2009年08月31日

まずは「貨物検査特措法」の成立を!

民主圧勝は、投票前から分かっていたことです。
大事なのは、この状況の中で如何に民主政権に本気で拉致問題を解決してもらうか?被害者全員をとりもどしてもらうか?です。


まずは、解散総選挙の煽りを受けて廃案の憂き目に遭った「貨物検査特措法」の即時成立を求めて、民主党にはっぱをかけましょう。

民主党にメールを!ハガキを!
嘆く暇があるなら、即行動です。
被害者はこの瞬間も待っていることを、私たちは忘れてはいけません!!



★メール送信先 意見はこちらへ http://www.dpj.or.jp/header/form/index.html

★ハガキの宛先  〒100-0014 東京都千代田区永田町1-11-1
         民主党本部「国民の声」係

★FAX送信先   03-3595-9961
posted by ぴろん at 07:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月18日

8.29『しおかぜ』徹底研究ミニ集会のおしらせ

北朝鮮に向け放送されている短波放送しおかぜを聞き、
               あなたの声も被害者に届けよう!

かねてから依頼していたもう1人の講師、飯塚耕一郎さん が、参加できることになりました。
  耕一郎さんは、非常に忙しい方です!
  直接お話をきく、貴重なチャンスです!

  ぜひ、お誘い合わせの上、ご参加くださいますよう、お願いします。

■日時:8月29日(土)午後2時〜4時半
■場所:中目黒スクエア
■講師:北朝鮮向け短波放送しおかぜ担当者
      村尾建兒さん
■参加費:1,000円
■定員:先着順40名程度(予約制)
(席に限りがありますので早めにお申し込みください。)
■申込先:メールblue-jewel-7@mail.goo.ne.jp
携帯090-5215-7752(かわむら)
■主催:東京ブルーリボンの会


しかおかぜの放送内容を聞き、受信状況や妨害電波についても解説していただきます。
また、当日は参加者によるジングル録音を行う予定です。
あなたの声を『しおかぜ』に乗せて、拉致被害者に救出の決意を伝えましょう。

※集会後、懇親会を予定しています。
申し込みの際、懇親会についても参加希望の有無をおしらせください。

http://mixi.jp/view_event.pl?id=44970415&comment_count=2&comm_id=64670


まだ一度も家族の訴えを直接聞いたことの無い方にこそ、是非参加していただきたく思います。
東京ブルーリボンの会では、初めての方でも気軽に参加できる集会を目指しています。
拉致問題に少しでもご関心のある方、どうぞ中目黒まで足をお運びくださいませ。
posted by ぴろん at 09:12| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月07日

あなたの声を北朝鮮にいる拉致被害者に届けませんか?


東京ブルーリボンの会では

「北朝鮮に向け放送されている短波放送しおかぜを聞き、あなたの声も被害者に届けよう!」

と題して、下記日程でミニ勉強会を開催します。
参加者全員で、短波放送に使うジングル録音も行う予定です。

「私たちは必ずあなたを助けにいく!」

という声を北朝鮮にいる拉致被害者に届けませんか?
ご訪問の皆さんのご参加をお待ちしています。


このエントリーは転載、転送歓迎!
Blogや掲示板、メールを使っての宣伝など、ご訪問の皆さんにご協力していただけると嬉しいです。

・・・・・・・・・・・・



短波放送「しおかぜ」徹底研究ミニ集会
しおかせ担当者を囲んで

放送内容を聞き、あなたの声も北朝鮮に届けよう!


■日時:8月29日(土)午後2時〜4時半
■場所:中目黒スクエア
■講師:北朝鮮向け短波放送しおかぜ担当者
村尾建兒さん
■参加費:1,000円
■定員:先着順40名程度(予約制)
(席に限りがありますので早めにお申し込みください。)
■申込先:メールblue-jewel-7@mail.goo.ne.jp 
携帯090-5215-7752(かわむら)
■主催:東京ブルーリボンの会

しかおかぜの放送内容を聞き、受信状況や妨害電波についても解説していただきます。
また、当日は参加者によるジングル録音を行う予定です。
あなたの声を『しおかぜ』に乗せて、拉致被害者に救出の決意を伝えましょう。

※集会後、懇親会を予定しています。
申し込みの際、懇親会についても参加希望の有無をおしらせください。
posted by ぴろん at 13:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月06日

ありがとう

麻布十番のアトリエ・フォンティーヌまで、過日の日記で紹介したお芝居を見に行ってきました。
出かける前にほんの少しだけ、不安だったこと。
舞台に限らず戦争ものを作品にする過程で、特定のイデオロギーの色に染まり、特定の主張をするがために、都合のいいところを切り張りするような作品であって欲しくはないな、という点でした。
しかし、2時間にも及ぶ作品を拝見して、その心配は全くの杞憂であったことにまずは安堵しました。

特攻を世に知らしめるために、史実に忠実であることは大事なのですが、それだけでは堅苦しくて一般の方にはとっつきが悪いという問題もあります。
事実は事実として忠実であると同時に、歴史的事実の裏側には生身の人間のドラマがあり、それを伝えるには多少のフィクションもまた必要、というのが私の考えでもありますので。

その意味で、この「蒼空(そうくう) 空どこまでも蒼く」は、特攻を過剰に美化するでもなく、逆に卑下するでもなく、淡々と特攻隊員のありのままを描いて、素直に鑑賞できる作品であると感じました。
まずは、その点に深い感動を覚えました。

ここをご覧の皆様には、多少なりとも特攻についての関心・知識がおありでしょうから、改めて説明は致しません。
ただ、私が思うのは、特攻隊員はどこにでもいるごく普通の人間だったということ。
彼らは常人離れした軍神でもなく、洗脳された狂信者でもない。
特攻というあまりにも過酷な状況の中にその身を投げ出すには、彼らにも逡巡の時間があったのであり、恐怖に震え眠れぬ夜を過ごしたはずの、ごくごく普通の人間だったと思います。
逡巡の末に命を差し出す覚悟を決めても、与えられた特攻機は飛ぶのもやっとのオンボロ飛行機であったりするわけです。
己の命の代償が、果たして特攻の瞬間まで持つかどうかも分からない機体であったとき、彼らの複雑な心中を考えざるを得ません。

もっとも、まともに飛べる飛行機が有り余るほどあるならば、特攻という愚策を講じる必要もなかったはず。
敗戦色が日々濃くなる中、少しでも戦況を好転させるには、無理は百も承知でどんなにボロイ飛行機でも、足の遅い練習機であっても、訓練半ばの未熟な搭乗員でも、次々と特攻に送り出さざるを得なかった、ということでしょうか。
特攻自体が正気の沙汰ではないことは、当の特攻隊員自体が、他の誰よりも承知していたはず。
そんな中で、彼らはいったいどうやって、自分の心を納得させたのか?
何よりもその点を思いやるのが、現在の私たちが特攻について考える原点ではないのか?と思います。

そもそもが、特攻自体が、およそ正気の沙汰を超えた愚策中の愚策。
圧倒的な戦力の差を人の命が埋めるという、その大いなる矛盾の渦中で、彼らが自分の死の意味を真剣に求めたとき、たどりつく答えは、愛する家族や友人をわが身に変えても守って見せる、というその心ひとつだったのではないかと、改めて思われてなりません。
だからこそ、彼らが死に向かうその姿は、人間のそれを超えて神仏の域に達するのだと思います。
彼らは出撃を覚悟したその瞬間から、生きて神様になる・・・私にはそう思えてならないのです。

特攻隊員の多くには護りたい人がいた。
だから彼らは特攻出来たのだと思います。
自分の命をかけても護る価値のある人がいる。
そうでなければ、正気の沙汰ではない特攻作戦に、どうして人はその身を投じることができるのか?

私の特攻の大叔父は、出撃の折、当時国民学校2年生だった私の母が叔父宛てに書いたつたない文字のハガキを胸に出撃しています。
母親の手鏡を抱いて行った特攻隊員、見も知らぬ若い女性の写真を胸に出撃した特攻隊員もいたと聞いています。
私は改めて思います。
彼ら特攻隊員は本当にごく普通の優しい人たちだったのだ、と。
優しい普通の人だからこそ、幼い姪のハガキや、母の手鏡や、赤の他人の女性の写真を胸に抱かねば、とてもとても特攻などと言う極限の出撃など出来なかったのではなかろうか?と。

彼らが、戦争という非常時の中で、どうにもならない矛盾の中で、己の命の意味を問うた時、故郷の家族や友人の命を守ることにその意義を置いたのは自然の事と思います。
それは逆を言えば、彼らの決意の背中を押したのは、護ってもらった側の家族の存在ということ。
我が家の場合でいえば、私の母が書いたつたない文字のハガキが、大叔父の最期の決意の後押しをしている、という事実です。

その事実は、重い。
とてつもなく、重いです。

いまの感覚でいえば、そんな過酷な状況に向き合うことなんてやめて、さっさと逃げればいいじゃん、と思うかも知れません。
でも、戦争の非常時に、自分が逃げるということは、他の誰かが死ぬことを意味します。
死ぬであろう誰かが、自分の愛する家族だったら?恋人だったら?
それでもあなたは逃げますか?
彼らに、そんな卑怯な選択をする余地はない。
七転八倒の苦難の末に、彼らは命を投げ出す覚悟をした。
それが特攻の真実なのだと思っています。

私の大叔父はその命をかけて、故郷に住む幼い姪を護ってくれました。
彼女が戦争を生き延びて無事成人したから、今の私があるのです。
大叔父の愛は、あまりにも大きく重すぎる。
大叔父の決意はあまりにも壮大すぎて、私はその足元にひれ伏すよりほか、ないのです。


彼らの苦悩から目をそむけてはいけないのだと、改めて思っています。
特攻隊員を真の意味で犬死させるのは、彼らの苦悩を忘れること。
彼らの存在を忘れ去ってしまうことです。
等身大の彼らの姿を、生身の息遣いを、苦悩を、私たちは少しでも想像し近付く努力をするべきではないでしょうか?
それが特攻隊員に対する何よりの供養、花向けであると私は信じます。
特攻は愚策中の愚策、けれど、そこに身を投じた若者の心はあくまでも気高く美しいのだと思います。
極限の死に直面した彼らの心中に邪心のはいりこむ余地はない、とも思います。



歴史の教訓に学ぶというのなら、二度と特攻などという愚策を講じることのないように、国のかじ取りを誤ることのないようにして欲しい。
平凡な日常がごく普通に守られる国、特攻などという正気の沙汰ではない作戦を講じずとも、国の安泰を図れる国であって欲しい。
それが、犠牲となった数多くの特攻隊員に対する唯一の恩返しではないか?とも感じています。


所詮戦後生まれの私にとっても、特攻は、どこか遠い世界の物語。
あまりにも凄すぎて、大叔父の決意の程を実感をもって想像することは不可能なのです。
きれいごとでなく、貶められたものでもない、等身大の特攻のありのままを、知ること。
彼らの苦悩を知り、決意の大きさを知り、死の意味を知ること。
それが特攻の果てに命を散らした多くの若者に対する、供養なのだとも感じています。


今日、私は大叔父の遺影を胸に抱いて、この作品を拝見しました。
劇中のセリフの一つ一つが、大叔父のエピソードと重なり、舞台の最初から最後まで、私は流れる涙をこらえることができませんでした。
大叔父は出撃にあたり、次のような辞世を残しています。

「身はたとへ南の海に散らうとも 残しおきたし我が心かな」

大叔父さんがこの世に残したかったであろう思いを受け継いでくださった方が、この舞台上にはこんなにも大勢いらっしゃる。
そのことが嬉しくて、上演後、事前に頂いていたアンケート用紙に私は下記の言葉を書き記しました。

「ありがとう、この言葉以外に何もありません」

と。



※関連エントリー

特攻を描いたお芝居を見に行きます
http://piron326.seesaa.net/article/125028458.html
posted by ぴろん at 22:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月05日

特攻を描いたお芝居を見に行きます

当Blog「話の花束」には、特攻隊員だった私の大叔父の話をつづったカテゴリーがあるのは、ご訪問の皆さんはすでにご存じだと思いますが、この大叔父の件で先日ある劇団の女優さんから一本のメールを頂戴しました。

この夏、特攻をテーマにした舞台を上演する予定があること。
その際の参考資料として拙Blogを読ませてもらったこと。
実在の特攻隊員のお話は、とても参考になったこと。

など、Blogの感想と舞台にかける思いなどがつづられていました。
私はすぐお返事を差し上げ、もしチケットがまだあるなら、ご紹介の舞台をぜひ拝見したい旨、ご連絡を申し上げました。



これも、特攻の大叔父さんんが繋いでくれた御縁だと思っています。

特攻に限らず、戦争ものを舞台や映画などの作品にする場合、フィクションにするのかノンフィクションにこだわるのか?といった問題があります。
今年3月の神雷部隊の靖国参拝の折、実は桜花特攻を映画にするという話が進んでいたのですが、事実に添って作品を作ってほしいという戦友会側の意向と、興行面を考慮し多少のフィクションを添えたいという監督側の意向が折り合いがつかず、話が流れてしまったという経緯があります。
とはいえ、戦友会と監督側に溝ができたわけではなく、桜花に関してはいずれ機会を得て、作品を作り上げたい、その折は全面的な協力をするという両者の合意を得ての、円満解消ではあったのですが。

事実を正確に伝えるというノンフィクションにこだわる戦友会の方々の意向は、私は尊重したいと思っています。
でもそれとは別に、フィクションであっても、まずは特攻の存在自体を若い世代に知ってもらう、という努力もまた一方で必要なのではないか?というのが、私の考えです。

たまたま私は身内に特攻隊員の大叔父がいたおかげで、物心つくかつかないかの幼い子供のころから、特攻は身近な存在でそれなりに知識も持っています。
けど、広い世の中見回せば、特攻どころかほんの60数年前に戦争があったことすら知らない若い世代もいるわけです。
そういう世代に向けて、ほんの少し前の世代の若者は、自分の命をかけて家族を守ろうと特攻に臨んだという、歴然とした事実があることを、何かのきっかけで知らせる必要もあると思うのです。

身内に特攻隊員がいるとはいえ、私だって戦後生まれ。
直接にその時代の空気を知るわけでもなく、ロケット弾と共に敵艦めがけて突撃大破した、と聞いてもどこかピンと来ない部分だってあるんですから。

ともかく、どんなきっかけでも良い。
特攻で命を散らした若者の存在を知ってほしい。
彼らが何を思って命をかけたのか?
考える縁として欲しい。
そのきっかけになるのなら、フィクションもあり、だと私は思います。
どんなお芝居なのか?
今から楽しみにしています。
舞台を見た感想も、もちろん書くつもりです。



私は6日の昼公演に行く予定です。
当Blogをご覧の方で、お時間のある方、関心のある方いらっしゃいますでしょうか?
まだチケットが残っている公演日があるようです。
よろしければぜひ、劇場まで足をお運びくださいますよう、お願いいたします。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

演激集団INDIGO PLANTS
『蒼空〜空どこまでも蒼く〜』
脚本:久保泰
演出:藤田信宏

8/5〜9【東京公演】
麻布十番アトリエ・フォンテーヌ
(大江戸線・麻布十番駅7番出口から徒歩3分)

8/5(水)19時(完売)
8/6(木)14時(完売)・19時
8/7(金)19時(完売)
8/8(土)14時・19時
8/9(日)13時(完売)・17時

8/15【気仙沼公演】
11時&15時


演激集団INDIGO PRANTS
http://indigo-plants.jp/top.htm
posted by ぴろん at 07:47| Comment(0) | TrackBack(0) | ご挨拶&お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

川口たたら祭り 署名活動報告

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昨日、川口市の川口オートレース場で開催されたたたら祭り会場内で、「拉致問題を考える川口の会」の皆さんが行った署名活動をお手伝いしてきました。

曇天だったのと、割り当てられたエリアには屋根があったのとで、夏の直射に照らされることはなかったのですが、湿度が高く蒸し暑かったので、長時間の街頭はやはりそれなりに体力的にはきついものがありました。
10時から4時までの6時間、交代で休憩をとりながらの活動で集めた署名はおよそ1100筆は、健闘した数字だと思います。

途中、川口市長の岡村幸四郎氏も駆けつけ、激励を頂く場面もありました。
川口は特定失踪者の多い地域でもあり、また行政の支援体制が行きとどいていることもあって、署名への反応は高かったように思います。

たたらまつりにおける街頭署名活動は、本日2日も10時から4時までの6時間行われます。
川口の会の皆さんが署名活動を行っているのは、西門近くのトイレ前の広場です。
祭り会場のオートレース場へは、JRの西川口駅・東川口駅・蕨駅などから無料バスも運行されています。(下記HPを参照のこと)

お近くにお住まいの方で本日お時間のある方は、是非ボランティアのご協力をお願い申し上げます。
また祭り会場で署名活動を見かけたら、是非署名へのご協力もよろしくお願いいたします

http://www.cablenet.ne.jp/~tatara/


写真左より

・横断幕を掲げた本部席の様子
・激励に駆け付けた岡村川口市長と署名を受ける本間勝さん(田口八重子さんの兄)
・川口の会製作の拉致関係の掲示物
posted by ぴろん at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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