2006年09月21日

06.9.10 増元照明さん 大阪集会(14)エルおおさかにて

『増元照明 家族会事務局長のお話』

こんにちは、家族会事務局長の増元です。
暑い中、皆様本当にご苦労様です。
今日、有本さんが歩かれると言うので、ちょっとそれはやばいかな?と。
私たちがもし代わりに歩けるものならと思いました。

今年、先週ですか。
家族会が開かれまして、家族会総会の中で横田夫妻の活動軽減という事が言われております。
横田ご夫妻8月12日にすでに青森県で講演をされまして、日本全国行脚が終わりました。
その回数が1000回です。
1000回の内、殆ど3分の2が2002年9月17日以降です。
4年の間に1000回の3分の2をこなされて、今本当に疲れている状況でした。
横田拓也君、事務局次長からも・・・(聞き取れず)があり、今控えて頂くようにしています。

それ以上に有本ご夫妻はご高齢なんです。
ですからだいぶ、昨年くらいからお母さんが足腰が弱くなられたのを私見ておりまして、炎天下で歩かれたら困るなと思ってます。
けれどもおそらく「私大丈夫よ」と言って歩かれると思いますが、なるべく歩いて頂かないようにして欲しいと思います。
その家族会の中で今年の方針を決定しておりますが、従来と同じようなことなんでしょうけども。

ただ今年の2月に日朝交渉が開かれました。
実務者会議です。
その中で北朝鮮が一番気にしていること、それは(日本の)国内世論です。
国内世論の沈静化、それを非常に気にしていると梅田参事官、西村先生の大学の後輩ですが、関西弁を喋られるキッチリとした意見を持っている方です。
その方が担当官でやってらっしゃって、その方が仰っておりました。

もうひとつ国際社会に我々家族会が訴えている、救う会が訴えていること、これを非常に快く思っていない。
この二点を梅田参事官から聞きまして、相手に嫌がる事をやるのが外交ですから(拍手)、私たちはこれからも相手に嫌がる事を推進していかなければなりません。
ですから今年アメリカに行ったり、そして先日は中国まで行って来ましたけど、余り中国は相手にしない方が良いのかな?と少しは思ってしまいました。(拍手)
こういう事を言うから強硬派と言われるんですけども。(笑い声)

私たち、そうです。
今年この二つの点を強調しながら更にやっていかなければならないんですが、私たちはこの秋ぐらいまでにはもう少し進展するだろうと思っていたんです。
進展したいと思っていました。
この度、親王殿下がご誕生になられました。
非常におめでたい事だと思っております。
昨年、紀子様がご懐妊されたときから、既に9月のご誕生はある程度予測されておりましたが、それまでには私たちの家族を日本に取り戻して、日本国民として私たちと一緒にこの慶事を祝いたいというふうに思っておりました。

更に10月5日には横田めぐみさんの42回目の誕生日です。
ですからそこまでにはどうにか目処をつけたいと思って、この春からずっと一生懸命やって参りましたけど、結局今こういう状況です。
ただ、水面下ではいろいろと動いています。
先ほど、前上さんのお母さんでしたか、今分からないと仰って、余り表面化していないので分からないと仰っていましたが、昨年の秋からのアメリカの金融制裁、更にアメリカの・・・(聞き取れず)が行っている国内での北朝鮮関連施設の適正な法適用。
これによって北朝鮮が非常に困ってきているのは耳に入って来ております。
金正日が何故中国訪問をしなければならないのか?
嫌いな中国に訪問してまで金融制裁を解いてもらいたいから、でもアメリカは一歩として動きません。

ただ、残念なのは私たちはアメリカ主導で、この拉致問題がどんどんどんどん解決の方向に向かっていると言うことです。
日本が主体的に自分の国の国民を助けようとするその姿勢が、私たち国民に対して見えないということが非常に残念でなりません。
それを訴えてはおります。
安倍官房長官は「国民の一人たりとも」と仰ってくださって、「全ての拉致被害者を救出するまでこの拉致問題を追及していく」と仰っております。

今、確かに特定失踪者のご家族は不安の気持ちは分かります。
ただ、今年本当にもう一歩の所まで来ています。
それは金正日の政権が揺らぎ始めていると言うことです。
今年、彼らを全て取り戻す為には、やはり私たちが一番感じているのは金正日政権があの国にあってはならないという事です。(拍手)
あの国にあっては全ての拉致被害者を取り戻すことは出来ません。
日本人が日本の国が日本人が何人やられているか分からない状態で、金正日一人のせいにしてでも良いから、とにかく金正日を排除する形で、あの北朝鮮と言う国をもう一回再興させなければならないという。
今金正日を支えている幹部たちに分からせなければなりません。
ですから経済制裁の圧力で、もう金正日ではこの国は成り立たないんだと言う事を幹部が分かりさえすれば、それだけで大きく動くというふうに考えています。

今金正日はアメリカの金融制裁で大きく揺らぎ始めています。
で、その時に何が大切か?ということ。
日本政府として北朝鮮に、今(調査会では)しおかぜをやっています。
NHKも短波放送を持っていますから、韓国から自由北韓放送をやっています。
日本人を傷つけるなというメッセージを強く北朝鮮の方に向けて発信して貰いたいんです。
今いる拉致被害者を管理している人間に対し、必ず日本人を傷つけるな、保護しろと言う、さもなければ我々は一切の経済協力をしないというメッセージを北朝鮮に強く送っていかなければなりません。

そのためには国民の皆さんのご理解が必要です。
皆さんが一緒になって日本人を傷つけたその国に対しては、日本は一切の経済協力をしないんだという強いメッセージとして発信していって頂かなければなりません。
是非皆さんにご協力をお願いしたいと思います。

更にもう一つ、今ブルーリボンバッジをつけていらっしゃる方が大勢いらっしゃいます。
これが普段、常に、日本の国民の8割の方がどこかにブルーリボンバッジ、服でも良いですしバッグの所でも良いです。
付けていただければ金正日に対して大きな強い圧力になります。
日本人の8割が拉致問題を忘れていない。
被害者が帰ってくるまで絶対にこの拉致問題を忘れないと言う強いメッセージになります。
更に皆さんの地元で選出されている国会議員に対しても、拉致問題は有権者の間では非常に大きな問題であるという事を認識させる強い圧力になります。
拉致問題を解決させなければ、私はもう投票しませんよと言う強い圧力になります。
是非皆さんに、このブルーリボン運動、この2〜3ヶ月の間に日本の8割の方がして頂けるように一緒になって声を上げてください。
ありがとうございました。(拍手)


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06.9.10 有本嘉代子さん 大阪集会(13)エルおおさかにて

『有本嘉代子さんのお話』

皆さんこんにちは。
本当に家族会が出来ていろいろあって、本当にここまで来れたということをしみじみと感じています。
だから私たちにとっては一番良い状態だと思っております。
安倍先生が総理になられて、私たちの事はきっと感じてしてくださると信じております。
その一番最初に主人が申し上げたように、1988年に子供から手紙が来たことによって運動が始まりました。
それで9年間は一応私たち二人、殆ど主人が動きましたけど、どっこも相手にしてくれませんでした。

だけど先ほど西村先生が仰ったように、国会の場で横田めぐみさんの事を明らかにしてくださって、家族会を立ち上げる事が出来ました。
それまでもマスコミの方で朝日放送の方お一人、この拉致問題をどっこも手掛けてない時にお一人でコツコツとしてらした方があるんです。
それで私の事を分かった時点で連絡してくださったんですね。
「あなたとこ一軒じゃないんですよ、この拉致と言うのは他にもあるんです」って、今皆さんと一緒に運動しました。
福井の二人と柏崎の二人と、それから今来ていらっしゃいます増元さんのお二人と、一軒ずつ名前と電話番号を言ってくださったんです。

その時点で私が関係のお宅に全部電話を入れました。
「こういう事で私は動いておるんですけれども、皆さんもご一緒に動いて頂けませんか?」と「皆でしたら力が付きますから」ということを申し上げたんですけども「お宅は手紙が来ているから証拠があります。でも私どもはただそうじゃないかな?ということであって警察もどこも取り上げてくれない。これでは動けないので多分駄目だと思いますよ」と皆さん仰いました。

でも西村先生が国会などで言ってくださってめぐみさんの事が表に出ました。
その時に奥さんが初めて会った時に仰いました。
早紀江さんがその時に本当に私もね。
18年か確か19年になってたと思うんですけど、「めぐみさんがいなくなってこの厳しい北朝鮮でめぐみが元気に生きておったならば、私が表に出る事でもしもめぐみに何かあったならばどうしようかと思ったんよ。でも主人がね。表に出ないと解決しないと言ったもんだから、出て来たのよ」と言う事を仰いました。
私もはっきり覚えております。
それで初めて家族会が結成できたんです。

そうしましたらね。
皆さんが会ってくださいます。
今までは全然会ってくださらなかった方が、会って話を聞いてくださいます。
それで2002年に9月にああいう事があって、大勢の方が帰って来られました。
それで5月に全国大会が、今西村先生が仰った有楽町フォーラムでありました。
その時に本当に5000人それしか入らないところに、たくさんの方が来て下さったんですね。
表にまだまだたくさんいらっしゃるんですよ、と言う事をお聞きしました。

それで私どもはここに今のようにずっと並んでおりました。
緞帳がばっと上がったんですね。
そのときにばっと見ましたらね。
ぎっしりだったんです。
それを見ましてね。
感激で涙が一杯に胸が一杯になりました。
本当にやはり日本人は素晴らしい、これだけの方がここに来てくださったと言う事でやはり日本人は素晴らしいとその時つくづく思いました。
私はいつも子供の時分からそういう教育を受けておりますから、日本人に生まれて良かった日本人に生まれて良かったと思って暮らして来ております(拍手)
この事によって本当に日本の皆様が目を覚ましてくださったと、その時思いました。
それで今現在に至っております。

それでいろいろと、特定失踪者の方も来られましたけれどもね。
私も1988年に分かりまして、それから家族会を結成したのが1997年です。
その時にね。
私どもも一緒に運動しましたけれどもね。
全然私とこは家族会に入っておりましたけども、国が認定をしておりませんでした。
初めて認定されましたのは2002年の3月12日に八尾(恵)さんが、皆さんご存知と思いますけども、よど号ハイジャック犯の奥さんがヨーロッパへ出て何人かの人を連れて入ってるんですね。
よど号の人は20人連れて入ったと言っておりますけども、今のところ分かっているのは3人ですけども、その時に、とにかく3月12日に八尾さんが証言する言われてその前日です。
初めて国が拉致被害者であると認定してくださったんです。
だから拉致家族の認定はどこからくるのか、私には分からないんです。

手紙が参りましたときにですね。
最初に外務省に行きました時にですね。
「これは北朝鮮から来ていませんから」言われましたですね。
ポーランドの消印だったんです。
北朝鮮から手紙は出せないんです。
だからそういう事で、結局はっきり言うたら相手にしてくださらなかったんですね。

そういうような状態ですからきっと近い将来に、特定失踪者の方もきっと国は認めると思います。
何が基準かいまだに分かりませんけれども、そういうような状態でしたけども、国が認めなくても私は手紙が来ているし、その手紙と言うものは小さく折って切手くらいに折ってあったらしいです。
それを多分身に付けていたんだろうと思いますね。
それをある機会にポーランドの人に渡したのかな?と思ってるんですけども、私がその手紙が来ました時に主人と二人はそう思ったんです。
助けてくださいと言う手紙が、ここにおる事は絶対に知らせなあかんと、もしもの事があったら、こんな所で死んでしまったらどこで死んだか分からないから、とりあえずここにいると言うことだけは知らせなあかんと言う事と、やはり助けられたら助けてくださいと言う事でやったと思います。
その思いで、私たちは動いてきました。

だからこの20日には総理が決まると聞いております。
一番待望の安倍先生が総理になってくださると、私たちは期待しております。(拍手)
その事によって私たちはきっと解決すると望みを持っております。
だから特定失踪者の方も皆含めて全員の方を返しなさいと言う事はきっと・・・(聞き取れず)と思います。(拍手)
皆様方が支援してくださらないと、私たち今まで来れなかったんです。
今本当に並んでいらっしゃる先生方、それから救う会の方々が支援してくださったことによって、私たちも元気で今まで動いてこられたんです。
皆様のお陰でこういう状態になったんですから、どうか皆様、最後まで私たちを支援してください。
宜しくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)
posted by ぴろん at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

06.9.10 有本明弘さん 大阪集会(12)エルおおさかにて

『有本明弘さんのお話』

拉致家族の有本明弘です。
宜しくお願いします。

私がこの問題に関わってきたのは、子供が親元へ手紙を北朝鮮から出してきました。
それを元に政府の方にお願いをしました。
それが1988年9月と言いますと、丸々18年になるんです。
この18年の間にいろいろ動いて来ました。
それを国民の目の前に大きく喋りたい。
喋ったら政治生命を失う人がたくさん出てくる。
そういうような問題を抱えてこの18年間やってきました。

今西村先生が仰ったように、めぐみさんの件が出ました。
それから10年、やっと私が長い(間)心に思っていた、そういう状況が目の前に現れて来ました。
誰かと言いますと、その手紙を持っていったところが当時の自民党幹事長であった安倍晋太郎さん。
その時は今の晋三さんは秘書をしとったらしいです。
手紙を持っていったときは私は晋三さんとはお会いしていませんが、それが元で今次期総理は安倍さんだと言う話が現実の物となっております。

そしたら安倍さんが総理になったら放送したいと言うので、当時の安倍事務所に手紙を置いていった。
それに関しての取材をしたいと言うメディアがパラパラ出てきた。
もう既に映像を持って帰ったところも数社あります。
そして活字にも・・・(聞き取れず)ですか?
・・・(聞き取れず)2社ほど話を聞きたいというふうに言って来ております。

私はその間ずっと言ってるんです。
この1990年に始まった自社訪朝団。
田辺さん、金丸さんこの人たち、これ、さん付けするほどの人ではないです。(拍手)
・・・(聞き取れず)たら、どんな事に突かれるか分からない。(笑い声)
さん付け出来ません。(笑い声)

田辺さん、金丸さん、この朝鮮外交を明らかにせよと私ずっと言い続けているんです。
なぜかと言いますと、この朝鮮外交をやった金丸さんと言う人は脱税をかけてきた。
脱税で逮捕されたんです。
分かりやすく言うと別件で警察は逮捕してきた。
ここの闇の世界を明らかにすべきだと私はずっと言ってるんです。

これのお陰で自民党は割れて細川政権が出来て、現在では民主党の小沢さん、マスコミが小沢さん担いで次の参議院選がどうのこうのと、マスコミ言うのはそういう業界なんです。
だから私はこれを明らかにしたら当時の朝鮮外交をやったその時の総理は、手紙を持って行ったときは竹下さんだったけれども朝鮮外交をやった。
2年後に、手紙を持っていってから2年後に朝鮮外交をやった。
その時の総理は海部さんなんです。
海部俊樹さん。
総理になる前はようしゃべりおったでしょう。
その時の会長が小沢さんなんです。

だからこの経緯はどちらも政権のトップにおった限りは知らんとは言わさん。
でも彼らはこれだけ拉致の問題で国内が関心を持ってきている。
また、我々も一生懸命運動している。
そういう中において、この運動始めてから10年経ちますが、何一つ喋らんでしょ?
こんな不思議な事があるんです。
これが日本の国の政治の状況なんです。

やっと、私がこういう話をしたらすぐにお時間ですよといつも言われてきて(笑い声)、それで止めるんですけども、今日は15分という時間を頂いております。
でも、私の持ち時間はせいぜい10分。
現在は今はそういう状況になっているんです。

・・・(聞き取れず)この問題が出てきた夏ごろには国民大集会があって、私言いました。
憲法改革、憲法変えろというこの問題に関しては、・・・(聞き取れず)のおじさんの任期のある間に教育法案と憲法法案は強行採決してでも成立させる事べきだと。
・・・(聞き取れず)なれば、小泉さんは解散の時期を早めるだけだと、それは言い切れなかった。
でも強行採決してでも法案を達成すべきだと。
何故小泉さんはそれをやらなかったか?
全部安倍さんが引き受けてやらなければならない。
そういう状況が今の日本の状況なんです。

だから私が思うのは憲法改正すると、草案を書くと・・・(聞き取れず)で草案を書くと、そこまで言うという事はこの戦後の60年の歴史を逆転させる、そういうような状況になるんです。
国民がそれを自覚しなければならない。
これはメディアが国民に詳しく、国民にひとりひとりに行き届くように説明しなければならない。
これは私は政治の一つの仕事ではあるけれど、これは日本の国で営業をしているマスコミの仕事だろうと思っておるんです。(拍手)
・・・・・(聞き取れず)というのは議連が出来た当初から私は、教育改革よりもマスコミ改革の方が先だと言う事も、それに関する証拠・資料を提出して言うております。
内容がどうかと聞いておりませんが、マスコミはもう、私とこ取材に来た人はみんな言われて帰ってるんです。
これが今の日本の現状なんです。

だから安倍さんが総理になるという事は私は心強い。
これからが勝負だなと、そういうふうに思っております。
だから日本の国民の意識が変わる。
憲法改革という事は、この60年間平和だ!平和だ!戦争はいけない!戦争はいけない!
これが変わるんです。
この話は長い事しとったら時間が2時間くらいはかかるので、家内に代わります。

でも私たちはやっとこの20年前は、竹下総理の時に手紙を持っていったんです。
この20年経ってやっと期待できる総理がやっと生まれてくる。
そういう吉を迎えました。
後は、家内と代わらせていただきます。
ありがとうございます。(拍手)
posted by ぴろん at 13:06| Comment(0) | TrackBack(1) | 集会テキスト(大阪集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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