2009年12月18日

桜花キューピーの写真を入手

ouka.jpg

あのさ・・・

桜花は十死零生の特攻専用機なのですよ。
搭乗員は母機から切り離されたら最後、後は死ぬしかないのです。



桜花は遊園地のジェットコースターじゃありません。
スカイダイビングでもバンジージャンプでもない。

なんなのでしょう?
このパッケージのあまりにも無邪気なイラストは・・・(呆)



このイラストを描いた人は、桜花特攻隊員の遺族や関係者の肩に圧し掛かる千貫の命の重みを・・・多分想像したことはないんでしょうね。





ふざけるにも・・・程がある。
posted by ぴろん at 20:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月17日

「回天」「桜花」のご当地キューピーはやめて欲しい

山本一太(12月16日付)Blogより
「回天のキューピーちゃんは問題」
http://ichita.blog.so-net.ne.jp/2009-12-16#favorite



今、各地でご当地キューピーだとかご当地キティちゃんとかが流行っているのは知っていますが、これはやり過ぎだと思います。


言うまでもなく、「回天」も「桜花」も、旧海軍が開発した『生還不能の特攻専用機』です。
この特攻機に乗って若い命を散らした特攻隊員がどんな思いで出撃していったのか?
その覚悟をする過程で、どれだけの苦悩し、どれだけ逡巡したのか?
そこに思いをはせる想像力があるならば、「回天」や「桜花」のご当地キューピーを作る事自体が、犠牲になった特攻隊員に対して失礼であることくらい、気がつきそうなもの。



私の母方の大叔父は、桜花特攻隊員の戦死者です。
彼は特攻に志願した後、当時7歳だった、叔父にとっては姪にあたる私の母に宛てて一枚のハガキを寄こしました。
そのハガキの文面には、「オテガミチョウダイネ」の一文があり、その求めに応じて母は拙い文字で一枚のハガキを書き送りました。
叔父は、幼い姪っ子のハガキを胸に抱いて、沖縄に出撃、戦死しています。


この事実が何を示すか?想像してください。
彼は、たった7歳の姪っ子からのハガキをお守り代わりに胸に抱かねば、出撃することが出来なかったのです。
特攻というのは、それくらい極限状況の覚悟を隊員に強いるもの。
遺族にとって、叔父の乗った「桜花」は、あの世に旅立つための「棺」以外の何物でもありません。


それをご当地キューピーなどというグッズに仕立て上げる感性がそもそも私には理解できないし、仮にも日本の保守を代表する?小池百合子国会議員が「あのね、他にも零戦のキューピーちゃんとか、回天のキューピーちゃんもあるのよ!」とは、いただけない。
そもそも自衛隊の売店とやらで、そんな代物が売られている事自体が、私には信じられません。

靖国神社の遊就館に展示されている桜花のレプリカを見るたびに、声をあげて「叔父さん!叔父さん!」と号泣する私の母の気持など、関係者には遠く及ばないのでしょうか?

特攻隊員の苦悩を少しも理解しようとしないのが、今の日本の現状だというのなら、決死の特攻を覚悟した特攻隊員は浮かばれない、と私は感じてしまいます。



★追記

私の特攻の大叔父だけでなく、多くの特攻隊員が何を思って死んでいったか、考えたことはありますか?

彼らは自分の愛する家族を守るため、国を守るために逡巡の上、自分の命を差し出す覚悟をしたのです。
現代日本に生きる私たちは、彼らの犠牲に守られたからこそ、今安穏に命をつないでいるという事実に、私たちは気がつくべきではないのでしょうか?


特攻隊員の死は遺族だけの問題ではなく、彼らの命の重みは、現代を生きる日本人全体が、等しくわが身に引き受けるべき類のものであるはず、と私は思っています。
それが犠牲になった特攻隊員に対する、せめてもの供養ではないのでしょうか?
彼らの苦悩に思いを馳せ、彼らの覚悟の重さを引き継ぐことは、今を生きる私たちの果たすべき最低限の務めではないのでしょうか?



特攻出撃する多くの隊員は「後を頼む」と言い残して出撃したと聞きます。
「後を頼まれた」私たちは、彼らの命がけの願いに対し、回天や桜花のキューピー人形を作って応じるんですか?
posted by ぴろん at 08:21| Comment(3) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

第一回新百合が丘街頭活動速報

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小雨の降る寒い空模様の中、総勢11名のボランティアで初めての街頭活動を行ってきました。
その模様を写真で速報いたします。

署名活動を行ったコンコースは、吹き抜ける北風が冷たく、ポケットに手を入れて歩く方が多かったのですが、それでも用意したハガキセット300部とリボンパッケージ約500は、開始一時間半ほどで底をつき、配布物の受取率は予想以上に好調だったと思います。
署名に自ら応じてくださる方も多く、手応えのある街頭でした。

本日の成果は

署名総数  272筆
カンパ総額 28,408円

でした。

寒い中、新百合が丘まで駆けつけてくださったボランティアの皆さん。
リボンの提供をしてくださったボランティアの皆さん。
地元警察との調整をしてくださった川崎JCの関係者のみなさん。

この度の街頭活動のために、ご協力いただいた皆さんと署名カンパに応じてくださった新百合が丘のみなさんに、この場を借りてお礼申し上げます。


以下、写真説明

★街頭にてリボンの配布をする、特定失踪者・藤田進さんの弟さんの隆司さん
★めぐみさんの大きなパネルとブルーリボンの会の旗で街頭活動をアピール
★学校帰りの中学生や高校生も署名に応じてくださいました。
posted by ぴろん at 21:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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