2008年05月21日

08.5.14 荒木和博氏 調査会主催緊急集会より UIゼンセン会館にて

08.5.14 調査会主催緊急集会
UIゼンセン会館2階会議室にて

『荒木和博 特定失踪者問題調査会代表 質問に対する回答・まとめ』



★司会 真鍋貞樹 特定失踪者問題調査会専務理事

それでは今までご意見・ご質問等を頂いたのを含めて、総括的に荒木の方からコメントをお願いします。

★荒木和博 特定失踪者問題調査会代表

どうもいろいろありがとうございました。
小林さん、私について来て下さると言ってくれたんですが、私について来てロクなことになった人はいませんので、(笑い声)来てこない方がいいと思います。(笑い声)
うちの女房もあまり幸せにはなっていないと思いますので、見てないかな?(笑い声)

そういう事としまして、あの〜、今たくさんの人の(意見や質問を)バラバラにメモを取ったのでバラバラに答えますが、情報収集に関して言いますと今の日本政府はですね。
ほとんど情報収集のやり方をしていません。
今言った官房機密費みたいなものもですね、ふんだんに使うという事も全く出来ない状態です。
やりたいと思っている人はたくさんいます。
でも、出来ないです。
その点は我々の方が、場合によったらたくさんやっている可能性がある。

本当に皆さんからカンパを頂いてる方たくさんおられるんで申し訳ないと思うんですが、それでもですね。
情報収集のときはですね。
相当な無駄金を使わなくちゃいけない、です、正直言いまして。
それを使っているお陰で、先ほど後1年2年と山本さん言って頂きましたけど、1年2年どころか夏まで持つか?とかですね。
そういう状態を繰り返し繰り返し、これで後ひと月くらいは持つとかですね。
そんなような状態ですけど、それでも使うべきものは使わないといけないと思ってやってます。

だからこれはもちろんどうにかするんですが、今の日本政府の状況だと基本的に情報収集は、「こういう情報があるかもしれない」というと、「じゃあその情報を得るためにいくらかかるのか?」と。
「そのお金を出せば本当に情報が出てくるんだろうな」という裏付けがなければ情報が取れない。
こんな事をやっていたら情報収集なんて出来るはずも無いので、これもだから結局政治の決断と言うところに行ってしまう。
役所の機能から言えば、そんなの無理です。
そこまで役所に対してそれだけのものを付与していれば出来る。
だけど、そこまで行っていないから、非常に難しい。
ただそれも全て、「そこまでしろ」と言う世論を作っていかなければならない。

それから小林さんの言われた「北朝鮮の自由化・民主化をどうすればいいのか?」という問題なんですが、これはつまりは、金正日の体制変換、もう体制を変えてしまうという事になります。
そのためにどうするか?
その一環として、やはり我々がやっているのはビラを送ったり、電波を送るという事でございまして、「しおかぜ」の電波のですね。
本当に1分1分が私は弾丸を撃っているつもりでございます。
その弾が如何に効果的に当たるのか?いう事をやっているわけでございまして、他の方法があればもちろん他の方法も使いまして、北朝鮮の中に我々の側の情報を入れていくか?という事しかありませんので、これは韓国とかアメリカのNGOの方々と一緒にやるわけですけど、そういう事をやってですね。
変えていくという事をやっていくと。

今それが効き目がだんだん出ているときだと思います。
風船、バルーンプロジェクト、来週参りますけどもあれのですね。
韓国のNGOの代表、イ・ミンボク代表の話によりますと、これまで数年やっているんですが、北朝鮮からもう十数回「もう止めさせろ」と言う声が来ているという事で、それだけ効果が上がっている証拠ですので、そういう事をやるということで、それが向こうを崩していくことになると思います。

後、中野学校の話はこれも私もよく、どれくらいか分かりませんが前に安明進の話では、金正日政治軍事大学を作った時に中野学校の出身者がいたと。
朝鮮出身の人でそういう出身の人がいたかどうか、いまひとつ分かりませんけど、場合によったら日本人が残ってやったという可能性だって無いじゃない。
向こうで金策(キム・チェク)と書く昔のパルチザンがいますけど、この人は一説によると、日本軍の残地諜者だったのではないか?という話がございます。
金策工業大学とか名前が残っていますし、革命烈士陵にいるんですけど、この人が実は日本軍の人間だったんじゃないか?という説があるくらいで、そこのところ非常に複雑になっているんだと思います。

それから55年の産経のスクープのときにですね。
なんで警鐘が鳴らせなかったのか?と言う、これはですね。
いまだに謎といえば謎なんですが、私は滅多に警察の弁護はしないんですが、たまに弁護をして言いますとですね。
あの時、一番最初の昭和52年の久米さん、あの事件は警察は犯人を捕まえているわけですから、これで立件したいと思っていたんですね。
やったんだけども、検察が言う事を聞かなかった。
検察と言うのはともかく起訴したからにはですね。
絶対に有罪にすると、そうしないと点数が落ちていくわけで、こういう拉致みたいな事件でですね。
本人が法廷で証言を引っくり返したらもうやっていけないというふうな事があってですね。
結局だからそのときは警察は一生懸命やったでしょうけども、それを取り上げなかったと。
下手をするとやって、終盤二階に上げて梯子を外されるようなことになるわけで、相当慎重にならざるを得るを得ない。

それからこの時期だとまだ朝鮮総連が強硬に強かった時期ですから、ちょっとでもですね。
マスコミが北朝鮮の悪口、特にこういう工作活動のことを言えば、大騒ぎをして押しかけてきた。
これはやはり、なんでそれで戦えなかったのか?と言ってしまえば簡単なんですけども、その当時の朝鮮総連のやったことと言えばですね。
今と全く性質が違いますので、それがやはりブレーキになってしまったと、そういうようなことがあったんだろうと思います。
しかし、それで一回押さえてしまったら、その次のものも押さえるべきだろう、ということの繰り返しだったんでしょう。
それ以前もやはり分かっていた人は分かっていたんでしょうけども、結局それが続いてしまったという事でございます。

あと運動の分裂の話についてなんですけども、今皆さんのご意見をいろいろお聞きしていて思った事がございます。
私たち特定失踪者問題調査会を作るときにですね。
この特定失踪者リストを発表する時にずいぶん注目を受けました。
そうすれば「当然違う人も入っているよ」と、「違う人が入っていれば、それはもう他の人も皆疑われることになる」
で、「しかも、あなた方もそれによって信用を失う」という事をずいぶんいろいろ言われました。
これは別に悪意という事じゃなくて、心配してくださって言われたわけですが、警察は今でももし違っていればですね。
北朝鮮から反撃を食らうという事が、物凄く慎重になっている理由でした。

実際我々今までやっていて、25人くらいだったかな?
公開・非公開、合わせて日本国内で見つかったという方がございます。
その中の一人が石川千佳子さんと言う殺人事件の被害者でございまして、この事を今でも北朝鮮は言っております。
訪朝した日本人に対しても「こういう人がいたじゃないか」と言っているわけで、それはもちろん事実はそういう事だったのでこれは仕方が無いことです。

でも、我々が調査会を作った時にはそういう事を言われる事を覚悟しなければ、この問題絶対前に動かすことが出来ないという確信があったからでございます。
本当に最初発表していた時、1月10日の第一次発表、2月10日の二次発表ですね。
50人、44人だったかな?
発表した時は本当に一体この先どこまで行くんだろう?と、もう本当にですね。
底なし沼に足を突っ込んだような思いでした。
しかしそれをやっていくことで事態は動いたわけでございまして、やはりそのリスクをですね。
誰かが背負わなければいけない。

これはですから運動自体にもそうでございまして、そういうふうに言えば運動が分裂しているのではないか?と見られるというふうに、もちろん心配な方もおられるわけですが、我々はだからあえてですね。
この特定失踪者の方で見つかった方々についても、非公開の方でも見つかったら必ず発表しています。
非公開の方が見つかったと発表する必要は実は全く無いんです。
でも必ず見つかればですね。
詳しい事はもちろん発表できませんけども、「一人このあたりで見つかりました」と発表する事は、この中にはそういう人もいるんだと理解してもらうためにはそうせざるを得ない。
それを続けていればですね。
だんだん理解は進んで来ると言う事でございます。

だから運動の分裂と言う問題もやはりですね。
最終的な目標に向かって違っているものは違っているとお互いに、もちろんこれは我々に対する批判も含めてですけども、言って頂かなければいけないんじゃないか?
我々も言わなければいけないんじゃないか?
そしてそれをずっとやっていればですね。
「こんな意見もあるんだ、あんな意見もあるんだ」ということで、見ている方もそれなりの取捨選択が出来るようになりますし、あるいは我々も思い込みでやっていたものをですね。
軌道修正が出来る、という事でお互いにこれは効果が上がってくる。
私と真鍋なんかはこの間の日比谷の集会でも言いましたけど、30年間ずっと喧嘩し続けていまして、こういう極めて重要な集会でですね。
ほとんど怒鳴りあいをしていたこともありまして、そういう事なんですが、お互いにそういうもんだと思っていればですね。
別にそれを言われたからといって何という事も無い。

そもそも我が国はですね。
60年ほど前に、陸軍と海軍が大喧嘩をしながらアメリカ相手に戦った国ですから。
世界中でですね、何といっても陸軍が航空母艦と潜水艦を作った国はなんと言っても日本しかない。
それでもアメリカ相手に戦えるわけでして、そんなにですね。
我々さっき言いましたように、「取り返さないほうが良い」なんて意見の違いはないわけなんです。
一応皆温度差はあるにしても、「やっぱり拉致被害者を助けなければいけない」と言う事に関しては、国民的なコンセンサスが出来ている上で、意見の違いを怖がる必要な無い、と言うふうに思っております。

私もこういうふうに言ったからには、これから先も自分の言い方に責任を持ちながら、あるいは批判を受けながらですね。
何とかして参りたいと言うふうに思っている次第でございます。
本当に私もやっていて試行錯誤です。
うちの役員、皆そうなんですけども、やり方がこれが違ったあれが違ったという事でですね。
直していってやるわけで、少なくともそのためのチェック機能が働くかどうか?という事に私はあるのではないだろうか?と。
それがあればこの国の力と言うのは、本当に物凄い力があるわけでございます。
その力を発揮出来る。
発揮できれば北朝鮮の体制を変えて拉致被害者を取り返すことなど、差して難しい事でもありませんし、そしてこの地域においてこの日本が、責任ある国家としてやっていくのは難しい事ではないと思います。
要は政治の決断であり、その決断を動かすための世論であるというふうに思っている次第でございまして、ともかく我々石にかじりついてもこれを実現するという事でやってまいります。

本当に今日お忙しい中、こんなにたくさんお集まりいただきまして、真に議論をしていただきました事をお礼申し上げますと共に、これから先も是非忌憚の無いご意見をお寄せいただきたいという事をお願い致しまして、最後のまとめとさせて頂きます。
ありがとうございました。(拍手)


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