2006年06月08日

06.5.27 李美一さん 日韓連帯東京集会(3)星陵会館にて

『李美一 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会代表 講演』

★司会 西岡力氏

それでは集会の本題に入りまして、まず韓国のご家族から訴えをして頂きたいと思います。
韓国の拉致は、何度も言いますように朝鮮戦争中の拉致と戦後の拉致があります。
朝鮮戦争中の拉致についてはそこに数字が出ておりますけれども、82959と。
これは韓国政府の調査の結果です。
その事について実はアメリカの議会は、今お話をしていただく李美一さんを横田早紀江さんと一緒に呼んで、証言を聞いています。
まず、朝鮮戦争のときの家族会の代表の李美一理事長にお話をお伺いしたいと思います。

★李美一 朝鮮戦争拉致被害者家族協議会代表(通訳:西岡力氏)

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皆さんお会い出来て嬉しいです。
特にこの席には、日本の一般の国民の方というよりも、積極的に拉致問題解決運動に取り組んでいらっしゃる方々がいると聞いております。
韓国の拉致問題は、まだ積極的な世論が展開されるまでに至っていない背景について説明します。

まず過去の問題から話したいと思います。
私たち朝鮮戦争中の拉致の被害者は主として1950年の6月25日の戦争勃発から同じ年の9月28日、ソウルが再び国連軍によって奪還されるまでの間に、拉致された被害者が大部分です。
1952年に韓国政府がその期間に拉致された人たちの調査をしまして、そこにある82959人と言う名簿を作りました。
その名簿を今日いらっしゃった趙甲済社長の月刊朝鮮から本として出版しました。

何故このような多くの拉致被害者が出たか?と言う事ですが、まず終戦になった後、北では社会主義体制がそして南では自由民主主義体制が出来たわけです。
そして北では私有財産を没収すると言う事が起きました。
地主や企業家、あるいは言論人・宗教人に対する粛清が始まり、その結果300万人と言う人たちが難民となって南に逃げてきました。

1946年に金日成は自分の名前を付けた金日成大学と言う大学を作りましたが、学者が足りないといって南から学者を連れて来いという指示を1946年7月30日付で出しております。
ですから戦争前に彼らは連れてくるべき有名人士の名簿を作っていたわけです。

戦争が勃発した後最初にした事が、政治家それから有名人の拉致でした。
そしてその後は戦争の後の国土開発に使う労働力、あるいは北朝鮮兵として前線に送るための所謂義勇兵の募集という形で青年たちに対する拉致が行われました。

今のような家族会は実は1954年の9月に、ソウルが再び修復された後に集まり始めて、57年に正式に発足しました。
そして家族会はまず、名簿作成から作業を始めたわけです。
そしてその名簿を国会議長に送ったり、あるいは在韓米大使に送ったり、国連に送ったりしました。
休戦会談の中で南側が拉致被害者を送還せよと何回も要求したにも拘らず、北側は拉致などしていないと拒否したのです。

その時の韓国の家族会は実は母親が中心だったんです。
私の母親の世代で、夫を取られた人・息子を取られた母親が立ち上がって53年7月に休戦協定が成立した後ですね。
数千人規模のデモを二回行っています。
韓国の国会にも請願書を出したりですね。
あるいは国連の代表が韓国を訪れた時に、その人たちに食事の接待をしてそこで家族の気持ちを聞いて頂いたりなどの活動をしたということです。

その後新しい局面が生まれます。
それは北朝鮮が若者・青年たちを拉致していった、その青年たちをスパイ教育をして南に再び送って来たという事です。
50年年代の末からそういうことが起きます。
そうしましたらば、韓国政府は我々を助けてくれるどころか、我々がスパイの関係者だと言う事で家族連座制を適用して監視と差別を受けるようになりました。

ですから私たちは、北朝鮮から拉致されそしてスパイにされるという二重の被害を受け、そして南からは監視されるという三重の被害を受けたということです。
これが朝鮮半島で起きた冷戦時代の状況でした。
私たちはその様な特殊状況を受け入れるしかなかったのです。

1964年、赤十字社とそして朝鮮日報が、拉致被害者救出のための国民署名運動を行って、その署名を国連に送りました。
その時でも、実は大統領から始まって各界の代表的な方々がみんな署名をしてくれました。

私たちのその様な問題が、しかし表面から出なくなってしまった理由は、第一に冷戦時代の構造があったということです。
そして二つ目の理由は北朝鮮が休戦後も新しい拉致を始めたということです。
当然政府としては現在進行形で起きている拉致についてまず対処せざるを得なくなって、戦中の拉致の問題は忘れ去られていったのです。

当時の家族会の運動の記録が政府の資料館から出てきたんですが、それを見ますと当時の家族会は在日朝鮮人の北送反対運動にも参加していますし、拉致被害者が何人か帰って来たときの歓迎大会にも参加しています。
そして80年代の中盤に(家族)連座制が解除されるまで、私たちはその様な状況に置かれていたわけです。
私たちはまた冷戦の中でそのような状況をある程度理解する事が出来たんです。
それは戦争を経験した世代として、共産主義がいかに恐ろしい物であるか?と言う事を体で体験した世代だったからです。

当時はそして南北で対話が無かったわけですが、2000年代になって金大中政権で南北首脳会談が開かれたと。
ここで話題になるんじゃないか?と私たちは大変期待をしたわけです。
なぜなら金大中大統領は戦争も体験した方だし、自分自身も拉致を体験した方なので、拉致された者とその家族の苦しみがどのようなものなのかと言う事を、よく理解してくださっているだろうと期待したからです。

しかし大統領は戦中の拉致被害者については一言も、言及さえもしなかったのです。
480何人の戦後の拉致被害者だけ言及されたという事です。
我々が訴えたところですね。
あなた方の問題は南北の和解が進んで対話が進み、一番最後に取り上げるという回答が来ただけでした。

韓国の拉致問題が何故このように支離滅裂で成果が上げられないのか?と。
それは現時点の政権に問題があると思っています。
もちろん日本の拉致救出運動のように、このような組織的な運動が無いということもひとつの理由でしょう。
そしてここにいらっしゃる皆さんのように、他人の人権についても本当に大切だと思ってくださる方たちが、韓国にはまだ少ないと言う事です。

しかし幸いな事に、戦後の拉致被害者家族と日本の家族会との連帯・交流が韓国のマスコミに報道される事によって、韓国国民の関心が高まって来ています。
一番大切なのは国民の声です。
国民の心・国民の願いがどこにあるか?ですが、実は戦争中の拉致被害者については言論の報道が無いのです。
言論はいつも問題を探し、そして特ダネを追います。
戦争中の拉致被害者は自力で脱出した人はまだ一人もいません。

私たちは重要な資料をこの4年間、多く発掘いたしました。
資料を発掘しましてマスコミに公開しますと、その資料の価値その物よりも、これは特ダネなのか?そうではないのか?と言うところにばかり関心を持ちます。
まだ韓国では資料の大切さ・重要さを分かっていないのです。

私の以上の説明で韓国で、何故?拉致救出運動が盛り上がらないか?という事の背景がご理解頂けたのではないかと思います。
私は今後も韓国で多くのNGOと協力をし団結をしながら、ひとつの組織の責任者として努力を続けていくことを約束致します。
皆さんの関心に大変感謝いたします。(拍手)

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参考過去エントリー

救出のために日米韓連帯を!東京集会より
05.11.23 友愛会館にて

★『李美一(リ・ミイル)朝鮮戦争拉北人士家族協議会理事長による、ご自身の家族のお話(通訳・西岡氏)』
http://piron326.seesaa.net/article/10683736.html

★『李美一 朝鮮戦争拉北者人士家族協議会理事長のお話(通訳・西岡氏)』
http://piron326.seesaa.net/article/10719896.html


2006年06月07日

06.5.27 横田滋家族会代表 日韓連帯東京集会(2)星陵会館にて

『横田滋 家族会代表 挨拶』

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皆様、こんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
本日の日韓の連帯の集会、そして明日開かれます国民大集会に韓国からの方をお招き致しました。
それで西岡副会長の挨拶に尽きるわけですが、やはり日本の場合は国会議員の方、それから家族の方、韓国からお見えになった方が多い物ですから。
お一人の方からお話を伺えるというのは4〜5分と言うか、それくらいしかありませんので、それだけでは折角お出で頂いたのに意味が少ないということで、前日に会を開いて韓国の実情を、何故被害者が多いにも拘らず、政府が余り熱心でなかったのか?と言うことについて、我々も一緒に学んでいきたいと思っています。

それで、韓国は関心が薄いといいますが、今月の15日〜17日までソウルに行ってまいりましたが、やはりマスコミの方の取材と言うのは非常に多くて、関心が高いということ。
それからめぐみの夫であるキム・チョルジュンさんが、韓国から拉致された高校生である金英男さんであると言う事が、日本では4月の11日に発表されたわけですが。
それと同じ事を韓国でも最高検察庁みたいなところとそれからソウル大学で(DNA)鑑定をした結果、日本と同じような結果が出ました。
それでまた、そういう事になりますと、韓国の世論もまた高くなると思いますし、それらに乗って政府もいろいろ動いてくるんじゃないかと期待をしております。

これから韓国の実情を皆様と一緒にお聞きして、これからどうすれば連帯で拉致が解決できるか?と言う事についてご教示を頂きたいと思っております。

06.5.27 西岡力救う会副会長 日韓連帯東京集会(1)星陵会館にて

『西岡力 救う会副会長 挨拶』

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皆さん、こんにちは。
予定の時間を少し過ぎましたので、「日韓連帯で全ての拉致被害者を救出するぞ!東京集会」を始めたいと思います。
今日は、私が司会兼通訳をさせて頂きます。
救う会の常任副会長であります、西岡でございます。
よろしくお願い致します。(拍手)

実は私たちは、日韓連帯拉致被害者救出集会を開くのは3回目です。
昨年の10月(※1)と11月(※2)にやはり東京で集会を開いてきました。
10月には朝鮮戦争後の約500人以上と言われる拉致被害者の問題を取り上げ、その家族会に来て頂きましたし、11月には朝鮮戦争中の民間人拉致の被害者の家族会にも来ていただきまして、集会を致しました。

そして金英男さんが横田めぐみさんと結婚生活をして娘さんを持たれたという事が判明致しまして、日本社会で韓国人拉致についての関心が今大変高まっている中で、今日の3回目の集会を持つことになりました。

残念ながら、この席には金英男さんの家族はお招きする事は出来ませんでしたけども、今日の集会では金英男さんと横田さん御家族の出会いという問題ではなくて、今日本で大きく感じている疑問について考えたいと思っています。

その疑問とは、韓国には日本と比べられないくらい多くの拉致被害者がいるのに、何故今韓国政府は拉致問題に積極的に取り組んでいないのか?
いないように見えるのか?
韓国のマスコミは日本に比べて拉致問題の報道が小さいのか?
韓国の国民は被害者の家族を助けようという姿勢が日本と比べて小さいのか?
と言う疑問です。

そこで今日は、特に韓国から国会議員の先生も二人来てくださいました。
実は韓国は今、大統領選の前哨戦として一番大切な統一地方選挙の真っ只中で、3日後に投票日で。
尚且つハンナラ党は党首がテロに遭って、選挙戦を戦えないという非常事態の中で。
しかしハンナラ党は前回私どもがソウルに行ったときに、ハンナラ党として拉致問題を最優先課題にすると言ってくださって、忙しい中二人の先生が来てくださいました。

そこで、今日はですね。
特に声をかけたのが全国の救う会の仲間たち、あるいは政治家の秘書の方たちや、これまでも何回も集会に来てくださっている人たちで、拉致が大変な事なんだという事はすでにもう分かっていて、どうしたら解決できるか?と、いう事に関心を持っている人たちに集まって頂きまして、韓国と連帯するためには今韓国の拉致はどうなっているのか?と。
韓国の拉致問題を分かるためには、韓国の社会そのもの、韓国政治を分からなくちゃいけない。
私たちは勉強をしようと思ってこの席を作りました。
ですから韓国から来た方々にゆっくりとお話をして頂いて、それを聞いて日本の家族の人たちから質問をしていただいたり、皆さんから質問をしていただくというふうにしたいと思います。

その様な趣旨で集会を持たせていただきますが、まず主催者を代表致しまして、横田滋家族会代表から挨拶をいただきます。

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★筆者注

※1=韓国人拉致被害者も救うぞ!東京連続集会12 (05.10.20 日本青年館にて)
※2=救出のために日米韓連帯を!東京連続集会13 (05.11.23 友愛会館にて)

2006年06月06日

速報 野村旗守氏・荒木和博氏 「福留貴美子さん拉致を考える集い」より 

国民大集会のテキストが一区切り付いたので、去る6月3日、藤沢産業センターで開催されました「福留貴美子さん拉致を考える集い」より、野村旗守氏・荒木和博氏両名の基調講演を速報いたします。

よど号と拉致、あるいは拉致実行犯の背景に協力者として見え隠れするチュチェ研の存在について等、非常に興味深い講演でした。
拉致問題の解決を考える上で、是非知っておきたい基礎情報ではないかと思います。
ノーカットで音声をアップしますので、是非お聴きになってください。

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06.5.3 「福留貴美子さん拉致事件を考える集い」より
藤沢産業センターにて

★野村旗守氏(ジャーナリスト)

「チュチェ思想とよど号妻」

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★荒木和博氏(特定失踪者問題調査会代表)

「福留貴美子さんと拉致問題の本質」

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posted by ぴろん at 15:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.5.20 飯塚耕一郎さん 群馬県前橋集会 前橋市総合福祉会館にて

2006年5月20日(土)群馬県前橋市 前橋市総合福祉会館にて

田口八重子さん長男:飯塚耕一郎さんの講演
         〜お母さんと呼ばせてください〜


群馬のみなさんこんにちは。はじめまして。田口八重子の長男であります、また飯塚繁雄の次男であります飯塚耕一郎と申します。

先ほど副代表の方から、今回の訪米関する報告等が出てきましたので、私のお話としては、田口八重子の拉致の話をもうちょっと掘り下げた形でお話しさせていただきたいと思います。

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まず、小さくて大変申し訳ないんですが、ここに一枚の写真があります。これは私が以前公の場にでたあとで、まぁあるテレビ局を通じて、昔、田口八重子さんの近所に住まれていた方が撮って頂いた、かつて28年前に撮って頂いた写真です。
何故この写真をお見せしたのかというと実は、先ほどの親父の話にもあったように母が1978年に拉致をされたとき、まだ一歳という年であって、全く記憶がありません。ですので、お話の中でも、<お母さん>ではなくて<田口八重子さん>とどうしても言ってしまう部分があるんですけれども、この写真は、本当に母親が優しい顔をしているところを初めて見た写真なんですよね。この写真に関しては、母親が本当に優しい顔をしているのを初めて見た写真なんですね

私それまで母に関する情報というのは、実は親父から聴く話と、金賢姫さんが書いた『忘れられない人』と言う本がありますけれど、そこの話と、こちらの写真と、大きく三つの情報しか、母につながり情報を持っていないんですよね。

この写真に関しては、すごい私の方を向いてほほえましくしている写真であって、その写真を初めて昔の知り合いの方から頂いたときは、『やっぱりボクのお母さんなんだなぁ』と思ってホットするの半分、やっぱり哀しい悔しいと言う気持ちが半分湧いたのを、感じたことを覚えています。

そもそも私は、さっき親父の方からもありましたけれど、かつて28年前に、田口八重子が、夫婦が別れ女手一つで、私と私より2つ上の姉を育てるのに、なりふり構わず一生懸命頑張ってくれていたのだと思います。実際そのそれだけ苦労をして、なんとか二人の子供を育てようとしていたにも関わらず、この拉致という問題が発生して、ごく普通にある当たり前のような家族を切り裂くような形で、そのまま30年近く放置されている、これは国家としてはとても問題だと私は思っています。

私の方は、実際記憶がなかったので、一歳の時に飯塚家に引き取られてからは、もうそこの子供だとずっと私は思っていましたから、飯塚家に引き取られてからは何も知らずにそのまま二十四年近く育ってきました。

ある時私が仕事の関係で外国に行くことになり、その時に戸籍謄本というのを初めて取ったんですが、そこの私の部分の続柄は<養子>となっていたんですね。『なんだろう』最初はびっくりしたことはびっくりしたんですけれど、結構、その時22だったんですけれど、その時22と言うと年まで何で隠し続けなければならなかったんだろうと私は思っていたんですけれども。

うちの親父は<誇れる親父>ですから、その親父が、たとえば二十歳ですとか、会社に入った二二歳の時とか、そう言うタイミングに切り出さなかったのは、きっと何かがあると思って、正直、そのまま、発覚したその日には聞けませんで、ちょっと親父の方に、一週間後日曜の昼下がりぐらいに話をしたんですけれども。

その時に言われたのが、『端的に言って、おまえの母は北朝鮮に拉致をされたらしい。』と言う風に言われたんですよね。その時、そもそも普通の日本人だと北朝鮮という国は、たいした情報というのは特に持っていないと思うんですよ。韓国の上にあって、訳のわからない指導者がいて、未だに残っている共産主義系の国だとしか、私はその時知識としてなかったんですけれども。その国に拉致をされたと言うことがどういう事か、全くわからない訳なんですよね。イメージとして、何とも想像できないわけで、ものすごく心が混乱してしまったことを良く覚えているんですけれども。

ただ、それを言われたときにまず思ったことは、じゃぁ、母親を助けるためには、我々はどうしたらいいかと言うことをその時に私は親父と話しました。親父からの回答としては、『我々に今できることはない』という絶望的な回答でした。

もちろんそうだと思います。大韓航空機爆破事件で、非情に事件性のある、家族会の中でもかなり事件性のある家族ですし、その時公の場にも出ていなかったわけですし、また過去には、大韓航空機爆破の教育係として。殺人の幇助をしていた女性だという見解でマスコミからだいぶ叩かれていた状況ですし、そう言う状況で、他の家族会の方と同じように、公の場に出て助けを求めるというのは、とてつもない勇気のいることですし、また逆に、『犯罪者の家族が何を言っているんだ』という見方もなりかねない状況でした。その時は何もできずに、ただ単に絶望感ではないですけれど、やりきれない気持ちというのが心の中にたまっていた状況でした。

それから、お話を、時間がそんなにないので、はしょらせていただきますが、2002年の9.17の時、五人のかたが帰っていらっしゃいましたが、その時は田口八重子に関しての情報というのは、<1986年の7月30日に書房されています>と言う報告でした。

その時私は日本にはいなくて仕事で海外の方に行ってたんですけれども、(その時朝仕事をする前に、ニュースのチェックというのは常に毎日欠かさなかった訳なんですけれども)その時ニュースのチェックをしたときに、結果として死亡となっているということで、大変い驚いてそのまま親父の方に国際電話かけたんですけれども。

その時親父はは飯倉公館の方には行っていませんでしたので、後日改めて外務省の方に確認をするという話でした。その時に、すごい思ったのが、海外に行っていて日本人が誰もいないという環境もある程度、雰囲気として出てしまったんでしょうけれども、その時やはり23年、母と別れて23年たって、sの母の最新の情報として出てきたのが死亡というあまりにも過酷すぎる、残酷すぎるような情報を突きつけられました。

その時に、やはり日本に帰るかどうかは迷ったんですけれども、その時親父の方が『どういう情報が出てくるかわからないから。待て』と言うお話でしたから、ちょっとまぁ我慢をして、何とか平静さを保とうと思ったんですが。

その時に私の育ての母、飯塚繁雄の奥さんですけれども、その親父と話したときにうちの母と話したときに、うちの母は号泣なわけなんですね。もう何も言えずに、ただ俺(耕一郎さん)が心配だから電話変わってくれたらしいんですけれども。ただ母親の方が号泣なわけで、自分の息子のように育てた子供にまた厳しい現実に直面しなければならないというこの惨さというのをやはり彼女は我慢できなかったわけですよね。

それで、泣いて一言。『そう言うことだから、じゃぁ、がんばってね』としか言えないんですね。その時僕は本当に訳もわからず泣いてしまったんですけれども。やはりそこの部分というのは、この拉致問題が家族に与えている惨さ酷さの一端のひとつなんですよね。

その後2004年の5月の22日に小泉さんが第二回の訪朝を行って、その時にもまた田口八重子は死亡しているという情報しか出てきません。もう、情報として何も変わらないわけですよね。9.17の時には、こちらのパンフレットにもありますが死亡確認書と言われるものが出てきて、実際もうはんこの部分とか記載されている部分とか、汚れの部分とかが、全く他の家族と一緒のようなものが出てきて、まぁ日付なり名前形が変わっているようなも。こんなばかげたものが9.17の時に出てきた。
その時の聞いたお話ですと、外務省の方が、『書房という一言では家族に何の報告もできない。何か証拠を持ってこい』と言って、向こうの担当官が一時間ぐらい席を外して、出てきたのが死亡確認書です。

2004年5月の22の時には<交通事故を起こしました>と言う事件報告書が提示されてきたんですけれども、それを外務省の方から提示された後で、ボランティアの方に頼んで翻訳をしてもらったんですけれども、田口八重子の<た>の字も八重子の<や>の字も、何も載っていないんですよ。僕が記憶している限りでも、15〜6ページある文書難ですけれども、1ページ、1ページの4分の一、5分の一近くが塗りつぶされていて、何が書いてあるのかわからない。翻訳した結果は、結局<軍部の車と一般の乗用車がぶつかって、その一般の乗用車が谷底に転落しました。その女性と男性が死亡しました。>みたいなことがかいてあるだけなんですよね。それをもって田口八重子の名前も載っていないような死亡報告書を見て、『何を信じれば良いんだ?』と外務省の方には、ちょっときつめの言葉で言ってしまった事があるんですけれども。

この二点にあるように、<田口八重子が死亡している、母親が28年たって死亡している>という状況を否定するような情報というのはいくらでも出てくるわけですよね。帰国された五名の方々とお話したときも、『実はこういうところでこういう話を聴いています』と。具体的に言うと1987年7月30日に死亡しているよと言われているにも関わらず、その年の10月に外貨ショップで(地村さんのところのかな?ちょっと忘れてしまったんですが)元運転手の方が、田口八重子さんを外貨ショップで見かけている。

情報というのは、あとは、安明進さんという北朝鮮の元工作員の方がいるんですけれども、その方の情報からすれば、91年に金正日総合大学で、金賢姫の元教官お方が、が一時期、86年か87年にだいぶ脅えていたと言うんですよね。その理由は、大韓航空機爆破事件を実施して結局金賢姫さんは自決ができなかったと。そこから北朝鮮の情報が漏れることは、北にとって大打撃なわけなんですよ。金賢姫さんは実際韓国に捕まっていますから、その矛先は元金賢姫を教えていた教官に当てられるわけですよね。要するにその教官の指導がなっていないから自決もできない。自白もしてしまう。北朝鮮にとって大打撃になるだろうと。で、『私は殺されるかもしれない』と、そのハム教官というのはだいぶ脅えていたらしいんですけれども。その後日、いくつか年月がたって91年に、また安明進さんがその教官と会ったときは、だいぶ元気にしていたと。その教官が言うには『金賢姫の日本語の教育係をやっていた女性が何も処罰されないのだから自分も処罰さるわけがないという結論に至っている』と。この発言のうらを取れば、逆にこの時点では生きているというので、結局は北朝鮮の報告というのはウソになる訳なんですよね。

そういういろいろな北朝鮮の報告を覆すような情報というのは、私の家族にとってはとても情報自体少ないんですけれども。この少ない情報の中でも、覆すような情報というのは、いくつか出てきています。

そこの部分で結局私が何を言いたいのかと言いますと、『人の母親を勝手に拉致しておきながら勝手に殺すな。』と。勝手に殺したあげくに、日朝国交正常化を行って自国に食料を入れさせてくれというのは、人としておかしい。言語道断だと私は思っています。

自分たちが困るという部分というのは、やはり人としてあるべき部分を保てていないから困っているだけの話だと僕は思っているんですよね。人としてちゃんと誠意を持って、過去に犯罪を犯したとしてもその誠意をもって対応する。すべきことをすれば周りの人も認めてくれるはずなんですよ。それは国も人も関わらないと僕は思います。

そう言う対応を今北朝鮮に対して求めるのはとても難しい状況です。
細かい政治的なお話というのは私の方からするより平田さんの方から行っていただいた方が良いと思うので。

北朝鮮に対して<対話と圧力を使って被害者を救出する>とうたっている日本政府というのは、とても厳しい状況だと思います。

先ほど親父も言いましたけれども、2004年12月24日にに細田官房長官が(このパンフレットの裏にも書いてありますけれども)『北朝鮮側が迅速かつ誠意ある態度を取らないければ、経済制裁をおこないますよ』という発言をされていますけれど、結局一年半もたっても、何もできない状況なんですよね。やはり日本の国内の中では、いろいろなしがらみがあって動けない。もちろん政治的な要素というのが多々あって動けない部分というのがあるからこそ、家族会が、わざわざ海を渡ってラオスに行ったり(タイの誤り?)今回訪米したり、韓国に行ったり、グローバルになっているわけですよね。

決して日本の中の救出活動に対して何か不満があるとか、そういうわけではですよね。海外的な視野を含めてこの活動を広めていかないと、日本政府というのは今とても動きづらいからこそ、アメリカを含めてグローバルな形で解決して行かなくてはならない。

それに当たって一番のポイントというのは、本当に僕の中では、とても不思議というか驚きなんですけれども、やはり国民の皆様が一人一人の御協力というのがとても重要なんですよね。たとえば、例を一つあげると、小泉さんが2004年の5月の22日に訪朝をしたときの家族会がだいぶバッシングされました。その時は訪朝してある程度成果を持ってきたにも関わらず、お礼の言葉も差し上げないで、何非難をしているだというよな報道がされました。
ただあの時発言している家族ひとつひとつというのは全て小泉さんに『首相、大変お疲れのところ申し訳ありません』とか『ご苦労様でした』とか敬意を持った発言しているにも関わらず、ああいう形に取られてしまったんですよね。ただ、その非難というのは結局長く続かないわけですよ。何故かというと、日本の中でみなさんがちゃんと理解をしてくだっているから非難というのは長く続かないんですよね。そこの一端で訳ですよ。

そう言うみなさんの理解があるからこそ、高齢な家族会の方々もアメリカに行ったり、毎週毎週各地方で公演をしてお話をさせていただいたりしているので、拉致を許さないんだという気持ちを根付かせている訳ですよね。

今回私は」群馬という地に初めて来ましたけれど、群馬のみなさんの中でもより深い理解と広い理解を求めるような活動を頂きたいかなと心の片隅で思っています。

親父の方が先ほど言いましたけれども、この問題に対して動かすというのは日本政府を動かすため、最終的な部分は日本政府を動かすためには、手紙なりFAXなり、メールなりをを送るというのは実はかなり結構有効です。
家族会の今事務局次長をなさっている横田拓也さんはかつては安倍さんに対して毎月のように送っていたらしいんですけれども、安倍さんに初めてあったときに、『君が横田拓也君か?メールは何回も見てるよ』とおっしゃっていただきました。

日本政府は見てないようで見ているんです。見てないふりをすることは、結構しばしばあるんだと、そう言うことなんだと思うんですね。でも、日本全国から、もう背けないような状況になれば、日本という国も、この問題に対してアプローチができるのかなと思っています。

最後に個人的になりますけれど、私が田口八重子さんに対して<お母さん>という一言はを直接言ってあげていないんですよね。<お母さん>という一言というのは、一般に日常の家族の生活の中で、普通に言っていることにも関わらず、僕は言えないと。ただ田口八重子さんに直接言えたときと言うのは、拉致問題が収束し始めている兆候であり、また田口八重子と僕の家族という図式が始められるときだと思っています。

ですので、是非、本当に個人的な部分で言わせていただければ、<お母さん>と言わせていただけるように、みなさんの御協力を得られればなぁと思っています。
以上です。ありがとうございました。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

このエントリーのテキストは、こちらかまたはブルーリボン放送に音声もアップされています。
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06.5.28 佐藤勝巳会長 国民大集会(28)日比谷公会堂にて

『佐藤勝巳 救う会会長 閉会の辞』

★司会 櫻井よしこ氏

時間も迫ってきました。
ここで救う会の会長であります、佐藤勝巳よりご挨拶申し上げます。

★佐藤勝巳 救う会会長

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紹介を頂きました佐藤でございます。
事務局から1分で閉会の挨拶をしろと(笑い声)言われていますので、これから1分でやります。

本日の集会を聞いておりまして、政府ならびに政治家の発言が非常にトーンが高くなっておりまして(拍手)、私のような年寄りはぼちぼち引退をした方がいいんじゃないかと言う事がまずひとつ。

それからご案内のように日韓の関係は過去の歴史であるとか、靖国の問題であるとか、竹島の問題であるとかでギスギスと対立を致しておりますが、人権と言う一点においては完全に日韓は連帯は可能であるなと、言う確信を致しました。(拍手)

それから家族の皆さん、まぁ哲也君や拓也君のような若い人は別にしまして、そうでない家族の方々はご案内のようにかなり疲れております。
どうしても早い時期に問題を解決をしなければならない。
近頃痛感を致しております。
そのためには、断固として経済制裁を発動する以外に無い。(拍手)
確信を致しています。

本日はたくさんの皆さんにお集まりいただきまして、ありがとうございました。(拍手)
だいたい1分で終わったと思います。(拍手)

★櫻井よしこ氏

皆さん、本当にありがとうございました。
壇上からこの国会議員の皆様方、家族の皆様方、全員でお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。(壇上の登壇者起立して会場に会釈、会場から拍手)
ありがとうございました。(拍手)

今年中に問題解決を心に誓って、どうぞ皆さん、お足元に気をつけながらお帰りください。(拍手)
本当にありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

06.5.28 大会声明朗読 国民大集会(27)日比谷公会堂にて

『松原仁 拉致議連事務局長代理 大会声明朗読』

★司会 櫻井よしこ氏

さて、拉致議連の事務局長代理、民主党の松原仁さんに、大会声明を読んで頂きたいと思います。
松原仁さん。(拍手)

★松原仁 拉致議連事務局長代理

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決議案

 多くの拉致被害者が北朝鮮にいるのを分かっていながら救出できず、今年もまた、私たちは国民大集会を開いた。なぜ、助けられないのか、口惜しくて、悲しくてたまらない。

 それでも、国際連帯と制裁による圧力という二つの柱を掲げた私たちの運動はこの1年で大きな成果を挙げた。

 金正日が世界12カ国から拉致を行っているという驚くべき事実が明らかになった。また、横田早紀江さんが米議会で証言し、ブッシュ大統領との感動的な会見を行ったことも記憶に新しい。日韓の拉致運動の連帯も強化された。

 日本政府も拉致問題特命チームを中心に法適用厳格化などで強い圧力を加え始めたし、米国が昨年9月に実施した金融制裁は大きな効果を上げている。

 窮地に追い込まれた金正日政権がどのような反撃に出てくるのか、予断を許さない緊迫した局面が生まれている。

 私たちは今、北朝鮮の地で助けを待っている被害者に向かい「あともう少しです、元気で待っていてください」という心からのメッセージを送りながら、次の3点を強く要求する。

1 金正日政権はすべての拉致被害者を即刻返せ。

2 小泉首相は、北朝鮮への制裁を発動してすべての被害者を救出するという強い国家意思を示せ。(拍手)

3 韓国盧武鉉政権、中国の共産党政権は、拉致というテロへの加担を意味する金正日への支援を中断せよ。(拍手)

平成18年5月28日
小泉首相の決断と、今年中に拉致被害者全員救出を求める国民大集会参加者一同

以上であります。(拍手)
よろしくお願いします。(拍手)

(※大会声明の部分は、救う会メールニュースより転載)

★櫻井よしこ氏

皆様の絶大なる拍手で小泉首相のみならず、韓国政府ならびに中国政府に突きつけたこの大会声明、ご了承いただいたものと判断いたします。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 寺越昭男さん 国民大集会(26)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(7) 寺越昭男さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

寺越さんお願いします。

★寺越昭男さん

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私たちが声を上げてもう、3年と7ヶ月になります。
この間、県警に告訴したり、アメリカの下院で法案に明記されたり、成果はありました。
しかし、日本の中では何ひとつ解決されていません。
なんででしょうか?

ある国会議員の先生が今北朝鮮にいる武志のお母さんに、
「武志君は偉くなった、お母さんはいつでも行きたい時に行ける、だからそれでいいんじゃないか?」

ではもし、私の父親は殺されたかも分からない。
じゃあ父親の人権はどうなるんだ?
北朝鮮で亡くなった叔父の外雄さん、そしてその家族はどうなるんだ?(拍手)
そういう事を国会の先生方、そして政府の先生方に理解をして頂きたいと思います。

先日16日、小泉総理が石川県の方に観光視察に参りました。
私はよっぽど能登空港まで行って、総理に「事件の現場を視察して頂きたい」と言おうかと思いました。
まぁ、思い止まりましたけど、総理にお願いしたいと思います。
寺越事件の拉致認定だけじゃなく、ここにおられる特定失踪者の方、そして来られなかった特定失踪者の方の、間違ってもいい。
全部を拉致認定して、国際世論の中にもアピールして頂きたいと思います。(拍手)
それが金正日政権のまた違った面での圧力になると思ってますので、皆さんよろしくお願いします。(拍手)

★増元照明氏

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今日は浜本雄幸さんと地村保さんがお出でになっておられますが、(地村さんマイクを握って話し始めようとする)あのちょっと待ってください。(会場笑い声)
時間が無いので、宜しいですか?すみません。
あの、お出でになっておられますけれども、一応立って御挨拶を(拍手)、これからも一緒に戦っていって頂く・・・・。(拍手で聞き取れず。浜本さん・地村さん会場に向かって会釈、更に拍手)
ありがとうございました。

これほど私たちに力を貸してくださっている皆さんに、感謝申し上げます。
しかし、これだけの国会議員がいて、県議会議員で議連が出来て、地方議員もいて、何故3年半も経ってまだ何もひとつも解決できないのか?
なぜ?政府は制裁も出来ないのか?
私は説明できません。
ただ一人の愛の無い宰相の為だけでしょうか?
それだけでは無いと思います。
やはり私どもの本気度も足りないのかもしれません。
一緒に戦ってください。
ありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ氏

どうもありがとうございました。
そして先ほどこの会場に駆けつけてくださった、参議院議員で北朝鮮による拉致問題等特別委員長の広野允史(ただし)さんをご紹介します。
どうもありがとうございます。(拍手)

06.5.28 斉藤文代さん 国民大集会(25)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(6) 斉藤文代さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次、お願いします。

★斉藤文代さん

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私は松木薫の姉の斉藤です。
ちょっと短めにお話をさせて頂きます。(笑い声)

私に何が出来るのかと思いまして、5月の9日よりノルウェーのベルゲンの方の国際会議の方に行かせて頂ました。
私たちの家族だけでなく、日本だけでなく、世界からも拉致されています。
本当に私たちの家族以上に皆さん苦しみが本当にもう膨らんで、風船がパンと弾けて皆さんどこに行っていいものかと、分からないような状態になっております。
本当にこれは時間の問題なのです。
私たちの家族もそうです。
皆さんも高齢化が進んでおります。

ですからなんとしてでも欧州の国から世界の方に声を広めて頂きまして、拉致問題が一日も早く解決ができますようにと言う事を、私は一生懸命お願いをしてまいりました。(拍手)
斎賀大使にお願いをしてまいりました。(拍手)
またそれに応えて頂きまして、いろんな自分の持ち時間を割きましてお話をしていただいた事に、私は本当に感謝しております。
どうか政府の皆様方も力を振り絞って、今年中にでもなんとしてでも解決の道に近づけて頂きたいと私は願っております。(拍手)
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

06.5.28 有本明弘さん 国民大集会(24)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(5) 有本明弘さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

有本家、お願いします。

★有本明弘さん

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わずか2分と言うお話なので(笑い声)、何を言っていいのか分かりませんが。
お昼の空いた時間に、安倍さんに総理になって頂きたい。(拍手)
それが私たちの願いである。
それでもって、安倍さんに総理になってもらいたい。
共通の思いを持っている方に2時間ばかりいろいろお話をしました。

それはどんな話かと申しますと、我が国のメディアがこれがおかしいと言うお話から入りました。
急かされますので(笑い声)、共同通信が20何社という、自民党関連する行事の・・・(聞き取れず)に談合したのか、それとも共謀して誘って北朝鮮を訪朝したのか?
これはメディアの社長の倫理観を問う大きな問題なんです。(拍手)

それに対して我が国ではこれに対して誰も物が言えない。
警察にも意見をぶつけましたが警察は関与できないと言う話で、それならばこれの監督官庁は言うべき問題だと言う事をお聞きしましたが、どうもそれにもハッキリとお答えが無かった。

それで私は今ここにおられる議会の先生方に、この倫理観に外れた日本の国のメディアのどういうふうにして物を言って頂けるのか?
法的にはそれはあるのか無いのか?
そういう事も議連の先生方に、お尋ねしたい。
我が国は今法律を自民党が通そうとしています。
それはどんな法律かといいますと、共謀罪。
それと憲法改正の国民投票法案に関するメディア規制と言うのがあるんです。
これはメディアはこぞってこれに反対して、この法案が尻すぼみに現在なっとるんです。(増元さん、有本さんの横に来て話を短く切り上げるように催促の姿勢、会場笑い声)

だから(拍手)、これを強硬に国会で上げるべきだと、こういうお話を申し上げました。
なぜならば、メディアの事件で国会の立法府の人がそれに従うと言う事はあってはならないことなんです。(拍手)
強行採決してでもこれをやってもらいたい、と言うこともお話しました。(拍手)

なぜなら(笑い声、「お父さん言いたいこと分かったよ」の声)、国民投票法が施行されても絶対法律は通らない。
このメディアがある限りは。(笑い声)
そういう事をお話しました。
以上です。(拍手)

06.5.28 市川龍子さん 国民大集会(23)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(4) 市川龍子さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

市川家です。

★市川龍子さん

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皆さんこんにちは。(拍手)

いつまで待てばいいんですか?
歯を食いしばって食いしばって、耐えて耐えて生き抜いている母ももう90過ぎました。
修一の帰りを待っているんです。
なぜ、日本政府は全国会議員、団結が出来ないんですか?(拍手)
裏で何をしているんですか?(拍手)
これほどまでに馬鹿にされ、コケにされ、侮られているのに、日本の国会議員は怒りと言う気持ちは無いんですか?(拍手)

・・・・・・・・(拍手で聞き取れず、笑い声)鹿児島弁で言います。
まったくもってやってんもんじゃと言いたいです。(拍手)
小泉さんを初め本当に私たちの代表である国会議員は、他人事としか思えないような軽いコメントしか出て来ません。
いつも言いました。
日本国民に向けて自分の国の国民を絶対救うぞと言う、そういう腹の底からの決意っていうものが見えてこないんです。(拍手)
北朝鮮に対して当然上がるべき、怒りの声も聞いていません。
北に対して拉致被害者を直ちに返せと正当な要求をしている、そういう声を一度だって聞いた事がありません。
北朝鮮に対して諦観していたはずの日本人に指一本でも触れたら承知しないぞと、自国民の生命を守るための言葉を聞いておりません。
北朝鮮の・・・・・・・・(拍手で聞き取れず)私は見た事がありません。

どこの誰が見てもキム・ジョンイルは極悪非道な悪人です。(拍手)
キム・ジョンイルは愛称だそうですのでキン・ショウニチです。
今こそ世界に正義を示す時ではないですか?
そして北朝鮮の一般民衆も全員救ってあげたいと思います。(拍手)

裏でこそこそと何かしているそうですが、日朝国交正常化より人命救助が最優先です。(拍手)
それからノーベル平和賞を貰ってください、小泉さん。(拍手)
バッシングを受けるのは覚悟の上です。
当然の事です。
自分の身内だったら、そういうふうに仰ってください。

北朝鮮にいる修一に向かって主人は言いました。
「寒くは無いかい?元気でいるかい?必ず帰って来いよ、待ってるよ、帰って来たら二人で酒を飲もうな」
というメッセージを「しおかぜ」に乗せて短波放送を流しました。

日本全国の皆さんがこうして一生懸命力を合わせてくださっています。
私は増元るみ子ちゃんのお父さんの葬式の時に弔辞を読ませて頂きましたけど、必ず世界の世論を高めて絶対にるみ子ちゃんを取り戻すから、安心して浄土に行ってらっしゃいって送り出しました。

助けてと頼みの綱はただ一人、三度の便りに命をかけて

と、短歌を作りブッシュ大統領に手紙を3回書いたことが、今回主人たち・早紀江さんたちをアメリカに送り出す事が出来ました。
皆様もテレビ放送でご存知のように、本当に今ここで日本の心意気と言ったらおかしいんですが、本当にですね。
きちっとした態度を、政府の皆さん、国会議員の皆さん全員です。
本当に団結して全員を取り戻す、そういう今日の会合にして頂きたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 平野フミ子さん 国民大集会(22)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(3) 平野フミ子さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次は増元家です。

★平野フミ子さん

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みなさん、こんにちは。(拍手)
僭越ながら小泉総理大臣に物申します。

あなたはイラクの人の人権のために自衛隊を派遣していらっしゃいます。
でも、国家主権を侵され拉致された日本人の人権はどうなさるおつもりですか?(拍手)
中途半端に解決なさらないで下さい。
もうそろそろ心の冷たい氷を溶かしてもいいんじゃないですか?
私たちは小泉総理が人間の心を取り戻すよう、お願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 飯塚耕一郎さん 国民大集会(21)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(2) 飯塚耕一郎さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次は飯塚家。

★飯塚耕一郎さん

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皆さんこんにちは。(拍手)
田口八重子の長男であります、飯塚耕一郎です。

私の方からひとつ申し上げたい事は、先日の訪米の結果を受けて、ある紙面で今まさに日本の政府として拉致問題の対応の真意が真価が問われている段階であるという紙面がありました。
つまり今回の家族会の訪米の結果を受けて、国際的な世論が盛り上がっているところで、日本政府として何をやって来たのか?何をすべきなのか?と言う、そこが全世界で注視されている部分ですよ、という紙面でした。

私はその紙面を見たときに、やはり1年半前の日本政府の発表から、何も具体的に対外的に何も動いていないと言う実情を鑑みまして残念に思いますし、また逆にこれからこの2〜3ヶ月、もしくは今年一杯で日本の政府が対外的に北朝鮮に対して何かしら明確な態度を示さない限り、世界から日本と言う国の見方がまた変わってきてしまうのではないか?と言う懸案に変りました。(拍手)

ですので、本日ご来賓頂いた議員の皆様から、例年以上の力強いお言葉を頂きましたので、今年一杯にはぜひとも日本政府としての明確なハッキリした厳しい態度を取って頂きたいと思います。(拍手)
その上で私の母に対して、直接「お母さん」と言う、普通の家族が毎日言っているような一言を直接伝えて上げられれば幸せだな、と思います。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

06.5.28 横田早紀江さん 国民大集会(20)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(1) 横田早紀江さん (司会進行:増元照明氏)』

★司会 櫻井よしこ氏

さてここで、家族会の皆さん方を紹介したいと思います。
これはもう、皆さん良くご存知の増元照明さんにお任せ致します。(拍手)

★増元照明 家族会事務局長

皆さん、こんにちは。
今日は茨城で1100名の皆さんが集まって頂きました。
ここにはこれだけ多くの皆さんが集まって来て頂きました。
本当にありがとうございます。

本当でしたら崔桂月さんに日本の皆さん、これだけ多くの皆さんが支持そして一緒に戦ってくださっているという姿を見ていただいて、実感して欲しかったんですが、残念な事に今回は欠席をなされましたので、宋議員、必ず崔桂月さんに伝えて頂きたいと思います。

日本の国民はこれだけ、拉致被害者家族を応援している。
そして私たち家族も本当に疲れきっています。
でもこれだけの皆さんが私たちを応援してくれている、支持してくれている、そして一緒に戦ってくれているという、その私たちの目の当たりにして、私たちはもう少し我慢できる。
もうちょっと頑張れると勇気を頂いております。
本当にありがとうございます。

今日は本当に時間も無くなりつつありますので、各家族一人ずつ、北にいる私たちの家族に思いを言って頂きたい。
もしくは政府に何をして頂きたいか?
2分間お願い致します。
まず、横田家からお願いします。(拍手)

★横田早紀江さん

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皆さん、こんばんは。
本当に毎年このようにたくさんの方に来て頂きまして、私たち家族会このように大きな活動が出来るようになった事も、本当に皆様方のたくさんのカンパそして署名、いろいろ頂いてご好意によってここまで来る事が出来ました事、本当にまず感謝を申しあげます。
ありがとうございます。(拍手)

この度は家族会と救う会・議連の訪米並びに訪韓によりまして、拉致問題が日朝間だけの深刻な問題ではなく、12ヶ国にもわたる国際的な人権問題であるという事が、広く理解されました。
本日は韓国人の拉致被害者のご家族もお見えになり、更なる連帯を確認できた事はとても重要な事であります。
私のめぐみの夫であると言われるキム・チョルジュンさんと言う方が、韓国から拉致をされた高校生であった金英男さんだと言う事が分かり、そのご家族は今日のこの会には参加されておりませんけども、全ての被害者を取り戻すのだという価値観の下に、心をひとつにして共に北朝鮮と闘っていきたいと思っております。

皆様思い出してください。
北朝鮮は2002年の暮れに横田家に対してキム・ヘギョンちゃんを利用して、訪朝計画を実現させようとしました。
この手に乗っていれば、ヘギョンちゃんは「母は死にました」と言わされて、あたかも北朝鮮の主張する死亡説を既成事実化させてしまう恐れがあったために、私たちは家族や関係者の皆様との判断で断念を致しました。
この決意と我慢がこうして北朝鮮に対する国際包囲網の形成に繋がって、彼らの狙いを打ち砕く事が出来ました。(拍手)

北朝鮮は金英男さんご家族に対しても、同じような甘い罠を仕掛けて、拉致問題の幕引きを図ろうとするかも知れません。
我が子を必ず取り戻す為に、ご支援されている崔成龍さんやご家族が決して安易な誘いに乗ることが無いよう、手を取り合っていきたいと思います。(拍手)

一方私たち家族に対しても、再び同じような罠を仕掛けてくる事があるでしょうけれども、北朝鮮が画策するヘギョンちゃんに会う事による幕引き作戦に乗ずる事無く、まず横田めぐみを一刻も早く、そしてたくさんの人たちを全部無事に取り戻す事を最優先する事。
これまでの信念を守って戦っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)
ありがとうございます。(拍手)

2006年06月05日

06.5.28 杉野正治特定失踪者問題調査会常務理事 国民大集会(19)日比谷公会堂にて

『杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事の報告』

★司会 櫻井よしこ氏

さて、ここで特定失踪者調査会の調査報告書について、今の現状を報告して頂きたいと思います。
荒木さんが今ちょっと出張でおられませんので、杉野正治さんに代わってお願いしたいと思います。
特定失踪者問題調査会常務理事の杉野さん、よろしくお願い致します。(拍手)

★杉野正治 特定失踪者問題調査会常務理事

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みなさん、こんにちは。(「こんにちは」の声)
調査会の杉野でございます。

今日は冒頭から対話と圧力と言うお話、あるいは圧力と対話だというお話がございました。
先日この横田早紀江さんがブッシュ大統領とお会いした時、私は「ああ、これこそ対話と圧力だなぁ」と思いました。
この会談、北朝鮮の金正日にとってはかなりの激烈なメッセージと受け取れたと思います。
これこそが対話と圧力である、私は思いました。

一方で日本政府はどうでしょうか?
偽の遺骨を掴まされて、北朝鮮に対しては「違うじゃないか」と。
それから30数名の特定失踪者の方を含めた方、日朝協議で北朝鮮に示しましたけど、「この人たちについて調査をしてください」と。
そして北朝鮮に対して「誠意を見せてください」と、そういう態度でこれまで臨んで来ております。
北朝鮮に誠意があるかどうか?
これは皆さん、考えてすぐに分かると思いますけども、北朝鮮がまともに返事をするわけが無いわけです。
まともに返事をしないものに対して、対話と言うものは成立しない。(拍手)

私は対話というのは圧力を伴っていなければならない。
これが対話と圧力だと思います。
あるいは圧力と言うものに対話が伴っている。
これこそ圧力と対話、圧力イコール対話でなければならない。
その様に私は考える次第でございます。

今年の年頭、警察庁長官の漆間長官が「今年は拉致問題、勝負の年に出る」というふうに仰いました。
実際に拉致問題対策室、あるいは原敕晁さんを拉致した辛光洙を国際手配するなど、いろんな動きは出ております。
今更ながらと言う気がしないでも無いんですけれども、それはともかくとして、この辛光洙あるいはその配下の者、どんどん捜査の手は進めて頂きたい。
言うふうに考えるわけですけども、しかし残念ながら警察がどんなに努力をしても、そして真相究明をしても、北朝鮮にいる拉致被害者を救出する事は警察には出来ないんです。(「その通り」の声)

日本国の政府がそれを元に北朝鮮に対して、それこそ圧力をかけていかなければならない。
そういう意味では辛光洙なんてけちな事を言わずに、それに拉致を指示をした金正日の引渡しくらい求めてもいいのかな?と・・・・・(拍手で聞き取れず)
このようにいろんな意味で我々は北朝鮮に対して圧力を加えていく、と言う事が必要だと思います。

先ほど金聖ミンさんの自由北朝鮮放送、いろいろ努力してやられておりますけども、私どもも同じように北朝鮮に向けて、短波放送「しおかぜ」と言うのをやらせて頂いております。
昨年の10月から始めまして、当初は失踪者それから拉致被害者のお名前を読み上げ、そして御家族の皆様のメッセージを伝えるという事をやってまいりましたが、今年の4月から北朝鮮に向けて英語、それから中国語、それから朝鮮語でいろんな放送を始めている。
北朝鮮に対して、北朝鮮の人民、それから軍の幹部に対して、是非決起をして欲しい。

今日ここにお出でですけど、安明進さんをゲストに迎えまして放送を始めました。
この4月からです。
そうしましたら、たちどころに北朝鮮は妨害電波を我々の放送にかけて来ております。
現在も続いておりますけれども、私どもはこの妨害電波に屈する事無く今対処を進めておりまして、6月の早々にはまた聴けるようになるいうふうに思いますので、皆さん是非これからもご支援お願いしたいとそういうふうに思います。(拍手)

今日はこの会場にも特定失踪者のご家族、たくさん見えられております。
大変恐縮ですが、ご起立をいただけますでしょうか?(会場正面席の特定失踪者ご家族が起立、周囲に向かって会釈をする。会場より拍手)
こちらの皆さんに是非、国会議員の皆さんも会場の皆さんも、是非この人たちにご協力を頂きたいと思います。

この特定失踪者のご家族、政府に認定はされておりません。
しかしながら私はこの皆さんは全て、拉致被害者の家族であるというふうに思います。(拍手)
北朝鮮が拉致さえしなければこの方々は、自分の家族が拉致なんじゃないか?と心配をして、我々調査会あるいは警察に相談する事はなかったわけです。
あるいはここで、皆さんにお願いしますと言うような事を言う、そういう立場にはなかったわけです。
そしてこの皆さん方、こちらの家族会の皆さんと同様、日々署名を集め、ビラをまいたり、あるいは集会で訴えたり、それもご自分達の事だけではありません。

今日もお見えになっておりますけど、古川了子さんのご家族、昨年の4月に政府に対して(拉致)認定を求めての行政訴訟を起こしました。
今立っている方です。(古川さんの姉・竹下珠路さん起立して会場に会釈。拍手)
御家族の竹下さん、常々仰っているのは「私の家族だけの話では無いんだ」と。
「全ての拉致被害者に対して日本政府がどのように考えているか?それを知りたいんだ」
この行政訴訟はそういった意味も持っておりまして、残念ながら今、中々実態審理に入らないんですけど、この6月に次回の公判が開かれるという事になっております。

このようにですね。
ご家族がいろんな所でビラをまき、署名を集め、北朝鮮に対して経済制裁をすべきだと、日本政府は毅然とした態度を示すべきだと。
これは何もご自分の家族だけを取り返せば良いというんじゃないんです。
この拉致問題全体の解決。
被害者かもしれない。
そういう意識に立った時にこの方々は、日本の政府がいかにおかしいか?
そういう事を言っておられるわけです。(拍手)
もちろんここにおられる家族会の皆さんもそうです。

この間、横田さんがブッシュ大統領とお会いになったり、あるいはお父さんが韓国に行かれたり、その姿を見て我が国の総理大臣は「横田さんには本当に頭が下がる」そういうふうに仰ったそうです。
このご家族の態度と総理大臣の態度が全く逆なんです。(拍手)
どうせ頭を下げるんでしたら、直接会って「申し訳ありませんでした、私がやるべき事を代わりにやって頂いて」(拍手)とそういうふうに言って頂ければいいのかなと思うわけでございます。(大きな拍手)

いずれにしましても、小泉総理、残り数ヶ月の任期でありますけれども、このまま推移していけば、我々は、
「小泉総理は拉致被害者救出のために全く何もしませんでした」
残念ながら、拉致被害者が日本に帰って来たときにですね。
「あなたたちを助ける為に総理は何もしませんでした、努力をしませんでした。」
そういうふうに言わねばなりません。

私はここにいらっしゃる方もそうですけど、特定失踪者のご家族、あるいは拉致被害者のご家族にお会いすると必ず申し上げます。
皆さん、待つと言う気持ちを持ってください。
その待つと言うのはいつまでも待つと言うことではありません。
待つと言う気持ちを強く持って頂くということ。
絶対に諦めない。
絶対に取り返すんだと言う、そういう気持ちを持って頂きたい。

拉致被害者が帰ってきたときにですね。
探しませんでしたとか、何もしませんでした、諦めていましたとだけは絶対言って欲しく無い。
これはご家族だけではございません。
ここにいらっしゃる皆さん方、そして政府の皆さん全員がそうです。
絶対に後悔をしない。
我々は出来る限りの事をやる。

その意味で、私どもは昨年から今年中には世界中の拉致被害者全員を取り返す。
その様にお約束をさせて頂きました。
やれば出来ます。
西岡副会長が最初に申し上げましたとおり、愛と勇気を持てば我が国は必ず出来るんです。
是非、皆さんも心からご協力を頂けるようにお願いを申し上げまして、ご報告とさせて頂きます。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ氏

どうもありがとうございました。

06.5.28 地方議員の会出席者紹介 国民大集会(18)日比谷公会堂にて

『地方議員の会の出席者紹介(紹介者:櫻井よしこ氏)』

★司会 櫻井よしこ氏

さて、この会の他に「北朝鮮に拉致された日本人を救出する地方議員の会」と言うのもございます。
改めてご紹介をさせて頂きます。
皆様方にはもうおなじみかと思いますけども。

都議会議員の土屋たかゆきさん。(大きな拍手と歓声)
同じく都議会議員の古賀俊昭さん。(拍手と歓声)
八尾市(大阪府)の市議会議員の三宅博さん。(拍手と歓声)
そして元駐米公使として家族会を大変に支援してくださった、今仙台市長となられました梅原克彦さんです。(拍手)

地方議会の皆さん方のなさる事は本当に山ほどあるかと思います。
万景峰号を止める事もそうですし、もしくは朝総連に対しての免税措置をやめさせる事もそうです。(拍手と歓声)
朝総連が行っている歌劇団に支援を与える事をやめる事も、地方議会の直接的な管轄権になります。(拍手)
特に今、日本では朝総連と民団が、実に奇妙な形で統合しようとしております。
大きな民団が、なぜ朝総連に屈するのか?
事実上の朝総連による併合をなぜ民団が許すのか?
なぜ民団は、あの金正日の傘下にある朝総連と手を結ぼうとするのか?
私たちは厳しく問わなければならないと思いますが(大きな拍手)、その先頭に立つのが地方議会の皆さん方です。
しっかりやって頂きたいと思います。
よろしくお願いを致します。(拍手)

06.5.28 深井明埼玉県議員 国民大集会(17)日比谷公会堂にて

『深井明 埼玉県議会議員 報告』

★司会 櫻井よしこ氏

さて、国会議員と共にというより、時には国会議員よりも尚激しく強くこの問題を追及してきたのが、地方議会の皆様であります。(拍手)
地方議員の皆様方はこの拉致問題について、この4月18日「拉致問題地方議会全国協議会」を作られました。
その会長であります、深井明さんに報告をお願いしたいと思います。(拍手)
埼玉県議の深井明さんです。
よろしくお願いします。(拍手)

★深井明 拉致問題地方議会全国協議会会長・埼玉県議

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もう、皆さん方も随分お疲れでしょうが、もう少し頑張って頂きたいと思います。
私は埼玉県議会の拉致問題の議員連盟の会長の深井明でございます。
同時に埼玉県の自由民主党の幹事長も勤めております。
また、同時に4月の18日に発足いたしました全国地方議会の拉致問題の会長も務めております。
今日は副会長として、新潟から高橋(正)先生が見えております。(拍手)
副会長です。
その隣におりますのが、全国の幹事長・事務局長を務めます、埼玉県議会議員でございます、蓮見昭一先生でございます。(拍手)

私どもは全国の組織の中で、47都道府県がございますけども、だいたい30県位、この拉致の議員連盟が発足をいたしました。
政令市にも全部呼びかけております。
過日、内閣官房の副長官でございます鈴木(政二)先生、平沢(?ハッキリ聞き取れず)先生、平沼(赳夫)先生、そして逢沢(一郎)先生。
この方々の先生に全て話を通しまして、「地方議会が動くけれどもどうだろう?」と、こういうご相談を申し上げた所、「思う存分やって頂きたい」こういうお話でありますから、ご承置きをお願いしたいと思います。(拍手)

万景峰号がしばらく来なかったけれども、また来るようになりました。
近いうちに万景峰号反対と言うのを新潟に行ってやってくるつもりであります。
すでに何回もやっております。(拍手)
今年は初めてでございます。

全国の議会で経済制裁を含めた意見書を提出したいと思っています。
米はもちろんでございます。
薬も駄目だ!
化粧品も駄目だ!
自転車も駄目です!(拍手)
全てこういう形の中で、全国で行動していきたいと思っております。

来月には、7月に議会が終わった所で全国の幹事会を開き、そこに政府から鈴木副官房長官、拉致議連からは平沼先生に来ていただき、講演をしていただく予定になっております。
私たちはいずれ全国組織の中で街頭活動をしながら、どうしても一日も早くこの拉致の被害者を返してもらうために、徹底していきたいと思っております。(拍手)

私はこの問題については、県会議員ではございますけれども、すでに9回県議をやって参りました。
9回とも1番か2番の成績で当選をして参りました。(笑い声)
いずれ私はこの仕事に最後の政治生命をかけて(拍手)、拉致の被害者を返してもらうために力いっぱい運動し続ける事をお約束を申し上げて、ご挨拶と致します。(拍手)
終わり。(拍手)

★櫻井よしこ氏

深井さん、本当にありがとうございました。

06.5.28 出席議員の紹介 国民大集会(16)日比谷公会堂にて

『古屋圭司 拉致議連事務局長による出席国会議員の紹介』

★司会 櫻井よしこ氏

日本の国会議員の皆さん方、沢山ここに来てくださっています。
拉致議連の事務局長をしていらっしゃる、古屋圭司さんにご紹介頂き、スピーチを頂きたいと思います。
古屋圭司議員です。
よろしくお願いします。(拍手)

★古屋圭司 拉致議連事務局長

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ご紹介を頂きました、拉致議連の事務局長の古屋圭司でございます。
一言だけ、御挨拶をさせて頂いてから出席議員の紹介をさせて頂きたいと思います。

4月28日11時、横田早紀江さんとブッシュ大統領が歴史的な対談を致しました。
その時、横田早紀江さんは、
「自分はクリスチャンだけど自分の娘は絶対に生きている。そう信じて歯を食いしばって頑張っている。」
こうおっしゃいました。

この事に対してブッシュ大統領は手を握り合い、
「私も敬虔なクリスチャンだけどあなたの事は良く分かる。厳しい道のりだけど頑張ろう。」
こういう激励を頂いたそうであります。
すなわち、悪を絶対に許さないと言う全うな人間同士の心と心がしっかりと通じ合った、私はその一瞬だったと思います。(拍手)

ご承知の通り、今アメリカはまだ一人の拉致被害者と言う者は判明を致しておりません。
おそらく1970年代から80年代にかけて、救う会の島田先生なんかが指摘しているように何人かは拉致されている可能性は高いと思います。
しかし現在では判明していない。
その国の大統領が自らのリーダーシップで拉致は核問題と同様に大切である。
絶対我々は忘れない。
原理原則を守っていく。
こう、はっきりと言明を致しました。
いよいよ拉致問題と言うのは新たな段階に入ってきた。

一方16人の政府認定の拉致被害者、400名を越える特定失踪者がいる日本が、一人の拉致被害者も判明していないアメリカの後になると言うことは絶対に私は許されない事だと言うふうに思っております。(拍手)
我々拉致議連は230名の衆参両議院の超党派の議員で構成をさせております。
時には政府の対応が生温ければ厳しく我々は要求を致します。
我々の目標はただ一つ。
拉致被害者の立場に立って、拉致完全解決の為には経済制裁の発動。
そして拉致されている日本人全員を、この私たちの住むこの日本に故郷に、自らの足でしっかりと再び元気な姿で踏みしめて貰う。
この事が、我々の目標でございます。(拍手)

今日お越しいただいたハンナラ党の宋(永仙)先生を初め、我々拉致議連としては、やはり極めて消極的な姿勢を崩さない韓国に対しても、我々議員外交を通じて働きかけていく必要があろうかと思います。
早速、明日は我々議員総会もありますので、そういう連携も深めていきたいというふうに思っております。(拍手)

今日は皆さん、日曜日でございます。
日曜日は我々国会議員は各地域で選挙区でいろいろな行事があります。
しかし、それを曲げて今日は出席をしていただいた議連の仲間の議員がおります。
この仲間の議員こそ本当に日本を思い、国家を思うまともな政治家である事を私はハッキリと申し上げたいと思うのでございます。

早速お集まりの国会議員を紹介させて頂きたいと思いますが、その前に最後に一言。
先ほどの平沼会長からのご挨拶の中で、次の総理はこの拉致問題を徹底的に追及して頂ける方がなっていただくのが相応しい、言うお話がございました。(拍手)
その方は皆様良くご存知の現官房長官だと思います。(拍手)
その官房長官が就任以来徹底的にこの拉致問題を、先ほどのメッセージにもあるように法の厳格適用、あるいはG8サミットでの主要議題として取り上げよう。
本当に熱心に取り組んで頂いております。
改めまして私どもは熱意を頂きました官房長官に敬意を表したいと思います。(拍手)

さて、今日は出席した議員を紹介させて頂きたいと思います。

まず議連会長、平沼赳夫先生(無所属 岡山3区)。(拍手)
お帰りになられましたが、議連顧問・前会長の中川昭一農林水産大臣(自民党 北海道11区)。(拍手)
議連会長代行・民主党拉致対策本部長・衆議院議員、中井洽先生(民主党 比例東海)。(拍手)
議連副会長・内閣府大臣政務官・参議院議員、山谷えり子先生(自民党 比例)。(拍手)
内閣府官房副長官・参議院議員、鈴木政二先生(自民党 愛知)。(拍手)

自由民主党拉致対策本部長・衆議院議員、逢沢一郎先生(自民党 岡山1区)。(拍手)
公明党拉致対策委員長・衆議院議員、漆原良夫先生(公明党 比例北陸信越)。(拍手)
拉致議連副会長・衆議院議員、原口一博君(民主党 比例九州)。(拍手)
拉致議連幹事長・衆議院議員、西村眞悟先生(無所属 比例近畿)。(大きな拍手)
拉致議連事務局長代理・衆議院議員、松原仁先生(民主党 比例東京)。(拍手)

拉致議連副幹事長・衆議院議員、渡辺周先生(民主党 静岡6区)。(拍手)
拉致議連副幹事長・参議院議員、森裕子先生(民主党 新潟)。(拍手)
拉致議連幹事・衆議院議員、馬渡龍治先生(自民党 比例東海)。(拍手)
衆議院議員、水野健一先生(自民党 千葉9区)。(拍手)
衆議院議員、笠浩史先生(民主党 南関東)。(拍手)

衆議院議員、坂井学先生(自民党 神奈川5区)。(拍手)
衆議院議員、保坂武先生(無所属 山梨3区)、(拍手)先ほどお帰りになられました。
参議院議員、山根隆治先生(民主党 埼玉)。(拍手)
そして私、議連事務局長の衆議院議員、古屋圭司(無所属 岐阜5区)でございます。
ありがとうございました。(拍手)

(※集会の終わりの方で、参議院議員・北朝鮮による拉致問題等特別委員長の広野允史(ただし)先生(民主党 比例)も来場されましたのでこちらに補足します)

★櫻井よしこ氏

古屋さん、ありがとうございました。

2006年06月04日

テキストアップのお知らせ

長らく準備中になっておりました下記のテキストをアップしました。
以下のURLからご一読ください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

06.5.18 横田拓也さん 東京連続集会(8)友愛会館にて
『横田拓也 家族会事務局次長 訪米報告』

http://piron326.seesaa.net/article/18269925.html
posted by ぴろん at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

06.5.28 趙甲済さん 国民大集会(15)日比谷公会堂にて

『趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長の訴え(通訳:西岡力氏)』

★司会 櫻井よしこ氏

さて次に、もうお一方、韓国からのゲストをお招きしたいと思います。
月刊朝鮮の前編集長であります。
趙甲済さんです。(拍手)

★趙甲済 前「月刊朝鮮」編集長(通訳:西岡力氏)

Img_1558.jpg



皆さん、こんにちは。
多分、私は現職の記者でありながらこのような席に立っていることについて、おかしいと思われる方もいるかもしれません。
私とそして月刊朝鮮はこの十数年間の間、北朝鮮の人権問題・脱北者問題そして拉致問題について、報道し続けて参りました。(拍手)
強制収容所から脱出した人の証言を元に、北朝鮮ではいまだにアウシュビッツのような収容所があるという事を報道いたしました。
安明進さんを一番最初にインタビューして重要な情報をたくさん報道いたしました。

また、韓国政府がすでに忘れられて無くしてしまっていた、朝鮮戦争中の拉致被害者そして殺された人たちの名簿を発掘いたしまして、それを本にして出版いたしました。
また戦後の400数十人の拉致被害者について、最初に問題提起をいたしました。
また実際拉致された被害者で、自力で中国に逃げた人3人を、我が月刊朝鮮の記者が助け出してソウルに連れてきました。(拍手)
このような活動を通じて月刊朝鮮は、北朝鮮の人権問題に関する情報を世界に輸出する媒体となりました。
ところが最近数年間、韓国の月刊朝鮮を除く他のマスコミや韓国社会は、北朝鮮の人権そして拉致問題について、日本の活動状況・日本の運動から学ぶ輸入国家になってしまいました。

なぜそうなったのか?
まさに1980年1998年以降、北の人権問題に無関心で金正日政権に服従する左派政権が韓国に成立したからであります。
しかしこの部分で誤解の無いようにお願いします。
北の人権問題、そして日本人拉致問題・韓国人拉致問題について無関心で顔を背けているのは、政府とそして政府系の御用言論だけであって、大韓民国の国民はそうではありません。(拍手)
韓国の愛国心のある勇気のある人々は、日本の皆様よりもっともっと勇敢に積極的に、北朝鮮の人権問題・脱北者問題、韓国内で金正日政権に追随している勢力と勇敢に戦っています。

その成果を5月31日の韓国の統一地方選挙の結果によって皆さん方も確認できると思います。(拍手)
私が自信を持ってここで予言を出来るのは、5月31日の統一地方選挙におきまして、北朝鮮の人権問題に顔を背けてきた与党、ヨルリン・ウリ党は史上最悪の惨敗をするだろうと見ています。(拍手)
その与党の大敗北は、この間北朝鮮の人権問題に関心を示さず、金正日に服従して来た与党に対する国民の正義感と怒りの現れです。(拍手)
この間日本の国民の皆さんが、韓国全体が北朝鮮の人権問題・拉致問題に冷たいように誤解してしまったのは、実は政権とそれに癒着している御用言論が、国民の正しい声を外に伝えて来なかったからです。
そういう面で盧武鉉政権は大韓民国の健全な国民を代表していません。(拍手)

今日ここで確認できたのは、ただの一人の悪魔のために韓国人そして日本の皆さん、そして世界中の人たちが苦しめられているんです。
金正日の存在は、韓国・日本を含むアジア人、もっと広く人類全体に対する挑戦だと思います。(拍手)
金正日と人間は共存できません。(拍手)
この間、金正日政権の反人類的な犯罪が許されてきたのは、その事を防ぐ事が出来る人たちが関心を持たなかったからです。
私はユダヤ人のタルムードと言う本にこのような事が書いてあるのを覚えております。

「残忍な人間を同情する人間は、同情されるべき人に対して冷たい」(拍手)

今日、金正日政権が続く事を助けている人は、金正日の国際的な犯罪の共犯者です。(拍手)
なぜならば、まさに彼らが金正日政権の国際犯罪をやめさせる力を持っていながら、それをしないでいるという事だからです。(拍手)
私が今日ここに来たのは、真実があなた方を自由にすると言う心理を信じているからです。(拍手)
金正日が日本人を拉致したと言う真実を佐藤勝巳先生や西岡先生のような少数の偉人たちが(笑い声)、発見して道を変えていくのです。
今日はこの席は私には韓日人権協力の場面に考えられます。(拍手)
韓日人権協力は、韓日経済協力・韓日軍事協力よりも重要です。(拍手)

ここにいらっしゃる皆様方、そして私の心の中にあるのは人間の大切さ、そして愛であります。
私は最初から金正日を憎んでいたわけではありません。
金正日が行った悪行によって、北の人々がどれだけ苦しんでいるのかと言う事を知って、金正日を憎むようになったのです。(拍手)
ここにいらっしゃる皆さん方はそれぞれ国籍に従った愛国者だと思います。(拍手)
ある民族に対する憎悪心や過去に対する問題を刺激して、国家主義・国粋主義に行くのではなくて、人類に対する普遍的な愛を持って愛国者になるためにここに来たのです。(拍手)

皆さんが方心配している問題の解決は、金正日に対する圧力だけでは解決しないと思います。
この問題の解決は金正日政権の交代、そして韓国の左派政権の終息、そして中国の政策変化が行われて始めて解決するのです。(拍手)
ですから、この問題は拉致された日本人を取り戻すだけの問題から、もっと広いアジア全体の平和と繁栄の問題に拡大されなければならないのです。(拍手)
その意味で私たちは今歴史を変えている主人公であると思います。(拍手)
従いまして、私たちは必ず勝利をすると、今勝ちつつあると言います。
ありがとうございました。(大きな拍手)

★櫻井よしこ氏

趙甲済さん、金聖ミンさん、宋永仙さん、李美一さん、崔祐英さん。
韓国からいらした5人の方々、本当にありがとうございました。(拍手)
日韓両国が手を携えて一緒に頑張りたいと思います。
ありがとうございました。(5人の登壇者その場に立ち上がって会場に会釈、大きな拍手)

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※06.6.4 PM4:25 本文の一部を訂正
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