2006年05月21日

支援活動に臨む自分のスタンスを再確認する

本日のエントリーは5月18日付「「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します」というエントリーのコメント欄に頂いた投稿に対する長いレスでございます。
ここだけをいきなり読んでもおそらく理解は出来ませんので、まずは当該エントリーに頂いたコメントをお読みいただき、それから本日のエントリーに目を通してくださるよう、お願い申し上げます。

★「4.22 ワシントンDC集会」より、家族の声をご紹介します
http://piron326.seesaa.net/article/17969059.html
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★フィンランディアさんへ

ようこそいらっしゃいました。
そして心温まるコメントをありがとうございます。
これだけの思いを文章にまとめるには、相当のお時間を使われたはず。
投稿に至るまでには、あれこれと逡巡もあったはずだろうと推察いたします。
勇気あるご発言を頂きましたこと、心より感謝申し上げます。<(_ _)>

コメント欄を閉鎖したら?というのは、以前にも別のある人から同じアドバイスを頂いた事があります。
そもそもネット上での議論は日本人に向かない、結局バカウヨの温床になるだけだ、とね。
それはそうなのかもしれません。
重箱の隅を突くような、言葉の揚げ足取りをするようなレベルの低い論争には私もホトホト愛想がつきます。
でも、それでも例えばフィンランディアさんのように、こちらの主張の趣旨をきちんと読んで応援してくださる方もいる。

ネットでは匿名ゆえに、人間の心の内に潜む汚い部分がストッパーもなしにひょいと表に出やすいのだと思います。
現実社会でも論争はありますが、ネット上で散見するような激しい罵倒合戦にまで発展する事はごく稀です。
あそこまで敵意むき出しの罵倒をやれば、現実社会ならそのまま即絶交ものでしょう。
そこまでの覚悟をして相手を叩く勇気のある日本人って、果たしてどれ位いるんでしょうね?

私も数年前、長年の付き合いのあったある一人の友人に絶交宣言を突きつけた事があります。
彼女のやる事が、余りにも私を含めた周りの友人たちに対して思いやりが無く、自己中心的な態度が改まらない事にこちらの忍耐が限界値を越えてしまったのです。
そのときの私の気持ちがどんなふうだったか、想像出来ますか?
どんなに救いの無い嫌な相手だと思っても、それでも長年の付き合いのある友人です。
心のどこかには、それでもこの人の抱えている問題を何とかしてあげたいと言う捨てがたい情があるのですよ。
絶交宣言は、自分の中にあるその最後の思いを切り捨てる事。
その覚悟をするために、どれだけこちらが血の涙を流したか?
多分、私はその友人と一生顔を合わせることは無いでしょう。
でもあの時の痛みも、多分私の中でおそらく一生消える事は無い。

ネット上で安易に他人攻撃をする人たちに、そういう痛みの経験はおありなのでしょうか?
人の縁を切る事の痛みを知らないから、彼らは安易に人を攻撃するのだと私は思います。
そこまでの深い人間関係を、あるいは彼らは一度も築いた事が無いのかもしれませんね。
現実社会での人間関係の重みを本当に知っている人は、例えネット上でもあんなに安易に人を攻撃したりはしないものだと思います。
一部の常軌を逸したバカウヨと呼ばれる人たちは、いったい現実社会でどんな生き方をしているのだろう?と、怒りを通り越して哀れさえ感じる事があります。
時にその哀れみさえ感じないほど、彼らの有り様が薄っぺらく思えることもあります。

Blogを開設してから一年以上。
うちのような地味なBlogにもそれなりにイロイロありました。
お陰さまでだいぶ鍛えられましたし、様々な事を深く勉強もさせてもらっています。
ありがたいことです。

同時に公に向かって情報発信する事の重み、と言う物も改めてひしひしと感じています。
これまでに優良とされるサイト・Blogがあちこちで終了・閉鎖になるのを見ましたが、彼らがどうして力尽きてネットから撤退をしていくのか?
今の私なら、その理由も少しは分かるような気がします。

うちのBlogは「去る者は追わず、来る者は拒まず」が基本方針です。
議論に臨む為の基本的な礼儀を弁えている限りは反対論でも歓迎をする。
自分にそれを受け入れる余力があるうちはいま少し、その方針は貫きたいと思っています。


それと金木犀様のことに触れていらっしゃるので、いい機会ですので私も一言思う事を述べたいと思います。
今回の騒動の根本には彼女に対する遺恨のような物もあるようですので、そこについての私の見解も述べないことには、多分話も始まらないのでしょうから。
私の彼女に対する基本的なスタンスは以下の通り。

蒼板で、彼女に関連して過去に何やらトラブルがあったらしい、ということは私も承知しています。
でも、そのトラブルの内容がなんであったか、その時も今も、私は全く知らないし知りたいとも思っておりません。

私にとって大事な事は、拉致被害者を救うことなのです。
そのために手を組める相手であれば、志を同じくする仲間であれば、私は誰とでも手を取り合う。
それだけの事です。
彼女の過去に何があったかなんて、私には興味は無い。
少なくとも今現在、彼女が拉致問題に取り組む姿勢は、私以上に本物です。
その事実以外に、私は彼女に求める物は何一つ無い。

もちろん人によって、それぞれ心の内に思うことはあるでしょう。
人の好き嫌いなら私にもあるし、実際現実の支援の場でお会いするお仲間の中に、人としてどうしても尊敬できないと感じる人や個人的な友人関係であれば決してお近づきにはなりたく無い方、と言うのもごくわずかですがいる事はいるのです。
でも、私がこの活動に参加する第一の目的は被害者救出ですから。
お友達を作りたくて、仲良しごっこがしたくて支援に行くわけではありませんから、それはそれ、これはこれを分別をする。
それだけの事です。

金木犀さんに対して何やらいろいろと複雑な感情をお持ちの方がいるらしい、と言う事は承知しています。
そのことについても、私はとやかく言うつもりはありません。
人の好き嫌いをどうこう指図する事は出来ませんから。
でも、少なくとも、この支援活動に関るのであればですね。
まずは支援活動のミッションは何であったかを常に意識して欲しいものだと感じております。
ネット上で他人の事を言葉汚く侮辱するのは、端で見ていても気分の良いものではありません。
ご本人はおそらく「衷心からご忠告を申し上げているつもり」なのかもしれませんが、私にはどう見ても体の良いうっぷん晴らしにしか見えません。
悪口雑言の限りを尽くすその人自らが、自分の値打ちを自分でどぶに捨てているという事実に彼らは気がついていないのでしょうか?

どうしても悪口を言いたいのであれば人目のつかないところで、こそこそやるのが最低限の礼儀です。
言いたいことがあるのなら直接ご本人に言うのが大人の分別と言うものでしょう。
その最低限の分別もつかない人が、あれこれと他人に対してご高説を垂れる資格などあるのでしょうかね?
人を罵るその口で、まずは自分の愚かさ加減を叱り飛ばす方が先では無いのか?と、私は思うのですけれど。


前置きがだいぶ長くなってしまいましたが、頂いたコメントの中から一部を引用して、少しだけ私の考えを書かせて頂こうと思います。

>一般の人は、大抵は自分の生活に精一杯ですから、なかなかぴろんさんのような活動は出来ないです。何か強い動機がなければ、拉致問題に関心があっても、集会に出向くところまではなかなか・・・それ、普通の感覚です。私は、集会には思い切って一度だけ行きましたが、ちょっと「引く」出来事があり、それ以降、足が遠くなっています。

そうでしょうね。
それが多くのサイレントマジョリティーと呼ばれる人たちの実情であろうと、私も思います。
だからこそ、私はそういう人たちに向けて、集会の内容を発信するのです。
家族の必死の訴えに直接耳を傾けてもらって、この問題への関心をなんとか繋ぎ止めたいのです。
具体的になにか目に見えるような大きな活動が出来ずとも、心の内に拉致問題への関心を秘めていてもらい、いざと言うとき「被害者全員救出」の声を上げてくれる人を、一人でも増やしたいのです。
それが「私たちと共に戦って欲しい」と望む家族の意向にも叶う事ですし、被害者救出に近づく道でもあると私は信じます。
そしてどんなにささやかな事でもいいから、家族の後押しをする活動に参加して欲しいと願うのです。
メールやハガキを書くことでも良いし、ブルーリボンを胸に付けることでも良い。
「私は拉致問題を決して忘れていませんよ」と言う意思表示が、どんなにささやかな形でもなされれば、それが世論を盛り上げ、尚且つ敵と戦う力になると私は思うのです。

>あまり余計な神経をお使いにならず、本当に支援へとつながることに時間をお使いになって欲しい。

ありがとうございます。
そのお言葉に救われるような思いがします。
最近では、書けば書くほど素人の寝言の域を出ない自分の文章が恥ずかしくて、いつも顔から火の出る思いをしております。
でも世の中を広く見渡せば、おそらく私レベルの知識・情報しか持たず、政治や外交などの難しい話はサッパリ分からない、という人が多数を占めているのではないでしょうかね?
私に理解できない事は、おそらく大衆にも理解できない。
理解されない事は世論になり得ないし、世論になり得なければそれは国を動かす力にもならない。
そう思えばこそ、物言わぬ大衆に向かって何とか心に響く訴えが出来ないものか?と悪戦苦闘をする余地もある。
それが、私がこうしてBlogで発信を続ける理由の一つなのです。
私の寝言がきっかけで、例え一人でも心を動かし拉致問題に深い関心を寄せてくれる人がいるのであればですね。
こうしてネット上で恥をかきつつ、駄文を綴る意味もあるのでは?と思っているのです。


posted by ぴろん at 11:39| Comment(12) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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