2010年03月24日

神雷部隊戦友会と共に靖国へ

21日、神雷部隊戦友会の皆さんと共に、靖国神社へ昇殿参拝をしてきました。

ここに参るとき、私はどうも何か願い事をするという気分にはなれません。
国のため、家族のために自分の命を捧げるという大きな犠牲を払った英霊の皆様に、これ以上のお願い事をするのは何か申し訳がないような気がして。

祈りの言葉は、ただひとつ「安らかに」
その一言を念じるだけで、涙があふれて困ります。

遺族と言っても、私は直接大叔父を知る立場でもなく、遺族として参列させていただくことには、いくばくかのこそばゆさもあるのですが。
主催者の方に求められ昇殿参拝の際は、参拝者を代表し玉ぐしを奉るお役目を務めさせていただきました。
ただ、無心に御霊の安らかなことを、お祈り致しました。



参拝の後の直会では、元桜花特攻兵だった方と、席をご一緒し、元特攻隊員としての思いをいろいろとお伺いしました。


少しだけ、お話をした中で、特に印象に残った元桜花隊員の言葉を紹介いたします。


自分はもう80を越えてこの先何年生きるか分からない。
(神雷部隊の元隊員の中で、桜花隊員の生存者は現在は4〜5名ほどしかいない、とのお話も伺いました)
自分の知っていることは何でも話すから、何でも聞いて欲しい。
腰や膝を痛めていて、本当なら打ってはいけない鎮痛剤を医者に無理を言って注射してもらい、今日、ようやく靖国まで来た。
特攻の話をして、心から分かってくれる人は、この席に集まる人くらいしかいない。
だから、多少無理をしても、どうしても私は今日この席に来たかったのです・・・と。





「戦争中、特攻隊員は神様だった。けれど8月16日以降、我々は特攻崩れとされてしまった。それが戦後日本の処世術だったのです」

目にうっすら涙を浮かべて、悔しそうに話された元桜花特攻隊員のこの言葉に、私は今返す言葉がないのです。




心に残る言葉はまだありますが、明日以降、ぼちぼちとご紹介をさせていただきたく。
元桜花隊員の言葉は、重く心に沁みわたり、自分の言葉でそれをつづるのは、おそらく無理かと思われ。
伺ったお話を、可能な限りそのまま再現して明日以降、書き綴ります。
宜しければお付き合いください。


posted by ぴろん at 20:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 特攻の叔父の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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