2006年02月20日

イデオロギー談義は正直飽きてます

私が自分の時間を削っても救出活動に関るのは、拉致と言う理不尽な犯罪行為によって苦しむ家族を救って差し上げたいからに他なりません。
しかし、この問題は単なる誘拐事件とは性質が違う。
国家による犯罪行為は、突き詰めて考えれば国家主権とは何ぞや?人権とは何ぞや?という、日頃は余り意識しない難しい問題に直面する事になります。
戦後の日本が長らく放置してきた、この国の闇について考えねばならなくなります。

被害者を救うためには、ただ単純に「助けてください」とお願いしているだけでは不足があります。
黙って待っているだけでは正直な所、この日本と言う国は政治体制も国民世論も、被害者を救うための実効的な行動を中々起こしてくれない国なのです。
動かぬ政府の尻を叩き、世論に日本の抱える闇を理解してもらう為には、救出運動は一歩踏み込んだ政治色の強い発言をせざるを得ない事もある。

この救出運動は何かといえば救う会の右傾化が問題になり批判されます。
実際問題救出運動の現場で汗を流して活動している人の多くは、保守・右寄りの思想傾向を持つ人が多い。
いきおい救出運動は、時に天下国家を熱く語る憂国運動へとはみ出してしまう事が間々有ります。

それを嫌って批判、懸念の声を上げる左の論客がいます。
彼らの言い分にも確かに一理はある、とは思う。
でも総じて感じるのは、左の論客は批判の為の批判に終始した机上の空論が多いのではないか?と言うことなのです。
右翼・右派・保守派と呼ばれる人のあり方に一部問題があるのは、私も認めます。
でもそれを言うなら、ウヨクの揚げ足取りばかりに夢中になって、実の所は何もしない左翼・サヨクは、何様なのか?と、正直な所私は思う。
左の論客が寄って立つ社会主義・共産主義の矛盾には目をつぶり、戦後日本が抱えてきた闇に目をつぶったまま、右派の論の矛盾ばかりを突いても、説得力は無いだろうと感じるのです。

先日の東京連続集会で、増元さんは奇しくもこんな事を仰いました。

「今、家族会が圧力団体になっているのではないか?と言われているそうですが、本当に圧力をかけられる団体だったらそうなってみたいですね。
それだけの力を持って小泉さんの政策に対して大きな影響力があるんだったら、私はなっても良いですよと言うふうに思いますけども。
私たちは普通の事を言ってるだけで、家族を取り戻すために日本として当たり前の事をやってくださいと言ってるだけで、それを圧力団体と捕らえる方がおかしいですよね。
本当に。」

言い得て妙です。
今の日本で政治の場に一番強力に問答無用の圧力をかけているのは、総連だの財界だのと言った金も組織も人脈も下心もある、巨大組織の方ではないのでしょうか?
風が吹けばあっという間に飛ばされてしまうような弱小組織の家族会・救う会に、圧力団体としての存在価値があるのなら、とっくの昔に経済制裁の発動くらい勝ち取ってるはずでしょう。 
家族を救って欲しいという願いに反して、中々実行力のある策を行使しない政府に対し、彼らが一歩踏み込んだ発言をするのは止むを得ないのでは?と思っています。
ただ今までの日本の風潮として、政治色の強い議論や主張を本能的に警戒するムードがあったのは事実。
それゆえに、家族の発言は過激に過ぎると嫌悪する人がいたのも現実なのでしょう。
が、これとても、結局は家族の置かれた現状も日本の政治の現状も正しく見極めようとしない、狭い視野ゆえの狭い反応ではないのか?と私は思います。

戦後に日本は長らく平和のぬるま湯の中に首までどっぷり浸かって来ました。
もともと表立って争う事を好まない国民性でもあるゆえに、どんなに正当な理由があっても過激な発言をすればそれを聞いただけで嫌悪される風潮も有りました。
しかしそれに苛立って、撃てど響かぬ世論に対し、彼らを高い所から見下して罵倒するような論を展開する一部の右派・保守派の存在もいかがな物か?と私は思う。
「国家の一大事に直面した時、何をなすべきかパッと浮かぶのが当たり前」と言う高飛車な論理を振りかざしても余り意味がないと思います。

「何をなすべきかパッと頭に浮かぶ人」は、すでにとっくに被害者を救うための行動を起こして支援の輪に加わっているはずなのです。
問題なのはいまだ平和ボケのぬるま湯の中で寝たままの人、政治色の強い運動・活動に本能的・直感的に警戒心を持つ人達に対して、どのように働きかけをするか?と言うこと。
彼らを目覚めさせ日本の危機を自覚させ行動を起こしてもらう為には、それなりの手順を踏んで拉致問題の実情を説明するより他に無い。
でも、この理屈が「パッと浮かぶのが当たり前」と豪語する一部の右派・保守派には、どう説明しても理解してもらえないのです。

良い議論を重ねようと思ったらその前提として、拉致問題の現実・北朝鮮の現実あるいは小泉総理の現実、そして日本の現実をきちんと見極めなければなりません。
でも、右であれ左であれ、イデオロギーの呪縛に絡め取られた人の中には、議論の前提となる正しい現状の認識ができていない人が少なくないように感じます。
自分の狭い視野の中でいくら物を考えても、議論は深まりません。
イデオロギーの呪縛に絡め取られた議論は結局の所、相手の誹謗中傷や罵倒合戦にしかなり得ないというのをいやと言うほど見てきました。
どうしてこういう不毛な議論を延々と続けなければならないのだろう?

イデオロギーであれ宗教であれ、思想と言う物はそもそも人間を幸せにする為にあるもの、と私は思っています。
でも、どんなに立派な御託を並べた所で、肝心要の被害者救出に結びつかないのでは、何のためのイデオロギーなのか?
拉致問題に例えるならば、苦しむ被害者を救えないイデオロギーって何なのさ、と私は思う。
議論の為の議論などいくら重ねても時間の無駄ではないのか?と最近とみに思えてなりません。
イデオロギーの呪縛に囚われ、右は左を左は右を揶揄して憚らない。
でもそんな水掛け論をどれだけ重ねたとて、被害者救出には一向に近付かない。

正直、私はイデオロギー談義には飽きてしまいました。
サヨク独特の思考回路に縛られている人たち。
またはウヨク独特の思考回路に縛られている人たち。
イデオロギーの枠に囚われて思考を広げられない人たちと言うのは、結局の所どっちもどっちの同じ穴の狢ではないんでしょうか?

議論をすることを否定はしません。
けれど、自説をのたまう事で『救出活動をやったような気になっているネット言論人』の存在には正直ウンザリしています。
そんな人たちがいくら机上の空論を口から泡を飛ばす勢いで戦わせたとて、それが何の足しになるというのか?
ネット上でイデオロギーがらみの論争を見かけるたびに、気分がしらけて溜息ばかりこぼれる自分がいます。
そして一言言いたくなるのですよ。
その論争、日に日に憔悴していく家族の前でも言えるんですか?と。

20年も30年もの長い間、引き裂かれたままの家族がいます。
彼らの苦しみを、このまま放置していて良いんでしょうか?
被害者を救えないような、情けない国のままで良いんでしょうか?
被害者を救うために、私たちは何をするべきなんでしょうか?
この国のあり方をどうするのがベストなんでしょうか?

議論の為の議論に終始するのではなく、ROMのままで満足しているのではなく、どうすれば被害者救出に近付くのか?それぞれが真剣に考えて欲しいと思う。
そしていつまでも立ち止まったままでいるのではなく、ささやかな事でもいいから自分に出来る何かを行動で示して欲しいと心から願うのです。
家族にも被害者にも残された時間は少ないのだと言う事を、忘れて欲しくは無いのです。


posted by ぴろん at 14:38| Comment(20) | TrackBack(0) | 拉致問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
良い文章ですね。拉致を語る人々の中から、久しぶりに良い文章を見たように感じます。少しレスさせていただきますね。

> しかし、この問題は単なる誘拐事件とは性質が違う。
> 国家による犯罪行為は、突き詰めて考えれば国家主権とは何ぞや?人権とは何ぞや?という、日頃は余り意識しない難しい問題に直面する事になります。
> 戦後の日本が長らく放置してきた、この国の闇について考えねばならなくなります。

そう。この問題は多くのことを考えさせてくれるし、考えなくては解決に向かうことのない問題でもあります。私は、拉致問題が日本国民の民度を向上させる一助になって欲しいと思うし、そうなっているとも信じています。

> 良い議論を重ねようと思ったらその前提として、拉致問題の現実・北朝鮮の現実あるいは小泉総理の現実、そして日本の現実をきちんと見極めなければなりません。

これもその通り。残念ながら、日本の政治家や官僚、マスコミ、救う会や支持者もそれが見えていませんね。それぞれに問題はありますが、「北朝鮮の現実」に対する見方の稚拙さは皆同じ。他国を動かしたいと考えるのなら、その国の人々の思考や視座を理解しなくてはいけません。それをせずに「机上の空論」を組み立ててもダメですよね。

って、ここに私などがコメントしてもよかったのでしょうか?^^;
Posted by Safety at 2006年02月22日 18:27
★Safety様

ようこそいらっしゃいました。

>って、ここに私などがコメントしてもよかったのでしょうか?^^;

どうぞどうぞ、礼節を弁えて建設的に議論できる方であれば、どなたでも歓迎するのがうちの方針です。
これからもどうぞお気軽にコメントください。

右であれ左であれ、机上の空論ばかりを繰り返す人たちというのは、そもそも自説をぶち上げる事その物に酔ってしまっているんじゃないか?と言う印象を持ちます。
こういう人に対していくらこちらが懇切丁寧に議論を仕掛けても話そのものがかみ合わない。
人の話に耳は貸さず、人の意見を罵倒する事ばかりに血道を上げるのですから、正直どうにもなりません。

偉そうに能書き垂れる暇があるなら、一筆の署名を集めて欲しい、ハガキやメールを書いて欲しいと思う。
その方が確実に世論を喚起し、北朝鮮への圧力となりえます。
お疲れの家族を見るたびに、いつも申し訳ない気持ちで一杯になります。
彼らの苦境を一刻も早く解消するためにも、ネットの中で満足してないで現実の世界で汗をかいて動いて欲しいと、私は切実に思うのです。
Posted by ぴろん at 2006年02月23日 11:34
今、8月あたりの過去ログからここまでの、ぴろんさんの主張を読ませていただきました。(集会のテキストはほとんど読んでいないんですけどね。^^;)いくつか共鳴する主張がありました。

ところで、「救う会」の右傾化、先鋭化を懸念されていますが、これは今に始まったことではないと思います。というか、もともと現代コリア研究所のメンバーが中心になって始めたものですから、仕方ないですよね。

その「仕方ない」というのは、当時拉致問題に関心を持ち、ご家族の立場を理解しながら、運動を進めてくれたのは彼らだけだったのですから仕方ない、という意味もありますが。

ただ、私なんかは、拉致問題に関心は持ちつつも、それが「金正日体制打倒」とか「北朝鮮国民の人権」だとかに行きつくと、運動に関わりたくないと思ってしまったのですよね。だから、救う会への直接的な支援は(時期は覚えていないけど、2000年以前だったと思う)何回かカンパに協力した程度でした。

拉致の解決、これはそんなに難しい話じゃないと考えています。みんな難しく考えすぎ、というか、自分の視座、日本社会での視座でしか考えていないんですよ。だから、9.17以前には「北朝鮮が拉致を認めるはずがない」という主張しか存在しなかったし、今でも「北朝鮮の現体制との交渉では拉致が解決するはずがない」というのが、主流の意見でしょ? 

対北朝鮮問題について語るなら、もっと北朝鮮について北朝鮮の視座から考えてみるべきだと思うんですよね。
Posted by Safety at 2006年03月02日 01:22
★Safety様

>ただ、私なんかは、拉致問題に関心は持ちつつも、それが「金正日体制打倒」とか「北朝鮮国民の人権」だとかに行きつくと、運動に関わりたくないと思ってしまったのですよね。

う〜ん、確かにこういう意見を持つ人もいるのでしょうね。
救出活動に関れば関るほど、様々な考え・意見を持つ人と知り合うようになります。
そういう人たちと手を取り合って活動を進めるには、根源的には被害者を救いたいというその気持ち一つで共闘するより他にない、と言う境地にたどり着きつつある私でありますので、多少の意見の違いをいちいちあげつらって、排除の論理に及ぶようなおろかな事はしたくない物、と心に刻んでは降りますが。(笑)

「金正日体制打倒」とか「北朝鮮国民の人権」といったスローガンは要は、その中身の受け取り方次第ではないか?と私は思っています。
拉致問題を解決しようと思ったら金正日の存在は邪魔なのです。
彼の排除(暗殺cr亡命)は問題の解決の道筋上外せないのではないか?と。

北朝鮮の今後のあり方は北朝鮮に住む人民が自らの手で決めるべきと私も思います。
彼の国が民主化するかどうかは彼らの決めるべき事。
しかし拉致問題解決のためにも、北朝鮮の抑圧された人権状況を解決するにも、金正日の排除は欠かせない要素だと思うので、その一点で共闘できる部分はあるのかな?と思っています。
ただし、北の今後については主人公はあくまでも北朝鮮の人民であり、外野の私たちはあくまでも彼らの意思をサポートする立場であるべきだと、私は思っていますし、現場で動いているNGOの関係者もそこはある程度弁えをしているのではないでしょうか?
自分達が北に乗り込んで行って、北朝鮮国家をどうにかしてやろうなどと言ういう尊大な事を考えている関係者は私の知る限りいないようにも思いますが。

表の交渉ではまさか単刀直入に金正日の排除を持ち出すわけには行かないでしょうが、裏交渉では金正日本人に中国辺りへの亡命と引き換えに命の保障はしてやるからその代わり被害者を返せ、なんていう交渉は出来ないものか?と妄想してしまいます。
正攻法で押すばかりでも、この問題動きようがないようにも思うんですがね。

中国も北朝鮮に民主国家が樹立する事は望まない。
アメリカも中東問題に忙しくて、北朝鮮にばかり関ってもいられない。
そして金正日が惜しいのは自分の命ですから。
そこを逆手にとって、中国辺りに含みを持たせて金正日の排除に及ぶ、などと言うシナリオもあながち妄想ばかりではないようにも思っているんですが。
ただ、日本の現状を見るに、そこまで海千山千の交渉をしているとは思えず、その点でもどうもお寒い限りと言うのが正直な所です。
Posted by ぴろん at 2006年03月02日 16:29
> 拉致問題を解決しようと思ったら金正日の存在は邪魔なのです。
> 彼の排除(暗殺cr亡命)は問題の解決の道筋上外せないのではないか?と。

なんで?
拉致の主犯が誰であるかは自明のことですけど、(ぴろんさんも事実上おっしゃっているように)「被害者の奪還という目的のために、主犯を裁く権利を放棄する」というのは有り得る選択肢でしょ? 

また、北朝鮮の人民は本気で心から「将軍様は偉大だ」と崇敬しています。彼らの主権を尊重するなら、「将軍様排除」という選択肢は彼らには有り得ません。それは人民たちにとって「この世の終わり」にも等しいことですからね。そんなことを彼らに強いて、彼らを本当に幸せにする自信、ぴろんさんはお持ちです? 私にはありませんけど。
Posted by Safety at 2006年03月02日 18:02
★Safety様

すみません、Safety様の仰る、

>北朝鮮の人民は本気で心から「将軍様は偉大だ」と崇敬しています

と言うご意見の根拠が分かりません。
確かに表向きは北の人民は全てが金正日マンセーでしょうし、特権階級にある人たちにとっては金正日体制の崩壊はありえないこと。
彼らは何が何でも体制の維持に拘る事は理解しています。

脱北者の証言からも金正日に対する批判的な声は出ておりますし、一般大衆の中からも体制を忌避する声はあると聞いています。
ただ厳しい相互監視の社会構造ゆえにそれが大きなうねりにならない、クーデターを含む体制変革につながり得ない、と言うのが私の認識です。

>そんなことを彼らに強いて、彼らを本当に幸せにする自信、ぴろんさんはお持ちです? 私にはありませんけど。

私にも北朝鮮人民を幸せにする自信などありません。
でも金正日体制が存続する限り拉致問題の解決も及ばないのでは?というのが今現在の私の認識です。
事態の推移によって、もしも拉致被害者を救う事と北朝鮮人民の幸せを天秤にかける究極の選択を迫られる場面があるとしたら、私は拉致被害者の方を取る。
その判断はいけない事でしょうか?

それと蒼板での大介様との議論も読ませていただきました。
私も概ねSafety様の主張と同意見なのですが、ただし、

>淡々と「拉致を解決しなさい。でなければ制裁する。」とだけ言えばいいのです。北朝鮮が「拉致を解決しても独裁政権をぶっつぶされる」と受け止めてしまったら、拉致は解決しませんからね。

というところだけは微妙に食い違いますね。
淡々と「拉致を解決しなさい。でなければ制裁する。」とだけ主張して、その通り解決すれば私も取りあえず文句は有りません。
北朝鮮の体制の事も核や麻薬の問題もそれは別件で考えればよい事。

交渉の初めから体制を潰すぞ!と脅す必要は仰るとおり必要ないかもしれません。
ただ物事は常に最悪の事態を想定して準備対応を怠ってはならぬと思うのです。
制裁を発動したとして、北朝鮮が歯を食いしばって耐えてしまったらどうするのか?
拉致など知らぬ存ぜぬとしらを切り通し、拉致問題は解決済みというこれまでの姿勢を変えなかったらどうするのか?
支援者の中にはその点の心配をして居る人が少なからずいますし、私もその可能性は全く排除は出来ないと考えています。

拉致問題を解決する事について、彼らの側に何のデメリットも無いのならどうして9.17の時全ての被害者をまとめて返さなかったのでしょうか?
日本側がその存在を見逃していた曽我さんをわざわざ選んで返して寄こすくらいなら、政府未認定の被害者もまとめて全部返してしまえばいい。
しかし現実はそうなってはいません。
これは日本側の圧力が足りないと言う面もあるでしょうが、北朝鮮の側にも拉致問題をスッキリ解決出来ない理由があると見ておいた方が良いのではないでしょうか?
例えば田口八重子さんの場合、大韓航空機爆破事件の実行犯・金賢姫との問題が絡んできますが、田口さんを返す決断をするには、北朝鮮がテロ行為を行った事実を北自らが認めなければなりません。
自ら自国をテロ国家と認めるのは北にとっての大いなるデメリットのはず。
それでも「拉致を解決しなさい。でなければ制裁する。」とだけ言えば、問題は解決するのかどうか?

制裁を発動した結果、数人の被害者のみを返して再び拉致は解決済みと言い張る可能性も否定はできません。
こういう時間のかかるやり方でも被害者が1人も帰らないよりは何ぼかマシとは思います。
しかし、それでは全ての被害者を救い出すのにあと何年かかるのか?
それと拉致問題の全体像や真相などについて、深くきちんと理解している国民はそう多くはありません。
例えば拉致問題のシンボル・めぐみさんの帰国がもしも実現した場合、拉致問題に寄せる関心度が急速に萎む恐れもあります。
北朝鮮の側が腹を括ってそういう奇策に打って出る可能性も否定は出来ない。
そうなると多くの被害者の存在が、有耶無耶にされてしまう危険性も有ると思います。
そして間の悪いことに、日本国内にもこういう半端な解決のあり方をよしとする勢力が少なからずいる。

もうひとつ、このやり方ではどこまで被害者を奪還すれば全員救出となるのか、誰も判断出来ない事です。
誰と誰と誰を救い出せば、次、国交正常化の交渉に踏み切っても宜しいと、いったい誰が何を根拠に判断をするのか?
拉致を指令したのは金正日その人です。
その人が国のトップの座にある限り、拉致問題の全容を解明する事は難しいと思います。
それこそ佐藤氏の話ではありませんが、日本が一番必要な拉致被害者の情報を手に入れるのは果てしなく不可能に近いと言う事です。
これが拉致問題を考える上での一番の問題点ではないのでしょうか。

私が望むのは全ての被害者を早急に救出する事。
その意味で私は問題解決のために、北朝鮮の体制から金正日を排除するという強攻策もやはり選択肢の可能性の中に含めて置く必要は有るのではないのか、と考えていますが?

>「北朝鮮の現実」に対する見方の稚拙さは皆同じ。他国を動かしたいと考えるのなら、その国の人々の思考や視座を理解しなくてはいけません。それをせずに「机上の空論」を組み立ててもダメ

一番初めに頂いたコメント、この趣旨には私も深く同意しますが、私の思う北朝鮮の現実とSafety様が思う北朝鮮の現実には食い違いがあるようですが。
もし、宜しければSafety様がなぜ北朝鮮の人民は本気で心から「将軍様は偉大だ」と崇敬していると断言できるのか、その理由をお聞かせください。

お返事長くなってすみません。
Posted by ぴろん at 2006年03月02日 22:24
> 事態の推移によって、もしも拉致被害者を救う事と北朝鮮人民の幸せを天秤にかける究極の選択を迫られる場面があるとしたら、私は拉致被害者の方を取る。
> その判断はいけない事でしょうか?

いいえ、構わない。それでいいと思います。私たちにとっては自国民の幸せが一番大事です。

しかし、そうであるなら「北朝鮮国民のため」などということは言わない方がいいでしょ? 本心は「拉致被害者のため」なのに「北朝鮮国民のため」などと口にするのは偽善だと思いません?

ましてや「北朝鮮人民を幸せにする自信がない」と自覚されているのなら、北朝鮮自身のことには口を出さない方がいい。
Posted by Safety at 2006年03月03日 00:36
> もし、宜しければSafety様がなぜ北朝鮮の人民は本気で心から「将軍様は偉大だ」と崇敬していると断言できるのか、その理由をお聞かせください。

そういう世界もあるのですよ。ぴろんさんだってご存じでしょ? カルトに入信した友人がいらっしゃるんでしょ?

北朝鮮のことは情報が限られているし、本当にわからない。また「専門家」と言われる人たちの分析や認識もたいしたことはない。他の地域の専門家に比べたら、その層も薄い。だから、限られた情報から、推測や仮説、その検証を繰り返さなくては、自分なりの「北朝鮮」が見えてこない。

あの国が、あの体制でいまだに存続しているのは、普通ならば理解できないことなんですよ。ほとんどの社会主義国家はソ連の崩壊とともに崩壊しました。彼らにとっての、それまでの価値観も崩壊したはずなのです。しかし、北朝鮮は崩壊しなかった。中国やベトナムのような改革開放もしなかった。どうしてだと思います? どうしてそんなことができたのだと思います? それどころか国民の一割を餓死させたとも言われる「苦難の行軍」に「勝利」してしまった。普通の感覚では理解できないでしょ?

報道などから様々な事実(と私が考えていること)と、私が現地で体感したことからそういうことを感じたし、そうとらえればあの国を理解できる、と言ったら理解してもらえませんか?

それからね、脱北者の大多数は「食えないから」脱北しただけだと思いますよ。彼らの口から、少なくとも脱北直後は、体制批判を聞くことはできないというのが私の認識です。人民にそんな自我はない。政治的な考えとか、「自由を求めて」なんてことはない。もし脱北者を支援している方に知り合いがいらっしゃるなら、一度お聞きになったらいいと思いますよ。

もし「政治的自由を求めて」脱北している人々がいるなら、それはそれで私も注目したいです。
Posted by Safety at 2006年03月03日 00:42
★Safety様

素早いご返事ありがとうございます。

北朝鮮が巨大なカルト国家であるという事は同意です。
カルトの論理で国中ががんじがらめになって誰も身動きが取れない状態になっている。
それゆえに体制の維持がなされてしまう・・・と言う皮肉な現象が起きている事は理解できます。

>脱北者の大多数は「食えないから」脱北しただけだと思いますよ。彼らの口から、少なくとも脱北直後は、体制批判を聞くことはできないというのが私の認識です。人民にそんな自我はない。政治的な考えとか、「自由を求めて」なんてことはない。

これはその通りでしょうね。
カルト的思考に縛られた脳みそではカルトの論理でしか物を考えられない。
少なくとも言論の自由が認められている日本の一般人のような自由な思考と言う物は、カルトの世界には一切存在しません。

でもカルトの論理で言うならばですね。
表向きはカルトでぐるぐるになっていても深層心理のどこかで「これはおかしい、何所か変だ」と言う人間の本能とでも言うか、物事の真理を直観する心はカルト思考の奥深くに眠っているんだそうですよ。
だからカルトで縛られた人に対しては高飛車に威圧するのではなく、例え相手に聞く耳が無くても穏やかに普通の常識の話をインプットしておくと、その人がカルトの呪縛から解き放たれる時の回復度がてきめんに違うらしいんです。
一時期読み漁ったカルトの本のどこかに、確かそんなような趣旨の事が書いてあったと記憶しています。
北朝鮮を脱北して韓国へ来た人たちは、一週間ほどで北の呪縛から解き放たれると聞きました。
それも深層心理のなかで無意識の疑問があればこそ、そんなにも早い時間で北朝鮮と言う国の矛盾に気がつくのではないでしょうかね?

ですからね、まあ北朝鮮の事は北朝鮮の人民が最終的に決めるべきなんですが、「あなた方の国はこれで本当にいいんですか?」と言う問題提議はいろいろな形でしておく事は悪くないと思っています。
いい意味でのおせっかいと言うかサポートと言うか、そんな形で「金正日体制打倒」とか「北朝鮮国民の人権」を言う人がいても良いと私は思っています。
ただしくどいようですが、北朝鮮の将来を決めるのは北朝鮮の人たち。
そこの所はSafety様ご指摘のように、主客転倒になってしまわないよう注意はするべきでしょうね。
この運動の目的は被害者救出であり、北朝鮮の体制変革を含めたあちらの事は二の次の話であるという優先順位を間違えないこと、これも大事な視点でありましょう。

それと被害者救出運動はとにかくどんな手を使っても被害者を救えればいいのですよ。
極端な話、金で済むなら身代金を払ってでも、今すぐ全ての被害者が確実に帰国できるならそういう選択肢があってもいい・・・なんて書くと、あらぬ誤解を招いて激しくバッシングされそうですが。(笑)
蓮池透さんの意見が何かと言うと批判をされますが、彼の主張も要はこういう事を言いたいのではないか?と思うのです。
この運動の本質はともかく被害者を救い出すことにあるのですから、そこを忘れてはならないと。
その原点を忘れずに、しかし被害者救出のために戦略上使える手段と使えない手段がある事を選別しなければなりません。
金を払って被害者を奪還するのは、金正日体制維持につながり長い目で見て北朝鮮の人民に感謝される事はないでしょうから、選択肢にはなりえない。
ではどうするのか?
策を練る過程では、ソフトランディングからハードランディングまで、つまり武力行使の可能性まで含めてあらゆる可能性を排除するべきではないと私は考えます。
その中で出来る事と出来ない事を選別し、最良と思える手段を取る事が求められるのではないでしょうか?
Posted by ぴろん at 2006年03月03日 02:05
★Safety様

カルトがらみの話が出たついでなので、私の知り得るカルトの話を一つ二つ。

マインドコントロールとは一言で言って、相手に恐怖心を植えつけてその人の生存権を支配する事、と言えるかと思います。
この生存権に関る人間の本能のこと、分かりやすく言えば食欲・性欲・睡眠欲のことですが、これを恐怖心を使って支配するのがカルトなのです。
ですからマインドコントロールの初期の段階では、まず対象者を世間の情報から隔離して睡眠と食事を奪い、くたくたにくたびれきって思考力が完全に低下し難しい事など考えられなくなる状態にしたあと、カルトの論理を吹き込むのです。
その際、この教えに逆らえばお前の命は無いとか、この世の終わりが来るとかといった生命の危機と言う恐怖心を植えつける。
そうすると人と言う物は案外あっさりカルトの手法に陥落するらしいです。

北朝鮮の独裁体制は、見事にこの原則を貫いてますよね。
恐怖による支配、体制に逆らえば配給を止められ生存権を脅かされる。
強制収容所へ送られる。
性欲も・・・ジェンキンスさんの著書には監視員から同居する料理人とのセックスの回数まで決められてそれを実行するよう強要された、と言う記述も出て来ました。
これなどカルトの典型的な発想・思考方法です。
人間の性の問題までコントロール出来ると思って、人の生存本能の領域にまで踏み込んで来るのがカルトなのです。
性欲のコントロールはオウム真理教でも統一協会でも使われてますよね。
例えば統一協会では夫婦は決まった体位で性交するようにと決められていると聞きましたが、普通の感覚で行けば夫婦が夜布団の中で何をしようと他人にとやかく言われる筋合いは無い、大きなお世話です。
ですが、カルトの脳では定められたしきたりに従う。
そうしないと支配者の機嫌を損ねて自分の生存権が脅かされると思い込まされるのがカルトの手法だからです。

でも人間って不思議な物で、この生存本能を恐怖で支配されると、表向きは確かに支配者に絶対服従になるんですけど、深層心理の部分では「これはおかしい、こんなのは変だ」という違和感・反発心を感じているんだそうです。
この深層心理、と言うのがカルトを考えるポイントです。
普段からこれらの違和感をバリバリに意識していたら生きるのが辛くなるので、無意識の内に心の奥深く封印をしている。
脱マインドコントロールのカウンセリングをする時も、この深層心理の奥に眠っているその人本来の意識をいかに呼び戻すか?と言うのが重要なのだと何かで読んだか聞いたかした覚えがあります。

それに日本社会の中にいるカルトの人たちは一般社会の中で一般の情報に触れながらもマインドコントロールされているわけで、それを開放するには専門家のカウンセリングを受けるなど手間も暇もかかります。
しかし北朝鮮の場合は、完全に情報が隔絶された中でのコントロールですから。
この隔離された状態で恐怖心を持って人を支配する、と言うのはマインドコントロールの初期の手法なので、この段階であれば外の世界の情報が入るようになれば目覚めるのはたやすいのです。

ですから北朝鮮の体制変革を目指すのであれば、とにかくあらゆる手段を使ってあの国の中へ外の情報を入れる事。
実際ラジオは相当数あの国の中に入っていて、日本や韓国、アメリカなどの海外の情報を密かに聴いている人は多いと言いますし、中国との国境付近では携帯電話も相当数入り込んでいるとも聞きます。

そういう話もちらほら聞く中で、北朝鮮の人たちが本当に心から金正日を崇敬しているといえるのかどうか?
私はそのところにはちょっと疑問を感じています。
本当に金正日に崇敬してしまっているなら、海外情報も本人自ら拒否します。
カルトもコントロールのレベルが進めばそういう境地まで行ってしまう人もいますから。
オウム真理教でも未だに麻原の呪縛から解放されない人がいるのと同じです。
でも北朝鮮では密かにラジオを聴いている人がたくさんいるという。
自分達が食べる物でさえ自由にならない社会に、多くの人たちが心から満足しているはずなど無いと思います。
私は北朝鮮人民の人としての生存本能は、彼らの心の奥深くで熱を帯びてうごめいていると信じます。
ただ、あの国の人民が目覚める為には、まだきっかけが足りないのです。
それだけの事だと私は思います。
Posted by ぴろん at 2006年03月03日 14:47
>> Posted by ぴろん at 2006年03月03日 02:05

> 北朝鮮を脱北して韓国へ来た人たちは、一週間ほどで北の呪縛から解き放たれると聞きました。

誰がどういう文脈で言ったことか知りませんが、ここで言う「北の呪縛」というのは具体的にどういうことを言ってるのでしょうか?
私の認識は、脱北者の多くは「食えさえすれば北朝鮮は悪い社会ではない」と考えていて、将軍様への批判はなかなか出てこない。また、韓国に来ても韓国社会になかなかとけ込めないことが問題になっている、というものです。

> いい意味でのおせっかいと言うかサポートと言うか、そんな形で「金正日体制打倒」とか「北朝鮮国民の人権」を言う人がいても良いと私は思っています。

私もそれはそれでいいと思いますよ。ただし、もし日本人がそれを言うなら、彼らの思考や文化、歴史への理解が充分にあることが前提。それがない者が偉そうに口を出すのは「いい意味でのおせっかい」には決してならないでしょう。
また、「北朝鮮のことは北朝鮮人民が決めるべき」という視座に立つならば、まずは在日朝鮮人や韓国人の意向を尊重すべきではないでしょうか? 彼らは自由に情報を得ることができる社会にいるわけです。(少なくとも、在日は日本社会に生きているわけで、私たち日本人と同じ情報を得ることができます。)彼らの主流意見が「金正日体制打倒」というものであれば、私たちがそれを「サポート」することには私も賛成です。しかし、今のところ、そういう意見は主流ではない。

> 金を払って被害者を奪還するのは、金正日体制維持につながり長い目で見て北朝鮮の人民に感謝される事はないでしょうから、選択肢にはなりえない。

北朝鮮人民からの感謝ということを考えるなら、日本が彼らのため(ということで)金正日体制を打倒したところで、彼らから感謝されることはないと思いますけど? それは今の韓国を見れば明らかでは?

> 蓮池透さんの意見が何かと言うと批判をされますが、彼の主張も要はこういう事を言いたいのではないか?と思うのです。
> この運動の本質はともかく被害者を救い出すことにあるのですから、そこを忘れてはならないと。

私は蓮池氏の発言は(彼の著書は読んでいませんので、詳しいことは知りませんが)傾聴すべき意見があると思っていますよ。この運動はスタートの時点から「そこを忘れて」いたのだと思います。それが、被害者の一部が帰国したりして、やっとそれに気づく人がご家族の中にも現れてきたということだと私はとらえています。


※もうひとつのレスについては、またあらためてコメントさせていただきます。
Posted by Safety at 2006年03月04日 19:37
>> Posted by ぴろん at 2006年03月03日 14:47

ぴろんさん、失礼ながら率直に申し上げますが、日本人としての視座や思い込みから「北朝鮮もこうなるべきだ」「北朝鮮の人々もこうであるはずだ」と決めつけて、結論を導き出しているだけではありませんか?

私はね、北朝鮮のような社会というのは結構「楽」な社会ではないかと思っているのですよ。日本のような社会では価値観が多様で、自分の頭で考え判断しなくは生きていけない。しかし、北朝鮮では価値観が均一で、自分の頭で考える必要がないのです。与えられた情報と価値観を鵜呑みにして、ただただ素直に従っていればいい。それって、結構「楽」なことだと思うし、それはそれで決して不幸なことではないと思うのです。現に、日本のような社会に生まれ育ってもオウム真理教に入信する人もいるわけです。それは「楽」だからだと思うのですよ。

北朝鮮のような世界は、決して特別な世界ではない。人間であれば誰しも持っている部分が、たまたま極端なかたちで現れただけ。私は北朝鮮の人民たちはそれなりに幸せに暮らしているのだととらえています。私たちの価値観を押しつけるのが、絶対的な正義だとは思えないのです。

> ですから北朝鮮の体制変革を目指すのであれば、とにかくあらゆる手段を使ってあの国の中へ外の情報を入れる事。

ということであれば、韓国の太陽政策を支持すべきでしょう。私の見るところ、金大中前大統領はそれを目的として、太陽政策を始めたのだと思います。
つまり、北朝鮮の体制は盤石である。であるなら、短期的な北朝鮮崩壊の可能性をあきらめ、中長期的に体制を揺るがすため、あらゆる手段を使って情報を入れよう、と。それが彼の狙いだったのだと、私はとらえています。
もちろん、韓国は多様な価値観が許されている社会です。同じ政策を推進するにも、人々の考え方、とらえ方は多様です。今の盧武鉉大統領の真意はわかりません。

しかし、おっしゃるようなことを目指すのなら、韓国と協力して、日本は国交正常化をさっさとすませて、どんどん援助すべきでしょうね。それが「情報を入れる事」につながります。

> 自分達が食べる物でさえ自由にならない社会に、多くの人たちが心から満足しているはずなど無いと思います。

だから、それが「思い込み」だというのです。「心から満足」していなくても、日本人に支配されていた植民地時代よりは、彼らはマシだと考えているのだと思いますよ。
そして、それは不思議なことではない。日本でも、太平洋戦争末期「食べるものさえ自由にならない社会」でも、米艦に特攻しても皇居に特攻する日本人はいなかったのですからね。
Posted by Safety at 2006年03月04日 22:14
> 拉致問題を解決する事について、彼らの側に何のデメリットも無いのならどうして9.17の時全ての被害者をまとめて返さなかったのでしょうか?

北朝鮮にとっては「返す必要がなかったから」でしょうね。
今北朝鮮にとって対日外交の最重要課題は「日本からの制裁を回避すること」だと思います。拉致を認めて形式的に詫び、5名の被害者とその家族を返したことで、今もまだ制裁は発動されていません。彼らの外交目的は達成されています。
だから、まとめて返す必要はなかったのでしょうね。
Posted by Safety at 2006年03月06日 10:13
★Safety様

返信が遅れてすみません。
二日ばかりPCを開く暇が無いほど忙しかったのです。
事情をどうかご理解ください。
全ての問い掛けにお答えしたい所ですがそれをすると果てしなく長くなりそうなので、Safety様のご意見の中で特に心に引っかかった所をいくつか返信させて頂きます。


>私の認識は、脱北者の多くは「食えさえすれば北朝鮮は悪い社会ではない」と考えていて、将軍様への批判はなかなか出てこない。
また、韓国に来ても韓国社会になかなかとけ込めないことが問題になっている、というものです。

幸福のあり方は他人がとやかく押し付ける筋合いの物ではありません。
仰る事はある意味では確かにそのとおりだと思います。
食えさえすれば大衆の殆どは幸せなのです。
でも、「将軍様への批判はなかなか出てこない」と言うのはどうなのでしょうか?
私の乏しい知識・情報の中でも体制への批判の声は在りますよ。
ただ仰るようにその声が主流になっていないと言えば、そのとおりかもしれませんが。

韓国社会になかなかとけ込めないのが問題になっているとの事ですが、カルトの視点から考えれば特別不思議な事ではありません。
カルトの世界に長くいた人ほど、社会復帰は難しくなかなか外の世界に適応出来ない人もいるというのは、少しでもカルトについて勉強した人なら常識的な知識です。

飢餓の時に食料の配布を受けられず餓死した人たちは、いわゆる敵対階層の人たちだったはずです。
そんな状況の中で生き延びる為には、嘘であろうが芝居であろうが彼らは必死で他の誰よりも「私は金正日マンセー」であると声を上げねばなりません。
嘘も百回言えば真実になるの言葉もあるそうですが、支配者に生存権を握られた過酷な状況で自由意志の選択の余地がない環境に置かれれば、人間誰でも金正日マンセーこそが自分の本心なのだと思い込んでしまう事でしょう。
そういう事情を考え合わせた上で、「北朝鮮の人民は本気で心から「将軍様は偉大だ」と崇敬しています」と断言する事に、私は同意出来ません。
そこには大きな事実誤認があると私は思いますので。
金正日マンセーが真実彼らの本心であるなら、脱北しようが何をしようが金正日崇拝はやめないはずです。
でも脱北して外の世界に触れてしばらくすると、みな呪縛から解き放たれたように北の現実が見えるようになると聞きます。

ですからSafety様の言う
>少なくとも脱北直後は、体制批判を聞くことはできないというのが私の認識です。人民にそんな自我はない。政治的な考えとか、「自由を求めて」なんてことはない。
と言うのも事実であるが、一方で
>北朝鮮を脱北して韓国へ来た人たちは、一週間ほどで北の呪縛から解き放たれる
と言うのも事実であろうと思います。

だから私は、

>人間って不思議な物で、この生存本能を恐怖で支配されると、表向きは確かに支配者に絶対服従になるんですけど、深層心理の部分では「これはおかしい、こんなのは変だ」という違和感・反発心を感じているんだそうです。
この深層心理、と言うのがカルトを考えるポイントです。

とご主張申し上げているのですけれど。
ちなみにこの一週間云々の話はRENK代表の李英和さんの言葉です。
北朝鮮問題に詳しいSafety様ならとっくにご承知だと思っていましたが、ご存知有りませんでしたか?

>しかし、北朝鮮では価値観が均一で、自分の頭で考える必要がないのです。与えられた情報と価値観を鵜呑みにして、ただただ素直に従っていればいい。それって、結構「楽」なことだと思うし、それはそれで決して不幸なことではないと思うのです

ハイ、私もそう思います。
北朝鮮がどんなに厳しい独裁体制であっても、彼らが誰に迷惑をかけることも無く本当に満足をしているならば、誰もリスクを取ってまで北朝鮮に干渉などしないでしょう。
ただし、彼らが核だの拉致だの偽札だのと反社会的行為をするとなれば話は別です。
それと仮に外の世界に迷惑を及ぼさないとしても、例えば北朝鮮国内で人民を強制収容所に送り込んで非人道的な扱いをしている、という話を聞けば知らん振りを決め込むと言うわけにも行かないでしょう。

オウム真理教や統一協会がなぜあそこまで大きな問題になったか?
彼らの主義主張が自分達のテリトリーをはみ出して一般社会の無辜の人たちにまで危害を及ぼすようになれば、周りも放置出来なくなります。
いくら思想信条の自由があっても、反社会的行為に対しては当然周囲から批判の声が上がりますし、警察の捜査などのような強い対応も取らなければならなくなります。
私の言う北朝鮮へのお節介と言うのはこの「周囲からの批判の声」とか「警察の捜査」に当たる物を指して言っているつもりです。
北の体制が国家ぐるみで犯罪国家なのは自明の事。
それを「彼らは幸せなのだから」と理屈をつけて放置するのは、彼らにとっても周囲にとっても良い事なのかどうか?

失礼ながら、私の意見が「思い込み」だと仰るならば、北朝鮮人民が今の状態で幸せなのだとSafety様が断言する事も、一種の押付け・狭い判断のように私は感じます。
彼らが今の北朝鮮の内と外とを比べて、それでも今の体制の下での暮らしの方が幸せだと判断したと言うのならともかく、彼らには今、内と外の世界とを比べる手段も選択する余地も無いのです。
少なくともですね。
彼らが自分達の国の将来像を決めるに当たって、比較の為に外の世界の材料は与えられるべきだ、と言うのが私の考えです。

・・・長くなったので分割します・・・
Posted by ぴろん at 2006年03月07日 09:51
・・・上の続きです・・・

>また、「北朝鮮のことは北朝鮮人民が決めるべき」という視座に立つならば、まずは在日朝鮮人や韓国人の意向を尊重すべきではないでしょうか? 彼らは自由に情報を得ることができる社会にいるわけです。(少なくとも、在日は日本社会に生きているわけで、私たち日本人と同じ情報を得ることができます。)彼らの主流意見が「金正日体制打倒」というものであれば、私たちがそれを「サポート」することには私も賛成です。しかし、今のところ、そういう意見は主流ではない。

私も彼らの意思を尊重する事にやぶさかでは有りません。
でも一つだけ反論させて頂きたいのは何度もくどくてすみませんが、彼らが北朝鮮の将来を自分で決める為には、様々な情報に触れてその中から最良と思える道を選べる状況を確保する事が大前提だ、と言うことです。
今の北朝鮮国内に、その自由はありますか?
在日は日本社会の中で確かに自由に情報に触れてはいるけれど、彼らは在日社会の中で様々な圧力を受けて自由な発言を確保する事は出来ません。
特に北に批判的な意見を口にすれば今でも在日社会で村八分になる状況があるそうですし、北朝鮮に親戚のいる人であればあちらに人質を取られている状況ですから、そもそも北に批判的な事を堂々と口に出して言える環境にありません。

韓国も状況は似たようなものです。
韓国国内でも北に批判的な意見を公に言うのは難しい状況にある。
そもそも北にまだ家族を残している脱北者は表立って北朝鮮批判をするわけには行きません。
日本国内もそうですが、韓国国内にも日本以上に北のスパイや協力者はたくさん入り込んでいるはずでしょう。
そんな状況でおおっぴらに体制批判など出来ようはずも無い。

マスコミの報道にも当局からの圧力はかかっていると聞いています。
韓国のマスコミで親日的な意見を報道出来ない事は知られていますが、北朝鮮に批判的な意見もまた報道する事は出来ないそうです。
従って韓国の市井の人たちの多くは北朝鮮のありのままの姿を正しく知らされていないと聞いていますが、私のこの認識は間違いですか?
韓国のNGOがやっている北朝鮮向けラジオ放送「自由北韓放送」は当局の摘発や北シンパの連中からの妨害を逃れるために、隠密行動で放送電波を出している。

・・・「拉致被害者は生きている!東京集会(14)05.9.18 友愛会館にて」より 西岡氏の話を一部抜粋・・・
http://piron326.seesaa.net/article/7331917.html

実は今脱北者の仲間で今、自由北韓放送と言うですね。
短波ラジオ放送を、来年の1月から北朝鮮向けに脱北者が放送局を作って送ると言う計画があって準備をしているんですね。
韓国の中で左翼の学生や北朝鮮に近い人たちが、その放送局を何度も襲撃して放送局が維持できなくなって、転々と引越しをして、そして韓国当局も実は良い顔をしていない中で脱北者の力で自由の声を北朝鮮に届けようと活動をやっていまして。
私もその放送局まで活動を9月に行って見てきまして、普通の食堂の地下でトイレも無いところにいるんですね。
そこでしかし、どんなテロにあっても自分達の声を北朝鮮に入れたいんだと。
北では今、実は短波放送を聴いている人は多いと。
脱北者が北朝鮮の思考方式で北の方言で言うと信じてくれると、と言っていまして。
その放送の一部で日本人拉致の情報も是非くださいとか、日本人は絶対に拉致問題では妥協しませんとか、言う事を流してもらう事はできないかと言う話もしてるんですが。

・・・引用終了・・・

これが韓国での北朝鮮に批判的な立場を取る脱北者の現状です。
北に対して批判的な意見を言いたくても言えない脱北者が、相当数いる可能性を認識する必要はあるでしょう。
北の体制批判が主流になっていないから、即それを彼らはあの体制の中で満足していると言うのも少し極論に過ぎませんか?

あの黄長ヨプ(火へんに華)氏でさえ、韓国国内では自由な発言権は確保されていません。
この事実を見逃して、「体制批判が主流になっていないのだから周りは余計なお節介をするな」と言うのでは、物事の判断の材料の捉え方としてはどうなのでしょう?
Safety様だって、『彼らの主流意見が「金正日体制打倒」というものであれば、私たちがそれを「サポート」することには私も賛成です』と仰っているのです。
であるならば、彼ら脱北者や在日の人たちが、中々本音を口に出来ない状況にあると言う事実を見逃しにしたまま、断定的な結論を導き出すのは時期尚早ではないのでしょうか?

・・・長くなったので再度分割します・・・
Posted by ぴろん at 2006年03月07日 09:51
・・・上の続きです・・・

>> 自分達が食べる物でさえ自由にならない社会に、多くの人たちが心から満足しているはずなど無いと思います。

>だから、それが「思い込み」だというのです。「心から満足」していなくても、日本人に支配されていた植民地時代よりは、彼らはマシだと考えているのだと思いますよ。

このご意見も仰りたい事は理解出来ます。
ただし彼らの持つ情報は外の世界から遮断されている上に、北朝鮮当局に都合のいいように改ざんもされている。
今の暮らしが「日本の植民地時代」と比べていいのか悪いのか、そもそも判断する材料を彼らは持っていないのです。
その現実を外して北朝鮮のあるがままを見よと説いたり、彼らは今幸せなのだと断言しても説得力が足りなくはありませんか?
北朝鮮の正しい現実を知る事は大切だと私も思いますが、それはそのまま北朝鮮の今の現状を容認する事とは違うと思います。

北朝鮮と言う独裁国家の殻の中にいて、外の世界を知らない事はある意味確かに幸せかもしれない。
でもその歪んだ状況が、金正日という犯罪者による独裁体制を支えているのも事実です。
実際周りに被害も出ているのですから、いつまでも彼らにかごの鳥を決め込まれても困ります。
現実問題彼らに外の情報を与えて目覚めさせるのは、かなりの難行苦行かもしれない。
でも北の体制があのままでは、拉致被害者の情報も取れず救出も覚束ないと私は思うのです。
だから私は北朝鮮に対してお節介をする事を許容します。

厳しい言い方かもしれないが、北朝鮮をあそこまでの独裁国家にしたのは金正日だけの責任ではなくそれを支えた人民の責任でもあると思う。
ですから私は万が一北の人民と拉致被害者を天秤にかける場面があるとしたら、拉致被害者を取ると言う覚悟もしています。
でもそうは言っても、やはり北の人民がただただ不幸のどん底に落ちていくのを指をくわえてみているような薄情者にはなりたくはありません。
なんとか北の人民にも目覚めてもらって、『犯罪者を指導者として崇め奉るような間違い』を正して欲しいと思う。
その結果として彼らの暮らす社会は、Safety様がご指摘の今の彼らが感じている幸せとは違う形の社会になるかもしれない。
混乱が起きるかもしれないし、それを支える自信はあるのか?と問われれば有りませんと答えるしかない。
それでも私は北がどんな社会になるにせよ、彼ら北朝鮮の人民が穏やかに平凡に暮らせる幸せを掴んで欲しいとも思う。
そこのところを、

>日本人としての視座や思い込みから「北朝鮮もこうなるべきだ」「北朝鮮の人々もこうであるはずだ」と決めつけて、結論を導き出しているだけ

と取るかどうかはそれこそ見解の相違、ではないでしょうか?

ふと思ったのですが。
ここで私とSafety様が今知りうる情報だけを判断材料に、北の人民が今幸せなのか?不幸せなのか?と、つばぜり合いをしてみても余り意味は無い様にも思います。
いずれにせよ、北朝鮮人民にしても在日朝鮮人にして脱北者にしても、彼らが今真実の声をおおっぴらに言える状況ではない、と言うのが私の認識。
北の犯罪国家体制はどうにかしなければならない、と言うのも私の認識。

北朝鮮の現状を正しく認識することとが必要だと言うならば、私もSafety様もお互いに、彼ら北朝鮮人民や在日朝鮮人の真実の声をもっともっと、自分の耳をダンボの耳のようにして聞かねばならぬのでしょう。
Posted by ぴろん at 2006年03月07日 09:52
ぴろんさん

もしよろしければですが、メールでもお話ししてみませんか?
公開の場では言えない本音も交えて話してみたいと思うのですが。
Posted by Safety at 2006年03月07日 23:52
★Safety様

光栄なるお申し出、ありがとうございます。
でも、なぜ私なのですか?
議論の交わし甲斐のある論客は私のほかにもたくさんいらっしゃるでしょうに。
もし不都合でなければ、なぜ私なのか?その理由をお聞かせいただけませんでしょうか?
メールでお話しするといってもテキスト作成作業で、私の日常は一杯一杯です。
マメにお返事差し上げる事は難しいかもしれませんし、出来れば議論は他の人にも読んでもらえる公開のBlog上でと言うのが私の方針なのですが。

当Blogのエントリーを一通りお読みいただければお分かりのように、私は難しい事など何も分からないごく普通の一般庶民です。
拉致問題に関しても寝言・たわ言・素人の素朴な疑問レベルの事しかかけません。
月に2〜3回集会へ行く時間を確保して、それをテキストに起す事で私の支援活動は目一杯です。
拉致問題に関する情報収集も、集会と支援者仲間との直接の会話の他は、ネットと書籍が私のテリトリーです。
正直申し上げますが、正論とか現代コリアとかの雑誌類は一度も目を通した事がありません。
自分の日常の中では、雑誌を読む時間の確保まではとても手が回らないのです。

私が自分の時間を削ってでも拉致問題に関るのは、お困りの家族の方々を見逃しには出来ない・放ってはおけないという人間としての矜持以外の何物でも有りません。
しかしながらこの問題は複雑怪奇、私のような素人が扱うには余りにも問題の山が大きすぎる。
拉致被害者を救うためにはどうすればいいのか?
その目的を果たす為にはどういう覚悟をするべきなのか?
考えれば考えるほど、何が本当にベストの選択なのか?時々ふっと分からなくなる事もあります。

被害者家族の中には当Blogの存在をご存知の方もいらして、集会などで声をかけてくださる方もいらっしゃいます。
「情報の発信に感謝しています」「ご支援ありがとうございます」、などとお言葉をいただく事もあります。
そのたびに、私はいつも申し訳なくいたたまれない気持ちになる。
いまだ1人の被害者も救えていない私は、まだ彼ら家族から感謝の言葉を貰う立場にはない、と思うからです。

被害者救出と言う宿願に一歩でも近付く事が何より大事であると考えています。
そのために必要な策を探ったり支援の輪を広げる事は重要な事。
しかしネット上でもリアルの場でも、どういうわけかつまらない揉め事や私情の絡んだ諍いなどが後を絶たない。
この運動が何のための運動なのか?見失っているとしか思えない人を時々お見かけします。
そう思えばこそ、せめて当Blogでは主義主張の違う人であっても排除の論理は持ち込みたくない。
どんなに意見が違っても取るに足らない素人の呟きであっても無関心よりははるかにマシですし、主義主張の違いを越えて手を取り合わねば、被害者救出のために毅然たる日本の国家意志を示す事すら覚束ないとも思いますので。

私は名も無き一般人。
世間に対して私には何の影響力も発言力もありません。
出来る事は地道に世論の喚起をする事、家族の声を一人でも多くの方に伝える事。
そんな私で宜しければ、お申し出を前向きに考えてみたいとも思っております。
Posted by ぴろん at 2006年03月09日 17:18
なんというか、ぴろんさんと(少なくとも、公開の場では)議論をする気が失せちゃったんですよ。ぴろんさんは、本当に真剣に拉致問題を考えていらっしゃる。
最初に私は「拉致を語る人々の中から、久しぶりに良い文章を見たように感じます。」と申し上げましたよね? 
公開の場でこういうことは言わない方がいいのですが、拉致について語る人たちを見てると「この人、北朝鮮に生まれていたら、りっぱな人民になっていただろうなぁ。」と感じる人が結構いるんですよね。

「与えられた情報だけを鵜呑みにして、自分の頭で判断しようとしない」
「うまくいかない原因を『敵の存在』に単純化する」
…みたいなことですかね。
北朝鮮を批判しながら、実は北朝鮮人民と同じような思考回路になっているんじゃないか、と感じさせるような人たち。

ぴろんさんは、そうじゃないから。
だから、本音でもう少し話してみたいと思ったのでしょうね。
Posted by Safety at 2006年03月09日 18:28
★Safety様

お申し出の趣旨、了解しました。
先ほどSafety様のサイトもチラッと見てまいりましたが、私などより北朝鮮問題に関しては長い事関心を持って関っていらっしゃるようですね。
私ごときにどの程度のお相手が出来るか分かりませんが、お手柔らかにお願いします。
後ほどメールを送ります。
Posted by ぴろん at 2006年03月10日 09:58
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