2006年05月22日

06.5.18 飯塚繁雄さん 東京連続集会18(6)友愛会館にて

『飯塚繁雄 家族会副代表 訪米報告』

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今の横田早紀江さんの方からおおよそ話がありましたけども、25日〜29日まで、家族会としては横田早紀江さん、私と増元事務局長それから横田拓也事務局次長、この5人で、もう一人市川(健一)さんですね。
この5人で、救う会の方は西岡先生と島田先生が同行して頂いた。
そのほかに政府から山谷(えり子)政務官とか山中(○子、○=火へんに華)政務官、外務省の関係で調整室の方が一緒に同行されて行きました。
それから議連の方でも古屋(圭司)事務局長ですね。
民主党の渡辺周参議員、この方がいろいろな集会あるいは会談に同行して頂きました。

細かく話すと長くなりますから感想ですけども、やはりアメリカへ行くと先ほど増元さんがホッとすると言いましたけど、本当に人権の話と言うのはどこでも受け入れられる。
まずその人権と言う事がきちっと守られなければ他の事は出来ないと。
この話も早紀江さんがブッシュ大統領と会った時の名言として「私はこの人間を尊重する、人権を守るという事を考える時間が無いほど忙しくない」と。
言うような名言をしていただいて、まずもってこの話と言うのは全てに通じると、全てに優先すると。
そういう意識が非常に一連の日程の中で感じられました。

もう一つ名言としてはですね。
これは新聞にも出てましたけどね。
「最近に無い心を動かされた感動の一日だった、会談だった」と。
この二つを私は非常に心に感じて、果たして我が国と比較してですね。
そういう事を思うわけですけども。
いずれにしてもそういう事では、私たち家族会は行く度にですね。
物凄い高官の人が出て来てくれると。
今回、最高の人が出て来てくれたんですけど、行く前にはもしかしたら会えるかも知れないと言う半信半疑で、もちろん期待を持って行ったんですけど。
各方面から、もちろん安倍官房長官含めて各方面からの願い・申請によってこれが実現されたと。

特に日本も駐日大使、あ、ごめんなさい、シーファー大使ですね。
この方がブッシュ大統領とだいぶ仲が良いらしくて、「おい、お前」と言う仲みたいなんですね。
新潟にも行ってくれましたし、その実態も確認して家族会が行ったら会ってくれという事になったようです。
この話も実はですね。
先ほどのペンタゴンに行った時のイングランド副長官が、私たちとの会談の時にもらしちゃったんですね、ちょっろとね。
私たちは悲鳴上げて喜んだわけですけども、「あ、ちょっとそれは待ってくれ」と。
「どう変わるか分からないから」と申しましたけど、全く自信のある言い方で話してましたけど。
そうしてこの最高のブッシュさんに会えたわけですけども。

これは、この事自体は物凄い世界的にインパクトを与えたんではないかと。
もちろん北朝鮮に対しては相当なインパクト、政治的なメッセージを与えたと思うんですけど。
これは世界で一番のトップの大統領と言う位置付けもありますから、当然世界的にもこの問題をきちっと取り上げていく機運と言いますかね。
これを得られたんではないかと、言うふうに感じます。

問題はですね。
これはニュースでぱ〜っと流れてさっと抜けたと言う感じもあるんですけど、先ほどの韓国の報告にあったようにこういった我々の活動、皆さんが今日来ていただいた我々の活動の成果といいますか、活動の過程の中の成果。
これをただ喜んでいるわけではありません。
当然ながらこれを上手く引き継いで、それぞれの政府がこの問題をどうやって解決していくんだと言う具体的な動きがなければ意味が無いんですから。
私たちはそれを相当期待しているわけです。
日本政府も韓国と協力してこの問題に対応していくんだという話もありますけども、中々具体的には話が出てこないのが非常に残念だし今の状況です。

我々としてはこういった物を少しでも国民、日本国、あるいは韓国、あるいは世界の人間にですね。
訴え続けて、この問題と言うのは世界的に広がっている。
こんな問題が今あってはならないという事を今後も訴えながら、少しずつでも解決の糸口が見つかるように頑張っていきたいと思います。

このほかにアメリカの活動の中で、例えばワシントンに在住する在米商工会と言うのがありまして、日本企業の社長さんがたが集まる組織があるんですけども、約100名くらい来て頂きまして、私たちの訴えを聞いて頂きまして、非常に感動したと。
で、我々もアメリカの中で何か役立つ事をやりたいとそういったお答えを頂きましたけど、非常に関心を持っております。
「日本ではどうなんですか?」と言う質問もありましたけど、もちろん今のこの世論の盛り上がりと言うのを説明をしていきました。

それとあと丁度、早紀江さんがブッシュ大統領に会っている時間帯に、国会議事堂の前で野外集会と言う事でスザンヌ・ショルティーさんが仕切っている団体、あるいはその活動、行事なんですけども。
私と島田先生と訴えて参りました。
これもですね、韓国系の人が多いんですけども、人権問題と言うのは最重要だと。
拉致とかそういう問題については非常に怒っていると、言うような雰囲気の大会なんですけども。

私も一言喋りましたけど、傍で通訳してくれる人がですね。
山本君って言うんですけども、私の事も知ってますし家族会の事も知ってますし、これまでの状況も知ってます。
そういう中で私の言葉を感情的にプラスアルファしてですね。
物凄い迫力で言ってくれるんですね。
私も傍で聞いていてビックリしましたんですけども、非常にそういう意味では日本から家族が来て、直にこういうところで日本語で訴えていると。
言う姿は皆さんの心に残ったかなと、言う思いです。

通訳の話でもう一つ、早紀江さんのですね。
公聴会で訴えたときにやはりその凄く綺麗な英語で、それから感情を凄く込めて、早紀江さんの気持ちを十分汲み取った通訳って言うんですかね。
私全部分かりませんけど、そういうふうな意気込みを感じてました。

一方韓国の方の証言、公聴会の参加者はですね。
時間も守らないでだらだらだらだらと言ってましてですね。
折角日本の人たちが頑張ってこういう場面を作ったのに、それに乗っかったと言う感じが私もしないでも無いんですけども、時間も守らずですね。
通訳もただ直訳するだけで、あんまり迫力がなかったと言う感じもいたしました。
ちょっとすみません、長くなっちゃって。
(西岡氏より「大丈夫です、訪米報告メインですから長くして頂いて」の声)

それから余談ですけど、斎木公使、全権公使ですね。
前、外務省におられた。
この人がワシントンに駐在していまして、自宅にですね。
結構大きな家なんですけども、そこへ私たちが朝ごはん、朝飯を招待されまして。
気を利かして納豆と卵と味噌汁と、こういう感じだったですけど非常に美味しかったです。
そういう気がします。

非常に広い家屋でですね。
周りが非常に緑が濃く、非常に空気も良く静かで、逆に斎木さん曰く「一人では怖い」と、言うふうな事を言ってましたけど。
「毎日納豆を食べながら仕事をしてますよ」と言う話もしましたけど。
またああいった拠り所があるとまた非常にいいなと言うふうに感じましたけども。
斎木さんもアメリカにいても、この問題は日本にいるときと同じように、あるいはそれ以上に気を使ってあらゆる面で対応していきたいと。
何か相談事があったら即相談してくれと。
いうような話もありましたので、私たちとしては心強く感じました。
また後、拓也さんの方からも補足があると思いますけども、私の感じは一応以上です。(拍手)


06.5.18 横田早紀江さん 東京連続集会18(5)友愛会館にて

『横田早紀江さん 訪米報告』

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本当に皆様にご心配をおかけしていましたが、良いように、全てのことが順調に進みまして、思いがけない、ブッシュ大統領ともお会いすることができて、『長男拓也と二人で出てください』ということで、お会いすることができました。
始めの時に、もっと早い日にちに、増元さん達が先に出発していただいて、いろいろと行事に参加してくださいまして、私達は24日にでたんですが、25日にチャボットという下院議員の方に話をすることができました。それから26日、このときは、大使レセプションというので、ほんとうはラムズフェルドさんがいらしていただくはずのところが、、イラクの方にいらしたものですから、あの方とはお逢いできないと思っておりました。そうしたら、副長官のイングランドさんという方がですね、その場にきてくださいまして、ローレンス副次官とか ヒル北米アジア部長さん、(・・名前、ちょっと忘れちゃうんですけれど)沢山の方があってくださいまして私達の話を聴いてくださいました。

その時にイングランドさんという副長官が、私達家族と『写真を写しましょう』と言って、めぐみの、あの哀しい白いブラウス写真と、広島で、私達家族4人の歩いている写真との二枚を、かなり大きなパネルにして持って行っていたんです。それをお見せしましたら、『一緒に写しましょう』ということで、このようにして写していただきまして(その写真を掲げて)、翌日の公聴会の『証言の、その時までにすぐに、家族の人たちにこれを届けてあげなさい』 ということで、その日の朝早くに私達、行った家族に一人一人全部メッセージ違って、こういう風な紙にはいってですね、お届けくださいました。本当に迅速な行為というか、暖かさというものに家族はみな感激しました。本当にありがたいと思いました。
その時に写したものが、ここに何枚か、国防総省で写したものが何枚かありますので、又後から、見ていただけばいいと思います。

そして、27日の公聴会が非常に、初めてのそのような場所なので、心配だったんですけれど、西岡先生、島田先生、スーザンさんという女性の通訳の方とが、本当に細やかに、何度も何度も私の書いたものを、見てくださって、そして、本当に5,6分しか日本語で言えないんですね。通訳の方が5分ということで、だいたい10分ぐらいでピタッと終わらなければいけないと言うことで。ずいぶん長い文章を書いていたんですね。それを本当に何度も何度も先生方が、直してくださいまして、そして、スーザンさんや島田先生がそれを英語に訳してくださいまして、それを書いて書いて、前の晩は一生懸命遅くまで部屋で話を全体が10分以内で、両方がピタッと終わらなければならないと言うことで、
一生懸命、夜遅くまで、西岡先生の部屋で話をピタッと時間内にいけるかどうか、練習をいたしました。何度か読んで、スーザンさんが通訳なさって、すぐにぱっと次ぎにはいれる、スーザンさんが通訳なさって。なかなか重なったちゃったりして、早く言いすぎたりして、いろいろあったんですが、時間は本当に正確にきちっとした部分、大事なところだけを、先生方がきちっと書いていただいて、そして本当にその当日に、安心して眠ることができました。

スーザンさんは、通訳をなさいますので、私の隣に座ってくださるという話になっていたので、安心していたんですね。早く私が話しすぎないように、私が英語で話した後は、『ぱっと、机を叩いてあげるから』って言ってくださったので、『あ、それじゃぁ大丈夫だ』と思ったんですけれど、当日その席に行きますと、『横田早紀江さん、一番端っこです』って言われて、一番始めのところに行ったんですね。その次は、スーザンさんかと思ったら、韓国の方が座られて、島田先生、韓国の方、スーザンさんは一番端っこの方に座ったんですね。『わぁ、どうしよう』と思ったんですけど、まぁだいぶ練習していたので、一生懸命やればいいと思って、一生懸命、話をさせていただきました。
本当にちょうど良いように、一秒ほどおいて、もう大丈夫かと思って、次ぎを話すというように。『本当にちゃんと伝えられていましたよ』と後から言っていただいて、ホントにありがたいと思いました。

その時もですが、ブルーバッジを委員の先生方お二人に『付けてください』って、舞台に上がる前にお願いして『はい、付けます』っておっしゃって、それを付けて座ってくださいましたし、翌日のブッシュさんにお目にかかった時も、私がすぐに『バッジをお付けします』って持っていきましたら『これは自分で付けるのが一番うまくいくんですよ。でも、貴方に刺されると思って言ってるんではありませんよ。』と。(早紀江さんも会場も軽い笑い)すごい面白いことをおっしゃるんだなと思ったんですけれど、さっと、すぐに上手に付けてくださいまして、会談に赴いてくださいました。

加藤良三大使が、ホワイトハウスにわざわざホテルから連れて行ってくださる案内をしてくださいまして、二人を乗せて連れて行ってくださったのですけれど。『今までいろいろな会見が有りますけれども。ブッシュさんは、その人達とカメラで写される記念撮影はしたが記念撮影はなさいますけれど、絶対にメッセージ出す、話すと言うことは今までなかった事で、これは異例ですよ。』って言ってくださったんですね。それでびっくりしたんですけれど。でも、『はい』って言ってホントにどんな人かなと思っていたんですけれど、非情に明るい感じの人で、本当にテレビで見ていると同じ、何かすごく、どうらん化粧ををしているのかな?とおもうぐらいなんか、赤茶っぽい顔でいらしたから、『あ〜、こういう人は、こういうときもお化粧するのかな』とか、変なところまでみながら、・・・(笑い)

本当に『あんまり緊張しないでください』と言ってくださって、何度も。『緊張しないでください。みんなもっと笑ってください』おっしゃってくださって、こちらを安心させてくださって、お話をしてくださいました。

それで、ハンミちゃんという女の子も大きくなって、入ってくると、すぐにブッシュさんはハンミちゃんをすぐに抱き上げて『大きくなったね』と言って抱き上げて、
お話をしましたときも、私は、本当に、さっきも先生がおっしゃたように、国家犯罪としての悪を行っている。そのことが一番基にあって、こういう悲劇が日本だけでなく、韓国、いろんな、二重に家族が苦しんでいる人がいるんだ、って。一番悪の根源がはっきりとしていると言うことを、みーんなが知らなければならないということで、そう言うことでみんなが頑張ってきたんで、みなさんに伝えたくて参りましたけれど、ブッシュさんにも、そのことをすぐにお話ししました。

『本当にもう、悪というものと戦うというのは、もうほんとーに、大変な、考えられないほどの忍耐と辛い思いをしなければならない事ですが、私達全部の人たちを取り戻すために、一生懸命にみなさんに支えられて、今日まで頑張ってきました。』と言いましたら、『本当にその通りだ』ということで、北朝鮮に対してはっきりと、みなさんもお聞きになったと思いますけれど、『本当に世界に信頼される国になりたいんなら、お母さんは、何もいらないんだ。子供を抱きしめたいだけなんだ。だからこの親子を抱き合わせなさい』とはっきりといってくださいました。そして、『本当に国家が何も罪もない国家の意思で、他国の国民を誘拐して他国で暮らさせるなんて、本当にとんでもないことだ。』とはっきりとメッセージの中に入れてお話ししてくれたことが、ちょっとびっくりしたんですが。

本当にその通りで、いろんな問題が、今度のこと、今おっしゃったヨンナムさんとの会見の中でヘギョンちゃんという孫が、両方のにとって孫ということがあります。そのために、昨日お手紙を頂いたんですけども、金英男さんのお姉さんからも、長いお手紙を頂いたんですが、やっぱり、 『ヘギョンちゃんだけでも、私たち両家族だけで一緒に会えたら、どれだけいいのでしょう、それは可能でしょうね?』と、クウェスチョンマークで、書いていらっしゃいます。『誰もこれについて、話をしてくれていません。この願いだけは、叶えられる事を願います。』 これは肉親の情として当たり前で、私達は、ヘギョンちゃんが現れた時に、本当にすぐにでも飛んで行きたいとの思いを持って、葛藤の中で留められたのですが、やはり今その状態の中にいらっしゃるのだなあと思いますが。

本当にこのことが、<対面>ということになって、金英男さんという人がもし出てきたとしても、向こう(北朝鮮)の言葉で、向こう(北朝鮮)の指令の中で、『横田めぐみは本当に死んだんだと、言いなさい。夫である貴方が言いなさい。』そして『子供である貴方が言いなさい』と、ヘギョンちゃんと二人に厳しく言った場合、もうそれは、あそこの国にいる限り、守らなければならない。どんなに哀しくても、その通り平然と言わなければならないような国ですから、そのときには、そう言うことが起きたときに、私たちはそのときには、何も言いようが無く、本当に私達、行き詰ってしまってどうしようもない状態が起きてくる。それはうちの事だけでなく、全部の、ものすごい数の苦しんでいる人が、また、同じような中で行き詰まっていくという、ものすごく大変な問題にそう言うことがあった同じよう中で引き裂かれていく。つながっていく。ものすごい大変な問題がつながっていく。絶対にそんなことは出来ないのですが、今回、お会いしたことで肉親ということの中で、このようなことが北朝鮮からのいろんな指令の中で動いていった時、本当にどの様に対応していったらよいのかなと、本当に最初から心配していましたので、これからも皆さんに考えて頂いたり、救う会のご協力で考えなければならない事だとと思っています。

本当に、ブッシュさんにお会いして、やっぱりこんなような事をしている国があることが、拉致問題だけじゃなくて、麻薬とか、前から言われているようにお金の問題とか・・・とか偽ドルとか、様々なこと・・しまいに核まで今は。それが経済援助することによって、どんどん、どんどん、向こうは生き延びていくわけですから、そのことによって、また、もし核を今やっているとすれば、またそれをお金に使って、軍備というものを、いそしんでいくと言うことが明らかなのですから。それが長引けば長引くほど、どれだけ多くの人が苦しまなくてはならないか。世界的にいろんな不幸なことが、起きてくるんじゃないかと言うことは誰にも明らかなことですから、何とかここはみんなで踏ん張って、日本中で、アメリカ中で、韓国も連れになって、一緒になって、北朝鮮のトップの人に、こんなこと、大変なことをやっているんだと言うことがわかるように、いろいろな形でメッセージを送っていくしかないって、私は思っています。

今回は本当に素晴らしい経験をさせていただきました。
本当に、多くの素晴らしい方にお願いができたこと、そしてだんだん、これが、どうなるかわかりませんけれど、これからもみんなの本気の努力さえあれば、これが結束すれば必ず解決すると私は信じていますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。
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