2006年05月09日

06.4.21 荒木和博氏その1 戦略情報研究所講演会(1)

2006年4月21日(金)
 「自衛隊による拉致被害者救出のシミュレーション
ーー議会・世論等周辺状況の整備を中心にーー」

※プロジェクターを使い、パワーポイントで作成した資料を表示しながら、講演が行われました。
講師:荒木和博氏
   戦略情報研究所所長
   特定失踪者問題調査会代表
   拓殖大学の教授
   予備自衛官

『荒木和博氏の講演 その1』

Img_2724.jpg



ご紹介頂きました荒木でございます。
今日はみなさんお忙しいところ、時間がだいぶ遅いところからのスタートですが、お集まりいただきまして誠にありがとうございます。
今日は、私自身、今紹介にもありました、私自身予備自衛官でございまして、この連続のシリーズは、拉致被害者の救出のために、自衛隊をということが中心的なテーマでやってまいりましたので、本来であれば制服を着てお話をすれば臨場感があるんですけれども、ここでさすがに制服を着てしまうとですね、これからの話の内容から言って、どう考えても、問題があると言うことでですね、制服まがいで、迷彩ではありますが、これは駐屯地で買ったものであるんですけれども、別に制服ではないというもので、ちょっとかっこだけつけて話をさせていただきます。

(プロジェクターに資料を写して)
これから、画面を見ながらお話をしていきたいと思いますが。

私自身が、あちらこちらでですね、拉致被害者の救出のために自衛隊を使わなければならないと言うことを、言っておりますので、今回は、そのことを少し具体的にどうするのかと言う視点で、−−すでに佐藤元空将、惠谷さんにお話を、かなり技術的なところまでしていただきまして−−今回もちろん、具体的な作戦とかするときはもっと詰めて行かなくてはならないんですが、私は、逆に、ちょっと広げた形で、なんでこういう事をしなければならないのかと言うことの話を中心にしていきたいと思います。

尚、忘れないうちに申し上げておきますが、次回の講演会は、5月の12日(金)に、たぶんこちら(UIゼンゼン会館)こをお借りして、ジャーナリストの青木直人さんに(今胡錦涛が訪米していますが)、中米関係等からみてですね、(青木さんは【北朝鮮処分】、【拉致処分】などの本を書いていますが)要は、中米関係などを見据えて、どうやって北朝鮮を潰してしまうかという話をしていただく予定になっております。是非また次回も宜しくお願いします。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆拉致被害者救出シミュレーション第4弾 
日時:5月12日(金)18:00開場 18:30開演
会場:ゼンセン会館2F大会議室
タイトル
「北朝鮮処分にどう備えるのか---全拉致被害者奪還のために--」

北朝鮮に介入を強める中国、
胡錦涛訪米後、朝鮮半島抜きでさらに加速する「北朝鮮処分」、
拉致被害者救出のため日本は対中及び対・中米関係でどう行動 すべきか

講演:青木直人(ジャーナリスト)
北朝鮮処分、拉致処分
戦略情報研究所

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

今日のテーマとなるのは、我々の見方でですね、我々の平和とか安全とか自由とか人権とかはですね、こういうものは、放っておいて向こうからやってくるものではないと、我々自身が、そのことについて、しっかりものを見てこなかったのではないか?そうじゃなくて、こういうものはすべて戦って勝ち取って守るものであると、これは今度の全ての基本でございます。

まず古川了子さんの裁判で問題になっている認定と言うことについてお話していきます。
政府認定の拉致事件、ここに書いてある(プロジェクターを指して)16人なんすが、これは一体どうやって明らかになってきたのか?

Img_2727.jpg

まず昭和50年9月の久米裕さんの事件ですが、この事件は協力者・・・という朝鮮人の協力者を逮捕して事件が明らかになったんですが、不起訴になった。結局、これは警察はやりたかったんですが、検察は言うことを聞かなかったと聞いております。それで、事態は極秘にしてしまった。警察庁長官省を石川県警はもらっているんですが、そのこと自体全くの秘密の状態である。

横田めぐみさんの事件はご存知のように、現代コリアの平成8年10月号の石高健二さんの論文によって明らかになりました。

田口八重子さんの事件は工作員金賢姫が、大韓航空機の爆破事件のあとで捕まりまして、李恩恵という名前で呼ばれていた日本人の女性から日本語とか日本の風習を教わったと言ったので、それを調べて、わかったわけですね。もし、金賢姫がそこで自殺を遂げているか、あるいは、捕まらないで北朝鮮に戻っていたら田口八重子さんの拉致は結局わからなかった。

田中実さんはですね、月刊「文芸春秋」平成11年(97年)1月号に、張龍雲(ちょう りゅううん)さんという方(亡くなられましたが)この人が在日朝鮮人、この方が、手記を書いて、独白の手記ですが、これは田中実さんが務めていた神戸のラーメン屋、「来大」の店主(曹廷楽と韓竜大)等と一緒に、北朝鮮の特殊工作員のグループ、洛東江というグループの一員であった人ですが、その人が告白の手記を書いたことによって、わかった。

それから、地村さん夫妻、蓮池さん夫妻、市川さん夫妻、この3件については、産経新聞の昭和55年(1980年)1月、安陪雅美記者のスクープによって明らかになった。高岡の未遂事件も同様でございます。

こないだ、富山の救う会の会長代行から聞いたんですが、その方が、富山の県警の警備部長と話をしている時にこの話になって、県警の警備部長は、「実は、この高岡の未遂事件は、北朝鮮による拉致未遂だということを知ったのは、大韓航空機の爆破事件の後だ」という風に言っていたそうでございます。これは真っ赤なうそです。この高岡の未遂事件によって、北朝鮮の拉致だと言うことがわかったのであって、それが87年の大韓航空機爆破事件まで解らなかったなどと言うのは、絶対にあるはずがございません。
間違えたとしたら、そんな人間が警備部長をやる資格はありませんし、そうでなくてですね、嘘をついているんだったら、これは、怖いことなんですが、そういうことが、実際には発言としてあった。

それから、ヨーロッパ拉致、石岡さん、松木さん、有本さんですが、この3人は石岡亨さんが東ヨーロッパの人に託した手紙で、これが東ヨーロッパから投函されて、石岡さんの札幌の自宅につく。そしてその中に、松木さん、有本さんと一緒に暮らしていると書いてあったんで解ったんですね。もしこういう手紙が届いていなければ、この三人はただヨーロッパで失踪した青年と言うことになってしまう。

原忠晃さんは工作員である辛光洙が成り代わって、85年に韓国に入った時に捕まって、そして白状した。

曾我ひとみさん、ミヨシさんに至っては、北朝鮮側が先に出してきた。
誘拐犯の方がですね「我々が誘拐しまたよ」と言ったもんで、日本政府は「そうか、それはそう、拉致」と言って認定をしたということでございます。

つまりこうやってみていると政府機関が自ら拉致を明らかにしたというケースは存在しないということでありまして、これは逆に言えば、それ以外の拉致が非常に多数ある証拠だということでございます。

こういうのを見ていると解りますが、ともかくですね、政府は、騒がれて騒がれて、マスコミが騒いだりしてどうしようもない、証拠が突きつけられて、それで初めてこれは拉致だと認定すると言うことでございます。

この間、10件15人になってからですね、田中実さんが追加認定されるまで二年半かかっておりまして、こんなふうでやってたらですね、100人ぐらいだったら、200年ぐらいかかってしまうと言うような状況でございます。

Img_2729.jpg

政府認定の拉致事件、11件16人ですが、この中で安明進さんが目撃した人は、(プロジェクターの画面を指して)この矢印の方々がいます。しかしそれ以外に、安明進さんが目撃した人は、特定失踪者で藤田進さん、加藤久美子さん、古川了子さんを見ているわけですが、この3人とも日本政府は拉致の認定をしておりません。

安さんが見たというのはこれは事実だと言うことが証明されていますが、それについて日本政府は拉致認定をしていない。それがあって、我々は古川了子さんのご家族に御協力を頂いて、古川さんの拉致認定を求める訴訟というのをやっているわけでございます。

ちなみに、ニュース等でもお知らせしておりますが、6月28日の古川さんの次の公判では、私が原告側の証人ということで、安さんに直接会って話を聞いている人間として、あるいはご家族についてもある程度解っていると言うことで、私一人が証人として認められていまして、私が証人として陳述をすると言うことになっております。

これが残念ながら今までの現状だということでございます。

若干蛇足になりますが、安明進さんは蓮池さんを金正日政治軍事大学で見ているんですね。ですから、蓮池薫は間違いなく、藤田進とか加藤久美子、(古川さんは見たかどうか解りませんが)この二人は間違いなく見ているはずです。
そうすると、彼らは日本政府には全部しゃべったと言っているわけですが、見たと言うことをしゃべっているのか?しゃべっているとすれば、なんで日本政府は認定しないのかと言うことになりますし、あるいは、しゃべっていないとすれば、一体彼らはどういう状況にあるんだろうとか、それが非常に大きな問題になってくるわけでございます。
と言うことをですね、しょっちゅうあちこちで言っているので、私は、特に蓮池薫さんには相当嫌われているらしいです。この際だから、行くところまでいってですね、名誉毀損の訴訟でも起こしてもらえば、法廷で、できると思って、もうちょっと頑張ってみるつもりでいます。


さて余計な話しはともかくとして、現在の拉致問題の解決の仕組みというのは、こういう風になっています。警察が捜査して、そして内閣が認定して、外務省が交渉して北朝鮮から帰国すると言うことなんですが、これにはさまざまな壁がございます。

ひとつは『法との照合という警察の壁』でございます。いうまでもなく、警察というところは法律に基づいて動くところで、証拠がなければ捕まえない。、まぁ、そう言いながら結構証拠がなくても捕まえてしまったりもするようですが、一応そう言う建前になっている。そうするとどうなるかというと、誰が拉致されたかを認定するために、誰がどういう経路で連れて行かれたかが解らないと、認定ができないというふうに、警察としては思ってしまうということでございます。

そうすると、たとえば、加藤久美子さんの事件は、昭和45年(1970)の8月8日ですが、今から36年前ですね。そう言う事件についてもう記憶をしている人がほとんどいない。場合によっては、ご家族でもあまり記憶がないという事件が非常に多い。そういう状況の中で、警察がいくら捜査しても、これはもう間違いないというふうにいけるのは、よほど運の良い事件しかあり得ないと言うことであります。
そうすると、ごく一部しか認定ができない。

そして、たとえばたまたま警察がうまくいってこれは認定すべきだと言っても、こんどは内閣の方で認定をするときにですね、どうしても日朝国交正常化に未練がある。国交正常化への障害を増やしたくない。それから、まぁ、良い方向で見れば、この拉致問題の解決のために、北朝鮮が軟化してもらわなければ困る。拉致被害者の数が増えたとなれば、北朝鮮が硬化するということで、これ以上増やしたくない。(一部不明)
ですから、田中実さんの認定をしたときには、小住健三さんも警察は拉致認定をすべきだという具申をしているわけなんですけれども、結局、田中さんは認定したものの、小住さんは認定していない。

あれだけ、いわゆるスパイ朴ですね、(チェなんとかと言っているようですが)このスパイのことを年末年始から大騒ぎしたわりには、小住さんについては今のところ手が着いていないということでございます。

そして、こんどは、それでもしょうがないから認定をしようかと言うことになった場合、外務省はどうなんだろうかというと、『力の裏付け』をもたない。要は、経済制裁するとか、そう言うことをやろうとしないということですね。それによって力の裏付けがない。ですから、この交渉がうまくいかない。

で、そう言う状態で北朝鮮からの帰国というのは、ここから、ここまで辿るまでにほとんどできないと言うことになってしまうと言うことであります。

で、じゃだったらば、どうすればいいのかということですが、やはりこれはですね、問題を『安全保障の問題』として見直すしか解決の道はないと私は思っております。

Img_2731.jpg

警察にできることというのは、基本的には<日本国内での事件捜査>しか有りません。あとは、ヨーロッパでの拉致なんかについて、ICPOですとか他の国の警察と連携をしてと言うのがありますけれども、それは本当に極限られた部分であって、北朝鮮の中に入って、犯人を捕まえる事はできないわけですね。

そう言うことが、限界が最初から有る。で、その法律の適用のできない地域というのは、これは正に北朝鮮ですが、これはもう対応は警察ではできません。

で、これはですね、たとえばもし北朝鮮がごく普通の国、普通でなくてもちょっとおかしいぐらいの国であればですね、その中の一部のゲリラとか反体制勢力がですね、そういうものが、なんかの理由で拉致をしたというのであれば、北朝鮮と信頼関係を築いて解決を目指すと言うこともできるわけですね。かつてフィリピンでしたか、三井物産の若王子支店長の事件がありましたが、ああいうような状況になるわけですが、しかし、犯人が、なにしろ北朝鮮の当局者である。指示をしたのが金正日であり、金日成であると言うことになれば、何らかの強制力を持たない解決というのはあり得ないということであります。

絶対忘れてはいけないことは、最終的かつ最優先の目的、目標というのは拉致被害者の救出である。真相究明ではないんですね。真相究明とかはやった犯人の処罰とかは、非常に重要なことではあるんですが、あくまで二次的な問題でしか有りません。

警察にやってもらわなければならないことなんですが、あくまでも、次の問題であって、今やらなければならないのは拉致被害者をいかに取り返すかということです。

ところが、この国の中では、警察がそういうことをやることになっていたという思いこみがあってですね、なんか警察がともかくやれば前に進むのではないかと。警察にはもちろん、こないだ対策室も作られていますし、前に向かって進んで入るんだと思いますが、しかしどうやったってもう最初から限界があるということであります。

これはたびたび私、あちこちで取りあげておりますけれども、去年の6月14日、参議院の内閣委員会でですね、民主党の森ゆうこ議員が質問したのに対してですね、細田官房長官が答えている答弁、これはもう異常ですね。政府の今の現状をはっきり示しているものであります。

森さんは、外務省が交渉していく場合に、先ほど論点でもありましたように、認定、要は認定のやり方に対してもうちょっとやり方を変えるべきじゃないかと言ってるんですね。これに対して細田官房長官は、こう答えています。『これは確かにおっしゃることはわかるわけでございます。しかし、こういういわば犯罪の被害者、いわば誘拐ではございますからそ、の犯罪の被害者として、誰か特定の人が、特定の場所で、こういう経路で誰が手伝って連れていたと、拉致をしたと言うことを、やはり警察当局がしっかりと証拠固めをして、そして認定をするという仕組みでやっております』というふうに答えているわけですね。

つまり先ほど言ったように、正に法と証拠に基づいてやります。法と証拠に基づいてやりますと言ったって、さっき言いましたように、大昔の事件が多いわけであって、そう簡単に調べられるわけではない。

これはつまり、『認定はほとんどできませんよ』と言っていることと変わりません。

そしてもうひとつですね、森さんが、『国民が拉致されて、救出を待っているときに、我が国の政府が自分でできる主体的にできることを、いつまでに、どのように、何をするのか、具体的にお答えいただきたい』と言う質問をされているんですが、これに対して細田官房長官は『先方も政府で、彼らのその領土の中に於いてはあらゆる人に対する権限を持っておりますので、これは我々が説得をして、そして彼らがついに<実は生きておりました、全員返します>と言うまで粘り強く交渉することが我々の今の方針でございます。』と言う答弁をいたしております。

Img_2732.jpg

この答弁は、ホントだったら、あの永田メール問題の騒ぎどころではなくて、この答弁一つで、政府がひっくり返ってもおかしくないような答弁ですが、残念ながら、あの当時マスコミでも誰も、問題にした人がいない。<先方も政府で、彼らのその領土の中に於いてはあらゆる人に対する権限を持っております>ということはつまりどういう事かと言いますと、要は、拉致をしてしまったら、あとは似て喰おうと焼いて喰おうと相手の勝手ですということですね。

<我々は絶対に拉致被害者を助けません>と言うことを宣言しているのに等しい訳でございまして、ほんとにとんでもない答弁なんですが、残念ながら、この拉致問題を個別の刑事事件として捉えていくとこういう風にならざるを得ないんです、結局。

そこを変えていかなければならないと言うことなんですね。

・・・その2に続く・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。


06.4.16 野口孝行氏 日本再生フォーラム(14)JACK大宮ビル5階にて

『野口孝行氏(北朝鮮難民救援基金・国際担当)の講演』

Img_2672.jpg



皆さん、こんにちは。
指名手配中の野口孝行と申します。(笑い声)
今日はこういった貴重な機会にですね。
時間を与えて頂きまして、誠にありがとうございます。
今日私、初めて埼玉で話す機会を頂いたんですが、実は私埼玉の出身で蓮田市と言う所で育ちました。
そして現在はさいたま市、ここからも自転車ですぐの所に住んでまして、とてもここの場所は良く知っている所なので、今日は本当にこの場所でお話しする事が出来て大変光栄に思っております。

更にそれだけでなく、先ほどですね。
鈴木(賢)さんのお兄さんだったかと思いますが、実はですね。
私、鈴木さんの高校の後輩に当たる関係でありまして、実は高校は浦和西高校と言うところに行ってまして、その関係でですね。
なにか経歴を見たら、浦和西・明治大学と書いてあって、これは他人事では無いなと思って本当にこの問題にはですね。
これからも埼玉県民の一人としてですね。
一緒に協力して立ち向かって行きたいなと思っている次第です。

次なんですが、実際に私が(中国で)捕まったんですが、これはですね。
2003年の12月ですね。
私と元在日朝鮮人の人で北朝鮮に渡っていた人が二人いたんですが、彼らと中国の遼寧省の大連と言うところで合流しまして、彼らが「どうしても日本に帰りたい」と、「どうしても助けて欲しい」と言う要請を受けまして3人で、4人ですね。
4人でバスと列車を使ってベトナムの方に、ずっと何百キロ何千キロを走って逃げていく途中、最後の広西壮族(チワン)族自治区と言うところでですね。
区都の南寧(ナンネイ)と言うところでですね。
ホテルで休んでいる時に中国の公安に踏み込まれまして、そこで逮捕されるという事になりました。

その前にもですね。
私は脱北者といわれている人に会って来ていまして、どういう状況かと言いますと、だいたいその黒龍江省とかですね。
遼寧省、吉林省と言われる、東北三省と言われるところにたくさん脱北者の方たちがいるんですが。
ご年配の方々には凄く馴染みのある都市の名前だと思いますが、ハルピンとかですね。
牡丹江とかそういったところからバスなんかで何時間も走っていく。

「昔はここに開拓団の人たちが居たんだよ」と言うそういう話をですね。
聞かされるようなちっちゃな村に隠れている脱北者の人たちと会ってですね。
お話をするわけですが、そういった中で私は日本人としてそういったところに行きまして。
年配の方、60過ぎた方がですね。
生まれ故郷である日本に対してですね。
「どうしても帰りたいんだ、助けてください」と、そういったちっちゃな寒村で話をされるわけですね。
そうしますと私も日本人として、こんなに日本を恋焦がれているなら助けてあげたいなと言う思いが強くなりまして、こうした活動を続けてきたわけです。

ハルピンで会ったとき、何人かの脱北者がいたんですが、とても不思議な思いと言うかですね。
彼らは私の生まれる前の日本を知っていて1960年代に北に渡って行った訳ですね。
私は1971年生まれですから、彼女たち・彼たちが知ってる日本を知らないわけです。
で、逆に彼らはですね。
要するに彼らの知らない日本を私は知っている。
そういった存在をお互い東北三省という土地で会って、お互い日本の事を話をして、「今日本はどうなっているんですか?」と話をしながらですね。
「じゃあ、一緒に日本に帰りましょう」と言う思いでこれまでいろんな思いで、脱北支援を運動をして来ました。

そういうわけで私は捕まりまして8ヶ月という実刑判決を受けたんですが、作戦の中でですね。
いろいろな予期せぬ事が起こりまして、その南寧(ナンネイ)と言う町はベトナムの国境から列車で3時間の所なんですが、そこに到着する列車のですね。
私は夜到着する列車を予約して乗ったんですが、それは以前にも乗った事がありまして、夜着けば後は中国の町の闇に紛れてしまえばですね。
人の目にもつかないし、どうにかなるだろうというような計画で以前も行っていたんですが、皆さんご存知のように中国の経済発展と言うのはですね。
本当に日進月歩と言うか凄まじい物がありまして、数ヵ月後に同じ時間北京の駅を発車する列車に乗ったらですね。
その間に電車の性能と保線の性能と言うか品質が良くなったせいだと思うんですけど、私たちが目的地に着いたときは真っ昼間だったんですね。

というのは数時間単位で電車が速くなっている。
そこに着いたらあれ夜のはずなのになんでこんな昼間についているんだろう?(笑い声)そういう状況でして。
後々話を聞くとどうやら北京の前で張っていた公安の連中がいまして、僕らを見てこいつら怪しいぞと。
と言う事で私たちを尾行したと言う話がありますので、今思いますと、あれが夜だったらもしかしたら助かったのかな?と言う思いもあります。

先ほど荒木先生からちょっとお話がありましたが、私が今年の2月ですね。
日朝交渉の時に、私が日本に帰ってもう2年くらい経ちますから、あまりマスコミなんかで名前が上がらなくなって来てちょっとホッとしていたと言う所なんですが、7人の引き渡し要求が出たと。
言う話が突如出て来まして、正直、もう本当に北朝鮮を、実際笑ってしまったと言う感じなんですね。
よくもまぁこんなにとんでもないコジツケをですね、言えたものだと。
恥も外聞も無い状況だなというように思いました。

それでまぁ3月ですか。
次は逮捕状が出されると言う状況なんですが、本当にここで真面目にどうこう話をするのも馬鹿らしいくらいなんです。
実際向こうは北朝鮮の公民を拉致誘拐した極悪犯と言う事を言ってるんですが、だったら私と一緒に拘束されて北朝鮮に送還された二人は被害者なわけですね、私に誘拐された。
であれば、その二人を表に出しなさいと、言いたい所なんですが、結局ですね。
私が連れていた一人は結局収容所みたいなところに入れられて、もう命が無いんじゃないか?と言う話も有りますし。

また、もう一人の人はですね。
6ヶ月間、強化所と言われているところに入れられまして、酷い罰を受けてどうにか生きて出てくる事は出来たんですが、罰せられたわけであります。
もしくは私に誘拐拉致された被害者であれば、彼らは保護されるべき位置にいる人間であって、決して罰せられる対象では無いと言う事をですね。
いうまでもなく、北朝鮮の言ってる事はデタラメであると言うことを言っておきたいと思います。

今回ですね、この件があったときに出て来たときに、たまたま実際に現地で一緒に活動してきた韓国の60歳を過ぎている活動家の人がいるんですが、東京で食事をする機会がありました。
その時に私と、私の団体の事務局長の加藤(博)もまた逮捕状を出されているんですが、二人で食事をして、その韓国人の男性が上手な日本語で「加藤さん、野口さん、これは良い機会じゃないですか?」と。
「あなたたち北朝鮮に行きなさいよ」と。
そして引渡しを受けて「辛光洙で何でも引き渡せ」と、「やりなさい」と。
「そうする事によって日本人の勇ましさを世界中にアピールする事が出来るんですよ」ととても強く叩られたんですが。
 
「うん、そうですね」と言いながらですね。
「そんな馬鹿な話に乗ってもしょうがない」という事で、今お手元にある私たちの資料にですね。
共同声明を出すと言う所で一応納まってるんですが、これ以上いい加減な事を言ったらですね。
私たちも更にレベルをアップしてですね。
何か対抗処置を取らなければいけないというふうに思うところもあります。

最後にですね。
そこの資料にもあるんですが、自民党と民主党が先々月同時に順番にですね。
北朝鮮の人権法案と言う物を出しました。
これですね、内容を見ると自民党案と言うのは基本的にもちろん拉致問題を解決しましょうと言う内容で、経済制裁も使いながら解決していきましょう、という内容です。
これは私はそれはそれで意義のある事だと思います。

また民主党案はですね。
経済制裁と言うよりも脱北者の問題を難民として取り上げて、国連の難民条約に準じた形で条約難民として、北朝鮮の難民の人たちを助けて、日本に保護を求める人はこちらに保護を許すと。
こちらで在留する事を許しましょうという法案ですね。

それで私ここでひとつ申し上げたい事なんですが、もちろん拉致の問題も解決しなくてはいけません。
もう一つなんですが、ここで日本としてですね。
脱北者を助けると言う法律・法案で・・・(聞き取れず)をつけて、それに対して動くと言う事はとても大切な事だと思うんですね。
なぜかと申しますと、これまで私も韓国の人たちにたくさん会って来ました。
それはこの問題に関る前からもいろんな所で韓国の人たちに会って来ました。

で、大体ですね。
皆さんもご経験ある方もおられるかもしれませんが、やはり豊臣秀吉の話から始まるわけですよ。
日本人は悪い人ですね、と言う話から始まってとくとくと歴史の話をされるんですね。
で私が「お前500年前生きてたのか?」と、「俺は生きてないよ」と。
「過去の事を言われても私は責任取れません、ただこれからの未来に向けては責任を取ることは出来ます」ということで、いつも韓国人とはだいたい朝までかかる口論になってしまうんですが、そういう状況の中でですね。
今回、その日本と言う国が朝鮮半島の人たちを保護する為に、法律を作ると言うのはですね。
大変意義のある事だと思うんですね。

歴史問題、認識をですね。
に対して、あの国の、韓国も含めて朝鮮半島の認識を変えると言う事は本当に難しい事だと思うんですね。
ただ、これからの将来とか未来を作っていくと言う事は、若い世代を始めとして出来る事だと思うんですね。
ここでそういった朝鮮の人たちを助けると言う法律を日本が作る事によって、本当にですね。
拉致の問題だけじゃなくて、更に大きな大局的な立場に立った場合、100年後200年後にですね。
相手は500年前の話を言ってるわけですから、100年後200年後にですね。
いや、ちょっと待てよと。
俺たちはあの時にこういう法律を作って、北朝鮮の人たちを救ったじゃないかと。
そういう事をですね、言える法律だと思うので、是非皆さんも、もちろん拉致の解決は当然の事です。
ですが、もう少し大局的な観点からですね。
こういった難民の問題と言うことにも目を配って頂いて、ご理解を頂けたら大変私は感謝いたします。

時間ももう無いようですが、最後にですね。
この脱北者の取り組み、国際的な取り組みなんですが、3月にベルギーで国際会議が開かれました。
これは今までの会議と違って、今まではこんな酷い状況がありますよと言うような、状況を説明するばかりだったんですが、今回はちょっと一歩踏み出しまして、金正日を国際法廷で裁こうじゃないかと決議案が出まして、国際法の専門家の弁護士さんたちが集まって今後ですね。
金正日を国際法廷に引きずり出そうと言う枠組みが出来ました。

更にその後には国連、今民間レベルですから、その後は国連のですね。
オランダのハーグにある国際犯罪法廷に持って行こうと言うような枠組みも出来ています。
先月ですか、ユーゴスラビアのミロシェビッチがですね。
あの中で亡くなりましてね。
と言う事は、国家元首級の人をですね。
迎え入れる施設があそこに空いている筈なんですね。(笑い声)
ということは、そういう事でですね。
是非あそこに金正日をぶち込もうと(拍手)、いうように私は思っております。

どうも今日はありがとうございました。(拍手)

・・・この後主催者の挨拶などがあって、講演会は終了・・・

06.4.16 特定失踪者・鈴木賢さんの兄2 日本再生フォーラム(13)JACK大宮ビル5階にて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え 2』




アピールの方は以上なんですけども、私思いますのに。
先ほど来荒木代表、本間さんの方から大変力強い話がございましたが、現在このまま推移しますとある日ある時、国が国民が大きな後悔の念を持たざるを得ない日が来るんじゃないかと言う事でもって、大変危惧しております。
そういう意味で、少なくともですね。
北朝鮮の理不尽な発言については、国のトップがもっともっと心の底から怒りを持って強硬に抗議を発信すると言う事が大事じゃないかと思います。

最近お話を伺ってますと、お話を聞いてますと、国のトップの言動と言うのは大変熱い物が感じられません。
そういう点でですね。
少なくとも日本人の生命と安全を守る国の最高責任者の発言とは思えません。
少なくとも、国のトップと国民の世論との間に非常にギャップがあるんでは無いかと思います。
この隙間を北朝鮮は突いているんじゃないかというふうに思えてなりません。

そういう意味では「拉致被害者救出緊急事態特殊法」とでも言いますか、そういった物を制定して頂いて。
少なくとも国のトップと国民が同じ方向で向き合って同じ犯罪への目に立って、この問題に対処して行く時期では無いかと考えておりますので、これからも出来るだけ精一杯のご支援を頂いて、一人でも多くの方のご協力を頂きながらこの市民活動の輪を広げていきたいと言うふうに思っております。
本日はどうもありがとうございました。(拍手)

2006年05月08日

06.4.16 特定失踪者・生島孝子さんの姉 日本再生フォーラム(12)JACK大宮ビル5階にて

『生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)の訴え』

Img_2664.jpg



こんにちは。
特定失踪者・生島孝子の姉、馨子(けいこ)でございます。
どうぞよろしくお願いします。

妹は1972年渋谷区笹塚、新宿の駅から3つ目ですね。
のところで、日中にいなくなりました。
それから33年経って北朝鮮での目撃証言を得ました。
妹が失踪した当時母は入院しておりましたが、33年後に(孝子さんが)北朝鮮で目撃されたと言う証言を得て、母はとても喜びまして、自分が33年間生きていると信じて生き延びてきた事を、自分自身をとても褒めて喜んでいました。
33年生きていて良かった、会えるんじゃないか?
会いたい会いたいと言いながら、でもその目撃証言を得て3ヵ月後に、会いたい会いたいと言って力尽きて亡くなってしまいました。

その母の無念さを皆様に知って頂く事で、孝子を取り返す運動につなげていきたいと思って、自費出版をする事を決意したんですが、母の無くなった当時、特定失踪者と言うことがまだ世の中に余り知られていない為に、言って良いのかどうか?と言う疑問がありました。
不安がありました。
それと、家族会になんで入らないの?と言われた事もありまして、当時の状況から特定失踪者の母がこのように残念な思いをして死んでいきましたと言うふうに言う事が憚られたんですね。

それでも何か家族としては、残された私としては何か母のためにしてあげたいと思って、このような本を出版いたしましたが、1年経って見るともうちょっと『特定失踪者である妹の孝子という者の母親であった』と言う事を、ハッキリ書けばよかったかな、と思ってます。
ですからこれの中にはその事は殆ど触れてなくて、『母親がこういうふうに我慢して33年間生きてきた』と言う事だけを中心にして書きました。

今日この場に主催者の方、またご出席の皆様のご好意に甘えまして、このつまらない本をちょっとご紹介させていただきます。
こんな中身の薄い物を1400円も出すのはちょっと憚られると思われる方は、ネット本に入れましたので、ネットで500円で見て頂きたい。
それもちょっとねと言う方は、そういう思いで私が、母の思いを世の中に知って頂きたいと言う事だけで、こんな本を出したという事をチラッと思っていただけると、ありがたいと思います。
どうもいろいろありがとうございます。
よろしくお願いします。(拍手)

氏名 生島 孝子
失踪年月日 昭和47(1972)年11月1日
ふりがな いくしま たかこ
生年月日 昭和16(1941)年6月14日
性別 女 当時年齢 31
身長 体重
公開 第1次公開
当時身分 港区役所麻布支所交換手
特徴
失踪現場 東京都渋谷区
失踪状況 当日、一日の年休届けを出し勤め先を休む。朝、同居していた妹に「夕方に電話があったら出かける」と言っていた。衣類の入れ替えをし、夕方クリーニング店に衣類を出している。孝子さんは翌日出勤時に着る服を揃えておいて出かけていた。その夜何の連絡もなく帰宅せず。翌2日夜、自宅に電話があり、しばらく無言の後、「今更仕方ないだろ」と男性の声とともに切れた。平成16年9月29日、警視庁に告発状提出。

※特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

・・・・・・・・・・・・・
参考過去エントリー

★「うらさんの願いはダイヤモンドになって」特定失踪者・生島孝子さんの姉、生島馨子さんの著書紹介
http://piron326.seesaa.net/article/13463564.html
★「うらさんの祈りはダイヤモンドになって」電子版出版のご案内
http://piron326.seesaa.net/article/15574603.html

06.4.16 特定失踪者・江原信明さんの姉 日本再生フォーラム(11)JACK大宮ビル5階にて

『大越宏子さん(特定失踪者・江原信明さんの姉)の訴え』


Img_2658.jpg



★鈴木智さん

次にはですね、特定失踪者の江原信明さんのお姉さんでございます、大越宏子さんです。

★大越宏子さん

こんにちは。(拍手)
こちらが私の弟の江原信明です。(弟さんの写真を掲げる)
1988年の5月9日に大宮の方にちょっと遊びに出かけます、と言う事で出て行ったきり、本日まで何の消息もございません。
両親も警察やら友人やらいろいろ捜しましたけども、全然手がかりになるような事はひとつもありませんでした。

そして特定失踪者問題調査会の方で、取り上げて頂き今日に至っております。
警察も・・・(聞き取れず)ですけど、銀行の口座ですとかいろいろ両親も調べたりしたんですけども、何の動きも無い。
全く手がかりがつかめなかったんです。
それで、万が一拉致と言う可能性もあるんじゃ無いか?と言う事で、姉の私が今ここでこうしてお願いしているわけでございます。
これからも市民の皆様が関心を寄せて頂く事で、少しでも早く解決出来る日が近付くと思っております。
どうぞこれからもよろしくお願いします。(拍手)

氏名 江原 信明
失踪年月日 昭和63(1988)年5月9日
ふりがな えばら のぶあき
生年月日 昭和34(1959)年9月12日
性別 男 当時年齢 28
身長 177センチ 体重 63キロ
公開 第4次公開
当時身分 農業
特徴 髪は多めでややくせがある。白髪が多かったので黒く染めていた。前歯は銀色のものをかぶせていた。タバコ、酒はほとんどやらない。電気工事士、アマチュア無線、普通自動車の免許あり、趣味は釣り 失踪現場 埼玉県南埼玉郡白岡町の自宅
失踪状況 「たまには大宮にでも行って映画を観てくる」と白岡町の実家を出たまま失踪。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html


★鈴木智さん

先ほどお話しました7名の特定失踪者の中で藤田進さん、佐々木悦子さん、新木章さん。
この3人は拉致が濃厚と言う事でもって、政府のほうに認定を申請して頂いているという状況でございます。
続きまして、埼玉では無いんですけども東京の方で(失踪をした)生島孝子さんのお姉さんを紹介します。

06.4.16 特定失踪者・佐々木悦子さんの母 日本再生フォーラム(10)JACK大宮ビル5階にて

『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』

Img_2651.jpg



皆さん、今日はありがとうございます。(拍手)
特定失踪者問題調査会でお世話になっております、佐々木悦子の母でございます。
いつもご支援ありがとうございます。

先ほど荒木先生から短波放送「しおかぜ」のお話がありましたが、家族からの手紙の代読を荒木先生には一生懸命に読み上げて頂いております。
また1月からは家族の声も流しております。
長い長い年月の中、本当に月日が経っているんだなと。
皆さん、家族の中には亡くなった方がたくさんおります。
本当に辛い事です。

うちの場合もそうなんです。
悦子が失踪してから5年後、やはり娘の安否を気遣って、本当に心労心労で(主人は)5年後に亡くなりました。
本当に無念でなりません。
私は主人のために、悦子が日本に帰るまでこの目で悦子を見届けるまでは、死ぬ事は出来ません。
頑張り続けます。
皆様これからもご支援の程よろしくお願いします。(拍手)

氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪現場 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

※特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

06.4.16 特定失踪者・鈴木賢さんの兄 日本再生フォーラム(9)JACK大宮ビル5階にて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

Img_2644.jpg



はじめまして。
私、特定失踪者・鈴木賢の兄でございます。
現在は拉致問題を考える川口の会をしまして、川口の自治体の強力なバックアップの元に、それと更に家族を支えてくれる支援されている多くの皆様のご支援によりまして、現在月一ではございますが第一日曜日午後2時から4時まで署名活動を行っております。
もちろんその他にもいろいろこの問題を考えて頂くという事でもって、一人でも多くの皆様方にご協力を頂きながら現在はですね。
支援される方々とそれから川口に住所を持つ、あるいは田口八重子さんを救う会の皆さん共々と現在はこの拉致問題の拉致被害者の一刻も早い救出を願いつつ、精一杯行動を起こしております。

川口の特徴と言いますと、拉致被害者の政府認定者の田口八重子さんですね。
それと当初は6名の特定失踪者がおったわけですけども、現在は特定失踪者が7名おります。
あ、ごめんなさい、当初は5名の特定失踪者だったんですけども、現在は7名おります。
それぞれですね、これから一言ずつお話を頂き、あるいはアピールをさせて頂きたいと思いますけど、私の弟はですね。
昭和47年、5月にですね。
大学を出て東京の会社に就職をしました。
春のレクリエーションということで5月に、まさにハイキングスタイルでもって朝の6時に私のお袋に見送られて、ハイキングスタイルで当時の自宅三芳町の藤久保、ここを出ました。

今年で34年になるんですけども、この間、全くの音信不通。
それといわゆる風の便りのひとつもございません。
そういった点では本人が出て行った時の状況と言うのはあまり良く分かりませんけども、例えば免許証だけは持って出ました。
免許証の更新はされておりません。
その他、自分の意思と言う事も考えられない事はないですね。
事件、事故、自分の意思と言う事も考えられなくはないですけども、私の感覚としましてはもしやこの拉致事件にも関りはあるんじゃないか?と言う事でもって、先ほど来お話を頂いた、特定失踪者問題調査会の方に申し出をしましていろいろ調査をして頂いている。
と言うのが現状でございます。

尚川口の自治体におきましてはですね。
大変力強い物がございまして、川口の自治体、長、それから市議会に起きましても大変ですね。
この問題に対しては高い関心とご協力を頂きまして、例えば市庁舎の所には大きな横断幕を張ってあります。
それと駅前には電光掲示板、それと尚、各公民館・自治会館、自治会を通しまして署名と言うような物については常時出来ると言う状況になっております。
そんな事でこれからもですね。
自治体のバックアップ、あるいは支える会のバックアップを頂きながらこれからも署名運動を中心にですね。
諸活動を邁進していきたいというように考えております。

氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時身分 会社員
特徴 中肉。
失踪現場 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

※情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

それではですね、今日ここに写真が出ておりますけども今日お見えになってない方が井上克美さん、それから藤田進さん、それから新木章さん、それと石井久宏さん、長谷山洋さんのご家族の方はお見えになっておりません。
従いまして、佐々木悦子さんのお母さんの佐々木アイ子さんから一言お願いします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下、川口関係の特定失踪者の情報の紹介

※情報はすべて特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html

★氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年2月25日
性別 男 当時年齢 21
身長 体重
公開 第4次公開
当時身分 電気工事店勤務
特徴
失踪現場 埼玉県川口市
失踪状況 失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時〜1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

★氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時年齢 19
身長 体重
公開 第5次公開
当時身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪現場 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿に有る全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。「脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。」平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

★氏名 新木 章
失踪年月日 昭和52(1977)年5月21日
ふりがな あらき あきら
生年月日 昭和22(1947)年10月16日
性別 男 当時年齢 29
身長 体重
公開 第1次公開
当時身分 銀行員(事務系、コンピュータを使う仕事)
特徴 中肉中背、眼鏡使用。
失踪現場 埼玉県川口市
失踪状況 「買い物に行く。午後6時か7時には帰る」と家を出たまま失踪。家を出たときは財布しか持っていない。免許証、クレジットカードが入っていたが、更新がされていないし、カードは使っていない。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

★氏名 石井 久宏
失踪年月日 昭和49(1974)年5月1日か2日
ふりがな いしい ひさひろ
生年月日 昭和19(1944)年9月29日
性別 男 当時年齢 29
身長 体重
公開 第13次公開
当時身分 化粧品、雑貨販売店経営
特徴
失踪現場 埼玉県川口市の店舗兼自宅から
失踪状況 化粧品店を経営しており、多額の借金を抱えてしまっていた。父親などが金を用意して経営を立て直す方向で話をすすめ、母親も店の経営を手伝っていた。本人の努力しだいで十分解決方法もある状態であったが、突然100万以上の経営資金を持ったまま自家用車ごと行方不明となった。当時、遊び方が派手になっており、マージャンやバーなどで、複数の朝鮮系?の方と一緒に居るところを従妹が目撃している(言葉からそう思ったとのこと) 。店の隣もパチンコ屋だった。失踪後一度も免許証の更新をしていない。

★氏名 長谷山 洋
失踪年月日 平成6(1994)年8月頃
ふりがな はせやま ひろし
生年月日 昭和45(1970)年1月16日
性別 男 当時年齢 24
身長 体重
公開 第10次公開
当時身分
特徴
失踪現場 埼玉県川口市付近
失踪状況 失踪の約1週間前、戸田市の会社に就職。川口市のアパートを引き払い、会社が借り上げた寮に移ったが、その会社を1週間ほどで辞め、寮も引き払った。その夜川口市内の弟の家で食事をし、翌朝、友人が川口市内を歩く本人を目撃したのを最後に失踪。失踪後、静岡県伊東市に住民票を移していることが分かり、そこ場所へ行ってみたが、転出先の住所の番地は存在しなかった

06.4.16 飯塚耕一郎さん 日本再生フォーラム(8)JACK大宮ビル5階にて

『飯塚耕一郎さん(田口八重子さん長男)の訴え』

Img_2643.jpg



ご紹介を頂きました、田口八重子の長男で飯塚耕一郎と申します。
本日はお招きを頂きまして、誠にありがとうございます。
本来ですとうちの親父、副代表の飯塚繁雄の方がお伺いする所、ちょっと私用がございまして、こちらの方へは私及び私の伯父の方が代わりに出席をさせて頂きました。

本日はまず荒木先生の方にとても有意義なご講義を頂きましたけども、まず家族会としての総意と言っている部分はこの2〜3年まったく変わっていないと思っています。
まず早期の経済制裁を求めたい、この一点に尽きると思います。
皆さん、この言葉に関してはもしかしたら耳にタコが出来てしまう、それくらいのお話かと思いますけども。
ここには早期経済制裁を実施しないといったいどう言う事が起きるか?と言う部分が、本日皆様にお配りいただいているこの資料の中にとても分かりやすくまとまっていると思います。

こちらの資料の方の5ページ目、まさに家族会が言いたいことがかなり集約されていると思います。
まず経済制裁を行わなくてはいけないと言う部分に関してはまず一点、国家の意思を発信させるという観点、ここの部分にまず尽きると思います。
日本がこの問題に対してこの事件に対してどれだけ怒っているか?と。
そういった部分を犯人の北朝鮮に告げなければいけない。
そうでないと別に犯人の方としては、日本が怒っていないと。
別に人質を帰さなくても日本は何も言って来ないと。
お金は出来るだけ出してくれるというずるい態度、北朝鮮のずるい態度ですね。
ずるい態度がこれまでの歴史どおりに北朝鮮によって・・・(聞き取れず)しまうという問題があります。
 
もうひとつ違った観点で申しますと5ページの一番上、2004年の11月日本政府の制裁予告と言う部分がありますけど、この時期に細田官房長官の方から「迅速且つ誠意ある対応が無ければ厳しい対応を取らざるを得ない」という発言をしております。
今、2006年の4月です。
一年半以上、こういう「迅速且つ誠意ある対応」を取っているのかどうか分からない政府というふうに、私としては考えられます。
この1年半と言う長い時間は、果たして短いスパンなのでしょうか?
ここの部分は私は疑問に思います。
逆にこの1年半、何もしてこなかったと言う部分はますます北朝鮮に対する認識として、やはり拉致問題というのは日本は重要視していないと言う考えが定着してしまいます。
これは時が経てば経つほどそうだと思っています。

こういう観点からまずそういう、単独であろうが共同であろうが何でも構いません。
日本としての意思を発信する。
政治的な発言をして発信すると言う経済制裁を行うべきだと、この点を改めて私は皆さんにお伝えしたいと思います。
また、実際に私たち個人レベル民間レベルでは、じゃあ政府は経済制裁に全く動かない。
我々はどうすればいいのか?何をすれば良いのか?と言う疑問が湧いてくるかと思います。

それは前回は、私もこちらの日本再生フォーラムさんの方に参加させていただいた時も申し上げましたが、まず政府に対して我々の意思を発進する事が大事であると。
荒木先生も先ほど仰っていましたけど、この問題に関して動かすと言うのはやはり国民の民意と言うか、感情の部分がまさにこの活動、運動の大きな源、源泉かと思います。
その源である皆さんのひとりひとりから政府に対して手紙でもメールでも電話でも結構です。
政府に対して何故拉致問題を早く解決しないのか?何故経済制裁を実施しないのか?と言う部分を政府に発信していただければと思います。

これは横田拓也さんのお話ですけども、横田拓也さんはかつて日本政府に対してメールを何百通何千通と出しました。
あるときに、今安倍官房長官ですけど、安倍さんと初めてお会いした時に安倍さんからのまず一言は「君が横田拓也君か?メールは見ているよ」と言うふうに仰って頂いたというお話があります。
やはり日本政府には毎日何百通も何千通も連絡が来ると思いますけども、やはりこの拉致問題に対して解決をしたいという意思を持っている方は、必ず我々拉致問題を解決したいと思う気持ちに同情している人の発進や意思と言うのは、どのくらい忙しくても汲み取ってくれると思います。
ですので皆さんも無駄な事とは思わず、政府に対して発信していただければと思います。

これまでは私の家族会の立場として申し上げましたけど、やはり私個人として申し上げれば、今こちらにも写真がありますけども、実際私どうしても田口八重子さんと言ってしまいます。
どうしても母とは呼べません。
今年で29歳になりますけども母と一緒に居たのは、たった生まれて1年の間しか母子として一緒に居た事がありません。
当然1歳ですから、記憶も何もありません。
その様な状況で親父、副代表である飯塚繁雄に育ててもらって、何不自由なく育てて頂きましたけど、親父にはいっぱい親孝行的な物をしていきたいと思います。
旅行とかお袋と行って来なよと言って促してあげたりとか、体の心配をしてあげたりとか、巨人が負けているからどうするんだと愚痴を聞いて上げるとか、そんな下らない事までだいぶ話せるようになりました。

ただ、親父に対してはそう出来るんですけども、田口八重子さんに対しては何も出来ていません。
まだ家族である、「お母さん」とすら一言も彼女に伝えてあげる事が出来て上げられてないのが、現状です。
正直、その部分については複雑な気持ちがあります。
やはり一度も見た事の無い人なので、その人を本当に「お母さん」と呼べるのか?と言う複雑な思いもある一方で、やはり自分の事お腹を痛めてを産んでくれた母として、拉致をされた時の北朝鮮の海岸の所で、「私には子供が居るので」と人目を憚らずにお腹を出して妊娠線を北朝鮮の工作員に対して(見せて)訴えて「だから日本に返して」と。
「是が非でも帰りたい」と言う気持ちを嘆願したという、まだ見ぬ母に対してはやく親孝行をひとつ、何でもいいから出来ればと。
でもやはりその前にまずは「お母さん」と呼んであげたいと思っております。

私が今現状、日本政府はこの問題に対する大きな動きはございません。
この事件は1年半近く、こちらの資料に書いてありますけども細田官房長官の発言以降、対北朝鮮に対する政治的な発信と言うのは、政府としての発進はほぼ皆無だと私は思っています。
この停滞している中でここまで家族会の運動が盛り上がったのは、やはり皆さん国民一人一人の方々のご協力とお声の発進があったからこそだと思います。

私が親孝行でも何でもないんですけど、田口八重子さんに対して直接「お母さん」と呼んであげられるように、何とか頑張っていきたいと思います。
それには皆様のご協力とご理解とご発信が必要だと思っています。
どうぞよろしくお願いします。
ありがとうございました。

心をひとつにするということ

拉致被害者救出運動の最終目的は、『全ての被害者を救うこと』にあります。

その目的をかなえる為には様々な物を動かさねばならない。
動くべき第一の組織は政府、次にマスコミ、そして国民世論。
ありとあらゆる力を動員し、最終目的に向かって心をひとつにする努力をしなければならない。

だが現状を見たとき、日本政府の動きは余りにも遅い。
マスコミの扱いもまだまだ微々たるものでしかない。

何故動かないのか?もとい、何故動けないのか?

政治の世界にもマスコミの世界にも、心ある人は必ずいる。
この問題を何とかしなければと、真剣に考える人は必ずいる。

その一方でこの問題どうにかしてうやむやにしたい人たちもいる。
その勢力は政界にもマスコミにもあらゆる所に潜んでいる。

何とかしたい人たちと、うやむやにしたい人たち。
この両者の力が拮抗しているから、中々拉致問題の山は動かないのではないか?と私は考えている。

ではこの力の拮抗を打ち破り、政治やマスコミの世界で拉致問題を何とかしたいと思っている人たちの後押しをするためにはどうすれば良いのか?
それを考える時、『国民世論の盛り上がり』以外に有効な手段を私は思いつかない。
だから私は一人でも多くの仲間をこの運動に取り込みたいのです。

仮に拉致問題の認識に濃淡があっても、制裁発動への意欲に濃淡があっても。
拉致問題を何とかしたいと思う人はあらゆる意見の違いを超えて、支援の輪に加わってもらいたいと思っている。
そのために私たち支援者を自認する者は、様々な方法を試みて一人でも多くの人に家族の思いを伝え、世論の支持を取り付ける。
共に戦う仲間を増やす。
それがご家族が私たち支援者に望む一番の事では無いのか?

反小泉をキーワードに世論に訴えるやり方があってもいい。
家族の心情をキーワードに訴えるやり方があってもいい。
最終的に世論の心をひとつにできるのであれば、世論への訴え方は何通りあっても良いと思う。

ただしより効果的な世論への訴え方を議論する事に、意義はあると私は思っている。
どんな正論であっても、訴え方を間違えて世論に引かれててしまったら元も子もない。
そこのところは、こちらの側が世論の空気を読んで、それに合わせた訴え方を工夫する事も大事だと思う。
小泉批判にいくら理があるとしても、それを高飛車に一方的に押付けても世論の理解は得られない、と言うこと。
世論の理解が得られなければ、それは何の力にもならないということ。

私達が戦う相手は金正日。
そして日本国内に潜む、親北勢力。
彼らは拉致問題の解決など望んでいない勢力なのです。
拉致問題の解決を望む国民世論が今よりもっともっと盛り上がる事を、彼らはおそらく一番嫌っている。

拉致問題をうやむやにしたい勢力は虎視眈々と、運動の頓挫を狙ってあの手この手の妨害策を仕掛けるでしょう。
それに振り回されることなく、全ての被害者が帰るまで日本の世論は頑張れるのか?
政治の世界にもマスコミの世界にも長年巣食っている親北勢力がいる。
それを排除するはどうすればいいのか?

その問題を何とかする為には、常に批判の声を上げる事は大事。
選挙などを通じて、彼らの勢力を削ぐ事も重要な事。

ただし、政治やマスコミの世界に巣食っている陰の力を簡単に追放できる決定打はおそらく無い、と言うことが問題なのだろうと思う。
彼らの勢力を簡単に削ぐ方法があるならば、拉致問題はとっくの昔に解決しているはずです。
拉致問題がこんなにも動かないのは、彼ら影の勢力の及ぼす力は私達が思う以上に根深い物がある、と考えるのが妥当ではないでしょうか?

しかし被害者救出は待った無しです。
政界・マスコミ界の完全浄化を待っていては、被害者の命は消えてしまう。
では次善の策として、今政界やマスコミ界の中にいる良識派が、少なくとも今よりももっと自由に力を発揮できるよう、後押しする事もまた大事ではないのか?
そのためにも世論の盛り上がりは何よりも有効な後押しになるのではないのか?

私には何の力も無い。
知名度もなければ世論への影響力も無い。
被害者救出と言う大望を果たす為に私が出来る事など本当に微々たる物でしかない。
それでも私は世論の喚起のために、出来る事を積み上げる。
目的を同じくする人と手を取り合う。

くどいようですが、家族の願いをかなえる為に私達が戦う相手は金正日です。
戦う敵を間違えてはいけないと思う。
そこさえ常に押さえていれば、無用の内輪もめなど避けられるのでは?と思うのだが・・・
posted by ぴろん at 11:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月07日

06.4.16 本間勝さん 日本再生フォーラム(7)JACK大宮ビル5階にて

『本間勝さん(田口八重子さんの兄)の訴え』

Img_2637.jpg

どうも今日はこんなに多数の皆様方、日本再生フォーラムの講演会に来て頂きまして、拉致問題に対し興味を持っていただくことに対しましてありがとうございます。
今日は本来であれば家族会の副代表である、私どもの一番上の兄貴・飯塚繁雄が来てお話すべき所なんですが、親戚にお祝い事がありまして、そちらの方にどうしても出かけなければいけないという事で私がちょっとお話をさせて頂きます。

私の妹の八重子という、そこに写真もあるんですけども、昭和30年生まれで昭和53年に・・・(聞き取れず)に拉致をされてもう28年、今50歳ですね。
50歳になる所なんですが家族を、ここに来ております当時1歳でした耕一郎君と3歳のお姉さんを残して、北朝鮮に非情にも連れて行かれて現在に至っている状態です。
本当に早く耕一郎君の胸元へ母親である八重子を飛び込ませてやりたい。
早く抱きしめて上げさせたいと、本当にそれだけです。

私どもの方も段々年をとって来ております。
北朝鮮と言うのはそういう暮らしが悲惨な、食料も無いとかね。
ごく一部の平壌に住む特権階級・軍隊・そういった人たちだけが安穏と、人よりはレベルの高い生活をしているという事を聞いております。
ですから八重子はそういった組織の一員として働かされているとは言え、平壌からは多分遠くの山間部に収容されて人目の見難いね。
日本人がいると言う事が分からないような山間部に多分収容されているんではないか?と現在思います。

八重子はですね。
蓮池さんたちと一時期同じ所の収容所に生活をしていました。
蓮池さんたちは労働党の情報部の工作員とかいった政治軍事大学の先生をやっていたと言う所にいたみたいなんですけども、八重子は工作員教育、大韓航空機爆破の金賢姫を教育した、というひとつの工作員教育に携わさせられたという所なんですけども。
ある時期から労働党から離れて、軍隊の組織である人民軍の総参謀部・総政治局と言う所に、敵工局というのがあるそうですね。

当初は蓮池さんからね。
聞いておったんですが、敵工地に八重子さんは回されていますよと言う話だったんですが、どうも聞きますと敵工地ではなくて敵工局だと。
今言った人民軍の総参謀部の政治局の中の敵工局にいると。
その組織は何をやっているか?と言いますと宣伝工作ですね。
政治工作です。
韓国に対する対南工作、それから人民軍のですね。
日本軍が攻めて朝鮮半島に来た時に、「どう対処すればいいか?」というようなマニュアル的な本を作る。
そういう事もやってる所なんだそうです。
対南のラジオ放送局もやってる所だと。
今は平壌放送の一部でもそういった事をやってるそうです。

この話はですね。
先日12日に、田町の東京の友愛会館と言うところで集会があったんですが、今度新たにですね。
ラジオ放送、「自由北朝鮮放送」と言う組織、支援日本委員会と言うのが設立されたんですね。
西岡先生が日本側の委員長になられるんですけども、そういった韓国側の自由放送の責任者の方(=金聖民代表)が、北朝鮮の軍隊の将官の方だと言うことでしたので、私は人民軍の生の組織の人だったらそういった話も聞けるかなと思って質問をしました。(※本間さんの質問の様子は下記の参考過去エントリー参照の事)
そしたら今言われるような話なんですね。

それで蓮池さんたち5人は帰って来られましたけど、うちの妹田口八重子の事とか有本さんとか増元さんと言った人たちは帰って来られないわけなんですが。
要するに公開できない秘密を知っている部署にいる人間は出さないんじゃないか?と。
出さないだろうと、いうような話をしておりました。

先ほど話の出ました金正日の料理人、藤本健二さんが逃げて帰って来られたんですけども、ああいう人は金正日の料理の仕入れ、食材を仕入れるために外国に行けた訳ですね。
それを利用して脱出できたというような話なんですね。
うちの妹も、非情にもですね。
私も工作員になって海外に出られればね、逃げるチャンスもあるんじゃないか?
工作員にしてください、と言うような事を訴えたそうです。
そしたら周りの人が、そういう人間性も見ての話なんでしょうけども「あなたはとても工作員にはなれませんね」と言うような話だそうです。

先ほどの自由北朝鮮放送と言うのは、設立されて近々中波で放送するわけなんですが、目的の若干的なことを紹介させて頂きますと、自由北朝鮮放送を通じて金正日政権幹部に拉致被害者救出に対する日本人の不退転の決意を伝える。
被害者の保護、救出や情報提供に協力すれば報償を与える事を伝えると、攻めの姿勢で放送をやるということですね。
自由北朝鮮放送を通じて北朝鮮住民に国際社会の動き、民主政治の思想とか金正日政権の政治宣伝の嘘を伝えて北朝鮮の自由化に備える。
そういった目的を持って放送を始めると言うことです。

しおかぜの方でも我々の拉致被害者の名前・特定失踪者の名前を放送していただいて、荒木さんがアナウンサーやっているんですけども、深夜11時からそういった放送を聴いておりますと涙の出ない時はありません。
本当にもう「元気でいてね」「きっと取り返すからね」そういった声が、皆同じ声を上げております。

私も経済制裁が何故いけないんだろう?と常々思っていますけど、国民の皆様70%以上が経済制裁をやるべきという支持を頂いているにも拘らず、小泉さんが腰が引けているから経済制裁は実行できない、と思ってます。
どこにこれは原因があるのかな?
対話と圧力と言って、対話だけ重視していれば・・・・・(聞き取れず)日朝の友好関係を保ちたい。
ただそれだけなんですね。

後はちょっと穿った所ですけども、在日の朝鮮総連に対して相当気を使っている。
そういった人たちに直接関る経済制裁を控えているんでは無いか?と、決断出来ないんではないか?と思っております。
朝鮮総連からかなり日本の国会議員に金が相当ばら撒かれているみたいですけども、そういった人たちが経済制裁を声高に声を上げない。
それがひとつの原因かな?と言う、私なりの穿った気持ちでいます。

先日10日からですか。
6者協議のメンバーが東京に集結して、国際学術会議・北東アジア協力対話という対話の元に集まりましたけども、北朝鮮は金融制裁を解除、ただそれだけで対話に乗ってこない。
もう、アメリカはそんな話にはならないと。
金融制裁と核の問題は別個なんだから6者協議は当然やる。
早く出て来いという事を強く言ってるんですけども、金融制裁を解除して欲しいという話は、本当にあの体制が存続するのに危ない。
金が軍資金が凍結されて金正日の手元に残っていない。
それだからそれに絞ってですね。
動いているんではないかと思います。

金融制裁の解除、それがかなりの効果を持ってこれからそれでもって体制が、金正日が倒れて民主的な体制が出来れば我々拉致被害者の家族が出てこられると思いますけども。
そのとき無事でいられるかというのもちょっと心配なところなんですが、先ほどの自由北朝鮮放送の中でね。
日本人に危害を加えたら容赦しないよと、それを強力に言っております。
と言う話です。

私も北朝鮮の体制が崩れて、北朝鮮の内部に入って行ける時があればと言う事で、遅ればせながらですね。
韓国語、本当に初期的な入門なんですけども、東京にある家政大学というのが十条にあるんですけども、そこで韓国語の入門の日常会話程度を話せるように勉強して、それで北朝鮮に入って八重子を探す。
日本人を探す。
そういったことに命をかけようかと、そういった決意で私はいます。
遅かれ早かれ体制の崩壊は来ると思います。
来て欲しいと思います。

あと万景峰も当初4月の11日、新潟港に入港する予定だったそうなんですが、保険の証明書の交付が国交省から出ないために引き延ばしされたと。
それで24日に第一回の入港があるそうです。
これも早くこの船は、大型の工作船に間違いないんです。
藤田進さんがこの船で北朝鮮に連れて行かれたとか、そういった話もありますけども、一方的な北朝鮮に利するだけの船なんですね。
日本人がそれに乗って自由往来、そんな出来る船じゃないんです。

先ほど深井(明・埼玉県議会議員)先生が新潟の方に万景峰の入港阻止の集会に声高に抗議してきたと。
私も入港する度にですね。
兄貴と交代で入港阻止の集会に声を上げてきました。
万景帰れ!日本人を返せ!
あの白い1万トン級のでかい船体を見ると、本当に物悲しくなってきます。

新潟港に入港する時はですね。
海上保安庁の大型の巡視艇、最近は余り大型の舟は使わないでいるんですけども、そういう船が先導して入って来るんですね。
で、ゴムボートで新潟港の河川の周りを周回して危険物は無いか?
そういった行動をしながら守られながら入港してくるんですよ。
あの船は民間の船という事になってますよね?万景峰号は?
そんな民間の船だったら、危険だったら、当然入港させないのが筋だと思うんですよ。
日本は、海上保安庁はそれを守ってあげなければと行き来出来ないような、そんな状態だったらば入港させない。
と言うのが一番だと思います。

それから最後にですね。
西村眞悟先生が弁護士法違反で捕まって、一時臭い飯を食べてきた所なんですが、今現在は国会に戻って活躍をしていますが。
この拉致被害者救出の運動の発端と言うのは西村眞悟先生が国会で声を上げ、それで周知して戦ってたからこそ、現在につながってるんですね。

弁護士法違反と言う罪は罪なんですけども、それにあまり足を引っ張らないで、ますますこれからも国会でも継続して拉致被害者救出運動に携わって頂きたいなと。
また皆さんのそういった目で見て上げて頂きたいと思います。
西村眞悟先生、大阪で裁判を受けるわけなんですが、罪は罪としてなるべく穏便にお願いしますと。
我々拉致被害者の救出から考えれば無くてはならない人なんですと、言う事を最後にお願いして終わります。
ありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考過去エントリー

★06.4.12 質疑応答 東京連続集会17(8)友愛会館にて
『質疑応答 通訳:西岡力氏』
http://piron326.seesaa.net/article/16922182.html

2006年05月05日

06.4.16 質疑応答その2 日本再生フォーラム(6)JACK大宮ビル5階にて

『質疑応答 回答者:荒木和博氏 その2』

★質問4
それから北朝鮮の体制崩壊の可能性は?と言うことのご質問がございます。
その時の難民の問題とか、その事が出てございます。
また最近報道されています、金正日の義理の弟の復活等々についてのご質問がございますので、まとめてお答えしますと。

★回答
今金正日の義理の弟、張成沢と言いますが、この人が1月の末に復帰をして参りました。
私は、結論から言いますとこの張成沢の復帰と言うのはおそらく中国の差し金だろうというふうに思っております。
どうしてか?
一番最初に出てきたのは旧正月の日の宴会と言いますか、観劇と言いますか何かイベントがありまして、旧正月を祝うイベントがありまして、そこに金正日が座っている後ろに張成沢が立っていた。
言うのが写されてこれが復活という事になったんです。
その後、金正日の出張と言うのに同行しているのが報じられたというのもあるんですが。

非常に印象的だったのは、一番最初に写真の出たその時ですね。
この旧正月のお祝いと言うのはどういう会だったか?
普通日本で報道されているのでは全く分からないと思いますが、あの時に金正日の隣に座っていたのは中国の大使です。
で、労働新聞の記事を見ますとあの時にですね。
大使の隣はおそらく顔は良く分かりませんが間違いなく大使夫人だと思います。 
こっちは金正日の部下と言うか軍の幹部なんかが座っている。
記事を見てもですね。
その時の中国の、平壌にいる外交官から仕事で来ている人から留学生から皆集められたんです。
一番最後終わった時にはその中国の人が、劇の主役なのか分からないけど芝居のそういう人たちに、花束を進呈したと書いてある。
それはつまり、中国に向けてある意味で中国を接待する集まりだったわけですね。
その後ろに来ていたと言う事がどういう意味があるか?

そして3月になりましてから中旬に張成沢は中国を訪問しました。
この事については私が気がついている限りでは、北朝鮮では報道していません。
しかし中国政府はちゃんと報道している。
で、金正日が回ったところと同じ所を回ったと言われております。
北京市の共産党の代表と会った事も書いてありますが、もっと重要な人とも会っているんだと思います。

こういうことは全て北朝鮮に対しておそらく、ここから先は完全な推測なんですが、張成沢を通して金正日をと言うか北朝鮮をコントロールしようとしているのではないか?いうふうに私は考えています。
それだけ金正日のリーダーシップは低下している、と言うことでありまして、バランスさえ崩せばいかにも簡単にあの体制を倒してしまう事が出来るというふうに感じます。
ただし、放ったらかしてもいつまで経っても中々崩壊しない。

これはあの国は朝鮮半島と言うのは、周囲が日本と中国とロシアとアメリカと言う4つの国に囲まれておりまして、どこかが面倒を見てしまう。
言う事があってですね、放っぽっといても中々潰れない。
私はもう十年以上前にですね。
北朝鮮はすぐにでも潰れると、1年以内に潰れる事に10万円賭けてやると、10年以内に潰れる事に100万円賭けてやると言いまして、誰も賭けに乗らなかったお陰で助かったんですけども(笑い声)、やはり考え方を変えまして待っていてもしようが無いから潰してしまおうと、言うふうに考え方を変えた次第でございます。

あと難民の問題があるんですが、今、後ほどお話をされます野口さんなんかが北朝鮮難民救援基金でですね。
難民で出た方の保護を一生懸命やっておられます。
中にはすでに100人くらい日本に帰って来ている在日朝鮮人の帰国者などがいると、言う事なんですが、更に出るんじゃないかと言われます。
しかし、私はですね。
一時的にはともかくとして、朝鮮半島の外に難民が出るという事はですね。
逆にかなり激減をするのではないか?と思っております。

と言うのは朝鮮半島で、北朝鮮で、今の体制が潰れてしまえばあの北朝鮮の中で十分飯が食えるんです。
あの体制があるから飯が食えない。
体制が潰れてしまってが開放政策が戻ればですね。
わざわざ危険を冒して中国へ出て行って苦労をする必要はなくなります。
そうなれば私は逆に戻る人が多くなるのではないだろうか?と思っています。

ただし、韓国に対しては離散家族とかがありますから、南に行く人は相当いるだろうと思います。
それから日本に対してはやはり在日朝鮮人の帰国者などでですね。
帰ろうとする人はいると思います。
その数、かつて入管では30万くらいと予測しておりまして、ひょっとしたらそれくらいになるかもしれませんが、それは日本の人口1億2千万5百万から考えれば30万の在日くらい帰国出来ない事はない。

まぁいろいろ問題は起きるかもしれませんが最終的には出来るだろうと言うふうに思っておりまして、そういう支援作業は韓国政府は北朝鮮を大韓民国の領土だと言って韓国の憲法に書いてありますから、それは韓国はやるしかない。
それから日本に帰ってくる人たちについてはこれはやっぱり日本がやるしかないだろう、と言うふうに思います。

日本に関係なく来る人についてはですね。
一般の難民の保護という事になりますけども、それはやはりそれなりの保護はしなければならない、というふうに私は思っております。
しかしいずれにしても日本に出来ないような事ではない、と言うふうに思います。

★質問5
それから、帰って来た5人が発言しないのは北で脅かされているからじゃないだろうか?
それから日本の中にも北のシンパが相当いるということで、これですが。

★回答
それは間違いなくあると思います。
ただ、安明進さんの話ですけども、彼に言わせるとやはり蓮池さんは特に彼は北朝鮮の中で対日工作の要員の教育をやっていると。
だからいったい日本の中でどれ位工作員がいて、彼らがどれくらいの事が出来るか?と言う事は当然知っているはずだと。
だからそう簡単に喋らないんじゃないでしょうか?というのが安さんの言い方なんですけども、それ以外にもいろいろ彼から聞くとやはり彼らが喋れないように二重三重四重にですね。
北朝鮮はタガをはめた上で日本に送り返しているという事は、間違いないだろうと言うふうには思います。
しかし、それでも尚且つやはり彼らは喋ってもらった方が、彼ら自身が北朝鮮の体制から自由になれると私自身は思っています。

★質問6
それから「金正日の料理人」藤本健二さん、著書の内容は本当か?と言うことなんですけども。

★回答
私も一回あの人にお会いした事がありますが、書いてある事自体に嘘はそんなに少なくとも無いんではないか?と思います。
ただ、書いて無い部分でですね。
かなりあの人はいろんな物を見ていると、あるいはいろんな事を知っているはずだと思います。
本人が喋りたいという思いがあるみたいですけども、やっぱり躊躇している事はいろいろあるというふうには気がついています。

★質問7
それから、久米さんのケースで警察庁長官賞をもらったのはいくつになるか?と。

★回答
警察の中でも、これ何とかしないといけないと思ってる人はたくさんいるのは間違いないですね。
これは本当にですね。
一生懸命苦労している方おられます。
それは私たちも本当に頭の下がる思いなんですけども、それだけでは中々上手くいかない。

あと警察にとってはですね。
ひとつは検察がブレーキのネタになっていることがある。
検察が逮捕状とかをですね、中々出してくれない。
結局、だから裁判が維持できなかったりすると検察にとってマイナス・減点になってしまうので中々ちゃんとやらないと言う事がありまして、これが非常に警察にとって困るという事もあるというふうに聞いています。

★質問8
それから、日本が弱いという事の原点は金丸訪朝時にあるのではないか?ということで。

★回答
あの人がいろんな物を貰ってきたりとかですね。
いろんな事をしたと言うのは事実でございますので、そういうことの中でいろんな弱みがあるという事は間違いが無いと思います。
これは北朝鮮だけではなくてですね。
どこかの総理大臣が中国の女性と大変仲良くなってしまったりですね。
そういう事はたくさんあるわけですね。

山崎拓さんなんかもあの人もほとんど・・・(聞き取れず)みたいな者ですから、北朝鮮に限らずいろんな所でいろんな事があるんでしょうが、そうすると沢山弱みを握られている。
しかし、そういう弱みを握られるなどと言うのは政治家にとっては当たり前の事でありまして、しかしこれも図々しくやると言う事が本当は必要では無いだろうか?と言うふうに思います。

ちなみに昔ですね。
若い方は覚えてらっしゃると思いますが、私のおりました民社党に春日一幸 という元委員長がおりまして、この人は特に女性関係が非常に華やかだった方でありましてですね。
あるとき、皆もう知っていた。
ある地元で演説をしたときにですね。
共産党の人間がですね。
「妾はどうした?」ってですね、野次を飛ばしたんですが、それに対して春日さんはですね。
「いやありがとう、お陰で元気にやっております」と(笑い声)いうふうに答えてですね。
これで話が続かなかったと。
山崎拓さんもですね、あれだけやるんだったらそれくらい堂々とやって貰いたいものだと思うんですが、ちょっと若干・・・(聞き取れず)な感じが致します。

それはともかくとしてですね。
ちょっとですね、そういう弱みがある事は事実なんですが、しかしそういう物だけでですね。
動かないと言うのは許されないだろうと思います。

★質問9
それからめぐみさんが金正日王朝の誰かに日本語を教えていたのではないか、と言う話が・・・(聞き取れず)本当にあるか?でございますが。

★回答
これはおそらく大体間違い無いだろうと思います。
ジョンチョルかその下のジョンウン、あるいは両方に教えたんではないだろうか?
そういうこともあるのがやっぱり北朝鮮側がですね。
出せない理由なのでは無いだろうかな?というふうに私は思っております。
まぁ理由のひとつですね。

★質問10
それから、よく国交正常化といいますけども国交正常化すれば拉致問題は解決するか?と言う事で。

★回答
そういう事をいう人がいます。
国交正常化したら自由に行き来出来るようになる。
そうしたら探せるんじゃないだろうか?いう事はありますが、これはですね。
全く嘘です。

例えば日本と台湾の間だって国交はありません。
国交無くったってですね。
お互いに自由に行き来が出来る、どこにでも行ける。
で、例えば中国と北朝鮮の間と言うのは国交が、一番強い関係があるわけですが、それだからといって中国人が全く自由に北朝鮮のどこにでも行けるか?と言えばそういうわけではない。
と言う事でございまして、そういう事は国交とは全く関係が無いわけでございます。

北朝鮮と日本の国交正常化の前にまずやらなきゃいけないのは、北朝鮮と日本をそれぞれ正常化していくということでありまして、日本と北朝鮮がちゃんと正常になればですね。
おのずから国交正常化は簡単に実現するということでございます。

★質問11
それから平沢勝栄議員が外国との折衝は二元外交と言う事で、拉致議連の事務局長を辞めたけども、なんで二元外交では悪いのか?
外務省が過去にどんな事をしたのだろう?と言う事でございます。

★回答
ここは確かにですね。
ちょっと難しい所で、外交のやり方の中に政争は水際までと言いまして、与野党が戦っていたとしても外交については、やはり外国に対しては一致してやらなければいけない。
これがひとつ当然の事ではありますが、それ以外の外交の仕方、いろいろなですね。
民間のルートとかそういう物を使ってやるという事も、有効に使える場合には使った方が良いのは事実だと思います。

ただ、個別的に言えば平沢勝栄さんのやったこと自体はあの時に、逆にですね。
正攻法から押すと言うやり方、特に経済制裁とかそういうことをやる事によってですね。
押して行こうと言うやり方に対して、ブレーキをかけることに結果的にはつながってしまった。
と言うことがあったと言う事だろうというふうに思います。

あの時、ですから3年前の年末から一昨年の4月頃にかけてはですね。
北朝鮮側もとにかく出来るだけいろんな手を使おうと思っていろんな事に手を伸ばしておりました。
私、見ていてですね。
なんでこんな事まで手をかけるんだろう?と思うほど、NGOから何からいろんな所へ手を出して日本とのルートを探っておりました。
それだけ北朝鮮にとってはこの拉致問題でですね。
経済制裁をかけられるのが怖かったということだろうと思います。

だから、だとすればあの時にこっちから手を差し伸べてはいけなかった。
もっと締め付けて北朝鮮が本当に逃げられないようにしなければいけなかった。
そのときにある意味で言えば手を差し伸べてしまったような形になってしまったという事だろうと、言うふうに私は思っています。

★最後にまとめ

大体ご質問のお答えは以上だったろうと思いますが、ともかくですね。
この経済制裁の問題なんかは効き目があるから相手側はですね。
効き目が無いと言うんですね。
北朝鮮側は経済制裁なんかやられたって全く意味が無い。
我々は心配ない。

あるいはアメリカがやって来たら直ちにですね。
100倍1000倍にして返すんだと、言う事を言ってるわけですが、こういう事を言ってる時は大体向こうは怖がっている時です。
北朝鮮と言うのはですね。
直ちにアメリカ帝国主義を倒してとか日本軍国主義は粉砕してとか言う事は、しょっちゅう労働新聞なんかを読めばですね。
毎日のように出て来る。

放送にはですね。
あの絶叫しているおばさんが出て(笑い声)しょっちゅう言ってるわけでございますけども、あんな物はですね。
アメリカ帝国主義を粉砕する、日本帝国主義を打倒すると言う言葉はですね。
おはようございます、こんにちは位に還元しておけばいいだけの話でありまして、たいした意味は無い。
言うことですから余り気にしないでですね。
向こうが怖がっているんだと言う事を逆にこちら側がしっかり理解して、有効なカードを使っていけばいいのでは無いだろうか?と言うふうに思います。
以上です。(拍手)

2006年05月04日

5月4日の蒼い空

Img_2869.jpg

今日は私の特攻の叔父の命日です。
家族の写真と手紙を胸に沖縄に散った叔父の事を思うとですね。
この日はやはり、少し胸が痛む思いがします。

そして世間は楽しいゴールデンウィークを過ごすのんびり気分。
61年前の余りにも激しい現実との落差に、何だか打ちのめされるような気がします。

61年前の今日午前6時3分、叔父の搭乗した一式陸攻は特攻機の桜花をその腹に抱いて、友軍機と共に鹿児島県の鹿屋基地を発進しました。
そして午前9時、叔父の搭乗した桜花は、敵の掃海艇・ゲーエテイをめがけて突撃。
その数秒後、沖縄の海で彼は木っ端みじんに吹き飛んで戦死しました。
享年はわずか21歳。

特攻隊員としては非常に珍しい事に、出撃時間も突撃時間も突撃した敵艦の名前も、そして戦果も分かっております。
本当に本当にこれはレアなケース。
大体の特攻隊員は出撃したらそれっきりで、どこでどう死んだのか、全く分からない人の方が多い。
中には特攻隊員として出撃した事さえ知らない家族もあるという中で、突撃した敵艦の名前まで分かっているうちの叔父のようなケースは多分数えるほどだと思います。

彼が今生きていれば、81歳のおじいさんです。
うちはどちらかと言えば長生きの家系なので、十分元気に、かくしゃくと人生を謳歌していたかもしれない。

二度と生還できない故郷日本は叔父の目にはどんなふうに映ったのか?
鹿屋を飛び立ち、やがて見えてくる開聞岳にどのように今生の別れを告げたのか?
後ろに遠ざかる九州の地をどんな思いで見送ったのでしょうか?
南西諸島の島々を次々と眼下に見送りながら、敵艦の迎え撃つ沖縄へと、どんな気持ちで彼は向かったのか?
そして頭の上に広がる5月の蒼い空をどんな思いで見つめたのか?
考えれば考えるほど、自分の身を引き裂かれそうなくらいたまらない気持ちになる自分がいます。

私は自分の特攻の叔父を語る時、散華と言う言葉を使いたくありません。
一連の特攻の叔父のエントリーをお読みいただいた方の中には、もしかしたらすでにお気づきになった方もいらっしゃるかと思いますが、私は叔父の話を語る時に一度もこの散華と言う言葉を使った事がありません。
散華と言う言葉は余りにも美しく文学的に過ぎて、叔父の壮絶な死を語るのには温度差が有り過ぎる言葉と感じてしまうのです。
無論、他の方が散華と言う言葉を使う事に、私は何の違和感も拒否感も無い。
でも自分の叔父の話を語る時に、この余りにも美しい言葉はどうしても使えないのです。
叔父の苦悩をオブラートに包んでしまって、叔父の死をリアリティーの無い物にしてしまうような気がするのです。

叔父は5人兄弟の末っ子で、出撃時には私の母を筆頭に4人の幼い甥っ子姪っ子がいました。
おそらく特攻に臨むに当たっては、俺が命をかけてこの幼い子供たちを守る、と言う決意はどこかに必ずあったと思っています。
叔父は特攻に志願した直後に、私の母の元へ一枚のハガキを寄こしています。
元気で学校に行っているか?弟の面倒は見ているか?といったごくありきたりの近況をたずねる文面の最後に「オテガミチョウダイネ」の文字がある。

元特攻隊員の手記をあれこれと読んでいた時、私の胸に刺さって消えないエピソードが一つあります。
それは特攻に志願した直後、そのあまりの現実の重さに平静を保つ事が出来ないほどの強く激しい恐怖心が襲ってきた、と書き記したある手記を読んだときの事です。
その特攻隊員は、しかしある日道端で無邪気に遊ぶ幼子を見たとき、「そうだ、俺はこの幼い子供たちの命を守るために自分の命をかけるのだ」と決意し、それ以降徐々に冷静さを取り戻していったと言う。

そのエピソードを読んだとき、なぜかその人の決意が、私の叔父の決意と重なって見えました。
叔父にも当時すでに、私の母を含めて4人の甥姪がいた。
当然、彼も死への決意の過程で、この幼い甥っ子姪っ子を守ろうという決心をしたはずで、その事によって叔父もあるいは心の平静さを保っていたのかもしれない、と思うわけなのです。

それを思うと、「オテガミチョウダイネ」の文字はとてつもなく重いのです。
叔父の望みに応えて返事を書き送ったと言う母のハガキ。
死の間際まで、折々に揺れる心を、おそらく叔父は母のそのハガキを読む事で平静さを維持しようと努めていたのかもしれません。
それがとてつもなく、切ない。
叔父の死によって守られた側の私としては、その事実はたまらなく重い。

ともかく叔父は61年前の今日、幼い姪っ子のハガキを胸に、特攻機「桜花」と共に命を散らしました。
皮膚は裂かれ、肉は引きちぎられ、骨は砕かれて、顔も内臓も何もかも人の形を一切残さず、桜花と共に木っ端みじんになって沖縄の海に沈みました。
その悲壮なまでの最期を、どうして肉親の私が散華などと言う美しい言葉で語れようか?
叔父の痛みを我が身に引き受ける時、どうしても私は散華と言う言葉だけは使えない、いや使いたくは無いのです。

叔父が突撃した敵艦の名前が分かっているという事は、アメリカ側の資料を探せば突撃の瞬間その船が沖縄のどこにいたのか?を知る事がおそらく出来るはずだと思います。
そうすれば、例えば戦艦大和のように東経何時何分何秒、北緯何度何分と言う所まで確定が出来るのかもしれません。
もし、それが可能ならその場所へ会いに行きたいと言う気持ちが私にはあります。
なにしろ向こうは木っ端みじんに吹き飛んでしまい、いまだに骨のひとかけらも故郷へ帰って来られないのですから。
はるばる千葉から沖縄の海まで訪ねていけば、叔父は海の底で肉親の訪問を喜んでくれるでしょうか?

今年の5月4日も抜けるような蒼空が頭の上に広がりました。
正義叔父さん、見えますか?
あなたが敵艦目掛けて出撃した午前9時の故郷・千葉の今年の蒼空を、あなたの魂に捧げます。
posted by ぴろん at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.4.16 質疑応答その1 日本再生フォーラム(5)JACK大宮ビル5階にて

『質疑応答 回答者:荒木和博氏 その1』

※この講演会での質疑応答は事前に質問を文書で出しておき、その中から荒木氏ご本人が質問を選んで回答するという形式を取っています。
従ってこの質疑応答は質問の朗読・回答どちらも荒木氏ご本人が行っているのですが、テキスト上では質問と回答の区別をつけて、読んで分かりやすいように文章の構成をしております。
その事を予めご理解の上でテキストをお読み下さるよう、お願い申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

たくさんご質問を頂きましてありがとうございます。
できるだけお答えをしたいと思います。

★質問1
まず、経済制裁はなぜ出来ないのか?
ご家族に対して説明はなされているのか?という事でございまして。

★回答
このご家族に対する説明の方は、誤魔化そうと・・・・・・・・・。(聞き取れず)
政府は経済制裁を出来ない理由を説明していない。
なぜか?というということで、これは私どもも良く分かりません。
ある意味でかなり執拗に、断固として経済制裁をしたくないと言う意思を感じます。

北朝鮮は逆にですね。
経済制裁の動きがあった一昨年の、てか3年前の年末くらいですか?
経済制裁の動きがあって公安がですね。
審議をされていると、いう時に何をやったかと言うと、平沢勝栄さんあるいは山崎拓さんと中国でのですね。
会談をやりまして、そして一昨年の5月ですか?
子供さんたちを返してきたということで、おそらく経済制裁をやられては絶対に困るというものがあるんだと思います。
困ると言うものがあるので、日本の側にもとにかく「これだけはしないで貰いたい」と言う事をいろんなルートを使って言っているんだろうと思います。
これが経済制裁と言うが進めば、非常にいろんな物が変わって参ります。
それをしない・させないという事は単に北朝鮮側の意向と言うことと日本の政権だけの意向じゃなくて、ひょっとしたらそれ以外の意思も働いているのではなかろうか?と。

一つは中国はやはり経済制裁させたくないでしょうし、韓国もさせたくないと思うんですが、場合によったらひょっとしたらアメリカも何かあるのかな?と、いう感じもちょっとしたりしております。
これは正直言って絶対こうだと言う回答は私にもございません。
アメリカがやってる事はですね。
金融制裁、この偽ドルやなんかの問題につきましてこれは北朝鮮に対してどの程度の効果があるか?
また日本政府はこれに呼応した動きをすると思われるけれども、アメリカに加えて日本政府の圧力はいまひとつ及び腰である。
この理由は何か?と言うご質問がありまして、ですからやっぱり経済制裁への及び腰だということにはいろんな事が、さっき言った様な事もありますし、場合によったら何かの脅迫をされているのかもしれない。

例えば東京中枢でですね。
かつてのオウムのサリン事件とか、ああいうのに匹敵するものとか、あるいは新幹線に爆弾を仕掛けるとかですね。
そういうような事で大混乱を起すと、あるいは原発を狙ったテロであるとか、そういう事をやるぞと言うような脅しもされている可能性もあるのではないだろうか?と思います。
これは一つや二つではない、と言うことだろうと思っております。

★質問2
それから、北朝鮮の体制が崩壊すると直前に拉致被害者への危険が及ぶ可能性がある、と言うことは無いだろうか?と言う事で。

★回答
これはもう相手が向こう側にいる限りは、その可能性は最後の最後まで絶対に捨て切れません。
それをどうするか?
じゃあ穏便にやれば取り返せるか?と言うと取り返せない。
取り返せないどころか時間が経てばですね。
その前に、場合によっては命を落とす人が出てくる可能性もございます。
ですからここはですね。
もう気合でやるしか仕方が無いです。

かつて9.17の時にですね。
あの飯倉公館で、私ご族と一緒に政府からの宣告みたいな物を聞いておりまして、そして最初に横田めぐみさんのご両親、双子の弟さんと一緒に呼ばれてですね。
「めぐみさんは亡くなっております」と、言う話を聞いたときは私はですね。
これは拉致の救出運動に関っている者は、誰も大なり小なり皆心の底にあると思うんですが、この救出運動で北朝鮮を刺激して拉致被害者に危害が加わるんじゃないだろうか?
言う思いがこれ当然あるわけでございまして、あの時はですね。
これは本当の事になってしまったんだと、自分のやってる事は人殺しだったんだと言う思いでですね。
本当に茫然自失と言う思いをした記憶があるんですが、これから先だって、そういう事を思う事が無いという保障は正直言って全くございません。

そうなったらばどうしなければいけないか?
と言うことの最低限の一応覚悟をしてやっていくつもりでございますけども、そのときに、ともかくそうしないようにする為には何が必要か?
絶対にこれ何が必要か?と毅然たる態度が必要です。
もし日本人がですね。
一人にでも手をかけたらばただではおかない。
非常に言い方がキツイ言い方をすれば、「お前ら皆殺しにしてやる」と、北朝鮮の幹部をですね。
それくらいの事を言う事は絶対に必要です。

その代わりもし日本人の拉致被害者を助けてくれたらば、それはもう絶対に我々としては身柄を保護するという事をですね。
飴と鞭の両方を、こういうのを対話と圧力と言うんですね。
こういうのを使わなければいけない。
我々が絶対に取り返すんだと、言う事の意思を明らかにしている限りはそこは、北朝鮮の高官も手を出しません。
あの国のやり方からすると、今までのいろんなやり方をみてますとね。
こっちが強い時は絶対に強く出ません。
必ず引き下がります。
こっちが弱くなると偉そうな顔をする。
言う事ですので、ここは一種のチキンゲームみたいな気持ちでですね。
最後まで徹底してやるという事が必要では無いだろうか?と思います。

★質問3
それから、世論の大切さも国民一人一人の気持ちが大切なのも分かりますが、トップが代わる事で随分違うのではないかと思う。
誰が総理大臣になったらば被害者が帰ってくると思うか?

★回答
いいご質問がございました。
これは全くそうなんですけども、ある意味で言うと小泉さんのときにですね。
北朝鮮が拉致を認めて5人が帰って来たと言うのは、もちろんそういう時代になっていたと言う事もありますが、たまたま今の総理大臣がですね。
外交に全く関心が無い人であったと、尚且つしかも総理大臣になる時に、誰もあの人が総理大臣になるとは思っていなかったために、北朝鮮側はマークしていなかった。
いう事がございます。

これから先今言われている4人はですね。
皆それなりにそれぞれ北朝鮮側がマークをしておりまして、それがどれくらいの力があるか分かりませんけども、しかしですね。
それは誰がなってもそれほど極端な違いは、良い意味でも悪い意味でも私は無いんじゃないか?と思っております。
もちろん個人的に親しいとかそういう意味で言えば、安部さんにやって貰いたいとか、いう思いはありますけども、しかし安倍さんだったら全て上手く行くか?と言ったら私はそんな事は絶対にありえないと思っております。
安倍さんだってご出身の選挙区の下関というのはですね。
極めて北朝鮮とつながりの近い地域でありまして、安倍さんの選挙地盤の中にもそういう物は入っている。
安倍晋三さんが選挙に出るはるか前から出来ていたつながりでございまして、そう簡単にいくら本人がそういう意思があったとしても簡単には切れるものではない。
ですから、それでも切って貰いたいと思いますけど、これはそれだけの問題ではないと思います。

こういうふうに変わってこなかった問題と言うのはですね。
例えば金丸信ですとか野中広務ですとか田辺誠ですとか、そういう名前がいろいろ出て参りますけど、もし今まで逆にですね。
そういうそこに出て来た政治家の一人が悪くて、そうなっている問題であればその政治家が失脚したり死んだりすれば問題は解決していたはずです。
少なくとも大きく動いているはずです。
それが動かない。
金丸信が失脚しようが何をしようが事態は極端に前には進まなかった。
これはいったいどういう意味があるのか?

これはもっとですね、個々の政治家ではない、この国の戦後60年の政治構造の中に深く根ざした物があるということでございまして、これはですね。
そう簡単には引っくり返せるものではない。
変えて行かなければいけないものでありますけども、そう簡単に出来る事ではない、と言う覚悟を持って当たるしかない。
いう事ではございます。
その辺の事はタケマサ議員(?)に頑張って頂くと致しましてですね。

しかし、それでも尚且つ拉致問題がこれだけ大きな問題になって来ていると言う事はどういう意味があるのか?
これは国民の声です、断然、何をさておき。
国民の声があってですね。
これはこんな事は許しておけないと、いう事があったからここまで動いて来たんです。
それが無ければ政府だけで勝手に動くなんて言う事はありえない。

尚且つ、それと一緒にですね。
マスコミの方々がこれを報道してくれた。
いろんなこと文句を言う方はもちろんおられますし、いろんな立場の人いるわけですけども、しかしそれでもですね。
マスコミの中でこの問題何とかしたいと思ってる方が何人もおられて、その方が報道してくれたという事によって、更に多くの方がこれを知る事が出来た。
いう事は間違いなく言えると思います。

そういうものが更に大きな流れを作って行ったということでございまして、これは私は度々こういう席で報道関係の方が来ておられれば言っているんですが、報道関係の方々もこれはもちろんお仕事でやるわけで、そのお仕事の中で良い仕事を残していただければいいんですが、その書いていただく活字の一文字。
あるいは映して頂くテレビの画像のホンの5秒の画像が与える影響がいかに大きいか?
それによって動かす、その意味で言えばマスコミの方々も、やはりこの拉致の救出と言う第一線に立っているということは言えるのではないだろうか。

ですからここにおられる皆さんでもですね。
是非新聞とかテレビとか、そういう物で拉致問題でですね。
いい報道があったと言うのを御覧になった方は、それぞれの会社にですね。
電話して頂いて、「あの番組は良かった、この記事は良かった」という事を言ってですね。
「是非もっと頑張ってやってください」という事を応援をしてあげてください。
そういう事をやることによって、何とかしようと思っているマスコミの方々にですね。
追い風を与えることが出来るのだというふうに思っております。

で、質問の話に戻りますけども、ですからそういう流れはいろんな事があっても簡単に消えないと思います。
ですからこれから先、誰が総理大臣になってもですね。
私はこの拉致問題は前に進むだろうと思っておりますし、そうさせなければいけない。
いうふうに考えているわけでございます。

・・・その2に続く・・・

2006年05月03日

06.4.16 荒木和博氏その4 日本再生フォーラム(4)JACK大宮ビル5階にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その4』

それから私たちは現場で現地での向こう側からの情報のルートと言うのは非常に弱い。
今日野口さんもお見えですけど北朝鮮難民救援基金の協力も頂いたりしながら、情報を何とか接収をするということを進めている、と言う事でございます。
この情報を元にして誰がどこにいるかと言うのを調べていく作業をしていかなければいけない。
これは外国の情報ですからね。
こういうのをやるのは、私は日本の官庁であれば自衛隊かそうでなければ公安調査庁あたりがやるべきだと思います。
公安調査庁は公安調査庁で、拉致を専門にやってる方々何人もいますので、とにかくどこでも良いんですけど、情報をしっかりまとめると言う事の必要があるだろう。

そしてそれからもう一つは北朝鮮の拉致被害者の情報だけではなくて、北朝鮮内部の情報をしっかり掴んで置く。
そういう中でですね、もし北朝鮮の体制崩壊と言う事があった場合、これは今日ちょっとお話しする時間もありませんけども、金正日体制が崩れる言う事があったときには、これは邦人保護と言う観点で救出をするしかない。
これは誰が行くのか?と言うとですね、これは八百屋さんや魚屋さんが行ったって仕様が無いので、軍隊が入るしか仕方がありません。
自衛隊が行くという事でございます。

ちなみにこの埼玉出身の参議院の山根議員さんが、この間3月の8日に参議院の予算委員会で拉致問題について質問してくださいまして、このとき初めてですね。
防衛庁長官が拉致被害者の救出について答弁をしました。
初めてです、これまで。
ただ今までの大体決まってた事が、そんなに足を踏み外した物ではありません。
こういう事態が起きた時に外務省の要請を受けて、そして安全が確保される限り行きますと、いう事でした。
安全が確保されるなら別に軍隊が行く必要は無くて、誰が行ったっていい訳ですね。(笑い声)

安全が確保されないから軍隊が行くんですけども、取り合えずですね。
答弁自体は不満なんですけども、しかし少なくとも防衛庁長官がですね。
答弁をする事になったのは、いくらか前に進んだと言う事だろうと思っております。
これをやってきたと言う必要があります。
そのためにどこがどういうふうにとか、港がどうなってるとか、そういうことを調べていく。

それから更にですね。
もう一つ更に進んで自衛隊を使った救出作戦という事になりますが、それは北朝鮮の中にいる人と連絡が取れて、その人が多少の危険は覚悟して脱出すると言う意思があると確認された場合、やるわけですが、これはもうギリギリの所まで秘密にしておかざるを得ませんので、公公然と そういう準備を始めておく必要が私はあるというふうに思います。
こういうことを私が言うとですね。
最近でもこういうところで話をしてもですね。
余り抵抗感がなくなりました。

昔は話していても、いやそう言ったって憲法が引っかかるのどうのと言う方があるわけでございますが、憲法に引っかかかるくらいであればですね。
我が国の憲法どこがどうなんだと、軍隊なんていらない事になってますから、自衛隊なんてどう考えたって私憲法違反だと思っているんですね。
しかし私も憲法違反の存在のごく一部でございまして、じゃあ今の日本でですね。
自衛隊は憲法違反だから無くしてしまえと言ったらどうなるか?と言うと、そっちの方がよっぽど問題にされると言う事でありまして、現実問題としてはこういう時のためにですね。
軍隊が存在するわけですよね?当然。
こういう時に、本当に困っている人苦しんでいる人がいるときに、助けられないような軍隊だったらですね。
年間何兆円もお金を出す必要は無い。
それこそ税金泥棒以外の何物でもないわけで、そうじゃないとするためにはですね。
しっかりこういうことをやるようにしなければならないし、当然それに対して国民の側もバックアップをしていかなければいけないだろうと思います。

ちなみに戦前ですけども、日米戦争が始まる前、昭和15年に日本の北洋漁業の漁船がソ連に拿捕されたと言う事件がありました。
そのときに青森の大湊にいた艦隊ですね。
それは明治時代に設計されたボロボロの駆逐艦ですけども、その駆逐艦隊がカムチャッカまで行ってですね。
その捕まえられている所の港の前で派手に演習をやりました。
言う事をやったらすぐにソ連はですね、返して来たと言う話でございまして、それはソ連からすると日本海海戦でですね。
コテンパンにやられたと言う恐怖感があったせいだと思いますが、こっちから行ったのはボロボロの船でもですね。
すぐに返してきたと言う事でございまして、いろんな形でそういう物はちゃんと使わなければいけないというふうに思っています。

そしてこういうことをやっていく中で、何を目指していくか?
当然日本人の拉致被害者の全ての救出、これは当然ですね当たり前の話です。
全てというのは今我々の特定失踪者のリストにも載っかっていない人ですね。
それはどういうことかと言うと、例えば久米さんにしても原さんにしても田中実さんにしても、身寄りの無い人を狙った拉致です。
だからこれ、成功していればですね。
我々の所に誰も分からない。
日本の中で誰も拉致をされた事を知らない人と言うのが明らかにいるんです。
しかし我々は日本国民の責任においてこの人たちを全て取り返さなければいけません。
それをやる。
この全てを取り返して日本人拉致問題の解決と言うことです。

もちろん終わって帰ってきた後でですね。
いろんな問題が起きると思いますが、ともかくそこまでは絶対にやらなくてはいけない。
これが実現するとどうなるか?と言うと、日本人だけではなくてですね。
他の国の、韓国なんかも含めてですね、他国人の拉致被害者の問題もですね。
並行して当然解決をしていく。

つまり全ての日本人拉致被害者の問題が解決するというのは、要は向こうに入って自由に中を探してくる事が出来なければいけません。
と、これは向こうの体制が倒れていなければいけないわけでして、そうなれば他の他国人の拉致の問題も解決をしていく。
同時に北朝鮮の中の人権問題、今たくさんの人が北朝鮮を逃れて非常に苦しい思いをしているわけですけども、その北朝鮮の人権問題も当然解決の方向に向かうということでございまして、これは全部含めてやるという事でなければ意味が無いわけでございます。
物理的に言っても日本人の被害者だけ取り返して終わりと言う事は有り得ない事なんですが、やはりですね。
ここまで持ってくる事を考えておく必要はある。

今北朝鮮を巡る状況と言うのは非常にですね。
混乱した状況です。
中国が北朝鮮の中にどんどん手を突っ込んでですね。
人事まで引っ掻き回しています。
経済的には中国との国境辺りはですね。
殆ど植民地化されているような状態で、土地を買い漁ってですね。
鉱山をどんどん買って、商人がどんどん入っている。
しかし中国にとって見ればですね。
これ一つ間違えると、中国の歴史と言うのは朝鮮半島に手を突っ込んだときに王朝が倒れている歴史でありまして、そう言うふうになり兼ねない。

アメリカはアメリカで、今非常にこの問題どうにかしたいと思ってますが、しかし爆撃したりとかですね。
手荒な事を使う力はアメリカには残っていません。
韓国は今はもう北朝鮮に対してはですね。
何でも言う事を聞くと言う状態です。
ある意味で言うとですね、日本は非常に筋を通している。

金正日と言うのは日本よりは中国の方が嫌いですから、中国にうるさい事を言われたくない。
だから今話として時々出ている、第3次の小泉訪朝、場合に寄ったら例えば横田めぐみさん一人を返してくるんじゃないか?とかそういう話があるんですが、こういうのは全て9.17の時と同じでともかく日本にですね。
と手を結ぶことによってアメリカからの圧力を抑えて、金を取って、そして中国との関係をもうちょっとバランスを保ちたい。
言う事の表れだろうと思います。
これは100年前、大韓帝国が潰れていった時の状況と非常に良く似ています。
おそらくああいうような事のようになるんだと思います。
ただ100年前と違うのは、日本の中にはですね。
極左から極右まで全部含めて大部分の日本人は二度と戦争なんかしたくないと思っている点ではですね。
これは国民的なコンセンサスでございまして、そういう事は有り得ないですけども、しかしあの国が潰れていく時の状況と非常に良く似ている。

ですからこういう時に我々はですね、こっちで受身になっていて良い状況になるのを待っているのではいけない。
これはこっちからどんどん打って出て、そしてあの体制を揺すぶってですね。
そして倒してしまって拉致被害者を取り返す、と言う事をやっていかなければいけないと思います。
外務省がけしからんとか、警察が駄目だとか言う事だけをいくら言っていても問題は絶対に解決しません。
こちらから手を突っ込んでですね、解決をしていくしかない、と言う事でございます。

今度我々一日一時間半ですね、短波放送でラジオを流しております。
「しおかぜ」という名前でですね、報道で御覧になった方もおられるかもしれませんが、夜の11時から12時とそれから早朝の4時から4時半まで、5.89メガヘルツで流しておりまして埼玉でも聞こえると思いますので、もし短波が入るラジオをお持ちでしたらね。
一度聞いて頂きたいと思います。
この放送は今まで拉致被害者の方々、特定失踪者の方々のお名前の読み上げとか、あるいはご家族からのお手紙の代読、そしてここにも何人もおられますが、ご家族からの直接のメッセージを流しておりました。

これはこれから先も続けるんですが、これに合わせてもっと強いメッセージを出していこうという事でですね。
明日、月曜日からですね。
一部放送を変えまして、月曜日の11時から11時半、これは朝鮮語。
それから火曜日の11時から11時半までが英語。
水曜日が日本語ということで、ニュースの解説みたいな時間を作りまして情報を流していこうというふうにしています。
明日、朝鮮語放送は私が流すんですけども、この中にはですね。
この間山根さんが質問してくれた国会での状況などを伝えるのと同時に、北朝鮮の幹部に対してともかく今の内に日本人拉致被害者の救出を手伝った方が身の為ですよと、いうですね。
半ば脅迫みたいな物ですが、こういうのを入れて流します。

英語の方は、これはですね。
これは逆に短波放送と言うのは非常に遠くまで届きまして、アメリカとかヨーロッパとかオーストラリアでも受信されたと言う報告が入っております。
ですから英語圏の人々に拉致とはどういう事なのか?と言う事を流す放送を行う。
日本語は、日本の中でも結構聞いておられる方もおられますし、それからもちろん拉致被害者日本人の方は分かるわけで、それを流していくという事をですね、やりまして。
そしてさっきのこのような状況になった場合はですね。
今度は拉致被害者の方々にどこに集合してくださいとか、どこで待っていますとか言うような事の情報をですね。
流すように使っていきたい、と言うふうに思っております。

ともかくそういう事をやってですね。
戦わなければ、我々自身の安全も絶対に守れることは出来ない。
こういうのを放ったらかしてしまえば、また次の被害者がこの埼玉でも出るかもしれません。
ですからそういうのを止める為にはですね。
こちらから戦っていくしか方法がない、と言うふうに思っております。

後でお話いただきます野口さんは、北朝鮮からも指名手配されていまして、それは大物だからと言う証拠でございまして、私なんか残念ながら指名手配して頂いておりませんので(小さな笑い声)、頑張って何とか向こう側のリストに載ってですね。
気合を入れてやっていきたいと思いますが。(笑い声と拍手)
例えばですね、今必要なのは我々のあるいは我々の子どもがですね。
次の世代を守るために戦う姿勢がなければですね、我々自身の安全も守れない。

お配り頂いた物の中にもちょっと書いてあるんですが、とにかく日本と言う国はですね。
良かった悪かったという事については色々それはもちろん評価がありますが、ともかくですね。
60年前に世界中の大国を相手にして戦った国です。
アメリカも含めて世界中の国でですね。
全ての大国と戦った国と言うのはどこにもありません。
日本しかない。

アメリカと戦った時だってですね。
陸軍と海軍が喧嘩をしながら戦争をやってるわけですね。
陸軍が潜水艦と航空母艦を作った国なんて日本しかありません。
と言うほど仲が悪くてそれで戦争をやりながらですね。
アメリカ相手にして4年間戦った。
アメリカ以外の国には負けていないわけですね。
と言うだけの日本がですね。
しかし、あの戦争についてだけはいろいろな評価があります。

この北朝鮮の問題は我々がやられている被害者です。
しかも例えば日本人を拉致をしてそれによって金正日がですね。
北朝鮮の国民を救おうとしたとか言うのであれば、許す事は出来ませんけどもしかしまぁ、理屈としては分かると。
ところが日本人を拉致して他の国の人も拉致してそして、尚且つ北朝鮮の一般の国民もですね。
とんでもないひどい目に遭わせておいて、自分達だけ贅沢をしているということから考えたらですね。
我々にとって何もですね、恥ずかしい問題は何一つ存在しないわけでございまして、あの体制をどうにかしてしまうという事についてですね。
躊躇をする必要はまったくないし、そしてこの国の力からすればですね。
そんな事は簡単に出来るはずだとそういう事を思って、みんなの力を集めていくという事が重要だと思います。

北朝鮮にとって見れば、9.17の時に非常に困ったと。
ブッシュ政権が出来てですね。
ひょっとしたら爆弾を落とされるかもしれない。
金は無い。
と言う状況で仕方が無いから日本と手を結ぶしかない。
手を結ぶときに拉致問題が、日本から外務省の田中均さんか誰か分かりませんが、とにかく拉致問題認めてくれと。
拉致を認めてくれたらば、これで日朝国交正常化があっという間に進むんだと言われたわけです。
それでそうかと言う事でですね。
認めてしまったら大騒ぎになって逆にマイナスになる。

そこでもう一回ですね。
認めたんだから、5人だけ一回返してくれと。
生きてると言う5人だけでも返してくれと、戻してくれたらすぐに2週間くらいで北朝鮮に戻すと。
そうしたら次はあっという間に国交正常化が進むからやってくれと言うふうに言われてですね。
じゃあそうかといって返したら戻さない。
更にですね、拉致問題どんどん酷くなって行く。
と言う事でですね、一昨年だったらば子供たちを返してくれれば後は大丈夫だという話だと思って返してみたらばそうも行かない。
と言う事で、北朝鮮からすれば騙されたと言う思いが非常に強いわけです。

日本人の強い所はですね。
皆それぞれ勝手な事をやっていてもですね。
お互いに何の指揮命令系統が無くても同じ方向に動くとなれば、それが最大限上手く行くという特性があります。
それが半分皮肉を込めて言えば、上手く行かなかった事もあるんですが、とにもかくにもこういう問題はですね。
解決をしていくという事に今ある意味で言うと、絶好のチャンスだと思います。
我々どうしてもこの国の力を過小評価してあれが無いから駄目なんだとか、これが無いから駄目なんだとかですね。
マスコミが悪い外務省が悪い、何が悪いこれが悪いと言いながらですね。
言い終わったら一杯やるかと言えば飲んでおしまい、と言う事が非常に多いんですが、実際にはそうではなくてこの国の力をですね。
今こそ試されている時で、その力は十分に我々にはあります。

ある力を使うかどうかの問題であって、それは我々の決断だと言うふうに私は思っています。
もう少しで私は問題解決できると思います。
年内に全部解決してみせると言うことを言っているわけでございますけども、それはもちろん解決したとしても私の力でやるわけではない。
国民全体の力でやるわけですが、そういうところまで私は迫っていると思います。
絶対に出来ると確信を持って、今後とも拉致問題の解決にご協力をお願いしたいと申し上げまして、私の話を終わります。
ありがとうございました。(拍手)

2006年05月02日

06.4.16 荒木和博氏その3 日本再生フォーラム(3)JACK大宮ビル5階にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会の講演 その3』

で、こういうことですから実際にはかなり多いんじゃないか?と言う事でございます。
特に今話題になっています元NHKのワシントン支局長の手島さんのですね。
「ウルトラ・ダラー」と言う小説がございまして、この中に印刷関係者で拉致されている人がいる、と言う話が出てきております。

これは印刷関係の人はですね。
たくさん拉致をされているのではないか?と言うのは、特にうちの専務理事の真鍋が中心になって調べている事なんですが、手島さんと真鍋が会って話もしていますけど、私がちょっと思ったのはですね。
手島さんの所に入ってきた情報と言うのは、我々が言っていた情報が回りまわって手島さんの所に来ていたとすれば、元の出元は同じですから
が、しかし他のルートから入ってきた情報であれば、全然別の所からの情報が重なったと言う事であれば、やはりかなり信憑性が高いのではないだろうか?と言うふうに思います。
 
100%と言う確定は出来ないんですけども、やはりですね。
今のところ感触では別々のルートから来た情報であるというふうに言える。
で、もしこれが本当に別々のルートであったと言う事であれば確度が高くなりますし、確度が高くなるとどうなるか?というと、印刷工・印刷関係の技術者でいなくなってる方々、だいたい70年前後くらいです。
この拉致を見ていただいて分かるように政府認定者というのは昭和52年・1977年スタートでございまして、これは一般的に言われるのは1976年に金正日が工作機関に対して指示を出して、そして日本人化を進めよと。
外国に行ったときに、日本とかあるいは南朝鮮に行ったときに、そこの人間になりきれる工作員を作れというふうに言った事が元でですね。
始まったというふうに一般的には言われているわけでありますけども、それ以前に組織的な拉致があったという事になります。

我々は元から、これより遥か前からですね。
ずっと拉致は行われていると思っているんですが、この時に日本人化教育の教員としてまとめて連れて来たのと同じように、もっとそれより前、つまり金日成が・・・(聞き取れず)機関にも金正日よりはるかに影響力があった時代から、そういうふうに例えば印刷工が足りないなら印刷工を連れて来いというような指示に基づいて、組織的な事が行われていたとすると、やはりこの拉致自体がですね。
そんな金正日ひとりがどうこうと言うような問題ではない。
北朝鮮と言う国家体制事態から出てきた問題だという事に間違いなくなるわけです。
明らかになれば本当に大変な事だと思います。

そうするとここから先にずっとやっていて、その中にも組織的な拉致があるとすれば、この後も当然組織的な拉致が行われているはず、でございます。
佐々木悦子さんなんかはもう90年代、比較的近い事件でありますけども、やはりですね。
そういうこと自体があってもおかしくない。
そうすると場合によったら2000年以降に、あってもおかしくない。
ひょっとしたらこれから先にあってもおかしくない、という事に当然なってくると言う事です。

これはですね、ともかくその中のほんの一部で、出したくないんだけどもうこうやって出て来てしまったから認定をしたと、言う事なんだろうと思います。
一番最後に認定されたのは田中実さんが去年の4月ですけども、それまでにちょうど一年前ですね。
その前と言うのは9.17で曽我さんなんかが出てきて、曽我さんを認定した時。
石岡さんなんかもまだそのとき認定していませんでしたから、曽我ひとみさんとお母さんと、それから石岡さんと松木さんを4人認定して15人になった時から、2年半かかってやっとですね。
田中実さん一人。

ところが田中実さんは拉致をした犯人と言うのが二人日本国内にいるんですよ。
韓竜大と曹廷楽というのがいるんですけども、しかしそこは一切手をかけていない。
原敕晁さんだってある意味で主犯とも言える、原さんが勤めていた中華料理店はいまだに普通に営業していて、そして店主はそのまま罪にも問われていない。
この間ガサ入れはありましたけど、しかし罪には問われてはいない。
と言うような状態がずっと続いて来てしまっているという事でございます。
ですからね、こういう事をともかくどうにかしていかなければ問題は絶対に解決をしない。

非常に不謹慎な話かもしれませんが、「踊る大捜査線」という織田裕二が(主演した)あれで行きますと、織田裕二がもし公安の刑事で、なにか拉致事件を見つけたと。
それで「あれは拉致でしょ?」と言うふうに言うとですね。
袴田課長とか神田署長がですね。
「いや青島君、あの人は自分でいなくなったんだからね」と(笑い声)言う事でですね。
それで交通課にでも回されてしまうというような、そういうパターンになってるんじゃないだろうかな?と言うふうに思います。
そういう状態で次に来るとですね。
次に受けた人間は「これはとんでもない話だ」と思っても、「いや、俺の時に起きた事じゃないよ」と言う話で、「前に起きてる話で、こんな物自分は対応取れない」ということで・・・(聞き取れず)を次々送ってしまう。
どんどんたまっていくわけです。

小泉さんは結局なんだったか?と言うと、おそらくですね。
あの人は、元々外交のことなんか全く関心の無い人でしたから、しかしそれが何か声がかかってですね。
ちょっと拉致の事で上手く行くかもしれないと、言う事でやってみたと。 
9.17の頃になってですね。
初めてどういう事だったのか?と言うのが分かったんだと思います。
どうもパンドラの箱をこう開け放ってしまったじゃないかと。
で、ばっと見たらとんでもない物が詰まっていたと。
で慌てて蓋を閉めてしまったと。
ところが蓋が締め切れなくて出始めてしまったので、そう言うのがこうやって出て来ている事だということで、小泉さんからすれば「俺は関係ない」と。
「元々何十年前からやってる話でそれまで解決しなかったのが悪いんだから、俺がそんな事解決する必要は無いじゃないか」という事ではないだろうかな?と私は思っています。

現在この拉致問題の解決をですね。
どういうふうにやってるかと言うと、今言ったように警察がとにかく中心になって捜査をする。
そしてこれは拉致間違いないと言うふうになったらですね。
これは内閣が内閣の責任でですね、認定と言うのをやります。
そうするとですね、これを外務省が北朝鮮に交渉する。
この枠組みが今ほとんど変わらない状態で続いて来ております。

ところが実際にはですね。
警察がやるとどうなるか?と言うと結局ですね、ほとんどのケースは認定は出来ないんです。
と言うのは例えば横田めぐみさんの事件は昭和52年の11月の15日。
この中にはまだ生まれていない方もたくさんおられると思いますが、生まれていた方でもですね。
昭和52年の11月15日に何をしていましたか?と言われてですね。
あの日は昼頃起きて仕事をしてその後どこへ飲みに行って、と話が出来ればそれだけで十分飯が食える。
そしてそんな人がいるわけが無い。

ところが警察は基本的にはどこでどういうふうに連れて行かれたか?と言う事が分からないと拉致認定が出来ないと言うのが基本的な考え方です。
ところがいなくなった時にですね。
今日ここにも特定失踪者のご家族とかたくさん来られていますし、田口さんもそうなんですけども、皆さんですね。
いなくなる理由が大体分からない訳なんです。
皆さん、全く北朝鮮と関係ない。
だからまさかね、北朝鮮に拉致されてるかもしれませんなんて事を言った人はほとんどまずいないですね。
我々のリスト、450人の中にも今の政府認定のご家族の中にも。

そうするとどうなるか?というと大抵殆ど大人ですから。
横田めぐみさんみたいに中学一年生の女の子であれば、これは事件性があるといって調べますけども、そうでもなければですね。
「いやそれは嫌な事でもあったんでしょうから、もうちょっとしたら戻って来ますよ」と言うふうにいわれて大体おしまいです。
警察もですね。
年間に8万人から9万人、行方不明者の届けがあります。
ですからとてもそんな物を調べちゃいられない。
事件だと思わなければそれでおしまいだと、いう事になってしまうわけで、例えば拉致がこれだけあったとしても今から警察が拉致認定できるのは氷山の一角だけです。

氷山の一角を内閣に出す。
どうするかと言うと政府の方はですね。
ここでもし拉致認定をして、拉致被害者の数を、その認定者の数を増やしてしまうとまた北朝鮮が硬化する、態度が。
態度が硬化してしまうと国交正常化も滞るし、あるいは拉致の解決にも悪影響を及ぼす。
いう事になって中々認定しません。

この間外務省が北朝鮮に出した36人のリスト、あれは公式には30数人となってますが、36人ですね。
36人と言うのはこの中で調査会の1000台番リスト、埼玉で言えば佐々木悦子さんと新木章さんと藤田進さんですか。
を入れた方々ですね。
それに加えて小住健蔵さん、これもまた最近名前の良く出て来た朴と言う工作員ですね。
なり代わった小住健蔵さん。
そして福留貴美子さん、二人を入れて36人になるんですが、この小住さんについては警察はですね。
一昨年くらいの時点では内閣の方に政府の方にこれは認定すべきです、というふうにどうも言っているようです。
しかし、認定をしない。
田中さんと小住さんと二人出したらしいんですけども、結局田中さんだけ認定と言う。
その状態で外務省は北朝鮮に交渉する。

ところが北朝鮮にはですね。
対しては今のところ経済制裁とかそういう圧力をかけてはいない。
圧力をかけないで北朝鮮に話をして話を聞くか?と。
北朝鮮に「こういう人たちについてを拉致しているでしょ?」と、「戻してください返してください」と言って、「分かりました、返しましょう」と言う国であれば初めから拉致なんかするわけ無いんですね。
相手は詐欺師と暴力団一緒にやってるような国ですから、こういうところに力使わないで返してくれと言ったって返してくれるはずが無い。

去年の6月に参議院の内閣委員会で民主党の森ゆうこ議員が質問をしまして、当時の細田官房長官に「どうやって取り返すんですか?」と言う事を質問しました。
そのときに細田さんの回答はどういう回答か?と言うと、

「相手も国家で向こうにいる人は権限は皆向こうが持っているんだから、粘り強く話をして分かりました、やってました、返します、と言ったら取り返します」

と、こういう事を言ってるんですね。
永田某のガセメール事件でですね。
大騒ぎをしている暇があったらこういう時にですね、大騒ぎをしなきゃいけない。
本当だったらばこの答弁一つだけで政権が倒れたっておかしくないような答弁なんですが、残念ながらマスコミでもどこも書いていませんし、殆ど相手にしなかった。

しかし、ああいうふうに相手に言われてですね。
つまり「向こうにいる人は向こうに全部権限があるんですか?」と言う事はどういうのか?というと、「拉致をされてしまったらば、もう煮て食おうと焼いて食おうと北朝鮮の勝手ですよ」と言ってるのと同じです。
これはまさに日本政府が「我々は絶対に拉致被害者を取り返さないぞ」と、言う事を国民に向けてですね。
断言したのに等しい、と言うほどひどい話です。
しかし現状は今もそれ程変わっていない。

そういう状態の中でですね。
どういうふうにしなければいけないのか?と言うのがやはり問題としてあるわけでございます。
ともかくこのやり方だけ続けていたって、いつまでも解決しません。
この間の原敕晁さんの関する大阪のラーメン屋のガサ入れとか朝鮮商工会のガサ入れ、何でそんな物ガサ入れしたんだろう?と思います。
だって事件が起きてからもう26年、辛光洙が捕まってから21年経ってるんです。
行ったってですね、ラーメンの汁くらいしか残っていない。(笑い声)

それなのにですね、しかも(ガサ入れを)やりながら誰も捕まえてないです。
誰も捕まえてないのはどういうことか?と言うと、それは現場でやってる人は一生懸命やってるんでしょうけども我々が見たらですね。
そんな物ただ警察が一生懸命やってますと言う事を言いたくてやってるんじゃないか?と言わざるを得ないわけでございます。
それじゃ困るんですね。
尚且つ、もしそれで犯人が捕まった所で原敕晁さんが帰ってくるわけではない。

これは日本国内の事件としてやってるから問題なので、安全保障上の問題であるというふうに捉えなければですね。
問題は解決しない。
これは北朝鮮と言う国が国家目的の為にやっている一種の戦争です。
だからそれに対するちゃんとしたやり方をしなければですね。
誰も返って来ないです、わけでございます。

それはどういう事を意味するか?と言いますととこれはですね、例えばこういう事です。
埼玉は海が無いから、海のあるところでですね。
どこかの海岸にどこかの軍隊が100人くらい上陸してきたと、そこに陣地を作って占領して、当然銃とか撃って周りに死傷者が出るわけですね。
それをどう対応するか?
警察が対応するとどうなるか?と言うとそこへ警官がやってきてですね。
誰が誰を撃ったかとか、こいつが殺人罪だとかこれが傷害罪だとかですね。
司法検分をしてそういう事をですね。
捕まえようとする事になっちゃうわけです。
警察はそう言うのが仕事ですから。

しかしそんな事をやっていてですね。
じゃあ問題解決するか?解決するわけないですね。
そのときは同じ武器を持っていたとしてもそれは軍隊と警察の全くの違いと言うのは、警察と言うのは武器を使って法秩序を回復すると言うのが目的ですけども、軍隊と言うのは基本的にですね。
敵を制圧すると言うのが目的で使い方が全く違う。
その相手を制圧してですね。
そして排除しなければいけない。
そうしなければ問題は解決しない。
ところが今この拉致問題をやってるのは拉致と言うのは国家の安全保障にも拘らず、警察だけがここをやっている。

内閣の中に専門幹事会と言うのがございます。
それは鈴木官房副長官と言うのをトップとして各省庁が入ってですね。
拉致問題についてのプロジェクトチームをやってるんですが、今年の1月になるまでですね。
この中に防衛庁は入っておりませんでした。
文部科学省は入るんですよ?入ってるのにも拘らず、防衛庁は入っていない。
やっと1月の末に入りました。

ところが今度はですね。
このプロジェクトチームの中に北朝鮮の情報収集をやるチームと言うのを作ってるんですが、今度はこの中から防衛庁は排除されている、いうことです。
警察というところはですね。
元々内務官僚と言うのは、この中にも警察の方おられるかもしれませんが、元々軍隊と言うのが嫌いですから、出来るだけ排除したいと言う思いが働くんでしょうけども、そういうふうにやってしまっているわけでございます。
しかし問題は安全保障の問題だというふうに解決をしていかなければいけない。

そうすると何が必要かと言うと、情報の収集、これはともかく必要です。
いったいですね。
日本の国内でどんなに調べたって分からないです。
北朝鮮のどこに田口さんがいるのか?
北朝鮮のどこに佐々木悦子さんがいるのかと言う事をですね。
調べていかなきゃ、問題は前に進まない。

今までこの話は全部点でした。
そういう点を何とか結びつけて面にしていくという努力をしなければいけない。
我々もそれを今遅まきながらですね。
もう一回今まで出て来た情報をひっくり返して、その間をつなぎ合わせようとしているわけでございます。

・・・その4に続く・・・
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。