2005年12月07日

被害者家族の声に耳を傾けてください

第4回古川了子さん行政訴訟報告会でのご家族の声を一足先にアップします。
不誠実な国の対応を受けて、ご家族がどれほど心を痛めているか?
焦りを募らせているか?
どうかお聞き届け頂きたいと思います。

いつも言う事ですが、国の有り様はそのままそれを支える国民の有り様につながるのです。
国がのらりくらりということは、国民の拉致に寄せる思いもいまだのらりくらりだという事。

多くの国民にとっては拉致問題は9.17以降のわずか3年ほどでしかありません。
しかし当事者家族にとっての拉致問題は20年30年40年の長きに亘っているのです。
愛する家族を失ったと言う苦しみだけでも大変な苦痛であるのに、更に世間の無理解や不誠実な国の対応という、傷口に塩を塗り込むような激しい苦痛に、彼らは耐えて今に至っているのだと言う事を、もう一度私たちは考える必要があると思います。

人の命の重さを私たち国民は、本当に理解して受けとめているのでしょうか?
拉致によって私たちは人生を狂わされているのだ、と言う家族の声に私たちは何処まで真剣に耳を傾けているのでしょうか?
今回の報告会でのご家族の声を受けて、私はそんな事を思わされずにはいられませんでした。
家族の声はいつでも悲痛。
それはそのまま、いまだ被害者を救えず、いたずらに時間だけをやり過ごしている無力な私たち支援者の心に、深く深く突き刺さります。

それぞれがそれぞれに出来る何かを、今こそ行動に移さねばならない時だとも思います。
まずは特定失踪者と一くくりに語られてしまう実に多くの被害者ひとりひとりに、それぞれの人生があり家族がある事を、そして彼らは今も激しい苦痛の渦中にいることを、私たちは再認識するべきではないでしょうか?

拉致被害者救出運動は命を救う運動。
この原点を決して外してはならぬと思う。
拉致問題を他の何かの目的達成の為の手段にすることは許されない行為だと改めて思う。
自戒を込めて・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第4回古川了子さん行政訴訟報告会より

★生島馨子さん(特定失踪者・生島孝子さんの姉)


★竹下珠路さん(特定失踪者・古川了子さんの姉)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
参考リンク 
★電脳補完録
「古川了子さん訴訟の日、佐々木悦子さん北で誕生日」
http://nyt.trycomp.com:8080/modules/news/article.php?storyid=4586


posted by ぴろん at 00:59| Comment(2) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ぴろんさん、こんばんは。
いつのまにやら、背景がクリスマスバージョンになっていますね。綺麗だなぁ。こういう幻想的な光景に浸ることも出来ずに北朝鮮の牢獄で囚われ続けている沢山の拉致被害者の皆さんは、何を思って耐えているのでしょう。

ちょっと思うところがあって、拉致板から少しご無沙汰していました。今日、増元さんと三浦さんは北朝鮮人権国際大会のため韓国へ旅立ちました。韓国政府が何と言おうが、韓国にも真っ当な人権意識の高い人は沢山います。だから、こういう大会が開けるんですよ。

先日、アメリカでCNNが北朝鮮の公開処刑映像(日本では放映済み)も含むドキュメンタリーを放送しました。三週間に亘って違う日にちで同じものを放送したとアメリカ在住の友人より聞きました。ソウル・トレインも大メディアではありませんが、取り上げられました。アメリカは北朝鮮に対して、経済制裁をしているだけでなく、北朝鮮の人権問題についても世論喚起をしています。

日本政府は、経済制裁はしない。北朝鮮人権大使は任命しましたが、一方で国交樹立交渉再開という外交交渉をしている。どうして、そこまで自国民の問題に対して他人事なんだろう。アメリカには公式の拉致被害者は一人もいないんですよ。アメリカが北朝鮮人権問題等についても世論喚起をしているのは、当然それがアメリカの国益に適うからです。

日本の国益は、日本国民の生命を守る事でしょう。人の命の大切さをどう思っているのだろう。生島さんの声を聴いて、つくづく日本政府の冷酷さを思いました。もし、自分が同じ目に遭っても、きっと同じように国家の非情さに泣かされるのでしょう。

でも、そういう冷酷な国家を作ったのは私たち国民一人ひとりなのですね。特定失踪者の姿は家族会が出来た頃、もしくはそれ以前の家族会の人々の置かれた姿でしょう。この人たちすべてを救えない限り、また何処かで同じ事が形を変えて起きる。

「淳 それから」という本を読みました。神戸連続児童殺傷事件のご遺族が書かれた本です。犯罪の被害に巻き込まれるという事は、被害者ご本人だけでなく同じように家族の人生も奪うのです。その酷さ(むごさ)は他人には理解できないものでしょう。自分が犯罪被害者になって初めて国家の不備に気づく。

拉致問題は「国家の不作為」によって多発しました。久米裕さん事件を立件化していれば、その後の横田めぐみさん事件や多くの拉致事件は防げたかもしれない。もう、その事に気づいた以上、日本政府を動かすという行動に国民が出なくてはいけない時期です。北朝鮮というテロリスト国家が存在し続けている限り、自分が犯罪被害者になる危険性は永遠になくならないから、そのことの危険性をもっと国民自身が自覚しないとこれ以上世論は動かないと思います。

日本政府自身が人権弾圧国家である北朝鮮の現実に一番目をふさいでいる張本人なのだと思います。強制収容所や脱北者の問題には言及しないでしょう。そういう事に関わったら、国交樹立へとは進めないからです。

拉致被害者や家族の身に起こった事が自分の身に起きたらと考えられるか、他者に対して共感する思いやりをどれだけ持てるか私たち一人ひとりが問われているのです。

ぴろんさんは、真面目だから自分を追い込まないでね。
Posted by うさぎ at 2005年12月08日 23:01
★うさぎ様

お返事遅くなってすみません。

>日本の国益は、日本国民の生命を守る事でしょう。人の命の大切さをどう思っているのだろう。

>でも、そういう冷酷な国家を作ったのは私たち国民一人ひとりなのですね。特定失踪者の姿は家族会が出来た頃、もしくはそれ以前の家族会の人々の置かれた姿でしょう。この人たちすべてを救えない限り、また何処かで同じ事が形を変えて起きる。

仰るとおりですね。
どうもこの国には、拉致被害者を救うことよりも国交正常化を急ぎたい勢力がまだまだ幅を利かせているように感じてなりません。
集会へ参加するたび、その事を思わされて憂鬱な気分になります。

被害者を救い出したい、苦しんでいる家族に平凡な幸せを取り戻してもらいたい。
私が拉致問題に関る原点はそれだけです。
ですがその思いとは裏腹に、運動に関れば関るほどやれ右だ左だ、歴史問題がどうのこうの天下国家がどうのこうのと難しい問題に首を突っ込まざるを得なくなる場面に出くわします。

確かに長年拉致を放置し、いまだ解決できない日本の国と国民の有り様は体たらくその物であり、過去先送りにして来た様々な問題に向き合わねばならないのも事実なのですが。

でも、命の危機が目の前に突きつけられているというこの非常事態なのに、どうしても自分のイデオロギーを絡めて運動の足を引っ張りたがる御仁がいる。
何だかなぁ・・・と言うのがこの頃の私の率直な思いなのです。

歴史問題、大いに議論してください。
天下国家、それも大いに語り合ってください。
けれどそういった議論の果てに出来るであろう全うな日本国を待っているうちに、被害者の命は次々と失われてしまうのです。
優先順位の一番は、とにもかくにも被害者を救うこと。
天下国家だのイデオロギーだのの問題はあとでゆっくりやるわけには行かないの?と言う思いもしております。
エゴむき出しで相手を論破したり中傷したり、そんな内輪もめはもうたくさん。
そんなことする暇があったら、イデオロギーの問題など一端棚上げしてでも、命を救うために手を取り合うことを考えて欲しいと、切実に願うのですけれどね。

これが最近つくづく思う、私のぼやき・寝言なのですが。

>ぴろんさんは、真面目だから自分を追い込まないでね。

ご忠告ありがとうございます。
無理してひっくり返る事の無い様、心したいと思います。(笑)
Posted by ぴろん at 2005年12月10日 16:40
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