2010年03月25日

家族会結成13年の日

どうしてこの国は、被害者を救うために毅然として行動できないのか?
被害者を救うという意思表示すら出来ないのだろう?


拉致問題の解決が長引く原因のひとつは、もちろん北朝鮮の不誠実さ加減にもあるけれど、日本の腰抜け具合も、原因の相当数を占めていると思われ。


これだけの被害者が人知れず拉致されるには、周知の通り、国内にかなりの協力者がいる。
同じ学校から複数の被害者が出ているケースでは、日教組の関与も疑われているし、同じ地域から被害者が多発しているのも、地域に根差した協力者の存在を伺わせます。

彼らはおそらく、自分が拉致にかかわった事実を墓場まで持っていく覚悟で口を噤んでいるんだろう。
その口をこじ開けて、証言なり被害者救出への協力なりを引き出そうと思ったら、ちょっとやそっとのお願いでは動くはずもなく。


拉致関係の集会を追いかけて首都圏各地を巡っていたころ、地元の地方議員や市長さんなどの訴えには、本当に心に迫るものがありました。
被害者と家族の苦しみを思い、何とかして一刻も早く救出したいという「熱」を感じることが出来ました。

でも、国会議員の先生方のお話からは、そういう熱を感じたことがありません。
口では誰しも「一刻も早い救出を」と声をそろえて聴衆に訴えます。
けれど、2002年9月17日から数えて今年の9月には丸8年の月日が経とうとしているのに、事が一向に進まないのは何故なのだろう?


北朝鮮の工作は政界にも及んでいたという。
旧社会党の面々は言うに及ばず、自民党の実力者の中にも、北朝鮮とつるんで甘い汁を吸った輩がおそらく多数いることでしょう。
彼らは決して、拉致問題の全面解決は望まない。
被害者救出を願うそぶりをしつつ、家族や支援者に期待を持たせてはある種のガス抜きをしつつ、被害者とその家族が死んでいなくなるのを待っているのではあるまいか?とさえ、この頃は思う。

私たちが戦う相手は、あの強かな北朝鮮です。
そしてもうひとつ戦うべき相手は、国内にいる北朝鮮の協力者。
彼らが築いている「拉致問題解決を阻む強固な壁」を打ち破るには、敵と刺し違えるくらいの覚悟を持たねば、突破口は開けないのでは?とも思う。

例え敵と刺し違えても、という強い熱を持った政治家が、国政の場で見当たらない。
拉致問題を最終的に解決できるのは国しかないのに、国政を預かる政治家が、のほほんと時間ばかりをやり過ごしていたのでは、いつまで経っても救える者も救えない。


国民を拉致され、領土を奪われ、資源を取られても、何も言わず何もしない国。
相手の言う無理難題に、唯々諾々と従って、国民も領土も資源も差し出す国。
友好とは、相手の機嫌を損ねないことと信じている国。

そんな腑抜けな国だから、被害者を返せ!の一言すらいえない。
日本は本当に平和で安全な国なのでしょうか?


もしも私が被害者だったら、日本国は万難を排しても私を救いに来て欲しいと思う。
もしも拉致されたのが、私の家族や友人だったら、国は何としても私の愛する人を助けに行って欲しいと思う。
たったそれだけの、でも国の根幹をなすものとして一番大切なものが、どういうわけか日本という国の屋台骨から欠落しています。

このままでは座して拉致被害者が死ぬのを待つだけになってしまいます。
このままでは日本という国は、拉致被害者を見殺しにする国になってしまいます。

そんな日本という国に対して、私はどう誇りを持てばいいのでしょう?
子や孫の世代に向けて、どの面下げて私たちの祖国日本を誇りに思え、といえば良いのでしょうか?

今日、家族会結成13年の日。
干支一回りしても、いまだ拉致被害者を救えない国、日本。


posted by ぴろん at 19:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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