2006年09月30日

来るべき北朝鮮人権週間に向けて

安倍政権が樹立し、早速拉致問題解決へ向けての政府の動きが目に見えて活発になっています。

拉致問題の解決なくして北朝鮮との国交正常化はありえません。拉致問題に関する総合的な対策を推進するため、私を本部長とする拉致問題対策本部を設置し、専任の事務局を置くことといたしました。対話と圧力の方針の下、引き続き、拉致被害者が全員生存しているとの前提に立って、すべての拉致被害者の生還を強く求めていきます。核・ミサイル問題については、日米の緊密な連携を図りつつ、6者会合を活用して解決を目指します。

※安倍総理の所信表明演説より一部抜粋
全文はこちらから
http://www.kantei.go.jp/jp/abespeech/2006/09/29syosin.html


所信表明演説では「すべての拉致被害者の生還を強く求める」という力強い言葉もありました。
これは小泉時代にはとうとう発言されることの無かった、拉致問題解決に向けた国家のとるべき基本原則です。
安倍総理がこの問題解決に向ける並々ならぬ決意の程を思わされます。
その言葉通り、昨日は早速安倍総理と家族会の面談が実現し、その中では「小泉総理訪朝から4年も経った。10月には5人が帰国した。みなさんにもタラップで待ち受けるあの感激を味わってもらいたいとの思いでずっとやっていきたい」という発言もあったそうです。

また昨日は拉致問題対策本部が新たに設置されました。
本部長に安倍総理、副本部長に塩崎官房長官、事務局長に中山恭子総理大臣補佐官が就任し、事務局長の下に従来あった拉致特命チームと拉致問題連絡・調整室の二つの組織が、政策企画室と情報室に更新されて置かれることになり、まずは政府の拉致問題に取り組む体制が整えられた事になります。


さて、ここで私からひとつの提案です。
正確に言えば支援者のお仲間の一人から示唆を受け、なるほどこれは名案であると思い、ネットをごらんの皆様にも是非ご賛同いただければと思い提議をするのですけどね。

皆様ご存知のとおり、先の通常国会で「北朝鮮人権法」が成立しました。
この法律の中には国の責務として、

国は、北朝鮮当局による国家的犯罪行為である日本国民の拉致の問題(以下「拉致問題」という。)を解決するため、最大限の努力をするものとする。

という条文の他に、地方公共団体の責務として、

「地方公共団体は、国と連携を図りつつ、拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題に関する国民世論の啓発を図るよう努めるものとする。」

と言う一項目があります。
さらにこの法律の中には「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」と言う項目があり、そこには下記のような条文が記されています。

第四条 国民の間に広く拉致問題その他北朝鮮当局による人権侵害問題についての関心と認識を深めるため、北朝鮮人権侵害問題啓発週間を設ける。

2 北朝鮮人権侵害問題啓発週間は、十二月十日から同月十六日までとする。

3 国及び地方公共団体は、北朝鮮人権侵害問題啓発週間の趣旨にふさわしい事業が実施されるよう努めるものとする。


で、私がここで提案したいのは、ご覧の皆様のそれぞれの地元自治体に電話・メール・FAXなどを使い、北朝鮮人権侵害問題啓発週間において、どんな活動をする予定なのか?ぜひ問い合わせをして欲しいということなのです。

いくら法律が制定されても、実行されなければ絵に描いた餅です。
安倍さんにお任せのトップダウンだけで、地方自治体が右に倣えとばかりに動くとは限りません。
私たち一般国民の側からのボトムアップとして各自治体にハッパを掛け、北朝鮮人権問題に関しての啓発活動をしてもらうこと。
世論の喚起のためにも私たちが一歩動いて自治体の尻をたたく必要はあるかと思います。
それに行政が主導になって腰を上げてくれれば、世論への喚起と言う観点からも影響力は小さくないと思います。

役所のお役人にとって法律は錦の御旗、嫌とは言えないはずです。
しかし中には趣旨は分かるが予算が無いとか、あるいは啓発のために何をすればいいか分からないなどと、ぐずぐず煮え切らない態度をとる自治体もあるかもしれません。
その場合でも、たとえば先日政府が作ったポスターを改めて公共施設に貼り出すとか、役所に署名コーナーを設けてもらうとか、役所の職員全員がブルーリボンを胸につけてもらうとか、お金も手間もかからない啓発活動があることを提案するのです。

調査会作成の「待っている」のポスターがありますが、あれを100枚購入して自治体の各施設に貼り出してもかかる予算は1万円です。
どんなに緊縮財政の自治体であっても1万の予算も出せないほど、貧乏しているところは無いでしょう。
せっかく出来た法律なのですから、これを有効に利用し自治体にも大いに働いてもらう。
そういう方向で安倍政権と拉致被害者家族を支援するのも救出活動の一助になるのではないでしょうか?
役所に電話一本入れるだけですから、たいした手間も費用もかかりません。
支援のために何かをしたいが何をしていいか分からないとお考えの皆様の中で、この提案にご賛同くださる方がいらっしゃいましたら、それぞれの地元での実力行使をぜひお願いしたいと思います。
posted by ぴろん at 13:09| Comment(1) | TrackBack(1) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月28日

06.9.18 大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟) 南越谷集会(5)南越谷サンシティにて

『大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え』




こんにちは。(「こんにちは」の声)
私は藤田進の従兄弟の大平と申します。
藤田はですね。
昭和51年に失踪してしまいました。
今だから失踪と言えるんですけども、その当時は訳分からず行方不明者と多分扱われていたでしょう。

皆さん、ちょっと想像して頂きたいんです。
いつも家族が生活している。
そしてある時から、行って参りますってそれで別れてしまった場合、残された家族はどんな気持ちでどうしたら良いでしょう?という、非常につらい悲しい時期が始まるわけですね。
誰に聞いてもその場所が分からない。
どこへ行って探して良いかも分からない。
そしてそれが一日、一週間、十日と経っても何の手がかりも無い。
家族は、本当に生きているだろうか?どこに行ってしまったんだろうか?と考えるでしょう。

彼はこの年、失踪したときは19歳でした。
その年の6月に二十歳になるんです。
人生の節目の二十歳、やっと大人になれた成人になれた言う時期だった。
それから何と30年、今年彼は50歳になる。
もうなってしまいました。
それも北朝鮮でこの30年を過ごしたということに、私は非常に憤りを感じています。

日本にいて自分が20歳、20代のとき何をしたか?
仕事に夢を持ち、そしていい人と出会って結婚する。
当たり前のことです。
そして30代は家庭を持って子供を生み、子育てをする。
当たり前の生活が出来るはずだったんです。
20歳代、30歳代、40歳代の人生一番良い時に彼は北朝鮮で過ごしてしまっているんです。

彼が北朝鮮にいると分かったのは、私は2年前でした。
ある一枚の脱北者からの写真を見て、テレビ報道されて、私はテレビから初めてその事実を知らされたんです。
まさか、え?これが本当のことなの?
彼が生きているだろうと言うことに対しては非常に嬉しい思いはあったんですけれども、なぜ北朝鮮なんだよ?
そのような憤りは今でも失っていません。

昭和47年に戦争で、(旧日本兵の)横井庄一さんがグアム島から帰って来ました。
あの時には27年間グアムで過ごし、そして発見されて戻ってきた。
昭和49年には小野田寛郎さんが29年間、フィリッピンのルバング島にいて日本に帰ってくることが出来ました。
しかしまだ藤田は30年経ってもまだ日本の土を踏めていないんです。
これはもう戦争犠牲者、テロ犠牲者という言葉以外無いんではなかろうかと思っています。

私は小さいころ、川口の隣町の戸田と言うところに住んでいました
彼と私は子供の足でも歩いていける距離なので、20分とか25分で行けました。
そこでよく遊んでいたものです。
自分が結婚して三郷に移り、そして今越谷の隣の松伏町と言うところに住んでいます。
以前は川口・浦和・大宮と言う京浜線沿線で育った自分が、今草加・越谷・春日部と言う東武線に居を替えて、そしてこの場で皆様に藤田の話を出来ることが非常に不思議な気持ちでもあり、嬉しく思っています。

どうかここに今日お集まりの皆様、これからも私はこの沿線でせっかく今日、会を立ち上げて頂きましたので私の力の範囲で協力させて頂こうと思っています。
これからも皆さんのご支援をよろしくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)

氏名 藤田 進
失踪年月日 昭和51(1976)年2月7日
ふりがな ふじた すすむ
生年月日 昭和31(1946)年6月16日
性別 男 当時の年齢 19
身長 体重
公開 第5次公開
当時の身分 東京学芸大学教育学部1年生
特徴 家ではあまりしゃべらないタイプ、ギターがうまかった。
失踪場所 埼玉県川口市の自宅
失踪状況 失踪当日6:30〜7:00頃以前から言っていた新宿のガードマンのバイトに行くといって服を持って家を出たまま帰らず。後に新宿にある全ての警備会社に電話で問い合わせたが該当者はいなかった。脱北者が北朝鮮から持ちだした写真が、鑑定の結果、藤田進さんである可能性が極めて高いことが判明。平成16年1月28日、埼玉県警に告発状提出。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 17:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月27日

06.9.18 鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄) 南越谷集会(4)南越谷サンシティにて

『鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え』

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それと3番目になりますが、この写真は私の弟、特定失踪者・鈴木賢でございます。
私の弟は昭和47年5月に大学を卒業し、就職した会社の春のレクリェーションで奥多摩に行くということでハイキングスタイルで、当時の自宅でございました三芳町藤久保の家を、母親と言葉を交わして朝6時に家を出ました。
何としても不可解なことが数多くあるんですけども、ハイキングに行くといって現地に行ってないわけですね。
会社の上司・同僚、どうも本人を見ていない、会っていない。
私も数日後に会社を訪ねましていろいろお聞きしたんですけど、全くと言って良い位本人が現地に行っていると言う姿は見えませんでした。

それともうひとつはハイキングスタイルですから、まさに白のシューズを履いているわけですね。
上着は紺地に白のカーディガン、それから免許証を持って出ているわけです。
この免許証も更新は一切されておりません。
その後も毎年免許証の更新についてはそれぞれの機関に行って調べておるんですけど、全く更新はされていない。
言うようなことで、今年でですね。
丸34年になります。

この間、今お話しましたように家族・友人・同僚その他、誰一人として本人の顔を見たとか、あるいは声を聞いたというような人は一人としておりません。
もちろん私どもは考えられる手立てを尽くしてやるだけの事はやりました。
調べるだけのことは調べました。
しかしながらそれ以降、生死にかかわる情報とか資料などは一切ございません。
今日は特定失踪者調査会の荒木代表がお見えになっておりますが、これからですね。
拉致問題の現状とか、あるいはこれからの展望について、グローバルな視点からいろいろお話を頂けると思いますが。

私、特定失踪者が全員拉致被害者だとは思っておりません。
しかしながら数人か数十人か数百人か分かりませんが、政府で認定された拉致被害者と同じように北朝鮮で拘束されて、国を思い肉親を思って救出を待ち続けている事は間違いないことだというふうに考えております。

現在北朝鮮はミサイルとか核の問題が大変大きく浮上しまして、そちらの方に眼が向いておりますけども、この拉致問題はですね。
国のトップが先送りをしているんじゃないか?と言うふうに考えております。
まさに拉致問題の全面解明、拉致被害者の救出については先送りをされてはたまりません。

私たちはこの拉致問題を次の世代に引き渡すことは出来ません。
なんとしても私たちの世代で解決せねばなりません。
今日お集まり頂きました市民の多くの皆さんのご支援を力にしまして、これからも継続的に拉致被害者救出に向けてのアピール活動を継続していきたいとこういうふうに思っています。
ありがとうございました。(拍手)

氏名 鈴木 賢
失踪年月日 昭和47(1972)年5月28日
ふりがな すずき まさる
生年月日 昭和24(1949)年1月12日
性別 男 当時の年齢 23
身長 170センチ 体重
公開 第3次公開
当時の身分 会社員
特徴 中肉。
失踪場所 埼玉県三芳町の自宅を出て
失踪状況 会社のレクリエーションに行くため朝6時に家を出て以来行方不明。レクリエーションには行っていない。職場、大学時代の友人も心当たりなし。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより引用
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 13:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

チーム安倍

安倍内閣の第一印象はこんな感じでしょうかね?
知名度よりも能力を優先し、フレッシュな人材を積極的に登用したと言う印象。
麻生外務大臣をはじめとする国家観・歴史観・政策などの考えが近しい人材を登用したというところなども、まずはこの内閣が目指す方向性をきちんと示してくれたようで好感を持ちました。
小泉人事も派閥の論理に囚われない人事だと言われはしましたし実際そのとおりだったとは思いますが、適材適所という観点から見れば、どこか行き当たりばったりと言う印象は拭えなかったように思います。
その意味では、今回の組閣、まずはそれぞれの専門分野の仕事の出来る人をきちんと配置したのでは?と思いますし、拉致問題を支援する当Blogとしては首相補佐官に中山恭子氏が就任したこと、官房長官と兼任とはいえ拉致担当大臣が置かれたことも素直にプラス評価したいと思う。

小泉政権の5年半は、確かに過去の政権と比べればはるかにまともな政権であったと思います。
ですが、まともな政権=全うな政権といえたのかどうか?
誤解を恐れず正直申せば、ここには比較のマジック、と言う落とし穴があったのではないでしょうかね?
小泉以前があまりにも酷かったため、拉致問題などを通して自国のあまりにも悲惨な現実に目覚めた日本人の目には、「小泉さん程度の政治」でも酷く眩しく見えてしまったという点はありはしませんか?・・・と言うこと。

拉致問題に関して言えば、金正日に拉致を認めさせ、5人の被害者とその家族を取り戻したのは輝かしい功績であることは言うまでも無い。
そこは私も過去のエントリーにも書いたとおり、プラスの評価をしております。
しかし拉致問題に関して言えば、では小泉さんは任期中、被害者奪還のため出来うる限りの策を講じたのか?と言えば、それは素直には評価しにくい面があるのも事実でしょう。
制裁がなかなか発動されないのには、何か裏事情があったのかもしれないとしても、それでも国内的に出来ることはたくさんあったはず。
当Blogでも何度も主張したように、スパイ防止法などの国内法の整備・拉致担当大臣の設置・政府主導による拉致被害の実態調査など、小泉さんが積極的にリーダーシップを発揮すれば着手出来るはずの策さえ、ほとんど何もしなかったと言う面は否めますまい。
何よりも総理から「一人残らず拉致被害者を救い出す」と言う強い姿勢が公式に示されなかったことも私はとても残念に思っています。

小泉さんが自分の信念を曲げないことを良しとして評価する向きは多かったです。
私も小泉さんのぶれない姿勢と言うものは概ねプラス評価をしているのですが、拉致問題に限っては、どうも9・17の頃の「はじめに国交正常化有りき」というところで頭が凝り固まってしまい、良くも悪くもそこからぶれないまま最後まで来てしまった、と言う印象もあります。
ぶれないことは確かに良い事には違いないですが、何でもかんでもぶれなければ良いと言う物でもない。
少なくとも拉致問題に関しては、小泉さんのぶれない姿勢が逆に仇になった面は否めないとも感じます。

しかし、小泉政権という時代を経なければ、安倍政権と言う今の現実もおそらく有り得なかった事。
腹黒い政治家たちが相も変わらず利権政治・金権政治に明け暮れ、拉致問題などいまだに闇に葬られたままだったかも知れないと思うと、不十分とはいえ小泉政権と言う時代が存在したことを肯定しないわけには行かないだろう、と私は思うわけです。
日本人の多くが政治に目覚め、日本が全うな国として成り立つための通過点として、小泉時代と言うのは歴史の必然だったのかもしれない。
小泉さんの5年半の評価がどうであれ、国民は政治に目を開いたのです。
それゆえにこれから更なる結果を求められる安倍政権にかかる期待の重さは、小泉時代のそれとは比較にならぬとも思うのですが。

安倍さんは、少なくとも小泉さんよりは拉致問題に対して強い関心を持つ人です。
歴史観・国家観などに関しても、私は小泉さんよりは安倍さんの方にはるかに信任を置く。
ゆえに、私は安倍さんに対し小泉さんのような派手なパフォーマンスは求めません。
安倍さんに求めたいのは結果です。
成果です。
拉致問題で言うならば、とにかく一刻も早く被害者を奪還して欲しいわけで、そのために地道であっても誠心誠意職務を全うされることを私は強く希望しています。

とにかくも小泉さんの5年半は終わり、安倍政権の政治がスタートします。
小泉さんの是は是非は非とし、小泉政権の5年半で学んだ物を安倍政権の今後を見定めるために生かしたいと思う。
安倍さんはおそらく小泉さんのような派手なパフォーマンスはしないでしょうから、国民の側も目先のサプライズに惑わされること無く、じっくりと安倍政権の政策の是非を見極める強かな目を持ちたいものだと思います。
そして当Blogの宿願である拉致被害者全員奪還を果たすためにも、私は安倍政権の良き応援団となるべく精進したいと思っています。
posted by ぴろん at 00:26| Comment(4) | TrackBack(1) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月25日

06.9.18 飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉) 南越谷集会(3)南越谷サンシティにて

〜〜特定失踪者家族の訴え〜〜

★司会 古藤勝次 埼玉救う会副代表

それでは次にですね。
埼玉は多くの拉致被害者、特定失踪者の方を抱えています。
特に川口では8人もの方があります。
鈴木さんの方から説明して頂きたいと思います。

★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)

こんにちは。(「こんにちは」の声)
はじめまして。
私、「拉致問題を考える川口の会」の鈴木と申します。
拉致問題を考える川口の会の発足は平成16年で、皆さんご承知のように拉致被害者の田口八重子さんのご家族と、川口市に居住あるいは勤め先を持つ特定失踪者7名の家族とともに、更に拉致被害者田口八重子さんを救う会、それと拉致問題は何があっても許すことが出来ない。
拉致被害者を一刻も早く救出しようと言うことで、川口市を中心にした数多くの市民の皆様のご支援を頂いて、私どもは定例的に拉致問題の全面解決、拉致被害者の救出に向けてアピール活動を続けております。
それでは私の方からご紹介したいと思うんですけど、田口八重子さんの義理のお姉さんです。
飯塚綾子さんです。(拍手)

『飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)の訴え』

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こんにちは。
今日はたくさんお集まりくださいましてありがとうございます。
私は田口八重子の2番目の兄の妻の飯塚綾子と申します。
よろしくお願いします。

田口八重子は(昭和)53年6月に、池袋から2歳と1歳の子供を残したまま北朝鮮に拉致されました。
私は(昭和)51年に結婚しましたので、妹とは1年半くらいの付き合いと言うか、1年半くらい知っているんですけど、妹の性格は私が初めて会った時、私より8歳年下なんですけど、かなり親しげに話してくれる人懐っこい性格だったと思います。
会ったのは何回しか無かったんですけど、きれいにお化粧していてスタイルが良くて、若くてきれいなお母さんだなと思ったのを覚えています。
これからもどうぞ、ご支援よろしくお願いします。(拍手)

★鈴木智さん

『特定失踪者・井上克美さんの紹介』

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続きましてこちらのパネルをご覧頂きたいんですけど、同じく川口市内から失踪いたしました井上克美さんです。
職業は電気工事士でございます。
昭和46年12月に川口市内でこの会社の忘年会がございまして、その忘年会の時にですね。
友人と別れて行方不明。
自宅には長男が誕生する数日前だったので、自分の意思でいなくなるというのは考え難いわけです。

氏名 井上 克美
失踪年月日 昭和46(1971)年12月29日
ふりがな いのうえ かつよし
生年月日 昭和25(1950)年6月8日
性別 男 当時の年齢 21
身長 体重
公開 第4次公開
当時の身分 電気工事店勤務
特徴
失踪場所 埼玉県川口市
失踪状況 失踪当日会社の忘年会の後、川口市内の飲食店で飲み(午前0時〜1時)、すし屋で食事をした後友人と別れた。当時泥酔状態。夜帰宅しなかったので翌30日前実家にtelがあり両親も知った。妻の話では正月は家に行くと言っていたので実家に帰っているのではと思いtelしたとのこと。運転免許の更新もなし。連絡も一切なし。長男が生まれる直前だった。

特定失踪者の情報は特定失踪者問題調査会HPより
http://chosa-kai.jp/index.html
posted by ぴろん at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月24日

06.9.18 大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄) 南越谷集会(2)南越谷サンシティにて

『大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え』

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ただ今ご紹介にあずかりました、私、特定失踪者・大澤孝司の兄で大澤茂樹と申します。
本日は、埼玉の東部第一回の集会に参加させていただきまして本当にありがとうございます。
私ども兄弟は3人で、一番上の兄は新潟市で家業の跡をとっており、私は次男で横浜市瀬谷区に在住している関係上、埼玉の救う会の皆様には日ごろから大変にお世話になっております。
そういう関係で本日は埼玉救う会の古藤さんに(声をかけていただき)、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながらこのような貴重な時間を頂き、私まで訴える時間を割いて頂きまして埼玉の救う会には本当に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

私が、拉致されたのは一番下の弟で、新潟県の佐渡島で赴任中、曽我さんたちより約2年半前の事件になります。
私はこのようにして越谷市民の皆様方にお会いするのは初めてであり、おそらく私の弟の拉致の内容についてはご存知の方はお出でにならないと思いますので、ちょっと話がくどくなるかも分かりませんが、弟が失踪した時の状況よりお話をさせて頂き、ご支援を頂ければ幸いに存じます。

弟隆司は昭和49年、1974年の2月の24日、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん・ミヨシさん親子が拉致された真野町の現場から7〜8キロしか離れていない、トキの保護センターのある新穂村と言う所で北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。
失踪時27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県庁の職員でございました。

事件当日は日曜日で寄宿舎の仲間と卓球で遊び、午後から一人で隣の金井町と言う所に遊びに行き、その帰り寄宿舎に戻っても寄宿舎の食堂が休みとなってい事で、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも取った様でございますが、そこの店を7時半ごろ出るとき店の女将さんに、「ああ飲んだし、食べたし、これから寮に帰って寝るか」と、いつもと変わらぬ様子で挨拶を交わし、そこの店を出て帰宅途中知人宅に立ち寄り2〜3分話をした後帰ろうとした所、その知人宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の仲間かまたそこの店に入ろうとしていたお客さんか定かではありませんが、弟が出ると同時に店に入るのをやめ弟の後を追ったようで、それから間もなくして車が急発進するタイヤの軋む音を、そこの女将さんともう一人近所のおばさんが聞いたのが最後で、その後の足取りはつかめておりません。

翌日その車が急発進したと思われる周辺からハングル文字のマッチが一つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つ見つかっておりません。
またその知人宅から寄宿舎までの距離は200メートル足らずで、その間に海があるわけじゃなく流されるような大きな川もなく、周りはその当時田んぼと畑が多いような非常に長閑な所で、突然大の男がそこから消えると言う事は不自然であり、佐渡の両津警察さんの方から佐渡警察始まって以来の大掛かりな捜索と、新潟県の方と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、くまなく佐渡中捜索するも弟を見つけ出す事も、失踪する理由さえ掴む事は出来ませんでした。

私ども家族は、こんなに大掛かりな捜索をして頂いたにも拘らず見つからないということは、神隠しにでも遭ったものと諦めもしておりましたが、その後の情報によりますと、曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いがあるという情報を頂き、私どもは新潟県警の方に再調査を要請。
それと同時に特定失踪者問題調査会、この後ご講演されて頂く荒木先生の元にお願いし調査して頂いた所、弟隆司は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つないということで、平成15年の9月調査会の認定を頂き、また調査会の中の拉致の疑い濃厚な000番台リストにも載せて頂く事が出来ました。

一方日本政府は証拠不十分とし、今現在も新潟県警の方で再調査が継続されておりますが、同じく15年の10月に新潟県の定例記者会見の場におきまして、私の弟ともう一人山梨県甲府市で、図書館に行くと言って自宅を出たまま行方が分からず、4日後柏崎の荒浜海岸。
この荒浜海岸というところは蓮池ご夫妻が拉致されたすぐ隣の海岸でございます。
その荒浜海岸で4日後セカンドバッグが見つかった山本美保さんの二人は、拉致の疑い濃厚と言う新潟県警の異例中の異例の見解を頂くことが出来ました。

そして年が替わり平成16年の1月、その時点で調査会の中の拉致の疑い濃厚な16名が一斉に、法律家の会の先生方のご援助を頂き、拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に被疑者不肖のまま、国外移送目的略取容疑で告発状を提出。
それと同時に日弁連の人権擁護委員会に、人権救済を申し出る手続きを取って頂く事が出来ました。

そして年が替わり平成17件の3月、人権擁護委員会の方で調査し、16名全て全員が拉致の疑いが高いという事で日本政府と警察庁の方に人権救済の要望書を提出していただく事が出来ましたが、いまだにこの16名の中で一人も日本政府の認定には至っておりません。

またすぐ隣の川口市で失踪した藤田進さん、そして千葉で失踪した加瀬テル子さんの顔写真が一昨年、脱北者の手によって北朝鮮から持ち出され、法医学の権威者であります橋本先生がその写真を鑑定した結果、本人に間違いないと言う鑑定を頂いているにも拘らず、日本政府はこの二人さえ拉致認定には至っておりません。
何なんでしょうか?
これ以上拉致害者が出たら困る事でもあるんでしょうか?
私は拉致は人権侵害であり、決して許すわけには行きません。

今ある日忽然と行方不明になり、拉致の疑いが排除できない470名のご家族が荒木先生の元に調査依頼が出され調査した結果約250名の、このポスターにも掲載されておりますが、約250名の方々が特定失踪者としてこのように公表されております。
私はこの中で実際に何人の方々が北朝鮮に拉致されているか想像も付きませんが、北朝鮮の研究者によりますと少なくとも100名から150名は拉致されていると言うことであり、まだまだこんなにたくさんの拉致被害者がいるという事を知って頂きたいと思います。

北朝鮮は国家として国として偽札を作ったり偽タバコを作ったり、また麻薬まで作っているような国でございます。
そんな国を相手に話し合いだけの拉致問題の解決が付くんでしょうか?
私は交渉するだけ無駄だと思っております。
今北朝鮮に拉致されている拉致被害者は、日本政府が認定している11件16名の他に、まだまだこんなにたくさんいるという事を知っていただき、私はですね。
この拉致問題を一刻も早く解決して頂くには、今世界中の国々がですね。
北朝鮮の大量核兵器の開発を断固阻止しようと包囲網を狭める中、今こそ日本政府は毅然とした態度でありとあらゆる手段を用い解決して貰わなければならないと思っております。

既に特定船舶入港禁止法で万景号の入港禁止措置が講じられ、また明日からでも一部の金融制裁の発動がなされるとニュースで聞いておりますが、経済封鎖の出来る物は全て経済封鎖をしていただき、金正日体制の崩壊をしなければ、私はこの拉致問題の完全解決は有り得ない物と思っております。

拉致被害者と拉致被害者家族は年々老いており、私のところも例外ではなく弟は今年の6月で還暦となりました。
また母親は既に(昭和)63年に他界しましたが、今現在96歳になる父親は今のところ健在でございます。
せめて父親が元気なうちに弟ともう一度再会を果たしてやりたく、それにはもう時間がございません。
もうこれ以上待てません。

近々、この26日にも安倍新政権が誕生するものと思いますが、私は安倍新政権に期待しております。
安倍さんならきっとこの拉致問題を全面解決してくれると思っております。
ですからこの拉致問題を解決するには更なる皆様方のお力で安倍新政権にバックアップをして頂き、一刻も早く解決して頂く為に更なる皆様方のご支援とご協力をお願いしまして、甚だお粗末ではございますが私の訴えとさせて頂きます。
今後とも宜しくお願い致します。(拍手)
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驕りの気分

支援の現場に出ていて、最近私が感じる懸念があります。
拉致問題は国家主権侵害問題・人権侵害問題。
だから国民はもっともっと高い意識を持ち、救出の為に自主的に行動を起こすのが当たり前、といった驕りの気分が私たち支援者の間に蔓延してはいませんかね?

人に物を頼むなら行動を起こしてくれる事を願うなら、お願いする支援者の側は謙虚の上にも謙虚になって、ひたすら頭を下げなければならないと思う。
日本人なら救出運動に参画するのが当たり前、などといった驕りの匂いがぷんぷんするようなそんなタカビーな救出運動に、そもそも世論が素直に共感するはずは無いのです。

私も含めた多くの支援者の皆さんも、長年この問題の存在に気が付かなかった愚か者であったはずです。
拉致被害者家族を長年苦しめた張本人は私たちでもあるのです。
そんな愚か者の私たちが、ホンの少しだけ人より先に目覚めて支援活動に打ち込んだ所で、それがどれほど偉くて立派なことなのか?
所詮はその程度の小者に過ぎない一支援者の私たちに、いまだ行動を起こさない関心の薄い一般世論を高い所から見下す資格などかけらも無い事を自覚しなければ、この救出運動への関心度は日毎に萎むばかりではないか?と懸念しています。

救出活動の入り口は広く敷居は低くあるべきであり、その観点からも世論に理解と協力を求める時は、「被害者や家族が可哀想」といったレベルの働きかけでも私は十分だと思います。
それをきっかけにして拉致問題を勉強して、国家主権とか人権とかいった難しい事をそれぞれが考えればいいのであって、最初から高いハードルを持ち出して支援者を選別・排除する必要は全く無い。

被害者を救いたいという思いさえあれば、支援者としての資格はそれで十分では無いでしょうか?
この救出運動の目的は「全ての被害者を救うこと」
そのためにはより一層の世論の盛り上がりが必要であり、仲間は一人でも多いに越したことは無いのです。
思想信条の違い・知識の多少・関心度の濃淡などの個人差を超えて一人でも多くの人たちと手を取り合うには、「小異を捨てて大同に付く」という姿勢を持つ以外に策はありません。
支援の輪をもっともっと広げる為にも、支援者の私たちもここでもう一度初心に戻り、驕りの気分を捨てて救出活動に参画すべきだと思う。
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2006年09月23日

06.9.18 関口陽一救う会埼玉東部の会会長 南越谷集会(1)南越谷サンシティにて

『関口陽一 救う会埼玉東部の会会長の挨拶』

おはようございます。
今日は天候も悪かったんですけど、回復したようで多数の皆さんに参加して頂いていてありがとうございます。
今日はですね。
ちょっと話変わりますけども、九州の方では台風で被害が出ておりまして、本来遠くの方の被害に遭われた方々に対しても、我々は同じ日本人である限りはその方々に対しても同じように悲しみ同じようにですね。
・・・(聞き取れず)思いしなければならないと思うんですが、残念ながら最近の日本人は自分の身内が被害に遭わない限り、他人事として終わっている傾向があります。
これが今回の最近起きている飲酒運転もそうなんですけども、自分の家族が交通事故に遭わない限り、絶対飲酒運転は無くなりません。

それは、この拉致被害でもそうです。
これだけの1億数千万の国民がいるにも拘らず、いまひとつ国民の意識が薄い。
これが他の国であれば大変な暴動が起きて、もうすぐに解決するような問題です。
残念ながら我々が出来るのは運動は市民運動どまりで、これを解決するのは国です。
拉致被害と言うのはですね。
最近テロと言われておりますけど、テロと同時であるとどうじにですね。
これが日本の主権侵害です。
主権を侵害された以上、国は主権を前面に押し出し国力を使って全てを解決しなければならない。

我々国民は国に多額の税金を払い、そして貴重な一票を投じ、子供たちの未来を国に委ねています。
国は国民の生命財産を守る義務があり、我々国民はそれを国に要求する権利があります。
しかし国が動かない以上、我々国民が・・・(聞き取れず)にして圧力をかけなければならない。
ごくわずかな拉致被害者が解放されただけで、一部の世論では解決したように思われていますが、まだ何も解決していません。
国が動かない以上、我々国民が総力を挙げて国に圧力をかけて、拉致被害者早期全員奪還に向けて動かなければなりません。

そのために今回救う会埼玉の他に、この越谷を基点として近隣の草加、春日部といった近隣の方々の協力を仰ごうと思いまして、救う会埼玉東部の会と言うのを設立しました。
今日はその第一回目の講演会であります。
今後、我々救う会埼玉東部の会は総力を挙げて、拉致被害者早期全員奪還の為に死力を尽くして頑張りますので、是非皆さんの協力をお願いします。
これで挨拶に代えさせていただきます。
ありがとうございました。(拍手)
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★救う会埼玉東部の会講演会(南越谷集会) テキスト一覧表

06.9.18 南越谷サンシティにて

1 関口陽一 埼玉救う会東部の会会長の挨拶
http://piron326.seesaa.net/article/24297793.html

2 大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え
http://piron326.seesaa.net/article/24365239.html

3 飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)の訴え
http://piron326.seesaa.net/article/24399867.html

4 鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え
http://piron326.seesaa.net/article/24506695.html

5 大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え
http://piron326.seesaa.net/article/24565441.html

6 佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え
http://piron326.seesaa.net/article/24702359.html

7 佐藤悟志さん(RENK)の講演
http://piron326.seesaa.net/article/24783550.html

8 荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その1
http://piron326.seesaa.net/article/24784418.html

9 荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その2
http://piron326.seesaa.net/article/24819558.html

10 荒木和博 特定失踪者問題調査会代表の講演 その3
http://piron326.seesaa.net/article/24870395.html

11 質疑応答 
http://piron326.seesaa.net/article/24953367.html
posted by ぴろん at 15:40| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

★拉致被害者家族の声を聞く会(南越谷集会) テキスト一覧表

06・1・21 南越谷サンシティにて

1 『古藤勝次 救う会埼玉副代長 開会の挨拶』
http://piron326.seesaa.net/article/12705575.html

2 『鈴木松蔵 救う会埼玉代表 挨拶』
http://piron326.seesaa.net/article/12705758.html

3 『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』
http://piron326.seesaa.net/article/12754316.html

4 『佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え』
http://piron326.seesaa.net/article/12806932.html

5 『新木博さん(特定失踪者・新木章さんの弟)の訴え)』
http://piron326.seesaa.net/article/12865170.html

6 『平田隆太郎 救う会事務局長の講演 その1』
http://piron326.seesaa.net/article/12935354.html

7 『平田隆太郎 救う会事務局長の講演 その2』
http://piron326.seesaa.net/article/12986740.html

8 『平田隆太郎 救う会事務局長の講演 その3』
http://piron326.seesaa.net/article/13031362.html

9 『本間勝さんの訴え(田口八重子さんの兄)』
http://piron326.seesaa.net/article/13074005.html

10 『質疑応答』
http://piron326.seesaa.net/article/13104985.html

11 『三角裕明 救う会埼玉事務局次長 閉会の挨拶』
http://piron326.seesaa.net/article/13105176.html
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2006年09月22日

06.9.10 決議文朗読とシュプレヒコール 大阪集会(15)エルおおさかにて

『決議文朗読とシュプレヒコール(決議文朗読&シュプレヒコールのリード:ウツミヒロミさん)』

北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める大阪集会アピール

北朝鮮金正日政権が、長年にわたり、日本人拉致という国家犯罪を繰り返し行ってきたことは、北朝鮮からの脱北者などの目撃や証言により既に明らかになっているにかかわらず、国際的な世論に背を向けて拉致の実態、全体像を依然として明らかにしていない。拉致被害者、そのご家族はもとより、日本と日本人を愚弄し続ける北朝鮮に対し、また日本政府、国の内外に対し、私たちは以下の3点について訴える。
1 北朝鮮による日本人拉致は、日本の平和と安全を脅かす国家犯罪であり、日本の主権を犯し、日本人の人権を著しく蹂躙するものである。北朝鮮は日本政府が認定する拉致被害者は勿論、特定失踪者を含む全ての日本人拉致被害者の無条件で一日も早くかつ安全な帰国を実現させ、家族の元へ返すことを要求する。また 460人にのぼる特定失踪者についても、ただちに調査を行いその正確な情報を明らかにすべきである。
2 しかし、北朝鮮から誠意ある回答が望むべくもない今となっては、拉致被害者を一国も早く取り返すため、日本政府は躊躇なく北朝鮮の船舶すべての入港禁止や、改正外為法の完全実施をはじめとする経済制裁の完全実施に踏み切るべきである。日本政府は「拉致問題の解決なくして、日朝国交正常化はあり得ない」という原則を絶対に崩すようなことがあってはならない。拉致問題の解決とは、北朝鮮に残された日本人拉致被害者全員の帰国と拉致実行犯の引渡しである。
3 北朝鮮による拉致問題は、全ての日本人が日本の平和と安全を守るために取組むべき最も重要な課題であり、私たち一人ひとりが日本国民であるという誇りを再認識し、拉致問題の早期解決に努力することをここに誓う。

        平成18年9月10日
北朝鮮による拉致被害者全員の救出を求める
大阪集会参加者一同

(大きな拍手)

(引き続きシュプレヒコールへ)

それでは私の方から「北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!」と申し上げますのでその後に続きまして、「直ちに返せ!」の部分だけご唱和願います。
宜しくお願いします。
それでは申し上げます。

北朝鮮は日本人拉致被害者全員を直ちに返せ!(返せ!)
北朝鮮は有本恵子さんを直ちに返せ!(返せ!)

次は「明らかにせよ!」です。
北朝鮮は特定失踪者を明らかにせよ!(明らかにせよ!)

次は「放棄しろ!」です。
北朝鮮は核開発とミサイルを直ちに放棄しろ!(放棄しろ!)

次は「実施せよ!」です。
日本政府は更に強い経済制裁を実施せよ!(実施せよ!)

次は「取り戻すぞ!」が続きます。
必ず全員を取り戻すぞ!(取り戻すぞ!)
一日も早くとり戻すぞ!(取り戻すぞ!)

どうもありがとうございました。(拍手)

・・・集会終了・・・
posted by ぴろん at 22:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

本そういち著「めぐみ」安価版の発売のお知らせ

東京集会の会場で、ジャーナリストの小山唯史氏より、本そういち氏の漫画「めぐみ」が安価版としてこのたび発売された事を教えて頂きました。

既に出版済みの「めぐみ」上下巻2冊分を一冊にまとめ、定価600円でコンビニで一昨日より発売になっているのだそうです。

お値段はお安くなったぶん装丁などは少々お手軽になりはしましたが、中身は既に発売のものと同じです。
「めぐみ」をまだ未読の方。
お買い得でもありますし、この機会に是非手にとってご一読していただけたらと思います。
本の表紙をカメラで撮らせて貰ってきましたので、御覧下さいませ。

Img_4140.jpg
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2006年09月21日

06.9.10 増元照明さん 大阪集会(14)エルおおさかにて

『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんにちは、家族会事務局長の増元です。
暑い中、皆様本当にご苦労様です。
今日、有本さんが歩かれると言うので、ちょっとそれはやばいかな?と。
私たちがもし代わりに歩けるものならと思いました。

今年、先週ですか。
家族会が開かれまして、家族会総会の中で横田夫妻の活動軽減という事が言われております。
横田ご夫妻8月12日にすでに青森県で講演をされまして、日本全国行脚が終わりました。
その回数が1000回です。
1000回の内、殆ど3分の2が2002年9月17日以降です。
4年の間に1000回の3分の2をこなされて、今本当に疲れている状況でした。
横田拓也君、事務局次長からも・・・(聞き取れず)があり、今控えて頂くようにしています。

それ以上に有本ご夫妻はご高齢なんです。
ですからだいぶ、昨年くらいからお母さんが足腰が弱くなられたのを私見ておりまして、炎天下で歩かれたら困るなと思ってます。
けれどもおそらく「私大丈夫よ」と言って歩かれると思いますが、なるべく歩いて頂かないようにして欲しいと思います。
その家族会の中で今年の方針を決定しておりますが、従来と同じようなことなんでしょうけども。

ただ今年の2月に日朝交渉が開かれました。
実務者会議です。
その中で北朝鮮が一番気にしていること、それは(日本の)国内世論です。
国内世論の沈静化、それを非常に気にしていると梅田参事官、西村先生の大学の後輩ですが、関西弁を喋られるキッチリとした意見を持っている方です。
その方が担当官でやってらっしゃって、その方が仰っておりました。

もうひとつ国際社会に我々家族会が訴えている、救う会が訴えていること、これを非常に快く思っていない。
この二点を梅田参事官から聞きまして、相手に嫌がる事をやるのが外交ですから(拍手)、私たちはこれからも相手に嫌がる事を推進していかなければなりません。
ですから今年アメリカに行ったり、そして先日は中国まで行って来ましたけど、余り中国は相手にしない方が良いのかな?と少しは思ってしまいました。(拍手)
こういう事を言うから強硬派と言われるんですけども。(笑い声)

私たち、そうです。
今年この二つの点を強調しながら更にやっていかなければならないんですが、私たちはこの秋ぐらいまでにはもう少し進展するだろうと思っていたんです。
進展したいと思っていました。
この度、親王殿下がご誕生になられました。
非常におめでたい事だと思っております。
昨年、紀子様がご懐妊されたときから、既に9月のご誕生はある程度予測されておりましたが、それまでには私たちの家族を日本に取り戻して、日本国民として私たちと一緒にこの慶事を祝いたいというふうに思っておりました。

更に10月5日には横田めぐみさんの42回目の誕生日です。
ですからそこまでにはどうにか目処をつけたいと思って、この春からずっと一生懸命やって参りましたけど、結局今こういう状況です。
ただ、水面下ではいろいろと動いています。
先ほど、前上さんのお母さんでしたか、今分からないと仰って、余り表面化していないので分からないと仰っていましたが、昨年の秋からのアメリカの金融制裁、更にアメリカの・・・(聞き取れず)が行っている国内での北朝鮮関連施設の適正な法適用。
これによって北朝鮮が非常に困ってきているのは耳に入って来ております。
金正日が何故中国訪問をしなければならないのか?
嫌いな中国に訪問してまで金融制裁を解いてもらいたいから、でもアメリカは一歩として動きません。

ただ、残念なのは私たちはアメリカ主導で、この拉致問題がどんどんどんどん解決の方向に向かっていると言うことです。
日本が主体的に自分の国の国民を助けようとするその姿勢が、私たち国民に対して見えないということが非常に残念でなりません。
それを訴えてはおります。
安倍官房長官は「国民の一人たりとも」と仰ってくださって、「全ての拉致被害者を救出するまでこの拉致問題を追及していく」と仰っております。

今、確かに特定失踪者のご家族は不安の気持ちは分かります。
ただ、今年本当にもう一歩の所まで来ています。
それは金正日の政権が揺らぎ始めていると言うことです。
今年、彼らを全て取り戻す為には、やはり私たちが一番感じているのは金正日政権があの国にあってはならないという事です。(拍手)
あの国にあっては全ての拉致被害者を取り戻すことは出来ません。
日本人が日本の国が日本人が何人やられているか分からない状態で、金正日一人のせいにしてでも良いから、とにかく金正日を排除する形で、あの北朝鮮と言う国をもう一回再興させなければならないという。
今金正日を支えている幹部たちに分からせなければなりません。
ですから経済制裁の圧力で、もう金正日ではこの国は成り立たないんだと言う事を幹部が分かりさえすれば、それだけで大きく動くというふうに考えています。

今金正日はアメリカの金融制裁で大きく揺らぎ始めています。
で、その時に何が大切か?ということ。
日本政府として北朝鮮に、今(調査会では)しおかぜをやっています。
NHKも短波放送を持っていますから、韓国から自由北韓放送をやっています。
日本人を傷つけるなというメッセージを強く北朝鮮の方に向けて発信して貰いたいんです。
今いる拉致被害者を管理している人間に対し、必ず日本人を傷つけるな、保護しろと言う、さもなければ我々は一切の経済協力をしないというメッセージを北朝鮮に強く送っていかなければなりません。

そのためには国民の皆さんのご理解が必要です。
皆さんが一緒になって日本人を傷つけたその国に対しては、日本は一切の経済協力をしないんだという強いメッセージとして発信していって頂かなければなりません。
是非皆さんにご協力をお願いしたいと思います。

更にもう一つ、今ブルーリボンバッジをつけていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。
これが普段、常に、日本の国民の8割の方がどこかにブルーリボンバッジ、服でも良いですしバッグの所でも良いです。
付けていただければ金正日に対して大きな強い圧力になります。
日本人の8割が拉致問題を忘れていない。
被害者が帰ってくるまで絶対にこの拉致問題を忘れないと言う強いメッセージになります。
更に皆さんの地元で選出されている国会議員に対しても、拉致問題は有権者の間では非常に大きな問題であるという事を認識させる強い圧力になります。
拉致問題を解決させなければ、私はもう投票しませんよと言う強い圧力になります。
是非皆さんに、このブルーリボン運動、この2〜3ヶ月の間に日本の8割の方がして頂けるように一緒になって声を上げてください。
ありがとうございました。(拍手)
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06.9.10 有本嘉代子さん 大阪集会(13)エルおおさかにて

『有本嘉代子さんのお話』

皆さんこんにちは。
本当に家族会が出来ていろいろあって、本当にここまで来れたということをしみじみと感じています。
だから私たちにとっては一番良い状態だと思っております。
安倍先生が総理になられて、私たちの事はきっと感じてしてくださると信じております。
その一番最初に主人が申し上げたように、1988年に子供から手紙が来たことによって運動が始まりました。
それで9年間は一応私たち二人、殆ど主人が動きましたけど、どっこも相手にしてくれませんでした。

だけど先ほど西村先生が仰ったように、国会の場で横田めぐみさんの事を明らかにしてくださって、家族会を立ち上げる事が出来ました。
それまでもマスコミの方で朝日放送の方お一人、この拉致問題をどっこも手掛けてない時にお一人でコツコツとしてらした方があるんです。
それで私の事を分かった時点で連絡してくださったんですね。
「あなたとこ一軒じゃないんですよ、この拉致と言うのは他にもあるんです」って、今皆さんと一緒に運動しました。
福井の二人と柏崎の二人と、それから今来ていらっしゃいます増元さんのお二人と、一軒ずつ名前と電話番号を言ってくださったんです。

その時点で私が関係のお宅に全部電話を入れました。
「こういう事で私は動いておるんですけれども、皆さんもご一緒に動いて頂けませんか?」と「皆でしたら力が付きますから」ということを申し上げたんですけども「お宅は手紙が来ているから証拠があります。でも私どもはただそうじゃないかな?ということであって警察もどこも取り上げてくれない。これでは動けないので多分駄目だと思いますよ」と皆さん仰いました。

でも西村先生が国会などで言ってくださってめぐみさんの事が表に出ました。
その時に奥さんが初めて会った時に仰いました。
早紀江さんがその時に本当に私もね。
18年か確か19年になってたと思うんですけど、「めぐみさんがいなくなってこの厳しい北朝鮮でめぐみが元気に生きておったならば、私が表に出る事でもしもめぐみに何かあったならばどうしようかと思ったんよ。でも主人がね。表に出ないと解決しないと言ったもんだから、出て来たのよ」と言う事を仰いました。
私もはっきり覚えております。
それで初めて家族会が結成できたんです。

そうしましたらね。
皆さんが会ってくださいます。
今までは全然会ってくださらなかった方が、会って話を聞いてくださいます。
それで2002年に9月にああいう事があって、大勢の方が帰って来られました。
それで5月に全国大会が、今西村先生が仰った有楽町フォーラムでありました。
その時に本当に5000人それしか入らないところに、たくさんの方が来て下さったんですね。
表にまだまだたくさんいらっしゃるんですよ、と言う事をお聞きしました。

それで私どもはここに今のようにずっと並んでおりました。
緞帳がばっと上がったんですね。
そのときにばっと見ましたらね。
ぎっしりだったんです。
それを見ましてね。
感激で涙が一杯に胸が一杯になりました。
本当にやはり日本人は素晴らしい、これだけの方がここに来てくださったと言う事でやはり日本人は素晴らしいとその時つくづく思いました。
私はいつも子供の時分からそういう教育を受けておりますから、日本人に生まれて良かった日本人に生まれて良かったと思って暮らして来ております(拍手)
この事によって本当に日本の皆様が目を覚ましてくださったと、その時思いました。
それで今現在に至っております。

それでいろいろと、特定失踪者の方も来られましたけれどもね。
私も1988年に分かりまして、それから家族会を結成したのが1997年です。
その時にね。
私どもも一緒に運動しましたけれどもね。
全然私とこは家族会に入っておりましたけども、国が認定をしておりませんでした。
初めて認定されましたのは2002年の3月12日に八尾(恵)さんが、皆さんご存知と思いますけども、よど号ハイジャック犯の奥さんがヨーロッパへ出て何人かの人を連れて入ってるんですね。
よど号の人は20人連れて入ったと言っておりますけども、今のところ分かっているのは3人ですけども、その時に、とにかく3月12日に八尾さんが証言する言われてその前日です。
初めて国が拉致被害者であると認定してくださったんです。
だから拉致家族の認定はどこからくるのか、私には分からないんです。

手紙が参りましたときにですね。
最初に外務省に行きました時にですね。
「これは北朝鮮から来ていませんから」言われましたですね。
ポーランドの消印だったんです。
北朝鮮から手紙は出せないんです。
だからそういう事で、結局はっきり言うたら相手にしてくださらなかったんですね。

そういうような状態ですからきっと近い将来に、特定失踪者の方もきっと国は認めると思います。
何が基準かいまだに分かりませんけれども、そういうような状態でしたけども、国が認めなくても私は手紙が来ているし、その手紙と言うものは小さく折って切手くらいに折ってあったらしいです。
それを多分身に付けていたんだろうと思いますね。
それをある機会にポーランドの人に渡したのかな?と思ってるんですけども、私がその手紙が来ました時に主人と二人はそう思ったんです。
助けてくださいと言う手紙が、ここにおる事は絶対に知らせなあかんと、もしもの事があったら、こんな所で死んでしまったらどこで死んだか分からないから、とりあえずここにいると言うことだけは知らせなあかんと言う事と、やはり助けられたら助けてくださいと言う事でやったと思います。
その思いで、私たちは動いてきました。

だからこの20日には総理が決まると聞いております。
一番待望の安倍先生が総理になってくださると、私たちは期待しております。(拍手)
その事によって私たちはきっと解決すると望みを持っております。
だから特定失踪者の方も皆含めて全員の方を返しなさいと言う事はきっと・・・(聞き取れず)と思います。(拍手)
皆様方が支援してくださらないと、私たち今まで来れなかったんです。
今本当に並んでいらっしゃる先生方、それから救う会の方々が支援してくださったことによって、私たちも元気で今まで動いてこられたんです。
皆様のお陰でこういう状態になったんですから、どうか皆様、最後まで私たちを支援してください。
宜しくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)
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06.9.10 有本明弘さん 大阪集会(12)エルおおさかにて

『有本明弘さんのお話』

拉致家族の有本明弘です。
宜しくお願いします。

私がこの問題に関わってきたのは、子供が親元へ手紙を北朝鮮から出してきました。
それを元に政府の方にお願いをしました。
それが1988年9月と言いますと、丸々18年になるんです。
この18年の間にいろいろ動いて来ました。
それを国民の目の前に大きく喋りたい。
喋ったら政治生命を失う人がたくさん出てくる。
そういうような問題を抱えてこの18年間やってきました。

今西村先生が仰ったように、めぐみさんの件が出ました。
それから10年、やっと私が長い(間)心に思っていた、そういう状況が目の前に現れて来ました。
誰かと言いますと、その手紙を持っていったところが当時の自民党幹事長であった安倍晋太郎さん。
その時は今の晋三さんは秘書をしとったらしいです。
手紙を持っていったときは私は晋三さんとはお会いしていませんが、それが元で今次期総理は安倍さんだと言う話が現実の物となっております。

そしたら安倍さんが総理になったら放送したいと言うので、当時の安倍事務所に手紙を置いていった。
それに関しての取材をしたいと言うメディアがパラパラ出てきた。
もう既に映像を持って帰ったところも数社あります。
そして活字にも・・・(聞き取れず)ですか?
・・・(聞き取れず)2社ほど話を聞きたいというふうに言って来ております。

私はその間ずっと言ってるんです。
この1990年に始まった自社訪朝団。
田辺さん、金丸さんこの人たち、これ、さん付けするほどの人ではないです。(拍手)
・・・(聞き取れず)たら、どんな事に突かれるか分からない。(笑い声)
さん付け出来ません。(笑い声)

田辺さん、金丸さん、この朝鮮外交を明らかにせよと私ずっと言い続けているんです。
なぜかと言いますと、この朝鮮外交をやった金丸さんと言う人は脱税をかけてきた。
脱税で逮捕されたんです。
分かりやすく言うと別件で警察は逮捕してきた。
ここの闇の世界を明らかにすべきだと私はずっと言ってるんです。

これのお陰で自民党は割れて細川政権が出来て、現在では民主党の小沢さん、マスコミが小沢さん担いで次の参議院選がどうのこうのと、マスコミ言うのはそういう業界なんです。
だから私はこれを明らかにしたら当時の朝鮮外交をやったその時の総理は、手紙を持って行ったときは竹下さんだったけれども朝鮮外交をやった。
2年後に、手紙を持っていってから2年後に朝鮮外交をやった。
その時の総理は海部さんなんです。
海部俊樹さん。
総理になる前はようしゃべりおったでしょう。
その時の会長が小沢さんなんです。

だからこの経緯はどちらも政権のトップにおった限りは知らんとは言わさん。
でも彼らはこれだけ拉致の問題で国内が関心を持ってきている。
また、我々も一生懸命運動している。
そういう中において、この運動始めてから10年経ちますが、何一つ喋らんでしょ?
こんな不思議な事があるんです。
これが日本の国の政治の状況なんです。

やっと、私がこういう話をしたらすぐにお時間ですよといつも言われてきて(笑い声)、それで止めるんですけども、今日は15分という時間を頂いております。
でも、私の持ち時間はせいぜい10分。
現在は今はそういう状況になっているんです。

・・・(聞き取れず)この問題が出てきた夏ごろには国民大集会があって、私言いました。
憲法改革、憲法変えろというこの問題に関しては、・・・(聞き取れず)のおじさんの任期のある間に教育法案と憲法法案は強行採決してでも成立させる事べきだと。
・・・(聞き取れず)なれば、小泉さんは解散の時期を早めるだけだと、それは言い切れなかった。
でも強行採決してでも法案を達成すべきだと。
何故小泉さんはそれをやらなかったか?
全部安倍さんが引き受けてやらなければならない。
そういう状況が今の日本の状況なんです。

だから私が思うのは憲法改正すると、草案を書くと・・・(聞き取れず)で草案を書くと、そこまで言うという事はこの戦後の60年の歴史を逆転させる、そういうような状況になるんです。
国民がそれを自覚しなければならない。
これはメディアが国民に詳しく、国民にひとりひとりに行き届くように説明しなければならない。
これは私は政治の一つの仕事ではあるけれど、これは日本の国で営業をしているマスコミの仕事だろうと思っておるんです。(拍手)
・・・・・(聞き取れず)というのは議連が出来た当初から私は、教育改革よりもマスコミ改革の方が先だと言う事も、それに関する証拠・資料を提出して言うております。
内容がどうかと聞いておりませんが、マスコミはもう、私とこ取材に来た人はみんな言われて帰ってるんです。
これが今の日本の現状なんです。

だから安倍さんが総理になるという事は私は心強い。
これからが勝負だなと、そういうふうに思っております。
だから日本の国民の意識が変わる。
憲法改革という事は、この60年間平和だ!平和だ!戦争はいけない!戦争はいけない!
これが変わるんです。
この話は長い事しとったら時間が2時間くらいはかかるので、家内に代わります。

でも私たちはやっとこの20年前は、竹下総理の時に手紙を持っていったんです。
この20年経ってやっと期待できる総理がやっと生まれてくる。
そういう吉を迎えました。
後は、家内と代わらせていただきます。
ありがとうございます。(拍手)
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2006年09月20日

安倍政権誕生・・・良き応援団になる為に

先ほど、自民党総裁選の結果が出ました。
予想通りの安倍さんの当選。
正式には自民党の総裁に決まっただけで、まだ総理の座に付いたわけではありませんが、実質安倍政権の樹立は決まった事、として本日のBlogを書き起こします。


率直に言って、安倍政権の樹立は拉致問題解決にとって最初で最後のチャンスだと思います。
現実的に見て、安倍さん以外に拉致問題に取り組む政治家はいないのです。
安倍政権がこけたら後がいない。
そのシビアな現実をまずは抑えておく必要はあるかと思います。

安倍政権が今後拉致問題解決に関してどれだけの手腕を発揮できるかは、正直未知数です。
なぜなら、勝ち馬に乗るべく、安倍さんとは政治的主張を異にする政治家もしたり顔で安倍さん支持に回っていると言う現実がありますから。
下心一杯の海千山千の議員相手に安倍さんは独自色を貫けるのか?
それは蓋を開けてみなければ、なんともいえないと言うのが、偽らざる現実だと私は思っています。

一昨日の南越谷集会でも講師の荒木先生は、安倍政権の樹立は拉致問題にとってチャンスであるが同時にピンチでもある、と指摘していたのが心に重く残ります。
また先日の大阪集会で西村眞悟議員が、「国会内での拉致問題への関心は急速に去っている」と言う指摘をされたのも気になります。
実際身近な所で感じる拉致問題への関心度は、このところずるずると萎んでいる感は私も否めない。
国会議員の拉致に対する関心が無い、ということは議員の先生方はもやは拉致は選挙に影響しない・拉致では票は稼げない、と踏んでいると言う事ですよね?
それはつまり、有権者のこの問題に対する関心度が薄くなっていると言う何よりの証しでは無いでしょうか?

9.17のエントリーに書いたように、拉致被害者救出運動は本当の意味で国民運動には成り得ていないと思います。
無論、一般国民の間にも、広く薄く心の奥深くにそれなりに関心はあるとは思いますが、すでに拉致はもう過去のことであったり他人のことになってしまっている人たちも少なからずいる、と言うのが世論の実態のように感じるのです。
その意味で世論の関心度という点から見ても、この安倍政権の今を逃して、拉致問題を解決するチャンスは無いのではないか?
また、不謹慎な話ですが、万が一拉致問題の関心度をかろうじて引っ張っているご家族の身に何事かあれば、その時点で国民のこの問題に対する意識は、The Endになってしまう可能性もあると思うのです。


安倍政権樹立に関して、拉致被害者家族の期待値は大きく膨らんでいる様子とか。
その期待がはじけて失望に変わったとき、ご家族がどこまで忍耐出来るのか?が今の私の最大の心配事です。
こちらの期待通りにポンポンと事が運べば問題は無いけれど、安倍さんと言えども、そう簡単に物事を動かせない・結果を出せないと言う場面に直面する事も十分考えられます。
その時に、こちらがどれだけ冷静になって状況分析をする事が出来るのか?辛抱する事が出来るのか?が問われてくると思う。

こちらの期待値が大きすぎる分、ちょっとでも安倍さんが躓くと、「安倍さん約束が違うじゃないか!」と裏切り者呼ばわりをし、後ろから罵倒するような不心得者が出ないかと懸念します。
小泉政権もその樹立の時には高い人気と支持を得ていました。
しかし拉致問題に対する小泉政権の不手際を見た一部の支援者の中には、人気の裏返しで激しいバッシングに打って出た人も少なくありませんでした。
その意味では私も余り偉そうな事は言えませんが・・・(^^ゞ

しかし、その過ちを安倍政権でも繰り返す事態になったら何とするのでしょう?
小泉叩きの向こう側には、安倍さんと言う保険があったからこそ安心して小泉叩きに精を出せたかもしれませんが、今度の安倍政権がずっこけたら、代わりはもういないのです。
安倍さんに大きな期待を抱くのは構いませんが、その期待が大きすぎるがゆえの反動を、私は今一番懸念するのです。

その懸念を払拭する意味でも、家族会あるいは救う会の人たちも、私たち一般の支援者も、ここで一度小泉政権の総括をした方が良いんじゃないでしょうかね?
小泉政権を批判しっぱなしで終わるのではなく、評価すべき所は素直に評価するといった作業をする事によって、家族の方々も支援者の私たちも、少しは冷静に政治の現実に向き合えるようにも思う。


小泉政権の5年間について、その評価に賛否はいろいろあると思います。
今、小泉政権の5年間を冷静に総括するならば、やはりそれなりのプラス評価は出さなければならないでしょう。
などと書き出すと、お前はやっぱり小泉信者!と反小泉の方々からは揶揄されるかもしれませんが・・・(笑)
でも小泉政権の総括に限らず、物事は何でも功罪半ばするものです。
一つ気に入らないことがあると、何でもかんでも全部否定する全部バッシングするといった狭い思考では、真っ当な政治家などいつまでたってもこの国に育つはずもありません。
是は是、非は非として、冷静に分析評価する姿勢は、いつ何時でも必要不可欠だと思っています。
だから、私は今安倍政権の樹立に安易に狂喜乱舞するのではなく、小泉政権の5年間で私たちは一体政治の何を学んだのか?を考えてみる事は大事だと思うのです。

さて当Blogは拉致問題を支援するBlogですので、拉致問題に絞って小泉政権の5年間を私なりに振り返ってみたいと思います。
遡る事5年前、まずは小泉さんか橋本さんかと言う選択を迫られた総裁選挙において、私たちに小泉さん以外の選択肢は無かった、という事になろうかと思います。
あの時、もしも橋本さんが総裁の座にあったとしたら、拉致問題は今日の進展を見せていたでしょうか?
拉致問題は拉致疑惑のまま、いまだ国民の関心事にもならず、人知れず闇に葬り去られたままだった、と言う可能性もありうると思う。

・・・と言う一点を考えても、あのとき小泉さんが勝利したからこそ、今があるという歴然とした事実は押さえておかざるを得ないでしょう。
また小泉政権が安倍さんを幹事長や官房長官などの重責に引き立ててくれたからこそ、国民的な認知度も上がり今度の安倍総裁の実現という流れもあるのです。
小泉さんあっての安倍さんだったと言う動かしようの無い事実に関しては、反小泉を標榜する向きも、そこは素直に認めるべきではあるまいか?と思う。
確かに小泉政権の拉致問題への取り組みに不満は多々あります。
迅速で毅然とした姿勢が示されない事に私個人も苛立ちを感じましたし、やる気が無いならやる気のある人に総理の座を代わって欲しいと思った事もありました。

でも政治の世界は、そんなに簡単に一筋縄ではいかないのです。
その事を、私は小泉政権の拉致問題に取り組む姿勢から学びました。
誰が総理の座にあっても、この問題は国家の責任によって解決されなければならない。
だから、郵政選挙後は、ただ何とかの一つ覚えのように小泉批判に終始するのではなく、とにかく小泉さんしっかりやってくれと、良い意味でハッパをかけるためにも世論の喚起がより一層必要であると、私なりにごまめの歯軋りもしてきました。

9.17で独裁者・金正日に拉致を認めさせた事実。
5人の被害者をその家族をとにかくも取り返した事実。
安倍さんを次期総理を継ぐ者として引き立ててくれた事実。

これらのどれをとっても、小泉政権を批判するには当たらない。
もしも小泉さんの5年間でこれらの事実が成し得ていなかったら?
いまだ日本の政治は闇の中であり、今日の高い政治意識を国民が持つ事もなかったわけで、その一点を考えても小泉政権の5年間には存在価値があったと、私は素直に評価します。

小泉政権の5年間で、私たちは何を学び何を教訓に出来たのか?が、安倍政権のこれからを支える私たちに問われて来るのだと思います。
繰り返しますが、安倍さんの拉致問題へ期待の反動として、思うように結果が出なかった場合の不平不満が彼への罵倒・バッシングにすり替わる事態になれば、この問題の解決の可能性は永遠に消える、と言う事でもあるかと思います。
安倍政権においての拉致問題への取り組みは安倍さん本人だけでなく、支援者の側も真剣勝負であるということ。
その現実を心に留めて、拉致問題を早期に解決する為にも、私たちは安倍政権の良き応援団になりたいものだと思っています。
posted by ぴろん at 17:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 国内問題&国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9.10 飯塚繁雄さん 大阪集会(11)エルおおさかにて

『飯塚繁雄 家族会副代表のお話』

皆様こんにちは。
今日は埼玉県から大阪までやって来まして、皆様に更にお訴えをしたいと言う事で急遽飛び込みで参りまして失礼しました。
日頃から、この拉致問題に関しまして非常なご理解とご支援を皆様には頂いております。
そう言う意味でお陰を持ちまして、前から比べれば相当な世論が高まりまして、それに影響される・・・(聞き取れず)活動、あるいは政府の動きもも含めましてようやく動き出したという時点でございます。

更にですね。
いろいろ問題がありましたけども、前回の北朝鮮と韓国の家族がいわゆる面会しましてその話題が持ちきりになりましたけど、あれは横田家を諦めさせてこの問題を全て終わりにしたいと言う思いでありまして、それは失敗に終わったと。
これはあくまでも皆様のバックアップがあって、我々家族会としても救う会としてもその他の団体としても、これが正しいと言うご意見をかなり頂きまして、確か横田滋さんは肉親ですから孫を抱きたいと言う思いは分かるんですけど、これを行ってしまってはこの問題は全て幕引きで終わりになってしまうと言う重大な決断を要するときだったんですね。

そういうことでは今改めてこの問題の重大さを認識しながら、更なる努力を続けていかなければなりませんけども、考えてみますれば例えば私の家の例ですけど、妹が22歳の時、1歳と2歳の子供を置いて東京の真ん中の池袋から拉致されてしまったと言う、1978年。
あれからもう28年ですね。
男の子の耕一郎、1歳の耕一郎が今29歳で、いまだにお母さんと呼べなくて「田口八重子さん」というような表現をしている、こういう事をみますと、非常に私たち悲しく思うわけですけども。
それぞれの家庭、被害者の家庭ではずっといろんな苦しい状況を抱えながら何とか家族を救いたいという願いで、長年戦って参りました。

私たち先ほど先生方の仰ったように、被害者なんですね、完全な。
他国の犯罪による被害者の家族が頑張っておるわけですけども、もちろんこれは当時の日本政府が的確なる対応をしなかった為に、私たちは国民の皆さんに訴えてそして世論を盛り上げ、政府が動かざるを得なくなったと言う状態まで来ておりますけども。
更にそれに輪をかけて、先日安倍官房長官が就任されて以来、突然日本政府の対応の動きが見えて来たと。
どの部署を見てもそういうふうな状況が判断されるような状況になって来ました。
そういうことでは今年こそはと言う気持ちが高まるわけですけども、何せいろんな複雑な問題を抱えている北朝鮮問題の中で、どうしたらこの拉致問題を表沙汰にして最優先な課題として解決する対応が出来るかどうか?
それをいつも私たち考えております。

先ほど荒木先生の方からも具体的な説明がありました。
それから西村先生からもありましたけども、いまだに日本人が拉致されてどこにいるのかも分からない。
こういう状態でどうやって助け出すんだ?と言う論議が非常に高まっております。
確かに、そうですね。
どういう形で解決の方向に向かうのか分かりませんけども、例えば北朝鮮が崩壊寸前混乱した状態の中で、日本人をどうやって助けるんだ?という具体的な話になると何も手が、今のところ何も打てていないと言う状況ですけども。

それに関しては私たち家族会が、私もそうですけども、今回の総裁選、安倍総理誕生の暁にはですね。
拉致を専門に考える大臣を置いてくださいというふうに要望をしていこうと思うんですけども、今まではどっちかと言うとどこかに入ってて片手間という形でありましたけども。
今現在拉致問題を担当する特命チームと言うのを各省庁から代表を上げてやっていますけども、あれをしっかりとした具体的な対応の出来る組織にしていく為に、やはり24時間拉致問題を考えている部署を置いて欲しいと。
これが今後この問題を解決する為の大きな方法ではないか?と私は考えております。

北朝鮮の今までのいろんな報告については、全ての人が全く嘘だと、何を取っても嘘。
これが国民の皆様も私たちもあるいは政府も、はっきりと認識して北に対する対応をしているわけですけども。
やはりそれには経済制裁、経済制裁と言う言葉を使って参りましたけど、それが少しずつ具体化されて来ています。
しかしこれだけではとてもじゃないけど不足であって、北朝鮮が手を上げるわけが無い。
更なる制裁をということで私たちはこれからも訴えていきますし、昨日の安倍候補の話の中でもやはり圧力と対話と言う言葉の中で、更なる制裁も考えていかねばならないでしょうねと言う話もあったようです。
そういう意味では非常に次期内閣の組織あるいは対応の仕方、これには相当私たちも期待をしております。

もちろん、この拉致被害者と言うのは今お話のあったように、私たちだけ、認定されている被害者だけではなくて、物凄い数のいわゆる特定失踪者と言う名前で訴えられている方がおります。
北に対しては交渉時に「拉致を認めた人以外には承知をしておりません」という答えしか出て来ていないんですね。
ですから北に対する大きなメッセージと言うのは、我々後11人ではなくてまだまだ北に拉致された疑惑の濃い被害者がこれだけいるぞということを、どんどんアピールしていかないといけないと思うんです。
認定とか認定じゃないとか言う話がいろいろ持ち上がっていますけど、これひとりひとり証拠を固めて認定するまであと何年掛かるか分かりません。
従って先ほど言いましたように、専門委員会あるいは担当大臣がですね。
予算をきちっと取って、今一生懸命民間で荒木先生がやっている調査も含めて、きちっとやって貰いたいと言うふうに私も思います。

あちこちからの情報の中では、拉致された日本人はまだまだたくさんいるという事も出て来ておりますけども。
ですから日本人、先ほど言ったように特定失踪者の方々も一緒にこの問題の解決のテーブルに乗せて、北に連れて行かれた疑いのある人はこんなにいるぞと、返せと言うような。
認定はしなくてもそれと同等の扱いで交渉をすると、あるいは国の中でも対応調査もすると言うふうにしていかなかったらば、早期の解決にはならない。
まだまだ5年も6年も7年も掛かるという状況になってしまうわけですね。

私たち家族会のですね。
いろいろ論議の中で今年後4ヶ月ありますけども、そういう中で更に国民の皆様に訴えて世論を高めるという事に全力を尽くして行きますし、それから政府に対しても先ほど言ったようなお願いもしていきますし、それから更に言えば国際社会への訴えも考えております。
アメリカへ行く予定も一応今のところあるんですけども、そういったアメリカを中心とした国際社会がこの拉致問題を非常に関心を持ち、支援をして頂けるような雰囲気が非常に強くなっています。
従ってそう言う搦め手からもこの問題の解決に頑張っていくつもりですけども、先ほど荒木先生が仰ったように当事国の日本政府がはっきりとした毅然とした態度が不可欠だと。
これは今までの苦い経験も含めて今強く感じる所でございます。

そういう中で横田夫妻もですね。
有本さんもおられますけども、非常に歳をとって歩くのも苦しいくらいな、体を引きずりながら全国を回っております。
これは何とかして、自分が犠牲になっても良いからめぐみちゃんを助けたい。
そういう気持ちが今あるから何とか頑張っておりますけども、また1年経ち2年経ち、もうそんなに待てないんですね。
従いまして今回大きなチャンスが来ているわけですから、これが後ずさりしないように日本国民全部が、あるいは政府、あるいは国会議員・地方議会にしろ、全てこの問題に関してご理解の有る人は全員一致でですね。
この問題を片付けるべく色んな形でご支援をお願いし、また皆さんと共に戦えるところは戦い、政府にお願いする所はお願いしながら、今後とも老体に鞭打ってですね。
私も68になったんですけども、頑張っていきたいと思いますので、絶対に世論を下げない盛り上げると言う事を大きな狙いとして頑張って参ります。

北朝鮮は日本の国民の世論が一番怖いらしいですね。
で、日本の国民の世論がこれだけ盛り上がったという誤算があったと。
今まで何となくちょろまかして来たと言う経験がありますから、ここで国民の怒りがこれだけ出ているということは誤算だったというふうに言ってます。
そういうことからしてですね。
相当な強い圧力と言うか強いメッセージと言うか、解決の大きな力として、これからも凄い効果が上がってくるんじゃないかと思いますので、私たちは全国を歩きますが大阪の皆さんも今までと変わりなく、更にこれ以上お力添えを頂きたく、今日お願いに参りました。
どうぞ一つ宜しくお願いします。
ありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 09:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

速報 特定失踪者家族の訴えの声 06.9.18 南越谷集会より

救う会埼玉東部の会講演会
06・9・18 南越谷サンシティにて

★大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え

Img_4092.jpg



★飯塚綾子さん(田口八重子さんの義姉)の訴え




★鈴木智さん(特定失踪者・鈴木賢さんの兄)の訴え

Img_4095.jpg



★大平一男さん(特定失踪者・藤田進さんの従兄弟)の訴え



★佐々木アイ子さん(特定失踪者・佐々木悦子さんの母)の訴え



Img_4094.jpg

(写真は左より、佐々木アイ子さん、大平一男さん、飯塚綾子さん)
posted by ぴろん at 09:46| Comment(1) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月17日

06.9.10 三宅博 地方議員の会副会長 大阪集会(10)エルおおさかにて

『三宅博 八尾市議会議員・地方議員の会副会長のお話』

今の前上さんもそうなんですが、病身を押してお訴えになる為にここまでお出かけになって来られました。

昨年6月は国会議事堂、首相官邸のすぐ横でですね。
家族会の方々、これは認定被害者も特定失踪者失踪者のご家族も同じなんですけど、毎日34度35度の炎天下で、特に有本さんなんかは点滴を打ちながら3日間も座り込みをされたんです。
何故こうしてそこまで被害者家族がしなければならないのか?
しかも政府の政策は後手後手に回っておるという事でございます。
もっと積極的にやって頂きたい。

特にこの特定失踪者の方々はですね。
政府から拉致被害者であるという認定さえもいまだに実現されていないわけでございましてね。
本来ですと、認定されて然るべきような状態の方でも未認定であると。
政府はこれを非常に大きく問題をしたくないと言う事が有り有りでございます。

やっぱりこの拉致問題のですね。
全容解明という物を一刻も早くしなければならないと言う。
この日本国内から数百名の方がおそらく北朝鮮に拉致された。
してみるとこれをサポートする、あるいは実行する相当大掛かりな組織が日本国内にあると。
こういう連中を暴き出してですね。
犯した罪に相応しい罰を与えなければならないと思います。(拍手)

既に帰国された5名の方々なんですけど、この方々もですね。
まだ殆ど真相を語っていらっしゃらないんですね。
ひょっとしましたらまだ脅迫下に置かれているかも分からない。
その様な事でございます。

で、金正日体制ですね。
北朝鮮の状況が非常に深刻な状況になってきたと。
いつ体制崩壊があってもおかしくない。
この時にですね。
じゃあ、拉致被害者を救出する為に日本政府として具体的なシュミレーション、救出策、これを策定しておかなあきませんけども、この部分は全く手付かずです。
報道の方も多く来られていますので、その辺の所も強く訴えて頂けたらと思います。

皆さん、どうかこういうご家族の方々にこれからもお力を貸して頂きたいと思います。
以上です。
ありがとうございます。(拍手)
posted by ぴろん at 16:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

4度目の9・17に想う

例えば、先日放送のNHKクローズアップ現代。
横田夫妻をスタジオ出演させた事に、支援者の間でも賛否両論あるようです。
お疲れのご夫妻をスタジオまで引っ張り出すのは配慮が足りないという意見の一方で、あの時間あのボリュームでの出演は世論への影響力と言う点を考えても大変良かった、という意見もあります。

そのどちらにも一理があり、ゴールデンタイムで30分の全国放送というボリュームを考えれば、多少の無理をしてもと言う気持ちが横田夫妻の中にあったかもしれません。
だから生出演した事が良かったか悪かったか、私の立場ではなんともいえない。
ただ、お体への負担は決して少なくなかったことは事実でしょう。
それを思うと心が痛みます。

救出活動は、本来国民運動でなければなりません。
国民自らがそれぞれに問題意識を持ち、関心を持ち、ささやかでも行動を起こさねばならないと思う。

しかし、残念ながらこの運動はいまだ国民運動のレベルには達してはいないと感じます。
確かに家族が表に露出すれば、集会でも街頭でもテレビ出演でもそれなりの数字を稼ぐ。
でも家族がいなければ、その数字は尻すぼみです。

という事は、つまり家族が走り続けなければこの運動は急速に盛り上がりを欠いてしまうということ。
つまり、本当の意味での国民運動には成り得ていない、ということです。

家族のお疲れは極限状態。
彼らを休ませる為にも、もうそろそろ国民自らが運動の担い手として行動を起さねばならないはずなのですが、現実は中々思うようにはいかず、結局家族は走り続けなければならないのです。
家族を追い詰めている原因のひとつは、国民の無関心にもある、と私は思う。
被害者救出が中々実現せず、だらしないのは政府だけの責任と言えるのか?
だらしが無いのは、ある意味一般国民も同罪では無いのか?とこの頃つとに感じてなりません。

いや、多くの国民にも被害者を救いたいという純粋な思いはあります。
署名やハガキをお願いして歩けば、皆それぞれにそれなりにこの問題への関心を持っている事を実感します。
でも運動としての盛り上がりはいまひとつ。
集会の動員も街頭署名の数も、最近は正直な所、ジリ貧の感は否めないのです。

集会へ行けば登壇者の方は、世論はかつて無い盛り上がりを見せていると力説をする。
本当でしょうか?
確かに9・17以前に比べれば世論の関心は高いです。
飽きっぽいといわれる日本人が4年経ってもこれだけの関心度を維持できているのは、奇跡的といえるかもしれない。
でも、その関心度を維持する為の代償として、家族は自分の命を削って駆けずり回っているわけです。
そんな現実を目の当たりにするたびに、私はこの運動のあり方に言いようの無い矛盾や疑問や不安を感じてしまう。
家族や関係者の周囲に集まる人たち、今すでに行動を起こしている人たちは、そもそも問題意識の非常に高い人が多いのです。
しかし一歩その輪の外に出れば、いまだに行動を起こす事をためらうような、冷めた一般世論があるのも事実。
一般世論と運動主体の側との間に横たわるこのギャップ・温度差に、関係者の方々は気が付いているのでしょうか?

何故こういう現象が起こるのか?
一般世論の間に歴然としてあるはずの拉致問題への関心を、現実には運動の主体を担う者が上手く引き出せない・掬い取れていないというのも、偽らざる現実ではないのでしょうか?
一般の彼らが救出運動に加わる事にためらいを感じる理由は何なのでしょう?
運動を進める主体の方に、一般世論を遠ざける驕りや勘違いは無いのでしょうか?
この運動は国家主権侵害問題・人権侵害問題なのだから、国民の側が自主的に行動を起こし救出活動に参加してくれるのは当たり前、といった不遜な感情は無いんでしょうか?

救出運動の入り口は広く、敷居は低くあるべきです。
世論の様々な価値観を持つ人たちを仲間に引き込むためには、「小異を捨てて大同に付く」という姿勢は欠かせません。
しかし、残念ながらごく一部の運動内部の人たちの中に、この「小異を捨てて大同に付く」事の出来ない人たちがいる。
小異の違いを巡ってつまらない揉め事を起す人たちが、運動の主体を担う人たちの中に少なからずいるのも哀しいけれど現実です。

早紀江さんが言うように、被害者は今溺れて助けを求めている状態です。
命の危機の前につまらぬ内輪もめなどしている場合か?と私は以前から何度も主張しておりますが、中々その事が理解されない。
そしてそういうゴタゴタを目にするたびに、一般世論は人知れず腰を引いていくのではないか?とも感じてやり切れない思いをしています。

この運動の目的は被害者を救うこと。
その大望実現の為に、今は小異を捨てるべきなのです。
それが出来なければ、家族はいつまでも馬車馬のように走り続ける事を強いられてしまいます。
被害者を救うのが先か?家族が倒れるのが先か?といった、そんな哀しい競争をこれ以上家族にさせてはいけないのです。
イデオロギー的な論争をやりたいのであれば、被害者救出をなし得た後、いくらでも気の済むまでやれば宜しい。
でも今は、そんな悠長な論争をしている場合ではないはずでしょう。

運動の主体を担う人たちは、もう一度原点を思い返し、今以上に謙虚な態度で世論への理解と関心を求める必要があると感じます。
9.17から4年、一般世論はずるずると萎んでいるようにも思えて、強い危機感を感じます。
家族をこれ以上追いつめないためにも、被害者を一刻も早く救い出すためにも、支援者も一般国民もとるべき正しい道を選ぶべきでしょう。
何のために私たちは自分の時間や体力を犠牲にしてこの救出活動に取り組むのか?
4度目の9.17を迎えるに当たり、もう一度謙虚に考えたいものだと思っています。
posted by ぴろん at 10:22| Comment(0) | TrackBack(2) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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