2010年07月22日

金賢姫来日

鳩山氏の別荘滞在や富士山遊覧飛行がいいかどうかは別として、彼女が来日するならば、警備の都合上特別待遇にならざるを得ないのはある程度仕方の無いこと。
大韓航空機爆破事件の実行犯である彼女の命を、今も北朝鮮が狙っていない・・・という保証はどこにも、ない。
万が一日本滞在中に金賢姫が殺されるようなことがあったら、どうするんだろう?
それこそ日本の恥さらし。
警備を含めて、金賢姫の待遇が特別にならざるを得ないのは、やむを得ないと、私は思うけれども・・・


金賢姫と家族が面会しても得られる情報は古すぎて、即救出に結びつくとは私には思えない。
それでも家族はどんなわずかな手がかりでも知り得たい、と思うのは人としての人情。
それを誰が責められるんだろう?
拉致から数十年もの長きにわたり、この問題を放置し、無視し、いまだ一人も救えないでいる情けない私たち一般国民に、家族のそれを批判する資格や権利は、そもそもあるんでしょうかね・・・?


金賢姫の来日で、一時的には世論の関心は確かに高まるでしょう。
街頭や集会で歯ぎしりするようにして、救出運動を展開するよりも、この度の彼女の来日ははるかにインパクトはあり、世論への波及効果は大きい。
それは否定のしようが無い。

でも・・・

金賢姫が帰国したら、おそらく潮が引いたように、マスコミはこの問題に関心をなくし、世論もおそらく忘れてしまうのです。
年末の今年の十大ニュースの頃に、そういえばそういう出来事もあったなぁ・・・位の関心しか、おそらく大衆は持たないでしょう。
それでは、本当の意味で世論を喚起したとはいえないのでは?と、私は思う。




ただし、です。
一刻も早く拉致被害者を救いたい、救ってほしい、という熱は、依然として大衆の中にはあると、私は確信しています。
それは街頭で署名をお願いするときに、切実に感じています。
忘れっぽいはずの日本人が、2002年9月17日以降8年目の今になっても、拉致を忘れてはいない。
その確信は、私の中には確実にあります。

ただ、問題なのは、大衆の中にある救出へのその熱を、どうすれば上手く掬いあげられるのか?
政治を動かす力へと昇華出来るのか?
私に出来ることは余りにも小さく無力で、正直どうすればいいのか、分からないのです。


国が政治が動かねば、拉致被害者は取り戻せない。
拉致被害者を取り戻すには、水面下で、国民の目に見えないところで、まずはギリギリの情報収集をしなくてはならないでしょう。
その動きは今、政府にあるのかないのか・・・


金賢姫の来日でしか、情報を取れないとしたら、日本のお寒い情報収集能力を嘆くべき。
金賢姫の来日でしか、世論の喚起が図れないとしたら、日本の世論の関心度の薄さを嘆くべき。


その肝心なところを見ずして、目先の批判に終始するのは、私にはピントのずれた議論に思えてなりません。





いつになったら、この日本は日本国民は、拉致被害者を本気で救いだせる国と国民になるのでしょうか?
posted by ぴろん at 12:47| Comment(1) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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