2007年11月18日

07.11.17 特定失踪者家族の声 古川了子さんを救出する千葉集会in市原より

古川了子さんを救出する千葉集会in市原
07.11.17 市原市辰巳公民館にて

★小川マサコさん(特定失踪者・遠山常子さんの姉)の訴え

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氏名 遠山 常子
失踪年月日 昭和49(1974)年07月11日
ふりがな とおやま つねこ
生年月日 昭和32(1957)年6月22日
性別 女 当時の年齢 17
身長 体重
公開 第22次公開
当時の身分 県立高校学生(夜間部)、千葉市内のスーパー・マーケット勤務
特徴
失踪場所 千葉市内
失踪状況 遠山常子さんと、幼馴染の友人女性である関谷俊子さん、ならびに関谷俊子さんの親戚である峰島英雄さんの3人は、峰島英雄さんの兄妹が勤務する千葉市内の飲食店で食事をした。峰島英雄さんが、「二人を家まで送ってくる。戻ってくるから、食事を用意しておいてくれ」と兄妹に言い残し、車で飲食店を出たまま三人とも失踪。峰島英雄さんの車(赤いマークU)も未発見。失踪の当日は、関谷俊子さんの引越しの日だった。引越しが終わったあとに、三人で飲食店に食事に来た模様。失踪以降、何ら手がかりとなるものは無かった。

※情報は特定失踪者問題調査会より
http://chosa-kai.jp/index.html


★竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)の訴え

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posted by ぴろん at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

焦りと苛立ちと無力感を、それでも乗り越えていく

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昨日、千葉県市原市で開催された「古川了子さんを救出する千葉集会in市原」に参加してきました。
最寄のJR八幡宿駅に降り立ち、会場の辰巳公民館までのバスを探して駅をうろうろしていたら、講師として参加される調査会の真鍋専務理事とバッタリ遭遇。
真鍋氏のご好意で会場までの出迎えの車にちゃっかり便乗させていただきました・・・♪

会場までの道中、真鍋氏といろいろなお話をさせていただきました。
正直、真鍋さんもお疲れ気味で疲労の色は隠せない。
でも、今ここで活動を辞めたら特定失踪者と言う存在をフォローする組織も団体もなくなる、という気持ちが何とか活動を維持させている、と言った印象を強く持ちました。

講演会のお話の中でも真鍋氏は仰いましたが、テロ国家指定解除を巡って、アメリカは腰砕けになったのでも日本を裏切ったのでもなく、自国の利益を優先しただけ。
建前は拉致問題は重要だと言いつつも本音では、アメリカは最初から拉致問題を真剣に考えてはいない、といった趣旨のお話をしてくださいました。

それは確かにそうでしょう。
武力行使と言う選択肢は取れない以上、北朝鮮さえ大人しくなれば米中融和路線が出てくるのは当たり前。
それが彼らの『国益』に適う事なのだから。

じゃあ、日本の国益ってなんなのでしょうね?
自国民の命を救う事が何よりの国益ではないのでしょうかね?
でも、古川了子さんをはじめ、特定失踪者の問題は一向に進まず、政府は歯牙にもかけない冷たい扱いを今も続けています。

マスコミでは何かと言えば『拉致問題の進展』と言う言葉が闊歩する。
『進展』とは何でしょう?
政府認定被害者の問題に何らかの答えが出ればそれが進展なのでしょうか?
特定失踪者の問題はやはり切り捨てになる、という事でしょうか?
そういう現実が目の前に突きつけられたとき、日本の世論は一体どこまで「全員を帰せ」と粘れるのか?

結局は私の結論はそこに向かう。
アメリカ頼みも結構、でも一番肝心なのは日本の世論でしょう、と。
日本の国益とは何なのか?
日本が体を張ってでも守るべきものは何なのか?
そこが曖昧な限り、「全ての被害者を一人残らず返せ」と言う世論がどこまで頑張れるのか?と言うあたりには一抹の不安も付きまとう。

昨日の集会で古川了子さんのお姉さまの竹下珠路さんは、特定失踪者の問題が切り捨てられてしまうのではないか?という事を、大変恐れていました。

振り返れば古川裁判が和解したのが今年の4月。
あれから早くも半年が過ぎてしまいました。
でもこの半年間、何か目に見える進展があったか?と言うとそれは正直心もとない。
昨日の集会の会場には古川了子さんのお母様も、高齢の体をおして車椅子で参加されていました。
その年老いたお姿を拝見し、これ以上呑気に時間はかけられないと言う思いも新たにしました。
丸々2年間も裁判に時間を費やし、目撃者の安明進氏の証言まで取ったのに、裁判は和解で結審したその後も、内閣府の動きは相変わらずのらりくらりでは、「あの裁判は何だったのか?」と当事者でなくても感じてしまう。
焦燥感と無力感で、やりきれない気持ちになります。
まして、ご高齢のお母様の心中は如何に?と思うと、車椅子で駆けつけたお母様のお姿が、見ているだけで痛々しくてなりませんでした。

会場への道中、調査会の真鍋氏はこんな話もしてくださいました。
調査会に一度は調査を申し込んだご家族の中には、「もうここで調査の依頼を取り下げたい」という申し出もあるのだそうです。
余りにも長い年月が過ぎ、家族も疲れ果て、救出を諦めてここで一区切りを付けたい、という意向を申し出る方が何人かいらっしゃるのだそうです。

それを受けて、調査会としてもその申し出を引き止めることは出来ない、と真鍋氏は仰っていました。
でも家族が動かなければ、この問題はなかなか盛り上がらないんですよね、というジレンマもお話くださいました。

家族が頑張るにも限界はある。
それはテレビに映る横田夫妻のお姿を見ても一目瞭然でしょう。
家族の気持ちが切れてしまったら、拉致問題はそれで終わりなのでしょうか?
同胞を救うことも出来ず、米朝の思惑に日本は飲み込まれたまま、ずるずると金だけを搾られ、自己の主張も出来ない情け無い国に成り下るしかないのでしょうか?

私たちは一人の人間として、日本人の一人として、成すべき事があると思います。
同胞の苦難を見捨て、他国の思惑の中に沈没して、それで真の平和国家と言えるのでしょうか?
16日の戦略研の講演会で講師の家村和幸氏も仰っていましたが、私たちが守るべきは精神の自由である、と。
精神の自由を失った国が、果たして本当の意味での平和国家と言えるのか?と思います。

どんなにささやかな事でもそれぞれの人がそれぞれに出来る事を致しましょう。
最後の一人を救い出すまで、私たちは自ら諦めて白旗を振るわけには行かないのですから。
posted by ぴろん at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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