2006年09月24日

06.9.18 大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄) 南越谷集会(2)南越谷サンシティにて

『大澤茂樹さん(特定失踪者・大澤孝司さんの兄)の訴え』

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ただ今ご紹介にあずかりました、私、特定失踪者・大澤孝司の兄で大澤茂樹と申します。
本日は、埼玉の東部第一回の集会に参加させていただきまして本当にありがとうございます。
私ども兄弟は3人で、一番上の兄は新潟市で家業の跡をとっており、私は次男で横浜市瀬谷区に在住している関係上、埼玉の救う会の皆様には日ごろから大変にお世話になっております。
そういう関係で本日は埼玉救う会の古藤さんに(声をかけていただき)、私の弟はまだ特定失踪者の身でありながらこのような貴重な時間を頂き、私まで訴える時間を割いて頂きまして埼玉の救う会には本当に感謝申し上げます。
ありがとうございます。

私が、拉致されたのは一番下の弟で、新潟県の佐渡島で赴任中、曽我さんたちより約2年半前の事件になります。
私はこのようにして越谷市民の皆様方にお会いするのは初めてであり、おそらく私の弟の拉致の内容についてはご存知の方はお出でにならないと思いますので、ちょっと話がくどくなるかも分かりませんが、弟が失踪した時の状況よりお話をさせて頂き、ご支援を頂ければ幸いに存じます。

弟隆司は昭和49年、1974年の2月の24日、新潟県の佐渡島で曽我ひとみさん・ミヨシさん親子が拉致された真野町の現場から7〜8キロしか離れていない、トキの保護センターのある新穂村と言う所で北朝鮮に拉致された疑いが濃厚となっております。
失踪時27歳の独り者で、新潟県庁の出先機関であります佐渡の農地事務所に勤務する新潟県庁の職員でございました。

事件当日は日曜日で寄宿舎の仲間と卓球で遊び、午後から一人で隣の金井町と言う所に遊びに行き、その帰り寄宿舎に戻っても寄宿舎の食堂が休みとなってい事で、行きつけの飲食店に夕飯を食べに行き、若干アルコールも取った様でございますが、そこの店を7時半ごろ出るとき店の女将さんに、「ああ飲んだし、食べたし、これから寮に帰って寝るか」と、いつもと変わらぬ様子で挨拶を交わし、そこの店を出て帰宅途中知人宅に立ち寄り2〜3分話をした後帰ろうとした所、その知人宅も飲食店を営んでおり、弟の後を追ってきた2〜3人の仲間かまたそこの店に入ろうとしていたお客さんか定かではありませんが、弟が出ると同時に店に入るのをやめ弟の後を追ったようで、それから間もなくして車が急発進するタイヤの軋む音を、そこの女将さんともう一人近所のおばさんが聞いたのが最後で、その後の足取りはつかめておりません。

翌日その車が急発進したと思われる周辺からハングル文字のマッチが一つ見つかっただけで、それ以外の証拠物は何一つ見つかっておりません。
またその知人宅から寄宿舎までの距離は200メートル足らずで、その間に海があるわけじゃなく流されるような大きな川もなく、周りはその当時田んぼと畑が多いような非常に長閑な所で、突然大の男がそこから消えると言う事は不自然であり、佐渡の両津警察さんの方から佐渡警察始まって以来の大掛かりな捜索と、新潟県の方と私どもの方でお願いした捜索隊も加わり、くまなく佐渡中捜索するも弟を見つけ出す事も、失踪する理由さえ掴む事は出来ませんでした。

私ども家族は、こんなに大掛かりな捜索をして頂いたにも拘らず見つからないということは、神隠しにでも遭ったものと諦めもしておりましたが、その後の情報によりますと、曽我さんたちと同じような手口で北朝鮮に拉致されている疑いがあるという情報を頂き、私どもは新潟県警の方に再調査を要請。
それと同時に特定失踪者問題調査会、この後ご講演されて頂く荒木先生の元にお願いし調査して頂いた所、弟隆司は北朝鮮に拉致された以外に佐渡島から失踪する理由は何一つないということで、平成15年の9月調査会の認定を頂き、また調査会の中の拉致の疑い濃厚な000番台リストにも載せて頂く事が出来ました。

一方日本政府は証拠不十分とし、今現在も新潟県警の方で再調査が継続されておりますが、同じく15年の10月に新潟県の定例記者会見の場におきまして、私の弟ともう一人山梨県甲府市で、図書館に行くと言って自宅を出たまま行方が分からず、4日後柏崎の荒浜海岸。
この荒浜海岸というところは蓮池ご夫妻が拉致されたすぐ隣の海岸でございます。
その荒浜海岸で4日後セカンドバッグが見つかった山本美保さんの二人は、拉致の疑い濃厚と言う新潟県警の異例中の異例の見解を頂くことが出来ました。

そして年が替わり平成16年の1月、その時点で調査会の中の拉致の疑い濃厚な16名が一斉に、法律家の会の先生方のご援助を頂き、拉致されたと思われる各都道府県の県警本部に被疑者不肖のまま、国外移送目的略取容疑で告発状を提出。
それと同時に日弁連の人権擁護委員会に、人権救済を申し出る手続きを取って頂く事が出来ました。

そして年が替わり平成17件の3月、人権擁護委員会の方で調査し、16名全て全員が拉致の疑いが高いという事で日本政府と警察庁の方に人権救済の要望書を提出していただく事が出来ましたが、いまだにこの16名の中で一人も日本政府の認定には至っておりません。

またすぐ隣の川口市で失踪した藤田進さん、そして千葉で失踪した加瀬テル子さんの顔写真が一昨年、脱北者の手によって北朝鮮から持ち出され、法医学の権威者であります橋本先生がその写真を鑑定した結果、本人に間違いないと言う鑑定を頂いているにも拘らず、日本政府はこの二人さえ拉致認定には至っておりません。
何なんでしょうか?
これ以上拉致害者が出たら困る事でもあるんでしょうか?
私は拉致は人権侵害であり、決して許すわけには行きません。

今ある日忽然と行方不明になり、拉致の疑いが排除できない470名のご家族が荒木先生の元に調査依頼が出され調査した結果約250名の、このポスターにも掲載されておりますが、約250名の方々が特定失踪者としてこのように公表されております。
私はこの中で実際に何人の方々が北朝鮮に拉致されているか想像も付きませんが、北朝鮮の研究者によりますと少なくとも100名から150名は拉致されていると言うことであり、まだまだこんなにたくさんの拉致被害者がいるという事を知って頂きたいと思います。

北朝鮮は国家として国として偽札を作ったり偽タバコを作ったり、また麻薬まで作っているような国でございます。
そんな国を相手に話し合いだけの拉致問題の解決が付くんでしょうか?
私は交渉するだけ無駄だと思っております。
今北朝鮮に拉致されている拉致被害者は、日本政府が認定している11件16名の他に、まだまだこんなにたくさんいるという事を知っていただき、私はですね。
この拉致問題を一刻も早く解決して頂くには、今世界中の国々がですね。
北朝鮮の大量核兵器の開発を断固阻止しようと包囲網を狭める中、今こそ日本政府は毅然とした態度でありとあらゆる手段を用い解決して貰わなければならないと思っております。

既に特定船舶入港禁止法で万景号の入港禁止措置が講じられ、また明日からでも一部の金融制裁の発動がなされるとニュースで聞いておりますが、経済封鎖の出来る物は全て経済封鎖をしていただき、金正日体制の崩壊をしなければ、私はこの拉致問題の完全解決は有り得ない物と思っております。

拉致被害者と拉致被害者家族は年々老いており、私のところも例外ではなく弟は今年の6月で還暦となりました。
また母親は既に(昭和)63年に他界しましたが、今現在96歳になる父親は今のところ健在でございます。
せめて父親が元気なうちに弟ともう一度再会を果たしてやりたく、それにはもう時間がございません。
もうこれ以上待てません。

近々、この26日にも安倍新政権が誕生するものと思いますが、私は安倍新政権に期待しております。
安倍さんならきっとこの拉致問題を全面解決してくれると思っております。
ですからこの拉致問題を解決するには更なる皆様方のお力で安倍新政権にバックアップをして頂き、一刻も早く解決して頂く為に更なる皆様方のご支援とご協力をお願いしまして、甚だお粗末ではございますが私の訴えとさせて頂きます。
今後とも宜しくお願い致します。(拍手)


posted by ぴろん at 22:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 集会テキスト(南越谷集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

驕りの気分

支援の現場に出ていて、最近私が感じる懸念があります。
拉致問題は国家主権侵害問題・人権侵害問題。
だから国民はもっともっと高い意識を持ち、救出の為に自主的に行動を起こすのが当たり前、といった驕りの気分が私たち支援者の間に蔓延してはいませんかね?

人に物を頼むなら行動を起こしてくれる事を願うなら、お願いする支援者の側は謙虚の上にも謙虚になって、ひたすら頭を下げなければならないと思う。
日本人なら救出運動に参画するのが当たり前、などといった驕りの匂いがぷんぷんするようなそんなタカビーな救出運動に、そもそも世論が素直に共感するはずは無いのです。

私も含めた多くの支援者の皆さんも、長年この問題の存在に気が付かなかった愚か者であったはずです。
拉致被害者家族を長年苦しめた張本人は私たちでもあるのです。
そんな愚か者の私たちが、ホンの少しだけ人より先に目覚めて支援活動に打ち込んだ所で、それがどれほど偉くて立派なことなのか?
所詮はその程度の小者に過ぎない一支援者の私たちに、いまだ行動を起こさない関心の薄い一般世論を高い所から見下す資格などかけらも無い事を自覚しなければ、この救出運動への関心度は日毎に萎むばかりではないか?と懸念しています。

救出活動の入り口は広く敷居は低くあるべきであり、その観点からも世論に理解と協力を求める時は、「被害者や家族が可哀想」といったレベルの働きかけでも私は十分だと思います。
それをきっかけにして拉致問題を勉強して、国家主権とか人権とかいった難しい事をそれぞれが考えればいいのであって、最初から高いハードルを持ち出して支援者を選別・排除する必要は全く無い。

被害者を救いたいという思いさえあれば、支援者としての資格はそれで十分では無いでしょうか?
この救出運動の目的は「全ての被害者を救うこと」
そのためにはより一層の世論の盛り上がりが必要であり、仲間は一人でも多いに越したことは無いのです。
思想信条の違い・知識の多少・関心度の濃淡などの個人差を超えて一人でも多くの人たちと手を取り合うには、「小異を捨てて大同に付く」という姿勢を持つ以外に策はありません。
支援の輪をもっともっと広げる為にも、支援者の私たちもここでもう一度初心に戻り、驕りの気分を捨てて救出活動に参画すべきだと思う。
posted by ぴろん at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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