2006年05月16日

私たちの「Mission(ミッション)=使命」・・・それはすべての拉致被害者を救うこと

初めにMission(ミッション)=「使命」があり、次にPassion(パッション)=「熱意・情熱」があって、最後にAction(アクション)=「行動」がある。

良い言葉だと思いませんか?
これは私が最近知り合ったある支援者のお仲間の一人から教えて頂いた素敵な言葉です。
私ばかりが独り占めしているのは勿体ないので、この場を借りて皆さんにもご紹介をさせて頂きます。

改めて確認をするまでも無いことですが、拉致問題を支援する私たちの「ミッション=使命」は、『すべての拉致被害者を救うこと』ですよね?
けれど、どうも最近ネット上ではつまらぬ諍いが絶えないように思います。
その多くが、パッションやアクションの違いを巡っての揉め事ではないでしょうか?

横田早紀江さんがブッシュ大統領に面会をしたり、最近は例の工作船がらみで覚せい剤の摘発がなされたりと、拉致問題に絡む動きが活発化をしています。
アメリカがマカオの銀行に金融制裁をかけて以降、あるいは日本では郵政選挙後安倍さんが官房長官の座についてから、少しづつではありますが拉致問題の山は前に向かって好ましい動きを始めているように思います。
それはとても歓迎すべき事ではありますが、ではいったい拉致問題は今後どういう展開を見せるのでしょうか。

問題の山が動き被害者救出のチャンスが来るという事は、拉致問題をうやむやにしたい人たちにとってはピンチの来襲である、と言うことでもあると思います。
もしも私が拉致問題の解決を棚上げしたい側の人間であれば、あの手この手でこのチャンスとやらを踏み潰すでしょう。
拉致問題を何としてでも棚上げしたい人たちの執念を侮ってはいけないと思う。

被害者を救いたいと言う家族と国民の思いを逆なでするように、敵は様々な形で揺さぶりをかけて来るでしょう。
支援者の側が自分の果たすべき「ミッション」を見失ってぐらついたり内輪もめなどすれば、敵はこれ幸いとその隙を突いて、この支援活動を分断・破壊しようと企むのは目に見えています。

「心を一つにして戦おう」と呼びかけると、どういうわけか必ずパッションやアクションの違いを巡っていざこざが起きます。
そういう揉め事は、私にはとてもつまらない事だと思います。
私達が何より一つにするべきは、「Mission(ミッション)=使命」、つまり『全ての被害者を救う』という目的ではないのでしょうか?

私たちの戦うべき敵は、ミッションの違う相手、つまり拉致問題の解決を望まない人たちです。
その根本を見失い、パッションやアクションの違いをあげつらって支援の輪に波風を立てることに、私は何の意味も見出せません。
「ミッション」を同じくする人たちの間に不要の軋轢を生んではならぬと思います。
そんな事をすれば「ミッション」の違う相手・敵に隙を与え、足元をさらわれると言うリスクが発生しかねない。
それでは支援者として果たすべき「ミッション」=『全ての被害者を救う』という目的に辿り着くはずも無いのです。

くどいようですが、私たちの「ミッション」は、すべての拉致被害者を救うことです。
ミッションをしっかり見定め、パッションを胸にアクションを起す。
この三原則を忘れない事。
敵の策略という嵐に巻き込まれて自分を見失いそうになったとき、あるいは支援の輪に波風が立ったとき。
そんな時はこの3つの言葉を思い出して、常に「自分の果たすべきミッションは何か?」と考えたいものだと思います。


posted by ぴろん at 11:15| Comment(19) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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