2006年10月16日

06.10.7 市川龍子さん 第15回藤沢集会(2)藤沢産業センターにて

『市川龍子さん(市川修一さんの義姉)の訴え』

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皆様こんにちは。
昨年も来させていただきました。
母校が藤沢に有りますので足を伸ばした事はないんですけども、藤沢と聞くとやっぱり懐かしく思っています。

昨年もお話させていただきましたが、1978年の8月12日に、曽我ひとみさんと同じ日です。
同じ日に弟が拉致されたと言う事は、日本列島に如何に北朝鮮の工作員がたくさん入り込んでいたか?と言う事なんです。
同じ日の同じ時刻まで行きませんけども、やはり夕暮れですので本当に北朝鮮はもうけしからんと言うのが私の腹の底に一杯にあるんですけども、何とかしてですね。
この悪の悪の悪逆の限りを尽くす北朝鮮、悪徳政治ですか?
これを断固として阻止しなければ北朝鮮にいる一般民衆が本当に浮かばれないと思うんですよ。

何とか北朝鮮の民衆を救って上げなければならないんだと、その為に弟たちは犠牲になっているんだ。
だから日本国民よ、何をしているんだと、今立ち上がってくれ!と弟は叫んでいるんじゃないかと私は思っているんですよ。(拍手)
一丸となって私たち拉致被害者家族だけの問題ではありません。
本当に真剣に考えていったら日本国国家が、それこそ国家侵害を受けているそういう問題ですので、本当皆さん一生懸命模索しながらとにかく真剣になっていただいて、この問題を解決していただきたいと思うんです。

私はこの前ですね。
10月1日に鹿児島の方で第一回の鹿児島県民総会を開いたんです。
せいぜい1400名くらいしか入らない会場なんですが、もうびっくりしました。
メディアが私に言いました。
「龍子さん、今までに無い鹿児島一の集会だよ」
2000名集まってくださいました。
ぞろぞろ、ぞろぞろとですね。
本当に満場の会場を見ましたときに涙が出て仕方がありませんでした。
本当に皆さんのおかげでですね。
世論の喚起を高めていただいてようやくここまで来たという感がします。

そこでですね、いつもはですね。
私はいつも政治家をくさしたりですね。
メディアを叱ったりですね。
そういう事ばっかりいつも言っているんですよ。
で、帰るたびに主人に怒られるんですよ。
「お父さん、腹が立たないの?」って。
「腹は立つけど、今は味方にして行かなきゃいけない時なんだよ」
分かってるんですけど、今までいっつも私はそういう事ばかり言ってきました。
もう、今日は言わないと思うんですけど。(笑い声)

私はですね。
各国の関心がミサイル発射で北朝鮮に集まっております。
その中でですね、拉致問題の解決に向けて国際社会の働きかけをいっそう強めるためにですね。
8月7日にモンゴルで開かれました「北朝鮮難民と人権に関する国会議員連盟」と言うのがありまして、その総会に家族会を代表して参加させて頂きました。
脱北者や難民問題ですね。
拉致を含む北朝鮮の人権問題について各国の国会議員や、非政府組織、いわゆるNGOですね。
が協議して、共同宣言が採択されたんですけど、参加国はアジアとか北欧・アフリカと約30ヶ国です。

拉致問題は人権蹂躙だ、拉致が如何に残酷なものかと言う事をお話させていただきまして、いろいろお話させていただく中で、モンゴルの国会議員・各国の国会議員が「金正日を国際裁判に出せ!」と言ったりですね。
そういう言葉も出て来たんですけども、モンゴルの人たちはですね。
本当は心の中ではですね。
北朝鮮に対しては不満が一杯あるんだって。
だけど一応友好国であるために、中々それを表に出せないと言う事を仰いまして、この拉致問題についてもいろいろお願いしてきましたけれども、情報収集には協力していくが表面的には中々出来ないという事を仰いました。
でも、必ずモンゴルの国会議員の先生たちも私たちの声に賛成してくださいました。

モンゴルではですね。
北のいつもの常套手段で脅かされて本当に困っているんだって。
北朝鮮の大使館を閉めるぞ、とかですね。
なんか脅しをかけてくるそうなんです、モンゴル政府に対しても。
この2月にはですね。
闇ルートで物凄いお金が暴露されて警察に捕まったそうなんです。
だから本当に悪逆の限りを尽くす北朝鮮なんですよ。
もう一度再認識してください。
本当に友好国であるモンゴルにさえも、こういう悪い事をしているんだという事を仰いました。

で、私はモンゴルの北朝鮮の大使館前まで行ったんです。
白い建物でした。
その周りはですね、鉄柵が巻いてありました。
草はぼうぼうでしたけども、そこをカメラマンの方と「大使館を見ながら行くところを撮るからね」と言われてですね。
歩いていくんですが、向こうから変な人が軍人みたいなのがいるんですね。
だからカメラマンが「龍子さんストップするよ、ストップするよ」とカメラをぐっと下に下げてですね。
「龍子さん普通に歩きなさい」と言われてですね。

私は最初行きたくなかったんですよ。
拉致されたら困ると思って(笑い声)、行きたくないと言ったんですけども、行ってくれって仰いましたので行ったんです。
本当は写真撮影も出来ないと言われていたんですけど、ちょうど休みだったもんですから軍人もそんなにたくさんはいなかったです。
私は空に翻っている北朝鮮の旗をですね。
引きずり落としたいなと思って、市川さんが反対に捕まっちゃうよと言われてですね。
本当にその端を引きずり落としたいくらいの心境で憎らしげにですね。
北朝鮮の大使館を憎らしく見て帰って来ました。

どうしようもないんですけど、私たちはとにかく政府に委ねるしかないんですけど、北朝鮮は本当にですね。
人の命を虫けらのようにしか扱わない金正日の独裁政権なんです。
人口はわずか2300万人の国なんですよ?
その中で20万30万人と言う北朝鮮の国民が強制収容所に入れられて、また自国民にも食料は全然配給しないでですね。
300万人以上の餓死者が出ていると言う状況なんです。

本当にですね。
人道支援人道支援と仰るけども、本当の人道支援はどこにあるのか?と言う事をまたみんなで考えていかなければ、いくらお米を、金を、いろんなものを送ったとしても上層部の方で、もう後は一般民衆の方には行ってないということをね。
再確認していって頂きたいと思うんです。

本当に金正日の行った拉致は、被害者本人はもちろんですけども、その家族または周辺の人々にまでですね。
本当に不幸をもたらしました。
今世界12カ国に拉致をされている人がいると言う事を聞きまして、本当に許しがたいこの金正日なんです。
私は八つ裂きにしたいくらいなんです。
またこういう過激な事を言うと実は主人は来ていませんけども、怒られるんですけども、本当に八つ裂きにしたいくらいなんです。
絶対に許してはならないと思います。

皆さん、いろいろなテレビでご承知だと思います。
愛娘を奪われた深い悲しみや精も根も尽き果てんばかりに、娘の帰りを待ち続ける横田さんご夫妻とか有本さんご夫妻。
また病床で待ち続ける松木薫さんのお母さん。
田口八重子さんのお兄さん。
それから我が子との再会を果たせずに逝ってしまったるみ子ちゃんのお父さんですね。
お父さんの分もと思って一生懸命病と闘いながらるみ子ちゃんのお母さんも頑張っていらっしゃいます。

そして私の母、修一の母、私の母もなんですけども、もう90を過ぎたんです。
家族会発足から9年です。
私も声を枯らして叫んで叫んで叫んで参りました。
いろいろ悔しさとか歯がゆさとか述べて来ましたけど、今回ですね。
母が、北朝鮮に向ける短波放送「しおかぜ」と言うのをご存知でしょうか?
あの短波放送に主人が前回乗せたんです。
で、今度は「お母さん、乗せてみないね?修ちゃんに呼びかけてみないね?」と言ったら「うん」って言ってくれたんです。
初めて母が原稿を書いてくれましたので、それを読まさせて頂きたいんです。

・・・・・・・・・・

修一、お母さんですよ。
修一、修一と叫び続けて丸28年が過ぎました。
お母さん、生きていくのも大変な毎日です。
人には涙は見せなかったけど、独りになると涙は滝のように流れ、修一の使っていた物は見る勇気も無く一人で泣き続けましたよ。

北朝鮮の元工作員だった方と会い、修一の事をいろいろお話してくださいました。
修一が北朝鮮で生きていてくれた事を聞き、お母さんはもう嬉しくて嬉しくて。
それから毎年毎年、今ではもう着られそうもないかもしれないけど、修一の洋服を出して思い出しながら虫干ししていますよ。

お母さんは北朝鮮の38度線の鉄柵の前まで行って、大声で修一の名を何度も何度も呼びましたよ。
お父さんもお母さんも90を過ぎましたが、元気な姿で修一を迎えてやりましょうとお父さんと励ましあって生きていますよ。
修一もるみ子さんを励まし、二人揃って会える日を楽しみにしていなさいね。
修一たちに会える日を一日千秋の思いで待っています。

今度安倍さんが首相になられました。
拉致問題に一生懸命に取り組んでくださっています。
必ず解決してくださる方です。
だから修一、体を大切に大切にしてくださいね。

修一とお母さんの心は必ず通じ合っています。
必ず会える日が来ます。
一日も早く会いたいね。
お母さん、どんな事になってでも待っていますからね。

るみ子さんと二人揃って、必ず生きて生きて生き抜くんですよ。
機会があったらまた短波放送に乗せてもらいます。
我が家の柿や栗の実もたくさん生りましたよ。

・・・・・・・・・・・

っていう、今日杉野さんに託したいと思います。
また母の生の声を乗せて頂いて、必ず修一に届くと思ってたくさんこれからも乗せて行きたいと思ってます。
すみません、泣いたり怒ったりで。

それで昨日何かこの藤沢では大変な、バケツをひっくり返したような雨と聞きました。
ところが反対に鹿児島はそれはそれは綺麗な満月でした。
そこでまた、この前ここで短歌を披露させて頂いたんですが、その時母がお月様を見ていました。

 満月を見上げる母の寂しげに 安らぐその日待ちに待ちたり

と言う短歌を作りました。(拍手)
安倍総理の誕生でようやく被害者、拉致被害者家族もですが、本当に一条の光が差し込んで来たように思います。
世論の喚起を高めてくださった本当に皆さんのおかげです。
本当に心からお礼を言いたいと思います。
でもまだ帰って来ていませんので、後もう一歩ですので、皆さんお力添え頂きたいと思ってます。

年老いていく母たちがたくさんおります。
その母に一刻も早く子供たちを抱かせてやってください。
ご協力よろしくお願い致します。
ありがとうございました。(拍手)


posted by ぴろん at 16:28| Comment(0) | TrackBack(1) | 集会テキスト(藤沢集会) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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