2007年11月02日

07.9.17 竹下珠路さん 渋谷街頭活動より

07・9・17 渋谷街頭活動
渋谷ハチ公前広場にて

『竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)の訴え』

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渋谷駅前で御通行中の皆さん、こんにちは。
皆さんは、皆さん大切なご家族、お父さんお母さん、娘さん息子さん、そしてごきょうだいの方がある日突然いなくなったらどう思われるでしょうか?

私は今から32年前、千葉県の市原市に住んでおりました妹が「今千葉駅にいる」と言う電話を最後に、突然消えてしまってそれ以来32年が今年の7月7日に経ちました、古川了子の姉の竹下と申します。
いろんな思いで32年過ごしてまいりましたが、待っていた母も今年91歳を過ぎました。
そして妹が娘が無事に帰るまで頑張るといって、今も私と一緒に住んで頑張っております。

家族と言うのはいつも側にいなくとも、地球上のどこかにいれば必ず連絡が取れ、困った時・嬉しい時は一緒に話し合い、そして出会えるものでは無いでしょうか?
それが本人の意思とは違うところである日突然に消えてしまい、そして本人の意思とは違うところで北朝鮮の地に拉致されて行ってしまったという事であれば、これほど辛く悲しい事はありません。

妹は今から丁度10年前に北朝鮮から脱北された安明進さんによって「平成2年ごろには北朝鮮の915病院で私は会いました。私が会って話しかけた女性はお姉さんの竹下さん、あなたにとてもよく似ていました」と言って下さいました。
その証言があってもまだ政府は拉致被害者として認定してくださっておりません。
救う会では認定してくださいましたが、今まだ政府としては「拉致被害者は17人」という事を言っておられます。

そしてうちの妹も含めておよそ460人にも上る方々が、証言があったり無かったりではありますが、拉致の可能性を疑われている方々がたくさんいると言うこの現実を、どうぞ渋谷をご通行中の皆様、分かってください。
そして家族は自分の妹と、母親と娘と会える日を待ちながらいつも待っているし、まだ妹は千葉県市原市の住民のままでいます。
こんな理不尽な事があるでしょうか?

政府は拉致被害者も、拉致被害者として認定している・していないに関わらず、もっともっと積極的に北朝鮮にいる安否を確認し、北朝鮮から日本の地へ帰って来られるように、自分の意思で行ったのではないという事を分かって頂いて、家族の元に帰って来られるように政治の力で取り返していただきたい。
その政治の力を発揮していただくには国民の皆さんの「これはおかしいよ、被害者の人は全部、認定している人もしていない人も、一斉に家族の元へ連れて帰ってこなければいけないよ」と、市民の皆さん方の声の後押しが政府の力になると思います。
どうぞ皆様方、ご自分の家族が北朝鮮に連れて行かれたかもしれないと考えていただいて、政府を後押しする。
政府の力になる。
早く家族を取り返す方法を考えなさい、と言って頂けるように是非よろしくお願いします。

曽我ひとみさんを思い出してください。
曽我ひとみさんは今元気にご家族と暮らしております。
曽我ひとみさんは5年前の9月27日、突然に曽我ひとみさんと言う人が北朝鮮に入っていたと言う、入っていたという、曽我ひとみさんがご自分の意思で行ったのでは無いという事は明白であるのに、という事で北朝鮮から出て来られました。
という事は、まだ日本政府も家族も思っていない人たちが何百人も北朝鮮に連れて行かれている可能性が十二分にあるという事です。

どうぞ皆さんの家族がもしそうなったら?と言う思いを考えていただき、この理不尽な拉致と言う問題に皆様が関心を寄せていただき、一刻も早く取り戻すことが出来るように政府に声を上げてください。
私たちにどうぞ力を貸してください。
よろしくお願い致します。
ありがとうございました。


07.9.17 本間勝さん 渋谷街頭活動より

07・9・17 渋谷街頭活動
渋谷ハチ公前広場にて

『本間勝さんの訴え』

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渋谷を御通行中の皆様、拉致被害者問題に注意を向けてください。
今、駅前をお借りしまして私の妹田口八重子をはじめ、特定失踪者と言われる人の奪還を目指し、一日も早い生還を目指してただ今取り組んでおります。
東京ブルーリボンの会の皆様他、ボランティアの皆様と共に、この拉致問題に真剣に取り組んで国民の皆様にアピールをしております。
これが私も本当にありがたいお力、国民の皆様のお力こそがこの拉致問題を解決させる力になるんです。

今、日本の政情は揺れ動いております。
どんな政権が出ようとも、この拉致問題は日本は・・・(聞き取れず)と言って頂いております。
それは・・・(聞き取れず)ではありません。
どんな政権が出来ようとも、それこそを解決させないと日本は世界から物笑いになるんです。

拉致問題は私ども家族にとっては妹八重子いなくなったのと同じ、また、その家族の中で1歳と3歳の子供を置いていかざるを得なかった八重子の気持ち、それをどうかまた、八重子と耕一郎そのお姉ちゃんとのこの家族の平凡な、共に暮らせるような平凡な生活を取り戻す。
それが私たちの、この拉致被害者問題に取り組む原点なのです。

私たちは、どの拉致被害者の家族も気持ちは同じだと。
耕一郎が1歳半でこの母親八重子と引き裂かれてから、すでにこの6月の29日で29年になります。
八重子は22歳で東京池袋から拉致をされました。
すでにもう52歳になっております。
私どもはこの長い戦いの中で八重子の置いていった、置き去りにされた、やむなく置き去りにされた子供を育て、必死に生活を守ってきました。

拉致問題は今世界的には6者協議等で問題にされていただいておりますが、とかく核問題に見え隠れして、拉致問題は見事に隠れようとしております。
私たちは、核とか拉致とか並行協議とか言っておりますけど、命を取り戻す事が本当に急ぐ問題では無いでしょうか?
核ももちろん大事な安全保障の問題です。
ですが、拉致問題は我々家族を引き裂いた、人の命を引き裂いた、生活を引き裂いた、そういった金正日の卑劣な行為から続いている状態なんです。

早く耕一郎を育ての親から生みの親の元で、共に生活をさせてあげたい。
そして耕一郎は母親と言う気持ちが無い、持てない中で、逆に母親八重子を抱きしめ、
「お母さん、苦労したね」
こういう気持ちで抱きしめると思います。
そのときが一日も早来る事が私どもが願って、この一刻も早く生活の原点に戻れるよう、私どもは拉致被害者問題を取り戻すまで、皆様、引き続き支援してください。

これは拉致問題が、どのような社会情勢になろうと解決させる力になるんです。
お願いいたします。
八重子を耕一郎を元に、一日も早く戻させてください。
そして他の家族も、拉致濃厚と言われる家族の人たちも共に生活の原点に戻れるよう、どうぞ何卒力を貸してください。
よろしくお願いします。

遊就館に特攻の大叔父の遺影を奉納

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夕べ、親戚の叔母から嬉しい電話あり。
私の特攻の大叔父の遺影が靖国神社の遊就館の展示室に奉納される手続きが完了したのです。

遊就館にはご祭神の写真を飾ってあるコーナーがあります。
それを見たとき、うちの大叔父さんの写真もここに納めさせてもらえたらいいのにな、と漠然と思っておりました。

靖国神社に問い合わせたところ、奉納にあたっては規定の書類に必要事項を記入し、ご祭神のお写真1枚と初穂料1万円以上を添えて郵送するか神社に直接お持ちください、との事。
早速その場で書類を送ってもらうよう手配をしたのが、今年の夏前の話でしたでしょうか?

大叔父の遺族は我が家だけではなく、他の親戚にも関係することなので、各方面の調整に手間取りましたが、昨日ようやく靖国神社宛に必要書類を郵送し終えたのです。
実際写真が展示されるまでにはおよそ3ヶ月ほどかかるそうですが、この分だと来年の3月21日の神雷部隊の初出撃日にちなんだ旧戦友会の皆さんの昇殿参拝の日に、間に合うかもしれません。

そうそう、申し遅れましたけど、私が特攻の大叔父の事を自分のBlogに書いたのが縁で、今度の3月21日神雷部隊の生き残りの方が行う靖国参拝の席に同行させて頂けることになりました。

大叔父が短い人生の最期を過ごした神雷部隊の生き残りの方々。
もう皆さん80を越えた老境にある方ばかりですから、今お会いしてお話を聞かなければ、未来永劫禍根を残すことにもなります。

直接に大叔父の事を知る人がその中にいらっしゃるかは分かりませんが、同じ場所同じ時を過ごした戦友の方々のお話を伺えば、大叔父が人生の最期をどんな気持ちで生きていたのかを知る手がかりにはなるでしょう。
その時を楽しみに待ちたいと思います。

これも多分、大叔父さんのお導き。
青空の向こうにいる大叔父さんの魂に深く感謝します。
posted by ぴろん at 09:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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