2006年04月12日

NHK「ドキュメント北朝鮮 第三集」〜核開発を巡る戦慄〜(3) 06.4.4放送

<ナレーション>
瀬戸際までNPT脱退をちらつかせ、アメリカから譲歩を引き出した北朝鮮。
その裏で、核兵器開発を更に進めていきました。

北朝鮮の瀬戸際外交は続きました。
アメリカが経済制裁をほのめかすと、再び危機をあおります。

 ◆映像:韓国KBS 1994年3月

核問題を話し合う南北協議でのことでした。

 ◆映像:朝鮮中央放送ニュース画像〜南北会談の模様〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
北:我々は戦争の準備ができている
  あなたたちはよく考えるべきだ
  ソウルは軍事境界線から遠くない
  戦争になれば、火の海になる

南:ちょっと待て

北:貴方も生き残れない

南:なんてことを言うんだ

北:とにかくよく考えるべきだ

南:宣戦布告をするのか?

北:そちらが言い出したのだ
  寝ぼけているのか

南:戦争で応じるというのか?

北:当然だ!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
当時のアメリカ国防長官ウィリアム・ペリー。
アメリカは北朝鮮に軍事的圧力をかけ牽制します。

――ウィリアム・ペリー(アメリカ国防長官)―――――――――――――
私たちが軍を増強すれば、北朝鮮が対抗して攻撃してくる危険もありました。
しかし、こちらが真剣なことを示した方がむしろ彼らに行動を思いとどまらせ、
軍事衝突の危険が減るだろうと考えたのです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:在韓米軍増強の模様(1994年 4月)

北朝鮮は対決姿勢をあらわにしてきます。
キム・イルソン(金日成)はNHKの取材に応じ、強制査察には断固応じないと主張しました。

 ◆映像:NHKの取材に答えるキム・イルソン(金日成)

キム・イルソンの声
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我々は何も隠していない。
強制査察には断固応じない
もちろん軍事機密はある。
軍事機密を公開する国などない。
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北朝鮮は韓国との軍事境界線の近くに軍を終結させました。
朝鮮人民軍の大尉だったキム・ソンミン、長距離砲の部隊を率いていました。

  ◆映像:軍事境界線付近の地図をみて説明するキム・ソンミン

軍事境界線からソウルまでの距離はわずか40キロ。
韓国お火の海に帰ることはできたと言います。

――キム・ソンミンの証言――――――――――――――――――――――
あのころ、すべての兵士は、
長距離砲を発射するためのロープを一時も離したことはありませんでした。
攻撃命令がでれば、すぐに韓国に砲弾を撃ち込むことができました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
北朝鮮は更に、危機のレベルをあげていきます。
黒煙路から燃料棒を引き抜き、プルトニウムを抽出する準備を始めたのです。

 ◆映像:ワシントン、ホワイトハウス

ホワイトハウスにペリーと軍の幹部が集まりました。
ペリーは核兵器開発を止めるため、韓国に駐留するアメリカ軍の更なる増強を提案。
急激な増強は戦争を招く危険がありました。

―――トニー・レイク 当時米大統領補佐官――――――――――――――
あの時軍の軍の増強を提案していなかったら、その方が無責任だったでしょう。
戦争よりも危険な状況になるのを防ぐためには、
逆に、戦争の選択肢も無視することはできませんでした。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

国防総省は、ニョンビョン核研究センターをピンポイントで先制攻撃する計画も検討していました。

―――ウィリアム・ペリー ―――――――――――――――――――――
ニョンビョンを爆撃すれば、核兵器に必用なプルトニウムが抽出できなくなります。
核兵器開発を阻止するためにも、施設を確実に破壊する計画を、私たちは立てていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

〜ソウル〜
戦争を何とか回避しようと考えた人がいます。
韓国駐在のアメリカ大使、ジェームス・レイニーです。

――ジェームス・レイニ 当時 駐韓米国大使―――――――――――――
アメリカは苛立って北朝鮮に脅しをかけているだけでした。
しかし彼らの敵対心をあおるだけだと私は考えました。
北朝鮮はプライドをかけて、国を守るために必ず戦いに出てくるだろうと思っていました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

レイニーは、アメリカが戦争を望んでいないことをキム・イルソンに直接伝えようと考えます。
特使として、元大統領のカーターに訪朝を促しました。

  ◆映像:カーターもと米大統領 訪朝(1994年 6月15日)

カーターは民間人の立場でピョンヤンに向かいました。
一方アメリカ政府はいっそう北朝鮮に圧力をかけるため、経済制裁の決議案を国連安保理に提出しました。
北朝鮮は激しく反発します。

   ピョンヤン放送
   ――――――――――――
   朝鮮半島の情勢はついに
   最悪の局面を迎えた
   制裁はすなわち戦争だ
   戦争になれば容赦しない
   ――――――――――――

緊張はピークに達しました。
韓国では全国一斉に防空訓練を実施。
戦争になれば100万人の犠牲者が出ると見られていました。

キムヨンサム 当時韓国大統領―――――――――――――――――――
アメリカ二隻の空母と33隻の軍艦を展開し、
いつでも北朝鮮を攻撃できる態勢を取っていました。
韓国は大混乱に陥り、人々は食料の買いだめに走りました。
逃げる場所は何処にもありませんでした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

<ナレーション>
経済制裁の決議案を安保理に提出した翌日。
ペリーは大統領のクリントンに、軍の増強に関する詳細な計画を示します。
その規模は、最大で5万人にのぼりました。

――ダニエル・ポネマン 当時 大統領補佐官――――――――――――
戦争か平和か、正に瀬戸際に立たされている、私はそう強く感じました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――

――ウィリアム・ペリー ―――――――――――――――――――――
もし何もしなければ、北朝鮮に見くびられる可能性がありました。
だから行動に出た方が良いと思ったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
クリントンが軍の増強に決定を下そうとしたその時、電話が入りました。
ピョンヤンのカーターからでした。
『キム・イルソン(金日成)が核開発を凍結しても良いと言っている。』
そう伝えて電話を切りました。
ホワイトハウスは、ピョンヤンからのCNNの生中継に釘付けになりました。

―― ジミーカーター元大統領 ―――
キム主席は、米朝協議が再開されれば、
核問題は解決されると言っています。
北朝鮮の提案を受け入れることを
アメリカ政府に期待します。
――――――――――――――――――
<ナレーション>
クリントンは提案を受け入れました。
危機は回避されました。

  ◆映像:キム・イルソン(金日成)死去の報に嘆く市民 (1994年 7月)

翌月、キム・イルソン(金日成)が死去します。
このとき北朝鮮がすでに核兵器を完成させていたことを、ファンジャンヨブは明らかにしました。

――ファン・ジョンヨブ―――――――――――――――――――
93年か、とにかくキム・イルソン(金日成)が無くなる前でした。
核兵器がいくつあるのか知りません。
尋ねたこともありません。
ただ、金正日から直接、聞きました。
『核兵器開発は終えた。その責任者を表彰する。』
――――――――――――――――――――――――――――――

  ◆映像:米朝枠組み合意 調印 (1994年 10月)

<ナレーション>
核兵器の完成をかくしたまま、北朝鮮はアメリカとの合意を結びました。
核開発を凍結し、いずれ施設を解体することと引き替えに、いくつもの見返りを手にします。

プルトニウムを抽出しにくい軽水炉の提供と重油の供給、アメリカが北朝鮮を核攻撃をしない保障、関係正常化に向けた協議の継続。
北朝鮮の要求が受け入れられました。


  ■軽水炉の提供
  ■重油の供給
  ■北朝鮮を核攻撃しない保障
  ■関係正常化にむけた協議の継続


――ファン・ジョンヨブの証言――――――――――――――――――――
金正日は大喜びでした。何もしなくても軽水炉が手にはいるのですから。
電力不足に悩んでいた我々にとっては本当に、大きな成果でした。
アメリカが戦争を仕掛けてくるなんて北朝鮮の幹部は誰一人考えていません。
金正日はアメリカの驚異を口実に、核兵器開発を正当化しているだけです。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
<ナレーション>
戦争の危機をかいま見た、アメリカ。

――ウィリアム・ペリーの証言――――――――――――――――――――
私たちは北朝鮮に繰り返し核兵器開発の放棄を迫りました。
しかし、どんなに圧力をかけても、核兵器を持ちたいという彼らの強い意志を
打ち砕くことはできないとわかりました。
――――――――――――――――――――――――――――――――――

ニョンビョンでの開発を凍結した北朝鮮。
しかし、核兵器の開発を止めたわけではありませんでした。

―――ファン・ジョンヨブの証言―――――――――――――――――――
このころから、核の問題については金正日とカン・ソクジュ、二人だけで対応する事になりました。
私は、関わらなくなったのです。
ただ、北朝鮮とアメリカの合意のあと、軍事工業担当の書記がたびたび来ました。
『核兵器がまだ足りないので、あといくつかつくりたい。』
『プルトニウムを買いたいのだか、ロシアに知り合いはいないか?』
と聞かれました。
96年の夏か秋に、彼が再びやってきて、『問題は全て解決した』と言うのです。
『どうしたのか』と聞いたところ、
『核兵器に必用なウランを共同開発する協定をパキスタンと結んだ』
『もうプルトニウムは必要なくなった』と言うことでした。
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このエントリーはblue-jewelさんの手によるものです。


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