2009年01月21日

千人針とブルーリボン

千人針と言うのは説明の必要もないでしょうが、出征する兵士の無事を祈って、銃後を守る女性たちが白い布に赤い糸で一針ずつ縫って結び目をつくるものです。
それを腹に巻いて弾除けとし、無事の帰還を願うのが千人針でありました。

一人一針縫うのが決まりの千人針ですが一つだけ例外があって、寅年生まれの女性は歳の数だけ縫う事が出来たのだそうです。
その理由は、「虎は千里往って千里還る」という諺に由来します。
虎は1日の間に千里の道を行き、また戻ってくることができる。
その故事にあやかるために、寅年生まれの女性の手を借りて「必ず無事で生きて帰ってきて欲しい」と言う願いを更に込めようとしたのでしょうね。

私の母は昭和13年の寅年生まれ。
終戦時国民学校2年生の満7歳ですから、戦争真っ只中の時代はまだ針も持てない幼子でした。
それでも「○○家の○子ちゃんは寅年生まれだから、千人針を縫って欲しい」と近所や親戚から頼まれて、ずいぶん千人針を縫ったんだそうです。
もちろん学齢前の幼稚園児ですから、一人で針を持って千人針を縫うなんて出来ませんので、祖母や母の手を借りて、わずかな歳の数だけ千人針を縫ったのだとか。
例え幼子の手を借りてでも、その数がわずかであっても寅年生まれの縁起を担ぐのは、出征する兵士の無事を願う心に他なりませんよね、きっと。

千人針の一針を縫う手間なんて、考えてみたらいくらのものでもありません。
それでも一人の出征兵士のために、千人もの女性の手間を集めるというのは大変な作業です。
私は千人針の一針を縫う手間よりも、その千人の手を集める過程そのものに深い意味があるんじゃないか?と思います。
親類縁者を辿り、どこそこに寅年生まれの女性がいると聞けば、はるばるたずねて行き、千人針の一手間をお願いする。
千人の手間が込められた千人針には、きっと願いを叶える力がある、と当時の人たちは考えたに違いありません。
願いを込めて針を持つ、その気持ちが何より大事なのだと思います。


私はこれでも一応お裁縫のプロですから、1時間あればおよそ50個のリボンを量産できます。
でも、ぶきっちょさんが1時間かけて作った2〜3個のリボンであっても、出来上がったリボンの価値はどちらも同じだと思っています。
むしろ考えようによっては、ぶきっちょさんが必死の思いで作った2〜3個のリボンのほうが、私が量産するリボンより強い願いがこもっているかもしれませんよね。
針仕事の苦手な人が針を持って何かを作るには、相当の動機・熱意がなければ出来ることではありませんから。

そうした強い願いのこもったリボンを全国のボランティアから提供してもらう。
そうして集まったリボンに被害者救出の願いを込めて、心を込めて街頭でお配りするから、リボンには力があるのだと思います。
某都議会議員の先生は、いつもブルーリボンの事を「蒼い弾丸」と呼んでいますが、一つ一つのリボンに心を込めるからこそ、私たちの作るリボンは敵を討つ弾丸になり得るのだと思います。

大事なのは心、です。

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◆このBlogをご覧の皆様へお願い◆

拉致被害者救出の願いを込めたあなたのブルーリボンをご提供いただけませんか?
東京ブルーリボンの会が予定している次回街頭活動(2月14日・渋谷ハチ公前広場)で、ボランティアの皆さんのお力を借りて、心を込めて配布したいと思います。
数の多少、上手下手は一切問いません。
ご協力いただける方がいらっしゃいましたら、下記のアドレスまでご一報ください。
お待ちしております。

★東京ブルーリボンの会連絡先アドレス jewel@blue-stars.org


posted by ぴろん at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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