2006年06月06日

速報 野村旗守氏・荒木和博氏 「福留貴美子さん拉致を考える集い」より 

国民大集会のテキストが一区切り付いたので、去る6月3日、藤沢産業センターで開催されました「福留貴美子さん拉致を考える集い」より、野村旗守氏・荒木和博氏両名の基調講演を速報いたします。

よど号と拉致、あるいは拉致実行犯の背景に協力者として見え隠れするチュチェ研の存在について等、非常に興味深い講演でした。
拉致問題の解決を考える上で、是非知っておきたい基礎情報ではないかと思います。
ノーカットで音声をアップしますので、是非お聴きになってください。

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06.5.3 「福留貴美子さん拉致事件を考える集い」より
藤沢産業センターにて

★野村旗守氏(ジャーナリスト)

「チュチェ思想とよど号妻」

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★荒木和博氏(特定失踪者問題調査会代表)

「福留貴美子さんと拉致問題の本質」

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06.5.20 飯塚耕一郎さん 群馬県前橋集会 前橋市総合福祉会館にて

2006年5月20日(土)群馬県前橋市 前橋市総合福祉会館にて

田口八重子さん長男:飯塚耕一郎さんの講演
         〜お母さんと呼ばせてください〜


群馬のみなさんこんにちは。はじめまして。田口八重子の長男であります、また飯塚繁雄の次男であります飯塚耕一郎と申します。

先ほど副代表の方から、今回の訪米関する報告等が出てきましたので、私のお話としては、田口八重子の拉致の話をもうちょっと掘り下げた形でお話しさせていただきたいと思います。

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まず、小さくて大変申し訳ないんですが、ここに一枚の写真があります。これは私が以前公の場にでたあとで、まぁあるテレビ局を通じて、昔、田口八重子さんの近所に住まれていた方が撮って頂いた、かつて28年前に撮って頂いた写真です。
何故この写真をお見せしたのかというと実は、先ほどの親父の話にもあったように母が1978年に拉致をされたとき、まだ一歳という年であって、全く記憶がありません。ですので、お話の中でも、<お母さん>ではなくて<田口八重子さん>とどうしても言ってしまう部分があるんですけれども、この写真は、本当に母親が優しい顔をしているところを初めて見た写真なんですよね。この写真に関しては、母親が本当に優しい顔をしているのを初めて見た写真なんですね

私それまで母に関する情報というのは、実は親父から聴く話と、金賢姫さんが書いた『忘れられない人』と言う本がありますけれど、そこの話と、こちらの写真と、大きく三つの情報しか、母につながり情報を持っていないんですよね。

この写真に関しては、すごい私の方を向いてほほえましくしている写真であって、その写真を初めて昔の知り合いの方から頂いたときは、『やっぱりボクのお母さんなんだなぁ』と思ってホットするの半分、やっぱり哀しい悔しいと言う気持ちが半分湧いたのを、感じたことを覚えています。

そもそも私は、さっき親父の方からもありましたけれど、かつて28年前に、田口八重子が、夫婦が別れ女手一つで、私と私より2つ上の姉を育てるのに、なりふり構わず一生懸命頑張ってくれていたのだと思います。実際そのそれだけ苦労をして、なんとか二人の子供を育てようとしていたにも関わらず、この拉致という問題が発生して、ごく普通にある当たり前のような家族を切り裂くような形で、そのまま30年近く放置されている、これは国家としてはとても問題だと私は思っています。

私の方は、実際記憶がなかったので、一歳の時に飯塚家に引き取られてからは、もうそこの子供だとずっと私は思っていましたから、飯塚家に引き取られてからは何も知らずにそのまま二十四年近く育ってきました。

ある時私が仕事の関係で外国に行くことになり、その時に戸籍謄本というのを初めて取ったんですが、そこの私の部分の続柄は<養子>となっていたんですね。『なんだろう』最初はびっくりしたことはびっくりしたんですけれど、結構、その時22だったんですけれど、その時22と言うと年まで何で隠し続けなければならなかったんだろうと私は思っていたんですけれども。

うちの親父は<誇れる親父>ですから、その親父が、たとえば二十歳ですとか、会社に入った二二歳の時とか、そう言うタイミングに切り出さなかったのは、きっと何かがあると思って、正直、そのまま、発覚したその日には聞けませんで、ちょっと親父の方に、一週間後日曜の昼下がりぐらいに話をしたんですけれども。

その時に言われたのが、『端的に言って、おまえの母は北朝鮮に拉致をされたらしい。』と言う風に言われたんですよね。その時、そもそも普通の日本人だと北朝鮮という国は、たいした情報というのは特に持っていないと思うんですよ。韓国の上にあって、訳のわからない指導者がいて、未だに残っている共産主義系の国だとしか、私はその時知識としてなかったんですけれども。その国に拉致をされたと言うことがどういう事か、全くわからない訳なんですよね。イメージとして、何とも想像できないわけで、ものすごく心が混乱してしまったことを良く覚えているんですけれども。

ただ、それを言われたときにまず思ったことは、じゃぁ、母親を助けるためには、我々はどうしたらいいかと言うことをその時に私は親父と話しました。親父からの回答としては、『我々に今できることはない』という絶望的な回答でした。

もちろんそうだと思います。大韓航空機爆破事件で、非情に事件性のある、家族会の中でもかなり事件性のある家族ですし、その時公の場にも出ていなかったわけですし、また過去には、大韓航空機爆破の教育係として。殺人の幇助をしていた女性だという見解でマスコミからだいぶ叩かれていた状況ですし、そう言う状況で、他の家族会の方と同じように、公の場に出て助けを求めるというのは、とてつもない勇気のいることですし、また逆に、『犯罪者の家族が何を言っているんだ』という見方もなりかねない状況でした。その時は何もできずに、ただ単に絶望感ではないですけれど、やりきれない気持ちというのが心の中にたまっていた状況でした。

それから、お話を、時間がそんなにないので、はしょらせていただきますが、2002年の9.17の時、五人のかたが帰っていらっしゃいましたが、その時は田口八重子に関しての情報というのは、<1986年の7月30日に書房されています>と言う報告でした。

その時私は日本にはいなくて仕事で海外の方に行ってたんですけれども、(その時朝仕事をする前に、ニュースのチェックというのは常に毎日欠かさなかった訳なんですけれども)その時ニュースのチェックをしたときに、結果として死亡となっているということで、大変い驚いてそのまま親父の方に国際電話かけたんですけれども。

その時親父はは飯倉公館の方には行っていませんでしたので、後日改めて外務省の方に確認をするという話でした。その時に、すごい思ったのが、海外に行っていて日本人が誰もいないという環境もある程度、雰囲気として出てしまったんでしょうけれども、その時やはり23年、母と別れて23年たって、sの母の最新の情報として出てきたのが死亡というあまりにも過酷すぎる、残酷すぎるような情報を突きつけられました。

その時に、やはり日本に帰るかどうかは迷ったんですけれども、その時親父の方が『どういう情報が出てくるかわからないから。待て』と言うお話でしたから、ちょっとまぁ我慢をして、何とか平静さを保とうと思ったんですが。

その時に私の育ての母、飯塚繁雄の奥さんですけれども、その親父と話したときにうちの母と話したときに、うちの母は号泣なわけなんですね。もう何も言えずに、ただ俺(耕一郎さん)が心配だから電話変わってくれたらしいんですけれども。ただ母親の方が号泣なわけで、自分の息子のように育てた子供にまた厳しい現実に直面しなければならないというこの惨さというのをやはり彼女は我慢できなかったわけですよね。

それで、泣いて一言。『そう言うことだから、じゃぁ、がんばってね』としか言えないんですね。その時僕は本当に訳もわからず泣いてしまったんですけれども。やはりそこの部分というのは、この拉致問題が家族に与えている惨さ酷さの一端のひとつなんですよね。

その後2004年の5月の22日に小泉さんが第二回の訪朝を行って、その時にもまた田口八重子は死亡しているという情報しか出てきません。もう、情報として何も変わらないわけですよね。9.17の時には、こちらのパンフレットにもありますが死亡確認書と言われるものが出てきて、実際もうはんこの部分とか記載されている部分とか、汚れの部分とかが、全く他の家族と一緒のようなものが出てきて、まぁ日付なり名前形が変わっているようなも。こんなばかげたものが9.17の時に出てきた。
その時の聞いたお話ですと、外務省の方が、『書房という一言では家族に何の報告もできない。何か証拠を持ってこい』と言って、向こうの担当官が一時間ぐらい席を外して、出てきたのが死亡確認書です。

2004年5月の22の時には<交通事故を起こしました>と言う事件報告書が提示されてきたんですけれども、それを外務省の方から提示された後で、ボランティアの方に頼んで翻訳をしてもらったんですけれども、田口八重子の<た>の字も八重子の<や>の字も、何も載っていないんですよ。僕が記憶している限りでも、15〜6ページある文書難ですけれども、1ページ、1ページの4分の一、5分の一近くが塗りつぶされていて、何が書いてあるのかわからない。翻訳した結果は、結局<軍部の車と一般の乗用車がぶつかって、その一般の乗用車が谷底に転落しました。その女性と男性が死亡しました。>みたいなことがかいてあるだけなんですよね。それをもって田口八重子の名前も載っていないような死亡報告書を見て、『何を信じれば良いんだ?』と外務省の方には、ちょっときつめの言葉で言ってしまった事があるんですけれども。

この二点にあるように、<田口八重子が死亡している、母親が28年たって死亡している>という状況を否定するような情報というのはいくらでも出てくるわけですよね。帰国された五名の方々とお話したときも、『実はこういうところでこういう話を聴いています』と。具体的に言うと1987年7月30日に死亡しているよと言われているにも関わらず、その年の10月に外貨ショップで(地村さんのところのかな?ちょっと忘れてしまったんですが)元運転手の方が、田口八重子さんを外貨ショップで見かけている。

情報というのは、あとは、安明進さんという北朝鮮の元工作員の方がいるんですけれども、その方の情報からすれば、91年に金正日総合大学で、金賢姫の元教官お方が、が一時期、86年か87年にだいぶ脅えていたと言うんですよね。その理由は、大韓航空機爆破事件を実施して結局金賢姫さんは自決ができなかったと。そこから北朝鮮の情報が漏れることは、北にとって大打撃なわけなんですよ。金賢姫さんは実際韓国に捕まっていますから、その矛先は元金賢姫を教えていた教官に当てられるわけですよね。要するにその教官の指導がなっていないから自決もできない。自白もしてしまう。北朝鮮にとって大打撃になるだろうと。で、『私は殺されるかもしれない』と、そのハム教官というのはだいぶ脅えていたらしいんですけれども。その後日、いくつか年月がたって91年に、また安明進さんがその教官と会ったときは、だいぶ元気にしていたと。その教官が言うには『金賢姫の日本語の教育係をやっていた女性が何も処罰されないのだから自分も処罰さるわけがないという結論に至っている』と。この発言のうらを取れば、逆にこの時点では生きているというので、結局は北朝鮮の報告というのはウソになる訳なんですよね。

そういういろいろな北朝鮮の報告を覆すような情報というのは、私の家族にとってはとても情報自体少ないんですけれども。この少ない情報の中でも、覆すような情報というのは、いくつか出てきています。

そこの部分で結局私が何を言いたいのかと言いますと、『人の母親を勝手に拉致しておきながら勝手に殺すな。』と。勝手に殺したあげくに、日朝国交正常化を行って自国に食料を入れさせてくれというのは、人としておかしい。言語道断だと私は思っています。

自分たちが困るという部分というのは、やはり人としてあるべき部分を保てていないから困っているだけの話だと僕は思っているんですよね。人としてちゃんと誠意を持って、過去に犯罪を犯したとしてもその誠意をもって対応する。すべきことをすれば周りの人も認めてくれるはずなんですよ。それは国も人も関わらないと僕は思います。

そう言う対応を今北朝鮮に対して求めるのはとても難しい状況です。
細かい政治的なお話というのは私の方からするより平田さんの方から行っていただいた方が良いと思うので。

北朝鮮に対して<対話と圧力を使って被害者を救出する>とうたっている日本政府というのは、とても厳しい状況だと思います。

先ほど親父も言いましたけれども、2004年12月24日にに細田官房長官が(このパンフレットの裏にも書いてありますけれども)『北朝鮮側が迅速かつ誠意ある態度を取らないければ、経済制裁をおこないますよ』という発言をされていますけれど、結局一年半もたっても、何もできない状況なんですよね。やはり日本の国内の中では、いろいろなしがらみがあって動けない。もちろん政治的な要素というのが多々あって動けない部分というのがあるからこそ、家族会が、わざわざ海を渡ってラオスに行ったり(タイの誤り?)今回訪米したり、韓国に行ったり、グローバルになっているわけですよね。

決して日本の中の救出活動に対して何か不満があるとか、そういうわけではですよね。海外的な視野を含めてこの活動を広めていかないと、日本政府というのは今とても動きづらいからこそ、アメリカを含めてグローバルな形で解決して行かなくてはならない。

それに当たって一番のポイントというのは、本当に僕の中では、とても不思議というか驚きなんですけれども、やはり国民の皆様が一人一人の御協力というのがとても重要なんですよね。たとえば、例を一つあげると、小泉さんが2004年の5月の22日に訪朝をしたときの家族会がだいぶバッシングされました。その時は訪朝してある程度成果を持ってきたにも関わらず、お礼の言葉も差し上げないで、何非難をしているだというよな報道がされました。
ただあの時発言している家族ひとつひとつというのは全て小泉さんに『首相、大変お疲れのところ申し訳ありません』とか『ご苦労様でした』とか敬意を持った発言しているにも関わらず、ああいう形に取られてしまったんですよね。ただ、その非難というのは結局長く続かないわけですよ。何故かというと、日本の中でみなさんがちゃんと理解をしてくだっているから非難というのは長く続かないんですよね。そこの一端で訳ですよ。

そう言うみなさんの理解があるからこそ、高齢な家族会の方々もアメリカに行ったり、毎週毎週各地方で公演をしてお話をさせていただいたりしているので、拉致を許さないんだという気持ちを根付かせている訳ですよね。

今回私は」群馬という地に初めて来ましたけれど、群馬のみなさんの中でもより深い理解と広い理解を求めるような活動を頂きたいかなと心の片隅で思っています。

親父の方が先ほど言いましたけれども、この問題に対して動かすというのは日本政府を動かすため、最終的な部分は日本政府を動かすためには、手紙なりFAXなり、メールなりをを送るというのは実はかなり結構有効です。
家族会の今事務局次長をなさっている横田拓也さんはかつては安倍さんに対して毎月のように送っていたらしいんですけれども、安倍さんに初めてあったときに、『君が横田拓也君か?メールは何回も見てるよ』とおっしゃっていただきました。

日本政府は見てないようで見ているんです。見てないふりをすることは、結構しばしばあるんだと、そう言うことなんだと思うんですね。でも、日本全国から、もう背けないような状況になれば、日本という国も、この問題に対してアプローチができるのかなと思っています。

最後に個人的になりますけれど、私が田口八重子さんに対して<お母さん>という一言はを直接言ってあげていないんですよね。<お母さん>という一言というのは、一般に日常の家族の生活の中で、普通に言っていることにも関わらず、僕は言えないと。ただ田口八重子さんに直接言えたときと言うのは、拉致問題が収束し始めている兆候であり、また田口八重子と僕の家族という図式が始められるときだと思っています。

ですので、是非、本当に個人的な部分で言わせていただければ、<お母さん>と言わせていただけるように、みなさんの御協力を得られればなぁと思っています。
以上です。ありがとうございました。

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このエントリーのテキストは金木犀様の手によるものです。

このエントリーのテキストは、こちらかまたはブルーリボン放送に音声もアップされています。
あわせてご利用になってください。

06.5.28 佐藤勝巳会長 国民大集会(28)日比谷公会堂にて

『佐藤勝巳 救う会会長 閉会の辞』

★司会 櫻井よしこ氏

時間も迫ってきました。
ここで救う会の会長であります、佐藤勝巳よりご挨拶申し上げます。

★佐藤勝巳 救う会会長

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紹介を頂きました佐藤でございます。
事務局から1分で閉会の挨拶をしろと(笑い声)言われていますので、これから1分でやります。

本日の集会を聞いておりまして、政府ならびに政治家の発言が非常にトーンが高くなっておりまして(拍手)、私のような年寄りはぼちぼち引退をした方がいいんじゃないかと言う事がまずひとつ。

それからご案内のように日韓の関係は過去の歴史であるとか、靖国の問題であるとか、竹島の問題であるとかでギスギスと対立を致しておりますが、人権と言う一点においては完全に日韓は連帯は可能であるなと、言う確信を致しました。(拍手)

それから家族の皆さん、まぁ哲也君や拓也君のような若い人は別にしまして、そうでない家族の方々はご案内のようにかなり疲れております。
どうしても早い時期に問題を解決をしなければならない。
近頃痛感を致しております。
そのためには、断固として経済制裁を発動する以外に無い。(拍手)
確信を致しています。

本日はたくさんの皆さんにお集まりいただきまして、ありがとうございました。(拍手)
だいたい1分で終わったと思います。(拍手)

★櫻井よしこ氏

皆さん、本当にありがとうございました。
壇上からこの国会議員の皆様方、家族の皆様方、全員でお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。(壇上の登壇者起立して会場に会釈、会場から拍手)
ありがとうございました。(拍手)

今年中に問題解決を心に誓って、どうぞ皆さん、お足元に気をつけながらお帰りください。(拍手)
本当にありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・

06.5.28 大会声明朗読 国民大集会(27)日比谷公会堂にて

『松原仁 拉致議連事務局長代理 大会声明朗読』

★司会 櫻井よしこ氏

さて、拉致議連の事務局長代理、民主党の松原仁さんに、大会声明を読んで頂きたいと思います。
松原仁さん。(拍手)

★松原仁 拉致議連事務局長代理

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決議案

 多くの拉致被害者が北朝鮮にいるのを分かっていながら救出できず、今年もまた、私たちは国民大集会を開いた。なぜ、助けられないのか、口惜しくて、悲しくてたまらない。

 それでも、国際連帯と制裁による圧力という二つの柱を掲げた私たちの運動はこの1年で大きな成果を挙げた。

 金正日が世界12カ国から拉致を行っているという驚くべき事実が明らかになった。また、横田早紀江さんが米議会で証言し、ブッシュ大統領との感動的な会見を行ったことも記憶に新しい。日韓の拉致運動の連帯も強化された。

 日本政府も拉致問題特命チームを中心に法適用厳格化などで強い圧力を加え始めたし、米国が昨年9月に実施した金融制裁は大きな効果を上げている。

 窮地に追い込まれた金正日政権がどのような反撃に出てくるのか、予断を許さない緊迫した局面が生まれている。

 私たちは今、北朝鮮の地で助けを待っている被害者に向かい「あともう少しです、元気で待っていてください」という心からのメッセージを送りながら、次の3点を強く要求する。

1 金正日政権はすべての拉致被害者を即刻返せ。

2 小泉首相は、北朝鮮への制裁を発動してすべての被害者を救出するという強い国家意思を示せ。(拍手)

3 韓国盧武鉉政権、中国の共産党政権は、拉致というテロへの加担を意味する金正日への支援を中断せよ。(拍手)

平成18年5月28日
小泉首相の決断と、今年中に拉致被害者全員救出を求める国民大集会参加者一同

以上であります。(拍手)
よろしくお願いします。(拍手)

(※大会声明の部分は、救う会メールニュースより転載)

★櫻井よしこ氏

皆様の絶大なる拍手で小泉首相のみならず、韓国政府ならびに中国政府に突きつけたこの大会声明、ご了承いただいたものと判断いたします。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 寺越昭男さん 国民大集会(26)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(7) 寺越昭男さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

寺越さんお願いします。

★寺越昭男さん

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私たちが声を上げてもう、3年と7ヶ月になります。
この間、県警に告訴したり、アメリカの下院で法案に明記されたり、成果はありました。
しかし、日本の中では何ひとつ解決されていません。
なんででしょうか?

ある国会議員の先生が今北朝鮮にいる武志のお母さんに、
「武志君は偉くなった、お母さんはいつでも行きたい時に行ける、だからそれでいいんじゃないか?」

ではもし、私の父親は殺されたかも分からない。
じゃあ父親の人権はどうなるんだ?
北朝鮮で亡くなった叔父の外雄さん、そしてその家族はどうなるんだ?(拍手)
そういう事を国会の先生方、そして政府の先生方に理解をして頂きたいと思います。

先日16日、小泉総理が石川県の方に観光視察に参りました。
私はよっぽど能登空港まで行って、総理に「事件の現場を視察して頂きたい」と言おうかと思いました。
まぁ、思い止まりましたけど、総理にお願いしたいと思います。
寺越事件の拉致認定だけじゃなく、ここにおられる特定失踪者の方、そして来られなかった特定失踪者の方の、間違ってもいい。
全部を拉致認定して、国際世論の中にもアピールして頂きたいと思います。(拍手)
それが金正日政権のまた違った面での圧力になると思ってますので、皆さんよろしくお願いします。(拍手)

★増元照明氏

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今日は浜本雄幸さんと地村保さんがお出でになっておられますが、(地村さんマイクを握って話し始めようとする)あのちょっと待ってください。(会場笑い声)
時間が無いので、宜しいですか?すみません。
あの、お出でになっておられますけれども、一応立って御挨拶を(拍手)、これからも一緒に戦っていって頂く・・・・。(拍手で聞き取れず。浜本さん・地村さん会場に向かって会釈、更に拍手)
ありがとうございました。

これほど私たちに力を貸してくださっている皆さんに、感謝申し上げます。
しかし、これだけの国会議員がいて、県議会議員で議連が出来て、地方議員もいて、何故3年半も経ってまだ何もひとつも解決できないのか?
なぜ?政府は制裁も出来ないのか?
私は説明できません。
ただ一人の愛の無い宰相の為だけでしょうか?
それだけでは無いと思います。
やはり私どもの本気度も足りないのかもしれません。
一緒に戦ってください。
ありがとうございました。(拍手)

★櫻井よしこ氏

どうもありがとうございました。
そして先ほどこの会場に駆けつけてくださった、参議院議員で北朝鮮による拉致問題等特別委員長の広野允史(ただし)さんをご紹介します。
どうもありがとうございます。(拍手)

06.5.28 斉藤文代さん 国民大集会(25)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(6) 斉藤文代さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次、お願いします。

★斉藤文代さん

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私は松木薫の姉の斉藤です。
ちょっと短めにお話をさせて頂きます。(笑い声)

私に何が出来るのかと思いまして、5月の9日よりノルウェーのベルゲンの方の国際会議の方に行かせて頂ました。
私たちの家族だけでなく、日本だけでなく、世界からも拉致されています。
本当に私たちの家族以上に皆さん苦しみが本当にもう膨らんで、風船がパンと弾けて皆さんどこに行っていいものかと、分からないような状態になっております。
本当にこれは時間の問題なのです。
私たちの家族もそうです。
皆さんも高齢化が進んでおります。

ですからなんとしてでも欧州の国から世界の方に声を広めて頂きまして、拉致問題が一日も早く解決ができますようにと言う事を、私は一生懸命お願いをしてまいりました。(拍手)
斎賀大使にお願いをしてまいりました。(拍手)
またそれに応えて頂きまして、いろんな自分の持ち時間を割きましてお話をしていただいた事に、私は本当に感謝しております。
どうか政府の皆様方も力を振り絞って、今年中にでもなんとしてでも解決の道に近づけて頂きたいと私は願っております。(拍手)
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

06.5.28 有本明弘さん 国民大集会(24)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(5) 有本明弘さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

有本家、お願いします。

★有本明弘さん

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わずか2分と言うお話なので(笑い声)、何を言っていいのか分かりませんが。
お昼の空いた時間に、安倍さんに総理になって頂きたい。(拍手)
それが私たちの願いである。
それでもって、安倍さんに総理になってもらいたい。
共通の思いを持っている方に2時間ばかりいろいろお話をしました。

それはどんな話かと申しますと、我が国のメディアがこれがおかしいと言うお話から入りました。
急かされますので(笑い声)、共同通信が20何社という、自民党関連する行事の・・・(聞き取れず)に談合したのか、それとも共謀して誘って北朝鮮を訪朝したのか?
これはメディアの社長の倫理観を問う大きな問題なんです。(拍手)

それに対して我が国ではこれに対して誰も物が言えない。
警察にも意見をぶつけましたが警察は関与できないと言う話で、それならばこれの監督官庁は言うべき問題だと言う事をお聞きしましたが、どうもそれにもハッキリとお答えが無かった。

それで私は今ここにおられる議会の先生方に、この倫理観に外れた日本の国のメディアのどういうふうにして物を言って頂けるのか?
法的にはそれはあるのか無いのか?
そういう事も議連の先生方に、お尋ねしたい。
我が国は今法律を自民党が通そうとしています。
それはどんな法律かといいますと、共謀罪。
それと憲法改正の国民投票法案に関するメディア規制と言うのがあるんです。
これはメディアはこぞってこれに反対して、この法案が尻すぼみに現在なっとるんです。(増元さん、有本さんの横に来て話を短く切り上げるように催促の姿勢、会場笑い声)

だから(拍手)、これを強硬に国会で上げるべきだと、こういうお話を申し上げました。
なぜならば、メディアの事件で国会の立法府の人がそれに従うと言う事はあってはならないことなんです。(拍手)
強行採決してでもこれをやってもらいたい、と言うこともお話しました。(拍手)

なぜなら(笑い声、「お父さん言いたいこと分かったよ」の声)、国民投票法が施行されても絶対法律は通らない。
このメディアがある限りは。(笑い声)
そういう事をお話しました。
以上です。(拍手)

06.5.28 市川龍子さん 国民大集会(23)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(4) 市川龍子さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

市川家です。

★市川龍子さん

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皆さんこんにちは。(拍手)

いつまで待てばいいんですか?
歯を食いしばって食いしばって、耐えて耐えて生き抜いている母ももう90過ぎました。
修一の帰りを待っているんです。
なぜ、日本政府は全国会議員、団結が出来ないんですか?(拍手)
裏で何をしているんですか?(拍手)
これほどまでに馬鹿にされ、コケにされ、侮られているのに、日本の国会議員は怒りと言う気持ちは無いんですか?(拍手)

・・・・・・・・(拍手で聞き取れず、笑い声)鹿児島弁で言います。
まったくもってやってんもんじゃと言いたいです。(拍手)
小泉さんを初め本当に私たちの代表である国会議員は、他人事としか思えないような軽いコメントしか出て来ません。
いつも言いました。
日本国民に向けて自分の国の国民を絶対救うぞと言う、そういう腹の底からの決意っていうものが見えてこないんです。(拍手)
北朝鮮に対して当然上がるべき、怒りの声も聞いていません。
北に対して拉致被害者を直ちに返せと正当な要求をしている、そういう声を一度だって聞いた事がありません。
北朝鮮に対して諦観していたはずの日本人に指一本でも触れたら承知しないぞと、自国民の生命を守るための言葉を聞いておりません。
北朝鮮の・・・・・・・・(拍手で聞き取れず)私は見た事がありません。

どこの誰が見てもキム・ジョンイルは極悪非道な悪人です。(拍手)
キム・ジョンイルは愛称だそうですのでキン・ショウニチです。
今こそ世界に正義を示す時ではないですか?
そして北朝鮮の一般民衆も全員救ってあげたいと思います。(拍手)

裏でこそこそと何かしているそうですが、日朝国交正常化より人命救助が最優先です。(拍手)
それからノーベル平和賞を貰ってください、小泉さん。(拍手)
バッシングを受けるのは覚悟の上です。
当然の事です。
自分の身内だったら、そういうふうに仰ってください。

北朝鮮にいる修一に向かって主人は言いました。
「寒くは無いかい?元気でいるかい?必ず帰って来いよ、待ってるよ、帰って来たら二人で酒を飲もうな」
というメッセージを「しおかぜ」に乗せて短波放送を流しました。

日本全国の皆さんがこうして一生懸命力を合わせてくださっています。
私は増元るみ子ちゃんのお父さんの葬式の時に弔辞を読ませて頂きましたけど、必ず世界の世論を高めて絶対にるみ子ちゃんを取り戻すから、安心して浄土に行ってらっしゃいって送り出しました。

助けてと頼みの綱はただ一人、三度の便りに命をかけて

と、短歌を作りブッシュ大統領に手紙を3回書いたことが、今回主人たち・早紀江さんたちをアメリカに送り出す事が出来ました。
皆様もテレビ放送でご存知のように、本当に今ここで日本の心意気と言ったらおかしいんですが、本当にですね。
きちっとした態度を、政府の皆さん、国会議員の皆さん全員です。
本当に団結して全員を取り戻す、そういう今日の会合にして頂きたいと思います。
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 平野フミ子さん 国民大集会(22)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(3) 平野フミ子さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次は増元家です。

★平野フミ子さん

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みなさん、こんにちは。(拍手)
僭越ながら小泉総理大臣に物申します。

あなたはイラクの人の人権のために自衛隊を派遣していらっしゃいます。
でも、国家主権を侵され拉致された日本人の人権はどうなさるおつもりですか?(拍手)
中途半端に解決なさらないで下さい。
もうそろそろ心の冷たい氷を溶かしてもいいんじゃないですか?
私たちは小泉総理が人間の心を取り戻すよう、お願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

06.5.28 飯塚耕一郎さん 国民大集会(21)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(2) 飯塚耕一郎さん (司会進行:増元照明氏)』

★増元照明氏

次は飯塚家。

★飯塚耕一郎さん

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皆さんこんにちは。(拍手)
田口八重子の長男であります、飯塚耕一郎です。

私の方からひとつ申し上げたい事は、先日の訪米の結果を受けて、ある紙面で今まさに日本の政府として拉致問題の対応の真意が真価が問われている段階であるという紙面がありました。
つまり今回の家族会の訪米の結果を受けて、国際的な世論が盛り上がっているところで、日本政府として何をやって来たのか?何をすべきなのか?と言う、そこが全世界で注視されている部分ですよ、という紙面でした。

私はその紙面を見たときに、やはり1年半前の日本政府の発表から、何も具体的に対外的に何も動いていないと言う実情を鑑みまして残念に思いますし、また逆にこれからこの2〜3ヶ月、もしくは今年一杯で日本の政府が対外的に北朝鮮に対して何かしら明確な態度を示さない限り、世界から日本と言う国の見方がまた変わってきてしまうのではないか?と言う懸案に変りました。(拍手)

ですので、本日ご来賓頂いた議員の皆様から、例年以上の力強いお言葉を頂きましたので、今年一杯にはぜひとも日本政府としての明確なハッキリした厳しい態度を取って頂きたいと思います。(拍手)
その上で私の母に対して、直接「お母さん」と言う、普通の家族が毎日言っているような一言を直接伝えて上げられれば幸せだな、と思います。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)

06.5.28 横田早紀江さん 国民大集会(20)日比谷公会堂にて

『家族の訴え(1) 横田早紀江さん (司会進行:増元照明氏)』

★司会 櫻井よしこ氏

さてここで、家族会の皆さん方を紹介したいと思います。
これはもう、皆さん良くご存知の増元照明さんにお任せ致します。(拍手)

★増元照明 家族会事務局長

皆さん、こんにちは。
今日は茨城で1100名の皆さんが集まって頂きました。
ここにはこれだけ多くの皆さんが集まって来て頂きました。
本当にありがとうございます。

本当でしたら崔桂月さんに日本の皆さん、これだけ多くの皆さんが支持そして一緒に戦ってくださっているという姿を見ていただいて、実感して欲しかったんですが、残念な事に今回は欠席をなされましたので、宋議員、必ず崔桂月さんに伝えて頂きたいと思います。

日本の国民はこれだけ、拉致被害者家族を応援している。
そして私たち家族も本当に疲れきっています。
でもこれだけの皆さんが私たちを応援してくれている、支持してくれている、そして一緒に戦ってくれているという、その私たちの目の当たりにして、私たちはもう少し我慢できる。
もうちょっと頑張れると勇気を頂いております。
本当にありがとうございます。

今日は本当に時間も無くなりつつありますので、各家族一人ずつ、北にいる私たちの家族に思いを言って頂きたい。
もしくは政府に何をして頂きたいか?
2分間お願い致します。
まず、横田家からお願いします。(拍手)

★横田早紀江さん

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皆さん、こんばんは。
本当に毎年このようにたくさんの方に来て頂きまして、私たち家族会このように大きな活動が出来るようになった事も、本当に皆様方のたくさんのカンパそして署名、いろいろ頂いてご好意によってここまで来る事が出来ました事、本当にまず感謝を申しあげます。
ありがとうございます。(拍手)

この度は家族会と救う会・議連の訪米並びに訪韓によりまして、拉致問題が日朝間だけの深刻な問題ではなく、12ヶ国にもわたる国際的な人権問題であるという事が、広く理解されました。
本日は韓国人の拉致被害者のご家族もお見えになり、更なる連帯を確認できた事はとても重要な事であります。
私のめぐみの夫であると言われるキム・チョルジュンさんと言う方が、韓国から拉致をされた高校生であった金英男さんだと言う事が分かり、そのご家族は今日のこの会には参加されておりませんけども、全ての被害者を取り戻すのだという価値観の下に、心をひとつにして共に北朝鮮と闘っていきたいと思っております。

皆様思い出してください。
北朝鮮は2002年の暮れに横田家に対してキム・ヘギョンちゃんを利用して、訪朝計画を実現させようとしました。
この手に乗っていれば、ヘギョンちゃんは「母は死にました」と言わされて、あたかも北朝鮮の主張する死亡説を既成事実化させてしまう恐れがあったために、私たちは家族や関係者の皆様との判断で断念を致しました。
この決意と我慢がこうして北朝鮮に対する国際包囲網の形成に繋がって、彼らの狙いを打ち砕く事が出来ました。(拍手)

北朝鮮は金英男さんご家族に対しても、同じような甘い罠を仕掛けて、拉致問題の幕引きを図ろうとするかも知れません。
我が子を必ず取り戻す為に、ご支援されている崔成龍さんやご家族が決して安易な誘いに乗ることが無いよう、手を取り合っていきたいと思います。(拍手)

一方私たち家族に対しても、再び同じような罠を仕掛けてくる事があるでしょうけれども、北朝鮮が画策するヘギョンちゃんに会う事による幕引き作戦に乗ずる事無く、まず横田めぐみを一刻も早く、そしてたくさんの人たちを全部無事に取り戻す事を最優先する事。
これまでの信念を守って戦っていきたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。(拍手)
ありがとうございます。(拍手)
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