2006年08月31日

06.7.12 横田滋さん2 八重山集会より 石垣市民会館大ホールにて

「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」 
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その2』

そしてめぐみの事は橋本総理がその時には拉致かどうかと言う返事はなかったんですけど、5月になってから調査の結果、「北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である」という事で従来の6件9人、アベックの場合は一件で二人になりますから件数と人数が合わないんですけど、そこにめぐみを加えて7件10人の北朝鮮による拉致の疑いが濃厚である事案という事が国会で答弁されまして、そしてその年の警察白書にも載りました。

そしてめぐみの事でちょっと前に戻りますけど、2月3日に国会に取り上げられた時に新潟市の方で、この事件は新潟で起きたんだから我々の手で救出しようと言う事で、横田めぐみさん救出のための救う会というのが新潟で出来ました。
そしてそうした救う会が警察に行ったり外務省に行ったり日赤に行ったりと言う事で活動を始めたもんですから、後の家族の人も「やっぱり今自分達が立ち上がらないと救出のチャンスが無くなるだろう」と言う事で集まって、そして家族会という物を作りました。
これが平成9年の3月25日です。

それ以降はめぐみさんを救う会と言うのが、今度は「北朝鮮に拉致された日本人を救う会」ということで名前が変わりました。
そしてその時はまだ新潟一つだったんですけど、その会に集まってきた人が東京の会、東京の会と言っても実際的には関東の会だったんですけど、それが千葉の会とか埼玉の会・神奈川の会とかって発展的に分裂して、そういったところに出席した方が北海道の会とか福岡の会・大阪の会・京都の会とかって段々広がって、今日本全国殆どの県に救う会ってのはあります。

それから救う会に入って無くてもこちらのように八重山ブルーリボンの会というのと同じ名前で、要するに群馬県ブルーリボンの会と言うのが前橋にありますから、今は実質的に全県に救う会ってのは出来ました。
そういった方の活動と、国会議員の方が超党派の議員連盟を作ってくださった結果、かなり拉致問題は国民の関心が高くなってきましたし、政治的にも動くようになりました。

そして平成14年の1月か2月に日米首脳会談が開かれましたときに、小泉総理がブッシュ大統領に「拉致問題の解決無しに国交正常化交渉の妥結はありえない」と仰って下さって、それから国会の方でも衆参両院で拉致解決の決議がなされたり、それから拉致の専門幹事会と言うのが出来たり、国内的には随分救出の条件が整ってきました。

そしてブッシュ大統領がクリントン大統領から政権を引き継いで北朝鮮に厳しい態度を取るようになりましたし、それから北朝鮮自身も経済政策に失敗して配給制度が成り立たないようになったので、なんとか政権を維持するためには日本と国交を結んで経済協力を得なければならなくなると言う状況に追い込まれまして。
そして平成14年の9月の17日に初めての日朝首脳会談が実現致しました。
そしてその際に金正日は拉致を認めて謝罪をして5人が生存、それから8人が死亡と言うふうに発表をしました。

その日各家族に内訳の伝達があるので待機していたわけです。
そして中々伝達がありませんで、政府は「今ちょっと最後の詰めの作業をしています」と言う事で、まず一番に私たちの家族が呼ばれました。
その時世間ではめぐみについては確認されたわけではありませんけど、生存情報と言うのがたくさんありましたし、歳が他の人より10歳は若いので、今日はいつ頃帰ってくかというのが分かるのかと楽しみにしてたんですが。
実際に行きましたら、副大臣の方が「誠に申し上げにくい事ですけど、お嬢さんは亡くなっておられます。そして結婚して女のお子さんがいます」とそれだけの伝達がありました。

全く思いも寄らない事ですけど政府が詰めの作業をした上での公式の伝達ですから、反論するということも出来ませんので「いつ死んだんですか?結婚した人は日本人ですか?北朝鮮の人ですか?女の子は何歳ですか?」とかって聞いたんですけど、何を聞いても「分かりません、分かりません」ということだけだったので、またそれは別途教えてくれるのかと思って帰って来たんですが、全く思いもしない状況だったので愕然と致しました。

そしてその後も個別に呼ばれまして生きているとか死亡したとか言う事だけで、他の人も死亡したと言われても何日に死んだのか?原因と言うのが全く分かりませんでした。
しかし翌日になって、それは北朝鮮が言って来たのをそのまま右から左に伝えただけだと言うのが分かったので、我々はそんな事ではとても納得できないといって。
それでも更に2〜3日後になって何日に死亡したかと言う事と、後は原因としては事故か病死かという2種類だけでよく分かりませんけど、めぐみの場合は自殺だという事で言って来ました。

それからその月の月末に政府の調査団が(北朝鮮へ)行ったわけですが、死亡したと言われた8人は、原(敕晁)さんは元々40代で拉致されていますから40代で亡くなっていますが、それ以外の7人はめぐみだけ10代、それ以外は20代で拉致されて全員20代で死亡しています。
そして2人だけが病死で後の6人は事故死です。

うちのめぐみの場合はうつ病で入院して回復期に病院の中を散歩している時に、医者が用事が出来て席を外した隙に来ている物を破ってロープを作って首吊り自殺をした。
遺体は病院の共同墓地に埋葬したが夫が秋になって持ち帰った。
その時に焼いたか墓を作ったとか内訳は分からないんですけど、夫が持ち帰ったと言う事。
証拠と言うのは患者入退院台帳という(物の、表紙の)入退院と言うのを消して上に死亡と書き直してあるんですけど、患者死亡台帳に名前が載っているというだけで具体的な証拠と言うのは何もありません。
カルテもその時は見つかりません。
その様な状態でとても納得できるような状態ではありません。

そしてそのひと月くらい後の10月15日に5人の方は帰国しました。
しかし当初は2週間くらい滞在して、また北朝鮮に帰って家族と相談してから来ると言うふうに言われていました。
この帰ってくるというのは約束があったともなかったとも言われてハッキリしませんけど、少なくとも文書としてはなかったと思います。
それがあれば北朝鮮が出してくるはずですから。
そして日本は、そのまま(北朝鮮に)帰すと二度と日本に戻って来られないだろうという事で福田官房長官が談話を出して、そのまま留め置いたわけです。
そうすると北朝鮮側はそれは約束違反だと言う事で、子供たちを返さなかったわけです。

それから約2年くらい経ちました2004年の5月に小泉総理が再訪朝したときに、蓮池さん・地村さんの家族は子供を連れてきて、それから曽我さんの家族はちょっと遅れてジャカルタ経由で帰ってきましたので、生存したと言われた人については全て帰って来ました。
家族も含めて帰って来ていますが、死亡と言われた人については小泉総理が訪朝した2002年(9月17日)の死亡したと言われた時から、全く一歩も進展していません。

北朝鮮は再訪朝したときに、これは生きている人は全て返したし、後は死んでいるんだから拉致問題は全て終わったんだという事で、それこそ経済協力を貰う為の交渉を始めようと考えたようですが、日本側はそれではとても納得できないから再調査を要求したわけです。
そして再調査を要求して8月頃になってようやく調査委員会を作ったと言う報告があって、9月頃になってほんの少しだけ修正があって、めぐみは93年に死亡と言ったんですけど、蓮池さんがお帰りになって子供さんが帰ったので、「93年死亡と言ったんだけど94年まで一緒だったんだ」と話をしたのが新聞に載って、それを受けて向こうは「93年死亡というのは勘違いで94年死亡だ」と訂正して来たくらいです。

そしてその年の11月に開かれた実務者協議で、後の人に対しては余り情報が無かったんですけど、めぐみの物は学生証だとか自筆のメモ、写真等が出てきまして。
決定的なものとして夫のキム・チョルジュンさんが「めぐみの遺骨」を持ってきました。
それは規則を破って自分が、これもいつ掘り出したかも何回も変わるのでどれが本当か分かりませんけど、一番初めは93年に遺骨を持ち帰ったと言いましたけど、その後96年になって今は97年と言ってますけど、その都度その都度変わるので信用できませんけど。
それを自分が持ち帰って、遺体を焼いてその骨を自宅に保管していたんだと。
それを親に渡したいと言う事で骨を持ってきたわけですけど。

しかしその骨はDNA鑑定しました結果、5つの検体といいますか4つのかけらからは同一のDNA、もうひとつの骨からは別のDNAが検出されたわけですけど、いずれもめぐみの物ではありません。
めぐみの物はへその緒とかいろいろな資料がありましたから、早い段階でめぐみのDANと言うのはどういう物かというのは分かっていたわけですけども。
ですから向こうは決定的証拠と言う事で持ってきたにも拘らず、向こうはおそらく写真なんかも何枚か持ってきまして、不安そうな顔をしているこの少女を我が国が立派な大人に育てて幸せに暮らしたんだけど、病気で自殺をしてそして夫が大事に保管していた物を持ってきたんだと。
しかし1400度で高温で焼いたのでDNAが鑑定出来なかったから、科学的には証明できないんだけど実際には間違いないんだという形で、持って来たんだと思います。

そうすると我々は反論する材料もありませんから納得せざるを得ない所になり兼ねなかったんですけど、しかし日本の技術水準の高さで反論する事が出来たので、それは違うと言う事を北朝鮮に通知をしたわけです。
そうしますと北朝鮮側は、それは鑑定がでたらめなんだと言う事で反論しただけで、科学的に説明すると言っても何も聞く耳を持ちませんで、そしてずっと1年半くらいそういった状況が続いていまして。
今年の2月に二日間、日朝の交渉が行われましたんですが、しかしこのときも北朝鮮側は相変わらず拉致は解決したと言うだけで、具体的な進展は何もありませんでした。

めぐみの骨が他人のものだと分かったんですが、その時に細田官房長官が「北朝鮮が速やかに誠意ある対応をとらなければ、日本としては厳しい対応を取らざるを得ない」と言う談話を発表して、我々もすぐにと言うわけでもありませんけど、何ヶ月経っても北朝鮮が誠意ある態度を示さないので、政府に対して経済制裁を、具体的に言えば例えば万景峰号を止めて欲しいとかいろいろな事を要求したんですが、小泉総理は対話の窓口が途絶えると言う事を理由に制裁という事は積極的ではなかったわけです。

しかし、今回のミサイルがきっかけになって経済制裁を検討するようになり、即日万景峰号を6ヶ月間入港禁止するっていうような方針を発表しました。
そしてその翌日には、これはミサイルだけでなくて拉致問題も解決しなければ解除をしないという形で、最初はミサイルだけ。
しかし後で拉致も含めて制裁を実施致しましたので、そうなるとミサイルだけを解決しても制裁を解除して貰えなくなりましたので、北朝鮮側としては何らかの対応を取らざるを得ないと思います。

今年の2月に日朝の包括並行協議とちょっと名前を変えたんですけど、これは拉致の問題だけ協議すると北朝鮮は追及される一方ですから、核の問題・拉致の問題・経済支援と並行的に協議するけど、その場合でも拉致が解決しなければ他の物が一時的に先行する事があっても妥結はしないんだと強く相手方に伝えてありますから、北朝鮮側としては拉致を何とか解決しなければ経済支援は受けられないわけです。
そしてその時に行きました梅田さんと言う参事官の方が団長で行きましたけど、いろいろな説明があった後に個人的な感想だと言う事で3つの感想を述べられたんですが。

一番目には、北朝鮮は日本の世論を非常に気にしているということです。
その例としましては、めぐみの写真展を全国で今やっておりまして、十数万人の方が見てくださったんですけど。
そして北朝鮮側はめぐみの事を知っていますから、「新潟で写真展を開いたら二千人の人しか来なかったですね」と言うような事を向こうが言ったんだそうです。
それで梅田参事官は、「いや私も新潟へ行って見たけど超満員でしたよ」と「誰がそんないい加減な事を教えたのか知らないけど、実際は2万5千人来たんだ」と言うような事を教えたそうです。

それから北朝鮮は日本人記者向けの記者会見をしたんですが、そのときに「記者の質問が少ないから日本は拉致の関心が薄まった」とか言う事を言ったそうですけど、それはあくまでもそういった発言と言うのは金正日向けのなんと言いますか、発言ですね。
日本向けにしていてもそういう事はすぐ本国に伝わりますから、そんな事で非常に日本の拉致を気にしていると言うことです。
ですから今日もこんなに満員に来てくださったという事も、きっとそれは3分の2くらいの人数で言ってちょっとしか来なかったんだよと報告が行くかもしれないですけど、こういった入場者数も新聞に載りますから、チェックして知っていると言いますか。
そういった事なので本当に満員の方が来てくださった事は、そういった点でも非常に北朝鮮に対して強い圧力になると思ってありがたく思っております。

それからもう一つは経済制裁が非常に、アメリカの経済制裁によって効いているわけですけども、それ以外にも日本は法律を厳格に適用する事によって実質的な経済制裁をしている事で非常に向こうにしては堪えていると言う事で。
3番目には拉致の国際化という事を気にしているということで、以前は日本と韓国しかなかったわけです。
レバノンもありましたけど一応解決していましたので。
ところがジェンキンスさんの著書によってタイ国の女性が拉致されたとか、マカオの人が拉致されたとか、イタリアの人が拉致されたとか、いろんな事が現れて来たわけです。
現在では12ヶ国の人が北朝鮮に拉致されていると言うふうに言われてますので、そういった事で拉致問題が国際化して、そして後で話が出ますけど早紀江がアメリカへ行ってブッシュ大統領に会って、拉致の問題を訴えたりすると言う事は北朝鮮側からすれば非常に困るわけですけども。
拉致の国際化と言う事を非常に恐れていると言う事でした。

それで、最後時間が来ましたので、最後にやはり拉致問題の解決と言うのは世論の後押しと言う物が欠かせませんし、また一番大きな力になります。
今日も皆様方が台風の接近にも拘らず大勢来て下さったと言う事は、如何に大勢の方が同胞を救わなければと言う事で来てくださったわけで、本当にありがたく思っております。
引き続き拉致問題に関心を持って見守ってくださいますようお願い致します。
どうもありがとうございました。(拍手)

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この集会の模様はオンデマンド放送で見る事が出来ます。
オンデマンド放送を御利用の方はこちらへどうぞ。
http://www.netlive.ne.jp/archive/ISHIGAKIJIMA/ondemand_060712.html
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日本人監督による拉致映画製作にご協力を!〜〜支援カンパ口座開設のおしらせ

すでに当Blogでもお知らせしている通り、現在日本人映画監督・須藤久氏による、拉致映画の製作が進められております。
従来はダイヤルQ2によるカンパの募集をしておりましたが、このたび支援カンパの為の口座(郵便局&イーバンク)が開設されたそうですので、お知らせを致します。

カンパの金額に指定はありません。
カンパをする方それぞれのお気持ちの額で良いそうです。
また集まったカンパは映画製作の資金にする事、万が一映画製作が実現できなかった場合は、製作資金を差し引いた残りを特定失踪者問題調査会へ寄付する事など、カンパを募集するに当たっての詳細も発表されています。
また大口の資金提供者には、実行委員会への加入や映画本編でクレジット表記をするなどの予定もあるそうです。
詳細は以下にご紹介のリンク先をお読みいただき、ご賛同頂ける方はぜひ資金カンパをお願いしたいと思います。

↓拉致映画製作資金カンパについての詳しい情報はこちらをどうぞ

★拉致映画製作委員会
http://kouzanji.s220.xrea.com/
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2006年08月28日

06.7.12 横田滋さん1 八重山集会より 石垣市民会館大ホールにて

「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」 
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『横田滋さんの講演 その1』

皆さんこんばんは。
ただ今ご紹介を頂きました、新潟で拉致されました横田めぐみの父・横田滋でございます。
今日は台風接近の中、こんなに大勢の方にお越し頂きまして、いかに皆様方が同胞を救おうと言う関心の高い事を感じましてありがたく思っています。
こちらにお伺いする前に中学校へ行きまして約1時間話をさせて頂きましたんですが、生徒さんも非常に熱心に聴いて下さいまして、関心の高さと言う物をここでも感じました。

めぐみは昭和52年の11月の15日、新潟市の寄居中学校でバドミントンの練習を終えて帰宅途中、自宅のすぐ近くで行方不明となりました。
めぐみは通常6時半くらいには帰って来ますが、その日はそれを過ぎても帰ってこないので早紀江が学校まで迎えに行きました。
そうすると体育館に明かりが点いて女の人の声で「わぁ〜っ」と言う声が聞こえたので、「今日は随分遅くまで練習しているんだな」と思ったそうです。

それはめぐみは、その二日前くらいに開かれました新潟市のバドミントンの新人戦に出場しまして、そこで成績はまずまずだったんですけど、新潟市の強化選手に選ばれました。
その当時の新潟市の女子のバドミントンと言うのは全国のトップレベルだったので、非常に名誉だと思う反面、自分の代でここでレベルを下げてしまうと困るという事で心配もしておりました。

それで普通より遅くまで練習をしているのかと思って帰ろうかと思ったんですが、(体育館を)のぞいて見たら生徒は全部帰った後で、お母さん方がバレーボールの練習をしていました。
それで急いでとって帰りまして玄関を開けてみますと、めぐみの靴が見えません。
それで弟二人を連れて家の近くの空き地等を調べましたんですが見つかりません。
そのうち私も銀行から帰ってきて一緒に探したんですが、これまで学校の帰りに寄り道したことなど一度も無かったもんですから、その日のうちに警察に届けを出しました。
それで新潟の中央警察署と隣接しました東警察署の方がすぐに家に駆けつけてくれました。

学校と家の間は約500メートルくらいです。
学校の前の道路も非常に広い所でそのまま真っ直ぐ行きますとバス通り、これも広い所です。
そこを通って自宅まで帰るわけなんです。
警察の調べでは学校の校門を出るときは友達二人計3人、校門の前に広い道路が横に広がっていますが、そこを右に曲がって3人で自宅の方向へ向かいました。
一人はすぐに右の方に曲がって分かれまして、丁度学校と家の中間点くらいにありますバス通りの交差点で、もう一人の友達と左に曲がって別れて、めぐみがそのまま自宅方向に向かって直進しました。
それが最後の目撃情報です。

警察はそこから警察犬2頭を出してめぐみの匂いを追わせた訳です。
そうしますとそのままずっと真っ直ぐ自宅の方向に向かいまして、そして左に曲がると50メートルくらいで自宅と言う交差点で、ここで犬が匂いを追うことが出来ませんでした。
そこで警察はここで車にでも乗せられたんじゃないだろうか?と推測して、行方不明になった理由として身代金目的の誘拐、または暴行目的の誘拐。
それからそこには交通事故の痕跡は無いですけど軽く接触して、たまたまその人が無免許だったりして、処置に困って連れ去り運がよければそこで治療でもして帰ってくるのではないかということも考えましたんですが。
やはり重点的には身代金目的の誘拐と言ううことで県警の特殊班といって、誘拐なんかを担当する班の人たちが来まして逆探知の装置を付けたり、刑事さんが家の中に数人入り込んで、家の周りには覆面パトカーが張り込む。
そして大勢の方が近所を探してくれました。

しかしその日は12時くらいで一旦打ち切りまして、翌朝薄明かりになった頃から県警の機動隊も出動しまして、大規模に近くの空き地を大勢の警察官が長い棒を持って一列横隊に地面を突きながら歩いて。
防風林から海岸、護国神社の境内まで探してくれたんですが、めぐみの姿はもちろん遺留品も見つかりませんでした。
また、大勢の警察官の方が近所を聞き込みに回って悲鳴を聞いたかどうか?それから女の子が連れ去られるのを見たかどうか?という事も調べてくれましたんですが、しかし何の反応も情報を得る事も出来ませんでした。

1週間警察はそのままの状態で警察はずっと捜査を続けてくれたんですが何も無いままで、そのために公開捜査に切り替えて、地元の新潟日報に大きく少女行方不明という事で載りましたので、これで解決するかと思ったんですが、そういった新聞に載ったにも関わらず何も情報が入りません。
そのうち警察は、新潟の海流は北の方に流れていますから、山形県との県境くらいまでずっとヘリコプターを飛ばしてくれたり、それから(海岸の)侵食を防ぐ為にテトラポットと言うのが三角型の大きなコンクリートを沈めてある訳ですが、そこの外側に引っかかっていないか?と言う事で巡視船を出して調べたり、それから春になったらダイバーが潜って調べたりもしてくれましたが、そこからも何も遺留品も出てきませんでした。

我々もチラシを何回も警察に頼んで貼ってもらったり、テレビの人探し番組にも5回出て呼び掛けをしましたんですが、テレビの力は非常に大きくてすぐに他の方は見つかるんですが、めぐみについては何の情報も入りませんでした。
警察でも犯人は同じような事を繰り返しますから、そこでそうした犯人が捕まった場合、その余罪として見つけるしかもう方法がないということになって、世間では神隠しであるとかUFOの仕業であるとか言われましたんですが、全く何の情報も入りませんでした。

そしてそんな状態が約20年も続きました平成9年の1月の下旬に、参議院議員の橋本敦議員の秘書の兵本(達吉)さんという人から電話がありまして、「お宅のお嬢さんは、北朝鮮の工作員に拉致されて平壌に居るらしいという情報が入りました」という電話を頂きました。
20年ぶりに初めて入った情報です。
「あぁ、これで解決した」と思って、詳しい話を聞く為に議員会館に向かいましたら、そこでありましたのは公開捜査に切り替えた時の新潟日報のコピーと、それから現代コリアと言う雑誌の前年の10月ごろだったくらいと思いますけど、そこに大阪の朝日放送のプロデューサーの石高健二さんて言う方が書かれた「私が金正日の拉致資料を書いたわけ」と言うタイトルのページが20ページに亘ってコピーしてありました。

それを石高さんがソウルに行って韓国のソウルの安企部に取材して、蓮池さんや地村さんの行方不明事件について調べて本を書いたわけです。
「金正日の拉致指令」と言う本を。
しかし「その取材中にこんな情報があるんだけど、ちょっと情報不足で本には書けなかったけど、知っている人がいたら教えて欲しい」という前書きがありまして、そこには1977年から78年ごろ日本海のどこかの都市で13歳の少女がバドミントンの練習を終えて帰宅途中に任務を終えて出国しようとする工作員を目撃したので、工作員はそれを警察に通報されたら困ると言う事で少女を連れて帰った。
そして少女はお母さんのところへ帰りたいと頼んだんですが、しかし朝鮮語を習得したら返してやるといわれて一生懸命勉強して朝鮮語をある程度マスターしたんですが、18歳になったとき返して貰えないということが分かったので精神に破綻を来たして入院をした。
少女は双子の妹である、というように書かれていました。

それを見ましたときにこれはめぐみの事に間違いないなと思いましたんですが、しかしそれは新聞情報と殆ど変わりが無いものです。
実はめぐみがいなくなって3ヶ月くらい経った時に、身代金を要求する電話が入りまして、そして早紀江がその電話を引き伸ばしている時に逆探知に成功して犯人を逮捕した事がありました。
それでこれでもう解決かと思いましたんですが、それは高校生が新聞情報を元にして悪戯をしたわけです。
ですから今回も新聞情報が先にあったともいえないような内容で、ずいぶん20年も前の話でめぐみが有名人でもなんでもないのに13歳とかバドミントンとか非常に細かい事が書いてあったわけです。
ですからちょっと危惧を感じましたんですが、だだひとつ気になったのは少女は双子の妹であると書いてありますけど、めぐみは双子ではありません。
しかしめぐみには双子の弟がおります。
そして双子の弟の事は後には何回も新聞に出ましたけど、公開捜査に切り替えた時の新聞には載っておりません。

それで後でそれを書いた石高さんに聞いたんですが、韓国の安全企画部から話を聞くときは、例えば調書を見ながら教えてくれるという物ではなくて、食事をしながらとか歩きながら話を聞くというような事で、その時にきっとその人が下に双子がいるということが頭に残っていて、そして本人が双子の下のほうであると言ったのではないかといいましたけど、新聞には出ていない双子とあったのでそこは実際とは違いますけど、これはもしかしたら本当かな?と言う感じは致しました。

そして一番初めに直面しました我々のなんと言いますか困惑なんですが、それは実名を挙げて写真を載せて報道して頂くかどうか?という事です。
そしてそれは家の中でも意見が分かれまして、私は「内容を出して写真を出さなければ世間から信用されないからそれはすべきだ」と言いましたが。
子供たちと早紀江は「お父さんの言う方が正しいんだろうけど、そんな事をしたら北朝鮮は拉致は無かったという事にして、折角ここまで頑張ってきたのにこっそり殺してしまう恐れがあるからやっぱり安全を取るべきだ」という声が強くて、家の中でも意見がまとまらなかったんですが。

たまたま現代コリアのHPの中に日本人拉致リストと言うのがありましたが。
それは蓮池さんや地村さんの事が載っていたわけですが、その一番前にいつの間にか横田めぐみと言う事で、実名でいなくなった状況なんか載っていましたので、こんな事で中途半端に北朝鮮に知られるよりは一般のマスコミなんかにも公表した方が安全が保たれるだろうと言う事で、実名を出す事を了承しました。
そして平成9年の2月3日の産経新聞の朝刊に少女拉致事件という事で大きく報道されまして、それはその年の新聞協会賞って言うんですか?
大スクープだと言う事で取ったくらいの内容でしたんですが。

それから朝日新聞が出していますアエラと言う週刊誌にも載りました。
しかしながら両方ともそれ程発行部数がありませんので、日本全国の人が知ったというわけでもありませんけど、その日の午後に開かれました衆議院の予算委員会で新進党の西村眞悟代議士、今民主党でやっていますが、その方が衆議院の予算委員会で橋本総理大臣に対しまして、少女拉致事件という事で質問をしました。
それに対しまして橋本総理大臣は「現在調査中であるから」と、その時は明確な答えはありませんでしたが、それが全国へテレビで生中継されましたので、それで日本人の多くの方は「あぁ、北朝鮮へたくさんの日本人が拉致されているんだな?」と言う事が初めて知ったわけです。

今日若い方もお見えになっていますけど、そういった方は小泉総理が訪朝したときに日本人拉致が分かったと思ってらっしゃるかも知れませんけど、殆ど今日お見えになっている方は平成9年に拉致事件が分かったと思います。
しかし、実際にはもっともっと北朝鮮による拉致と言うのは早くから分かっていたわけです。
アベックの方が居なくなったのはめぐみが拉致された翌年の、昭和53年の7月と8月です。
このときに3件のアベックの行方不明事件がありまして、それと一件の未遂事件がありました。
そしてその1年半後くらい後の昭和55年の1月の6日付の産経新聞、これは二日くらい連続になりましたんですが、アベック行方不明事件と言う事で大きく報じました。
そして北朝鮮と言う名前は出していませんが外国の諜報機関が関与しているという事で、読めば北朝鮮と分かる内容ですがしかしこれは他の新聞の後追いがなかったので立ち消えになってしまいました。
しかしこれは一つの新聞社が今となってみれば立派な記事を出したんですけど、その当時はやはりそれ程、本当にこんな事があるのかな?みたいな事になってしまったわけですが。

しかし昭和63年には参議院の予算委員会で先ほど出ました、橋本敦議員が国会の場で拉致事件を質問しています。
それとその時は、大韓航空機を爆破した金賢姫に日本語を教えた田口さんの事についても質問しています。
それに対して治安関係の責任者であります梶山静六さんが国家公安委員長で、「北朝鮮による拉致が濃厚である」というふうに国会の場で北朝鮮による拉致と言う事を発言しておりますし、当時の外務大臣も「現在調査中ではあるが事実であれば断固たる処置をとる」と回答しておりますから、政府関係者とか議会関係者の方はその時には知っているわけなんです。
しかしその時たまたま産経新聞と日経新聞が小さく報じただけで、それ以外の新聞が報じなかったもんですから一般の方は気がつかなかったわけです。

そして親の方も我々がちょっと心配したのと同じように、自分達が名乗り上げると子供たちが殺されるかも知れないということで黙っていたわけです。
親が黙っていて、そして世間の人も世論も結局知らないから、救出運動なんか起きないわけです。
そうすると政府はどうしたか?というと、後になって記録を読んでみますとめぐみについては北朝鮮側に照会しています。
北朝鮮から「そんな人は実在しない」と回答がありましたんですが、アベックについては事実上何もしていないで放ったらかしにしていたわけです。
そして国交正常化交渉を重点にしたわけです。
めぐみの事が明らかになった直後でも外務省の局長の方が「たった10人くらいの拉致の事で騒いで日朝国交正常化交渉が滞るという事は国益に反する」というようなことを言って、ヒンシュクを買った事があります。

よくアメリカでは一人でも拉致されたら戦争をしてでも取り返すと言いますけど、結局世論の力が無ければやっぱりたった10人と言う。
その10人が非常に大事な事なんですが。
そういった拉致された国民を救うということよりも、北朝鮮と国交を結ぼうという事がやっぱり重要視するわけです。
それまでに中国とかソ連とか本当は国交がなかった時代がありましたんですが、両方とも結んだので北朝鮮が最後になるんですが、ですからそんなような状態ですからやはり世論の力が如何に大きいかという事がお分かりになると思います。

それから日本電波ニュースと言うメディアが韓国に行きまして、亡命した工作員から色んな話を、偽ドル札作りの話を聞いたときに、「日本では今日こんな事が話題になったんだ」という事でその産経新聞等を見せた所、その工作員が「この人は見たことがある」と。
「自分が工作員として教育を受ける時に金正日政治軍事大学で見たことがある」と言うような事を証言したわけです。
それによってもっと拉致の可能性が高まったわけですけど。
ただ工作員と言うのは我々の印象では初めて聞いた言葉なので、スパイとして入って来る人だから腕力は強いかもしれないけどあまり教養の無い暴力団のような人かな?と思ったんですけども。
実際ソウルに行って対面しますと非常に礼儀正しい精悍な青年が現れまして、そして知っている事はなんでも教えてくれましたし、知らない事やいい加減な事は言わないので、この人が言っている事は間違いが無いんだという事は確信しました。

・・・その2に続く・・・

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この集会の模様はオンデマンド放送で見る事が出来ます。
オンデマンド放送を御利用の方はこちらへどうぞ。
http://www.netlive.ne.jp/archive/ISHIGAKIJIMA/ondemand_060712.html
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2006年08月27日

06.7.12 砂川昌順氏 八重山集会より 石垣市民会館大ホールにて

「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」 
06.7.12 石垣市民会館大ホールにて

『砂川昌順氏の講演』

ただ今ご紹介頂きました砂川でございます。
オープニングで「トゥバラーマ」「月ぬ美しゃ」をそこで聴いていたんですけども、ついうるっと来ましてですね。
私も島んちゅですので、やはり歌を聴くと色んな思いが頭をよぎって行くんですけれども、本当に素晴らしい歌を聴かせて頂きました。

本日は横田さんご夫妻をお迎えし、「日本最南端から拉致被害者家族を応援する市民のつどい」で講演させて頂く機会を与えられましたことを、大変光栄に思い深く感謝申し上げます。
本日の開催に向けご尽力くださいました主催者、実行委員、後援者、多くの関係者の方々、そして本日こうしてお忙しい中、それにも増して台風4号が接近中の中、ご来場くださいました皆様に対して心よりお礼申し上げます。
ありがとうございます。

以前、横田さんご夫妻と講演を一緒にさせて頂いた時でした。
何気ない会話の中で、「横田さんご夫妻が、全国でまだ講演に訪れていない県が二県ある」という話になりました。
「どこですか?どこの県ですか?」
軽く聞いてしまったんですね。
その答えを聞いたときに、ガツンと頭を思いっきり殴られたような思いで言葉を失いました。
その二県の中に沖縄県が入っていたからです。

「申し訳ありません」
ただ謝るしか言葉は見つかりませんでした。
足元を見つめていなかった自分が愚かしく情けなく、拉致被害者ご家族の皆様に対しまして「申し訳ない」と言う思いで、自分には横田さんご夫妻と一緒に講演をする資格など無いんじゃないのかな?と、その時思いました。
本日は石垣市民の皆様が横田様ご夫妻をお迎えしてくださって、こうして講演会を開いてくださったことに対して、特別の思いを込めて皆様に対しましてお礼申し上げたいと思います。
ありがとうございます。

私は毎年11月15日は新潟の海へ出かけています。
横田めぐみさん、当時13歳、中学校1年生。
学校からの帰宅途中拉致されたあの新潟の海を、この目に焼き付けておきたいと思うからです。
横田さんご夫妻が「めぐみちゃ〜ん、めぐみちゃ〜ん」と必死で我が子を探し回った。
暗闇の中を懐中電灯を手に必死で探し回ったであろう、その海岸に立ち、国民の一人としてそしてかつて公務に携わっていた一人として自分が至らなかった事を反省し戒め、拉致被害者ご家族の皆様に対しまして改めてお詫びの気持ちを強く思うと同時に、今私たちがやらなければならない事について足元から見つめ直していきたいという思いを、自分自身に強く叱咤する日としております。

過去において多くの日本国民が、拉致問題に真摯に取り組んでこなかった時期がありました。
助けを求める拉致被害者ご家族の声に耳を傾けなかった一時期がありました。
事実を、事実足らしめる物を見誤って来たように思います。
私たち国民も反省すべき点があるかと思います。

私は自分の記録した物を本として出版いたしました。
「極秘指令」と言う本ですが、それは元北朝鮮労働党調査部に所属していた蜂谷真一ことキム・スンイル、蜂谷真由美こと金賢姫の、大韓航空機858便の爆破した実行犯の二人を拘束した経緯をまとめた本です。
大韓航空機858便は1987年11月29日、二人の実行犯によって爆破されました。
115名と言う多くの尊い人命が一瞬にして消えました。

皆様の中には1987年12月15日のテレビ報道を記憶されておられる方もおられるかと思いますが、金賢姫が韓国に到着した日のタラップを安企部。
これは1988年に国家情報院と改称をしておりますが、その安企部、国家安全企画部のメンバー、その前身のKCIAとも言われておりますが、そのメンバーに両脇を抱えられながら飛行機のタラップを降ろされるシーンは、ご記憶されている方もいるかと思います。

しかしながら裏を返せば金賢姫の身柄を要求せず、韓国側に身柄を引き渡し、情報の収集・分析に消極的であった日本政府。
日本における、いわゆるインテリジェンスの不在を露呈したシーンだったと言えるとも思います。
この事件は単なるテロ事件として片付けられるものではありません。
日本国のパスポートが偽造され、日本人が偽装の対象となり、いわゆる日本国が陥れらようとしました。
それは日本国の国益が失われかけたとも言えます。
そこには日本の体制そのものにおける国家、存在としての根本的な問題、根幹が横たわっているように思います。

さてここで少し突っ込んでお話させて頂きます。
1987年7月、在バーレーン大使館での勤務を終え、帰国。
9月に休暇を取り、私はヨーロッパへ向かいました。
目的は3つありました。

ひとつはオーストリアの北朝鮮大使館において、大韓航空機爆破事件の真偽を問いただしてみる事。
二つ目は東西ドイツの壁、ベルリンの壁の崩壊・開放、東側社会体制の崩壊に関わる情報の信憑性の確認。
これは当時のソ連の国家保安委員会、皆さんKGBと申し上げると分かりやすいのかもしれませんが、そのメンバーに確認する事。
そして三つ目は日本の機密情報を東側に流している日本側協力者の情報を入手する事。
以上3つの目的を持ってヨーロッパへ向かいました。
本日は二つ目と三つ目の目的に関しては、今回の講演の趣旨とは直接関わりが無いため割愛いたしますが、ひとつ目の目的について、時間の範囲内で簡単にお話したいと思っております。

ウィーン到着後、二人のウィーンでの足跡を洗いました。
その後北朝鮮大使館側と話し合いを持ちました。
大使館側は参事官、書記官計5名が出席、その中での話し合いとなりました。
まず最初に「北朝鮮が大韓航空機858便を爆破したと考えられている。それは韓国でのオリンピック開催を阻止する事を目的として韓国にダメージ・打撃を与える為に、あなたたちの国が国家として国家犯罪として大韓航空機を爆破したと考えられているが、それについてあなたたちの意見を聞かせてもらいたい」と、いう問いかけを行いました。
彼らは真剣な顔つきをしながらも、時折薄ら笑いに近い表情も浮かべていました。

「あなた達が大韓航空機を爆破したんですか?」とストレートに問い掛けました。
すると、「南だよ、南のせいだよ」と言う答えが返ってきました。
全て南が悪い、南のせいだ。
論理や説明や根拠もなく、ただ口をそろえて「南のせいだよ、南が悪いんだ」と言い続けておりました。
そこで私は「二人は北朝鮮の工作員だと思われますが、それについてはどう考えますか?」と尋ねました。
すると一人の書記官が「あぁ、南の安企部だ。あいつらは安企部のメンバーだ」と答えてきました。
「どうして南の安企部だと言えるんですか?」
すると参事官が「いや、確か服毒したと聞いたけれど、服毒は南の安企部のやり方だよ。だから南がやったんだよ」という答えが返ってきました。

「なるほど、安企部のやり方ですか。それではこのテープを聴いて貰えますか?」
私は持ってきたテープをそこで回し始めました。
そのテープと言うのはバーレーンの空港で二人を拘束し、服毒現場を録音したテープでした。
彼らは暫く聞き入っていましたが、私が何も尋ねないうちから「いや、日本語は良く分からないし、何のテープなのか分かりません」と、言って来ました。
その会談は日本語でやってたんですけれども、そういう答えがこちらが何も尋ねないうちから即座に帰ってきました。

そこで「日本語を話せる人が北朝鮮にも大勢いると思いますが、日本人も結構いるんでしょうね?」と尋ねました。
すると彼らは「日本人は北朝鮮の研究所とか大学には結構います。日本語を話せるのは一杯いますよ」と。
「それは日本のせいでしょ?日本語教育、日本人化教育、それはあなた達がやったんじゃないですか?だから一杯いるんですよ」と答えてきました。

そこでちょっと話を戻して、「複数の日本人がヨーロッパから北朝鮮に入国していると言う情報を我々はつかんでいる。どうして彼らが北朝鮮に入国しているんだろうか?」と尋ねました。
すると、「あぁ、チュチェ思想だよ。彼らは北朝鮮でチュチェ思想を勉強している」
その偉大なるチュチェ思想とはどういう物か?というのを参事官がとうとうと説明を始めました。

その説明を一通り聞いて「なるほど、それでは私もチュチェ思想というのを勉強したいと思っている。どうですか?私を北朝鮮に入国させてくれませんか?私を受け入れて、日本の外務省の職員が北朝鮮に亡命したとでも何とでも発表すればあなたたちの国の宣伝にもなる。私が不要になればその時点で私を処分すれば済むのではないのか?こんなに都合の良い話は無いと思うがどうですか?」と北朝鮮入国の交渉を始めました。
いかなる理由、いかなる手段を使ってでも北朝鮮に入国し、彼らの旅券偽造、日本人化教育、北朝鮮にいる日本人の人たちがどうしているのか?
その実態を調査し情報を得なければ、国際社会において彼らを糾弾する事は困難と考えておりました。

彼らはその場で緊急に北朝鮮に本国に打電します。
「私の申し入れを打電します」と言う事で一人の書記官が席を立ちました。
暫くして北朝鮮からは3日後に返事が来るという事になったと言う事で、私は再度また3日後に北朝鮮大使館に来ることになり、その日の会談は終わりました。
それからはホテル周辺ではアジア系の顔をした男たちがうろうろし始めました。
それが北朝鮮側の見張り役かどうかは、確認する必要はありません。

3日後に北朝鮮大使館を訪れ、そこで返事が来たと言う事で返事を聞く話し合いを持ちました。
返事は日本人の外務省職員、あなたをここからオーストリアからウィーンから直接北朝鮮に入国させる事は出来ない。
それは不自然な為、危険と思われる。
日本に帰って朝鮮総連の誰それとコンタクトし、朝鮮総連のアレンジによって入国する事は可能。
あなたの要望を全て満たすことは可能、ということで北朝鮮大使館側からは直接朝鮮総連側の連絡先を記したメモをその場で手渡されました。
それはいわゆる、その時点での情報収集の道をふさがれた事を意味してもいます。

当時はヨーロッパから数名の日本人が北朝鮮に入国していると言う情報は得ておりましたけども、我々もそれが本人の意思で渡ったものなのか?
それとも強制的に渡らされたものなのか?
そこまでの情報は掴んでおりませんでした。
それを思うと、ただただ申し訳なく拉致被害者ご家族に対しては謝る事しか出来ていないと言えます。

さて拉致問題の解決に向けて我々がすべき事はなんでしょうか?
武力行使はもちろん出来ません。
戦争は、過ちは二度と犯してはいけません。
それでは北朝鮮に工作員とかCIAのようにエージェントを潜り込ませて、被害者の救出を図りますか?
そんな簡単な物でもありません。
他にお願い出来るような事でもありません。

それでは北朝鮮の体制崩壊を目論見ますか?
一番望むところですけれども、6者協議における北朝鮮の体制保障の問題、体制保障の絡みもあります。
それではどうしますか?
平壌宣言の約束を破り、国際社会の非難を浴びる中でも核保有をほのめかし、先週7月5日にはミサイルを発射した北朝鮮とどう向き合えば宜しいのでしょうか?

安倍晋三官房長官は、「我が国として厳しい措置で臨む。日本の出来るあらゆる措置を講じる」と明言しています。
その言葉を拉致問題解決につなげて欲しいと望む所です。
ミサイル発射に対する措置の断行を機に、言うまでも無く対話の門戸は決して閉める事無く、徹底した制裁による圧力を実行し、同時に国際世論、包括的な人権問題として国際世論の形成に日本は全力を傾けるべきだと思っております。

去る4月28日、横田早紀江さんはブッシュ大統領と面会する事が出来ました。
一人のお母さんの心の叫びが一人の母親の声が、超大国アメリカをも国際社会をも動かし始めています。
「10億の人に10億の父あれど、10億の人に10億の母あれど、わが親に勝る親は無し」とご両親の人生をかけた心血を注ぐ活動を知ると、めぐみさんはきっとそう言うと思います。

子を思うお父さんお母さんの叫びを 我が子を愛する親の心を、この日本最南端の地から応援して行こうではないかと思っています。
あなたの声を聞かせてください。
あなたの声を国際社会にも届けてください。
この最南端の石垣から八重山から声を上げていければ、それに勝る喜びは無いと思います。

本日は皆様の前でこうして講和させて頂きました事を改めてお礼申し上げます。
そして横田さんご夫妻がこの最南端の地、石垣市までお出でくださったことに対しまして、心よりお礼申し上げたいと思います。
横田さん、どうもありがとうございます。
そして皆様、どうもありがとうございました。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・
この集会の模様はオンデマンド放送で見る事が出来ます。
オンデマンド放送を御利用の方はこちらへどうぞ。
http://www.netlive.ne.jp/archive/ISHIGAKIJIMA/ondemand_060712.html
posted by ぴろん at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(八重山集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

「めぐみー引き裂かれた家族の30年」日本公開正式決定&日本人監督による拉致映画製作への資金カンパのお願い

拉致映画「めぐみ」、日本公開決定 11月から順次全国で

北朝鮮による横田めぐみさん拉致事件を描いたドキュメンタリー映画「アブダクション(拉致)」が、11月に日本で公開されることが決まった。米国では既に公開中で、日本では「めぐみ―引き裂かれた家族の30年」のタイトルでの公開となる。
 上映は11月25日に東京・渋谷の「シネマGAGA!」で始まり、全国で順次公開される予定。配給のギャガは「製作サイドからぜひ日本でも上映したいと話があり、社会的意義もあると考えて協力することにした」としている。

 同作品はクリス・シェリダン氏とパティ・キム氏の共同監督で、めぐみさん拉致の真相究明に取り組む両親らの姿を追った作品。米国では各地の映画祭で観客賞などを受賞して高い評価を得ているほか、今月18日からはハリウッドの劇場でも一般公開されている。

(08/22 12:25)
Sankei Webより引用
http://www.sankei.co.jp/news/060822/bun058.htm


テキストと野暮用に追われてご紹介が遅くなりましたが、『アブダクション』の日本公開についてお知らせいたします。
「めぐみー引き裂かれた家族の30年 (原題)ABUDUCTION:The Megumi Yokota Story」が今年11月より正式に日本公開される事が決定致しました。

映画の公開と言うと、一般的なイメージとしては全国ロードショーといった物を想像しますが、この作品はドキュメンタリー物ですから、実際にどんな形での公開になるかはまだ未定の模様です。
私は先日都内で家族会主催で開催された試写を観させて貰いまして、拉致を世論に訴える為の手段として何とか一人でも多くの人に観て貰う事に意義があると思っていますので、今回の公開正式決定を心より歓迎したいと思います。
が、一般的な劇映画とは違うドキュメンタリー映画をどれだけの人がお金を払って観に行くのか?は、確かに未知数の部分はあるかと思います。

でも、それでも正式に公開が決まった事は喜ばしいことです。
作品自体は、小学生でも十分に理解出来るレベルのものだと思いますし、いわゆるイデオロギー色も全くありませんので、そちら方面の話にアレルギー反応を起こしがちの方でも、抵抗無く御覧になれる作品に仕上がっていると思います。
ご訪問の皆様も公開が始まりましたら、ぜひご家族や友人を誘ってこの映画を観に行って欲しいですね。
映画の上映にたくさんの観客が動員されるのも、間接的に北に対する圧力になるはずです。

この映画の公開に関して、何か情報が入りましたら当Blogでも積極的に広報したいと思っていますので、皆様のご協力とご関心をどうぞ宜しくお願い致します。

★GAGA 公式サイト
http://www.gaga.co.jp/


拉致映画に関しては、もう一つご報告とお願いがございます。
すでに当Blogにリンクも貼ってありますので、御覧になっていただいた方もいらっしゃるかと思いますが、今、須藤久監督の手による拉致映画製作の企画が立ち上げられております。

須藤監督による拉致映画は、「アブダクション」のようなドキュメンタリーではなく、俳優を使っての劇映画を予定していると言うお話を伺っております。
となれば映画製作に疎い私でも、俳優やスタッフのギャラをはじめ、この映画製作に多額の資金が必要になる事は容易に推測できます。
今はまだ、この資金集めの為にようやく奔走を始めた、と言う段階と言えるでしょうか?
すでにダイヤルQ2によるカンパの募集は始まっていますが、それだけで資金を賄う事は途方もない事、と思っていたところ、近々カンパ振込み用の口座も開設されるというお話を伺いました。

一日も早い拉致問題解決のためにも、拉致問題の悲惨さを後世に伝える為にも、この映画を日本人が製作する事は大変重要な意味があると思いますし、本来、この種の映画は拉致問題の当事者である日本人が誰よりも先に手掛けて然るべき仕事ではなかったかと思います。
いうまでもなくご家族の疲労は尋常ならざるところまで追い込まれています。
映画による拉致問題への世論喚起と言う点でも、須藤監督のこの企画は是非実現して欲しいところです。
また、幸いな事に映画の完成を待たずして拉致問題が解決したとしても、日本に過去こういう問題があったという記録を残すと言う意味でも、なんとかこの作品を作り上げたいという意向を監督自身が持っていらっしゃる、と言うお話も漏れ聞いております。

映画製作の趣旨にご賛同いただける方は、是非資金のカンパ他、友人知人への告知活動をお願い出来ればと思います。
ささやかではありますが、当Blogとしましても須藤監督のこの企画を是非応援したいと思います。

須藤監督による拉致映画製作に関して、詳しくはこちらのサイトを是非御覧になって下さい。
http://kouzanji.s220.xrea.com/
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06.7.23 オリジナル曲「翼」の披露 川口市民の集い(15)川口総合文化センターにて

『オリジナル曲「翼」の披露 作詞・作曲者の挨拶と演奏』

★小林かずまさ氏(作詞担当)の挨拶

Img_2021.jpg

皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声)
私以前からこの拉致問題に関して非常に関心を持っていたんですが、拉致と言う蛮行にですね。
遅々として進まぬ政府の対応に忸怩たる思いをしていたんですが。

今年の一月の初め、私たまたま浦和に在住しておりますが、所用で出かけて帰り掛け寒い日でした。
夕刻の薄暗い時にですね。
伊勢丹の前で何か集会をやっているのかな?と思ってよく見たら拉致の問題が出ていましたので、声をかけてすぐ署名をさせて頂きました。
その際に通りがかりの人をちょっと見ていましたら、やはり寒さと夕刻というせいもあったんでしょうが、署名という事に余り関心を持たない人が多いのかな?と言う感想を持ったんですよ。

それで、何か私に出来ることは無いだろうか?と。
それはやはり一にも二にも一人でも多くの人に関心を持って貰う。
世論の形成と言うのが一番大事じゃないかな?と思いまして、たまたま趣味で私作詞をしておるものですから。
その姿を見て、皆さんご家族の方もご高齢で、テレビで拝見する横田さんご夫妻もご高齢でですね。
そんなに時間を取れる状況じゃないんじゃないか?と。

昔からペンは剣より強しと言うのがありますが、このペンと言うのをいわゆる世論の形成。
音楽と言うのは非常に大きな文化だと思いますから、音楽文化の世論の形成はミサイルより非常に強いんだと。
草の根的にですね。
こういう歌を一人でも多くの人の口々に上って、北朝鮮に届くような形であれば、少しでも早い帰国実現が出来るんじゃないか?とこのような思いで作りました。

今これから演奏する私の長年の友人の藤井さんですが、昔NHKのレギュラーをはじめ、今も様々な音楽活動に携わっていますが、彼も共鳴してくれて彼のミニコンサートなんかでも今歌い出した所です。
そのような事ですから、どうぞ聴いていって下さい。(拍手)

★藤井秀亮氏(作曲担当)の挨拶

皆さん、こんにちは。
私自身も実は20年前に北朝鮮の方に、いわゆる24時間演奏と言う事で行きました。
向こうの金正日のお父さんの金日成が、その時はまだ拉致被害とそういう話が無かったんですけども、怖いと言うイメージを持ちながら行った事を覚えています。

そして帰ってきてここ数年、拉致と言う事が出てきまして。
僕自身が音楽と言う事で、何か協力出来ることは無いかという事で、小林さんが今この詞を作りまして僕が曲をつけまして、是非その歌でですね。
奪還しようと、そういう気持ちが強くなりました。

余談ですけども、向こうは何でも持って行っています。
僕が高麗ホテルにいたら、テレビは日立でした。
それからバスはTOTOです。
電話は沖電気でした。
最後に高麗ホテルで飲んだコーヒーはネスカフェでした。(笑い声)

そういう思いでですね。
物は取ってもいいけども、人は取っちゃいけません。
そういう思いでこれを歌わせて頂きたいと思います。
「翼」です。
聴いて下さい。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「翼」 

作詞・小林かずまさ 
作曲・藤井秀亮

Img_2030.jpg



もしも・・・ もしも悲願(ねがい)が叶うなら
この腕を 翼に変えて
力の限り飛んでいきたい あの子のもとへ
幾年(いくとせ)も 季節は巡り
咲く花も 川の流れも変わらねど
父も母も 於いて小さくなりました
だけど 瞼に焼き付く幼いあなたは
あの日のままで 微笑んでいる
寂しかろう辛かろう 北の彼の地は
戻れ戻れこの胸に 母の胸に

もしも・・・ もしも思慕(おもい)が届くなら
この魂(こころ)カモメに託し
絆の意図を届けて欲しい あの子のもとへ
今日もまた 星空仰ぎ
いつの日か 会えるその日を祈りつつ
合わす両手 皺もいつしか増えました
けれど 健気に生きているあなたを思えば
どんな苦労も 厭いはしない
ひもじかろう寒かろう 北の彼の地は
帰れ帰れこの腕に 父の腕に

いつか 戻る日信じて耐え抜いてるあなたを
片時だって 忘れはしない
泣きたかろう切なかろう 北の彼の地は
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに
帰れ帰れ故郷に 家族のもとに

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「翼」の披露の後、救う会埼玉代表の挨拶
藤井氏のギター伴奏による参加者全員での「故郷」の合唱

・・・集会終了・・・
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2006年08月23日

06.7.23 西岡力氏3 川口市民の集い(14)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その3』

え〜〜っと、(笑い声、会場より「金融制裁まで」の声)金融制裁まででしたよね?
どうもすみません。
本当に困っているんです。
最近、北朝鮮内部の話で聞きましたのは、北ではゴムが採れない。
ゴムは輸入しなくちゃいけないんですが、輸入ができない。
それで靴底を豚の皮で作っている。
靴が作れない。
また、軍の将軍たちには金正日が贈り物とかをして歓心を買っているわけです。
その贈り物の質がどんどん悪くなっていると言う話も聞いています。

彼らからするとですね。
実は時間は彼らの味方だと思っていたんです。
ブッシュ大統領には任期がある。
後2年半、我慢すれば良いと思っていたはずです。
その間、にらみ合いを続けながら核兵器の数を増やしていけば良いんだと、6者協議に出て何だかんだと言って引き延ばせば良いと。
しかし、その引き延ばしが効かなくなったんです。

金融制裁をされているので、金融制裁をされている間は6者協議には出られないと彼らは言っている。
アメリカは6者協議と金融制裁は全く関係ない。
偽札を、他人の国の札を勝手に作っていてそれは話し合いの対象にならない。
アメリカが要求しているのは版を出せと。
何か15くらい版があるそうです。
どんどんどんどん改訂しているわけです、彼らは。
で、(版が)出て来たら本当にやっていたという証拠になるわけです。
版がある以上、これがある以上やめろと言ったって次を刷るだろう、出せと。

どうもですね。
北の造幣局が刷っているらしいです。(笑い声)
隠れて刷っているんじゃない、北の札を刷っている所でドルも刷っている。
それだけじゃなくてマルボロと言うタバコも偽造している。
どうもマイルドセブンも偽造している。
東南アジアなんかに流通している。
日本に持って来たら分かりますけど、東南アジアで流通させる。

そして麻薬をやっている。
日本に一時期流通していた覚せい剤の約半分が北朝鮮製だと。
昨日でしたか、日本の警察庁の漆間長官が、「北朝鮮が国家として覚せい剤を作って日本に入れている」とハッキリ言いました。
それだけでも、清国でもアヘン戦争というのをするんです。
青少年に対する侵略です。

しかしもう一つ実は効いているのがあるんです。
日本も去年の11月くらいから、安倍官房長官になった頃からかなり厳しい事をやっている。
名実的な経済制裁は今回のテポドン発射で始まったんですけど、法律を厳しく適用すると言う制裁を去年の秋から本格的に始めました。
先ほど飯塚さんが仰った拉致問題特命チームの下にですね。
二つのチームを作りました。

一つが法適用厳格化チーム。
今まで余りにも北朝鮮や朝鮮総連に対して法律をきちんと適用して来なかった。
固定資産税を払うべきなのに払わない。
公的な機関でも何でもないのに。
日本人でも不動産を持っていれば固定資産税を払うわけです。
それを免除して来た。

あるいは1976年に高沢寅雄という社会党の代議士が、朝鮮総連の幹部を連れて国税庁長官に面会して、その後高沢寅雄さんの衆議院の議員会館の部屋で、国税の幹部と朝鮮総連の幹部が談判している。
その事は事実です。
談判したというは国税も認めている。
そしてその結果として国税庁と朝鮮総連は秘密合意をしたと、いうふうに朝鮮総連は言いまくっているわけです。

彼らのパンフレットとかに書いて、そして朝鮮商工会という朝鮮総連系の商工会の代表の理事長は、こういうところで挨拶を言うんですね。
「我々は税金には違う方便がある。」
実際総連系のそういう所に加盟しているパチンコ屋さんだとかそういう人たちの税金の書類は、朝鮮商工会、総連の人間が代行して作ってそして税務署に持って行くと。
問題だと言われても机叩いて「(日韓併合の)36年、お前何をしたんだ」と言う。
そして物凄く不明朗な形でやってまして、それで安くなった分を北朝鮮に献金しろと言って北に送らせていたと。

その事を実際にやっていた人が張龍雲さんがですね。
兵庫に住んでいる人で、田中さんを拉致した洛東江と言う組織に入っているわけですね。
あの人が講談社文庫で「朝鮮総連工作員」と言う本を書いてますけども、その中にどうやって税金を負けさせたのか?というのを一杯書いてある。
私、彼の家まで行って「本当に負けるんですか?」(と聞いたら)「大丈夫だ」と言う。
で、今は反金正日活動というのをやっていて、朝鮮総連の兵庫の人間に「総連に行かなくても俺が負けさせてやるから、総連に献金するのを止めろ、と言っているんだ」と。(笑い声)
真面目な顔で言ったんですけど。(笑い声)
病気でもう亡くなったんですが。
そういう不明朗な事があると。

あるいは朝鮮総連の持っている信用組合、朝鮮信用組合と言うのがあるんです。
どんどん破綻していて公的資金(の投入)が1兆4千億円という。
預金者保護という事で破綻すると預金者を保護するという事に入るんです。
その預金者が善意の預金者なのか?
脱税をしてお金が余ると裏金として朝銀に預けるわけです。
朝銀は絶対に税務署から守ってくれるという事になっている。
民団系のパチンコ屋さんも、裏金だったら朝銀だと言っている。
そういう所を何で公的資金で守らなくちゃいけないのか?
そしてじゃあ何故破綻したのか?

朝銀は朝鮮総連系の個人にお金を貸し出していた。
担保や朝鮮総連の土地や建物。
そしてそれが焦げ付いた。
その人は破産して終わりなんです。
そこへ公的資金が入る。

借りた人のところへあるジャーナリストが行って見るとですね。
裸電球が灯っている6畳と4畳半くらいのアパートに住んでいる人が数億円借りている。
「返すつもりなんか無いです」とうそぶいている。
何故そういう人が借りられたか?というと、朝鮮総連の土地が担保なんです。
しかし朝鮮総連というのは任意団体ですから、法人格が無いわけです。
信用組合は信用組合として、学校は学校で、あるいは新聞社は新聞社で土地建物を持っている。
それは個人で善意の商取引の結果、焦げ付いたんじゃないんです。
最初から焦げ付かせようとして焦げ付かせてて、そのお金はどこへ行ったのか?という事です。

しかし、その1兆4千億円の内2千億円についてはRCCと言う政府機関が、債権回収機構が今取立てをやっているわけです。
その取立てをやっている所が600億円について、借金の名義は朝鮮総連じゃないんですけど、朝鮮総連が借りたとみなして去年損害賠償の訴訟を起こしています。
朝鮮総連に。
総連の今の財産は大きく見積もっても200億を超えないだろうと言われています。
それに対して600億を出す。
ということが始まったのが、安倍官房長官になって法律を厳しく適用すると言う事が始まってからです。

あるいは核ミサイルの技術についても日本から部品が行っている。
さっき言いましたけども、それも朝鮮総連の在日朝鮮科学技術協会と言う、いわゆる科協というところがあってですね。
日本の学校、大学院まで出た理科系の専門家の人たちがそこに加入していて、その人たちがいろんな部品や技術を北に出しているわけです。
それについても去年の12月以降厳しい取締りをしている。
事務所のコンピューターを全部持って行ってしまうというような取締りです。
持って行ってしまったならば、その中で自衛隊がミサイルの起動を計算するソフトが入っていた。
軍事機密のスパイみたいな事をやっていたのが明らかになってきた。
そういうことについて、今までが余りにも甘すぎたんですがそのようにやる事は一杯ある。
かなりの事が出来る。
それが始まっている。

金融制裁がかかったらば、実は日本に朝鮮総連があったら総連が健在だったら北朝鮮は信用組合とか、日本を使ってお金を動かすんです。
それが出来ない。
日本とアメリカがタッグを組んで金融制裁等法律を厳しく、真綿で首を絞めるようにやっている。
それでたまらなくなってミサイルを撃ったんです。
しかし逆に日米はぶれないで、日本はすぐ制裁をかけたと。

これもですね、ミサイルだけの制裁じゃないんです。
安倍官房長官は繰り返し言いますが、これまで北朝鮮が拉致問題で不誠実な対応をしてきて、そしてミサイルを撃ったと。
その二つの事で制裁をかけたと。
ですから万景峰号が6ヵ月後どうなるのか?という事は、その間北朝鮮が拉致問題で誠実な態度を見せるかどうか?と、ミサイルでどうするか?と二つにかかっているわけです。
北朝鮮は国連の非難決議のあと、また撃つと言ったんです。
それどころか制裁かかった後にまた撃っているんです。
夕方もう一発撃ちましたからね。(小さな笑い声)

困ってるんです。
困ってきて、つまり2002年の9月と同じ状況になって来たんです。
ですから北朝鮮を動かすには経済制裁が必要だと言ってきたのはこの事なんですが、一番問題は、北朝鮮を圧迫して困らせて向こうが困ってくると話し合いに出てくるわけです。
そういう状況になって来た。

しかし問題はですね。
必要条件は満たされた。
十分条件がまだ無いんです。
北朝鮮に圧力をかけなければ彼らは動かないんですが、全員安全に取り戻す為には、今じゃあ一体何人の拉致被害者がいるのか?
言う事を我々は分かっていないわけです。

特定失踪者に入っていない拉致被害者もいる可能性が高い。
家族のいない人を狙うわけです。
原(敕晁)さんや久米(裕)さんなど、彼らが日本国内で騙して連れて行くときは、そういう人を狙うわけです。
460人の特定失踪者、900人の警察に届けている人以外の、あるいはめぐみさんたちが今どこにいるのかも分からない。
それで嵐の中を目隠しをして突っ込んでいくような状態。

でも日本政府は特別チームの下に法律適用厳格化チームともう一つ、情報収集分析チームと言うプロジェクトチームを作りました。
自衛隊や内閣府や警察、それから公安調査庁が持っている情報を全部集めて、そこで分析をしていると聞いています。
帰ってきた5人の被害者も去年の12月くらいから、かなり協力してくれていると聞いています。

出来る限りの事はやってきた。
国際社会も世論も盛り上がっている。
もしかしたら来年の今頃は、本当に田口さんやめぐみさんに会えるかも知れない。
まだ完全に勝てるとは言えませんけども、もう一度正念場を迎えたと思っています。
何とか皆さん方と一緒にですね。
今年中にと言っていますけども、本当に実現出来て行ったら良いと思っています。
宜しくお願いします。(拍手)
posted by ぴろん at 22:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月21日

06.7.23 岡村幸四郎川口市長 川口市民の集い(13)川口総合文化センターにて

『岡村幸四郎・川口市長の挨拶』

Img_2016.jpg

皆さんこんにちは、川口市長の岡村です。
今日はお話の通り、スキップシティの閉会式・表彰式がありまして、その名札を付けたまま着てしまいました。
申し訳ございません。

今日は拉致問題を考える川口市民の集いと言う事で、席が満席、多くの皆さんがご出席いただいて、この会が盛大且つ有意義に開催されます事、心から私どもは表明したいと言うふうに思っています。
西岡先生の話の途中で本当に失礼かと思いますが、指名でありますのでご挨拶をさせて頂きたいと思いますが、冒頭、今日来られるかどうか分かりませんでしたのでメッセージを託したんですが、私どもは田口八重子さんをはじめですね。
8人の被害者を抱えている町であります。

平成15年当時、ですから今から3年前になるんでしょうか?
スキップシティでビラをまく、そして署名活動をするという話を頂いた時に、地元の自治体としてそして地元の市長として、これにどう対応しようか?と言う事で内部でいろいろと議論を致しました。
その時に「これはやはり外交問題だから、市長、国に任せた方が良い」と言う意見もありました。
そしてまた「市長がなまじ表に出て行くと、政治的なパフォーマンスに取られかねない」と、「やっぱり推移を見たほうが良い」、これがどうもやっぱり役人の考えなんですね。

しかし、何はともあれ8人ものですね。
大量の被害者を出している。
その自治体の長として、これは黙って見過ごすわけには行かないだろうと。
しかも言うまでも無く極めて悪質な人権蹂躙であります。
その人権蹂躙が国家権力によって行われたと、こんな酷い話は無いわけであります。
ですから何らかのやはり意思表示をし、何らかの発信をし、そしてこの問題を我々市民レベルとしては風化させてはいけないと。
常に何らかの発信をしながら政府へ常にですね。
問題提起をして解決を迫っていくと。

この事が私は何より大事な事では無いだろうかと、こんな結論に達しまして、平成16年にやるんだったら被害者の皆さんにも失礼にならないように徹底的にやろうと言う事で、川口市民の皆さん20万5千人の方々の署名を集めて時の政府に届けました。
官邸まで届けました。
当時は杉浦官房副長官が我々に会って頂きました。
しかし外務省にも行きました。
結果的に署名は23万を超えるというかなりの数になりました。

そして私どもは札幌市とか川崎市とか、川口を含めて9つの市や町、被害者の出ている市や町にその自治体の長に呼びかけて、我々自治体が共に活動しようということで、この9つの市や町の市長をはじめですね。
長町さんあるいは担当の方が集まってやはり官邸に出向き外務省にも行って参りました。

そして私どもは公民館をはじめあらゆる市の施設に拉致問題に関わるビラも置きました。
ポスターも貼りました。
そして毎日電光掲示板でも、この拉致問題を市民の皆さんに啓発をしております。
自治体としてやれる事はしっかりやっていこうと、この問題を何とか早期に解決をしてもらいたい。
もちろん、我々の思い以上に被害者のご家族の皆さんのそのお気持ちたるや何をか言わんやろうと、その様に思っています。

今上田知事さんからもお話がありましたように、まさに今が正念場、大事な時だろうというふうに思います。
やはり一致結束して我々の声を、もちろん被害者の家族の声を政府に届け、そして北朝鮮に届け、世界中に届けてこの問題を何はともあれ早く、一刻も早く解決をしてもらいたい。
このように思っている次第であります。
是非皆さんと一緒に共に行動していきたい、と言うふうに思います。
どうぞ宜しくお願いを致します。(拍手)
ありがとうございました。(拍手)
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06.7.23 上田清司埼玉県知事 川口市民の集い(12)川口総合文化センターにて

『上田清司・埼玉県知事の挨拶』

Img_2010.jpg

皆さんこんにちは。(「こんにちは」の声、拍手)
西岡先生、一休みになったんでしょうか?(笑い声)
飯塚さんどうもご無沙汰しております。

本当に今、正念場と言うタイトルを見ておりますが、今回のミサイル発射に関わる日本政府の対応、珍しく良かったです。(クスクス笑い)
私は率直に思っています。
非常にスピーディーに自己主張をきちっとした上で、きちっとしたプロセスをやった。
こんなふうに思います。
毅然としながら6ヶ国協議の場に引っ張り出して、また毅然とびしびし絞めていくという、そういう2段階の作戦が一番大事ではないかと思っております。
本当に大変珍しく良かったなと、もっと前からやっていれば良かったのにと、(笑い声、拍手)そんなふうに思います。

でも一番大事なのは正しい世論だと思います。
正しく無い世論もあります。
正しい世論をしっかり盛り上げて、広げて、そしてご理解いただいて、やはり国を動かし世界を動かして拉致問題を解決する。
この事が一番大事だというふうに思っています。
私も限られた立場ですが、一生懸命に頑張りますので皆さん宜しくお願いします。(大きな拍手)
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2006年08月20日

06.7.23 西岡力氏2 川口市民の集い(11)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その2』

アメリカは日本と韓国を巻き込んでまず経済制裁をするだろうと、金正日は思ったんです。
実際に1994年に今回と同じような国連安保理事会で、北朝鮮の核問題で非難決議の準備がされていたんです。
アメリカは案を出していたんです。
その時にカーターさんと言う人が訪朝して金日成と談判をして、核を止めると言ったので安保理事会での非難決議は流れたんです。

94年の非難決議には実は、ちょっと正確じゃない、94年の決議は非難決議じゃなくて制裁決議なんです。
経済制裁の内容が書いてある。
今回のより厳しいのが。
その根回しをしている最中にカーター元大統領が訪朝して、北朝鮮が核開発を凍結すると言ったからそれが流れたんです。
凍結すると言いながら作っていたわけです。
パキスタンから情報と技術を貰って。
その事がアメリカにばれてしまった。
だから94年以上の事をアメリカがやってくると考えるのは当たり前ですよね?

特に94年のときはクリントン大統領です。
話し合いを優先するクリントン大統領で、アメリカはテロとの戦争をやってなかったんです。
今はブッシュ大統領で、尚且つ戦時なんです。
それで自分がアメリカに攻撃されるかもしれないと思ったから、拉致を認めると言う博打に出てきたわけです。
アメリカから小泉さんを引き離すと。

だから金正日から見るとですね。
小泉さんの後ろにブッシュ大統領がこん棒を振り回しているのが見えるわけです。
小泉首相はこっちを見ているから自分の後ろが見えないんです。
田中(均)と言う人と上手く話し合いをしたから俺は平壌へ行けたんだな、と思ってるんです。
自分と金正日は仲が良いんだと。(小さな笑い声)

だからこの関係を切ってはならない。
独裁国家なんだから独裁者との関係を切ると今後の交渉にマイナスになる。
だから相手を刺激する事はやってはならない。
独裁国家の独裁者と会うと入ってしまう罠だと。
小泉総理もそこに引っかかったんじゃないか?
少なくとも、田中局長はそこに引っかかっていると。

5人が帰って来たときに一時帰国だと約束したからこれを守れないと、自分の相手に対する北朝鮮での立場が悪くなるから、だから返しましょうと言った。
ミスターXは金正日と繋がっている。
自分は金正日とのラインを持っている事は日本にとって良い事だと言っているわけです。
そうじゃなくてミスターXの為に、最終的には金正日の為に田中局長が動く事になっちゃうと。

ラインと言うのはあくまでも日本の主張を伝える為にあるのであって、ラインを維持する事を先に目的にしてしまうと向こう側に引きずり込まれちゃう。
それより、向こうが困れば向こうからラインを作ってくるんです。
小泉総理がなぜ訪朝できたのか?と言えば、それはテロとの戦争でブッシュ大統領が金正日をターゲットにしたからなんです。
ミスターXがいなくなったってすぐ別のラインが、向こうが必要なんです。
YでもZでもすぐに出てくるんです。

しかし、あの時にそういう関係で5人が帰ってきて、しかし北朝鮮は独裁国家ですから、金正日の責任に繋がる人間は出す事は出来ない。
だから生きている人を死んだと言ったわけです。
田口さんが一番分かりやすいケースですけど、田口さんが日本人化教育をしたテロリストの金賢姫は、115人を空中で爆破したテロリストは、「金正日の直筆の命令書があった」と言っている。
という事は、金正日は金賢姫が日本人化教育を受けていると言う事を知っていなければ、そんな命令書を出す事は出来ないんです。
「偽造された日本のパスポートを持って日本人に化けて、115人殺して来い」と命令したわけです。
拉致の事を知らなくてそんな命令を出せるはずが無いんです。

金賢姫が今韓国にいるわけですね。
で、田口さんが帰ってきて、二人が「20ヶ月こうだったわね」と抱き合って話をしたら、金賢姫の言っている事は全部正しいと。
115人を殺した命令者は金正日だとなるんです。
それは認められない。

金正日は「ブッシュ大統領は何をするか分からない、俺を守るために案を出せ」と言ったんです。
「拉致を認めて小泉を騙しましょう」とかって言ったんでしょうけども。
その時に金正日に関わる案は下の人間は絶対に出せないんです。
「大韓機爆破事件はどうするんだ?」という事になるんです。
「田口さんは日本政府が認定している、これはどうするんだ?」と。
「いや死んだことにしよう」と、奇想天外ですけど、死んだという事に案を作ったんです。

そして田口さんについてどう説明したか?というと、小泉さんの一回目の訪朝の時ですけど、何か知らないけど田口さんは宮崎の海岸にいたと。
そして上陸して日本人になりすまそうとする工作員とばったり海岸で会ったと。
「3日くらいだったら北朝鮮に観光旅行に行きたいわ」と彼女が言ったので、工作船に乗せて連れてきたと。
そこで原敕晁さんと結婚して幸せに暮らしていたと。
原さんは病気で死んで、田口さんは交通事故で死んだと。
丁寧に弔って墓は作ったけれども、洪水で流れて遺品は何も無いと。
これは北朝鮮政府が国家が、日本政府にした公式な説明です。

しかし地村富貴恵さんたちが言っているわけですけども、実は田口さんは連れて行かれた後、お腹の妊娠線とかを見せて自分には小さな子供がいるよと、帰してくれと、言ったと。
そして金賢姫の本の中にもありますけど、夜になると自分の子供は何歳か?と数えながら泣いていたと。
1歳と3歳の子供を置いた母親が3日間くらい観光旅行で北朝鮮に行きたいと言うか?と。
ハンドバッグ一つくらいしか持たないでね。
で、国家がこれ説明しているわけです。
親子関係に対する冒涜でもあると思います。
許せない、人間に対する冒涜だと私は思っているんですが。

しかしそういう説明をせざるを得ないんです。
拉致は認めるけど大韓機爆破事件は認められないんです。
死んだといって家族が納得してしまって、家族会が遺族会になってしまったら、彼らの勝ちだったんです。
9月17日から18日くらいは皆死んだと思って遺族という言葉が出て、蓮池さんが家族会の代表で横田さんが遺族会の代表になりそうになったんです。

しかしあの時彼らの誤算は今の安倍官房長官、当時の副官房長官が平壌まで行っていて、そして帰ってきた後次の日の朝に家族会が集まっているホテルまで来てくださいまして、説明してくれたんですね。
その時に北朝鮮で死亡を確認していないということが分かった。
9月17日には外務省の副大臣とか福田官房長官とかがそれぞれの家族を呼んで、「お亡くなりになりました」
断定的に言ったわけです。
その前に1時間半か2時間くらい待たせてですね。
「慎重に確認作業をしています」と言って、確認作業が終わってそれぞれを呼んで「お亡くなりになりました」と言ったらば信じますよね?

僕も実は死亡というのをその時信じたんですね。
あの時一緒に国会議員会館にいてくださったのが上田(埼玉県知事)さんで。
だから本当に危なかったんです。
死んだと信じてしまったら終わりだった。
あの時安倍官房副長官がいなくてですね。
福田さんと田中局長だけでやっていたらば、我々も死んだと思っていたんです。

ただ一人死んだと思ってなかった人がいたんです。
横田早紀江さんです。
横田早紀江さんはあの時記者会見でマイクを取って、「生きていると思っています。まだ戦い続けます」と言いましたよね?
僕ら横で見ていて、大丈夫なのかな?と思ったんですよ。
私たちなんかは運動を始めて、運動をした後に死亡日だったらどうしよう?と。
殺されたんだったらどうしてくれようかと、そこばっかり考えていたんですけれど。

結果として去年、一昨年の12月まで北朝鮮は8人の人を死亡だと言いたかったんですけども、8人について一人分でも死亡の証拠を出せなかったんです。
8分の0なんです。
8分の3は出していて5は無い、とかいうんじゃないんですね。
日本政府も全く信じられないと言っているわけです。
最近日本政府が日本語のパンフレットを出しましたけども、その中にも「全員生存を前提として北朝鮮と交渉する」と書いてあるんです。

しかし、最初に言った矛盾点はまだ残っているんです。
北朝鮮は核を作って、今回ミサイルを発射した。
アメリカはそれを止めさせようとしている。
アメリカはそれで去年の9月から、イラク情勢が落ち着いてきましたので、本格的に北朝鮮に対する対応を始めたわけなんです。
それは何か?というと金融制裁です。
金融制裁というのは、実は北朝鮮の銀行に対する制裁じゃないんです。
北朝鮮と取引をしている世界中の銀行に対する制裁なんです。

マカオに、バンコ・オブ・デルタという銀行があるんですね。
その銀行は金正日の秘密資金の出し入れなんかに使われている銀行なんですが、そこに偽札資金が入っていると言う事をアメリカ当局が察知して証拠を握って、去年の9月にそのマカオの銀行に制裁をかけたんです。
それを一方的にアメリカの国内法でかけるんです。
ですから、例えばですね。
日本でも足利銀行というのが朝鮮総連のメインバンクだったんですね。
一度破綻しましたけども、破綻しないで今もやっていたとすれば、アメリカから金融制裁をかけられたかもしれない。
一方的にかけるんです。
弁明の機会無しです。

かけられたらどうなるのか?というと、アメリカの金融機関が一斉に取引を停止するんです。
外国為替銀行でアメリカの金融機関と取引停止させられたら大変な事になります。
マカオでどうなったか?というと取り付け騒ぎになった。
あの銀行潰れると言う噂が出て預金者がわ〜っと銀行に押し寄せたんです。
で、マカオ行政府が管理するって言って助けて、そして20くらいあった北朝鮮の口座を全部凍結した。
そこに2000万ドル以上の北朝鮮のお金が入っているんですけど、下ろせない、今は。

それを見ていた世界中の銀行が、北と付き合うとああなる。
バンク・オブ・チャイナという中国の外国為替専門の銀行があるんですが、そこについても実は、金大中が5億ドルの賄賂を持って金正日に2000年会ったんですね。
そのうち2億円くらいはバンク・オブ・チャイナを使って送金しているんです。
その犯罪資金だとみなされれば、バンク・オブ・チャイナもアメリカと取引出来なくなる。
実際アメリカの財務省の人間が「あそこも対象だ」と口で言ってマスコミに出た。
それで水面下でもうやらないからと北朝鮮と取引をやらない。
世界中の銀行が北の口座を開設するのを嫌がり、今ある口座も凍結しようとする。
送金を受け付けない。

アメリカは今何をやっているか?というとスイスの銀行。
スイスの銀行に40億ドルとも50億ドルとも言われる金正日の個人資金がある。
CIAが口座番号をいくつか感知している。
それを凍結しようとしている。
金正日は尻に火が点いた。
で、1月に急遽中国に助けを求めた。
しかし中国は犯罪には加担できない。
核問題ならまだ(助ける余地が)あるけれど、犯罪には加担出来ないということで助けなかった。
それでどうするか?って困ったわけですね。

クリントンの時はミサイルを発射したら二国間交渉になりました。
多分軍隊がいてじゃあそれで行けと言って、今回もまたミサイルを発射したわけです。
ミサイルを発射すると緊張が高まる。
で、もう発射しないから話し合いをしてくれと言う。
もう発射しないということと金融制裁とをバーターする。
自分が悪い事をしていてですね。
悪い事をやめると言う事があたかも何か貢献のように思って何か貰おう、と言うのが彼らの今までの手法だったんですが、ブッシュ政権は悪い事には褒美は出さないんです。
今も基本方針なんです。
結果として国連の安保理事会で非難決議になったわけです。

・・・上田埼玉知事、岡村川口市長の挨拶の為一時中断、講演はその3へ続く・・・
posted by ぴろん at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

06.7.23 西岡力氏1 川口市民の集い(10)川口総合文化センターにて

『西岡力 救う会副会長の講演 その1』

Img_2002.jpg

〜〜正念場を迎えた拉致問題〜〜

西岡でございます。
川口市には、実は家内の妹が住んでいまして、何回か来た事があるんです。
埼玉県内では活動が盛んで今もいろいろな会があって、そして川口は人口は20万ぐらいですか?
20万くらい署名をされていて、二人に一人は署名されていると、大変・・・・・・・・・・・(聞き取れず)非常にありがたいと思っています。

4時までくらいの時間でということなので、途中・・・(会場より「マイクが入って無い」の声)
マイク入って無いですか?
持って喋った方が良いかな?
(司会者「先生、こちらのを使ってください」の声)大丈夫です、持って喋りますので。
途中で知事と市長がいらっしゃるというので、その時はすぐにぱっと代わりますので。(笑い声)
上田知事は元々拉致議連の副会長をして下さってまして、今年訪米したんですけど、その前に2001年に訪米したときは一緒に行って下さいまして・・・・・・・・・・(聞き取れず)人でいらっしゃいます。
今年、主題は「正念場を迎えた拉致問題」というのですが。

去年ですね。
表面上は余り動きがなかったんですね。
一昨年5人の家族が帰ってきて、その後ジェンキンスさんが帰ってきて、その後3回実務協議があって、めぐみさんの遺骨と称するものがあって、あるいは田口さんの交通事故調査書だとか、一昨年は少しそういう動きがあったわけですが。
しかしその全てが、遺骨と称する物もあるいは田口さんの交通事故調査書という物も全て信じるに足りないと。
と言うふうに、これは我々が言ったんではなくて日本政府が言ったんです。
全て信じるに足りないと。
北朝鮮は8人死亡としているけれども、8人死亡を裏付ける証拠は現時点では何も無いと。
いうふうに日本政府が結論付けたのが、一昨年の12月です。

そしてその事を踏まえて、北朝鮮が迅速で誠実な態度を取らなければ厳しい対応を取る。
当時の官房長官の細田さんが言ったのが12月の24日、だったようです。
ところがその後北朝鮮は、日本の方が遺骨の鑑定をでっち上げていると。
本物を出したのに偽物だと言っていると言ってですね。
拉致問題は全て解決済みと開き直ったんですね。
ですから誠実な対応をしていないわけですね。
じゃあ、迅速なのはいつまでなのか?と、いう問題があるわけです。
6ヶ月経っても日本政府が何もしなかったもんですから、去年の6月の24日、全部で3日間ですね。
国会前で座り込みをしました。

その頃、そしてその後もですね。
マスコミの報道やあるいはこういう所での質問などでですね。
拉致問題はこう着状態である、いう表現がたくさん出たんですね。
それに対して私は「こう着状態ではない」と、「嵐の前の静けさだ」と、言うふうに言ってきました。
必ず嵐が来るんです。
2002年の9月17日、10月15日に吹いたのよりももっと大きな嵐が来る。
言うふうに言っていました。

その根拠はですね。
端的に言うと米朝関係です。
アメリカのブッシュ政権と金正日政権の間で絶対に解消出来ない矛盾がある。
対決があるわけです。
アメリカのブッシュ政権は今テロとの戦争を戦っている。
戦時です。
そしてそのテロとの戦争を目標を二つ掲げているんです。

第一はテロリストを捕まえて正義の裁きを下し、そしてテロリストの基地を叩き潰すことです。
アフガニスタンで行われた戦争は、その第一の目標だったわけですね。
アルカイダも協力してたわけです。
それだけがテロとの戦争の目標ではない。
もう一つあるんです。
もう一つはテロ国家が大量破壊兵器を持ってアメリカやアメリカの同盟国を脅かしたり、その大量破壊兵器をテロリストに渡したりさせないという事です。
テロ国家が大量破壊兵器を持ってアメリカやアメリカの同盟国を脅かしたり、その大量破壊兵器をテロリストに渡したりさせないことです。
言う事をテロとの戦争の二つ目のゴールだと言うふうに、ブッシュ大統領は2002年の1月に演説しているわけです。
その演説の中でテロ国家の代表として、イラクとイランと合わせて北朝鮮を名指しで「悪の枢軸」と言ったんです。

つまり北朝鮮が核・ミサイルを持っている事を許さない。
北朝鮮から核・ミサイルを取り上げると言う事を戦争のもう一つの目標だと、ハッキリ言ったわけです。
しかしその後北朝鮮は何をしたか?と言うと、核開発・ミサイル開発を今も進めているわけです。
2002年の1月に比べて北朝鮮の持っている核兵器の数は少なくとも10発増えました。
2002年の1月の段階で1個持っていた事は、いろんな説があるんですが、私は5発くらいあったんじゃないか?と言う説。
日本の政府や韓国軍やアメリカの情報機関は少なく見積もっても1〜2発と言ってた、2002年の1月に。

その後ですね。
2003年になってアメリカが北朝鮮は濃縮ウラニウムの、つまり広島型の核開発をしていると。
止めろといったのに対して北朝鮮は「アメリカの言う事は言いがかりだ」と言って、それまで凍結していたプルトニウムを原料とする長崎型の核開発を2003年1月に再開したわけです。
そして今も続けています。
8000本の燃料棒が、94年に国際機関のIAEAに監視されていたんですが、そのIAEAを追い出して、8000本の使用済み燃料棒の中に入っているプルトニウムを取り出す作業を彼らはやって完成したと。
8000本の使用済み燃料棒からは少なくとも、まぁいろいろな計算の仕方があるんですが、5発分くらいの核爆弾の燃料になるということです。

そして2003年の1月に、その8000本というのは94年に取り出していて、94年から燃料を入れていなかった5000キロワットの原子炉に8000本の燃料を勝手に詰めたんです。
そして去年の5月にそれを動かして燃料棒を抜いたら、また新しく8000本の使用済み燃料棒が出来たわけです。
そこからも5発分のプルトニウムが出た。
多分去年中に再処理が終わって5発増えた。
そしてまた新しく8000本の燃料が去年の5月に入れられて、今も稼動する。

もう一方でパキスタンから濃縮ウラニウムを作る技術を秘密で入手して、濃縮ウラニウムを作っているか作ろうとしているかなんです。
濃縮ウラニウム工場が完成しているかどうか?と言う情報がありましたが、アメリカはまだ完成していないと言っているようですが、正確な事は分からない。
しかし作ろうとしている事だけは間違いが無い。
そちらの方が完成すれば年間2発か3発、広島型の爆弾が作れる。
それだけではなくて、5000キロワットの原子炉が今稼動しているんですが、その横に実は5万キロワットの原子炉を今建設中で、その工事を中断していたんですけどそれが再開されたんです。

それから、今の5000キロワットと5万キロワットのあるところからもう少し北方の泰川(テチョン)というところには20万キロワットの原子炉の建設が進んでいたんですが、それも凍結されていたのがまた再開されている。
その原子炉が出来れば単純な計算ですが、出来ないと思うんですが、5000キロワットで年間2.5発出来るとすると5万キロワットだったら年間25発出来ると、いう事になるわけです。
その核開発を大々的に今進めているわけです。

そして今回ミサイルを撃ったんですね。
核兵器と言うのは爆弾があって、その運搬手段がなければいけない。
ミサイルは運搬手段です。
じゃあ、問題はその爆弾がミサイルに積める様に小型化出来ているかどうか?
日本政府の公式見解は、まだ小型化できていないと。
しかしそれについても専門家の間では意見が分かれています。
というより、私は少数説なんですが、出来ていると言う危険性があると思う。

なぜならパキスタンはすでに小型化の技術を持っているんです。
北朝鮮は先ほど言いましたようにパキスタンから濃縮ウラニウムを作る技術を貰ったんです。
その見返りにノドンミサイルを出したんです。
パキスタンはミサイルを持ってません。
だからインドは安心していた。
パキスタンは爆弾は持っていてもミサイルはない。
それでインドは核実験を止めていた。

ところが1998年にパキスタンはミサイルの発射実験に成功してしまった。
それは実はノドンだと。
それでインドが慌てて核実験をしたんです。
そしてその次の次にパキスタンが核実験をしたんです。
そのノドンの部品は日本製のものがかなり多いという。

韓国に亡命しました黄長ヨプ(火へんに華)さんという人がいます。
あの人と一緒に亡命したキム・ドクホンさんという彼の秘書みたいな人がいるわけです。
その人が北京で、外貨儲けをするために貿易をやっていた。
そしたら軍の商社が日本から精密部品をたくさん買っている。
それをみて「お前何をしているんだ?」と聞いたら「これはパキスタンに持っていく」と。
おかしいと思って黄長ヨプに報告したと。

黄長ヨプがチョン・ビョンホと言う軍事産業担当の書記に「何をやっているんだ?」と聞いたと。
そしたら「ノドンをパキスタンに出すんだ」と、こう言ったと。
その見返りに濃縮ウラニウムを貰う。
と言うのがアエラと言う週刊誌と産経新聞に1998年に出たんです。
キム・ドクホンという人にインタビューして、聞いているわけです。
ですからノドンと濃縮ウラニウムはマークだと言う事をやってたわけです。

じゃあパキスタンが持っている核爆弾の小型化技術を北朝鮮に提供していないか?
分からないわけです。
少なくともパキスタンは北朝鮮から貰ったノドンに爆弾を載せているんです。
じゃあそのノドン(の見返り)が今度逆に北朝鮮に行って無いか?というと分からない。
分からなければ、私は疑って備えよと。
安全保障というのは命がかかっているわけですから、疑うしか無いだろう。
まぁこれ以上入ると安全保障問題の話になってしまうので、日本の核政策と安全保障問題についてもいろいろあるんですが、ここまでにしておきますけども。

つまり、アメリカのブッシュ政権は金正日から核・ミサイルを取り上げると言う事を戦争の目標にした。
ところが金正日政権は今も核・ミサイル開発を進めているんです。
その事をアメリカは良く知っているんです。
アメリカとパキスタンは今軍事同盟を結んでいる。
パキスタンの中に米軍基地があるんです。
テロとの戦争やアフガニスタンとの戦争のときに、パキスタンはアメリカとくっついたんです。
パキスタンの軍が自分達の持っている核技術を誰に出したのか?というのを全部アメリカに話しているわけです。

アメリカは北朝鮮の核開発の水準について知っているんです。
パキスタンにあるノドンミサイルを見る事が出来るんです。
そして北朝鮮は悪の枢軸だと言ったんです。
2002年の9月はそういう背景から起きたわけです。
金正日からすると、アメリカに完全にばれてしまったと。
核開発を止めているといって、アメリカから年間50万トンの重油をタダで貰っていたんです。
ブッシュ政権も2002年まで金正日にタダで重油を出していたんです。
それは核開発を止めると約束したから。

止めるといって援助を貰いながら実は裏で続けていた。
その決定的証拠をブッシュに握られたんです。
そのブッシュは戦争をやるんです。
何をするか分からないと金正日は思ったわけです。
それで小泉さんに泣きついたわけです。
東アジアにおけるアメリカの同盟国の日本と韓国をアメリカから引き離さなければ、自分の身が危ないと。

田中均という局長が裏交渉で小泉訪朝をアレンジしたと言っていますけども、田中さんはいつから北朝鮮と交渉を始めたか?
ミスターX との交渉をいつから始めたのか?
2001年の秋だと言っています。
丁度アフガニスタンの戦争でパキスタンとアメリカが同盟を結んだ時です。
そこが危ないという事です

それで、その時にですね。
家族会が出来て97年から2002年まで5年運動して、日本中で横田めぐみさんという名前を知らない人がいなくなったと。
北朝鮮と交渉するのであればその人の、当時日本政府が当時認定していた11人について、何らかの証拠を出さなければ世論が納得しないと言う雰囲気を作ることに成功している。
そこで水面下の交渉で、日本の世論を納得させる為に拉致問題について証拠を出せと。
そうすれば国交正常化に入って国交正常化を早期にして、多額のお金を出すと、言う話が進んでいたんです。

・・・その2に続く・・・
posted by ぴろん at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

保守派の危うい言論空間・・・加藤紘一代議士宅放火事件に関して

自民党の加藤紘一代議士の自宅兼事務所が火事で全焼したニュースは、すでに皆様ご存知のことと思います。
まずはこの件について取り上げるにあたり、加藤氏とそのご家族ならびに関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げます。

さて。
私は正直言って、加藤氏の日頃の発言には全く同意をしておりません。
ですが、その事と今回の火事の被害の事は全く別物の話。
日頃の加藤氏の発言を苦々しく思う余り、加藤氏の火事被害について「ざま〜みろ!」的な発言が保守を自認するBlog・サイトに少なくなかった事を、大変残念に感じております。

言論には言論で反論するのが民主主義の根幹です。
その言論の自由を確保する為には、『誰がどのような発言をしようとも、その発言者の生命や財産を脅かさない保障』がなされなくてはなりません。
その保障が担保されなければ、言論の自由を確保する事なんて出来っこないでしょうが?
その意味で、いくら加藤氏の主義主張が気に入らないからと言って、今度のような暴挙は決して許してはいけないはずなのです。
それなのに、今度の暴挙を容認するかのような発言が一部保守派の間から発信された事は非常に残念な事だと思っていますし、愚かを通り越して自ら言論の自由という民主主義の根幹を危険水域に晒している、とも感じています。

売国議員は許せない。
一部保守派の苛立ちや怒りは分かります。
でもその思いが先走る余り、加藤氏の災難を喜ぶなどといった感情的・短絡的行為の先にある危険性について、思いを致す余力も無いのだとしたら、保守派の言論空間はとても危ういレベルであると言わざるを得ないのではありませんかね?

かつて西村眞悟氏が逮捕された時も、思い返せば同じような保守派の危うい言論空間が出現した事がありました。
西村氏の拉致問題に対する功績や人となりに心酔するあまり、一部保守派の中で是々非々の判断力を失い、救出運動の支援の輪に波風を立てた人たちがいたのを、保守派の面々はもうお忘れですか?

拉致被害者救出運動は免罪符ではありません。
西村氏がどんなに拉致問題に関して功績があっても、どんな裏事情があろうとも、犯した罪は罪。
それはそれ、これはこれの分別をしなければいけないのに、西村氏を逮捕するのは救出運動に対する謀略だとか、挙句の果てには西村逮捕に反対しない者に支援者を名乗る資格は無い、などといった極論を振りかざす人まで出没しましたよね?
それでは過激な反日行為を「愛国無罪」だと言って何でも正当化しようとする中国や韓国の事を笑えないと、私はネット上で意見表明をしましたが、その主張は果たしてどこまで過激に走る一部保守派の心に届いたのか?

金英男さん家族の面会劇の時も、理性を失って嫌韓感情に走った一部保守派がいましたが。
彼らの行動を苦々しく思う余り、あるいは横田さんご夫妻への同情心が勝る余りに苛立ちの感情が飛躍して、「だから日韓連帯など無駄なのだ!」といった短絡思考を表明する方がたくさんいらっしゃいましたよね?
あの時も私はともかく冷静に、この面会劇に苛立つあまり日韓連帯をこちらから放棄して、本当に日韓の間に決定的な溝が出来てしまえば北の思う壺になりかねないと主張したのですが。
その真意は果たしてどこまで保守派の面々に通じているんでしょう?

何かと言えばすぐに物事の基本を見失って、カッカカッカと頭に血を上らせる、一部保守派の人たち。
端で見ていて、本当に危ういと言うか思考のレベルが浅いなぁ、と思う事がしきりです。
そんな事で本当に彼らが主張するような、日本の再生などというものが果たして実現などするんでしょうか?
拉致問題などの厳しい現実を突きつけられて、日本人の多くは目覚めつつあると良く言います。
それはその通りだとは思うのですが、しかしその一方で何かと言うとすぐに短絡的思考に走る危うい保守派の言論空間に触れるたび、保守派の言う日本の再生など夢のまた夢、あるいは程遠い先の話と思えてならないんですが?

右であれ左であれ、理性を失って暴挙に及ぶ連中に、そもそも言論の自由を謳歌する権利などありません。
本気で言論の自由を守り民主主義を大事に思うならば、自分の主義主張と同じくらい他者の異論を主張する権利も大事にするべきです。
いくら保守派の私たちが気に入らなくとも、加藤氏には売国的発言をする権利があります。
自分の権利を主張するためには、まず相手の権利も尊重するべきです。
その基本姿勢の無い言論空間は、保守派の面々が馬鹿にして毛嫌いする左のそれと全く同レベルかそれ以下である事を、まずは深く自覚するべきでは無いでしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
過去参考エントリー

★05.11.27 西村眞悟議員についての見解を・・・
http://piron326.seesaa.net/article/9859964.html
★05.11.30 泣いて馬謖を斬るべし
http://piron326.seesaa.net/article/9988716.html
★06.6.30 敵を見失わない冷静さと強かさを・・・金英男さん親子の再会劇を見て
http://piron326.seesaa.net/article/20038437.html
posted by ぴろん at 11:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 与太話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

崔成龍氏について・・・いちいち過敏に反応する事なかれ

まずは下記に引用の記事に目を通してください。

拉北者家族会代表、めぐみさん問題で日本政府を批判

【ソウル17日聯合】拉北者家族の会の崔成竜(チェ・ソンヨン)代表は17日、日本政府関係者の発言を引用し、日本政府は日本人拉致被害者の横田めぐみさんの遺骨として北朝鮮から渡された遺骨を鑑定のために帝京大学に預ける時から、これを「偽物」とすることで方向性を定め、このために対北朝鮮世論が熱くなり引っ込みがつかなくなったと主張した。

この関係者はまた、日本政府はめぐみさんの遺骨を受け取る前から、めぐみさんの夫で当時はキム・チョルチュンと呼ばれていた金英男(キム・ヨンナム)さんの実体を信じておらず、同じ日本人だと推測していたという。

崔代表は、拉致された高校生のDNAを日本政府に渡すなど、金さんとめぐみさんの家族の関係を明らかにするのに深く関与した人物。日本政府関係者の発言として引用したこれらの内容は、今後波紋を広げるものと予想される。

 崔代表は、日本側が「遺骨は偽物」「めぐみさんは生存」を主張する根拠は、帰国を果たした日本人拉致被害者の一部の証言だけだとし、真実を明らかにするためにこれらの証言内容を公開するよう求めた。

さらに、日本政府と「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」がめぐみさんの問題を前面に押し出すことで、独島や教科書問題などの問題に関する世論を有利な方向に動かそうとしていると批判した。韓国と北朝鮮政府に対しても、1日も早く拉致被害者問題の真相究明と解決に乗り出すべきだとした。
8月17日付 Yahoo!ニュース

「日本政府、めぐみさん死亡事実を知っていた」

 拉致者家族の会の崔成龍(チェ・ソンヨン)代表(54)は17日、「日本政府は日本人拉致被害者の横田めぐみさんが死亡している事実を確認していたにもかかわらず、これを意図的に隠ぺい・わい曲し、政治的に利用した」と主張した。

 崔代表は日本政府関係者の言葉を引用し、「日本政府はめぐみさんの遺骨であるとして北朝鮮から渡された遺骨を鑑定のために帝京大学に預けた時から、これを“偽物”とすることで方向性を定めた。しかしこの後、反北朝鮮世論が高まり引っ込みがつかなくなった」と述べた。また、「これまで会った日本の関係者らもめぐみさんの死亡についてすでに知っていたが、世論のために口に出せずにいる」と主張した。
8月18日付 朝鮮日報

金英男さん一家の再会劇に始まる崔成龍さんの言動がまたも物議をかもしています。
「崔成龍」で検索すると、どうもうちのBlogのエントリーがヒットするらしく、当該エントリー(下記参考エントリー参照)のアクセス数が昨日今日と半端でない数値になっているんですね。
崔成龍氏の言動にいちいちイラついて細かく反論しても仕方がないようにも思うのですが、これだけアクセスがあるという事は、崔氏の発言がただならぬ関心を深めているということでもあり、もう一度私の思うところを表明するべく再エントリーを致します。

正直な所、崔成龍氏が何を言おうが放置するしかない、と言うのが偽らざる心境なのですよね。
彼の口に無理やり戸は閉てられないし、彼の行動を強制的に縛る方法も無い。
日韓連帯は必要だと思うけれど、この現状を見る限り崔成龍氏との連帯は事実上不可能に近い。
この間、ある集会の後の懇親会で崔成龍氏の人となりを知る人からお話を伺う機会があったのだけれども、それによれば崔氏は、かなりあくの強いキャラクターである事は間違いが無いようなのですね。

そこで伺った話をかなり大雑把に乱暴にまとめてしまうと、同じ韓国拉致被害者家族会の代表である崔祐英さんに対しても、どこか下に見るというか、馬鹿にしてかかっている側面が無きにしも非ずということもあるらしい。
韓国は言わずと知れた儒教の国、そして男尊女卑の傾向の強い国です。
誤解を恐れずあけすけに言ってしまえば、拉致被害者救出に関して何の実績も結果も出していない小娘が、実績を上げている自分よりマスコミの露出度などの注目度が何かと高かったりすることが納得できないという、ジェラシーのような感情もあるらしい。
それを思うと、崔祐英さんが韓国で拉致被害者救出を訴える活動が如何に困難であるかが推測されるわけですが、そのような個人的な感情とか遺恨とかが絡むと、理性で説得するのはまず無理ですしね。
その意味で、彼の問題は放置して見守るしか策は無いのかな?と言うのが、最近の偽らざる思いです。

そういう個人的は感情の問題はともかく、どうして崔成龍氏は北の思惑に乗っかった言動ばかりを取るのか?
その真意は正直私にも良く分かりません。
ですが理由はどうあれ、結果として彼の行動が北を利する形になっているのも現実でしょう。
金英男さんの再会劇を北のシナリオに乗っかった形で実現してしまった以上、今更一度来た道を引き返すことは出来ません。
彼の内心がどうであるかは分かりませんが、一度北の仕掛けた罠にハマった以上は、今後も未来永劫北の思惑通りに動くしか彼の選択肢は無い、というのも実情であろうと思う。
下手に北の意向に逆らえば、金英男さんの身の上にどんな災いが及ぶか分かりませんし、万が一英男さんの身の上に何事かあれば、崔成龍氏の活動家としての立ち位置も家族からの信頼も失墜するより他無いのかもしれませんし。

故意か否かは分かりませんが、ともかく崔成龍氏の発言が北の代弁者となり下がっているのは紛れも無い事実。
しかし彼の言動にいちいち熱くなって、日韓連帯を含む幅広い連携という物にヒビが入るのは得策ではない、という思いは今も変わりはありません。
確かに崔成龍氏の一連の発言に触れれば不愉快に感じる人がいるのも仕方が無いんでしょうけど、崔氏が何をどういおうが、日本は日本として粛々と救出策を講じることが何より大事では無いでしょうか?
崔成龍氏の発言にいちいち反応して、支援活動そのものに不都合が生じることはそれこそ北の思う壺、なのですから。

ともかく冷静に。
支援策は粘り強く強かにあるべきであり、いちいち崔成龍氏の発言に振り回される必要は無いというのが、私の崔成龍氏の一連の言動に関する結論でもあります。
崔成龍氏が北の工作員であろうがなかろうが、彼の爆弾発言など放置して生温かくスルーすれば良い。
というかスルーするより他、策は無いでしょう?実際の所。(^^ゞ

金英男さんの一連の会見で、北朝鮮は本気でめぐみさんの死を日本の世論に認めさせるつもりだったようですが、日本の世論はあのような茶番劇には全く振り回されていません。
その事を困惑の思いで受けとめているのは北朝鮮であり、その出先機関である総連であるという。
であるならば、崔成龍氏ごときの発言にいちいち惑うことなく、めぐみさんを含む全員を返せ!の声をぶれる事無く発信していく事が何より大事ではないかと思います。

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★参考過去エントリー

崔成龍氏を笑える日本人はいるのか?・・・金英男さん親子の再会劇を見て その3
http://piron326.seesaa.net/article/20059136.html
posted by ぴろん at 23:23| Comment(2) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

閑話休題・・・靖国神社への総理参拝に対する私の所感

テキスト化のペースが間延びしています。
お待ちかねの皆さんには、お待たせばかりで申し訳ない・・・(^^ゞ
暑くて集中力が続かないとか、お盆期間中は雑用に追われて時間の確保が難しいとか、抱え込んでいるテキストネタの残りが後わずかなのでついついのんびりしてしまうとか、いろいろ理由はあるんですけどね。

ここ数日の靖国参拝に絡むマスコミのはしゃぎっぷりは酷かったです。
あそこに特攻の叔父の英霊がいる身としては、とても心穏やかに過ごす気にはなれないというのも正直な所で、それがまた根気のいるテキスト化作業に集中できず、余計な時間のかかる遠因となった感もあります。

国のために命を捧げた御霊に対し、国の責任者たる総理が参拝するのは当然のこと、というのが私の意見です。
なので、何をそんなにカッカカッカとマスコミ各局は加熱報道を展開するのか?
私には分かりません。

毎度の事ですが、8月15日のように混雑極まりないと分かっているときに、私は靖国参拝を致しません。
理由は、何しろ落ち着いて心静かに参拝する事が不可能だから。
私は15日は、一日中マスコミの過剰報道をあえて見ないようにしていました。
分かりきっている電波を浴びて、これ以上不愉快な気分になりたくは無かったので。
でもそうはいっても総理が会見でどういう発言をしたのか?とか、総理の参拝を追いかけてヘリで靖国上空を空撮する報道機関もあったとか、そういった情報は嫌でも耳に入ります。

しかしねぇ・・・たかが総理が参拝をするだけで、何でヘリまで飛ばしますかね?
それも官邸の出発から靖国までの道筋を延々中継した局もあるとか?
過激報道もここに極まれり・・・呆れて開いた口が塞がりません。

靖国についていろいろ意見があるのは良い。
ですが、あの九段の社には戦争で非業の死を遂げた幾多の御霊がお祀りされている神聖な場所なのです。
それを上空から空撮まで決行するとは・・・マスコミのはしゃぎっぷりはその神聖な場所を土足で踏み荒らすに等しい行為ではないのですか?
靖国に対して何か物を言うならせめて、英霊たちが祀られているあの社とは違う場所にして欲しい。
それが英霊たちに対する最低限の礼ではないのですか?

靖国の御霊は誰のために命を捧げたのか?
その犠牲の上に今の日本が成り立つことを思えば、例え思想信条の違いはあれども、まずは英霊に対する最低限の礼儀を示すのが人間としてのあるべき姿では無いのか?と私は思います。
議論をするなら、まずはその最低限の礼を尽くした後のこと、でしょう。
傍若無人な行為を振りかざし、遺族や関係者の神経を逆撫でしておいて、言論の自由も報道の自由もへったくれもないだろう、というのが15日の靖国関連報道に接して感じた私の思いです。


総理参拝を受けて、大はしゃぎする一部保守派の有り様にも違和感を感じました。
マスコミが繰り出す偏向報道や自虐史観に辟易している保守派から見れば、確かに今度の総理の参拝は快挙なのかもしれません。
でも一部の保守派のはしゃぎっぷりを見て、ちょっとそれは違うんじゃないの?と言う小さな違和感を感じたのも事実なのです。

確かに小泉参拝は、多くの日本人にとって靖国とは何か?を考えるきっかけになりました。
中韓両国の異常なまでの反日政策をあぶりだすきっかけにもなりました。
過去歴代の総理たちの行動が、如何に日本国としての尊厳もプライドも何も無い土下座外交であったか?も白日の元に晒される事になりました。
でも、それらも結局の所、今回の小泉参拝は日本が真っ当な国へと脱皮する為に「小泉さんがホンの少し先鞭をつけた」だけに過ぎないのではないでしょうか?
小泉参拝をもって、中韓両国の反日政策がぴたりと止まるわけでもなし。
はしゃぎたくなる気持ちも分かるけど、そこは冷静に事の次第を見極めるべきではないのか?と言うのが私の感じた率直な思いでもあります。

今回の小泉さんの参拝を受けて「今後は靖国を外交カードに使えなくなる」とか「国内の反日勢力の崩壊だ」と言った論調も見かけました。
でも、事はそんなに単純なものなんでしょうか?
確かにマスコミの欺瞞は多くの人の知る所であり、以前ほど簡単に世論の側も騙されなくはなりました。
でも、そもそもA級戦犯が何なのか?サッパリ分からないで、ここ暫くの靖国騒動を見ている人もいるわけです。
という事は、マスコミの洗脳報道がまだ幅を利かせる余地はあると言う事。
そこの所も、ちゃんと押さえて冷静に世論の動向を見ないといけないんじゃ無いでしょうか?


それと、ここからはご訪問の読者から誤解や反発を受ける事を覚悟の上で書きますが、そもそも靖国とは小泉総理の言うような「不戦の誓い」を立てる場所なんでしょうか?
平和も国防も憲法9条のような絵空事だけを唱えているだけでは、もはや担保されない事を多くの国民も意識し始めていることであろうと思います。
日本の国益や未来、安全保障、国民の生命と財産を守るために、私たち国民が『腹を括って覚悟するべきこと』とは何なのか?
そういう根本的な問題について、そろそろ日本人も現実を見据えて論じるべきじゃないのかな?
でも今度の小泉参拝を受けて、そこまで言及しているBlogやサイトは私の知る限り皆無に近かったんじゃないか?と思います。
サヨクはともかく、保守派の面々といえども、まだまだ『腹を括って覚悟する事』についての認識は浅いのか?
不戦の誓いの先にある、最悪の場合日本はいかにして国を守るのか?といった現実的な思考を深める段階には到達していないのかな?とも感じたのですが。

いくら日本が「不戦の誓い」を立てても、近隣諸国の国々に我が国のそれと同じ意思が無ければ紛争は必ず勃発します。
現に竹島は韓国に奪われ、北方領土はロシアに奪われ、ガス田は中国に奪われ、多くの日本人が拉致被害者として北朝鮮に奪われているのが、現在の日本の姿です。
ただ単にドンパチをやらない事が平和の真髄なのか?
取り合えず我が身が安泰であればですね。
多少国土が奪われようと、資源が奪われようと、同胞が奪われようと、我関せずを決め込んでいても良いものなのかどうか?

最近の日本人は少しずつ目覚めつつあるとは思います。
でもまだまだ幻想の海を漂う人も少なくは無い。
その現実もシビアに見つめた上で、それでも日本の国益や平和や安全保障を担保するために、痛みを伴う覚悟を我が身に引き受ける決断を自覚し、議論し、説得する時期が迫っているのではないのか?とも思う。

戦争なんかしないに越した事はありません。
でも後生大事に憲法9条を唱えていれば平和は担保されるのか?
ありとあらゆる手段を行使し、それでもどうしても止むを得ざる状況に追い込まれた場合は、国を家族を守るために、歯を食いしばって血を流しても戦う場面もあるのではないか?と思う。
それを踏まえたうえで、いざ国難となったその時に「私たちもあなた方の決意の後に続きます」と大勢の御霊に対し誓う場所が靖国である、とも私は思っています。

ま、こういう事をおおっぴらに書いたら、やれ軍国主義者だの好戦家だのと私は激しく揶揄されるんでしょうかね?(^^ゞ
でもですね。
我が身を切ってでも最悪の事態に備えるという痛みを伴う覚悟も無しに、A級戦犯分祀だの無宗教の追悼施設の建設だのといった議論はどこか浮ついているというか的が外れているようで、なにやら微妙に居心地が悪いのです。
私は決して戦争を賛美するものではありません。
がしかし、戦争その物を嫌悪する余りに、国を守るために最低限必要な準備や覚悟についてスルーしっぱなしだったのが、戦後61年の日本の姿ではなかったか?とも思う。
戦後61年間日本は平和だったというけれど、国防というある種の毒をアメリカの軍事力に依存し、自分の手は汚さないできれい事だけでやり過ごしてきた「かりそめの平和」に過ぎなかったのでは?とも思う。


小泉さんが参拝の理由として「不戦の誓い」を上げるのは、それがこの国の現在の世論レベルを反映しているから、とも言えるかと思います。
安倍さんが15日に参拝せず、また総裁選に向けて靖国に対する態度を保留していることについて、反発の意見表明をしているBlogも見かけましたが、この件について安倍さんばかりを責めるのもいかがな物かと思う。
確かに私も安倍さんには靖国に対するご自分の所信を明らかにして欲しいとは思うけど、それを言った所で世論の側がその真意を正しく認識できますかね?

例えば、「命をかけて国を守る事が必要な場合もある」などと主張すれば、イデオロギーの左右を問わず憤死しかねない人が、まだまだ多数派を占めているのが日本の現実ではないのか?
祈っているだけでは平和は実現しないことを多くの日本人は意識し始めてはいるが、では血を流しても国を守る覚悟はあるのか?と問われれば、そこまで腹を括って覚悟を決めている人はまだまだ少数であると思う。
それが現実の日本の世論では、小泉総理または総裁候補の安倍さんが靖国について語る言葉がなにやら曖昧模糊としてしまうのも、致し方ないと私は思う。

国民は結局自分達のレベルに相応しい程度の政治家しか持つ事が出来ないのです。
特に保守派の面々が自分達の描くような真っ当な国を作りたいと思うなら、まずは自分達が率先してきれい事の先にある痛みについて、己の覚悟を決める思考を深めるべきかと思う。
そういう世論が形成された時、私たちは私たちの望むような、真っ当な政治家の出現を見る事が出来るような気がしています。
その意味で、今回の小泉参拝にはしゃぐ一部保守派の認識はまだまだではないの?と感じる次第。
相変わらず左の色眼鏡でしか物を見られないマスコミは論外としても、保守派の面々も左寄りマスコミを揶揄できるほどのレベルに自分の覚悟は定まっているのか?と私は感じています。
posted by ぴろん at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.7.23 飯塚繁雄副代表 川口市民の集い(9)川口総合文化センターにて

『飯塚繁雄 家族会副代表の講演』

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皆さんこんにちは。
皆様方のこの問題に対する深いご理解とご支援を頂きまして本当にありがとうございます。

そういう国民の皆様の声が、言って見ればようやくこの問題を具体的にどう解決するのか?と言う所まで参りました。
振り返ってみれば5〜6年前はですね。
この問題に理解を示してくれなく、我々家族会もどうしたら良いのだろう?と言う悩みがあったんですが、地道に頑張り皆様のご支援があってようやくここまで来たと言う事はハッキリしているわけですけども。
問題なのは、これを解決しなければ何もならないという事になるわけですけども。
私たち長い間戦って参りまして、毎年ですね。
今年こそは今年こそはという合言葉の下にいろんな検討をし、政府の動きも期待し、それから皆様のご支援によっていろんな活動を進めながら解決を望んでまいりましたけども、中々それが思うままにならず今年も半年過ぎたわけですね。

しかしながら今までとちょっと違うのは今年の初めからですね。
多分、安倍さんの指示かと思うんですけども、拉致問題について徹底的な取り組みをするというハッキリとした約束をされまして、それがですね。
内閣の専門委員会というのを作りまして、これは各省庁全部入ります。
今は名前が違いましてですね。
拉致対策特別チームと言うのを作りまして、各省庁徹底的な動きをしております。
各省庁で何が出来るのか?言うような事をテーマに与えまして活動を始めてますけども、目立つのは一つは警察の動き。
これが組織されまして、この問題専門に調査、捜査、活動を始めまして、もちろん特定失踪者の方々の情報、もちろん我々認定されている家族の情報も全て管理をして今おりますが。

言ってみれば特定失踪者の方々と言うのは全国にたくさんいます。
北海道、埼玉が一番多いんですけども、そういう人たちの捜査と言うのは民間がやる話じゃないわけですよね?
あくまでも政府として警察が徹底的に調べ上げて、そして確かにそれは拉致だと確認をされながら認定なり、北へのあるいはアピールなりメッセージをしていくのが当然なんですけど。
残念ながらまだそこまでは行きません。
一本釣りで各失踪者の方々の裁判を行って、それによる認定訴訟というそういう段階を踏んでおりますけど、これはすごく時間がかかるわけですね。
そういう事からするとやはりここまで来た以上、もちろん私たちの家族も含め一気に解決すると言うような狙いを定めないと、これまた後何十年かかるか分からないという事になりかねないという事もあります。

今年の各特別チームの働き、特に外務省あたりのですね。
徹底的な北に対する、要するに北の嫌がることは何か?と言う、当然考えながら先ほど準備をして参りました。
我々は長い間、このままの交渉ではいつ終わるか分からない。
いつ解決するか分からないという懸念から、北に対する制裁をしてくださいという事を長い間訴えて参りました。
それが現実的には今現在、ようやく制裁と言う形が出来てそれが実行される段階になっているわけですけども。
そういう意味では非常に動きがハッキリ見えてきたと言うのが、昨今の状況でございます。

我々は政府にいろいろお願いする一方、世界、要するに国際社会へのアピールもかなりやってきたつもりです。
皆様もご存知の通り、ワシントンDCに行きましてブッシュ大統領と面会が出来たと。
これはアメリカと言う大きな国・大きな力を、この拉致問題解決のために是非支援をお願いしますと言う形で行ったわけですけども、それと同時にアメリカの下院の公式な席でこの日本人拉致問題をきちっと訴えて来たわけです。
アメリカと言う国はなんと言いますか、日本と違って人権に対する、あるいは家族とか友人とかそういう事に対する怒りが、まず物凄い感情で出てくるわけですね。
何の事件、あるいは時代に先駆けて、やはりこの人権の問題というのは最優先すべきだというような全体の雰囲気です。
もちろんブッシュさんもそうです。

ですから「お忙しい所申し訳ない」と言ったら「私は人権の問題を疎かにするほど忙しくない」そういう発言もしていますし、終わった後でも「今回の面会は久しぶりに感動した面会だった」という事を言っておられましたけど。
そういった感じで非常にアメリカのブッシュさんが、我々家族会のメンバーと会ったと言うその事実。
これは世界にも報道されていますし、アメリカとしては凄い関心があるんだと言う事を議会を通じてメッセージをくれたと言うふうに思います。

問題はそれからなんですけどね。
じゃあブッシュさんに会ったと。
あぁ良かった良かったと言う雰囲気だったんですけども、やはりそれを受けて日本政府なり、拉致を解決しようとする諸団体なり含めてですね。
どう動くか?というのが・・・・。(聞き取れず)
あくまでもこれは大きな活動のステップ、一部として大きな成果という事は確認されますけども、それはあくまでも一つの経過であって、結果ではないというふうに私たちは考えております。

更には北朝鮮に対する制裁をお願いしている中で、皆さんこれもご存知な韓国の民間の家族といわれる方の面会と言う話が盛り上がっていますけど、これは誰しも感じていますが、全て北朝鮮の政府のシナリオだと。
家族がいろいろ会話した内容なんかを見ますと、これは全くどう見ても言わされているという感じがします。
そういうことからすると、彼ら、金英男さんですか?
彼も被害者、拉致被害者なんですね。
だけど本当の事は言えないと言うような状況を作り出しておりますし。
こういった物を通じて、北は横田夫妻を北朝鮮に呼んでヘギョンちゃんに会わせて、まぁ抱き合って喜んで、「お母さんが死んだ」と言う事を言わせて聞かされてそれで終わりと、言う目論見だと思うんですね。
それをしてしまいますと、私たち日本人何百人の家族が拉致されているのに、簡単に中途半端な形で幕引きをされてしまうと言うのが非常に恐ろしいわけです。

ですから家族会としては横田代表について「絶対に行かないでくれ」と。
代表はもちろん人間ですから家族ですから、孫を抱きたいと言う心情は分かるんですけども、北に騙されていはいけないということで、踏みとどまって貰ったと言うのが事実です。
あくまでも私たちはこの拉致事件、拉致問題を正常の方法で解決していくんだという、いわゆる一枚岩で行きましょうと言う事は確認されておりますけどね。
ですから北は人間の弱いところを突いて何とか北の思い通りにさせようという、そういう目論見が全く見え見えであります。

当然マスコミさんのですね。
どうせ北の言う事は全部嘘だと、いう事は承知で取材はしておりますけども、どうしても記事的には単発的に「こういうことがありました」、「こう言ってました」と言う事が報道の一つのネタになるんでしょうけども。
中々その、報道に聞くとですね。
その裏にあるものは何か?ということも考えて頂きたいなと言う事も、常に思っております。

最近特に皆さんすでにどなたかも言っておられましたけども、北への制裁がハッキリして来たと。
これは北がミサイルを日本海にぶち込んだと、言うのが大きなきっかけにはなったんですね。
ですから今まで何にもしなかった政府がようやく決断されたという事なんですが、言ってみればミサイルを撃ち込んで貰って良かったと言う感じもするわけですよ。
これが無ければ何も動かないと。
単なるやわな交渉で結果が中々出てこないような、いつまで待たせるんだと、そんな繰り返しになったかと思うんですけど、そういう意味では今回の北の乱発ミサイル。
これが日本だけではなくて韓国あるいは中国・ロシア、近隣各国に対する影響もかなり出てきているという事もあります。

具体的にはハッキリ出ているのは、安保理で非難決議が全員一致で採択されたと。
確かに制裁とかという具体的な文句は外されましたけど、全理事国が一致して「北はけしからん」という、こういった決定的なメッセージを与えたという事は、相当な制裁に繋がっていくはずだと思います。
我が国もこれから船は一応止めるという話になりましたけども、万景峰号ですね。
日本に来る一切の船を止めようじゃないかとか、あるいは北のミサイルとかいわゆる兵器を作るとか、そういう悪さに繋がる日本の精密部品あるいは電気部品、そういう物を一切止めようと、いうような準備もしているようでございます。

そういう意味では今回日本の政府筋も、この事件を受けて安保理の対策も含めて相当力強く動いておりましたね。
これももちろん安倍さんが、絶対ぶれない強い態度で態度を表明しております。
その支持によって多分いろんな工作をし、ロシアあるいは中国、まあ韓国もそうでしょうけども、この決議については絶対に賛成して欲しいという動きが相当あったようでございます。
そういうことではやっと日本がですね。
日本政府はやっと動きを具体的に示してきたなというふうに、最近では私たちもある期待をしております。

そうは言ってもですね。
北はこの非難決議は全面拒否と言う形になっておりますし、全てに対する北は今までと同じように関係各国を相手に、異常な態度を示しておりますね。
私たちも一番怖いのは、こういう北朝鮮みたいな独裁国家がね。
何をやらかすか分からない。
いわゆるキチガイ国家ですから、我々が強く出れば出ただけ向こうもそれなりの態度を取ってくる。
極端に言えばどうなってもいいと。
自分の国民なんかどうなっても良いから、軍部にミサイルでもバンバン撃ってね。
世界にアピールしようという事ですとか、あるいは北朝鮮そのものが崩壊して混乱するという状態も考えられますし。

そういう所では私たち一番心配な点は、この大勢の日本人を混乱の状態からどうやって助け出すのか?
こういった心配がかなりあるんですね。
いまだに誰がどこにいるかも分からない。
助け出しようが無いわけですね。
ですからそういうことでは、なんていうんですかね。
例えば外交機密費ですかね。
そういう物を使ったりですね。
いわゆる、多少お金がかかっても良いから、水面下の・・・(聞き取れず)でも良いから、徹底的に日本人のいる場所を突き止めて何かの連絡をして、いざという時にはここに集まってみんなで一緒に帰るというような。

いろんなシュミレーションをですね。
考えていかないと、そろそろ慌てふためくという場面が相当有ると思うので、私たちは是非返してもらう。
一人残らずどうやって助け出すんだ?と言う。
目標は日本人を取り返すことですからね。
奪還するんですから。
ただ北朝鮮を懲らしめれば良いというだけでは無いですから。
そういった事も考えながら、いろんなシュミレーションの中でそれぞれの動きをして頂きたいと、いうふうに強く思うわけです。

私たち本当にこういった問題については素人ですよね。
でもいろんな情報が入りますけどそれを分析して、こうしろ、こうだ、ああだ、という専門家のように込み入ったコメントは出来ませんけども、要は私たちの家族を返して欲しいと、早く。
いってみればそれだけなんですね。
しかしながらこのところ非常に問題が複雑化になり国際化され、段々段々拉致という問題が薄くなりそうな気配もするんですけども。
それは先ほど言いました、安保理それからこの間のサミット、この辺に拉致については並行したテーマでやってくれという強い日本の姿勢もありましたし。
それを協議されておりますので、絶対にこの拉致の問題というのはあらゆる舞台であらゆる場面で、並行して協議されると、いうふうな事では非常に私たちは期待をしております。

北朝鮮外務省声明というのもあるんですけど、それを取り上げて言うのももう余り時間も無いので、北朝鮮の外務省はですね。
こういった決議を受けてこう言っているんですね。
「我々共和国は、米国の対朝鮮敵対視政策の産物である国連安全保障理事会の決議を強力に糾弾し全面対立し、これに拘束されないであろう」
こういう強がりを言っているわけです。
「我々共和国は米国の極端な敵対政策により最悪の情勢が守られている状況で、全ての手段と方法を尽くして自衛戦争、抑制力を様々な方法で強化していく」と。
こういうふうに言っているわけですね。
それを写して来ただけなんですけども。

ですから今後、こういう環境の中ではもしかすると日本にミサイルが飛んできても不思議ではないと、いう情勢にはあるわけですよね。
そうなったらどうなるか?というのは向こうも馬鹿じゃないですから、考えていると思いますけども。
我々は世界の協力を得ながら、具体的にこの拉致問題を解決する日を待ち焦がれていると言うのが今現状でございます。

横田さんもだいぶ疲れていますしね。
やっと動いているんですね。
全国飛び回って、この間は石垣島まで行って講演しましたけども、来週は今度青森行ってやるとか。
私も今日仙台から来たんですけども、そういう意味で家族たち、皆さんもそうですけどお年寄りの方もいますけど、非常に疲れていて長く待てないよという状況でございます。
まぁ、2代目もいますけどね。
そこまでかかってもしょうがない、と思いますから。

是非ここで一気に、正念場であるこの問題を皆さんと共にですね。
解決していきましょうというのが、私の最後のお願いでございます。
どうもありがとうございました。(拍手)
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2006年08月14日

06.7.23 佐々木アイ子さん 川口市民の集い(8)川口総合文化センターにて

『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』

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皆様こんにちは。
私は特定失踪者問題調査会にお世話になっております、佐々木悦子の母、佐々木アイ子と申します。
宜しくお願いします。

娘悦子は浦和埼玉銀行に勤めておりまして、平成3年4月22日月曜日、朝出たまま。
免許証、パスポート、社内預金、全然手付かずそのまま失踪。
今日まで15年間何ひとつ国内での情報はございません。
特定失踪者(問題調査会)の方にお願いしまして、いろんな報道関係の結果、15年には北朝鮮脱北者より「悦子を見た」と言う目撃情報がありまして、拉致濃厚となっております。

それで今日も見えております新木さんのご家族と一緒に、16年の1月には県警の方に一斉告発をしておりますが、まだ国の方からは認定されておりません。
母親として娘が日本の土を踏むまでは何としても頑張り続けたいと思います。
皆様、どうか拉致問題を忘れずにご協力・ご支援の程宜しくお願いします。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 佐々木 悦子
失踪年月日 平成3(1991)年4月22日
ふりがな ささき えつこ
生年月日 昭和38(1963)年12月6日
性別 女 当時の年齢 27
身長 162センチ 体重 52キロ
公開 第1次公開
当時の身分 埼玉銀行パート
特徴 左目の下に泣きぼくろあり、両手共ふっくらとしているが指先が細い。
失踪場所 埼玉県浦和市
失踪状況 「仕事へ行く」と言って埼玉県浦和市の家を出たまま失踪。当日は休みをとっていた。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 新木博さん 川口市民の集い(7)川口総合文化センターにて

『新木博さん(特定失踪者・新木章さんの弟)の訴え』

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(写真左・姉の横山木三子さん、右・新木博さん)



皆様こんにちは。
本日はお休みの所、拉致問題に関心のある多くの方々にお集まり頂きまして誠にありがとうございます。
とても心強く思っております。
私は特定失踪者の新木章の弟の新木博と申します。
宜しくお願いします。
隣は姉の横山木三子と申します。
宜しくお願いします。

新木章は昭和52年5月の21日、仕事が休みであった土曜日、川口市栄町の自宅から「買い物に行く」といって自宅を出たきり、今日まで行方不明のままでございます。
この間、本人からの便りも一切ありませんし、自殺とか家出とかする状況でも全くありませんでした。
また事故等に巻き込まれたと言う情報も一切ありませんでした。
そして特定失踪者問題調査会というところを知りまして、相談をし調査をお願いしました所、どうやら川口市栄町に住んでおったとか、勤め先が三菱信託銀行・・・(聞き取れず)支店とか、年齢が29歳であったとか、そんな条件が重なったのでしょうか。
どうも北朝鮮に拉致された可能性が濃厚であるということが分かりました。

今、私が思いますのは、北朝鮮は今追い詰められている。
先日のミサイル発射によりまして、非難決議、これは当然であります。
是非北朝鮮も自分の国の非を認めて、無駄な抵抗は止めて、まともな国になって、どうかこの拉致問題の真相を明らかにすべきだと思います。
そして私たちも拉致された人を一日も早く取り戻す為に、また安否が確認出来ますよう活動してまいります。
どうかこれからもご協力の程、宜しくお願い致します。(拍手)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
氏名 新木 章
失踪年月日 昭和52(1977)年5月21日
ふりがな あらき あきら
生年月日 昭和22(1947)年10月16日
性別 男 当時の年齢 29
身長 体重
公開 第1次公開
当時の身分 銀行員(事務系、コンピュータを使う仕事)
特徴 中肉中背、眼鏡使用。
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 「買い物に行く。午後6時か7時には帰る」と川口市の自宅を出たまま失踪。家を出たときは財布しか持っていない。免許証、クレジットカードが入っていたが、更新がされていないし、カードは使っていない。平成16年1月29日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 大平一男さん 川口市民の集い(6)川口総合文化センターにて

『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』

Img_1982.jpg



こんにちは。
私は藤田進の従兄弟の大平一男と申します。
本来であれば弟の藤田隆司がここに来て、皆様の前でご挨拶するべきところですが所用につき、私が代わりに挨拶させて頂きます。

藤田進が失踪したのは昭和51年です。
最初はいなくなったという原因、どこに行ったのだろう?すぐに帰ってくるのではないか?と思い、2日、1週間、10日、1ヶ月、そして3ヶ月、半年。
経ってみれば、もう何十年にもなってしまいました。

もう、どこかで生きているのか?それとも命を落としているのか?
それすら全く分からない状態で、丁度2年前北朝鮮にいるという報道がされました。
まさに寝耳に水、自分の体が一瞬寒くなった事を覚えています。
どうして北朝鮮にいるんだろう?
考えてみればその実情も分からないではない。
しかしながらその当時は全く北朝鮮なんて考えてもいませんでした。

横田めぐみさんが1977年に拉致されて、そして横田ご夫妻が作った家族会が活動されています。
しかし自分が、私どもが、まさかその内側に入ると言う事は考えてもいませんでした。
藤田進はそのめぐみさんより1年前に姿を消しています。
そう思うと家族会の皆様には本当に頭が下がる思いです。

藤田進は今年50歳になります。
私と一つ違いなんです。
本来であれば日本にいて、日本の成長の共に力になり、味わって来るべきはずでした。
それが何故?北朝鮮なんでしょうか?
日本にいてもっと楽しい事、それを味わうことが出来ました。

彼が今向こうにいてどんな生活をしているのか?
元気でいるのか?
ちゃんと食事が取れているのか?
考えると行った事の無い国だけに、非常に不安を覚えます。

北朝鮮がミサイルを発射しました。
これはある意味、自分の中では日本がこれから強い姿勢になるべく、チャンスと言うか契機だと思っています。
ここにお集まりの多くの力をですね。
是非全国規模にもっともっと高めて、ここは一気呵成にあの国を攻め立てて、そして日本人全員を連れ戻したいと考えています。
ですから、皆様もこれからも声高に北朝鮮に向かって一緒に叫び続けて頂きたいと思っています。
宜しくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)

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氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時の年齢 19
身長 体重
公開 第5次公開
当時の身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪場所 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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2006年08月13日

06.7.23 鈴木智さん 川口市民の集い(5)川口総合文化センターにて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

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はじめまして。
私、特定失踪者・鈴木賢の兄でございます。
弟は1972年大学を卒業し、会社の春のレクリエーションと言う事で、当時の住まいでありました三芳町藤久保の自宅を朝6時に、母親と言葉を交わして家を出ました。
それ以来、今年で丸34年になります。
この間、誰一人として弟の顔を見た、あるいは声を聞いたと言う事は全くございません。
私たちも考えられる・出来得る捜索、あるいは調査、あるいはお願い、一通りの事はして来ましたが生死の区別も現在の段階でついておりません。

私現在、街頭におきまして皆様から大変温かいご支援を得て拉致問題のアピール活動を行っておるんですけど、その折ですね。
「特定失踪者って何?」あるいは「特定失踪者が何故拉致なの?」と良く聞かれます。
特定失踪者と言いますのは、全国から寄せられたあるいは公開・未公開に限らず、届出をした失踪者を調べて拉致の可能性のある人については、政府に調査・要請・提言をし、一方では拉致被害者の救出活動を支援しておる特定失踪者問題調査会という民間の機関が東京の飯田橋にございます。
この特定(失踪者問題)調査会の方に申し出をして調査をしておると言うことでございます。

私思いますのに、特定失踪者が全部が全部拉致だとは決して思っておりません。
しかしながら、特定失踪者の中にも北朝鮮に拉致された数人か、あるいは数十人か数百人か分かりませんが、必ずいる事と確信をしております。
政府の認定された拉致被害者は16名の内5名が帰還されて、いまだに11名の方は帰って来られません。
と同時にですね。
特定失踪者の中にも、この拉致問題について大変遠い日本の国を思い、家族を思い、待ち続けていることと思います。
卑劣極まりない北の金正日は国家戦略として、何の関わりも無い一市民を一方的に略奪して自分の命の存命、国の存亡の為に人質カードとして使って返そうとしません。

日本の国は被害国なんですけども、この拉致被害者を救出する為の策と言うのは無為無策。
国としての対応、余りにも情けなく怒りの気持ちを持ち続けてきましたが、このたびミサイルを発射されて目が覚めたのか、やっと国民の目に見える形で制裁が発動されました。
ここは一つ、北朝鮮の理不尽な言動に声を上げて、北朝鮮で拘束されている何名か何十名か何百人か知りませんが、邦人の身の安全と救出に大きな声を上げて日本政府を後押ししていきたいと思います。
今後も拉致問題の全面解決の為にアピール活動を続けていきたいと思います。
どうか皆様、今まで以上にご支援を頂きたくお願いをしまして、私の訴えとさせて頂きます。
本日はありがとうございました。(拍手)

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氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時の年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時の身分 会社員
特徴 中肉。
失踪場所 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
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06.7.23 井上克美さんの兄 川口市民の集い(4)川口総合文化センターにて

『特定失踪者・井上克美さんの兄の訴え』

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(写真は左より、井上克美さんの兄と母親のイトノさん)



私は井上克美の兄ですけど、その当時は私と弟で川口に住んでいました。
私は蕨で仕事が浦和の・・・・(聞き取れず)で二人で仕事をしたんですけども、それから私は別の仕事を選んで川口出まして東京に行ったんですけど。
その直後だったんですけど、拉致と言うのは。

今も母が言いますように12月29日の忘年会でね。
それから突然いなくなったと。
それから34年経って何のね、音沙汰も無いんですよ。
その間に私たちも、警察に行っていろいろ調べましたけど、その時の免許証のね。
(有効期限が)切れたから、もう私たち家族もこれは日本にいないと。
他の国にいるんだとそう思ってね。
必死に諦めたんですけども、ね。 

それから今こうやって皆さんの力を得て頑張っているわけですけども、私たちもね。
母ももう82歳ですよ。
ね、だから、元気なうちに弟に会いたいと思います。
これからも皆さんにお力添えを頂くようになると思いますけど、すみませんが宜しくお願いします。(拍手)
posted by ぴろん at 12:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする