2006年01月03日

制裁発動で被害者救出を!国民大集会(16)05.12.22 日比谷公会堂にて

『特定失踪者家族の紹介と竹下珠路さんの訴え(特定失踪者・古川了子さんの姉)』

★櫻井よしこさん

この会場には特定失踪者の被害者のご家族の方々がいらしています。
どうぞそこでお立ちになって頂きたいと思います。(拍手)
(会場一階席前列で特定失踪者ご家族の方々が立ち上がり、後ろを振り向いてそれぞれ会釈)
どうぞ皆さん、この方々のご家族全員を救い出すために(拍手)最後まで最後まで一生懸命力を尽くして行こうではありませんか。(拍手)
私たちは最後まで一緒に闘います。
ありがとうございました。(拍手)

さて古川了子さんもその特定失踪者のお一人でございます。
竹下珠路さん、ご家族を代表してこの特定失踪者の事についての思いを語っていただきたいと思います。
よろしくお願いします。(拍手)

★竹下珠路さん

Img_1499.jpg



皆様こんばんは。(「こんばんは」の声)
お寒い中ありがとうございます。
私は昭和48年7月7日七夕の日に、「今千葉駅にいる」という電話を最後に消息を絶った古川了子の姉、竹下珠路でございます。

今年の4月から、4月13日に日本国を相手に行政訴訟と言うのを起しました。
特定失踪者問題調査会、そして法律家の会の皆さんのご支援で、特定失踪者と言う問題が政府の中で少しも先方との北朝鮮との交渉テーブルに乗らない名前が乗らないという焦りの中から、何とか前進して欲しいという思いで行政訴訟を起こしました。

先だって12月の第4回の公判が行われましたが、日本国側の回答は一貫して、
「日本国は一生懸命やっている。拉致を認定しようがしまいが何も特段のメリットはない。同じなんだからこの裁判を棄却されたし」
という言葉に終始しております。
従って木で鼻を括ったような回答、暖簾に腕押ししているような本当に何とも良い様のない言葉がずっと続いております。
裁判と言うものは一人古川了子の裁判と言うのではなく、今皆様にご紹介していただいた特定失踪者の家族の皆の思いを私は背負っていると思います。(拍手)

特定失踪者失踪者と言う名前で拉致被害者とまだ言われない人たち。
しかし5年前は、今の拉致被害者の方々も同じだったと思います。
そして拉致被害者でない為に拉致被害者と言われないために、交渉テーブルに名前の乗らないその他の多くの人たちと一括りで言われてしまう、この切なさ辛さは壇上の皆さん。
そして他国からも家族からも拉致されたご家族の皆さん。
同じだと思います。

つい1日2日前の北朝鮮側の発表の中で、拉致問題は解決済みと言う言葉がまた流されておりました。
目前に控えた北京での交渉を前にしての話です。
今日本政府が多くのこの拉致被害者たち、その全員の帰還を願わずに強い姿勢を取らないで、誰が解決出来るのでしょうか?(拍手)
日本政府にしか出来ない事だと思うのです。

今、拉致の疑いが大変濃厚な特定失踪者は、昭和30年代40年代に多く発生しております。
これは金日成時代からの問題であろうと判断しております。
どうぞみなさん、この長い被害者。
そしてもう一刻の猶予もない被害者とその家族の、一日でも早く面会出来ますように、これからもどうぞどうぞ力強いご支援をお願いいたします。(拍手)

★櫻井よしこさん

竹下さんありがとうございました。

良く日本はアジアで孤立しているとか言われます。
中国からも韓国からも嫌われていると言われます。
私は決してそうは思いませんけれども、日本国がアジアのリーダーに真になろうとするならば、まさに自由と人権を重んじると言う旗印を掲げて、真っ先に北朝鮮のこの金正日政権に向けて立ち向かっていく事が大切であろうかと思います。(拍手)

どうしても小泉政権には、あれだけの国民の支持を受けた小泉政権には私たちの思いを反映して貰って、どんな事があっても24日、きちんとした回答が出てこなければ経済制裁を課して欲しいと思います。(拍手)
さて、ここで拉致被害者の皆さん方、お一人お一人からお声を聞きたいと思います。
増元照明さん、よろしくお願いたします。


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