2006年07月26日

06.7.12 横田早紀江さん2 八重山集会より

「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」 06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田早紀江さんの訴え その2』

長男が(アメリカに)一緒に行ってくれましたので、めぐみが北朝鮮に連れて行かれて半年目ぐらいに写された写真だと思いますが、三枚の写真が出てきた中の一枚の、白いブラウスを着ている悲しげな写真を(それを持っていきました。)

あの寄居中学校の帰りに着ていたものと同じような白のブラウスの悲しげな写真を出してきました。骨も一緒に出てきました。けれども私はその骨を見たときは、「絶対にこれはめぐみの骨ではありません、めぐみのものとは思っておりません」とはっきりと藪中さんや斉木さんの前で申しました。「このような写真を出してきたんですよ」と三枚の写真を並べられました。後の二枚は大人になった、私達が想像もしていなかったような、めぐみの初めて見る大人の写真でしたけれども、あの白いブラウスの写真は本当に悲しい顔をしておりました。

もう、何とも言えない、悲しい目をして私達をじっと見ていました。「お母さん、私はどうしたらいいの?助けて、って言えないんだよ。でも生きてるんだよ。」と言う思いでじっと私を見ていました。本当に私は悲しくてたまりませんでした。あの、骨の白い骨壺に対しては、全然感じなかったものが、あの白いブラウスの写真を見たとき、本当に思わずあの写真を手にとって「あ〜、めぐみちゃん どんなに探したかわからなかったのに、こんなところにいたのね!」と思わず涙があふれて止まりませんでした。

二人の弟たちも滅多に泣かない子ですが、声を出して泣きました。
ほんとーになんと残酷なことを、冷酷なことをする国だと思いました。
そしてその後、その骨は日本の科学的な鑑定の結果、やはり思っていたとおり、偽の骨が、二人の他人の骨が入っておりました。

それでも北朝鮮側は、「日本はいい加減なことを言っている。そんなこと言うなら、あの骨壺を返せ、そして拉致問題はこれで終結したんだ。みんな死んだんだ」ということで、今回また考えてもいなかった、あのチョルジュンさんといわれる方、めぐみの夫だとされる方が、外務省の方の前に表れたあの人が、あの時に、政府が「貴方の毛根と血液を差し出してください」と頼んだときにも、「私は特殊機関の者であり、顔を出すわけに行かないので、一切渡すことはできません」と断り続けていたのに、どういう訳か、北朝鮮は今回、めぐみの夫とされる人が、韓国の高校生を5人拉致した中のひとりである、金英男(キム・ヨンナム)と言う名前の、その方が夫である、それがチョルジュンさんだったんですけれども。その人を堂々と、出せないと言っていた人を、完全に世界に見えるように、差し出してきました。

そしてきっと私はその方が出てくるときに、「もう私の妻は死んだんです。私がその骨を持って大事にしていたんです。だから本当に死んだんです。だからこんなに元気な孫が、あなた方の孫がここにいるんですよ。」ということをきっと言うだろうと思っていたら、本当にその通り、間違いなくぴったりのことを証言をしております。

そのようにして、「おじいちゃん、おばあちゃん、私に会いたければ、北朝鮮に来てください。」とウンギョンちゃんと又名前が変わりましたけれども、(以前はヘギョンさんが)言っておりました。

あの当時も(2002年)小さかったまだ15歳の、ヘギョンちゃんの時に泣きながら、フジテレビが放映した中に、「おじいちゃん、おばあちゃん、私に会いに来てください」と言っていた姿を皆様も覚えてくださっていると思います。本当にどんなに揺れ動いたかわからない、すぐにでも抱きしめたい思いでいっぱいでしたけれども、そのようにして又向こうに行ったときに、あちらのラインの中に入ってしまった者と、あの北朝鮮のラインからこちらの自由な世界にいる者とでは、発する言葉が全然違うと言うことを、私達は勉強していました。

金英男さんが出てきたときに、お母さんやお姉さんにも申し上げました。「会いに行かれるのは親心として当然ですけれども、本当にどうしても返してもらいたいと思われるのであれば、ここの膝に、貴方の膝に金英男さんを抱きしめてください。あの北朝鮮のラインから外に出して抱きしめてあげましょう。私達もヘギョンちゃんや、めぐみを取り戻したいと活動しているんです」と言うことを申し上げましたけれども、やはり韓国と日本では拉致問題についての考え方も違うので、やはりまた向こうに会いに行かれました。

そのような中で、今のような状況に動いてきているわけです。けれども本当に先ほど砂川さんのお話にもありましたとおり、もうあの頃から、大韓航空機縛は事件から、そのことさえも北朝鮮は「我が国がやったことではない」と言い続けております。

拉致は認めましたが、「7名の人は全員死亡」、後の二人は、曽我さんのお母さんを含めて「見たことも入ってきたこともない」と言い続けて、「これで拉致問題は終わりだ」と言っています。

みなさま考えてみてください。何にも悪いことをしていない大切な子供が元気いっぱい帰ってきてときに、はっと捕まえられて、あの国に監禁されて、向こうの思想を埋め込まれて、向こうのために、工作員養成のためにこき使われて、今、三十年間もあちらで助けを求めているんです。

今も何処かで「助けて!」と言っている声が聞こえています。けれども、北朝鮮はそのようなことをして、もう、気が狂うようになる、気が狂ったかもしれない。。。めぐみは鬱病になったと言われていますが、本当にそうならないのがおかしいぐらいのことです。

そのような中で、「はい、死にました」「はい、拉致問題は終わりです」と言われて、みなさまは「あ、そうですか」、「残念でした」とおっしゃるでしょうか?

こんな馬鹿なことをされて、そのようなことを言われて引くことができるでしょうか?こんな大事な問題をこのままにして、日本の国は世界に笑われるのではないでしょうか?

さきほどもお話がありましたが、アメリカならば、たったひとりの自分の国の大切な者が連れ去られたら、空母を出してでも取り返すぐらいの力を持っています。

本当に日本中が怒って、外務省が怒って、国会議員全部が怒って、小泉総理が怒って(ほしかったんです。)骨が出てきたときに、偽だったとわかったときに、「何と言うことなんだ!」と怒っていただきたかったんです。誰も怒らなかったんです。「遺憾でありました。」とおっしゃっただけでした。

ご自分のお子様がそうであっても、「遺憾でした」とおっしゃるんでしょうか?

気が狂うような思いで私達は何十年間、本当に、一生懸命皆様に助けられて、ここまで来ました。、
そして北朝鮮のいろんな事が明らかにされ、拉致だけでなく、不審船が入ってきたり、そして万景峰号というあの大きな船が、いつも新潟港に入港して、向こうの国会議員といわれる人が、行ったり来たり、堂々とできて、向こうの秘密、こちらの秘密をいろいろ持って帰って、情報をつないでいるような、「そのような船をを止めてください」と、私達は垂れ幕を持って、蓮池さんのお母さんやお父さんと一緒に、もっと前から、万景峰号の前に立って、「子供達を返してください!この船に乗せて返してください。」と何度言ってきたかわかりません。それでもどういう訳か、あの船はなかなか止めて頂くことができませんでした。

「法律がないから、できないんです」ということでしたので、若い議員の方が、一生懸命頑張って、考えに考えて、計画を立ててくださり、ようやく船を止める法律を作ってくださいました。「今ならば、すぐに止められる、だから止めてください!」と言っても、なかなかそのことが実行されないで、発動がなされませんでした。

こーんなに悲しいことが、次から次から、起きていても、どこまで我慢をしなければならないのでしょうか?もしみなさまの大切なお子様やご兄弟が、このような状態にあったら、どうなさるでしょうか?本当にこの日本の国は、どうしてしまったんだろうと思うほど、悲しい思いでいっぱいです。

私達は新潟時代に、毎日、毎日、毎日、泣いて、泣いて、泣いて、絶叫して、畳をかきむしって「もーう、死にたい、早く死にたい」「こーんな哀しいことをひっさげて人生を歩みたくない」と、どれだけ思ったかしれません。どれだけ涙を流したかわかりません。

だんだん年が言ってきましたので、涙が枯れ果てたというか、何か体中の水分が全部抜けてカラカラになったような想いの毎日なんですけれども、今ようやく、大きく国際的に、この北朝鮮に対する人権問題ということが大きく問われているようになってきましたが、(それでも)なかなか、全部の国々が心を一つにして取り組むことができなくて、残念なんですけれども。

いろんなものが突然飛んできたり、恐ろしいことを平然と「これでもか?これでもか?」と北朝鮮はやっておりますけれども、本当にこのようなことを許していて良いのでしょうか?

私は別に戦争をしたいとも、あちらに国を責めてめちゃくちゃにしたいとか、そんなことを考えてはいないのです。本当にあの北朝鮮という国が、あの指導者の方が、ちょっと心を入れ替えて、拉致をした人たちを、「大変なことをやったけれども、これは本当に申し訳なかった」と、みんな待ち望んでいる、年老いた家族の元に、戻してほしいとお願いしているだけなんです。

そしてそのことで、本当にみんなが、国家が全部が、心を合わせて、「よい交流をしましょう」と、本当に「心からの暖かい交流をしましょう」と言うことになってほしいと、いつも願っております。

このような難しい問題を、どのようにするか、これ以上政治的なことは私達はわかりませんが、アメリカが一生懸命に拉致問題に対しては「必ず最後まで、核の問題と一緒に、声を表に出してやっていきましょう」と約束をしてくださいましたし。

本当にあの時に、ブッシュさんが、めぐみの写真を持っていった息子が、あの白いブラウスのめぐみの写真を見せた時、「私の姉は、本当に朗らかな明るい姉でした。いつも、歌っていました。けれども、こんなに悲しい顔をして写されてきたんです。」と言ったときに、ブッシュさんは、悲しそうな顔をなさって「この子の体はここにないけれども、この子の心をここに一緒に置きましょう」と言ってくださって、自分の横のテーブルにこうして(写真を)立てかけてくださったんです。

そして「本当にこのことは勇気のいる、大変な仕事だけれども、忍耐もいるけれども、お母さん、がんばってね」と最後に私にしっかりと言ってくださいました。

本当に日本の国の、全部の人たち、国民、家族、被害者家族、全国民、警察の方、外務省のお一人お一人、国会議員のお一人お一人−−あれだけたくさんの国会議員の人たちが、ぎっしりとあれだけいつも座っていらっしゃるんですから、あれだけの人たちが、心を合わせて声をだせば、ものすごい大きな声になるはずなんです。怒れば、その声が向こうに届くんです。何も言わなければ、「あぁ、何も怒っていないんだな」と向こうに伝わるだけなんです。

本当に大切なことに対して怒る心を忘れてしまった日本という国が、本当に私は悲しくて仕方がありません。

でもこうして全国のたくさんの支援の方々が私達に力を貸してくださり、いろーんな方々が、いろーんな知恵を出しあってくださって、国民大集会、署名活動、カンパをお願いしたり、みなさまに助けられて、遠い外国まで(行く)費用をだす事ができて、皆様のおかげで、こうして長い時間動いてくることができたことを、本当にありがたく思っています。

けれども、この拉致問題がはっきりと解決しないと言うことは、これは、日本の国にとって大変な問題だと私は思っています。

こーんなに大切な命を奪われている国が、何にもできないということが世界に知れ渡ることは、世界は日本をどう見るのでしょうか?
命がけで、みんなが命がけで、大切な国民を、若者を、取り返そうと、心を込めて団結したときに、初めて、「あぁ、日本という国は、さすがにすごいんだな」ということが、世界に発信されるんではないかと思っているんです。

私達は本当に、小さな、小さな一庶民でしかありません。難しいことは何にもわかりません。
けれども、大事な大事な、<命の問題>、<心の問題>というのを父や母から教わってきました。昔の日本は、みんな父や母が厳しくそのことを教えてきました。本当に「悪に対してだけは、絶対に負けてはいけない。口を、言葉を出して行動で示しなさい」といつも言われてきました。そのような想いがあって、私達は何もできないんですが、一生懸命にこうして動かせていただいてきました。

そして、今一番大切な時に来ておりますので、どうか皆様方の本当の真心を私達と共に合わせてください。この拉致問題、たくさんの被害者がいます。特定失踪者は、480名に近い方が、特定失踪者調査会の方に調査を申し込んでいらっしゃいます。中でも、100名に近い方は、必ず北朝鮮に拉致をされた方だと言われています。こちらの方でも、私達は余り知らなかったのですけれども、二名か三名の方が拉致をされているんではないかと、言われています。

本当に闇の中で埋没してしまって、助けを求めている。どんなに悲しい、暗い、悲しい、人生でしょうか?、あのような無味乾燥なところで、毎晩、毎晩、お月様を見ながら、「どうして助けてくれないんですか」と叫び続けている子供達、溺れ続けている子供達。
溺れている人を見たら、誰だって、すぐに飛び込むんじゃないでしょうか?ロープを持って、投げ出してあげるんじゃないでしょうか?
もうアップアップとして、ほんとうに水がここまで来て、「早くしないと死んでしまいます!」と言っている人たちをしらんぷりをして、あちらに向いて逃げていくのでしょうか?

必ず私達は、日本人は、心を一つにして、今、この拉致問題を、少しの危険はあっても、「命がけで助けてあげましょう、みんなの大切な国民なのですから」ということができ、それが現されたときに、日本の国は、本当に、素晴らしいことに変わっていくのではないかなーと、私は思っています。

恐ろしい親殺し、子殺し、何とも言えない曖昧な、曖昧模糊とした、何を目標にして良いかわからないような、ただ、「勉強しなさい、勉強しなさい」と。何のために勉強するのかわからない。素晴らしい大学だけ出ればいい。優秀な会社に入れば、もうそれでいいというような事だけではなくて、どーんな地位にあっても、大切な魂を、しっかりと人の命を大事にしなければならない。絶対に命を奪ってはいけないと言うそういった大事なことが、真心の中にしっかりと植え付けられた子供達が、育っていくことが、どんな地位にあっても、
それが(命を大切にすると言うことが)発揮されていく大事な問題ではないかと思わせられております。

どうかみなさま、本当に私達を応援してください。

拉致被害者の、苦しんでいる人たちを、一刻も早く、この自由な日本の国の中に取り戻して、本当に自由な空気を吸わせてあげてほしいと願っております。

どうか宜しくご支援くださいますように、お願いいたします。
ありがとうございました。

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06.7.12 横田早紀江さん1 八重山集会より

「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」 06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田早紀江さんの訴え その1』

石垣のみなさん、こんばんは。
今日は本当にひどい風の中をこのようにたくさん、遅い時間にお集まりいただきまして、私達の被害者、また拉致問題のためにお話を聞きに来てくださいまして本当にありがとうございます。

今日の会を開いてくださいますために砂川さんはじめブルーリボンの会のみなさま、多くの方々が、いろいろな準備をしてくださいまして、日にちをのばしてもらったり、いろんなご迷惑をおかけしましたけれど、本当にこのように沢山のかたがこの場に集まっていただきまして本当にありがたく思っております。

今日はほんとうに、素晴らしい歌を聞かせていただいて、本当に心の底から、いろーんなことが思われて、あの美しいお月様がこちらで出てきましたときは、本当にお月様をいつもみながら私達も泣いておりまして、何年も何年も、めぐみのことを思いながら、「あの子もこのお月様見てるのかなー?どこにいるのかなー?」「ただもう生きていてほしいなー」、と言う思いで、何度、庭に出ては泣いたかわからないのですが、やはり曾我さん、蓮池さんたち、お帰りになった方もおっしゃっていましたけれども、「本当に何度もお月様をみながら毎日誰かが助けに来てくれるんじゃないかと待っていたんです」ということをおっしゃっていました。

蓮池さんご夫妻は、「待っても、待っても日本から誰も助けに来てくれなかった。三年間一生懸命我慢して助けに来てくれると思い続けていたのに、誰も来てくれなかったので、私達は諦めるしかないんだと、北朝鮮人として生きていくしかないんだと、思って、そして諦めてそのような生活を180度思いを変えて、過ごしてきたんです。」とおっしゃていました。

曾我ひとみさんは、「最後まであきらめないで、必ず日本に帰れると思って、思って、思ってきたんです」とおっしゃっていました。

みんなそれぞれ、どんな本当に悲しみの中に、理不尽な、な〜にも悪いことをしていない、こんなに平和な日本の国の町々から、海岸から、いろんなところから、あっという間に袋を被せられて、あっという間に、船の乗せられて、暗い夜に船に乗せられて、ボートに乗せられて、そして工作艇に乗りかえさせられて、そして大きな母船まで運ばれて、北朝鮮に運ばれていったということを、みんな同じ事をお話しされていることを聞くたびに、本当に本当に恐ろしいことが、この日本の国の中で(起こっていたのだと思うのです。)

私達は何にもわからないで、平和な国になって、戦争を放棄して、「良かった、良かった」と物質にも恵まれ、自由に発言でき、なんでもおいしいものを頂き、なんでも好きなものを着られ、本当に自由に、素晴らしい人生になったと喜んでいたのに、その大切な平和の中で、(そう)思っていた大切な平和の中で、これだけの多くの日本の若者たちが、皆様のお子様と同じように本当に、お母さんのお腹の中に神様がくださった、大切な大切な小さな命が芽生えて、そしてそれが、本当に一生懸命喜びの中で大きくなって、10ヶ月たってようやく生まれてきて、「あー良かった」と、一生懸命に育てて、「あー、三歳になった」、「一年生になった」、「10歳になった」、「あー、13歳になった」、「二十歳になった」と、みんなが喜んで親は、喜んでいる最中に、また子供達はそれぞれに大きな夢を持って「この日本の国でこれからどんなことをしようかな」「どんなお役に立つような人間になろうかな」とか、いろいろに純真な思いで育っていただけの、ただそれだけの平和な子供達が、いったい何の罪があるのでしょうか?

私は、この事件が二十年間わからないで、新潟のあの海岸を泣きながら何度も探し回りました。
「めぐみちゃん、どこに行ったの?どうしたの?どこにいるの?」
まさか、あの土の中に埋められたんではないだろうか、まさか、あの海に放り投げられて、お魚に食べられてしまったのだろうかとか、もう本当に、黒い雲のように恐ろしいことが頭の中を駆けめぐって、気が狂うような、新潟時代を過ごしてきました。

一体この子はあんなに元気で歌っていたのに、あんなに家の中で大きな声で笑って、みんなを笑わせていたのに、ぱっとあの学校の帰りに、家のすぐそばの曲がり角のところで消えてしまって、まるで煙のように、パット消えて、何にもわからない、何十年探しても。

新潟県警がもう、かつてないような、大捜索で、あらゆるところを探し回ってくださっても、何一つわからない。こんな不思議なことが何故あるんだろうと思い続けてきました。お友達と三人で帰ってきましたその角のところで、捜査をする犬がきまして、ここでにおいが消えていました。「きっとめぐみさんはここまで歩いてきたにちがいありません」と言われていました。

その角のところで、いつもいつも、普通に帰ってくる角、もうすぐのところが家なんですが、どうしてこんなにわからないんだろうと、ここで何があったんだろうと、いつも思っていました。そして煙のように消えたことが不思議で不思議で、一体どういう事なんだろうと考えていましたが、曾我ひとみさんが帰国をなさって、(曾我ひとみさんはめぐみが連れて行かれて一年ぐらい後に北朝鮮に連れて行かれたんですが)その時にすぐに早いうちに、めぐみがひとりで住んでいる招待所と言うところにひとみさんが、連れて行かれて「今日からあなたはこの子と一緒にここで勉強することになりましたから、この子と暮らしなさい」と連れてこられたそうです。

初めて、自分とほとんど年が同じ年頃の(四つ五つは違うんですが)女の子同士があったわけで(す。)めぐみは本当に不審船(工作船)の船底にに閉じこめられて、「お母さん、助けて! お母さん、助けて!」と絶叫しながらあの暗い日本海を、40時間もかけて、もう泣き叫んで、疲れ果てて、どーんな怖い思いで連れて行かれたかわかりませんが、そのようなことを聞きます時に、本当に恐ろしかったと思います。悲しかったと思います。何故自分がこんなところにいるのかもわからないで、気が狂うような毎日だったと思います。

たったひとりで招待所で朝鮮語や物理や、数学や、いろんなものを、朝鮮史とか朝鮮語とか教えられていたと思いますが、そこにひょっこりと曽我さんが現れたことで、どんなに嬉しかったことでしょう。
あー私と同じようなお友達がきた と思ったと思うんです。それで「<こんにちは>と優しく声をかけてくれたんですよ」 とひとみさんは言ってました。そしてこれから一緒にここに住むようになったということで「よかったね」ということで名前を言い合って、そしてお茶を飲んだりしながら。

「夜寝るときに、お布団を敷いているときに、めぐみちゃんが聞いたんですよ」(ケガをしていたのかどうか知りませんが)ひとみさんの足を見て、めぐみが「<ひとみさん、その足どうしたの>、と聞いてくれたんですよ、こんなに優しく聞いてくれたのは、もう本当に初めてだったので、もう嬉しくて思わず私は本当のことを言いました。私は佐渡に住んでいて、そして佐渡で、お母さんと一緒に、夜、お買い物に出たときに突然後ろから3〜4人の男の人に追いかけてこられて、あっという間に植え込みに連れ込まれて、そしてぐるぐる巻にされて、猿ぐつわをはめられて、あっという間に袋を被せられて、船に乗せられて連れてこられたんです」と言ったらしいんです。

「けれども私のお母さんは一緒に来たのに、そのお母さんはここにいないのよ。どこに行ったのかわからないのよ。」とめぐみに話してくださったそうです。そうしたらめぐみも「あーそうだったの。私も、実はバトミントンの練習の帰りに、お友達三人と一緒に帰ってきたときに、角のところまで歩いてきたときに男性に捕まえられて北朝鮮に連れてこられたんですよ、と言ってくれました。」と初めて話してくださいました。

「あーそれで、あの角で消えたのは、そういうことだったのか」とわかりました。
そして、本当に、北朝鮮に連れて行かれたことが現実だとはわかっていましたけれども、いろいろと細々と知らないことが次から次からと出てくるようになりました。

私達は、一人ではめぐみを捜し出すことはできませんので、家族会のたくさんの方達と、有本恵子さんや、この方は先ほど砂川先生がお話なさったように、ヨーロッパ経由であちらの方に騙されて連れて行かれたんですけれども、海岸から連れて行かれた蓮池さんや地村さん、そして曽我さん、そして富山から連れて行かれそうになって、ぐるぐる巻きにされて、もう連れて行かれそうになって海岸に置いておかれた時に、犬がワン!ワーン!と吠えてきたので連れて行こうとしていた人たちは、ぱーっと逃げて、そして、もうおばQのようにくるまれたたままでその男の人は転がるようにそのままで民家まで転がって、助けを求めて、助けていただいた。それは未遂事件ですけれども、その方は、全然表には出ませんが、そういうことは確かにあるんです。

そう言うことが、次から次からと、こんなに平和な日本の国で行われ続けてきたと言うことが、今わかりました。そして私達は、あまりにも北朝鮮という恐ろしい国のことを知らなすぎました。私達も全然知りませんでした。朝鮮と言っても本当にそんなことまでする国とは思っておりませんでした。だけれども、今の指導者の国家犯罪としての指令のために「拉致をしてきなさい」ということで、たくさんの人を連れて行ったんです。そしてそれは私達の日本だけではなく、ジェンキンスさんがお帰りになって「告白」と言う本を書かれてっそしてその本の中で、レバノンやその他の国(タイ・シンガポール・マカオ・香港・イタリアなど)全部で12カ国から若い人たちが拉致をされ、そして親はみんな悲しんで待っているわけです。そのようなことがだんだんと明らかにされてきました。

私達は今年の3月に一度(那覇に)伺いましたけれども、今日、二度目の沖縄ですが、全国を回って、もう10年になります。全国をこうして訴えてきまして、全国みんな、ほとんどの県がよくわかってくださり、そして救う会もたくさんの会ができました。私達はそのことだけでなくアメリカにも二度行きました。向こうのアーミテージさんはじめ多くの高官の方々、上院議員、下院議員の方に拉致問題を訴え、スイスのジュネーブのほうまで行き、国連の(国連人権委員会)にまで行って、訴え、本当に一生懸命に助けを求めてきましたけれども、日本の政治、日本の動きというのは非常に私達にとっては冷たいものでありました。本当にどうしてこんなに本気になって動いてくださらないんだろうと、みーんな家族のものは悲しくて仕方がありませんでした。

けれども、このたび、初めてアメリカの議会の公聴会に出させていただき、拉致被害者の家族として証言をさせていただく機会を与えられました。本当に普通の主婦でしかない私など、そんなところにとっても出られるものではないのですが、もうただ一心で、この問題を一生懸命話させていただき、まさかお会いできると思わなかったブッシュさんにお会いさせていただき、非常に緊張してカチカチになっていたのですけれども、ブッシュ大統領は非常に明るい方で、「こんな大切な人権の、命と自由と言うことについては、私はどんな時間でも割いて話しをすることができる」と言う形ではっきりとおっしゃっていただき、「このお母さんは、もう何にもいらないんだ、だた娘を返してほしいだけなんだ。娘を抱きしめてやりたいだけなんです。」ということもはっきりとおっしゃってくださいました。「北朝鮮が世界に尊敬される国になりたいのならば、拉致をした人を、すべて返すべきだ」ということまで、はっきりとおっしゃってくださいました。

・・・その2に続く・・・

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06.7.8 川添友幸会長閉会の辞 第14回藤沢集会(12)藤沢産業センターにて

『川添友幸 救う会神奈川会長 閉会の辞』

さっきのてんびん座の件ですが、1月に私どものよど号の集会に来られまして、是非協力して頂きたいという事で、私が台本を預かりましてですね。
横田さんの方にお見せして修正・手直しをして頂きまして、うちの会も全面協力という形でですね。
5月に上演会を横浜の方で行いました。
報道等でもご存知だと思いますが、いろいろ嫌がらせだとか脅迫などを少し受けましてですね。
私たちの方も警備に入ったりする状況だったんですが、実は何も無かったと言う事でですね。
是非また見たいと言う声がてんびん座の方にかなり来たそうで、再度上演会をやる事になったということです。
今日チラシを一緒に入れたんですが、8月の16、17日にですね。
鎌倉芸術館の方で再度、アンコール公演ということをなさると言う事なので、私たちの方もこういう事で訴えて頂くのは重要だと思っていますので、お暇な方、お盆の時期なので人が集まるかどうか心配しておりますので、お時間のある方是非御参加して頂ければと思っておりますので。
団長の森さん来られるはずだったんですが、ちょっとお姿が見えませんので私の方が代わりに御紹介を致します。

それと次回以降の講演なんですが、10月の7日にここの会場で講演会を予定しております。
講師の方もチラシに書いてありますが、横田拓也さんに来て頂くということで了解して頂きました。
10月にどういう状況になるかまだ分かりませんし、安倍さんになるかもしれませんね、10月ですから。(笑い声)
そういうこともあるんである意味ちょっと総裁選挙も見据えてということでですね。
その辺の集会にしたいと思っていますんで、また宜しくお願いします。
本日長い間、2時から3時間以上だったんですが長時間の講演ありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・
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06.7.8 パネルディスカッションその2 第14回藤沢集会(11)藤沢産業センターにて

『パネルディスカッション その2』

★司会 川添友幸 救う会神奈川会長

私の方から皆様にフリーに聞いてみようかなと思うんですが、まず真鍋さんにちょっとお聞きしたいことが有るんですが。
特定失踪者のお話はいろいろ伺ったんですが、手嶋龍一さんの「ウルトラ・ダラー」でしたっけ?
私もあれを読んで目からうろこだったんですが、あの手嶋さんは(9・11同時多発)テロの時にNHKのワシントン支局で(テレビに)出られた方で。
北朝鮮でしょうね?偽札の話をずっと本に出されましたが。
あの本に関しては失踪者の事がちょっと出てくるので、調査会ではどういうふうにお考えか?を宜しくお願いします。

★真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事

Img_1861.jpg

先ほども申し上げましたけども、「ウルトラ・ダラー」はですね。
いわゆる日本の失踪者の話からスタートしています。
それも偽札を作るだけの技術を持った職工さんが、東京湾から謎の失踪をしたと言う所から小説のスタートになっています。
中身はですね。
何人かの日本人の拉致被害者が、北朝鮮で偽札作りをされていったという展開になっています。

この本に書かれている情報と我々が持っている情報を比較いたしましたら、部分的に一致しております。
部分的に一致と言う事は、私たちが持っていない失踪者情報をその本に盛り込まれています。
その盛り込まれているのはフィクションではなくて事実を盛り込まれています。
だから、まだ私たちにお届出の無いですね。
偽札作りに従事できるであろう技術を持っていらっしゃる方が失踪していると言う事でございますから、注目している小説である事は間違いのないという事であります。

ちょっと補足しますとですね。
何故東京湾で職工さんが失踪しているか?ということですね。
偽札を作れる職工さんがという事ですが、ポイントは千葉大学です。
千葉大学はですね。
当時から印刷工学科と言うのは日本でもっとも優れた学科でした。
そこを卒業された方が失踪をされています。
その方の持っている知識・能力・理論はおそらくは、おそらくはですよ?
私の想像では偽札作りの大きなポイントになっただろうと思っています。

ちなみに偽札作りはいくつかの段階があります。
北朝鮮の偽札作りは、初期の段階からは今は本物よりも精巧な偽ドルを作っているわけですが、そのもっともターニングポイントになる、要するに独自で北朝鮮で偽札が作れるようになってからパッタリと日本人の職工さんの失踪が消えています。
要するに初期の段階ではやはりいろんな情報なり技術なりをですね。
身につけなければいけないからそういう日本人を必要としたんではないだろうか?と推測をしています。

蛇足ながら、何故北朝鮮は本物以上に精巧に偽札を作ったか?というのをお分かりでしょうか?
それは自分達が作ったものが偽札か偽札で無いか、分からなくなったら困るからです。
さっきロシアの方に決済で偽ドルを入れたと言う話をされていましたね。
だからまたそれが戻ってきた時に、これが偽札かどうかチェック出来るようにする為です。
どういうふうに精巧かと言いますと、拡大しますとですね。
1本の線が本物は滲むんです。
滲んで線が曖昧になるんです。
ところが北朝鮮の作った偽ドルは拡大しても拡大しても1本の線です。

それくらい凄い技術を持って、偽札作らないで本物作れよと(小さな笑い声)、ねぇ?
まともな国だったらそれだけの技術があるんだから「俺の所でドルを作らせてくれよ」とやりゃあ良いもんですけども、変な人がトップにいると変な事しかやらないということでございます。
ちょっと雑談でした。

★川添氏

ありがとうございました。
増元さん、お聞きしたいんですが。
今日次回の10月の講演会のチラシを配った中に北朝鮮自由週間のポスターを、4月にアメリカに行かれたときのあれのポスターをチラシの中に引用させてもらったんですが。
アメリカに行かれたとき北朝鮮自由週間のいろんな集会に参加されましたよね?
その辺の話で何か印象に残っている事があったら、そういうものがあればちょっとお話いただければと。
横田さんがブッシュ大統領と会ったと言う話はかなり出ているんですが、他の部分で訪米した時の話を何かあればお話していただければと思います。

★増元照明 家族会事務局長

Img_1854.jpg

昨年の4月にまずフリーダムハウスと言う所が主催して「ジェノサイド展」というのを開いたんですけれども。
これはアメリカの北朝鮮人権法に基づいて、そこから資金が出ているんだと思うんですけど。
ですから大きな大会になっておりました。
そこで丸一日朝から晩まで各部の国会議員やら脱北者の話が朝から晩までやっておりましたし、アメリカのブラウンバックとか強硬派の人たちが集まって北朝鮮の問題をやっていました。
その一角で拉致問題もやったんですが、アメリカの国内では脱北者問題、それと北朝鮮の国内での人権抑圧それに関しては非常に理解を示しているし、大きな運動になって行きつつあったとは思います。
ただワシントンに10万とも言われる韓国系アメリカ人の、そこが主体になって一般の方たちまで中々巻き込めていなかった。
それがキリスト教原理主義者の人たちと一緒になって、アメリカで北朝鮮人権問題を一緒にやっていたのが非常に印象的でした。

そういうキリスト教関係の人たちがやっぱり人権と言う問題で捉えて強くやっているんですけども、彼らが一番強くやっているのは中国にもっとしっかりしろと言う事を言ってるんです。
ですから昨年の4月も中国大使館前でデモンストレーションでプラカード持ってぐるぐるぐるぐる回ってやったんですけども、その前年にやったときは、前年の12月呼ばれてたんですけどその時初めてじゃないかと思うんですけど、全世界で同日同時刻ですから。
日本が一番先、12月8日の午前11時だったかな?
中国大使館前に私たちも行ったんですけど、それを全世界でやろうという運動があってアメリカでもやったそうです。
中国大使館前の小さい芝生、目の前に芝生があるんですけどね。
最初はアメリカの警察も全然警戒していなかったので、中国大使館の目の前の芝生でやってたんですね。
それ以降そこに柵を作られまして、ちょっと距離の開いたところからやらざるを得なくなったんですね。
それだけ中国が気にしていると言う事はあると思っています。

今年の4月の28日、何とか広場ってそこで集会をやったとき、私はその時帰国していたんですけど後から話を聞いたら今回の公聴会、それに対して韓国の大使館にキリスト教原理主義者の理事長が協力を求めたそうですね。
何でも良いから韓国の大使に「ちょっと来てください、そこで北朝鮮の人権問題に関して一緒にやりましょうよ」と、何回も何回も言ったんですけどもうんともすんとも言わなかったそうですね。
あの公聴会にも李美一さんとか、それから他の脱北者とかもいたんですが、結局日本サイドは救う会の方でちゃんと翻訳をする方を見つけお願いをして、それに対して綿密に事前に協議しながらあの10分間にまとめたんですけども。
向こうはまとめる方がいなかったので、各個々が勝手にしゃべって、通訳を入れて一人10分の所を10分だらだらと喋ってしまって、相手に対してまとめていないもんですから向こうの委員もうんざりした顔をしていたんですがね。

その通訳は結局アメリカの国務省の人間がやってたんです。
韓国の大使館はそこに一切関知してないんですね。
よっぽど北朝鮮に今刺激してはいけない。
だから韓国の大使館員は画面に出るのも駄目だという事で、公聴会にも来られてなかった。
その事実を踏まえて28日の集会が終わってみんなして手分けして中国大使館に抗議する人、韓国大使館に抗議する人と分かれて抗議しに行ったそうです。
今、中国・韓国、これが北朝鮮に非常に融和的な姿勢を示している事、これがアメリカの内部でも問題になっているというのは私にはちょっと印象的でした。

今回安保理でロシアと中国が棄権するか拒否権使うかと言ってますけども、これ中国が拒否権使ってたら、ロシアが拒否権使ったら、あの国2ヶ国これから世界から白い目で見られる。
そういう状況に追い込んで行かなければならないのではないかと更に思っております。

★川添氏

ありがとうございました。
昨年は確か日本も同時刻、中国大使館にやりましたよね?(増元さん「昨年、一昨年です」の声)
昨年は僕も行きまして、丁度反日デモの影響でですね。
物凄い数の警官隊がいましてですね。
大使館の前まで入れてもらえないで、入れる入れないで警察の方と押し問答をしたのを記憶で覚えています。
我々よりもマスコミや警察の方が数が多かったもんで、最後ちょっと抗議文を読んで確か帰って来たと記憶してますが。
中国に関してはこれからオリンピックとかいろんな場がありますんで、何とか拉致問題も含めてですね。
北朝鮮の問題で協力してもらうのは難しいかもしれませんが、貰うようなことを運動をしていきたいなと私も思っています。

次に寺越さんと内田さん、ちょっと一緒にお聞きしたいんですが、寺越武志さん。
北朝鮮にいらっしゃいますよね?
武志さんの近況、今の状況のお話ですとかね。
あるいは友枝さんがちょこちょこ行ってると言う話を私も聞くんですが、その辺の話で何か御存知の事があればお答えして頂ければと思います。

★内田美津夫さん(寺越昭二さん三男)

私たち4年前に初めて金正日が拉致を認めた後に、私たちの父親の真相究明を政府にお願いしたんです。
そこで4年前私たちは拉致だから拉致認定をして欲しいと、これも同時に要求しました。
その後、友枝さんと会いまして「私たちはこうして拉致問題を一生懸命救う会とやりますから一緒にどうですか?」と話をしました。
そこで友枝さんは「私は息子が可愛いから一緒にやれない」という事で、「進む道は違うけどもお互い頑張りましょう」と、こういうことで4年前に別れて。

その後一応直接友枝さんと話はしていないので、聞いたり見たりした話を一つさせて頂くと。
やはり今まで友枝さん、飛行機で中国経緯北朝鮮と言う形で行ってたんですが、前回は荷物が多くなったからということで新潟から万景で行きました。
本当に向こうの方で今の生活を維持しようとした時には、向こうからの配給だけではとてもじゃないが生きていけない。
武志の子供が嫁を取ったり孫が出来たりしたもんですから、どんどんどんどん持っていくものが増えると。
そういう事で、前回は万景で行きました。
荷物が多くなったと言う事で。

それともう一つ聞いた話では、今武志が一番心配をしているのは友枝さんが年老いて北朝鮮に来れなくなる事が一番心配だということです。
北朝鮮からのこちらへのメッセージは部屋が8つもあって、お母さんが行った時には焼肉を焼いたりお母さんの誕生日をしてあげたりと、そういう食べ物がわんさと出てくるようなメッセージばかりが出てくるんですけれども、武志はこの後北朝鮮でもし生きていこうとしたら援助が物凄く必要なんです。
それが途絶える事が一番心配していると、そういう事を聞いております。

★寺越昭男さん(寺越昭二さん長男)

付け加えて、やっぱり北朝鮮からもたらされる話ちゅうのは、何一つ私らには確認出来ないんですね。
武志が立派にやっている。
お母さんが行った時だけそこにいるんかも分からない。
再び帰ったら、どういうところに住んでいるかも分からない。
本当に北朝鮮のやっている事ちゅうのはもう何一つ分からない事ばっかりなんですね。

友枝さんが行った時に北朝鮮で何か運動会みたいなことがあって、武志が職場の(平壌市)総同盟副委員長と言う事で商品を渡しているようなビデオを持って来たりもしていますけども、これも私らから言わせればやっぱり何か作られているなと言う気もするし。
そんな事を考えるとやっぱり、一日も早いことやっぱり武志を自由にさせて、自由に行き来できるようにさしてやらないかんがな、と思いますけども。

★司会 川添氏

どうもありがとうございました。
そうしましたらですね、会場の皆様に一言ずつ何かアピールとかメッセージとかあればお願いしたいと思います。
寺越さんからちょっと宜しくお願いします。

★寺越昭男さん

私らの訴えいうのは拉致問題解決するためにはやっぱり国民も世論と言うのが最大の力になると思うんで、これだけはやっぱりどうしてもお願いしたいなというふうに思います。
日本の政府ちゅうのはやっぱり役人根性と言うんか、その時は「頑張ります、頑張ります」って言うけども、実際にどこまでやってくれるか?というのは本当に不安な点がある。
正直な事やっぱり国民が政府を動かすと言う、これまでの結果を見てくると本当にやっぱり国民の皆様の応援と言うのが私らにとっては一番心強いんで、また今後とも宜しくお願いしたいと思います。

★内田美津夫さん

今北朝鮮はミサイルなどを撃って脅しをかけてきていますけども、本当に皆さん、脅しに屈しないで私たちと一緒にこの拉致問題の声を上げ続けていって欲しいと思っております。
それと私個人的な思いなんですけども、やっぱり次の総理には安倍さん、必ずなって欲しいと思っております。
安倍さんが最高権力者になった時にはやはり誰にも遠慮する事無く、自分が北朝鮮に対して思っている事をやってくれると思っております。
これが拉致問題早く解決する道だと思っております。
もし安倍さんが(総裁選に)立ったとしたなら、私たちと一緒に後押しして頂きたいなと私は思っております。
どうも今日はありがとうございました。

★増元照明氏

今安倍さんの話が出ましたので、昨日政治家関係の人たちと一緒に食事をしたんですけども、その時に「今、噂が流れている」と。
まことしやかな噂ほどあまり信じない方が良いんですが、前回小泉さんがブッシュさんと会った時に「私は経済制裁をしなかったけども、安倍君になったら必ずするからその時は協力してくださいね」ということを話した、という事なんですね。
それが中国経由で北朝鮮に入って「それじゃたまらんという事でミサイルを撃ったんではないか?」というふうに今、まことしやかに永田町の中で流れているそうです。
そういうことも有るようですが、安倍さんになったらもっと厳しい姿勢は示してくれると思います。

1ヶ月ほど2ヶ月ほど前でしたかね?
福田さんが急追していると言っておられましたけども、私と多分蓮池透さんは福田さんに睨まれておりますので、やばいな、と思ってたんですけども。
永田町の論理というのは私たちとは全然違ってどうなるか分からない。
自分達の利益のためだけに考えている人たちが大勢いらっしゃるので、日本の国のことなんか殆ど考えていない人たちが大勢いらっしゃるので、福田さんになる確率もあるのかな?ということもあったんですが。
福田さんになったら拉致問題はもうアウトだなと思っておりましたが、福田さんもだいぶ意欲をなくしているみたいで良かったなと思っています。

ただ、私はいつも言ってるんですけども、福田さんには直接言いました。
2001年金正男ですよね。
彼が来た時に外務省のおばさん、田中真紀子さんか。
田中真紀子さんが足をバタつかせて「早く返しなさい、ミサイルが飛んでくるじゃない」と言われてたそうですが、それを受けて官房長官、おそらく小泉さんも了承して返したようです。

でもあの時に官房長官は国民に向かって「誰だか分かりませんけれども」と言ってるんです。
その後訂正していません。
「誰だか分かりませんけど、とにかく不法入国者として返した」と、しかも飛行機のファーストクラスで、出てきたシンガポールではなくて北京に、審議官級の外務省の職員を6人つけて返してる訳ですよ。
誰が聞いても嘘だろうと思うんですけれども、あの時は官房長官として「誰だか分からない」と仰って返されました。
国民に嘘をついたまま、私は総理になってはいけないとずっと思っています。

確かに場面場面で国民に対して欺く必要はあるのかもしれませんけども。
でもある一定時期経ったら国民にその時何故その嘘をついたのか?説明をしなければならないと思ってますし、これから総理になる人が嘘をついたまま総理になってはいけないと思っていますので。
絶対にこのまま福田さんが(総理に)なるようになったら、私はネット上で流したりテレビでがんがんがんがん言おうと思ったんですけども、でも私はそう思っています。
ですからこのまま福田さんになることだけは避けていって頂きたいと思いますし、安倍さんになって頂きたいとも思っておりますが、今あんまり僕たちが贔屓して引き倒しをしてしまっては困るので静かに見守っていきたい。
ただ今日本はまともになりつつあるので、まともな総理を選んで頂けるのではないか?と思っています。
この拉致問題も必ず解決しなければならないという、そういう方たちが本当にある地位に就いて頂くとどんどんどんどんと好転していくでしょうし、金正日政権とも対峙して頂けるのではないかと思っています。

金正日が今一番困っているのは安倍さんが総理になる事だと、これは佐藤勝巳会長が北朝鮮サイドの言葉として聞いていると。
だから安倍さんが総理にならないと、そう言う工作を一杯仕掛けていると。
週刊現代もそうですけどね。
安倍さんがいろいろと裏の画策をしているような事を週刊現代は書いているようですが、必ず、さっきの秘書官から電話がかかってきまして、「ああいう事はありませんから」と。
必ず発売される前に彼らはどういうのが出るのか分かりますので、その時点で電話が来まして「あんな事ありませんから、私中国へ行ってません」
もしかしたら行ってるのかもしれませんが、でもそういう事ですね。

私たちは安倍さんを信じてますので、安倍さんがそういうパイプを使って拉致問題を解決しようとしていると、私たちはもしそれが真実だとするとそう捉えていますので、何ら一点の疑問も持っておりません。
私たちは安倍さんになって頂きたいと思いますが、ただあんまりそんなに私たちが言わない方が良いだろうなとは思っております。
まともな国にしていくために国民の皆さんが、最終的には声を上げて頂く事が必要になってくる場面も出てくるかもしれませんので、その時には宜しくお願い致します。

★真鍋貞樹氏

増元さんは政治家は嘘をついちゃならないという発言をされましたが、私は嘘つきは政治家の始まりだと思っています。(笑い声)
政治家の方もいらっしゃるんですけども。
また私も実は何年か前、似たような職業をやってましたのでそう思っております。

だから私も安倍さんについては非常に信頼を置いているんですけども、ただ政治の世界はそんなに甘くないという事です。
嘘もつかなければいけないし、芝居もしなきゃいけないし。
その中でこの問題をどう解決していくか?という厳しい実際の現実の政治家の世界でですね。
どろどろした部分をですね。
潜り抜けていかなければ安倍さんとても、そんなに簡単に物事進められていく状況ではないわけですから、そういう安倍さんにしろ誰にしろ、そういう政治的リーダーをどう国民がですね。
バックアップするか?サポートするか?という事がとても大切だと思っております。

それで最後に私の方からお願いですが、「しおかぜ」の事でございます。
「しおかぜ」というのは、日本はミサイル撃つわけにはいかないですから、せめて電波くらい打とうじゃないかという形で始めております。
狙いは二つございます。

ひとつは増元さんとかですね。
寺越さん・内田さんもそうでしたけど自らの肉声で、るみ子さんなり武志さんなりにメッセージを伝えて頂きたいという形でやってます。
特定失踪者のご家族にもですね。
大澤さんもそうですし高野さんもそうなんですけども、自らの肉声で北朝鮮にいる拉致された人に向かって声を届けて、まずは励ましたいと。
絶対に忘れていないんだというメッセージをですね。
お送りしたいと言う事が一つ。

もう一つの狙いはですね。
大きな事を言うようですけども、東ドイツが崩壊した時のプロセスにおいて、北朝鮮よりはるかに開放的だった東ドイツでさえ非常に崩壊のプロセスは難しかったわけですけども、その時一番重要だったのは情報なんです。
ラジオ放送を通じた情報を国民が知ることによって、「どこに行けば西ドイツにいけるよ」と、「オーストリアに逃げる事が出来るよ」と、「今東ドイツの政権は崩れそうになってるよ」というような情報をですね。
東ドイツの国民の皆様はラジオ放送を通じて知り得た訳です。

だからあの北朝鮮を見たときに本当に閉鎖空間です。
東ドイツ以上に囲まれた社会の中にやはり自由な風・民主主義の大切さ・人権の大切さという物をどうやって伝えるか?という事になると、今効果的なのはですね。
手法の一つとしてラジオがあるんじゃないかと思っています。
金正日体制を如何に揺るがしていくか?と。
そして先ほども触れましたように、如何に普通の国に転換させていくか?というための一つの方法論として、そんなに大げさな事を言える程たいした事はやっていませんが、一つとしてですね。
取り組んでいきたいというふうには思っています。

今我々の「しおかぜ」に対しては北朝鮮からは妨害電波が出ております。
妨害電波を回避するために新しく別のチャンネルで始めましたら、そこにも(妨害電波が)かかっております。
いたちごっこの状態ですけども、向こうがそう出るならこっちもそう出るということで、どんどんチャンネルを変えていきますし、今チャンネルを公表していますけども、ちょっと公表を差し控えてやってみようかなというふうにも思っています。
いろいろな方法論を私どもなりに学びながら進めて行っておりますのでですね。
是非皆様方の御支援を是非「しおかぜ」の方にもお願いをして、私のお願いとさせて頂きます。
どうもありがとうございました。(拍手)

★司会 川添氏

ありがとうございました。
これでパネルディスカッションを終了いたしますんで、もう少しで終わりますんでもう少々お待ちください。
posted by ぴろん at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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