2008年05月18日

08.5.14 質疑応答 調査会主催緊急集会より UIゼンセン会館にて

08.5.14 調査会主催緊急集会
UIゼンセン会館2階会議室にて

『質疑応答』

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★司会 真鍋貞樹 調査会専務理事

(荒木氏の基調講演を受けて)ありがとうございました。
先ほど申しましたように、司会者の特権として荒木にこれから厳しい質問をしたいと思っています。
そういえば皆さんも何となくお感じになっていると思います、もやもや感。
荒木一体どうするのよ?と、もっとハッキリ言えと、現状をもっと把握してよと、どうするんだ?と・・・いうふうに行きたいんですがまぁ、私が逆の立場だったらそんなの聞くなよという世界なんですけど、ただ事は緊急と言いますか重大なことですから、せっかくお集まりになって、私たちとしてはこれを機会にですね。
この拉致救出活動の根本から考え直して行こうという機会に、今日したいと思っていますので、あえて荒木に対して厳しい質問と言うか答えにくい質問をしてみたいと思います。

私が聞くのは、私がそういう考え方を持っているというふうに皆さん誤解しないでください。
誤解しないでくださいね。
より問題点を明確にするために、あえて荒木に質問をぶつけるというふうに理解をしていただきたいと思います。
私の質問で足りない事は後で皆さんご自由にご意見・ご質問等お願いしたいと思います。
宜しいですか?
一括がいいですか?それともひとつひとつがいいですか?(荒木氏「一つづつやりましょう」の声)

じゃあ、ひとつづつ。
今までのお話の中で5点という事で整理をしたいと思います。
いくつか用意したんですけど、またまとめました。
1点目ですけど、今回の荒木代表が問題提起をするきっかけになった富山県における政府主催の集会。
これから荒木代表を排除した理由、これについてはご自身はどのようにお考えでしょうか?

★荒木和博 調査会代表

はい。
まぁ、あの、言われていますのは、金正日体制に対する考え方が違うという理由で私は聞いております。
つまり我々は「体制崩壊も視野に入れて活動する」という事ですけども、「体制崩壊は視野には入れない」という事が理由と聞いておりますが、しかし政府主催、まぁもっと全国救う会との共催の集会であればですね。
その中で政府の批判をいつもしている私が喋るという事がよろしくないという事・・・なんだろうと・・・言うふうに思います。

★真鍋専務理事

もやもや感も残りますけども、また皆さんも後でご質問をしていただきたいと思います。
2点目ですが、この政府と一体化路線についてお伺いしたいと思います。
政府と一体となって運動を行う事は間違いというように先ほど代表はご指摘をしていましたが、逆にこうした重大問題を今後の運動で政府と一緒になって頑張ると。
一体と一緒って微妙ですけど、とにかく一緒に頑張る事というのは拉致問題について必要ではないか?というふうに考えるのはどうか?

そして皆さんもお感じになっていると思いますけども、拉致救出運動団体が事実上分裂するわけですね。
事実上。
この事実上分裂状態を最も喜ぶのは誰か?
それは北朝鮮と日本にいる北朝鮮融和派のメンバーであり、最も悲しむのは誰か?
それは拉致された被害者の皆さん、という事でありますから多少意見の違いや方法論の違いがあってもですね。
やはり一致団結して取り組む事が大切ではないか?と言う意見に対してはどのようにお考えでしょうか?

★荒木代表

はい。
これは実は私の意見に賛成してくださる方でも、やはりそういう懸念を表明される方は少なくないです。
それは私も非常にひしひしと感じておりますし、これは中々舵取りが難しい問題だというように思っております。
実は私も真鍋も前、全国協議会の幹事をやっておりました。
私は事務局長を降りた後、幹事と言う形になりまして参加していたんですが、あれはいつ辞めたんだっけ?(となりの真鍋氏に聞く)
二人で辞めたわけなんですけども、なんで辞めたか?と言うと、正直言って見ていられなかったと。
いうのが、正直なところでございます。

しかし我々別組織の代表のような形で入っておりますから、そこでですね。
全国協議会の運営に口を出すのは如何なものか?という思いがあり、そして、そしてしかし、その一方で全国協議会の幹事であれば、決まったことに対する責任を負わなければいけない。
非常にその板ばさみになりまして、その中で何とかするためにはどうしようか?
で、とりあえずやった事は、幹事を降りてそれによって自分でですね。
お互い干渉しないような形で出来る事をやっていこうという事でございました。

その状態でしばらく来たわけですけども、救う会の方ではいろいろな形で除名された方が出て、その方々の中には我々の役員になっている方もいますし、そしていろんな不満を持った声も聞こえてくると。
で、本当にこのままでいいんだろうか?と。
救う会がこの運動体の中心である事は間違いないと思うんですが、そういう状態で方向性が間違ってしまったならば、これはもう取り返しがつかないというふうに思います。
分裂しているというふうに見られるのと、そしてどうしなければいけないのか?という事を天秤にかけて、やはりこれは荒木がある程度ハッキリと物を言っていくしかないんではないだろうか?というふうに思った次第でございます。

★真鍋専務理事

じゃあ、続きます。
3点目ですけれども、これは私も非常に質問し難いんですけども、是非私として聞いてみたいことでございます。
私も現代コリアの愛読者とまでは行きませんですけども、20年くらい前から読んでおりました。
11年前にこの現代コリアのメンバー、佐藤所長をはじめとしてメンバーと一緒に(救出活動を)やり始めました。
その時の現代コリアのメンバーは非常に鉄の団結と言うか、あるいはファミリーと言うか。
非常に団結力があって、小さいながらも大きな影響力を果たしたメンバーが揃っておられました。
しかし、残念ながらかつての現代コリアのメンバーは散り散りバラバラになりました。
一体何故なんですか?・・・という事でございます。

★荒木代表

え〜、まぁ、これも、私も結果的にそういう事になったという事なんですね。
どうして?という事は、私も中々私自身も答えられない。
答えないというのは喋れないんじゃなくて、何と答えて良いか分からないということでございます。
ご存知もない方もおられると思いますが、私民社党本部にいたときから現代コリアの読者でありまして、途中から現代コリアの編集員という事にして頂いてました。
民社党が解党になった1974年から、現代コリアの方を直接お手伝いするようになっていったわけでございます。

現在私は大学の教員と言う肩書きを持つに至っておりますが、朝鮮半島研究の研究者と言うことになっておりますけども、私がそういうふうになる事が出来たのは、間違いなく現代コリア研究所があり、そして佐藤勝巳所長がいて、そして西岡編集長がいてということがあったからでございます。
これは、この先どんなことがあっても私は否定をするつもりはありませんし、いくら私が否定をしても現実はそれ以外の何物でもない、と言うふうに思います。
で、尚且つ私の家内は西岡さんの大学院の後輩でありますし、結婚式の仲人は佐藤会長ご夫妻ですから、そういう意味ではですね。
それに対してある意味反旗を翻すような事を言うというのは、非常に自分としては何ともやりきれない思いが致しております。

しかしやはりこの現代コリア自体がですね。
いろんな形で分裂をしていったというのは、まぁ、私も奥の奥は自分でも良く分からないんですね。
やっていて何となく、結局自分はよそ者なんじゃないか?と思った事が何回かありますし、本当のところは分かりませんがこれもある意味で言うと、権力に対する距離の問題なのかな?という感じが致します。
それによって分かれてしまったという事なのではないだろうか?と言う感じが致します。

★真鍋専務理事

はい。
後2点お伺いしたいと思います。
救う会の現状についてお伺いをしたいと思います。
有体に言って一言で言えば、救う会は内部はごたごた状態であるという事は、もう皆さんご承知のことでございますので、包み隠さず私も指摘し質問させて頂きたいと思います。
この救う会全国協議会の内部のごたごたの問題は、個人的な問題によるものなのか?それとも政治力学上の問題なのか?
そして現在の救う会の内部のごたごたと言うのは、どうすれば解決出来るものか?出来るか?とお考えでしょうか?

★荒木代表

これも非常に答えるのが難しいです。
表に向かって一度も言った事はないんですが、何人かの人にはお話をした事はありますが、今まで一度もお話していなかった特定失踪者問題調査会が出来るときの事がございます。
なんで調査会ができたのか?いう事なんですが、あの時、実は平成14年の12月の末にですね。
一番最後の記者会見のときに特定失踪者リストを出す予定になっていたんです。
そのときは特定失踪者という名称はなかったですが、その可能性のある失踪者のリストを、あの年の年末に発表することになっていました。

で、それが、私今でもどういう理由か良く分かりません、分かりませんが、ブレーキがかけられました。
佐藤会長から。
非常に強硬なブレーキのかけ方でした。
その時の話は、これは大変な話だから表に出せばですね。
かなりの大騒ぎになる。
だから救う会として方針を決めていなければ、それは出来ない、という事だったんですね。
だからその方針が決まるまで待てと、いう話でございました。

私は当時事務局長でですね。
失踪者の方のご家族の声を直接聞く立場にございまして、あの頃本当に、特に曽我さんの話が分ってからはですね。
次から次へと「うちの子供もそうじゃないか?」とか、そういうご家族からの声がありまして、それが基本的にはほとんど私が受けていた。
これは一刻も早くどうにかしなければいけないという思いもあり、救う会で出そうというふうに思っていたわけですが、それがですね。
12月の中旬までは特に何の異論もなかったんですけども、どういうわけだかそれを過ぎてから急にブレーキがかかりました。
で、ブレーキがかかった後で、まぁしかし三役会での決定ですので仕方が無いと。

しかし、こういう重大な問題があるという事は何とかして知らさなければいけないというふうに思いまして、内閣府、当時の支援室、現在新潟県の副知事をやっている小熊さんのところへですね。
そのリストを持ってまいりました。
で、リストを持っていったらば、あの、それがですね、NHKのニュースに出たんですね。
逆に担当した記者さんは気を利かしたつもりだったんでしょうが、内閣府の建物に入っていく私の絵がですね。
ニュースに出ちゃった。

実はそれはその時の絵じゃなくて、前の、何か別の時に撮ったのを出しちゃったらしいんですが、それを見た別のマスコミの方が佐藤会長に「どうも荒木が内閣府にそれを持っていったみたいだ」というふうに言ったことでですね。
会長が激怒しまして、「首だ」ということになったんです。
それが元々調査会が出来る発端でございます。
丁度年末で、年末年始、丁度休みに入るものですから、おそらくあの当時気付いた人は誰もいなかったと思います。
もう6年も経っていますので、時効だという事でお話をしていますが、そういう事でですね。
これはもう救う会の中にいる事は無理だというふうに考えまして、ともかくじゃあ、自分のやっていた失踪者の問題だけ切り離してやらしてもらいたいという事で、それは了解を得て、で立ち上げたのが特定失踪者問題調査会でございました。
最初の1月10日に発足、そして記者会見をやったときはまだ事務所も決まっていなかったときdございます。

その年末も大慌てでですね、その発表の作業をやっているときにメールが来たのが司会者(=真鍋氏)でございまして、丁度小平市の市会議員でしたが4ヶ月後に改選が迫っていまして、「もうこれで議員を辞めたい」というふうに言っていたんですね。
で、ずっとですね、「馬鹿な事をするなと、議員を続けろ」というふうに言っていたんですが、そしたら「何か手伝う事はないか?」というメールが来たものでですね。
「これは辞めさせた方が良い」と(笑い声)言うふうに思いまして、それじゃ一緒にやってくれないか?と。
それから5年間こういう事になりまして、まぁ、いう事でございます。
その、だから全く分らないです。
私の邪心かもしれませんが、その時点で何らかのものがあって んじゃないか?という感じがします。

同様の事を感じたのはそれ以外にも何回かあるんですが、もうひとつ非常に印象が強かったのは増元さんが参議院選挙に出たときです。
最初、自民党の比例区と言う話がちょっとありまして、そのときには何でもなかったんですが、その後で無所属で東京選挙区となったときのブレーキのかけ方はですね。
ちょっと異常だと思えるくらいのかけ方をされました。
それでも結果的にやり通したのは候補者の信念があったからだと私は思うんですが、そういう事もございまして、何かその時その時でですね。
全部説明しているわけにも行かないんですが、一体何でこんなに拘るんだろう?と言うときがいくつもございました。

それはさっきの現代コリアの話とも近いんですが、あるいは何らかの権力との距離感によるものではないだろうか?という感じが致しまして、現在もいろんな問題をですね。
私は結局そこから来ちゃっているんじゃないだろうか?と私は言う感じがしてなりません。
最初からそういう一定の距離感を持ってやっている運動であれば、そういう事にはならないんじゃないだろうか?と。
まぁ私は中にいて、渦中にいるわけではないですから、こうだと断言は出来ないんですけども、見ていて感じるものはそういうものだと、そういうと政治力学上の問題だというふうに言えることもあるのかもしれない。


★真鍋専務理事

はい、有難うございます。
皆さん、気をつけてください。
1本のメールが人生を大きく変えることもありますので(笑い声)気をつけましょう。

じゃあ、最後の質問ですが、今の拉致被害者救出の運動の一言で言うと、ごたごた状態を解決した、上手くできた。
いろんな意味でですね。
その後の運動の全体像をどのように今描いておられるのか?
具体的には行方不明の上の方に「新たな緩やかなネットワーク」という事を提言されているわけですが、もっと具体的にですね。
このネットワークの運動の進め方と言うもので、どんな戦略を描いておられるでしょうか?

★荒木代表

はい。
我々の活動も含めて全体で一番抜けているのは、社会運動で言うとやっぱり草の根の部分が抜けてしまっているのではないか?と。
特に9.17以降やはり目立つところに皆行くようになってしまったので、地道な活動が、もちろん皆さんがそれぞれやってくださっているんですけども、そこに対する視点が欠けて来ているのではないか?と言う気が、私は致しております。
だからまぁ、そういう意味で言うと集会も出来るだけ細かい集会をやって、今まで来たこともなかった人、あるいは関心がなかった人、場合によっては敵対的だった人に対してもですね。
少しでも説明が出来るような場を作る努力をしていく事が必要ではないか?と。

それから我々調査会という立場で、調査機関と言うことでは我々がもっと努力をしてもっと情報を出して、そして情報をマスコミの方を通じて知って頂くという事によってそれが関心を呼ぶことになる。
そういうものが相乗効果を起こすことだと思います。

それから政府の中と言う意味で言えば、政府のともかく総合的な方針を「変えさせる」と。
「変えてもらう」じゃなくて、「変えさせる」と。
これは私は絶対に必要なことであって、そこが出来ればですね。
おそらく全体が動いてくると思います。
この国の官僚機構はそんなにアホではありませんから、優秀な人はたくさんいるわけでそれが動けばですね。
非常に効果が上がる。

で、今政府がやっている広報活動・啓発活動、それはそれでいいけれども、しかしやはり優先順位から言えば、もっとやらなければいけない事が当然あるはずでございまして、そちらの一般的な啓発活動なんかはですね。
もっと、これは民間がやったって十分出来るわけでありまして、この間戦略情報研究所の講演会で話していただいた稲川さんが作れば十分、それで政府よりいいものが出来るわけでございますから、それで済むんじゃないか?と。

政府はやはり政府じゃなければ出来ない事をやってもらうべきである。
政府でなければ出来ないことと言うのは、一体何か?といえば、やはり国家主権の侵害と言うものに対してですね。
国家の機関が正当に立ち向かうという事でございまして、これは私は第一の視野に入るべきは自衛隊でございます。
拉致問題から第一段階から自衛隊・防衛省というのは、やはり本当に徹底して外されて来ています。
今、何人か入っていますけど、ほとんど脇役の役目しかしておりません。
普通だったら絶対にありえない話でございまして、それをさせるということが必要でございます。
で、私自身も予備役でございますので、そのときは召集をしてもらってですね、働かしてしてもらうと。
まぁこういうのは自作自演という奴でございますけども、やはりそういう事で政府は政府でしか出来ない事を、民間は民間でしか出来ない事を、そして出来るだけ細かい、地に足の着いた事をやっていくと。

それから我々自身がともすれば忘れがちでございますけども、社会運動と言うのは基本的にはですね。
皆がやるときにやるものじゃなくて、やらないときにやるものでございまして、皆がその気になって動く時であれば別に動かなくったっていいんですね。
皆が動かない時に動くものであって、ですからつまり全体から言えば、出来るだけ日の当たっていないところにですね。
日を当てるという努力をする事がやはり必要ではないだろうか?と。
ちょっと抽象的な言い方かもしれませんけども、結局そこに尽きるのではないだろうか?と言うふうに思います。


08.5.14 荒木和博氏 調査会主催緊急集会より UIゼンセン会館にて

08.5.14 調査会主催緊急集会
UIゼンセン会館2階会議室にて

荒木和博 特定失踪者問題調査会代表
 
基調講演「拉致事件の本質と解決への道」


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★司会:真鍋専務理事

みなさんこんばんは。
緊急の集会にこのように多数集まり頂きまして誠にありがとうございます。
本日は、戦略情報研究所の集会ではなく特定失踪者問題調査会の主催の講演と、皆さんとの議論の場にしたいと思っておりますので御協力願い申しします。
本日のテーマは、お手元の紙(資料)にありますように書いてあるとおり、「今後の拉致被害者救出運動に関して」のと題して、特定失踪者問題調査会の荒木より報告、提言をさせていただきたいと思っています。

司会者から今日の主旨を簡単に、申し上げます。
みなさんもお気づきのように、今日拉致被害者救出運動は、明らかに暗礁に暗礁に乗り上げていると思います。
この要因というのは大きく二つあると思います。ひとつは、あの北朝鮮のあのしぶとい政権の存在でございます。二つめは、我々自身の問題、日本の国内の問題だろうと思っております。

本日の集会は、この二点目、「我々日本国内の運動の問題について」荒木より提言をさせていただきたいと思います。この講演の目的は、拉致被害者救出運動の目的、方法論というものを明確にして、この拉致被害者救出運動が暗礁の状態を脱却したいという強い想いから、こうしたテーマで報告させていただきたいと思います。

本日の進め方ですけれども、最初に三十分荒木より報告・提言をさせていただきたいと思います。
そのあと30分ほど司会者の特権として、私の方から厳しい質問を荒木にぶつけていきたいと思います。
残りの30分程度を、どうかご自由に参加者の皆さんから、質問、ご意見を頂きたいと思っております。
限られた時間ですけれども、フルに活用していただいて、今後の新たなる救出運動皆様方の御協力を宜しくお願いしたいと思います。

それでは、早速ですけれども、荒木より報告をさせていただきます。


★荒木和博特定失踪者問題調査会代表


恐縮でございますが、坐ったまま報告をさせていただきます。

今日はお忙しい中皆様多数お集まりいただきまして、ありがとうございます。またインターネットを通じまして全国の皆様方、ご覧頂いていると思いますが、大変ありがとうございます。今日、こないだのしおかぜの集いを別にすれば、こういった形の調査会として集会をやるのは、初めてのことでございます。それも急に呼びかけを致しまして大変お忙しい中、ご迷惑をおかけしました。

今回、事の発端は、五月六日に出しました調査会ニュースに私が書いたものからスタートになりますが、調査会ができましてから五年、五年半ちかく私ども、やって参りまして、まぁともかく、運動が分裂したという事にになってはもともこもないというふうに思って参りました。ですから少なくとも他の組織に対して内政干渉的なことをすることは慎もうということでやって参りましたし、基本的にはこれからもそのことは、変わることはないんですけれど、今救出運動全体が、大きな曲がり角にきているのではないかと、危機感を最近富みに感じております。

今方向性、(細かいこと、多少の間違いはあとでどうにでもなると思いますが)大きな方向性が違ってしまえば、行き着くところは違うところに着いてしまうわけでございまして我々としては、それは、絶対に止めなければいけない。

もちろん我々にも間違いはたくさんあると思いますが、方向性を少しでも正しい方向に持っていく努力をしていかなければいけないとの思いで、考えました次第でございます。
お手元にお配りしました私のレジメ「今後の拉致被害者救出運動に関して」をご説明しながら話をさせていただきたいと思います。インターネットでご覧になっている方は、このレジメをお渡しできないのですが、先ほど私のブログにこのレジメをそのまま掲載してありますので、ネットでご覧の方は、こちらのブロクと合わせてご覧いただければ幸いでございます。

  ※荒木和博BLOG 「本日の集会レジメ」
  http://araki.way-nifty.com/araki/2008/05/post_3f34.html

これからお話することは、現在救う会全国協議会で方針として出しているものと、ずばり違う部分がかなりございます。我々は、基本的に私達の考え方に全て合わせてくれと言うつもりは、全くございませんで、様々な意見が当然あって良いだろうと。そして最終的に、到達点が同じであれば良いであろうというのが前提でございますが、いくつか問題となるところはあるかもしれません。それも含めてお話しをさせていただきます。

書いてあるとおり、この見解自体は特定失踪者問題調査会荒木の個人的な意見という、非常に中途半端な言い方になりますが、組織的な問題等々に関しましては、30日に我々の理事会をやる予定にしておりますので、それまでに整理をして進めていきたいと思います。

目標日本人拉致被害者の救出ということが究極的な目標であることは間違いありません。ただし、それに至るためには、必要不可欠であるのは、北朝鮮が民主化、自由化されると言うこと無くして日本人拉致被害者全ての救出というのは、絶対になし得ないと思っております。

後ほどお話しを致しますが、やはり我々の特定失踪者リスト470名以外にも、拉致をされている全く身寄りのない方で連れて行かれている方、これは北朝鮮の体制が変わらない限り救出すことはできない方々でございまして、そこまで、我々はもちろん責任を持っているわけですから、それは、北朝鮮の自由化、民主化と表裏一体と言うことでございます。

もう一つ、拉致事件の本質というものですが、拉致事件は、私は二つの側面があると思っております。ひとつは、言うまでもなく国家主権の侵害であり、これは言葉を換えれば、北朝鮮から仕掛けられている戦争でございまして、それに我々が如何に対処するかという問題がひとつ。そしてもう一つは、独裁国家北朝鮮の中で起きている重大な様々な人権侵害その中の一つでもあると言うことであります。
この二つであるという認識を、政府、国会、そして国民が共有しなければならないと私は思います。

「拉致はテロだ」というスローガンでこの間、やって参りました。それが間違いだとは思いません。
それは、テロと言うことを軸にして、9.11以降、テロに対する戦いとして、アメリカと共に歩調を合わせてやっていくためには、そのことばというのは、効果を表したものだと思っておりますが、しかし、この問題の本質的な部分というのは、やはり主権侵害と人権侵害、この二つであろうと、私は思っております。

そして政府に対する姿勢の問題、これが一番重要な問題でございまして、そこにも書いておりますが、政府と一体化するという方針は、私は間違いだと思います。

社会運動が、国家権力と一体化するというのはあり得ない。あってはならない事であって、それをやってしまえば、御用団体以外のなにものでもないというふうに思います。

ただし、私は別に反政府団体をやっているわけでございませんで−−政府に方はそう見られるかもしれませんが−−自分でそういうことをやっているつもりはありませんので、実際、我々様々な政府機関の方々と現実の救出に関わる問題でいろんな形で、協力をとってやっております。それは、こういう場でお話しできないこことも含めて、それはやっております。

勿論政府の中で、この問題を何とかしようと思っている人が何人もいることは私もよく存じておりますし、メールのやり取りですけれども、「私は命をかけて拉致被害者を救出する」と言ってくれた政府の方もおられます。そう言う思いの方は、事実少なくないと思っていますが、唯やはりこの問題が何十年もの間解決されてこなかった理由の一番大きなものというのは、何と言っても、<国家権力が、これを隠蔽してきた>と言うことにあります。

そこをひっくり返さない限り、この問題の最終的解決はございません。

今私は、薄々、まだ具体的にこういう事があると申し上げるところまでいかないのですが、あくまでそうじゃないかと思っているというレベルなんですけれども、この問題は戦後体制だけでなく、戦前の問題が必ず何か入っています。
そのひとつは、おそらく、敗戦後の<残留日本人>の問題があるんではないかと思います。いろんな形で北朝鮮残った残留した日本人が相当の数いると言われています。平壌だけで1000人ぐらいの方が残ったと言われておりまして、これは中国残留孤児と同じような形で残った子供もいたでしょうし、大人でたとえば配偶者が朝鮮出身の方でそのまま残ったとか、いろんなケースがあったと思います。その人たちが、何らかの形で(拉致)に関わった可能性があると思います。拉致をした人を管理する仕事とか、あるいは、そう言う方々が「ここにこういう人間がいるよ」と教える役割をしたかもしれません。

こないだ蓮池透さんが書いたものをみましたら、その中に蓮池薫さんが、北朝鮮に連れて行かれてから日本に帰るのを諦めるまで、どのくらいかかったかということが書いてありましたが、「1年」と書いてありました。帰ってくるまで24年のうちの最初の「1年」で諦めてしまったと書いてありました。
蓮池透さんが書いたものには、全く同意できない部分も結構あるんですが、あれは本当のことだろうと思います。

おそらく精神状態からいって、あのように無理矢理連れて行かれて、そこでとんでもない状況のおかれるわけですから、その時もし、自分の精神の平静を保とうと思ったらば、自分がそこにいることを合理化する以外に方法はないだろうと思います。私もおそらく北朝鮮に連れて行かれても同じだったのではないかと思います。

そうすると、そこで北朝鮮側は「日本は戦前とんでもないひどいことをしたんだ。だからおまえたちはその罪の償いをするんだ」というふうに教育したはずです。それは八尾恵さんなどの本の中にも似たようなことが出て参ります。

そしてそう言う中で、拉致された人たちが、どう言う風に考えたかといえば、いつまで経っても日本から取り返しに来てくれるわけでもなんでもない、そしてその一方で北朝鮮側から『日本は昔ひどいことをしたんだ』と教えられる。その国の中で生きのびていくためには、やはりそれを認めるしか方法がない。実際日本から助けに来ないわけですから、結局日本に対する憎しみ、祖国に対する憎しみを持った状態でいる。そうしたらその人たちが、やがて何をするかという事は、ある程度想像できるのではないかと思います。

やがて拉致問題が全てわかったとき、こういう話が全部出てくるだろうと思います。我々はその時一体どのように相対しなければいけないのか?その人たちに「一体今まで何をしてくれたんだ?助けに来てくれたのか?」と言われて、我々一体どう答えるのでしょう?
「憲法の制約があったから、行けなかった」と答えるのか、「戦争を起こしてはいけないと思ったから行けなかった」と、答えるのか?どういうことばを使ってもおそらくそれを繕うことはできないだろうと思います。

そう言う状態だった事を、ある程度は少なくともこの国の中枢にいた方は、何十年も前からわかっていたはずです。
1970年代後半からの久米さんから始まる政府認定者の拉致より遥か以前から北朝鮮が拉致をしていたと言うことは、おそらく警察官僚とか、もっと上の人たちは知っていたはずでございまして、それを表に出してこなかった。表には出してこなかった事で一つものを隠してしまったなら、次の事も又隠さなければならない。現場で一生懸命動いている警察の方が「これはおかしい」と思っても、それを「いやそれは、自分でいなくなったんだよ」といって隠してしまう。そう言うことが続いてきて、いつのまにかそういう隠蔽のキャリーオーバーが起きてしまったのではないかと言うことでございます。

昭和17年の6月、ミッドウエイの戦いで日本海軍は、壊滅的な打撃を受けるわけでございますが、あの時それは、全て隠されてしまった。陸軍も知らなかったし、天皇陛下にも伝えなかったというような状態の中で、次の作戦は全部間違っていくわけです。そしてそれまでは、比較的戦果の報告というのは、比較的もちろん損害も含めて正確にやっていたそうですが、そのあとは、全部いわゆる大本営発表と言われるものになってしまって、結果的には、ああ言う敗戦をむかえるわけでございまして。
今このこと(隠蔽された拉致問題)をこじ開けるのは大変なことでもあり、そしてまた恐ろしいことなんですが、今やってしまわなければ、もっともっとまたコチコチになってしまうと言うことでございます。

それを今やってるのが政府であれば、その政府と一体化するということは、これを完全に蓋をしてしまう事に手を貸すことになります。絶対にそれは、許してはならないと思います。

そういうことで、やっていくためには、我々は『建設的な緊張関係』というものを持って行く必要があるだろうと。
(一部聞き取れず)・・・になります。

そして私何回も言っておりますが「北朝鮮自身が、拉致問題の解決にむけて具体的な行動を取るように求めていく」というこの方針は、これはもうおそらく日本国民の大多数の方は、まさかこんなことは政府が考えていないだろうと思っていると思いますが、これが残念ながら現実です。ここをとにかく変えさせなければいけません。
(北朝鮮が自主的に拉致か解決への行動を取るようなことはあり得ない。話し合いで北朝鮮の態度を変えさせることはできないということ)

政府の責任として国民を救出すると、これを断言してもらわなければ、この問題絶対解決をしない。

そしてそれをやるということは、実際に使うかどうかは別として、いざとなれば武力を使ってでもという覚悟を持つということです。覚悟だけ持って使わなくて済むというのが一番良いのですが。その覚悟は少なくともしなければならない。

少なくとも、情報の収集ですとかそう言うことに対して、自衛隊がその役割を果たすという事は、国家として当たり前の話でありまして、こんなこと憲法以前の問題でございます。

保守派の方々で日本の憲法が変わらない限り何もできないと言う方がありますが、だったら憲法改正まで拉致被害者に待ていてくれというのか?
この国の憲法は拉致被害者を取り返してはいけないと書いてあるのか?
そんなことはないです。
明日かあさって、それはできる問題であって、そういうふうにしなけれいけないと思います。
そしてこれはお役所の段階では絶対にできません。
これは、政治の決断の問題です。決断さえしてくれれば、今の福田総理だって十分にそれはできます。
安倍さんは決断できなかったと私は思っております。
みんな多くの人が期待したわけですけれど、時間的に間に合わなかったのかどうかわかりませんが、時間的に間に合わなかったのかどうかわかりませんが、少なくとも任期中にその決断はできなかったということであろうと、私は思っております。

政治がその決断をしなければならないということを思っております。

『救出運動の姿』と言うことでありますが、9.17の前、つまり今から5年半前ですね、北朝鮮が拉致を認める前は、これは、まだ北朝鮮は拉致していないと言っている人が、朝鮮総連だけではなくて、日本国内、日本人でもいました。今日本で実は北朝鮮は拉致をしていなかったと言う人は一人もいないわけでございまして、それは、あとはどうやって取り返すかという問題です。取り返さなくて良いと言っている人もいないわけでありまして、本音はどうかわかりませんが、ともかくヤマタクさんだって誰だって、拉致被害者を救出するためには(北朝鮮と)話し合いが必要だと言い方をしているわけで、そこは、国民的コンセンサスができているのではないかと。あとは、基本的な方法論の違いの問題だと言うようなことでございます。

ですから、そう言う中で、一体我々がなんで9.17で拉致被害者を5人を取り返すことができたのか?
あの時、私が救う会の事務局長の立場で、ともかく北朝鮮に圧力をかけて、そして政府を動かして、取り返させるという方針でございました。だから、田中均さん、そして現在の福田総理、あるいは小泉総理のやっていた日朝国交正常化優先の動きには反対だったわけですけれども、しかし、じゃぁ、我々がそういうふうにしようとしていた<強行一辺倒>のやり方でやっていて、拉致被害者が帰ってきたか、北朝鮮が拉致を認めたかというと、そうではなかったと思います。

これはもう正直にやはりあの時に、一方に【絶対に拉致は許さないという意思】があり、そしてその一方で、【まぁ多少棚上げしても、国交正常化をやりたい。しかし、国交正常化をやるためには、拉致問題のなんだかの進展がなければいけない】というふうに思っていた人たちが平行して−−全く結果的ですが−−平行して動いたからこそ、あの9.17で金正日が拉致を認めることになった。

我々の動きがなければ、もう拉致を認めずに国交正常化が進んでいったでしょう。
そして逆にあの田中均さんたちの動きがなければ、今でも北朝鮮は拉致を認めていなかったかもしれないと思います。

ですから、これから先、今方向性が少なくとも、<拉致はどうでもいい、被害者は死んでいてもかまわない>と言うものでない限り、我々は、できるだけ多用な方法をやっていくと言うことが必要だろうと思います。

この拉致問題に関心を持っている人でも、保守系の人もいれば、左派的な方々もおられる。法律家の会の先生方でも、九条の会とかですね、そう言う種類のどちらかと言えば左よりの団体に所属している方もおられますし、しかし、そう言うものは、最終的方向では同じであると言うことで、それぞれの立場でやっていくことによって、大きな果実が得られるのではないかと思っています。また一つの考え方だけでやっていけば、その間違いを何も修正することはできません。
やはり私を含めて様々な間違い、試行錯誤を、繰り返さざるを得ない。その中でやっていくわけでございまして、だからいろんな立場の人が、いろんな意見を自由に意見が言えると言うこと我々は最大限活用していく必要があるのではないかと思います。

そして、人権問題の視点から言いますと、日本人の拉致被害者だけを取り返すと言うことは、絶対に無理な話です。
こないだみたいに極一部だけを取り返すと言うことであれば、場合によっては、金で買い取るということもあるでしょう。そういうことも全くないとは言えません。

全ての拉致被害者、日本人だけ取り返してくると言うことはできないわけでありまして、逆に言えば、日本人の拉致被害者全てを取り戻すことができるという事は、他の国の拉致被害者も帰ってこれるようになるわけですし、そして強制収容所の中で苦しんでいる人も解放することができるようになる時であると私は、思う次第でございます。

だから拉致問題というのは、今北朝鮮の人権問題に取り組んでいる様々なNGOと協力しながらその実現を図っていく。我々自身もそう言う問題に関心を持っていく必要があろうと思ています。

今後のこと。実は5/6のメールを出した後、いろんな事を感じられた方があったようですが、正直言って現在の救う会に不満を持っている方も、少なくない。そう言う方からすれば、新たな組織を作るべきという気持ちを持っている方もいることは、事実でございます。しかし、さっき申し上げたとおり、運動を敢えて分裂させる必要はないと思っております。第二救う会的組織とか調査会の支部というのは作るべきではないと思います。

唯、5/6のニュースでも書きましたが、政府と共催でやる大集会−−今、私は嫌われていて呼ばれる事はないようでございますし−−しかしその集会をやる場所は、特定失踪者のご家族もたくさんいる地域もあるわけでございまして、このままでいくと、未認定被害者、特定失踪者の問題が運動の中から消されてしまう可能性があると思います。

そう言う事が無いようにするために、緩やかなネットワークを作って行くべきではないかとと思います。
それは、趣旨に賛同する団体、各地の全国協議会に入ってる救う会でも、ブルーリボンの会でも何でも、そういう拉致問題に取り組んでいる団体同士で、お互いに情報の共有、意見交換等々をするための組織を作っていけないだろうかと思っています。

これは、上下関係もなく、我々が例えば、『こうしなさい』と言うわけでもなく上下関係はなく、横の繋がりで情報の共有を、少なくとも認識が異なるというのはできるだけ避けるための組織ができないだろうかと思います。
もちろん調査会のやっていることに『我々反対だ』と言ってもらって全くかまわない。

集会につきましては、我々は、基本的に今まで、ほとんどやって参りませんで「しおかぜの集い」ぐらいだったんですけれど、これから先、調査活動支障がない範囲ということになりますが、敢えて小規模な集会を各地で開けないだろうかと思っています。今まで集会を開いたことがないような場所で、それについて知っている方が少ないようなところで、人数も少なくても、場合によっては、ほんとうにやってみたら数人しかこなかったということでも、それでもかまわないと思います。少しでも多くの方に知っていただく、そしてその方々から、直接「自分はこう思っているんだ」と言うご意見を聞きながら、こちらもお答えしていく、あるいは、それのよって我々のやっていることも直していくというような集会ができないだろうかと考えています。

我々今まで各地で『特定失踪者のご家族との懇談会』をやって参りましたけれど、それと合わせるような形で、できないだろうかと考えています。

それから1年ちょっと前、我々政府から出る予定であった600万の予算をけっ飛ばしてしまったわけですが、政府と一体化しないと言うためには、やはり自力で持久戦ができるだけの力をなんとか作らなければいけないと思っておりまして、これも、新たな財政機関、その強化をしていかなければならないと思っております。

最後のまとめの所の話を致しますけれど、これまで、横田めぐみさんの事件が明らかになってから11年の間、運動に携わって参りました。最初は本当にささやかな運動でございました。そもそも、やるときに、私は、決して積極的な立場でやっていたわけではない。
やはり、今司会をやっている真鍋もそうですが、私ども政治活動を職としていたものでして、社会運動をやるのはどこれだけ大変かということは、多少は身にしみてわかっているつもりでございます。
やるとなれば、お金の問題、人の問題というのがでてくる。どれくらいの支持を受けられるだろうかということが、当然あるわけでして、それを、本当に越えられるのかという思いでこの運動に関わりました。

私自身の感想から言いますと、この運動ほど、やりやすい運動はなかった。
これは、増元さん家族の方もおられるので、こういう言い方をすると大変、非常に失礼な言い方になるかもしれませんが、これだけ多くの方々が、関心を持ってくださるとは正直最初は思っていませんでした。

やはり、これは日本という国は、捨てたものではないというのが私の感想でございまして、それが次第に大きくなったことによってで、9。17を迎えることができたんだと思っております。
唯、これは、誰が悪いという話でもなくて、私自身の反省を込めて申し上げれば、あの時、9.17に5人が帰ってきた、それがある意味自分取っても、甘えとか、おごりとかそういうものが出てしまったのではないかということでございます。
運動がほっぱらかしにしていても動いていくものだというような気持ちが無かったかと言うことでございます。

そのあと、特定失踪者問題調査会を作ったわけでですが、ご家族の皆さんには−−今日も何人もお見えでいらっしゃいますけれど−−大変いろいろ御協力を頂いて参りました。そして「よくやってくださる」というふうに、ご家族の皆さんは言ってくださるんですけれど、我々自身が、そのことに甘えているのではないか。現実問題として、その中でだだひとりとして取り返すことができないような状況でいるわけでございまして、私どもは、やはりそれに対して痛切にその責任を感じなければいけないのではないかというふうに思います。

私自身、<平成18年中に拉致問題を解決する>と言いました。これはもちろん私一人で解決すると言う意味ではなくて、解決するのは、みんなの力でで解決するものですが、しかし、それに携わっているものとして、それが実現できなければ、その責任を取ると言いました。結果的にそれは、実現できなかったわけでございまして、その責任を必ず取らなければいけないと思いますが、現在敵前逃亡するわけにいきませんので、その道筋(拉致解決の道筋)を最低限付けるところまでしてからと思っておりますが、ともかく、今、改めて我々はこの運動がなんなのか、何のためにやっているのかというのを、そしてどうしなければいけないのかということを、本当に考えなければならない時に来てると思います。

5/6のメールニュースを流すまで、私自身も、いろんな事を考えまして、いろんな事を悩んで参りました。
しかしここでやらざるをえないだろうと。これから先、どういうような動きになってくるかわかりませんが、やはりこれから先、様々な動きをしていかなければいけないだろうと思っている次第でございます。
この「いくつかの試み」と書いてあるのは、それ自体はそれほど大きな事ではないのですが、それは、現実問題として事態を動かすための動きを更に本格的にやっていく必要があると確信を致しております。

最近あちこちで、言っていることなんですが、この国というのは、これまで何千年もの間、あるいは何万年もの間になるかもしれませんが、今生きている一億二千万より遥かに多くの方々が、生まれて死んで、生まれて死んでと言うことを、続けて参りました。この地には、又これから先、我々の子孫が生まれて死んで、又生まれて死んでというのを繰り返していくのだろうと思います。
だから、今、生きている我々は、日本人の中では、そのほんの一部にしかすぎない。
でも、我々の先輩も、次の世代も、何一つも、ことばを発することはできません。
選挙でもちろん投票することもできないし、「昔から見れば、こういう風に思っている」だとか「未来の人間からすれば、こうしてもらいたい」とかそんなことを言うことは、一切できないわけでありまして、ならば、今生きている我々がしなければならないことと言うのは、少なくとも、過去この国を作ってきてくれた先人に対して、恥ずかしくない国作りをして、そして次の世代に恥ずかしくない国を渡していくと言うことであろうと思います。

そのために我々は、何らかの犠牲を払わざるを得ない。

これまで何十年もの間、隠し続けられてきた拉致問題をこじ開けるということは、我々自身が、場合によっては、我々は見なければよかったというものを見ることになるかもしれません。
ほったらかしておいて、いやそんなもの中々問題難しい 憲法改正しないと無理ですとか そういうことを言って、そして時が過ぎてしまう。みんなご家族も、被害者も死んでしまってから、盛大な慰霊祭でもやって、そしてその後(北朝鮮人権問題)啓発週間は続くんでしょうから、「こんなこと、繰り返さないようにしましょう」とか、美辞麗句を並べたてるのは簡単ではあります。でも、それは、我々には、許されないと思います。

これから先、私も、もっと、そう言う意味では、あちこち、ぶつかることを言いながら、やって参りたいと思います。ともかく帰ってくれば・・何とかなるという思いでございまして御協力を御願いしまして私の話を終わります。

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このエントリーのテキストはblue-jewelさんの手によるものです。
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