2006年08月12日

06.7.23 井上イトノさん 川口市民の集い(3)川口総合文化センターにて

『井上イトノさん(特定失踪者・井上克美さんの母)の訴え』

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皆さん、こんにちは。
私は前橋の者なんですけども、息子が、井上克美の母です。
皆さんいろいろお世話さまになります。
今日はこんなに大勢の方お集まっていただいて、本当にありがとうございます。

うちの息子は(昭和)46年12月29日、忘年会が終わったその足でいなくなってしまったんです。
で、29日の夜だったです。
31日に前橋の井上家の方に、あの、結婚してました。
で、お嫁さんから「克美さんは行ってますか?」と電話があったんです。
で特に来ていないもので「来ないよ」と言ったら、「まだ29日に出たっきりうちに戻って無いんですよ」と嫁から(連絡が)ありました。

で、早速、31日の夜でしたから、あくる日は元旦でしたね。
その時主人と二人で早速川口へ行って捜しましたけども、とにかくお正月のことですから交番も何もあの当時、もう34年も前の話ですから閉まっててね。
どこの誰にも会わずに捜し求めて帰ったようなわけなんです。

それから始まってお正月が終わって私はね。
いろんな所に、何て言うんでしょうね。
あの当時は占い師って言うのが流行ってたもんで、皆さんに聞いては占い師の所へ行って占って貰いました。
それが何べんと無く、1週間くらい置いて次は何を言ってくれるかな?と思って行って。
結局その占い師さんも行った先をそれ以上行かないように足止めをしてくれる、そういうあれがあったんですよね。
足止めをしてもらいました。
そういう所にも散々行きました。
でも結果は全然帰って来ないし、一度も便りは無いし、本当に今の今まで音信不通なんです。

その時息子は、親の反対を実は押し切って若いのに結婚してましたので、お嫁さんは大きなお腹をして、12月にいなくなって1月の10日に出産しました。
その子供がもう34歳になりました。
息子の親も知らずにあれしてますけども、あの、皆さん。
川口の皆さんには本当にお世話になっています。
私は前橋ですから中々出て来られません。
皆さんに署名運動や何かでみんなお世話になっていますけども、皆さんどうぞこれからも宜しくお願い致します。(拍手)

・・・・・・・・・・・
氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年6月8日
性別 男 当時の年齢 21
身長 体重
公開 第4次公開
当時の身分 電気工事店勤務
特徴
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時〜1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html


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06.7.23 飯塚耕一郎さん 川口市民の集い(2)川口総合文化センターにて

『飯塚耕一郎さん(田口八重子さん長男)の訴え』

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川口の皆様、はじめましてと言うか本日はお呼び頂きまして誠にありがとうございます。
田口八重子の長男で飯塚耕一郎と言います。
大変すみません。
本日は遅れてしまいまして誠に申し訳ございませんでした。
また、お忙しい中お集まり頂きまして誠にありがとうございます。

昨今の今の現状を推察するに、北朝鮮は苦しんでいると言うのが私の所感でございます。
どういう因果か分かりませんけども、北朝鮮がミサイル発射を引き起こして、国連並びに中国及びロシアからもだいぶ敬遠されている状態です。
やはり北朝鮮として外交のカードが無くなって来ている状況だと思います。
ミサイルと言う脅迫を使って、北朝鮮は外交上何とか生き残ろうと考えているのだと私は推察いたします。
で、その最中、対南工作の一環だとは思うんですけども韓国と言う国を取り込んで、世界的に認められる存在にまた戻そうと言う動きが出ているのではないか?と思っています。

今回ミサイルと言うのはその発端で、大分北朝鮮が我々家族会が本来求める姿、要するに追い込むと言う姿になりつつは有るんですけども、これはあくまでも今現状ミサイルと言う北東アジアの安保の状態から突きつけられており、拉致問題という観点では中々クローズアップされていないんじゃないか?と思っています。
実際G8なり国連の決議なりで拉致問題という部分は取り込まれておりますけども、やはり安保と言う部分が第一優先であって、拉致と言う国家犯罪の部分は中々クローズアップされていないのが現状ではないのか?と私は考えています。

ですので、北朝鮮が今後どういう行動に出てくるのか分かりません。
正直言いまして、またミサイルを作って北朝鮮としてミサイルと言う外交の武器を持っているんだというスタンスで、また6カ国協議なりに臨むというスタンスを考え得るかも知れません。
ただ、我々は、我々日本国としてはその安保と言う部分も大事なんですけど、拉致問題と言う部分でこれだけ酷い事をして来ているんだという部分をアピールをする事も、今から更に重要になってくるのではないか?と思っています。

日本として被害者の国であるということで、北朝鮮の方が解決済みだと申し上げても、我々は納得する形では解決はできていない。
解決できていないに決まっているだろうと、そういう強いスタンスで強い意思を持って北朝鮮に対してアピールしていきたいと思っています。
そのアピールの中で皆さんの更なるご協力を頂ければ誠に幸いかと思います。
短いですけど、ご挨拶と代えさせて頂きます。
どうもありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 11:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.7.23 本間勝さん 川口市民の集い(1)川口総合文化センターにて

拉致問題を考える川口市民の集いより 
06.7.23 川口総合文化センターにて

『本間勝さん(田口八重子さんの兄)の訴え』

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どうも皆さんこんにちは。(こんにちはの声)
田口八重子の3番目の兄であります、本間勝と申します。
今日は耕一郎が今遅れていますので、そのつなぎとしてすみませんが宜しく。
気持ちを述べさせて訴えさせて頂きます。

八重子は22歳でもって東京の豊島の池袋から拉致をされたんですね。
その時は耕一郎が1歳で、その上にお姉さんがいまして3歳ですね。
その3歳と1歳を残して北朝鮮に拉致をされたんですが、どこから拉致をされたって言うのは、まだ今ひとつハッキリしないんですね。
北朝鮮の言っている港とは違う、・・・(聞き取れず)と言う港に上陸したと言っている。
ちょっとどういうルートで渡ったのか?というのは結局分かりません。

その当時ですね。
うちの八重子が拉致される前に、ちょっと今日お見えになっていませんが藤田進さんが拉致をされているんですね。
川口と言うのは、皆さん、我々運動している中で分かると思うんですけどこの8人。
8人の人が濃厚となっております。
皆さん家族は本当に沈痛な思いでですね。
横田めぐみさんのご家族の皆さんのいろんな行動の話を聞いていると思いますけど、家族の気持ちは同じなんですね。
そういう悲惨な気持ちで、もう一日も早く八重子も戻ってくるように、またこの家族の方々がきょうだいが戻ってくる事を、是非子供が戻ってくる事を切に願って運動を続けております。
先ほど川口の救出運動を皆様に紹介して頂きましたけど、そのなか川口の署名運動を手広くやっていただきまして、安倍官房長官に相当の署名をお届けしております。

川口と言うのは皆さんご承知の通り鋳物の町なんですね、昔。
今でもまだ鋳物の工場が残っていると思うんですけど、当時そういった鋳物工場に朝鮮半島から連れて来られた朝鮮の人々が多数住んでいたんですね。
僕も川口に一時いたんですけども、そのころ・・・(聞き取れず)にもいましたよね。
それで北朝鮮への帰還運動と言う事で昭和35年ですか。
始まりまして、以来15何回か8回くらい帰還船が出ているんですね。
それで約10万名近い人々が北朝鮮に帰還されているんですね。

そういった中には、日本人、日本人妻って言われる人々が家族として北朝鮮に帰っているんですね。
そういった人々が、北朝鮮の・・・(聞き取れず)っていうのは、そういった日本にいた在日の人々・家族、そういった人々は元々北朝鮮にずっといたわけでは無いですから、処遇と言うのは酷い処遇を受けているということですね。
北朝鮮に戻った人でも朝鮮の労働党の幹部なんかになっている人は平壌に住んで優遇されているのに、あまたの日本人関係者は北朝鮮の中でも差別をされているという実態が有るそうです。
それは我々の拉致問題の下の方ですね。
そういった日本人妻問題、そういう人たちがいまだに自由往来できないでいると言う問題が続いているわけですね。
だから 北の問題は我々家族が生きて帰ってきて、そして特定失踪者と言われる方々が全部日本に戻ってきて、生きて帰って拉致問題の解決と言うのが着いて、初めてそういった日本人妻の人々は自由往来できるようになるんだと思うんですね。

北朝鮮の金正日の、首領様と言われてますけども、そういったその人の許可が無ければ一切そういう行動は出来ないと言われております。
だから今の北朝鮮の現状は体制を変えない限りは、金正日首領様をね。
あえて「様」と言いますけども、先軍政治という軍を中心として先頭にして、国民を蔑ろにした軍事力でもって国家体制を維持しているんですね。
そういった話は専門じゃないんですけども、そういった国家体制の酷さ。
そこに住まわされている我々の家族が今どうなっているのか?と言うのは、本当に悲惨な思いをしているんじゃないかと思われる。
決して優遇されているとは思いません。

そういった一日も早く日本に連れ戻す為には皆様の温かいご支援でもってですね。
一日も早く取り戻すよう、皆さんご協力をお願いしたいと思います。
宜しくお願い致します(拍手)
posted by ぴろん at 00:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(川口集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月08日

06.7.14 横田滋さん 東京連続集会20(8)友愛会館にて

『横田滋 家族会代表のお話 その2』

皆さんのお手元に緊急声明と言うのがありましたが、7月5日の時にこれが出た時にやはりマスコミの方から私どもの方に感想というかそういった問い合わせがありました。
それで我々は「家族会に聞くような問題ではなくて安全保障の問題だから、そちらの専門家に聞いた方が良いのではないですか?」と言ったら、「拉致問題にどういうふうな影響があると思いますか?」と問い合わせがありまして。
それに対して「拉致問題だけを取ってみれば北朝鮮の窓口を閉ざすから、それはマイナスだと思います」と答えました。
しかしこれは安全保障の問題で日本政府としては非常に速やかに行われて、お昼ごろには万景号を止めることが決まっていましたので、素早い対応で良かったというような事を話をしました。

しかしその次の日には憲政記念館で、金英男さんの会見についての我々の感想を聞かれて、そちらの方に行ったんですけど。
その地下鉄の駅を降りて憲政記念館に向かっている途中で安倍官房長官から電話がありまして、昨日万景峰号を半年間止めると言う事だったけれども、それについては今日も記者会見をして、それはミサイル問題だけではなくて拉致問題も含めての制裁だということを改めて言い直したので。(拍手)
マスコミには午前中に3回くらい、定例の記者会見はもちろんありますけど、記者会見をしたと言う事を仰ってくださいました。
それで私もその時に以前から拉致問題での経済制裁という事は家族会・救う会でも言ってましたんですが、それが今回ミサイルの事で経済制裁が行われたわけですけども、ですから拉致にとっては若干マイナスかと思いますけど、こういう形になったので、非常に拉致にとってもプラスになると思っていますという事で、感謝申し上げます。(拍手)

・・・集会終了・・・

2006年08月07日

06.7.14 西岡力氏 東京連続集会20(7)友愛会館にて

『西岡力 救う会副会長のお話 その2』

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今の金英男さんの会見についてですけど、安明進さんも言いましたけど実は韓国には、さっき安明進さんはビデオ係りだと言いましたけど、金英男さんが拉致被害者だと認定されたのは今回のDNA鑑定の結果では無いんですね。
この新聞記事があるんですけども、これは1971年の11月27日の韓国の東亜日報という新聞の記事ですが、ここで「高永復教授36年間韓国でスパイだった」
ソウル大学の教授が36年間スパイだった。
その人に会うために夫婦のスパイがソウルに派遣されてきたんです。
で、奥さんが自殺をしてそして男の方、これが教授でその下この人がスパイなんです。

・・・資料より一部引用開始・・・

崔正男 19期生
     連絡部工作員 
     1996年、夫婦で韓国に侵入し工作活動中に逮捕
金正男ら韓国人拉致被害者から韓国人化教育を受ける。安明進が金正日政治軍事大学で目撃した日本人教官を目撃している可能性有り

・・・引用終了・・・

崔正男、安さんの先輩で政治軍事大学の分校にある以南化環境館というところで韓国人化教育を受けて、そして3人の高校生が失踪した高校生が実は自分の先生だったと自白したと、いうふうに韓国政府が発表したと。
韓国政府の発表と違う事を、ここに金英男さん出てるわけですね。
英男さんが違う事を言わされていたことについて、韓国政府が反論しなければ誰が反論するのか?というふうに崔祐英さんや李美一さんがソウルで記者会見をして言っていました。
それはこの事なんです。

で、ここを見ますとですね。
金正日がこう言ったと。
「朝鮮戦争で北に来た人間たちは歳が多くなったので南朝鮮の人間を拉致して対南工作に利用しようと命令をして、それに従って拉致が行われた物である」と言うふうに崔正男が自白したと。
韓国政府の発表文なんです。
日本人拉致も「1976年の金正日の命令によって行われた」と安明進さんが言ってるわけですけど、それと同じ事を崔正男氏が取調べで言ったと、いうふうに91年の11月に韓国政府が発表しているわけです。
拉致の首謀者は金正日である、と言う事がここでも明らかになってるわけです。

そして今日お配りした資料はですね。
実は今名前が公開されている韓国にいる元工作員の名簿をお配りしました。
この人たちは捕まったりですね。
あるいは安さんのように自分で亡命したりして1度以上記者会見をしている人たちです。
それ以外に非公開の人たちが何人かいるようですが、金正日政治軍事大学、昔は朝鮮労働党中央委員会直属政治学校と言ったんですが、そこの出身者たちです。

韓国政府の発表でもですね。
崔正男さんが19期生でいますけどその上に金東植さんという人がいてですね。
この人も金英男さんを見ている。
言うふうにこのときの発表で書いている。

・・・資料より一部引用開始・・・

金東植 19期生、1962年9月28日生
     1980年8月、社会文化部(現在の対外連絡部)工作員に選抜
     1995年10月24日、韓国内で工作活動中に扶余で逮捕
金英男ら韓国人拉致被害者から韓国人化教育を受ける。安明進が金正日政治軍事大学で目撃した日本人教官を目撃している可能性有り。 

・・・引用終了・・・

私もこの中の何人かの人に会いに行ってるんですが、韓国政府がこの人たちに対して強い圧力をかけて拉致問題の真実を言わないようにさせている、というふうに複数の関係者から私は聞いています。
しかし、崔正男さんと金東植さんの証言によって5人の高校生の拉致が明らかになってるわけですし、その下の21期生車成根、車と書く人ですね。

・・・資料より一部引用開始・・・

車成根 21期生
     1996年、ザンビアで空手教師として勤務中に亡命
     1996年5月9日毎日新聞で日本人拉致について証言
安明進が金正日政治軍事大学で目撃した日本人教官を目撃している可能性有り

・・・引用終了・・・

この人が毎日新聞の96年に日本人の拉致に対して証言していまして、その記事を持ってきていますけど、自分がやったと言うわけじゃないんですけども、自分の指導員から1980年代初めに日本海の海岸近くの公園を散歩していた20歳くらいの男を拉致してきたと、作戦を実行した指導員本人から聞いた。
日本人拉致は作戦部では常識だと。
ドル偽造の事も聞いていると。
ザンビア派遣での作戦で貰った1万ドルが偽札でなかった証拠は無いが、常識的には偽札は持たせないだろう。
偽旅券は私も使いシンガポール人になりすました。
アヘン密売の話を聞いた事もある。
96年の段階で言ってるわけです。

韓国には実は情報が一杯ありまして、韓国が左翼政権になるまでは我々を助けてくれたのは韓国なんです。
めぐみさんの拉致も韓国の助けによって。
日本の警察に最初情報が来た時は日本の警察は無視をして明らかにならなかったわけですけども、韓国の意図的な情報リークがあり分かったわけです。
金賢姫の事も辛光洙の事もみんな韓国からの情報提供があったわけです。
今逆の状況になってるわけですけど、情報自体は韓国にたくさんあるわけです。

そして一部ですね。
金英男さんの後妻の方が出てきたので、とにかくめぐみさんはあの家族から離されているんじゃないか?と。
だから、もしかしたらば亡くなっている事も有り得るんじゃないか?と言う質問を、地方に行ったとき全然別の所の二人から聞いたんですが。
これは救う会は2004年に発表しているんですが、これも韓国にあると思われるある事が、私たちが確認している情報なんですが、めぐみさんは金正日の息子の内の一人の日本語の家庭教師をさせられていると。
95年前後の2年間だという情報が私たちに分かった、韓国にそういう情報がある。
その事を知っている金正日書記室の副部長クラスの人間が韓国にそういう話をしているという情報について発表したんですが、週刊文春の7月13日号で全く同じ情報の話が出ていまして、出所が護衛司令部第9部の人間が韓国に来て話をしたという事になっているんですが。
出所が違うんですが、中身が全く同じ話がここに出ています。
私はもう一つ全然別の西側の情報関係の人からも同じ話を聞いています。

安さんから前にちょっと聞いた事があるんですが、金正日の家族の所に連れて行く場合は、いくら小さい子供がいても無理矢理引き裂いて連れて行くだろう。
5歳の子供と会えなくなるとなれば、精神的におかしくなっても、また一時的におかしくなっても帰りたいという状況になってもおかしくない、いうふうに思います。
とにかくあの一家とは離された。
蓮池さんたちも94年4月以降は全然全く消息が分からない。
死んだという事も知らない。
葬式にも出ていない、同じ所に住んでいて葬式にも出ないなんておかしいんです。

しかし今まで使っていた病院でいろいろ聞いてみても分からないということは、別の所に連れて行かれた。
三号庁舎よりもっと秘密の所があるとすれば、金正日ファミリー以外は有り得ない。
三号庁舎の病院と金正日ファミリーの病院とはまた違う。
言う事ではないかな?と。
まだ真実は明らかになっていませんけども少しづつ見えてきていて。

最後にミサイルの話をして今日の集会を終わりたいと思いますけど。
今回の金英男さんの会見も、つまり日本の怒りが解けないから。
日本は去年の11月以降、実は法律を厳しく適用すると言う事実上の制裁をやってるんです。
これ、かなり効いています。
朝鮮総連が潰れるかもしれない。
朝鮮総連に対して今600億円の損害賠償の訴訟を日本政府が起しているんです。
朝鮮総連の財産はいろんな試算がありますけども、200億円を越えないだろうと。
この裁判で勝てば、朝鮮総連の財産を全て没収される、と言う裁判を日本政府が起している。

科学技術者協会という朝鮮総連の下部機関が、不法に日本からミサイルや核に関する技術などを北にどんどん送ってきた事についても捜査が進んでいます。
税金の問題も大変不明朗な点があったという事についても、かなり厳しく法律が適用されて来ています。
それで民潭を使って総連を守ろうとしたんですが、それも失敗した。
日本の怒りを解かなければ駄目だし、今度はDNA鑑定までされてしまって韓国も日本の怒りに合流しそうだと。
崔桂月さんはあのまま行けば国民大集会に来て「金正日けしからん」と、横田さんと一緒にこぶしを上げていたわけです。
この事が無ければ。

それは絶対に阻止しなくてはいけない。
13歳と16歳、両方シンボルが二人出てしまって、両方が北の政権けしからんと言って制裁せよと言うと。
それにアメリカがブッシュ大統領が早紀江さんに会ってくれて、後押しをしてくれる状況になりそうになる。
それで北朝鮮には大変危険な、韓国人拉致被害者で尚且つ三号庁舎の中にいた人間を出すと言う賭けに出てきた。
そして何とか韓国の世論を拉致の怒りを解こうとしたけど、失敗したと。

もう一方、アメリカの金融制裁も物凄く効いているんです。
最近聞いた話ではですね。
ゴムを輸入できなくて、靴が作れなくてですね。
豚の皮で靴を作っている。
外貨が無いわけです。
有るお金も動かせないわけです。

今、マカオの銀行をやりましたけど、それ以外に実は中国銀行の香港支店に280万ドルの偽札が預金されたと。
預けた人間を確認する為に13万ドルだけ下ろさせたら、その結果北朝鮮が預けた事が確認されたと。
残り260万ドルが偽札だと、いう事が明らかになってきまして、中国銀行も偽札に加担しているという情報をアメリカは持ち始めている。
それに対して制裁をかけるかどうか?という事になっている。
またスイスの銀行に北朝鮮は秘密資金があるんですが、実は北朝鮮が何かの商取引で未払いが出て告訴した。
その告訴状に自分の銀行の口座名を書いてしまって(笑い声)、スイス当局が北朝鮮の口座を一部発見した。
それは犯罪資金として凍結されている。

アメリカは北朝鮮に対して偽札をやっていたと認めろと、そうすれば金融制裁を解いてやると。
で、偽札の版を出しなさいと。
版は15枚あるんです。
アメリカが確認している。
段々発達していくわけですね。
偽札の技術が(笑い声)、だから版があるんです。
出さない限りまたするかもしれないから、だから口で言っても駄目だと。
出したら、お前本当にやっていたな?と。(笑い声)

現金と食料と燃料が無いという状況で、今年の正月や2月や4月の、彼らの礼節というんですけどね。
金正日の誕生日や金日成の誕生日に贈り物が満足に出来ないような状況だと、いうことです。

それで金正日には道が二つあるわけです。
拉致を認めてめぐみさんたちを返し、核・ミサイル開発を止める。
そうすれば国際社会は彼との共存を選ぶことになる。
もちろん北朝鮮の中の人権問題があります。

しかし、彼はそれが出来ないわけです。
拉致の命令者は金正日だから。
三号庁舎に拉致解決の案を出せと言った時に、金正日に責任が被るような案は出せないんです。
そんな物を作ったら、隣の日から刑務所へ行かなければならない。
と、限界があるわけです。
お母さんの前で嘘を言わせるような案しか出来ないんです。
生きた人を死んだといわせるような案しか作れないんです。

核・ミサイル開発も、金日成が死んだのは94年ですよね?
金正日が全権を握った後、300万人の餓死者を出しながらも彼は核・ミサイル開発を続けてきたんです。
それだけの事をやった者を今、金融制裁がされたからと言って放棄出来ない。
止まらない列車に乗っているわけです。
で、どうするか?と言うと、今みたいな金英男さんを出して嘘をつかせたりして日本を鎮めようとして失敗したと。
ミサイルを撃っても、ミサイルを撃って彼らの手法で緊張を高めるわけです。
高めた緊張を交渉材料にして、もう撃たないから何かをやってくれ、と。
もう撃たないから金融制裁を止めてくれ。

金融制裁は偽ドルについてかかっているのに、ミサイルを撃たないから金融制裁を解いてくれと。
理屈に合って無いんですけども、今までは、つまりアメリカのクリントン政権の時は、「北朝鮮は変りつつある。我々の政策は成功しつつある」と国内に説明しちゃったもんですから、変わって無い事をやられると困るんで悪い事をしそうになったら、悪い事をしたらば褒美をやって止めさせる。
言う政策を執ってたわけです。
変わりつつある、と言ってしまった方が負けなんです。

しかしブッシュ政権は悪い事をした人間には褒美をやらないと、言う事を決めたわけです。
今回彼らが緊張を高めたらば、その責任は国連の非難決議になったんです。
少なくとも中国も非難決議までは合意しているんです。
これは日本外交でかつて無かったことです。
非常任理事国の日本が国連の安保理事会を引っ張って、そして反対していた中国が議長声明じゃなくて非難決議まで中国に出させる所に持ってきた。
今は日本と中国の間で文案の折衝をしているわけです。
彼は拒否権を持つ、こちらは無いのに、日本が毅然とした態度を取って国際社会を味方につければ、北朝鮮の悪事は孤立するんです。

でも彼らはまだ懲りないでしょうから、金正日の責任を認める。
核を止める事も拉致を認める事も金正日の責任と直結しますから、まだ出来ないでしょうから、もう一回緊張を高める事はやってくる。
ミサイルの開発か、再発射か、あるいは核実験をやるか。
やればやるほど国際社会から孤立する。
そして中国やロシアも応援できなくなる。
韓国もさすがに応援できなくなる。

後は韓国と南北首脳会談をやって韓国を大混乱に陥れるという事をやるかもしれませんが、すでにもう韓国の世論は盧武鉉の対北政策は失敗だったと思う人が過半数を超えたと。
多数です、すみません。
成功だと思う人より失敗だと思う人が初めて多くなったんです。

嵐が吹いてきた事は間違いが無い。
去年から私はこう着状態ではないと、嵐の前の静けさだと何回もここで言いましたけど、嵐が吹いてきたと。
北朝鮮がたまらなくなって動いてきたと。
北朝鮮は時間稼ぎが出来なくなったと。
ばたばたして来て失敗しているんです。
しかし、耐えられなくなるから今までの手法で緊張を高めたり嘘を言ったりするしか無いんです。
そして失敗をする。

金英男さんも出てきたわけです。
拉致を公式に、事実上認めたわけです。
いないと言っていたのに。
韓国版9・17です。
部分的だけど認めざるを得なかった。
追い込まれたんです。

もう一歩の所までは来ているわけですけれども、後は、つまり必要条件は満たされつつある。
救出の必要条件は満たされつつある。
しかし十分条件は何か?と言うと、どこに何人いるか?ということを知るという事です。
無事助ける為にはどこに何人いるか?ということが分からなければ、助けられないんです。

もちろん日本政府は今、実は法を厳しく適用するチームと一緒に情報を検討するチームを作って、政府を挙げて、今政府が持っている情報を一元的に管理して、必死で情報分析作業をやっていると私は理解しています。
今までそれも無い事だと思います。
各省庁、各いろんな機関が持っている情報を、拉致に関する事でひとつに集まって分析されている。
そこへ、帰ってきた人たちもかなり協力をしているというふうに聞いています。

しかしそれで、一生懸命やっていると言うのが助け出すイコールではないですから、まだ十分条件にはなり得ないんです。
必要条件は満たされつつありますけども、十分では無い準備の中で全員取り戻す事をしなければならない。
しかし、彼らがばたばたして来ている事だけは間違いが無くて。
拉致はテロだと言ってきたり、何回もアメリカに行ったりヨーロッパに行ったり、日本中世論を盛り上げてきた事は間違いが無かった、というふうに思っています。

今日お配りしたミサイルが発射された時の声明の中にはですね。
一番最後に最後に金正日テロ政権は追い込まれつつあると。
国際社会が団結して強力な圧力をかけて、彼らから核とミサイルを取り上げ、全ての拉致被害者を取り戻し、北朝鮮人民を人権抑圧から解放する事が出来ると。
拉致被害者の皆さん、もう少しの辛抱です。
元気で救いの手を待っていてくださいと、言うふうに書かれてありますけども、まさにそういう状況だと思っています。

救う会では9月に幹事会を開いて、12月に北朝鮮人権法が設定する啓発週間がありますけど、そこで何をするのか?
あるいは国連の安保理事会でいよいよ拉致問題が取り上げられるようになりましたから、安保理事会に対して我々がどう働きかけをするか?ということも、9月の幹事会を目指していろんな事を考えています。
また皆さん方にお願いする事もたくさん出てくると思いますけども、いよいよ、今までですとね。
このまま行ったら負けてしまうとですね。
だから集会でも助けてくださいと言いましたけども、死んだという事も定着されると言うことも無くなりました。

それはもう、今回の事で大失敗だという事で、もう日本政府が生存を前提として交渉すると言っているわけです。
今回日本政府が日本語のパンフレットを作ってくれたんですけども、その中でも政府としては拉致被害者が全て生存しているとの前提に立ち、北朝鮮に対して被害者の即時帰国、真相究明及び拉致実行犯の引き渡しを強く要求すると共に、北朝鮮側に納得できる対応が無い場合には厳しい対応をとる方針である。
つまり今まで言ってきた事が、ちゃんと文章で書いてある。
これ6万部作ったそうです。(拍手)

もう一歩だと思ってますので、お疲れで大変だと思いますけど、そろそろ休んで頂いても良いんじゃないか?と。
元気で待って頂かなくてはならないと思っています。
宜しくお願いします。(拍手)

06.8.5 鄭成山さん 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・証言集会より

ミュージカル「耀徳(ヨドック・)ストーリー」日本公演実現に向けて
「ヨドック・ストーリー」原作者・鄭成山(チョン・ソンサン)氏 証言集会より
06.8.5 食料会館にて

鄭成山(チョン・ソンサン)氏のお話

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みなさん私は背が低いのでマイクをあげて話します。
私が日本に来て一番苦しいのは食べ物です。
その理由は、生もの、刺身を食べるとすぐにお腹を壊してしまうからです。
韓国では私の食を、非常に田舎臭いと。
昨日の夜は刺身を食べたのですが、昨日夢で鮫になって泳ぐ夢を見てしまいました。(笑)

しかしこれからは日本に数多く来て、日本の料理になれるようにします。

まず本題に入る前に、拉致された日本人、何の理由もなく、拉致される根拠もない日本人を北朝鮮に連れて行った金正日にかわって、同じ北朝鮮の人間である私が皆様にお詫び申し上げます。

スパイを育てる、又対南工作を行うために、何も知らない純粋な、優秀な女学生を拉致し、そうした被害を及ぼした金正日は人間ではなく、人間の面をかぶっている悪魔ではないでしょうか?

また、金日成・金正日の悪口を言った、お酒に酔っぱらって、ちょっと悪口を言ったり、当事者ではないおじいさんお父さんの経歴によって−−たとえば韓国に親戚がいたり、朝鮮戦争の時に韓国のために仕事をしたとかの−−過去の経歴のために政治犯収容所に送られたり、殺されたりする、そういう北朝鮮というのは、本当に神から見放された国ではないでしょうか?

そのような彼(金正日)のことを、これから≪悪魔≫と表現します。まれに見る悪魔に、又その悪魔に従って忠誠を尽くしている北朝鮮の偽善者たちの前に私は敢えて挑戦状を突きつけました。その挑戦状が「耀徳(ヨドック)ストーリー」です。

私の「耀徳(ヨドック)ストーリー」の話をする前に、北朝鮮の人権問題に真剣に取り組んでいるみなさん、又拉致の問題に真剣に尽力なさっている、ここにいらっしゃる小川(晴久)先生、山田(文明)先生、三浦小太郎さんにもう一度感謝を申し上げます。

又私達を招待していただいた北朝鮮の帰国者の人権を守る会に感謝いたします。

「耀徳(ヨドック)ストーリー」を一番最初に制作しようと気持ちを固めたのは2000年の2月頃でした。

その前は私はお金を稼ぎ、もしまとまったお金があれば、北朝鮮に残っている両親を韓国に連れてくるために中国の公安関係者をお金で買収をしようとしていました。

その前の1994年、私は韓国の放送を聞いたと言う罪を問われたので、私は脱北し、うちの両親は(ヤンガンドク?=収容所の場所)に収容されていました。

そして私は両親をお金を使って(カンウォン?)というところまで連れ出しました。

その最中、2002年のとても衝撃的な知らせに接しました。その知らせというのは、私の父親が北朝鮮の22号収容所(ヘヨン?収容所)というところで公開処刑されたというニュースでした。

よほど、殴られて、殴られて殺されたと聞いています。

その理由と言いますのは、私が韓国に来まして、韓国で作られる北朝鮮に関わる映画−−みなさんもご存じだと思いますが、「JSA」や「シュリ」、KBSのドラマで「ツツジの花が咲くまで」というドラマがあるんですが、そのドラマの内容に金正日の一番知られたくない私生活の部分が描かれているものですが、それに協力したからです。

その知らせを聞いたとき私は一瞬でありますが韓国で生きていく意味を失いました。
自殺を図り、自分の体を切ったり、水に飛び込もうとしたり数十回も考えましたが、結局は死ねませんでした。その時私は、感じました。『このままでは絶対に死ねない。』と。

その時に何かをしようと決心しそして、作ったのが『太陽の呪い』という北朝鮮の映画のシナリオを書きました。しかしそのシナリオを持って韓国のいろんな制作会社を訪問しましたが、どこも相手にしてくれないし、又、変人扱いされました。

その時ちょうど、金大中政権が執っていた『太陽政策』の中で(私のシナリオは)本当に南北平和を壊す、時代を歪曲するような内容だと言われました。

そして、テーマを私はミュージカルに変えました。タイトルも「耀徳(ヨドック)ストーリー」に変え、人を恨み、憎み、復讐を誓うそういうストーリーから、赦す、愛する、そのような人間のヒューマニズムに近いストーリーに変え、又、イデオロギーや思想は 何より人権の問題にはかなわない、人権の問題より先にしてはいけないという、そういうテーマに変えたわけです。

そして去年からミュージカル制作に取り組んできたわけですが、しかしその時まで、韓国に数多く存在していた、保守陣営、右翼、その時まで、金正日を打倒し、金正日政権の崩壊を声を高く訴えていたそう言う団体が、いざ尋ねていくと私を無視し、相手にしてくれないそう言う現実に遭遇しました。

ソウルにある、ある・・団体に何日もかよってやっと200万ウォン=20万円ぐらいの金銭的支援をもらったこともあります。その時私はとても辛く、はたして私が進もうとしている道は正当なのかと、本当にこの方向でやっていって良いのか悩みました。

その時に、私に本当に力を貸してくれた人たちというのは、私と同じように北朝鮮から脱北してきた、韓国にいる脱北者たちでした。

そう言う悩んでいるときに、この場に来日している金英順(キム・ヨンスン)さん、みなさんご存じの姜哲煥(カンチョルファン)さんアンミュンチョル氏・・・など脱北支援団体の方が、私に不足しているお金、10万20万渡してくれて、又、稽古をする練習場に尋ねてくれ、『韓国の状況は悪いけれど、勇気を失わずに頑張ってくれ』と間食を差し入れてくれたりした、そのような行為が私に『これは進むべきだ、これからやるべきだ』という決心をさせてくれることになりました。

誰も、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」が公演されるとは予想している人はひとりもいなかったんです。

私自身も、「耀徳(ヨドック)ストーリー」のミュージカルの幕が上がるのかと心配になったこともあります。また、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」のミュージカルに対していろんなところから脅迫の電話、脅迫のメッセージがあったり、時々変な人が練習場に尋ねてきては、おかしな事をする、そのような、おかしな状況で、本当に自分自身が死と背中合わせでやっていく、そう言う日々でした。
助監督を務める人に、『私が万が一何かがあっても、必ずこの舞台の幕をあけろ』というそういう命令したこともあります。

そして韓国の国家権力は、情報関係者を私のところによこして、シナリオに問題点を提起し、『シナリオの内容は、韓国国家保安法にひっかかるよ』と。なんとなくシナリオの盛り上がりに水を差すような、そういう脅迫も私にありました。

その一連の流れで、一番決定的なダメージを私達に与えたのは、去年の11月、公演を予定していた劇場(これはソウル市内にある劇場であったのですが、そこが韓国政府の圧力によって、我々の公演を辞退してしまった。『協力なんかできない』と言う連絡が来たことが、一番ショッキングな事でした。

それに連ねて、政府がこのような圧力をかけると知ってしまった投資家、制作に金銭的に協力してくれる制作担当者が、投資を、金銭的協力を止めるという連絡をしてきました。

私の人生であの期間ほど、涙を流した時はなかったでしょう。

しかし、何とか公演できる劇場を確保しなければいけないので、私は自分の心臓を担保に2000万ウォン(日本円で200万円)を借りました。

本当に辛いそういう環境の中で、本当に諦めずにやらなければいけないという、その気持ちの支えになったのは収容所で亡くなった私のお父さん、又、収容所を経験している金英順(キム・ヨンスン)お母さん、その他の脱北者たちの恨みをはらさなければいけない(という気持ちです。)そして私の心臓を担保に、自分の体を売ってもなんとかこの作品を上演させるという決心が深まりました。

そしてその後、そのような一連の動きが韓国の新聞に報道され、何となく社会的雰囲気が追い風になったときに私は、「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演は神様が支えてくれていると思いました。
その新聞報道が出た後に、1日2000万ウォンの募金が入るようになりました。

また、約1000人ほどの後援者が、韓国のお金で一億1000万ウォン(日本円で1100万円)を集めてくれました。そのために、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」のコピー、宣伝文句は『「耀徳(ヨドック)ストーリー」・大韓民国の国民のみなさんが作ってくれました』というコピーに決めました。

確かに舞台の幕が上がった最初は低迷していたんですが、韓国の表現で、大当たりと言いますか、3月26日公演以降は毎日毎回満員御礼が続く大当たりになりました。

この場にいらっしゃるみなさん方にも、その時韓国に来て、ミュージカルをご覧になった方もいると思いますが、3月の公演には、本当に日本からたくさんの団体ツアーを組んで見に来てくださいました。本当にたくさんの日本人が私を応援してくれました。

ミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」は韓国のミュージカルの歴史を少しずつ変えていきます。
まず韓国のミュージカル業界では5つの悪害=これがそろえば公演は成功しないという素材が5つあるそうです。

その一つめが、原作が輸入物ではなく創作ものであること
  二つめは、私のような全くの新人監督
  三つ目は、新人俳優
  四つ目は、どろどろしたストーリー、内容
  それから、非常に環境の悪い劇場

ソウルで公演したとき、この5つの素材は全部私達に当てはまりました。
この5つの悪材を全部ひっくり返したのは、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」が初めてです。

ソウル公演を終え地方公演まで、7月末までやりましたが、のべ7万5000人の観客を私達のミュージカルを見たことになっております。

一番最初に、この作品をやろうとしたときに、スタッフのみなさんが私に言った言葉があります。
「監督さん、この作品は本当に政治的であり、内容もどろどろしたものなので、これは本当に上手くやらないと、みんな夜逃げするようなことになりますよ」と言われました。

しかし敢えてその問いかけにこういう言葉をかけました。
『ミュージカル「耀徳(ヨドック)ストーリー」は核爆弾になるよ』と。

私にいろんな人が、『何故、鄭成山さんは、「耀徳(ヨドック)ストーリー」をそんなに熱意を持っているんですか』と聞かれます。そこで私は、敢えて俗な言い方をします。

  金正日と一本勝負を望んでいます。

金正日はどの文化を、どのように利用し、使えば、上手く政治的に利用できるかを本当によく知っている人間であります。私は、北朝鮮で文化を学んでいたので、敢えてその(文化を政治利用する)金正日と、文化で一本勝負を挑んでいるのであります。

私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」を韓国国内で7万以上の人が見たと言うこと、その裏付けは、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」に力があり、実力があると私は思っています。

それは収容所で亡くなった私の父親、又そこを経験して韓国に逃げてきた金英順(キム・ヨンスン)さん及び脱北者たちが、『私達を忘れないで欲しい』と訴え、また北に残っている(収容所に収監されている)人たちも『私達を助けて欲しい』と願っている、その魂が未だに私に訴えているからです。

北朝鮮の収容所に収監されている人の中にはみなさんの隣に住んでいた人がいるかもしれないし、横田めぐみさんのような拉致被害者もいると思います。

私は韓国に来て韓国の人たちに言ったことがあります。『あなた達は60年間何をやってきたんですか?』
(あーー と深いため息)
7年か8年前までは、北朝鮮の全人口は2300万から2400万人の人口でした。
今現在は、もちろんこれは非公式な数字ですが、1700万から1800万と言われています。

  300万人の尊い命を10年足らずに殺した人はこの世に誰もいません。

亡くなった300万人の中には、帰国船に乗って帰った在日韓国、朝鮮人、もしくは日本人も数多く含まれていると思っわれます。

彼等が何故罪もなく死んでいき、私達は何故その人々を見殺しにせざるを得ない状況を作った人を認めることができるでしょうか?(大意)

そう言う人が金正日なんですが、そう言う人はもうこの世にいなくなるべきです。
そのような悪魔である金正日を1日も早くこの地球上からなくし、また北朝鮮の残酷な実情、人権問題を早く解決するためには、先ほど申し上げた文化の力で闘わなくてはいけません。

その文化を先頭に立って引っ張っていくのが私としてはこの「耀徳(ヨドック)ストーリー」だと考えています。

その方法として、私は今年の9月アメリカ公演を行うことにしました。
このアメリカ公演は、アメリカから招待された、招待公演ではありません。
私達が、私の団体がお金を作って行く、企画公演です。
およそ150万ドルの費用がかかりますが、私は強行突破をはかっています。

それは何故ならば、この私が進もうとする道=行動が正義の行動であり、その意志は天にあると思っておりますので、私はその課程の中でたくさんの後援者ができると信じておりますし、必ず、その後援者を共に「耀徳(ヨドック)ストーリー」のアメリカ公演が実現できるだろうと考えております。

既にアメリカでは、(団体名)のスザンヌ・ショルティさん及び、アメリカ上院議員のサム・ブラウンバックさん、そして名前を挙げるとみなさんご存じの・・・北朝鮮の人権団体の方が後援会組織を作って既に活動なさっています。

北朝鮮の人権問題に非常に高い関心を持っていただいているアメリカの人たち、又、脱北者のみなさんと力を合わせて、金正日の実体を暴く「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演が成功すれば、非常に大きなきっかけになるだろうし、そしてブッシュ現大統領、クリントン前大統領、及びアメリカ政府の色々な人たちに招待状を送るつもりです。

このように、全世界の打倒金正日の雰囲気を盛りあげていけば必ず、金正日を倒すことができる。

そしてそのエネルギーを私は、日本で爆発させたいです。

ここにいらっしゃるみなさんが日本の拉致被害者、及び北朝鮮からの帰国者、脱北者のために献身的に努力を惜しまず行っている行動について、北朝鮮の人々は、決してそのことを無視することはしないでしょう。

これは私の個人的考えですが、本当の意味で北朝鮮を崩壊させ解放できるのは、アメリカ・日本しかないと思っています。

それはなぜならば、この作品を通じて、北朝鮮の人権を切実に訴えたいです。いろんな思想、それぞれの哲学、色々な立場よりも人間の尊厳について、人権及び正義、命に対する尊さをアメリカと日本が力を合わせて、北朝鮮を糾弾しなければならないと思います。

その始まりが、この「耀徳(ヨドック)ストーリー」であり、また日本公演を実現することによって北朝鮮、金正日の首をもっと絞めることになるでしょう。

私の計画としては、2007年、来年にはポーランドのアウシュビッツの跡地でこの「耀徳(ヨドック)ストーリー」の公演を目指しています。

そういった一連の行動が、この計画が、ひいては、北朝鮮の人権問題の解決につながるし、金正日政権を潰すことになると思います。
みなさまにみなさん全員が、力を合わせて、NGO団体が力を合わせて、国際的雰囲気を盛りあげていって欲しいです。

 私は日本公演をどんな手を尽くしてでも必ず実現させます。

私はみなさまの高い関心、そして温かい励まし、自らの参加がですね、私達の「耀徳(ヨドック)ストーリー」の日本公演を実現するキーポイントになると思っております。

私は最後に皆様に訴えたいことがあります。この話をはじめる最初に言ったことですが、何の理由もなく、拉致され連れ去られていった、辛い出来事のきっかけをつくる金正日政権。そして、今でも、北朝鮮では何の理由もなく殺されるという殺人が日常茶飯事に起きています。(北朝鮮には)そう言う人たちを殺すことに何の罪の意識もなく疑問を持たないまま行動を起こすような人間がたくさんいます。

私は、1日も早く金正日政権がこの地球からなくならないと行けないと思っています。

本当に時間がない、一時でも早く解決しなければならないと言うことを、みなさんに最後に訴えたいし、最後にこのような北朝鮮の人権問題に真剣に取り組んでいるみなさまにもう一度感謝の気持ちを申し述べさせていただきます。

今日はありがとうございました。

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06.8.5 金英順さん 北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会・証言集会より

ミュージカル「耀徳(ヨドック・)ストーリー」日本公演実現に向けて
「ヨドック・ストーリー」原作者・鄭成山(チョン・ソンサン)氏 証言集会より
06.8.5 食料会館にて

金英順さん(舞踏指導)のお話

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みなさん今日はこちらに足を運んでいただいてありがとうございます。
今日ここで話を聴いていただく方々に感謝を申し上げます。
私は1937年生まれで今年で70才になります。
私は1970年に平壌の 平壌総合芸術大学舞踊学部 を卒業しまして有名な 崔承喜( チェ・ソンヒ?)先生からクラシックバレエを教えていただきました。

平壌でずっと良い暮らしをしていていたのに、ある日突然これまで聞いたことのない耀徳(ヨドック)収容所というところに行かされる運命となりまして、あんなに悲惨な暮らしが始まるなんて、夢にも思わなかったんです。

「耀徳(ヨドック)収容所の悲惨な状況を話そうとしたら何日間話してもきりがないです。
今日は短く何点か話させていただきます。

私は1970年八月に耀徳(ヨドック)収容所に収容されました。1978年11月に出所をいたしました。耀徳(ヨドック)収容所には日本人も何人かいらっしゃいました。有名な俳優・・・と言う方がいるんですけれども、彼の奥さんも日本人でした。その中(耀徳収容所)では日本人だけで構成された作業班があったんですけれども、第十作業班と言いました。

私の旦那さん(主人)は辛光洙に告発されて耀徳(ヨドック)収容所に入りました。
私が何故耀徳(ヨドック)収容所に収容されたかというと、私は金正日の奥さんであるソン・ヘリンと同級生であります。一家の内幕を良く知っていることが、罪となって耀徳(ヨドック)収容所に監禁されたのです。

その期間は8年間に及びました。その8年間の間に父母は栄養失調で亡くなり、一人しかいなかった息子は9才の時に学校から帰るときに川で溺れて死んでしまったんです。

耀徳(ヨドック)収容所の8年間の話は、「耀徳(ヨドック)ストーリー」の2時間では表現しきれない悲しい8年間だったんです。

それを鄭成山(チョン・ソンサン)監督さんが、私達の証言をもとに、また、監督さんのお父様が北朝鮮で亡くなった事への怒りを込めて本当に良い作品に仕上げたと思っております。
また、私も証言者として監督さんや俳優のみなさんに自分の知っている限りの証言をしてきました。

(私は)北朝鮮にいたときに舞踊家=ダンサーをしていたということで、今回の舞台の北朝鮮側の振り付けを担当しております。

これから、この作品(「耀徳(ヨドック)ストーリー」)を皆様が見てくださって、世界平和を願う皆様が、この作品を見て人類の幸せのために、北朝鮮の(収容所に収容されている)二十万の政治犯を助けるために、是非力を貸していただきたいのです。

その中で悲惨な暮らしをしている政治犯の人々、9才で入って19才で出た人もいます。私は34才で入って、8年過ぎて、42才で出ました。その8年間の話をしようとすると、涙が出て話が続けられないくらいです。

収容所を出るときは、この10本の指で指紋を押さされて出ました。二度と収容所の中には入らないことを誓いながら指紋を押さされたので、北朝鮮にいる間は何も話したいことを話せない状況でした。

私が8年間収容所にいたときに、お父さんとお母さんの死体は、棺桶も無しにただ風呂敷に包まれて、子供の死体も棺桶もないところにただ捨てられたというような感じでした。

それを思い出すたびに怒りがこみ上げて何を言えばいいかわからないくらいです。
そのような気持ちを「耀徳(ヨドック)ストーリー」という作品が代弁してくれまして、本当に感謝しております。

まだ若い鄭成山(チョン・ソンサン)監督さんが、この作品、「耀徳(ヨドック)ストーリー」を仕上げてくださって、金正日の罪を世界に知らせる、その発端の作品になるように願っております。

見てくださる人々も、早くこの金正日体制が倒れるように、みんなが力を合わせて、世界平和のために、苦しんでいる人々を助けてくださるように期待を込めております。

世界には貧しくてご飯を食べられない国がいっぱいありますが、それのほとんどは自然災害、地震とか言う理由ですが、唯一この北朝鮮だけは、独裁政治によって、国民が思うように食べられない国であります。

この国の体制は必ず絶滅させなければなりません。北朝鮮の国民を早く助けたいです。

(「耀徳(ヨドック)ストーリー」が)私達の講演とか政治的な確執より、芸術作品を通じて、金正日政権を狙う決定的な銃弾になって欲しいんです。

31年間国家保衛部から監督される長い生活だったんですけれども、2時間の「耀徳(ヨドック)ストーリー」をみながら、それでももっと・・前向きな気持ちで生きていこうと思っております。

北朝鮮では未だに罪ではない罪で、無法に死んでいく人がたくさんいます。日本の皆様、そしてアメリカ、ヨーロッパの中でも、北朝鮮の人権侵害に関心を持つ人々が力を合わせて早く金正日政権を倒して、北朝鮮の人々を助けてくださるように願っております。

話したいことは山のようにありますが、時間の都合で今日はこれくらいで終わろうと思います。しかし、、こんど東京にきて公演するときに、是非皆様にお会いして、その時にもっと色々なことをお話ししようと思っております。

「耀徳(ヨドック)ストーリー」はただのフィクションではなく、耀徳(ヨドック)収容所で悲惨な暮らしをしていた証言者の真実、事実に基づいて仕上げた素晴らしい作品です。

みなさまの心に響く作品になっていると思います。

最後にもう一度、素晴らしい作品に仕上げてくださった鄭成山(チョン・ソンサン)監督と、韓国で主演してくださる素晴らしい女優さん達に感謝の気持ちを述べます。みなさん、ありがとうございます。

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2006年08月05日

06.7.14 横田早紀江さん 東京連続集会20(6)友愛会館にて

『横田早紀江さんのお話』

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皆様こんばんは。
本当に遅くなりまして申し訳ございませんでした。
今、主人が殆ど感想を話してくれたので。

私は全然初めから、9月17日の時から、ずっと絶対に生きていると。
不思議なんですけど、なにかそういう不安な物が、死んでしまったと言う不安な物が絶対に感じられないので、カンと言うか自分の親の気持ち的なものだけなのかもしれませんが、絶対にあの子だったらうちの子だったらって。 
みんな連れて行かれた人たちはどこか一ヶ所に、何をしているか分かりませんけど、大事な人質として囚われているというふうにしか思えないんです。
必ず元気で、いつか助けてくれるだろうと思ってみんな待っていると思います。

この間の金英男さんの面会・対面があったときの事は、最初から本当にこういうふうに、きっとこういうふうに言ってなるだろうと思っていた所にその通りで、びっくりするほどぴったりの感じで参りましたので、ああ、やっぱりそうだったというふうな物にしかなれなかったんですけども。
やっぱりヘギョンちゃんが出てきたときにかなりお姉さんになっていて、あの時はまだ本当にまだ少女と言うか抱きしめられるような小さな少女だったような気がしましたけど、ちょっと何年か経つとすぐに成長してね。
あんなに大きくなって。
ああ本当に大人になったなぁ、と。
本当にお父さんは小さい時に会いたいだろうなと思って、何とかして早くそういう日が来ると良いなと思いますけど。

やはり大人になっていた分だけ彼女自身もいろんな、何年か前の幼い顔の時と違って大人としての感覚も発達して来ているでしょうし、いろんな事も思いを巡らしたりしながら話をしていたような感じが見えて、どういって話したら良いのか。
鯉がアップアップして水面でこうして酸素を求めているような気持ちで、本当に可哀想で、こんなにも親・子・孫まで難題にも亘って拉致問題というのは本当に残酷、ということが改めて思われて。
私は・・・(聞き取れず)にも書いてありますけど、私は本当にお腹の中が煮えくり返るような悔しさで、どうして助けて上げられるんだろう?っていう事としか考えていないんです。

やはりあの、あちらは何とかしてこの拉致をした人たちが生きているって言う事を世界が知った時に、どういうことだったかと言う事が全部明らかになるし。
田口八重子さんの事もまだ大韓航空機爆破事件というのは我が国がやってないと言っているわけですから。
そういう所を全ての事を覆い隠そうと・・・・・・(聞き取れず)あちらの国のやり方だと言う事がようやく国際的な所まで分かってきて本当に私たちには信じられないような事だと、私たち自身がまだ本当かな?と思いながら始まった活動でしたけども、本当に次から次からと明らかにされて今もこうして事実が出て来ましたので。

本当に今問題になっているように制裁の問題もそうですけども、中国が今こんな時だからこそ、いろんなリスクもあるし国によって大事な事もあるでしょうけども、こういう事は全部の国が一緒になって違う!これだけは違う!こうしなさい!という事を一緒になって一つになってメッセージを出す、本当に良いときなので本当に考えを改めてみんなと一緒に協調して。
その代わり、それが出来れば本当に平和に友好関係はもちろんですよと言う事をきちっと伝えてやって頂けないものかな?と思いながら、願っております。

また質問を頂ければあれですが、今ちょっとこのような事しかいえませんが、めぐみは必ずどこかに他の人たちと一緒に匿われていてどこかに一生懸命頑張っているんじゃないかという事をいつも考えて頑張っています。
ありがとうございます。(拍手)

2006年08月04日

06.7.14 横田滋さん 東京連続集会20(5)友愛会館にて

『横田滋 家族会代表のお話 その1』

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出席が大変遅れましたんですが、12日に日本最南端の石垣市の中学校の方と公民館の方で集会がありまして、予定では昨日帰る予定でしたが、台風4号の影響で全便欠航という事で誰も帰れなかったわけですけども。
今日も本来であれば9時5分くらいに出発する便なんですがそれが飛んだのが夕方の4時過ぎくらいでしたか、それで羽田に6時に着きました。
それでもそれは・・・(聞き取れず)の社長が特別配慮をしてくれまして、横田さんたちは早く返してあげたい(笑い声)と言う事で、一番最初に飛んだ飛行機に乗せて頂いて。(笑い声)
それでマスコミの方も一緒だったんですけど、マスコミの方の前には700人のカテゴリーの中で空席待ちをしていますので、それが全部さばけたら乗れるという事で、今日中には何とか(笑い声)何とか那覇までは来れるという事です。
それが帰ってしまわないと、明日からマンゴーとかパイナップルの出荷に影響すると言う事で、それで今日中に人だけは臨時便を出してということですので、皆さん一緒に行った方はそのまま残っています。(笑い声)

それで、会の方は小さな市ですけど、中学校の1年生から3年生まで全員が体育館で話を聞いてくれまして1時間くらいやりましたんですが。
それから公民館の方は満席になって、別室にもビデオで映像を見てもらうくらい熱心で。
そして台風が接近すると台風警報が出るんですが、それが出るとみんな家にこもって外に出ないそうですが。
6時開場6時半開演だったんですが、6時半に台風警報が出たと言う事で、入る人はみんな入ってくれて。
幸いにも途中で帰る人は殆どいなくて、満席でした。
その様な事がありまして、遅れたわけでございます。
これも本来であれば先月の29日から行きまして、市長の表敬訪問とか中学校へ行って、それから1日の日にやる事になっていたんです。
しかし(金英男さんの)会見が行われた結果、やはり東京にいた方が良いだろうという事で、頼んで延長してもらったんです。
その結果が台風の(笑い声)・・・。(聞き取れず)

この会見で・・・(聞き取れず)の仰る事は筋論なんですが国の違いがありまして、今も説明があったように韓国政府が何も拉致と言わないわけです。
それで我々の感じでは5月の15日から17日まで韓国に行って、向こうの家族と対面したわけです。
お母さんは日本人だともうちょっと若いかもしれませんけど79歳、数え年で一番多いのは83歳と言うのが有りますけど体が弱っていて、生きているうちに息子に会いたいと何回も言っていました。
ですから日本の感覚からいけば向こうに行くことによって、息子さんが自分は拉致ではなく救出されたんだと言って。
そして金正日のお陰で学校へ行ったり、それから病院の費用なんかも無料でよかったと言うだろう、と言う事は予想されていたわけです。
お母さん・お姉さんには説明したわけですけども、それはあくまでも説明で説得という事はしませんでした。

・・・・・・・(聞き取れず)と言うことであって。
日本であれば帰れなくなるから行かない方が良いと言いますけど、韓国の場合行かなくても誰一人として政府が救出した人がいないわけです。
それで再会した人が英男さんの前に12人が離散家族の中で面会しているんです。
ですから面会できれば運が良かったという感じがあって、そんなに(北朝鮮に面会に)行ったら帰れなくなるという感じは無いわけです。
(面会に)行かなくても帰れない。
それなら行った方が得だ、と言う所があるわけなんです。
ですから我々からすれば、もうちょっと喜んであげても良いんじゃないか?と言う感じは受けました。

そして実際金英男さんの話を聞いてみますと、予想通りに自分は拉致ではなくて救助されたんだと言う事と。
それからめぐみが死んだということ、聞いたような余りはっきりした事は言わなかったんですが、そういうような事。
それからウンギョンさんも私は日本で会いたくない、と言うような事。
それから本人も日本に行きたくないだろうと言ってましたので、だいたい予想されたような通りの結果になりました。
それからその時にちょっと、事故で脳に障害があるような事がありましたんですが、それは初めて聞いたことです。
そしてお姉さんが(韓国に)帰ってから、自動車事故に遭ったというような事を言ってましたけど、それは後でまた釈明をしていましたけど、結局弟からめぐみは3歳の頃に事故に遭って脳の障害があって、それが結びついて死んだという事になってるわけなんですが。
それがなんて言うか、自分が脳に障害が起こることと言うと自動車事故と思って言ってしまったという事で誤解を与えたと言ってますけど、金英男さんは別に自動車事故と言うふうには言ってなかったようです。

その事故、3歳の時にめぐみは低い所からですけど階段から落ちてたんこぶが出来た事はあります。
しかしそれで意識を失って救急車に載せられたというと事故になりますけど、普通の怪我であって頭が痛いなどという事も中学1年生まで有りませんし、そのために障害が出たらしいと言うこともなくて。
成績はいつも学校のトップクラス・学年のトップクラスでありましたし、脳に障害があったという事はちょっと考えられません。
その点、テレビに出てきたお医者さんの話を聞いていましても、小さいときに頭を打ってそれがうつ病につながる事は無いっていう事を、テレビ局が違いますから何人かの方がそうやってお話していますからそれはすべき事ではないと思います。

ああした生活をしていまして、アベックの方のように一緒に暮らしたわけではないので、18歳頃になったら帰れると思ったら帰れなくて、うつ病になったと言う事は亡命した工作員の証言から。
めぐみと一緒になって身の上話を聞いて、そんなことはありえると思いますけど。
たくさんの写真が出てきますけどその中に特に病気らしいと感じさせるものはありません。
ただ、カルテがたくさん出てきましてそのコピーを見ますといろんな病気になってるようですけど、そのカルテが日付順に並べたら年齢が連続しないとか、必ずしもめぐみのものかどうか分かりませんけど。
それにそんなにしょっちゅう入退院なんかを繰り返していたとすると、だいたい日本語教育の教官なんかになれるはずは無いと思いますし、それから結婚生活なんかも出来ないと思います。
結婚した後半くらいになると「帰りたい、帰りたい」という事をいっていたと蓮池さんも仰っていますから、やはりうつ病になったと言うことは有り得るかもしれませんけど、そんな病気の連続という事はちょっと考えられません。

それで今回新しく出てきた写真と言うのは、最初の時にも10枚くらい出てきたんですが、その後の時の日本の記者団向けの会見の時には2枚の写真が出てきまして、1枚は本人の物かどうか分かりませんけど(写真の裏に書かれた)数字の1と言うのは横にああして書くと7と見間違えやすいです。
だから私もああいう字は書かないし、めぐみも横に長くはしていないと思いますから字が違うような気がしますけど、韓国語の部分は我々は全く見当がつきませんから、本人のもので無いかもしれないと思います。
そして赤いスカートをはいているのを見ますとちょっと緊張した顔をしていますけど、でもやっぱり病気になったと言う感じはしませんし、それから1歳のウンギョンさんの誕生日の家庭でのパーティーでの模様もちょっと我々で想像も付かないような豪華にしていますけど。
あれも北朝鮮では立派な事をやると聞いていますけど、皆さんテレビで解説しているのを聞いても、あんな豪華な事をやれるのは限られた人だろうと仰ってました。

英男さんが話したのを総合的にみますと、やっぱり最初の(会見の)時は全く家庭生活の事は出なくて、それから原稿を読みながらの演説に、日本の新聞の評判からみても悪かったわけですけども。
それを知ってかどうか次の時には原稿も無しに、それから家庭の状況なんかについても話していました。
幸せな生活をしていたんだけど、脳の障害によってうつ病になって、その結果自殺をしたんだと言うような話に持って行こうとするための一つの形だと思います。
前の骨が出てきた時の写真も同じような形で、わが国が育てたんだけど、自分が弱って病気で自殺をしたんだと言う事で持ってきたんだと思いますけど、今回も同じような筋書きを作るために出してきたんだと思います。

あの2枚の写真と言うのは2002年の11月に、第3回の実務者協議が開かれていたときに、金英男さん、そのときはまだキム・チョルジュンさんでしたけど、チョルジュンさんがめぐみの遺骨と言う物を持ってきたわけです。
その時に日本政府の人は誰もチョルジュンさんと言うのは見たことが無いわけです。
最初に手紙を貰っていますけど、それは代筆だとか言われてますけど、それは本人から貰ったものではなくて北朝鮮政府を通じて貰っていますから、初めて見るから本人かどうか確認できない
結婚した直後の二人の写真とヘギョンさんと3人で写った写真があって、薄暗い部屋だったんで余りハッキリ確認は出来なかったんですけど、その写真に写っている人と骨を持ってきた人は同じ人だろうという事は政府の人も言っていました。
その写真が今回提供されたものです。

「ウンギョンさんはとても可愛くて賢い子だから、ぜひ会ってあげたら良いですよ」みたいな事を、テレビ局で向こうが英子さんがホテルにいて、こちらはテレビ局にいたわけですが、「何か横田さんに伝えたい事があるとか言ってたんですけど、どんな事ですか?」と聞いたらば、そんな事を言ってました。
我々としては今急に考えが変わったということではありませんし、特にこちらから会いに行くと言うことは考えていませんが、しかしめぐみの事が何か分かったと言うことがあったのであれば、また行って。
しかし、帰らない自分の意思だと言うかもしれませんけど、それはどこか別のところで政府の人が確認をするという事で、それは相談して決める事になるんでしょうけど、そういった事も考えなくてはならないことも出てくるかもしれませんけど、今の段階ではウンギョンさんに会いに行く事は考えておりません。
今回の記者会見、二回目の記者会見、それからお姉さんの会見で心から感じた事は以上です。(拍手)

2006年08月03日

06.7.14 安明進氏2 東京連続集会(4)友愛会館にて

『安明進さんの証言 その2(通訳:西岡力氏)』



拉致だと言えばじゃあ悪い事をしたと謝らなくてはならない。
責任が付いてくる。
だから絶対に拉致だと言えないわけです。

今回の記者会見で金英男さんの顔だとか動作を見てですね。
私はつまりビデオの授業で金英男さんと何回も会ったわけです。
数えてみたら何百回も会ってるんです。
その金英男さんと比べてみてですね。
私の覚えていない金英男さんの姿です。

まずですね。
私の全然見たことの無い、口が渇いて、そして何かマイクにも乾いたような音がしていた。
そしてもうひとつは話した後で息を吐く。
ハァ〜と。
これは私の感じですけど、「なんでこんな嘘まで俺、言わせなくちゃいけないのか?」という彼の思いがこもっているような息のように思えました。
心の中で「ちくしょ〜」と言う感じです。
そういうふうに「この野郎」とか思って喋っている、喋らされていると、そういう印象を受けたと。

それから最後に原稿をしまって誰かに渡そうとして、こうやってお母さんのところに言って向こうに渡しましたけど、あれも自分の本心では無い、原稿を読まされているんだと言う事を何とか示したいと思って彼が意図的にやった行動ではないか?と。
不自然で、ああいうふうには普通しないわけですけど、というふうに私には見えました。
原稿を自分がしまって誰かに渡すと言うのは、台本にあったと思いません。
台本どおりにやったとすれば、北朝鮮がこれはおかしいと思われるからと言って止めさせます。
だから台本には無かった動作だと思います。

ここにいらっしゃる皆さんは「まさか北朝鮮がそこまでやるか?と」思われるかも知れませんけど、北朝鮮は例えば銃を後ろで突きつけてやらせると思っても良いわけです。
会見が終わって隣の部屋に行って、そのまま刑務所や収容所に入れられてしまうと言う事が十分あるんです。
彼らは絶対に本当のこと、心の中を言うことは出来ないんです。

正確には覚えていないんですが、めぐみさんについて金英男さんが言った言葉でですね。
「死にました」とか「自殺しました」とかではなくて、「自殺したことになりました」とかという「・・・事になりました」という単語が語尾に入っている。
本当にめぐみさんが死んだところに彼が立ち会っていたとすればですね。
ああいう中にいたら自分が頼れるのは妻しかいないわけです。
幼い娘が残ってしまって、それを育てなければいけない。
大変な衝撃だったわけです。
それを死亡年度を覚えていないなんて事は有り得ない訳です。
93年だったけど間違えたなんて有り得ない訳です。

まためぐみさんの骨をまず土葬していて、その遺体を掘り出して火葬したと言う事もですね。
北朝鮮では全く不自然で、無い習慣です。
昔北朝鮮ではですね。
党の幹部たちが、自分の両親の遺体を掘り起こして火葬して故郷にもう一度移送するという事はありましたけども、めぐみさんの故郷に移送できるわけも無いし、金英男さんも故郷が無いわけです。
そんな人が掘り起こして移送する為に火葬するなんて、有り得ないんです。
全く不自然です。

そしてまた故郷も無いような金英男さんが元の妻の骨を掘り起こして火葬するなんて事を、三号庁舎が許すはずも無いんです。
火葬場として行った所も、大変豪華な招待所だと。
あんなところを何で火葬場と言うのか?と、日本人を馬鹿にしているのか?と。

北の精神病院というのはあんな所ではないと。
逃げられないようにですね。
鉄条網が引いて鉄格子が付いていてというところが精神病院で、あれは綺麗な・・・(聞き取れず)だと思います。
そこに日本を納得させる為に患者たちを綺麗な服を着せて準備しておいておいたと。
北朝鮮に中々行けないからと日本のマスコミたちも行って、北朝鮮がセッティングして「写せ」と言った所をそのまま写して帰ってきたと、言うふうに思いました。
本当に見ていられなかったわけです。
何故北朝鮮がセッティングした所を、ただそのまま素直に何も文句を言わないで写して来たのか?と。

北朝鮮は何とかしてめぐみさんが死んだという事を日本と横田さんの両親に説得しようとしているのですから。
今度はまた崔桂月さんたちを8月と9月に招待すると言ってるわけですから、そこでまた何かショーをするかも知れません。
日本の皆さんも日本のマスコミの皆さんも、このままそのショーを受け入れてはならないと思います。

(ここで横田さん夫妻が会場に入場・登壇、会場より大きな拍手)

実は今回金英男さんと言う韓国人被害者、それも以南化環境館という工作員教育に使っていた韓国人被害者を出してきたと。
その被害者に教わった工作員出身者が私をはじめ何人も韓国にいるのに出してきたと言うのは、大変日本を意識している事だと思っています。

そして韓国政府もですね。
それに対して抗議をするどころか逆に拉致の責任も追及しないで、ただ人道的な再会とだけ言ってですね。
統一部の長官が、ただ北に米をやるとか言って再会だけをセッティングして、そこまでしてめぐみさんの死を日本に納得させようとしているのか?と。
韓国政府に対しても大変な怒りとそして背信感を感じました。

韓国政府の中の専門家・実務者で、金英男さんが拉致であるという事に付いてきちんと説明が出来る人を一度も出さなくて、韓国政府の立場を表明せずに彼の会見をそのまま受け入れたと言う事を、これは許せないと思いました。
そしてその再会の場面にはですね。
私の教官たちが何人もいたわけですけども、赤十字の人間じゃない人が指揮をしているいる事は韓国政府も分かっていたはずなのに、何故そのまま放置していたのか?

そして私はここではっきり申し上げたいんですが、今後はですね。
めぐみさんが死亡したと言う一方的な主張を北朝鮮だけが言うんじゃなくて、韓国の一部の間違った考えを持っているこういう政府高官たちも含めて、そういうふうな嘘を日本に言って来るんじゃないか?と思います。

基本的な事から申し上げたいんですが、60年前の朝鮮戦争のときに亡くなったアメリカの兵士の骨も北朝鮮は今掘り起こして送っているのに、特別管理の対象であっためぐみさんが死んでいるんであれば、何故その骨を日本に送る事が出来ないのか?と。
送ってしまえば彼らは金を貰う事が出来るわけです。
なせそれが出来ないのか?という事です。

ですから北朝鮮は今ですね。
子供でも信じる事が出来ないような嘘をついているわけですけども、絶対にその様な嘘に皆様日本人は騙されてはならないという事をもう一度、喚起したいと思います。

カムサハムニダ。(拍手)

2006年08月01日

06.7.14 安明進氏1 東京連続集会(3)友愛会館にて

『安明進さんの証言 その1(通訳:西岡力氏)』

Img_1883.jpg



まずお話申し上げる前に、私はちょっと日本の地理がまだ良く分かっていないので、(道に)迷ってしまって遅くなってしまった事を謝罪申し上げます。(笑い声と拍手)

今回の記者会見はですね。
韓国よりも日本で大々的に放映されました。
今回の記者会見を見てですね。
今回の会見は韓国人拉致被害を認めて韓国との関係改善を図ろうという会見ではなくて、日本を大変意識した会見だと思いました。

まず離散家族の再会の行事の中で金英男さんと家族の再会がなされたんですが、金英男さんは一般の離散家族とは別に特別に個室を二つ与えられて、そこで家族と面会をさせられたわけです。
その再会の場面を見てますとですね。
今の彼の所属はどこかもちろん分かりませんし、北朝鮮の赤十字の人間が何人かいたかもしれませんが、私の見覚えのある、昔私を教えた朝鮮労働党直属政治学校。
それが92年に金正日政治軍事大学と烽火大学に分かれたんですが、金正日政治軍事大学側にいた、私の事を叱った教官までもがそこにいました。

これを見ながらですね。
金正日は余りにも露骨だと。
私や先輩たち、政治軍事大学出身の者は韓国に何人もいるのに、その人間たちが見れば分かるにも拘らずその教官たちが堂々と出してくるんだなぁ、と。
それは韓国政府は自分達の味方だと安心しているからじゃないか?という考えも浮かびました。
そして金英男さんは統一事業で働いていると言ったんですが、韓国ではじゃあ統一事業って何なんだろう?と思う。
北朝鮮で言う統一事業というのは韓国を赤化統一する、金日成・金正日の独裁下で統一するという統一事業です。
確実に韓国を赤化統一する事が統一事業だと言う事は韓国の専門家たちはみんな知っている事です。
そして韓国で北の統一事業というのは赤化統一事業なんだという事を言える人たちは、実は今大きな声を出す事が出来ない状況にいます。

実は金英男氏については私はちょっと分かってなかったんですが、あの金英男さんは何回も政治軍事大学で私は会っていました。
しかし当時、北朝鮮の言葉遣いを完全にマスターしていたので、韓国からの拉致被害者だと思っていなかったんです。
教官ではなくて、教官を助ける補助員のような職員のような仕事をしていた。
崔正男(チェ・ジョンナム)と言う私の先輩の工作員の証言によって金英男さんが実は韓国人拉致被害者なんだと言う事が明らかになったんですが、それ以外にも何人かの先輩たちがいるんですが、先輩たちは今口をつぐんでいます。
多分その証言をした崔正男と言う先輩の工作員もただ高校生の時の写真を見ただけではなくて、北朝鮮にいるときに金英男さんと個人的に親しくなって韓国人拉致被害者だと分かって、そして韓国に入って捕まって証言したんじゃないかと私は思います。

実は金英男さんは我々学生に南のビデオを、つまりテレビ等のビデオを見せる技術者の役割をしていたんですが、当時我々は南のビデオを見るとですね。
性に関する描写があるとそこはカットされる。
あるいは南のニュースを見るときもですね。
南北関係に関する微妙な問題が出てくるとそこはカットされて次の場面が出てくる。
それを何でこれカットするんだ?と言って、担当者の金英男さんに学生たちが「もっと見せろ、何があるんだ」と言うとですね。
彼が「私は何があったか知りません、ただ命令どおり上に言われたとおりにやってるだけです」と答えた場面を生々しく記憶しています。

今回の金英男さんの記者会見はもちろん強制的にさせられたものだと私は信じていますけれども、強制的にさせられたにしても彼は嘘をついたと言う事で、彼なりの少しは責任があると言う事で、もしかして私がこれから言った事が向こうに知れたら彼は処分をされるかもしれませんけど、いくつかエピソードを紹介したいと思います。

ビデオの授業が終わって休み時間になったらですね。
実は「休み時間にしないで、もっと面白いビデオを見せてくれ」と言うと彼は教材では無い、面白い場面の入ったビデオを見せてくれる。
それから授業が終わった後ですね。
何かを覚えなくちゃいけないと何回も同じ場面を見せられるわけですけどそれはつまらないので、担当の教官に、実は今は地下の以南化環境館という韓国人化教育の施設の中の・・・(聞き取れず)ですけど、その時には韓国のお金を貰って買い物とかをするわけですね。

担当の教官に韓国のお金を渡すとちょっと自由にして貰えると。
教官たちが何かそれで買うみたいなんです。
で、教官たちをどこかにやって、そして面白いビデオを見ていた。
その時に金英男さんは実は我々を助けてくれた。

実は今回何枚か写真が出てきたんですがその中の一枚、ヘギョンさんを抱いて写っている。
白頭山で金日成が生まれたと言うのは嘘ですけど。
そこの前で撮った写真で金英男さんが着ている服は、あれは私は大変見覚えのある服なんです。
あれは韓国製の作業服ですけれども、中で作業をしている教官たちやその助手たち、金英男さんもあれを着ていたと、以南化環境館の中で。
だから見覚えのあるもので、韓国製だから北朝鮮のものに比べて良い物だから、これは自分でも良い物を着ていると自慢をするためにソウルでも着ていたのかなぁと感じる。

それからですね。
子供を抱いている金英男さんの写真の中で背広を着ている写真を見ると、実は以南化環境館の中に背広屋があってそこで売ってた既製服です。
ポケットが(背広の)横(=脇)に入っている(=付いている)と言う意味ですね?
そういう昔韓国で作られた既製服です。
写真の中で妙高山だとか白頭山だとか平壌市内の写真は外部の人間が多いですし、もしかしたら韓国代表団などと偶然に行き当たるかもしれないのでサングラスをかける。
彼らは自由に外に出ることなど出来ないのです。
たまに外に出る事が出来たときに記念写真を撮っただけだと思います。

今回の記者会見を見てですね。
この記者会見の前に何日間かあるいは何ヶ月間か練習をさせられて、それで原稿をすらすら彼は読めるようになって出て来たんだなと思いました。
今回お母さんに上げた写真の中に、息子が後ろにいて傍に座って息子と遊んでいる写真、それから家族が熱帯系の植物がいるところで写している写真、それからヘギョン(さん)がやっぱり熱帯系の植物の前で撮った写真。
そこの所に写っている植物と言うのは一般的な北朝鮮の人間が接触できるような植物ではなくて、招待所の中でしか見ることの出来ないような植物の前で撮られた写真です。
今年の夏に、ですから自分のお母さんに会う直前に撮って渡したと思われる写真です。

その様な植物と言うのは政治軍事大学などには無い物で、自分達がいたところよりもっと良いところの環境の招待所に入れられていたんだなぁと。
家族ごと。
そこで家族ごと再会の為の練習をさせられていたんだなぁと思ったんです。
そして今回ですね。
拉致と言わないで漂流して助けられたんだと言ったと、それは三号庁舎の人間でもいくらなんでもこんな嘘が通用するとは思っていません。
しかしそれでも我々の口から拉致と言う事は出来ないと考えて、こういう事を言い出したんじゃないか。

・・・証言その2に続く・・・

守る会・関東支部学習会(講師:川島高峰先生)に参加して

さる7月29日土曜日、都内で開催された北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会(略称:守る会)主催の関東支部学習会へお誘いを受けて参加をしてきました。
講師は明治大学助教授で近代民衆思想史の専門家で在日の帰還事業についての研究をなさっている川島高峰(たかね)先生でいらっしゃいます。
今回の学習会は、情報公開法に基づき外務省情報公開室を通じて公開を求めた文書を資料とし、在日帰還事業の実態に関しての報告会で、密度の濃い大変貴重なお話でありました。
膨大な資料(しかも殆どの資料に「極秘」の文字がある!)を元にしての貴重なお話を簡潔にまとめるのは私の文章力ではかなり難しいと言うより全く不可能なので、お話を伺っての率直な印象などを私個人の感想として2〜3ご紹介したいと思います。

まず、基本的な事として、日本側はかなり早い段階から(1962年には)北朝鮮の内情をかなり把握していたと言う点です。
ただ、それでもこの帰還事業を止められなかったのは行政側の面子の問題がある、と言う指摘が心に残りました。
公共事業が中々止められないのと同じ事で、帰還事業を続けることそのものに様々な思惑や利権が発生しているというお話はひときわ心に沁みました。
「帰還事業は『人道』の問題である」という金看板がある以上、日赤もそして国際赤十字も面子の問題があって帰還事業その物を止める手立てを行使できない、というお話は性質の悪いブラックジョークとしか思えませんでした。
『人道』と言う美名の下に行政を行使する側にとっては帰還事業は書面上のこと・手続き上のことであっても、現実に帰還するのは生身の人間なんですから。

在韓国大使から外務省への極秘情報として開示された文書(昭和41、42年)でも、すでに豆満江を渡って脱北する人が情報もすでに入手していた事が分かりますし、国内統制のために出身成分の調査が行われている事も把握していることが分かります。
北朝鮮がすでに普通の国でない事は日本政府も重々承知していながら帰還事業を止められず、ずるずるといたずらに帰国者を送り出す構造が維持されてしまったというのは、本当に洒落にも何にもなりません。
その後の帰国者たちが歩んだ悲劇の道を思うと、冷戦の力学の谷間に一体どれだけの人生が突き落とされ、想像を絶する辛酸を舐めたのか?と思うと、彼らの発する叫び・痛みに、私はかけるべき慰めの言葉が見つかりません。

学習会の最後に川島先生が、これらの資料を元に私が本を一冊書くとしたらタイトルは「集団拉致から個別拉致へ」と仰ったのもとても印象深いものがありました。
帰還事業も拉致問題も、根っこは同じ。
北朝鮮の問題を認識していながら帰還事業を止められない構造は、そのまま数多くの拉致事件を見逃す構造につながるものと思います。
冷戦のつばぜり合いの中で、北朝鮮の独裁体制を黙認してきた国際情勢の谷間に落とされた無辜の人たちの人生をいかにして救うのか?
北朝鮮と言う国と対峙する事の重みを、今更ながら改めて深刻に受け止めています。

中国・ソ連・韓国、そしてアメリカ、日本。
冷戦の時代というのは、自国の体制を維持するために敵を必要とした時代、とも言えるのだと思います。
各国の思惑や国益などの利害関係が複雑に絡み合い、その絶妙なまでのつばぜり合いの中で強かに生き延びてきた北朝鮮。
今の北朝鮮がどうしようもない国だと言う事はおそらく誰もが分かっているのに、国と国とのパワーバランスの関係上、その存在を無くせないと考える国が依然として存在する現在。
いったいどうすれば、この北朝鮮と言う北東アジアの鬼っ子のような国から、拉致被害者を取り戻せるのか?
彼の国を普通の国にして、あらゆる人権問題を解決出来ると言うのか?
余りにも問題の山が大きすぎて、正直私は途方にくれてしまいます。

それと話は少し本筋から逸れますが、おそらく現在のこの北東アジアの国家力学というのは、戦前も現在もそんなに大差は無いんじゃないでしょうか?と言う印象を持ちました。
中国があって、ロシアがあって、日本があって・・・太平洋の向こう側にはアメリカが対峙する。
ヨーロッパの冷戦構造は破壊されましたが、北東アジアの冷戦は現在もしぶとく継続中です。
現実のドンパチが無いだけでお互いにらみ合いの戦争状態にあるのは、自明の事。
各国が自国の安全保障を担保するために、朝鮮半島を如何にするのか?
思惑と思惑が交差し、それゆえににっちもさっちも行かない北東アジア情勢。
「朝鮮半島は日本列島の脇腹に突きつけられた短刀のようなものである」と言うのは過去の歴史問題を調べていると必ず出てくる言葉ですが、この論理は戦前も今もそう大差は無いのではないんでしょうかねぇ・・・?

日本の先人たちはこの地域の持つ複雑な難局をいかにして乗り越えようとしたのか?
「歴史の教訓に学ぶ・過去の教訓に学ぶ」と私たちは金科玉条のように言葉にしますが、言葉だけの上滑りではなく、もっともっとリアルに真剣に、日本と北朝鮮だけでなく関係各国を含む北東アジアの情勢を視野に入れて物事を考えるべきではないか?とそんな事も思いました。
右であれ左であれ、この情勢の中拉致被害者を救うあるいは北朝鮮の人権問題を考えるというシビアな現実を前にして、机上の空論ではないもっとリアルな現実的思考を重ねる必要もあるのでは?とも思っています。

いずれにせよ、拉致とは違う観点から北朝鮮の実情を考えてみたいと思って参加した学習会でしたが、考えれば考えるほど拉致を含めた北朝鮮問題と言うのは底なし沼の様相を露呈してくるようで、正直私レベルの人間はどうすれば良いのか分かりません。
それが学習会に参加しての、私の率直な思いです。
posted by ぴろん at 11:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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