2008年12月14日

荒木和博氏 大阪ブルーリボンの会結成5周年記念講演会寄稿誌より

平和と人権と自由を守る戦い

                      特定失踪者問題調査会
                           代表 荒木和博

 大阪ブルーリボン5周年講演会に参加された皆様、平素のご尽力に対し心より敬意を表します。
 拉致被害者の救出運動が始まってまもなく12年になろうとしています。その最初の時点から運動にかかわってきた者として、あらためて時間の経過を考えたとき、複雑な思いにとらわれずにはいられません。
前に横田早紀江さんが言っておられましたが、平成9年、めぐみさんが北朝鮮に拉致されたことが分かったとき、早紀江さんはこれで遠からずめぐみさんに会えると思ったそうです。でもそれからが大変だった、これは偽らざる心境でしょう。
 現在家族会にいる方々の大部分も、いつになったら再会できるという確信はなかったにせよ12年もかかるとは思わなかったでしょう。言い方をかえれば12年経って現在のような状況だと分かっていたら運動を続ける気力は起きなかったのではないかと思います。
 私自身どれくらいかかるのかと考えたことはありませんでした。というより、この問題はやればやるほどその闇の深さに驚き、戦慄することばかりなのです。底なし沼に足を突っ込んでいく感覚というべきでしょうか。
 拉致問題は絶対ハッピーエンドには終わりません。個々には救出された方々がご家族と再会を果たすという場面に感激することはあるでしょうが、拉致問題全体はある意味日本の闇の裏返しでもあります。
 政府は「生存しているすべての拉致被害者の帰国」というだけで、絶対に「救出」とは言いません。しかし、たとえ幸運にして現在の政府認定被害者や、特定失踪者が全員無事であったとしても、その人たちの失われた時間は戻ってきません。横田めぐみさんの原状回復は、昭和52年11月15日の寄居中学校1年生に戻すということです。したがって生存者の帰国でマイナスをゼロにすることはできないのです。また、拉致される過程で殺害されたり、北朝鮮で望郷の念を抱いたまま亡くなった方々は(もちろん何も言えないわけですが)「生存者の全員帰国」という言葉を聞いたらどう思うでしょうか。
 仮に政府の今の目標どおりに「生存者の全員帰国」が果たされたとして、その「生存者」は果たして大喜びで日本に戻るのでしょうか。彼らがこれまで何十年も放置されてきたことに対する怒りを持っていないと、誰が言い切れるでしょうか。私たちは事件を防ぎ得ず、解決にあまりにも長期間を要してしまった悔恨とともにその痛みの一部を分かち合わなければなりません。
 それだけではありません。田口八重子さんが大韓航空機爆破事件の犯人金賢姫の教育係をさせられていたように、拉致被害者が北朝鮮の工作活動に協力させられていた場合や、場合によっては直接の工作員になっていた場合すらあっても不思議ではないのです。協力しなければ自分はおろか家族も極刑に処せられる、目の前で公開銃殺を見せられた拉致被害者が、たとえば別の日本人を拉致するのに協力していた場合、私たちがそれを非難することができないのは当然です。
 また、自分の意思で北朝鮮に入って出られなくなった場合、完全な偽計による有本恵子さんのケースはともかく、ある程度思想に共鳴していた。しかし数週間で戻るつもりで北朝鮮に入って出られなくなった場合などはどうなるのか、朝鮮総連に騙されて北朝鮮に帰国した在日やそれに従って渡った日本人家族とどう違うのか、おそらく誰にも明確な答えは出せないと思います。そして答えが出せなくても私たちは遠からずその現実に向き合わなければなりません。

 ところで、私たちはつい拉致事件を過去の問題と思いがちです。12年前近く前に横田めぐみさんの拉致が分かり、拉致が社会問題となってから、いくらなんでも北朝鮮の工作活動にブレーキがかかっているはずだと考えても確かに不思議ではありません。
 しかし、富山県、黒部川河口で北朝鮮工作員の水中スクーターが発見されたのは平成11年、救出運動の始まった2年後です。周囲の状況から推定すると埋められたのは平成10年の11月から11年4月頃と推定されています。まだ記憶に新しい奄美沖で沈没した工作船の事件は小泉訪朝の前年、平成11年12月のことでした。
 どこでも結構です、田舎の海岸に夜立って、自分が自衛官や警察官として海からやってくる工作員を制圧あるいは逮捕する立場だったらどうなるか、想像してみてください。何月何日の何時にここにやってくるということがわかっていなければ、それに対処することは絶対にできないことは軍事に疎い人でもすぐにわかります。
 日本の海岸線は34000キロ、米国の倍の長さであり、国土面積あたりの海岸線の長さで言えば日本は世界一の国です。敵対する勢力が侵入するのを海岸で防ぐことは絶対にできません。
 私は小泉訪朝で金正日が拉致を認め、5人が帰国した後、日本国内の工作員や協力者のうち何人かは自らのやってきたことを一部でも語るだろうと思っていました。しかし現実にはそれはほとんどありませんでした。なぜなのか、長い間分からなかったのですが、その理由は考えてみれば簡単です。今も工作活動が続いているからなのです。憲法がどうだとか、マスコミがどうだとか、政府がどうだとか野党がどうだとか、文句を言って何もしないのは簡単です。昔のことであればそれで済むでしょう。しかし、この問題は「今、ここ」の問題なのです
 戦後の日本は自分の頭で安全保障を考えることを避けてきました。それは占領した米国に無理やりさせられたことですが、逆に占領中に自らの安全を人に任せることの心地よさを知ってしまったのがこの白昼夢のような半世紀だったと思います。
 日本には軍隊はない。日本には核兵器は存在しない。平和憲法があるから平和が守られる…。そのすべてがまったくの虚構であったことは明らかです。日本には自衛隊という名前の軍隊があり、米軍の核兵器を積んだ艦船は積んだままで入港しています。そして日本は米国の核の傘と日米安保、そして何より日本「軍」によって守られているのです。日本国憲法は一部勢力に日本が当然の国防力を持つことを阻害するために利用されてきました。ある意味では「国家の平和と国民の安全を阻害する憲法」だったと言えるかもしれません。
 私は現行憲法のままでも国家として当然なすべきことはできると思っており、憲法を変えなければ何もできないとは思いません。それは政治に携わるものの決断によって十分可能です。

 皆さん、拉致被害者の救出は私たちの安全を守るための戦いです。決して被害者や家族が可哀想だからやるものではありません。北朝鮮は東アジアにおける安全保障上の脅威であり、拉致問題のみならず政治犯収容所や公開処刑、脱北者問題などさまざまな人権問題を抱えた独裁体制のもとにあります。日本よりはるかに寒い彼の地では、今も罪もない子供たちが飢えと寒さの中で短い生を終えています。
 この地から金正日の独裁体制を消滅させ、拉致被害者はそれぞれの家族のもとへ返し、北朝鮮の人々は恐怖から解放されなければなりません。そしてそれを実現できるのは米国でも中国でも韓国でもありません。私たちが、日本がしなければならないことだと確信します。これまでのご尽力に御礼申し上げ、本集会を契機に再度この平和と人権と自由を守る戦いに皆様が立ち上がってくださいますようお願い申し上げる次第です。


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三浦小太郎氏 大阪ブルーリボンの会結成5周年記念講演会寄稿誌より

脱北女性とその孤児たち

                  三浦小太郎(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会)

北朝鮮問題を考える上で、私達が常に失ってはいけないのは、拉致問題と共に、現在の金正日独裁政権とそれに協調する中国の体制下で苦しむ北朝鮮民衆や脱北者の悲劇である。
飢餓と抑圧の北朝鮮から中国に逃れてきても、そこで仕事を見つけるのは難しい。男性の場合、農作業の手伝いなどをしても、中国にとっては不法就労者に過ぎない彼らは、当初約束のはずの賃金すらもらえないこともしばしばである。そして、女性は様々な人身売買や強制結婚などの運命を辿る事が多い。以下に紹介するのは、韓国の救援団体が紹介するある脱北女性の証言だ。
中国・黒竜江省の牧丹江に住んでいる朴さんは、6年前、餓死した父親を葬った後、母親と一緒に豆満江を渡った。彼女は今年で21歳となる。現在同居している中国人男性との間には息子が一人。息子は臨時戸籍に名前を載せられたが、朴さんには国籍がない。
「売られることは、脱北女性の宿命です。耳障りよく「結婚」と言われますが、事実は売られるのです。確かに、中国へ来たらお腹をすかす心配はありません。その代わりに自分の体は守れない。女性達がこうして売られていくのは、中国の農村部では嫁不足に悩んでいるからです。私たちは不法入国者なので、運命に任せるしかないのです。」
「中国に来て初めの内は、母と一緒に汪青の方にある山里で17歳まで暮らしました。朝鮮族の家主は、私が 17歳になると、私たち親子二人が一緒にいたらつかまりやすい、私を別のところに移動させねばならないと言いました。その数日後、ある中国人が尋ねて来て、母に「中国の内陸地方に娘の働き口を探しておいた」と私を連れて行こうとしました。私は「私がまず先にそこで落ち着いてから母を迎えにきます」といい、母と別れました。」
「その中国人について、ハルビンを経て、黒竜江省に行きました。三日三晩、汽車とバスを乗り換えながら到着した所は、真っ黒なひげをはやした三十歳を過ぎた漢族の男性の家でした。漢族男性とその案内人は、中国語で何か言葉を取り交わし、案内人はその日にそこを立ち去っていきました。その漢族の男性は三十歳になるのに結婚していない男やもめでした。その日、私は言葉も分からず、恐怖に震えていました。仕事ではなく、この男性に売られてきた事が分かったのです」
「その漢族の男性は、一日中私のそばを離れませんでしたし、私も一銭のお金もなく、家の外は私の伸長よりも高い垣根で囲まれていましたし、逃げることも諦めました。鶏のかごのように閉じこめられた村で、あさましく暮らしました。後に、私は中国元で1万元で、この男性に売られたということがわかりました。」
「翌日、隣りに住んでいる朝鮮族のおばさんが訪れて来ました。男性が、言葉が通じないから、隣りの朝鮮族を通訳として連れて来たのです。朝鮮族のおばさんは、可哀相にという目で私をみつめて “こんな子供が売られてきたんだね”といいました。」
「私が自由になる為には、私が売られた分の1万元を用立てるしかありません。しかし、どうしたらそんなお金を作ることができるでしょうか。」
「その後、何度か機会を見て逃げようとしましたが、結局それも出来ず、今もその男性と隠れるように暮らしています。そして、去年、息子を生みました。」
 朴さんは、今も母との再会を望んでいるが、すでにその行方も分からない。このような人身売買は脱北女性にとっては日常茶飯事であり、悲惨なケースでは売春宿などに売られることも、また、精神に障害を来した男性の下で暴力的な扱いを受けているケースすら報告されている。
 北朝鮮からの脱北女性たちは、黒竜江・山東・湖南省など内陸地方はもちろん、遠くは南側の広東省まで売られて行くため、中朝国境だけの調査では脱北者の数を推定できない。さらに問題なのはこのような脱北女性と朝鮮族との間に、戸籍のない子供たちを次々と生まれている現実だ。例えば母親が中国当局に逮捕、北朝鮮に強制送還され、父親が子供の養育を放棄するケースもしばしばある。事実上の孤児である。残された子供たちが生きていこうとすれば、現実的には泥棒や浮浪児としての生活以外残されていない。日韓のNGOが、現地の協力者と連携して、善意の人々の力を合わせて里親制度などに取り組んでいるが、残念ながら救済できるのはごく僅かの少年だけだ。
 私はこのような少年たちに中国であったことがある。彼らは支援団体の協力の元、中国朝鮮族の家で保護されていたが、4歳の少年と少女が、おそらく日本や韓国の子供ならば見向きもしないかもしれない玩具を宝物のように抱き、時には取り合っていた。
彼らは私にもすぐになつき、同時に愛情を強く求める傾向があった。ほんの少し、ボールやおもちゃで遊んであげただけでも嬉しくてたまらない表情を浮かべる。生まれてから殆ど両親の愛に無縁で育ったこの子供たちを思えば、これは可愛いしぐさと言うより、必死で愛情を求める痛ましい心と思うべきかも知れない。元気そうには見えるが、接してみると肌はかさかさに乾いており、骨格も痛々しい。また、4人と共に街中のショッピングセンター内の室内遊園地などに行ったのだが、4歳の少年は特に疲れやすく、帰り道では階段の乗り降りに苦労していた。この4人は既に医師の診察を受けてはいるが、抱きしめてみると骨が体の上からはっきり分かる。幼少時の栄養不良は中々回復しないようだ。この子どもたちの母親は、既に中国公安に逮捕され、北朝鮮に強制送還されている。また、韓国に亡命したにもかかわらず、その後何の連絡もない母親もいる。その子どもは、「母に見捨てられた」と自分の母親を恨んですらいた。
 中国政府がこの少年達を人道的に保護する対象と認め、戸籍の取得による身分の安定、義務教育、将来的には中国での定着などを認める方向に向うことが一つの解決策と思われるが、現在の中国政府にその様な姿勢を求めるのは殆ど不可能だ。
そして、韓国への亡命にこの少年達が成功したとしても、両親のいない状態に代わりはなく、里親を含む保護体制は充分に確立されているとはいえない。両親に見捨てられた事によって傷ついた心を癒すのも長い時間と教育が必要だ。しかし、日頃女性や児童の人権救済を叫ぶ論者も、この脱北女性や孤児の救済には手を差し伸べること極めて少ないのが実情だ。東アジアはいつまで、この様な弱き人々の犠牲の上に「平和と安定」を貪っていくのだろうか。
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海老原智治氏 大阪ブルーリボンの会結成5周年記念講演会寄稿誌より

拉致問題解決メッセージ

北朝鮮に拉致された人々を救援する会チェンマイ
代表 海老原 智治

 私は、タイのチェンマイを拠点に、拉致と脱北を支援するタイで唯一のNGO「北朝鮮に拉致された人々を救援する会チェンマイ」の活動を行っています。
 北朝鮮の拉致被害は、現在少なくとも世界12カ国に渡っていることが、「救う会」の調べて明らかになっています。そこにはタイも含まれています。チェンマイ出身女性のタイ人女性 アノーチャー・パンチョイさんが1978年にマカオから拉致されたことが、2005年のチャールズ・ジェンキンスさんの証言から明らかになりました。
 タイは同時に、現在北朝鮮から中国を経て脱出する北朝鮮難民(脱北者)の、最大の脱出先の一つとなっています。2006年には約1000人の北朝鮮難民がタイ領内に逃げ込みました。2007年には少なくとも1500人が入ったものと見られます。2008年は北京オリンピックが終了する8月末までの流入は著しく減少した者の、9月に入りまた多くの流入が恥じました。
 タイはこのように、北朝鮮政府による外国人に対する人権侵害としての「拉致問題」の被害国であり、自国民に対する人権侵害の結果としての「北朝鮮難民問題」の最大の逃げ場所であることで、北朝鮮人権問題の最大の当事国の一つとなっています。
 さらにタイは、北朝鮮の対外貿易高では、1位中国、2位韓国に次いで第3位であるなど、
北朝鮮とはさまざまに関わりを持っています。
 タイと北朝鮮のこのような状況は、日本ではあまり語られることがありませんが、ひとつ私が指摘したいことは、拉致を含む北朝鮮の人権問題は、決して日本と北朝鮮の2国間問題ではなく、より国際的普遍性を持った問題であるということです。
 このような拉致問題の「解決」とは何かを考えたとき、以前よりうわさされるような、一部の日本人拉致被害者を返すことによって問題を手打ちにし、拉致問題すべてを幕引きするような動きが、「拉致問題全体」の解決では決してないことが明らかです。
 世界で最も拉致問題解決を訴えている日本には、拉致の「解決」がなんであるかを考えた時、世界的な広がりをもった拉致被害をどのように解決にしていくかという視点とアプローチをぜひ強化していただきたいと考えています。
 また、北朝鮮難民(脱北者)の問題は、失政に起因する飢餓を含めて、北朝鮮政府による自国民に対する人権侵害の結果であり、拉致と同じく、このような人権侵害を平気で引き起こす北朝鮮の政治体制が問われる問題です。
 拉致や北朝鮮難民の問題を、人権侵害をいかに解決してゆくかというアプローチからとらえ、国際的な連携により国際世論を動かしながら解決への圧力をかけて行くことが、今強く求められていると考えています。
 私は上記のような立場からこの問題の解決運動をタイを拠点に行っています。
 ぜひ心を同じくする日本の皆様と共に、一刻も早い解決を実現したいと思います。
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萩原遼氏 大阪ブルーリボンの会結成5周年記念講演会寄稿誌より

半世紀ぶりの朝鮮半島の変化、この機会を逃すな

北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会名誉代表、大宅賞作家、元赤旗平壌特派員    
                                             萩原 遼


半世紀以上も変わらなかった朝鮮半島の状況に動きが出てきた。この機会を逃さず、日本は独自外交を進めるときである。運動する側もこの機会を生かさねばならない。
私のいう変化とは次のことである。
1.北朝鮮の独裁者の死期が近づいた。
2.アメリカが北朝鮮に貼りつけていた「テロ支援国家」の指定を解除した。その結果、米朝国交正常化の動きが見えてきた。
3.日本の独自の役割がいっそう大きくなった。
以下、私の考えをのべたい。

   金正日独裁者の終焉

独裁者金正日が重態との報道が9月ごろから流れ始めた。9月9日の国家創建60周年記念日にはじめて金正日が出席しなかった。10月10日の朝鮮労働党創立63周年記念日にも出てこない。これらが重態説を裏付けている。
かりに重態でなくとも、金正日もすでに67歳。そろそろ寿命は尽きるころである。若いころからの放埓の生活、つまり酒と乱脈な女性関係などで健康をむしばんでいることは各専門家が指摘している。
 金正日の後継者を決めるときである。彼がいままで後継者を決めなかったのは、もはや彼の権力基盤はなかったからである。ということは、中国の支配力が浸透していて北朝鮮独自では重要なことが決められなくなった。
中国の支配力とは次のことがあげられる。@北朝鮮は軍事と食糧をほぼ全面的に中国に依存している。Aレアメタル獲得競争の中で、中国がそれを豊富に持つ北朝鮮を地下資源供給地としてしっかり握ろうとしている。B日常生活品の90%以上が中国製品であり、中国は商品市場としても北朝鮮を有益とみている。
以上のように中国抜きでは重要政策を決定できないほど大きな影響力を持っている。後継者問題もしかり。かつて金正日は、自分の妻高英姫を持ち上げることで二男正哲、三男正雲を後継者に担ごうとしてキャンペーンを始めた。ほどなく金正日の妻が急死し、キャンペーンは中止されるという奇怪な動きがあった。正哲、正雲を喜ばない勢力がいる、としか考えられない。  
中国の考える北朝鮮の後継者像はこうだ。改革開放を大胆に進める人物であること。いつまでたっても閉鎖的な社会主義的集団農場制度にしがみついていて、農業の失敗ですぐ食糧をくれと泣きついてくる北朝鮮。中国の農業改革をみならって食糧ぐらい自給せよと中国のはらわたは煮えくり返っている。
こうした体制を変えて中国の考えに沿った人物を後継者にと考えるのは自然の流れである。金正日の二男、三男の芽が摘まれたら残るのは長男の正男しかない。彼は1990年代から中国に拠点を置き、中国に庇護され、各国を渡り歩いて事情に明るく、英語フランス語も多少話せて、コンピュータもよくできる。
彼を少年時代からよく知る黄長Y氏(1997年に韓国に亡命した北朝鮮高官)は金正男が後継者になると断言している。
金正日の後継者が中国主導で進むなら建国以来はじめて、北朝鮮も中国式の改革開放路線に変わる可能性が出てきた。
そうなると拉致被害者の奪還にも有利となる。なぜならば、中国は日本人拉致には関心がない。中国は拉致にこだわって日本と対立する何の理由もない。拉致者を全員日本に返し、国交正常化をやらせて3兆円とも6兆円ともいわれる日本からの賠償金(経済協力資金)をとることが大事だと中国は見ている 。その金を北朝鮮のインフラ整備や農業改革にあてれば、北朝鮮の地下資源がほしい中国にも大きなメリットである。鉱山を採掘したくても電気が来ない北朝鮮ではどうしようもない。鉄鉱石を中国に運びたくても道路も港も日本の植民地時代のものを使っている北朝鮮である。
中国の考える北朝鮮の改革開放体制は、これまでの鎖国状態を解体させるであろう。これはわれわれ日本国民にとっても新たな展望を開く。
日本はこの機会を逃すべきではない。北朝鮮が改革開放に進むなら、そして拉致問題、在日朝鮮人帰国者(1960年代に地上の楽園に帰ろうという虚偽宣伝で北朝鮮に移住した在日朝鮮人と日本人妻10万人)問題を解決するなら国交正常化も経済支援もすると約束し彼らをその早期解決に誘導することだ。

   究極のカードを切るアメリカ

アメリカは今年(2008年)10月に北朝鮮の「テロ支援国」指定を解除した。それ自体が目的ではない。米朝国交正常化が目的なのだ。「テロ支援国」の烙印があると国交ができない。「テロ支援国」のままでは国交どころか世界銀行への加盟など国際社会の仲間として迎えることもできない。解除は国交正常化へのステップなのだ。
 ではなぜアメリカは北朝鮮と国交を結ぶのか。朝鮮半島でアメリカの権益を失いたくないからである。このまま何もしないでいると北朝鮮は中国の事実上の属国となる。アメリカの入り込む余地はなくなる。
北朝鮮も中国なしでは生きられないが、中国が嫌いである。そのためアメリカを引き寄せて中国を牽制しようとアメリカに秋波を送り続けてきた。北朝鮮は朝鮮半島の分断の元凶は米軍の韓国駐留にあると叫んできたが金正日になって親米に変わったとこれまでも言われてきた。たとえば『南北首脳会談への道――林東源回顧録』(岩波書店 27〜28ページ)には次の記述がある。金正日は1992年に腹心の幹部をアメリカに派遣して、在韓米軍は朝鮮半島の平和維持部隊として容認するとの見解を伝えたという。アメリカにとってもこれは悪い話ではない。中国を牽制するためにアメリカは米朝国交正常化をして平壌に大使館を置きたい。
だが米朝国交正常化には、もう一つの壁を乗り越えねばならない。朝鮮戦争の終結が必要だ。いまなお朝鮮戦争は一時休戦中で、完全な終戦ではないからだ。終戦するには休戦協定の署名国である米、中、北朝鮮の合意が必要。北朝鮮は以前から終戦にしたいと主張してきた。中国も問題ない。米がその気になれば解決する。これらの壁を乗り越えてようやく米朝国交正常化となる。米朝の思惑が一致して半世紀以上続いた双方の敵対関係は清算の方向へと動き出した。アメリカがもつ朝鮮戦争終結カードを切り始めたわけだ。究極のカードである。
 朝鮮半島が平和的な環境になれば金日成・金正日親子の独裁体制は大きく変質する。これは拉致解決と帰国者問題解決にも良い展望を開く。
朝鮮半島が平和的な環境になれば金日成・金正日親子の独裁体制は大きく変質する。これは拉致解決と帰国者問題解決にも良い展望を開く。
 多数の拉致被害者を抱えた日本が、アメリカによる「テロ支援国」指定解除や米朝国交正常化を歓迎するのは矛盾ではないかとの声もある。われわれ日本人としてはアメリ 
カがもっと頑張って北朝鮮を追いつめてほしいとの願望がある。北朝鮮からの脱北者は
アメリカが北朝鮮を爆撃してほしいという人も少なくない。だがアメリカは自分の国益のために動くのであって、正義や人道や他国の頼みで動くのでは決してない。それを冷厳に受け止めて日本は日本の国益のために動くべきだ。アメリカの裏切りと中国の支配力の増大という変化した環境で日本の役割も増大しているし、いっそうの独自色を出さねばならない時にきた。

   日本の役割の増大

日本は北朝鮮の「テロ国家」指定解除を受け入れることはできない。拉致はテロそのものだ。拉致犠牲者は政府認定で20人近い。特定失踪者調査会の調べでは拉致可能性が濃厚な人を68人と発表している。一説には500人前後という数字もある。私はこの方が実際に近いとみる。これら日本人同胞が北朝鮮で奴隷の立場に置かれていて何がテロ国家ではないといえるのか。
アメリカがこれまでの約束を投げ捨て、国益にそって指定解除するのは勝手だが、日本は断固としてテロ国家北朝鮮と認定しなければならない。独自でテロ国家の指定をすること、さらなる制裁を加えることである。アメリカ頼み、よその国頼みではなく、独自外交に進むことだ。拉致と在日朝鮮人帰国者問題を解決するなら、国交正常化も経済支援もすると主張しながら、北朝鮮に解決を促すことである。
 中国主導の改革開放や、米朝国交正常化で有利な条件が生まれるといって、日本がただ外国頼みでは取れるものも取れない。
自国の立場を主張するだけではバスに乗り遅れるとか、日本だけがカヤの外に置かれるという意見がある。こういう主体性のない小賢しい意見が、拉致問題の解決を遅らせてきたのだ。バスに乗り遅れることも、カヤの外も心配いらない。なぜならば、中国主導の改革開放も米朝国交正常化も、金なしには進まない。その金の出所は日本である。3兆円とも6兆円ともいわれる金を中国も米国も出すつもりはないし、出す力もない。日本しか負担できない。
 であるなら日本は大手を振ってこの問題を推進すべきである。アメリカが日本を裏切って北朝鮮と友好を楽しむのも良い。だが、日本はいまの段階ではそれはできない。6カ国協議はアメリカと中国の思惑による仲よしクラブであり、核問題も拉致問題も解決するものではなかった。こんなものに加わっていて何がいったい進展したのか。北京五輪成功のために朝鮮半島の平安を願う中国が一番熱心だった。
いま、核にしがみつくしかない金正日の終焉が迫るなか、中国にとって6カ国協議の有用性も薄まってくる。日本が独自外交を展開できる領域が広まったといえる。
 中国による北朝鮮の体制変化と、米朝国交正常化の推移を見つめつつも日本は北朝鮮の独裁体制と断固として対決し、拉致犠牲者を取り戻し、拘禁されている在日朝鮮人帰国者・日本人妻を取り戻さなければならない。

   政府は頼りになるか

 拉致は国家犯罪である以上国家が前面に出て動かねばならない 。しかしその国家が見て見ぬふりをし続けてきた以上、国民の力で推進するしかない。かつて小泉元首相が2002年9月に平壌に飛んで金正日と会見し5人の被害者を取り返し、その家族を日本に連れ戻したことをあげて、あたかも政府の役割の大きさをいう人もいる。まったくの錯覚である。それは列車が走ると外の景色、山や建物が動いているかに見える。目の錯覚にすぎない。それと似ている。
 小泉元首相が平壌に行ったのは、2001年1月に北朝鮮からの密使が当時の森首相のところにきて、拉致をすべて解決するから森首相に平壌に来てほしいと要請があったからである。森氏は“神の国“発言など失言多発で失脚したため次の小泉首相にお鉢が回ってきたにすぎない。金正日が拉致を自白したのは、ブッシュ政権登場に怯えた北朝鮮が日本にすり寄ってきたのである。拉致をえさにすれば日本は食いついてくると金正日はみた。日本と国交正常化すればアメリカの攻撃からも逃れられる。多額の経済協力資金が取れ窮地を脱せられるとみたのである。
当時日本は拉致が国民的課題となっていた。そうした状況をだれがつくったのか。拉致被害者家族会の努力をはじめ国民の立ち上がりである。日本政府が主導したのではない。まして小泉氏の力ではさらさらない。
 政治はこの国民の高まりを利用しただけである。運動があって政治が動くのである。この因果関係をよく理解して運動を進めることが大事だ。政治家には立派な人もいるが有象無象も少なくない。 国民の運動こそが政治を動かしてきたことを拉致関係者はじめすべての運動参加者は肝に銘じてもう一度原点に戻り、新しい状況を乗りこえていこうではないか。
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野口孝行氏 大阪ブルーリボンの会結成5周年記念講演会寄稿誌より

大阪ブルーリボンの会結成5周年講演会に寄せて
 北朝鮮難民救援基金  野口孝行

 北朝鮮をめぐる状況をどうにか変えていきたい――。多くの人たちが抱いている思いではないでしょうか。私たち北朝鮮難民救援基金も、同じような思いを感じながらこれまで活動を続けてきました。
 日本人を含む外国人拉致被害者の人権だけでなく、自国民の人権さえも認めないのが現在の北朝鮮です。北朝鮮が元凶となっている問題については、すでに多くの人が見聞きしている通りです。そして、それらたくさんの問題の中でも、特に私たちが懸念しているのが、北朝鮮難民をターゲットにした人身売買の問題です。そこで以下のスペースでは、この問題に焦点を絞って述べていきたいと思います。
人身売買の犠牲者の数は、中国において正式な調査をすることができないためもあり、正確な数は分かっていません。しかしその数は、脱北者の70%に及ぶと私たちは推定しています。ちなみに、基金のシェルターが存在する中国東北部の各村で調査したところ、村民の10〜20%が北朝鮮人女性であり、彼女たちはこれらの村々の男たちに売られてきた人たちであることが分かっています。
女性脱北者のうち、少なくとも半分は出産適齢期の女性です。また、漢民族と朝鮮民族との間に生まれた子供たちの数は3万〜3万5000人におよぶと推定され、その殆どの子供たちは戸籍を持っていません。
 私たちが出会った人身売買の犠牲者のなかには、8歳という幼さで人身売買の標的にされたという少女もいました。吉林省和龍市の朝鮮族の家庭に買われた彼女は、14歳になると1500元で漢族の男に売られたそうです。その後、19歳の時に子供を産むと、再びブローカーを介して別の男に売られていきました。
残念ながら、現在、彼女の行方は分かっていません。このように、一度売られた少女たちが、出産後に再び売られるケースが多発しているのです。
 女性たちの値段は様々です。通常20歳までなら5000〜1万元(約7万5000〜15万円)が相場です。30歳までなら3000〜5000元、子持ちの40歳までなら2000〜2500元、そして、子供たちは500〜1000元で売られていきます。
買い手のなかには、安値で少女たちの仕入れ≠し、その後年ごろになると高値で売り払うといった商売≠している人間が存在します。彼らは北朝鮮の女たちを家畜同然に扱い、右から左に売りさばくことで金儲けをしているのです。
今年は事情が変化しました。女性の値段が上がり、20代の女性が2万元で売買されるようになったのです。その理由は、脱北女性の減少にあります。8月の北京オリンピックのために取締りが厳しくなったことに加え、生命の危険をもたらす強制送還を恐れ、北朝鮮人女性たちが脱北をためらう傾向が出てきたことが脱北女性の数の減少につながりました。
 そもそも、北朝鮮人女性の取引が始まったのは1985年ころのことです。当時はまだ組織的な人身売買は行われていませんでした。通常の方法では結婚できない農村部の中国男性とのお見合いという形で、ブローカーたちが取り仕切り、中国政府もこれを歓迎したため、逮捕および強制送還ということはありませんでした。
ところが、中国の開放経済政策から取り残された中国北東部の3省からは、若い女性たちが中国南部の経済圏、日本、および韓国へと出稼ぎに出て行くようになりました。こうして農村部の女性人口が減少したため、北朝鮮の女性に対する需要が増大したのです。中国人女性の代役として、若い北朝鮮女性の役割が増し、ブローカーたちがこの状況を利用しようと組織的に商売をするようになっていきました。
 2000年ごろからは、北朝鮮人女性の人身売買はさらに深刻なものになります。より多くの女性が命がけで中国に脱出し、ブローカーの手に落ちていったのです。それを裏付けるように、当時、私どものシェルターの担当者たちは、人身売買の犠牲になった脱北女性たちに関するレポートを数多く送ってくるようになりました。
 時間の経過と共に、中国の警察は北朝鮮国家安全保衛部と密かに連絡を取り合い、農村部の中国人男性と違法に結婚しているこれらの女性を逮捕し、北朝鮮へ強制送還し始めます。中国では、北朝鮮女性との間に生まれた子供には戸籍が与えられないため、女性が北朝鮮に送り返された場合、子供は孤児になります。こうした子供たちは、通常、部屋と食事のかわりに牛の世話をしたり、耕作の手助けをして生き残っていくしか道がありません。
北朝鮮人女性が産み、中国人に売られていった子供たちの将来は寒々しいものです。自分の国も親も選ぶこともできません。子供たちは無国籍であり、北朝鮮人でも中国人でもありません。教育を受ける権利もその他の権利もありません。彼らの人権は認められず、ただの不法滞在者と見なされます。こうして彼らは、極度の貧困の中で徐々に弱っていくのです。
 昨年の初頭のことになりますが、5歳になるキム・ヨンソンという女の子の母親が逮捕され、北朝鮮に強制送還されてしまいました。母親の罪は、北朝鮮国内での飢餓から脱出し、生存する術を求めて中国に来たということのみでした。
 キム・ヨンソンの母親は、6年前に北朝鮮を脱出すると中国人の男性に売られ、強制結婚の後、すぐに妊娠させられました。こうして生まれてきたのがキム・ヨンソンです。この子は現在、基金の里親制度の保護下で生活を送っています。
ヨンソンの母親が北朝鮮に送還されるのはこれで3回目でした。母親は自分の祖国によって、これまで以上の厳罰に処せられたはずです。私たちは、ヨンソンの母親が再び北朝鮮から中国に逃げてくることはないだろうと思っています。
こうした悲劇は、日本海のすぐ向こう側である中国と北朝鮮の国境地帯で頻繁に起きています。私たちは、このような悲劇を一つでも減らしたいという思いから活動を続けていますが、残念ながら劇的に減らすことはできていません。ですが、今後もあきらめることなく活動を続けていくつもりです。
拉致の問題も北朝鮮難民の問題も、それを生じさせたものは北朝鮮の金政権です。この政権が、他国の一般市民の人権を踏みにじっているだけでなく、自国民の人権さえも蹂躙しています。
では、金政権によるこうした悪辣な行為を一刻も早く止めさせるために、私たちには何ができるのでしょうか。それは、一人ひとりが想像力を働かし、自分たちの強い意志を北朝鮮に示すことではないでしょうか。
自分の息子や娘がある日突然外国に拉致されてしまったら……。自分の妻や妹が人身売買の対象となり、家畜のように扱われたら……。こうしたことを今一度みんなが真剣に考え、その残酷さを改めて想像してみる必要があると思います。そうした上で、朝鮮をめぐる状況を変えるのだという強い意志を再び示すのです。
肝心なことは、外国に頼ることを考えるのではなく、これらの問題は自分たちの問題であると実感し、自らの強い意志を北朝鮮に突きつけることです。私たち自身の信念に基づいた行動があってこそ、結果的に北朝鮮が犯している誤りを正していくことになると信じます。すべての私たちの力を結集し、必ずや問題を解決していきましょう。
posted by ぴろん at 12:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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