなければなりません。
私とお前が会うまで、お前は生きていなければなりません。
私はお前の大好きなゆで卵を作ってあげる。
それまで、お前は元気でいなければなりません。
お前が生きていると聞いてから、お前に何か悪いことが起きるのではないかと心配で、眠れません。
先日、お前が私の腕の中にくる夢を見ました。そしてお前の名前を呼びながら、目が覚めました。
私のいとしい英南よ、私の大事な息子、英南よ。何故、お前はこんなに遅くやってきたんですか。
何故、お前はこんなにも長い間、家に帰って来れなかったんですか。
これからは、幸福な人生をおくろうね。
私達が失った30年のことは忘れましょう。そしてこれから楽しむことを考えましょう。
会って、たくさん話そうね。
1日で足りないなら、2日でも、3 日でも、4 日でも、話そうね。
今日は書くのはこの辺で止めておきます。後で会った時に話しましょう。
お前が無事にいることを祈っています。

◆タイ人拉致被害者アノーチャさんへ兄スカムパンジョイさんから 

お前の故郷の母から。

アノーチャさんへ・・・家族の手紙
私の愛する妹 アノーチャパンジョイへ
1973年、お前はバンコックへ仕事に出かけました。
そしてそのあと、たびたび家に帰ってきましたね。
しかし、ある日突然マカオで誘拐されたとの連絡が届きました。
このニュースはお前の友達が父親と私に手紙を送ったもので、彼女は私たちに会いたいというものでした。それで、私たちは彼女に会いにバンコックへ行きました。彼女は詳しい説明なしに、お前が6 ヶ月前にマカオで誘拐された、と言い、それが私たちが聞いたすべてでした。
私と父親がうちに帰った後、私たちの家族は集まって、お前のことを話し合いました。みんなお前がいつか帰って来るだろうといいました。そして私、父親、姪たち、そして甥たち、親戚中のみんなは1978年からずっとお前を待っていました。
2005年の10月1日、TVで、アノーチャパンジョイさんはマカオで誘拐され、それから北朝鮮で暮らしている、といっているニュースを見ました。それを見るやいなや、そのTV局へとんでいきました。そのTV ニュースの後、たくさんのレポーターが家にやってきました。しかし、私は誰に助けを求めるべきか分かりませんでした。それで私はレポーターに、このニュースを北にいる妹に届けるようにしてもらえないか、とたのみました。
私の妹アノーチャパンジョイよ、おまえは私達の家族みんなを覚えているでしょう。
お父さんのサムパンジョイ。
義妹のトングパンジョイ。
そして姪や甥たち、
ウアパンジョイ、ウライペンルアング、そしてバンソンペンルアング。
私の妹アノーチャパンジョイよ、私が心の底から書いたこの手紙をもしお前がうけとり、幸せな気持ちになってくれることを望んでいます。
そして、どうか悲しまないでください、6ヶ月前に27 年間お前を待っていたのに、お父さんが亡くなったことを。姪と甥の2人、バンソンとユーも亡くなりました。
私の妹アノーチャパンジョイよ、この手紙を読んだ後、私のことを思って寂しくてたまらない気持になるでしょうね。
お前のニュースを見てから、私たち家族全員はお前にすぐ会えると期待しています。
この拉致はお前におこるべきことではなかったのです。
みんながお前に会いたがっています。
お前がいなくなった後、私たちにはたくさんの試練や困難がありました。
私たちはお前を探すためにたくさんのお金を使いました。
お父さんは病気になったので、最後に97才のお父さんを入院させました。
しかし、昨年亡くなりました。
お前がこの手紙を読んで、そして家族みんなを想ってなつかしむよう願っています。
私たち家族はお前が帰れるように助けたい。
こわがる必要は何もありません。
最後に、お前が元気で健康でいることを願っています。
みんな寂しがっています。
私はいつもここにいて、いつもお前を想っています。

2006 年3 月21 日 スカムパンジョイ

2006年05月16日

私たちの「Mission(ミッション)=使命」・・・それはすべての拉致被害者を救うこと

初めにMission(ミッション)=「使命」があり、次にPassion(パッション)=「熱意・情熱」があって、最後にAction(アクション)=「行動」がある。

良い言葉だと思いませんか?
これは私が最近知り合ったある支援者のお仲間の一人から教えて頂いた素敵な言葉です。
私ばかりが独り占めしているのは勿体ないので、この場を借りて皆さんにもご紹介をさせて頂きます。

改めて確認をするまでも無いことですが、拉致問題を支援する私たちの「ミッション=使命」は、『すべての拉致被害者を救うこと』ですよね?
けれど、どうも最近ネット上ではつまらぬ諍いが絶えないように思います。
その多くが、パッションやアクションの違いを巡っての揉め事ではないでしょうか?

横田早紀江さんがブッシュ大統領に面会をしたり、最近は例の工作船がらみで覚せい剤の摘発がなされたりと、拉致問題に絡む動きが活発化をしています。
アメリカがマカオの銀行に金融制裁をかけて以降、あるいは日本では郵政選挙後安倍さんが官房長官の座についてから、少しづつではありますが拉致問題の山は前に向かって好ましい動きを始めているように思います。
それはとても歓迎すべき事ではありますが、ではいったい拉致問題は今後どういう展開を見せるのでしょうか。

問題の山が動き被害者救出のチャンスが来るという事は、拉致問題をうやむやにしたい人たちにとってはピンチの来襲である、と言うことでもあると思います。
もしも私が拉致問題の解決を棚上げしたい側の人間であれば、あの手この手でこのチャンスとやらを踏み潰すでしょう。
拉致問題を何としてでも棚上げしたい人たちの執念を侮ってはいけないと思う。

被害者を救いたいと言う家族と国民の思いを逆なでするように、敵は様々な形で揺さぶりをかけて来るでしょう。
支援者の側が自分の果たすべき「ミッション」を見失ってぐらついたり内輪もめなどすれば、敵はこれ幸いとその隙を突いて、この支援活動を分断・破壊しようと企むのは目に見えています。

「心を一つにして戦おう」と呼びかけると、どういうわけか必ずパッションやアクションの違いを巡っていざこざが起きます。
そういう揉め事は、私にはとてもつまらない事だと思います。
私達が何より一つにするべきは、「Mission(ミッション)=使命」、つまり『全ての被害者を救う』という目的ではないのでしょうか?

私たちの戦うべき敵は、ミッションの違う相手、つまり拉致問題の解決を望まない人たちです。
その根本を見失い、パッションやアクションの違いをあげつらって支援の輪に波風を立てることに、私は何の意味も見出せません。
「ミッション」を同じくする人たちの間に不要の軋轢を生んではならぬと思います。
そんな事をすれば「ミッション」の違う相手・敵に隙を与え、足元をさらわれると言うリスクが発生しかねない。
それでは支援者として果たすべき「ミッション」=『全ての被害者を救う』という目的に辿り着くはずも無いのです。

くどいようですが、私たちの「ミッション」は、すべての拉致被害者を救うことです。
ミッションをしっかり見定め、パッションを胸にアクションを起す。
この三原則を忘れない事。
敵の策略という嵐に巻き込まれて自分を見失いそうになったとき、あるいは支援の輪に波風が立ったとき。
そんな時はこの3つの言葉を思い出して、常に「自分の果たすべきミッションは何か?」と考えたいものだと思います。
posted by ぴろん at 11:15| Comment(19) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月14日

戦略情報研究所講演会 青木直人氏のお話を伺っての感想

06.5.12 戦略情報研究所講演会 講師:青木直人氏
「北朝鮮処分にどう備えるのか---全拉致被害者奪還のために--」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まず青木氏は冒頭にいきなり一言「北朝鮮の金正日体制は崩壊の過程に入っている」と仰りました。
そして講演中「政権中枢は今脳死状態にある」と仰ったのが強く印象に残りました。
今、北朝鮮の体制は政治判断の出来ない状況にあり、金正日は、米中の接近を受けてやがて中国がどういう決断に出るか、そこを非常に警戒している・・・と言うのが講演会の大雑把な要旨です。

金正日体制の崩壊の可能性は、私も素人ながら漠然と考えていた所でした。
ですから青木氏の言葉を聞いて、「ああやっぱり?」と思ったのがまずは私の率直な思い。
と同時に、これから起こるであろう様々動きに惑わされる事なく、このチャンスを生かして被害者救出と言う宿願を果たせるのか否か?という一抹の不安も感じました。

お話を聞いていて個人的に思ったのは、金正日の指示による日本への武力行使やテロの可能性は限りなく低くなったのではなかろうか?と言う点です。
今金正日の頭の中は、アメリカからの圧力を受けた中国が、北朝鮮の扱いについて今後どういう決断をしてくるのか?と言うそのことへの警戒感しか無い、と言う。
となれば、日本へ武力行使をする事はもちろんテロを仕掛けるなどという小細工を考える余裕すら、今の金正日には無いんじゃないでしょうかね?
例えば今、原発なり新幹線なりがテロ攻撃にあえば、日本人の誰もがまず一番に北朝鮮の仕業では無いか?と疑うでしょう。
それが今の日本の世論の素直な状況では無いでしょうか?
金正日が下手に日本にテロなど仕掛ければ、日本の対北朝鮮への感情は限りなく悪化するだけで、体制の延命を図りたい金正日の思惑とはかけ離れてしまうだけ。
つまり、日本が制裁をかけても、北がテロを含む武力行使に打って出る可能性は限りなく低くなったと思っても差し支えはないのでは?と言うのが、私の考えなのですが。
どうでしょうか?

>韓国による統一の可能性は非常に少なく、北朝鮮内部で人民が蜂起が起きる可能性も非常に少ない。
>中国による傀儡政権の樹立の可能性は高い。

つまり体制崩壊と聞いた時、一般的に私たちがイメージする「民主的な政権」が北朝鮮に樹立する可能性は少ないということ・・・だそうです。
中国は人民解放軍が大量の血を流して確保した北朝鮮と言う緩衝地帯を手放すつもりは無い。
といって米中が半島で血を流してまで争う事も無い。
あくまでも話し合いで妥協を図るならば、アメリカ側も一定度中国の国益を考えなければならない。
傀儡政権であっても核やミサイルの問題にケリがつき、北朝鮮に○小平(トウ・ショウヘイ)型の体制が出来るのであれば、西側諸国もそれを承認することになる。
そうなれば中国の国益もある程度重視した、中国による傀儡政権の樹立の可能性が一番高い・・・と言うお話でした。

・・・う〜ん、やっぱり傀儡政権の樹立ですかね?
私もそういう展開が一番可能性が高いのではないか?と思います。
建前では南北統一を口にする韓国が本音ではそれを望んでいない事はすでに周知の事ですし、あそこまでガチガチに相互監視の網がかけられ恐怖政治に縛られている北の体制では、人民の蜂起の可能性は無きに等しい。
米中の経済面での依存度がお互いにあそこまで強くなれば、それを壊すリスクを背負ってまで米中が決定的に対立し一戦交える可能性は限りなく低い、というのは私レベルの人間でも分かる事。

と言って核のゲームを止めようとしない金正日を中国は持て余しているでしょうしね。
偽ドルの問題他、拉致や麻薬などの懸案を抱えた北朝鮮をそのまま擁護する事も、世界の趨勢が許しませんから。
そういうアメリカを含む国際世論を敵に回してまで、北朝鮮の金正日を中国がかばい通すとは、私にも思えない。
そこを見越して、アメリカは中国に対し金融攻撃に加えて人権攻撃を中国に加え、アメリカとの協調路線を選ぶのか?それとも北と心中する道を選ぶのか?踏み絵を迫っている、と言う。
金融制裁に加えて次は人権攻撃を中国に加えるという、アメリカは今非常に良い所を突いて中国に圧力をかけていると言えるんだそうです。
そして、中国は北と心中する道は決して選ばないとも言う。
アメリカと中国は、そろそろ本気で金正日の処遇について考え始めるであろう、という説明も、これまた十分に納得の行く物であると思います。
となれば、金正日を排除した上での中国主導による傀儡政権の樹立と言うのはありえるというのも、十分納得の出来る意見であると思う。

>拉致問題の解決は、確実にチャンスはやってくる。
>だが、同時にピンチもやってくる。

・・・この言葉が一番重く心に響きますね。
チャンスが来るのはいいがピンチも同時に来てしまうのは、やはりありがたくは無いこと。
ピンチとは当然、傀儡政権樹立の過程で核やミサイルの問題にケリがついたとき、日本国内から、「拉致棚上げの国交正常化」の声が出てくるようになる、と言うことです。
政府認定の被害者の帰国などをもって取り合えず拉致問題は解決とし、特定失踪者の問題などは正常化の後ゆっくりやればいいではないか?と言った「拉致問題の棚上げ」的な論調が必ず出て来るようになる、と言うこと。

そういう状況を踏まえて、では日本は今後どういう策を持って拉致問題の解決を図るのか?と言う点が大事になってくるのだと思います。
日本国内にも北朝鮮あるいは中国にばかり甘い顔をしたがる敵はたくさんいるのです。
隙あらばこの問題を棚上げしようと企む連中を抑えて、いかに「拉致被害者全員救出」の声を高めるか?

私は常々、拉致被害者を一人残らず救うためには、どんな揺さぶりがあっても最後まで粘れる世論が必要と考えてきました。
制裁発動に反対であろうがなかろうが小泉さんを支持しようがしまいが、そんなところとは関係なく、米中両国はそれぞれの国益を睨んで動いていきます。
今後拉致問題を巡る動きがどんな展開になろうとも、この運動の主目的「全ての被害者を救う」を見失わずに、親北・媚中派の連中の策略に負けないで最後まで「全員救出」を主張すること。
そこが何よりも大事な原点では無いか?と思うのです。
ゆえに、私は最低限、「被害者の全員救出」という主張の出来る人はすべて、仲間であり同志であると思っているのですが。

ともかくも実際問題一番肝心なのは、ではどうやって日本国民の意思「被害者の全員救出」を強く国内外にアピールするのか?という点だと思います。
私はここでやはり制裁の発動という手に打って出るべきではないかと思います。
それも例えばただ何となく万景峰号を止めるだけでは意味が無い。
当たり前の話ですが「全ての被害者が帰らない限り、日本は北朝鮮に対し、いかなる援助もしない」と公式にアピールした上で、万景峰号を止めるべきでしょう。

そして万が一ですね。
制裁の発動が難しい状況にあったとしても、最低限、この公式アピールは勝ち取らねばならないと考えています。
その場合、例えば制裁発動に慎重・反対の立場ではあっても、少なくとも公式アピールをするという点についてはおそらく意見の差異は無いものと私は思うのです。
日本政府が毅然たる態度を公式に示しただけでもそれは圧力になりうる事です。
第一、日本の意思を中国や北朝鮮にはっきり示す事にもなります。
そこを最低限の共通の理解事項とした上で、更にその上の制裁発動という手順に持っていくために丁寧な説明と理解を求める行動が何よりも重要となるのではないかと考えます。
従って、現時点では例え制裁慎重派であっても反対派であっても、「全ての被害者を救う」と言う目的さえしっかりと持っているのであれば、彼らは拉致問題の解決を願う仲間であり決して戦うべき敵ではないと私は思う。

米中韓露の周辺各国は、北朝鮮の体制崩壊後を睨んで虎視眈々と動いています。
狙いは当然、日朝正常化後に日本から出る援助、お金です。
それを逆手にとって考えれば、お金を握っている日本は交渉のための最強のカードを持っている、と言えると思います。
資金がなければ、体制崩壊後の北朝鮮に対し各国がどんな思惑を抱いていても、それは絵に描いた餅でしかありません。
そこを交渉のカードとして上手く使えるかどうかが拉致被害者救出の鍵になるわけでありますが、そこの所戦略を持って事に当たる人が政府の中にいるのかいないのか?
ここがどうしても大きな問題になってくるのだろうと思います。
そういうことも考えると、やはり秋の総裁選では福田氏ではなく安倍氏にその座に就いてもらわねば、近く来るであろう拉致問題解決のための千載一遇のチャンスを逃しかねないのではないか?と私は思いました。

青木氏も講演の中で指摘をしていらっしゃいましたが、

>対中国のODAも、ただばら撒いて終わるのではなく、もっと日本の意思を絡めて外交カードとして使うべき。

というご意見はいちいちもっともな意見だと私も思います。
日本はどうしても中国に対しては毅然と物を言えない傾向がある。
毅然たる態度もなしに、拉致問題の解決はまず有り得ないと言うのは、すでに多くの国民が理解している事ではないかと思うのです。
中国に対しても北朝鮮に対しても言うべき事は毅然と言う。
相手にこちらのいう事を聞かせるためには、時には圧力も使う。
ただお人好し度丸出しで低姿勢にお願いしているだけで、向こうがこちらの思惑通り動くはずも無い事は、私たちは9・17以降の日朝あるいは日中の外交のあり方を見て嫌と言うほど学んできました。
後はそれを行動に移す決断を、政府が出来るか否か?と言うのが問題なのですが。

最後にもう一つ印象に残った話を。

>先日ブッシュ大統領が横田早紀江さんと面会したのは、小泉総理の第3次訪朝を潰す狙いもあったとのこと。

小泉さんを潰した、というよりも小泉さんを担いで日朝正常化を狙う連中の思惑を潰した、と捉えるべきなんでしょうか?
人権をキーワードにし、北朝鮮に中国にそして韓国に圧力をかけているブッシュ大統領を差し置いて、小泉さんがのこのこと国交正常化のために訪朝する事は有り得ない、と私も思います。
めぐみさんをはじめとする拉致被害者の問題を差し置いたままの日朝国交正常化を許すほど、日本の世論もアホでは無いと思いますし。
親北・媚中派の思惑を、早紀江さんの「娘を思う切なる母の思い」が蹴散らした今こそ、拉致問題解決のために良い追い風が吹いている今だからこそ、より一層世論に対しこの問題への深い理解と広い支持を求めて、支援の輪を広げるべく出来る事を地道に積み上げる必要があると考えています。
被害者を救うために政府の思い腰を動かせるかどうか?は、これ全て世論の力にかかっていると言っても過言では無い、と私は思っていますので。


青木氏の講演会を聞いての私の主な感想はだいたいこんな所です。
この講演会の中身は基本的に青木氏の著書「拉致処分」を踏襲したものですので、まだ未読の方はぜひ、この機会に読まれる事を強くお勧めいたします。

尚、青木氏の講演は徹頭徹尾非常に熱のこもった物で、その迫力は聞いているこちらが蹴倒されそうなくらいの勢いがありました。
戦略研の常連参加者の方に聞くと、青木氏がこんなに熱く語るのを初めて見たとか。
それくらい拉致問題の山が動く気配が現実にそこまで来ている、と言うことの手応えを青木氏自身が感じている、と言うことでしょうか?

この講演会の模様はぜひご訪問の皆様にも詳しくお知らせしたい所ですが、主催者側より講演内容の全文紹介はご配慮いただきたいとのお願いがありましたので、この講演会のテキスト化は見送らせて頂きます。
以後、情報研での講演会も同様の扱いと致しますので、予めご了承下さいますようお願いいたします。<(_ _)>

2006年05月11日

06.4.21 質疑応答 回答者:荒木和博氏 戦略情報研究所講演会(4)

『質疑応答 回答者:荒木和博氏』

★質問者1

非常にアホな質問になってしまうんですれけど、アメリカと日本を利口とアホを使って比較しましたけど、アメリカと言うのは上から利口がアホを押さえつける国で、日本は利口がアホを支える国と言う意味ですかね?
荒木さんの言ってる事は?

★回答 荒木氏

あぁ、中々良いご意見ですね。
それは上にも利口な人はいますけど、何でしょうね。
やっぱり逆に言うと下がしっかりしているから、上があんまり物を考えなくなってしまうと言う感じがします。
あるのは日本的なリーダーシップで権威と権力が大体別れるから、そうすると余り責任が無くなってしまう。
言う事なんじゃないかと思います。
よろしいでしょうか?

★質問者2

○○と申します。
質問させて頂きます。
自衛隊の中にアメリカ、あるいは英国、あるいはドイツの軍隊の中にあるような、特殊部隊と言うかそういった物が想定されているのかいないのか?
あるいはいるとしたら、どこかで秘密裏に訓練しているとか言う事は無いのか?
70年安保の頃に治安出動を想定した訓練があって、すっぱ抜かれた事を記憶しているんですけどもその辺はいかがでしょうか?

★回答 荒木氏

あのですね、もちろん私が知らなきゃそれでおしまいなんですが、自衛隊の中でも一番の・・・(聞き取れず)は習志野にあります特殊作戦部というのはですね。
これは一番様々な事を想定して、行動できる部隊ですね。
あと九州の方に西部方面隊にあります西部方面の普通科連隊、・・・(聞き取れず)と言うんですが、これもそれに近い。
ただしそちらはどっちかと言うと中国を睨んだ島しょ防衛の部隊ですね。
そういう物もあります。

後は一般の空挺部隊とかですね。
そういう事になっていきます。
やってる事はそこそこ、隠れて訓練もやってはいます。
昔みたいに、仰ったような状況の時みたいにですね。
今、本当に徹底的に隠さなきゃいけないという、そういう状況には無いんですね。
ですから以外にももうオープンにしても問題ないんですが、特殊部隊ですから明らかにしないと言う部分で、出してない事もありますけども、それなりのやる事はやっております。

ちなみにですね、もう一つ言うと今ゲリラコマンドの対策みたいな物は、自衛隊全体としてもかなり重要な問題になっていまして、私らみたいな予備自衛官が年間わずか5日間訓練受ける時でも、担当した部隊によっては市街戦の訓練とかやる事もあるわけですね。
もちろん私が・・・(聞き取れず)という小銃を持ってゲリラコマンドの鎮圧に当たる時は、この国はおしまいだと思いますけども(笑い声)、一応そういうふうに全体的にはなって来ている、と言うことです。

★質問者3

例えば民間への被害の想定を折り込まなければいけないというご意見だったんですが、これどのように具体的に方法を使ったら良いとお考えですか?

★回答 荒木氏
 
方法と言うのは、相手がやってくると言う事ですか?

★質問者3

やってくることじゃなくて普通、民間人と言うのは日本の国民の事ですよね?(荒木氏「そうです」)
国民に理解を求め、家族の・・・(聞き取れず)どのような方法を使うと良いとお考えですか?

★回答 荒木氏

つまりですね。

拉致問題の解決と言う事を考えると、拉致問題の解決で強硬な姿勢をとった。
それについては北朝鮮側が脅かすと言う意味でですね。
こういう特殊部隊を入れたりとか、言う事をやって例えば東京の新幹線を例えば爆破するとか、あるいは毒ガスを撒くとか、そういうような事があるわけですね。
それに対してそういうことがあるならばやらない方が良いじゃないかと言う世論が出来てしまうと、これはもう相手方にどんどん付け込む隙を与えてしまう。

そこは、そんな事やるならやってみろと、こっちが仕返ししてやると言うようなふうにしていかなければいけないんですが、その為のですね。
私は一つ乗り越えなければいけない問題と言うのがこの拉致問題に関して言うならば、今どうしてもご家族がと言う、まず先頭に立ってるんですね、この拉致問題の。
政府もご家族の苦しみを少しでも和らげて問題を家族の問題と言うふうに、皆がどうしてもしてしまっている。
で、これでやってしまうとですね。

そこももちろん必要なんですよ?
私もそこで入ってきている人間ですから、否定はしないんですがこれをいつまでも先頭に出していると、結局最後は他人事になってしまう。
まぁそういう人たちも可哀想かもしれないけれど、それで新たに自分達が被害に遭う事はないんじゃないかなと、当然なってしまうわけですね。
そうじゃなくて、この拉致と言うのはこれはもう北朝鮮がやってきた一種の戦争行為であって、だからもしここで我々が怯んでしまったら、またもっと更に酷い被害が起きるんだという事を・・・

★質問者3

それは例えば、どういう対策を?

★回答 荒木氏

だからそれはつまり、ここでですね。
例えばちょっとした事で、ちょっと爆弾でも爆破すると。
これで日本の世論も大混乱して大騒ぎになると、これは強攻策は取っちゃいけないと言うのが巻き起こるとします。
じゃあ辞めようと、言うふうになったときには北朝鮮はですね。
この手を使えばもう次も出来ると思うわけですね。
効き目が悪ければもっと酷い事をやるという事になってしまって、そしてそれにコントロールされて日本の政府は政策を決めていかざるを得なくなる。
いう事になってしまう。
それが一番怖いと言う事です。
そこを何とかして止めなければいけない。

★質問者3

あと一つ、今回初めて36人の特定失踪者の情報を北朝鮮に公開すると言う事がニュースにありましたけども、例えば今、家族以外は全くの第三者ですから、どの程度が36人に数えられたのか?
向こうで目撃証言がありましたとか、こちらの・・・(聞き取れず)北の拉致だと考えられますというので、第三者をもう少し納得させられる方法と言うのはどのようなのか?

★回答 荒木氏

もっと他にいるという事についてですか?

★質問者3

例えば理由が無くていなくなったから北朝鮮による拉致ではないか?と言うのではなくて、北朝鮮による拉致と言うのはこういう証拠によって私達が北朝鮮による拉致だと考えます、と言うのはまぁいえないでしょうけども、どの程度公開できるものなんでしょう?

★回答 荒木氏

こういうことがあったから、こういう証拠があったからこれは拉致だというのはですね。
おそらく言えるケースと言うのは全体の1割も無いんじゃないかと思います。
それ以外は推測でやるのと、それから推測をしても分からないケースと言うのが相当数ある。
これどういうことかと言うと、要は政府認定者の中にも原(敕晁)さんとか久米(裕)さんとか田中(実)さんというのは、これは身寄りが無いのを狙った拉致ですね。
成功していれば、誰も拉致だと分かっていないケースです。
そうするとご家族が名乗り出ると言う事も有り得ない。

そういう人たちのケースと言うのは証拠も何も、いなくなってると言うこと事態分かってない事ですから、その人たちは証拠だなんだと言っていたら絶対に見つかる事は無い、という事になります。
だからこの問題が解決するのは、要は金正日の体制を倒してしまって、自由に中にいる人が帰国する。
あるいは我々が自由に北朝鮮に入っていける。
そして自由に自分の意思が表現出来ると言う所まで行かない事には、問題の解決には行かないし、全ての人を取り返すことは絶対に出来ない。
ということです。

★質問者3

もう一つ宜しいですか?
・・・(聞き取れず)の5月号に、日本の戦争にアメリカを巻き込むのだと言う最後にお書きになってらっしゃいましたけど、あれを具体的にどのような方法で決断なさるとお考えなんですか?

★回答 荒木氏

それはですから日米安保という事になるんですが、かつてその日米安保についてですね。
日本に日英安保がある方が戦争に巻き込まれると、アメリカの戦争に巻き込まれると左翼の方でずっと言って来たんですね。
そうではなくて逆にこちらが使うと言う事をもっと考えても良いのではないか?
それはどういうことかと言いますと、北朝鮮に対して何らかの救出作戦とかそういう事をやるときに、やはりアメリカに知らせないでやる事は不可能に近いですから、アメリカのいろんな物を使わざるを得ないんです。

アメリカが、今この間新潟に大使が行ってですね。
横田めぐみさんの拉致されたところの現場を見たとか、そういうようないろんなパフォーマンスをアメリカがしてるのは、やはり日本に対して協力をしているという姿勢を見せる事で、様々な事でプラスになるという読みがあるからですね。
もちろん同盟国だからやってると言う事もあるんですけども、しかしそういう物は最大限に利用して、ともかく日本は今この拉致被害者、国民を助けようとしているんだと、だから当然協力してくれということでですね。
アメリカを一緒に引きずり回すと、いう事が必要じゃないか。
一緒にですね、例えば在韓米軍の基地を使わせてくれとか、これを使わせろとかですね。 
例えばここまで輸送してくれとかそういう事を含めて協力を求めていこう、と言う事だろうと思います。

同時にアメリカが巻き込まれるという事はですね。
攻撃されれば当然アメリカは反撃をしなければいけないわけで、それは北朝鮮からすれば、日本とアメリカが一緒になってやってきたという事の恐怖感と言うのは、これは想像を絶するほどの恐怖感が当然あるわけでして、それによる抑止効果と言うのも当然大きいんだと思うんです。
それをやるべきだと言う事ですね。

★質問者3

具体的にこういう事を通してアメリカを巻き込むんじゃなくて、作戦としてありとあらゆる機会をアメリカと共闘するという?

★回答 荒木氏

こちらがこういうふうにやると言う事で、それに対してこれは事前に言っておかなければいけないと思いますけども、言っておいたら言っておいたで後は、じゃあこれやってくれあれやってくれと言う事を、こちらから要求していくと言う事ですね。
それは出来ると私は思っています。

★質問者3

ではあの時に、例えば16日にシーファー大使が新潟へ行って、翌日の17日に牛肉のBSEで輸入再開で早速利用して頂きたいとニュースがあって。
あれはあれこれはこれと言う考え方なんですけども、まぁそういう物かなぁ?と思いました。

★回答 荒木氏

同盟国なんてどうせそんなもんですから。
何となく日本人の中で、アメリカ好きって言う人と嫌いって言う人で、何か好きっていうとアメリカみんな日本の事を考えてやってくれると思っちゃう。
そういう人が多いんです。
しかしそんな物じゃなくて、同盟国ったってお互いの利益が一致する物と一致しない物があるわけで、それは比較的一致する物が多いから同盟国をやってるわけですけども、それでも全然違う所はある。
お互いに握手しながら足蹴り合うくらいのつもりでですね。
やってればいいわけで、その中でアメリカだって日本が使えるから利用しているわけで、こっちもアメリカで使えるものは利用しなければいけない。
それくらいの割り切りにしてしまわなければ良いかと思うんです。

★質問者4

すみません、座ったままで失礼します。
拉致問題とは関係ないかもしれません。
関係ないと言いますか拉致救出と言うテーマからはずれてしまうかも知れませんが、先日めぐみさんの写真展が妨害されたとか言うニュースを聞いておりましたが、こういった妨害工作と言うものがあるとするならば、まだ妨害している人たちがどういう所の人なのか分かってないのかも知れませんが。
これはやはり北からの物と見て良いのか?推測の話しかないのかもしれませんけども、それをお尋ねしたいのと。

いくつかの文献等を見まして、具体的にどうかと言うのは良く分からず、とりあえず西新井病院に関係があるという程度の話なんですが、地下鉄サリン事件に朝鮮総連というか、北がらみの組織があるというか関与していたと言うような事を文献で読んだ事がありまして。
僕は全く知らなかった物ですから、そうだったのか?と思ったんですが、その辺は真相はどうなのか?
分かるのかどうか?と言うことと。

もし関係があったとするならば、具体的に拉致以外にも我が国には被害者が出ているという事になりますので、そういうことでもう一度日本国民全体の意識の活性と言いますか、そのきっかけにならないか?と思いますがそのあたりはどうか、お尋ねしたいと思います。

★回答 荒木氏

あの写真展の話はですね。
ちょっと私も分かりませんが、他でこう言うのが起きてる訳では無いですから、一時的ないたずらの可能性が高いんじゃないかな?と、思います。

今、だから、朝鮮総連はそういう事に関してですね。
もう動く力が残っていないです。
力があればおそらくまたチマチョゴリの切り裂き事件とか、まだやるかと思うんですけどね。
もう全然無いでしょう?
かつてはちょっとミサイルがどうたらこうたらと言って、日本で世論が硬化するとすぐにね。
チマチョゴリが切られたとか言ってやってたわけですけども、もう今は無いと言うのはどういう事かと言うと、今下手に出しちゃってでっち上げだと分かっちゃったら大変な事になると言う事で、そういう事が出来る状況に無いんだと思います。

その時だって、あるいはひょっとしたらちょっと(朝鮮学校の)女の子をからかったとか、そういう事はあったかも知れませんけどね。
あったかも知れないけどそれは別に普通の日本人の女子高生だってからからかっていた人間が、からかっていた事もあるのかもしれないけど、それを我々はやられたと言うふうにしてしまった面もあると思います。
だからこれも同じで、何かしら、そういう脅かしたりして楽しんでいると言う、そういう話ではないかな?と
もし組織的であれば他の所でも同じ事がそれまでも起きているのではないかな?と、私は思います。

それからオウムとの関係なんですけども、これはですね。
私も良く分からないんですね。
オウムに関しては坂本弁護士事件の担当をやっていた、テレビに出ているあの滝本(太郎)弁護士なんかともお話をしたんですけども、その事も聞いてみたんですけども、滝本さんは全く関係が無いはずだと言ってます。
それはあの人自身が結構何回か殺されそうになっている。
本人はオウムの・・・(聞き取れず)とかああいう連中とですね。
いろいろ話をして、相当の時間聞いていると。
で、絶対いって無いと言ってると。
本人は死刑になる事が分かってるんだから、今更隠してもしょうがないはずだと、言ってはいました。

ただ西新井病院とか、かする部分はある。
何かしらひょっとしたらあるかもしれないと思いながら、正直言って今のところは結論が出ないと言うのが実情です。

★質問者4

どうもありがとうございました。

★最後にまとめ 荒木氏



最後にもう一まとめだけして終わりにしたいと思いますが、本当に今日時間遅くなってしまいましたがありがとうございました。
覚悟しなければならない事と言う話をしたのは、私、今、今回が初めてでございまして、正直言って自分自身でもですね。
一般の人に話をするときに、やはりそういう事は言いたくない、です。
言いたく無いけれど、この拉致の救出運動をやっている人であれば、誰でも心の片隅にですね。
この事をやる事によって拉致被害者に危害が及ぶのではないか?とか、そういう恐怖感は持っているはずだと、私は思っています。

9.17の時にですね。
あの時に私は外務省の麻布の飯倉公館で、横田めぐみさんのご両親とか有本恵子さんのご両親とか増元さんとか市川さんなんかにですね。
に対して、政府が「亡くなりました」と言う現場にいた人間でございまして、あの時は本当にですね。
自分がやってた事で、人殺しをしてしまったと。
いったいどうやって償えばいいんだろう?と、本当にですね。
頭の中が真っ白になるというのはこういうのを言うんだろうなと、言うような体験を致しました。

今、これをやってる限りはですね。
また、あるいはもっと酷い事を体験しなければいけないんでは無いだろうか?と言う事を、ある程度覚悟は致しております。
覚悟はしてますけども、誰かがやらなければ、これは絶対に問題は解決しない、と言うふうに思っておりますし。
これまで、もし何十年も前に拉致の過程で殺されてですね。
日本海に沈められた人が居たんだとすれば、その人たちの思いをですね。
少しでも慰める為には、絶対にこの事をここで止めることは出来ないというふうに私は確信を致しております。

これは本当にある意味で言うと、戦後60年間、我が国はですね。
とにかく自分から悪い事をしなければ人から悪い事をされないんだという、全くの夢のような事を、夢だと分かっていながらそれを現実のつもりでして余計な物に目を向けて来なかったと。
言う事のある意味で、ツケだったと思うんです。

おそらく小泉さんはあの拉致問題に手を付けて、それまで何の関心も無かった事なんでしょう。
それでやってみてですね。
この問題の深さをおそらくかなり分かったんだと思います。
分かってパンドラの箱の蓋を閉めようとしたんだけど、もう締め切れない。
と言う事がですね、今日につながっているんだろうというふうに私は思っております。
我々もその蓋を開けて見なければいけない時が必ず来るであろうと。

そして、いったい我々は何をやってたんだろう?
安全とかそう言う物はですね。
ほったらかして勝手に来るものだ、と言うふうに思っていたという事が、間違いであったという事がやっと戦後60年経って分かったという事になるのかな?と。
余りにも遅すぎたといえば遅すぎたという事なんですけども、しかし我々自身が皆ですね。
その事に絶対に直面をしなければいけない時に今来ているんだろうというふうに、私は思っています。
そしてその時になれば、この国はちゃんと動ける国であると私は確信を致しております。

増元照明さんのお父さんが亡くなる時に、「俺は日本を信じる、だからお前も信じろ」と言って死んでいった。
あの事を考えればですね。
我々はその言葉に対して、恥ずかしく無いようにしなければいけないのではないだろうか?と言うふうに思っている次第でございます。

これから先まだ、いろいろですね。
雑音があるでしょうし、いろんな事が起きると思います。
起きると思いますけども、しかしですね。
最終的な目標だけは絶対に見失わないようにしなければいけない。
見失わないでやっていればですね。
絶対に私は問題は解決できると、この国はその力があるというふうに思っております。
どうか最後までご協力をお願いしまして終わりたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)

・・・講演会終了・・・

06.4.21 荒木和博氏その3 戦略情報研究所講演会(3)

『荒木和博氏の講演 その3』



え、ちょっとおまけですが。(自衛隊の制服姿の荒木氏の写真がスクリーンに映る、会場小さな笑い)

もう少しですね。
後残りの時間ですね。
安全保障と言う意味でもうちょっと 我々が何でこの事を危険を負っていてもやらなければいけないのか?と言う事についてのお話をしておきたいと思います。

Img_2743.jpg

これは・・・・・・(聞き取れず)と思いますが、元朝鮮総連の財政局の副局長、韓光熙(ハン・グァンヒ)と言う人物がですね。
が書いた「我が朝鮮総連の罪と罰」の中に出てきます、韓光熙一人で策定した進入ポイントですね。
38ヶ所を設定している。
韓光熙一人で38ヶ所と言う事は、これは別に一人でやってたわけではありませんので、3桁のかなりの所まで行く進入ポイントがある事は間違いない。
ここには日本海側が中心ですけども、当然太平洋側にも存在しているはずであります。

Img_2745.jpg

これは富山県の黒部川の河口で発見された北朝鮮工作員の水中スクーターで、これ自体が見つかったのは平成11年、12年だったかな?くらいですね。
まだ6〜7年前の事なんですけども、埋められたのも平成2年から11年の間に埋められているという事であります。

Img_2746.jpg

埋められた場所はこの黒部川の河口ですが、この場所から言いますとここらへんになったと思うんですけども、このこっちからこう来て、その先の所がこうなっているんです。
ここらへんに埋められていたと言う頃でありまして、土が露出して明らかになったと言う事であります。
こうやって見て分かるように非常に開けた場所ですね。
開けた場所にあるのにも拘らず、こういうところに重い水中スクーターを引きずって持ってきて埋める事が出来たということです。

Img_2749.jpg

さっきのはついこの間ですが、これは能代事件で昭和38年の事件。
これはこの頃は非常にですね。
工作員の進入が多かった頃でありまして、恵谷さんの著書にも一つ一つの事が詳しく書いてありますけども、能代にですね。
2回に亘って工作員の死体とか、あるいはゴムボートですとかいろんな機材が流れ着いた事件であります。
そのなかにこうやってピストルもあった。
当然入って来る工作員の中で、こうやってピストルを持って入ってきている人間と言うのは、ピストルですとか銃関係を持って入って来ている人間であるわけであります。

Img_2750.jpg

Img_2751.jpg

これもですね、機材も全部持って来ていたと。
ちなみにこれは秋田県の能代ですが、能代から北、JRの五能線の沿線は本当にそう言うのがしょっちゅう入っていた所だそうで有りまして、あるテレビ局の人がここを後で取材した時に、そこにいる住民の漁師さんたちがですね。
みんな何か賞状を持ってくる。
警察からの感謝状を持っている。
何かと言うと要はですね。
置いてあった不思議な変な金の入っていたバッグですとか、工作用の機材が入っていたバッグを拾って警察に届けたと、いう事で感謝状をみんな持っていたというのにビックリしてしまったという話なんですが。
そういう所がざらにあるというんですね。

Img_2753.jpg

いうまでもなく日本の海岸はこういうふうに非常に横がオープンになってるわけですが、韓国の海岸であればこうやって鉄の柵がずっと巡らしてある。
そしてある程度の距離の感覚で韓国軍の警備歩哨があって、実弾を込めた銃を持った兵隊が警備をしているわけでございます。
この韓国の海岸でも北朝鮮の工作員は入るわけですから、日本の海岸なんかですね。
どうぞいらっしゃいって言うような物であります。
しかも日本は非常に海岸が入り組んでいて海岸線の長さが長い。
これをまさに専守防衛で防ごうって言ったって、出来るわけが無いということです。

Img_2754.jpg

北朝鮮はこういう、御覧になった方もおられると思いますが、工作船を持って侵入してくる。
これは今横浜の海上保安庁の展示施設の中にある、例の工作船ですが、これを見てもですね。
この工作母船は漁船を改造した物でも何でもない。
正面の切り立った船首を見ても、このために作った船であるということが明白でございます。
この船は40ノット(1ノットは1.852キロメートル毎時、40ノット=時速約74キロメートル)以上のスピードが出る。
その右側の工作小船という小さな船はただのポンポン船に見えますけども、これは50ノット(=時速約79キロメートル)くらいのスピードが出る。
と言う非常に高性能の船でございます。
それで入って来る。
つまり北朝鮮の工作活動と言うのは拉致もそうですけども、たまたま一時的にですね。
思い立ってやったものではないと、これはずっとやる。
それが当たり前だという事でやっていた、という事になるのでは無いだろうかと思います。

Img_2755.jpg

で、この工作船の中にはこういう対空機関銃の装備があった。
非常にかなり大きな機関銃ですね。
それからこういう地対空ミサイルの反動砲、こういう物も積んでいて、手榴弾ですとかそういう物もたくさんあったと言う事でございます。
ですから工作船とか不審船とか言うと何か聞こえが良いんですけども、これは間違いなく一種の軍艦であるというふうに思った方が良い、と言うことであります。

Img_2757.jpg

ということでですね。
結局何が言いたいか?
専守防衛では日本は守れない。
つまり逆に言えばどういうことかと必要に応じて威嚇をする。
先制攻撃をするということが必要ですね。
これは日本の国会でもすでに、例えば敵国がミサイルの発射準備をしたときには、これをですね。
先制攻撃をするのは自衛の範囲だという国会答弁もありますので、それをするという事は考えておく必要はある。

で、今、ミサイル攻撃とかやろうとしています。
物凄い金がかかるわけですけども、そのお陰で自衛隊の一般の予算はかなり削られてしまうすう勢にある。
しかし今の状態で、物を決められない状態でミサイル攻撃をやってもですね。
例えば、「ミサイル発射されました」というですね。
天気予報以外、何も出来ません。
こんな事をやったって、ほとんど意味が無い、と言うことだろうと思います。
アメリカがですね、予報と言う事以外、どうしようもないと私は思っています。

で、最初に言いましたけどこの事はやるとなれば、政治が決断をしなければいけない。
例の集団的自衛権の問題なんかも、国会で議論しても法制局が「それは憲法に関って行使出来ない」、言う事を言っているのが一つの歯止めになってしまっているわけですが、しかし法制局と言うのはですね。
あくまでも法律用語を作ったりするのの手助けをするところであって、それを決める場所ではありません。
これは国会の意思としてですね。
法制局が何と言おうとやる事はもちろんやらなくてはいけない、言う事ですね。
国民から選ばれた国会議員がですね。
役人の言う事を聞く必要は全然無い、と思います。

以上は現行憲法でも可能である。
そしてこれ、逆にですね。
憲法が改正されなければ出来ないと、こういう事を言う人が多いですけども、そういう思考停止は絶対に許されない。そんな事を言ったら絶対に、問題解決する事は出来ません。
逆にですね、私は今ある憲法を改正する事は非常にちょっと危機感を持っておりまして、何か保守系の人でですね。
憲法を改正すれば全て上手く行くと、彼らは勘違いをしてしまっていると。
いったいどう変えれば良いかという事については何も考えて無いわけですが、しかし何か変えればですね。
全て上手く行くんじゃないか?と思っているという事で、そんなのは絶対に有り得ません。

毎年ですね、憲法を変えるというくらいの事にしていけば、いくらか時代からずれるのは止まるかもしれませんけど逆にですね。
変なふうにいい加減に憲法を改正してしまうと、その後でですね。
今はあの憲法であれば戦争に負けてアメリカがドサクサに押し付けたんだと言う事で、だからそういう努力目標にしておきましょうよで済みますが、一旦憲法を改正してしまえばですね。
国会でしかも、国民投票までやるわけですから、そしたら国民が認めたという事になってしまって、尚更手足を縛ってしまう事になる。
だから憲法改正の問題はですね。
逆に気をつけておいた方が良い。
今のままでも出来るんだと言うことです。

そしたら我々が常に認識しておかなければいけないのは、今我々は我々自身の利益と言うことだけで動いております。
で、今の生活がどうなるのか?どうすべきか?
今の生活が厳しいからこうすべきだとか、今の景気が悪いからこうすべきだとか言ってますけども、しかし日本と言う国は今生きている我々だけのものでは無いと言う事は当たり前なんです。
先祖があったから我々が存在するわけでありまして、そしてこの国にはこれからも我々の子孫が生まれてですね。
そして育ってこの国を形作っていくわけで、我々は祖先とそして未来に生まれてくる我々のその次の世代にも責任を持っている。
我々もあくまでも今の時期に中中継ぎをするだけだ、と言う事でございます。

だから過去の世代に対してですね。
失礼になるような事は絶対にしてはいけないし、そして次の世代に対してもツケを回すような事も絶対にしてはいけない。
そのために我々自身が犠牲をするということの必要はあるのではないだろうか?と思います。
「男たちの大和-YAMATO」のコピーでですね。
「彼らが命懸けで護った未来に私たちは生きている」いうのがありましたけど、まさにその通りでは無いだろうか?というふうに私は思っている次第でございます。


大体一時間たったわけでございますけども、やはりですね。
もう、今、あんまりのんびりしている時間は無いと私は思います。
「しおかぜ」を始めまして大体半年経ちました。
まだ情報の収集と言う意味では十分に出来ておりませんけども、本当にこれは具体的な事はこれだと、まだ余り言えないんですが、感触としてはこれから先急激に変わるんではないか?と言う感触を私は持っております。
いろんな情報の入手とか、あるいは上手く行けば救出と言う事も含めてですね。
動く可能性がある。

それは始まったら待った無しで、凄いスピードで始まってしまうだろうと思うわけでございまして、その時にですね。
いろんな事をですね。
大所高所はどうだとか、そういう事を言っている余裕は無い。
政府がけしからんとか外務省が駄目だとか、そういう事を言っている余裕すら無くなるであろうと言うふうに思います。
全ての立場の人たちが、それぞれの立場で各々やっていく事で、状況を進展させるしかない、言う事だろうと思います。
そしてそういう状況になった時、実は我が国がある意味で言うと一番強い、と言う事も私は確信を持っております。

この国は60年前にですね。
アメリカ相手に戦争をやった国であります。
アメリカだけではない。
中国でその前、4年前から戦争を始めていてですね。
そして中国戦線で伸びきった所に持ってきて、アメリカ・イギリス・オランダとまとめて戦争を始めてしまったと。
そしてあれだけの酷い所でですね。
とにかく世界中の大国を向こうに回して戦う事が出来た国なんです。

しかもその日本はですね。
陸軍と海軍の中が物凄く悪かった。
陸軍が潜水艦や航空母艦を作ってしまった国と言うのは世界中で我が国しか存在しないわけでございまして、これは良い方に見ればですね。
いかに我が国が優秀であったか?
陸軍でも潜水艦や航空母艦を作れたという証明でもあろうかと言うふうに思います。

ケンカしながらともかくあれだけ戦う事が出来たという事の中の一つにはですね。
旧軍でも今の自衛隊でも、あるいは一般のいろんな社会の各局面でそうですが、中堅クラスがですね。
非常に優秀な人が多かった。
ある程度ハッキリした目標が定められていれば、その目標に従って自分で物事を考えて行動する事が出来るというのがこの国の一番の強みでありまして、これはですね。
アメリカでも中国でもロシアでも絶対に真似が出来ません。

アメリカとか中国とかロシアとか、基本的には上に立つ人間は物凄くしっかりしなければいけない。
それが全ての責任を負う。
その代わり下にいるのは、どんなアホが来ても構わない。
と言うのが基本的に前提でございまして、どんなアホが来ても大丈夫なようにやるシステムであります。

日本はそうではなくて、上に行けば行くほど悪くなる。(笑い声)
と言う非常に困った国ではあるんですけども、逆に言えばですね。
上が問答無用の方針があれば、勝手に物が進んでいくと言う事でございます。
これはもう、戦後、というか、まず明治維新の時から戦後の復興とかですね。
そういう時に日本人が発揮した底力と言うものがあるわけでございまして、そうすると今のような状況でですね。
もう北朝鮮なんかメチャクチャな状態になっている。
中国なんかが手を突っ込む。
今胡錦濤がアメリカ行ってやってるわけですけども、本当はもう北朝鮮が6者協議に参加すると言うお土産を持っていきたかったのに、北朝鮮が言う事を聞かないと。

そしてブッシュはブッシュでですね。
自分の支持率に火がついているだけではなくて、今のアメリカの国力から言ってですね。
北朝鮮に軍事攻撃をする力なんか残っていない。
脅かすのは散々っぱら脅かすと思いますけども、しかし出来るだけ枠を作ってですね。
向こうからやられれば当然やり返すんでしょうが、こちらから因縁つけてやると言う事はもう出来そうも無い。
みんなそれぞれですね。
弱みを持っているわけであります。
尚且つみんな勝手なシナリオを書いている。
役者はここに何人もいるわけですけども、その人の周りに演出家とかシナリオライターとかがいてですね。
「おい、このシナリオでやれ!」と言う事をあっちからこっちからシナリオを突きつけて来ているというような状態であろうと思います。

もうちょっと分かりやすく言う為にはですね。
放送禁止用語を使えば説明できる部分があるんですが女性がいますので、ちょっとその部分は控えさせて頂きますが、ともかくですね。
そういうような事は我々にとって、非常にプラスなんだという事を考えてみて良いのではないか?
我々はそれを絶対にやる力がある、と言う事でございます。
そうでなければですね。
この国はこんな経済大国になるはずも無いし、あるいは明治維新以後ですね。
あっという間にこれだけの大国になっていくはずが無いわけでございます。

今、韓国のですね。
保守系の方で非常に今、韓国の事を憂いている方が言っておりましたけども、結局経済の急速な発展と言うのはあるけれども、政治には急速な発展は無い。
つまり韓国、ご自分の国の事を差してなんですが、今韓国の中は左翼が全盛でメチャクチャな状態になってる。
経済は確かに韓国は非常に良くなったんですけど、やっぱり政治とかいう事は出来ていない。
結局だからそういう形で近代化出来た国は、世界中で日本しか今だないんじゃないか?と言っておりましたけども、やはり我々がそういう部分に対しては自信を持っていて良いのではないだろうか?
と言うふうに思っている次第でございます。

その思いでですね。
これから先、おそらく短期間に、かなりのいろいろな事が起きると思いますし、ショッキングな事とか様々な事が起きると思いますがここにお出での皆さんは何とかですね。
その最新の方向性を見失わないで、共にこの問題の解決に努力をして頂ければと言う事を思っております。
残り25分でございますね?
残りあと質問等をお受けしていきたいと思います。
とりあえず、終了させていきたいと思います。
どうもありがとうございました。(拍手)

06.4.21 荒木和博氏その2 戦略情報研究所講演会(2)

『荒木和博氏の講演 その2』



Img_2736.jpg

じゃぁ、どういう風にしていくのかと言うことなんですが、まずですね、やらなければいけない国内の捜査なんですが、実行犯らの検挙をする、それから北朝鮮系組織の違法行為の摘発をする、そこから今までもやってきてることを更に強くやってもらうということ。これは、当然警察の仕事と言うことになります。ただ、鳴り物入りでやった、原さんの拉致に関わる大阪の商工会、あのラーメン屋のがさ入れも、結局あれだけで、誰も捕まえることができない。

こんなことを言うと誤解を招くかもしれませんが、がさ入れをやる、礼状を持ってがさ入れをやると言うことは当然犯人を検挙できると思ってやるはずなんですね。がさ入れだけやって、検挙しないと言うことは、ある意味人権侵害なんじゃないかと思うんですが、なんで向こうは言わないだろうとすら、思う次第です。

すでに原さんが拉致をされてから、26年たっているわけで、26年たってから、ラーメン屋をがさ入れしても、おそらくラーメンの汁ぐらいしか残っていないわけでして、何もわかるはずがない。

そう言うことでは困る。実際に救出に近づけるための、捜査をしてもらわなければならない。そして、それ以上に必要なのは、北朝鮮側の情報の収集でございまして、これは拉致被害者の状況、北朝鮮の内部情報等についてですね、収集して分析をするという努力が必要でございます。

こないだ内閣府の制度幹事会の中に【特命チーム】というのを作りまして、やっと今から始めたんですが、しかし、この特命チームの中から防衛庁ははずされていると言うことでありまして、普通だったら考えられない話しなんですけれども、現実にはそう言うことになっている。

で、まぁ、人のことばっかり言ってもしょうがないので、調査会では、これを今できるだけ進めていこうとをしております。惠谷さんに調査会の常務理事になっていただいたのも、ここの部分をですね、何とか強化をしたいという事でお願いをしたわけであります。

それから、『国際的包囲網』、これは普遍的な人権問題としての圧力、それから同じ拉致被害者を抱える関係国と連携ということで、すでに、この月末に横田早紀江さんたちが(アメリカに)行かれて、アメリカの議会で証言をされる。それにあわせて、(4月)22日にはホワイトハウスの前でデモンストレーションをやるというようなことが決まっておりまして、まぁ、そう言うものはだんだんと着実に進んでいる。

それから、こないだのDNA(鑑定の)問題などで、この韓国との連携も更に強化されるであろうと、想定されます。

そういう事の中で、やらなければいけないのは、経済制裁のような、このような圧力、そして圧力をバックにした交渉ですね。これはもう、外務省、それから警察庁等の関係省庁の連携、対応、それをやるときに国民が支持するということが当然必要であります。

それから、【北朝鮮の威嚇に屈しない国民の姿勢と政府の対応】、まぁこれは国民保護と言うことで、北朝鮮が、場合によっては特殊部隊を入れるとか、あるいはですね、ミサイルですね、こういうことを言い出してくる可能性がある。
その時に、これがやはり気持ちの問題なんですが、『そんな怖いことになるんだったら、拉致問題、あんまり騒ぐの止めようよ』と言う風に世論がなってしまう可能性がある。それは、十分にあります。

『どうせなんだかんだ言ったて、家族の問題じゃないか。かわいそうな家族かもしれないけれども、それを守るために、我々まで被害に遭うことはないでしょう』と言う風に世論がなっていく可能性はこれは、十分にあります。
そこを、世論=国民がですね、<そんなものには屈しない、我々、戦うんだ>という姿勢を見せることによって、それが北朝鮮に対する圧力になると言うことなんですね。それがどうしても必要である。

Img_2738.jpg

それから、これは主に自衛隊の範囲ですが、【体制崩壊に伴う邦人の保護】を行う。つまり体制崩壊になった場合にですね、どこで、どういう風に助けるかと言うこと、これは、我々やっております<しおかぜ>でもやるつもりにしておりますけれども、そして、一方でですね、たとえば、・・ですとか、清津とかに、護衛艦が行ってそして救出をしてくる。これはこの3月8日に、参議院の予算委員会で、民主党の山根隆二議員が質問をいたしまして、額賀防衛庁長官が、拉致被害者の救出という意味では初めての答弁をしてくれたんですが、生ぬるい答弁ではありましたけれど、『外務省の要請があれば行きます』と言う風に言っておりました。ただ、言わなくても良いおまけにですね、『安全が保障されるのであれば』という余計なことがついていたわけですが、安全が保障されるなら別に自衛隊がいく必要などないわけでございまして、そういうことは取っ払っても言ってもらうしかない。

イラクの派遣の時に、小泉首相は、イラクの特措法で、『自衛隊は安全なところに行くことになっている。だから、自衛隊が行くところは安全なんだ』という非常に素晴らしい論理を使って、イラクを解放したわけでありまして、この論理を使えば、何でもで、おそらくできるだろうと、いうことですね。


それから、【救出作戦】ということで。これは自衛隊を使って、救出をすると。そのために、向こうにいる拉致被害者と何らかの形で、アクセスができて、そして、本人が『危険を犯してでも帰りたい』と意志がはっきりした場合に、何らかの手段を使ってやるということですが、これはやるとなっても、ぎりぎりまで極秘の状態でやらざるを得ません。しかし、そう言うことをやった場合に、やはり国民の支持が当然必要だと思います。

そういうことをやると言うことは、つまり<日本人の拉致被害者の救出>を突破口にして、全ての拉致被害者の救出して、そして、北朝鮮の国民の人権を回復すると言うことであります。それはつまり金正日体制を崩壊させること。それによって、東アジアの安定と日本の安全を図る。まぁ、当然、北朝鮮の向こうにもうちょっとやっかいなのがいますけれど、金正日体制の崩壊というのをですね、日本が主導してやっていく事によって、中国に対しても、カードを持つことができると言うことだろうと思います。

ちなみに、おととい(19日)法律家の会の総会がありまして、そのあと講演会にですね、ジンネットの高世仁さんが、講演をされました。そこで高世さんが本に書いたものを資料として持ってこられたんですが、高世さんの論文のタイトルがですね、『金正日体制を平和的に打倒するということについて』という論文なんですね。こういうことを説明しながら話をしてくれたんですが、だんだん話しているうちにですね、じゃぁ具体的にどうするかという話になったときにですね、『結局、暗殺するのが一番早い』という話になって、全然平和的でも何でもないんですが。(荒木さん、会場とも、笑い)結局、とどのつまりはそこに行ってしまうと言うことなんだろうと思います。

そう言う中で、自衛隊が何をしなければいけないかということなるわけなんですが、これは先ほど言ったことと重なりますが、情報の収集、拉致被害者の状況の特定他ですね。幸か不幸か特命チームの中に、自衛隊が入っていませんから、だったら勝手にやればいいということになります。

ここらへんのことは、もう今でも進められる事ですね。

それから、先ほどの額賀長官の答弁と関係しますが、【体制崩壊時の拉致被害者の安全確保】
これは、体制崩壊の時に、殺されるとか言う危険は当然あるわけでございまして、その時に安全をどうやって確保するかということが一番問題だと言うことであります。

これは朝鮮戦争の時でも北朝鮮軍というのは、攻められて逃げていくときにかなり虐殺をやっています。ですから、刑務所なんかに入れてあった政治犯などはみんな殺して北に逃げていますので、そういう可能性はですね、我々としては考えておく必要があるという事になります。

で、もちろん【救出作戦】ということですね。そして更に、北朝鮮のテロとか、ミサイル等への対処をする。これは、国民保護の観点から、必要です。そのためには、今の<専守防衛>と言うことでは、絶対限界があるんです。これはもう、この国の状況を見ていて、これだけ海が広い国でですね、入口に来たところを、蠅たたきみたいに追っかけるなんて事は、絶対にできるはずがありません。
だから、これを我々国民が自分たちの安全を守るのならば、専守防衛ではなくてですね、実際にこれに対応していかなければいけないと言うことです。

いずれにしても、これらのことは、準備が整いきれない状態で見切り発車になることは間違い有りません。
しかし、<そうは言っても、準備ができていません>などと言って、それを理由にして躊躇するなどということは絶対許されないと言うことでございます。

もうこういう危ないときにはですね、軍隊がいくしかない。そのために我々、何兆円も税金払っているんでして、その時になって、「あれもできません」、「これもできません」と言うのでは困るわけです。

ところが、・・・残念ながら、自衛隊得体の中では、何かというとですね、この法律ができてないから、憲法がひっかるとかですね、マスコミが悪いから、そういう泣き言ばかり言う人が、結構少なくない。それは非常に問題です。

おそらくここに来られる方は、やはり自衛隊と言うものに対してですね、好意的な方が多いと思いますけれども、残念ながら、今の現状はそんな簡単なものではないということも理解をしておいて頂く必要がある。

Img_2740.jpg

それはこの【課題】と言うこと何ですが、自衛隊を出すときにはですね、法的な根拠などと言い始めたらですね、とても間に合いません。これはもう基本的に政治判断に委ねなければいけないということです。

憲法を直してですね、自衛隊法を直して、あれも直して、これも直してなんて話をしてたらですね、そんなことやっていたらみんな死んでしまいます。死んでしまっても良いのか?<それでも法律を守る>という人はたいしたもんですけれども、しかしそう言うことは許されないと思います。

これはですね、基本的には個別自衛権の行使だということです。憲法上の問題があるという人が当然これは、出てくると思うんですけれども、そんなこといってたらですね、自衛隊というものがそもそも憲法違反の存在でありまして、予備自衛官であるわたしだってそうですが、憲法上、あってはいけない軍隊が存在しているわけでございます。
別に、イージス艦とか、F15とか、・・・式戦車を持ったこの集団がですね、消防署とか八百屋さんと同じと見る人はいないわけでして、間違いなく軍隊を持っているわけですが、その軍隊を持っていても−−憲法上問題があると言うことはどういう事かというと、逆に言うと、憲法の方が間違っているということですね。

だからこの状態で、もうきちゃっているから、それならば、護憲派の人たちは憲法、直しちゃいけないと言っているわけで、そう言うことであれば、憲法がどんどん形骸化していくということで、まぁ、逆に言えば、形骸化していると言うことは(とっくに形骸化しているんですけれども)それがわかったのであれば、もうですね、逆に言えば、もう自由にできるはずである。それは、国民の意思を受けて、国会が構成され政府ができているわけですから、その判断を持ってやるということが、当然の責務であろうというふうに思っております。

自衛隊以外に助けることができないと言うときにですね、拉致をされて、そして憲法はどうかというならば、基本的人権をきわめて長期的にわたり蹂躙されている我が国民を救うためにですね、これを使えないというのであれば、それは税金泥棒であって、年間何兆円もですね、税金を削る必要は私はないと思っている。

そしてさっき言った話なんですが、しかし、実現のために必要なのはですね、国民による支援と同時にですね。自衛官のほうの意識改革も、これは絶対に必要である。

拉致問題というのは主権を侵害されているわけですから、当然ですね、軍人からすれば、自分たちの縄張りを荒らされていると言うことになります。絶対に、正義的に許しておけないというふうに怒ってもらわなければ困るんですね。ところが、あんまり怒っている人がいない。我々・・・と思っている人が多いんです。

私は、この6年ぐらい、航空自衛隊の幹部学校で一番上のクラスの教育にですね、ちょっと関わっていたいたことがあるんですが、何年間もやってですね、非常に不思議な違和感を感じています。それはどういう事かと言いますと、なんだかわかんなかったですね。一昨年ぐらいから、ぱっと気がついた。私はこの北朝鮮問題、拉致の問題なんかについて、年間に二日間ばかりですが、話をしたんですが、その時の反応がですね、なんかその、軍人の反応っていうんじゃなくて、国際関係やってる大学院生と話しているような感覚なんですね。

みなさん非常にまじめな人達なんですね。一佐とかですね、二佐クラスですから、基地の司令部とかそれくらいのクラスのかなり上の人ですけれども、それであるにも関わらず、なんか非常に他人事みたいに聞いている。その緊張感が足りないという感じがしました。こういう拉致の問題なんかについて、軍人としての怒りを感じてもらわなければしかたない。

私自身が予備自衛官でも、実際に招集されたときには、一般の自衛官と同じ扱いになり、一般の自衛官であれば、自衛官の宣誓ということでですね、任務遂行に当たっては、身の危険を顧みずと言うことを、宣誓しなければいけないわけでありまして、これはつまり、<いつでも死ぬかもしれないよ>と言うことが一応前提になっている訳であります。その緊張感を持ってもらわなければないけない。これはですね、正直言って、これから先非常に大きな問題にやはり、なってくるだろうと言う風に思います。

私も半分足をつっこんでいるわけなんで、それをこれから先も、内部でも言い、そして外からも言おうと思っているんです。だからみなさんも、もし周りに自衛官や自衛官の知り合いとか、あるいは部隊に行ったりとか、そう言う機会があったら、「何故自衛隊は拉致問題に動かないんだ」と言うことをやはり是非言ってもらいたいと思います。

Img_2741.jpg

そして更に進んでですけれど、この拉致問題が・・前提で、我々、覚悟しておかなければならない事はですね、これは私も今まで感じていたことですが、今まではこういう講演の場で言ったことは一度もありません。今日こういう場でこれから言っておかなければいけない。

寺越昭次さん寺越事件の一番上おじさんですが、この方は、拉致をされた時にですね、その場で殺されて、錘をつけて海に沈められたと言われております。これはおそらく間違いないと思うんですが、これに当たる人は、他にも間違いなく存在をします。

安明進も、連れてくる途中に衰弱して亡くなった人とか、あるいは北朝鮮まで連れてきて数日で亡くなった人と言う話をですね、−−まぁ、これは本人が見たわけではありませんけれども−−、そう言う話を聴いたということは言っておりますので、必ずあるなと。

私達は、そう言う意味で言うと、今想像もしていないような現実に、間違いなく直面する時がきます。我々も名前を知っている人−−今のところ、幸いにして私は誰がなくなっているとか言う情報を、受けてはおりませんけれども、特定失踪者、あるいは、それ以外の人も含めてですね、そう言う状況になった人が、一定数いると言うことは覚悟しておかなければいけない。

逆に言うと、その数は今でも増えている可能性があると言うことです。
だからこそ、のんびりと待っていることはできないということになります。

それから、拉致被害者の救出に自衛隊を使った場合、戦死者が出るという可能性を考える必要がある。
これは救出作戦の場合は、より可能性が高くなりますが、そうでなくてもですね、北朝鮮には実際には腹が減って動けないとは言いながら100万人以上の軍隊があり、そして、そこに武器が行き渡っているわけですね。混乱状態の中で、何が起こるかわからない。そう言うことになると、戦死という人が出るという可能性も覚悟しておく必要があると言うことです。

ところがこれも問題なんですけれども、自衛官の中で、自分が戦死すると思っている人があまりいないですね。
自衛隊にいれば安全だと思っている人も意外に多い。最近若い、若くして入っている人はですね、逆に北朝鮮の驚異だとか、あるいは海外派遣だという話を、若い人は知っていますから、逆に若い人の方がしっかりしているんですが、私と同じくらいの年とかですね、そう言う中には、そうでもない人が結構いる。しかし、実際には、こういう事ですね、説明すると言うことも、考えておく必要があると言うことですね。

それから、北朝鮮が報復して特殊部隊でテロを行ったり、あるいはミサイルを撃つという可能性もですね、全くゼロと言えないわけですね。その時に場合によっては、一定数の民間人の被害も覚悟せざるを得ない。そう言うことがあるのであれば、「拉致被害者救出なんか止めましょう」という風になってしまう可能性が、半ば有ると言うことですが、それを我々は絶対に乗り越えなくてはならないと言うことです。

そして更にみんな取り返せばそれでハッピーエンドになるかというと、そうではありません。
生存している拉致被害者が全部帰還が実現しても、被害者の状況はおそらく千差万別です。対応には、これに対応するためには、これ、どのくらいいるかわかりませんが、たとえ、100人であっても、人的、物的資源の導入が相当必要になる。ハッピーエンドには絶対終わりません。

それから全部の拉致被害者の救出が成功するというのは、おそらく、外国の拉致被害者も還る。それから、在日朝鮮人に帰国者及び、日本人妻等もかえれるであろうと思うんです。
そうすると、拉致被害者とそうやって在日の帰国者の中にはある程度騙されて行った言える人もいるわけでして、そこを一体どうやって区分けをするのか。そしてその人達にですね、どういう教育をし、あるいはどういうリハビリテーションをしなければいけないのかということを考えると、やらなければいけない事というのは、ものすごくたくさんあり、そして、それもしっかりした基本方針を持ってやらないと、大後悔に陥ると言うことであります。

その覚悟の上で、なんとか我々は決断をして、行動しなければいけない。

今まで、私自身も、正直意図的に余り言っておりませんでした。しかしもう、これ我々は考えておく必要が絶対にあると言うことであります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは、金木犀様の手によるものです。
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。